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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】エンジンの燃焼状態予測方法
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20231218BHJP
【FI】
F02D45/00 368
F02D45/00 360A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020113904
(22)【出願日】2020-07-01
(65)【公開番号】P2022012228
(43)【公開日】2022-01-17
【審査請求日】2023-02-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100059959
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100067013
【弁理士】
【氏名又は名称】大塚 文昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162824
【弁理士】
【氏名又は名称】石崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】飯田 晋也
(72)【発明者】
【氏名】武藤 充宏
(72)【発明者】
【氏名】藤井 拓磨
【審査官】小関 峰夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-032531(JP,A)
【文献】特開2008-031916(JP,A)
【文献】特開2012-021432(JP,A)
【文献】特開2012-087738(JP,A)
【文献】特開2018-096220(JP,A)
【文献】特開2018-200026(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/00-45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの燃焼状態予測方法であって、
エンジンの運転条件を設定する運転条件設定ステップと、
前記運転条件に基づき、前記エンジンの燃焼前に筒内において温度が最も高い領域である最高温部の温度を演算する最高温部温度演算ステップと、
前記最高温部の温度に基づき、前記エンジンの燃焼開始時期を演算する燃焼開始時期演算ステップと、
前記運転条件及び前記燃焼開始時期に基づき、前記エンジンの筒内において温度が最も低い領域である最低温部の温度を演算する最低温部温度演算ステップと、
前記最低温部の温度に基づき、前記エンジンの燃焼終了時期を演算する燃焼終了時期演算ステップと、
を有し、
前記最低温部温度演算ステップは、前記エンジンの筒内を分割した、燃焼が発生した領域である既燃部と、燃焼が未だ発生していない領域である未燃部と、筒内において壁面の近傍に位置する領域である壁面層部と、における状態変化に基づき、前記壁面層部の温度を演算し、この壁面層部の温度を前記最低温部の温度として適用する、ことを特徴とするエンジンの燃焼状態予測方法。
【請求項2】
前記最低温部温度演算ステップは、前記既燃部、前記未燃部及び前記壁面層部における筒内での燃焼進行による圧力変化に応じた体積変化に基づき、前記壁面層部の温度を前記最低温部の温度として演算する、請求項1に記載のエンジンの燃焼状態予測方法。
【請求項3】
前記燃焼終了時期演算ステップは、前記最低温部の温度をLivengood-Wu積分することで、前記燃焼終了時期を演算する、請求項1又は2に記載のエンジンの燃焼状態予測方法。
【請求項4】
前記最高温部温度演算ステップは、前記エンジンの筒内の中心部の温度を、前記最高温部の温度として演算する、請求項1乃至3のいずれか一項に記載のエンジンの燃焼状態予測方法。
【請求項5】
前記最高温部温度演算ステップは、前記運転条件に含まれる燃焼前の筒内温度と、前記エンジンの筒内圧力の変化とに基づき、前記最高温部の温度を演算し、
前記燃焼開始時期演算ステップは、前記最高温部の温度をLivengood-Wu積分することで、前記燃焼開始時期を演算する、請求項1乃至4のいずれか一項に記載のエンジンの燃焼状態予測方法。
【請求項6】
前記エンジンの筒内に再導入される排気ガスの量に基づき、筒内での着火遅れを演算する着火遅れ演算ステップを更に有し、
前記燃焼開始時期演算ステップ及び前記燃焼終了時期演算ステップは、前記着火遅れを加味して、前記燃焼開始時期及び前記燃焼終了時期をそれぞれ演算する、
請求項1乃至5のいずれか一項に記載のエンジンの燃焼状態予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの筒内の燃焼状態を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、エンジンの燃費の向上や排気ガス性能の向上を目的として、エンジンの燃焼などを的確にコントロールすべく、エンジンの筒内の燃焼状態を精度良く予測するための技術が提案されている。例えば、特許文献1には、圧縮自己着火式エンジンに関して、線形パラメータモデルを用いて筒内(燃焼室内)の状態量を推定することで、演算負荷の抑制と推定精度向上を図った技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-200026号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記した特許文献1に記載された技術では、過渡運転時におけるエンジンの燃焼状態を精度良く予測するのに不十分であった。特に、この技術では、過渡運転中において筒内の壁温などにより変化する燃焼終了時期を精度良く予測することが困難であった。一方で、本願発明者らは、筒内において最後に燃焼が発生する箇所、つまり筒内において最も温度が低い箇所である、気筒を形成する壁面の近傍領域(例えばシリンダライナ近傍にある領域)の状態を的確に求められれば、燃焼終了時期を精度良く予測できるのではないかと考えた。
