(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-12
(45)【発行日】2023-12-20
(54)【発明の名称】プレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品
(51)【国際特許分類】
C23C 2/06 20060101AFI20231213BHJP
C23C 2/26 20060101ALI20231213BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20231213BHJP
C22C 18/04 20060101ALI20231213BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20231213BHJP
C22C 21/10 20060101ALI20231213BHJP
【FI】
C23C2/06
C23C2/26
C23C28/00 C
C22C18/04
B32B15/01 B
C22C21/10
(21)【出願番号】P 2022557388
(86)(22)【出願日】2021-10-05
(86)【国際出願番号】 JP2021036808
(87)【国際公開番号】W WO2022085434
(87)【国際公開日】2022-04-28
【審査請求日】2023-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2020178029
(32)【優先日】2020-10-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020178046
(32)【優先日】2020-10-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(74)【代理人】
【識別番号】100212059
【氏名又は名称】三根 卓也
(72)【発明者】
【氏名】古川 博康
(72)【発明者】
【氏名】藤井 隆志
(72)【発明者】
【氏名】柴尾 史生
(72)【発明者】
【氏名】中川 明
(72)【発明者】
【氏名】植田 浩平
【審査官】今井 拓也
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-082511(JP,A)
【文献】特開2007-002288(JP,A)
【文献】特開2014-173137(JP,A)
【文献】特開平07-331403(JP,A)
【文献】特開2007-056307(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/06
C23C 2/26
C23C 28/00
C22C 18/04
B32B 15/01
C22C 21/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、
前記鋼板の片面又は両面に位置し、アルミニウムを0.5質量%以上60.0質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上15.0質量%以下含有し、残部が亜鉛及び不純物からなるめっき層と、
を有しており、
前記めっき層の表面から10nmの深さにおいて、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して2.0以上であるか、又は、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、プレコート鋼板用めっき鋼板。
【請求項2】
前記めっき層の表面から10nmの深さにおいて、前記マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して2.0以上であり、かつ、前記亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、請求項1に記載のプレコート鋼板用めっき鋼板。
【請求項3】
前記めっき層の表面から10nmの深さにおいて、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属アルミニウムの割合に対して、1.3以上である、請求項1又は2に記載のプレコート鋼板用めっき鋼板。
【請求項4】
前記めっき層は、Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Si合金めっきである、請求項1~3の何れか1項に記載のプレコート鋼板用めっき鋼板。
【請求項5】
鋼板と、
前記鋼板の片面又は両面に位置し、アルミニウムを0.5質量%以上60.0質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上15.0質量%以下含有し、残部が亜鉛及び不純物からなるめっき層と、
前記めっき層上に位置する化成処理皮膜と、
前記化成処理皮膜上に位置する塗膜と、
を有しており、
前記化成処理皮膜と前記めっき層との界面から前記めっき層の内方に向かって10nmの深さにおいて、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して、0.30以下であるか、又は、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、プレコートめっき鋼板。
【請求項6】
前記化成処理皮膜と前記めっき層との界面から前記めっき層の内方に向かって10nmの深さにおいて、前記マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して0.30以下であり、かつ、前記亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、請求項5に記載のプレコートめっき鋼板。
【請求項7】
前記化成処理皮膜と前記めっき層との界面から前記めっき層の内方に向かって10nmの深さにおいて、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属アルミニウムの割合に対して、0.30以下である、請求項5又は6に記載のプレコートめっき鋼板。
【請求項8】
請求項5~7の何れか1項に記載のプレコートめっき鋼板からなる成形品であって、
前記成形品におけるめっき鋼板の厚みが非成形加工部分と比較して5%以上増加している部分において、前記化成処理皮膜と前記塗膜との界面を、SAICAS法で切削して測定した剥離強度が、平均1.00kN/m以上であり、かつ、切削面積の20%以下が界面剥離形態であり、残部の切削面積が前記塗膜内の凝集破壊形態である、成形品。
【請求項9】
前記成形品におけるめっき層は、アルミニウムを5%以上15%以下、マグネシウムを2%以上4%以下含有する、請求項8に記載の成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
予め塗装を施しためっき鋼板であるプレコートめっき鋼板には、耐食性、成形性、塗膜硬度(耐疵付き性)、耐汚染性、耐薬品性、耐候性などの多くの性能が要求される。これら要求性能の順位は、プレコートめっき鋼板の用途に応じて異なるものとなる。例えば、エアコン室外機や給湯器といった主に屋外で使用される用途に用いられるプレコートめっき鋼板では、上記のような性能のうち、特に成形性及び耐食性が重要となる。
【0003】
このようなプレコートめっき鋼板において、めっき鋼板と塗膜の密着性を高める方法として、従来から多くの技術が検討されている。
【0004】
例えば以下の特許文献1では、絞り加工で絞り成型部の塗膜が損傷、剥離しない、プレス成形性に優れたプレコート金属板が開示されている。特許文献1では、剥離しないプレス成形性に優れたプレコート金属板を得るためには、塗膜が、特定の粘弾性曲線を有し、塗膜樹脂の数平均分子量が10000以上であり、塗膜樹脂のガラス転移点(Tg)が25℃以上であることが好ましい旨が開示されている。
【0005】
また、以下の特許文献2では、連続プレス成形性に優れ、絞り加工部の端面部における屋外耐食性に優れるプレコート金属板が開示されている。特許文献2では、連続プレス成形性に優れたプレコート金属板を得るためには、かかる塗膜物性として、塗膜のTgが40~120℃であり、動的粘弾性測定装置で測定した塗膜のゴム状弾性領域における貯蔵弾性率の最小値が2×107Pa以下であり、塗膜の表面張力が28mN/m以下であり、塗膜表面の動摩擦係数が0.15以下であることが重要である旨が開示されている。
【0006】
また、以下の特許文献3では、金属板の片面又は両面に1層又は2層以上の塗膜層を有し、最表層の塗膜は、Tgが5~30℃であり、23℃での硬度が5mN荷重下でのユニバーサル硬度で2.5N/mm2以上であり、23℃での破断伸び率が100%以上の物性であり、かつ、最表層の塗膜の鏡面光沢度が入射角及び受光角が60°の条件で測定したときに60%以上である、高光沢のプレコート金属板が開示されている。かかるプレコート金属板について、特許文献3では、深絞り成形を行っても加工部で塗膜の光沢低下が起こり難い、プレス成形性に優れた塗装金属成形物を提供する旨の記載が存在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平2-217500号公報
【文献】特開平8-253883号公報
【文献】特開2007-44922号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、上記のようなプレコートめっき鋼板の成形性及び耐食性の更なる向上を実現するために、検討を行った。その結果、プレコートめっき鋼板を用いて、エアコン室外機天板等の絞り加工を行うと、絞り成形部において、塗膜浮きと呼ばれる現象(微細な点状膨れの集合体により塗膜がざらつく現象)が発生することが新たに判明した。以下、これらの現象が生じた部位のことを、「塗膜浮き部」と称する。塗膜浮き部の断面観察から、プレコートめっき鋼板の絞り成型時に、めっき鋼板の変形(圧縮)に対し塗膜が追随できずに余剰となり、めっき鋼板との密着性が不足した箇所において、塗膜が上方に剥離していることが明らかとなった。
【0009】
上記特許文献1の技術は、塗膜物性を規定して、絞り加工時に生じる絞り成型部の圧縮歪みによる塗膜の座屈を抑制しようとするものである。しかしながら、本発明者らによる検討の結果、塗膜の座屈抑制のためには、実際には、塗膜物性以外に、めっきの硬度、めっきの均一性、化成処理皮膜の物性、加工形状等も無視できない影響因子であると推察される。特許文献1には、これらの塗膜物性以外の影響因子に関する記載は、存在しない。そのため、本発明者らが着目した、絞り加工に伴い発生する塗膜浮き部における塗膜の座屈抑制に関して、特許文献1には、未だ改善の余地がある。
【0010】
また、上記特許文献2の技術は、塗膜物性を規定して絞り加工時の圧縮歪みによる塗膜の座屈を抑制しようとする点において、上記特許文献1の発明と変わるものではない。そのため、本発明者らが着目した、絞り加工に伴い発生する塗膜浮き部における塗膜の座屈抑制に関して、特許文献2には、未だ改善の余地がある。
【0011】
更に、上記特許文献3の技術においても、塗膜物性を規定することのみで圧縮歪みによる塗膜の座屈を抑制しようとする点は、上記特許文献1及び特許文献2と変わるものではない。そのため、本発明者らが着目した、絞り加工に伴い発生する塗膜浮き部における塗膜の座屈抑制に関して、特許文献3には、未だ改善の余地がある。
【0012】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、絞り加工を行った場合であっても塗膜浮き部の発生をより確実に抑制することが可能なプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討した結果、以下で詳述するように、プレコートめっき鋼板の塗装原板であるめっき鋼板の表面酸化状態が、成形品の加工部における塗膜の密着性に影響することを知見した。
かかる知見に基づき更なる検討を行った結果完成された本発明の要旨は、以下の通りである。
【0014】
(1)鋼板と、前記鋼板の片面又は両面に位置し、アルミニウムを0.5質量%以上60.0質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上15.0質量%以下含有し、残部が亜鉛及び不純物からなるめっき層と、を有しており、前記めっき層の表面から10nmの深さにおいて、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して2.0以上であるか、又は、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、プレコート鋼板用めっき鋼板。
(2)前記めっき層の表面から10nmの深さにおいて、前記マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して2.0以上であり、かつ、前記亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、(1)に記載のプレコート鋼板用めっき鋼板。
(3)前記めっき層の表面から10nmの深さにおいて、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属アルミニウムの割合に対して、1.3以上である、(1)又は(2)に記載のプレコート鋼板用めっき鋼板。
(4)前記めっき層は、Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Si合金めっきである、(1)~(3)の何れか1つに記載のプレコート鋼板用めっき鋼板。
(5)鋼板と、前記鋼板の片面又は両面に位置し、アルミニウムを0.5質量%以上60.0質量%以下、マグネシウムを0.5質量%以上15.0質量%以下含有し、残部が亜鉛及び不純物からなるめっき層と、前記めっき層上に位置する化成処理皮膜と、前記化成処理皮膜上に位置する塗膜と、を有しており、前記化成処理皮膜と前記めっき層との界面から前記めっき層の内方に向かって10nmの深さにおいて、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して、0.30以下であるか、又は、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、プレコートめっき鋼板。
(6)前記化成処理皮膜と前記めっき層との界面から前記めっき層の内方に向かって10nmの深さにおいて、前記マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して0.30以下であり、かつ、前記亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上である、(5)に記載のプレコートめっき鋼板。
(7)前記化成処理皮膜と前記めっき層との界面から前記めっき層の内方に向かって10nmの深さにおいて、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属アルミニウムの割合に対して、0.30以下である、(5)又は(6)に記載のプレコートめっき鋼板。
(8)(5)~(7)の何れか1つに記載のプレコートめっき鋼板からなる成形品であって、前記成形品におけるめっき鋼板の厚みが非成形加工部分と比較して5%以上増加している部分において、前記化成処理皮膜と前記塗膜との界面を、SAICAS法で切削して測定した剥離強度が、平均1.00kN/m以上であり、かつ、切削面積の20%以下が界面剥離形態であり、残部の切削面積が前記塗膜内の凝集破壊形態である、成形品。
(9)前記成形品におけるめっき層は、アルミニウムを5%以上15%以下、マグネシウムを2%以上4%以下含有する、(8)に記載の成形品。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように本発明によれば、絞り加工を行った場合であっても塗膜浮き部の発生をより確実に抑制することが可能なプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1A】本発明の各実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
【
図1B】本発明の各実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板の構造の他の一例を模式的に示した説明図である。
【
図2】本発明の各実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板におけるめっき層について説明するための説明図である。
