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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-12
(45)【発行日】2023-12-20
(54)【発明の名称】溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/52 20060101AFI20231213BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20231213BHJP
   C23C 2/40 20060101ALI20231213BHJP
   C23C 2/02 20060101ALI20231213BHJP
   C22C 38/00 20060101ALN20231213BHJP
   C22C 38/06 20060101ALN20231213BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20231213BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20231213BHJP
【FI】
C21D9/52 101
C23C2/06
C23C2/40
C23C2/02
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C38/60
C21D9/46 J
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2022049214
(22)【出願日】2022-03-25
(65)【公開番号】P2023142348
(43)【公開日】2023-10-05
【審査請求日】2023-08-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083253
【弁理士】
【氏名又は名称】苫米地 正敏
(72)【発明者】
【氏名】星野 克弥
(72)【発明者】
【氏名】奥村 友輔
(72)【発明者】
【氏名】山本 俊佑
(72)【発明者】
【氏名】寺嶋 聖太郎
(72)【発明者】
【氏名】田牧 祥吾
(72)【発明者】
【氏名】中垣内 達也
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-188717(JP,A)
【文献】特表2021-502482(JP,A)
【文献】特開平06-158255(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2016-0072898(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46- 9/48
C21D 9/52- 9/66
C22C 38/00-38/60
C23C 2/00- 2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
連続焼鈍炉において鋼板を非酸化性雰囲気中で焼鈍した後、溶融亜鉛系めっきを施す溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法(但し、溶融亜鉛系めっき後に合金化処理する場合を含む)であって、
前記焼鈍は、鋼板を露点-55℃以上+20℃以下、水素濃度5体積%以上25体積%以下の雰囲気中で650℃以上950℃以下の温度に20s以上150s以下の時間保持する第一工程と、該第一工程を経た鋼板を、露点-50℃以上+20℃以下、水素濃度0.2体積%以上5体積%未満の雰囲気中で700℃以上950℃以下の温度に30s以上300s以下の時間保持する第二工程を有することを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記焼鈍を施す前の鋼板に、Oを1000体積ppm以上含む雰囲気中において400℃以上900℃以下の温度で酸化処理を施すことを特徴とする請求項1に記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記酸化処理を、前記焼鈍のために鋼板を昇温する過程で実施することを特徴とする請求項2に記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記酸化処理を、前記焼鈍のために鋼板を昇温する過程で50℃以上の昇温範囲にわたって実施することを特徴とする請求項3に記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記焼鈍の第一工程の雰囲気は水素濃度が8体積%以上であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記焼鈍の第二工程の雰囲気は水素濃度が2体積%以上であることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項7】
製造される溶融亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板中の水素濃度(但し、拡散性水素量)が0.30質量ppm以下であることを特徴とする請求項1~6のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項8】
下地鋼板のSi含有量が0.1%以上であることを特徴とする請求項1~7のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項9】
下地鋼板のマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率が30%以上であり、引張強度が780MPa以上であることを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項10】
下地鋼板のマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率が50%以上であり、引張強度が980MPa以上であることを特徴とする請求項1~8のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【請求項11】
前記焼鈍を経た鋼板を、露点-20℃以下、水素濃度5体積%以上25体積%以下の雰囲気中で、前記焼鈍での最終保持温度から600℃までの温度域を平均冷却速度5℃/s以上で冷却し、さらに150℃以上600℃未満の温度まで冷却した後、必要に応じて加熱し、溶融亜鉛系めっき浴に浸漬して溶融亜鉛系めっきを施すことを特徴とする請求項1~10のいずれかに記載の溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車、家電、建材等の分野において、素材鋼板に防錆性を付与した表面処理鋼板、なかでも防錆性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板を含む)が広く使用されている。また、自動車の燃費向上および自動車の衝突安全性向上の観点から、車体材料の高強度化によって薄肉化を図り、車体そのものを軽量化かつ高強度化するために、高強度鋼板の車体材料への適用が進んでいる。
