(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-11
(45)【発行日】2023-12-19
(54)【発明の名称】グリース組成物、ピボットアッシー軸受および該軸受を備えた軸受装置
(51)【国際特許分類】
C10M 105/32 20060101AFI20231212BHJP
C10M 105/36 20060101ALI20231212BHJP
C10M 169/04 20060101ALI20231212BHJP
C10M 169/02 20060101ALI20231212BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20231212BHJP
F16C 33/66 20060101ALI20231212BHJP
F16C 35/12 20060101ALI20231212BHJP
G11B 33/12 20060101ALI20231212BHJP
G11B 21/02 20060101ALI20231212BHJP
G11B 19/20 20060101ALI20231212BHJP
C10M 129/10 20060101ALN20231212BHJP
C10M 133/12 20060101ALN20231212BHJP
C10M 137/04 20060101ALN20231212BHJP
C10M 115/08 20060101ALN20231212BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20231212BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20231212BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20231212BHJP
【FI】
C10M105/32
C10M105/36
C10M169/04
C10M169/02
F16C19/06
F16C33/66 Z
F16C35/12
G11B33/12 313C
G11B21/02 630A
G11B19/20 E
C10M129/10
C10M133/12
C10M137/04
C10M115/08
C10N30:00 Z
C10N40:02
C10N50:10
(21)【出願番号】P 2023543242
(86)(22)【出願日】2022-10-25
(86)【国際出願番号】 JP2022039773
(87)【国際公開番号】W WO2023074701
(87)【国際公開日】2023-05-04
【審査請求日】2023-07-18
(31)【優先権主張番号】P 2021174015
(32)【優先日】2021-10-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000114215
【氏名又は名称】ミネベアミツミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】弁理士法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】綱 基次郎
(72)【発明者】
【氏名】八町 順
(72)【発明者】
【氏名】新海 孝則
【審査官】川嶋 宏毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-255272(JP,A)
【文献】特開2021-143310(JP,A)
【文献】特開2021-087279(JP,A)
【文献】特開2021-136049(JP,A)
【文献】特開2016-150954(JP,A)
【文献】国際公開第2016/084781(WO,A1)
【文献】特開2001-123191(JP,A)
【文献】特開2004-091764(JP,A)
【文献】特開2019-052200(JP,A)
【文献】特開2018-178085(JP,A)
【文献】特開平10-088158(JP,A)
【文献】特表2017-538840(JP,A)
【文献】特開2006-236410(JP,A)
【文献】特開2006-207716(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00-80/00
F16C 19/00-19/36,
33/30-33/66
G11B 33/00-33/08,
33/12-33/14
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族エステル系基油と、増ちょう剤とを含有するグリース組成物であって、
前記芳香族エステル系基油が、
環上の置換基としてエステル基※-C(=O)O-(※は芳香環との結合箇所)を有し、該エステル基の酸素原子に総炭素原子数8以上のアルキル基が結合する芳香族エステル化合物を含み、
前記アルキル基は、
炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基であるか、
炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基に枝分かれ鎖が結合してなる分岐状アルキル基であるか、又は、
炭素原子数6以上11以下の直鎖状アルキル基に枝分かれ鎖が2以上結合してなる分岐状アルキル基であ
り、
前記芳香族エステル系基油は、少なくとも、前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が9以上16以下である分岐状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物を含む、
ピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項2】
前記芳香族エステルがトリメリット酸エステルである、
請求項1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項3】
前記芳香族エステル系基油は、少なくとも、前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が11以上16以下である分岐状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物を含む、
請求項
1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項4】
前記芳香族エステル系基油が、下記(A)~(D)からなる群から選択される芳香族エステル化合物である、請求項1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
(A)前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が11の分岐状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物、
(B)前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が11の分岐状アルキル基と総炭素原子数が11の直鎖状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物、
(C)前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が16の分岐状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物、
(D)前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が11の分岐状アルキル基と総炭素原子数が10の直鎖状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物。
【請求項5】
前記芳香族エステル系基油が、前記(B)または(D)の芳香族エステル化合物である、請求項4に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項6】
前記芳香族エステル系基油が、下記(a)~(d)からなる群から選択される芳香族エステル化合物である、請求項1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
