(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-13
(45)【発行日】2023-12-21
(54)【発明の名称】結紮などに適した医療器具
(51)【国際特許分類】
A61B 17/11 20060101AFI20231214BHJP
【FI】
A61B17/11
(21)【出願番号】P 2022510446
(86)(22)【出願日】2021-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2021011479
(87)【国際公開番号】W WO2021193464
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-08-23
(31)【優先権主張番号】P 2020056373
(32)【優先日】2020-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505246789
【氏名又は名称】学校法人自治医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】317011595
【氏名又は名称】帝人メディカルテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109508
【氏名又は名称】菊間 忠之
(72)【発明者】
【氏名】兼田 裕司
(72)【発明者】
【氏名】川邉 康弘
(72)【発明者】
【氏名】三上 勝大
(72)【発明者】
【氏名】平田 滋己
【審査官】豊田 直希
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/039586(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0292793(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0324527(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0106421(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0172625(US,A1)
【文献】特開2004-298501(JP,A)
【文献】米国特許第5741283(US,A)
【文献】中国特許出願公開第111297430(CN,A)
【文献】中国実用新案第213310050(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 17/00-18/00
A61F 2/01
A61N 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
近位端と遠位端とを有する可撓性のストラップ部と、ストラップ部の遠位端に繋がり遠位方向に延在するヘッド部と、ストラップ部の近位端に繋がり近位方向に延在するテール部とを有し、
ヘッド部およびストラップ部は、所望の位置でストラップ部をヘッド部に緊結することができるロック機構を有し、
ロック機構によって緊結されるとストラップ部の遠位端側の部分およびヘッド部によって所望の大きさの環を形成することができ、
少なくとも環を形成
したストラップ部の遠位端側の部分
およびヘッド部には糸を繋ぎ止めるための機構
が環の周に沿って複数
有る、
医療器具。
【請求項2】
ロック機構が、ヘッド部に設けられた少なくとも一つのラチェット爪とストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数のラチェット歯との組み合わせ、ヘッド部に設けられた少なくとも一つの凹みとストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数の突起との組み合わせ、またはヘッド部に設けられた少なくとも一つの突起とストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数の凹みとの組み合わせからなる、請求項1に記載の医療器具。
【請求項3】
環を形成したときに、糸を繋ぎ止めるための機構が、糸を環の全周で均等に繋ぎ止めることができるように、配置される、請求項1または2に記載の医療器具。
【請求項4】
糸を繋ぎ止めるための機構が、フック、アーチ、ループ、貫通孔、編み目若しくは網目である、請求項1~3のいずれかひとつに記載の医療器具。
【請求項5】
