(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-12
(45)【発行日】2023-12-20
(54)【発明の名称】外装パネルおよびそれを備える自動車
(51)【国際特許分類】
B62D 25/10 20060101AFI20231213BHJP
B62D 25/02 20060101ALI20231213BHJP
B62D 25/06 20060101ALI20231213BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20231213BHJP
C22C 38/58 20060101ALN20231213BHJP
C22C 38/54 20060101ALN20231213BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20231213BHJP
【FI】
B62D25/10 D
B62D25/02 A
B62D25/06 Z
C22C38/00 301S
C22C38/58
C22C38/54
C21D9/46 G
(21)【出願番号】P 2022534084
(86)(22)【出願日】2021-06-30
(86)【国際出願番号】 JP2021024771
(87)【国際公開番号】W WO2022004795
(87)【国際公開日】2022-01-06
【審査請求日】2022-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2020115280
(32)【優先日】2020-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】澤 靖典
(72)【発明者】
【氏名】永野 真衣
(72)【発明者】
【氏名】西村 隆一
【審査官】塚本 英隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-147964(JP,A)
【文献】特開2008-214764(JP,A)
【文献】国際公開第2017/169939(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 25/10
B62D 25/02
B62D 25/06
C22C 38/00
C22C 38/58
C22C 38/54
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板を含む外装パネルであって、前記鋼板は平坦部を有し、
前記平坦部の表層領域において、
金属組織が、体積分率で80%以上のフェライトを含み、
フェライトの平均結晶粒径が1.0~15.0μmであり、
フェライトの{001}方位と{111}方位との強度比X
ODF{001}/{111},Sが0.30以上3.50未満であり、
前記平坦部から切り出した引張試験片で測定した一様伸びをuEl
1とし、
前記平坦部の内部領域の金属組織における、フェライトおよびマルテンサイトのそれぞれの体積分率、硬さおよび平均結晶粒径と、前記平坦部の板厚とから、下記(I)式により導き出される理論一様伸びをuEl
2とした場合に、
uEl
1/uEl
2が0.44~0.80である、
外装パネル。
uEl
2=-0.057Hf×Vf/100-0.055Hm×Vm/100-0.35d
-1/2-0.571h+27.2 ・・・(I)
但し、上記(I)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
Hf:前記内部領域におけるフェライトのビッカース硬さ(HV0.01)
Hm:前記内部領域におけるマルテンサイトのビッカース硬さ(HV0.01)
Vf:前記内部領域におけるフェライトの体積分率(%)
Vm:前記内部領域におけるマルテンサイトの体積分率(%)
d:下記(II)式から算出される前記内部領域における平均結晶粒径(μm)
d=(df×Vf+dm×Vm)/(Vf+Vm) ・・・(II)
df:前記内部領域におけるフェライトの平均結晶粒径(μm)
dm:前記内部領域におけるマルテンサイトの平均結晶粒径(μm)
h:前記平坦部の板厚(mm)
【請求項2】
前記平坦部の板厚が0.20~0.60mmである、
請求項1に記載の外装パネル。
【請求項3】
前記鋼板の引張強さが300~650MPaである、
請求項1または請求項2に記載の外装パネル。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の外装パネルを備える自動車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外装パネルおよびそれを備える自動車に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護のため、自動車の燃費向上が求められている。自動車の燃費向上に関し、自動車用鋼板に対しては、安全性を確保しつつ車体を軽量化するため、一層の高強度化が要求されている。このような高強度化の要求は、構造部材であるメンバーおよびピラー等に留まらず、自動車の外装パネル(フード、フェンダーパネル、ドアパネル、ルーフパネル等)に対しても高まっている。このような要求に対しては、強度と伸び(成形性)との両立を目的とした材料開発が行われてきた。
【0003】
一方、自動車の外装パネルの造形はますます複雑化する傾向にある。軽量化のために鋼板を高強度化すると、複雑形状に加工し難くなる。また、軽量化のために鋼板を薄肉化すると、複雑な形状に成形した際に鋼板の表面に凹凸が生じやすくなる。表面に凹凸が生じると、成形後の外観が低下する。外装パネルは、強度等の特性だけでなく、意匠性も重要であるので、成形後の表面性状に優れることが求められる。
【0004】
外装パネルに適用される鋼板の、成形後の表面性状と材料特性との関連性について、例えば、特許文献1には、張り出し加工後の表面性状を改善するため、鋼板表面に平行な{001}面から±15°以内の結晶方位を持つ結晶の面積分率を0.25以下とし、当該結晶の平均粒径を25μm以下としたフェライト系薄鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車の外装パネルには、素材成形後の表面性状が良好であることに加えて、耐デント性が良好であることが求められる。耐デント性は、何らかの原因でパネルに局所的な荷重が加わった場合、この荷重を除去した後におけるくぼみ(デント)の残留のし難さをいう。実際の自動車のボディでは、ドア等の外側パネルを指もしくは手のひらで強く押した場合、または走行中に飛び石が当たった場合等に発生する。デントは、パネルにおいて荷重が付加された箇所が塑性変形することで発生する。
