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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-13
(45)【発行日】2023-12-21
(54)【発明の名称】皮膜及びピストンリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20231214BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20231214BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20231214BHJP
【FI】
F16J9/26 C
F02F5/00 F
C23C14/06 A
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020209284
(22)【出願日】2020-12-17
(65)【公開番号】P2022096269
(43)【公開日】2022-06-29
【審査請求日】2022-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100169063
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 洋平
(72)【発明者】
【氏名】本多 啓二
(72)【発明者】
【氏名】劉 恒君
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】島 祐司
【審査官】久米 伸一
(56)【参考文献】
【文献】特許第5372760(JP,B2)
【文献】特開2012-097303(JP,A)
【文献】特開2006-249527(JP,A)
【文献】特開平11-001763(JP,A)
【文献】特開2008-014228(JP,A)
【文献】特開2002-266697(JP,A)
【文献】特開2003-166046(JP,A)
【文献】特開2019-066024(JP,A)
【文献】国際公開第2014/088096(WO,A1)
【文献】特開2011-025405(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/26
F02F 5/00
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面の少なくとも一部を覆うように設けられた皮膜と、
を備えるピストンリングであって、
前記皮膜は当該ピストンリングの最外層を構成する単一の層であり、
前記皮膜がCrとTiとSiとNとを含みかつNaCl型の結晶構造を有し、
前記皮膜のTi量が7at%超であり且つ16.5at%以下である、ピストンリング。
【請求項2】
前記皮膜の結晶子サイズが10~30nmである、請求項1に記載のピストンリング。
【請求項3】
前記皮膜の圧縮の残留応力が300~800MPaである、請求項1又は2に記載のピストンリング。
【請求項4】
前記皮膜の硬さが1000HV0.1~1800HV0.1である、請求項1~3のいずれか一項に記載のピストンリング。
【請求項5】
前記皮膜におけるSi量が0at%超であり且つ6at%以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載のピストンリング。
【請求項6】
前記基材の表面上に前記皮膜が直接設けられている、請求項1~5のいずれか一項に記載のピストンリング。
【請求項7】
CrとTiとSiとNとを含む皮膜であって、
当該皮膜は単一の層であり、
Ti量が7at%超であり且つ16.5at%以下であり、
NaCl型の結晶構造を有する皮膜(ただし、Alを含む皮膜を除く。)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、皮膜及びこれを備えるピストンリングに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等のエンジンにピストンリングが用いられている。ピストンリングは、ピストンの外周面に設けられた溝に装着される。ピストンリングは、例えば、耐摩耗性及び耐焼付性の特性によってエンジンの高性能化及び燃料消費量の低減に寄与することが求められる。従来、ピストンリングの耐摩耗性を向上させるための種々の取り組みがなされてきた。
【0003】
