(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】切り替え式ラチェット型クラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/12 20060101AFI20231218BHJP
【FI】
F16D41/12 Z
(21)【出願番号】P 2019158387
(22)【出願日】2019-08-30
【審査請求日】2022-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 大
(72)【発明者】
【氏名】栗田 崇志
(72)【発明者】
【氏名】岡田 伸治
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-213565(JP,A)
【文献】特開2012-219950(JP,A)
【文献】特開2015-055268(JP,A)
【文献】特開2003-240019(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 41/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、
前記外輪の径方向内側に前記外輪と同軸に且つ相対回転可能に配置された内輪と、
トルク伝達可能に前記外輪と前記内輪とを係合可能なラチェット機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記外輪に対する前記内輪の相対回転をロックする方向を切り替え可能である切り替え式ラチェット型クラッチであって、
前記外輪と前記内輪との間には、前記外輪と前記内輪とを径方向に所定間隔に維持する複数のブロックベアリングが周方向所定間隔に介装され、前記外輪と前記内輪とは非接触であり、
前記外輪は、内周面から径方向内方に周方向に亘って突出し、所定の空間を介して前記内輪の軸方向一方側端面と対向する環状部を有し、
前記ブロックベアリングは、前記外輪の前記内周面と前記内輪の外周面との間に配置され
る円弧状部と、前記円弧状部の軸方向一方側端部から内径方向に突出し、前記外輪の前記環状部と前記内輪の前記軸方向一方側端面との間に配置される内向きフランジ部とからなり、
前記円弧状部の内周部には、内径側に突出する第1の突出部が形成され、前記第1の突出部の内周面は前記
内輪の前記外周面と摺動する第1の摺動部
を構成し、
前記内向きフランジ部の軸方向他方側の面には、軸方向他方に向けて突出する第2の突出部が形成され、前記第2の突出部の軸方向他方側の面は、前記内輪の前記軸方向一方側端面と摺動する第2の摺動部
を構成し、
前記第1の突出部と、前記第2の突出部と、前記第1の
突出部と前記第2の
突出部との間
の前記ブロックベアリングの部分と、前記第1の
突出部と前記第2の
突出部と
の間の前記内輪の部分とにより潤滑油を保持可能な空間が形成されることを特徴とする切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項2】
前記第1の摺動部は、前記第1の摺動部と前記内輪の前記外周面との間に潤滑油を供給するための潤滑油供給構造を有していることを特徴とする請求項1に記載の切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項3】
前記潤滑油供給構造は、前記第1の摺動部に形成された溝であることを特徴とする請求項2に記載の切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項4】
前記溝は、周方向に対して角度をもって形成されていることを特徴とする請求項3に記載の切り替え式ラチェット型クラッチ。
【請求項5】
前記第1の摺動部は前記内輪の前記外周面の曲率半径よりも大きな曲率半径を有する曲面であり、
前記潤滑油供給構造は、前記曲面と、前記第1の摺動部の周方向両端部にそれぞれ形成され、前記曲面と滑らかに連続する面取り部とであることを特徴とする請求項2に記載の切り替え式ラチェット型クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両や産業機械等においてトルク伝達用の装置として用いられる切り替え式のラチェット型クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラチェット機構を用いたクラッチであって、外輪に対する内輪或いは内輪に対する外輪の回転方向に関し、一方または他方の何れかの回転方向への回転のみをロックする状態と、前記一方および前記他方の両方の回転方向への回転を同時にロックする状態と、前記一方および前記他方の何れの回転方向への回転もロックしない状態とを切り替えることができるものがある。
【0003】