【0007】
したがって、パネルへの負荷時におけるパネルのひずみが一定の大きさに達すると、除荷後にもひずみが残留し、デントが発生する。パネルに一定の残留ひずみを発生させる荷重の最小値をデント荷重といい、デント荷重が大きい方が耐デント性に優れる。特許文献1には、耐デント性を向上させることについての開示はない。
【0008】
上記の背景に鑑み、本発明の目的の一つは、素材から成形した後の表面性状に優れ、且つ、耐デント性に優れた外装パネルおよびそれを備える自動車を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、下記の外装パネルおよびそれを備える自動車を要旨とする。
【0010】
(1)鋼板を含む外装パネルであって、前記鋼板は平坦部を有し、
前記平坦部の表層領域において、
金属組織が、体積分率で80%以上のフェライトを含み、
フェライトの平均結晶粒径が1.0~15.0μmであり、
フェライトの{001}方位と{111}方位との強度比XODF{001}/{111},Sが0.30以上3.50未満であり、
前記平坦部から切り出した引張試験片で測定した一様伸びをuEl1とし、
前記平坦部の内部領域の金属組織における、フェライトおよびマルテンサイトのそれぞれの体積分率、硬さおよび平均結晶粒径と、前記平坦部の板厚とから、下記(I)式により導き出される理論一様伸びをuEl2とした場合に、
uEl1/uEl2が0.44~0.80である、
外装パネル。
uEl2=-0.057Hf×Vf/100-0.055Hm×Vm/100-0.35d-1/2-0.571h+27.2 ・・・(I)
但し、上記(I)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
Hf:前記内部領域におけるフェライトのビッカース硬さ(HV0.01)
Hm:前記内部領域におけるマルテンサイトのビッカース硬さ(HV0.01)
Vf:前記内部領域におけるフェライトの体積分率(%)
Vm:前記内部領域におけるマルテンサイトの体積分率(%)
d:下記(II)式から算出される前記内部領域における平均結晶粒径(μm)
d=(df×Vf+dm×Vm)/(Vf+Vm) ・・・(II)
df:前記内部領域におけるフェライトの平均結晶粒径(μm)
dm:前記内部領域におけるマルテンサイトの平均結晶粒径(μm)
h:前記平坦部の板厚(mm)
【0011】
(2)前記平坦部の板厚が0.20~0.60mmである、
上記(1)に記載の外装パネル。
【0012】
(3)前記鋼板の引張強さが300~650MPaである、
上記(1)または(2)に記載の外装パネル。
【0013】
(4)上記(1)から(3)までのいずれか1項に記載の外装パネルを備える自動車。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、素材から成形した後の表面性状に優れ、且つ、耐デント性に優れた外装パネルを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、冷間塑性加工によって付与される相当塑性ひずみ(%)と、0.1mmの深さのデントが形成されるときのデント荷重(耐デント荷重)の関係の一例を示すグラフである。
【
図2】
図2は、実施例で用いた外装パネルの形状を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下では、まず、本発明に想到するに至った経緯を説明し、次に、実施形態を詳細に説明する。
【0017】
自動車車体の軽量化のために、自動車車体を構成する車体部材の薄肉化が進んでいる。車体部材には、外装パネルが含まれる。外装パネルは、一体成形品である。外装パネルは、自動車の外装部材である。外装パネルとして、フードのアウターパネル、フェンダーパネル、クオーターパネル、ドアアウターパネル、ルーフパネル等を例示できる。
【0018】
このような外装パネルは、冷延鋼板を切断し、プレス成形し、塗装し、塗装後に焼付塗装(焼付硬化処理)を行うことで、成形される。このような衝撃吸収部材の素材である鋼板においては、成形後の表面性状を良くするためには、できるだけ低ひずみであるほうが好ましい。なぜなら、低ひずみであると、プレス成形によって鋼板の全体がより均等に変形し、表面性状のばらつきが小さくなるからである。しかしながら、鋼板が低ひずみであると、成形後の降伏応力が低いので、耐デント性が悪くなる。
【0019】
本発明者らは、鋭意研究を行った結果、鋼板の表層領域の組織分率、集合組織、および、粒径を制御することで、成形後の表面性状を良好にできるとの知見を得た。さらに、鋼板の成形時のひずみを鋼板の成形時の一般的な値よりも大きくすることで、耐デント性が向上するとの知見を得た。このような研究の結果、上記の知見に基づき本発明に想到し、成形後の表面性状に優れ、さらには耐デント性に優れた外装パネルおよびそれを備える自動車を提供することが可能となった。
【0020】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0021】
<外装パネル>
本実施形態に用いられる外装パネルとして、上述した外装パネルを例示できる。外装パネルは、上述した製法によって製造される。外装パネルは、鋼板と、鋼板上に形成された塗料層と、を有する。鋼板は、表面にめっき層を含んでいてもよいし、表面にめっき層が形成されていなくてもよい。なお、鋼板がめっき層を有する場合、「鋼板の表面」とは、めっき層を除いた鋼板母材の表面をいう。外装パネルは、塗料層を有さず鋼板のみから構成されていてもよい。
【0022】
外装パネルは、3つの部分を含んでいる。具体的には、外装パネルは、(i)端縁部と、(ii)端部と、(iii)端縁部および端部以外の部分としての中心側部分と、を含んでいる。
【0023】