【0005】
本発明は、上述した従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、エンジンの燃焼状態予測方法において、過渡運転時におけるエンジンの燃焼状態を精度良く予測することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するために、本発明は、エンジンの燃焼状態予測方法であって、エンジンの運転条件を設定する運転条件設定ステップと、運転条件に基づき、エンジンの燃焼前に筒内において温度が最も高い領域である最高温部の温度を演算する最高温部温度演算ステップと、最高温部の温度に基づき、エンジンの燃焼開始時期を演算する燃焼開始時期演算ステップと、運転条件及び燃焼開始時期に基づき、エンジンの筒内において温度が最も低い領域である最低温部の温度を演算する最低温部温度演算ステップと、最低温部の温度に基づき、エンジンの燃焼終了時期を演算する燃焼終了時期演算ステップと、を有し、最低温部温度演算ステップは、エンジンの筒内を分割した、燃焼が発生した領域である既燃部と、燃焼が未だ発生していない領域である未燃部と、筒内において壁面の近傍に位置する領域である壁面層部と、における状態変化に基づき、壁面層部の温度を演算し、この壁面層部の温度を最低温部の温度として適用する、ことを特徴とする。
【0007】
このように構成された本発明では、筒内における燃焼前の最高温部の温度に基づき燃焼開始時期を演算し、また、筒内における最低温部の温度に基づき燃焼終了時期を演算する。これにより、筒内において最初に燃焼が生じる領域である最高温部の温度に基づき、燃焼開始時期を的確に演算することができ、また、筒内において最後に燃焼が生じる領域である最低温部の温度に基づき、燃焼終了時期を的確に演算することができる。
また、本発明では、筒内を分割した既燃部、未燃部及び壁面層部における状態変化に基づき、最低温部としての壁面層部の温度を演算する。このような本発明によれば、過渡運転時におけるエンジンの燃焼状態、具体的には燃焼開始時期及び燃焼終了時期を精度良く予測することができる。特に、本発明によれば、筒内における壁面層部での冷却損失などを適切に考慮に入れることで、過渡運転時での燃焼終了時期を精度良く予測することができる。
【0008】
本発明において、好ましくは、最低温部温度演算ステップは、既燃部、未燃部及び壁面層部における筒内での燃焼進行による圧力変化に応じた体積変化に基づき、壁面層部の温度を最低温部の温度として演算する。
このように構成された本発明によれば、既燃部、未燃部及び壁面層部における燃焼進行による圧力変化に応じた体積変化に基づき、最低温部としての壁面層部の温度を精度良く演算することができる。
【0009】
本発明において、好ましくは、燃焼終了時期演算ステップは、最低温部の温度をLivengood-Wu積分することで、燃焼終了時期を演算する。
このように構成された本発明によれば、最低温部の温度をLivengood-Wu積分することで、燃焼終了時期を的確に演算することができる。
【0010】
本発明において、好ましくは、最高温部温度演算ステップは、エンジンの筒内の中心部の温度を、最高温部の温度として演算する。
エンジンの燃焼前においては筒内の中心部が最高温部になることが多いことから、上記の本発明では、筒内の中心部の温度を最高温部の温度として求めることができる。
【0011】
本発明において、好ましくは、最高温部温度演算ステップは、運転条件に含まれる燃焼前の筒内温度と、エンジンの筒内圧力の変化とに基づき、最高温部の温度を演算し、燃焼開始時期演算ステップは、最高温部の温度をLivengood-Wu積分することで、燃焼開始時期を演算する。
このように構成された本発明によれば、燃焼前の筒内温度と筒内圧力の変化とに基づき最高温部の温度を演算し、この最高温部をLivengood-Wu積分することで、燃焼開始時期を的確に演算することができる。
【0012】
本発明において、好ましくは、エンジンの筒内に再導入される排気ガスの量に基づき、筒内での着火遅れを演算する着火遅れ演算ステップを更に有し、燃焼開始時期演算ステップ及び燃焼終了時期演算ステップは、着火遅れを加味して、燃焼開始時期及び燃焼終了時期をそれぞれ演算する。
このように構成された本発明によれば、少なくとも内部EGRガス量に起因する着火遅れを演算し、この着火遅れを加味することで、燃焼開始時期及び燃焼終了時期をより精度良く演算することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、過渡運転時におけるエンジンの燃焼状態を精度良く予測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の実施形態によるエンジンの燃焼状態予測方法の実行主体の一例であるコンピュータ装置の概略構成図である。
図2】HCCI運転を行うときの吸気弁及び排気弁のバルブプロフィールの具体例を示す。
図3】実験により得られた、エンジン回転数及び平均有効圧に対する燃焼開始時期及び燃焼期間を示す。
図4】筒内温度及び冷却水温度に応じたMFB10及びMFB90の燃焼時期を示す。
図5】模擬過渡運転において使用された吸気弁及び排気弁のバルブプロフィールの具体例を示す。
図6】模擬過渡運転により得られた、IMEPとMFB10とMFB90とシリンダヘッド及びシリンダライナの壁温とを示す。
図7】2000rpm及び4000rpmでの燃焼開始時期に対する燃焼期間を示す。
図8】2000rpm及び4000rpmでの着火直前におけるボア方向ガス温度分布を示す。
