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特許7401886両面化学強化ガラス板、その製造方法、並びに両面化学強化ガラス板を含む製品
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-12
(45)【発行日】2023-12-20
(54)【発明の名称】両面化学強化ガラス板、その製造方法、並びに両面化学強化ガラス板を含む製品
(51)【国際特許分類】
   C03C 21/00 20060101AFI20231213BHJP
【FI】
C03C21/00 101
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2019107412
(22)【出願日】2019-06-07
(65)【公開番号】P2020200208
(43)【公開日】2020-12-17
【審査請求日】2022-06-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年9月23日に配布されたICG Annual Meeting 2018 国際ガラス会議2018年年会 プログラム及び要旨集の2C1600にて公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年9月25日に開催されたICG Annual Meeting 2018 国際ガラス会議2018年年会にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【弁理士】
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(72)【発明者】
【氏名】矢野 哲司
(72)【発明者】
【氏名】永井 生
(72)【発明者】
【氏名】岸 哲生
【審査官】酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-080744(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0166407(US,A1)
【文献】特開2015-034108(JP,A)
【文献】特開2004-083395(JP,A)
【文献】特表2019-508358(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0059087(US,A1)
【文献】特開2015-117167(JP,A)
【文献】特開2005-206406(JP,A)
【文献】特開平02-293351(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電界印加イオン交換により、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面の選択的領域において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、カリウムイオンを導入した部分と導入されていない部分を有するパターン付与イオン交換面を形成し(ステップ1);
ついで、電界印加イオン交換により、ガラス板のパターン付与イオン交換面と反対側の全面において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、均一イオン交換面を形成し(ステップ2);
さらに、電界印加イオン交換により、パターン付与イオン交換面のカリウムイオンが導入されていない部分において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換する(ステップ3)ことを特徴とする両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項2】
ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラスが、ソーダ石灰ガラス、アルカリアルミノシリケートガラス、またはアルカリアルミノホウケイ酸ガラスから選ばれる、請求項1に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項3】
電界印加イオン交換のためにカリウム含有溶融塩を用い、カリウム含有溶融塩が、硝酸カリウム、硫酸カリウム、重硫酸カリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウムまたはこれらの混合物から選ばれる、請求項1又は2に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項4】
電界印加イオン交換の際に、ガラス板と電極との間に固体電解質体が配置され、固体電解質体が、多孔質体の細孔内にカリウム含有溶融塩を含浸・保持させた固体電解質体である、請求項1~3のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項5】
ステップ1において、ガラス板と陽極との間に固体電解質体が配置され、固体電解質体がガラス板と接触しない領域を有することにより、ガラス板にカリウムイオンが導入されていない部分を形成する,請求項4に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項6】
固体電解質体において、ガラス板と接触しない領域が、ガラス板と接触する領域(この領域は連続領域である)の中に分散して存在する不連続領域として配置されている、請求項5に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項7】
両面化学強化ガラス板の両面において、カリウムイオンでイオン交換される層の厚さが5~50μmである、請求項1~6のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項8】
ガラス板が湾曲したガラス板である、請求項1~7のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項9】
さらに、両面化学強化ガラス板の側面を化学強化すること(ステップ4)を含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項10】
さらに、両面化学強化ガラス板の表面を応力緩和すること(ステップ5)を含む、請求項1~9のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【請求項11】
ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の両面の全面又は主要面においてナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されたカリウムイオン交換層を含み、
両面のカリウムイオン交換層のそれぞれが、ガラス板の表面から深さ方向の圧縮応力分布において、最大圧縮応力値(測定値)をガラス板の表面(深さゼロ)における圧縮応力値とする仮想点(最大圧縮応力値(測定値)はガラス板の表面(深さゼロ)における測定値自体であってもよい)と、圧縮応力値(測定値)がゼロである点とを結ぶ仮想直線に対して、圧縮応力分布曲線が高圧縮応力側に凸の領域を有し、
ガラス板の一方の表面側のカリウムイオン交換層は、ガラス板の平面視において、パターン状の第一領域と該パターン以外の残部からなる第二の領域を有し、カリウムイオン交換層の第一の領域は第一の厚さを有し、カリウムイオン交換層の第二の領域の第二の厚さは、第一の厚さより小さいか又は第一の厚さより大きく、かつ、
ガラス板の両面における降伏曲げ応力が800MPa以上、そのワイブル係数が5以上であることを特徴とする両面化学強化ガラス板。
【請求項12】
両面において、カリウムイオン交換層の厚さが5~50μmである、請求項11に記載の両面化学強化ガラス板。
【請求項13】
ガラス板が湾曲したガラス板である、請求項11又は12に記載の両面化学強化ガラス板。
【請求項14】
両面化学強化ガラス板の側面においても、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されている、請求項11~13のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
【請求項15】
両面化学強化ガラス板の表面近傍が応力緩和されている、請求項11~14のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
【請求項16】
ガラス板の両面における破壊靭性値及びワイブル係数が、大きい方の値を100%として、小さい方の値が50%以上である、請求項11~15のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
【請求項17】
スマートフォン、タッチパネル、タブレットPC又はタブレットPC周辺機器の表示パネル用ガラス、ハードディスク基板、自動車用窓ガラス、またはインテリア用ガラスカバーに用いる、請求項11~16のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
【請求項18】
請求項11~17のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板を含む製品であって、スマートフォン、タッチパネル、タブレットPC、タブレットPC周辺機器、ハードディスク基板、自動車用窓ガラス、インテリア用ガラスカバーからなる群から選ばれる製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は両面化学強化ガラス板、その製造方法、並びに両面化学強化ガラス板を含む製品に関する。
【背景技術】
【0002】
スマートフォンやタッチパネル用のガラス板には、表面圧縮応力層を導入した化学強化ガラス板が用いられている。これらの強度の大きなガラス板を製造するために、板材をガラス中のイオンが濃度勾配の駆動力で移動するのに十分な温度の溶融塩へ浸漬し、溶融塩中のアルカリイオンとガラス中のアルカリイオンの相互拡散を生じさせ、表面に必要な厚みのイオン交換層を形成させている(特許文献1)。この方法においては、高い溶融塩温度と同時に、長時間の浸漬時間が必要であることに加えて、イオン交換処理とともに溶融塩濃度が変動してしまうために管理が非常に難しいという難点がある。したがって、低温で、かつ迅速に所望の化学強化イオン交換層を形成させる技術が求められているものの、ガラス板両面に対して処理を行える手法は開発されていない。
