(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】スクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
B01J 37/00 20060101AFI20231212BHJP
【FI】
B01J37/00 Z
(21)【出願番号】P 2021137510
(22)【出願日】2021-08-25
【審査請求日】2023-04-06
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】弁理士法人南青山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阪井 研人
(72)【発明者】
【氏名】武田 康助
(72)【発明者】
【氏名】関 友崇
(72)【発明者】
【氏名】振角 一平
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/138270(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0168300(US,A1)
【文献】YU,Ya-Xin, et al.,High-Throughput Screening of Alloy Catalysts for Dry Methane Reforming,ACS Catalysis,2021年,Vol. 11,p.8881-8894,DOI: 10.1021/acscatal.0c04911
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C22C 1/00-1/12
B22F 1/00-12/90
JSTPlus/JST7580/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的とする触媒反応を起こす合金のスクリーニング方法であって、
前記合金を構成する金属元素の候補となる複数の候補元素ごとに、各候補元素で形成された特定の結晶面について、前記触媒反応を構成する複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の
初期状態、終状態、及び遷移状態の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数
と、前記触媒反応の温度及びガス分圧と、を含む基礎情報を作成し、
前記複数の候補元素ごとに、前記基礎情報から、前記複数の素反応のそれぞれに対応する複数の活性化エネルギと、前記各状態のエネルギの相対値として得られる複数の差分エネルギと、前記触媒反応の反応速度と、を求め、
前記複数の活性化エネルギを構成する各活性化エネルギと前記複数の差分エネルギを構成する各差分エネルギとについて前記複数の候補元素間の関係から線形性を評価し、前記複数の差分エネルギの中から、前記複数の活性化エネルギのすべてに対して
相対的に高い線形性が得られる特徴量エネルギを選択し、
前記複数の候補元素における前記特徴量エネルギ及び前記反応速度を用いて、前記特徴量エネルギに対する前記反応速度の分布を示す分布情報を作成し、
前記分布情報を用いて、前記複数の候補元素のうち少なくとも2つの候補元素を含み、前記合金を構成することで前記反応速度が大きくなる複数の組成を予測し、
前記複数の組成のそれぞれに対応する複数のスラブモデルを作成し、
前記複数のスラブモデルごとに算出したエネルギに基づいて安定性指標を算出し、
前記複数のスラブモデルごとに算出した前記特徴量エネルギを用いて前記分布情報から求めた前記反応速度に基づいて活性指標を算出
し、
前記安定性指標及び前記活性指標に基づいて合金を特定する
スクリーニング方法。
【請求項2】
前記特徴量エネルギは、吸着エネルギを含む
請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記特徴量エネルギは、相互に異なる2つの特徴量エネルギで構成され、
前記分布情報を2次元のヒートマップとして作成する
請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記複数の組成を予測するために、前記分布情報上に目標プロットを設定し、前記少なくとも2つの候補元素のプロットを選択し、前記目標プロットと前記候補元素のプロットとの座標情報を用いて、前記目標プロットに近い前記反応速度が得られる前記少なくとも2つの候補元素及び、その組成比を予測する
請求項1から3のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記少なくとも2つの候補元素を含む単位胞をデータベースから取得し、取得した単位胞に基づいて前記複数のスラブモデルを作成する、又は、
前記少なくとも2つの候補元素を構成する所定元素について単独で存在するときに安定な結晶構造について第1単位胞モデルを作成し、前記第1単位胞モデルを構成する一部の原子を前記少なくとも2つの候補元素のうちの前記所定元素以外の原子で置換した第2単位胞モデルを作成し、前記第2単位胞モデルに基づいて前記複数のスラブモデルを作成する
請求項1から4のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記安定性指標を算出するために、前記少なくとも2つの候補元素に対応するナノ粒子モデルを作成し、前記ナノ粒子モデルについて組成比、及び特定の原子の周辺情報に応じたエネルギを算出し、前記複数のスラブモデルの組成比、及び特定の原子の周辺情報に基づいて、前記複数のスラブモデルのそれぞれに対応する前記ナノ粒子モデルのエネルギを得る
請求項1から5のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
目的とする触媒反応を起こす合金のスクリーニングを行う情報処理装置であって、
前記合金を構成する金属元素の候補となる複数の候補元素ごとに、各候補元素で形成された特定の結晶面について、前記触媒反応を構成する複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の
初期状態、終状態、及び遷移状態の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数
と、前記触媒反応の温度及びガス分圧と、を含む基礎情報を作成し、
前記複数の候補元素ごとに、前記基礎情報から、前記複数の素反応のそれぞれに対応する複数の活性化エネルギと、前記各状態のエネルギの相対値として得られる複数の差分エネルギと、前記触媒反応の反応速度と、を求め、