図9】反応モデルを用いて定容場の着火遅れを計算した結果を示す。
図10】エンジン実験とモデルとの燃焼開始時期の比較結果を示す。
図11】本発明の実施形態で用いられる既燃部、未燃部及び壁面層部についての説明図である。
図12】本発明の実施形態により得られた、既燃部、未燃部及び壁面層部の温度及びLivengood-Wu積分値を示す。
図13】本発明の実施形態に係るエンジンの燃焼状態予測方法を示すフローチャートである。
図14】本発明の実施形態により得られた、2000rpm及び4000rpmでのMFB10の燃焼時期に対するMFB10からMFB90までの燃焼期間の関係を示す。
図15】本発明の実施形態により得られた、燃焼室壁温に対するMFB10、MFB50、MFB90それぞれの燃焼時期の関係を示す。
図16】本発明の実施形態により得られた、過渡条件でのMFB10とMFB90とシリンダヘッド及びシリンダライナの壁温とを示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態によるエンジンの燃焼状態予測方法について説明する。
【0016】
<コンピュータ装置>
まず、図1を参照して、本発明の実施形態によるエンジンの燃焼状態予測方法の実行主体の一例であるコンピュータ装置について説明する。図1に示すように、コンピュータ装置10は、利用者などにより情報が入力される入力装置1と、種々の情報を処理する処理装置3と、情報を出力する出力装置5と、を有する。
【0017】
入力装置1は、例えばマウスやキーボードやタッチパネルやマイクなどであり、出力装置5は、表示装置やスピーカなどである。処理装置3は、プログラムを実行する中央演算処理装置(Central Processing Unit:CPU)としての1以上のマイクロプロセッサ3aと、例えばRAM(Random Access Memory)やROM(Read Only Memory)などにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリ3bと、を有する。
【0018】
本実施形態に係るエンジンの燃焼状態予測方法、つまり後述する本願発明者らによって構築されたエンジンの燃焼状態を予測するためのモデルは、コンピュータ装置10の処理装置3によって実行される。具体的には、処理装置3のメモリ3bに、このモデルに対応するプログラムが記憶されており、処理装置3のマイクロプロセッサ3aが、このプログラムをメモリ3bから読み出して実行する。
【0019】
<基本概念>
次に、本発明の実施形態における基本概念について説明する。従来から、予混合圧縮着火(HCCI:Homogeneous-Charge Compression Ignition)燃焼は、高希釈による高熱効率化が車両走行中のCO2排出抑制に貢献するポテンシャルを有することが知られている。しかしながら、NOx排出の観点から、HCCI燃焼の適用範囲は部分負荷に限定され、高負荷では量論混合比で火花点火(SI:Spark Ignition)燃焼が行われている。HCCI燃焼とSI燃焼では、同負荷であってもエンジン筒内の作動ガス量が大きく異なる。また、HCCI燃焼の燃焼速度は、状態量やガス組成に強く影響される。一方、車両の走行中は、エンジン回転数および負荷が時々刻々と変化する。変化する運転環境の中で、HCCI燃焼の利点を最大限に発揮するには、即時に適した燃焼形態を判断し、作動ガスを制御するデバイス操作が求められる。よって、燃焼及びデバイス特性を加味した制御開発が重要である。
【0020】
近年、内燃機関の制御開発において、MILS(Model In the Loop Simulation)を用いたモデルベース開発(MBD)が導入されている(例えば、眞貝優ほか:実験統計モデルを用いた可変圧縮比エンジンモデルとシステム評価手法の開発、自動車技術会2017年秋季大会20176212 (2017)参照)。MILSにおける制御対象であるプラントモデルは、実機を再現することを求められるが、エンジンシステム全体をモデル化するため、個別要素は、簡素な計測値マップあるいは統計式として扱うことで計算負荷を抑える傾向にある。これらは実機の定常運転計測に基づいていることが多い。過渡運転中の筒内環境は定常運転の筒内環境とは異なるものと予想され、その影響を受けやすいHCCI燃焼は、理論に基づいたモデルで取り扱う必要があると考えられる。
【0021】
ここで、HCCI燃焼のモデリングに関する多数の報告がなされている。Michigan大のグループは、マルチゾーンとした反応計算で燃焼期間を再現し(S.B. Fiveland et.al: Development of a Two-Zone HCCI Combustion Model Accounting for Boundary Layer Effects, SAE2001-01-1028 (2001)参照)、分布関数化し再現精度向上を果たしている(B. Lauler et.al: Refinement and Validation of the Thermal Stratification Analysis: A post-processing methodology for determining temperature distributions in an experimental HCCI engine, SAE2014-01-1276 (2014)参照)。また、Oginkらは、0D/1Dエンジンシミュレーションと詳細反応計算を連成しガス交換過程を含めて実機を再現した(R. Ogink et.al: Gasoline HCCI Modeling: An Engine Cycle Simulation Code with a Multi-Zone Combustion Model, SAE2002-01-1745 (2001)参照)。