【0003】
たとえば、濃度勾配だけを駆動力としないで、イオン交換を高速化するためには、直流電圧を印加してイオン交換層を形成する電界印加イオン交換法が知られているが、片面だけにイオン交換層を形成させるに留まり、板材の両面にイオン交換層を低温で、高速に形成するものとなっていない(非特許文献1および2)。すなわち、ガラス板の電界印加イオン交換法による化学強化は、低温で迅速に行なえるとともに、表面において濃度が高く、厚さ方向に対して急峻に濃度が低下する、ステップ関数状のプロファイルを形成でき、大きな圧縮応力を付与できる技術として知られているが、直流電界を利用することから、一方向にのみイオン交換を実施するために、浸漬法と異なり、板材の両面に同等のイオン交換層を形成させることはできないとされていた。このような状況から、ガラス板の化学強化は、浸漬法で実用化されているのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】米国特許第3433611号
【文献】特許第6172667号
【非特許文献】
【0005】
【文献】窯業協会誌、78[5](1970)、158~164頁
【文献】窯業協会誌、80[1](1972)、16~24頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、電界印加イオン交換法を用い、ガラス板の片面をパターン付与イオン交換面とし、反対面を均一イオン交換面にすることで、両面化学強化ガラス板を製造する方法を開示した(特許文献2)。しかし、特許文献2の製造方法では、両面化学強化ガラス板ではあるが、パターン付与イオン交換面では非イオン交換部が破壊の起点となりやすいために、強度が低いという欠点があり、電界印加イオン交換法を用いて、両面の強度に優れた化学強化ガラス板を提供することに需要がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らは、上記の問題を解決するために、鋭意検討した結果、電界印加イオン交換法を用い、両面とも優れた強度を有する両面化学強化ガラス板を製造することに成功した。本発明によれば、限定するものではないが、以下の態様が提供される。
【0008】
(態様1) 電界印加イオン交換により、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面の選択的領域において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、カリウムイオンを導入した部分と導入されていない部分を有するパターン付与イオン交換面を形成し(ステップ1);
ついで、電界印加イオン交換により、ガラス板のパターン付与イオン交換面と反対側の全面において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、均一イオン交換面を形成し(ステップ2);
さらに、電界印加イオン交換により、パターン付与イオン交換面のカリウムイオンが導入されていない部分において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換する(ステップ3)ことを特徴とする両面化学強化ガラス板の製造方法。
【0009】
(態様2) ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラスが、ソーダ石灰ガラス、アルカリアルミノシリケートガラス、またはアルカリアルミノホウケイ酸ガラスから選ばれる、態様1に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様3) 電界印加イオン交換のためにカリウム含有溶融塩を用い、カリウム含有溶融塩が、硝酸カリウム、硫酸カリウム、重硫酸カリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウムまたはこれらの混合物から選ばれる、態様1又は2に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様4) 電界印加イオン交換の際に、ガラス板と電極との間に固体電解質体が配置され、固体電解質体が、多孔質体の細孔内にカリウム含有溶融塩を含浸・保持させた固体電解質体である、態様1~3のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様5) ステップ1において、ガラス板と陽極との間に固体電解質体が配置され、固体電解質体がガラス板と接触しない領域を有することにより、ガラス板にカリウムイオンが導入されていない部分を形成する,態様4に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【0010】
(態様6) 固体電解質体において、ガラス板と接触しない領域が、ガラス板と接触する領域(この領域は連続領域である)の中に分散して存在する不連続領域として配置されている、態様5に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様7) 両面化学強化ガラス板の両面において、カリウムイオンでイオン交換される層の厚さが5~50μmである、態様1~6のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様8) ガラス板が湾曲したガラス板である、態様1~7のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様9) さらに、両面化学強化ガラス板の側面を化学強化すること(ステップ4)を含む、態様1~8のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
(態様10) さらに、両面化学強化ガラス板の表面を応力緩和すること(ステップ5)を含む、態様1~9のいずれか1項に記載の両面化学強化ガラス板の製造方法。
【0011】
(態様11) ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の両面の全面又は主要面においてナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されたカリウムイオン交換層を含み、
両面のカリウムイオン交換層のそれぞれが、ガラス板の表面から深さ方向の圧縮応力分布において、最大圧縮応力値(測定値)をガラス板の表面(深さゼロ)における圧縮応力値とする仮想点(最大圧縮応力値(測定値)はガラス板の表面(深さゼロ)における測定値自体であってもよい)と、圧縮応力値(測定値)がゼロである点とを結ぶ仮想直線に対して、圧縮応力分布曲線が高圧縮応力側に凸の領域を有することを特徴とする両面化学強化ガラス板。
【0012】
(態様12) 両面において、カリウムイオン交換層の厚さが5~50μmである、態様11に記載の両面化学強化ガラス板。
(態様13) ガラス板が湾曲したガラス板である、態様11又は12に記載の両面化学強化ガラス板。
(態様14) 両面化学強化ガラス板の側面においても、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されている、態様11~13のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
(態様15) 両面化学強化ガラス板の表面近傍が応力緩和されている、態様11~14のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
(態様16) ガラス板の両面における降伏曲げ応力が800MPa以上、そのワイブル係数が5以上である、態様11~15のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
(態様17) ガラス板の両面における破壊靭性値及びワイブル係数が、大きい方の値を100%として、小さい方の値が50%以上である、態様11~15のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
(態様18) スマートフォン、タッチパネル、タブレットPC又はタブレットPC周辺機器の表示パネル用ガラス、ハードディスク基板、自動車用窓ガラス、またはインテリア用ガラスカバーに用いる、態様11~17のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板。
【0013】
(態様19) 態様1~10のいずれか一項に記載の製造方法で製造された両面化学強化ガラス板、又は態様11~18のいずれか一項に記載の両面化学強化ガラス板を含む製品であって、スマートフォン、タッチパネル、タブレットPC、タブレットPC周辺機器、ハードディスク基板、自動車用窓ガラス、インテリア用ガラスカバーからなる群から選ばれる製品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって提供される両面化学強化ガラス板は、両面で、現状の浸漬法による両面化学強化ガラス板に匹敵し、それを凌駕する強度を有し、浸漬法による現状品に代替し得る両面化学強化ガラス板である。
現在、スマートフォン、タブレット型端末に代表される表示素子においては、高い強度と、薄く、軽いことが同時に求められている。本発明によって提供される両面化学強化ガラス板は、このようなディスプレイ用ガラス板に特に好適である。
さらに、本発明の製造方法は、現状(浸漬法)よりも100℃以上も低温で、数時間という短時間で製造し得、連続プロセスにも適用し得るものである。さらに、用いる溶融塩が少なく、その濃度も維持し得るため、現状のプロセスと比較して、溶融塩濃度の制御や精製、廃棄のコストを大幅に低減することもできる。
また、本発明の両面化学強化ガラス板は、表示素子に限らず、ハードディスク、自動車用窓ガラスにも応用できる性能、経済性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】電界印加イオン交換法を実施する様子の例を説明する模式図である。