一般に、溶融亜鉛めっき鋼板は、熱延鋼板や冷延鋼板を母材として用い、この母材鋼板をCGLの焼鈍炉で再結晶焼鈍した後、溶融亜鉛めっきすることにより製造される。また、合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、溶融亜鉛めっき後、さらに合金化処理することにより製造される。
【0003】
焼鈍では、水素を含む還元雰囲気中に鋼板を保持する必要があるが、このとき炉内の水素が鋼板中に侵入し、その後、鋼板が冷却-溶融めっきされることで、鋼中拡散性水素として鋼板中に残留する。めっきは水素を透過しないため、鋼中拡散性水素はめっき後に鋼板から放出されることはなく、鋼中拡散性水素量が多い場合には耐遅れ破壊特性が低下するという課題があった。とりわけ、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板においては、鋼中水素が焼鈍後に残存しやすく、耐遅れ破壊特性が顕著に低下するという課題があった。これは、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板においては、所定の強度を得るために、マルテンサイトやベイナイト等の硬質組織を形成させる必要があり、そのためには焼鈍工程でオーステナイト相を生成させる必要があるが、オーステナイト相はフェライト相と比べて水素を多量に吸収しやすく、しかも水素の拡散速度が遅いので焼鈍工程で一旦水素が吸収されると冷却過程においては放出されにくいという性質による。
【0004】
従来、鋼板中の水素量を低減する技術として、例えば、以下のような提案がなされている。
特許文献1には、熱延鋼板を還元処理した後、H濃度8~20%の雰囲気中において450~550℃で脱水素処理を行い、しかる後、溶融亜鉛めっきを行う技術が示されている。
また、特許文献2には、熱延鋼板を650~950℃の範囲で還元焼鈍した後、溶融亜鉛めっきを行う方法において、焼鈍炉内の焼鈍温度と水素濃度の関係が下記式(1)を満たすように制御することで鋼板中の水素量を低減する技術が示されている。
1≦H≦-0.05×RT+57.5 …(1)
ここで、Hは炉内水素濃度であり、RTは焼鈍温度である。
【0005】
また、特許文献3には、Si、Mn、Alを含有する鋼板を還元焼鈍した後、溶融亜鉛めっきを行う方法において、還元焼鈍時炉内の水素濃度が10体積%以上で、650℃以上750℃未満の炉内雰囲気ガスのうち、水素分圧と水蒸気分圧の関係が下記式(2)を満たし、同様に750℃以上950℃以下の炉内雰囲気ガスのうち、水素分圧と水蒸気分圧の関係が下記式(3)を満たすように制御することで、良好な表面品質を得る技術が示されている。
log(PH2O/PH2)≦-1.55 …(2)
-0.91≦log(PH2O/PH2)≦-0.635 …(3)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭54-130443号公報
【文献】特許第3266008号公報
【文献】特許第5811841号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1、2に示される技術は、いずれも熱延鋼板のブリスター(めっき膨れ)を抑制するためのものであり、オーステナイト相を有する高強度鋼板の耐遅れ破壊特性を改善するためには、雰囲気中の水素量をさらに低減することで、鋼中水素を低減する必要がある。しかしながら、雰囲気中の水素量をさらに低減すると、高強度鋼板が含有するSiやMnなどの易酸化性元素の選択酸化が促進されることによりめっき性が阻害され、良好な表面品質を得ることはできない。したがって、特許文献1、2に記載の水素を炉内で一律に低減する方法では、良好な表面品質と耐遅れ破壊特性の改善は困難である。
また、特許文献3に示される技術は、焼鈍温度別に水蒸気分圧と水素分圧の比を変化させることで、Si、Mn、Al含有鋼のめっき性を改善し、良好な表面品質を得ようとするものであるが、炉内の水素濃度を10%以上に制御することが必要であり、鋼中に含有する水素濃度を低減することは考慮されておらず、このため高強度鋼板の耐遅れ破壊特性の改善は困難である。
【0008】
したがって本発明の目的は、以上のような従来技術の課題を解決し、不めっきのない美麗な表面外観を有するとともに、耐遅れ破壊特性に優れた溶融亜鉛系めっき鋼板を製造することができる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねた結果、鋼板を非酸化性雰囲気で焼鈍した後、溶融亜鉛系めっきを行う溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法において、非酸化性雰囲気での焼鈍条件を最適化することにより、めっき外観と耐遅れ破壊特性に優れた溶融亜鉛系めっき鋼板を製造できることを見出した。
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
[1]連続焼鈍炉において鋼板を非酸化性雰囲気中で焼鈍した後、溶融亜鉛系めっきを施す溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法(但し、溶融亜鉛系めっき後に合金化処理する場合を含む)であって、
前記焼鈍は、鋼板を露点-55℃以上+20℃以下、水素濃度5体積%以上25体積%以下の雰囲気中で650℃以上950℃以下の温度に20s以上150s以下の時間保持する第一工程と、該第一工程を経た鋼板を、露点-50℃以上+20℃以下、水素濃度0.2体積%以上5体積%未満の雰囲気中で700℃以上950℃以下の温度に30s以上300s以下の時間保持する第二工程を有することを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【0010】
[2]上記[1]の製造方法において、前記焼鈍を施す前の鋼板に、Oを1000体積ppm以上含む雰囲気中において400℃以上900℃以下の温度で酸化処理を施すことを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[3]上記[2]の製造方法において、前記酸化処理を、前記焼鈍のために鋼板を昇温する過程で実施することを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[4]上記[3]の製造方法において、前記酸化処理を、前記焼鈍のために鋼板を昇温する過程で50℃以上の昇温範囲にわたって実施することを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[5]上記[1]~[4]のいずれかの製造方法において、前記焼鈍の第一工程の雰囲気は水素濃度が8体積%以上であることを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【0011】
