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特許7401839液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法
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  • 特許-液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-12
(45)【発行日】2023-12-20
(54)【発明の名称】液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 17/00 20060101AFI20231213BHJP
【FI】
G01N17/00
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023082420
(22)【出願日】2023-05-18
【審査請求日】2023-09-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】萱森 陽一
(72)【発明者】
【氏名】加茂 孝浩
(72)【発明者】
【氏名】臼杵 博一
【審査官】前田 敏行
(56)【参考文献】
【文献】特開昭57-137096(JP,A)
【文献】特開2014-020873(JP,A)
【文献】特開平11-173970(JP,A)
【文献】実開昭61-040653(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2018/0371588(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 17/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
曲げ試験治具によって表面ひずみが付与された、参照用試験片及び評価用試験片をそれぞれ異なる圧力容器内に設置する設置工程と、
カルバミン酸アンモニウムを3質量%以上含むアンモニア溶液を各前記圧力容器内に充填する充填工程と、
各前記圧力容器内に酸素ガスを導入して加圧する加圧工程と、
予め実施された試験において前記参照用試験片に応力腐食割れが発生した試験時間の間、加圧状態を維持する試験工程と、
前記試験時間の経過後に応力腐食割れの発生の有無を確認する確認工程と、
を含み、
前記参照用試験片の素材はビッカース硬さが230HV以上の鋼材、又は、ビッカース硬さが230HV以上の溶接熱影響部を含む溶接継手であり、
前記曲げ試験治具における、前記参照用試験片及び前記評価用試験片と接触する部分は、ステンレス鋼製であり、
前記参照用試験片及び前記評価用試験片は前記曲げ試験治具のそれぞれと電気的に導通しており、
前記アンモニア溶液を構成する液体アンモニアの純度は99.9%以上であり、
前記カルバミン酸アンモニウムの純度は97.0%以上であり、
前記酸素ガスの純度は99.9%以上であり、
前記確認工程で前記参照用試験片に応力腐食割れの発生が認められた場合に、前記評価用試験片の応力腐食割れの評価を有効とする、
液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法。
【請求項2】
前記加圧工程及び前記試験工程では、前記圧力容器内のO分圧を0.5kgf/cm以上5.0kgf/cm以下とする、
請求項1に記載の液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法。
【請求項3】
前記表面ひずみは降伏ひずみの0.6倍以上である、
請求項1又は2に記載の液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法。
【請求項4】
前記曲げ試験治具は、4点曲げ試験治具であり、ステンレス鋼製のピンを介して、前記参照用試験片及び前記評価用試験片を定変位支持する、
請求項1又は2に記載の液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アンモニアは、従来から肥料の原料や冷媒など、様々な用途で広く使用されている。近年、地球温暖化対策のニーズが高まり、アンモニアは燃焼時にCOを排出しないという特性から、次世代エネルギーとして注目されるようになった。火力発電、産業、エンジン等でのアンモニアの混焼や専焼を通じて、CO排出量の削減が期待されている。これらの用途に膨大な量のアンモニアを供給するためには、アンモニアの効率のよい貯蔵や運搬が必要であり、高強度鋼製の大型のアンモニアタンクの建造が求められている。
【0003】