図2】浸漬イオン交換法と電界印加イオン交換法により得られるイオン交換層のカリウムイオン濃度分布を示す。
図3-1】本発明の第一の側面における3ステップ電界印加イオン交換法を説明する模式図である。
図3-2】本発明の第一の側面における3ステップ電界印加イオン交換法を説明する模式図(続き)である。
図4】カリウム含有有機無機ハイブリッドゾルの製膜のためのスクリーン印刷法の概略図である。
図5】電界印加イオン交換法の模式図である。
図6】Na/Kイオン交換ガラスのアルカリ組成プロファイルである。
図7】連続方式による両面化学強化ガラスの製造方法の模式図である。
図8】屈折率測定法を説明する模式図である。
図9-1】3ステップ電界印加イオン交換法により得られるイオン交換層の応力分布を示す。
図9-2】浸漬イオン交換法と2ステップ電界印加イオン交換法により得られるイオン交換層の応力分布を示す。
図10】各種のイオン交換ガラス板の破壊靭性のワイブル分布を示す。
図11】見かけの破壊靭性値の計算方法を説明する模式図である。
図12】ガラス板の見かけの破壊靭性値のプロファイルを示す。
図13】ガラス板の深さ方向の圧縮応力分布のパターンと、破壊靭性のパターンとの関係を示す。
図14】内部において高い圧縮応力を有するガラス板の表面で応力緩和した場合の破壊靭性を示す。
図15】リングオンリング法を説明する模式図である。
図16】3ステップ電界印加イオン交換法によりガラス板に導入したカリウムイオンの分布をμ-XRFで観察したマップである。
図17】電界印加イオン交換法により得られたイオン交換層をSEI及びSEM-EDSで観察した断面である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、
1)電界印加イオン交換により、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面の選択的領域において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、カリウムイオンを導入した部分と導入されていない部分を有するパターン付与イオン交換面を形成し(ステップ1);
2)ついで、電界印加イオン交換により、ガラス板のパターン付与イオン交換面と反対側の全面において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、均一イオン交換面を形成し(ステップ2);
3)さらに、電界印加イオン交換により、パターン付与イオン交換面のカリウムイオンが導入されていない部分において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換する(ステップ3)ことによって、
両面とも優れた強度を有する両面化学強化ガラス板を製造できることを見出し、完成されたものである。
【0017】
なお、本明細書において、「均一イオン交換面」及び「パターン付与イオン交換面」とは、次の意味である。「パターン付与イオン交換面」は、特許文献2に開示されているような、ガラス板の表面に微細な寸法で、イオン交換層が形成された領域と形成されていない領域とを含むイオン交換面をいい、「均一イオン交換面」は、パターン付与強化面ではなく、ガラス板の表面(全部又は主要部)のマクロな面積(ガラス板の表面の全部又は主要部)において、イオン交換層が形成されていない微細な領域を含まず、当該面積において連続したイオン交換層が形成されていることを意味する。ガラス板の当該表面において、連続のイオン交換層が存在することで、ガラス板において十分な強化強度を有することが可能にされる。しかし、当該表面においてイオン交換層の深さは、十分な強化強度を実現する深さがあればよく、当該表面においてイオン交換層の深さが同一でなくてもよい。
【0018】
また、本発明では、ガラス板の両面の全面又は主要部において、電界印加イオン交換により、イオン交換層を形成するが、本明細書において、ガラス板の表面の主要面とは、ガラス板の強化する表面の全面でなくてもよく、強化を必要としない表面は除外してよいという意味であり、ガラス板の表面の強化したい部分、ガラス板を強化できるマクロな面積であればよいという意味である。限定されないが、例えば、ガラス板の表面の半分以上の面積を占める連続領域であってよい。
【0019】
なお、本発明の3ステップ法では、ステップ1で形成したパターン付与イオン交換面の非イオン交換部分に、ステップ3においてカリウムイオンを導入して、その面の全面をカリウムイオン交換面に変換するが、ステップ3後に全面イオン交換面となっても、ステップ2で形成した均一イオン交換面と対比する意味で、ステップ3によって全面のカリウムイオン交換面が形成された面を、「3ステップ法パターン付与イオン交換面」とか、「3ステップ法による均一イオン交換面」とか、あるいは単に「均一イオン交換面」と指称することがある。
【0020】
最初に、電界印加イオン交換法について一般的に説明する。なお、以下では、ガラス版の全面を電界印加イオン交換する場合を説明するが、ガラス版の全面ではなく、ガラス版の強化を必要としない部分、強化を望まない部分には、適当なマスクを施すなどの方法でイオン交換を回避して、ガラス版の表面の主要部だけを電界印加イオン交換してもよいことは明らかである。マスクは例えばフッ素系樹脂を用いることができる。
【0021】
図1に電界印加イオン交換法によって化学強化ガラスを製造する例を模式的に示す。図1を参照すると、加熱炉である反応装置1の内部において、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板2を挟んで両側に陽極3、陰極4を有し、陽極3とガラス板2との間にカリウムイオン含有電解質5、陰極4とガラス板2との間に電解質6を有する。電解質5、6は、例えば、溶融塩自体、あるいは溶融塩とセラミック粉との混合ペーストでよいが、溶融塩を含侵・保持した多孔質セラミック(固体電解質体)などでもよい。反応装置1の内部を加熱して、陽極3と陰極4の間に直流電圧を印加することで、陽極3側のカリウムイオン含有電解質5から、ガラス板2の陽極3側の表面にカリウムイオンが導入され、ガラス板2の陰極4側の表面からナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンが陰極4側の電解質6に排出される。その結果、ガラス板2の陽極3側の表面において、イオン半径が小さいナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをイオン半径が大きいカリウムイオンが置換して、圧縮応力を誘起することで、ガラス板2の陽極3側の表面が化学強化される。
【0022】
化学強化されるガラスとしては、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラスであれば、特に制限されず、使用目的により適宜選定し得るが、たとえばソーダ石灰ガラス、アルカリアルミノシリケートガラス、アルカリアルミノホウケイ酸ガラス、等が挙げられる。ナトリウムおよび/またはリチウムの含有量は、通常NaO,LiOとして3~15質量%程度である。厚さは、使用目的にもよるが、例えば、スマートフォンなどの形態電子機器の用途では、通常0.2~3mm、好ましくは0.5~1mmであってよい。自動車用窓ガラスなどでは、より大きい厚さであってよいことは明らかである。これらのガラスは、平坦なガラス板に限らず、湾曲したガラス板でもよい。湾曲面に対応した電解質を用いることができる。
【0023】
陽極側のカリウム含有電解質としては、硝酸カリウム、硫酸カリウム、重硫酸カリウム、炭酸カリウム、重炭酸カリウム等又はこれらの混合物の溶融塩が挙げられる。
【0024】
陰極側の電解質は、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンを受け取り得る電解質であればよいが、例えば、ナトリウムおよび/またはリチウムおよび/またはカリウムを含む、硝酸塩、硫酸塩、重硫酸塩、炭酸塩、重炭酸塩等又はこれらの混合物の溶融塩が挙げられる。
【0025】
溶融塩を含浸・保持する多孔質セラミックとしては、アルミナ、チタニア、ジルコニア、シリカ、等の酸化物系が好適である。開口連続気孔である細孔の細孔径は、100nm以上であるのが好適であり、さらに好ましくは200nm~1μm程度であってよい。
【0026】
電界印加イオン交換に際しては、温度、電圧および時間は、目的とするイオン交換層の厚さ等により適宜選定されるが、例えば、温度200~450℃、好ましくは250~400℃で、直流電圧100V~5kV,5~30分間程度で実施されてよい。
【0027】
現在実用されている浸漬イオン交換法によれば、カリウムイオン交換層におけるカリウムイオン濃度は、ガラス板表面から相互拡散によるので誤差関数に従い、指数関数的に減少する(図2(a)参照)。これに対して、電界印加イオン交換法によれば、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面のカリウムイオンでイオン交換される層(以下、カリウムイオン交換層ともいう。)では、一般的に、表面付近ではナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンの殆ど又は全部がカリウムイオンでイオン交換されて、カリウムイオン濃度が高く、その高いカリウムイオンの濃度は、深さ方向に維持されて、ある深さ付近から急激に低下する濃度分布を有することができる(図2(b)参照)。
【0028】
電界印加イオン交換法によれば、カリウムイオン交換層では、カリウムイオン最大濃度において、カリウムイオン濃度とナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオン濃度との比(モル比)は、好ましく100~80:0~20、さらには100~90:0~10であることができるが、100~50:0~50であってよい。カリウムイオン、ナトリウムイオン、リチウムイオンの濃度は、例えば、EPMAで測定できる。さらに、図2(a)に示されるように、電界印加イオン交換法によれば、導入されるカリウムイオンの高い濃度は表面から内部まで維持されるので、浸漬法と比べて、強化効率が高く、また破壊靭性、信頼性もより高くすることが可能である(詳細は後述する)。
【0029】