[6]上記[1]~[5]のいずれかの製造方法において、前記焼鈍の第二工程の雰囲気は水素濃度が2体積%以上であることを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[7]上記[1]~[6]のいずれかの製造方法において、製造される溶融亜鉛系めっき鋼板の下地鋼板中の水素濃度(但し、拡散性水素量)が0.30質量ppm以下であることを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[8]上記[1]~[7]のいずれかの製造方法において、下地鋼板のSi含有量が0.1%以上であることを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[9]上記[1]~[8]のいずれかの製造方法において、下地鋼板のマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率が30%以上であり、引張強度が780MPa以上であることを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【0012】
[10]上記[1]~[8]のいずれかの製造方法において、下地鋼板のマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率が50%以上であり、引張強度が980MPa以上であることを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
[11]上記[1]~[10]のいずれかの製造方法において、前記焼鈍を経た鋼板を、露点-20℃以下、水素濃度5体積%以上25体積%以下の雰囲気中で、前記焼鈍での最終保持温度から600℃までの温度域を平均冷却速度5℃/s以上で冷却し、さらに150℃以上600℃未満の温度まで冷却した後、必要に応じて加熱し、溶融亜鉛系めっき浴に浸漬して溶融亜鉛系めっきを施すことを特徴とする溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、鋼板を焼鈍した後に、溶融亜鉛系めっきを施す溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法において、前記焼鈍を水素濃度の高い第一行程と水素濃度の低い第二工程にて、それぞれ特定の条件で行うことにより、不めっきのない美麗な表面外観を有するとともに、耐遅れ破壊特性に優れた溶融亜鉛系めっき鋼板を製造することができる。また、本発明において、前記焼鈍の前に酸化処理を行い、さらに前記焼鈍をより限定された条件で実施することにより、より高いレベルでめっき外観性と耐遅れ破壊特性に優れた溶融亜鉛系めっき鋼板を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明において、酸化処理、焼鈍および焼鈍後の冷却において規定される温度は、いずれも「鋼板温度」である。また、本発明において、非酸化性雰囲気とは、鉄が酸化しない雰囲気であることを指し、SiやMn等の易酸化性の添加元素の選択酸化が生じることは許容され得る雰囲気である。また、本発明において、還元雰囲気とは、酸化鉄が鉄に還元され得る雰囲気を指す。
また、本発明が適用される溶融亜鉛系めっき鋼板の種類としては、亜鉛を主成分とするめっき層を有するめっき鋼板であれば特に限定されず、溶融亜鉛めっき鋼板(GI)および合金化溶融亜鉛めっき鋼板(GA)以外に、溶融亜鉛-アルミニウム合金めっき鋼板、溶融亜鉛-アルミニウム-シリコン合金めっき鋼板、溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板などが含まれ、またそれぞれの詳細なめっき組成も制限はない。
なお、以下の説明において、鋼板の成分組成の各元素の含有量、めっき浴の成分組成の元素の含有量およびめっき層の合金化度の単位として記載した「%」はいずれも「質量%」であり、また、焼鈍および冷却時の雰囲気の水素濃度の単位として記載した「%」はいずれも「体積%」である。また、鋼板が「高強度」であるとは、JIS Z2241(2011)に準拠して測定した鋼板の引張強さTSが590MPa以上であることを意味する。
【0015】
本発明の製造方法は、鋼板を非酸化性雰囲気で焼鈍した後、溶融亜鉛系めっきを行う溶融亜鉛系めっき鋼板の製造方法であり、非酸化性雰囲気における焼鈍は第一工程と第二工程を有し、第一工程では高水素濃度且つ所定の露点の還元雰囲気中で鋼板を焼鈍することにより、鋼板表層に存在する自然酸化Feを還元させる。続く第二工程では低水素濃度且つ所定の露点の非酸化雰囲気中で鋼板を焼鈍し、鋼中に固溶した水素を鋼板から放出させる。焼鈍された鋼板は所定の温度まで冷却された後、溶融亜鉛系めっき浴に浸漬され、溶融亜鉛系めっきが施される。本発明の製造方法は、溶融亜鉛系めっき後に合金化処理を行い、合金化溶融亜鉛系めっき鋼板を製造する場合を含む。
【0016】
さらに、焼鈍を行う前に、所定の酸化雰囲気中で鋼板表層に酸化Feを生成させる酸化処理を行うことで、さらに美麗な表面外観を得ることができる。
なお、溶融亜鉛系めっき鋼板の母材となる鋼板組織およびその成分組成については、後に詳述する。
本発明において、酸化処理とそれに続く非酸化性雰囲気における焼鈍は、通常、入側から順に酸化帯(酸化処理のための帯域)、還元帯(焼鈍の第一工程のための帯域)、均熱帯(焼鈍の第二工程のための帯域)、冷却帯を有する連続焼鈍炉で行われる。
ここで、酸化処理は、必須工程では無く、必要に応じて適宜行うことができる。
【0017】
以下、本発明の製造方法について、酸化処理、焼鈍(第一工程、第二工程、焼鈍後の冷却)、溶融亜鉛めっきの順に説明する。
・酸化処理
酸化処理では、Oを1000体積ppm以上含む雰囲気中で鋼板温度を400℃以上900℃以下に制御することで、鋼板表層に酸化Feを形成する。酸化処理の雰囲気は、O以外にN、CO、CO、HO、NOxのうちの1種または2種以上を含んでもよい。Nは不活性ガス、COは酸化と還元の調整用のガス、COは不活性ガス、HOは酸化と還元の調整用のガスとして含有させることができる。また、CO、CO、HOおよびNOxは燃料ガス、焼鈍する鋼板成分由来のガスや大気中の不純物ガス、もしくは燃料の燃焼ガスとして含有させることができる。
【0018】
本発明では、この酸化処理で鋼板を酸化させ、続く焼鈍(第一工程)で還元して鋼板表層に還元鉄層を形成することで、Si、Mnが鋼板表層へ拡散して酸化するのを防ぎ、これによりめっき性をさらに向上させることができる。焼鈍の第二工程で低水素雰囲気とする本発明においては、Oを1000体積ppm以上含む雰囲気中での当該酸化処理は、優れた表面品質と優れた耐遅れ破壊特性を高位に改善して両立する上で極めて重要な工程である。さらに、その改善効果は、Siを0.1%以上、Mnを1.5%以上含有する鋼において特に顕著である。
酸化処理を行う雰囲気中のO濃度を1000体積ppm以上とすることで、鋼板の酸化が促進される。O濃度が1000体積ppm未満では、鋼板の酸化が不十分となり、Si、Mnの酸化物が形成されてめっき性が低下する。