前記複数の活性化エネルギを構成する各活性化エネルギと前記複数の差分エネルギを構成する各差分エネルギとについて前記複数の候補元素間の関係から線形性を評価し、前記複数の差分エネルギの中から、前記複数の活性化エネルギのすべてに対して
相対的に高い線形性が得られる特徴量エネルギを選択し、
前記複数の候補元素における前記特徴量エネルギ及び前記反応速度を用いて、前記特徴量エネルギに対する前記反応速度の分布を示す分布情報を作成し、
前記分布情報を用いて、前記複数の候補元素のうち少なくとも2つの候補元素を含み、前記合金を構成することで前記反応速度が大きくなる複数の組成を予測し、
前記複数の組成のそれぞれに対応する複数のスラブモデルを作成し、
前記複数のスラブモデルごとに算出したエネルギに基づいて安定性指標を算出し、
前記複数のスラブモデルごとに算出した前記特徴量エネルギを用いて前記分布情報から求めた前記反応速度に基づいて活性指標を算出
し、
前記安定性指標及び前記活性指標に基づいて合金を特定する
ことを実行する処理部を具備する
情報処理装置。
【請求項8】
目的とする触媒反応を起こす合金のスクリーニングのためのプログラムであって、
前記合金を構成する金属元素の候補となる複数の候補元素ごとに、各候補元素で形成された特定の結晶面について、前記触媒反応を構成する複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の
初期状態、終状態、及び遷移状態の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数
と、前記触媒反応の温度及びガス分圧と、を含む基礎情報を作成し、
前記複数の候補元素ごとに、前記基礎情報から、前記複数の素反応のそれぞれに対応する複数の活性化エネルギと、前記各状態のエネルギの相対値として得られる複数の差分エネルギと、前記触媒反応の反応速度と、を求め、
前記複数の活性化エネルギを構成する各活性化エネルギと前記複数の差分エネルギを構成する各差分エネルギとについて前記複数の候補元素間の関係から線形性を評価し、前記複数の差分エネルギの中から、前記複数の活性化エネルギのすべてに対して
相対的に高い線形性が得られる特徴量エネルギを選択し、
前記複数の候補元素における前記特徴量エネルギ及び前記反応速度を用いて、前記特徴量エネルギに対する前記反応速度の分布を示す分布情報を作成し、
前記分布情報を用いて、前記複数の候補元素のうち少なくとも2つの候補元素を含み、前記合金を構成することで前記反応速度が大きくなる複数の組成を予測し、
前記複数の組成のそれぞれに対応する複数のスラブモデルを作成し、
前記複数のスラブモデルごとに算出したエネルギに基づいて安定性指標を算出し、
前記複数のスラブモデルごとに算出した前記特徴量エネルギを用いて前記分布情報から求めた前記反応速度に基づいて活性指標を算出
し、
前記安定性指標及び前記活性指標に基づいて合金を特定する
ことを情報処理装置に実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体触媒として有用な合金のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体触媒の高性能化は、化学産業の発展のみならず、サステナブル社会の実現のために重要となってきている。固体触媒の高性能化としては、例えば、単一元素で構成された固体触媒に異種元素を加えることによる合金化の試みが多くなされている。しかしながら、合金で構成される固体触媒では、構成する元素や原子配列などといった構造要素に応じて性能が大きく変化し、これらの構造要素の組み合わせの数は実質的に無限大と言える。このため、高性能が得られる固体触媒を実験的な試行錯誤のみによって見出すことはおよそ現実的ではない。
【0003】
これに対し、量子化学計算などの計算化学を活用して高性能な固体触媒を効率的に探索する試みがなされている。例えば、特許文献1には、第1ガス存在下で、第2ガスの反応を促進させる触媒反応の活性の高い固体触媒を見出すための技術が開示されている。この技術では、固体触媒を構成する母材元素及びドープ元素を、ドープ元素の有無による第1ガス及び第2ガスの吸着エネルギの変化量に基づいて特定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術においては、母材元素と限られたドープ元素を組合せた時の吸着エネルギのみを計算しており、触媒反応の反応速度が直接考慮されていない。また、特許文献1に記載の技術では、いずれの元素を選択するかの指標がなく、多くの候補元素がある場合、さらに組合せのバリエーションを検討する場合に効率的ではない。更に、特許文献1に記載の技術のように単一の素反応で構成される特定の触媒反応のみに限定されずに、例えば、複数の原料を用いた生産工程における反応を促進する反応のように複数の素反応で構成される触媒反応や、他の要因を考慮する必要のある触媒反応に適用可能な固体触媒のスクリーニング技術が求められる。
【0006】
本発明の課題は、固体触媒として有用な合金を効率的にスクリーニングすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一形態に係るスクリーニング方法は、目的とする触媒反応を起こす合金のスクリーニングを行う。
前記合金を構成する金属元素の候補となる複数の候補元素ごとに、各候補元素で形成された特定の結晶面について、前記触媒反応を構成する複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数を含む基礎情報が作成される。
前記複数の候補元素ごとに、前記基礎情報から、前記複数の素反応のそれぞれに対応する複数の活性化エネルギと、前記各状態のエネルギの相対値として得られる複数の差分エネルギと、前記触媒反応の反応速度と、が求められる。
前記複数の活性化エネルギを構成する各活性化エネルギと前記複数の差分エネルギを構成する各差分エネルギとについて前記複数の候補元素間の関係から線形性を評価し、前記複数の差分エネルギの中から、前記複数の活性化エネルギのすべてに対して高い線形性が得られる特徴量エネルギが選択される。
前記複数の候補元素における前記特徴量エネルギ及び前記反応速度を用いて、前記特徴量エネルギに対する前記反応速度の分布を示す分布情報が作成される。
前記分布情報を用いて、前記複数の候補元素のうち少なくとも2つの候補元素を含み、前記合金を構成することで前記反応速度が大きくなる複数の組成が予測される。
前記複数の組成のそれぞれに対応する複数のスラブモデルが作成される。
前記複数のスラブモデルごとに算出したエネルギに基づいて安定性指標が算出される。