計算負荷の高い詳細反応計算に対し、Kangらや(J.M. Kang: Concept and Implementation of a Robust HCCI Engine Controller, SAE2009-01-1131参照)、Kuboyamaらは(T.Kuboyama et al.: A Study of Control Strategy for Combustion Mode Switching Between HCCI and SI with the Blowdown Supercharging System, SAE2012-01-1122 (2012)参照)、Arrhenius型で燃焼期間を表現している。種々の手法があるが、いずれも内部EGRを介して次サイクルに排気熱を活用する観点から、筒内のガス組成、圧力、温度を表現し、着火時期だけでなく燃焼期間を予測している。しかしながら、過渡運転時に適用するには、詳細反応を取り扱うのは計算負荷が高くなり、Arrhenius型では過渡の状態量変化に対応できるか定かでない。
【0022】
したがって、本願発明者らは、過渡運転中の燃焼制御開発を想定して、MILSプラントモデルに適用するHCCI燃焼のモデリングを考えた。具体的には、本願発明者らは、単気筒エンジン計測により定常特性及び負荷過渡運転時の変化を把握し、その結果から、CFDと詳細反応計算を用いて特徴を解析し、得られた知見をもとにHCCI燃焼の燃焼開始時期(着火時期)及び燃焼終了時期を予測するモデルを構築した。
【0023】
<実験及び解析による重要因子の抽出>
次に、本願発明者らがモデル構築の前に行った、影響因子抽出のための実験及び解析について説明する。
【0024】
(定常運転実験による特性把握)
本願発明者らは、試験用単気筒エンジンを用いて、燃焼の基礎特性を調査した。使用したエンジン諸元を表1に示す。圧縮比は17.0であり、吸気弁及び排気弁は、油圧駆動動弁系により任意のバルブプロフィールを設定できるようになっている。過渡影響として壁温部の変化に着目するため、エンジンのシリンダヘッド及びシリンダライナにおける多数の位置(シリンダヘッドには14箇所、シリンダライナには6箇所)に熱電対が挿入されて、壁面から1mmの部分の温度が計測された。
【0025】
【表1】
【0026】
図2は、HCCI運転を行うときの吸気弁及び排気弁のバルブプロフィールの具体例を示す。この図2は、横軸にクランク角を示し、縦軸に吸気弁(複数の実線)及び排気弁(破線)のバルブリフト量を示す。図2に示すように、排気弁は二度開きされ、吸気弁はリフト量及び作用角を連続的に可変な機構により動作される。吸気弁のリフト量の変更により、吸気弁と排気弁とのオーバラップ量を変化させることで、エンジンの筒内に再導入される排気ガス量(内部EGR量)が調量される。実験では、任意のエンジン回転数及び燃料噴射量について、燃焼騒音を制約として適用した上で、熱効率が最大となるような吸気弁のバルブプロフィールが選択された。表2に、実験条件を示す。90℃の冷却水温度を基準として基礎特性が計測され、冷却水温度を40℃まで低下させたときに、壁温変化が熱発生時期に及ぼす影響が調べられた。
【0027】
【表2】
【0028】
図3は、実験により得られた、エンジン回転数及びエンジン負荷に相当する平均有効圧(IMEP:Indicated Mean Effective Pressure)に対する燃焼開始時期及び燃焼期間を示す。図3の左側に、燃焼開始時期を等値線により示し、図3の右側に、燃焼期間を等値線により示す。図3の左側の図より、低い負荷では燃焼開始時期が早く、負荷が高くなると燃焼開始時期が遅くなることがわかる。また、図3の右側の図より、低い負荷では燃焼期間が長く、負荷が高くなると燃焼期間が短くなり、具体的には300kPa付近の負荷で燃焼期間が最短となり、これよりも負荷が更に高くなると燃焼期間が長くなることがわかる。低い負荷では、希釈率が高く燃焼期間が長くなるため、内部EGR量を増やして、筒内温度を上昇させて、燃焼開始時期が進角された。これに対して、負荷が高まるにつれて、希釈率が低く燃焼期間が短くなるため、内部EGR量を減少して、燃焼開始時期を遅らせて、燃焼重心位置が最適化されている。他方で、負荷が300kPa以上では、燃焼騒音の制約を回避するために、内部EGR量を更に減じて、熱発生が遅角されている。
【0029】
着火時期及び燃焼期間は両方とも、エンジン回転数の変化に対する感度は小さい。燃焼が化学反応律速であれば、実時間の短い高回転域ほど、燃焼期間が長期化することが考えられるため、他の因子の影響が示唆される。
【0030】
図4は、2000rpm及び300rpmの条件において内部EGR量により筒内温度を変化させときにおける、吸気弁閉弁時の筒内温度及び冷却水温度に応じた、質量燃焼割合10%(MFB10)及び質量燃焼割合90%(MFB90)の燃焼時期を示す。なお、MFBは「Mass Fraction Burn」であり、MFB10は筒内での燃焼開始時期に概ね相当するものであり、MFB90は筒内での燃焼終了時期に概ね相当するものである。
【0031】
図4に示すように、MFB10及びMFB90の両方とも、筒内温度が高いほど進角する。また、筒内温度が10℃変化すると、MFB10は1deg.CA弱しか変化しないが、MFB90は3deg.CA程度変化しているため、MFB90の方がMFB10よりも変化が大きいと言える。他方で、冷却水温度を変化させると、MFB10は筒内温度が同じであればほとんど変化しないが、MFB90は筒内温度が低いほど遅角する。また、図4には、燃焼安定性の制約として、IMEPの変動率が「COV>5%」となるときの各水温のMFB90の線を併記している。COV制約は、MFB90において、13deg.ATDC付近に位置しており、安定燃焼を得るには、低水温ほど筒内温度を高くする必要があることがわかる。このようなことから、MFB90は水温の影響を受け、燃焼安定性の指標として評価できると言える。
