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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】半導体装置
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/338 20060101AFI20231212BHJP
   H01L 29/778 20060101ALI20231212BHJP
   H01L 29/812 20060101ALI20231212BHJP
【FI】
H01L29/80 H
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022502173
(86)(22)【出願日】2021-08-24
(86)【国際出願番号】 JP2021030992
(87)【国際公開番号】W WO2023026362
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2022-01-12
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-03
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003199
【氏名又は名称】弁理士法人高田・高橋国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 敏
【合議体】
【審判長】河本 充雄
【審判官】松永 稔
【審判官】市川 武宜
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-228642(JP,A)
【文献】特開2012-033575(JP,A)
【文献】特開2006-286741(JP,A)
【文献】特開2014-130951(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L29/778, H01L29/812, H01L21/338
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiC基板と、
前記SiC基板の上に設けられたAlN核形成層と、
前記AlN核形成層の上に設けられたAlGaNバッファ層と、
前記AlGaNバッファ層の上に設けられたGaNチャネル層と、
前記GaNチャネル層の上に設けられたAlGaN障壁層と、
前記AlGaN障壁層の上方に設けられたドレイン電極、ソース電極およびゲート電極と、
を備え、
前記AlGaNバッファ層は、前記SiC基板から前記GaNチャネル層に向かってAl組成比が減少し、
前記AlN核形成層の厚さは0nm以下であることを特徴とする半導体装置。
【請求項2】
前記AlGaNバッファ層のAl組成比の最大値は10%以下であることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置。
【請求項3】
前記SiC基板は半絶縁性であることを特徴とする請求項1または2に記載の半導体装置。
【請求項4】
SiC基板と、
前記SiC基板の上に設けられたAlN核形成層と、
前記AlN核形成層の上に設けられたAlGaNバッファ層と、
前記AlGaNバッファ層の上に設けられたGaNチャネル層と、
前記GaNチャネル層の上に設けられたAlGaN障壁層と、
前記AlGaN障壁層の上方に設けられたドレイン電極、ソース電極およびゲート電極と、
を備え、
前記AlGaNバッファ層は、前記SiC基板から前記GaNチャネル層に向かってAl組成比が減少し、
前記AlN核形成層の厚さは10nm以下であることを特徴とする半導体装置。
【請求項5】
前記AlGaNバッファ層のAl組成比の最大値は10%以下であることを特徴とする請求項4に記載の半導体装置。
【請求項6】
前記SiC基板は半絶縁性であることを特徴とする請求項4または5に記載の半導体装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、半導体装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、電界効果トランジスタに利用可能な多層エピタキシャル膜が開示されている。この多層エピタキシャル膜は、電子供給層とチャネル層からなる接合が、バッファ層上に形成されている積層構造を有する。バッファ層は、基板表面からチャネル層へ向かう方向に沿って、組成が単調に変化する半導体材料で構成される領域を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】日本特許第5098649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