前記複数のスラブモデルごとに算出した前記特徴量エネルギを用いて前記分布情報から求めた前記反応速度に基づいて活性指標が算出される。
【0008】
本発明の一形態に係る情報処理装置は、以下のことを実行可能な処理部を具備する。
前記合金を構成する金属元素の候補となる複数の候補元素ごとに、各候補元素で形成された特定の結晶面について、前記触媒反応を構成する複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数を含む基礎情報が作成される。
前記複数の候補元素ごとに、前記基礎情報から、前記複数の素反応のそれぞれに対応する複数の活性化エネルギと、前記各状態のエネルギの相対値として得られる複数の差分エネルギと、前記触媒反応の反応速度と、が求められる。
前記複数の活性化エネルギを構成する各活性化エネルギと前記複数の差分エネルギを構成する各差分エネルギとについて前記複数の候補元素間の関係から線形性を評価し、前記複数の差分エネルギの中から、前記複数の活性化エネルギのすべてに対して高い線形性が得られる特徴量エネルギが選択される。
前記複数の候補元素における前記特徴量エネルギ及び前記反応速度を用いて、前記特徴量エネルギに対する前記反応速度の分布を示す分布情報が作成される。
前記分布情報を用いて、前記複数の候補元素のうち少なくとも2つの候補元素を含み、前記合金を構成することで前記反応速度が大きくなる複数の組成が予測される。
前記複数の組成のそれぞれに対応する複数のスラブモデルが作成される。
前記複数のスラブモデルごとに算出したエネルギに基づいて安定性指標が算出される。
前記複数のスラブモデルごとに算出した前記特徴量エネルギを用いて前記分布情報から求めた前記反応速度に基づいて活性指標が算出される。
【0009】
本発明の一形態に係るプログラムは、以下のことを情報処理として実行させる。
前記合金を構成する金属元素の候補となる複数の候補元素ごとに、各候補元素で形成された特定の結晶面について、前記触媒反応を構成する複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数を含む基礎情報が作成される。
前記複数の候補元素ごとに、前記基礎情報から、前記複数の素反応のそれぞれに対応する複数の活性化エネルギと、前記各状態のエネルギの相対値として得られる複数の差分エネルギと、前記触媒反応の反応速度と、が求められる。
前記複数の活性化エネルギを構成する各活性化エネルギと前記複数の差分エネルギを構成する各差分エネルギとについて前記複数の候補元素間の関係から線形性を評価し、前記複数の差分エネルギの中から、前記複数の活性化エネルギのすべてに対して高い線形性が得られる特徴量エネルギが選択される。
前記複数の候補元素における前記特徴量エネルギ及び前記反応速度を用いて、前記特徴量エネルギに対する前記反応速度の分布を示す分布情報が作成される。
前記分布情報を用いて、前記複数の候補元素のうち少なくとも2つの候補元素を含み、前記合金を構成することで前記反応速度が大きくなる複数の組成が予測される。
前記複数の組成のそれぞれに対応する複数のスラブモデルが作成される。
前記複数のスラブモデルごとに算出したエネルギに基づいて安定性指標が算出される。
前記複数のスラブモデルごとに算出した前記特徴量エネルギを用いて前記分布情報から求めた前記反応速度に基づいて活性指標が算出される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、固体触媒として有用な合金を効率的にスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係るスクリーニング方法を示すフローチャートである。
【
図2】上記スクリーニング方法のステップS05で作成する分布情報を例示する図である。
【
図3】上記スクリーニング方法のステップS06を説明するための図である。
【
図4】上記スクリーニング方法のステップS06を説明するための図である。
【
図5】上記スクリーニング方法のステップS10で利用可能な合金リストを例示する図である。
【
図6】上記スクリーニング方法を実現可能な情報処理装置を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[序説]
本発明の一実施形態に係るスクリーニング方法は、情報処理装置を用いた計算によって目的とする触媒反応を起こす固体触媒として有用な合金を効率的に探索可能なように構成される。本実施形態に係るスクリーニング方法による探索結果をフィードバックすることで、膨大な数の構造要素の組み合わせが存在する合金のうち実験によって評価すべきものを少数に絞ることができる。これにより、少ない労力及びコストで高性能な固体触媒を設計することが可能となることに加え、卓越した性能を有するとともにより実現性の高い固体触媒を期待できる。
【0013】
本実施形態に係るスクリーニング方法は、固体触媒として有用な合金の探索の指標として、合金における触媒反応の活性のみならず、合金の構造の安定性を用いる。これにより、安定な構造を実現可能な構成の中から、固体触媒として高性能が得られる合金を選択することができる。したがって、本実施形態に係るスクリーニング方法では、そもそも調製が困難であったり、時間の経過に伴って構造の変化が生じやすかったりする構成を実験による評価の対象から排除することができる。これにより、目的とする触媒反応を起こす固体触媒として有用な合金を更に効率的に探索可能となる。
【0014】
[スクリーニング方法の全体構成]
(概略説明)
以下、本実施形態に係るスクリーニング方法の全体構成について説明する。本実施形態に係るスクリーニング方法は、
図1に示すステップS01~ステップS10から構成されている。以下、
図1に沿って、本実施形態に係るスクリーニング方法のステップS01~ステップS10について詳細に説明する。
【0015】
(ステップS01:素反応、候補元素、及び結晶面の選択)
ステップS01では、まず目的とする触媒反応を選択する。触媒反応とは、触媒の作用により進行あるいは促進される一連の化学反応のことを言う。目的とする触媒反応は、固体触媒で実現可能であり、かつ同一触媒上での逐次反応からなるものの中から、任意に選択可能である。また、目的とする触媒反応は、反応途中で基質が脱着する場合にも、脱着する前後で分けて選択することが可能である。このような触媒反応としては、例えば、一酸化炭素の酸化反応や、エステルとアルコールによるエステル交換反応、脂肪酸とアルコールによるエステル化反応、エステルの水添によるアルコール生成反応、アミンとアルコールによる置換アミン生成反応、脂肪酸の水素化反応、アルコールの水素化分解反応、硫黄の水素化脱硫反応、アルデヒドのクロスアルドール反応、芳香族の水素化反応、オレフィンの選択的水素化反応、カルボニルの水素化反応、オレフィンの水素化異性化反応、ジエンのエン環化反応、アルコールの酸素酸化反応、一酸化炭素や二酸化炭素の水素化反応(炭素鎖伸長反応を伴う水素化反応も含む)、などが挙げられる。