酸化処理の雰囲気は、その他に使用するガスによってN、CO、CO、HO、NOx等を含むことがあり、それらの比率は特に限定されない。また、酸化処理によって、さらに美麗な表面外観を得ることができるものの、酸化処理が無くても耐遅れ破壊特性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板を得ることが可能であるため、この工程は必須要件では無い。
【0019】
酸化処理では、鋼板温度を400℃以上とすることで、鋼板の酸化が促進される。鋼板温度が400℃未満では酸化量が不十分となり、Si、Mnの酸化物が形成されてめっき性改善効果が低下する。一方、鋼板温度が900℃を超えると、鋼板の酸化量が過剰となり、続く還元焼鈍(第一工程)で還元が完了せず、残存した酸化鉄がめっき性を阻害する。このため、酸化処理は400℃以上900℃以下で実施することが好ましい。ここで、酸化処理を400℃以上900℃以下で実施するとは、酸化処理温度が少なくとも400~900℃の範囲内にあり、且つ900℃を超えないことを意味し、したがって、この条件内において、400℃未満で酸化処理の一部が行われてもよい(例えば、300℃→700℃の昇温過程で酸化処理が行われる場合など)。
この酸化処理は処理時間1~30sの範囲で実施することが好ましい。すなわち、十分な酸化量を確保してめっき性を改善する観点から、処理時間は1s以上とすることが好ましく、2s以上とすることがより好ましく、3s以上とすることがさらに好ましい。一方、過剰な酸化を防止してピックアップを抑制する観点からは、処理時間は30s以下とすることが好ましく、20s以下とすることがより好ましく、15s以下とすることがさらに好ましい。
【0020】
また、この酸化処理は、鋼板を焼鈍する温度に加熱する工程を利用することができる。例えば、鋼板を加熱する工程の途中に、雰囲気を制御可能な均熱チャンバーを設け、所定の雰囲気で一定の温度で保持することで鋼板表面を酸化することが可能である。また、直火バーナーを備えた直火方式の加熱炉で、温度を昇温しながら炉内雰囲気を制御し鋼板表面を酸化することも可能である。昇温と酸化処理を同時に行うことで、炉をコンパクトにできるとともに生産速度を向上できるという産業上の利点が得られる。鋼板を昇温しながら、表面を酸化する場合、鋼板温度が400℃に達した後、50℃以上の昇温範囲(昇温する温度幅)にわたって酸化雰囲気とすることで十分な酸化量を得ることができる。鋼板が酸化雰囲気に曝される昇温範囲が50℃未満では、酸化量が不十分となり、Si、Mnの酸化物が形成されめっき性改善効果が低下する。なお、鋼板を昇温しながら、表面を酸化する場合、酸化する温度範囲における昇温速度は、適度な酸化量を確保する観点から3~25℃/sとすることが好ましい。
【0021】
ここで、酸化処理を行う直火バーナーは、製鉄所の副生ガスであるコークス炉ガス(COG)等の燃料と空気を混ぜて燃焼させたバーナー火炎を直接鋼板表面に当てて鋼板を加熱するバーナーを用いることができる。直火バーナーによる加熱は、輻射方式の加熱手段よりも鋼板の昇温速度が速いため、加熱炉の炉長を短くし、鋼板の搬送速度を速くできる利点がある。さらに、直火バーナーは空気比を0.95以上とし、燃料に対する空気の割合を多くすると、未燃の酸素が火炎中に残存し、その酸素で鋼板の酸化を促進することが可能となる。そのため、空気比を調整すれば、雰囲気の酸素濃度を制御することが可能である。直火バーナーの燃料としては、COGの他に、液化天然ガス(LNG)、アンモニアガス、水素ガス等を用いることができる。
【0022】
・焼鈍の第一工程
焼鈍の第一工程では、鋼板を露点-55℃以上+20℃以下、水素濃度5%以上25%以下の酸化Feが還元される雰囲気中で650℃以上950℃以下の温度に20s以上150s以下の時間保持する。
鋼板表層に存在する自然酸化Feを、焼鈍の第一工程において還元雰囲気中で還元し、めっき性を確保する。続く低水素濃度雰囲気による第二工程では還元はほとんど進行しないため、この第一工程で酸化Feの還元を完了する必要がある。この第一工程は、良好なめっき外観を得るために必須である。
また、酸化処理をした場合、意図的に形成された酸化Feを、この還元焼鈍の第一工程において還元雰囲気中で還元し、鋼板表層に還元鉄層を形成することで、Si、Mnが鋼板表層に拡散して酸化するのを防ぎ、外観をさらに美麗にすることができる。同様に、続く低水素濃度雰囲気による第二工程では還元はほとんど進行しないため、この第一工程で酸化Feの還元を完了する必要がある。
【0023】
第一工程での鋼板の焼鈍温度が650℃未満では還元が不十分となり、酸化Feがロールピックアップとなって鋼板の欠陥の原因になるとともに、続く第二工程では酸化Feは実質的に還元されないため、不めっきの原因となる。一方、鋼板の焼鈍温度が950℃を超えると、炉体寿命を大幅に低下させる。このため鋼板の焼鈍温度は650℃以上950℃以下とする。母材が冷延鋼板の場合、再結晶させて所定の強度と延性を確保する観点からは、焼鈍温度は750℃以上とすることが好ましい。また、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板を得るためには、マルテンサイト、ベイナイトおよび残留γ(残留オーステナイト)の合計面積率を所定量確保する必要があり、焼鈍温度は780℃以上とすることが好ましい。第一工程における焼鈍温度の高温化は、SiやMnの選択酸化の促進、鋼中水素量の増大を招くが、本発明においては、第一工程と第二工程での雰囲気や保持時間が制御されるので、優れた表面品質と優れた耐遅れ破壊特性を具備できる。
第一工程の雰囲気の露点は、+20℃以下で鋼板表層の酸化Feを還元することができ、所定の焼鈍時間の範囲においてはSiやMnの選択酸化も抑制できる。露点を-55℃未満とするには露点を低下させるための特殊な設備が必要となり、コストが増加する。一方、露点が+20℃を超えると炉内の露点分布が大きくなって露点制御が困難となるとともに、炉体への影響が懸念される。このため露点は-55℃以上+20℃以下とする。
【0024】
第一工程においては、水素濃度が高いほど酸化Feの還元は早く完了し、SiやMnの選択酸化も抑制されるが、水素濃度が高いほど鋼中に水素が固溶しやすく、耐遅れ破壊特性が低下する。水素濃度が5%未満では還元が不十分となる。一方、水素濃度が25%を超えると還元の効果が飽和するとともに、鋼中に水素が多量に固溶し、続く第二工程で鋼中水素量を十分低減することが困難となる。このため第一工程の水素濃度は5%以上25%以下とする。また、酸化処理をした場合は、還元を十分に行うために水素濃度は8%以上が好ましい。一方、ランニングコストと鋼中水素低減の観点から、水素濃度は22%以下が好ましく、18%以下がより好ましい。
【0025】
