(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-14
(45)【発行日】2023-12-22
(54)【発明の名称】試料ガス分析システム及び方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/10 20060101AFI20231215BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20231215BHJP
H01J 49/26 20060101ALI20231215BHJP
【FI】
H01J49/10
G01N27/62 G
H01J49/26
(21)【出願番号】P 2020022324
(22)【出願日】2020-02-13
【審査請求日】2022-12-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】八幡 行記
【審査官】田中 秀直
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-523367(JP,A)
【文献】特開2004-257873(JP,A)
【文献】特開昭60-062051(JP,A)
【文献】特開2018-041736(JP,A)
【文献】特開2019-191044(JP,A)
【文献】国際公開第2008/103733(WO,A2)
【文献】米国特許出願公開第2005/0001161(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00-49/48
G01N 27/60-27/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キャリアガス及び試料ガスを含む混合ガスを生成するガス生成装置と、
前記混合ガスが導入されるイオン源を有する質量分析装置と、
を含み、
前記キャリアガスは、主成分ガス及びクエンチガスを含み、
前記ガス生成装置は、
試料を加熱することにより前記試料ガスを生じさせる熱分解装置と、
前記熱分解装置に対して前記主成分ガス及び前記クエンチガスの比率を調整しつつそれらを前記キャリアガスとして導入するキャリアガス発生装置と、
を含み、
前記イオン源において、熱電子エネルギーに基づいて前記主成分ガスを構成する第1粒子が励起状態になり、前記第1粒子の励起エネルギーに基づいて前記クエンチガスを構成する第2粒子が電子を放出し、その放出された電子の捕獲により前記試料ガスを構成する第3粒子がイオン化する、
ことを特徴とする試料ガス分析システム。
【請求項2】
請求項
1記載の試料ガス分析システムにおいて、
前記キャリアガスにおける前記クエンチガスの割合が1%以上50%以下である、
ことを特徴とする試料ガス分析システム。
【請求項3】
キャリアガス及び試料ガスを含む混合ガスを生成するガス生成装置と、
前記混合ガスが導入されるイオン源を有する質量分析装置と、
を含み、
前記キャリアガスは、主成分ガス及びクエンチガスを含み、
前記イオン源において、熱電子エネルギーに基づいて前記主成分ガスを構成する第1粒子が励起状態になり、前記第1粒子の励起エネルギーに基づいて前記クエンチガスを構成する第2粒子が電子を放出し、その放出された電子の捕獲により前記試料ガスを構成する第3粒子がイオン化し、
前記イオン源の内部圧力が大気圧よりも低い圧力にされ、
前記ガス生成装置の内部圧力と前記イオン源の内部圧力の圧力差により、前記ガス生成装置から前記イオン源へ前記混合ガスが輸送される、
ことを特徴とする試料ガス分析システム。
【請求項4】
試料ガス、主ガス、及び、クエンチガスを含む混合ガスをイオン源に導入し、
前記イオン源において前記試料ガスから負イオンが生成され、
前記負イオンの質量分析が実行される
試料ガス分析方法であって、
前記イオン源においては、熱電子エネルギーに基づいて前記主ガスを構成する第1粒子が励起し、前記第1粒子の励起エネルギーに基づいて前記クエンチガスを構成する第2粒子が電子を放出し、前記試料ガスを構成する第3粒子が前記放出された電子を捕獲して前記負イオンが生成され、
前記主ガス及び前記クエンチガスからなるキャリアガスにおける前記クエンチガスの割合が1%から50%の範囲内にある、
ことを特徴とする試料ガス分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は試料ガス分析システム及び方法に関し、特に、試料ガスの質量分析に関する。
【背景技術】
【0002】
製品開発、品質管理、生産管理等において、発生ガス分析(EGA:evolved gas analysis)が活用されている。発生ガス分析では、製品、材料等の試料から出るガス(試料ガス)が分析される。