高周波電力増幅器に用いられる電界効果トランジスタは、良好な高周波特性を得るために、電子移動度を高め、ゲート長を短くすることが要求されることがある。例えばGHz帯高出力電力増幅器用のGaN系電界効果トランジスタでは、高い電子移動度を得るために、GaN/AlGaNヘテロ界面の2次元電子ガスを利用し、ゲート長が1μm以下の短ゲート構造が用いられることがある。このようなトランジスタは例えば第5世代移動通信システムで用いられる。
【0005】
しかし、このような短ゲート構造では、高いドレイン電圧を印加すると、ドレインからの電気力線がゲート下の領域にまで伸びて、ゲート下の基板側のポテンシャルが引き下げられることがある。これにより、2次元電子ガスから基板側のバッファ層へ電子が注入され易くなる。従って、オフリーク電流の増大、閾値電圧の上昇等の所謂短チャネル効果による特性の劣化が生じる可能性があった。この対策の1つとして、バッファ層に鉄または炭素等の不純物を添加することがある。これらの不純物は、アクセプタ型の深いエネルギー準位を形成する。これにより、ドレインからの電気力線を、不純物準位に捕獲された電子の負電荷で終端させることができる。従って、高ドレイン電圧印加時の短チャネル効果を抑制できる。
【0006】
しかしながら、深いエネルギー準位に捕獲された電子の放出には、例えば鉄の場合、100μsから100ms程度の時間を要する。このため、ドレイン電圧を急に変化させた場合、ドレイン電流が定常値になるまでに時間を要する。このようなドレイン電流の時間変動は、線形変調かつ時間分割多重(TDD)方式をベースとする無線通信方式の信号品質に大きな影響を及ぼすおそれがある。このような無線通信方式は、例えば携帯電話システムを代表する第4世代のTD-LTE(Time Division Long Term Evolution)または第5世代で用いられる。
【0007】
TDD方式では、約100μs弱のシンボル時間が約1000個連続して10msのフレームを構成する。このため、約100μsから10msの時間内にドレイン電流が大きく変化すると、ドレイン電流の変化に伴い増幅器の利得が大きく変動する。例えば64値QAM(直交振幅変調)または256値QAMでは、信号振幅または信号の位相に情報を載せる。このとき、線形変調の信号振幅または位相に誤差が発生し、信号品質が劣化するおそれがある。このように、不純物添加により短チャネル効果を抑制すると、信号品質が低下する可能性がある。
【0008】
一方で、バッファ層に深いエネルギー準位を導入せずに短チャネル効果を抑制する方法として、特許文献1のように、バッファ層のAl組成比を基板から表面へ向かって減少させる方法がある。特許文献1では、基板上にAlN核形成層を介して、バッファ層が形成される。特許文献1において、AlN核形成層の厚さは、40nm以上100nm以下の範囲に設定されている。ここで、AlN核形成層の上にAlGaNバッファ層を適用した場合、AlN核形成層が電位障壁となる。これにより、高ドレイン電圧印加時に、AlGaNバッファ層とAlN核形成層の界面、および、AlN核形成層と基板の界面の電荷が充放電される可能性がある。これにより、ドレイン電流の時間変動が誘発されるおそれがあった。
【0009】
本開示は、ドレイン電流の時間変動を抑制できる半導体装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示に係る半導体装置は、SiC基板と、前記SiC基板の上に設けられたAlN核形成層と、前記AlN核形成層の上に設けられたAlGaNバッファ層と、前記AlGaNバッファ層の上に設けられたGaNチャネル層と、前記GaNチャネル層の上に設けられたAlGaN障壁層と、前記AlGaN障壁層の上方に設けられたドレイン電極、ソース電極およびゲート電極と、を備え、前記AlGaNバッファ層は、前記SiC基板から前記GaNチャネル層に向かってAl組成比が減少し、前記AlN核形成層の厚さは20nm以下である。
本開示に係る半導体装置は、SiC基板と、前記SiC基板の上に設けられたAlN核形成層と、前記AlN核形成層の上に設けられたAlGaNバッファ層と、前記AlGaNバッファ層の上に設けられたGaNチャネル層と、前記GaNチャネル層の上に設けられたAlGaN障壁層と、前記AlGaN障壁層の上方に設けられたドレイン電極、ソース電極およびゲート電極と、を備え、前記AlGaNバッファ層は、前記SiC基板から前記GaNチャネル層に向かってAl組成比が減少し、前記AlN核形成層の厚さは10nm以下である。
【発明の効果】
【0011】
