(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-14
(45)【発行日】2023-12-22
(54)【発明の名称】履物
(51)【国際特許分類】
A43B 13/22 20060101AFI20231215BHJP
A43B 13/14 20060101ALI20231215BHJP
【FI】
A43B13/22 A
A43B13/14 A
(21)【出願番号】P 2022196661
(22)【出願日】2022-11-21
【審査請求日】2022-11-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】323002185
【氏名又は名称】リトルピアニスト株式会社
(72)【発明者】
【氏名】石塚 真由美
【審査官】高橋 祐介
(56)【参考文献】
【文献】登録実用新案第3186032(JP,U)
【文献】米国特許第06243973(US,B1)
【文献】特開昭59-090502(JP,A)
【文献】特開2011-255030(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0174436(US,A1)
【文献】特開平11-332603(JP,A)
【文献】中国実用新案第204259951(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A43B 13/22
A43B 13/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アッパーとソールとを有する履物であって、
前記ソールのつま先側の裏面部分に低静止摩擦係数領域が設けられ、
前記低静止摩擦係数領域の静止摩擦係数は
、前記ソールの踵側の裏面部分の静止摩擦係数よりも
小さく、かつ、
前記履物のつま先側の先端と踵側の後端とを結ぶ方向を前後方向、前記前後方向に対して垂直な方向を左右方向としたときに、前記ソールの左右方向の移動に対する静止摩擦係数よりも、前記ソールの前後方向の移動に対する静止摩擦係数の方が小さいことを特徴とする履物。
【請求項2】
前記低静止摩擦係数領域に、前後方向に延びる溝が、前記左右方向に複数本並んで形成されていることを特徴とする請求項1に記載の履物。
【請求項4】
前記ソールの上にインソールを備え、前記インソールの踵が接する部分に踵の側面を覆う形状の窪みが形成されていることを特徴とする請求項1乃至
3のいずれかに記載の履物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はピアノ演奏に好適な履物に関する。
【背景技術】
【0002】
ピアノ演奏用の履物として、本発明者が発明した特許文献1のピアノ演奏用の靴が実用化され、多くのピアニストに採用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ピアノ本体の下部には、右ペダル、中ペダル、左ペダルが設けられている。例えばグランドピアノにおいては、右ペダルは、ピアノ音を持続させるためのダンパーペダルであり、中ペダルは、押鍵した鍵盤のダンパーだけを弦から離しその音だけに余韻を残すためのソステヌートペダルであり、左ペダルは、音量だけでなく打弦の位置をずらすことで音色を微妙に変化させるためのシフトペダルである。そして、演奏者がこのペダルを演奏中に踏むことによりそれに対応したペダル効果が得られるようになっている。
【0005】
ピアノ演奏者は、椅子の高さを調整して、ピアノの鍵盤に対して指の角度や身体の姿勢が正しくなるように椅子に座り、右足の親指と人指し指の付け根から少し足の内側部分がペダルの3分の1から4分の1あたりに当たるようにして履物をペダルに載せてペダリング操作を行う。ピアノ演奏者は、履物の踵部(ヒール)を床につけ、爪先部をペダル位置まで上げた傾斜状態を維持する必要がある。そして、ペダルを踏むときは一瞬でペダルの底まで踏み込み、ペダルを上げるときは一瞬で元の位置までペダルを戻す操作もある。