上記(i)の端縁部は、ヘミング(HEM)加工されることで折り曲げられているか、または、スポット溶接等の溶接によって他の部品に固定される部分である。上記(ii)の端部は、上記端縁部から外装パネルの中央側に位置する部分であり、ヘミング加工または溶接等、他の部品と固定される部分から外れた部分である。この端部は、上記端縁部から例えば外装パネルの中心側に数mm進んだ箇所であり、外装パネルを他の部品と固定するための加工による影響を実質的に受けない箇所である。この場合の「影響を実質的に受けない」とは、外装パネルを他の部品と固定するための加工による特性の変化量が数%以内であることをいう。
【0024】
上記(iii)の中心側部分は、自動車の外装として自動車の外部から視認される。本明細書では、この外装パネルの中心側部分のうち、曲率半径が500mm以上の箇所を、平坦部という。すなわち、本実施形態に係る鋼板は平坦部を有する。
【0025】
本発明においては、当該平坦部の表層領域および内部領域における金属組織および特性の制御が重要となる。なお、表層領域および内部領域の定義は、板厚に応じて変化する。具体的には、平坦部の板厚をtとしたとき、tが0.25mm以下の場合は、平坦部における鋼板の表面から板厚方向(深さ方向)にt/4の深さ位置までの領域を表層領域、t/4からt/2までの深さ位置までの領域を内部領域と定義する。
【0026】
また、tが0.25mm超0.40mm以下の場合は、表面から50μmの深さ位置までの領域を表層領域、50μmの深さ位置からt/4の深さ位置までの領域を内部領域とする。さらに、tが0.40mm超の場合は、表面から50μmの深さ位置までの領域を表層領域、50μmの深さ位置から100μmの深さ位置までの領域を内部領域とする。
【0027】
<表層領域について>
本発明者らが検討した結果、成形時の表面凹凸の発生は、ミクロな領域内での強度の不均一に起因する成形時の不均一変形によって生じることが分かった。特に、表面の凹凸の発生に関しては、表層領域の金属組織の影響が大きいことが分かった。そのため、本実施形態に係る鋼板では、表層領域の金属組織を以下のように制御する。
【0028】
[フェライトの体積分率:80%以上]
表層領域におけるフェライトの体積分率が80%未満であると、鋼板の成形後の表面品位が劣化しやすくなる。そのため、フェライトの体積分率を80%以上とする。好ましくは、90%以上、95%以上、または98%以上である。表層領域の金属組織は全てがフェライトであってもよいので、上限を100%としてもよい。
【0029】
表層領域における残部組織は、例えばパーライト、ベイナイト、マルテンサイト、焼き戻しマルテンサイトのいずれか1種以上である。表層領域におけるフェライトの体積分率が100%の場合は、これら残部組織の体積分率は0%である。なお、本発明において、マルテンサイトには、焼戻しマルテンサイトが含まれる。
【0030】
表層領域におけるフェライトの体積分率は、以下の方法で求める。
鋼板の板幅WのW/4位置または3W/4位置(すなわち、鋼板のいずれかの幅方向端部から幅方向にW/4の位置)から金属組織(ミクロ組織)観察用の試料(サイズは、おおむね、鋼板の板厚×幅方向に20mm×板厚方向および幅方向に直交する方向に20mm)を採取する。続いて、幅方向および板厚方向に平行な断面を観察面として研磨し、レペラー試薬にてエッチングした後、光学顕微鏡を用いて、当該観察面の金属組織(ミクロ組織)の観察を行う。そして、表層領域におけるフェライトの面積分率を測定する。なお、本発明において、鋼板の幅方向とは、外装パネルを自動車に設置した際の自動車の前後方向に対応する方向を意味する。
【0031】
レペラー腐食後に光学顕微鏡観察を行うと、例えばベイナイトは黒、マルテンサイト(焼戻しマルテンサイトを含む)は白、フェライトは灰色と、各組織が色分けして観察されるので、フェライトとそれ以外の硬質組織との判別を容易に行うことができる。
【0032】
より具体的には、上記の観察面について、500倍の倍率にて10視野観察し、得られた光学顕微鏡写真の表層領域を指定し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて画像解析を行い、フェライトの面積分率を求める。
【0033】
画像解析手法として、例えば、画像の最大明度値Lmaxと最小明度値Lminとを画像から取得し、明度がLmax-0.3(Lmax-Lmin)からLmaxまでの画素を持つ部分を白色領域、LminからLmin+0.3(Lmax-Lmin)の画素を持つ部分を黒色領域、それ以外の部分を灰色領域と定義して、灰色領域であるフェライトの面積分率を算出する。合計10箇所の観察視野について、上記と同様に画像解析を行ってフェライトの面積分率を測定し、これらの面積分率を平均して平均値を算出する。そして、この平均値を、表層領域におけるフェライトの体積分率とする。
【0034】
[フェライトの平均結晶粒径:1.0~15.0μm]
フェライトの平均結晶粒径が15.0μmを超えると、成形後の表面性状が劣下する。そのため、表層領域におけるフェライトの平均結晶粒径を15.0μm以下とする。フェライトの平均結晶粒径は、好ましくは12.0μm以下とする。
【0035】
一方、フェライトの平均結晶粒径が1.0μm未満では、フェライトの{001}方位を持つ粒子が凝集して生成されやすくなる。フェライトの{001}方位を持つ個々の粒子が小さくても、これらの粒子が凝集して生成すると、凝集した部分に変形が集中するため成形後の表面性状が劣下する。そのため、表層領域におけるフェライトの平均粒径を1.0μm以上とする。フェライトの平均結晶粒径は、好ましくは3.0μm以上、より好ましくは6.0μm以上である。
【0036】
表層領域におけるフェライトの平均結晶粒径は、以下の方法で求めることができる。上述の光学顕微鏡写真の表層領域を指定し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて上記と同様に画像解析を行い、フェライトの面積分率とフェライトの粒子数とをそれぞれ測定する。そして、解析領域の面積とフェライトの面積分率とからフェライトの総面積を算出し、さらにフェライトの総面積をフェライトの粒子数で除すことにより、フェライトの粒子あたりの平均面積を算出する。この平均面積から、円相当直径を算出し、得られた円相当直径をフェライトの平均結晶粒径とする。