(a)下記式(K)で表される総炭素原子数11の分岐鎖を有するアルキル基を有する芳香族エステル化合物、
【化1】
(b)炭素原子数11の直鎖アルキル基にヒドロキシ基が結合したアルコールと下記基Rで表される総炭素原子数11の分岐鎖を有するアルキル基にヒドロキシ基が結合したアルコールとの混合物と、トリメリット酸とのトリエステル化合物、
【化2】
(c)総炭素原子数16の分岐鎖アルキル基にヒドロキシ基が結合したアルコールであって、該分岐鎖アルキル基は分岐の数が1であり、且つ、ヒドロキシ基の酸素原子に結合する炭素原子から数えて、長鎖となる炭素鎖の炭素原子数が10であり、短鎖となる炭素鎖の炭素原子数が8であるアルコールと、トリメリット酸とのトリエステル化合物、
(d)炭素原子数10の直鎖アルキル基にヒドロキシ基が結合したアルコールと前記基Rで表される総炭素原子数11の分岐鎖を有するアルキル基にヒドロキシ基が結合したアルコールとの混合物と、トリメリット酸とのトリエステル化合物。
【請求項7】
前記芳香族エステル系基油が、前記(b)または(d)の芳香族エステル化合物である、
請求項6に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項8】
酸化防止剤としてフェノール系酸化防止剤をさらに含む、請求項1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項9】
前記フェノール系酸化防止剤が、ヒンダードフェノール系酸化防止剤である、請求項
8に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項10】
前記ヒンダードフェノール系酸化防止剤が、オクタデシル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、2,4-ビス-(n-オクチルチオ)-6-(4-ヒドロキシ-3,5-ジ-t-ブチルアニリノ)-1,3,5-トリアジン、トリエチレングリコール-ビス[3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,2-チオ-ジエチレンビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、及びオクチル-3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-ヒドロケイ皮酸からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項
9に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項11】
酸化防止剤として、ジアリールアミン系酸化防止剤をさらに含む、請求項1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項12】
前記ジアリールアミン系酸化防止剤が、ジフェニルアミン、アルキル化ジフェニルアミン、及びアルキル化フェニル-α-ナフチルアミンからなる群から選択される少なくとも一種である、請求項
11に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項13】
極圧添加剤としてリン酸エステル系化合物をさらに含む、請求項1に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項14】
前記リン酸エステル系化合物が、リン酸トリエステル、リン酸モノエステル、及びリン酸ジエステルからなる群から選択される少なくとも1種の化合物である、請求項
13に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項15】
前記リン酸エステル系化合物が、トリクレジルホスフェート(CAS No.1330-78-5)、トリフェニルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリオクチルホスフェート、トリオレイルホスフェート、2-エチルヘキシルアシッドホスフェート(CAS
No.12645-31-7)、アルキル(C12,C14,C16,C18)アシッドホスフェート、イソトリデシルアシッドホスフェート(CAS No.52933-07-0)、及びオレイルアシッドホスフェート(CAS No.37310-83-1)からなる群から選択される少なくとも一種である、
請求項
14に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物。
【請求項16】
請求項1乃至請求項
15のうち何れか一項に記載のピボットアッシー軸受用グリース組成物を封入したピボットアッシー軸受。
【請求項17】
前記ピボットアッシー軸受用グリース組成物が、増ちょう剤としてウレア系増ちょう剤を含み、
前記ウレア系増ちょう剤が、式(1)で表されるジウレア化合物からなり、
R
1-NHCONH-R
2-HNOCHN-R
3 ・・・式(1)
(式(1)中、
R
1およびR
3は一価の脂環式炭化水素基または一価の脂肪族炭化水素基であって、脂環式炭化水素基:脂肪族炭化水素基がモル比で6:4~8:2であり、
R
2は二価の芳香族炭化水素基を表す。)
前記グリース組成物は、
膜厚1mmでせん断歪み1%の条件で測定した25℃における貯蔵弾性率が1,200~3,000Paであり、
80℃における離油量が200~270mm
2/mgである、
請求項
16に記載のピボットアッシー軸受。
【請求項18】
請求項
16に記載のピボットアッシー軸受を備えた軸受装置。
【請求項19】
請求項
18に記載の軸受装置を搭載したディスク駆動装置。
【請求項20】
3.5インチ径のディスクを9枚以上備えた、請求項
19に記載のディスク駆動装置。
【請求項21】
空気よりも密度の小さい気体により内部空間が満たされている、請求項
19に記載のディスク駆動装置。
【請求項22】
熱アシスト磁気記録方式が採用された、請求項
19に記載のディスク駆動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピボットアッシー用グリース組成物、前記グリース組成物が封入されているピボットアッシー軸受及び該軸受を備えた軸受装置に関する。更に本発明は、該軸受装置を備えたディスク駆動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスク駆動装置(HDD)のアクチュエータの支点部分に使用されるピボットアセンブリや、スピンドルモータに内蔵される軸受には、これら部品の動作や装置の駆動を円滑にするために、グリースやオイルなどの種々の潤滑剤が用いられている。
例えばディスク駆動装置のアクチュエータに組み込まれる転がり軸受において、芳香族エステル油を含有する基油に、増ちょう剤として脂環族炭化水素基及び脂肪族炭化水素基の少なくとも1種を骨格中に有するジウレア化合物を配合してなるグリースを封入した転がり軸受の提案がある(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
HDDの読み書きエラーの発生原因として、上記アクチュエータやスピンドルモータに内蔵される軸受に封入された潤滑剤の一成分である、基油の揮発が挙げられる。揮発した基油が冷却されて磁気ディスク表面や磁気ヘッド上で凝結し、液体又は固体としてこれらに付着した場合、磁気ディスクと磁気ヘッドが吸着を起こすなどして正常な読み書きができなくなり、これが読み書きエラーの一原因になると考えられている。
HDD駆動時の温度上昇に伴う潤滑剤基油の揮発に対して、例えば低揮発性の基油の選択によって揮発量の抑制を図ったとしても、成分の揮発を完全に無くすことは難しい。
【0005】
本発明は、ピボットアッシー用グリース組成物及びそれを封入したピボットアッシー軸受を提供すること、並びに該グリース組成物及び軸受の適用により、グリース組成物が揮発した場合においても揮発成分の磁気ディスク等への付着が抑制され、ひいてはHDDの読み書きエラー発生を抑制できる、軸受装置及びそれを備えたディスク駆動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、芳香族エステル系基油と、増ちょう剤とを含有するグリース組成物であって、前記芳香族エステル系基油が、環上の置換基としてエステル基※-C(=O)O-(※は芳香環との結合箇所)を有し、該エステル基の酸素原子に総炭素原子数8以上のアルキル基が結合する芳香族エステル化合物を含む、ピボットアッシー軸受用グリース組成物に関する。