糸を繋ぎ止めるための機構が、それに縫合糸を通しても、縫合糸が生体組織に触れないよう構成されている、請求項1~4のいずれかひとつに記載の医療器具。
【請求項6】
糸を繋ぎ止めるための機構がフックである、請求項5に記載の医療器具。
【請求項7】
フックがゲート付きフックである、請求項6に記載の医療器具。
【請求項8】
糸を繋ぎ止めるための機構が、ストラップ部および/またはヘッド部の外面から側面に貫通する貫通孔である、請求項5に記載の医療器具。
【請求項9】
貫通孔が直線状である、請求項8に記載の医療器具。
【請求項10】
貫通孔が曲線状である、請求項8に記載の医療器具。
【請求項11】
糸を繋ぎ止めるための機構が、スリットが切り込まれたC字形状の貫通孔である、請求項5に記載の医療器具。
【請求項12】
スリットにゲートが設けられている、請求項11に記載の医療器具。
【請求項13】
糸を繋ぎ止めるための機構とストラップ部の縁との間に長手方向に沿ってバームをさらに有する、請求項1~12のいずれかひとつに記載の医療器具。
【請求項14】
ストラップ部、ヘッド部およびテール部は、生体内分解吸収性ポリマーからなる、請求項1~13のいずれかひとつに記載の医療器具。
【請求項15】
生体組織を結紮および/または縫合するための、請求項1~14のいずれかひとつに記載の医療器具。
【請求項16】
生体組織が、器官または臓器である、請求項15に記載の医療器具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療器具に関する。より詳細に、肝(liver)、膵(pancreas)、血管などの生体組織(例えば、臓器、器官など)の一部切除などにおいて、種々の合併症の発生を防ぐなどのために用いることができ、且つ侵襲が少ない、結紮、縫合、固定などに適した医療器具に関する。
【背景技術】
【0002】
外傷などで離断した組織を引き寄せ固定するため、血管や卵管を取り巻くようにして縛り管腔を途絶させるため、ヘルニア門などを閉じるように組織を縛り固定するため、または除去したい組織を縛りあげ、血流を止め、壊死・脱落させるためなどに、結紮が行われる。結紮などを行うための医療器具が、種々提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1は、所定長の止血帯体を有し、同止血帯体の長さ方向の締め代となる範囲には、抜止め噛合部を連続形成し、同抜止め噛合部の形成範囲に渡る止血帯体の適所に、滑止めリブを連続形成した上、止血帯体基端には、一方に挿入口、他方に繰出し口を開口した短尺トンネル状をなし、内側適所に、先端から繰り込まれた止血帯体の抜止め噛合部を脱抜不能に係止可能な係止鈎を形成した尾錠部を一体形成してなり、全体が可撓性を有する合成樹脂成型品からなることを特徴とする結紮用バンドを開示している。
【0004】
特許文献2は、前方側部、後方側部、先端部、および後続端部を有する細長い可撓性のバンドであって、前記バンドは、前記バンドの中に画定された穿孔部および横桟部を有する、バンドと、前記バンドの前記後続端部に接続されているロッキングケースであって、前記ロッキングケースは、前記バンドの受け入れのために寸法決めされたチャネルを有する、ロッキングケースと、前記ロッキングケースに接続されているロッキング部材であって、前記ロッキング部材は、前記チャネルに関連して配設され、前記バンドの中に画定されている穿孔部および横桟部と連結するように構成されている、ロッキング部材とを含み、前記ロッキングケースの中の前記チャネルは、前記ロッキング部材の反対側に配置されているアーチング部分を含み、前記バンドは、前記ロッキング部材が前記バンドの横桟部と係合するときに、前記ロッキング部材の上方にアーチ状になり、前記アーチング部分の中へ少なくとも部分的に突出するように構成されていることを特徴とする、組織結紮のための医療用デバイスを開示している。
【0005】
特許文献3は、生体内分解吸収性ポリマーからなる遠位端と近位端とを有する細長い可撓性の第1バンド部と、生体内分解吸収性ポリマーからなる遠位端と近位端とを有する細長い可撓性の第2バンド部と、生体内分解吸収性ポリマーからなる第1ラチェット爪を有する第1ロッキング部とを有し、第1ロッキング部は第2バンド部の遠位端に形成されており、第1バンド部の遠位端と第2バンド部の近位端とが接合されており、且つ第1バンド部の外面には第1ラチェット爪と噛み合わせることができるラチェット歯が少なくとも一つ形成されている、ラチェット歯と第1ラチェット爪とを噛み合わせることによって扁平な輪を成し、その輪にて、臓器を緊縛して、臓器断端に開口する管または腔を結紮するための、臓器断端処置具を開示している。