例えば特許文献1には、車両の変速機に用いられるラチェット型クラッチであって、外側レースに対する内側レースの回転方向に関し、一方の回転方向への回転をロックするとともに前記一方の回転方向とは反対の回転方向への回転を可能とする一方向ロック状態と、前記一方の回転方向および前記反対の回転方向の両方向への回転をロックする両方向ロック状態とを切り替えることが可能なものが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年このような切り替え式のラチェット型クラッチの用途は多岐に渡っており、駆動装置の動力源として電動モータを用いる車両において、電動モータの駆動力を伝達するための動力伝達機構に用いられることも多くなっている。車両の動力源としての電動モータの動力伝達機構は、電動モータの高回転による駆動力を伝達することから、動力伝達機構に用いられるラチェット型クラッチには部品の焼き付きの懸念がある。具体的には、内輪の外周面と外輪の内周面とが摩擦による蓄熱と油膜切れによってメタルコンタクトすなわち溶着に至ってしまう虞がある。
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、電動モータ等の高回転の駆動力を伝達しても、内輪と外輪との間の蓄熱を抑制し、内輪と外輪との焼き付きに対する耐久性を向上させた切り替え式のラチェット型クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明に係る切り替え式ラチェット型クラッチは、
外輪と、
前記外輪の径方向内側に前記外輪と同軸に且つ相対回転可能に配置された内輪と、
トルク伝達可能に前記外輪と前記内輪とを係合可能なラチェット機構とを有し、
前記ラチェット機構は、前記外輪に対する前記内輪の相対回転をロックする方向を切り替え可能である切り替え式ラチェット型クラッチであって、
前記外輪と前記内輪との間には、前記外輪と前記内輪とを径方向に所定間隔に維持する複数のブロックベアリングが周方向所定間隔に介装され、前記外輪と前記内輪とは非接触であり、
前記外輪は、内周面から径方向内方に周方向に亘って突出し所定の空間を介して前記内輪の軸方向一方側端面と対向する環状部を有し、
前記ブロックベアリングは、前記外輪の前記内周面と前記内輪の外周面との間に配置される円弧状部と、前記円弧状部の軸方向一方側端部から内径方向に突出し、前記外輪の前記環状部と前記内輪の前記軸方向一方側端面との間に配置される内向きフランジ部とからなり、
前記円弧状部の内周部には、内径側に突出する第1の突出部が形成され、前記第1の突出部の内周面は前記内輪の前記外周面と摺動する第1の摺動部を構成し、
前記内向きフランジ部の軸方向他方側の面には、軸方向他方に向けて突出する第2の突出部が形成され、前記第2の突出部の軸方向他方側の面は、前記内輪の前記軸方向一方側端面と摺動する第2の摺動部を構成し、
前記第1の突出部と、前記第2の突出部と、前記第1の突出部と前記第2の突出部との間の前記ブロックベアリングの部分と、前記第1の突出部と前記第2の突出部との間の前記内輪の部分とにより潤滑油を保持可能な空間が形成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、電動モータの高回転の駆動力を伝達しても、内輪と外輪との間の蓄熱を抑制し、内輪と外輪との焼き付きに対する耐久性を向上させた切り替え式のラチェット型クラッチを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は第1実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチの軸方向に沿った断面図である。
【
図2】
図2は
図1の2-2矢視断面図であり、一部を切り欠いて示している。
【
図3】
図3は
図1の3-3矢視断面図であり、一部を切り欠いて示している。
【
図5】
図5(a)、(b)はブロックベアリングの拡大斜視図であり、それぞれ異なる角度から見た状態を示している。
【
図6】
図6(a)、(b)は第2実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチのブロックベアリングの拡大斜視図であり、それぞれ異なる角度から見た状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
(第1実施形態)
以下、本発明の第1実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチを、図面を参照しつつ説明する。
【0011】
まず、本実施形態における切り替え式ラチェット型クラッチに係る方向について定義する。本実施形態において、「中心軸線」とは切り替え式ラチェット型クラッチの中心軸線すなわち外輪および内輪の中心軸線のことをいい、軸方向、径方向、周方向とは、中心軸線に関する軸方向、径方向、周方向のことをいう。また、軸方向について、