本発明はまた、前記ピボットアッシー軸受用グリース組成物を封入したピボットアッシー軸受に関する。
さらに本発明は、前記ピボットアッシー軸受を備えた軸受装置に関する。
そして本発明は、前記軸受装置を搭載したディスク駆動装置に関する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本発明のピボットアッシー軸受(転がり軸受)の構造の一例を説明する模式図である。
【
図2】本発明の駆動装置(ディスク駆動装置)の構造の一例を説明する模式図である。
【
図3】本発明の軸受装置(ピボットアッシー軸受装置)の構造の一例を説明する模式図である。
【
図4】読み書きエラー発生試験において使用したヒーター温度プログラムを示す図である。
【
図5】本発明のピボットアッシー軸受(転がり軸受)に使用される冠形保持器を示す図である。
【
図6】スラッジ発生評価における高速四級試験後のボールの撮影画像である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
上述したように、HDDのアクチュエータやスピンドルモータに使用される潤滑剤においては、HDDの読み書きエラーの一要因と考えられている潤滑剤成分の揮発(アウトガス発生等)の抑制を図った提案がなされてきた。
一般的に用いられる潤滑成分の揮発を抑制しても、揮発それ自体を無くすことはできない。従来のディスク駆動装置では、フライハイト(磁気ヘッドとディスクとの距離)が十分大きかった。そのため、揮発成分を抑制できれば、読み書きエラーを回避することが可能であった。しかし、記録密度の向上に伴い、フライハイトは数nm程度まで小さくなっている。この場合、磁気ヘッドとディスクとの間が負圧状態となると考えられる。これにより周囲の気体が磁気ヘッドとディスクとの間に向かい、圧縮される。そうするとその気体が凝縮され、微量な揮発成分も液化する可能性がある。また近年HDD1台当たりの記録容量の増大に伴い、装置内のディスク枚数が増え、3.5インチ径のディスクを9枚以上備えたディスク駆動装置も発売されるようになっている。このような装置では、装置内の空間容積がさらに小さくなっている。このように空間容積が小さく、さらにはフライハイトが数nmオーダーの環境下では、微量のコンタミネーションでさえ読み書きエラーにつながる可能性がある。
また、空気よりも密度の小さい気体(例えばヘリウム等)で内部空間が満たされているディスク駆動装置も普及し始めている。このようなディスク駆動装置では、装置内部の気圧が1気圧よりも小さいことがある。その場合は、潤滑剤成分の揮発の抑制がより難しくなる。さらに、次世代記録技術である熱アシスト磁気記録(HAMR)方式が採用されたHDDの場合、アクチュエータのヘッド部の温度が局所的に400℃もの高温となり得る。これにより、HDD内部温度が上昇し、低揮発性の基油を用いた場合でも潤滑剤成分の揮発量を低減できない可能性がある。以上のように、潤滑剤成分の揮発がより一層問題視されるなか、本発明者らは、潤滑剤の構成成分を低揮発性とするという従来の課題にさらに踏み込んだ。本発明者らは、仮に揮発が生じたとしても、当該揮発成分がディスク等に付着しづらい(付着したとしても留まらない)という新たな発想に基づき、構成成分の検討を進めた。そして、アルキル鎖長が一定以上の長さを有する芳香族エステル化合物を基油として採用したところ、上記の発想を実現するグリース組成物が得られることを初めて見出した。さらには、グリース組成物の構成成分のディスクへの付着性(付着抑制)と、実機を用いたHDDの読み書きエラー発生(エラー抑制)との間に相関を見出すに至った。
【0009】
以下、本発明のピボットアッシー軸受用グリース組成物(以下、単にグリース組成物とも称する)について詳述する。
【0010】
<基油>
本発明のグリース組成物は基油として芳香族エステル系基油を使用する。
本発明で使用する芳香族エステル系基油は、環上の置換基としてエステル基を有し、該エステル基の酸素原子に総炭素原子数8以上のアルキル基が結合した芳香族エステル化合物を用いることを特徴とする。
本発明者らは、上記構造を有する芳香族エステル化合物を基油として採用することにより、該基油が高温下に晒され揮発した場合においても、磁気ディスク等の表面に揮発した基油が付着し難いという特性を有するグリース組成物が得られることを初めて見出した。
【0011】
上述の芳香族エステル化合物は、芳香環にエステル基※-(CO)O-(※は芳香環との結合箇所)を介して、総炭素原子数8以上のアルキル基が結合した化合物である。言い換えると、芳香環上の水素原子が炭素原子数8以上のアルキルエステル基(ここでの炭素原子数はアルキル基部分の炭素原子数を指す)にて置換された化合物である。
上記芳香環としては、ベンゼン環やナフタレン環が挙げられ、中でもベンゼン環を挙げることができる。
上記芳香環上のアルキルエステル基の置換数は特に限定されず、1以上3個程度のアルキルエステル置換された化合物を挙げることができる。また芳香族エステル化合物が2個以上のアルキルエステル基で置換されている化合物である場合、該アルキルエステル基は同一であっても異なっていてもよい。なお芳香族エステル化合物が2個以上のアルキルエステル基で置換されている化合物である場合、少なくとも1個が炭素原子数8以上のアルキルエステル基であり、全てのアルキルエステル基が炭素原子数8以上のアルキルエステル基(ここでの炭素原子数はアルキル基部分の炭素原子数を指す)であることが好ましい(後述する直鎖状、分岐状アルキル基の例示においても同様であり、芳香族エステル化合物が2個以上のアルキルエステル基を有する場合、少なくとも1個のアルキルエステル基におけるアルキル基が例示された基を有し、好ましくは全てのアルキルエステル基におけるアルキル基が例示された基を有する)。
【0012】
上記総炭素原子数8以上のアルキル基は、直鎖状であっても分岐状であってもよい。分岐状アルキル基は、枝分かれ鎖を複数有していてもよく、また分岐の箇所は特に限定されない。
【0013】
上記芳香族エステル化合物における、総炭素原子数8以上の直鎖状アルキル基は、例えば炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基であり、あるいはまた炭素原子数9以上11以下の直鎖状アルキル基とすることができる。
また、総炭素原子数8以上の分岐状アルキル基は、総炭素原子数が9以上16以下、また例えば総炭素原子数11以上16以下とすることができる。
なお、総炭素原子数8以上の分岐状アルキル基は、例えば炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基に枝分かれ鎖が結合してなる分岐状アルキル基とすることができる。上記分岐状アルキル基は、すなわちエステル基の酸素原子に結合する炭素原子から数えて、最長鎖となる炭素鎖の炭素原子数が8以上11以下となるアルキル基である。なお、分岐状アルキル基は、総炭素原子数が8以上であれば、例えば炭素原子数6以上11以下の直鎖状アルキル基に枝分かれ鎖が複数結合してなる分岐状アルキル基であってもよい。
なお上記芳香族エステル化合物において、総炭素原子数8以上のアルキル基が上記特定の総炭素原子数を有する直鎖状アルキル基であるとする態様、あるいは、総炭素原子数8以上のアルキル基が上記特定の総炭素原子数を有する分岐状アルキル基であるとする態様は、芳香族エステル化合物においてエステル基※-(CO)O-の酸素原子に結合するアルキル基として、前記直鎖状アルキル基あるいは分岐状アルキル基を必須として含むことを意味する。
すなわち例えば芳香族エステル化合物が2個以上のアルキルエステル基で置換されている場合には、少なくとも一方のアルキルエステル基のアルキル基が上記特定の直鎖状アルキル基や特定の分岐状アルキル基であればよく、残りのアルキルエステル基のアルキル基が他のアルキル基であることを排除せず、また基油としてそのほかの総炭素原子数8以上のアルキル基を有する芳香族エステル化合物の使用を特段排除することを意図するものではない。