【0006】
特許文献4は、隣接する骨片にそれぞれ形成された穴に架け渡し結束ループを形成して前記骨片を結束させる生体分解吸収素材からなるバンドであって、前記結束ループを形成し得る長さを有する帯部と、前記帯部の一端に、前記結束ループを形成させた際に前記骨片の穴内に収容されるように形成され、前記帯部の他端側を掛止して結束ループを形成させる留部と、を備え、前記帯部の少なくとも片面には複数の掛止溝が形成され、前記留部には、前記帯部の他端側を挿入させる留穴が形成され、該留穴には前記帯部の掛止溝と係合し前記帯部を掛止する掛止歯が設けられていることを特徴とする骨結束バンドを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-298501号公報
【文献】特表2015-523144号公報
【文献】WO 2019/039586 A1
【文献】特開2000-201941号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、肝、膵、血管などの生体組織(例えば、臓器、器官など)の一部切除などにおいて、種々の合併症の発生を防ぐなどのために用いることができ、且つ侵襲が少ない、結紮、縫合、固定などに適した医療器具を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、下記の形態を包含する本発明を完成するに至った。
【0010】
〔1〕 近位端と遠位端とを有する可撓性のストラップ部と、ストラップ部の遠位端に繋がり遠位方向に延在するヘッド部と、ストラップ部の近位端に繋がり近位方向に延在するテール部とを有し、
ヘッド部およびストラップ部は、所望の位置でストラップ部をヘッド部に緊結することができるロック機構を有し、
ロック機構によって緊結されるとストラップ部の遠位端側の部分およびヘッド部によって所望の大きさの環を形成することができ、
少なくとも環を形成するストラップ部の遠位端側の部分には糸を繋ぎ止めるための機構を長手方向に沿って複数有する、
医療器具。
【0011】
(2) ロック機構が、ヘッド部に設けられた少なくとも一つのラチェット爪とストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数のラチェット歯との組み合わせ、ヘッド部に設けられた少なくとも一つの凹みとストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数の突起との組み合わせ、またはヘッド部に設けられた少なくとも一つの突起とストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数の凹みとの組み合わせからなる、〔1〕に記載の医療器具。
【0012】
〔3〕 環を形成したときに、糸を繋ぎ止めるための機構が、糸を環の全周でほぼ均等に繋ぎ止めることができるように、配置される、〔1〕または〔2〕に記載の医療器具。
〔4〕 糸を繋ぎ止めるための機構が、フック、アーチ、ループ、貫通孔、編み目若しくは網目である、〔1〕~〔3〕のいずれかひとつに記載の医療器具。
〔5〕 糸を繋ぎ止めるための機構が、それに縫合糸を通しても、縫合糸が生体組織に触れないよう構成されている、〔1〕~〔4〕のいずれかひとつに記載の医療器具。
〔6〕 糸を繋ぎ止めるための機構がフックである、〔5〕に記載の医療器具。
〔7〕 フックがゲート付きフックである、〔6〕に記載の医療器具。
【0013】
〔8〕 糸を繋ぎ止めるための機構が、ストラップ部および/またはヘッド部の外面から側面に貫通する貫通孔である、〔5〕に記載の医療器具。
〔9〕 貫通孔が直線状である、〔8〕に記載の医療器具。
〔10〕 貫通孔が曲線状である、〔8〕に記載の医療器具。
〔11〕 糸を繋ぎ止めるための機構が、スリットが切り込まれたC字形状の貫通孔である、〔5〕に記載の医療器具。
〔12〕 スリットにゲートが設けられている、〔11〕に記載の医療器具。
【0014】
〔13〕
糸を繋ぎ止めるための機構とストラップ部の縁との間に長手方向に沿ってバームをさらに有する、〔1〕~〔12〕のいずれかひとつに記載の医療器具。
【0015】
〔14〕 ストラップ部、ヘッド部およびテール部は、生体内分解吸収性ポリマーからなる、〔1〕~〔13〕のいずれかひとつに記載の医療器具。
〔15〕 生体組織を結紮および/または縫合するための、〔1〕~〔14〕のいずれかひとつに記載の医療器具。
〔16〕 生体組織が、器官または臓器である、〔15〕に記載の医療器具。