【0016】
次に、選択した触媒反応を構成する複数の素反応を選択する。素反応とは、触媒反応を複数の段階に分解した際の各段階におけるそれぞれの反応である。つまり、複数の素反応は、目的とする触媒反応に応じて選択可能であり、例えば、文献などの記載から推定することができる。
更に、選択した触媒反応を起こす金属元素の候補となる複数の候補元素を選択する。候補元素としては、すべての金属元素から任意の2つ以上を選択可能であり、例えば、固体触媒として一般的に利用される金属元素を一通り選択しておくことができる。候補元素の数は、スクリーニングの精度の観点から、3以上であることが好ましい。また、候補元素の数は、スクリーニングの効率の観点から、30以下であることが好ましい。
加えて、選択した触媒反応を起こす結晶構造を選択する。結晶構造としては、体心立方格子、面心立方格子、及び六方最密構造を構成する結晶構造から任意に選択可能であり、例えば、触媒反応を起こす結晶構造として一般的な結晶構造を選択することができる。さらにその結晶構造に対して、ミラー指数で表される任意の結晶面、例えば、一般的な(111)面などを選択する事ができ、2以上の結晶面を選択する事もできる。また、結晶面は、例えば量子化学計算により表面形成自由エネルギを算出し、Wluff作図法を用いる、もしくはCrystaliumなどのデータベースを参照して、平衡状態のナノ粒子上で存在しうると予想される結晶面を選択することができる。
【0017】
一例として、目的とする触媒反応として、COの酸化反応(CO+0.5O2→CO2)を選択した場合について説明する。この触媒反応を、以下の式でそれぞれ示される各反応基質による3つの素反応で構成されると仮定する。なお、各式中の「*」は固体触媒表面上の吸着サイトを示す。
*+CO→CO*
2*+O2⇔O-O*+*→2O*
CO*+O*⇔O-CO*+*→CO2+2*
なお、上記の式における「⇔」は、「右に向かう矢印→と左に向かう矢印←とを組み合わせた記号」を表すものとする。
また、この触媒反応を起こす金属元素の候補となる複数の候補元素としては、固体触媒を構成する元素として一般的なRu、Ni、Rh、Cu、Pd、Pt、Ag,Auなどから選択することができる。更に、この触媒反応を起こす結晶面としては、触媒反応を起こす結晶面として一般的な(111)面などを選択することができ、2以上の結晶面を選択することもできる。
【0018】
なお、本実施形態に係るスクリーニング方法では、ステップS01の少なくとも一部を情報処理装置によって自動で行うことができる。つまり、ステップS01では、目的とする触媒反応を入力すると、複数の素反応、複数の候補元素、複数の吸着構造、及び結晶面のうち少なくとも1つがデータベースから自動で特定されるように構成されていてもよい。
また、ステップS01では、複数の素反応、複数の候補元素、複数の吸着構造、及び結晶面のうち少なくとも1つについて、毎回特定することなく、予め用意されたデータを用いてもよい。例えば、情報処理装置において、触媒反応について特定された過去のデータを記憶部に記憶させておき、同じ触媒反応についての過去のデータが記憶部に存在する場合には、当該データを記憶部から読み出してもよい。
【0019】
(ステップS02:基礎情報の作成)
ステップS02では、基礎情報を作成する。基礎情報は、ステップS03における活性化エネルギ、差分エネルギ、及び反応速度の算出の基礎となる情報である。
ステップS02で作成する基礎情報には、各候補元素ごとに算出される複数の素反応における、非吸着状態にある各反応基質の各状態、並びに吸着状態にある各反応基質及びそれを構成する各原子のエネルギ及び振動数が含まれる。複数の素反応の各状態とは、各素反応における各反応基質の初期状態、終状態、及び遷移状態をそれぞれ示す。反応基質の構成原子毎の吸着状態とは、反応基質を構成する原子それぞれが単独で存在する場合の吸着状態を示す。複数の素反応の各状態・反応基質の構成原子のエネルギ及び振動数は、一般的な量子化学計算手法、又は量子化学計算相当の精度を有する計算手法を用いて算出することができる。複数の素反応における各反応基質の各状態のエネルギ及び振動数を算出するために利用可能な量子化学計算手法としては、例えば、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)に基づく電子状態計算法などが挙げられる。遷移状態のエネルギの計算法としては、例えば、NEB(Nudged Elastic Band)法などが挙げられる。更に、量子化学計算相当の精度を有する計算手法としては、例えば、機械学習ポテンシャルに基づいた分子動力学計算手法などが挙げられる。
また、ステップS02で作成する基礎情報には、触媒反応の条件が含まれる。触媒反応の条件としては、例えば、温度、ガス分圧などが挙げられる。触媒反応の条件は、実際に触媒反応を起こす環境に基づいて決定することができる。このように、触媒反応の条件を実際の環境に基づいて決定することで、意図する固体触媒の用途により適した合金を見出すことが可能となる。本願の想定する触媒反応では、触媒反応の条件の基礎情報として、温度とガス分圧の両方を特定することが好ましい。
【0020】
一例として、上記と同様に目的とする触媒反応をCOの酸化反応とした場合には、ステップS01で特定した複数の素反応の各反応基質及び、反応基質の構成原子の吸着状態には、以下に示す10個の状態が存在する。
CO(ガス単体)
CO2(ガス単体)
O2(ガス単体)
CO2
*(吸着状態)
CO*(吸着状態)
O2
*(吸着状態)
O*(吸着状態)
C*(吸着状態)
O-O*(遷移状態)
O-CO*(遷移状態)
これらの10個の状態についてそれぞれ量子化学計算手法を用いてエネルギ及び振動数を算出する。また、触媒反応の条件は、COが供給される場所など、実際にCOの酸化を促進させる環境に基づいて算出することができる。
【0021】
(ステップS03:活性化エネルギ、差分エネルギ、及び反応速度の算出)
ステップS03では、ステップS02で作成した基礎情報から、各候補元素ごとに、活性化エネルギ、差分エネルギ、及び反応速度を算出する。活性化エネルギ、差分エネルギ、及び反応速度は、ステップS05における分布情報の作成のために必要となる。
【0022】