図1においては紙面左方側を軸方向一方側とし、紙面右方側を軸方向他方側とし、
図2においては紙面手前側を軸方向一方側とし、紙面奥側を軸方向他方側とし、
図3においては紙面奥側を軸方向一方側とし、紙面手前側を軸方向他方側とする。周方向について、
図2において、紙面に向かって右側に回転する方向を周方向一方側あるいは時計方向とし、紙面に向かって左側に回転する方向を周方向他方側あるいは反時計方向とし、
図3において、紙面に向かって左側に回転する方向を周方向一方側あるいは時計方向とし、紙面に向かって右側に回転する方向を周方向他方側あるいは反時計方向とする。なお、切り替え式ラチェット型クラッチの回転方向については、説明の便宜上、外輪に対する内輪の回転方向について説明するが、外輪の回転と内輪の回転とは相対的なものである。
【0012】
図1は第1実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチの軸方向に沿った断面図である。
図2は
図1の2-2矢視断面図であり、一部を切り欠いて示している。
図3は
図1の3-3矢視断面図であり、一部を切り欠いて示している。
【0013】
本実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチ1は、環状の外輪3と、外輪3に対して径方向内方に離間し、外輪3の中心軸線と同軸に且つ外輪3と相対回転可能に配置された環状の内輪5と、外輪3と内輪5との間でトルク伝達を可能とするトルク伝達機構と、を有している。本実施形態におけるトルク伝達機構は、後述するように、ラチェット機構である。
【0014】
内輪5は、径方向および軸方向にそれぞれ所定の厚さを有する環状の本体部7と、本体部7の軸方向一方側端面の内径側部分から軸方向一方側に突出する円筒部9とから構成されている。本体部7と円筒部9とは一体に形成されている。円筒部9は、外径は本体部7よりも小さく形成され、内径は本体部7と同じ大きさに形成されている。したがって本体部7の内周面と円筒部9の内周面とは連続する1つの円筒内周面を形成している。本体部7の内周面および円筒部9の内周面すなわち内輪5の内周面には、スプライン11が設けられ、内輪5の内周側にはスプライン11を介して出力用或いは入力用の図示しない軸部材がスプライン嵌合される。
【0015】
内輪5の円筒部9の外周部には、径方向外方に突出する多数の歯部13が周方向の全周に亘って等間隔に形成されている。周方向に隣り合う歯部13によって、1つのノッチ15が形成されている。したがって内輪5の円筒部9の外周部には、多数のノッチ15が周方向の全周に亘って等間隔に形成されている。
【0016】
外輪3は、軸方向に所定の長さを有する円筒状の本体部17と、本体部17の軸方向一方側端部近傍の内周面から径方向内方に周方向に亘って突出し、後述する複数の爪機構部が保持される環状部19とから構成されている。本体部17と内周側の環状部19とは一体に形成されている。外輪3の本体部17の外周面には、径方向外方に突出し軸方向に延在する凸部21が周方向所定間隔に複数設けられている。これら凸部21が図示しない外側部材の嵌合部に嵌合することにより、外輪3は外側部材に回転不能に固定されている。
なお、以降の説明において、便宜上、外輪3の内周側の環状部19よりも軸方向一方側の本体部17の部分を外輪3の「第1円筒部23」とし、環状部19よりも軸方向他方側の本体部17の部分を外輪3の「第2円筒部25」とする。
【0017】
外輪3の内周側の環状部19は、内輪5の円筒部9の径方向外方に配置され、外輪3の環状部19の内周面と内輪5の円筒部9の外周面とは、所定の空間を介して径方向に対向している。すなわち外輪3の環状部19の内周面と内輪5のノッチ15とは、所定の空間を介して径方向に対向している。外輪3の環状部19の軸方向他方側の端面は、内輪5の本体部7の軸方向一方側の端面の径方向外方側部分と所定の空間を介して軸方向に対向している。外輪3の第2円筒部25は、内輪5の本体部7の径方向外方に位置し、外輪3の第2円筒部25の内周面と内輪5の本体部7の外周面とは、所定の空間を介して径方向に対向している。
【0018】
図2に示すように、外輪3の環状部19の内周部には、第1の爪部材31と、第1の爪部材31の周方向他方側に隣接して設けられた第2の爪部材37とからなる一対の爪機構部が、周方向に所定間隔に複数対設けられている。第1の爪部材31は、円柱部27から周方向一方側に向かって延在する爪部29を有し、第2の爪部材37は、円柱部33から周方向他方側に向かって延在する爪部35を有する。すなわち、軸方向一方側から見て、周方向一方側から周方向他方側に向かって順に並んだ第1の爪部材31と第2の爪部材37とで一対の爪機構部を構成し、外輪3の環状部19にはこのような爪機構部が複数対設けられている。したがって外輪3の環状部19の内周部には、複数の第1の爪部材31と、これと同数の第2の爪部材37とが、周方向に交互に配置されている。以下、一対の爪機構部の構成について説明するが、他の爪機構部の構成も同様である。