要するに上記芳香族エステル化合物において、例えば「総炭素原子数8以上の分岐状アルキル基が、総炭素原子数が9以上16以下である分岐状アルキル基であると」いう態様は、芳香族エステル系基油において、エステル基の酸素原子に結合するアルキル基として当該分岐状アルキル基のみを含む芳香族エステル化合物のみからなる態様、エステル基の酸素原子に結合するアルキル基として当該分岐状アルキル基と他のアルキル基(例えば総炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基)を含む芳香族エステル化合物のみからなる態様、これら芳香族エステル化合物の何れか/または双方とエステル基の酸素原子に結合するアルキル基として当該分岐状アルキル基以外のアルキル基を含む芳香族エステル化合物(例えば総炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基を含む芳香族エステル化合物)とを含む態様、のいずれをも包含し得る。
本発明の一実施態様において、芳香族エステル系基油は、少なくとも、前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が9以上16以下である分岐状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物を含み、また別の実施態様において、芳香族エステル系基油は、少なくとも、前記エステル基の酸素原子に総炭素原子数が11以上16以下である分岐状アルキル基が結合する芳香族エステル化合物を含む。
【0014】
上記芳香族エステル化合物としては、例えばトリメリット酸(1,2,4-ベンゼントリカルボン酸)のトリエステルを挙げることができる。
【0015】
好ましい芳香族エステル化合物として、下記式で表されるトリメリット酸のトリエステル化合物を挙げることができる。
【化1】
式中、Rは、それぞれ独立して、総炭素原子数8以上の直鎖状又は分岐状のアルキル基であり、例えば炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基であり、また例えば炭素原子数8以上11以下の直鎖状アルキル基に枝分かれ鎖が結合してなる分岐状アルキル基であり、また例えば炭素原子数6以上11以下の直鎖状アルキル基に枝分かれ鎖が2以上結合してなる分岐状アルキル基であり、該分岐状アルキル基の総炭素原子数は例えば9以上16以下とすることができる。
【0016】
上記基油は、40℃における動粘度が例えば40~150mm2/sの範囲にあるものを使用することができる。
【0017】
上記基油は、本発明のグリース組成物の総質量に基づいて例えば80質量%以上の割合で含むことができ、例えばグリース組成物の総質量に基づいて80質量%乃至98質量%の割合にて上記基油を含む。
【0018】
<増ちょう剤>
本発明のグリース組成物は、増ちょう剤としてウレア化合物を好ましく用いることができる。ウレア化合物は、耐熱性、耐水性ともに優れ、特に高温での安定性が良好なため、高温環境下での適用箇所において増ちょう剤として好適に用いられている。
【0019】
本発明ではウレア系増ちょう剤として、例えば脂環式脂肪族ジウレア化合物を使用することができ、具体例として下記式(1)で表されるジウレア化合物を挙げることができる。
R1-NHCONH-R2-NHCONH-R3・・・式(1)
(式(1)中、R1およびR3は、一価の脂肪族炭化水素基または一価の脂環式炭化水素基であって、ジウレア化合物総量中の脂環式炭化水素基:脂肪族炭化水素基がモルで6:4~8:2であり、
R2は二価の芳香族炭化水素基を表す。)
【0020】
上記R1及びR3は、同一すなわち双方が一価の脂肪族炭化水素基または一価の脂環式炭化水素基であってよく、あるいは一方が一価の脂環式炭化水素基であり、他方が一価の脂肪族炭化水素基であってもよい。
ただし、式(1)で表されるジウレア化合物総量中の脂環式炭化水素基と脂肪族炭化水素基はモル比で6:4~8:2の範囲にあることが好ましい。脂環式炭化水素基と脂肪族炭化水素基のモル比を上記範囲とすることで、当該ジウレア化合物を含むグリース組成物の貯蔵弾性率や離油量を所定の範囲とすることができる。
後述するようにグリース組成物の貯蔵弾性率や離油量を考慮したジウレア化合物の採用により、該グリース組成物を転がり軸受に封入して該転がり軸受を駆動させた際、封入されたグリース組成物の形状が維持され、且つ適正量の油分(基油)が転動体に供給されるため、適切な潤滑性能を有しつつ発塵が抑制されたグリース組成物とすることができる。
【0021】
上記一価の脂肪族炭化水素基としては、例えば炭素原子数6乃至26の直鎖状又は分岐状の飽和又は不飽和の脂肪族炭化水素基が挙げられる。
上記一価の脂環式炭化水素基としては、例えば炭素原子数5乃至12の脂環式炭化水素基が挙げられる。
上記二価の芳香族炭化水素基としては、例えば炭素原子数6乃至20の二価の芳香族炭化水素基が挙げられる。
【0022】
本発明で使用する脂環式脂肪族ジウレア化合物は、アミン化合物とイソシアネート化合物を用いて合成可能である。例えばアミン原料として脂環式アミンと脂肪族アミンを用い、これと芳香族ジイソシアネートとを用いて合成し、得られる。アミン原料である脂環式アミンと脂肪族アミンは、例えば仕込み量を脂環式アミン:脂肪族アミン=6:4~8:2とし、これを芳香族ジイソシアネートと反応させることにより、ジウレア化合物総量中の脂環式炭化水素基:脂肪族炭化水素基がモルで6:4~8:2である化合物を得ることができる。
上記アミン化合物としては、ヘキシルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン(ステアリルアミン)、ベヘニルアミン、オレイルアミンなどに代表される脂肪族アミン、並びに、シクロヘキシルアミンなどに代表される脂環式アミンが挙げられる。
またイソシアネート化合物として、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート(TDI)、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、ジメチルビフェニルジイソシアネート(TODI)等の芳香族ジイソシアネートが用いられる。
【0023】
上記増ちょう剤は、本発明のグリース組成物の総質量に基づいて、例えば10質量%乃至15質量%の割合で含む。増ちょう剤を、15質量%を超えて使用した場合、グリース組成物は離油量が少なすぎるものとなり潤滑不良となることが懸念される。一方、10質量%未満にて使用すると離油量が多すぎるものとなり装置の汚染が懸念されるだけでなく、保持器のグリースポケットからグリースが流れ出し、軸受の転動体と軌道輪との間に巻き込まれて回転トルクが上昇することが懸念される。
なかでも、離油量が適正であり且つ流動特性及び寿命特性に特に優れたグリース組成物を得られる観点から、例えば10質量%乃至13質量%の割合にて増ちょう剤を含むことが好ましい。
【0024】
<その他添加剤>
また、グリース組成物には、上記必須成分に加えて、必要に応じてグリース組成物に通常使用される添加剤を、本発明の効果を損なわない範囲において含むことができる。
このような添加剤の例としては、酸化防止剤、防錆剤、極圧添加剤(極圧剤)、金属不活性剤、摩擦防止剤(耐摩耗剤)、油性向上剤、粘度指数向上剤、増粘剤などが挙げられる。
これらその他の添加剤を含む場合、その添加量(合計量)は、通常、グリース組成物の全量に対して0.1~10質量%である。
【0025】
例えば上記酸化防止剤としては、例えばオクタデシル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、ペンタエリスリトールテトラキス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,4-ビス-(n-オクチルチオ)-6-(4-ヒドロキシ-3,5-ジ-t-ブチルアニリノ)-1,3,5-トリアジン、1,3,5-トリメチル-2,4,6-トリス(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシベンジル)ベンゼン、トリエチレングリコール-ビス[3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、1,6-ヘキサンジオール-ビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,2-チオ-ジエチレンビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、N,N’-ヘキサメチレンビス(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシ-ヒドロシンナミド)、オクチル-3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-ヒドロケイ皮酸等のヒンダードフェノール系酸化防止剤;