本開示に係る半導体装置では、AlN核形成層の厚さは30nm以下である。このため、ドレイン電流の時間変動を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施の形態1に係る半導体装置の断面図である。
図2】比較例に係る半導体装置の断面図である。
図3】Al組成比の変調による短チャネル効果への影響を説明する図である。
図4】比較例に係る半導体装置において、ソース―ドレイン電極の間隔が広い場合の断面図である。
図5】比較例に係る半導体装置において、ソース―ドレイン電極の間隔が狭い場合の断面図である。
図6】実施の形態1に係る半導体装置において、ソース―ドレイン電極の間隔が広い場合の断面図である。
図7】実施の形態1に係る半導体装置において、ソース―ドレイン電極の間隔が狭い場合の断面図である。
図8】比較例に係る半導体装置における裏面電極電圧による電流変化を示す図である。
図9】実施の形態1に係る半導体装置における裏面電極電圧による電流変化を示す図である。
図10】AlN核形成層の厚さと電流値の関係を示す図である。
図11】半導体層の表面から深さ100μmまでのエネルギーバンドダイアグラムである。
図12】半導体層の表面から深さ4μmまでのエネルギーバンドダイアグラムである。
図13】比較例に係る半導体装置のドレイン電流変動を示す図である。
図14】実施の形態1に係る半導体装置のドレイン電流変動を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本実施の形態に係る半導体装置について図面を参照して説明する。同じ又は対応する構成要素には同じ符号を付し、説明の繰り返しを省略する場合がある。
【0014】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1に係る半導体装置100の断面図である。半導体装置100は、GaN/AlGaNのヘテロ界面をもつ電界効果トランジスタである。半導体装置100は基板1を備える。基板1は、例えば半絶縁性のSiCから形成される。基板1の厚さは例えば100μmであり、上面が例えば(0001)面である。
【0015】
基板1の上にAlN核形成層11が設けられる。AlN核形成層11は積層方向の電気抵抗が小さくなるように薄く形成される。AlN核形成層11の厚さは例えば10nmである。後述するように、AlN核形成層11の厚さは30nm以下が好ましい。
【0016】
AlN核形成層11の上には、AlGaNバッファ層3が設けられる。AlGaNバッファ層3は、Al組成比が変調されている。図1中のグラフに示されるように、AlGaNバッファ層3は、基板1からGaNチャネル層4に向かってAl組成比が減少する。また、図1ではAl組成比が4%から1%まで減少している。Al組成比の値はこれに限らない。後述するように、AlGaNバッファ層3のAl組成比の最大値は10%以下であることが好ましい。AlGaNバッファ層3の厚さは、例えば300nmである。なお、AlGaNバッファ層3中に示される“-”は、Al組成比を変調することで導入された負の空間電荷50を示す。
【0017】
AlGaNバッファ層3の上にはアンドープのGaNチャネル層4が設けられる。GaNチャネル層4の厚さは、例えば100nmである。GaNチャネル層4の上にはアンドープのAlGaN障壁層5が設けられる。AlGaN障壁層5の厚さは、例えば20nmであり、Al組成比は例えば25%である。GaNチャネル層4とAlGaN障壁層5の界面には、2次元電子ガス10が形成される。AlGaN障壁層5の上には、GaNキャップ層6が設けられる。GaNキャップ層6の厚さは例えば2nmである。
【0018】
GaNキャップ層6の上にはドレイン電極7、ソース電極9およびゲート電極8が設けられる。基板1の裏面には、裏面電極12が形成される。
【0019】
図2は、比較例に係る半導体装置101の断面図である。比較例に係る半導体装置101と本実施の形態の半導体装置100は、AlN核形成層の厚さが異なる。半導体装置101においてAlN核形成層2の厚さは60nmである。また、図2には、高ドレイン電圧印加時の電子の空乏領域52が示されている。また、図2には、高ドレイン電圧印加時に2次元電子ガス10からAlGaNバッファ層3に注入され、ドレインに到達する電子の経路54が示されている。
【0020】
次に、Al組成比を積層方向に変調したAlGaNバッファ層3による効果について説明する。短ゲート構造では、高ドレイン電圧を印加した場合に、基板1側のポテンシャルが引き下げられる。このとき、ゲートからドレインにわたって形成される電子の空乏領域52に沿う経路54で、2次元電子ガス10からAlGaNバッファ層3に電子が注入される。この電子がリーク電流となって、ドレインまで到達する。