【0019】
第1の爪部材31は、円柱部27を中心に爪部29が径方向に揺動可能に、外輪3の環状部19の内周部に形成された保持部39に保持されている。保持部39は、外輪3の環状部19の軸方向一方側端面および内周面に開口する凹部である。また、外輪3の環状部19の保持部39には第1の爪部材31の爪部29を径方向内方すなわち内輪5の円筒部9の外周面に向けて常に付勢しているコイル状のスプリング41が設けられている。第1の爪部材31は、内輪5のノッチ15と噛み合うことにより、外輪3に対する内輪5の反時計方向すなわち周方向他方の回転方向への回転をロックするとともに、外輪3に対する内輪5の時計方向すなわち周方向一方の回転方向への回転を可能としている。
【0020】
第2の爪部材37は、円柱部33を中心に爪部35が径方向に揺動可能に、外輪3の環状部19の内周部に形成された保持部43に保持されている。保持部43は、外輪3の環状部19の軸方向一方側端面および内周面に開口する凹部である。また、外輪3の環状部19の保持部43には第2の爪部材37の爪部35を径方向内方すなわち内輪5の円筒部9の外周面に向けて常に付勢しているコイル状のスプリング45が設けられている。第2の爪部材37は、内輪5のノッチ15と噛み合うことにより、外輪3に対する内輪5の時計方向すなわち周方向一方の回転方向への回転をロックするとともに、外輪3に対する内輪5の反時計方向すなわち周方向他方の回転方向への回転を可能としている。このように、外輪3の保持部39、43に保持された第1の爪部材31および第2の爪部材37と、スプリング41、45と、ノッチ15が形成された内輪5とで、ラチェット機構が構成されている。
【0021】
外輪3の第1円筒部23の内周側には、外輪3と同軸上に環状プレート51が配置されている。環状プレート51は、外輪3の環状部19の軸方向一方側端面、複数の第1および第2の爪部材31、37の軸方向一方側端面、および内輪5の円筒部9の軸方向一方側端部と、軸方向に対向している。環状プレート51は、中心軸線を中心に回動可能に、外輪3の第1円筒部23に保持されている。環状プレート51の軸方向一方側に隣接する外輪3の第1円筒部23の内周面の部分には、周方向溝53が形成されている。周方向溝53には止め輪55が嵌め込まれている。環状プレート51は、外輪3の環状部19の軸方向一方側端面と止め輪55とによって軸方向の移動が規制されている。
【0022】
環状プレート51の内径側部分には、軸方向他方側に突出する厚肉部57が周方向全周に亘って形成されている。厚肉部57は、外輪3の環状部19の径方向内方すなわち第1および第2の爪部材31、37の径方向内方に位置している。また、厚肉部57は、第1および第2の爪部材31、37の軸方向中間部に対応する軸方向位置まで、軸方向他方側に突出している。厚肉部57の軸方向他方側の端面は、内輪5の円筒部9の軸方向一方側の端部と軸方向に対向している。このような構成により、厚肉部57の外周面は、外輪3の環状部19の内周面の軸方向一方側部分、第1の爪部材31の内径側の面の軸方向一方側部分、および第2の爪部材37の内径側の面の軸方向一方側部分と、所定の空間を介して径方向に対向している。
【0023】
厚肉部57の外周面には、
図2に示すように、径方向外方に突出する突出部59が周方向所定間隔に複数設けられている。突出部59の頂部は、内輪3の歯部13の頂部と同等の径方向位置にあり、外輪3の環状部19の内周面とは僅かな隙間を介して径方向に対向している。すなわち突出部59の頂部は外輪3の環状部19の内周面とは非接触である。
【0024】
環状プレート51は、回動することによって一対の爪機構部に対する厚肉部57の突出部59の周方向位置を変更する。これにより、一対の爪機構部すなわち第1の爪部材31と第2の爪部材37とに対する突出部59の接触または非接触の組み合わせ状態を変更する。具体的には、環状プレート51は、一対の爪機構部に対する突出部59の接触または非接触の4つの組み合わせ状態を切り替える。
【0025】
一対の爪機構部に対する突出部59の接触または非接触の第1の組み合わせ状態は、
図2に示すように、突出部59は第1の爪部材31と第2の爪部材37との何れにも接触せず、外輪3の環状部19の内周面に対向している状態である。この状態において第1の爪部材31および第2の爪部材37は、それぞれスプリング41および45の付勢力によって内輪5のノッチ15に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方および周方向他方の何れの方向への回転もロックされた状態である。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第1の状態」という。
【0026】