しかし、アンモニアは鋼材に対して腐食性を有し、液体アンモニア中で鋼材は応力腐食割れ(Stress Corrosion Cracking、以下「SCC」ということがある。)を発生する場合がある。そのため、現状、アンモニアタンクに使用される鋼材の強度は制限されている。しかし、今後、大型のアンモニアタンクを製造するために高強度鋼を使用した場合、溶接継手の溶接残留応力が大きくなることに加えて、設計応力も高くなるため、SCC感受性が上昇する。したがって、液体アンモニア中で高強度鋼及びその溶接部のSCC特性を適切に評価した上で、SCCが生じない条件で高強度鋼製の大型アンモニアタンクを設計・製造する必要がある。
【0004】
液体アンモニア中の鋼材のSCCは、活性経路腐食型のSCCと言われており、液体アンモニアタンクの長期間の供用中に、アンモニアと接するタンク内面で腐食皮膜が生成し、溶接残留応力や内圧によるフープ応力で皮膜が局所的に破壊すると、新生面が露出して、当該新生面が優先的に腐食・溶解することで割れに至るとされる。このようなSCC現象を正確に再現しようとすると、実タンクのSCCと同等の膨大な時間(数年から十数年)がかかるため、試験効率が極端に悪くなる。
【0005】
そこで、実験室でSCC現象を再現するために、例えば、特許文献1には、25℃の液体アンモニアをベースに、SCCの加速因子として飽和量のCO(十分な量のカルバミン酸アンモニウム:NHCONH)と1kgf/cmのOを加え、さらに定電位発生装置(ポテンショスタット)を介して液体アンモニア中の4点曲げ試験片に定電位(白金電極に対して2V、アノード側への分極)を印加することで、168時間でSCCを再現する技術が開示されている。
【0006】
また、特許文献2には、試験片はアノード分極されていないが、試験片をU字に曲げて塑性ひずみを付与することで皮膜破壊を助長し、また、環境加速因子としてCO(カルバミン酸アンモニウム)と酸素を加えることで、25℃の液体アンモニア中に1000時間浸漬してSCCを再現する技術が開示されている。
【0007】
また、非特許文献1には、炭素鋼製試験片とステンレス鋼製容器を電気的に接続することで、異種金属接触により炭素鋼製試験片をアノード分極させてSCCを再現する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭57-137096号公報
【文献】特開平11-131178号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】今川博之、液体アンモニア中における高張力鋼の陽分極と腐食割れ挙動、日本金属学会誌、第40巻、第12号、1976年、1256~1263頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、液体アンモニア中の鋼材のSCCには温度依存性があり、低温よりも室温(20~25℃)の方がSCC感受性が上がる。しかしながら、室温でアンモニアを液体状態に保つためには、高圧(例えば20℃で0.86MPa以上)とする必要がある。そのため、液体アンモニア中で鋼材のSCC評価試験を厳しい条件、例えば室温で行うには圧力容器(オートクレーブ)が必要となり、これが実験上の制約を与える。また、試験中にアンモニアが漏洩せぬよう注意する必要があるため、取り扱いが極めて煩雑となる。
【0011】
特許文献1に記載の技術においては、圧力容器中に複数の試験片を同時に入れて評価し、試験の効率化を図っている。複数の試験片を内部に設置する場合、圧力容器の寸法は大きくなるが、アンモニアの漏洩を抑制するためには、より小型の圧力容器を使用することが望ましい。しかしながら、圧力容器を小型にすると、試験片に定電位又は定電流を付与するために必要な参照電極や対極を狭い圧力容器内に設置することができず、定電位を印加するポテンショスタット又は定電流を通電するガルバノスタットを使用できなくなる。
【0012】
さらに、特許文献1及び特許文献2、並びに非特許文献1のいずれにも、同一のSCC試験における試験環境が適切に厳しく管理されたものか明記されておらず、これらに記載の技術では、試験条件が厳密に制御されていない可能性がある。
【0013】
液体アンモニア中の鋼材のSCCは、液体アンモニアに混入する微量の不純物の影響を受け易く、試験環境の微量不純物の制御を適切に行わないとSCCが再現されず、適切ではない評価となってしまう。しかしながら、試験毎に環境中の不純物種類と濃度を高精度に分析することは極めて煩雑であり、現実的ではない。したがって、試験環境に用いるアンモニア純度や添加物質の濃度を予め適切に制限した上で、評価材を含む試験環境が液体アンモニアSCCの再現として適切に行われていることを示す試験方法が必要とされる。しかしながら、特許文献1及び特許文献2のいずれにも、試験環境再現に用いた各物質の純度や濃度は明記されておらず、現状の液体アンモニア中SCCの評価では、試験環境中の不純物の種類及び濃度が曖昧となっている。非特許文献1にはアンモニアの純度が示されているものの、他の各物質の純度や濃度は明記されていない。また、非特許文献1では、純度が明らかではない、液体アンモニアに塩化アンモニウム(NHCl)及び硫酸アンモニウム((NHSO)が添加され、加圧に窒素ガスを使用している。