【
図3A】本発明の各実施形態に係るプレコートめっき鋼板の構造の一例を模式的に示した説明図である。
【
図3B】本発明の各実施形態に係るプレコートめっき鋼板の構造の他の一例を模式的に示した説明図である。
【
図4】本発明の各実施形態に係るプレコートめっき鋼板におけるめっき層について説明するための説明図である。
【
図5】本発明の各実施形態に係る成形品の構造の一例を模式的に示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0018】
(本発明者らが行った検討について)
以下では、本発明の実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品について説明するに先立ち、上記のような塗膜浮き部について行った各種の検討内容について、詳細に説明する。
【0019】
本発明者らが、プレコートめっき鋼板を絞り成形加工した成形品において、塗膜浮き部の断面観察をすると、めっき鋼板の変形(圧縮)に伴い塗膜が圧縮され、余剰の塗膜が上方に剥離している様子が観察された。この部分のめっき鋼板部分の板厚を測定すると、成形前の板厚よりも増加していることから、着目する塗膜浮き部は、めっき鋼板が圧縮された部分であることが明らかとなった。
【0020】
一方、絞り成形加工時に金型と擦れて塗膜剥離が発生した部分(すなわち、機械的な擦過により剥離が生じた部分)、及び、塗膜は塗装原板に追随して伸長したものの、伸長加工によりめっきと塗膜との界面に応力が集中した結果密着性が低下し、金型摺動により塗膜剥離が発生した部分(すなわち、応力集中により剥離が生じた部分)は、めっき鋼板の板厚が成形前よりも減少していた。かかる結果から、これら塗膜剥離が発生した部分は、めっき鋼板が伸長した部分であることが明らかとなった。ただし、絞り成形加工においては、めっき鋼板の圧縮と伸長は、それぞれ単独に起きるものではなく同時に起きるものであり、加工部位によって圧縮と伸長の程度が異なっているだけである。圧縮が伸長を上回った部位では、めっき鋼板の厚みは成形前よりも増加している。逆に、伸長が圧縮を上回った部位では、めっき鋼板の厚みは成形前よりも減少している。
【0021】
一般的に、成形加工時のめっき鋼板の変形に伴って塗膜とめっき界面との密着強度(剥離強度)が低下すると、塗膜浮きや塗膜剥離が発生する。
【0022】
本発明者らによる検討の結果、塗膜浮きや塗膜剥離の発生の有無を決定づける因子として、以下の(1)~(3)の3つの影響因子を検討すべきであるとの知見に想到した。これらの影響因子が総合的に良好な状態であるならば、塗膜浮きや塗膜剥離が抑制されると考えられる。
【0023】
(1)圧縮や伸長を伴う加工後のめっき表面の健全性(凹凸や亀裂の有無)
(2)圧縮や伸長を伴う加工後の化成処理皮膜を介しためっきとプライマー塗膜との密着性
(3)圧縮や伸長を伴う加工により変形したトップ塗膜を含めた塗膜全体の状態(亀裂の有無や内部応力)
【0024】
本発明者らは、上記のような塗膜浮きという現象が、亜鉛系めっき鋼板(特にアルミニウムやマグネシウムを含有する亜鉛系合金めっき鋼板)を塗装原板としたプレコートめっき鋼板で発生しやすいことから、上記(1)及び(2)に示したような、塗装原板としてのめっき表面について着目し、更なる検討を行った。
【0025】
その結果、本発明者らは、塗装原板のめっき鋼板の表面酸化状態が、成形加工部における塗膜の密着性に影響することを見出した。ここで、本発明者らが着目しためっき鋼板の表面酸化状態は、(a)めっき鋼板表面におけるアルミニウム、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の状態、及び、(b)めっき鋼板表面における亜鉛の酸化物及び水酸化物の状態、の主に2種類である。
【0026】
まず、(a)めっき鋼板表面におけるアルミニウム、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の状態について言及する。
【0027】
本発明者らによる検討の結果、めっき鋼板表面におけるアルミニウムやマグネシウムの酸化物及び水酸化物の濃度の低い方が、成形加工部の塗膜密着性が高くなるという知見を得た。これは、アルミニウムやマグネシウムを含有する亜鉛系合金めっき鋼板では、易酸化元素であるアルミニウムやマグネシウムの酸化物及び水酸化物が表面に生成することで、脱脂液や化成処理液に対する濡れ性を低下させ、加工部塗膜密着性が低下したものと推定している。
【0028】
更に、本発明者らは、塗装原板のめっき表面酸化状態と成形加工部における塗膜密着性との間の相関について鋭意検討した。その結果、マグネシウムに関して、めっき層表面下10nmの深さにおいて、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、マグネシウムの金属(換言すれば、金属状態のマグネシウム)の存在割合に対して2.0以上であるときに、成形加工部における良好な塗膜密着性が得られることが明らかとなった。
【0029】
マグネシウムの表面酸化物の表面濃度は、小さいほうが良いにも関わらず、上記のように、めっき層の表面近傍でのマグネシウムにおいては、酸化物及び水酸化物の割合が金属の割合に対して一定以上である方が良い理由については、未だ明らかではない。しかしながら、成形加工部で良好な塗膜密着性を有するには、酸処理やアルカリ脱脂等による、マグネシウムの金属と、マグネシウムの酸化物及び水酸化物と、の双方の溶解が必要である一方で、その溶解速度差や溶解後の堆積等により、マグネシウムそれ自体においては、酸化物及び水酸化物の割合が高いほうが良かったためと推定している。
【0030】
更に、本発明者らによる検討の結果、上記のような、アルミニウム及びマグネシウムを含有する亜鉛系合金めっき鋼板に対し、プレコート鋼板とするために化成処理及び塗装を施した場合に、成形加工部で良好な塗膜密着性を示すためには、めっき層と化成処理皮膜との界面において、アルミニウムやマグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合は、それら元素の金属割合に対し、一定以上低いほうが良いことも明らかとなった。
【0031】
これは、化成処理によっても、めっき層表面のアルミニウムやマグネシウムが溶解され、また、アルミニウムやマグネシウムの一部は化成処理皮膜中に取り込まれることで、塗膜密着性に悪影響を及ぼすと推定される酸化物及び水酸化物の表面割合は小さいことが良いためと推察される。なお、アルミニウムやマグネシウムがどのような形態で化成処理皮膜中に取り込まれるかについて、詳細は不明であるが、酸化物・水酸化物として取り込まれるものと、金属として取り込まれるものと、の双方が存在しているものと推測される。
【0032】
次に、(b)めっき鋼板表面における亜鉛の酸化物及び水酸化物の状態について言及する。
【0033】
本発明者らによる検討の結果、めっき鋼板表面における亜鉛の酸化物及び水酸化物の濃度の低い方が、成形加工部の塗膜密着性が高くなるという知見を得た。これは、亜鉛の酸化物及び水酸化物は、金属亜鉛と比較して脱脂液や化成処理液との濡れ性が高いため、これら酸化物及び水酸化物がめっきの表面を覆うことで、化成処理皮膜層との密着性が向上し、結果として亜鉛の酸化物及び水酸化物の量が多いほうが、成形加工後の塗膜密着性が良好になるものと推定している。
【0034】
このように、塗装原板であるめっき鋼板の表面において、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して高いほうが良好である理由は、未だ明らかではない。しかしながら、成形加工部で良好な塗膜密着性を有するには、酸処理やアルカリ脱脂等による亜鉛の金属と、亜鉛の酸化物及び水酸化物と、の双方の溶解が必要である一方で、その溶解速度差や溶解後の堆積等により、亜鉛それ自体においては、酸化物及び水酸化物の割合が高いほうが良かったためと推定している。
【0035】
また、亜鉛系めっき鋼板のなかでも、アルミニウムやマグネシウムを含有する亜鉛系めっき鋼板においては、アルミニウムやマグネシウムの溶解により、相対的に亜鉛の表面濃度に影響を与えているとも推察された。
【0036】
更に、本発明者らによる検討の結果、上記のような亜鉛系めっき鋼板に対し、プレコート鋼板とするために化成処理及び塗装をした場合、成形加工部で良好な塗膜密着性を示すためには、めっき層と化成処理皮膜との界面において、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合は、金属亜鉛の割合に対し、一定以上高いほうが良いことも明らかとなった。
【0037】
以上のような知見に基づき、本発明者らが鋭意検討を行った結果、以下で詳述するような、適切な酸化物及び水酸化物の状態を実現するための酸処理やアルカリ脱脂の条件を見出すことができた。
【0038】
更に、本発明者らは、上述のプレコートめっき鋼板を成形加工することで得られる成形体について、化成処理皮膜や塗膜(例えば、塗膜が複数の層からなる場合は、プライマー塗膜)とめっき層との界面での剥離強度、剥離形態を検討した。従来の剥離試験では、プレコート鋼板の塗膜の剥離強度は測定できるが、成形体を構成するめっき鋼板における圧縮部分及び伸長部分の剥離強度、剥離形態を正確に測定することはできなかった。本発明者らは、これら部分の測定を同時に行うことができる手法として、SAICAS法(Surface and Interfacial Cutting Analysis System)を用いて、剥離強度、剥離形態を評価した。
【0039】
SAICAS法は、鋭利な刃を用いて、サンプル表面から基体と被着体の接着界面にかけて超低速度で切削を行って、剥離強度を測定する方法である。このため、従来法では測定が困難であった積層多層膜の特定の層間の界面において、剥離強度及び剥離状態の観察が可能である。
【0040】
成形体のめっき鋼板の圧縮部分及び伸長部分のサンプル作製を、それぞれの部分を単独で行うことは不可能である。そのため、本発明者らは、プレコート鋼板を用いて円筒カップ絞り加工を行い、圧縮優位の成形部分として、成形前のめっき鋼板の厚みと比較して、厚みが増加している部分に着目するとともに、伸長優位の成形部分として、成形前のめっき鋼板の厚みと比較して、厚みが減少している部分に着目した。これら部分の双方について、SAICAS法を用いて測定することで、以下の知見を得た。
【0041】
すなわち、上述のような塗膜浮きや塗膜剥離の発生しない、プレコートめっき鋼板からなる成形体は、いずれも塗膜の剥離形態が、化成処理皮膜や塗膜(例えば、塗膜が複数の層からなる場合は、プライマー塗膜)とめっき層との界面での界面剥離ではなく、塗膜(例えば、塗膜が複数の層からなる場合は、プライマー塗膜)の凝集破壊となることがわかった。
【0042】
結果として、以下の2つの条件(i)、(ii)を共に満足する場合に、塗膜剥離の無い、プレコートめっき鋼板からなる成形品が得られることが明らかとなった。
【0043】
(i)SAICAS法によるめっき鋼板の圧縮部分(すなわち、成形品のめっき鋼板の厚みが、成形前(非成形加工部位と考えることもできる。)と比較して5%以上増加している部分)の剥離強度が、平均1.00kN/m以上である。
(ii)切削面積の20%以下が界面剥離形態であり、残部の切削面積が塗膜内(例えば、塗膜が複数の層からなる場合は、プライマー塗膜内)の凝集破壊形態である。
【0044】
ここで、界面剥離形態とは、化成処理皮膜の凝集破壊、化成処理皮膜と塗膜(例えば、塗膜が複数の層からなる場合は、プライマー塗膜)との界面剥離、もしくは、化成処理皮膜とめっき層との界面剥離の何れか、又は、これら状態の複合形態のことをいう。ただし、化成処理皮膜の膜厚は極めて薄いため、めっき層や塗膜(例えば、塗膜が複数の層からなる場合は、プライマー塗膜)と一体化しており、上記の剥離形態を目視で区別することはできない。
【0045】
以下では、上記のような知見に基づき完成された、本発明の各実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品について、詳細に説明する。
【0046】
以下に示す本発明の第1実施形態は、上記(a)として言及した、めっき鋼板表面におけるアルミニウム、マグネシウムの酸化物や水酸化物の状態に着目した実施形態である。また、以下に示す本発明の第2実施形態は、上記(b)として言及した、めっき鋼板表面における亜鉛の酸化物や水酸化物の状態に着目した実施形態である。また、以下に示す本発明の第3実施形態は、めっき鋼板表面における亜鉛、アルミニウム、マグネシウムの酸化物や水酸化物の状態に着目した実施形態である。
【0047】
≪第1実施形態≫
(プレコート鋼板用めっき鋼板について)
まず、
図1A~
図2を参照しながら、本発明の第1実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板について、詳細に説明する。
【0048】
図1Aに模式的に示したように、本実施形態に係るめっき鋼板10は、基材となる鋼板101と、鋼板の片面上に位置するめっき層103と、を有している。また、本実施形態に係るめっき鋼板10は、
図1Bに模式的に示したように、基材となる鋼板101の両面に、めっき層103が位置していてもよい。
【0049】
<鋼板101について>
本実施形態に係るめっき鋼板10の基材として用いられる鋼板101は、めっき鋼板10に求められる機械的強度等に応じて、各種の鋼板を用いることが可能である。このような鋼板101として、例えば、Alキルド鋼、Ti、Nb等を含有させた極低炭素鋼、極低炭素鋼にP、Si、Mn等の強化元素を更に含有させた高強度鋼等のような種々の鋼板を挙げることができる。
【0050】
また、本実施形態に係る鋼板101の厚み(
図1A及び
図1Bにおける厚みd0)は、めっき鋼板10に求められる機械的強度等に応じて適宜設定すればよく、例えば0.2mm~2.0mm程度とすることができる。
【0051】
<めっき層103について>
本実施形態に係るめっき層20は、
図1A及び
図1Bに模式的に示したように、鋼板101の少なくとも一方の面上に形成される層であり、めっき鋼板10の耐食性を向上させるために設けられる。以下では、まず、本実施形態に係るめっき層103の化学組成について説明する。
【0052】
本実施形態に係るめっき層103は、質量%で、アルミニウム(Al):0.5%以上60.0%以下、マグネシウム(Mg):0.5%以上15.0%以下を含有し、かつ、残部が亜鉛(Zn)及び不純物からなるめっき層である。すなわち、本実施形態に係るめっき層103は、Al-Mg-Zn系の三元系めっき層である。
【0053】
[Al:0.5~60.0質量%]
本実施形態に係るZn合金めっき層103は、Alを、0.5質量%以上60.0質量%以下含有する。Alの含有量を0.5質量%以上60.0質量%以下とすることで、本実施形態に係るめっき鋼板10の耐食性が向上するとともに、めっき層103の密着性(より詳細には、鋼板101との密着性)を担保することが可能となる。Alの含有量が0.5質量%未満である場合には、めっき層103が脆くなってめっき層103の密着性が低下する。Alの含有量は、好ましくは5.0質量%以上である。一方、Alの含有量が60.0質量%を超える場合には、めっき鋼板10の耐食性向上効果が飽和する。Alの含有量は、好ましくは15.0質量%以下である。
【0054】
[Mg:0.5~15.0質量%]
本実施形態に係るめっき層103は、Mgを、0.5質量%以上15.0質量%以下含有する。Mgの含有量を0.5質量%以上15.0質量%以下とすることで、本実施形態に係るめっき鋼板10の耐食性が向上するとともに、めっき層103の密着性(より詳細には、鋼板101との密着性)を担保することが可能となる。Mgの含有量が0.5質量%未満である場合には、めっき鋼板10の耐食性向上効果が不十分となる。Mgの含有量は、好ましくは2.0質量%以上である。一方、Mgの含有量が15.0質量%を超える場合には、めっき層103が脆くなってめっき層103の密着性が低下する。Mgの含有量は、好ましくは4.0質量%以下である。
【0055】
[残部:Zn及び不純物]
本実施形態に係るめっき層103において、上記の成分以外の残部は、Zn及び不純物である。また、本実施形態に係るめっき層103では、残部のZnの一部に換えて、ケイ素(Si)を0質量%以上2.0質量%以下の含有量で含有していてもよい。
【0056】
[Si:0~2.0質量%]
本実施形態に係るめっき層103は、残部のZnの一部に換えて、Siを、0質量%以上2.0質量%以下含有してもよい。Siの含有量を0質量%以上2.0質量%以下とすることで、めっき層103の密着性をより確実に担保することが可能となる。Siの含有量が2.0質量%を超える場合には、めっき層103の密着性向上効果が飽和する可能性がある。Siの含有量は、より好ましくは1.6質量%以下である。