【0006】
例えば、1曲5分のショパンのワルツを弾く場合、平均して約200回のペダルを踏む。60分連続演奏すると合計約2400回のペダルを踏む計算となる。このようにピアノ演奏時のペダリング操作は足への負担が大きい。そのため、ペダルを踏む足の部分にタコができる、足がつる、足の痛みで休憩を挟むということが多い。このようなペダリング時の足への負担を軽減しようとする試みは、これまでに為されていない。因みに、ペダリングには5kg~7kgの力が足にかかり、子供の骨の発達にも影響があると言われている。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、特に、ピアノ演奏を行う際に、演奏者の意図する安定したペダル操作が可能で、その結果足への負担を軽減することができる履物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明に係る履物は、アッパーとソールとを有する履物であって、前記履物のつま先側の先端と踵側の後端とを結ぶ方向を前後方向、前記前後方向に対して垂直な方向を左右方向としたときに、前記ソールのつま先側の裏面部分に、前後方向に延びる溝が、前記左右方向に複数本並んで形成されていることを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る履物は、アッパーとソールとを有する履物であって、前記ソールのつま先側の裏面部分に低静止摩擦係数領域が設けられ、前記低静止摩擦係数領域の静止摩擦係数は前記ソールの踵側の裏面部分の静止摩擦係数よりも小さいことを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る履物は、アッパーとソールとを有する履物であって、
前記ソールのつま先側の裏面部分に低静止摩擦係数領域が設けられ、前記履物のつま先側の先端と踵側の後端とを結ぶ方向を前後方向、前記前後方向に対して垂直な方向を左右方向としたときに、前記ソールの左右方向の移動に対する静止摩擦係数よりも、前記ソールの前後方向の移動に対する静止摩擦係数の方が小さいことを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る履物は、アッパーとソールとを有するピアノ演奏用の履物であって、当該履物を履いてピアノのペダルを足で操作した時に前記ペダルと接する前記ソールの裏面部分は、履物をつま先側から見た時に、下に向かって凸状に湾曲している形状を有していることを特徴とするピアノ演奏用の履物。
【0012】
なお、上記した本発明に係る履物は、前記ソールの上にインソールを備え、前記インソールの踵が接する部分に踵の側面を覆う形状の窪みが形成されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の履物によれば、特に、ピアノ演奏において、ピアノのペダル操作を安定して行うことが可能となる。その結果として、ペダル操作を行う際の足への負担を軽減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態を示す説明図であり、(a)は側面図、(b)は正面図、(c)は背面図、(d)は底面図である。
【
図2】ペダリング時のピアノのペダルと演奏者の足の位置関係を示す図であり、(a)はペダルを踏み込んだ状態、(b)はペダルを踏み込む前の状態及び(c)は(a)の状態からつま先を上げてペダルを戻した状態を示す。
【
図3】静止摩擦係数の測定方法を示す説明図である。
【
図5】ペダル操作時の筋電位の測定結果を示す説明図である。
【
図6】ペダル操作時の足の加速度の測定結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下添付図面に従って、本発明に係る履物の好ましい実施の形態について詳述する。
図2は、ピアノ演奏者がピアノを演奏するときの演奏者の履物とピアノの下部に設けられたペダルとの関係を図示したものである。なお、