第一工程における650℃以上950℃以下での保持時間が20s未満では還元が十分に完了しない。また、引張強度が780MPa以上の高強度鋼を得るために必要なマルテンサイトやベイナイトの面積率が十分に確保できない。一方、還元は保持時間150s以下で十分完了するため、保持時間が150sを超えるといたずらに生産性を低下させる。また、SiやMnの選択酸化が進行して表面品質やめっき密着性が劣化する。なお、鋼中水素量は保持時間20s程度で飽和し、保持時間の影響は大きくない。このため、第一工程における650℃以上950℃以下での保持時間は20s以上150s以下とする。
【0026】
・焼鈍の第二工程
焼鈍の第二工程では、第一工程を経た鋼板を、露点-50℃以上+20℃以下、水素濃度0.2%以上5%未満の雰囲気中で700℃以上950℃以下の温度に30s以上300s以下の時間保持する。この第二工程では、第一工程で還元が完了した鋼板を低水素雰囲気に維持することで、鋼板から水素を放出させる。
第二工程での鋼板の焼鈍温度が700℃未満では脱水素が促進されない。一方、焼鈍温度が950℃を超えると炉体への影響が大きい。このため鋼板の焼鈍温度は700℃以上950℃以下とする。鋼中水素量を低減する観点から第二工程の焼鈍温度は860℃以下とすることが好ましく、830℃以下とすることがさらに好ましい。また、引張強度が780MPa以上の高強度鋼板を得るためには、マルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率を所定量確保する必要があり、第二工程での焼鈍温度は780℃以上とすることが好ましい。
【0027】
第二工程では、露点が低いほど炉体への影響は小さいが、露点-50℃未満とするには露点を制御するための特殊な設備が必要となり、コストが増加する。一方、露点が+20℃を超えると、第一工程で形成した還元Feが再酸化しめっき性を阻害する場合があり、また露点制御も困難で、炉体への影響が懸念される。このため露点は-50℃以上+20℃以下とする。また、制御性の観点から、露点は+10℃以下が好ましく、+5℃以下がより好ましい。
また、第二工程では、水素濃度が低いほど第一工程で鋼板中に固溶した水素が多く放出されるが、炉内の水素濃度を均一に0.2%未満に制御するのは困難であり、水素濃度が低い部分で鋼板が再酸化する懸念があるため、水素濃度は0.2%以上とする。一方、水素濃度が5%以上では、鋼中水素量を十分に低減できないので、水素濃度は5%未満とする。また、上記の観点から水素濃度は1%以上が好ましく、2%以上がより好ましい。同じく水素濃度は4%以下がより好ましい。
【0028】
第二工程における700℃以上950℃以下での保持時間が30s未満の場合、水素放出が十分に完了しない。一方、水素放出は保持時間300s以下で十分完了するため、保持時間が300sを超えると却って生産性を低下させる。また、SiやMnの選択酸化が進行して表面品質やめっき密着性が劣化する。このため、第二工程における700℃以上950℃以下での保持時間は30s以上300s以下とする。鋼中水素を十分放出させる観点からは、第二工程における700℃以上950℃以下での保持時間は50s以上とすることが好ましい。
本発明では、鋼板表面に自然に存在する酸化Feまたは酸化処理で生成させた酸化Feを焼鈍の第一工程で還元するために高濃度の水素が必要であり、その分、鋼中に水素が多く固溶するため、還元と脱水素のバランスが重要であり、そのために焼鈍の第一工程と第二工程の条件を上述したように最適化する必要がある。
焼鈍の第一工程と第二工程で水素濃度を変化させる方法は特に規定しないが、炉を分割し、シールロールを介して接続された炉を使用し、それぞれの炉に投入するガスの水素濃度、露点を制御することにより、第一工程と第二工程の雰囲気を個別に容易に制御することが可能である。本発明においては、分離された2つ以上の異なる雰囲気を制御可能な連続焼鈍炉を用いて鋼板を焼鈍することが好ましい。
【0029】
・焼鈍後の冷却
焼鈍(第二工程)が完了した鋼板を、露点-20℃以下、水素濃度5%以上25%以下の雰囲気中で、前記焼鈍での最終保持温度から600℃までの温度域を平均冷却速度5℃/s以上で冷却し、さらに150℃以上600℃未満の温度まで冷却することが好ましい。その後、必要に応じて加熱した後、溶融亜鉛系めっき浴に浸漬して溶融亜鉛系めっきを行う。
焼鈍後の最終保持温度から600℃までの温度域を平均冷却速度5℃/s以上で冷却することにより、所望の鋼板強度が得られ、また、雰囲気中の水素が冷却中に鋼板に侵入することを抑制することができる。平均冷却速度が5℃/s未満では、鋼板強度が低下しやすく、また、雰囲気中の水素が鋼板に侵入して耐遅れ破壊特性が低下しやすくなる。ここで、焼鈍の第二工程における最終保持温度は、前記焼鈍の第二工程の焼鈍温度、水素濃度、露点、保持時間の要件を満たす範囲で焼鈍を行った鋼板が前記要件の少なくとも一つを外れる時の温度を指す。
【0030】
冷却帯の雰囲気については、水素は冷却能が高いため、雰囲気中の水素濃度が高いほど冷却速度を高めることができるが、水素濃度が高すぎると冷却中に鋼板中に水素が浸入するおそれがあるため、水素濃度は5%以上25%以下とすることが好ましい。水素濃度が5%未満では十分な冷却速度を確保できないおそれがあるため、鋼板強度が低下しやすく、また、冷却速度が低下することにより冷却中に水素が浸入しやすくなり、耐遅れ破壊特性も低下しやすい。一方、水素濃度が25%を超えると、効果が飽和するとともに、冷却速度が速くても冷却中に鋼板中に水素が浸入しやすく、耐遅れ破壊特性が低下しやすい。
また、露点を-20℃以下とすることで、低温で鋼板が再酸化してめっき性が低下することを抑制することができる。すなわち、露点が-20℃を超えると、低温で鋼板が再酸化してめっき性が低下しやすい。
【0031】
・溶融亜鉛系めっき
溶融亜鉛系めっきの条件は特に限定されず、一般的な条件で行えばよい。すなわち、好ましくは上述したような条件で150℃以上600℃未満の温度まで冷却した後、必要に応じてめっき浴温度程度まで加熱した鋼板を溶融亜鉛系めっき浴中に浸漬してめっきする。通常、GAやGIの場合には、めっき浴はZnとAlおよび不可避的不純物からなり、その成分は特に規定しないが、一般的には浴中Al濃度は0.05%以上0.190%以下程度である。浴中Al濃度が0.05%未満ではボトムドロスの発生が増加し、ドロスが鋼板に付着して欠陥になりやすい。一方、0.190%を超えるとトップドロスが増加し、やはりドロスが鋼板に付着して欠陥になりやすく、また、Alの添加によるコストアップにつながる。また、溶融亜鉛系めっき浴温度は通常の440~500℃程度である。
【0032】
溶融亜鉛系めっきによる片面当たりのめっき付着量も特に制限はないが、一般的には25~80g/m程度の付着量に制御される。片面当たりのめっき付着量が25g/m未満では、耐食性が低下しやすいだけでなく、めっき付着量の制御も容易ではなく、一方、片面当たりのめっき付着量が80g/mを超えるとめっき密着性が低下しやすい。めっき付着量を調整する方法も特に制限はないが、一般的にはガスワイピングが使用され、ガスワイピングのガス圧、ワイピングノズル/鋼板間距離等により調整される。
溶融亜鉛系めっき後に合金化処理を行う場合、合金化処理後のめっき層の合金化度は特に制限はないが、一般的には7~15%程度の合金化度が好ましい。合金化度が7%未満ではη相が残存してプレス成形性が低下しやすく、一方、15%を超えるとめっき密着性が低下しやすい。