【0037】
[強度比XODF{001}/{111},S:0.30以上3.50未満]
表層領域において、フェライトの{001}方位と{111}方位との強度比XODF{001}/{111},Sが0.30以上3.50未満であることで、鋼板の成形後の表面性状が向上する。この理由は明らかではないが、フェライトの存在形態と結晶方位分布との相互作用による、表面における不均一変形の抑制によるものと考えられる。
【0038】
XODF{001}/{111},Sが0.30未満であると、材料の結晶毎の方位分布と強度差とに起因した不均一変形が生じやすく、フェライトの{001}近傍方位への変形集中が顕著となる。一方、XODF{001}/{111},Sが3.50以上となっても材料の結晶毎の方位分布と強度差とに起因した不均一変形が生じやすく、鋼板表面の凹凸が発達しやすくなる。
【0039】
表層領域のフェライトの{001}方位と{111}方位との強度比XODF{001}/{111},Sは、EBSD(Electron Back Scattering Diffraction)法を用いて、以下の方法で求めることができる。
【0040】
鋼板の板幅WのW/4位置または3W/4位置(すなわち、鋼板のいずれかの幅方向端部から幅方向にW/4の位置)から集合組織測定用の試料を採取した後、表層領域を含む幅方向および板厚方向に平行な断面が測定面となるように鋼板を機械研削により研磨し、次いで、化学研磨または電解研磨等によって測定面のひずみを除去し、集合組織の測定に供する。
【0041】
試料の表層領域を、0.5μm以下のピッチでEBSD法により結晶方位分布を測定する。EBSP-OIM(登録商標、Electron Back Scatter Diffraction Pattern-Orientation Image Microscopy)で分析可能なIQ(Image Quality)値マップを用いてフェライトを抽出する。フェライトはIQ値が大きいという特徴があるので、この方法により簡易に他の金属組織との分別が可能である。前述のレペラー腐食によるミクロ組織観察によって算出したフェライトの面積分率と、IQ値を基準に算出したフェライトの面積分率とが一致するように、IQ値の閾値を設定する。
【0042】
抽出したフェライトの結晶方位を用いて計算した3次元集合組織(ODF:Orientation Distribution Functions)表示のφ2=45°断面における{001}方位群のランダム強度比の最大値と、{111}方位群(γ-fiber)のランダム強度比の最大値との比であるXODF{001}/{111},Sを得る。ランダム強度比は、特定の方位への集積を持たないランダム方位材の強度に対する被測定材の強度の比、すなわち、被測定材の強度をランダム方位材の強度で除した数値である。例えば、70%以上の高圧下率で鋼板を圧延し、焼鈍した場合、集合組織が発達し、{111}方位群(γ-fiber)のランダム強度比が大きくなる。
【0043】
ここで、{hkl}は、上述の方法で試料を採取した時、板面の法線方向が<hkl>に平行であることを示している。結晶の方位は、通常板面に垂直な方位を(hkl)または{hkl}で表示する。{hkl}は、等価な面の総称であり、(hkl)は、個々の結晶面を指す。すなわち、本実施形態においては、体心立方構造(bcc構造)を対象としているため、例えば、(111)、(-111)、(1-11)、(11-1)、(-1-11)、(-11-1)、(1-1-1)、(-1-1-1)の各面は、等価であり区別できない。このような場合、これらの方位を総称して{111}方位群と称する。ODF表示は、他の対称性の低い結晶構造の方位表示にも用いられるため、ODF表示では個々の方位を(hkl)[uvw]で表示するのが一般的であるが、本実施形態においては、板面の法線方向方位が成形後の凹凸の発達へ大きな影響を与える知見が得られた、法線方向方位{hkl}に着目した。
【0044】
<内部領域について>
[uEl1/uEl2:0.44~0.80]
uEl1/uEl2は、耐デント性および外装パネルの表面性状に影響する要素である。本発明者らは、表面の凹凸が少ないことにより成形後の表面性状が優れた鋼板から着想を得て、耐デント性を向上するとの観点から、鋼板の一様伸びをuEl1と理論一様伸びuEl2との関係に着目するに至った。このように、耐デント性の観点から理論一様伸びuEl2に着目したことは、これまでなかったといえる。
【0045】
uEl1/uEl2が0.44~0.80の範囲内であることで、鋼板に適度に高い予ひずみが付与されており、且つ、板厚を薄くすることによる応力減少効果が小さくて済む。さらに、鋼板の表面の凹凸を少なくすることができる。uEl1/uEl2が0.80を超えていると、十分な予ひずみが付与されず、降伏応力が小さいため十分な耐デント性を確保し難い。一方、uEl1/uEl2が0.44未満であると、鋼板における予ひずみ量が6%を超えており、その結果、降伏応力の向上効果が飽和し、板厚が薄くなることによる応力減少効果が顕著となるため、却って耐デント性が劣化する。加えて、鋼板の表面の凹凸が大きくなり、成形後の表面性状が劣下する。
【0046】
一様伸びuEl1は、鋼板の平坦部の幅方向が長手方向に一致するように切り出したJIS5号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011に準拠して行う引張試験によって求めることができる。
【0047】
また、理論一様伸びuEl2の算出式は、梅本実、牛田剛、木村浩、および、小倉隆彦著作の「フェライト・マルテンサイト鋼の組織と引張特性」日本鉄鋼協会 特基研究会、変形特性の予測と制御部会、報告書、(1994)、305ページに開示されている。本算出式と実験値とを参考に、理論一様伸びのuEl2を、下記式(I)から算出する。
uEl2=-0.057Hf×Vf/100-0.055Hm×Vm/100-0.35d-1/2-0.571h+27.2 ・・・(I)
【0048】
但し、上記(I)式中の各記号の意味は以下のとおりである。
Hf:内部領域におけるフェライトのビッカース硬さ(HV0.01)