【発明の効果】
【0016】
本発明の医療器具は、肝、膵、血管などの生体組織(例えば、臓器、器官など)の一部切除などにおいて、種々の合併症の発生を防ぐなどのために用いることができ、且つ侵襲が少なく、生体組織の結紮、縫合、固定に適している。
本発明の医療器具を生体組織に取り付けた時に、糸を繋ぎ止めるための機構が、生体組織全周に亘って均等に配置される。また、糸を繋ぎ止めるための機構は、生体組織に縫合針または縫合糸を貫通させることなく、生体組織に取り付けられた医療器具のストラップ部およびヘッド部に繋ぎ止めることを容易にするので、本発明の医療器具を用いることによって、生体組織に損傷をほとんど与えずに、生体組織の結紮、縫合または固定が、短時間で、容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図2】
図1に示す医療器具のストラップ部のA-A断面を示す図である。
【
図3】
図1に示す医療器具のヘッド部のB-B断面を示す図である。
【
図4】ストラップ部をヘッド部に緊結した状態におけるB-B断面を示す図である。
【
図5】本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
【
図6】本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
【
図7】本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
【
図8】
図7における、糸を繋ぎ止めるための機構の部分を拡大した図である。
【
図9】本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
【
図10】
図9における、糸を繋ぎ止めるための機構の部分を拡大した図である。
【
図11】膵頭部が切除された膵(右)と空腸(左)とを示す図である。本発明の医療器具17を膵の背側に入れ、断端を取り付ける準備をしている状態を示している。
【
図12】膵の断端に、本発明の医療器具を取り付けた状態を示す図である。
【
図13】縫合糸で、膵断端と空腸とを縫合した状態を示す図である。
【
図15】本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
【
図16】糸を繋ぎ止めるための機構の別の一例を示す部分拡大図である。
【
図17】本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
【
図18】
図17に示す医療器具のストラップ部のA-A断面を示す図である。
【
図19】切れ目のある貫通孔の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の医療器具は、ストラップ部1と、ヘッド部2と、テール部3とを有する。
【0019】
ストラップ部1は、遠位端と近位端とを有する可撓性の線状若しくは帯状の部材である。こうしたストラップ部の可撓性は、素材自体の可撓性によるものであっても、撓みを許容する機械的構造によるものであってもよい。ヘッド部2はストラップ部1の遠位端に繋がり遠位方向に延在する部分である。テール部3はストラップ部の近位端に繋がり近位方向に延在する部分である。ストラップ部1、ヘッド部2および/またはテール部3は、医用材料からなることが好ましく、生体適合性ポリマーからなることがより好ましく、生体内分解吸収性ポリマーからなることがさらに好ましい。テール部3は、ストラップ部を先導する部位であり、例えば、ヘッド部2にストラップ部を緊結する際などにおいて、先頭に立つ部分である。テール部3は、座屈し難くするために、長手方向に沿ってリブなどが設けられていてもよい。
【0020】
ストラップ部、ヘッド部、およびテール部は、バルク(塊)で形成されたものであってもよいし、網、織布、不織布などのような繊維で形成されたものであってもよいが、撓みにくくするために、バルクで形成されたものが好ましい。
【0021】
なお、本発明の医療器具は、例えば、医用材料であるポリマーを公知の樹脂成形法によって各部の形を作ることによって得ることができる。ポリマーとしては、例えば、乳酸ポリマー、乳酸-グリコール酸ポリマー、トリメチレンカーボネート系ポリマー、ジオキサノン系ポリマー、ポリエチレングリコール系ポリマー、ラクトン系ポリマーなどを挙げることができる。
【0022】
また、ストラップ部、ヘッド部、およびテール部は、その長さ、太さ、弾性率などにおいて特に制限されず、例えば、処置の対象となる生体組織の形状や大きさに応じて、適宜、設定することができる。