図2では、ピアノ演奏者の足の部分のみを示し、身体全体の描写は省略している。
図2(a)はペダルを踏み込んだ状態であり、
図2(b)はペダルを踏み込む前の状態及び
図2(c)は(a)の状態からつま先を上げてペダルを戻した状態を示す。なお、図中の縦の破線は床にヒールが接地している位置を示すために設けた補助線である。
【0016】
ピアノ演奏者は、椅子の高さを調整して、ピアノの鍵盤に対して指の角度や身体の姿勢が正しくなるように椅子に座り、
図2(b)に示すように、右足の親指と人指し指の付け根から少し足の内側部分がペダル22の3分の1から4分の1辺りに当たるようにして履物21をペダル22に載せてピアノ演奏を行う。
【0017】
図2(a)の状態からつま先を上げてペダルを戻した時、ペダル22に対して履物21のソールが滑り、
図2(b)に示すようにヒールの位置が変わらない方が安定してペダル操作でき、ピアノ演奏者の足にかかる負担は少なく理想的である。しかしながら、履物21のソールがペダル22に対して滑りが悪いと、
図2(c)に示すようにつま先を上げてペダルを戻した時にヒールの位置が、最初のヒールの位置より距離L(1cm程度)だけ後ろへ移動する(ペダルにより履物21が後ろへ押し出される)現象(以下、ヒールバックと言う)が起きることがある。また、ヒールバックにより踵位置が安定しないと、足が左右へぐらつく「ぶれ」も生じやすくなる。
【0018】
このようにヒールバックが起きるとペダル操作に支障をきたし、安定したペダル操作ができない。そのため、ピアノ演奏者は都度足の位置を調整しなければならず、足への負担が大きくなってしまう。また、演奏中に足の操作に意識が行ってしまい、指の動きに集中できなくなる心配がある。
【0019】
多くのピアノ演奏者にヒアリングを実施したところ、ピアノ演奏者自身は特にヒールバックが起きていることを認識していない。つまり、ヒールバックのことは気にしていないが、ヒールバックが起きると無意識のうちにヒール位置を移動させていたのである。本発明者は、ヒールバック現象について初めて着目し、履物のソールを改良することにより、足に無用な負担をかけることなく安定したペダリングが可能な履物を発明するに至ったのである。
【0020】
[本発明の一実施形態の履物]
本発明のピアノ演奏に好適な履物1は、かかるピアノ演奏において、特に、従来よりも安定したペダル操作が可能で、その結果足への負担を軽減することが可能となるように工夫したものである。
【0021】
図1は、本発明の履物であり、一例として、室内用として好適なスリッパを示した。本発明の履物1は、足の甲を覆うアッパー2(甲革若しくは甲皮ともいう)と、ソール3と、で履物本体部が構成される。スリッパの場合、アッパー2はつま先側の甲部分のみを覆うのが一般的であるが、踵側も覆うようにしてもよい。また、ソール3の上にはインソール4を備えている。このインソール4は、
図1(a)は足裏が当たる部分を破線で示してあるが、例えば、フットベッドと呼ばれる足裏の形状、凹凸に合わせて作られる立体的なインソール(中敷き)であることが望ましい。特に踵側は踵の側面を覆う形状になっていることが望ましい。このようにインソール4をフットベッドにすることで、踵が窪みにホールドされるので、ペダル操作の途中で踵がずり落ちたり、脱げたりする心配がない。また、本実施形態では、ソール3の踵側にヒール5が設けられている。なお、インソール4及びヒール5はそれぞれソール3とは別体ものであっても良いし、ソール3と共に射出成型等により一体成型し境目がないようにしたものであっても良い。
【0022】
図1(b)及び
図1(d)に示すように、ソール3の裏面のつま先側において、ピアノのペダルを操作する際にペダルに接触する領域に溝6が複数本形成されている。この溝6は、演奏者から見て前後方向(即ち、つま先側の先端と踵側の後端とを結ぶ方向)に延びるように形成されている。
図1(d)の破線はソールのつま先側の先端から踵側の後端を結ぶ中心線であるが、各溝6はこの中心線と略平行になるように並んで形成されていることが好ましい。履物のサイズが23.5cmの場合、中央の最も長い溝で約10~11cm程度の長さがあれば良い。なお、