反応速度は、各候補元素ごとに算出され、各候補元素の触媒反応の活性を示す物理量である。各候補元素の触媒反応の反応速度は、ステップS02で作成した基礎情報に含まれる、各候補元素ごとの複数の素反応の各状態のエネルギ及び振動数と、触媒反応の温度及びガス分圧の条件と、を用いて算出することができる。各候補元素の触媒反応の反応速度は、一般的なアルゴリズムを用いて算出することができる。反応速度を算出可能なアルゴリズムとしては、例えば、ニュートン法などが挙げられる。
複数の活性化エネルギは、各候補元素ごとに、複数の素反応に対応して算出される。各活性化エネルギは、各候補元素において各素反応を生じさせるために必要なエネルギを示す物理量である。各素反応の活性化エネルギは、ステップS02で作成した基礎情報に含まれる各候補元素ごとの複数の素反応の各状態のエネルギを用いて算出することができる。
差分エネルギは、各候補元素ごとに、複数の素反応に含まれる2つの状態のエネルギの相対値として得られる。差分エネルギは、ステップS04において決定する特徴量エネルギの候補となる物理量である。差分エネルギは、複数の素反応に含まれる任意の2つの状態のエネルギの差として算出される。差分エネルギとしては、例えば、吸着エネルギや中間体のエネルギなどを用いることができる。なお、吸着エネルギとは、反応基質及び反応基質を構成する各原子が各候補元素に吸着した状態とガス状態である時とのエネルギの差として算出される差分エネルギである。
【0023】
(ステップS04:特徴量エネルギの選択)
ステップS04では、ステップS03で算出された複数の差分エネルギの中から、反応速度と関連付けることで反応促進のキーとなる特徴量として利用する特徴量エネルギを選択する。具体的に、ステップS04では、複数の活性化エネルギと複数の差分エネルギとのすべての組み合わせについて、複数の候補元素間の関係から線形性の評価を行う。そして、複数の差分エネルギの中から、複数の活性化エネルギのすべてに対して高い線形性が得られる差分エネルギを特徴量エネルギとして選択する。
ここで、複数の活性化エネルギのすべてに対して高い線形性が得られる特徴量エネルギは、反応速度の対数に対しても高い線形性が得られる。これは、アレニウスの式により、触媒反応を構成するすべての素反応の活性化エネルギは、各素反応の反応速度の対数と線形関係になるため、素反応の組み合わせである全体の反応速度とも線形関係となることに基づく。このため、ステップS04で選択される特徴量エネルギを反応速度と関連付けることで、特徴量エネルギを反応速度に換算することが可能となる。
【0024】
具体的に、複数の活性化エネルギに含まれる活性化エネルギEa1と複数の差分エネルギに含まれる差分エネルギEb1との線形性は、活性化エネルギEa1及び各差分エネルギEb1を2軸とする2次元グラフに、すべての候補元素の活性化エネルギEa1及び差分エネルギEb1をプロットして得られる散布図におけるプロットの直線性から評価することができる。
高い線形性が得られる特徴量エネルギの選択のためのプロットの直線性は、例えば、最小二乗法における決定係数r2などを指標に用いて評価することができる。決定係数r2を指標とする評価では、例えば、決定係数r2の高い順(又は数値の大きな順)にリスト化し、複数の差分エネルギを決定係数r2の数値の高いグループと低いグループとに分けて、高いグループに属する差分エネルギを特徴量エネルギとして選択することができる。このとき、複数の差分エネルギのグループ分けでは、例えば、決定係数r2が所定の閾値以上の差分エネルギを高いグループとすることができ、好ましくは0.7以上、より好ましくは0.8以上の差分エネルギを高いグループとすることができる。また、決定係数r2の高い順にリスト化した複数の差分エネルギについて、所定の順位以上の差分エネルギを特徴量エネルギとして選択することもできる。なお、複数の差分エネルギから特徴量エネルギの選択する手法としては、上記に限定されず、任意の公知の手法を用いることができる。
【0025】
ステップS04において複数の差分エネルギから選択する相互に異なる特徴量エネルギの数は、ステップS05で作成する分布情報の次元数に応じて、任意に算出可能である。つまり、ステップS05でN次元の分布情報を作成する場合には、ステップS04では相互に異なるN個の特徴量エネルギを選択する。
一例として、上記と同様に目的とする触媒反応をCOの酸化反応とし、ステップS05において視覚的に理解が容易な2次元の分布情報を作成する場合には、複数の差分エネルギの中から、例えば、COの吸着エネルギ及びOの吸着エネルギを相互に異なる2つの特徴量エネルギとして選択することができる。
【0026】
(ステップS05:分布情報の作成)
ステップS05では、ステップS04で選択した特徴量エネルギに対する反応速度の分布を示すグラフである分布情報を作成する。分布情報は、特徴量エネルギと反応速度とを連続的な関係で示し、つまり任意の特徴量エネルギを反応速度と関連付けた情報である。ステップS05では、ステップS03で算出した反応速度とステップS04で選択した特徴量エネルギとから得られる複数の候補元素のプロットに加えてプロットの存在しない領域は、任意の解像度で特徴量エネルギから反応速度を計算することで補間し、分布情報を作成することができる。
つまり、分布情報によれば、エネルギの相対値として容易に算出可能な特徴量エネルギから、複雑な計算を用いることなく反応速度を求めることが可能となる。分布情報では、任意の金属について特徴量エネルギから反応速度を求めることができ、更に単体の金属のみならず任意の組成の合金についても特徴量エネルギから反応速度を求めることができる。したがって、分布情報によれば、任意の合金の反応速度を容易に求めることができる。
【0027】
一例として、
図2は、上記と同様に目的とする触媒反応をCOの酸化反応とし、特徴量エネルギをCOの吸着エネルギ及びOの吸着エネルギとした場合の2次元の分布情報を示している。
図2に示す分布情報は、COの吸着エネルギ及びOの吸着エネルギをそれぞれ縦軸及び横軸とするグラフにおいて反応速度(常用対数)を色の違いとして表示する2次元のヒートマップとして示している。このように、分布情報をヒートマップとして作成することで、大きい反応速度が得られる領域を視覚的に認識しやすくなる。
【0028】
(ステップS06:組成の予測)
ステップS06では、ステップS05で作成した分布情報に基づいて、複数の候補元素のうち少なくとも2つを含み、より大きい反応速度が得られる可能性の高い複数の合金の組成(合金を構成する候補元素の組み合わせ、及び当該組み合わせにおける各候補元素の組成比)を予測する。具体的に、ステップS06では、分布情報における反応速度の目標値に対応する目標プロットPと各候補元素のプロットとの位置関係から、反応速度が大きくなるであろう合金の組成を予測する。目標プロットPは、通常、反応速度が最も大きくなる位置に設定される。例えば、