【0033】
次に、溶融亜鉛系めっき鋼板の母材鋼板について説明する。
母材鋼板は、冷延鋼板、熱延鋼板のいずれでもよい。また、耐遅れ破壊特性は、高強度鋼板において問題となる特性であるので、鋼板は引張強さTSが590MPa以上、好ましくは780MPa以上、さらに好ましくは980MPa以上の高強度鋼板であることが好ましい。
母材鋼板の成分については、通常の冷延鋼板や熱延鋼板が有する組成範囲であればよく、特に制限されるものではないが、以下のような成分組成とすることが好ましい。
また、鋼板の板厚は特に限定されないが、一般には0.5~3.2mm程度である。
【0034】
以下、母材鋼板の成分組成について説明する。
・Si:3.0%以下(0%を含まない)
Siは、加工性を大きく損なうことなく、固溶により鋼の強度を高める効果(固溶強化能)が大きいため、鋼板の高強度化を達成するのに有効な元素である。一方で、Siは溶接部における耐抵抗溶接割れ特性に悪影響を及ぼす元素でもある。Siを鋼板の高強度化を図るために添加する場合には、0.1%以上の添加が好ましい。一方、Si量が3.0%を超えると、熱間圧延性および冷間圧延性が大きく低下し、生産性に悪影響を及ぼしたり、鋼板自体の延性の低下を招いたりするおそれがある。このためSiは3.0%以下の範囲で添加することが好ましい。また、そのような観点から、Si量は2.5%以下がより好ましく、2.0%以下が特に好ましい。
・C:0.8%以下(0%を含まない)
Cは、鋼組織としてマルテンサイトなどを形成することで加工性を向上させる効果があるが、良好な溶接性を得るため、C量は0.8%以下とすることが好ましく、0.3%以下とすることがより好ましい。C量の下限は特にないが、良好な加工性を得るためには、C量は0.03%以上とすることが好ましく、0.05%以上とすることがより好ましい。
【0035】
・Mn:1.5%以上3.5%以下
Mnは、鋼を固溶強化して高強度化するとともに、焼入性を高め、残留γ、ベイナイトおよびマルテンサイトの生成を促進する効果を有する元素である。このような効果は、Mnを1.5%以上添加することで発現する。このためMn量は1.5%以上とすることが好ましく、1.8%以上とすることがより好ましい。一方、Mn量が3.5%以下であれば、コストの上昇を招かずに上記効果が得られる。このためMn量は3.5%以下とすることが好ましく、3.3%以下とすることがより好ましい。
・P:0.1%以下(0%を含まない)
P量を抑えることで、溶接性の低下を防ぐことができ、さらにPが粒界に偏析することを防止し、延性、曲げ性および靭性が劣化することを防ぐことができる。また、Pを多量に添加すると、フェライト変態を促進することで結晶粒径も大きくなってしまう。そのため、P量は0.1%以下とすることが好ましい。Pの下限は特に限定されないが、通常、生産技術上の制約から0.001%程度が実質的な下限となる。
【0036】
・S:0.03%以下(0%を含まない)
S量は極力低減することが好ましい。S量を抑えることで、溶接性の低下を防ぐとともに、熱間圧延時の延性の低下を防いで熱間割れを抑制し、表面性状を著しく向上することができる。さらに、S量を抑えることで、不純物元素として粗大な硫化物を形成することによる鋼板の耐遅れ破壊特性、延性、曲げ性、伸びフランジ性の低下を防ぐことができる。Sによる問題はS量が0.03%を超えると顕著となるので、S量は0.03%以下とすることが好ましく、0.02%以下とすることがより好ましい。耐遅れ破壊特性を改善する観点からはS量は0.01%以下とすることが好ましく、0.003%以下とすることがさらに好ましい。Sの下限は特に限定されないが、通常、生産技術上の制約から0.0001%程度が実質的な下限となる。
・Al:0.1%以下
Alは熱力学的に最も酸化しやすいため、SiおよびMnに先だって酸化し、SiおよびMnの鋼板最表層での酸化を抑制し、SiおよびMnの鋼板内部での酸化を促進する効果がある。この効果はAl量が0.01%以上で得られる。一方、Al量が0.1%を超えるとコストアップになる。したがって、添加する場合、Al量は0.1%以下とすることが好ましい。Al量の下限は特に限定されないが、同様に不純物レベルのAlを除去することもコストアップに繋がるため、0.001%以上とすることが好ましい。
【0037】
鋼板は、さらに必要に応じて、B:0.005%以下、Ti:0.2%以下、N:0.010%以下、Cr:1.0%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Mo:1.0%以下、Nb:0.20%以下、V:0.5%以下、Sb:0.20%以下、Ta:0.1%以下、W:0.5%以下、Zr:0.1%以下、Sn:0.20%以下、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下およびREM:0.005%以下の中から選ばれる1種以上を含有することができる。
・B:0.005%以下
Bは鋼の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。焼入れ性を向上するためには、B量は0.0003%以上とすることが好ましく、0.0005%以上とすることがより好ましい。しかし、Bを過度に添加すると成形性が低下するため、B量は0.005%以下とすることが好ましい。
【0038】
・Ti:0.2%以下
Tiは鋼の析出強化に有効な元素である。Tiの下限は特に限定されないが、強度調整の効果を得るためには、0.005%以上とすることが好ましい。しかし、Tiを過度に添加すると、硬質相が過大となり、成形性が低下するため、Tiを添加する場合、Ti量は0.2%以下とすることが好ましく、0.05%以下とすることがより好ましい。
・N:0.010%以下(0%を含まない)
N量を0.010%以下とすることにより、高温下においてNがTi,Nb,Vと粗大な窒化物を形成することでTi,Nb,V添加による鋼板の高強度化の効果が損なわれることを防ぐことができる。また、Nの含有量を0.010%以下とすることで、靭性の低下も防ぐことができる。さらに、Nの含有量を0.010%以下とすることで、熱間圧延中にスラブ割れ、表面疵が発生することを防ぐことができる。このためN量は0.010%以下とすることが好ましく、0.005%以下とすることがより好ましく、0.003%以下とすることがさらに好ましく、0.002%以下とすることが特に好ましい。Nの含有量の下限は特に限定されないが、通常、生産技術上の制約から0.0005%程度が実質的な下限となる。
【0039】
・Cr:1.0%以下
Crは、0.005%以上含有することで焼き入れ性が向上し、強度と延性のバランスを向上させることができるが、コストアップを防ぐ観点から、Cr量は1.0%以下とすることが好ましい。
・Cu:1.0%以下
Cuは、0.005%以上含有することで残留γ相の形成を促進することができるが、コストアップを防ぐ観点から、Cu量は1.0%以下とすることが好ましい。
・Ni:1.0%以下