また、電界印加イオン交換法によれば、浸漬イオン交換法よりも100℃以上も低温で、しかも数時間という短時間で、化学強化ガラス板を製造し得、また連続プロセスにも適用し得る。さらに、用いる溶融塩が少なく、その濃度も維持し得るため、現状の浸漬法のプロセスと比較して、溶融塩濃度の制御や精製、廃棄のコストを大幅に低減することもできる。
【0030】
カリウムイオン交換層の厚さは、強化ガラス板の用途によるので限定的ではないが、例えば、スマートフォンなどの携帯電子機器の用途では、一般的に5μm以上でよいが、10~50μm、さらに15~50μmであることが好ましい。カリウムイオン交換層の厚さが上記の範囲であれば、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面を好ましく化学強化することができる。カリウムイオン交換層の厚さが50μm以上であってもよいが、50μm以下において十分な強度を実現できるので、経済的である。カリウムイオン交換層の厚さは、ガラス板の表面からカリウムイオン濃度がゼロになるまでを厚さとして測定してよいが、カリウムイオン濃度がゼロ近傍において、長く裾野を引いて深く迄侵入する場合を考慮して、カリウムイオン濃度が最大濃度の5%になる厚さをカリウムイオン交換層の厚さとしてよい。また、例えば、EPMAの測定限界の濃度をもってカリウムイオン濃度をゼロと見做し、あるいは予め5モル%の濃度までの厚さと定義してもよい。
【0031】
ただし、両面化学強化ガラス板の用途が自動車用窓ガラスのように大型の製品においては、ガラス板の厚さもカリウムイオン交換層の厚さも、上記より大きくてよいことは明らかである。例えば、ガラスの厚みの1~10%の厚さであってよい。
【0032】
(3ステップ製造方法)
本発明は、1つの側面において、上記の3ステップを含む両面化学強化ガラス板の製造方法にある。ここでは、特にスマートフォンなどの携帯電子機器の用途に用いる化学強化ガラス板を意図した製造の例に基づいて、説明する。
【0033】
(ステップ1)
ステップ1では、電界印加イオン交換により、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面の選択的領域において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、カリウムイオンを導入した部分と導入されていない部分を有するパターン付与イオン交換面を形成する。
【0034】
ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の表面の選択的領域において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、カリウムイオンを導入した部分と導入されていない部分を有するパターン付与イオン交換面を形成するには、図1を参照して説明したように電界印加イオン交換を実施するが、陽極側の電解質をガラス板の選択的領域のみに接触させる状態で、電界印加イオン交換を実施すればよい。
【0035】
図3-2(a)を参照すると、ガラス板2の陽極3側に、ガラス板2の選択的領域のみにガラス板2と接触するように凹部(又は貫通孔)5-2を有する固体電解質5ー1を置き、加熱して、電界印加すると、ガラス板2の固体電解質5-1に接触している部分2-1だけにカリウムイオンが導入され、ガラス板2の陽極3側の凹部(又は貫通孔)5-2に対応する部分2-2では、カリウムイオンが導入されない。その結果、カリウムイオンを導入した部分(Kイオン交換層)2-1と導入されていない部分2-2を有するパターン付与イオン交換面12-1が形成される。
【0036】
例えば、陽極側の電解質として、細孔径が数十nm以上の大きさの多孔質材の細孔内に溶融塩(硝酸カリウム(KNO)等)を含浸・保持させた多孔質セラミック(固体電解質体)を用い、多孔質セラミックの表面にガラス板と接触しない凹部(凹部は固体電解質体を貫通した孔でもよい)を形成しておくことで、ガラス板の表面部分に電解質が接触しない領域を形成し、カリウムイオンのイオン交換がされない領域を形成することができる(イオン交換部のパターン付与)。
【0037】
凹部又は貫通孔、すなわち、電解質非接触領域の形状(ガラス板と接触する平面におけう形状)は、特に制限されないが、たとえば、好適なパターンの例は、非イオン交換部を多数の微小領域、島状(例えば最大寸法10~500μm程度の適当な図形、特に円形)に、不規則でもよいが好ましくは周期的に配置し、パターン付与するガラスの面積に対して非イオン交換部の割合をγsと定義し、イオン交換部/非イオン交換部(すなわち、非凹部/凹部)の面積比((1-γs)/γs)を1~20程度、より好ましくは5~20程度とすることが好ましい。非イオン交換部は、例えば、格子状溝でもよい。多孔質セラミック(固体電解質体)の厚さは、100μm程度以上が好ましい。
【0038】
ステップ1におけるカリウムイオン交換層の厚さl図3-2(d)参照)は、一般的に5μm以上、好ましくは10~70μmであってよい。ステップ3でステップ1における非イオン交換部分に形成するカリウムイオン交換層の厚みlが、このパターン付与イオン交換面におけるステップ3後の強度を支配する一方、その厚みlはステップ1におけるカリウムイオン交換層の厚さlより小さいことが好ましいので、厚みlが厚みlに対して30~100%の厚み、より好ましくは60~95%になるような厚みであることが好ましい。カリウムイオン交換層の厚さは、印加する電気量で制御することができる。
【0039】
(ステップ2)
ステップ2では、電界印加イオン交換により、ガラス板のパターン付与イオン交換面と反対側の全面において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換して、均一イオン交換面を形成する。この電界印加イオン交換は、図1を参照して説明したように実施すればよい。
【0040】
図3-1(b)を参照すると、ガラス板2のパターン付与イオン交換面12-1を陰極4側とし、ガラス板2の反対面12-1の全面にカリウム含有電解質5-3を接触させて、電界を印加して、カリウムオンを反対面12-2の全面に導入し、カリウムオンが全面に均一に導入されたKイオン交換層2-3を有する均一イオン交換面12-2を形成する。このとき、ガラス板2のパターン付与イオン交換面12-1の選択的にイオン交換された部分(Kイオン交換層)2-1は維持される。
【0041】
陽極側表面の全面を電界印加イオン交換し、その全面に均一にカリウムイオンを導入すれば、その表面に圧縮応力が誘起される。このとき、反対側のパターン付与イオン交換面のカリウムイオンが導入されているイオン交換領域では、イオン伝導度が低く、高い電気抵抗を有するので、カリウムイオンは移動しないで保持される(ステップ1で導入された強化層は減少しない)。一方、ガラス板内を陽極側から陰極側へ流れるナトリウムおよび/またはリチウムイオンの流束は、イオン伝導度が高い非イオン交換部を経由して、陰極側電解質に排出される。また非イオン交換部分ではナトリウムおよび/またはリチウムイオン濃度が増加して、パターン付与イオン交換面で圧縮応力が誘起される。その結果、ステップ1とステップ2を含む2ステップ法では、ガラス板の両面に圧縮応力層を形成させて化学強化することができる。
【0042】
ステップ2における均一イオン交換面のカリウムイオン交換層の厚さは、ステップ3後の厚さが、一般的に5μm以上、好ましくは10~50μmになるような厚さであってよい。すなわち、ステップ2で導入したカリウムイオン交換層の厚さがステップ3において減少する厚さを考慮して、ステップ2におけるカリウムイオン交換層の厚さを、ステップ1イオン交換面における非イオン交換部の面積比γsを用いてl1から(1+γs)×l1程度とすることが好ましい。カリウムイオン交換層の厚さは、印加する電気量で制御することができる。
【0043】
(ステップ3)
ステップ3では、電界印加イオン交換により、パターン付与イオン交換面のカリウムイオンが導入されていない部分において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンをカリウムイオンで置換する。この電界印加イオン交換は、パターン付与イオン交換面の全面にリウムイオン含有電解質を接触させて行うことができ、図1を参照して説明したように実施すればよい。
【0044】
図3-2(c)を参照すると、ガラス板2の均一イオン交換面12-2を陰極4側とし、ガラス板2のパターン付与イオン交換面12-1の全面にカリウム含有電解質5-3を接触させて、電界を印加すると、カリウムオンはパターン付与イオン交換面12-1のイオン交換されていない部分2-2に導入されて、カリウムオンが導入された部分2-4になり、ステップ1でカリウムオンが導入された部分2-1と合わせて、パターン付与イオン交換面12-1の全面がイオン交換された面(ステップ3後のパターン付与イオン交換面)12ー3となる。このとき、ガラス板2の均一イオン交換面12-2のイオン交換層2-3は維持される。
【0045】
ステップ3においては、パターン付与イオン交換面のカリウムイオンが導入されているイオン交換領域では、イオン伝導度が低く、高い電気抵抗を有するので、カリウムイオンは移動しないで保持される(ステップ1で導入された強化層は変化しない)。一方、カリウムイオンが導入されていない非イオン交換領域では、電気抵抗が小さく、イオン伝導度が高いので、カリウムイオンが導入され、イオン交換層が形成される。また、カリウムイオンが導入されていない非イオン交換領域は、好適にはカリウムイオンが導入されているイオン交換領域と比べて体積が小さいので、陰極側へ流れるナトリウムイオン及び/又はリチウムイオンの量は少なく、均一イオン交換面に導入されているカリウムイオンの強化層を保持すること、さらに実質的に変化させないことが可能である。さらには、ガラス板の側面にも電解質、さらにその周囲に陰極を配置して、ナトリウムイオン及び/又はリチウムイオンをガラス板の側面から排出させることも可能である。非イオン交換部分ではカリウムイオン濃度が増加して、パターン付与イオン交換面の全面にカリウムイオンが導入されて、圧縮応力が誘起される。こうして、3ステップ法では、2ステップ法で形成されたパターン付与イオン交換面の非イオン交換領域に、ステップ3においてカリウムイオンが導入される結果として、パターン付与イオン交換面の全面にカリウムイオンが導入された、電界印加イオン交換法による、両面均一イオン交換層を有する両面化学強化ガラスを得ることができる。