一対の爪機構部に対する突出部59の接触または非接触の第2の組み合わせ状態は、1つの突出部59が第2の爪部材37の内径側の面に接触し、第1の爪部材31には突出部59が接触していない状態である。この状態において、第2の爪部材37に接触している突出部59は、第2の爪部材37に対してスプリング45を圧縮した状態で接触し、第2の爪部材37と内輪5のノッチ15との噛み合いを阻止する。一方、第1の爪部材31は、スプリング41の付勢力によって内輪5のノッチ15に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転が可能であり、周方向他方への回転がロックされた状態である。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第2の状態」という。
【0027】
一対の爪機構部に対する突出部59の接触または非接触の第3の組み合わせ状態は、1つの突出部59が第1の爪部材31の内径側の面に接触し、第2の爪部材37には突出部59が接触していない状態である。この状態において、第1の爪部材31に接触している突出部59は、第1の爪部材31に対してスプリング41を圧縮した状態で接触し、第1の爪部材31と内輪5のノッチ15との噛み合いを阻止する。一方、第2の爪部材37は、スプリング45の付勢力によって内輪5のノッチ15に噛み合っている。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向他方への回転が可能であり、周方向一方への回転がロックされた状態である。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第3の状態」という。
【0028】
一対の爪機構部に対する突出部59の接触または非接触の第4の組み合わせ状態は、1つの突出部59が第1の爪部材31の内径側の面に接触し、さらに他の1つの突出部59が第2の爪部材37の内径側の面に接触している状態である。ここで第1の爪部材31に接触している突出部59と第2の爪部材37に接触している突出部59とは、周方向に隣り合う突出部59である。この状態において、第1の爪部材31に接触している突出部59は第1の爪部材31と内輪5のノッチ15との噛み合いを阻止すると共に、第2の爪部材37に接触している突出部59は第2の爪部材37と内輪5のノッチ15との噛み合いを阻止する。したがってこの状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転も周方向他方への回転もロックされておらず、周方向一方と周方向他方の何れの方向への回転も可能である。なお、以降の説明において、この状態を切り替え式ラチェット型クラッチ1の「第4の状態」という。
【0029】
環状プレート51の回動は、図示しないアクチュエータにより行われる。環状プレート51には径方向外方に突出する連結部61が設けられ、連結部61は図示しないアクチュエータに連結されている。切り替え式ラチェット型クラッチ1は、図示しないアクチュエータによって、連結部61を介して中心軸線を中心に環状プレート51が回動し、これにより一対の爪機構部に対する突出部59の接触または非接触の組み合わせ状態を切り替えている。これにより切り替え式ラチェット型クラッチ1は、上記第1の状態と第2の状態と第3の状態と第4の状態とを切り替え、外輪3と内輪5と間でのトルク伝達方向を切り替えている。
【0030】
本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、
図1、
図3に示すように、外輪3と内輪5との間に、周方向所定間隔に複数の金属製のブロックベアリング65を備えている。複数のブロックベアリング65は、外輪3と内輪5とを同心に且つ所定径方向間隔に維持するとともに、外輪3に対する内輪5のすべり軸受けとして機能している。以下、ブロックベアリング65の構成について説明する。なお、複数のブロックベアリング65は全て同じ構成である。
【0031】
図4は
図1の部分拡大図であり、ブロックベアリング65の近傍部を示している。
図5(a)、(b)はブロックベアリング65の拡大斜視図であり、それぞれ異なる角度から見た状態を示している。
【0032】
ブロックベアリング65は、
図4および
図5の各図に示すように、径方向に所定の厚さを有し、周方向に延在する円弧状の軸受部67と、軸受部67の軸方向一方側端部から内径方向に突出する内向きのフランジ部69とから構成されている。
図5の各図に示すように、フランジ部69は軸方向から見て略扇形に形成されている。ブロックベアリング65は、
図1、
図4に示すように、軸受部67が外輪3の第2円筒部25の内周面と内輪5の本体部7の外周面との間の空間に配置され、内向きのフランジ部69が外輪3の環状部19の軸方向他方側端面と内輪5の本体部7の軸方向一方側端面との間の空間に配置されている。軸受部67の外周面は、外輪3の第2円筒部25の内周面の曲率半径と同じ大きさの曲率半径を有し、第2円筒部25の内周面と径方向に対向している。