【0032】
(負荷過渡の模擬運転)
次に、本願発明者らは、定常運転と過渡運転の相違を抽出するため、単気筒エンジンで模擬負荷過渡運転を実施した。回転数が2000rpmに固定され、IMEP100kPaの定常運転中に、燃料噴射量がIMEP400kPaの量に増量された。図5は、この模擬過渡運転において使用されたバルブプロフィールを示す。グラフG11、G13に示すバルブプロフィールは、IMEP100kPa、400kPaの定常セッティングである。燃料噴射量が増量される最初のサイクルのみ、グラフG12に示すバルブプロフィールが使用された。IMEP100kPaの方がIMEP400kPaよりも排気エネルギーが低く、IMEP400kPaの定常運転における内部EGR量では、筒内温度不足により失火する。そこで、グラフG12に示すバルブプロフィールをIMEP100kPaとIMEP400kPaとの間に挟むことで、内部EGR量を一時的に増量し、HCCI燃焼の継続が図られた。なお、冷却水温度は90℃で一定である。
【0033】
図6は、上記の模擬過渡運転における、IMEPと、MFB10と、MFB90と、筒内の壁温(具体的にはシリンダへッド及びシリンダライナの壁温)との経時変化を示す。図6の0秒のサイクルにおいて、図5のグラフG12に示すバルブプロフィールが適用されて、燃料増量が開始される。IMEPは、燃料増量の開始直後に300kPa程度となり、その後緩やかに増加し、80秒ほど経過したときに400kPaに到達する。MFB10及びMFB90に関しては、MFB10が先に定常に到達し、MFB90は遅れて定常に到達する。壁温は、箇所によって大きさは異なるものの、箇所によらずに、安定するまで250秒ほどの時間を要する。MFB90の変化はこのような壁温変化と類似しており、MFB90と壁温とが因果関係にあることが示唆された。
【0034】
ここで、車両の実使用環境を想定してみると、エンジン回転数及びエンジン負荷を一定として運転されることはほとんどない。エンジンは、図6で示したような過渡運転(遷移過程環境)において使用されることが多く、このときにHCCI燃焼を適用すると、熱発生時期が定常運転とは異なるものとなる。したがって、HCCI燃焼のMBD制御の開発において、上述したような定常運転データをもとにしたモデルを用いることは適切でない。
【0035】
本願発明者らは、HCCI燃焼のモデリングにおいて考慮すべき影響因子を抽出するため、エンジン実験から得られた特徴的な挙動である「燃焼期間の回転数低依存」と「壁温と燃焼終了時期との関係」に着目し、数値解析による現象理解を図った。
【0036】
(詳細数値解析による影響因子抽出)
上述したように、エンジン実験においては、エンジン回転数が変化しても、燃焼期間はほとんど変化しなかった。そこで、本願発明者らは、所定のマルチゾーンエンジンモデルを用いて挙動の再現を試みた。ボア中心軸の同心円状に体積均等となるように筒内の領域が100分割され、壁面熱損失割合が各領域に与えられた。3D-CFD計算から熱流束分布を事前に求めることで、壁面熱損失割合が各領域に割り当てられた。マルチゾーンエンジンモデルではWoschni式による熱伝達率、筒内平均ガス温度と壁温との差から求められる総熱損失量を各領域に与えられた割合が適用され考慮される。反応モデルとして、S5R(三好 明ほか:ガソリンサロゲート詳細反応機構の構築、自動車技術会論文、Vol.48, No.5, pp.1021-1026 (2017)参照)が使用された。
【0037】
図7は、エンジン回転数として2000rpm、4000rpmを用いて、圧縮開始温度を変えて計算を実行したときの、燃焼開始時期に対する燃焼期間の変化を示す。図7より、燃焼開始時期が遅くなるにつれて、燃焼期間が長期化する一方で、2000rpmと4000rpmの両方のエンジン回転数において、燃焼期間がほぼ同じになっていることがわかる。よって、計算結果においても、上記の実機結果と同様に、燃焼期間の回転数依存が小さいことが示された。
【0038】
図8は、着火時期が-2deg.ATDCとなった条件において、着火直前の-5deg.ATDCにおけるボア方向ガス温度分布を示す。図8より、筒内において中心部が最も高温であり、筒内において外周側ほど低温になることがわかる。また、エンジン回転数が4000rpmのときにはエンジン回転数が2000rpmのときよりも、温度が約50K高いことがわかる。一方で、2000rpmと4000rpmの両方のエンジン回転数において、ボア方向の温度勾配が同等となっている。図9は、上記の反応モデル(マルチゾーンエンジンモデル)を用いて定容場の着火遅れを計算した結果を示す。図9より、図8に示した温度域において50Kの温度差があると、反応時間がおよそ2倍になることがわかる。これより、回転数による実時間差が温度により相殺されたものと解釈できる。
【0039】
ここで、エンジンの筒内において、最初の燃焼は、高温となる筒内の中心部で発生し、最後の燃焼は、壁面との接触面積が大きく且つ最も低温の筒内の外縁部で発生する。局所の燃焼は速やかに完了し、燃焼期間は筒内の温度分布の影響が強く、その温度分布は壁面熱損失によって特徴付けられる。エンジン実験において、冷却水温度や過渡中の壁温の変化により燃焼終了時期が大きく変化したのは、最後に燃焼する壁面近傍の温度に直接影響することに起因すると説明付けられる。したがって、本願発明者らは、HCCI燃焼のモデリングにおいて考慮すべきは、最後に燃える壁面近傍領域の燃焼の影響因子であり、この領域がいつ燃えるか分かれば燃焼終了時期が特定できると考えた。
【0040】
<燃焼モデルの構築>
本願発明者らは、上記のようにして得られた知見に基づき、HCCI燃焼のモデルを構築した。
【0041】
(燃焼モデルコンセプト)