【0046】
ステップ3において、パターン付与イオン交換面の非カリウムイオン交換部分に導入するカリウムイオン層の厚さl3は、一般的に5μm以上、好ましくは10~50μmであってよい。パターン付与イオン交換面の非カリウムイオン交換部分に導入するカリウムイオン交換層は、その厚さに係わらず、2ステップ法によるパターン付与イオン交換面の強度と比べて、ガラス板の強度を向上させるので、このカリウムイオン交換層の厚さl3は特に限定されないが、このカリウムイオン交換層の厚さl3が全面にカリウムイオン交換されているカリウムイオン交換層の厚さを決めるので、その厚さl3は5μm以上、好ましくは10~50μmであることが好ましい。
【0047】
また、パターン付与イオン交換面の非カリウムイオン交換部分に導入するカリウムイオン層の厚さl3は、パターン付与イオン交換面のカリウムイオン交換部分のカリウムイオン層の厚さl1に対して、1/1以下、95/100以下であることが好ましく、90/100以下、85/100以下であってよいが、1/3以上、さらに1/2以上の厚さであることが好ましい。ステップ3で導入するカリウムイオン層の厚さl3が、ステップ1で形成したカリウムイオン層の厚さl1より小さいとき、ステップ2で形成したイオン交換面への影響を小さくできるので、好ましい。しかし、好ましくはないが、ステップ3で導入するカリウムイオン層の厚さl3が、ステップ1で形成したカリウムイオン層の厚さl1より大きくなる程度が小さければ、3ステップ法の利益は残り得る。ステップ1とステップ3で導入されるカリウムイオン層の厚さl1とl3の差が大きいことは、ステップ3後のパターン付与イオン交換面の強度に対して、ステップ1で導入されたカリウムイオン層の厚さl1の寄与を小さくする。カリウムイオン交換層の厚さは、印加する電気量で制御することができる。各カリウムイオン交換層の厚さは、反りが発生しないようにステップ1~3の交換条件をバランスさせることが好適である。
【0048】
(ステップ4)
本発明によれば、任意に、ステップ3で製造した両面化学強化ガラス板の側面にも、特に浸漬イオン交換法でカリウムイオンを導入してもよい。両面化学強化ガラス板の側面にもカリウムイオンを導入してイオン交換すると、両面化学強化ガラス板の強度がより向上する。なお、上記3ステップ法のステップ1~3の際には、必須ではないが、ガラス板の側面をテフロン(登録商標)などの保護膜で保護しておくことができる。浸漬イオン交換法は公知である。
【0049】
(ステップ5)
本発明の第一の側面によって得られる両面化学強化ガラス板は、電界印加イオン交換法で化学強化されるので、所望の深さまで高いカリウムイオン濃度をもつカリウムイオン交換層を形成することができる。カリウムイオン交換層は、深くまで高いカリウムイオン濃度をもつので、アニールなどで、表面の浅い部分の圧縮応力を緩和させても、高い破壊靭性値を有することができる。例えば、図14(a)を参照すると、カリウムイオン交換層を45μmまでカリウムイオン濃度及び圧縮応力がほぼ一定になるように形成した後、表面の深さ20μmの圧縮応力を緩和させた場合、深さ20μmから45μmまでの深さにおいて高い圧縮応力を維持することができるので、図14(b)に見られるように、高い破壊靭性値が維持される。両面化学強化ガラス板の表面の圧縮応力を緩和すると、強度はいくらか低下するが、破壊靭性を安定化(信頼性向上)できる。表面の応力緩和部分の厚さは、限定されないが、例えば、1~5μmであってよい。
【0050】
本発明のこの側面によれば、上記の3ステップ法により、両面化学強化ガラス板が提供され、この両面化学強化ガラス板は、電界印加イオン交換法で化学強化されているので、形成される強化層はステップ状の急峻な濃度分布に起因した圧縮応力分布を両面に有するイオン交換層となり、強化面の強度が優れている。また、従来の2ステップ法の両面化学強化ガラス板と比べて、ガラス板の両面の全面において、電界印加イオン交換法で化学強化されているので、両面とも強度が優れている。また、電界印加イオン交換法によれば、浸漬イオン交換法よりも100℃以上も低温で、数時間という短時間で化学強化ガラス板を製造し得、連続プロセスにも適用し得る。さらに、用いる溶融塩が少なく、その濃度も維持し得るため、現状の浸漬法のプロセスと比較して、溶融塩濃度の制御や精製、廃棄のコストを大幅に低減することもできる。
【0051】
(電界印加イオン交換法の変形例)
さらに、本発明のもう1つの態様において、固体電解質として、KNO含浸アルミナ多孔質基板に代えて有機無機ハイブリッド材料を用いて電界イオン交換を行うことができる。たとえば、カリウム含有有機無機ハイブリッドゾルの製膜は、好適な一例には次のような方法によることができる。アルカリ含有有機無機ハイブリッド材料の原料には、KOH(和光純薬製)と有機無機ハイブリッドモノマーの2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン(APTMS、チッソ(株)製)を用いる。有機無機ハイブリッドモノマー(APTMS)にKOHを溶媒を用いずに直接添加して、ガラス密閉容器の中で撹拌する。KOH/APTMS比は例えば0.8とする。カリウム含有有機無機ハイブリッドゾルの製膜は、N2雰囲気でのスクリーン印刷法で行う。スクリーン印刷法の概略図を図4に示す。スクリーン印刷法を用いればスペーサーとなる枠の厚さを調節することで、スピンコートでは作製できない厚さ50μm以上の厚膜を作製することができる。
【0052】
カリウムイオン交換の好適な一例を次に示す。電界印加イオン交換の模式図を図5に示す。ソーダライムシリカガラス基板(70.7SiO2-12.5Na2O-10.1CaO-6.5MgO-0.1Al2O3)の下面にAgを(例えば15mm×15mmの大きさに)スパッタして陰極とする。カリウム含有有機無機ハイブリッドゾルをスクリーン印刷法でソーダライムシリカガラス基板上面に(例えば15mm×15mmの大きさに)成形し、熱処理してカリウム含有有機無機ハイブリッド膜を成膜する。カリウム含有有機無機ハイブリッド膜の上面にAgをスパッタして陽極を作製し、電界印加イオン交換を行う。イオン交換温度は例えば200℃とし、印加電圧は例えば100Vとする。
【0053】
次に、プロファイル測定はたとえば次のように行われる。カリウムイオン交換後、ハイブリッド膜をガラス表面からはがし、GDOES(グロー放電発光分光分析)により組成プロファイルを求める。図6に、実際に求めたNa, Kの比率を示す。表面3μmにわたってステップ関数状にカリウムイオンが導入され、イオン交換が行われていることが確認された。交換厚さは、電界印加電流から見積もられる厚さとほぼ一致した。
【0054】
以上のような方法で、KNO含浸アルミナ多孔質基板に代えて有機無機ハイブリッド材料を用いて、上記ステップ1~ステップ3により、本発明の両面化学強化ガラスを得ることができる。
【0055】
さらに、上記の本発明の両面化学強化ガラスの製造方法は、図7に模式的に示すように、少なくとも表面が固体電解質で形成された、1対のローラー(すなわちローラー状多孔体塩浴)13,13‘および14,14’をステップ1およびステップ2の2段階で設け、その1対のローラー間にガラス板15を連続して通過させることにより、ステップ1のローラーで片面にパターン付与されたイオン交換層を形成し、ついでステップ2の電極の極性を反対とするローラーで均一なイオン交換層をもう1つの片面に形成させ、さらにステップ3の電極の極性を反対とするローラーで、パターン付与イオン交換面の非イオン交換部分にもイオン交換層を形成させる連続方式とすることもできる。交換量(厚み)は電気的に制御され、反りが発生しないようにステップ1~3の交換条件をバランスさせることが好適である。
【0056】
(両面化学強化ガラス板)
本発明のもう一つの側面によれば、両面の全面又は主要部に均一なカリウムイオン交換層を有する両面化学強化ガラス板が提供される。本発明により提供される両面化学強化ガラス板は、電界印加化学強化ガラス板でありながら、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の両面において、しかも両面ともその全面又は主要部において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されたカリウムイオン交換層(カリウムイオン交換層)を含むことを特徴とする。
【0057】
ここで、均一なカリウムイオン交換層とは、特許文献2に開示されているガラス板における表面に微細な寸法で、カリウムイオン交換層が形成された領域と形成されていない領域とを含むパターン付与強化面ではなく、ガラス板の表面のマクロな面積(全面又は主要部)において、カリウムイオン交換層が形成されていない微細な寸法の領域を含まず、当該面積において連続のカリウムイオン交換層が形成されていることを意味する。ガラス板の当該表面において、連続のカリウムイオン交換層が存在することで、ガラス板において十分な強化強度を有することが可能にされる。しかし、カリウムイオン交換層の深さは、十分な強化強度を実現する深さがあればよく、当該表面においてカリウムイオン交換層の深さが同一でなくてもよい。また、ガラス板の表面の主要面とは、ガラス板の強化する表面の全面でなくてもよく、強化を必要としない表面は除外してよいという意味であり、ガラス板の表面の強化したい部分、ガラス板を強化できるマクロな面積であればよいという意味である。限定されないが、例えば、ガラス板の表面の半分以上の面積を占める連続領域であってよい。
【0058】
ガラス板の両面の全面にカリウムイオン交換層を有することは、例えば、EPMAでガラス板の表面を観察し、ガラス板の表面に存在するカリウムを観察することで、確認することができる(図14参照)。
【0059】