2,6-ジ-t-ブチル-4-メチルフェノール、および4,4-メチレンビス(2,6-ジ-t-ブチルフェノール)等のその他のフェノール系酸化防止剤;ジフェニルアミン、アルキル化ジフェニルアミン、トリフェニルアミン、ヒンダードアミン、フェニル-α-ナフチルアミン、アルキル化フェニル-α-ナフチルアミン、フェノチアジン、アルキル化フェノチアジン等のアミン系酸化防止剤等が挙げられる。
これらの中でも、ディスク付着性の観点からフェノール系酸化防止剤、中でも、オクタデシル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、2,4-ビス-(n-オクチルチオ)-6-(4-ヒドロキシ-3,5-ジ-t-ブチルアニリノ)-1,3,5-トリアジン、トリエチレングリコール-ビス[3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、2,2-チオ-ジエチレンビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、及びオクチル-3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-ヒドロケイ皮酸からなる群から選択されるヒンダードフェノール系酸化防止剤や、ジフェニルアミン、アルキル化ジフェニルアミン、フェニル-α-ナフチルアミン、アルキル化フェニル-α-ナフチルアミン等のジアリールアミン化合物のアミン系酸化防止剤が好適であり、さらにはスラッジ抑制の観点からヒンダードフェノール系酸化防止剤が好適である。
【0026】
また極圧添加剤としては、例えばリン系化合物、塩素系化合物、高分子エステル等が挙げられる。
これらの中でも、リン酸エステル、亜リン酸エステル、リン酸エステルアミン塩などのリン酸エステル系化合物、すなわちリン系化合物を好適に用いることができる。
好適なリン酸エステル系化合物としては、例えばトリクレジルホスフェート(CAS No.1330-78-5)、トリフェニルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリオクチルホスフェート、トリオレイルホスフェートなどのリン酸トリエステル;ジラウリルハイドロゲンホスファイト(CAS No.21302-09-0)、トリクレジルホスファイト(Cas No.25586-42-9)、トリス(2-エチルヘキシル)ホスファイト(CAS No.301-13-3)、トリイソデシルホスファイト(CAS No.25448-25-3)、トリラウリルホスファイト(CAS No.3076-63-9)、トリス(トリイソデシル)ホスファイト(CAS No.77745-66-5)、トリオレイルホスファイト(CAS No.13023-13-7)などの亜リン酸ジエステル及び/又は亜リン酸トリエステル;2-エチルヘキシルアシッドホスフェート(CAS No.12645-31-7)、アルキル(C12,C14,C16,C18)アシッドホスフェート、イソトリデシルアシッドホスフェート(CAS No.52933-07-0)、オレイルアシッドホスフェート(CAS No.37310-83-1)などのリン酸モノエステル及び/又はリン酸ジエステル(酸性リン酸エステル);が挙げられ、これらは市販品としても入手可能である。
これらの中でも、スラッジ抑制の観点から上記リン酸トリエステル、リン酸モノエステル及び/又はリン酸ジエステルが好ましく、中でもリン酸トリエステルが好ましい。具体例としては、トリクレジルホスフェート(CAS No.1330-78-5)、トリフェニルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリオクチルホスフェート、トリオレイルホスフェート、2-エチルヘキシルアシッドホスフェート(CAS No.12645-31-7)、アルキル(C12,C14,C16,C18)アシッドホスフェート、イソトリデシルアシッドホスフェート(CAS No.52933-07-0)、及びオレイルアシッドホスフェート(CAS No.37310-83-1)からなる群から選択される少なくとも一種を挙げることができる。特に腐食抑制の観点から、トリクレジルホスフェート(CAS No.1330-78-5)、トリフェニルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリオクチルホスフェート、トリオレイルホスフェートからなる群から選択される1種が好適であり、中でも、トリクレジルホスフェートが好適である。
なお、従来、極圧添加剤として使用されている硫黄含有添加剤、例えば硫黄系化合物の金属塩(カルシウムスルホネートなど)や、リン系化合物としても分類され得るトリフェノキシホスフィンスルフィド(TPPS)などのチオリン酸トリエステルは、スラッジ抑制の観点から使用を避けることが望ましい。
【0027】
金属不活性剤としては、ベンゾトリアゾール、亜硝酸ソーダ等が挙げられる。
【0028】
また耐摩耗剤はトリクレジルホスフェートや高分子エステルを挙げることができる。
上記高分子エステルとしては、例えば脂肪族1価カルボン酸及び2価カルボン酸と、多価アルコールとのエステルが挙げられる。上記高分子エステルの具体例としては、例えばクローダジャパン社製のPRIOLUBE(登録商標)シリーズなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0029】
本発明のグリース組成物は、前記芳香族エステル系基油と、前記増ちょう剤、そして所望によりその他添加剤を配合して得ることができる。
また、例えば前記芳香族エステル系基油と前記ウレア系増ちょう剤からなるウレア系グリース(ベースグリース)に対して、所望によりその他添加剤とを配合し、グリース組成物を得ることもできる。
通常、ベースグリースに対する増ちょう剤の含有量は10~30質量%程度であり、例えば上記のウレア系グリースに対するジウレア化合物(ウレア系増ちょう剤)の含有量は例えば10~25質量%程度、また10~20質量%程度とすることができる。
【0030】
<貯蔵弾性率について>
本発明のグリース組成物は、貯蔵弾性率が適正な範囲にあることが好適である。例えば、膜厚1mmでせん断歪み1%の条件で測定した25℃における貯蔵弾性率が1,200~3,000Paであることが好適である。
【0031】
貯蔵弾性率はグリースの形状安定性を示す値であり、軸受装置へのグリース封入直後や、軸受装置の揺動時における、グリースの形状安定性を把握するために、有効なパラメータである。
例えばピボットアッシー軸受装置では、グリースを冠形リテーナ(保持器)のグリースポケット上にのみ封入するため、グリースの形状が封入時の形状から変化すると、グリースがボール(転動体)等に絡み、転がり軸受のトルク上昇やトルク荒れにつながるだけでなく、発塵の要因になり得る。そのため、初期及び長期的なトルク安定性や発塵を抑制するには、グリースの形状維持能力(形状安定性)が重要な要素である。
こうしたグリースの形状安定性の観点から、本発明のグリース組成物においては、上記測定条件(膜厚1mm、せん断ひずみ1%)における25℃の貯蔵弾性率が1,200Pa以上であることが好適である。ただし、貯蔵弾性率が高くなり過ぎると、グリース組成物が形状を維持したまま冠形リテーナ(保持器)のグリースポケットから落下する可能性がある。この場合、グリースが転動体の公転軌道上に位置するためにボールがグリースを超える際の抵抗が上がり、トルク上昇が懸念される。そのため、貯蔵弾性率は3,000Paを超えない値とするのが望ましい。
【0032】
<離油量について>
本発明のグリース組成物は、離油量が適正な範囲、例えば80℃における離油量が200~270mm2/mgであることが好適である。
【0033】