本実施形態に係るモデルでは、筒内の最高温部及び最低温部における圧縮過程から膨張過程における状態量変化を求めて、それぞれにLivengood-Wu積分(Livengood, J.C., and Wu, P.C.: “Correlation of AutoignitionPhenomenon in Internal Combustion Engines and Rapid Compression Machines”, Proceedings of Fifth International Symposium on Combustion, p.347, Reinhold, (1955)参照)を適用することで、燃焼開始時期及び燃焼終了時期を規定するコンセプトとした。なお、これら燃焼開始時期と燃焼終了時期との間の期間が燃焼期間となる。
【0042】
まず、筒内の最高温部は、Woschni式を用いて、壁面熱損失を考慮した0次元サイクル計算から、筒内圧力履歴を得て、この筒内圧力と初期温度(典型的には吸気弁閉弁時の筒内温度)から式(1)より求められる。典型的には、筒内の最高温部は、筒内のボア中心部又はボア中心部付近に位置する断熱部(以下では「断熱コア部」と呼ぶ。)となる。式(1)において、「Tadian」は断熱コア部の温度を示し、「P」は筒内圧力を示し、「κ」は比熱比を示す。本実施形態では、このような筒内の最高温部である断熱コア部の温度から、燃焼開始時期が求められる。
【0043】
【0044】
次に、筒内の最低温部は、燃焼が発生するまでに、筒内において燃焼が既に発生した部分である既燃部による圧力上昇によって圧縮される。この圧縮による影響を考慮するため、エンジンの筒内を、燃焼が発生した領域である既燃部と、燃焼が未だ発生していない領域である未燃部と、筒内において壁面の近傍に位置する領域である壁面層部とに分割し、筒内の最低温部となる壁面層部の物理量(特に温度)が導出される。本実施形態では、このような壁面層部の温度から、燃焼終了時期が求められる。
【0045】
(着火遅れモデル)
本実施形態に係るモデルでは、燃焼開始時期及び燃焼終了時期の予測にLivengood-Wu積分を用いる。本実施形態では、過渡を含めた幅広い運転範囲で内部EGR量を変えながらモデルを運用することを想定し、影響因子を加味して、着火遅れτingを式(2)より求める。この着火遅れτingのLivengood-Wu積分値Iは、式(3)より表される。
【0046】
【0047】
【0048】
式(2)は、反応時間を示すような式であり、所定のクランク角(例えば0.1deg.CA)おきに反応がどれくらい進むかを評価するためのモデルを示している。式(2)において、「P」は圧力を示し、「YF」はCO2、H2O、O2、燃料のそれぞれのモル分率を示し、「T」は温度を示し、「a」~「f」はモデル定数を示している。「a」~「f」の値は、表3に示すパラメータ(代表的には内部EGR量(EGR率)を含む)を用いて、マトリクス状に計6804条件の詳細反応計算を実施することにより決定された。本実施形態では、こうして決定された式(2)より演算された着火遅れτingを加味して、燃焼開始時期及び燃焼終了時期のそれぞれが求められる。例えば、燃焼開始時期を求めるためのLivengood-Wu積分及び燃焼終了時期を求めるためのLivengood-Wu積分に、着火遅れτingが適用される。
【0049】
【表3】
【0050】
図10は、式(2)をLivengood-Wu積分に適用して、エンジン実験の着火時期(燃焼開始時期)と比較した結果を示す。定常運転での比較ではあるが、1000、2000、3000、4000rpmの各エンジン回転数において、±2degの予測精度が得られた。
【0051】
(燃焼終了時期モデル)
次に、図11を参照して、エンジンの筒内を分割した3つの領域、具体的には既燃部、未燃部及び壁面層部について説明する。図11に示すように、燃焼開始前は、筒内には未燃部UB及び壁面層部LYの2つの領域しか存在しないが、燃焼開始と同時に既燃部BNが発生し、その結果、筒内には既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYの3つの領域が存在することとなる。
【0052】
壁面層部LYは、燃焼室(筒内に形成される燃焼を行うための空間)に面するシリンダヘッド、シリンダライナ及びピストンによって囲まれた、筒内の外縁部に位置する部分である。つまり、壁面層部LYは、シリンダライナに沿って延び、当該シリンダライナの内側に位置する筒状の領域である。なお、壁面層部LYの厚さは、サイクルを通じて初期条件に応じて決まる一定値を用いるものとする。また、壁面層部LYとして、図11に示した部分を用いることに限定はされない。要は、筒内において最低温部となる、壁面の近傍に位置する領域を用いればよい。
【0053】
他方で、燃焼進行度に応じて、既燃部BNは拡大するのに対して、未燃部UBは縮小していく。そして、既燃部BNと未燃部UBとの間で、及び未燃部UBと壁面層部LYとの間で、燃焼中に物質交換が発生する。また、既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYのそれぞれは、燃焼中において接触する壁面と熱交換を行う。
【0054】
本実施形態に係るモデルでは、既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYにおける筒内での燃焼進行による圧力変化に応じた体積変化に基づき、各領域間のガス交換や熱交換を踏まえながら、各領域の温度履歴が求められる。具体的には、以下の式(4)~(13)により、既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYのそれぞれの状態を示す基礎方程式が規定される。
【0055】
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