【0023】
ヘッド部およびストラップ部は、ロック機構を有する。ロック機構は、所望の位置でストラップ部をヘッド部に緊結することができる。
ロック機構は、ストラップ部に在る部位とそれに緊結できる構造をしたヘッド部に在る部位との組み合わせからなる。ロック機構は、例えば、ヘッド部に設けられた少なくとも一つのラチェット爪4とストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数のラチェット歯5との組み合わせ(
図1、
図5参照)、ヘッド部に設けられた少なくとも一つの凹みとストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数の突起との組み合わせ(
図6、
図15参照)、またはヘッド部に設けられた少なくとも一つの突起とストラップ部に長手方向に沿って並んで設けられた複数の凹みとの組み合わせ(
図7、
図9参照)、などが挙げられる。
【0024】
ロック機構における突起としては、ピン、フックなどが挙げられる。ロック機構における凹みとしては、孔、ループ、括れ、ノッチなどを挙げることができる。ストラップ部に設けられる複数の突起若しくは凹みは、球状若しくは環状のものが数珠状に連なったもの(
図6参照)であってもよいし、両サイドに張り出した鋸歯状のもの(
図15参照)であってもよいし、長手に沿って並んで設けられた貫通孔(
図7、
図9参照)であってもよい。
【0025】
ロック機構における突起には差し込まれた凹みからの抜け防止のために返しが付いていることが好ましい。返し付き突起は、矢じり形状、フック形状、T字形状、逆L字形状などの形をしたものであってもよい。ヘッド部もしくはストラップ部に設けられる複数の孔は、突起を挿通できる限り、布や網における目であってもよい。また、フックとループとの組み合わせとして、例えば、面ファスナを使用してもよい。
【0026】
ロック機構の一例であるラチェットは、動作方向を一方向に制限するために用いられる機構の一つである。ラチェット歯5をラチェット爪4に噛合せることによって緊結できる。ラチェット爪は可動式のものと固定式のものとがある。可動式ラチェット爪にラチェット歯を噛合せた場合には該噛み合わせを容易に解放することができる。固定式ラチェット爪にラチェット歯を噛合せた場合は該噛み合わせを解放することが難しい。図においては可動式ラチェット爪を一つ設けているが、固定式ラチェット爪と可動式ラチェット爪とを併設した場合には、まず可動式ラチェット爪によってストラップ部をロックし、生体組織への締め付け力がきつ過ぎる時に噛み合わせを解放し、締め付け力を緩めることができ、そして締め付け力が確定したときに固定式ラチェット爪によってストラップ部の位置が変わらないように噛み合わせることができる。
【0027】
ロック機構によって緊結されると、ストラップ部の遠位端側の部分(具体的にはストラップ部の緊結位置から遠位端(ヘッド部2の手前)までの部分)およびヘッド部2によって所望の大きさの環を形成することができる。
環を形成するストラップ部の遠位端側の部分は、緊結する位置を変えることによって、その長さを変えることができ、結果として、環の大きさを変えることができる。これによって、結紮対象の大きさに応じて、環を所望の大きさにすることができ、また所望の締め付け力にすることができる。
【0028】
ストラップ部またはヘッド部は、生体組織に触れる面が、結紮時の生体組織との摩擦力を高め、滑りを防止するために、ざらざらの面としてもよいし、凸または凹の線条または格子を有する面としてもよいし、凸または凹の点を複数有する面としてもよい。生体組織に触れる面のエッジ付近に長手方向に対して平行に凸条を設けると、結紮される生体組織と本発明医療器具との密着性を向上させることができる。
【0029】
さらに、生体組織を締め付けたときに生体組織を傷つけにくくするために、緩衝材の層12を、ストラップ部またはヘッド部の生体組織に触れる面に取り付けてもよい。緩衝材としては、例えば、ゴムなどの軟質弾性体、スポンジなどの発泡弾性体、フェルトなどの不織布若しくは織布などを挙げることができる。緩衝材は、医用材料からなることが好ましく、生体適合性ポリマーからなることがより好ましく、生体内分解吸収性ポリマーからなることがさらに好ましい。
【0030】