【0014】
上記のとおり、現状の液体アンモニア中SCCの評価では、試験環境、並びに、不純物の管理が不十分であり、小型の圧力容器を使用した場合、試験片に定電位を印加又は定電流を通電するために必要な参照電極や対極を圧力容器内に設置することができない。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、小型の圧力容器を使用して、液体アンモニアによって鋼材に生じるSCCを実験室で加速し、かつ安定して再現し、SCC感受性を評価することが可能な液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、これまで行われていなかった、試験環境、及び、不純物の管理を適切に行い、さらに、予めSCCが生じることが確認された参照用試験片を評価用試験片とそれぞれ異なる圧力容器内に配し、異種金属接触腐食によってSCCを促進させることで圧力容器を小型化することに想到した。参照用試験片にSCCが生じる条件で試験を行い、かつ、参照用試験片にSCCが発生していることを確認することによって、試験環境が液体アンモニアSCCの再現として適切に行われていることが保証される。
【0017】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1] 本発明の一実施形態に係る液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法は、曲げ試験治具によって表面ひずみが付与された、参照用試験片及び評価用試験片をそれぞれ異なる圧力容器内に設置する設置工程と、カルバミン酸アンモニウムを3質量%以上含むアンモニア溶液を各上記圧力容器内に充填する充填工程と、各上記圧力容器内に酸素ガスを導入して加圧する加圧工程と、予め実施された試験において上記参照用試験片に応力腐食割れが発生した試験時間の間、加圧状態を維持する試験工程と、上記試験時間の経過後に応力腐食割れの発生の有無を確認する確認工程と、含み、上記参照用試験片の素材はビッカース硬さが230HV以上の鋼材、又は、ビッカース硬さが230HV以上の溶接熱影響部を含む溶接継手であり、上記曲げ試験治具における、上記参照用試験片及び上記評価用試験片と接触する部分は、ステンレス鋼製であり、上記参照用試験片及び上記評価用試験片は上記曲げ試験治具のそれぞれと電気的に導通しており、上記アンモニア溶液を構成する液体アンモニアの純度は99.9%以上であり、上記カルバミン酸アンモニウムの純度は97.0%以上であり、上記酸素ガスの純度は99.9%以上であり、上記確認工程で上記参照用試験片に応力腐食割れの発生が認められた場合に、上記評価用試験片の応力腐食割れの評価を有効とする。
[2] 上記[1]に記載の液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法において、上記加圧工程及び上記試験工程では、上記圧力容器内のO分圧を0.5kgf/cm以上5.0kgf/cm以下としてもよい。
[3] 上記[1]又は[2]に記載の液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法において、上記表面ひずみは降伏ひずみの0.6倍以上であってもよい。
[4] 上記[1]~[3]のいずれかに記載の液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法において、上記曲げ試験治具は、4点曲げ試験治具であり、ステンレス鋼製のピンを介して、上記参照用試験片及び上記評価用試験片を定変位支持してもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、小型の圧力容器を使用して、液体アンモニアによって鋼材に生じるSCCを実験室で加速し、かつ安定して再現し、SCC感受性を評価することが可能な液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係る液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法に用いることができる試験装置の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法>