Niは、0.005%以上含有することで残留γ相の形成を促進することができるが、コストアップを防ぐ観点から、Ni量は1.0%以下とすることが好ましい。
【0040】
・Mo:1.0%以下
Moは、0.005%以上含有することで強度調整の効果が得られ、特にMo量が0.05%以上でその効果が高まるが、コストアップを防ぐ観点から、Mo量は1.0%以下とすることが好ましい。
・Nb:0.20%以下
Nbは、0.005%以上含有することで強度向上の効果が得られるが、コストアップを防ぐ観点から、Nb量は0.20%以下とすることが好ましい。
・V:0.5%以下
Vは、0.005%以上含有することで強度向上の効果が得られるが、コストアップを防ぐ観点から、V量は0.5%以下とすることが好ましい。
【0041】
・Sb:0.20%以下
Sbは、鋼板表面の窒化、酸化、あるいは酸化により生じる鋼板表面の数十ミクロン領域の脱炭を抑制する観点から含有させることができる。Sbは、鋼板表面の窒化および酸化を抑制することで、鋼板表面においてマルテンサイトの生成量が減少するのを防止し、鋼板の疲労特性および表面品質を改善する。このような効果を得るために、Sb量は0.001%以上とすることが好ましい。一方、良好な靭性を得るためには、Sb量は0.20%以下とすることが好ましい。
・Ta:0.1%以下
Taは、0.001%以上含有することで強度向上の効果が得られるが、コストアップを防ぐ観点から、Ta量は0.1%以下とすることが好ましい。
【0042】
・W:0.5%以下
Wは、0.005%以上含有することで強度向上の効果が得られるが、コストアップを防ぐ観点から、W量は0.5%以下とすることが好ましい。
・Zr:0.1%以下
Zrは、0.0005%以上含有することで強度向上の効果が得られるが、コストアップを防ぐ観点から、Zr量は0.1%以下とすることが好ましい。
・Sn:0.20%以下
Snは、脱窒、脱硼等を抑制して鋼の強度低下抑制に有効な元素であり、このような効果を得るには0.002%以上とすることが好ましい。一方、良好な耐衝撃性を得るために、Sn量は0.20%以下とすることが好ましい。
【0043】
・Ca:0.005%以下
Caは、0.0005%以上含有することで硫化物の形態を制御し、延性、靭性を向上させることができるが、良好な延性を得る観点から、Ca量は0.005%以下とすることが好ましい。
・Mg:0.005%以下
Mgは、0.0005%以上含有することで硫化物の形態を制御し、延性、靭性を向上させることができるが、コストアップを防ぐ観点から、Mg量は0.005%以下とすることが好ましい。
・REM:0.005%以下
REMは、0.0005%以上含有することで硫化物の形態を制御し、延性、靭性を向上させることができるが、良好な靭性を得る観点から、REM量は0.005%以下とすることが好ましい。
鋼板の残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0044】
母材鋼板の組織についても、特に制限されるものではないが、780MPa以上の引張強度を確保するためには、以下のような鋼板組織とすることが好ましい。
すなわち、マルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率を30%以上とすることが好ましく、これにより、引張強度が780MPa以上である母材鋼板が得られる。また、マルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率を50%以上とすることにより、引張強度が980MPa以上である母材鋼板が得られる。
本発明により製造される溶融亜鉛系めっき鋼板は、下地鋼板中の水素濃度が低く優れた耐遅れ破壊特性を有するが、特に、下地鋼板中の水素濃度(但し、拡散性水素量)が0.30質量ppm以下であることが好ましく、0.25質量ppm以下であることが特に好ましい。ここで、拡散性水素量とは、後述する実施例に記載の方法で測定される鋼板中の水素量である。
【実施例
【0045】
表1に示す化学成分の鋼を溶製して得た鋳片を熱間圧延した後、酸洗、冷間圧延することにより板厚1.2mmの冷延鋼板とし、この冷延鋼板を溶融亜鉛系めっき鋼板の母材鋼板とした。
オールラジアントチューブ(ART)型焼鈍炉を有するCGLにおいて、鋼板を表2および表3に示す条件で焼鈍した後、溶融亜鉛めっき(めっき組成:Zn-0.2mass%Al)を施し、ガスワイピングで片面当たりのめっき目付量を約50g/mに調整し、次いで、一部の実施例については合金化処理を行った。
上記実施例とは別に、DFF型焼鈍炉を有するCGLにおいて、鋼板を表4~表9に示す条件で酸化処理および焼鈍した後、溶融亜鉛めっき(めっき組成:Zn-0.2mass%Al)を施し、ガスワイピングで片面当たりのめっき目付量を約50g/mに調整し、次いで、一部の実施例については合金化処理を行った。なお、No.3(表4および表5)は、一定温度で酸化処理を行った実施例であり、酸化処理の保持時間(処理時間)は8sとした。その他の実施例は、酸化処理を昇温中に行ったものであり、この酸化処理の昇温速度は5~20℃/sの範囲とした。
【0046】
このようにして得られた溶融亜鉛系めっき鋼板について、鋼板中の拡散性水素量の測定と、めっき外観および耐遅れ破壊特性の評価を、以下のような測定方法および評価方法で行った。その結果を、製造条件とともに表2~表9に示す。
ここで、表4~表9の実施例の酸化処理において、「酸化開始温度」はDFF焼鈍炉の加熱帯における酸化帯の入側板温、「酸化終了温度」は同じく酸化帯の出側板温、酸素濃度は酸化帯の酸素濃度であり、したがって、酸化開始温度~酸化終了温度の範囲が酸化処理温度である。また、「酸化温度域」とは酸化帯で鋼板が昇温する温度幅(酸化開始温度から酸化終了温度までの温度幅)のことであり、「鋼板最高到達温度」とはDFF焼鈍炉の加熱帯での最高到達温度である。したがって、「酸化終了温度」よりも「鋼板最高到達温度」が高い場合は、酸化帯の次の帯域(酸化帯ではない帯域)でもさらに加熱されたことを示している。
【0047】
・鋼板中の拡散性水素量の測定(水素分析方法)
溶融亜鉛系めっき鋼板の幅中央部から、長軸長さ30mm、短軸長さ5mmの短冊状の試験片を採取し、その試験片のめっき層をリューターで除去し、直ちに、昇温脱離分析装置を用いて分析開始温度25℃、分析終了温度300℃、昇温速度200℃/時間の条件で水素分析し、各温度において試験片表面から放出される水素量である放出水素量(質量ppm/min)を測定した。分析開始温度から300℃までの放出水素量の合計を鋼中拡散性水素量として算出した。ここで、鋼中拡散性水素量が0.25質量ppm以下のものを優良“◎”、0.25質量ppm超0.30質量ppm以下のものを良好“〇”とした。経験上、鋼中拡散性水素量が0.30質量ppmを超えると、耐遅れ破壊特性が低下することが多いことから、0.30質量ppm超のものを不良“×”とした。
【0048】
・めっき外観の評価