本発明の医療器具は、少なくとも環を形成するストラップ部の遠位端側の部分および必要に応じてヘッド部に糸を繋ぎ止めるための機構(糸繋止機構)を長手方向に沿って複数有する。そして、ロック機構によって緊結したときに、糸繋止機構が、形成された環の周に沿って、複数配置される。糸繋止機構は、形成された環の周に沿って、糸を環の全周でほぼ均等に繋ぎ止めることができるように、配置されることが好ましい。糸を繋ぎ止めるための機構は、縫合針または縫合糸を、生体組織に貫通させることなく、生体組織に取り付けられた医療器具のストラップ部およびヘッド部に繋ぎ止めることを容易にする。
【0031】
糸繋止機構としては、たとえば、フック、ビット若しくはボラード、貫通孔、ループ、アーチ、編み目、網目などを挙げることができる。
【0032】
糸繋止機構としてのフック、ビット若しくはボラードには、通した糸が外れないように、返しや、カラビナのようなゲートを設けてもよい。
【0033】
糸繋止機構としての貫通孔は、ストラップ部およびヘッド部の外面から内面に貫通するものであってもよいし、ストラップ部およびヘッド部の外面から側面に貫通するものであってもよい。貫通孔7は、孔の周壁に切れ目32を有してもよい。
図19に示すような、切れ目32のある貫通孔7においては、縫合糸21を貫通孔7の出入口を経由することなく、切れ目32を経由して貫通孔7の側方から貫通孔7に通すようにすることができる。前記切れ目には、返し(Barb)や、屈折部(Bent Section)33や、カラビナのようなゲート(Gate)などを設けてもよい。返し、屈折部またはゲートは、通された糸が切れ目経由で貫通孔から抜けることを防止できる。
【0034】
図1に示す医療器具は、
図2に示すように、ストラップ部の近位端から遠位端に向かって、右の辺に沿って設けられた、直方体ブロック6の上面から右の側面に抜ける、貫通孔7を有する。直方体ブロックに細かく分割されていることによって、直方体ブロックの厚みが大きくなっても、ストラップ部の撓み性を高く維持できる。貫通孔の設けられる部分は、直方体の形状に限定されず、例えば、四角柱、三角柱、円柱、半球体であってもよい。
【0035】
また、ヘッド部には、
図3に示すように、ラチェット爪4を左側に備えるベルトループの右の上面と、右の側面に貫通孔7がそれぞれ設けられている。ラチェット爪4を左側に備えるベルトループにストラップ部を通したときに、
図4に示すように、ヘッド部のベルトループに設けた貫通孔7とストラップ部の直方体ブロック6に設けた貫通孔とが重なるように、ラチェット爪とラチェット歯とのかみ合わせ位置の間隔が設定されていることが好ましい。なお、直方体ブロックは、右の辺に代えて、左の辺に設けてもよいし、左の辺と右の辺との両方に設けてもよい。
【0036】
図5に示す医療器具は、直方体ブロック6が、ストラップ部だけでなく、ヘッド部にも設けられている以外は、
図1に示す医療器具と同じ構造を成すものである。
図5に示す医療器具は、縫合糸を医療器具の全周にわたってほぼ均等に繋止できる。したがって、本発明の医療器具で結紮した臓器へ、全周に亘ってほぼ均等に生体組織を縫合、固定できる点で優れる。
【0037】
図6に示す医療器具は、ストラップ部が球状体を数珠状に連ねたものである。そして、ラダー型に連なった貫通空間(針または糸を通すことができる空間)を形成するように球状体8と線状部材13とを繋ぐことによって糸繋止機構を構成している。なお、
図6においては、糸繋止機構を、ストラップ部の遠位端から近位端に向かって、左側に設けているが、左側に代えて右側に設けてもよいし、左右両側に設けてもよい。球状体8をヘッド部2に設けられた凹み9にはめ込むことによって、所望の位置でストラップ部をヘッド部に緊結できる。球状体8に繋がれた線状部材13によって形成された糸繋止機構においては、ストラップ部を生体組織に巻いて締め付けた時でも線状部材13を引き起こして生体組織と医療器具との間に針または糸を通すことができる空間を作ることできるので、生体組織に傷をつけずに縫合ができる。
【0038】
図7に示す医療器具は、ストラップ部がラダー型に連なった貫通孔10を有する帯状部材からなり、ヘッド部に設けた突起11を、ストラップ部に在るラダー型に連なった貫通孔10のいずれか一つに差し込むことによって、ストラップ部をヘッド部に緊結することができる。ラダー型の貫通孔には、ストラップ部の遠位端から近位端に向かって、右側にノッチ14が設けられている。
図7に示す医療器具を生体組織に巻きつけたときに、ノッチ14の部分において、糸繋止機構を構成する。すなわち、
図7に示す本発明の実施形態においては、ロック機構の一部を構成するラダー型貫通孔が糸繋止機構としても機能している。ノッチ14によって形成された糸繋止機構においては、