式(4)、(5)、(6)は、既燃部BNに関する温度、体積、熱量をそれぞれ示し、式(7)、(8)、(9)は、未燃部UBに関する温度、体積、熱量をそれぞれ示し、式(10)、(11)、(12)、(13)は、壁面層部LYに関する温度、体積、層厚さ(ピストンの移動方向に沿った長さ)、熱量をそれぞれ示している。また、各式において、「T」は温度を示し、「V」は体積を示し、「P」は圧力を示し、「R」は気体定数を示し、「θ」はクランク角を示し、「Qburn」は燃焼発熱量を示し、「Qloss」は壁面伝熱量を示し、「m」は物質量を示し、「cv」は定容比熱を示し、「XB」は燃焼率を示し、「u」は内部エネルギーを示し、「h」は熱伝達率を示し、「A」は表面積を示し、「δt」は壁面層部LYの層厚さを示し、「Ne」はエンジン回転数を示し、「Qf」は燃料噴射量を示し、「TIVC」は吸気弁閉弁時の筒内温度を示し、「Bore」はボア径を示し、「xpiston」はピストン変位を示す。また、各パラメータに付された「BN」、「UB」、「LY」、「piston」、「head」及び「liner」の添え字は、それぞれ、既燃部、未燃部、壁面層部、ピストン、シリンダヘッド及びシリンダライナを示す。
【0066】
図12は、本実施形態に係るモデルにより得られた既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYの温度及びLivengood-Wu積分値(筒内での燃焼率に相当する)を示す。図12の上には、クランク角に応じた既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYのそれぞれの温度に加えて、筒内平均温度及び断熱コア部の温度を更に示している。また、図12の下には、筒内平均温度、断熱コア部の温度及び壁面層部LYの温度のそれぞれのLivengood-Wu積分値を示している。本実施形態では、断熱コア部の温度のLivengood-Wu積分値、及び壁面層部LYの温度のLivengood-Wu積分値より、燃焼開始時期及び燃焼終了時期のそれぞれを演算する。すなわち、断熱コア部の温度のLivengood-Wu積分値が1に達した時期T1を燃焼開始時期として求め、また、壁面層部LYの温度のLivengood-Wu積分値が1に達した時期T2を燃焼終了時期として求める。
【0067】
(フローチャート)
次に、図13は、上述したモデルに基づいた、本実施形態に係るエンジンの燃焼状態予測方法を示すフローチャートである。このフローチャートは、コンピュータ装置10の処理装置3によって実行される。より詳しくは、処理装置3内のマイクロプロセッサ3aによって、メモリ3bに記憶されたプログラムに基づき、所定の周期で繰り返し実行される。
【0068】
ます、ステップS1において、処理装置3は、入力装置1に入力された情報やメモリ3bに記憶された情報に基づき、演算対象とするエンジンの運転条件を設定する。具体的には、処理装置3は、エンジン回転数や、燃料噴射量や、EGR率や、吸気弁閉弁時の筒内温度や、燃焼前の壁温や、吸気弁閉弁時のガス組成や、燃焼前の筒内圧力などを設定する。
【0069】
次いで、ステップS2において、処理装置3は、仮の値としての熱発生開始時期及び熱発生終了時期を用いて、Wiebe関数を初期化する。この場合、処理装置3は、熱発生開始時期及び熱発生終了時期の初期値を与えたWiebe関数から得られる熱発生率に基づき、筒内圧力を求めるようにする。
【0070】
次いで、ステップS3において、処理装置3は、ステップS1で設定された初期温度としての筒内温度及びステップS2で演算された筒内圧力を式(1)に代入することで、断熱コア部の温度を演算する。
【0071】
次いで、ステップS4において、処理装置3は、ステップS3で演算された断熱コア部の温度をLivengood-Wu積分することで燃焼開始時期を演算する。具体的には、処理装置3は、断熱コア部の温度のLivengood-Wu積分値が1に達した時期を燃焼開始時期として求める。
【0072】
次いで、ステップS5において、処理装置3は、ステップS2で用いられた仮の燃焼開始時期を、ステップS4で演算された熱発生開始時期に移動させて、演算される筒内圧力の平均値を更新し、この演算を繰り返すことで燃焼開始時期を収束させる。
【0073】
次いで、ステップS6において、処理装置3は、ステップS5により収束された筒内圧力履歴やステップS1で設定された運転条件の各値を式(4)~(13)に適用することで、既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYの状態変化を求め、この状態変化に基づき壁面層部LYの温度を演算する。つまり、処理装置3は、既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYにおける筒内での燃焼進行による圧力変化に応じた体積変化に基づき、各領域間のガス交換及び熱交換などを考慮して、壁面層部LYの温度を演算する(基本的には、体積と圧力から温度を求められる)。
【0074】
次いで、ステップS7において、処理装置3は、ステップS6で演算された壁面層部LYの温度をLivengood-Wu積分することで燃焼終了時期を演算する。具体的には、処理装置3は、壁面層部LYの温度のLivengood-Wu積分値が1に達した時期を燃焼終了時期として求める。
【0075】
次いで、ステップS8において、処理装置3は、ステップS2で用いられた仮の熱発生終了時期が、ステップS7で演算された燃焼終了時期に一致するか否かを判定する。その結果、熱発生終了時期が燃焼終了時期に一致する場合(ステップS8:Yes)、処理装置3は、演算された燃焼終了時期を採用することに決定し、燃焼開始時期及び燃焼終了時期を出力装置5から出力させる(ステップS9)。
【0076】