【0003】
従来の第1の試料ガス分析システムは、熱分解装置、ガスクロマトグラフ、及び、質量分析装置により構成される。熱分析装置は、熱分解炉を含み、熱分解炉内で試料を加熱することにより、試料から試料ガスが生じる。熱分解装置にはキャリアガスが導入されており、熱分解装置から、キャリアガス及び試料ガスにより構成される混合ガスが排出される。混合ガスはガスクロマトグラフに送られる。ガスクロマトグラフでは、試料ガスが複数のガス成分に分離され、個々のガス成分がキャリアガスと共に質量分析装置へ順次送られる。質量分析装置で、個々のガス成分が質量分析される。
【0004】
従来の第2の試料ガス分析システムは、熱分解装置及び質量分析装置により構成される。第2の試料ガス分析システムでは、ガスクロマトグラフを経由せずに、熱分解装置から質量分析装置へ、試料ガス及びキャリアガスからなる混合ガスが直接的に導入される。これにより、試料から生じる試料ガスがリアルタイム又はそれに近い態様で質量分析される。なお、電池で生じるガス、化学反応炉で生じるガス、摩擦試験で生じるガス、電子顕微鏡を用いたオペランド観測で生じるガス、等が分析対象とされることもある。
【0005】
質量分析装置におけるイオン化法の1つとして、化学イオン化(CI:chemical ionization)法が知られている。CI法では、イオン化室内において、試料ガスを構成する粒子(分子又は原子)が試薬イオンと化学的に相互作用することで、試料イオン(正イオン又は負イオン)が生じる。化学的な相互作用として、プロトン付加、及び、電子捕獲が挙げられる。試料ガスがハロゲン、ポリハロゲン化合物等の電子親和力の大きい粒子で構成されている場合、CI法を用いて試料ガスから負イオンが生成される。負イオンを生成する化学イオン化はNICIと称されている。いずれにしても、CI法では、試料ガスと試薬イオンとの間での反応性を高めるために、イオン化室内に多量の試薬ガスを導入して、イオン化室内に多量の試薬イオンを生じさせる必要がある。
【0006】
上記の第2の試料ガス分析システムにおいては、通常、質量分析装置で生じる負圧を利用して、具体的には、熱分解装置内における圧力(例えば大気圧)とイオン化室の圧力(負圧)の圧力差を利用して、試料ガスを含む混合ガスが熱分解装置から質量分析装置へ輸送される。第2の試料ガス分析システムに、CI法に従うイオン源を設けた場合、イオン化室内の圧力が高くなり、上記圧力差が小さくなる。このため、混合ガスの輸送を行えず、あるいは、輸送速度が低下してしまう。よって、第2の試料ガス分析システムにおいて、CI法をそのまま採用することは困難である。第2の試料ガス分析システムにおいては、一般に、電子イオン化(EI:electron ionization)法が採用されている。しかし、EI法を採用すると、負イオンを測定できない。EI法はハードイオン化法であることから、分子イオンを測定する場合には、EI法に代わるソフトイオン化法を採用する必要がある。
【0007】
なお、特許文献1には、試料ガスを分析する質量分析装置が開示されている。そのイオン源には、試料ガスと共に反応ガス(試薬ガス)が導入されている。特許文献2には、ペニング効果を利用する検出器が開示されている。その検出器は、ガスのイオン化に伴って生じる自由電子を検出するものである。特許文献2には、熱分解及び質量分析に関連する構成は認められない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】WO2014/132357号公報
【文献】特開2006-226870号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、イオン化室内に大量の化学反応用ガスを入れなくても、試料ガスから多くの負イオンを生成し得るシステム及び方法を実現することにある。あるいは、本発明の目的は、ペニング効果を利用した新しいイオン化法を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る試料ガス分析システムは、キャリアガス及び試料ガスを含む混合ガスを生成するガス生成装置と、前記混合ガスが導入されるイオン源を有する質量分析装置と、を含み、前記キャリアガスは、主成分ガス及びクエンチガスを含み、前記イオン源において、熱電子エネルギーに基づいて前記主成分ガスを構成する第1粒子が励起状態になり、前記第1粒子の励起エネルギーに基づいて前記クエンチガスを構成する第2粒子が電子を放出し、その放出された電子の捕獲により前記試料ガスを構成する第3粒子がイオン化する、ことを特徴とするものである。
【0011】