【0057】
更に、本実施形態に係るめっき層103では、残部のZnの一部に換えて、Fe、Sb、Pb等の元素を単独又は複合で1質量%以下含有してもよい。
【0058】
上記のような化学成分を有するめっき層103が設けられたプレコート鋼板用めっき鋼板10として、例えば、Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Si合金めっき層を有するめっき鋼板のような、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム-ケイ素合金めっき鋼板(例えば、日本製鉄株式会社製「スーパーダイマ(登録商標)」、「ZAM(登録商標)」)等を挙げることができる。
【0059】
[めっき層103の平均膜厚について]
本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10において、めっき層103の平均膜厚(
図1A及び
図1Bにおける厚みd1)は、例えば、6μm以上であることが好ましく、9μm以上であることがより好ましい。めっき層103がこのような平均膜厚を有していることで、プレコート鋼板用めっき鋼板10の耐食性をより確実に担保することが可能となる。なお、めっき層103の平均膜厚d1が45μmを超える場合には、耐食性向上代以上にめっきコスト上昇の影響が大きくなる。そのため、経済性の観点から、めっき層103の平均膜厚d1は45μm以下であることが好ましい。
【0060】
なお、めっき層103の平均膜厚d1は、例えば、以下のような重量法で算出することが可能である。すなわち、所定の面積(例えば、50mm×50mm)を有するめっき鋼板を、インヒビター入り塩酸で溶解し、溶解前後の重量差で溶解重量を算出する。別途溶解液に含有するAl、Zn、Fe等の元素重量比率を、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma:ICP)発光分光分析法により測定・算出し、その比率からめっき層の平均比重を算出する。溶解重量を平均比重で除し、更に面積(あるいは、両面めっきの場合には、面積×2)で除することで、めっき層103の平均膜厚d1が算出される。
【0061】
<めっき層表面におけるマグネシウム及びアルミニウムの状態>
先だって説明した知見に基づき、本実施形態に係るめっき層103では、めっき層103の表面におけるマグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態を規定する。
【0062】
ここで、めっき層103の表面には、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物、水酸化物等以外にも、意図しない各種の不純物が存在している可能性がある。そのため、本実施形態では、
図2に模式的に示したように、めっき層103の表面から10nmの深さに位置する「位置A」において、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物、水酸化物の状態を特定し、めっき層103の表面でのこれら物質の状態とする。
【0063】
マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態分析は、X線光電子分光法(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)により特定する。XPS分析は、アルバック・ファイ社製Quantum2000型を用い、X線源:Al Kα、X線出力15kV、25W、測定領域:300×300μm角、真空度:1.5×10-9Torr(1Torrは、約133.3Paである。)、検出確度:45oとする。また、深さプロファイル分析のためのスパッタは、イオン種:Ar+、加速電圧:1kV、領域:1×1mm、スパッタレート:2.7nm/min(SiO2換算)とする。上記スパッタレートに基づきスパッタを実施し、かかるスパッタにより特定された位置を、上記の「位置A」とみなす。
【0064】
ここで、マグネシウムの酸化物及び水酸化物と、金属マグネシウムとの割合(存在割合)の帰属分離は、Mg KLLによる295~325cm-1の領域でのナロースペクトルより、各物質(酸化物、水酸化物、金属)に帰属されるピークの強度比から算出する。同様に、アルミニウムの酸化物及び水酸化物と、金属アルミニウムとの割合(存在割合)の帰属分離は、Al 2pによる68~84cm-1の領域でのナロースペクトルより、各物質(酸化物、水酸化物、金属)に帰属されるピークの強度比から算出する。
【0065】
本実施形態に係るめっき層103では、上記のようにして特定された、めっき層の表面から10nmの深さ(
図2の位置A)における、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合は、金属マグネシウムの割合に対して2.0以上となっている。金属マグネシウムに対する、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、2.0以上となることで、本実施形態に係るめっき層103を有するプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板を絞り加工した際であっても、成形加工部における良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生を抑制することが可能となる。一方、上記マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、2.0未満である場合には、成形加工部における良好な塗膜密着性を発現させることができず、塗膜浮き部の発生を抑制することはできない。かかる金属マグネシウムに対する、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合は、好ましくは4.0以上であり、より好ましくは6.0以上である。また、金属マグネシウムに対する、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合の上限値は、実質的には10.0程度が上限となる。
【0066】
また、本実施形態に係るめっき層103では、上記のようにして特定された、めっき層の表面から10nmの深さ(
図2の位置A)における、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合は、金属アルミニウムの割合に対して1.3以上となっていることが好ましい。金属アルミニウムに対する、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、1.3以上となることで、本実施形態に係るめっき層103を有するめっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板を絞り加工した際であっても、成形加工部におけるより良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生をより確実に抑制することが可能となる。一方、上記アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、1.3未満である場合には、成形加工部におけるより良好な塗膜密着性を発現させることができない場合がある。かかる金属アルミニウムに対する、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合は、より好ましくは1.4以上であり、更に好ましくは2.0以上である。また、金属アルミニウムに対する、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合の上限値は、実質的には10.0程度が上限となる。
【0067】
ここで、XPSによる測定は、300μm×300μmという大きさの領域に対して実施されるものである。また、上記のようにして算出される存在割合は、上記のような測定領域における平均としての値を意味している。
【0068】
なお、本実施形態に係るめっき鋼板10では、めっき層103において、マグネシウムに関する上記関係が成立してさえいれば、成形加工部における良好な塗膜密着性を発現させることが可能となる。これは、マグネシウムは、アルミニウムと比較して標準電極電位が低いため、腐食が進行しやすく、マグネシウムの腐食をより抑制することが成形加工部での塗膜密着性を高めるのに有効だからである。
【0069】
以上、
図1A~
図2を参照しながら、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10について、詳細に説明した。
【0070】
以上説明したような本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10は、例えば以下のようにして製造することができる。まず、準備した鋼板101の表面に対して、洗浄、脱脂等の前処理を必要に応じて実施する。その後、必要に応じて前処理を実施した鋼板101に対して、通常の無酸化炉方式の溶融めっき法を適用することで、めっき層を形成する。
【0071】
続いて、めっき層の形成された鋼板に対して、酸処理、アルカリ処理又は機械的切削処理の少なくとも何れかによる後処理工程を実施する。これにより、めっき層の表面を改質するか、又は、めっき層の表面を除去することで、先だって言及したXPSスペクトルに関する条件を満足するようにする。
【0072】
ここで、所望の化学成分を有する溶融亜鉛めっき浴(すなわち、Al:0.5~60.0質量%、Mg:0.5~15.0質量%を少なくとも含有し、かつ、残部がZn及び不純物からなる溶融亜鉛めっき浴)を準備し、かかるめっき浴の浴温を、450℃程度に制御する。その上で、得られた鋼板101をめっき浴に浸漬させて、所望の平均膜厚となるように、鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを付着させる。その後、めっき後の冷却速度を、10℃/秒以上に制御する。これにより、めっき層を形成することができる。
【0073】
以上のようにして得られためっき層について、上記のような測定条件に設定されたXPS分析装置でXPSスペクトルを測定しながら、酸処理、アルカリ処理、機械的切削処理等の各種の方法により、先だって言及したXPSスペクトルに関する条件が成立するまで、めっき層の表面を改質したり除去したりしていく。これにより、以上説明したようなめっき層103を有する、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10を製造することができる。
【0074】
ここで、適用するアルカリ処理、酸処理、機械的切削処理はいずれでもよく、また、これらの処理を種々組み合わせてもよい。
【0075】
例えばアルカリ処理を行う場合は、アルカリ濃度が高いほど、また、処理時間が長いほど、めっき層表面のマグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が上昇する傾向がある。例えば、アルカリ処理として、市販の標準的なオルトケイ酸ソーダ系(中アルカリ型)脱脂液を使用して50℃でスプレー噴霧する場合、噴霧時間が10秒程度以下では、めっき層表面のマグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が規定の条件を満たすことはできないが、噴霧時間を長くすると条件を満たすようになり、2分程度まで長くすると確実に条件を満たすようになる。また、この脱脂液の濃度を2倍にすると、30秒程度で確実に条件を満たすようになる。理由は明らかではないが、アルカリ処理をすることによって金属マグネシウム成分が溶解し、酸化物あるいは水酸化物に変化しめっき表面に再沈着する可能性が考えられる。
【0076】
また、例えば酸処理を行う場合、かかる処理は、アルカリ処理と異なりめっき層表面のマグネシウムの酸化物及び水酸化物を除去する効果を示す。そのため、めっき表面に付着した汚れ成分を除去する程度の弱い条件で処理することで、規定の条件が得られる。例えば、5%硫酸を使用して50℃でスプレー噴霧する場合、噴霧時間を5秒から10秒程度とすることで、めっき層表面のマグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が規定の条件を満たすことができる。ただし、より長時間噴霧すると、条件を満たさなくなる。
【0077】
また、例えば機械的切削処理を行う場合、かかる処理は、めっき層表面の金属マグネシウムと酸化物及び水酸化物のいずれをも除去する効果を示す。そのため、ナイロンブラシや適切な粒度の砥石などを使用して、めっき表面に付着した汚れ成分を除去する程度の弱い条件で処理することが好ましい。機械的切削処理後は、水洗して切削汚れを除去する。
【0078】
以上、各種処理方法の事例を述べたが、各処理の条件は、使用する鋼板のめっき層の初期の酸化状態によっても変化する。そのため、適宜最適な条件を選択して、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10を製造すればよい。
【0079】
(プレコートめっき鋼板について)
続いて、
図3A~
図4を参照しながら、以上説明したようなプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板について、詳細に説明する。
【0080】
図3Aに模式的に示したように、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20は、基材として、先だって説明したようなプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたものである。かかるプレコートめっき鋼板20は、鋼板101と、鋼板101の片面上に位置するめっき層201と、めっき層201上に位置する化成処理皮膜203と、化成処理皮膜203上に位置する塗膜205と、を有している。また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20は、
図3Bに模式的に示したように、鋼板101の両面に、めっき層201、化成処理皮膜203及び塗膜205が形成されていてもよい。
【0081】
ここで、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20における鋼板101は、先だって説明したプレコート鋼板用めっき鋼板10における鋼板101と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0082】
また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20におけるめっき層201について、後述する化成処理皮膜203の形成に伴って、めっき層201-化成処理皮膜203の界面近傍においては、各層に含まれる原子等の相互拡散等が生じうる。しかしながら、めっき層201の平均的な化学組成については、先だって説明したプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるめっき層103と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0083】
なお、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20のめっき層201が示す、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態については、以下で説明する。
【0084】
<化成処理皮膜203について>
本実施形態に係る化成処理皮膜203は、めっき層201上に位置する皮膜層であり、プレコート鋼板用めっき鋼板10の表面に付着した油分などの不純物及び表面酸化物を、公知の脱脂工程及び洗浄工程で取り除いた後、化成処理により形成される層である。
【0085】
本実施形態に係る化成処理皮膜203は、樹脂、シランカップリング剤、ジルコニウム化合物、シリカ、リン酸及びその塩、フッ化物、バナジウム化合物、並びに、タンニン又はタンニン酸からなる群より選択される何れか一つ以上を含有してもよい。これら物質を含有することで、更に、化成処理液塗布後の成膜性、水分や腐食性イオン等の腐食因子に対する皮膜のバリア性(緻密性)、及び、めっき面への皮膜密着性などが向上し、皮膜の耐食性の底上げに寄与する。
【0086】