従来より、グリースから滲み出す油分(基油および添加剤)の量を評価する手法として離油量測定試験がある。離油量の大小によってグリースの寿命が変化するため、離油量の把握はグリースの寿命特性の把握に重要であるのみならず、適切な潤滑性能を得るためにも重要である。例えば、グリースを冠形リテーナ(保持器)のボールポケット間のグリースポケットに塗布するピボットアッシー軸受では、離油量が少なすぎると、経時的にボール(転動体)に供給される潤滑剤成分(基油および添加剤)が不足することとなり、トルク荒れや焼き付きの発生につながる可能性がある。一方、離油量が多過ぎるとオイル漏れによる汚染が起こりやすくなるという問題もある。
【0034】
本発明で使用するウレア系増ちょう剤を配合したグリースは、一般的に離油量が少ないため、離油度の測定方法を規定するJIS K2220等の公知規格の離油測定手法を用いて離油量を測定した場合に、測定結果に明確な差が生じ難いことがある。
そのため、本発明においては離油量の差がより明確となる独自の手法を採用した。具体的には、薬包紙の薬をのせる側の面上に9mgのグリース組成物をφ3mm円柱状に静置し、これを80℃環境下で24時間放置した時点において、薬包紙に生じた油にじみ(基油のにじみ)部分の面積を計測した。そしてグリースの質量当たりの油にじみ部分の面積を離油量(mm2/mg)として定義した。なお本試験において、薬包紙は(株)博愛社の「純白模造(中)」(サイズ:105mm×105mm、厚さ:42μm、目付:30g/m2)を用い、上述のように、薬をのせる側の面(光沢面)上にグリース組成物を静置させた。
上記の定義に基づき、潤滑不良が発生していない従来のグリースをこの独自方法で評価したところ、その離油量が概ね230~280mm2/mg程度であったことが確認された。なお離油量が200mm2/mg以下となった従来のグリースでは潤滑不良による焼き付きが確認された。また、離油量が多すぎる場合には油漏れの原因になる点を考慮し、その上限値は300mm2/mg程度である。
【0035】
以上の結果を踏まえ、本発明のグリース組成物においては、薬包紙上にグリース組成物9mgをφ3mm円柱状に静置し、80℃の環境下で24時間放置した時点において、薬包紙に生じた油にじみ部分の面積を計測し、グリース組成物の質量当たりの該油にじみ部分の面積である離油量が200mm2/mg乃至270mm2/mgで好適であると評価するものである。
【0036】
[ピボットアッシー軸受(転がり軸受)]
本発明に係るピボットアッシー軸受とは、すなわち転がり軸受である。以下に転がり軸受の好ましい実施形態について添付図面を参照して詳細に説明する。
なお、以下の実施形態により本発明が限定されるものではない。
【0037】
図1は、本発明の好ましい実施形態の転がり軸受10の径方向の断面図である。転がり軸受10は、従来技術の転がり軸受と同様の基本構造を有するものであって、環状の内輪11と外輪12と複数の転動体13と保持器14とシール部材15とを具備する。
内輪11は、図示を省略するシャフトの外周側に、その中心軸と同軸に設置される円筒形の構造体である。外輪12は、内輪11の外周側で、内輪11と同軸に配置される円筒形の構造体である。複数の転動体13の各々は、内輪11と外輪12との間に形成される環状の軸受空間16内の軌道に配置された玉である。すなわち、本実施形態における転がり軸受10は玉軸受である。
保持器14は、軌道内に配置されて複数の転動体13を保持する。保持器14は、シャフトの中心軸と同軸に設置される環状体であり、中心軸の方向における一方の側に、転動体13を保持するための複数のポケット部を備え、各ポケット部内に転動体13が収容された構造を有する。転動体13は、保持器14により、内輪11及び外輪12の周方向に所定の間隔で保持され、転動体13の脱落や隣接する転動体13間の接触が抑制される。なお、一般に転がり軸受に使用される保持器14の形状(冠形や波形等)や材質(鋼板製あるいは樹脂製等)は任意であるが、本発明に係るピボットアッシー軸受では冠形の保持器(
図5参照)が好ましく使用される。
図5に示すように、冠形の保持器60は、転がり軸受10(図示せず)の中心軸(回転軸)を中心とする円筒形の環状部材61を有する。環状部材61は外周面及び内周面と、外周面及び外周面を連結する2つの端面61aを有する。環状部材61の一方の端面61aには、玉(転動体13、図示せず)を回転可能に収容する複数のボールポケット(凹部)62が、周方向に沿って所定間隔で形成される。更に、環状部材60は、各ボールポケット62の両端部に、上記一方の端面61aから延びる一対の爪63(63a、63b)を備える。一対の爪63は、各ボールポケット62に収容される玉の曲面に沿うように、互いに近づくように湾曲しており、これにより、各ボールポケット62に収容される玉の脱落を防止することができる。また2つのボールポケット62の間には、爪63の存在によりグリースポケット64が形成される。後述するグリース組成物G(図示せず)は該グリースポケット64に収容され、ボールポケット62とそこに収容される玉(転動体13)との間の潤滑に寄与する。
シール部材15は、外輪12の内周面に固定されて内輪11側に延在し、軸受空間16を密封する。シール部材15により密封された軸受空間16には、グリース組成物Gが封入されている。該グリース組成物Gは、前述の本発明のピボットアッシー軸受用グリース組成物が用いられる。なお、軸受空間16内部へのグリース組成物Gの封入量は、例えばその容積の2%~30%である。特に低トルクが要求される後述するピボットアッシー軸受装置においては3%~10%がより好ましい。グリース組成物Gの封入量をこの範囲とすることで、グリース組成物Gは、転がり軸受10の軸受空間16内の転動体13と内輪11及び外輪12を十分に潤滑して摩擦抵抗を低減し、摩擦トルクを軽減できる。
シール部材15は、例えば鋼板又はゴムにより形成され、内輪11の外周と非接触である鋼板シールド、内輪11の外周と非接触である非接触式ゴムシールが挙げられる。本発明にあっては前記鋼板シールド又は非接触式ゴムシールの何れのシール部材でも使用することができる。アウトガス抑制の観点では、鋼板シールドを使用することが好ましい。なお本図はシール部材15を具備する態様であるが、本発明の転がり軸受はシール部材を具備しない転がり軸受の態様も対象とする。
以上の構成を有する転がり軸受10において、グリース組成物Gは、転動体13と保持器14との間、および、転動体13と内輪11ないし外輪12との間における摩擦を低減するように作用する。摩擦の低減により摩擦トルクが軽減されると共に摩擦熱の発生も抑制され、内輪11及び外輪12の円滑な回転が促進される。
図1に示される構成から解るように、転がり軸受10に封入されたグリース組成物Gは、転がり軸受10が回転する際に、転動体13と内輪11ないし外輪12との間を潤滑する。
【0038】
本実施形態の転がり軸受10は、上述したようにピボットアッシー軸受装置に備えられる転がり軸受、すなわちピボットアッシー軸受として用いられる。本実施形態の転がり軸受10は、前述の特定のグリース組成物を用いることによって駆動時に揮発成分が生じた場合においても該揮発成分のディスクへの付着が生じ難く、該揮発成分の付着が一因とされる磁気ディスクの読み書きエラーの発生を抑制できるという利点がある。
【0039】
[軸受装置及び駆動装置]
本発明に係る軸受装置とはすなわちピボットアッシー軸受装置であり、また駆動装置とはすなわちディスク駆動装置を指す。
以下に添付図面を参照して、前述の実施形態のピボットアッシー軸受(転がり軸受)を備えたピボットアッシー軸受装置、及び該軸受装置を搭載したディスク駆動装置について説明する。
なお、以下の実施形態により、本発明が限定されるものではない。
【0040】
図2は、本発明の好ましい実施形態のディスク駆動装置20の全体構成を示す斜視図である。
図2に示すように、本実施形態であるディスク駆動装置20は、略矩形箱状の基台(ベースプレート)21と、この基台21に載置されたスピンドルモータ22と、このスピンドルモータ22により回転する磁気ディスク23と、磁気ディスク23の所定の位置に情報を書き込むと共に、任意の位置から情報を読み出す磁気ヘッド25を有するスイングアーム24と、スイングアーム24を揺動可能に支持するピボットアッシー軸受装置30と、スイングアーム24を駆動するアクチュエータ26と、これらの機器を制御する制御部27を備える。
【0041】