図8に示すようにノッチが生体組織と医療器具との間に針および糸を通すことができる空間を作るので、針や糸を生体組織に貫通させること無く、本発明の医療器具に繋止できる。なお、ノッチの形としては、図に示すような三角形状に限定されず、矩形状、台形状、半円状、正弦波形状、矩形波形状などを挙げることができる。なお、
図7においては、糸繋止機構を、ストラップ部の遠位端から近位端に向かって、右側に設けているが、右側に代えて左側に設けてもよいし、左右両側に設けてもよい
【0039】
図9に示す医療器具は、ストラップ部の内面(図中の下面)に、緩衝材の層12が設けられている。
図10に示すように、フェルトなどの緩衝材の層には、無数の隙間があり、そこに針および糸を通すことで、縫合針や縫合糸を、生体組織実質を貫通させることなく、本発明の医療器具に繋止できる。
【0040】
図15に示す医療器具は、ストラップ部1の外面(図中の上面)およびヘッド部2に、糸繋止機構としてループ23が長手方向に沿って並んで設けられている。ループ23に針および糸を通すことで、縫合針や縫合糸を、生体組織実質を貫通させることなく、本発明の医療器具に繋止できる。
【0041】
図16は、
図9に示す医療器具におけるラダー型の貫通孔の部分の変形例である。この医療器具においては、ラダー型の貫通孔の上方にリンテル(Lintel)24が設けられている。そのリンテル24の下をくぐるように縫合糸21を通すことで、縫合針や縫合糸を、生体組織実質を貫通させることなく、本発明の医療器具に繋止できる。なお、リンテルの向きは
図16に示すものに限定されず、長手方向に平行な向きなどにしてもよい。なお、
図16に示すリンテル24を、アーチに置き換えて、同様の効果を奏することは理解できる。
【0042】
図17は、本発明の医療器具の別の一例を示す図である。
図18は、
図17に示す医療器具のストラップ部のA-A断面を示す図である。直方体ブロック6とストラップ部の縁との間にバーム(犬走り、貫通孔閉塞防止帯)31を長手方向に沿って設け、直方体ブロックの配置およびロック機構の形状を変更した以外は、
図1に示す医療器具と同じ構造のものである。バーム31によって、直方体ブロック6の側面とストラップ部の縁との間に空間を確保でき、医療器具を生体組織に巻き付けたときの肉の盛り上がりによって、側面にある貫通孔7が塞がるのを防ぐことができる。このバームは他の糸繋止機構においても採用できる。
【0043】
本発明の医療器具は、例えば、膵頭切除における、膵空腸吻合若しくは膵胃吻合などの膵消化管吻合などのような医療行為において、好ましく使用できる。
【0044】
なお、膵消化管吻合は、例えば、大和田ら「膵頭十二指腸切除における膵管空腸吻合の工夫」北関東医学 43(1) 63-68, 1993、新地ら「膵頭十二指腸切除術における膵消化管吻合の手術手技-安全確実な膵胃密着吻合法-」鹿児島大学医学雑誌 第64巻 第1・2号 1-7頁 2012年9月(Med. J. Kagoshima Univ., Vol. 64, No. 1-2, 1-7, September, 2012)、陣内「消化管吻合手技」日本臨床外科医学会雑誌第1号 第40回総会 教育講演 P17-23などに記載の方法で行うことが、従来技術として、知られている。
【0045】
本発明においては、膵頭切除における膵空腸吻合を、本発明の医療器具を用いて、例えば、次のようにして行うことができる。
【0046】
まず、膵頭を切離する。その後、切離面は、適宜、縫合止血、電気止血することができるが、断端20は閉鎖しない。
空腸18の吻合予定部を切開する。ステントなどとして、必要に応じて、膵管チューブを空腸の切開部に通し、空腸の内と外とを連通させる(
図11)。
【0047】
膵の断端に本発明の医療器具17を取り付け、微小膵管を窄ませるが主膵管16を窄ませない程度の強度で膵の断端20を絞る(
図12)。また、断端の膵実質を圧迫して、断端に露出する膵管の開口及び膵実質からの膵液の漏れを抑制することができる。
【0048】
縫合糸21を、縫合針を用いて、一方は、膵の断端の後側(背側)にある本発明医療器具の糸繋止機構(図では直方体ブロック6の貫通孔)に通して、他方は、空腸の後側(背側)に通す。次いで縫合糸を引き絞って、膵の背側の断端に空腸の後側(背側)を密着させる。
【0049】
空腸の切開部に必要に応じて通した膵管チューブを主膵管16に挿入した状態で、主膵管16と空腸切開部を吻合する。
【0050】
縫合糸を、縫合針を用いて、一方は、膵の断端の上側(頭側)にある本発明医療器具の糸繋止機構(図では直方体ブロック6の貫通孔)に通して、他方は、空腸の上側(頭側)に通す。次いで縫合糸を引き絞って、膵の上側(頭側)の断端に空腸壁を密着させる(