図1(d)において、溝6が形成された領域とそれ以外の領域を分けるために、複数本の溝6を取り囲むように区画用溝7が形成されている。つま先側及び側面側において、区画用溝7からソール3の端(側面)までの距離は約5mm~10mm程度が好ましい。なお、この区画用溝7は必ずしも必要ではなく省略しても良い。
【0023】
このように、本発明では、溝6を演奏者から見て前後方向に延びるように形成したことにより、従来にはない作用効果を奏する。即ち、本発明において、溝6が形成された領域(即ち、本実施形態では区画用溝7で囲まれた領域)が低静止摩擦係数領域8となる。この低静止摩擦係数領域8は、ソール3に複数本の溝6を設けたことによりペダルとの接触面積が減り、前後方向の静止摩擦係数(つまり摩擦抵抗)が小さくなる。その結果、低静止摩擦係数領域8はペダルの上を前後方向に滑りやすくなっている。そして、低静止摩擦係数領域8の静止摩擦係数は、溝がない踵側のソール(またはヒール)の静止摩擦係数よりも小さい。その結果、ペダル操作時に低摩擦係数領域8がペダルの上をスムーズに滑ることで、踵側のソール(またはヒール)と床との接地位置が安定する。踵側のソール(またはヒール)の接地位置が安定することにより、演奏者の理想的なペダル操作を可能とし、結果的に従来よりもはるかに小さいエネルギーでペダル操作が可能となり、足の筋肉への負担を軽減することができる。なお、床の材質がフローリング、絨毯、カーペットのいずれであっても、本発明の履物であれば踵側のソール(またはヒール)の接地位置が安定する効果を期待することができる。
【0024】
また、本実施形態において、静止摩擦係数領域8は、ソール3の左右方向の移動に対する静止摩擦係数よりも、ソール3の前後方向の移動に対する静止摩擦係数の方が小さくなっている。もし、左右方向の静止摩擦係数が前後方向の静止摩擦係数と同じまたはそれよりも小さくなってしまうと、ソール3が左右方向にも滑って足が左右にぶれてしまい(左右にぐらついてしまう現象)、このぶれが大きい場合はペダルを踏み外すこともある。本実施形態では、各溝4が前後方向に延びているため、左右方向に対して、各溝間の凸部によりエッジ効果が働いて摩擦抵抗(静止摩擦係数)が大きくなり、ソール3が左右方向に滑りにくくなっている。
【0025】
更に、本実施例ではソール3の外観形状にも工夫をしている。即ち、
図1(b)に示すように、履物1を正面(つま先側)から見た時、静止摩擦係数領域8が形成された領域(即ち、ペダルと接する領域)は、下に向かって凸状に湾曲している形状を有していることが好ましい。このような形状により、ペダルを踏み込み始める時やペダルから足を離す時は、ソール3とペダルの接触面積が小さく、より前後方向の摩擦抵抗を小さくすることができる。なお、ペダルを強く踏み込んだ時や歩行時は、荷重により扁平に変形することが望ましい。扁平に変形することにより、ペダルを踏み込んで接地面積が大きくなるに従って、溝のエッジ効果により左右方向への足のぐらつきは起きにくくなる。なお、ソール3の踵側の裏面(本実施形態ではヒール5の裏面)、即ち床と接する面は、
図1(c)に示すように、歩行時の安定性を考慮して平坦な領域を有することが好ましい。
【0026】
次に溝6の寸法と溝6間の距離(溝と溝の間の平面部分の幅)について説明する。溝6の幅を大きくするか、溝6の本数を増やせば、前後方向の移動に対する摩擦抵抗(静止摩擦係数)を小さくすることができる。一方、溝6間の距離は、左右方向への動きに対して溝間の壁が容易に変形してしまうとエッジ効果を期待できなくなる可能性があるため、エッジ効果を期待できるだけの長さ(若しくは溝間の壁の厚さ)が必要である。本発明者が検討した結果、溝6の幅は0.5mm~3.0mmであることが好ましく、また、溝6間の距離(溝と溝の間の平面部分の幅)は1mm~3.0mmであることが好ましことが分かった。なお、溝6間の距離複数の溝6の幅の合計をA、溝間の距離の合計をBとしたとき、A/(A+B)の値は0.2~0.5の範囲にあることが好ましい。なお、溝6の形状については、V字溝若しくはU字溝が好ましく、深さについてはあまり深くする必要はなく、0.5mm~3mm程度あれば良い。