本発明のディスク駆動装置は、例えば、3.5インチ径の磁気ディスクを9枚以上備えたディスク駆動装置とすることができる。このようなディスク枚数の大きい装置では、装置内の空間容積がさらに小さくなっている。前記ディスク駆動装置は、その内部空間が空気よりも密度の小さい気体により満たされているものとすることができる。このような低密度気体で内部空間が満たされたディスク駆動装置では、装置内部の気圧が1気圧よりも小さいことがある。また前記ディスク駆動装置は、記録方式として、熱アシスト磁気記録(HAMR)方式を採用したものとすることができる。熱アシスト磁気記録(HAMR)方式が採用されたディスク駆動装置では、アクチュエータのヘッド部の温度が局所的に400℃もの高温となり得る。
【0042】
図3は、本発明の好ましい実施形態のピボットアッシー軸受装置30の断面図である。
本実施形態のピボットアッシー軸受装置30は、シャフト(軸)31と、所定長さのスペースSを空けてシャフト31に嵌装される2つの転がり軸受である第1の軸受40及び第2の軸受50と、2つの転がり軸受40、50を外装するスリーブ32(外周部材)とから主に構成される。スリーブ32には、軸方向に所定長さのスペースSを空けて2つの転がり軸受40、50を配置するために設けられたスペーサ部32aを有する。
このようにシャフト31は、第1の軸受40と第2の軸受50により、回転自在な状態で保持されている。
なおスペーサ部32aは、
図3に示す実施形態のようにスリーブ32と一体成形されたものに限定されず、スリーブとスペーサとを別々の部品にて構成してもよい。
【0043】
第1の軸受40及び第2の軸受50には、上述の本発明の実施形態の転がり軸受10を用いる。
第1の軸受40は、第1の内輪41と、第1の外輪42と、第1の内輪41と第1の外輪42との間に形成される軌道内に配置される複数の転動体であるボール43と、軌道内に配置されてボール43を保持する保持器(リテーナ)44と、軌道を外界から遮断するシール部材45と、軌道内に封入される本発明のグリース組成物(不図示)から主に構成される。
第2の軸受50も同様に、第2の内輪51と、第2の外輪52と、第2の内輪51と第2の外輪52との間に形成される軌道内に配置される複数の転動体であるボール53と、軌道内に配置されてボール53を保持する保持器(リテーナ)54と、軌道を外界から遮断するシール部材55と、軌道内に封入される本発明のグリース組成物(不図示)から主に構成される。
シャフト31は、筒状のシャフト本体31aと、シャフト本体31aの一端側に形成されたフランジ部31bを有し、フランジ部31bをディスク駆動装置20の基台21(
図2参照)側に位置させて基台21に取り付けられる。第2の軸受の第2の内輪51の一端部は、シャフトのフランジ部31bに接している。
【0044】
本実施形態のピボットアッシー軸受装置30には、前述した本発明のピボットアッシー軸受用グリース組成物が封入された転がり軸受(ピボットアッシー軸受)である第1及び第2の軸受40、50が用いられている。
一般的な転がり軸受は一方向に連続的に回転するが、ピボットアッシー軸受装置30は、ディスク駆動装置20の磁気ヘッド25を磁気ディスク23上で移動させるため、微小角度で正転と逆転を繰り返す揺動運動を高速で行う。そして、高い応答速度で磁気ヘッド25を正確な位置に移動させる必要がある。
【0045】
本実施形態で用いるグリース組成物は、高温下において基油の揮発が生じた場合においても、揮発した基油の磁気ディスク等への付着が少なく、ディスク駆動装置のディスク読み書きエラーの抑制を可能とすることができる。
また本実施形態で用いるグリース組成物は、適切な範囲の離油量を実現できるとともに、優れたグリースの形状安定性を示す。そのため、潤滑剤の供給不足やオイル漏れを防止することができる。この結果、本実施形態のディスク駆動装置20は、転がり軸受(第1及び第2の軸受40、50)を安定に長時間駆動させることができる。これは、ディスク駆動装置のディスク読み書きエラーの抑制につながるとともに、ピボットアッシー軸受装置及びディスク駆動装置の長寿命化を可能にする。
【0046】
本発明は、本明細書に記載された実施形態や具体的な実施例に限定されることなく、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範囲内で種々の変更、変形が可能である。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例により、さらに詳しく説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではない。
【0048】
〔ピボットアッシー軸受用グリース組成物に使用する基油の評価〕
表1に示す各種基油(例1~15)を用いて、以下の手順にて(1)ディスク付着性試験、及び、(2)読み書きエラー発生試験を実施した。
なお、例12で使用した総炭素原子数11の分岐鎖を有するアルキル基を有する芳香族エステル化合物は、下記式(K)で表される化合物である。また例9、例10、例13及び例15は、各例に示すベンゼン環に結合したアルキル基にヒドロキシ基が結合したアルコール2種又は3種の混合物とトリメリット酸のエステルであり、例13の分岐鎖(1)のアルキル基及び例15の分岐鎖(1)のアルキル基は下記式(K)のRに相当するアルキル基である。
【化2】
【0049】
<試験方法>
(1)ディスク付着性試験(1)
無電解ニッケルメッキされたアルミ製の磁気ディスクを、純度99%以上のn-ヘキサンおよびイソプロピルアルコールにて、それぞれ2回ずつ洗浄した後、完全に乾燥させた。このディスクに、ヘキサンで10vol%に希釈した基油(サンプルオイル)を5μL滴下し、そのまま1時間静置した。
滴下後の液滴の状態をディスク上方に固定したカメラにて撮影した。滴下直後(約5秒後)および滴下1時間静置後の液滴の総面積を画像解析ソフトにより算出し、滴下直後の面積値に対する滴下1時間静置後の面積値[滴下1時間後の面積値(最終面積)/滴下直後の面積値(初期面積)]の百分率(%)を“ディスク付着性”とした(静置前後の面積値が全く変化しない場合、ディスク付着性を100%と評価する)。
なお本試験は温度:20~30℃、湿度:30~70%RHにて、1サンプルについて複数回繰り返して実施し、再現性(面積値の結果:±5%以内となる結果、N=4以上)が得られた際の値の平均値を試験結果として採用した。得られた結果を表1に合わせて示す。
【0050】
(2)読み書きエラー発生試験
未使用のディスク駆動装置のカバーを取り外し、カバーの裏面(筐体内部側の面、
図2中図示せず)の制御部(
図2:制御部27)上部周辺に、2mgの基油(サンプルオイル)を塗布し、その後、サンプルオイルを塗布したカバーをディスク駆動装置に装着した。ディスク駆動装置は、すべてのサンプルにおいて同一の種類を用いた。各試験条件に付き5台(N=5)の試験を行った。
オイル塗布部周辺のカバー表面(筐体外部側の面、
図2中図示せず)側にヒーターを接触させ、接触させたヒーターの温度を後述する所定プログラム(表2および
図4)に基づいて、基準の40℃から80℃、110℃、140℃、175℃、190℃、又は200℃に順に温度変化させながら、ディスク駆動装置の速度測定ソフトウェア(たとえばCrystalDiskMark)により繰り返し測定を続けることで、ディスク駆動装置の動作を継続させた。動作中のディスク駆動装置の読み書きエラー発生を接続したコンピュータにより監視した。ディスク駆動装置の動作・監視中、ディスク上で読めなくなったセクタ(ディスク駆動装置の状態監視ソフトウェアにおいて「代替処理済みセクタ数(Reallocated Sectors Count)」として確認)が1つでも発生した時点を、読み書きエラーの発生時点として記録した。得られた結果を表1に示す。
また参考試験として、各基油を80℃で1週間放置し、放置後の基油の蒸発量[%]を求めた(N=2)。得られた結果を表1に合わせて示す。
【0051】
なお基油は周囲温度の上昇により揮発した場合、温度が降下すると揮発した基油の一部が凝結し、この凝結した基油が例えばディスク駆動装置のディスクやヘッドに付着することで、装置のエラーが引き起こされ得る。すなわち降温したタイミングでエラーが生じやすいといえ、一方でこの降温した時間においてエラーが生じなければ、降温前の昇温レベルは合格と判断できる。