図13、14)。
同様の操作を膵の断端下側(尾側)、前側(腹側にも行う。
このように、本発明医療器具を用いることによって、縫合針および縫合糸は、糸繋止機構を通過して繋ぎ止められるので、膵実質に縫合針、縫合糸を貫通させることなく、膵断端を空腸で全周性に被覆することができる。
【0051】
本発明の医療器具は、生体組織の一部切除などにおいて、当該生体組織の結紮や、他の生体組織、他臓器の固定、縫合等の医療行為等に好適に用いられる。本器具で結紮する生体組織としては、例えば、器官または臓器が挙げられる。器官としては、例えば血管、リンパ管、胸管、胆管、卵管、膣、尿管、尿道、精管、気管、気管支等の管腔構造を有する器官が挙げられ、臓器としては、例えば膵、肝、胆嚢、脾(spleen, lien)、腎(kidney)、膀胱、子宮、卵巣、精巣、肺、心臓、甲状腺、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、リンパ節が挙げられる。これらの内、脾、腎、肝または膵が好ましく、膵がより好ましく、膵の体部または尾部が特に好ましい。
また、縫合、固定等の医療行為としては、例えば、膵空腸吻合、膵胃吻合などの膵消化管吻合などが挙げられ、これらのうち、膵空腸吻合または膵胃吻合が好ましい。
【0052】
例えば、膵空腸吻合において膵と空腸を縫合する場合、従来技術においては、膵に直接縫合針、縫合糸を刺入し、空腸と縫合する必要がある。この時、膵に刺入した縫合針、縫合糸により、膵組織や膵管が損傷し、膵液瘻の原因となる。また、膵と空腸に刺入した縫合糸を結紮する時に、糸により膵組織や膵管が引き裂かれて損傷し、やはり膵液瘻の原因となる。膵と空腸との縫合における結紮の強度、膵断端と空腸との密着度、膵断端の空腸による密閉度が不十分であることも、膵液瘻に至る原因となる。膵液瘻を発症した場合、腹腔内膿瘍や仮性動脈瘤を合併し、死亡に至る危険性があり、膵液瘻予防は非常に重要な課題である。また、膵への結紮が強すぎると結紮した組織が壊死に至る場合もあることから、低侵襲の要請もある。さらに、縫合針によって開けられた生体組織の孔から内容物が漏出し、生体組織障害の原因となることもある。
【0053】
本発明の医療器具は、このような課題を解決できる。具体的に、本発明の医療器具は、生体組織の一部切除などにおいて、種々の合併症の発生を防ぐためにも用いることができる。本発明の医療器具は、縫合針、縫合糸を通すための糸繋止機構を有するため、膵組織に直接縫合針、縫合糸を刺入することなく、器官や臓器を膵に固定することが可能である。より具体的には、本発明の医療器具を膵に結紮固定し、本器具に設けた糸繋止機構の孔に縫合針、縫合糸を刺入し、縫合、固定の対象物である器官や臓器に縫合針、縫合糸を刺入し、結紮する。これにより、縫合針、縫合糸の刺入や結紮による膵組織や膵管の損傷を防ぎ、膵液瘻発症のリスクを減じることができる。
本発明の医療器具は、縫合術に用いる縫合針や縫合糸が、結紮した生体組織に触れることなく、糸繋止機構を介して繋ぎ止めることができるので、低侵襲性に寄与しうる。かかる糸繋止機構としては、例えば、ゲート付きフックなどのフックや、ストラップ部および/またはヘッド部の外面から側面に貫通する貫通孔などを、挙げることができる。かかる低侵襲性を実現しうる複数の糸繋止機構が、環が形成されたときに、糸を環の全周で均等に繋ぎ止めることができるように、配置されていると、全周性に器官や臓器を固定することができ、それに加えて、縫合糸の張力が結紮した生体組織に不均等に加わることを抑止でき、この点でも低侵襲性に寄与しうる。
【0054】
本発明の医療器具は、図面に示す実施形態に限られず、前記の各部材の形状、大きさ、色、材質を変更したもの、または前記部材以外の周知または慣用の部品を追加したものも本発明の技術的範囲に包含される。
【符号の説明】
【0055】
1:ストラップ部
2:ヘッド部
3:テール部
4:ラチェット爪
5:ラチェット歯
6:糸繋止機構(貫通孔を有する直方体ブロック)
7:貫通孔
8:球状体
9:球状体に対応する凹み
10:ラダー型貫通孔
11:ラダー型貫通孔に対応する突起
12:緩衝材(フェルト)の層
13:糸繋止機構(ラダー型貫通孔を形成する線状部材)
14:糸繋止機構(ノッチ)
15:膵の体部
16:主膵管の開口
17:本発明の医療器具
18:空腸
20:膵の頭部を切除した後の断端
21:縫合糸
22:膵の尾部
23:糸繋止機構(ループ)
24:糸繋止機構(リンテル)
31:バーム(berm)
32:切れ目
33:屈折部