【0027】
次にソール3の材質について説明する。ソール3として適用可能な材質としては、例えば、天然ゴム、合成ゴム(例えばイソプレンゴム、ブタジエンゴム、スチレン-ブタジエンゴム、アクリロニトリル-ブタジエンゴム、クロロプレンゴム、ブチルゴム等)、合成樹脂(ポリウレタン、EVA(エチレン酢酸ビニル))などがある。なお、合成ゴムや合成樹脂は発泡体でも良い。
【0028】
[本発明の他の実施形態の履物]
図1に示す上記実施形態においては、溝6は直線状の溝であるが、前後方向の移動に対する摩擦抵抗が極端に大きくならないのであれば、緩やかな角度で蛇行する波型形状やジグザグ形状であっても良い。
また、
図1に示す上記実施形態においては、ソールの裏面に凹状の溝6を設けているが、これとは反対に凸状に隆起させても良い。そうすると筋状に並ぶ凸状の隆起の間には、結果的に溝が形成され、
図1に示す上記実施形態と同様に低静止摩擦係数領域が形成される。
また、
図1に示す上記実施形態においては、溝6によって低静止摩擦係数領域8を形成したが、溝に替えて低静止摩擦係数領域8の表面をザラザラ(小さな突起が広く分布している状態)にしてペダルとの接触面積を小さくし、低静止摩擦係数領域8の静止摩擦係数をソールの踵側の裏面部分の静止摩擦係数よりも小さくしても良い。
【0029】
[静止摩擦係数の測定]
次に、静止摩擦係数の測定方法及び測定結果について説明する。まず、表面に幅1mm、深さ0.6mmの溝を2mm間隔で設けた発泡EVAの板から、2.5cm×2.5cmの大きさにカットした試料1、試料2を準備した。また、溝を設けていない発泡EVAの板から、2.5cm×2.5cmの大きさにカットした試料3を準備した。同様に、表面に幅1mm、深さ0.6mmの溝を2mm間隔で設けた合成ゴムの板から、2.5cm×2.5cmの大きさにカットした試料4、試料5を準備した。また、溝を設けていない合成ゴムの板から、2.5cm×2.5cmの大きさにカットした試料6を準備した。なお、合成ゴムは紳士用靴のソールに用いられている素材であり、スチレン・ブタジエン・ラバー、ニトリル・ブタジエン・ラバーなどの合成ゴムと合成樹脂を主原料として、これに軟化剤・着色剤等の薬品を混合して練り合わせ、加熱加圧したものが一般的である。
【0030】
次に、
図3に示すようにして試料1~6の静止摩擦係数μを測定した。即ち、
図3(a)に示すように、金属板31の上の載置点Pの位置に試料32を置いた状態から徐々に金属板31の片側を上げて行き、
図3(b)に示すように試料32が滑った時の高さAと距離Bを測ることにより静止摩擦係数(μ=A/B)を算出することができる。なお、本測定においては、金属板31としてアルミニウム板を用い、試料32には48gの荷重をかけた。また、試料1及び4は、試料1及び4の溝が滑り落ちる方向と平行になるようにセットした。また、試料2及び試料5は試料2及び試料5の溝が滑り落ちる方向と垂直になるようにセットした。そして、各試料について試料が滑り落ちたときの高さA及び距離Bを5回測定し(n=5)、静止摩擦係数を算出した。
【0031】
図4に、5回測定して算出した各試料の静止摩擦係数の平均値を示す。この結果が示す通り、低静止摩擦係数領域8に相当する試料1又は4の静止摩擦係数の方が、ソール3の踵側の裏面部分に相当する試料3又は試料6の静止摩擦係数よりも小さいことが判る。また、低静止摩擦係数領域8における左右方向の移動に対する静止摩擦係数(試料2又は試料5が該当)よりも、前後方向の移動に対する静止摩擦係数(試料1又は4が該当)の方が小さいことが判る。
【実施例】
【0030】
(被験者)
被験者(女性、22歳)に後述する実施例及び比較例の履物を履いてもらい、ペダル操作にどのような差が生じるのか比較検討を行った。
【0031】
(履物)