本発明の実施形態に係る液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法を説明する。本実施形態に係る液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法は、曲げ試験治具によって表面ひずみが付与された、参照用試験片及び評価用試験片をそれぞれ異なる圧力容器内に設置する設置工程と、カルバミン酸アンモニウムを3質量%以上含むアンモニア溶液を各圧力容器内に充填する充填工程と、各圧力容器内に酸素ガスを導入して加圧する加圧工程と、予め実施された試験において参照用試験片に応力腐食割れが発生した試験時間の間、加圧状態を維持する試験工程と、試験時間の経過後に応力腐食割れの発生の有無を確認する確認工程と、を含む。
【0021】
図1に本発明の一実施形態に係る液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法に用いることができる試験装置の一例を示す模式図を示す。図1は、圧力容器1の内部に、曲げ試験治具3によって表面ひずみが付与された試験片2を設置し、粉末のカルバミン酸アンモニウム4及びカルバミン酸アンモニウムが溶解したアンモニア溶液5を入れた状態を示している。試験片2は、参照用試験片又は評価用試験片に対応する。複数の試験装置を準備し、1つの装置に参照用試験片を設置し、残りの試験装置に評価用試験片が設置される。圧力容器1には、液体アンモニア及びOを導入するガスボンベとの接続配管6、内部の圧力を測定する圧力ゲージとの接続配管7が設置されている。
【0022】
[設置工程]
設置工程では、曲げ試験治具3によって表面ひずみが付与された、参照用試験片及び評価用試験片をそれぞれ異なる圧力容器1内に設置する。
【0023】
参照用試験片は、液体アンモニア中の応力腐食割れ特性の評価試験において、試験環境が適切か否かを判定する試験片である。参照用試験片は、鋼板、又は、鋼板及び溶接熱影響部を含む溶接継手である。参照用試験片の形状は、曲げ試験治具3に応じた形状である。曲げ試験治具3としては、参照用試験片及び評価用試験片に表面ひずみを付与することができれば特段制限されず、例えば、4点曲げ試験治具、3点曲げ試験治具、又はUベンド試験治具等が挙げられる。
【0024】
参照用試験片の素材は、ビッカース硬さが230HV以上の鋼材、又は、溶接熱影響部(Heat Affected Zone、HAZという場合がある。)のビッカース硬さが230HV以上の溶接継手である。大容量の液体アンモニアを貯蔵するための大型のタンクには、高強度の鋼材が求められる。参照用試験片は、試験環境が液体アンモニアSCCの再現として適切に行われていることを保証するために用いられることから、SCCが発生することが求められる。ビッカース硬さが230HV以上になると、液体アンモニア中のSCCが生じやすくなるため、参照用試験片が採取される鋼材のビッカース硬さ、又は、溶接継手のHAZのビッカース硬さは230HV以上である。SCC発生条件をより厳しくするために、参照用試験片のビッカース硬さは240HV以上、又は260HV以上とすることが好ましい。また、参照用試験片の素材としては、例えば、合金元素の含有量の合計が5%以下の低合金鋼、又は、合金元素の含有量の合計が5%超、10%以下の中合金鋼が挙げられる。なお、ビッカース硬さは、JIS Z 2244-1:2020に準拠し、例えば9.8N(1kgf)の荷重を負荷して得られた値である。
【0025】
本実施形態に係る液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法は、基本的に、参照用試験片に応力腐食割れが発生する条件で実施される。参照用試験片に応力腐食割れが発生する条件は、予め参照用試験片を用いて応力腐食割れが発生する試験時間及び加圧状態を確認して決定される。そして、後述する一連の工程の最後の確認工程において、参照用試験片に応力腐食割れの発生が認められた場合に、評価用試験片の応力腐食割れの評価を有効と判断することができる。
【0026】
評価用試験片は、液体アンモニア中の応力腐食割れ特性の評価の対象となる試験片である。評価用試験片は、参照用試験片と同じ形状を有する。評価用試験片の素材としては、例えば、合金元素の含有量の合計が5%以下の低合金鋼、又は、合金元素の含有量の合計が5%超、10%以下の中合金鋼が挙げられる。一度の評価において、評価用試験片22の素材は、参照用試験片21の素材と同じであってもよく、互いに異なっていてもよい。
【0027】