本発明に係る試料ガス分析方法は、試料ガス、主ガス、及び、クエンチガスを含む混合ガスをイオン源に導入し、前記イオン源において前記試料ガスから負イオンが生成され、 前記負イオンの質量分析が実行される、ことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、イオン化室内に大量の化学反応用ガスを入れなくても、試料ガスから多くの負イオンを生成し得る。あるいは、本発明によれば、ペニング効果を利用した新しいイオン化法を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施形態に係る試料ガス分析システムを示すブロック図である。
【
図3】励起エネルギーとイオン化エネルギーの関係を示す図である。
【
図4】クエンチガスの割合を変化させた場合におけるイオン量の変化を示す図である。
【
図5】比較例に係るイオン量プロファイル及び実施形態に係るイオン量プロファイルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0015】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る試料ガス分析システムは、ガス生成装置、及び、質量分析装置を含む。ガス生成装置は、キャリアガス及び試料ガスを含む混合ガスを生成する装置である。質量分析装置は、混合ガスが導入されるイオン源を有する。キャリアガスは、主成分ガス及びクエンチガスを含む。イオン源において、熱電子エネルギーに基づいて主成分ガスを構成する第1粒子が励起状態になる。第1粒子の励起エネルギーに基づいてクエンチガスを構成する第2粒子が電子を放出する。その放出された電子の捕獲により試料ガスを構成する第3粒子がイオン化する。
【0016】
ペニング(pennig)効果は、第1粒子(主成分ガスを構成する原子)の励起エネルギー(電子励起エネルギー)の方が、第2粒子(クエンチガスを構成する原子又は分子)のイオン化エネルギーよりも高い場合に生じる。その条件を満たすように、キャリアガスを構成する主成分ガス及びクエンチガスが選択される。ペニング効果により、イオン化室内に試薬ガスを導入しなくても、換言すれば、イオン化室内の圧力を必要以上に高めることなく、イオン化室内に多くの電子を生じさせることが可能となる。本発明者の実験によれば、キャリアガスにおけるクエンチガスの割合を適宜設定することにより、多量の第3粒子イオン(試料ガスを構成する分子のイオン化により生成された分子イオン)を生成できることが確認されている。
【0017】
上記構成によれば、ガス生成装置と質量分析装置との間に圧力差を生じさせることが可能となるので、その圧力差を利用してガス生成装置で生じた混合ガスを質量分析装置へ引き込める。もっとも、ガス生成装置と質量分析装置との間にガスクロマトグラフを設置してもよい。その場合、ガスクロマトグラフが有するガス輸送設備を利用して混合ガスが輸送されてもよい。
【0018】
ペニング効果を利用したイオン化も化学イオン化の一種である。ペニング効果及び電子捕獲現象を利用した上記イオン化法は、従来のCI法を発展させたイオン化法であると理解することも可能であるが、その実体から見て、従来のCI法とは区別される、新しいイオン化法である(PCI法)。主成分ガスは、メインキャリアガスであり、クエンチガスはサブキャリアガスであり、ドーパントガスとも呼ばれる。
【0019】
実施形態において、ガス生成装置は、試料を加熱することにより試料ガスを生じさせる熱分解装置を有する。電池セルで生じるガス、化学反応炉で生じるガス、摩擦試験で生じるガス、電子顕微鏡を用いたオペランド観測で生じるガス、等が分析対象とされてもよい。そのようなガスを生成する部分がガス生成装置に相当する。
【0020】
実施形態において、ガス発生装置は、更に、キャリアガス発生装置を含む。キャリアガス発生装置は、熱分解装置に対して、主成分ガス及びクエンチガスの比率を調整しつつそれらをキャリアガスとして導入する装置である。ペニング効果は、主成分ガスとクエンチガスの比率が一定の範囲内にある場合に顕著に生じる。キャリアガス発生装置はその比率を安定的に設定するものである。
【0021】
実施形態において、キャリアガスにおけるクエンチガスの割合(流量又は体積の割合)は1%以上50%以下である。実験によれば、そのような範囲で実用的なクエンチ効果が認められている。主成分ガスとクエンチガスの様々な組み合わせにおいて、上記条件が成立すると考えられる。
【0022】
実施形態において、イオン源の内部圧力が大気圧よりも低い圧力にされる。ガス生成装置の内部圧力とイオン源の内部圧力の圧力差により、ガス生成装置からイオン源へ混合ガスが輸送される。上記のように、イオン源に試薬ガスを導入しなくても試料イオンを生成できるので、イオン化室内の圧力を十分に低い値にし得る。よって、大きな圧力差を用いて混合ガスを引き込める。なお、クエンチ効果を生じさせつつ、イオン化室内に試薬ガスを別途導入して、試薬イオンを生じさせる変形例も考えられる。