カリウムイオン交換層が、電界印加化学強化法で形成されたことは、化学強化ガラス板の深さ方向における圧縮応力又はカリウムイオン濃度を測定することによって確認することができる。従来の浸漬法による化学強化ガラス板では、カリウムイオンのガラス板中への侵入は相互拡散によるので、カリウムイオン濃度は、理論的には図2(a)に示す誤差関数に従い、深さ方向に指数関数的に濃度が減少する。すなわち、カリウムイオン濃度Sは、表面の濃度点Cとゼロ濃度点Cとを結ぶ仮想直線Lに対して、下に凸の濃度分布を有する。これに対して、本発明の電界印加法によれば、カリウムイオンは電界によってガラス板中への侵入し、ナトリウムおよび/またはリチウムイオンと交換されるので、図2(b)に模式的に示すように、カリウムイオン濃度は深さ方向に維持される傾向があり、ある深さ付近から急激に濃度低下する。すなわち、カリウムイオン濃度Sは、表面の濃度点Cとゼロ濃度点Cとを結ぶ仮想直線Lに対して、上に凸の濃度分布の領域を有する。そして、化学強化ガラス板の圧縮応力分布は、基本的に、カリウムイオン交換層のカリウムイオン濃度分布と相関関係にある。図2(a)(b)に示すカリウムイオンの濃度分布曲線は、あくまでも模式的な例であり、実際の曲線はそれから変化し得るが、電界印加によるか否かによって、上記の仮想直線Lに対して上に凸の濃度分布の領域を有するか否かは、本質的に維持される。
【0060】
本発明においては、カリウムイオン交換層が、電界印加化学強化法で形成されたことは、一義的に、化学強化ガラス板の深さ方向における圧縮応力を測定することによって確認できる。両面化学強化ガラス板におけるカリウムイオン濃度を測定することは不可能ではなく、必要に応じて、カリウムイオン濃度分布を測定して、電界印加化学強化層であることを確認してもよい。しかし、両面化学強化ガラス板における深さ方向の応力分布を測定して、その応力分布から電界印加化学強化されていることを確認することが、簡単であり、かつ信頼性もある。圧縮応力分布は、カリウムイオン濃度分布と基本的に対応する関係にあるのみならず、圧縮応力分布は、カリウムイオン濃度分布より、両面化学強化ガラス板の化学強化の指標としてより直接的な指標である。そこで、本発明では、圧縮応力分布によって電界印加化学強化層であることを確認する。
【0061】
こうして、本発明により提供される両面化学強化ガラス板は、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の両面の全面においてナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されたカリウムイオン交換層を含み、両面のカリウムイオン交換層のそれぞれが、ガラス板の表面から深さ方向の圧縮応力分布において、最大圧縮応力値(測定値)をガラス板の表面(深さゼロ)における圧縮応力値とする仮想点(最大圧縮応力値(測定値)はガラス板の表面(深さゼロ)における測定値であってもよい)と、圧縮応力値がゼロである点とを結ぶ仮想直線に対して、圧縮応力分布曲線が高圧縮応力側に凸の領域を有することを特徴とする。ここで、圧縮応力値がゼロ付近で圧縮応力分布曲線の裾野が長い場合には、圧縮応力値がゼロの点に代えて、最大圧縮応力値の5%の点を仮想直線の一端に採用してよい。
【0062】
本発明の両面化学強化ガラス板では、両面のカリウムイオン交換層のそれぞれが、ガラス板の表面から深さ方向の圧縮応力分布において、カリウムイオン交換層の厚さの半分の厚さにおいて圧縮応力が最大圧縮応力値の半分より大きいことが好ましい。また、圧縮応力分布曲線が上記仮想直線に対して高圧縮応力側に存在する凸の領域の厚さの合計厚さが、ガラス板の表面(深さゼロ)から圧縮応力ゼロまでの厚さを基準(100%)として、100%以下、40%以上、さらには50%以上、70%以上を占めてよい。また、圧縮応力分布曲線と上記仮想直線との間で形成される面の面積は、高応力側に形成される面の面積が低濃度側に形成される面の面積より大きいことができ、高濃度側の面積は低応力側の面積に対して1.5倍以上であることが好ましい一方、低濃度側の面積は高応力側の面積に対して多くても1.5倍未満である。
【0063】
一つの好ましい態様において、両面のカリウムイオン交換層のそれぞれが、ガラス板の表面から深さ方向の圧縮応力分布において、ガラス板の表面(深さゼロ)において最大圧縮応力値(測定値)を有する。したがって、ガラス板の表面(深さゼロ)における最大圧縮応力値(測定値)と圧縮応力値がゼロである点とを結ぶ仮想直線に対して、圧縮応力分布曲線が高圧縮応力側に凸の領域を有する。
【0064】
なお、参考のために述べると、本発明により提供される両面化学強化ガラス板におけるカリウムイオン濃度分布を測定して、電界印加化学強化であることを確認する場合には、上記の圧縮応力分布曲線におけると同様に、ガラス板の表面から深さ方向のカリウムイオン濃度において、最大カリウムイオン濃度(測定値)をガラス板の表面(深さゼロ)におけるカリウムイオン濃度値とする仮想点(最大カリウムイオン濃度値(測定値)はガラス板の表面(深さゼロ)における測定値であってもよい)と、カリウムイオン濃度がゼロの点とを結ぶ仮想直線に対して、あるいは元ガラスにカリウムイオンがもともと含まれている場合には元ガラスに含まれているカリウムイオン濃度と一致する点とを結ぶ仮想直線に対して、カリウムイオン濃度曲線が高濃度側に凸の領域を有するか否かで判断する。ここで、カリウムイオン濃度値がゼロ付近で濃度曲線の裾野が長い場合には、カリウムイオン濃度がゼロの点に代えて、最大カリウムイオン濃度と元ガラスに含まれているカリウムイオン濃度の差の5%の点を仮想直線の一端に採用してよい。
【0065】
また、一つの好ましい態様において、ガラス板の両面の最大圧縮応力値(測定値)は800MPa以上、さらには850MPa以上であることができる。
【0066】
(応力分布測定)
ガラス板の応力分布測定(FSM)は、図8(a)を参照すると、ガラス板の表面に所定の角度で光を入射させると、ガラス板内で全反射されてガラス板の表面から出射する光から、深さ方向の屈折率を知ることができる。深さ方向の屈折率は、イオン交換層における光伝搬効果に基づく。図8(b)に示すように、入射光側及び出射光側のガラス板の表面にプリズムを配置して、直線偏光を当てて、複屈折した偏光の位相差(P波とS波の屈折率の差)を観測でき、深さ方向の応力分布σ(x)は、下記式(1)により計算することができる。図8(c)に観測された干渉縞の例を示す。
【数1】
(式中、C:光弾性定数
Δn(x):P波とS波に対する屈折率の差)
例えば、一例では、ガラスの屈折率は1.52、光弾性定数は26.5(nm/cm)/MPa、用いた光の波長は596nm、アルゴリズムの屈折率は1.71である。
【0067】
図2を参照すると、カリウムイオン濃度はそのまま圧縮応力に読み替えることができるので、縦軸が圧縮応力を表すとすると、圧縮応力分布曲線Pが仮想直線Xに対して高圧縮応力側に凸の領域pは、その領域の厚さの合計厚さが、ガラス板の表面Cからゼロ応力点Cまでの厚さ(深さ)を基準(100%)として、100%以下、40%以上、50%以上、さらには70%以上を占めることが好ましい。また、本発明によれば、上記仮想直線と圧縮応力分布曲線との間で形成される面の面積は、上記仮想直線より高圧縮応力側の面積が上記仮想直線より低圧縮応力側の面積より大きいことができ、高濃度側の面積は低応力側の面積に対して1.5倍以上であることが好ましい一方、低圧縮応力側の面積は高圧縮応力側の面積の高々1.5倍未満であってよい。
【0068】
図9-1(a)(b)に、3ステップ法により得られる電界印加イオン交換ガラス板の圧縮応力分布の例を示す。図9-1(a)は均一イオン交換面の圧縮応力分布であり、図9-1(b)はパターン付与イオン交換面のステップ3後の圧縮応力分布である。参考のために、図9-2(a)に、2ステップ法により得られる電界印加イオン交換ガラス板の均一イオン交換面の圧縮応力分布の例を示し、図9-2(b)に、浸漬イオン交換ガラス板の圧縮応力分布の例を示す。図9-1(a)(b)の両方とも、最大圧縮応力が1000MPa以上と浸漬法の700MPaより高く、しかも、圧縮応力分布曲線が仮想直線Xの上に凸の形状(凸の領域を有する形状)であり、比較的に深くまで高い圧縮応力を維持しており、図9-2(b)に示す浸漬イオン交換法のように表面近くでの急激な圧縮応力の低下は見られない。なお、図9-1(a)(b)において、圧縮応力分布の測定値は、FSM(屈折率の深さ方向分布および光弾性効果の関係)によって求めたものであり、計算値はそれを多項式近似式で表したものである。
【0069】
本発明の両面化学強化ガラス板は、ナトリウムおよび/またはリチウム含有ガラス板の両面の全面において、ナトリウムイオンおよび/またはリチウムイオンがカリウムイオンで置換されて、カリウムイオン交換層を有し、化学強化されている。ガラス板の両面の全面においてカリウムイオン交換がされていることは、上記のように、例えば、SEM-EDSで確認することができる(図13が参照される)。
【0070】
本発明の両面化学強化ガラス板は、ガラス板の一方の表面(均一イオン交換面)では、カリウムイオン交換層の厚さが全面で均一であり、ガラス板の他方の表面(パターン付与イオン交換面)では、同様にカリウムイオン交換層の厚さが均一であってよいが、カリウムイオン交換層の厚さが選択的領域において残りの領域と比べて相対的に小さくてもよい。特に、ガラス板の前記他方の表面(パターン付与イオン交換面)において、カリウムイオン交換層の厚さが相対的に小さい領域が、残りの厚さが相対的に大きい連続領域(マトリックス)の中にある単離領域であって、全体として海/島構造をなしていてよい。
【0071】
カリウムイオン交換層の厚さは、特に限定されないが、とりわけ、スマートフォンなどの携帯電子機器の用途において、両面において、一般的に5μm以上、好ましくは10~50μm、さらには15~50μmであってよい。ここで、化学強化面の強度は、一義的には、全面に存在するカリウムイオン交換層の厚さによって決まるので、カリウムイオン交換層の厚さとは、均一イオン交換面では、そのカリウムイオン交換層の厚さであり、一方、パターン付与イオン交換面(全面化学強化後)では、全面に存在するカリウムイオン交換層の厚さ、厚さが相対的に小さい部分があればその部分の厚さを指称する(図3-2で(d)は厚さl)。
【0072】
カリウムイオン交換層の厚さは、化学強化ガラス板の表面から深さ方向に圧縮応力分布を測定し、圧縮応力がゼロ(圧縮応力から引張応力への変換点)になるまでの厚さである。化学強化ガラス板の応力分布は、先に説明したように、屈折率測定を利用するFSM法で測定することができる。ただし、化学強化ガラス板の表面方向においてカリウムイオン交換層の厚さに差がある場合、すなわち、カリウムイオン交換層の厚さが大きい部分と、厚さが小さい部分がある場合には、FSM法測定では、圧縮応力がゼロになる点は、厚さが大きい部分の厚さを表す。厚さが小さい部分の厚さは、得られた圧縮応力分布曲線から分析して求めることができるほか、化学強化ガラス板のカリウムイオン濃度をSEM-EDSで観察して直接に求めるとか、圧縮応力分布曲線とSEM-EDS観察結果から総合的に求めることができる。