Hm:内部領域におけるマルテンサイトのビッカース硬さ(HV0.01)
Vf:内部領域におけるフェライトの体積分率(%)
Vm:内部領域におけるマルテンサイトの体積分率(%)
d:下記(II)式から算出される内部領域における平均結晶粒径(μm)
d=(df×Vf+dm×Vm)/(Vf+Vm) ・・・(II)
df:内部領域におけるフェライトの平均結晶粒径(μm)
dm:内部領域におけるマルテンサイトの平均結晶粒径(μm)
h:平坦部の板厚(mm)
【0049】
なお、上記フェライトのビッカース硬さHfおよびマルテンサイトのビッカース硬さHmは、マイクロビッカース硬度計によりJIS Z 2244:2009に準拠して測定する。また、「HV0.01」とは、試験力を0.098N(10gf)として、マイクロビッカース硬さ試験を実施した場合の「硬さ記号」を意味する。なお、測定は10点で行い、その平均値を採用することとする。
【0050】
内部領域におけるフェライトの体積分率は、以下の方法で求められる。まず、鋼板の板幅WのW/4位置または3W/4位置(すなわち、鋼板のいずれかの幅方向端部から幅方向にW/4の位置)から金属組織(ミクロ組織)観察用の試料(サイズは、おおむね、鋼板の板厚×幅方向に20mm×板厚方向および幅方向に直交する方向に20mm)を採取する。続いて、幅方向および厚さ方向に平行な断面を観察面として研磨し、レペラー試薬にてエッチングした後、光学顕微鏡を用いて、当該観察面の金属組織の観察を行う。そして、内部領域におけるフェライトの面積分率を測定する。なお、上述のとおり、鋼板の幅方向とは、外装パネルを自動車に設置した際の自動車の前後方向に対応する方向を意味する。
【0051】
より具体的には、上記の観察面について、500倍の倍率にて10視野観察し、得られた光学顕微鏡写真の内部領域を指定し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて画像解析を行い、表層領域と同様の画像解析手法により、フェライトの面積分率の平均値を算出し、その値を内部領域におけるフェライトの体積分率とする。
【0052】
内部領域におけるマルテンサイトの体積分率は、上述した、フェライトの体積分率と同様の方法で求めることができる。なお、上述のように、本発明においては、マルテンサイトには焼戻しマルテンサイトが含まれる。
【0053】
内部領域におけるフェライトの結晶粒径は、以下の方法で求めることができる。
上述の光学顕微鏡写真の内部領域を指定し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて上記と同様に画像解析を行い、フェライトの面積分率とフェライトの粒子数とをそれぞれ測定する。そして、解析領域の面積とフェライトの面積分率とからフェライトの総面積を算出し、さらにフェライトの総面積をフェライトの粒子数で除すことにより、フェライトの粒子あたりの平均面積を算出する。この平均面積から、円相当直径を算出し、得られた円相当直径をフェライトの平均結晶粒径とする。
【0054】
内部領域におけるマルテンサイトの結晶粒径測定は、上述した、フェライトの結晶粒径測定と同様に行われる。ここで、マルテンサイトの結晶粒径とは、マルテンサイト変態直前の未変態オーステナイトの粒径に該当するものを意味する。
【0055】
鋼板の平坦部の板厚は、鋼板の平坦部から板厚測定用のサンプルを取得し、マイクロメーターで計測することにより得られる。
【0056】
<板厚について>
[鋼板の平坦部の板厚:0.20~0.60mm]
鋼板の平坦部の板厚については特に制限はないが、0.20~0.60mmであることが好ましい。平坦部の板厚が0.20mm以上であれば、外装パネルの厚さが十分であるため、耐デント性が確保しやすくなる。一方、平坦部の板厚が0.60mm以下であれば、外装パネルの重量を低減することが可能となり、軽量な外装パネルが得られやすくなる。加えて、平坦部の板厚が上記の範囲内であれば、適切な予ひずみを付与することで、uEl1/uEl2を規定範囲に制御することが容易となる。鋼板の平坦部の板厚は、鋼板の平坦部から板厚測定用のサンプルを取得し、マイクロメーターで計測することにより得る。
【0057】
<その他の特性について>
[算術平均うねり:0.50μm以下]
上述のように、外装パネルには良好な表面性状が求められる。そこで、本発明においては、表面性状の指標として、算術平均うねりWaを用いる。具体的には、鋼板の平坦部における算術平均うねりWaが0.50μm以下であることが好ましい。なお、算術平均うねりWaは、JIS B 0601:2013(ISO 4287:1997,Amd.1:2009)に準拠して測定することができる。
【0058】
[鋼板の引張強さ:300~650MPa]
鋼板の引張強さは、好ましくは、300~650MPaである。鋼板の引張強さが300MPa以上であれば、外装パネルの強度を確保しつつ外装パネルの薄手化を達成しやすくなる。一方、鋼板の引張強さが650MPa以下であれば、鋼板の加工性を確保しやすくなる。
【0059】
<鋼種について>
本実施形態に係る鋼板の鋼種については特に制限されず、少なくともフェライトを含有する鋼板であればよい。具体的には、(a)フェライト単相系鋼板および(b)二相鋼板(Dual Phase鋼板、DP鋼板)を例示できる。なお、本実施形態では、フェライト単相系鋼板とは、フェライトの体積分率が95%以上の鋼板をいう。また、本実施形態では、DP鋼板は、フェライトの体積分率が80%以上であり、残部がマルテンサイトを含む硬質組織である鋼板をいう。
【0060】
二相鋼板は、柔らかい組織としてのフェライトと、硬い組織としてのマルテンサイトと、を含んでおり、高強度で且つパネル成形時の加工性に優れている。DP鋼板では、マルテンサイトとフェライトがモザイク状に分布しており、変態強化した硬い部分と変態強化されていない軟らかい部分が共存している。そして、DP鋼板を用いると、冷間塑性加工(プレス成形加工)による変形が、軟らかい組織であるフェライトで主に生じる。そのため、DP鋼板を用いることが好ましい。
【0061】
(a)フェライト単相系鋼板および(b)DP鋼板の好適な化学組成は以下のとおりである。
【0062】
(a)フェライト単相系鋼板
化学組成が、質量%で、
C:0.0015~0.040%、
Si:0~0.20%、