【0023】
実施形態に係る試料ガス分析方法は、第1工程、第2工程、及び、第3工程を含む。第1工程では、試料ガス、主成分ガス、及び、クエンチガスを含む混合ガスがイオン源に導入される。第2工程では、イオン源において試料ガスから負イオンが生成される。第3工程では、負イオンの質量分析が実行される。
【0024】
実施形態において、イオン源においては、熱電子エネルギーに基づいて前記主ガスを構成する第1粒子が励起する。第1粒子の励起エネルギーに基づいてクエンチガスを構成する第2粒子が電子を放出する。試料ガスを構成する第3粒子が、放出された電子を捕獲して、負イオンが生成される。イオン生成メカニズムは一般に複雑であり、上記反応と共に、他の反応が生じていてもよい。実施形態においては、主ガス及びクエンチガスからなるキャリアガスにおけるクエンチガスの割合が1%から50%の範囲内にある。望ましくは、その割合が2%から25%の範囲内にある。
【0025】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係る試料ガス分析システムが示されている。試料ガス分析システムは、実施形態において、試料の加熱により生じるガスを質量分析するシステムであり、実施形態に係る試料ガス分析方法を実行するシステムである。加熱以外の方法で生成された試料ガスが分析対象とされてもよい。以下、具体的に説明する。
【0026】
試料ガス分析システムは、ガス生成装置10、質量分析装置16、及び、システム制御部18を有する。ガス生成装置10は、キャリアガス発生装置11、及び、熱分解装置12により構成される。ガス生成装置10と質量分析装置16との間には、圧力調整装置又は絞り装置として機能するカラム14が設けられている。
【0027】
キャリアガス発生装置11は、主成分ガスタンク20、クエンチガスタンク22、MFC(マスフローコントローラ)24、MFC26、及び、ミキサー30を有する。主成分ガスは、実施形態において、Heガスである。主成分ガスタンク20からHeガスが排出される。他のガスが主成分ガスとされてもよい。一般的には、化学的に安定な希ガスが主成分ガスとして選択される。クエンチガスは、実施形態において、Arガスである。クエンチ効果が生じるように、主成分ガスの種類及びクエンチガスの種類が選択される。ちなみに、He原子、Ar原子は、負の電子親和力を有し、そのイオン化により電子を放出する。
【0028】
MFC24,26により、主成分ガスの流量及びクエンチガスの流量が設定される。それらの比率は、クエンチ効果が高まるように、設定される。実施形態においては、後に説明するように、主成分ガス及びクエンチガスからなるキャリアガスにおいて、クエンチガスの割合が1%から50%の範囲内になるように、望ましくは、2%から25%の範囲内になるように、各ガスの流量が調整される。
【0029】
ミキサー30において、主成分ガス及びクエンチガスが混合され、これによりキャリアガスが生成される。より正確には、試料ガスから見て、主成分ガス及びクエンチガスのずれもキャリアガスとして機能する。混合ガスとしてのキャリアガスが熱分解装置12へ導入される。なお、混合キャリアガスを収容したタンクを設置し、そこから混合キャリアガスを熱分解装置12へ供給してもよい。
【0030】
熱分解装置12は、ヒーターを備える熱分解炉34を有する。熱分解炉34の中に試料36が入れられる。試料36の温度が、例えば、室温から数百℃まで変更される。あるいは、試料36の温度が所定温度とされる。試料36の加熱に伴って、試料36からガス(試料ガス)38が生じる。熱分解装置12内には上記のようにキャリアガスが導入されており、熱分解装置12内においてキャリアガスと試料ガスとが混じり合い、混合ガスが生じる。通常、混合ガスの大部分がポート42から外界へ放出され、混合ガスの一部分が経路40を介してカラム14へ導入される。
【0031】
カラム14は、ループ状部分を有するキャピラリー44を有する。キャピラリー44は、比較的に短い長さ(例えば5m)を有し、それはガス成分分離作用を有しないものである。キャピラリー44は、イオン源46へ混合ガスが高速で突入しないようにするための抵抗又は絞りとして機能する。キャピラリー44を介して熱分解装置12及び質量分析装置16を接続することにより、質量分析装置16の負圧、特にイオン源46内の負圧を維持することが可能となる。同時に、真空設備54を保護することが可能となる。熱分解装置12の内部圧力は、例えば大気圧であり、イオン源46の内部圧力は、通常、大気圧よりもかなり低い圧力である。それらの圧力差を利用して、熱分解装置12で生じた混合ガスが質量分析装置16へ輸送される。カラム14に代えて絞りとして機能するニードル弁等を設けてもよい。なお、経路40はキャピラリーの一部であり、キャピラリー44の末端がイオン源46に接続されている。