【0033】
図3に示すように、外輪3の環状部19の軸方向他方側の端面には、軸方向他方側に突出し、周方向に隣り合う一組の突出部70が形成されている。環状部19には、ブロックベアリング65の数に対応する組数の突出部70が形成されている。一組の突出部70の周方向に対向する端面は、ブロックベアリング65の略扇形のフランジ部69の周方向両側の端面に対応する形状を有している。また、突出部70は、フランジ部69の軸方向厚さと同等の軸方向厚さを有している。ブロックベアリング65は、フランジ部69の周方向両側の端面がそれぞれ一組の突出部70の周方向に対向する端面に接触した状態で、一組の突出部70の間に嵌め込まれている。これによりブロックベアリング65は周方向の移動が規制され、外輪3に固定されている。すなわち、一組の突出部70は、ブロックベアリング65の外輪3への固定部を構成している。また、第2円筒部25の内周面の軸方向他方側端部近傍には周方向溝71が形成され、周方向溝71には止め輪73が嵌め込まれている。止め輪73の軸方向一方側の面にはブロックベアリング65の軸受部67の軸方向他方側端面が接触し、ブロックベアリング65の軸方向の抜けを防止している。
【0034】
図4、
図5(a)に示すように、ブロックベアリング65の軸受部67の内周部には、内径側に突出する突出部75が形成されている。突出部75は、軸受部67の内周面の軸方向一方側端部近傍から軸方向他方側端部までの軸方向幅を有し、軸受部67の内周面の周方向幅に亘って形成されている。突出部75の内周面77は、内輪5の本体部7の外周面の曲率半径と同じ大きさの曲率半径を有する曲面であり、内輪5の本体部7の外周面との摺動面を構成している(以後、突出部75の内周面77を「第1摺動面77」と言う。)。
【0035】
図4に示すように、フランジ部69の軸方向他方側の面には、軸方向他方側に突出する突出部79が形成されている。突出部79は、フランジ部69の軸方向他方側の面の外径側縁部近傍から内径側縁部までの径方向幅を有し、フランジ部69の軸方向他方側の面の略周方向幅に亘って形成されている。突出部79の軸方向他方側の面81は、内輪5の本体部7の軸方向一方側端面との摺動面を構成している(以後、突出部79の軸方向他方側の面81を「第2摺動面81」と言う。)。
【0036】
内輪5の本体部7には、本体部7の内周面から外周面に貫通する油路89が複数形成されている。図示しないオイルポンプによって圧送された潤滑油(図示省略)は、内輪5の内径側から油路89を通って内輪5の本体部7の外周面に供給される。本体部7の外周面に供給された潤滑油は、ブロックベアリング65の第1摺動面77と内輪5の本体部7の外周面との間、および第2摺動面81と内輪5の本体部7の軸方向一方側端面との間に供給される。なお、切り替え式ラチェット型クラッチ1の潤滑油の流れについては、後に詳述する。
【0037】
このように本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、外輪3と内輪5との間にブロックベアリング65を備え、ブロックベアリング65は外輪3に対する内輪5のすべり軸受けとして機能している。また、切り替え式ラチェット型クラッチ1は、ブロックベアリング65を備えることにより、外輪3と内輪5とが直接接触して摺動することがない。具体的には、外輪3の第2円筒部25の内周面と内輪5の本体部7の外周面とが直接接触して摺動することがなく、さらに外輪3の環状部19の軸方向他方側端面と内輪5の本体部7の軸方向一方側端面とが直接接触して摺動することがない。したがって本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1によれば、例えば電動モータの高回転の駆動力の伝達に用いても、内輪5と外輪3との間の蓄熱を抑制し、内輪5と外輪3との焼き付きに対する耐久性を向上させることができる。
【0038】
本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、内輪5と外輪3との焼き付きに対する耐久性をさらに向上させるために、ブロックベアリング65と内輪5との摺動部の潤滑油切れを防止するための潤滑油供給構造を有している。
【0039】
ブロックベアリング65の軸受部67の第1摺動面77には、
図5(a)、(b)に示すように、ブロックベアリング65と内輪5との摺動部に潤滑油を供給するための溝85が1つ形成されている。溝85は第1摺動面77の周方向一方側縁部の軸方向他方側端部から、第1摺動面77の周方向他方側縁部の軸方向一方側端部に亘って、第1摺動面77の対角線に沿って形成されている。従って溝85は、周方向に対して所定の角度を持って形成されている。
【0040】