Mn:0.20~1.50%、
P:0.010~0.100%、
S:0.020%以下、
sol.Al:0.20%以下、
N:0.0150%以下、
B:0~0.010%、
Mo:0~0.50%、
Ti:0~0.20%、
Nb:0~0.20%、
Cr:0.001~0.50%、
Ni:0~0.20%、および
Cu:0~0.10%、
を含有し、残部がFeおよび不純物である。
【0063】
ここで、不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石またはスクラップ等の原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係る鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを意味する。
【0064】
(b)DP鋼板
化学組成が、質量%で、
C:0.020~0.145%、
Si:0.010~3.00%、
Mn:0.45~2.25%、
P:0.030%以下、
S:0.020%以下、
sol.Al:0.30%以下、
N:0.0100%以下、
B:0~0.0050%、
Mo:0~0.80%、
Ti:0~0.20%、
Nb:0~0.10%、
Cr:0~0.70%、および、
Ni:0~0.25%、
を含有し、残部がFeおよび不純物である。
【0065】
ここで、不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石またはスクラップ等の原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本実施形態に係る鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを意味する。
【0066】
<めっき層について>
本実施形態に係る鋼板では、表面にめっき層を有していてもよい。表面にめっき層を有することで、耐食性が向上するので好ましい。適用するめっきとしては、特に限定されないが、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、Zn-Niめっき(電気合金亜鉛めっき)、Snめっき、Al-Siめっき、合金化電気亜鉛めっき、溶融亜鉛-アルミニウム合金めっき、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金-Siめっき鋼板、亜鉛蒸着Alめっき等が例示される。
【0067】
<塗料層について>
本実施形態に係る鋼板の表面には、塗料層が形成されている。塗料層は、外装パネルのうち直接視認される箇所である。めっき層が形成されている場合、塗料層は、めっき層上に形成される。自動車用外装パネルでは、塗料の厚みは、100μm程度である。自動車用外装パネルにおける塗料層は、鋼板側から順に、電着塗料層、中塗り塗料層、ベースコート層、および、クリヤーコート層を含んでいる。電着塗料層の厚みは、例えば15~20μmである。中塗り塗料層の厚みは、例えば、25~35μmである。ベースコート層の厚みは、10~15μmである。クリヤーコート層の厚みは30~40μmである。
【0068】
<製造方法について>
次に、本実施形態に係る外装パネルの好ましい製造方法について説明する。本実施形態に係る外装パネルは、製造方法に関わらず上記の特徴を有していればその効果が得られる。しかしながら、以下の方法によれば安定して製造できるので好ましい。
【0069】
[鋼板素材の製造方法]
まず、外装パネルの素材となる鋼板素材の製造方法を、(a)フェライト単相系鋼板および(b)DP鋼板のそれぞれについて説明する。
【0070】
(a)フェライト単相系鋼板
フェライト単相系鋼板を用いる場合、本実施形態に係る外装パネルの鋼板素材は、以下の工程(ia-i)~(ia-vi)を含む製造方法によって製造することができる。
(ia-i)上記の化学組成を有する鋼片を1000℃以上に加熱する加熱工程、
(ia-ii)鋼片を、圧延終了温度が950℃以下となるように熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程、
(ia-iii)熱間圧延工程後の、熱延鋼板に、表面における残留応力であるσsが絶対値で100~250MPaとなるように、応力を付与する応力付与工程、
(ia-iv)応力付与工程後の熱延鋼板に、累積圧下率であるRCRが70~90%である冷間圧延を行って冷延鋼板を得る冷間圧延工程、
(ia-v)冷延鋼板に、300℃~下記(IIIa)式を満足する均熱温度T1℃までの平均加熱速度が1.5~10.0℃/秒となるように加熱した後、均熱温度T1℃で30~150秒保持する焼鈍を行う焼鈍工程、
Ac1+550-25×ln(σs)-4.5×RCR≦T1≦Ac1+550-25×ln(σs)-4×RCR ・・・(IIIa)
ただし、上記(IIIa)式中のAc1は、下記(IV)式により表される。
Ac1=723-10.7×Mn-16.9×Ni+29.1×Si+16.9×Cr ・・・(IV)
(ia-vi)焼鈍工程後の冷延鋼板を、均熱温度T1℃~650℃までの平均冷却速度が1.0~10.0℃/秒となるように550~650℃の温度域まで冷却した後、平均冷却速度が5~500℃/sとなるように200~490℃の温度域まで冷却する冷却工程。
【0071】
(b)DP鋼板
DP鋼板を用いる場合、本実施形態に係る外装パネルの鋼板素材は、以下の工程(ib-i)~(ib-vi)を含む製造方法によって製造することができる。
(ib-i)上記の化学組成を有する鋼片を1000℃以上に加熱する加熱工程、
(ib-ii)鋼片を950℃以下で熱間圧延して熱延鋼板を得る熱間圧延工程、
(ib-iii)熱間圧延工程後の熱延鋼板に、表面における残留応力であるσsが絶対値で150~450MPaとなるように、応力を付与する応力付与工程、
(ib-iv)応力付与工程後の熱延鋼板に、累積圧下率であるRCRが70~90%である冷間圧延を行って冷延鋼板を得る冷間圧延工程、
(ib-v)冷延鋼板に、300℃~下記(IIIb)式を満足する均熱温度T1℃までの平均加熱速度が1.5~10.0℃/秒となるように加熱した後、均熱温度T1℃で30~150秒保持する焼鈍を行う焼鈍工程、