本実施形態に係る圧力容器は小型であり、ポテンショ/ガルバノスタットに接続する対極及び参照電極を内部に設置することができない。本実施形態では、SCCを促進するために、曲げ試験治具3における、参照用試験片又は評価用試験片と接触する部分をステンレス鋼製とする。ステンレス鋼は、特段制限されず、汎用のSUS304、SUS316などであってよい。また、参照用試験片及び評価用試験片は曲げ試験治具3のそれぞれと電気的に導通している。例えば、4点曲げ試験治具によって表面ひずみを付与する場合、参照用試験片及び評価用試験片は、ステンレス鋼製のピンを介して定変位支持される。参照用試験片及び評価用試験片は、カルバミン酸アンモニウムとOとを含むアンモニア溶液中でステンレス鋼よりも腐食電位が卑であるため、腐食しやすく、SCCが促進される。試験片2を定電位又は定電流でアノード分極させる参照電極や対極を圧力容器1の内部に設置せず、比較的単純な構成とした結果、長時間、圧力容器1内部の試験環境を安定して維持することができる。
【0028】
曲げ試験治具3によって参照用試験片及び評価用試験片に付与される表面ひずみは、降伏ひずみの0.6倍以上であることが好ましい。付与される表面ひずみが降伏ひずみの0.6倍以上であれば、SCC評価を加速することができ、試験時間を短縮することができる。一方、試験片2に付与する表面ひずみを試験面においてほぼ一様に設定するために、試験片の局部が大きく膨出又は収縮するような大ひずみを与えることは避けるべきである。このような観点から、曲げ試験治具3によって参照用試験片及び評価用試験片に付与される表面ひずみは、Uベンド曲げ試験に相当する、降伏ひずみの10倍以下であることが好ましい。4点曲げ試験の場合、表面ひずみは、降伏ひずみの1.0倍以下であることが好ましい。また、評価用試験片に付与される表面ひずみは、参照用試験片に付与される表面ひずみよりも大きくてもよい。降伏ひずみは、予め引張試験で測定した降伏応力を用いてひずみに換算した値であり、例えばJIS Z2241:2022に準拠して室温で得た上降伏点又は0.2%耐力を用いてよい。母材、溶接熱影響部、溶接金属において降伏ひずみが異なる場合は、代表部位の値を用いればよく、例えば母材の値を用いればよい。
【0029】
参照用試験片及び評価用試験片における表面ひずみの測定方法は限定しないが、参照用試験片及び評価用試験片における表面ひずみは、例えば以下の方法で測定された値である。すなわち、ひずみ測定器に接続されたひずみゲージを試験片の表面に貼り付け、ひずみ測定器によって表面ひずみの値を測定することができる。この場合、表面ひずみを目標値に設定した後、ひずみゲージを剥がし、有機溶剤を用いてひずみゲージの接着に用いた接着剤を拭き取った後、目の細かい(例えば#1000)エメリー紙でひずみゲージを貼り付けた跡がなくなるまで研磨することが好ましい。
【0030】
圧力容器1は、曲げ試験治具3が取り付けられた参照用試験片、及び、曲げ試験治具3が取り付けられた評価用試験片のいずれかを内部に設置することができ、内部を高圧力に維持することができる。圧力容器1は、内部を高圧力にすることが可能な耐圧性の容器、いわゆるオートクレーブであってよい。好ましくは、圧力容器1は曲げ試験治具3と同じくステンレス鋼製とし、曲げ試験治具3と内部で接触させてもよい。
【0031】
参照用試験片及び評価用試験片は、異なる圧力容器1内に設置される。各試験片が異なる圧力容器1内に設置されることで、各圧力容器1を小型化することができる。圧力容器1の寸法は、例えば内径及び内部の高さが、それぞれ、曲げ試験治具3に装着された参照用試験片又は評価用試験片が収まる寸法の最小値以上、それらの2倍以下であってよい。評価用試験片を設置する圧力容器1の数を増やせば、効率的に試験を行うことができる。
【0032】
[充填工程]
充填工程では、カルバミン酸アンモニウムを3質量%以上含むアンモニア溶液を圧力容器内に充填する。アンモニア溶液中のカルバミン酸アンモニウムの濃度が3質量%以上であれば、液体アンモニア中のSCCを促進することができる。アンモニア溶液中のカルバミン酸アンモニウムの濃度は4質量%以上又は5質量%以上であってもよい。カルバミン酸アンモニウムの濃度が高すぎても、液体アンモニア中のSCCを促進する効果は飽和する。したがって、アンモニア溶液中のカルバミン酸アンモニウムの濃度の上限は特段制限されない。アンモニア溶液中のカルバミン酸アンモニウムの濃度は、カルバミン酸アンモニウムの使用量の節約のために、例えば、10質量%以下とすることができる。
【0033】
カルバミン酸アンモニウムの純度は97.0%以上である。また、アンモニア溶液を構成する液体アンモニアの純度は99.9%以上である。これにより、不純物量が少量に制限され、不純物によるSCCへの影響を抑制することができる。カルバミン酸アンモニウムの純度は、99.5%以上であることが好ましい。また、アンモニア溶液を構成する液体アンモニアの純度は、99.999%以上であることが好ましい。