例えば、特許文献1に記載の発明は、耐摩耗性及び耐クラック性・耐剥離性を兼ね備えた内燃機関用ピストンリングを提供すべくなされたものである。このピストンリングの外周摺動面に硬質皮膜が形成されている。この硬質皮膜は、Cr、N及びSiを構成元素とし、CrNと同一の結晶構造を有し、かつ、その結晶格子中にSi原子比率で1%以上、9.5%以下の割合で固溶した結晶相から構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-14228号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、エンジンの高出力化及び排気ガス規制に対応することを目的として、例えば、燃焼温度の高温化、低粘度潤滑油の採用、バイオエタノール等の燃料の多様化及び高圧燃料噴射の採用が進展している。これに伴ってピストンリングの使用環境は年々過酷かつ境界潤滑環境になってきている。従来からピストンリングに採用されている表面処理では、耐剥離性、耐摩耗性、耐クラック性の問題により、十分な性能を発揮できない状況が散見されるようになっている。
【0006】
上記特許文献1はイオンプレーティング法によって皮膜を形成することを開示している。イオンプレーティング法によるCrN系皮膜、TiN系皮膜又はこれらの積層皮膜は、ピストンリングの耐摩耗性及び耐剥離性を向上させる。しかし、今後、ピストンリングの使用環境がより過酷になることを想定すると、これらの皮膜も耐摩耗性及び耐剥離性について未だ改善の余地がある。
【0007】
硬質窒化クロム(CrN)は、耐摩耗性に優れる材料である。しかし、上記のような過酷な環境下においては摺動抵抗に起因してクラックが生じ得る点において改善の余地がある。一方、硬質窒化チタン(TiN)は、ヤング率の値が大きいことから、耐剥離性に優れる材料である。しかし、上記のような過酷な環境下においては熱負荷に対する耐酸化性や、エンジン内で生成される酸に対する耐腐食性の点において改善の余地がある。
【0008】
本開示は、耐摩耗性、耐剥離性及び耐クラック性の全てが十分に高水準である皮膜及びこれを備えるピストンリングを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一側面はピストンリングに関する。このピストンリングは、基材と、基材の表面の少なくとも一部を覆うように設けられた皮膜とを備え、上記皮膜がCrとTiとSiとNとを含みかつNaCl型の結晶構造を有し、皮膜のTi量が0at%超であり且つ25at%以下である。
【0010】
上記皮膜を備えるピストンリングは、耐摩耗性、耐剥離性及び耐クラック性の全てを十分に高水準に達成することができる。皮膜がTiを含有することで、エンジンオイルに含まれる添加剤との反応によって膜生成が促進される。すなわち、皮膜中のTiは、エンジンオイル中のZn-DTP(ジアルキルジチオリン酸亜鉛)やMo-DTC(モリブテン-ジチオカーバメート)の反応を促進し、摩擦低減物質(例えば、MoS)を生成させる。この摩擦低減物質は、エンジン中におけるピストンとピストンリングの往復摺動の際に、生成と脱落を繰り返すが、Tiによって摩擦低減物質の生成が促進されることで、生成が支配的となり、摩擦抵抗が低減された状態を維持できる。摺動時の摩擦抵抗が低減すると、皮膜への負荷が低減され、耐剥離性や耐摩耗性も向上する。
【0011】
皮膜がSiを含有することで結晶粒が微細化する。また、皮膜がSi及びTiの両方を含むことで、硬質窒化クロム(CrN)のCrサイトにSi及びTiが置換固溶する。これらの事象によって、耐クラック性が向上する。すなわち、仮に微細なクラックが生じてもその伝播が抑制される。皮膜のSi量は、例えば、0at%超であり且つ6at%以下である。皮膜の結晶子サイズは、例えば、10~30nmである。
【0012】
皮膜のTi量は、上記のとおり、0at%超であり且つ25at%以下である。本発明者らの検討によると、皮膜のTi量が25at%を超えると、耐腐食摩耗性が低下し、特定の摺動環境下で皮膜の摩耗量が増加する傾向にある。この耐摩耗性の低下は、皮膜中にTiNが生成することに起因すると推察される。皮膜のTi量はCrNにTiが固溶している状態を維持できる範囲(25at%以下)である。
【0013】
本開示の一側面は上記皮膜に関する。すなわち、本開示に係る皮膜は、CrとTiとSiとNとを含みかつNaCl型の結晶構造を有し、Ti量が0at%超であり且つ25at%以下である。この皮膜は、耐摩耗性、耐剥離性及び耐クラック性の全てが十分に高水準である。
【発明の効果】
【0014】