図2に示すヒートマップでは、最も色の濃い領域内に目標プロットPを設定することができる。目標プロットPに近い反応速度が得られるであろう合金の組成の予測は、例えば、分布情報における複数の候補元素のプロット及び目標プロットPの座標情報を用いて行うことができる。このように座標情報を用いることによって、反応速度が大きくなる合金の組成をより機械的に高精度で予測することが可能となる。
【0029】
一例として、合金の組成を候補元素A,B,Cの組み合わせからなる3元系とする場合について説明する。この場合、例えば、2つの特徴量エネルギにより作成した2次元の分布情報を用いることができる。
図3は、候補元素A,B,CのプロットA(A
x,A
y),B(B
x,B
y),C(C
x,C
y)、及び目標プロットP(P
x,P
y)が分布情報上に表示された状態を示している。つまり、候補元素Aの2つの特徴量エネルギはA
x,A
yであり、候補元素Bの2つの特徴量エネルギはB
x,B
yであり、候補元素Cの2つの特徴量エネルギはC
x,C
yである。また、目標プロットPの2つの特徴量エネルギはP
x,P
yである。
ここで、
図4に示すように、プロットAを原点とすると、プロットBをベクトルb((b
x,b
y)=(B
x-A
x,B
y-A
y))で示すことができ、プロットCをベクトルc((c
x,c
y)=(C
x-A
x,C
y-A
y))で示すことができ、目標プロットPをベクトルp((p
x,p
y)=(P
x-A
x,P
y-A
y))で示すことができる。なお、プロットAは、ゼロベクトルa(0,0)で示すことができる。このとき、ベクトルpは、ベクトルb,c、並びに係数β,γを用いて、以下の式で表すことができる。
p=βb+γc
この式は、係数行列Dを用いて、以下の式に変換することができる。
【数1】
このとき、β+γ<1、β>0、γ>0の条件をすべて満たす場合、3つの候補元素A,B,Cの組成比A:B:Cは「1-(β+γ):β:γ」と算出することができる。なお、上記の条件を満たすことは、
図3に示すプロットA,B,Cを頂点とする三角形の内側に目標プロットPが位置していることを意味する。本実施形態では、候補元素のプロットを結んだ線で囲まれた領域内に目標プロットPが存在する組成を、大きい反応速度が得られる可能性がある合金の組成の候補とすることができる。つまり、候補元素のプロットを結んだ線で囲まれた領域内に目標プロットPが存在しない組成については、大きい反応速度が得られる可能性がある合金の組成の候補から除外することができる。
更に、上記で得られた係数β,γから、下記の式に基づいて指標mを算出する。
【数2】
指標mは、プロットA,B,Cを頂点とする三角形の重心と目標プロットPとの距離の2乗を表している。このため、指標mが小さい組成ほど、各候補元素の割合が近くなり、単一元素の特徴量エネルギからは予測が困難な、大きい反応速度が得られる合金の組成を予測できる。したがって、各候補元素の割合が近い合金の組成の予測結果として、指標mが小さい順に所定数の組成をリストアップすることができる。このように、本実施形態では、複数の候補元素で構成される合金について、分布情報上において推定されるプロットと目標プロットPとの距離が近い順に所定数の組成をリストアップすることができる。
【0030】
次に、合金の組成を4つ以上の候補元素A
1,A
2,・・・,A
(n-1),A
nの組み合わせからなるn元系とする場合について説明する。この場合、例えば、(n-1)個の特徴量エネルギにより作成した(n-1)次元の分布情報を用いることができる。
分布情報上には、各候補元素A
1,A
2,・・・,A
(n-1),A
nのプロットA
1(A
11,A
12,・・・,A
1(n-2),A
1(n-1))、A
2(A
21,A
22,・・・,A
2(n-2),A
2(n-1))、・・・、A
(n-1)(A
(n-1)1,A
(n-1)2,・・・,A
(n-1)(n-2),A
(n-1)(n-1))、A
n(A
n1,A
n2,・・・,A
n(n-2),A
n(n-1))、及び目標プロットP(P
1,P
2,・・・,P
(n-2),P
(n-1))が示される。
ここで、プロットA
1を原点とすると、プロットA
2,・・・,A
(n-1),A
nをそれぞれベクトルa
2,・・・,a
(n-1),a
n((a
21,a
22,・・・,a
2(n-2),a
2(n-1)),・・・,(a
(n-1)1,a
(n-1)2,・・・,a
(n-1)(n-2),a
(n-1)(n-1)),(a
n1,a
n2,・・・,a
n(n-2),a
n(n-1))=(A
21-A
11,A
22-A
12,・・・,A
2(n-2)-A
1(n-2),A
2(n-1)-A
1(n-1)),・・・,(A
(n-1)1-A
11,A
(n-1)2-A
12,・・・,A
(n-1)(n-2)-A
1(n-2),A
(n-1)(n-1)-A
1(n-1),(A
n1-A
11,A
n2-A
12,・・・,A
n(n-2)-A
1(n-2),A
n(n-1)-A
1(n-1))と示すことができ、目標プロットPをベクトルp((p
1,p
2,・・・,p
(n-2),p
(n-1))=(P
1-A
11,P
2-A
12,・・・,P
(n-2)-A
1(n-2),P
(n-1)-A
1(n-1)))と示すことができる。なお、プロットA
1は、ゼロベクトルa
1(0,0,・・・,0,0)で示すことができる。このとき、ベクトルpは、ベクトルa
2,・・・,a
(n-1),a
n、並びに係数β
1,・・・,β
(n-2),β
(n-1)を用いて、以下の式で表すことができる。
p=β
1a
2+・・・+β
(n-2)a
(n-1)+β
(n-1)a
n
この式は、係数行列Dを用いて、以下の式に変換することができる。
【数3】
このとき、以下の条件をすべて満たす場合、候補元素A
1,A
2,・・・,A
(n-1),A
nの組成比A
1:A
2:・・・:A
(n-1):A
nは、「1-(β
1+β
2+・・・+β
(n-2),β
(n-1)):β
1:・・・:β
(n-2):β
(n-1)」と算出することができる。
【数4】
更に、上記で得られた係数β
1,・・・,β
(n-2),β
(n-1)から、下記の式に基づいて指標mを算出する。
【数5】
指標mが小さい組成ほど、各候補元素の割合が近くなり、単一元素の特徴量エネルギからは予測が困難な、大きい反応速度が得られる合金の組成を予測できる。したがって、各候補元素の割合が近い合金の組成の予測結果として、指標mが小さい順に所定数の組成をリストアップすることができる。
【0031】