特に、化成処理皮膜203が、シランカップリング剤、又は、ジルコニウム化合物の何れか一つ以上を含有すると、皮膜203内に架橋構造を形成して、めっき表面との結合を強化する。その結果、皮膜の密着性やバリア性を更に向上させることが可能となる。
【0087】
また、化成処理皮膜203が、シリカ、リン酸及びその塩、フッ化物、又は、バナジウム化合物の何れか一つ以上を含有すると、これら化合物はインヒビターとして機能して、めっきや鋼表面に沈殿皮膜や不動態皮膜を形成する。その結果、耐食性を更に向上させることが可能となる。
【0088】
以下では、上記のような化成処理皮膜203が含みうる各構成成分の詳細について、例を挙げながら説明する。
【0089】
[樹脂]
樹脂としては、例えば、ポリエステル樹脂、ポリウレタン樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、アクリル樹脂、ポリオレフィン樹脂等といった、公知の有機樹脂を使用することができる。プレコート鋼板用めっき鋼板との密着性を更に高めるためには、分子鎖中に強制部位や極性官能基をもつ樹脂(ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂、エポキシ樹脂、アクリル樹脂等)の少なくとも一つを使用することが好ましい。樹脂は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0090】
化成処理皮膜203における樹脂の含有量は、例えば、皮膜固形分に対して、0質量%以上85質量%以下であることが好ましい。樹脂の含有量は、より好ましくは0質量%以上60質量%以下であり、更に好ましくは1質量%以上40質量%以下である。樹脂の含有量が、85質量%を超える場合には、その他の皮膜構成成分の割合が低下して、耐食性以外の皮膜として求められる性能が低下する場合がある。
【0091】
[シランカップリング剤]
シランカップリング剤としては、例えば、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルトリエトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジエトキシシラン、γ-(2-アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、γ-メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルトリメトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルトリエトキシシラン、N-β-(N-ビニルベンジルアミノエチル)-γ-アミノプロピルメチルジエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルトリエトキシシラン、γ-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルトリエトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ビニルトリアセトキシシラン、γ-クロロプロピルトリメトキシシラン、γ-クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ-クロロプロピルトリエトキシシラン、γ-クロロプロピルメチルジエトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン、γ-アニリノプロピルトリメトキシシラン、γ-アニリノプロピルメチルジメトキシシラン、γ-アニリノプロピルトリエトキシシラン、γ-アニリノプロピルメチルジエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルメチルジメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルメチルジエトキシシラン、オクタデシルジメチル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル[3-(メチルジメトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル[3-(トリエトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、オクタデシルジメチル[3-(メチルジエトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロライド、γ-クロロプロピルメチルジメトキシシラン、γ-メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン、メチルトリクロロシラン、ジメチルジクロロシラン、トリメチルクロロシラン等を挙げることができる。化成処理皮膜203を形成するための化成処理剤中のシランカップリング剤の添加量は、例えば、2~80g/Lとすることができる。シランカップリング剤の添加量が2g/L未満である場合にはめっき表面との密着性が不足し、塗膜の加工密着性が低下する可能性がある。また、シランカップリング剤の添加量が80g/Lを超える場合には、化成処理皮膜の凝集力が不足し、塗膜の加工密着性が低下する可能性がある。上記に例示したようなシランカップリング剤は、1種で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0092】
[ジルコニウム化合物]
ジルコニウム化合物としては、例えば、ジルコニウムノルマルプロピレート、ジルコニウムノルマルブチレート、ジルコニウムテトラアセチルアセトネート、ジルコニウムモノアセチルアセトネート、ジルコニウムビスアセチルアセトネート、ジルコニウムモノエチルアセトアセテート、ジルコニウムアセチルアセトネートビスエチルアセトアセテート、ジルコニウムアセテート、ジルコニウムモノステアレート、炭酸ジルコニウム、炭酸ジルコニウムアンモニウム、炭酸ジルコニウムカリウム、炭酸ジルコニウムナトリウム等を挙げることができる。化成処理皮膜203を形成するための化成処理剤中のジルコニウム化合物の添加量は、例えば、2~80g/Lとすることができる。ジルコニウム化合物の添加量が2g/L未満である場合にはめっき表面との密着性が不足し、塗膜の加工密着性が低下するとなる可能性がある。また、ジルコニウム化合物の添加量が80g/Lを超える場合には、化成処理皮膜の凝集力が不足し、塗膜の加工密着性が低下する可能性がある。かかるジルコニウム化合物は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0093】
[シリカ]
シリカとしては、例えば、日産化学株式会社製の「スノーテックスN」、「スノーテックスC」、「スノーテックスUP」、「スノーテックスPS」、株式会社ADEKA製の「アデライトAT-20Q」等の市販のシリカゲル、又は、日本アエロジル株式会社製のアエロジル#300等の粉末シリカを用いることができる。シリカは、必要とされるプレコートめっき鋼板の性能に応じて、適宜選択することができる。化成処理皮膜203を形成するための化成処理剤中のシリカの添加量は、1~40g/Lとすることが好ましい。シリカの添加量が1g/L未満である場合には、塗膜の加工密着性が低下する可能性があり、シリカの添加量が40g/Lを超える場合には、加工密着性及び耐食性の効果が飽和する可能性が高いことから、不経済である。
【0094】
[リン酸及びその塩]
リン酸及びその塩としては、例えば、オルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸等のリン酸類及びそれらの塩、リン酸三アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等のアンモニウム塩、アミノトリ(メチレンホスホン酸)、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)、ジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)等のホスホン酸類及びそれらの塩、フィチン酸等の有機リン酸類及びそれらの塩等が挙げられる。なお、リン酸の塩として、アンモニウム塩以外の塩としては、Na、Mg、Al、K、Ca、Mn、Ni、Zn、Fe等との金属塩が挙げられる。リン酸及びその塩は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0095】
なお、リン酸及びその塩の含有量は、皮膜固形分に対して、0質量%以上20質量%以下であることが好ましい。リン酸及びその塩の含有量が20質量%を超える場合には、皮膜が脆くなり、プレコートめっき鋼板を成形加工する際の皮膜の加工密着性が低下する場合がある。リン酸及びその塩の含有量は、より好ましくは、1質量%以上10質量%以下である。
【0096】
[フッ化物]
フッ化物としては、例えば、ジルコンフッ化アンモニウム、ケイフッ化アンモニウム、チタンフッ化アンモニウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、チタンフッ化水素酸、ジルコンフッ化水素酸等を挙げることができる。かかるフッ化物は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0097】
なお、フッ化物の含有量は、皮膜固形分に対して、0質量%以上20質量%以下が好ましい。フッ化物の含有量が20質量%を超える場合には、皮膜が脆くなり、プレコートめっき鋼板を成形加工する際の皮膜の加工密着性が低下する場合がある。フッ化物の含有量は、より好ましくは、1質量%以上10質量%以下である。
【0098】
[バナジウム化合物]
バナジウム化合物としては、例えば、五酸化バナジウム、メタバナジン酸、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、オキシ三塩化バナジウム等の5価のバナジウム化合物を還元剤で2~4価に還元したバナジウム化合物、三酸化バナジウム、二酸化バナジウム、オキシ硫酸バナジウム、オキシ蓚酸バナジウム、バナジウムオキシアセチルアセトネート、バナジウムアセチルアセトネート、三塩化バナジウム、リンバナドモリブデン酸、硫酸バナジウム、二塩化バナジウム、酸化バナジウム等の酸化数4~2価のバナジウム化合物等を挙げることができる。かかるバナジウム化合物は、単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0099】
なお、バナジウム化合物の含有量は、皮膜固形分に対して、0質量%以上20質量%以下が好ましい。バナジウム化合物の含有量が20質量%を超える場合には、皮膜が脆くなり、プレコートめっき鋼板を成形加工する際の皮膜の加工密着性が低下する場合がある。バナジウム化合物の含有量は、より好ましくは、1質量%以上10質量%以下である。
【0100】
[タンニン又はタンニン酸]
タンニン又はタンニン酸は、加水分解できるタンニン、縮合タンニンのいずれも用いることができる。タンニン及びタンニン酸の例としては、ハマメタタンニン、五倍子タンニン、没食子タンニン、ミロバランのタンニン、ジビジビのタンニン、アルガロビラのタンニン、バロニアのタンニン、カテキン等を挙げることができる。化成処理皮膜203を形成するための化成処理剤中のタンニン又はタンニン酸の添加量は、2~80g/Lとすることができる。タンニン又はタンニン酸の添加量が2g/L未満である場合にはめっき表面との密着性が不足し、塗膜の加工密着性が低下する可能性がある。また、タンニン又はタンニン酸の添加量の添加量が80g/Lを超える場合には、加工密着性が不足する化成処理皮膜の凝集力が不足し、塗膜の加工密着性が低下する可能性がある。
【0101】
また、化成処理皮膜203を形成するための化成処理剤中には、性能が損なわれない範囲内で、pH調整のために酸、アルカリ等を添加してもよい。
【0102】
上記のような各種の成分を含有する化成処理剤は、プレコート鋼板用めっき鋼板10の片面又は両面上に塗布されたのち、乾燥されて化成処理皮膜203を形成する。本実施形態に係るプレコート鋼板では、片面あたり10~1000mg/m
2の化成処理皮膜をプレコート鋼板用めっき鋼板上に形成することが好ましい。化成処理皮膜203の付着量は、より好ましくは20~800mg/m
2であり、最も好ましくは50~600mg/m
2である。なお、かかる付着量に対応する化成処理皮膜203の膜厚(
図3A及び
図3Bにおける厚みd2)は、化成処理剤に含まれる成分にもよるが、概ね0.01~1μm程度となる。
【0103】
<塗膜205について>
本実施形態に係る塗膜205は、上記のような化成処理皮膜203上に形成される層である。かかる塗膜205は、
図3A及び
図3Bに模式的に示したように単層で構成されていてもよいし、2層以上の複数の層で構成されていてもよい。
【0104】
ここで、塗膜205が2層以上の複数の層で構成される場合、化成処理皮膜203に接する塗膜は、プライマー塗膜とも呼ばれ、塗膜205の全体と、化成処理皮膜203との密着性及び耐食性の担保を目的として設けられることが多い。一方、かかるプライマー塗膜よりも上側に位置する塗膜は、トップ塗膜とも呼ばれ、着色による意匠性やバリア性、その他の表面機能性の担保を目的として設けられることが多い。
【0105】
また、塗膜205が単層で構成される場合、かかる塗膜205は、上記のプライマー塗膜とトップ塗膜が示す少なくとも何れかの機能を発現するように設けられることが多い。
【0106】
かかる塗膜205は、少なくとも樹脂を含有する。また、かかる塗膜205は、顔料を更に含有することが好ましい。塗膜205には、これらの成分以外にも、レベリング剤、消泡剤、着色剤、粘度調整剤、紫外線吸収剤等の各種の添加剤を含有してもよい。なお、塗膜205を形成するための塗布液は、溶剤に、上記各成分を分散又は溶解して得ることが好ましい。
【0107】
以下では、本実施形態に係る塗膜205が有する構成についてより詳細に説明するために、便宜的に、塗膜205がプライマー塗膜及びトップ塗膜から構成される場合を例に挙げて、詳細に説明する。
【0108】
[プライマー塗膜]
プライマー塗膜のベース塗料は、プレコートめっき鋼板の使用環境や用途に応じて、適切なものを選択すればよい。ベース塗料の樹脂の種類としては、一般に公知のものを使用することができる。このような樹脂として、例えば、ポリアクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリブチラール系樹脂、メラミン系樹脂、シリコン樹脂、フッ素樹脂、アクリル樹脂等を挙げることができ、これらの樹脂をそのままで、あるいは、組み合わせて使用することができる。また、これらの樹脂を、任意の硬化剤で硬化させることができる。ベース塗料は、有機溶剤系、水系、あるいは粉体系等のいずれの形態でも用いることができる。
【0109】
かかるベース塗料は、防錆顔料を含有することが好ましく、特に、クロメートフリー防錆顔料を含有することがより好ましい。ベース塗料中のクロメートフリー防錆顔料は、カルシウムイオン交換シリカ(俗称として、カルシウムシリケートと呼ばれることもある。)、トリポリリン酸アルミニウム、リン・バナジウム顔料(PV顔料)、リン酸亜鉛、リン酸鉄、リン酸アルミニウム、モリブデン酸カルシウム、モリブデン酸アルミニウム、モリブデン酸バリウム、酸化バナジウム、水分散シリカ、ヒュームドシリカ、オルトリン酸、ピロリン酸、メタリン酸、次リン酸、亜リン酸、次亜リン酸及びこれらの塩などを使用することができる。かかる防錆顔料の含有量は、塗膜固形分に対して、例えば5~70質量%であることが好ましい。防錆顔料の含有量が5質量%未満である場合には、耐食性の硬化を十分に担保できない可能性があることに加えて、塗膜の剛性と凝集力とが低下することにより、塗装めっき鋼板のプレス加工の際に塗膜表面が金型と擦れた時に塗膜剥離(すなわち、物理的剥離としての塗膜齧り)が発生しやすくなることがある。また、防錆顔料の含有量が70質量%を超える場合には、加工性が低下することがある。耐食性、耐薬品性及び加工性のバランスの観点から、防錆顔料の含有量は、15~70質量%であることがより好ましく、20~50質量%であることが更に好ましい。
【0110】
硬化剤としては、メラミン樹脂、尿素樹脂、ベンゾグアナミン樹脂等のアミノ樹脂、又は、イソシナネート化合物及びそのブロック体を用いることが好ましい。これら硬化剤と樹脂の乾燥塗膜中での質量比は、樹脂と硬化剤の総量100質量部に対して、硬化剤が5~30質量部であることが好ましい。硬化剤の量が5質量部以下である場合には、密着性、耐食性が十分発揮されない可能性があり、30質量部以上である場合には、加工性、耐薬品性が低下する可能性がある。
【0111】