本開示によれば、耐摩耗性、耐剥離性及び耐クラック性の全てが十分に高水準である皮膜及びこれを備えるピストンリングが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本開示のピストンリングの一実施形態を模式的に示す断面図である。
図2図2は、実施例及び比較例に係る皮膜のX線回折装置による測定結果を示すグラフである。
図3図3は、すべり疲労試験機の構成を示す模式図である。
図4図4は、実施例に係るピストンの摺動痕を示す写真である。
図5図5は、実施例に係るピストンの摺動痕を示す写真である。
図6図6は、比較例に係るピストンの摺動痕を示す写真である。
図7図7は、皮膜のTi量を横軸とし、皮膜の摩耗量(相対値)を縦軸として、実施例及び比較例の結果をプロットしたグラフである。
図8図8は、皮膜のSi量を横軸とし、皮膜の摩耗量(相対値)を縦軸として、実施例及び比較例の結果をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本開示の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0017】
(ピストンリング)
図1は本実施形態に係るピストンリングを模式的に示す断面図である。図1に示すピストンリング10は、内燃機関(例えば、自動車エンジン)用圧力リングである。圧力リングは、例えば、ピストンの側面に形成されたリング溝に装着される。圧力リングは、特にエンジンの熱負荷の高い環境に晒されるリングである。
【0018】
ピストンリング10は環状であり、例えば、外径が40~300mmである。ここでいう「環状」とは、必ずしも閉じた円を意味するものではなく、ピストンリング10は合口部を有していてもよい。また、ピストンリング10は、平面視で真円状でもよいし、楕円状でもよい。ピストンリング10は図1に示す断面において略矩形であり、摺動面10Fは外側に膨らんだ丸みを帯びていてもよい。
【0019】
ピストンリング10は、基材1と、基材1の外周面(摺動面10Fに対応する表面)に設けられた皮膜5とを備える。基材1は、耐熱性を有する合金からなる。合金の具体例として、ばね鋼やマルテンサイト系ステンレス鋼などが挙げられる。基材1は、表面に窒化層が形成されたものであってもよい。
【0020】
皮膜5は摺動面10Fを構成している。皮膜5は、CrとTiとSiとNとを含みかつNaCl型の結晶構造を有する。結晶構造がNaCl型であるか否かはX線回折データに基づいて判断することができる。
【0021】
皮膜5の厚さは、例えば、5~70μmであり、好ましくは10~40μmである。皮膜5の厚さが5μm以上であることで、ピストンリング10の耐久性と信頼性を確保でき、他方、70μm以下であることで、皮膜5の高い生産性を確保できる。
【0022】
皮膜5におけるTi量は、0at%超25at%以下であり、好ましくは0.5~20at%であり、より好ましくは3~18at%であり、更に好ましくは7at%超16at%以下である。皮膜5がTiを含有することで、エンジンオイル(潤滑油)に含まれる成分(例えば、モリブテン及び硫黄)から摩擦低減物質の生成が促進され、使用開始から十分に短い時間のうちに優れた低摩擦性が発現するとともに、低摩擦の状態を維持できる。これに加え、硬質窒化クロム(CrN)のCrサイトにSiとともにTiも置換固溶していることで、結晶粒が強化され、これにより耐クラック性が向上する。皮膜5のTi量が25at%以下であることで、皮膜5中にTiNが生成することを抑制でき、TiNに起因する耐摩耗性の低下を抑制できる。
【0023】
皮膜5のSi量は、好ましくは0at%超6at%以下であり、より好ましくは0.5~4.5at%であり、更に好ましくは0.7~3at%であり、特に好ましくは0.7~2at%である。Siを含む皮膜5は微細化した結晶粒で構成され、優れた硬さを有する。皮膜5のSi量が6at%以下であることで、皮膜5内に適度な量のアモルファス相が形成されやすい。このアモルファス相がクラックの抑制に寄与すると推察される。皮膜5のSi量は、皮膜5を物理蒸着法(PVD法)で形成する際に使用するターゲットのSi量で調整することができる。
【0024】
皮膜5の結晶子サイズは、好ましくは10~30nmであり、より好ましくは15~25nmである。結晶子サイズが30nm以下であることで、皮膜5が摩耗しても一度に摩耗する単位が小さくなり耐摩耗性が向上する。
【0025】