溶融亜鉛系めっき鋼板のめっき外観を目視観察し、模様や凹凸が認められないものを優良“◎”、模様や凹凸が認められるが、不めっき欠陥やロールへのピックアップによる押し疵がないものを良好“○+”、不めっき欠陥やロールへのピックアップによる押し疵があるものを不良“×”とした。また、不めっき欠陥やロールへのピックアップによる押し疵はないが、その兆候として通板方向に対してVマーク状に生じるウロコ模様が生じたものについては、良好(○+)ではないものの合格“〇”とした。
・引張試験
溶融亜鉛系めっき鋼板の圧延直角方向から(板幅方向が引張方向になるように)試験片を採取し、この試験片についてJIS Z2241(2011)に準拠した引張試験を行い、引張強度(TS)を測定した。
【0049】
・母材鋼板組織の観察・測定
母材鋼板組織中のマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率を、以下のようにして測定した。鋼板の圧延方向に平行な板厚断面(L断面)が観察面となるよう試料を切り出し、この試料の観察面にダイヤモンドペーストによる研磨を施した後、アルミナを用いて仕上げ研磨を施した。次いで、試料の観察面を3vol%ナイタールでエッチングし、組織を現出させた。この試料観察面における板厚の1/4位置を観察位置とし、SEMにより倍率:3000倍で5視野観察した。得られた組織画像からマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積を求め、この合計面積を測定面積で除した面積率を5視野分算出し、それらの値を平均したものをマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率とした。マルテンサイト、ベイナイト、残留γならびにその他のミクロ組織の判別は、以下のように行った。
・マルテンサイト
マルテンサイトには、焼戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトの2種類がある。
・・焼戻しマルテンサイト
焼戻しマルテンサイトは、SEM写真で灰色もしくは黒色に近い濃い灰色の領域である。焼戻しマルテンサイトは、旧γ粒界やフェライト等の他の組織との界面を境界とした塊状の形態を呈する。ただし、焼戻しマルテンサイトは、内部にベイナイト等の他の組織を内包して凹形状を呈する場合がある。焼戻しマルテンサイトは内部に炭化物を多く含むが、面方位に依存して炭化物が少量の場合もある。
・・フレッシュマルテンサイト
フレッシュマルテンサイトは、SEM写真で灰色もしくは白色の領域である。フレッシュマルテンサイトは塊状、粒状、プレート状、フィルム状であり、炭化物を含まない。
・ベイナイト
ベイナイトは、SEM写真で濃い灰色の領域である。ベイナイトは、フィルム状、プレート状、これらの隣接領域の一部または全部が連結した塊状のいずれかの形態を呈し、内部に炭化物を僅かに含む。ベイナイトは、生成後に焼戻し処理が施されて炭化物が粗大化したものも含む。
・残留γ
残留γは、上記のフレッシュマルテンサイトと同一の色と形態を呈する領域である。なお、SEMでは残留γとフレッシュマルテンサイトは識別できない。
【0050】
鋼板の強度を確保するために、上記のマルテンサイト、ベイナイトおよび残留γの合計面積率を制御する必要があるが、残部としては以下に示す組織を含んでよい。ただし、これに限定されるものではない。
・フェライト
フェライトは、SEM写真で黒色の領域である。フェライトは、塊状の形態を呈し、炭化物を殆ど含まない。ベイニティックフェライトは、内部に炭化物を殆ど含まず、フェライトと類似の機械的性質を有するので、フェライトに属する。フェライトは、内部に粒状もしくは塊状のフレッシュマルテンサイト、粒状もしくは塊状の残留γのいずれかもしくは両者を含む場合がある。
・炭化物
炭化物は、SEM写真で白色の領域である。炭化物は、粒状やフィルム状の形態を呈する。炭化物は、主にフェライト、マルテンサイト、ベイナイトの内部に微細に生成する。したがって、炭化物の面積率は各組織の面積率から除外せず、各組織の面積率に含める。
・上記以外の組織
上記以外に、TiN等の窒化物、(Nb,Ti)(C,N)等の炭窒化物、MnS、CaS等の硫化物、Al,SiO等の酸化物も合計面積率で数%程度含む場合がある。これらの面積率は小さいので、これらの面積率はこれらを含む各組織の面積率に含める。さらにパーライトを含む場合もある。パーライトはその面積率を算出する。
【0051】
ここで、各組織のサイズおよび存在量は特に限定されないが、本発明の一実施形態として、以下のようなサイズ、存在量が例示できる。なお、アスペクト比は長軸と長軸に垂直な方向である短軸の長さの比、厚さは短軸の長さ、円相当径は各組織の個々の面積を円の面積とした時の直径を表す。
・焼戻しマルテンサイト
アスペクト比≦8、円相当径≦30μm
組織内部の炭化物の分布密度:0.10~12個/μm
・フレッシュマルテンサイトおよび残留γ
塊状:アスペクト比≦8、円相当径:3~30μm
粒状:アスペクト比≦8、円相当径:0.40μm以上、3μm未満
プレート状もしくはフィルム状:アスペクト比8超、厚さ:0.10~8μm
・ベイナイト
フィルム状もしくはプレート状:アスペクト比8超、厚さ≦8μm
塊状:アスペクト比≦8、円相当径≦30μm
組織内部の炭化物の分布密度:いずれの形態においても0.10~6個/μm
・炭化物
粒状:アスペクト比≦8、円相当径:0.01μm以上、0.40μm未満
フィルム状:アスペクト比8超、円相当径:0.01μm以上、0.10μm未満
【0052】
・耐遅れ破壊特性の評価
溶融亜鉛系めっき鋼板の圧延直角方向から、長軸長さ100mm、短軸長さ20mmの短冊状の試験片を採取し、この試験片の長軸・短軸の中心位置に直径15mm、クリアランス12.5%で打抜き穴を形成した。この試験片を引張試験に供し、打抜き穴からの遅れ破壊発生の有無により耐遅れ破壊特性を評価した。経時変化による鋼中の拡散性水素の放出を防ぐために、溶融亜鉛系めっき鋼板から短冊状の試験片を採取してから遅れ破壊の引張試験(引張速度10mm/分)を開始するまでの時間を10分以内とした。引張試験の負荷時間は最大100時間とし、100時間負荷後に亀裂(ここで、亀裂とは引張応力負荷時の破断を意味する)が生じなかった最大応力を限界応力とし、限界応力と降伏応力の比で耐遅れ破壊特性を評価した。耐遅れ破壊特性の評価基準としては、限界応力/降伏応力が1.10以上の場合を優良“◎”、1.10未満1.05以上の場合を良好“〇”、1.05未満1.00以上の場合を良好(○)ではないものの合格“△”とし、1.00未満の場合を不良“×”とした。なお、遅れ破壊試験で評価される耐遅れ破壊特性は、一般的に強度の高い鋼板のほうが低く(不利に)なる。
【0053】
表2~表9によれば、本発明例の溶融亜鉛系めっき鋼板は、不めっきのない美麗な表面外観を有するとともに、優れた耐遅れ破壊特性を有している。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
【表3】
【0057】
【表4】
【0058】
【表5】
【0059】
【表6】
【0060】
【表7】
【0061】
【表8】
【0062】
【表9】