一方、熱発生終了時期が燃焼終了時期に一致しない場合(ステップS8:No)、処理装置3は、ステップS10に進んで、新たな熱発生終了時期を設定する。そして、処理装置3は、ステップS3に戻り、この新たな熱発生終了時期を用いてステップS3以降の処理を再度行う。こうすることで、処理装置3は、燃焼終了時期に一致する熱発生終了時期を走査的に探索し、処理を収束するまで繰り返すようにする。なお、熱発生終了時期が燃焼終了時期に一致しない場合には、Livengood-Wu積分値が1に達しない最早時期となる熱発生終了時期を燃焼終了時期として採用すればよい。
【0077】
<作用及び効果>
次に、上記した本実施形態に係るエンジンの燃焼状態予測方法による作用及び効果について説明する。具体的には、本実施形態に係るモデルを用いて、定常運転及び過渡運転のシミュレーションを実施した結果を説明する。
【0078】
(回転数影響)
図14は、エンジン回転数が2000rpm及び4000rpmであるときに、初期温度を変化させて予測したMFB10に対する燃焼期間の関係を示す。図14より、燃焼開始時期(着火時期)が遅れるにつれて燃焼期間が長くなり、特に燃焼開始時期が-2deg,ATDCより遅角側では、燃焼開始時期に対する燃焼期間の変化量(傾き)が大きくなることがわかる。また、図14の結果では、エンジン回転数が変わっても同等の値が得られているので、本実施形態によれば、図7に示したマルチゾーンエンジンモデルによる計算結果と同様な挙動を再現することができる。
【0079】
(壁温影響)
図15は、吸気弁閉弁時の筒内温度を固定し、燃焼室壁温をパラメータとしたときに予測されたMFB10、MFB50、MFB90それぞれの燃焼時期を示す。図15より、壁温変化に対するMFB10の変化は軽微であるが、壁温変化に対するMFB90の変化が顕著であることがわかる。これより、壁温の低下により壁面熱損失が増大し、壁面層部LYの温度が低下することにより、この部分の燃焼時期が遅くなったことで、上記の挙動が表現されたのである。したがって、本実施形態によれば、低壁温時の燃焼が予測できることから、暖機運転中のHCCI運転の可否判定をモデル上で行うことが可能になる。
【0080】
(過渡挙動)
次に、負荷過渡操作の再現計算を実施した結果について説明する。ガス交換過程を含む所定のエンジンモデルを使用した。吸気弁閉弁時の筒内ガス組成、温度、圧力および燃焼室壁温を本モデルの入力とし、これにより予測された燃焼開始時期及び燃焼終了時期をモデルに適用した。図16は、本実施形態による過渡条件の予測結果として、MFB10と、MFB90と、シリンダヘッド及びシリンダライナの壁温とを示す。また、図16には、Arrhenius型によるMFB90を比較例として示している。図16より、本実施形態によれば、比較例と比較して、図6に示したMFB90の変化を精度良く再現できていることがわかる。すなわち、本実施形態によれば、熱発生に関して、MFB10よりもMFB90の方が負荷変化直後に大きく変化し、収束するまでに時間を要することが適切に再現されている。また、MFB90が収束するまでの時間がシリンダライナの温度が安定する時期とほぼ合致することも適切に再現されている。
【0081】
(まとめ)
以上説明したように、本実施形態に係るエンジンの燃焼状態予測方法によれば、筒内において最高温部となる筒内の中心部(断熱コア部)の温度に基づき燃焼開始時期を演算し、また、筒内において最低温部となる壁面層部LYの温度に基づき燃焼終了時期を演算する。この場合、筒内を分割した既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYにおける状態変化に基づき、壁面層部LYの温度を演算する。このような本実施形態によれば、過渡運転時におけるエンジンの燃焼状態、具体的には燃焼開始時期及び燃焼終了時期を精度良く予測することができる。特に、本発明によれば、筒内における壁面層部LYでの冷却損失などを適切に考慮に入れることで、過渡運転時での燃焼終了時期を精度良く予測することができる。
【0082】
また、本実施形態によれば、既燃部BN、未燃部UB及び壁面層部LYにおける筒内での燃焼進行による圧力変化に応じた体積変化に基づき、壁面層部LYの温度を精度良く演算することができる。
【0083】
また、本実施形態によれば、壁面層部の温度をLivengood-Wu積分することで、燃焼終了時期を的確に演算することができる。
【0084】
また、本実施形態によれば、燃焼前の筒内温度と筒内圧力の変化とに基づき筒内の中心部の温度を演算し、この中心部の温度をLivengood-Wu積分することで、燃焼開始時期を的確に演算することができる。
【0085】
また、本実施形態によれば、筒内に再導入された排気ガスの量(内部EGRガス量)に基づき着火遅れを演算し、この着火遅れを加味することで、燃焼開始時期及び燃焼終了時期をより精度良く演算することができる。
【0086】
<変形例>
上記では、HCCI燃焼を例に挙げて、本実施形態に係るエンジンの燃焼状態予測方法を説明したが、このエンジンの燃焼状態予測方法は、HCCI燃焼だけでなく、火花点火制御圧縮着火(SPCCI:Spark Controlled Compression Ignition)燃焼などにも適用可能である。
【0087】
また、上記した実施形態では、断熱コア部の温度、つまり筒内の中心部の温度を、最高温部の温度として用いていたが、これに限定はされない。燃焼室形状などによっては、筒内の中心部が最高温部とならない場合もあるので、その場合には、事前に最高温部を特定しておき、特定された最高温部の温度を用いればよい。
【符号の説明】
【0088】
1 入力装置
3 処理装置
3a マイクロプロセッサ
3b メモリ
5 出力装置
10 コンピュータ装置
BN 既燃部
LY 壁面層部
UB 未燃部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16