【0021】
AlGaNバッファ層3に電子が注入されないようにするためには、AlGaNバッファ層3に負の空間電荷50を形成し、電子のチャネル側への閉じ込めを強化すれば良い。GaNおよびAlNは、自発分極および圧電性の性質を有する。これらの混晶であるAlGaNは、III属元素であるAlとGaの組成比に依存して分極電荷量が変化する。このため、エピタキシャル積層方向にAl組成比を変化させることで、2次元に分布する分極電荷を3次元に分布させて、空間電荷50を誘起させることができる。ドレイン電圧が50Vのとき、短チャネル効果の抑制に必要な負の空間電荷50は、体積密度に換算して約5×1016cm―3である。
【0022】
このように、AlGaNバッファ層3のAl組成比を、GaNチャネル層4に向かって減少させることで、負の空間電荷50をAlGaNバッファ層3に形成することができる。これにより、電子のチャネル側への閉じ込めを強化できる。従って、高ドレイン電圧印加時に、2次元電子ガス10から基板1側への電子の注入を抑制できる。
【0023】
図3は、Al組成比の変調による短チャネル効果への影響を説明する図である。図3には、AlGaNバッファ層3のAl組成比を変調していない構造と、半導体装置100、101とのドレイン電流のゲート電圧依存性が示されている。図3において、ドレイン電圧は50Vである。なお、半導体装置100、101において、AlGaNバッファ層3へのFeドープは行っていない。
【0024】
Al組成比の変調なしの構造と比較して、Al組成比が変調された半導体装置100、101では、ゲート電圧によりドレイン電流が急峻にオフされる。つまり、短チャネル効果が抑制されている。
【0025】
なお、ゲート電圧が-2.5V以下のとき、比較例に係る半導体装置101は本実施の形態に係る半導体装置100よりリークが少ない。これは、半導体装置101では基板1側に電子が蓄積され裏面側からチャネルが閉まるためである。しかし、この基板1側の電子の蓄積が、後述するドレイン電流変動の原因となると考えられる。
【0026】
次に、本実施の形態に係る薄いAlN核形成層11による効果を説明する。図4は、比較例に係る半導体装置101において、ソース―ドレイン電極の間隔が広い場合の断面図である。図5は、比較例に係る半導体装置101において、ソース―ドレイン電極の間隔が狭い場合の断面図である。図6は、実施の形態1に係る半導体装置100において、ソース―ドレイン電極の間隔が広い場合の断面図である。図7は、実施の形態1に係る半導体装置100において、ソース―ドレイン電極の間隔が狭い場合の断面図である。図4から図7において、ゲート電極8は省略されている。
【0027】
図8は、比較例に係る半導体装置101における裏面電極電圧による電流変化を示す図である。図9は、実施の形態1に係る半導体装置100における裏面電極電圧による電流変化を示す図である。図8、9に示される電流値の測定方法を説明する。まず、裏面電極12に0V、ソース電極9に0V、ドレイン電極7に1V印加して、半導体装置100、101を流れる電流値を測定する。これを初期値とする。次に裏面電極12に掃引速度10V/sで0Vから-400Vまでの電圧を印加したときの、ソース―ドレイン電極間を流れる電流値の変化を測定する。
【0028】
図8では、図4、5に示される半導体装置101について測定された電流値を初期値で規格化した値が示されている。同様に、図9では、図6、7に示される半導体装置100について測定された電流値を初期値で規格化した値が示されている。図8、9の実線は、エピタキシャル層とSiC基板が絶縁体であると仮定し、各層の界面に電荷の蓄積がない場合の電流変化の計算値を示す。この計算値を以下では理想値と呼ぶ。
【0029】
図8に示されるように、比較例に係る半導体装置101では、裏面の負電圧に依存して理想値よりも電流値が減少している。これは、図4、5に示されるように、大きな負の裏面電圧により裏面電極12から注入された電子が、基板1とエピタキシャル層界面付近まで到達、蓄積したためであると考えられる。つまり、蓄積した電子の電界により、2次元電子ガス10が減少し、電流値が減少する。
【0030】
一方、図9に示されるように、本実施の形態に係る半導体装置100では、電流値が理想値に近い。これは、薄いAlN核形成層11は電位障壁が低く、図6、7に示されるように電子の蓄積量が少ないためと考えられる。
【0031】