成形前のプライマー塗膜の膜厚は、2μm以上10μm以上であることがプレコートめっき鋼板として一般的である。本実施形態においても、プライマー塗膜の膜厚は、2~10μmであることが好ましい。プライマー塗膜の膜厚が2μm未満である場合には、プレコートめっき鋼板として要求される耐食性等の機能が十分に発揮できない可能性がある。一方、プライマー塗膜の膜厚が10μmを超える場合には、塗膜の加工性が低下する可能性がある。
【0112】
上記のようなプライマー塗膜を構成する成分を含むプライマー塗料組成物を塗布したあと、150℃以上300℃未満の温度で焼き付け、硬化乾燥させる。焼き付け温度が150℃未満である場合には、密着性を十分に担保できない可能性があり、焼き付け温度が300℃以上である場合には、樹脂成分の熱劣化が起こり、加工性が低下する可能性がある。
【0113】
なお、上記のようなプライマー塗料組成物の塗布は、一般に公知の塗布方法、例えば、ロールコート、カーテンフローコート、エアースプレー、エアーレススプレー、浸漬、バーコート、刷毛塗りなどで行うことができる。
【0114】
[トップ塗膜]
トップ塗膜のベース塗料は、は、プレコートめっき鋼板の使用環境や用途に応じて、適切なものを選択すればよい。ベース塗料の樹脂の種類としては、一般に公知のものを用いることが可能である。このような樹脂として、例えば、ポリアクリル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリブチラール系樹脂、メラミン系樹脂、シリコン樹脂、フッ素樹脂、アクリル樹脂等を挙げることができ、これらの樹脂をそのままで、あるいは、組み合わせて使用することができる。また、これらの樹脂を、任意の硬化剤で硬化させることができる。ベース塗料は、有機溶剤系、水系、あるいは粉体系等のいずれの形態でも用いることができる。なお、トップ塗膜のベース塗料に含まれる樹脂は、プライマー塗膜のベース塗膜に含まれる樹脂と同種のものであってもよいし、異なるものであってもよい。ただし、プライマー塗膜とトップ塗膜との間の密着性を考慮すると、互いに同種のものを用いることが好ましい。
【0115】
より成形加工性の厳しい使用用途においては、ベース塗料は、高分子ポリエステル樹脂及び硬化剤を含むことが好ましい。高分子ポリエステル樹脂としては、プレコートめっき鋼板の用途に応じて選択することができ、通常、溶剤系塗料として使われているいずれの高分子ポリエステル系樹脂も用いることができる。かかる高分子ポリエステル系樹脂は、2種以上の樹脂モノマーのエステル結合により主樹脂が構成されている高分子ポリエステル樹脂であることが好ましい。
【0116】
上記高分子ポリエステル樹脂との反応により熱硬化性樹脂塗膜を形成させるために使用する硬化剤としては、メラミン樹脂、尿素樹脂、ベンゾグアナミン樹脂等のアミノ樹脂、又は、イソシナネート化合物及びそのブロック体を用いることができる。これら硬化剤と樹脂の乾燥塗膜中での質量比は、樹脂と硬化剤の総量100質量部に対して、硬化剤の量が10~35質量部であることが好ましい。硬化剤が10質量部未満である場合には、密着性、耐食性、耐溶剤性等を十分に担保できない可能性があり、35質量部を超える場合には、加工性、耐薬品性、耐衝撃性が低下する可能性がある。
【0117】
また、トップ塗膜は、必要に応じて、顔料、表面修飾した金属粉やガラス粉、分散剤、レベリング剤、ワックス、骨材、フッ素樹脂ビーズ等の添加剤や、希釈溶剤等を、更に含むことができる。
【0118】
成形前のトップ塗膜の膜厚は、例えば、5~25μmの範囲内であることが好ましい。トップ塗膜が複数の層で構成される場合には、合計膜厚が5~25μmの範囲内となることが好ましい。
【0119】
トップ塗膜の塗料組成物を塗布したあと、150℃以上300℃未満の温度で焼き付け、硬化乾燥させる。焼き付け温度が150℃未満である場合には、各塗膜の密着性を十分に担保できない可能性があり、焼き付け温度が300℃以上である場合には、ポリエステル樹脂成分をはじめとする樹脂成分の熱劣化が起こり、加工性が低下する可能性がある。
【0120】
なお、トップ塗料の塗布は、一般に公知の塗布方法、例えば、ロールコート、カーテンフローコート、エアースプレー、エアーレススプレー、浸漬、バーコート、刷毛塗りなどで行うことができる。
【0121】
以上、本実施形態に係る化成処理皮膜、プライマー塗膜、トップ塗膜を、それぞれの膜を形成するのに用いた化成処理剤、塗料組成物により説明した。通常、これらの処理剤、組成物をめっき鋼板に塗布した場合、これらの成分と、形成される皮膜の成分組成とは、通常異なっている。例えば化成処理剤では、めっき鋼板との反応、化成処理剤中の揮発成分の揮発等によって、化成処理剤と塗布した後の化成処理皮膜との組成は異なってしまっており、形成された化成処理皮膜層の組成を特定することは、通常、技術的に困難である。また、そのような化成処理皮膜層の組成を機器分析等によって特定することも、現実には技術的に困難である。このことは、プライマー塗膜、トップ塗膜においても同様である。それ故、本実施形態においては、化成処理剤、塗料組成物の組成を特定することにより、形成される化成処理皮膜、プライマー塗膜、トップ塗膜を特定している。
【0122】
<めっき層界面におけるマグネシウム及びアルミニウムの状態>
先だって説明した知見に基づき、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20では、めっき層201の界面(より詳細には、めっき層201と化成処理皮膜203の界面)におけるマグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態を規定する。
【0123】
ここで、本実施形態では、
図4に模式的に示したように、めっき層201と化成処理皮膜203の界面からめっき層201の内方に向かって10nmの深さに位置する「位置B」において、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物、水酸化物の状態を特定し、めっき層201の界面でのこれら物質の状態とする。
【0124】
本実施形態において、めっき層201と化成処理皮膜203の界面の位置は、プレコートめっき鋼板をXPSにより分析することで得られる、プレコートめっき鋼板の深さ方向の元素プロファイルから特定することができる。すなわち、本実施形態では、化成処理皮膜203に含まれる元素をマーカーとし、深さ方向に対して、かかるマーカー元素の強度が半減するところを、めっき層201と化成処理皮膜203の界面として定義する。
【0125】
ここで、深さプロファイル分析のためのXPSの測定条件、及び、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態分析のための測定条件は、先だって示したプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるXPSの測定条件と同様である。
【0126】
すなわち、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態分析は、XPSにより特定する。XPS分析は、アルバック・ファイ社製Quantum2000型を用い、X線源:Al Kα、X線出力15kV、25W、測定領域:300×300μm角、真空度:1.5×10-9Torr、検出確度:45oとする。また、深さプロファイル分析のためのスパッタは、イオン種:Ar+、加速電圧:1kV、領域:1×1mm、スパッタレート:2.7nm/min(SiO2換算)とする。上記スパッタレートに基づきスパッタを実施し、かかるスパッタにより特定された位置を、上記の「位置B」とみなすこととする。
【0127】
ここで、マグネシウムの酸化物及び水酸化物と、金属マグネシウムとの割合(存在割合)の帰属分離は、Mg KLLによる295~325cm-1の領域でのナロースペクトルより、各物質(酸化物、水酸化物、金属)に帰属されるピークの強度比から算出する。同様に、アルミニウムの酸化物及び水酸化物と、金属アルミニウムとの割合(存在割合)の帰属分離は、Al 2pによる68~84cm-1の領域でのナロースペクトルより、各物質(酸化物、水酸化物、金属)に帰属されるピークの強度比から算出する。
【0128】
本実施形態に係るめっき層201の界面では、上記のようにして特定された、めっき層の界面から10nmの深さ(
図4の位置B)における、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合は、金属マグネシウムの割合に対して0.30以下となっている。金属マグネシウムに対する、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、0.30以下となることで、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を絞り加工した際であっても、成形加工部における良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生を抑制することが可能となる。一方、上記マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、0.30を超える場合には、成形加工部における良好な塗膜密着性を発現させることができず、塗膜浮き部の発生を抑制することはできない。かかる金属マグネシウムに対する、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合は、好ましくは0.25以下であり、より好ましくは0.20以下である。また、金属マグネシウムに対する、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の存在割合の下限値は、実質的には0.01程度が下限となる。
【0129】
また、本実施形態に係るめっき層201の界面では、上記のようにして特定された、めっき層の界面から10nmの深さ(
図4の位置B)における、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合は、金属アルミニウムの割合に対して0.30以下となっていることが好ましい。金属アルミニウムに対する、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、0.30以下となることで、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を絞り加工した際であっても、成形加工部におけるより良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生をより確実に抑制することが可能となる。一方、上記アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合が、0.30を超える場合には、成形加工部におけるより良好な塗膜密着性を発現させることができない場合がある。かかる金属アルミニウムに対する、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合は、より好ましくは0.25以下であり、更に好ましくは0.20以下である。また、金属アルミニウムに対する、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の存在割合の下限値は、実質的には0.01程度が下限となる。
【0130】
ここで、XPSによる測定は、300μm×300μmという大きさの領域に対して実施されるものであり、上記のようにして算出される存在割合は、上記のような測定領域における平均としての値を意味している。
【0131】
以上、
図3A~
図4を参照しながら、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20について、詳細に説明した。
【0132】
(成形品について)
続いて、
図5を参照しながら、以上説明したようなプレコートめっき鋼板20を用いた成形品について、詳細に説明する。
【0133】
図5に一例を模式的に示したように、本実施形態に係る成形品30は、以上説明したようなプレコートめっき鋼板20に対して、深絞り加工、角筒プレス加工等の各種の加工を施すことで、所望の形状となるように成形されたものである。
【0134】
ここで、本実施形態に係る成形品30が有するめっき層の平均的な化学組成は、元となったプレコートめっき鋼板20が有するめっき層201と同様となるため、0.5~60.0質量%のアルミニウムと、0.5~15.0質量%のマグネシウムと、を含有している。この中でも、本実施形態に係る成形品30が有するめっき層は、アルミニウムを5質量%以上15質量%以下、マグネシウムを2質量%以上4質量%以下含有することが好ましい。成形品30のめっき層が上記のような含有量でアルミニウム及びマグネシウムを含有することで、より確実に所望の耐食性を実現することが可能となる。なお、成形品30のめっき層における、上記アルミニウム及びマグネシウム以外の残部は、外部環境由来の元素、亜鉛及び不純物である。
【0135】
本実施形態に係る成形品30の具体的な形状としては、例えば、エアコン室外機や給湯器といった主に屋外で使用される物品をはじめとして、各種の部品が有する様々な形状を挙げることができる。
【0136】
本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を加工して成形品とするために用いる加工方法は、公知の各種の方法を採用可能である。また、その加工条件についても、用いる加工方法や成形品の形状等に応じて、適宜設定すればよい。
【0137】
上記のような成形品の一例である、エアコン室外機の天板への加工は、プレコートめっき鋼板20にとって厳しい成型加工といえる。エアコン各社によって加工の程度は異なるが、いずれも高速の角筒プレスの1種が施されて、室外機の天板が成形される。天板の四隅のコーナー部には、圧縮加工された部分と伸長加工された部分が存在するようになる。一般的なプレコートめっき鋼板を用いた場合、圧縮加工部には塗膜浮きが頻発し、伸長加工部には塗膜剥離が頻発する。
【0138】
しかしながら、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を素材として用いた場合には、プレコートめっき鋼板20のめっき層界面において、マグネシウムやアルミニウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態が適切に制御されているために、塗膜浮き部及び塗膜剥離の発生をより確実に抑制することが可能となる。
【0139】
<SAICAS法による測定値について>
本実施形態に係るプレコートめっき鋼板からなる成形品では、特定の部分をSAICAS法により測定することで得られる剥離強度と、かかる部分における剥離状態と、を規定する。
【0140】
図5に一例を模式的に示した、本実施形態に係る成形品において、成形品のプレコートめっき鋼板の厚みが、成形前(非成形加工部分と捉えることもできる。)の厚みdと比較して、5%以上増加している部分(
図5において、例えば破線で囲った部分であり、厚みをd’としたときに、(d’-d)/d≧0.05の関係が成立している部分)は、加工によってめっき鋼板が圧縮、伸長され、圧縮が伸長を上回った部分である。以下、このような厚みが5%以上増加している部分のことを、「圧縮部分」と称する。このような圧縮部分は、成形品において塗膜が浮きやすい部分である。
【0141】
本実施形態に係る成形品における、プレコートめっき鋼板の厚みが成形前と比較して5%以上増加している部分(すなわち、圧縮部分)では、化成処理皮膜と塗膜(塗膜が複数の層から構成されている場合は、プライマー塗膜)との間の剥離強度は、SAICAS法で測定して、平均1.00kN/m以上となっている。加えて、かかる圧縮部分をSAICAS法で切削したときに、切削面積の20%以下が、界面剥離形態となり、残部の切削面積が、塗膜内(塗膜が複数の層から構成されている場合は、プライマー塗膜内)の凝集破壊形態となっている。圧縮部分が、上記のような剥離強度及び剥離面積に関する条件を全て満たさない場合には、圧縮を伴う加工により化成処理皮膜が破壊されることで密着性が低下する。加えて、塗膜の内部応力が、化成処理皮膜と塗膜(塗膜が複数の層から構成されている場合は、プライマー塗膜)との界面、又は、化成処理皮膜とめっき層との界面に集中することにより、結果的に、密着強度の最も低い部分での圧縮加工時の塗膜密着性が不足し、塗膜浮きが発生する。
【0142】
なお、成形品におけるプレコートめっき鋼板の厚みが成形前と比較して5%以上増加している部分であれば、SAICAS法での測定結果において、その%の違いによる有意な差は見られない。