本試験においては、読み書きエラー発生時点が408時間より後の時間であった場合、試験合格として評価した。この判断基準である408時間とは、表2に示す通り、ヒーター温度を140℃として加熱し始めるまでに経過した時間である。一般的にHDDは70℃を超える環境下での使用を想定していない。HDD内部のピボットアッシー軸受周辺の温度は環境温度よりも若干高くなる。そのため、HDD内部に塗布したサンプルオイルの温度が80℃程度となるヒーター温度:110℃のサイクル(241~408時間)を経過しても読み書きエラーが発生しない(代替処理済みセクタが発生しない)ことを試験合格の基準とした。
また本試験の、特にディスク駆動装置のカバーを外し、再度装着するまでの工程は、外部からのコンタミネーションを避ける性質上、クリーンルームで実施されることが肝要である。なお本試験の実施にあたり、サンプルオイルを塗布せずに上記試験を実施し、試験打切時間である1080時間経過後においてもエラーが発生しないことを確認している。
【0052】
【0053】
【0054】
表1に示すように、例7~15の基油は、滴下直後の面積値に対する滴下1時間静置後の面積比(%)が15%未満であり、例1~6の基油と比べてディスクに付着し難い基油であることが確認された。また例7~15の基油は、408時間経過後において代替処理済みセクタが発生しておらず、読み書きエラー試験合格の基準をクリアしたことが確認された。なお表1に示すように、ディスク付着性と、代替処理済みセクタ発生時間には相関があることが確認された。
【0055】
〔各種添加剤〕
<(3)ディスク付着性試験(2)>
上記<(1)ディスク付着性試験(1)>と同様の手順・試験手順にて、ピボットアッシー軸受用グリース組成物に使用する、表3に示す酸化防止剤のディスク付着性を評価した。
なお表3中の略号は以下のとおりである。
<ヒンダードフェノール系酸化防止剤>
・Irganox L115:2,2-チオ-ジエチレンビス[3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、BASFジャパン(株)
・Irganox L135:オクチル-3,5-ジ-tert-ブチル-4-ヒドロキシ-ヒドロケイ皮酸
・Irganox 1076FD:オクタデシル-3-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート、BASFジャパン(株)
・Irganox 245:トリエチレングリコール-ビス[3-(3-t-ブチル-5-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロピオネート]、BASFジャパン(株)
・Irganox 565:2,4-ビス-(n-オクチルチオ)-6-(4-ヒドロキシ-3,5-ジ-t-ブチルアニリノ)-1,3,5-トリアジン、BASFジャパン(株)
<アミン系酸化防止剤>
〈ジアリールアミン系酸化防止剤〉
・Irganox L57:下記式[B]で表されるジフェニルアミン
・Irganox L67:下記式[B]で表されるジフェニルアミン
【化3】
(式中、R’及びR”はそれぞれ独立してオクチル基、水素原子、又はtert-ブチル基を表す。)
・Irganox L06:オクチル化フェニル-α-ナフチルアミン、BASFジャパン(株)
〈ヒンダードアミン系酸化防止剤〉
・アデカスタブLA-72:セバシン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)、(株)ADEKA
・Irgalube Base10:ドデカン酸(2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジル)、BASFジャパン(株)
【0056】
無電解ニッケルメッキされたアルミ製の磁気ディスクを、純度99%以上のn-ヘキサンおよびイソプロピルアルコールにて、それぞれ2回ずつ洗浄した後、完全に乾燥させた。
表3に示す各酸化防止剤を、トリメリット酸の炭素原子数11のアルキルエステル(上記式(K)で表される化合物)により10vol%に希釈し、さらにヘキサンで10vol%に希釈して酸化防止剤サンプルを調製した。
この酸化防止剤サンプルを上記洗浄・乾燥したディスクに5μL滴下し、そのまま1時間静置した。
滴下後の液滴の状態を上記<(1)ディスク付着性試験(1)>と同様に観察し、滴下1時間静置前後の液滴の面積値からディスク付着性[%]を求めた。
得られた結果に基づき、以下の判定基準にて評価した。
<ディスク付着性 判定基準>
A:ディスク付着性が30%未満
N:ディスク付着性が30%以上
【0057】
【0058】
表3に示すように、ヒンダードフェノール系酸化防止剤、並びに、ジアリールアミン系酸化防止剤は、ディスクに付着し難い酸化防止剤であることが確認された。
一方、ヒンダードアミン系酸化防止剤は、ディスクに付着しやすいと評価され、本発明の課題に係るピボットアッシー軸受用グリース組成物への添加には適さないことが確認された。
【0059】
<(4)スラッジ発生評価>
グリース組成物に使用する、表4に示す極圧添加剤のスラッジ発生について評価した。
表4に示す極圧添加剤を、トリメリット酸の炭素原子数11のアルキルエステル(上記式(K)で表される化合物)で、それぞれ1~2vol%となるように希釈した。
この極圧添加剤サンプルそれぞれについて、ASTM D 4172に準拠し、回転数:1,200rpm、荷重:392N、温度:75℃、時間:5分にてシェル式高速四級試験機を運転した。
【0060】
高速四球試験後のボールの画像を光学顕微鏡により撮影した(倍率200倍)。参考画像として、後述の判定基準においてE評価、A評価、N評価となったボールの撮影画像を
図6にそれぞれ示す[
図6(a):E評価、
図6(b):A評価、
図6(c):N評価]
(
図6に示すような撮影画像に基いて、後述の画像解析を行った)。以下、撮影した画像の解析には、画像解析ソフトImageJ 1.53fを用いた。
撮影した画像をグレースケール16bit(65536階調)に変換した後に、色調が0~100である領域を黒色部としてモノクロ二階調に変換した。この黒色部はスラッジの発生部に相当する。変換後の画像について、光量の安定しない左右両端をそれぞれ、画像の幅に対して15%ずつ除外した。
左右両端除外後のモノクロ二階調画像を解析対象画像とし、画像解析ソフトImageJ 1.53fの粒子解析(Analyze Particles)機能により、解析対象画像の黒色部の面積の総和を求めた。
当該解析対象画像全体の面積に対する、黒色部の面積の総和の比[黒色部の面積の総和/解析対象画像全体の面積](百分率(%))を面積率とし、以下の判定基準により評価した。
<判定基準>
E(Very good):面積率が0.1%未満
A(Good) :面積率が0.1%以上10%未満
N(Not Good) :面積率が10%以上
【0061】
【0062】
表4に示すように、リン酸トリエステル、リン酸モノエステル及び/又はリン酸ジエステルはスラッジ判定がE(非常に良好)であり、また亜リン酸ジエステル及び/又は亜リン酸トリエステルも判定A(良好)であり、リン酸エステル系極圧添加剤はスラッジが抑制されることが確認された。
一方、硫黄含有添加剤はスラッジ判定がN(不適)であり、グリース組成物には適さないとする結果となった。
【0063】
以上、最良の実施形態について詳細に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれものである。
【符号の説明】
【0064】
10…転がり軸受、11…内輪、12…外輪、13…転動体、14…保持器、15…シール部材、16…軸受空間、
20…ディスク駆動装置、21…基台(ベースプレート)、22…スピンドルモータ、23…磁気ディスク、24…スイングアーム、25…磁気ヘッド、26…アクチュエータ、27…制御部、
30…ピボットアッシー軸受装置、31…シャフト(軸)、31a…シャフト本体、31b…フランジ部、32…スリーブ(外周部材)、32a…スペーサ部、40…第1の軸受、41…第1の内輪(インナーレース)、42…第1の外輪(アウターレース)、43…ボール(転動体)、44…保持器(リテーナ)、45…シール部材、50…第2の軸受、51…第2の内輪(インナーレース)、52…第2の外輪(アウターレース)、53…ボール(転動体)、54…保持器(リテーナ)、55…シール部材、
60…冠形保持器、61…環状部材、61a…端面、62…ボールポケット(凹部)、63(63a、63b)…爪、64…グリースポケット