皮膜5の圧縮の残留応力は、好ましくは300~800MPaである。皮膜5の残留応力(圧縮)が上記範囲内であることで、基材1(合金又は窒化層)との応力差を小さくすることができ、これにより、基材1と皮膜5の界面における剥離を抑制できる。これに加え、Siの添加で生じやすい皮膜5内のクラックを抑制できる。
【0026】
皮膜5の硬さは、好ましくは1000HV0.1~1800HV0.1であり、より好ましくは1100HV0.1~1700HV0.1であり、更に好ましくは1200HV0.1~1500HV0.1である。皮膜5の硬さが1000HV0.1未満であると、圧縮残留応力が低いためクラックが発生しやすく、他方、1800HV0.1より大きいと圧縮残留応力が高いため臨界荷重を超えると一気にクラックが伝播し、剥離に至りやすい。
【0027】
(ピストンリングの製造方法)
次に、ピストンリング10の製造方法について説明する。本実施形態の製造方法は、以下の工程を含む。
(a)基材1の表面を洗浄する工程。
(b)基材1の表面の少なくとも一部に、物理蒸着法によって皮膜5を形成する工程。
【0028】
(a)工程は、皮膜5の形成に先立ち、基材1の表面を清浄な状態にするための工程である。例えば、脱脂やショットブラストによる洗浄処理を実施すればよい。これに加えて、チャンバー内においてボンバードクリーニングを実施してもよい。
【0029】
(b)工程における皮膜5の形成は、物理蒸着法により実施することができる。皮膜5の形成は、チャンバー内を窒素雰囲気にしてから実施される。物理蒸着法としては、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。これらの物理蒸着法はいずれも、真空チャンバー内で実施されるものであり、真空チャンバーの窒素圧力を、例えば、2~6Paの範囲に設定する。また、バイアス電圧を、例えば、-5~-18Vの範囲に設定する。
【0030】
ターゲットの組成を変更することで、皮膜5の組成を調整できる。ターゲットとして、Cr-Ti-Si合金を単独で使用してもよいし、Cr-Ti合金とCr-Si合金を併用してもよく、これらの合金とCrインゴット及び/又はTiインゴットとを併用してもよい。チャンバー内にSi含有ガス及び/又はTi含有ガスを供給することによって皮膜5のSi量及びTi量を調整してもよい。皮膜5のSi量又はTi量によって、皮膜5の硬さを調整できるとともに、結晶配向性及び結晶子サイズを調整できる。皮膜5を形成する際の温度(成膜温度)によっても、これらの物性を調整できる。成膜温度は、例えば、550℃以下の範囲であればよい。チャンバー内の窒素圧力及びバイアス電圧を調整することで、皮膜5の残留応力及び硬さを調整してもよい。
【0031】
この製造方法によれば、耐摩耗性、耐剥離性及び耐クラック性の全てが十分に高水準であるピストンリング10を製造することができる。
【実施例
【0032】
以下、本開示について実施例及び比較例に基づいてより詳細に説明する。本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0033】
ピストンリングの基材として、以下の組成のリングを準備した。
・Fe:80.4質量%
・C:0.85質量%
・Cr:17.0質量%
・Si:0.5質量%
・Mn:0.5質量%
・その他の元素:残部
【0034】
(実施例1~10及び比較例1,2)
実施例1~10及び比較例1,2に係るピストンリングを以下のようにしてそれぞれ作製した。すなわち、まず、基材を脱脂及び洗浄した後、チャンバー内に設置した。次いで、チャンバー内において基材をボンバードクリーニングした。その後、イオンプレーティング法によって以下の条件でCr-Ti-Si-N皮膜(厚さ:約20μm)を基材の表面にそれぞれ形成した。
・ターゲット:Cr-Ti-Si合金
・アーク電流:150A
・チャンバー内の窒素圧力:4.0Pa
・バイアス電圧(V):-10V
・成膜温度:500℃
【0035】
(比較例3)
ターゲットとしてCrインゴットを単独で使用したことの他は、上記実施例と同様にしてCr-N皮膜(厚さ:約20μm)を基材の表面に形成した。
【0036】
<皮膜特性>
表1~3に実施例及び比較例に係るピストンリングの皮膜の特性を示す。なお、各特性は以下の方法で測定した。
(皮膜の組成)
皮膜の組成は、EPMA(装置名:JXA-8100、日本電子製)を使用し、測定条件は、加速電圧15kV、照射電流5.0×10-8A、ビーム径10μmにて測定した。なお、X線回折データから、実施例1~10及び比較例1の皮膜におけるTi及びSiは固溶していると判断した。図2はX線回折装置による測定結果を示すグラフである。図2に示されたように、比較例2の皮膜はTiNを含むものであった。