【0143】
本実施形態に係る成形品において、SAICAS法による上記の剥離強度は、好ましくは、平均1.10kN/m以上であり、より好ましくは1.20kN/m以上である。なお、かかる剥離強度の上限値については、高ければ高いほどよい。上記剥離強度は、実質的には1.5kN/m程度が上限となる。
【0144】
また、本実施形態に係る成形品のSAICAS法による圧縮部分の切削面積に関し、界面剥離状態となっている部分の割合は、15%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましい。なお、界面剥離状態となっている部分の割合の下限値は、小さければ小さいほどよい。界面剥離形態となっている部分の割合は、実質的には0%が下限となる。
【0145】
[SAICAS法による剥離強度、剥離形態の測定方法]
プレコートめっき鋼板を用いた着目する成形品についての、SAICAS法による剥離強度及び剥離形態は、以下のようにして測定する。
まず、着目する成形品について、非成形加工部分と考えられる平坦部を3箇所以上特定し、各平坦部について、そのトータル厚み(基板のめっき鋼板、表裏面の塗膜を含む。)をマイクロゲージで3回測定し、その平均値を算出する。このような測定を、特定した複数箇所で実施し、各箇所間の平均値を更に算出する。このようにして得られた複数箇所間の平均値を、着目する成形品における、成形前のプレコートめっき鋼板の厚み(例えば、
図5における厚みd)とする。
【0146】
また、深絞り加工等の各種の成型加工が施されていると思われる部分から、測定サンプル(概ね20mm×20mm以上の大きさ)を切り出し、鋼板矯正器(レベラー)により平滑化する。得られた測定サンプルについて、そのトータル厚み(基板のめっき鋼板、表裏面の塗膜を含む。)をマイクロゲージで測定していき、得られた測定値と、上記のようにして得られた、成形前のプレコートめっき鋼板の厚みに基づき、増加比率を算出していく。このようにして得られる増加比率のうち、5%以上の値を示す部分を、成形品の圧縮部位とする。なお、深絞り加工をはじめとする各種の成型加工において、上記のような増加比率の値は、11%程度が上限となる。
【0147】
このようにして特定された圧縮部分について、塗膜の剥離強度及び剥離形態を、SAICAS法を利用可能な測定装置(例えば、ダイプラ・ウィンテス社製DN-GS型)を用いながら、切削して測定する。なお、SAICAS法における切削方向は、絞り成型後の鋼板端線に平行な方向とする。
【0148】
なお、上記のような方法で算出した増加比率の値は、上記のような範囲内において、成形前後のプレコートめっき鋼板を準備し、成形前後のプレコートめっき鋼板の表裏面から塗膜剥離剤で塗膜を脱離した状態で測定した基板の厚みから算出した値と比較して、差が見られないことが確認できている。
【0149】
SAICAS法による切削条件は、以下のとおりである。
切削刀として、ダイヤモンド刃(0.3mm幅)を用い、水平速度1μm/sec.、垂直速度0.1μm/sec.の定速度モードにて斜め切削実施後、界面付近で水平移動のみに切り替えて200μmの長さで切削し、その水平移動時の平均剥離強度を測定する。水平移動に切り替える深さ位置については、予備実験により、界面位置(めっきを切削しないぎりぎりの位置)を特定しておくことにより設定した。切削刀の水平移動中にめっきの凹凸によりめっき表面を切削した場合は、剥離強度が瞬間的に異常上昇するため、判別が可能である。このような場合は異常値として除外して、平均剥離強度を算出する。なお、測定回数n=3とし、平均剥離強度の3つの値の平均値を、剥離強度とする。
【0150】
水平移動時の切削部分における界面剥離形態、凝集破壊形態の比率の測定方法は、以下の通りである。
SAICAS法による切削部分の表面を光学顕微鏡にて観察すると、部位ごとの剥離形態の違いが明確に区別可能である。(A)切削部分に極めて薄い塗膜が残存している場合は、塗膜中の樹脂及び顔料による着色が見られるため、剥離形態は塗膜内の薄層凝集破壊であると判定できる。(B)切削部分が界面剥離の場合、基板のめっき表面の外観が観察される。かかる部分に光を照射しても強い反射は見られず、黒っぽい外観となる。また、界面剥離の場合、SAICAS法による剥離強度が局部的に低くなることも、判断材料となる。なぜならば、切削刀の移動位置は、界面直上の塗膜内であるのに、界面の密着力が塗膜の凝集力よりも低いために剥離位置が界面に移行する結果として、界面剥離は発生するからである。(C)切削部分がめっき層の凝集破壊である場合、金属光沢が観察され、かかる部分に光を照射すると強く反射するため、界面剥離との区別は容易である。また、SAICAS法による剥離強度が局部的に高くなることも、判断材料となる。
【0151】
SAICAS法による水平切削範囲(大きさ300μm×200μm)の光学顕微鏡写真を撮影し、同範囲内の塗膜の凝集破壊、界面剥離、及び、めっき層の凝集破壊の部位を上記の判断基準により特定し、それらの面積を、画像処理ソフト、又は、透明な方眼紙を用いて計測する。そして、SAICAS法の水平切削範囲からめっき層の凝集破壊を除外した面積に対する界面剥離面積の比率を算出する。
【0152】
以上、
図5を参照しながら、本実施形態に係る成形品について、詳細に説明した。
【0153】
以上説明したように、本実施形態によれば、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板を用いることで、絞り成形等の加工部分に塗膜浮き部や塗膜剥離が生じない、プレコートめっき鋼板及びプレコート鋼板からなる成形体を得ることができる。
【0154】
≪第2実施形態≫
(プレコート鋼板用めっき鋼板について)
まず、
図1A~
図2を参照しながら、本発明の第2実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板について、詳細に説明する。
【0155】
図1Aに模式的に示したように、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10は、基材となる鋼板101と、鋼板の片面上に位置するめっき層103と、を有している。また、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10は、
図1Bに模式的に示したように、基材となる鋼板101の両面に、めっき層103が位置していてもよい。
【0156】
<鋼板101について>
本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10の基材として用いられる鋼板101については、第1実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10における鋼板101と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0157】
<めっき層103について>
本実施形態に係るめっき層20は、
図1A及び
図1Bに模式的に示したように、鋼板101の少なくとも一方の面上に形成される層であり、プレコート鋼板用めっき鋼板10の耐食性を向上させるために設けられる。ここで、本実施形態に係るめっき層103の化学組成については、第1実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるめっき層103と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0158】
[めっき層103の平均膜厚について]
また、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10において、めっき層103の平均膜厚(
図1A及び
図1Bにおける厚みd1)についても、第1実施形態と同様であるため、以下では詳細な説明は省略する。
【0159】
<めっき層表面における亜鉛の状態>
先だって説明した知見に基づき、本実施形態に係るめっき層103では、めっき層103の表面における亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態を規定する。
【0160】
ここで、めっき層103の表面には、亜鉛の金属、酸化物、水酸化物等以外にも、意図しない各種の不純物が存在している可能性がある。そのため、本実施形態においても、
図2に模式的に示したように、めっき層103の表面から10nmの深さに位置する「位置A」において、亜鉛の金属、酸化物、水酸化物の状態を特定し、めっき層103の表面でのこれら物質の状態とする。
【0161】
亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態分析は、XPSにより特定する。XPS分析は、アルバック・ファイ社製Quantum2000型を用い、X線源:Al Kα、X線出力15kV、25W、測定領域:300×300μm角、真空度:1.5×10-9Torr、検出確度:45oとする。また、深さプロファイル分析のためのスパッタは、イオン種:Ar+、加速電圧:1kV、領域:1×1mm、スパッタレート:2.7nm/min(SiO2換算)とする。上記スパッタレートに基づきスパッタを実施し、かかるスパッタにより特定された位置を、上記の「位置A」とみなす。
【0162】
ここで、亜鉛の酸化物及び水酸化物と、金属亜鉛との割合(存在割合)の帰属分離は、Zn 2pによる480~515cm-1の領域でのナロースペクトルより、各物質(酸化物、水酸化物、金属)に帰属されるピークの強度比から算出する。
【0163】
本実施形態に係るめっき層103では、上記のようにして特定された、めっき層の表面から10nmの深さ(
図2の位置A)における、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合は、金属亜鉛の割合に対して7.0以上となっている。金属亜鉛に対する、亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が、7.0以上となることで、本実施形態に係るめっき層103を有するプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板を絞り加工した際であっても、成形加工部における良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生を抑制することが可能となる。一方、上記亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が、7.0未満である場合には、成形加工部における良好な塗膜密着性を発現させることができず、塗膜浮き部の発生を抑制することはできない。かかる金属亜鉛に対する、亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合は、好ましくは8.0以上であり、より好ましくは9.0以上である。また、金属亜鉛に対する、亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合の上限値は、実質的には20.0程度が上限となる。
【0164】
ここで、XPSによる測定は、300μm×300μmという大きさの領域に対して実施されるものであり、上記のようにして算出される存在割合は、上記のような測定領域における平均としての値を意味している。
【0165】
以上、
図1A~
図2を参照しながら、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10について、詳細に説明した。
【0166】
以上説明したような本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10は、例えば以下のようにして製造することができる。まず、準備した鋼板101の表面に対して、洗浄、脱脂等の前処理を必要に応じて実施する。その後、必要に応じて前処理を実施した鋼板101に対して、通常の無酸化炉方式の溶融めっき法を適用することで、めっき層を形成する。
【0167】
続いて、めっき層の形成された鋼板に対して、酸処理、アルカリ処理又は機械的切削処理の少なくとも何れかによる後処理工程を実施する。これにより、めっき層の表面を改質するか、又は、めっき層の表面を除去することで、先だって言及したXPSスペクトルに関する条件を満足するようにする。
【0168】
ここで、所望の化学成分を有する溶融亜鉛めっき浴(すなわち、Al:0.5~60.0質量%、Mg:0.5~15.0質量%を少なくとも含有し、かつ、残部がZn及び不純物からなる溶融亜鉛めっき浴)を準備し、かかるめっき浴の浴温を、450℃程度に制御する。その上で、得られた鋼板101をめっき浴に浸漬させて、所望の平均膜厚となるように、鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを付着させる。その後、めっき後の冷却速度を、10℃/秒以上に制御する。これにより、めっき層を形成することができる。
【0169】
以上のようにして得られためっき層について、上記のような測定条件に設定されたXPS分析装置でXPSスペクトルを測定しながら、酸処理、アルカリ処理、機械的切削処理等の各種の方法により、先だって言及したXPSスペクトルに関する条件が成立するまで、めっき層の表面を改質したり除去したりしていく。これにより、以上説明したようなめっき層103を有する、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10を製造することができる。
【0170】
ここで、適用するアルカリ処理、酸処理、機械的切削処理はいずれでもよく、また、これらの処理を種々組み合わせてもよい。
【0171】
例えばアルカリ処理を行う場合は、アルカリ濃度が高いほど、また、処理時間が長いほど、めっき層表面の亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が上昇する傾向がある。例えば、アルカリ処理として、市販の標準的なオルトケイ酸ソーダ系(中アルカリ型)脱脂液を使用して50℃でスプレー噴霧する場合、噴霧時間が10秒程度以下では、めっき層表面の亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が規定の条件を満たすことはできないが、噴霧時間を長くすると条件を満たすようになり、2分程度まで長くすると確実に条件を満たすようになる。また、この脱脂液の濃度を2倍にすると、30秒程度で確実に条件を満たすようになる。理由は明らかではないが、アルカリ処理をすることによって金属亜鉛成分が溶解し、酸化物あるいは水酸化物に変化しめっき表面に再沈着する可能性が考えられる。
【0172】
また、例えば酸処理を行う場合、かかる処理は、アルカリ処理と異なりめっき層表面の亜鉛の酸化物及び水酸化物を除去する効果を示す。そのため、めっき表面に付着した汚れ成分を除去する程度の弱い条件で処理することで、規定の条件が得られる。例えば、5%硫酸を使用して50℃でスプレー噴霧する場合、噴霧時間を5秒から10秒程度とすることで、めっき層表面の亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が規定の条件を満たすことができる。ただし、より長時間噴霧すると、条件を満たさなくなる。
【0173】
また、例えば機械的切削処理を行う場合、かかる処理は、めっき層表面の金属亜鉛と酸化物及び水酸化物のいずれをも除去する効果を示す。そのため、ナイロンブラシや適切な粒度の砥石などを使用して、めっき表面に付着した汚れ成分を除去する程度の弱い条件で処理することが好ましい。機械的切削処理後は、水洗して切削汚れを除去する。
【0174】
以上、各種処理方法の事例を述べたが、各処理の条件は、使用する鋼板のめっき層の初期の酸化状態によっても変化する。そのため、適宜最適な条件を選択して、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10を製造すればよい。
【0175】
(プレコートめっき鋼板について)
続いて、
図3A~
図4を参照しながら、以上説明したようなプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板について、詳細に説明する。
【0176】
図3Aに模式的に示したように、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20は、基材として、先だって説明したようなプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたものである。かかるプレコートめっき鋼板20は、鋼板101と、鋼板101の片面上に位置するめっき層201と、めっき層201上に位置する化成処理皮膜203と、化成処理皮膜203上に位置する塗膜205と、を有している。また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20は、