【0073】
本発明では、第一の側面で説明した3ステップ法で製造した両面化学強化ガラス板においては、パターン付与イオン交換面では、ステップ1で導入したカリウムイオン交換層の部分の厚さl1と、ステップ3で導入したカリウムイオン交換層の部分の厚さl3とを有する。一般的に、ステップ3で新たに導入したカリウムイオン交換層の部分の厚さl3が、ステップ1で導入したカリウムイオン交換層の部分の厚さl1より小さいが、その相対的に小さい厚さl3が一般的に5μm以上、好ましくは10~50μm、さらには15~50μmであってよい。また、相対的に小さい厚さl3は、相対的に大きい厚さl1に対して、95/100以下、90/100以下、85/100以下であること、1/3以上、1/2以上、2/3以上の厚さであることが好ましい。
【0074】
両面化学強化ガラス板の強度の観点からは、カリウムイオン交換層の厚さ、面内において厚さに差があるときは、相対的に小さい厚さの部分の厚さが、上記の如く、一般的に5μm以上、好ましくは10~50μm、さらには15~50μmであってよいが、ステップ1~3で導入される各カリウムイオン層のステップ3後の厚さが、下記の関係であることは好ましい。ステップ3で新たに導入されるカリウムイオン層の厚さと、ステップ1で導入されたカリウムイオン層のステップ3後の厚さとの比は、30~95:70~5、さらに60~80:40~20であることが好ましく、ステップ1で導入されたカリウムイオン層のステップ3後の厚さと、ステップ2で導入されたカリウムイオン層のステップ3後の厚さとの比は、50~30:~50:70、さらに55~45:~45:55であることが好ましい。
【0075】
本発明の両面化学強化ガラス板は、湾曲ガラスであってよい。とりわけ、自動車用窓ガラスでは湾曲ガラスが好適に用いられる。自動車用窓ガラスに好適なガラス板、湾曲ガラス板は知られている。自動車用窓ガラスの厚さは、例えば、3~8mm、さらに2~5mmであってよい。自動車用窓ガラスに形成するカリウムイオン交換層の厚さは両面を合わせて、例えば、300~800μm、さらに50~300μmであってよい。ガラスの厚さ及びカリウムイオン交換層の厚さが大きい場合、ステップ1における非イオン交換部の寸法は、上記と同じでも、あるいはより大きくしてもよい。
【0076】
本発明の両面化学強化ガラス板は、ガラス板の側面(エッジ)も化学強化されてよく、この化学強化は浸漬法によるものでよい。側面(エッジ)の化学強化層の厚さは5~50μmでよい。
【0077】
本発明の両面化学強化ガラス板は、表面付近の圧縮応力が緩和されても、それより深い領域において高い圧縮応力が維持されていれば、ガラス板の化学強化された強度は維持され得る。化学強化ガラス板の表面を応力緩和すると、強度は低下するが、破壊靭性の信頼性の高いガラスを得ることができる。このとき、応力緩和されていないカリウムイオン交換層の厚さが、好ましくは10~50μm、さらには15~50μmであることが好ましく、表面の応力緩和部分の厚さは、例えば1~5μmであってよい。
【0078】
図10に、未強化ガラス板、2ステップ強化ガラス板、3ステップ強化ガラス板についての破壊強度(降伏曲げ応力)のワイブルプロットの例を示す。図10は、横軸は降伏曲げ応力(MPa)、縦軸は破壊確率(%)を示すが、上と右の目盛りはその絶対値、下と左の目盛りはそれらの対数値である。図中、×は未強化ガラス板であり、四角(□、■)は2ステップ法のガラス板、丸(〇、●)は3ステップ法のガラス板であるが、それぞれ黒塗り(■、●)は均一イオン交換面、白抜き(□、〇)はパターン付与イオン交換面を表す。未強化ガラス板は、低強度、低信頼性である。2ステップ法のガラス板では、均一イオン交換面では、高強度、高信頼性であるが、パターン付与イオン交換面では、低強度、低信頼性である。一方、3ステップ法のガラス板では、均一イオン交換面とパターン付与イオン交換面の両面とも、高強度、高信頼性である。
【0079】
(強化ガラス板の破壊靭性値)
化学強化ガラス板の破壊靭性値(見かけの破壊靭性値)は次のように計算できる。図11はガラス板の模式断面を示し、ガラス板の表面に深さcのクラックがあり、引張り応力σがかかるときに、深さxでは残留応力σ(x)であり、見かけの破壊靭性値Tは、下記式(2)で計算できる。
【数2】
(式中、T:見かけの破壊靭性値、
:ガラス素材がもつ破壊靭性値、
:圧縮応力層寄与分の破壊靭性値、
σ(x):残留応力、
g(x):グリーン関数、
x:表面からの深さ、
Ψ:幾何係数)
ここに、応力分布関数σ(x)は、下記多項式(3)
【数3】
で表すことができ、例えば、下記表1に示すn=0からn=12までの値で計算できる。
【表1】
【0080】
(応力拡大係数)
ガラス板では、破壊強度は応力に対して一定ではなく、ガラス板表面が不可避的に有するクラック長に依存して破壊応力が一定ではない。ガラス板の破壊挙動は、図11に示したクラック長cを有するガラス板をモデルとすると、下記式(4)で計算される応力拡大係数Kが見かけの破壊靭性値Tに対して、K≧Tのとき、破壊が進展する。
【数4】
(式中、σ:負荷応力、
Ψ:幾何係数、
c:クラック長)
【0081】
上記の計算式を用いて、未強化ガラス板(基準品)、浸漬イオン交換ガラス板、2ステップ法の均一イオン交換面、3ステップ法の均一イオン交換面及びパターン付与イオン交換面のそれぞれについて、応力拡大係数K(MPa・μm1/2)を計算した結果を、図12に見かけの破壊靭性値Tのグラフとして示す。図12では、横軸がクラック長を示し、縦軸に見かけの破壊靭性値Tを示し、図中の右上がりの直線群が負荷応力(応力拡大係数Kに基づく)を示す。図12において、見かけの破壊靭性値Tのグラフが各負荷応力(応力拡大係数K)の直線と交差するとき、もしこの長さ以上に相当するクラック長を有するクラックがガラス表面に存在していたら破壊する。図12によれば、例えば、浸漬イオン交換法ガラス板は、負荷応力が600MPaまではクラック長2.7μmまで破壊しないが、900~1300MPa以上になるとクラック長1.6~0.5μmで破壊するので、破壊靭性は応力によってバラツキがあり、低強度、低信頼性である。一方、2ステップ法ガラス板の均一イオン化面では、負荷応力が1300MPaでもクラック長3.5μm程度まで破壊しないので、破壊靭性は高強度で、信頼性が高い。また、3ステップ法ガラス板では、均一イオン化面において、負荷応力が1000MPaでもクラック長5μm程度まで破壊しないので、破壊靭性は高強度で、信頼性が高いのみならず、パターン付与イオン化面においても、負荷応力が1000MPaでもクラック長4μm程度まで破壊しないので、破壊靭性は高強度で、信頼性が高い。図12の見かけの破壊靭性値のグラフは、ワイブル係数(mとσ)と相関があり、図12によれば、浸漬イオン交換ガラス板と比べて、3ステップ法の均一イオン交換面及びパターン付与イオン交換面は、2ステップ法の均一イオン交換面と同様に、いずれも、優れた破壊靭性(高い破壊靭性値と、大きいワイブル係数)が示されている。
【0082】
このように、本発明の両面化学強化ガラス板は、ガラス板の両面における破壊靭性値(見かけの破壊靭性値)が800MPa以上であり、好ましくは900MPa以上、さらに10000MPa以上、11000MPa以上であることができる。また、ガラス板の両面における見かけの破壊靭性値は、例えば、15000MPa以下であってよい。そのワイブル係数は、5以上であり、好ましくは10以上、さらに15以上、20以上であることができ、例えば、50以下であってよい。本発明の両面化学強化ガラス板は、ガラス板の両面における見かけの破壊靭性値が1000MPa以上であり、そのワイブル係数が10以上、さらに15以上、20以上であることが好ましい。また、両面における見かけの破壊靭性値及びワイブル係数は、いずれも、大きい方の値を100%として、50%以上、75%以上、85%以上であることができる。
【0083】
図13に、ガラス板の深さ方向の圧縮応力分布のパターンと、破壊靭性のパターンとの関係を示す。圧縮応力が深さ方向により深く迄より高く維持されているほど(圧縮応力カーブ4から1へ)、破壊靭性が優れることが示されている。カーブ1から4まで破壊靭性は同じ上に凸のカーブであるが、例えば、クラック長がc/2のとき、カーブ4から1へ破壊靭性(強度)が高くなっている。すなわち、クラック分布が同じであれば、圧縮応力分布が上に凸であるほど、破壊靭性(強度)が高い。したがって、圧縮応力分布が下に凸であると、破壊靭性(強度)はさらに低下する(図12の浸漬イオン交換法ガラスのカーブが参照される)。このように、本発明の両面化学強化ガラス板において、圧縮応力分布が上に凸であることは、破壊靭性(強度)が高いという効果を有する。また、図12に戻ると、本発明の両面化学強化ガラス板の破壊靭性(強度)が両名において浸漬イオン交換法と比べて顕著に向上し、優れていることが見られる。
【0084】
図14に、内部において高い圧縮応力を有するガラス板の表面で応力緩和した場合の破壊靭性を示すが、図14(a)は様々に応力緩和した場合の圧縮応力分布、図14(b)はそれらに対応する破壊靭性を示す。図14(a)(b)から、応力緩和の程度が大きくなるほど(カーブ番号1から6へ)、強度は低下するが、破壊靭性のカーブが下に凸の形状になるので、破壊靭性の信頼性が高くなることが認められる。
【0085】
本発明の両面化学強化ガラス板は、従来の浸漬イオン交換法による製品と比べて、強度に優れ、また板厚を薄くすることも可能であり、さらに低コストである。
【0086】
(両面化学強化ガラス板の応用製品)
本発明によって提供される両面化学強化ガラス板は、強度に優れるので、また板厚を薄くすることも可能であり、低コストであるので、スマートフォン、タッチパネル、タブレット型端末などの表示装置のパネル、ハードディスク基板などとして好適に使用できる。また、強度に優れ、生産性にも優れるので、自動車用窓ガラス、インテリア用ガラスカバーなどにも好適に使用可能である。
【0087】