1275-27×ln(σs)-4.5×RCR≦T1≦1275-25×ln(σs)-4×RCR ・・・(IIIb)
(ib-vi)焼鈍工程後の冷延鋼板を、T1℃~650℃までの平均冷却速度が1.0~10.0℃/秒となるように550~650℃の温度域まで冷却した後、平均冷却速度が5.0~500.0℃/秒となるように200~490℃の温度域まで冷却する冷却工程。
【0072】
なお、上記(a)フェライト単相系鋼板、(b)DP鋼板のいずれの場合においても、応力付与工程では、例えば熱間圧延後、または酸洗後に表層研削ブラシを用いて熱延鋼板を研削することで応力を付与できる。その際、研削ブラシの鋼板表面への接触圧を変化させ、ポータブル型X線残留応力測定装置を用い、表層残留応力をオンライン計測して、上記範囲内となるように制御すればよい。表面に上記範囲内となるように残留応力が付与された状態で、所定の冷間圧延、焼鈍、冷却を行うことで、所定の集合組織を有するフェライトと所定の硬質相分布とを有する鋼板が得られる。また、冷却工程後に、表面にめっき層を形成するめっき工程を備えてもよい。
【0073】
[鋼板素材から外装パネルを製造する方法]
上記の焼鈍工程(最終焼鈍)を経て完成した鋼板素材から外装パネルを製造する方法の一例を説明する。この鋼板素材は、上記(a)フェライト単相系鋼板、(b)DP鋼板のいずれであってもよい。
【0074】
本実施形態における、鋼板素材から外装パネルを製造する好ましい方法は、最終焼鈍後の鋼板素材に冷間塑性加工および熱処理を施す工程を含む。
【0075】
この方法は、
(ii-i)ブランキング工程と、
(ii-ii)ブランキングされた鋼板に、冷間塑性加工を施して鋼部材とする、冷間塑性加工工程と、
(ii-iii)鋼部材を塗装する塗装工程と、
(ii-iv)前記鋼部材に、80~200℃の温度T2で、300~1800秒保持する熱処理を施す熱処理工程と、を含む。
【0076】
なお、上記(ii-iii)に示す塗装工程は、省略されてもよい。各工程について詳しく説明する。
【0077】
(ii-i)ブランキング工程
鋼板素材は、所定の大きさに切断されるブランキング加工によってブランクに成形される。
【0078】
(ii-ii)冷間塑性加工工程
次に、ブランクを冷間塑性加工することで、焼付塗装される前の鋼部材を成形する。具体的には、ブランクに冷間塑性加工として、ドロー成形を施すことで、焼付塗装される前の鋼部材を成形する。鋼部材の形状は、外装パネルの形状に相当する。
【0079】
ドロー成形によって、ブランクの全体に予ひずみが付与されて鋼部材となる。通常、ドロー成形によってブランクに付与される予ひずみは3%未満である。しかし、本発明においては、ドロー成形によって付与されるひずみ量を、3~6%とする必要がある。
【0080】
図1は、冷間塑性加工(ドロー成形)によって付与される相当塑性ひずみ(%)と、0.1mmの深さのデントが形成されるときのデント荷重(耐デント荷重)の関係の一例を示すグラフである。
図1では、横軸が相当塑性ひずみを示している。縦軸は、耐デント荷重(N)を相当塑性ひずみが1%のときの耐デント荷重で除した値を示している。
図1のグラフは、一例として、板厚0.4mm、590MPa級二相鋼板を用いた時の結果を示している。
【0081】
図1のグラフから明らかなように、相当塑性ひずみが3%未満では、耐デント荷重の向上率が低い。また、相当塑性ひずみが6%を超えると、塑性ひずみの増加量に伴い耐デント荷重が低下してしまう。このため、耐デント性の観点から、相当塑性ひずみは3~6%とする。さらに予ひずみを3%以上付与することで、焼付硬化量を十分に大きくできる。焼付硬化は、冷間塑性加工(予ひずみ)によって鋼板に入る転位(塑性変形の素過程となる線欠陥)に、侵入型元素(主に炭素)が移動・固着することでその運動を阻害し、強度が上昇する現象で、ひずみ時効とも呼ばれる。
【0082】
(ii-iii)塗装工程
次に、鋼部材に塗装が施される。この塗装は、例えば、電着塗装と、中塗り塗装と、上塗り塗装(ベースおよびクリヤー塗装)の、3種類の塗装を含む。塗装には、水性塗料または溶剤塗料が用いられる。電着塗装工程では、塗料を溜めた電着槽に鋼部材を沈めた状態で、鋼部材の表面全体に電着塗装が施される。また、中塗り塗装工程では、塗装ロボットまたは工員による手作業によって、スプレーノズルから塗料を鋼部材に噴霧することで、鋼部材の表面全体に中塗り塗装が施される。また、上塗り塗装工程では、塗装ロボットまたは工員による手作業によって、スプレーノズルから塗料が鋼部材に噴霧されることで、鋼部材の表面全体に上塗り塗装が施される。これにより、鋼部材の表面は、100μm程度の厚みの塗装膜で構成される。
【0083】
(ii-iv)熱処理工程
本工程における熱処理は、塗装膜を鋼部材に焼き付けるための焼付乾燥処理であり、且つ、鋼部材を焼付硬化させる処理である。熱処理工程は、塗装工程のうち、電着塗装の後で且つ中塗り塗装の前に行われてもよいし、複数回行われる中塗り塗装と中塗り塗装との間に行われてもよいし、中塗り塗装の後で且つ上塗り塗装の前に行われてもよいし、複数回行われる上塗り塗装と上塗り塗装との間に行われてもよいし、上塗り塗装の後に行われてもよい。
【0084】
熱処理工程における鋼部材の温度T2は、上述したように、80~200℃の範囲に設定される。熱処理工程における温度T2が上記の下限以上であることにより、塗料を鋼部材に確実に焼き付けることができ、且つ、鋼部材に、より確実に硬化処理を施すことができる。また、温度T2が上記の上限超であると、外装パネルの製造工程のコストを高めてしまう。そのため、保持温度の上限は200℃以下とする。
【0085】
熱処理における温度T2の保持時間は、上述したように、300~1800秒の範囲に設定される。熱処理工程における保持時間が上記の下限以上であることにより、塗料を鋼部材に確実に焼き付けることができ、且つ、鋼部材に、より確実に硬化処理を施すことができる。また、保持時間が1800秒超であると、外装パネルの製造工程のコストを高めてしまう。そのため、保持時間は1800秒以下とする。
【0086】
熱処理工程では、鋼部材は、上記温度範囲内での一定の温度T2で、300~1800秒連続して保持される。熱処理工程における温度T2の保持時間が上記の下限以上であることにより、塗料が焼付されるという効果を得られる。また、温度T2の保持時間が上記の上限超である場合、外装パネルの製造コストが高まる。そのため、温度T2の保持時間は1800秒以下とする。