【0032】
符号56で示すように、熱分解装置12の後段においてクエンチガスを導入することも可能である。また、符号58で示すようにイオン源46の手前でクエンチガスを導入することも可能である。しかし、そのような場合、主成分ガスとクエンチガスの比率を調整、管理することが難しくなる。
図1に示された構成によれば、主成分ガスとクエンチガスの比率を正確に容易に定め得る。
【0033】
質量分析装置16は、イオン源46、質量分析部48、イオン検出器50、データ処理部52、真空設備54等を有する。イオン源46の構造は、従来のCI法に従うイオン源の構造と同じである。すなわち、イオン化室内の負圧を維持し易い密閉に近い構造である。但し、試薬ガスを導入するポートは閉鎖されている。イオン源46の構成例については、後に
図2を用いて説明する。
【0034】
質量分析部48は、例えば、飛行時間型質量分析部である。四重極型質量分析部等の他の質量分析部が設けられてもよい。イオン源46で試料イオンが生成され、その試料イオンが質量分析部48において質量分析される(符号47を参照)。各イオンが、それが有する質量電荷比に応じたタイミングで、イオン検出器50に到達する。イオン検出器50の出力信号がデータ処理部52に送られている。
【0035】
データ処理部52は、プロセッサを有し、出力信号に基づいて各時刻でマススペクトルを生成する。また、データ処理部52は、時間軸上において並ぶ複数のマススペクトルに基づいて、トータルイオン電流クロマトグラム(TICC)を生成する。データ処理部52は、試料温度とイオン量との関係を示すプロファイルを作成する機能も有している。データ処理部52がコンピュータにより構成されてもよい。データ処理部52とシステム制御部18が統合されてもよい。
【0036】
真空設備54は真空ポンプを含む。真空設備54により、イオン源46、質量分析部48等の内部が大気圧よりも十分に低い圧力とされる。実施形態においては、イオン源46に対して、混合ガス以外のガス、特に試薬ガスは導入されておらず、イオン化室内部の負圧が安定的に維持されている。
【0037】
システム制御部18は、
図1に示されている個々の要素の動作を制御している。特に、システム制御部18は、主成分ガスの流量とクエンチガスの流量の比率を制御しており、また、熱分解装置12における試料36の加熱温度を制御している。
【0038】
図2には、イオン源46の構造が例示されている。容器59の内部がイオン化室59Aである。容器59とフィラメント60との間に電圧が印加されており、フィラメント60で生じた熱電子が開口59Bを介してイオン化室59Aへ導入される(符号62を参照)。容器59にはポート64が設けられている。ポート64を介して混合ガス(具体的には、主成分ガス、クエンチガス及び試料ガス)がイオン化室59Aに導入される(符号66を参照)。なお、ポート64には、試薬ガス導入用のポート68が連結されているが、そのポート68は封鎖されている。
【0039】
イオン化室59A内においては、主成分ガスを構成するHe原子が熱電子エネルギーを得て励起する(Heイオンも生じる)。He原子の励起エネルギーにより、その励起エネルギーよりも低いイオン化エネルギーを有するAr原子がイオン化され、これにより電子が放出される。すなわち、ペニング効果により、イオン化室59A内に電子が生じる。その電子が試料ガスを構成する原子により捕獲され(電子捕獲反応)、負イオンとしての試料イオンが生じる。以上の反応を整理すると以下のとおりである。He*は励起状態にあるHe原子を示している。
【0040】
He*+Ar → He+Ar++e- → M+e- → M-
【0041】
主成分ガスの量とクエンチガスの量の比率を一定範囲内とすることにより、ペニング効果により、大量に電子が生じ、多量の試料イオン(負イオン)が生じる。
【0042】
図2において、イオン化室59A内で生じた試料イオンは、加速電圧の作用により、質量分析部の方へ引き出される(符号72を参照)。イオン源46の後段にはレンズ74が設けられている。
【0043】
図3には、ガス種別76ごとに、1又は複数の励起エネルギー78、及び、イオン化エネルギー80が示されている。励起エネルギーについては、嶋森 洋、非平衡 プラズマ中の電子・励起粒子反応過程、Transactions IEE of Japan, Vol. 117-A, No . 6, 1997を参照した。イオン化エネルギーについては、NIST Standard Reference Database Number 69を参照した。
【0044】