(ステップS07:スラブモデルの作成)
ステップS07では、ステップS06で大きい反応速度が得られる可能性が高いものと予測した複数の組成について、反応速度及び安定性指標を計算するために、それぞれに対応する複数のスラブモデルを作成する。スラブモデルの作成には、効率性の観点から、既存のデータベースを用いることが好ましい。このようなデータベースとしては、量子化学計算に使いやすいスラブモデルの構造データが格納されたCatAppなどのDFT計算データベースを用いることが好ましい。なお、データベースとしては、DFT計算データベース以外にも、例えば、Materials Projectなどの結晶構造データベースなどを用いることもできる。また、ステップS07では、ステップS06で予測した組成について既存のデータベースから単位胞を取得し、取得した単位胞に基づいてスラブモデルを作成してもよい。
【0032】
また、データベースが存在しない合金については、独自にスラブモデルを作成することができる。スラブモデルの作成方法としては、特定の方法に限定されないが、一例として以下に示す方法を用いることができる。一例に係るスラブモデルの作成方法では、まず各組成に含まれる候補元素を構成する所定元素について単独で存在するときに安定な結晶構造(面心立方格子、体心立方格子、六方最密構造など)についての単位胞のモデルである第1単位胞モデルを作成する。次に、第1単位胞モデルを構成する一部の原子を当該所定元素以外の候補元素の原子で置換した第2単位胞モデルを作成する。スラブモデルは、第1単位胞モデルを構成する候補元素が単独で存在する時に安定な結晶面((111)面、(211)面など)で第2単位胞モデルを作成することで得られる。なお、金属元素が単独で存在するときに安定な結晶構造及び結晶面は、例えば、Materials Projectなどの結晶構造データベースから取得することができる。
【0033】
(ステップS08:安定性指標の算出)
ステップS08では、ステップS07で作成したスラブモデルごとに構造の安定性を示す安定性指標を算出する。各スラブモデルにおける構造の安定性は、スラブモデルの持つエネルギに基づいて評価する。スラブモデルの構造の安定性を評価するために用いるエネルギとしては、スラブモデルから算出可能なエネルギであればよく、例えば、スラブモデルの全エネルギや、スラブモデルの表面エネルギなどが挙げられる。具体的に、スラブモデルの安定性の評価には、一般的な物理化学計算手法を用いることができる。スラブモデルの安定性の評価に利用可能な物理化学計算手法としては、例えば、モンテカルロ法などが挙げられる。
【0034】
安定性指標としては、各スラブモデル間における構造の安定性の比較が可能であればよく、全てのスラブモデルについて共通の指標が用いられる。具体的に、安定性指標としては、例えば、スラブモデルから算出されたエネルギをそのまま用いることができる。この場合、安定性指標としてのエネルギが小さいスラブモデルほど構造の安定性が高いことがわかる。また、安定性指標としては、これ以外にも、スラブモデルから算出されたエネルギに基づいて算出された他の値などを用いることもできる。
【0035】
(ステップS09:活性指標の算出)
ステップS09では、ステップS07で作成したスラブモデルごとに触媒反応の活性を示す活性指標を算出する。各スラブモデルにおける触媒反応の活性は、反応速度に基づいて評価する。具体的に、ステップS09では、まず、各スラブモデルについて、ステップS02と同様の手法によって特徴量エネルギを算出する。そして、各スラブモデルについて、ステップS04で作成した分布情報を用いて、特徴量エネルギに対応する反応速度を得る。
【0036】
活性指標としては、各スラブモデル間における活性の比較が可能であればよく、全てのスラブモデルについて共通の指標が用いられる。具体的に、活性指標としては、例えば、スラブモデルから算出された反応速度をそのまま用いることができる。この場合、活性指標としての反応速度が大きいスラブモデルほど実際の反応速度(活性)が大きいことがわかる。また、活性指標としては、これ以外にも、スラブモデルから算出された反応速度に基づいて算出された他の値などを用いることもできる。
【0037】
(ステップS10:合金の特定)
ステップS10では、ステップS08で算出した各スラブモデルの安定性指標と、ステップS09で算出した各スラブモデルの活性指標と、に基づいて、高い構造の安定性と高い触媒反応の活性とを兼ね備えることが期待される合金を特定する。ステップS10では、各スラブモデルの安定性指標及び活性指標から合金を特定するために様々な手法を用いることが可能である。
【0038】
一例として、合金の特定には、
図5に例示されるような合金リストを用いることができる。
図5に示す合金リストには、スラブモデルによって特定される合金の種類ごとに安定性指標(エネルギ)と活性指標(反応速度)とが並べて示されたデータが列挙されている。例えば、合金リストでは、複数の合金を活性指標が大きい順に上から並べて示すことができる。この場合、例えば、安定性指標の閾値を予め決めておき、複数の合金から、安定性指標が閾値よりも大きい合金を除外した上で、合金リストの上から順番に所定数の合金を選択することができる。安定性指標の閾値は、高い構造の安定性が得られるように充分に小さい値とすることが好ましい。また、合金リストでは、複数の合金を安定性指標が大きい順に上から並べて示すこともできる。この場合、例えば、活性指標の閾値を予め決めておき、複数の合金から、活性指標が閾値よりも小さい合金を除外した上で、合金リストの上から順番に所定数の合金を選択することができる。活性指標の閾値は、触媒反応をスムーズに進行させるために充分大きい値とすることが好ましい。
【0039】
(その他の形態)
本実施形態に係るスクリーニング方法では、上記の効果が適切に得られる範囲内において、上記の構成に様々な変更を加えることができる。
例えば、ステップS09では、ステップS08において安定性指標が良好であったスラブモデルのみについて活性指標を算出してもよい。これにより、ステップS09における計算負荷が低減されるとともに、ステップS10において合金を特定する際のスラブモデルの候補を絞ることができる。また、ステップS08とステップS09との順番を反対とし、つまりステップS09において各スラブモデルの活性指標を算出した後に、ステップS08において各スラブモデルの安定性指標を算出してもよい。この場合、ステップS08では、ステップS09において活性指標が良好であったスラブモデルのみについて安定性指標を算出してもよい。
【0040】
[スクリーニング方法の追加の構成]
(概略説明)