また、図8に示されるように半導体装置101では、ソース―ドレイン電極間の距離が短いほど、裏面の負電圧の影響が少ない。これについて説明する。図4に示されるように、ドレインから注入された正孔56は、AlGaNバッファ層3の基板1側に蓄積される。図4に示されるように電極間隔が広い場合、リークパスがつながり難く、蓄積した正孔56の影響は小さい。このとき電流は、基板1とエピタキシャル層界面付近に蓄積した電子の電界により減少する。一方で、図5に示されるように電極間隔が狭い場合、正孔のリークパス58が形成され易い。このリークパス58が、蓄積した電子からの電界を遮蔽するため、電流の減少量が小さくなるものと考えられる。
【0032】
このような正孔のリークパス58は、隣接する半導体装置の間でも形成され得る。このため、複数のトランジスタを並べたマルチフィンガー電界効果トランジスタにおいて、あるトランジスタに印加されたドレイン電圧が、隣接する他のトランジスタのドレイン電流を変調する可能性がある。一方、図9に示されるように、本実施の形態に係る半導体装置100の電流値は、電極間隔への依存性が少ない。このため、電子のみならず、正孔の蓄積も少ないと考えられる。このため、本実施の形態の半導体装置100をマルチフィンガー電界効果トランジスタに適用すれば、ドレイン電流の変調を抑制できる。
【0033】
図10は、AlN核形成層の厚さと電流値の関係を示す図である。AlGaNバッファ層3とAlN核形成層の界面、および、AlN核形成層と基板1の界面に電荷の蓄積が生じるAlN核形成層の厚さを実験的に確認した。実験には、図6に示される構造の半導体装置100が用いられた。実験では、AlN核形成層の厚さが10、20、25、60、75、125nmのそれぞれについて、ソース―ドレイン間を流れる電流値の測定が行われた。図10では、裏面電極12に-100V、ソース電極9に0V、ドレイン電極7に1V印加した時の電流値を、裏面電極12に0V、ソース電極9に0V、ドレイン電極7に1V印加した時の電流値で規格化した値が示されている。
【0034】
AlN核形成層11の厚さが10nmから25nmまでは、裏面電極に-100V印加したときの電流の減少量がほぼ無い。このときの規格化電流値は、実線60で示される基板1を絶縁体と仮定した場合の値とほぼ同じである。AlN核形成層の厚さが60nmより厚い場合、裏面電極12に-100V印加したときの電流の減少量がAlN核形成層の厚さに依存して大きくなる。図10に示される破線62を用いた外挿値から、電子の蓄積が生じないためのAlN核形成層11の厚さとして、30nm以下が好適と見積もることができる。
【0035】
次に、AlGaNバッファ層3のAl組成比として好ましい値について説明する。図11は、半導体層の表面から深さ100μmまでのエネルギーバンドダイアグラムである。図12は、半導体層の表面から深さ4μmまでのエネルギーバンドダイアグラムである。図11、12では、図6の構造において、裏面電極12に-50V、ソース電極9に0V、ドレイン電極7に1V印加した時の、I-II直線に沿ったエネルギーバンドダイアグラムの計算値が示されている。計算では、AlN核形成層11は低抵抗の層であるため省略された。
【0036】
図11、12では、AlGaNバッファ層3のAl組成比の最大値が10%の場合が実線64として示され、50%の場合が破線66として示されている。図12で、領域68はAlGaNバッファ層3とGaNチャネル層4に対応し、領域70はAlGaN障壁層5とGaNキャップ層6に対応する。
【0037】
Al組成比が10%の場合、50Vの電圧はほとんど基板1で降下され、エピタキシャル層には大きな電圧が印加されない。Al組成比が50%の場合、エピタキシャル層には大きな電圧が印加される。これについて説明する。AlGaNはAl組成比が高くなると、伝導帯端と真空準位の差、つまり電子親和力が小さくなる。このため、AlGaNとSiCの伝導帯端におけるバンド不連続量が、裏面電極12から流れ込む電子に対して大きな電位障壁となり、AlGaNバッファ層3と基板1の界面に電子が蓄積され易くなる。このような電子の蓄積により、エピタキシャル層に電界が発生するものと考えられる。
【0038】
このように、AlGaNバッファ層3のAl組成比が大きい場合、本実施の形態に係る薄いAlN核形成層11を用いても、伝導帯端におけるバンド不連続量によりAlGaNバッファ層3と基板1の界面近傍に電子が蓄積される可能性がある。この場合、ドレイン電流が変調される可能性があり、好ましくない。そこで、AlGaNバッファ層3のAl組成比の最大値を10%以下にすることで、2次元電子ガス10の十分な閉じ込め効果が得られる。AlGaNバッファ層3と基板1の伝導帯不連続量は、Al組成比が10%の場合0.3eV程度であり、Al組成比が50%の場合の1.6eVと比較して十分小さい。
【0039】