実施例として、ソールの材質が発泡EVAで、サイズが23.5cmのスリッパ(形状は
図1参照)を準備した。なお、ソールの裏面のつま先側には、幅1mm、深さ0.6mmの溝を、溝間の距離(平坦部の幅)2mmを隔てて22本形成した。なお、幅1mm、深さ0.6mmの区画用溝も設け、ソールの端(側面)から区画用溝まで距離は約5mmとした。溝の長さは中央の最も長い溝で10cmとした。また、比較例として、ソールの裏面に溝を形成していないサイズが23.5cmの通常のスリッパを準備した。
【0032】
(試技)
右足によるペダルの全踏みを3回続けた後に半踏みを3回続ける動作を1試行とし、これを4試行実施した。ペダル踏みの速さは毎分80回とし、メトロノームを使い一定の速度になるようにした。
【0033】
(筋電位測定)
筋電位測定には、日本光電製テレメトリーシステム(WEB-5000)を使用した。被験筋は右脚の前脛骨筋、腓腹筋(外側頭)、ヒラメ筋、長腓骨筋の4筋である。これらの筋活動の出力は、ADInstruments社製A/Dコンバーターでサンプリングレート1kHzでデジタル化し、パーソナルコンピュータ(acer Travelmate P453)に取り込んだ。
【0034】
(前足部加速度測定)
右足の前足部に加速度計を取り付けて、ペダリングの際の足の左右のぶれを測定した。前足部の加速度測定には、幅2.5cm、長さ約12cmのアルミニウム製ステーの両端および中央部に共和電業製加速度センサ(AS-20GA)を3個取り付けたものを準備し、これを測定時に両面粘着テープを使用して履物の前部(各指の上部)に取り付けた。加速度センサは、共和電業製シグナルコンディショナー(CDV-700A)を介し、重力加速度1Gが0.1Vの出力になるように校正して前記のA/Dコンバーターに接続し、パーソナルコンピュータに取り込んだ。ステーの端に取り付けた加速度センサは上下方向の加速度を検出するように配置し、中央部のセンサは左右方向の加速度を検出するように配置した。ステー両端の加速度センサからの出力は、前足部がロール運動をせずに上下した場合には等しくなるが、ロール運動を伴って上下した場合には差が生じる。これにより、前足部のロール運動の大小を検討した。
【0035】
(結果)
試技の結果を
図5及び
図6に示す。
図5は筋電位の測定結果であり、4試行中の全踏み3動作の波形及び平均筋電位の値を示す。その結果、実施例の方が比較例よりも前脛骨筋、腓腹筋(外側頭)、ヒラメ筋、長腓骨筋の4筋全ての平均筋電位が小さく、筋肉負担が小さいことが判る。また、長腓骨筋の筋電位のばらつき(標準偏差)も実施例の方が比較例よりも小さい。このことから、実施例の方がピアノ演奏時のペダル操作の安定性に優れていることが判る。
図6は加速度の測定結果であり、足の左右の加速度の値の差分の波形は実施例の方が比較例よりも小さく、実施例の方がペダル操作時の足の左右のぶれが抑制されていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
上記実施形態では本発明をスリッパに適用した例について説明したが、本発明はこれに限らず、足全体を覆うアッパーを有する靴(紳士靴、ハイヒール、子供用シューズを含む)やサンダルにも適用可能である。なお、人間工学に基づく特許文献1のピアノ演奏用の靴に本発明を適用することにより、更に演奏者の足への負担が軽減され、手の動きに集中することができる。
【符号の説明】
【0037】
1 履物
2 アッパー
3 ソール
4 インソール
5 ヒール
6 溝
7 区画用溝
8 低静止摩擦係数領域
21 履物
22 ペダル
【要約】
【課題】 ピアノ演奏の際に、演奏者の意図する安定したペダル操作が可能で、その結果足への負担を軽減することができる履物を提供する。
【解決手段】 本発明に係る履物1は、アッパー2とソール3とを有し、履物1のつま先側の先端と踵側の後端とを結ぶ方向を前後方向、これと垂直な方向を左右方向としたときに、ソール3のつま先側の裏面部分に、前後方向に延びる溝6が、左右方向に複数本並んで形成されている。
【選択図】
図1