主成分ガスを構成する粒子(原子)の励起エネルギーE1、及び、クエンチガスを構成する粒子(原子又は分子)のイオン化エネルギーE2に着目した場合、E1>E2の条件を満たす2つのガスの組み合わせを、主成分ガス及びクエンチガスとして採用し得る。例えば、HeガスとArガスの組み合わせは、上記の条件を満たす(符号82を参照)。クエンチガスとして、希ガスの他、O2ガス、等を用い得る。主成分ガスとして、複数のガスを用いてもよく、クエンチガスとして、複数のガスを用いてもよい。メタン(CH4)ガスや、イソブタン(C4H10)ガスなどをクエンチガスとして利用してもよい。例えば、Arガスを主成分ガスとし、イソブタンをクエンチガスとしてもよい。
【0045】
図4には、実験結果が示されている。試料として、校正用標準試料であるPFTBA(Perfluorotributylamine)(m/z=633)を利用した。
図1に示された構成において、主成分ガスをHeガスとし、ペニングガスをArガスとした。それらにより構成されるキャリアガスの流量を1cc/minで固定し、キャリアガス中のペニングガスの割合を0%から100%まで段階的に変化させた。すなわち、HeとArの比率を、He:Ar=100:0からHe:Ar=0:100まで変化させた。各比率において試料イオン強度(負イオン強度)を測定した。質量分析装置に対しては、負イオン化学イオン化法(NICI法)に適合する設定を行った。なお、質量分析装置には、キャリアガス及び試料ガスからなる混合ガスのみを導入し、それ以外のガス(試薬ガスを含む)は導入していない。m/z=633における負イオン強度の変化が
図4に示されている。
【0046】
Heガス又はArガスが100%の場合、僅かにイオンが確認できる程度であった。Arガスの割合(キャリアガス中の含有率)を1%にした場合、Heガスの割合を100%にした場合と比べて、約5倍の試料イオン強度が得られた。Arガスの割合を5%にした場合、Heガスの割合を100%にした場合と比べて、約35倍の試料イオン強度が得られた。Arガスの割合を10%にした場合、Heガスの割合を100%にした場合に比べて、約55倍の試料イオン強度が得られた。1cc/minという僅かなキャリアガス流量でも、大量の試料イオンを生じさせ得ることを確認できた。Arガスの割合を20%にした場合、Heガスの割合を100%にした場合と比べて、約35倍の試料イオン強度が得られた。その後、Arガスの割合を高めていくと、試料イオン強度が徐々に下がった。Arの割合を50%にした場合、Arガスの割合を1%にした場合と同等な試料イオン強度となり、Arガスの割合をそれ以上高めても、試料イオン強度の改善は認められなかった。Arガスの割合を100%にした場合、僅かに試料イオンを確認できたが、その際の試料イオンの強度は、Heガスの割合を100%にした場合と同等であった。
【0047】
以上のように、キャリアガス中のArガスの割合が1%から50%の範囲内ある場合に、試料イオンを明確に確認できた。キャリアガス中のArガスの割合が2~25%の場合には十分なイオン強度を得ることが可能である。望ましくは、キャリアガス中のArガスの割合を5~20%の範囲内にすべきである。特に望ましくは、キャリアガス中のArガスの割合を10~15%の範囲内にすべきである。以上の傾向は、希ガスを主成分ガスとし、他のガスをクエンチガスとした場合一般において凡そ認められるものであると理解される。
【0048】
図5の上段(A)には比較例に係るプロファイルが示されており、
図5の下段(B)には実施形態に係るプロファイルが示されている。比較例及び実施形態のいずれにおいても、ヨウ素(m/z=127)を含む実試料が測定対象とされ、熱分解装置及び質量分析装置が利用された。但し、比較例においては、イオン源としてEI法に従うイオン源が利用され、正イオンが観測された。実施形態においては、
図1及び
図2に示したイオン源(ペニング効果を利用するイオン源)が利用され、負イオンが観測された。各グラフの縦軸はイオン強度を示しており(但し2つのグラフ間でスケールは一致していない)、各グラフの横軸は測定時間(加熱温度)を示している。本実施形態によれば、比較例との対比において、約1000倍のイオン強度が得られた。
【0049】
ハロゲン類は負イオンになり易いため、正イオン観測では十分な量の試料イオンを生じさせることができない。一方、実施形態によれば、負イオン観測を行えるため、特にペニング効果を利用して試料ガスから多量の負イオンを生成し得るため、ハロゲン類を高感度で分析することが可能である。
【符号の説明】
【0050】
10 ガス生成装置、11 キャリアガス発生装置、12 熱分解装置、14 カラム、16 質量分析装置、18 システム制御部、34 熱分解炉、46 イオン源、48 質量分析部、52 データ処理部。