図3Bに模式的に示したように、鋼板101の両面に、めっき層201、化成処理皮膜203及び塗膜205が形成されていてもよい。
【0177】
ここで、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20における鋼板101は、先だって説明したプレコート鋼板用めっき鋼板10における鋼板101と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0178】
また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20におけるめっき層201について、後述する化成処理皮膜203の形成に伴って、めっき層201-化成処理皮膜203の界面近傍においては、各層に含まれる原子等の相互拡散等が生じうる。しかしながら、めっき層201の平均的な化学組成については、先だって説明したプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるめっき層103と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0179】
なお、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20のめっき層201が示す、亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態については、以下で説明する。
【0180】
<化成処理皮膜203について>
本実施形態に係る化成処理皮膜203は、めっき層201上に位置する皮膜層であり、プレコート鋼板用めっき鋼板10の表面に付着した油分などの不純物及び表面酸化物を、公知の脱脂工程及び洗浄工程で取り除いた後、化成処理により形成される層である。
【0181】
本実施形態に係る化成処理皮膜203の詳細な構成については、第1実施形態と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0182】
<塗膜205について>
本実施形態に係る塗膜205は、上記のような化成処理皮膜203上に形成される層である。かかる塗膜205は、
図3A及び
図3Bに模式的に示したように単層で構成されていてもよいし、2層以上の複数の層で構成されていてもよい。ここで、本実施形態に係る塗膜205の詳細な構成については、第1実施形態と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0183】
<めっき層界面における亜鉛の状態>
先だって説明した知見に基づき、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20では、めっき層201の界面(より詳細には、めっき層201と化成処理皮膜203の界面)における亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態を規定する。
【0184】
ここで、本実施形態では、
図4に模式的に示したように、めっき層201と化成処理皮膜203の界面からめっき層201の内方に向かって10nmの深さに位置する「位置B」において、亜鉛の金属、酸化物、水酸化物の状態を特定し、めっき層201の界面でのこれら物質の状態とする。
【0185】
本実施形態において、めっき層201と化成処理皮膜203の界面の位置は、プレコートめっき鋼板をXPSにより分析することで得られる、プレコートめっき鋼板の深さ方向の元素プロファイルから特定することができる。すなわち、本実施形態では、化成処理皮膜203に含まれる元素をマーカーとし、深さ方向に対して、かかるマーカー元素の強度が半減するところを、めっき層201と化成処理皮膜203の界面として定義する。
【0186】
ここで、深さプロファイル分析のためのXPSの測定条件、及び、亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態分析のための測定条件は、先だって示したプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるXPSの測定条件と同様である。
【0187】
すなわち、亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態分析は、XPSにより特定する。XPS分析は、アルバック・ファイ社製Quantum2000型を用い、X線源:Al Kα、X線出力15kV、25W、測定領域:300×300μm角、真空度:1.5×10-9Torr、検出確度:45oとする。また、深さプロファイル分析のためのスパッタは、イオン種:Ar+、加速電圧:1kV、領域:1×1mm、スパッタレート:2.7nm/min(SiO2換算)とする。上記スパッタレートに基づきスパッタを実施し、かかるスパッタにより特定された位置を、上記の「位置B」とみなす。
【0188】
ここで、亜鉛の酸化物及び水酸化物と、金属亜鉛との割合(存在割合)の帰属分離は、Zn 2pによる480~515cm-1の領域でのナロースペクトルより、各物質(酸化物、水酸化物、金属)に帰属されるピークの強度比から算出する。
【0189】
本実施形態に係るめっき層201の界面では、上記のようにして特定された、めっき層の界面から10nmの深さ(
図4の位置B)における、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合は、金属亜鉛の割合に対して7.0以上となっている。金属亜鉛に対する、亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が、7.0以上となることで、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を絞り加工した際であっても、成形加工部における良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生を抑制することが可能となる。一方、上記亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合が、7.0未満となる場合には、成形加工部における良好な塗膜密着性を発現させることができず、塗膜浮き部の発生を抑制することはできない。かかる金属亜鉛に対する、亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合は、好ましくは8.0以上であり、より好ましくは9.0以上である。また、金属亜鉛に対する、亜鉛の酸化物及び水酸化物の存在割合の上限値は、実質的には20.0程度が上限となる。
【0190】
ここで、XPSによる測定は、300μm×300μmという大きさの領域に対して実施されるものであり、上記のようにして算出される存在割合は、上記のような測定領域における平均としての値を意味している。
【0191】
以上、
図3A~
図4を参照しながら、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20について、詳細に説明した。
【0192】
(成形品について)
続いて、
図5を参照しながら、以上説明したようなプレコートめっき鋼板20を用いた成形品について、詳細に説明する。
【0193】
図5に一例を模式的に示したように、本実施形態に係る成形品30は、以上説明したようなプレコートめっき鋼板20に対して、深絞り加工、角筒プレス加工等の各種の加工を施すことで、所望の形状となるように成形されたものである。
【0194】
ここで、本実施形態に係る成形品30が有するめっき層の平均的な化学組成は、元となったプレコートめっき鋼板20が有するめっき層201と同様となるため、0.5~60.0質量%のアルミニウムと、0.5~15.0質量%のマグネシウムと、を含有している。この中でも、本実施形態に係る成形品30が有するめっき層は、アルミニウムを5質量%以上15質量%以下、マグネシウムを2質量%以上4質量%以下含有することが好ましい。成形品30のめっき層が上記のような含有量でアルミニウム及びマグネシウムを含有することで、より確実に所望の耐食性を実現することが可能となる。なお、成形品30のめっき層における、上記アルミニウム及びマグネシウム以外の残部は、外部環境由来の元素、亜鉛及び不純物である。
【0195】
本実施形態に係る成形品30の具体的な形状としては、例えば、エアコン室外機や給湯器といった主に屋外で使用される物品をはじめとして、各種の部品が有する様々な形状を挙げることができる。
【0196】
本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を加工して成形品とするために用いる加工方法は、公知の各種の方法を採用可能である。また、その加工条件についても、用いる加工方法や成形品の形状等に応じて、適宜設定すればよい。
【0197】
上記のような成形品の一例である、エアコン室外機の天板への加工は、プレコートめっき鋼板20にとって厳しい成型加工といえる。エアコン各社によって加工の程度は異なるが、いずれも高速の角筒プレスの1種が施されて、室外機の天板が成形される。天板の四隅のコーナー部には、圧縮加工された部分と伸長加工された部分が存在するようになる。一般的なプレコートめっき鋼板を用いた場合、圧縮加工部には塗膜浮きが頻発し、伸長加工部には塗膜剥離が頻発する。
【0198】
しかしながら、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20を素材として用いた場合には、プレコートめっき鋼板20のめっき層界面において、亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態が適切に制御されているために、塗膜浮き部及び塗膜剥離の発生をより確実に抑制することが可能となる。
【0199】
<SAICAS法による測定値について>
本実施形態に係るプレコートめっき鋼板からなる成形品では、特定の部分をSAICAS法により測定することで得られる剥離強度と、かかる部分における剥離状態と、を規定する。ここで、SAICAS法による測定方法と、得られた測定値に求められる条件と、については、第1実施形態において記載したものと同様であるため、以下では詳細な説明は省略する。
【0200】
以上説明したように、本実施形態によれば、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板を用いることで、絞り成形等の加工部分に塗膜浮き部や塗膜剥離が生じない、プレコートめっき鋼板及びプレコート鋼板からなる成形体を得ることができる。
【0201】
≪第3実施形態≫
以下に示す本発明の第3実施形態は、めっき鋼板表面における亜鉛の酸化物や水酸化物の状態、並びに、めっき鋼板表面におけるアルミニウム及びマグネシウムの酸化物や水酸化物の状態の双方に着目した実施形態である。
【0202】
(プレコート鋼板用めっき鋼板について)
図1Aに模式的に示したように、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10は、基材となる鋼板101と、鋼板の片面上に位置するめっき層103と、を有している。また、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10は、
図1Bに模式的に示したように、基材となる鋼板101の両面に、めっき層103が位置していてもよい。
【0203】
ここで、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10の基材として用いられる鋼板101については、第1実施形態及び第2実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10における鋼板101と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0204】
また、めっき層103についても、亜鉛の酸化物や水酸化物の状態、並びに、めっき鋼板表面におけるアルミニウム及びマグネシウムの酸化物や水酸化物の状態の双方に着目する以外は、第1実施形態及び第2実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるめっき層103と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0205】
なお、アルミニウム並びにマグネシウムの金属、酸化物及び水酸化物の状態分析と、亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態分析の方法、及び、得られた分析結果が満たすべき条件については、第1実施形態及び第2実施形態で説明した通りである。
【0206】
ただし、本実施形態では、めっき層103の表面から10nmの深さ(すなわち、
図2の位置A)において、マグネシウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属マグネシウムの割合に対して2.0以上であり、かつ、亜鉛の酸化物及び水酸化物の割合が、金属亜鉛の割合に対して7.0以上となっている。
【0207】
上記のような状態となることで、本実施形態に係るめっき層103を有するプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板を絞り加工した際であっても、成形加工部におけるより良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生をより確実に抑制することが可能となる。
【0208】
また、マグネシウム並びに亜鉛の酸化物及び水酸化物の状態が上記のようになり、更に、アルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合が、金属アルミニウムの割合に対して1.3以上となっていることが、より好ましい。このような状態となることで、本実施形態に係るめっき層103を有するめっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板を絞り加工した際であっても、成形加工部におけるより一層良好な塗膜密着性が実現されて、塗膜浮き部の発生をより一層確実に抑制することが可能となる。
【0209】
以上、
図1A~
図2を参照しながら、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板10について、詳細に説明した。
【0210】
かかるプレコート鋼板用めっき鋼板10は、第1実施形態及び第2実施形態にて説明したような製造方法により、製造することが可能である。
【0211】
ここで、特に、機械的切削処理又は酸処理を行った後に、アルカリ処理を行うことで、本実施形態におけるめっき層の状態を、より確実に実現することが可能となる。これは、まず、機械的切削処理又は酸処理を行うことで、めっき表面が脱離してフレッシュな新生面が生じ、この状態でアルカリ処理を行うことで、より効率的に亜鉛及びマグネシウムの酸化物又は水酸化物のめっき表面への再沈着が実現されるためと考えられる。
【0212】
また、まず機械的切削処理を軽圧下条件で行ってめっきの凹凸部の凸部を選択的に切削し、その後アルカリ処理を行うことで、アルミニウムの酸化物又は水酸化物の存在割合を相対的に上昇させることが可能である。これは、めっきの凸部表面はアルミニウムの含有率が高いために、かかる部分の新生面のアルカリ処理によりアルミニウムの溶出が多くなり、結果としてアルミニウムの酸化物又は水酸化物の存在割合が高くなるためと考えられる。
【0213】
この例に限らず、機械的切削処理、酸処理、アルカリ処理の順序や条件を変化させることで、亜鉛、マグネシウム及びアルミニウムの酸化物又は水酸化物の存在割合を種々変化させることが可能である。
【0214】
(プレコートめっき鋼板について)
続いて、
図3A~
図4を参照しながら、以上説明したようなプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたプレコートめっき鋼板について説明する。
【0215】
図3Aに模式的に示したように、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20は、基材として、先だって説明したようなプレコート鋼板用めっき鋼板10を用いたものである。かかるプレコートめっき鋼板20は、鋼板101と、鋼板101の片面上に位置するめっき層201と、めっき層201上に位置する化成処理皮膜203と、化成処理皮膜203上に位置する塗膜205と、を有している。また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20は、