本実施形態に係るスクリーニング方法は、上記で説明した構成に限定されず、合金のスクリーニングの精度を更に高めるための追加の構成を含んでいてもよい。以下、本実施形態に係るスクリーニング方法について有効な追加の構成の一例について説明する。
【0041】
(選択率を指標とした合金の組成の探索)
上記実施形態では、活性指標を出力としたが、2以上の反応経路がある触媒反応について、同一の特徴量エネルギとなる場合には、上記の活性指標と同様の要領で、選択率の分布情報(ヒートマップ)を記述することができる。この場合、主反応活性に加えて、主反応生成物の選択率が何%となるかどうかを出力に加えることができる。選択率Sは、たとえば生成物がiとjで各反応速度がri、rjのとき、下記の通り定義することができる。
S=ri/(ri+rj)
【0042】
(更なる合金の組成の探索)
上記実施形態では、複数の金属で構成される合金の特定のために、単一の金属のみで構成された結晶構造について作成した分布情報を用いている。つまり、合金を特定するために、実際の合金において生じる金属間の相互作用について考慮されていない。このため、上記実施形態で特定される合金では、実際に最も大きい反応速度が得られる組成から若干ずれている可能性がある。したがって、上記実施形態で特定される合金の組成の近傍にある組成を更に探索することで、更に触媒反応の活性が高い合金を発見できる可能性がある。このような組成の探索は、例えば、上記実施形態で特定された合金に対して組成のみをずらした複数の合金についてのスラブモデルの作成及び安定性指標の評価を行うことで実施することができる。
【0043】
一例として、上記実施形態で特定された合金の組成に対して各候補金属の組成比をそれぞれ1ずつ増減させた複数の合金を探索の対象とすることができる。例えば、上記実施形態で特定された合金の組成が候補元素A,B,Cを組成比A:B:Cで含む3元系である場合には、A+1:B-1:C、A+1:B:C-1、A:B+1:C-1、A:B-1:C+1、A-1:B+1:C、A-1:B:C+1の6通りの組成比の合金を探索の対象とする。探索の対象とする複数の合金について、ステップS07と同様にスラブモデルを作成し、ステップS09と同様に反応速度を求め、最も反応速度が大きい合金を特定する。更に、このように特定される合金について同様の探索を繰り返すことで、最も大きい反応速度が得られる合金の組成に近づいてゆくものと考えられる。このような組成の探索は、例えば、前回特定された合金に対する反応速度の上昇率が所定の数値以下となり、つまり反応速度が収束したと判断されるまで繰り返すことができる。また、組成の探索は、予め決められた回数だけ繰り返してもよい。
【0044】
(ナノ粒子モデルを用いた評価)
上記実施形態では、合金の構造の安定性をスラブモデルによって評価しているが、単一の結晶面のみに着目したスラブモデルでは合金の構造の安定性を正確に評価できない場合がある。この点、合金ナノ粒子の3次元構造を表現したナノ粒子モデルを用いることで、合金の構造の安定性をより正確に評価することが可能となる。このため、本実施形態に係るスクリーニング方法は、合金の安定性をより確実に評価するために、合金のナノ粒子モデルを用いた評価を取り入れることができる。合金のナノ粒子モデルの作成には、公知のモデリング方法を用いることができる。
合金スラブモデルの組成通りに触媒ナノ粒子をモデリングする方法としては、例えば遺伝アルゴリズム法などが挙げられる。
【0045】
各ナノ粒子モデルにおける構造の安定性は、ナノ粒子モデルの持つエネルギに基づいて評価する。ナノ粒子モデルの構造の安定性を評価するために用いるエネルギとしては、ナノ粒子モデルから算出可能なエネルギであればよく、例えば、ナノ粒子モデルのエネルギなどが挙げられる。ナノ粒子モデルのエネルギの計算には、ステップS08でスラブモデルの安定性の評価と同様の物理化学計算手法を用いることができる。ナノ粒子モデルにより得られた結果は、合金の構造の安定性を示す安定性指標として利用可能である。この安定性指標は、ステップS08で算出した安定性指標に代えて利用可能であり、またステップS08で算出した安定性指標と併せて第2の安定性指標として利用可能である。
【0046】
一例として、ステップS07で作成した各スラブモデルごとに、当該スラブモデルを構成する複数の候補元素が共通するナノ粒子モデルを作成する。そして、各ナノ粒子モデルごとにエネルギ、組成比、及び全原子座標が関連付けられたナノ粒子情報を作成する。ナノ粒子の全原子座標から得られた特定の原子の周辺情報と、スラブモデルを構成する全原子座標から得られた特定の原子の周辺情報を比較し、類似度を算出することができる。特定の原子の周辺情報には、例えば、配位数や動径分布関数などがあり、類似度には配位数の差分や動径分布関数の差分の積分値などが挙げられる。各スラブモデルごとに類似度の最も高いナノ粒子モデルを特定することで、各スラブモデルに対応するナノ粒子モデルのエネルギとして採用する。そして、ナノ粒子情報から得られるエネルギが小さい合金ほど構造の安定性が高いことがわかる。
【0047】
[情報処理装置]
上記実施形態に係るスクリーニング方法は、例えば、
図6に示す情報処理装置100を用いて実現することができる。本実施形態に係る情報処理装置100は、各種コンピュータで構成することができ、単一のコンピュータで構成されていても、2台以上のコンピュータを組み合わせて構成されていてもよい。情報処理装置100は、入力部101と、出力部102と、処理部103と、記憶部104と、を備える。
【0048】
入力部101は、ユーザインターフェースとして構成され、例えば、ステップS01において目的とする触媒反応、複数の素反応、複数の候補元素、及び結晶面などを入力するために用いられる。出力部102は、各種ディスプレイなどの表示装置に情報を出力可能に構成され、例えば、ステップS04で作成される分布情報や、ステップS10で利用される合金指標などを表示可能である。処理部103は、プログラムに従って、上記実施形態に係るスクリーニング方法に含まれる処理の全部又は一部を実行可能なように構成されている。記憶部104は、各種のデータが格納可能に構成され、例えば、処理部103に各処理を実行させるためのプログラムや、処理部103による各処理に必要な各種のデータなどが格納されている。更に、情報処理装置100は、上記以外の構成を備えていてもよく、例えば、通信によってクラウド上のデータベースからデータを取得するために通信部を備えていてもよい。
【0049】
[その他の実施形態]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【符号の説明】
【0050】
100…情報処理装置
101…入力部
102…出力部
103…処理部
104…記憶部