【0034】
カルバミン酸アンモニウムを3質量%以上含むアンモニア溶液を圧力容器内に充填する方法は、特段制限されず、例えば、以下の方法で行うことができる。例えば、カルバミン酸アンモニウムの粉末を圧力容器内に入れた後に、当該圧力容器内に液体アンモニアを入れてカルバミン酸アンモニウムを液体アンモニアに溶解させてアンモニア溶液とする。
【0035】
[加圧工程]
加圧工程では、酸素ガス(Oガス)を圧力容器1内に導入して加圧する。加圧工程によって、3質量%以上のカルバミン酸アンモニウム、及びOを含有するアンモニア溶液に参照用試験片及び評価用試験片が浸漬される。
【0036】
アンモニア溶液の温度は、特段制限されないが、SCCの促進、及び、試験環境の取り扱いの容易さを考慮すると、室温であることが好ましい。アンモニア溶液の温度は、例えば、5℃以上、35℃以下であってよい。
【0037】
酸素ガスの純度は99.9%以上である。酸素ガスの純度を99.9%以上とすることで、不純物量が少量に制限され、不純物によるSCCへの影響を抑制することができる。酸素ガスの純度は、99.999%以上であることが好ましい。
【0038】
圧力容器1内のO分圧は、0.5kgf/cm以上5.0kgf/cm以下とすることが好ましい。気相中のOガスは、アンモニア溶液との界面で当該アンモニア溶液に溶解して試験片表面に皮膜を形成する。実使用が再現された皮膜を形成するために、圧力容器1内のO分圧は、0.5kgf/cm以上とすることが好ましい。圧力容器1内のO分圧は、より好ましくは、0.7kgf/cm以上であり、更に好ましくは0.8kgf/cm以上、0.9kgf/cm以上、1.0kgf/cm以上である。圧力容器1内のO分圧は、1.1kgf/cm以上であってもよいし、1.2kgf/cm以上であってもよい。一方で、皮膜が厚くなりすぎると割れが生じにくくなる。したがって、圧力容器1内のO分圧は、5.0kgf/cm以下とすることが好ましい。圧力容器1内のO分圧は、より好ましくは、1.5kgf/cm以下であり、更に好ましくは1.2kgf/cm以下、1.1kgf/cm以下である。圧力容器1内のO分圧は、1.0kgf/cm以下であってもよいし、0.9kgf/cm以下であってもよい。圧力容器1内の圧力は、圧力ゲージによって測定し、必要に応じてガスボンベから酸素ガスを導入して調整することができる。
【0039】
[試験工程]
試験工程では、予め実施された試験において参照用試験片に応力腐食割れが発生した試験時間の間、加圧状態を維持する。試験片2の形状、曲げ試験治具3の種類、及び圧力容器1内の環境(温度、圧力、アンモニア溶液成分等)等によって、参照用試験片に応力腐食割れが発生する時間は変動するが、試験時間は、例えば、720時間以上、例えば1000時間とすることができる。
【0040】
[確認工程]
確認工程では、試験時間の経過後に応力腐食割れの発生の有無を確認する。確認の際には、圧力容器1から参照用試験片及び評価用試験片を取り出す。確認工程では、アンモニア溶液に所定の試験時間浸漬された後の参照用試験片及び評価用試験片についてSCCの発生の有無を確認する。
【0041】
応力腐食割れは、評価用試験片の表面を観察することで確認される。例えば、目視観察によって応力腐食割れの発生の有無を確認してもよいし、光学顕微鏡を用いて、任意の倍率、例えば500倍に拡大して評価用試験片の表面を観察し、応力腐食割れの発生の有無を確認してもよい。このとき、参照用試験片に応力腐食割れの発生が認められた場合に、適切な評価が行われていると判断できる。したがって、参照用試験片に応力腐食割れの発生が認められた場合に、評価用試験片の応力腐食割れの評価を有効とする。
【0042】
ここまで、液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法を説明した。ただし、本発明の技術的範囲は上記実施形態のみに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0043】
例えば、評価用試験片、評価用試験片に曲げひずみを付与する曲げ試験治具、及びこれらが設置される圧力容器は1組に限られず、複数であってもよい。評価用試験片、評価用試験片に曲げひずみを付与する曲げ試験治具、及びこれらが設置される圧力容器が複数であれば、異なる評価用試験片の応力腐食割れ特性を評価することができ、評価効率が向上する。
【0044】
また、確認工程では、評価用試験片を樹脂に埋め込み、研磨した後の当該評価用試験片の表面を観察してもよい。
【実施例
【0045】
続いて、本発明の実施例を説明する。ただし、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0046】