本発明の第一の側面及び第二の側面では、主にスマートフォンなどのパネルを念頭に、ガラス板の厚さ、カリウムイオン交換層の厚さ、ガラス板の破壊脆性値などを記載したが、本発明を例えば自動車用窓ガラスに適用する場合には、ガラス板の厚さ、カリウムイオン交換層の厚さ、ガラス板の破壊脆性値などを、それより大きくすることができることは明らかである。また逆に、小型で薄いガラス板の用途では、それらを小さくすることもできる。
【実施例
【0088】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
実施例では、上記に説明した測定方法を用いた。
【0089】
(Kイオン交換層の確認)
SEM-EDS(JEOL製JCM-6000)を用いて、ガラス板の表面及び横断面におけるナトリウム、カリウムを観察した。ガラス板の表面の観察によって、Kイオン交換層がガラス板の全面に形成されているか否か確認した。また、本発明ではKイオン交換層の厚さは応力分布から求めるが、参考のために、ガラス板の横断面のSEM-EDS観察によっても、Kイオンが実質的にゼロになるまでの厚さから、Kイオン交換層の厚さを測定した。
【0090】
(屈折率及び応力分布の測定)
図8(b)に示すように、ガラス板の表面にプリズムを配置して、直線偏光を当てて、複屈折した偏光の位相差(P波とS波の屈折率の差)から、深さ方向の応力分布σ(x)を、下記式(1)により計算した。
【数5】
(式中、C:光弾性定数
Δn(x):P波とS波に対する屈折率の差)
なお、ガラスの屈折率は1.52、光弾性定数は26.5(nm/cm)/MPa、用いた光の波長は596nm、アルゴリズムの屈折率は1.71であった。
また、得られた応力分布に基づいて、ガラス板の表面から圧縮応力がゼロになるまでの厚さから、Kイオン交換層の厚さを決定した。
【0091】
(降伏曲げ応力の測定)
ガラス板の降伏曲げ応力(破壊強度)を、リングオンリング試験法で測定した。図15を参照すると、ガラス板21を直径が大小の鋼鉄製リング22,23の間に置き、小リング22側から圧力をかけて、ガラスが破壊するときの圧力を求めて、ガラスの降伏曲げ応力を評価する。小リング22としてガラスとの接触リング径1cm、大リング23としてラスとの接触リング径3cmのリングを用いた。
【0092】
(見かけの破壊靭性値)
先に記載したようにして、式(2)~(4)を用いて化学強化ガラス板の破壊靭性値(見かけの破壊靭性値)を算出した。
【0093】
実施例1
平均細孔径が約700nmのアルミナ多孔質基板(直径40mmの円板、厚さ1mm)であって、基板の板厚方向に直径500μmの多数の貫通孔が縦横それぞれ1000μm間隔で開口されているアルミナ多孔質基板に、硝酸カリウム(KNO)融液を含浸させ、KNO含浸アルミナ多孔質基板を得た。
【0094】
温度300℃に加熱した加熱炉中において、ソーダ石灰ガラス板(直径75mmの円板、厚さ1.3mm)を、金属電極(陰極)上のKNO溶融塩(アルミナ粉を含むペースト)上に置き、さらにその上にKNO含浸アルミナ多孔質基板/金属電極(陽極)を置き、直流電圧200Vを印加して約25分間、保持した(ステップ1:図3-1(a)に模式図を示す。)。
【0095】
得られたソーダ石灰ガラス板は、KNO含浸アルミナ多孔質基板の貫通孔の部分は、Kイオンが導入されず、貫通孔以外のKNO含浸アルミナ多孔質基板の表面と接触していた部分は、Kイオンが導入されていた。図16に、ソーダ石灰ガラス板の表面のカリウムイオンの分布をμ-XRF装置で測定したマップを示すが、黒色の部分にはカリウムイオンが存在しない。図16(a)を参照すると、ガラス板の全体にKイオンが存在するが、上下左右に整列したドットの部分だけにはKイオンが存在しない。ソーダ石灰ガラス板はパターン付与イオン交換されている。Kイオン交換層の設計厚さlは、約30μmとした。
【0096】
ついで、平均細孔径が約700nmで貫通孔を有していないアルミナ多孔質基板に、硝酸カリウム(KNO)融液を含浸させ、KNO含浸アルミナ多孔質基板(陰極)を用意し、その上にステップ1の陽極側イオン交換処理面を置き、これと反対側のソーダ石灰ガラス板面全体をKNO溶融塩(陽極)に接触させて、350℃、200Vで、約25分間、保持した(ステップ2:図3-1(b)に模式図を示す。)。図16(c)に、ソーダ石灰ガラス板のパターン付与イオン交換面と反対面(均一イオン交換面)のカリウムイオンの分布を示すが、黒色部分は存在せず、全面にKイオンが存在している。応力分布測定により測定したカリウムイオン交換層の設計厚さlは、約46μmとした。
【0097】
次に、両面Kイオン交換されたソーダ石灰ガラス板のKイオンが全面に導入された表面(均一イオン交換面)を、別のKNO含浸アルミナ多孔質基板(陰極)上に置き、これと反対側のソーダ石灰ガラス面(パターン付与イオン交換面)上に、KNO溶融塩(アルミナ粉を含むペースト)/金属電極(陽極)を配置し、350℃、200Vで、約25分間、保持した(ステップ3:図3-2(c)に模式図を示す。)。ステップ1の非イオン交換部分にステップ3で新たにKイオンが導入される部分におけるカリウムイオン交換層の設計厚さlは、約25μmとした。ステップ3後のステップ1のパターン付与イオン交換部分の厚さlの設計値は、約35μmである。ステップ3後のステップ2の均一イオン交換部分の厚さlの設計値は、約43μmである。
【0098】
図16(b)に、ステップ3後における、ソーダ石灰ガラス板のパターン付与イオン交換面のカリウムイオンの分布を示すが、カリウムが含まれていないことを示す黒色部分はもはや存在せず、図16(a)における黒色ドット部分であった部分を含む全面にKイオンが存在し、全面に均一にKイオンが導入されていることが確認される。このとき、反対面のKイオン分布に変化はなく、Kイオンは全面に導入されたままである。
【0099】
実施例2
実施例1の3ステップ法で製造した両面化学強化ガラス板について、リングオンリング法で、両面の降伏曲げ応力を測定し、ワイブル係数も算出した。また、比較のために、実施例1で用いたソーダ石灰ガラス板について、化学強化前のガラス板の降伏曲げ応力を測定し、ワイブル係数を求めた。さらに、実施例1において2ステップが完了した段階の両面化学強化ガラス板について、その両面の降伏曲げを測定し、ワイブル係数も求めた。
【0100】
これらの結果をワイブルプロットとして図10に示し、降伏曲げ応力(平均値)及びワイブル係数の値を表2に示す。
【表2】
【0101】
2ステップ法では、均一イオン交換面の脆性破壊強度及び信頼性が優れているが、パターン付与イオン交換面の脆性破壊強度及び信頼性が低いこと、3ステップ法では、均一イオン交換面及びパターン付与イオン交換面の両面における脆性破壊強度及び信頼性が優れていることが確認される。
【0102】
実施例3
実施例1の3ステップ法で製造した両面化学強化ガラス板について、圧縮応力分布測定(FSM法)を行い、表面から深さ方向における屈折率から、圧縮応力分布を求めた。図9-1(a)は3ステップ後の均一イオン交換面の圧縮応力分布、図9-1(b)は3ステップ後のパターン付与イオン交換面の圧縮応力分布を示す。
カリウムイオン交換層の厚さは、ステップ1後のパターン付与イオン交換面でl=28μm、ステップ2後の均一イオン交換面でl2=47μmであり、ステップ3後は、ステップ1後のパターン付与イオン交換面の非イオン交換部分でl=23μm、イオン交換部分でl=35μmであり、ステップ3後の均一イオン交換面でl2=43μmであった。ただし、ステップ3後における、ステップ1後のパターン付与イオン交換面の非イオン交換部分の厚さl3は、SEM-EDS測定によって求めた。
【0103】
図9-1(a)(b)のいずれにおいても、すなわち、3ステップ後は均一イオン交換面及びパターン付与イオン交換面の両面のいずれにおいて、仮想直線Xに対して高圧縮応力側に凸の圧縮応力分布領域を有している(高圧縮応力側の厚さの合計90%以上)。
参考のために、図9-2(a)に、2ステップ法で製造した両面化学強化ガラス板の均一イオン交換面について、同様に測定した圧縮応力分布、図9-2(b)に浸漬イオン交換法による化学強化ガラス板の圧縮応力分布(米国特許第3433611号より引用)を示す。
【0104】
実施例4
実施例1の3ステップ法で製造した両面化学強化ガラス板について、実施例3で求めた圧縮応力分布に基づいて、先に説明した計算方法により、見かけ破壊靭性値を算出した。結果を、図12に示す。同様に、市販の浸漬イオン交換ガラス板、2ステップ法の均一イオン交換面についても、圧縮応力分布を測定し、見かけ破壊靭性値を算出し、図12に結果を示す。
【0105】
図12を参照すると、浸漬イオン交換ガラス板は、負荷応力600MPaでクラック長約2.6μmのとき破壊し、3ステップ法の均一イオン交換面は負荷応力1000MPaでクラック長約5μmのとき破壊し、3ステップ法のパターン付与イオン交換面は負荷応力1000MPaでクラック長約4μmのとき破壊する。したがって、浸漬イオン交換ガラス板と比べて、3ステップ法の均一イオン交換面及びパターン付与イオン交換面は、2ステップ法の均一イオン交換面と同様に、いずれも、優れた破壊靭性(高い見かけの破壊靭性値と、大きいワイブル係数)を示している。すなわち、3ステップ法によれば、両面化学強化ガラス板の両面において、高い破壊靭性と信頼性を有することが示されている。
【0106】
実施例5
図17(a)(b)に、実施例1と同様にして、ステップ3でKイオンが導入されたパターン付与イオン交換面の断面をSEM(SEIモード)観察写真、及びSEM-EDSでKイオンを観察した写真を示す。図17(b)によれば、ステップ1でKイオンが導入されたイオン交換部分の厚さは約35.4μmである。
【産業上の利用可能性】
【0107】
本発明によれば、ディスプレイ用ガラス板や自動車用窓ガラスなどに好適な化学強化ガラスを提供し得る。
【符号の説明】
【0108】
1:反応装置
2:ガラス板
3:陽極
4:陰極
5:カリウムイオン含有電解質
6:電解質
13、13’、14、14’:ローラー
15:ガラス板
21:ガラス板
22,23:リング
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図4
図5
図6
図7
図8
図9-1】
図9-2】
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17