図13は、比較例に係る半導体装置101のドレイン電流変動を示す図である。図13では、厚さが60nmのAlN核形成層2上に、Al組成比が最大4%で基板1側から表面側に向かって減少するAlGaNバッファ層3を積層した構造が想定されている。図14は、実施の形態1に係る半導体装置100のドレイン電流変動を示す図である。図14では、厚さが10nmのAlN核形成層11上に、Al組成比が最大4%で基板1側から表面側に向かって減少するAlGaNバッファ層3を積層した構造が想定されている。
【0040】
ドレイン電流の時間変動は以下の方法で評価する。最初にドレイン電圧を50V印加し、ドレイン電流値がゲート電圧0V印加時の約1/10になるようにゲート電圧を調整する。このときのドレイン電流値を初期値と呼ぶ。次に、瞬間的にドレイン電圧を昇圧して、100μs保持する。ドレイン電圧の昇圧値は、60V、70V、80Vの何れかである。その後、立ち下がり時間0.1μsで50Vにドレイン電圧を戻した後、ドレイン電流値の時間変化を測定する。図13、14では、ドレイン電圧の昇圧値が60V、70V、80Vの場合の電流値が示されている。また、図13、14のドレイン電流値は初期値で規格化されている。
【0041】
図13に示されるように、比較例に係る半導体装置101では、ドレイン電圧が変化した後、10ms経過後もドレイン電流値が初期値に戻らない。また、ドレイン電圧の変化量に依存してドレイン電流の変化量も大きくなる。これに対し、本実施の形態に係る半導体装置100では、図14に示されるように、3ms後には初期値の90%に近い値までドレイン電流値が回復する。また、ドレイン電圧の変化量に対するドレイン電流の変化量の依存性も小さい。このように、本実施の形態では、ドレイン電流の時間変動を抑制できる。
【0042】
以上の様に本開示の発明者は、バッファ層に深いエネルギー準位を導入しない場合でも、比較例に係る半導体装置101ではドレイン電流の時間変動が生じることを見出した。一般に高周波増幅器としてトランジスタを用いる場合、基板の裏面に裏面電極を形成し、裏面電極を接地して使用する。半導体装置101にドレイン電圧を印加すると、裏面電極12とドレイン電極7に加わる電圧の大部分が高抵抗のAlN核形成層2に印加される。このため、ドレイン電圧の変化に応じて、ドレイン電極7から注入された正孔がAlGaNバッファ層3とAlN核形成層2の界面で充放電され、裏面電極12から注入された電子がAlN核形成層2と基板1の界面で充放電される。これらの電荷から発生した電界によりドレイン電流が変調されると考えられる。
【0043】
これに対し本実施の形態では、電気抵抗が低くなるように極薄く形成されたAlN核形成層11を用いることにより、AlN核形成層11に印加される電圧を抑制できる。従って、AlGaNバッファ層3とAlN核形成層11の界面、およびAlN核形成層11と基板1の界面で、電荷が充放電することを抑制できる。従って、ドレイン電流の時間変動を抑制できる。
【0044】
一般に、SiC基板上にGaNあるいはAlGaNを成長させる場合、SiC基板に対するエピタキシャル層のぬれ性を向上させるために、AlN核形成層を最初に成長させる。AlN核形成層の成長の初期段階では、島状にAlNの核が形成される。この核を3次元島と呼ぶ。成長が進むにつれて、3次元島どうしが融合してAlNが層状に成長する。層状のAlNを2次元島と呼ぶ。このため、成長過程では3次元島と2次元島が混在する。このとき、結晶欠陥である貫通転位密度が高い。貫通転位はエピタキシャル層の積層方向に電気を通し易い性質を有する。このため、成長初期段階の極薄いAlN核形成層は、積層方向の電気抵抗が低いと考えられる。
【0045】
本実施の形態では、この現象を積極的に利用し、薄く電気抵抗が低いAlN核形成層11を形成する。AlGaNバッファ層3を、基板1上に極薄く形成されたAlN核形成層11の上に積層することで、AlGaNバッファ層3と基板1の間の電位障壁を抑制できる。従って、AlGaNバッファ層3とAlN核形成層11の界面、および、AlN核形成層11と基板1の界面で電荷が充放電されることを抑制でき、ドレイン電流の時間変動を抑制できる。
【0046】
AlGaNバッファ層3のAl組成比は、図1中のグラフでは深さに対して線形に変化しているが、線形に変化しなくても良い。
【0047】
本実施の形態で説明した技術的特徴は適宜に組み合わせて用いても良い。
【符号の説明】
【0048】
1 基板、2 AlN核形成層、3 AlGaNバッファ層、4 GaNチャネル層、5 AlGaN障壁層、6 GaNキャップ層、7 ドレイン電極、8 ゲート電極、9 ソース電極、11 AlN核形成層、12 裏面電極、50 空間電荷、52 空乏領域、54 経路、56 正孔、58 リークパス、100、101 半導体装置
図1
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