高強度鋼HT80のアーク溶接部(溶接熱影響部の最高硬さが260HVより大)、JIS G3115:2022に規定される圧力容器用鋼板SPV315(溶接熱影響部の最高硬さが210HV)、又はそれよりも高強度となるHT60(溶接熱影響部の最高硬さが230HV)から参照用試験片を採取した。また、圧力容器用鋼板SPV315又は高強度鋼HT60のアーク溶接部から評価用試験片を採取した。いずれの参照用試験及び評価用試験片について、ステンレス製4点曲げ試験治具を用いて、中央2点間の表面ひずみを表1に示す大きさに設定した。曲げ試験治具において、参照用試験片及び評価用試験片は、ステンレス鋼製のピンと接触され、各試験片は当該ピンと導通されるものとした。また、比較のために、ステンレス鋼製の導通ピンではなく、セラミック製の絶縁ピンを用いた試験も行った。曲げ試験治具に固定された評価用試験片及び参照用試験片は、それぞれ異なる圧力容器に設置された。純度の異なる、液体アンモニア、カルバミン酸アンモニウム、及びOガスを準備し、Oの分圧を変更してSCC試験を行った。試験温度は20℃(±2℃)に制御した。浸漬後、Oガスを圧力容器内に導入した。各試験片はアンモニア溶液中に自然浸漬した。表1に示す試験時間の経過の後、各圧力容器から試験片を取り出し、参照用試験片にSCCが認められた場合に、当該参照用試験片と同じ試験条件の別容器に入れた評価用試験片のSCCの有無を調査した。SCCの有無は、具体的には、目視観察、及び光学顕微鏡を用いて500倍に拡大して参照用試験片及び評価用試験片の表面を観察することで確認した。
表1にSCC試験条件と結果の一覧を示す。
【0047】
【表1】
【0048】
本発明例であるNo.1~6では、いずれも参照用試験片でSCCが発生しており、SCCの再現条件が適切であり、評価用試験片のSCC感受性の有無を評価できた。
【0049】
比較例であるNo.7は、参照用試験片のSCC感受性が低かったため、参照用試験片でSCCが再現されず、液体アンモニア中SCC試験環境として不適切となった。No.7は、参照用試験片にSPV315(溶接熱影響部の最高硬さが210HV)を用いたことを除いて、設定した試験条件が本発明例であるNo.2と同じであった。しかしながら、参照用試験片でSCCが再現されていなければ、試験工程においてSCCの再現条件が適切であったか否かを判断することができないため、No.7は不適切な例であった。
【0050】
比較例であるNo.8は、液体アンモニアの純度が低く、割れ感受性を下げる不純物が含まれていたため、参照用試験片でSCCが再現されず、液体アンモニア中SCC試験環境として不適切となった。
【0051】
比較例であるNo.9は、カルバミン酸アンモニウムの純度が低く、割れ感受性を下げる不純物が含まれていたため、参照用試験片でSCCが再現されず、液体アンモニア中SCC試験環境として不適切となった。
【0052】
比較例であるNo.10は、アンモニア溶液中のカルバミン酸アンモニウムの濃度が低く、液体アンモニア中のSCC促進効果が得られなかったため、参照用試験片でSCCが再現されず、液体アンモニア中SCC試験環境として不適切となった。
【0053】
比較例であるNo.11は、Oの純度が低く、割れ感受性を下げる不純物が含まれていたため、参照用試験片でSCCが再現されず、液体アンモニア中SCC試験環境として不適切となった。
【0054】
比較例であるNo.12は、セラミック製のピンを用いた例であり、各試験片と4点曲げ試験治具の間が絶縁され、試験片がアノード分極されなかったため、参照用試験片でSCCが再現されず、液体アンモニア中SCC試験環境として不適切となった。
【符号の説明】
【0055】
1 圧力容器(オートクレーブ)
2 試験片
3 曲げ試験治具(ステンレス製4点曲げ試験治具)
4 カルバミン酸アンモニウム
5 アンモニア溶液
6 ガスボンベ(液体アンモニア、O)との接続配管
7 圧力ゲージとの接続配管
【要約】
【課題】小型の圧力容器を使用して、液体アンモニアによって鋼材に生じるSCCを実験室で加速して安定して再現し、SCC感受性を評価することが可能な液体アンモニア中応力腐食割れ特性の評価方法を提供する。
【解決手段】試験治具により表面ひずみが付与された、参照用及び評価用試験片をそれぞれ異なる圧力容器内に設置し、所定の純度以上の、カルバミン酸アンモニウム、液体アンモニア及び酸素ガスを各圧力容器に導入して加圧し1時間以上保持する工程と、試験時間経過後に応力腐食割れの発生の有無を確認する工程を含み、参照用試験片のビッカース硬さは230HV以上であり、各試験片と試験治具は電気的に導通しており、試験環境中で評価用試験片はステンレス鋼よりも卑であり、参照用試験片に応力腐食割れの発生が認められた場合、評価用試験片の応力腐食割れの評価を有効とする。
【選択図】図1
図1