図3Bに模式的に示したように、鋼板101の両面に、めっき層201、化成処理皮膜203及び塗膜205が形成されていてもよい。
【0216】
ここで、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20における鋼板101は、先だって説明したプレコート鋼板用めっき鋼板10における鋼板101と同様の構成を有し、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0217】
また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20におけるめっき層201について、後述する化成処理皮膜203の形成に伴って、めっき層201-化成処理皮膜203の界面近傍においては、各層に含まれる原子等の相互拡散等が生じうる。しかしながら、めっき層201の平均的な化学組成については、先だって説明したプレコート鋼板用めっき鋼板10におけるめっき層103と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0218】
また、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20のめっき層201が示す、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛の金属、酸化物及び水酸化物の状態と、その測定方法については、第1実施形態及び第2実施形態で示した通りである。
【0219】
かかるめっき層201の上方には、化成処理皮膜203及び塗膜205が位置する。本実施形態に係る化成処理皮膜203の詳細な構成については、第1実施形態及び第2実施形態と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。また、本実施形態に係る塗膜205の詳細な構成については、第1実施形態及び第2実施形態と同様であり、同様の効果を奏するものである。そのため、以下では詳細な説明は省略する。
【0220】
以上、
図3A~
図4を参照しながら、本実施形態に係るプレコートめっき鋼板20について、説明した。
【0221】
(成形品について)
続いて、
図5を参照しながら、以上説明したようなプレコートめっき鋼板20を用いた成形品について説明する。
【0222】
図5に一例を模式的に示したように、本実施形態に係る成形品30は、以上説明したようなプレコートめっき鋼板20に対して、深絞り加工、角筒プレス加工等の各種の加工を施すことで、所望の形状となるように成形されたものである。ここで、成形品30の詳細については、第1実施形態及び第2実施形態で説明した通りであるため、以下では詳細な説明は省略する。
【0223】
以上説明したように、本実施形態においても、本実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板を用いることで、絞り成形等の加工部分に塗膜浮き部や塗膜剥離が生じない、プレコートめっき鋼板及びプレコート鋼板からなる成形体を得ることができる。
【実施例】
【0224】
以下、実施例及び比較例を示しながら、本発明に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき硬軟及び成形品について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、本発明に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品の一例にすぎず、本発明に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品が下記の例に限定されるものではない。
【0225】
≪第1試験例≫
以下に示す第1試験例は、上記第1実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品に関する試験例である。
【0226】
(1.プレコート鋼板用めっき鋼板)
プレコート鋼板用めっき鋼板として、市販されている以下の5種類の亜鉛系めっき鋼板を用いた。以下の亜鉛系めっき鋼板のめっき層を、種々の酸溶液やアルカリ溶液を用いて処理時間を変えながら処理することで、めっき層表面(より詳細には、表面から10nmの深さ)におけるマグネシウム及びアルミニウムの酸化物及び水酸化物の割合を制御した。
【0227】
A1:Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Si溶融亜鉛合金めっき鋼板(板厚0.60mm、めっき付着量40g/m2)
A2:Zn-6%Al-3%Mg溶融亜鉛合金めっき鋼板(板厚0.60mm、めっき付着量40g/m2)
A3:Zn-55%Al-2%Mg-1.6%Si溶融亜鉛合金めっき鋼板(板厚0.35mm、めっき付着量75g/m2)
A4:溶融亜鉛めっき鋼板(板厚0.60mm、めっき付着量40g/m2)
A5:Zn-55%Al-1.6%Si溶融亜鉛合金めっき鋼板(板厚0.35mm、めっき付着量75g/m2)
【0228】
(2.化成処理皮膜の成膜)
化成処理皮膜を成膜するための塗装用組成物として、以下を用いた。なお、各塗装用組成物中の各成分の添加量は、先だって説明した添加量の範囲内となるように調整した。
【0229】
S1:タンニン酸、シランカップリング剤、シリカ微粒子、ポリエステル樹脂からなる水系塗装用組成物
S2:シランカップリング剤、リン酸塩、アクリル樹脂からなる水系用塗装組成物
S3:シランカップリング剤、フッ化チタン酸、フッ化ジルコン酸、ウレタン樹脂からなる水系用塗装組成物
【0230】
上記S1~S3の塗装用組成物を、所定の乾燥時付着量になるように上記プレコート鋼板用めっき鋼板にバーコートした後、熱風炉にて金属表面到達温度70℃で乾燥し、風乾した。
【0231】
本試験例では、プライマー塗膜及びトップ塗膜からなる2層型の塗膜を主に作成するとともに、プライマー塗膜を有せずにトップ塗膜のみからなる単層型の塗膜も形成した。
【0232】
(3-1.プライマー塗膜の成膜)
プライマー塗膜を製膜するための塗装用組成物として、以下を用いた。
【0233】
P1:ポリエステル/メラミン樹脂硬化系組成物(日本ペイント・インダストリアルコーティングス株式会社製FLC641)
P2:ポリエステル/イソシアネート樹脂硬化系組成物(日本ペイント株式会社製FLC690)
P3:エポキシ/メラミン樹脂硬化系組成物
【0234】
上記P1~P3を、所定の乾燥時膜厚(1~12μm)になるように、上記の化成処理を施したプレコート鋼板用めっき鋼板にバーコートした後、熱風炉にて金属表面到達温度215℃で乾燥した。
【0235】
(3-2.トップ塗膜の成膜)
トップ塗膜を成膜するための塗装用組成物として、以下を用いた。
【0236】
T1:高分子ポリエステル/メラミン樹脂硬化系組成物(日本ペイント株式会社製FLC7000)
T2:ポリエステル/メラミン樹脂硬化系組成物(日本ペイント株式会社製FLC100HQ)
【0237】
上記T1又はT2を、所定の乾燥時膜厚(4~30μm)になるように、上記プライマー塗膜を形成したプレコート鋼板用めっき鋼板にバーコートした後、熱風炉にて金属表面到達温度230℃で乾燥した。
【0238】
(4.マグネシウム、アルミニウムの金属に対する酸化物分及び水酸化物分の割合)
化成処理前のプレコート鋼板用めっき鋼板表面及び塗膜形成後のプレコート鋼板用めっき鋼板界面を、X線光電子分光法(XPS)により観察し、表面や界面から10nmスパッタエッチングした位置でのマグネシウム(Mg KLLによる295~325cm-1の領域)及びアルミニウム(Al 2pによる68~84cm-1の領域)の酸化物分と水酸化物分のピーク強度の総和と、金属分のピーク強度の比から、割合を算出した。
【0239】
ここで、XPSの測定条件、及び、深さプロファイル測定におけるスパッタレートは、先だって示したように設定した。
【0240】
なお、化成処理皮膜とめっき層との界面位置は、X線光電子分光法によるプレコートめっき鋼板の深さ方向のシリコンの深さプロファイルに着目し、深さ方向に対して、シリコンの強度が半減する位置を特定し、化成処理皮膜とめっき層との界面とした。
【0241】
(5.性能評価)
上記の方法で作製したプレコート亜鉛めっき鋼板を用い、円筒カップ絞り成形を行い、プレコート鋼板用めっき鋼板の厚みが成形前と比較して、5%以上増加している部分の化成処理皮膜とプライマー塗膜の界面、又は、化成処理皮膜とめっき層との界面剥離に対して、SAICAS法で切削して、剥離強度及び界面剥離形態を測定した。SAICAS法に用いた装置は、ダイプラ・ウィンテス社製DN-GS型である。
【0242】
なお、円筒カップ絞り成形は、以下のようにして実施した。
上記のようにして得られたプレコートめっき鋼板を、測定対象面が外側になるように絞り比2.0で円筒カップ絞り成型を行い、その円筒胴部の鋼板端部近傍を金切り鋏等で十分な大きさ(概ね20×20mm以上)に切り出した後、鋼板矯正器(レベラー)により鋼板を平滑化した。得られた鋼板片の中で厚みが成形前と比較して5%以上増加している部分を、先だって説明した方法により特定し、特定した部分の塗膜の剥離強度及び剥離形態を、SAICAS法で切削して測定した。なお、切削方向は、絞り成型後の鋼板端線に平行な方向とした。
【0243】
<剥離強度>
SAICASによる切削条件は以下のとおりである。
ダイヤモンド刃(0.3mm幅)を用い、水平速度1μm/秒、垂直速度0.1μm/秒の定速度モードにて斜め切削実施後、界面付近で水平移動のみに切り替えて200μmの長さで切削し、その水平移動時の平均剥離強度を測定した。水平移動に切り替える深さ位置については、予備実験により界面位置(めっき層を切削しないぎりぎりの位置)を特定しておくことにより設定した。切削刀の水平移動中にめっきの凹凸によりめっき表面を切削した場合は、剥離強度が瞬間的に異常上昇するため判別が可能である。このような場合は異常値として除外して、平均剥離強度を算出した。測定回数は、いずれもn=3とし、平均剥離強度の3つの値の平均値を剥離強度とした。
【0244】
<界面剥離形態>
SAICASの水平切削範囲(300×200μm)の光学顕微鏡写真を撮影し、同範囲内のプライマー凝集破壊、界面剥離、及び、めっき凝集破壊の部位を、前述の判断基準により特定し、それらの面積を透明な方眼紙を用いて計測した。そして、SAICASの水平切削範囲から、めっきの凝集破壊を除外した面積に対する界面剥離面積の比率を算出した。
【0245】
<成形品のめっき層中のアルミニウム、マグネシウム含有量>
上記のようにして得られた成形品のめっき層について、アルミニウム及びマグネシウムの含有量を、XPS(アルバック・ファイ社製Quantum2000型)により測定した。
【0246】
<室外機天板加工部の塗膜異常>
また、得られたプレコートめっき鋼板を、別途、エアコン室外機の天板用金型で実プレス加工し、コーナー部について、塗膜剥離の有無、及び、塗膜浮きの状況を確認した。
【0247】
評価は、天板コーナーの加工部の圧縮加工部を4か所ルーペで観察し、塗膜剥離の有無を確認するとともに、塗膜浮きの状況について以下の評点で4か所の平均値から評価した
。なお、以下の評点は、一つのコーナーあたりの評点である。
【0248】
5:塗膜浮き部 無し
4:塗膜浮き部 数個
3:塗膜浮き部 10個以上
2:塗膜浮き部 20個以上
1:塗膜浮き部 20個以上、かつ、塗膜浮き部の連結による剥離有
【0249】
得られた結果を、以下の表1にまとめて示した。
【0250】
【0251】
実施例はいずれも成形前のめっき板表面及び塗装後めっき鋼板界面のマグネシウムやアルミニウムの金属分に対する酸化物分及び水酸化物分の割合、並びに、成形品の圧縮部のSAICASによる剥離強度及び剥離形態が基準を満たしているため、エアコン室外機の天板の実加工においても塗膜浮きや塗膜剥離の発生は見られなかった。
【0252】
一方、比較例は、いずれも成形前のめっき板表面及び塗装後めっき鋼板界面のマグネシウムやアルミニウムの金属分に対する酸化物分及び水酸化物分の割合、並びに、成型品の圧縮部のSAICASによる剥離強度及び剥離形態が基準を満たしていないため、エアコン室外機の天板の実加工で塗膜浮きや塗膜剥離の発生が見られた。
【0253】
≪第2試験例≫
以下に示す第2試験例は、上記第2実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品に関する試験例である。
【0254】
(1.プレコート鋼板用めっき鋼板)
上記第1試験例と同様にして、プレコート鋼板用めっき鋼板を準備した。
【0255】
(2.化成処理皮膜の成膜)
得られたプレコート鋼板用めっき鋼板に対して、上記第1試験例と同様にして、化成処理皮膜を形成した。
【0256】
本試験例においても、プライマー塗膜及びトップ塗膜からなる2層型の塗膜を主に作成するとともに、プライマー塗膜を有せずにトップ塗膜のみからなる単層型の塗膜も形成した。
【0257】
(3-1.プライマー塗膜の成膜)
上記第1試験例と同様にして、プライマー塗膜を成膜した。
【0258】
(3-2.トップ塗膜の成膜)
上記第1試験例と同様にして、トップ塗膜を成膜した。
【0259】
(4.亜鉛の金属に対する酸化物分及び水酸化物分の割合)
化成処理前のプレコート鋼板用めっき鋼板表面及び塗膜形成後のプレコート鋼板用めっき鋼板界面を、X線光電子分光法(XPS)により観察し、表面や界面から10nmスパッタエッチングした位置での亜鉛(Zn 2pによる480~515cm-1の領域)の酸化物分と水酸化物分のピーク強度の総和と、金属分のピーク強度の比から、割合を算出した。
【0260】
ここで、XPSの測定条件、及び、深さプロファイル測定におけるスパッタレートは、先だって示したように設定した。
【0261】
なお、化成処理皮膜とめっき層との界面位置は、X線光電子分光法によるプレコートめっき鋼板の深さ方向のシリコンの深さプロファイルに着目し、深さ方向に対して、シリコンの強度が半減する位置を特定し、化成処理皮膜とめっき層との界面とした。
【0262】
(5.性能評価)
上記第1試験例と同様にして、性能評価を実施した。評価方法及び評価基準は、第1試験例と同様である。
【0263】
得られた結果を、以下の表2にまとめて示した。
【0264】
【0265】
実施例は、いずれも成形前のめっき板表面及び塗装後めっき鋼板界面の亜鉛の金属分に対する酸化物分及び水酸化物分の割合、並びに、成形品の圧縮部のSAICASによる剥離強度及び剥離形態が基準を満たしているため、エアコン室外機の天板の実加工においても塗膜浮きや塗膜剥離の発生は見られなかった。
【0266】
一方、比較例は、いずれも成形前のめっき板表面及び塗装後めっき鋼板界面の亜鉛の金属分に対する酸化物分及び水酸化物分の割合、並びに、成型品の圧縮部のSAICASによる剥離強度及び剥離形態が基準を満たしていないため、エアコン室外機の天板の実加工で塗膜浮きや塗膜剥離の発生が見られた。
【0267】
≪第3試験例≫
以下に示す第3試験例は、上記第3実施形態に係るプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品に関する試験例である。
【0268】
上記第1試験例及び第2試験例と同様にして、プレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品を準備した。得られたプレコート鋼板用めっき鋼板、プレコートめっき鋼板及び成形品について、第1試験例及び第2試験例に示した測定方法及び評価方法に従って、同様に評価を行った。
【0269】
得られた結果を、以下の表3にまとめて示した。
【0270】
【0271】
いずれも成形前のめっき板表面及び塗装後めっき鋼板界面の亜鉛の金属分に対する酸化物分及び水酸化物分の割合、並びに、成形品の圧縮部のSAICASによる剥離強度及び剥離形態が基準を満たしているため、エアコン室外機の天板の実加工においても塗膜浮きや塗膜剥離の発生は見られなかった。
【0272】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例又は修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0273】
10 プレコート鋼板用めっき鋼板
20 プレコートめっき鋼板
30 成形品
101 鋼板
103,201 めっき層
203 化成処理皮膜
205 塗膜