ブロックベアリング65には突出部75、79が形成されているため、ブロックベアリング65が組み付けられた状態において、
図4に示すように、内輪5の本体部7の外周面と軸方向一方側端面との稜部と、ブロックベアリング65との間には、空間87が形成される。この空間87は、ブロックベアリング65と内輪5との接触部における遊びであるとともに、潤滑油を保持する油溜まりとしても機能する。
【0041】
次に本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1の潤滑油の流れについて説明する。
図示しないオイルポンプによって圧送された潤滑油は、内輪5の内径側から油路89を通って内輪5の本体部7の外周面に供給される。外輪3に対して内輪5が回転すると、内輪5の本体部7の外周面はブロックベアリング65の第1摺動面77に対し摺動する。ここで第1摺動面77には周方向に対して角度を持った溝85が形成されているので、内輪5の本体部7の外周面に供給された潤滑油は、内輪5の回転に伴って溝85に入り込み、溝85を通りつつ第1摺動面77と本体部7の外周面との間に供給される。溝85は周方向に対して角度を持っているので、内輪5が
図2において時計方向と反時計方向の何れの方向に回転しても、潤滑油は常に溝85に入り込み、溝85に入った潤滑油は第1摺動面77と本体部7の外周面との間に供給される。
【0042】
内輪5の本体部7の外周面に供給された潤滑油は、第1摺動面77の溝によって第1摺動面77と本体部7の外周面との間に供給されるとともに、油溜まりである空間87にも供給される。空間87に供給された潤滑油はブロックベアリング65の第2摺動面81にも供給される。
【0043】
このように、本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1は、ブロックベアリング65に潤滑油供給構造として溝85を有することにより、ブロックベアリング65の第1摺動面77と内輪5の本体部7の外周面との間に常に充分な潤滑油を供給することができ、第1摺動面77と本体部7の外周面との間の潤滑油切れを防止することができる。また、第1摺動面77と本体部7の外周面との間から、油溜まりである空間87を介して常に第2摺動面81にも潤滑油が供給される。その結果、潤滑油による第1摺動面77の冷却効果が向上するとともに、潤滑油切れによる内輪5と外輪3との焼き付きを防止することができる。このように、本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ1によれば、内輪5と外輪3との焼き付きに対する耐久性をさらに向上させることができる。
【0044】
(第2実施形態)
次に本発明の第2実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチについて説明する。
第2実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチは、ブロックベアリングの構成が第1実施形態と異なっている。詳細には、ブロックベアリングの潤滑油供給構造が第1実施形態と異なっている。他の構成は第1実施形態と同様である。以下、本発明の第2実施形態について、ブロックベアリングの構成を中心に説明する。第1実施形態と同様の構成については、
図1乃至
図5を援用して第1実施形態と同じ符号を用い、詳細な説明は省略する。
【0045】
図6(a)、(b)は第2実施形態に係る切り替え式ラチェット型クラッチ101のブロックベアリング165の拡大斜視図であり、それぞれ異なる角度から見た状態を示している。
本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ101のブロックベアリング165は、軸受部167の突出部175の内周面すなわち第1摺動面177が、内輪5の本体部7の外周面の曲率半径よりも大きな曲率半径を有する曲面に形成されている。このような構成により、第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間に空間が形成され、この空間に潤滑油を滞留させることができる。
【0046】
さらに、ブロックベアリング165の軸受部167の周方向一方側および周方向他方側の端部には、それぞれ面取り部91および92が形成されている。これら面取り部91および92は同様の構成であるが、周方向の向きが逆になっている。軸方向から見た面取り部91の断面は円弧状であり、面取り部91は軸受部167の周方向一方側端部と第1摺動面177とを滑らかに連続させる曲面を形成している。同様に、面取り部92は軸受部167の周方向他方側端部と第1摺動面177とを滑らかに連続させる曲面を形成している。このような面取り部91および92を設けることにより、ブロックベアリング165の軸受部167の周方向一方側および他方側の端部において、軸受部167と内輪5の本体部7の外周面との径方向間隔が大きくなり、第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間の空間に潤滑油を容易に且つ多く引き込むことができる。ブロックベアリング165のフランジ部169および第2摺動面181の構成は、第1実施形態のブロックベアリング65のフランジ部69および第2摺動面81と同様である。