【0087】
以上の工程を経ることで、本実施形態の外装パネルが完成する。
【0088】
本実施形態では、鋼板は、冷間圧延工程において適度なひずみが入ることで、加工硬化量を大きくして耐デント荷重を大きくできる。これにより、素材から成形した後の表面性状に優れ、且つ、耐デント性に優れた外装パネルを実現できる。
【実施例】
【0089】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0090】
表1に示す化学組成を有する鋼片A~Cを溶製し、連続鋳造により厚みが240~300mmであるスラブを製造した。得られたスラブを表2に示す温度に加熱した。加熱されたスラブを、表2に示すような条件で熱間圧延を行い、巻き取った。
【0091】
その後、コイルを巻き戻して、熱延鋼板に応力付与を行った。その際、表2に示す加工温度(鋼板温度)においてポータブル型X線残留応力測定装置を用い、表層残留応力をオンライン計測しながら、表2に示す残留応力σsとなるように、研削ブラシの鋼板表面への接触圧を変化させた。その後、表2に示す累積圧下率RCRで冷間圧延を行って鋼板A1,A2,B1,C1を得た。
【0092】
その後、表3に示す条件で、焼鈍および冷却を行った。また、一部の鋼板には、めっきを行い、表面にめっき層を形成した。表3中、CRはめっきなし、GAは合金化溶融亜鉛めっきを行ったことを示す。
【0093】
【0094】
【0095】
【0096】
次に、鋼板A1,A2,B1,C1に対して冷間塑性加工を行って、外装パネルの形状に成形した。具体的には、600mm四方の鋼板から、
図2に形状を示すような、中央部の曲率半径Rが1200mmであるパネルに成形した。なお、
図2に示す幅方向が外装パネルを自動車に設置した際の自動車の前後方向に対応する方向となる。また、このときの冷間塑性加工法は、表4に示されている。次いで、外装パネルの形状に成形された部品に熱処理(焼付硬化)を行うことで、外装パネルである部品A1a~A1d,A2a,B1a,C1a~C1dを作製した。熱処理における部品の温度およびこの温度での保持時間は表4に示されている。
【0097】
得られた部品A1a~A1d,A2a,B1a,C1a~C1dに対し、表層領域、内部領域の金属組織観察、および、集合組織の測定を上述の方法により行った。結果を表5に示す。
【0098】
また、外装パネルの平坦部について、表6に示すように、平坦部の予ひずみ、一様伸びuEl1、理論一様伸びuEl2、比uEl1/uEl2、到達降伏応力(YS+WH+BH)、引張強さTS、板厚、の測定を上述の方法により行った。なお、到達降伏応力は、熱処理後の外装パネルの降伏応力をいい、冷間塑性加工前の鋼板の降伏応力YSと、冷間塑性加工によって高められたひずみ硬化量WHと、熱処理によって高められた焼付硬化量BHの和である。到達降伏応力は、外装パネルの平坦部に上述した引張試験を行うことで測定した。表6における鋼種は、F鋼(フェライト単相系鋼板)とDP鋼(二相鋼板)である。
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
[耐デント評価]
製造された外装パネルに対し、耐デント性の評価を行った。具体的には、耐デント性は、鋼板の降伏応力と板厚とに影響を受ける。このため、製造された外装パネルの中央の平坦部の到達降伏応力(YS+WH+BH)×パネル板厚1.7を耐デント性指標として算出した。この耐デント性指標を、基準品の中央の平坦部についても算出した。そして、部品A1bを基準品として、(外装パネルの耐デント性指標/基準品の耐デント性指標)を比指標として算出した。この比指標が1.00以上である場合に、耐デント性が良好であるとした。
【0103】
[表面性状評価]
製造された外装パネルに対し、表面性状の評価を行った。具体的には、外装パネルの平坦部について、3mm四方の領域における算術平均うねりWaを測定した。算術平均うねりは、上述した規格に従って測定した。そして、算術平均うねりWaが0.50μm以下の場合に成形後の表面性状が良好であるとした。
【0104】
[総合評価]
耐デント評価が良好で且つ表面性状評価が良好である製品を評価Aとし、耐デント評価と表面性状評価の一つでも良好でない製品を評価Bとした。これらの結果を表7に示す。
【0105】
【0106】
表5~7に示されるように、表層領域の金属組織、XODF{001}/{111},S、および、uEl1/uEl2が本発明の範囲内にある本発明例では、総合評価がAとなり、加工後の表面凹凸の形成が抑制され、耐デント性に優れていた。一方、表層領域の金属組織、XODF{001}/{111},S、および、uEl1/uEl2のいずれか一つ以上が本発明範囲を外れた比較例については、成形後において、模様が発生するか、凹凸が生じることで外装パネルとして好適でない状態であったか、または、耐デント性が悪かった。
【0107】
具体的には、部品A1cは、平坦部のひずみが2%と小さく、uEl1/uEl2が本発明の範囲を外れている。このような部品A1cは、耐デント性が悪かった。部品A1dは、平坦部のひずみが7%と大きく、uEl1/uEl2が本発明の範囲を外れている。このような部品A1dは、耐デント性および表面性状が悪かった。部品A2aは、XODF{001}/{111},S、および、uEl1/uEl2が本発明の範囲を外れており、平坦部のひずみが2%と小さい。このような部品A2aは、耐デント性および表面性状が悪かった。
【0108】
部品C1cは、平坦部のひずみが2%と小さく、uEl1/uEl2が本発明の範囲を外れている。このような部品C1cは、耐デント性が悪かった。部品C1dは、平坦部のひずみが7%と大きく、uEl1/uEl2が本発明の範囲を外れている。このような部品C1dは、耐デント性および表面性状が悪かった。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明によれば、素材から成形した後の表面性状に優れ、且つ、耐デント性に優れた外装パネルを提供できる。そのため、本発明は、外装パネルおよびそれを備える自動車として広く適用することができる。