(硬さ)
皮膜の硬さは、ビッカース硬さ試験機(装置名:HM-220、ミツトヨ製)を使用し、ISO6507に規定された方法に基づき、試験荷重0.98Nにて硬さ試験を行って得た。
(残留応力)
皮膜の残留応力は、X線応力装置(装置名:PSPC微小部X線応力測定装置、リガク製)を使用して測定した。下記式の関係が成り立つことから、回折角2θとsin2ψ(ψは試料面法線方向と回折面法線方向との角度)の直線の傾きを利用して残留応力を求めた。
σ(残留応力)=K・∂(2θ)/∂(sin2ψ)
式中、Kは応力定数(ヤング率、ポアソン比、無歪状態における反射角θから求められる)で、-762MPaを使用した。測定は、Cr管球、電圧35kV、電流40mA、コリメータ1mm、ψとして6点(0、18、27、33、39、45deg.)、測定時間90秒、回折角CrN(311)、2θ=132.86°の条件で、並傾法により測定した。なお、表1~3におけるマイナスの表記は圧縮の残留応力であることを意味する。
(結晶子サイズ)
皮膜の結晶子サイズは、X線回折装置(装置名:SmartLab、リガク製)を使用し、CrN(200)面にて、次のScherrerの式を用いて算出した。
結晶子サイズ=Kλ/βcosθ
式中、KはScherrerの定数で0.94、λはX線の波長(Cu:1.5406Å)、βは半値幅、θはBragg角である。
【0037】
<すべり疲労試験>
摩耗加速試験として、図3に示す構成の試験機を使用してすべり疲労試験を行った。図3に示す試験機50は、回転するドラム51と、ドラム51の表面に対して試験片S(ピストンリング切断片)を当接させる機構と、試験片Sに対して繰り返し荷重を加える機構と、摺動部に潤滑油を供給する機構とを備える。これにより、比較的短時間で試験片を摩耗させることができる。試験条件は次のとおりとした。
・相手材(ドラム):SUJ2熱処理材(直径80mm)
・ドラム表面温度:80℃
・動速度:正転逆転台形パターン運転(加速度一定、最高速保持時間:10秒)
・試験荷重:20~80N
・加振周波数:50Hz(正弦波)
・潤滑油:無添加ベースオイルSAE#30(スーパーオイルN100)
・潤滑油の供給量:0.2ml/分(1秒滴下、29秒停止)
・サイクル数:5サイクル(1サイクル:140秒)
【0038】
(摩耗量の測定)
実施例及び比較例に係るピストンリングを2個ずつ作製し、これらを評価対象としてすべり疲労試験を実施した。すべり疲労試験によって皮膜が摩耗した量を測定した。表1~3に、目視観察による破損評価ランク及び摩耗量(比較例3の摩耗量に対する相対値)を示す。なお、摩耗量は2個(N=1,2)のピストンリングの摩耗量の平均値である。図4~6は、すべり疲労試験結果の摺動痕を示す写真である。図7,8は、実施例及び比較例に係る皮膜の摩耗量(相対値)をプロットしたグラフである。これらのグラフにおける縦軸の「摩耗量」は、比較例3の摩耗量に対する相対値である。
【0039】
(皮膜損傷ランク)
すべり疲労試験後の皮膜表面の摺動痕を目視により観察し、以下の基準に基づいて皮膜損傷ランクを決定した。なお、上記すべり疲労試験は、潤滑油量が少なく、かつ皮膜に高い負荷を掛けた過酷な試験である。皮膜損傷ランクがA~Dであれば、一般的なエンジン実機において不具合は生じない。
A:損傷なし
B:軽微なクラックあり
C:軽微な剥離あり
D:大規模クラック及び軽微な剥離あり
E:大規模クラック及び大規模な剥離あり
【0040】
<摩擦係数の測定>
添加剤(Mo-DTC)を含有するエンジンオイルの存在下、実施例6及び比較例3に係るピストンリングの皮膜の摩擦係数をOptimol社製SRV試験機にて測定した。試験条件は次のとおりとした。
・相手材(ディスク):SUJ2材(直径24mm)
・ディスク表面温度:80℃
・回転速度:0.01m/秒
・試験荷重:20N
・潤滑油:0W-8相当(ウルトラNEXT(商品名)、本田技研工業株式会社製)
・潤滑油の供給量:100ml(初期のみ)
・試験時間:60分
比較例3に係る皮膜(CrN)の摩擦係数を1とすると、実施例6に係る皮膜の摩擦係数の相対値は0.78であった。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【符号の説明】
【0044】
1…基材、5…皮膜、10…ピストンリング、10F…摺動面

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8