【0047】
面取り部91および92の断面の円弧形状は、軸受部167の第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間の空間に潤滑油を容易に且つ多く引き込むことができるように、第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との接触面積がより小さくなるような形状とすることが好ましい。
【0048】
次に本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ101の潤滑油の流れについて説明する。
図示しないオイルポンプによって圧送された潤滑油は、内輪5の内径側から油路89(
図1を参照)を通って内輪5の本体部7の外周面に供給される。第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間には上述したように空間が形成されているので、潤滑油はこの空間に滞留する。外輪3に対して内輪5が回転すると、内輪5の本体部7の外周面はブロックベアリング165の第1摺動面177に対し摺動する。軸受部167の周方向一方側および他方側の端部にはそれぞれ面取り部91および92が形成されているので、内輪5が
図2において時計方向と反時計方向の何れの方向に回転しても、内輪5が回転するに従い、潤滑油は面取り部91または92を介して第1摺動面177と内輪5の本体部7との間の空間に容易に且つ多く引き込まれる。したがって潤滑油は常に第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間に供給される。
【0049】
内輪5の本体部7の外周面に供給された潤滑油は、第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間の空間に供給されるとともに、油溜まりである空間87にも供給される。空間87に供給された潤滑油はブロックベアリング165の第2摺動面181にも供給される。
【0050】
このように、本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ101においても、ブロックベアリング165に潤滑油供給構造として第1摺動面177と面取り部91および92を有することにより、ブロックベアリング165の第1摺動面177と内輪5の本体部7の外周面との間に常に充分な潤滑油を供給することができ、第1摺動面177と本体部7の外周面との間の潤滑油切れを防止することができる。その結果、潤滑油による第1摺動面177の冷却効果が向上するとともに、潤滑油切れによる内輪5と外輪3との焼き付きを防止することができる。このように、本実施形態の切り替え式ラチェット型クラッチ101によれば、第1実施形態と同様に、内輪5と外輪3との焼き付きに対する耐久性をさらに向上させることができる。
【0051】
本発明の切り替え式ラチェット型クラッチ1、101は、上記実施形態に限定されず、変形が可能である。例えば、第1実施形態のブロックベアリング65は第1摺動面77に1つの溝85を設けているが、複数の溝を設けても良い。また、第2実施形態のブロックベアリング165の第1摺動面177に、第1実施形態のような溝85を設けても良い。また、切り替え式ラチェット型クラッチ1(または101)は、第1実施形態のブロックベアリング65と第2実施形態のブロックベアリング165とを両方備えた形態、例えばブロックベアリング65とブロックベアリング165とを周方向に交互に備えた形態とすることもできる。また、切り替え式ラチェット型クラッチ1、101は、外輪3の内周面にノッチを設け、内輪5に爪機構部を設けても良い。また、第1爪機構部31および第2爪機構部37の数は、切り替え式ラチェット型クラッチ1、101が伝達するトルク容量によって適宜設計することができる。
【0052】
また、本発明の切り替え式ラチェット型クラッチは、車両の動力源としての電動モータの動力伝達機構に用いることができるほか、様々な産業機械等において用いることができる。
【符号の説明】
【0053】
1、101 切り替え式ラチェット型クラッチ
3 外輪
5 内輪
7 本体部
9 円筒部
15 ノッチ
19 環状部
23 第1円筒部
25 第2円筒部
31 第1の爪部材
37 第2の爪部材
51 環状プレート
57 厚肉部
59 突出部
65、165 ブロックベアリング
77、177 第1摺動面
81、181 第2摺動面
85 溝
89 油路
91、92 面取り部