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特許7403992発酵アルコール飲料のプリン体濃度を低減するための方法および該方法に用いるための組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】発酵アルコール飲料のプリン体濃度を低減するための方法および該方法に用いるための組成物
(51)【国際特許分類】
   C12C 7/04 20060101AFI20231218BHJP
   C12C 3/00 20060101ALI20231218BHJP
   C12C 11/00 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
C12C7/04
C12C3/00 Z
C12C11/00 Z
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019149948
(22)【出願日】2019-08-19
(65)【公開番号】P2021029133
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-07-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】307027577
【氏名又は名称】麒麟麦酒株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】土屋 友理
(72)【発明者】
【氏名】太田 拓
(72)【発明者】
【氏名】杉山 巧
(72)【発明者】
【氏名】羽場 清人
(72)【発明者】
【氏名】太田 惣介
(72)【発明者】
【氏名】加藤 優
(72)【発明者】
【氏名】今井 健夫
(72)【発明者】
【氏名】稲留 弘乃
【審査官】関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-110844(JP,A)
【文献】特開2016-101102(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0083819(US,A1)
【文献】土屋友理ほか,ホップのアデノシン分解活性を活用したプリン体オフのビール系飲料の開発,日本生物工学会大会講演要旨集,2019年08月09日,Vol.71,p.220
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12C
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する方法であって、該発酵アルコール飲料の製造において、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物にホップを添加するホップ添加工程を含んでなり、該ホップが、60℃以上80℃未満の温度で1分間以上60分間未満という条件下で予め加熱処理されたものである、方法。
【請求項2】
前記ホップ添加工程において、75℃以下の原料混合物にホップが添加される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ホップ添加工程において、70℃以下の原料混合物にホップが添加される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ホップ添加工程が、発酵工程前または発酵工程中に行われる、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記ホップ添加工程が、発酵原料を糖化するための糖化工程の前または糖化工程中に行われる、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
ホップの加熱処理が60~75℃の温度条件で行われるものである、請求項に記載の方法。
【請求項7】
ホップの加熱処理が60~70℃の温度条件で行われるものである、請求項に記載の方法。
【請求項8】
前記発酵アルコール飲料が発酵麦芽飲料である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
発酵アルコール飲料の製造において、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物に添加する、発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減するための組成物であって、ホップを含んでなり、該ホップが、60℃以上80℃未満の温度で1分間以上60分間未満という条件下で予め加熱処理されたものである、組成物。
【請求項10】
ホップの加熱処理が60~75℃の温度条件で行われるものである、請求項に記載の組成物。
【請求項11】
ホップの加熱処理が60~70℃の温度条件で行われるものである、請求項に記載の組成物。
【請求項12】
前記発酵アルコール飲料が発酵麦芽飲料である、請求項11のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵アルコール飲料のプリン体濃度を低減するための方法および該方法に用いるための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
食事から摂取されるプリン体は、体内で代謝され、最終的に尿酸に変換される。こうして生成した尿酸は体外に排出されるが、尿酸の生成量がその排出能力を超えて体内に蓄積されると、高尿酸血症および痛風の原因となる。特に、アルコール飲料においては、含まれるプリン体量はそれほど多くないものの、アルコールの作用によって尿酸値が上昇しやすい傾向がある。
【0003】
プリン体には、プリン塩基(アデニン、グアニンなど)、プリンヌクレオシド(アデノシン、グアノシンなど)、核酸(DNA、RNAなど)、プリンヌクレオチド(アデニル酸など)がある。これらのうち、発酵アルコール飲料に含まれるプリン体としては、プリン塩基にリボースが結合したプリンヌクレオシドの含有量が多く、特に、発酵麦芽飲料においてその傾向が強い。
【0004】
プリン塩基のうち、アデニンやグアニンは酵母によって資化されるのに対し、プリンヌクレオシドは資化されない。従って、発酵アルコール飲料の製造において、発酵工程の前またはその最中の発酵液中のプリンヌクレオシドの含有量を低減することは、完成した発酵アルコール飲料中のプリン体の含有量を低減することにつながる。
【発明の概要】
【0005】
本発明者らは、発酵アルコール飲料の製造過程において、所定の温度条件下でホップを添加することにより、原料混合物中のプリンヌクレオシドの一つであるアデノシンの含有量が低減され、よって、製造される発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量が低減されることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0006】
従って、本発明は、発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する方法を提供する。
【0007】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する方法であって、該発酵アルコール飲料の製造において、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物にホップを添加するホップ添加工程を含んでなる、方法。
(2)前記ホップ添加工程において、75℃以下の原料混合物にホップが添加される、前記(1)に記載の方法。
(3)前記ホップ添加工程において、70℃以下の原料混合物にホップが添加される、前記(1)に記載の方法。
(4)前記ホップ添加工程が、発酵工程前または発酵工程中に行われる、前記(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)前記ホップ添加工程が、発酵原料を糖化するための糖化工程の前または糖化工程中に行われる、前記(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記ホップが、60℃以上80℃未満の温度で1分間以上60分間未満という条件下で予め加熱処理されたものである、前記(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)ホップの加熱処理が60~75℃の温度条件で行われるものである、前記(6)に記載の方法。
(8)ホップの加熱処理が60~70℃の温度条件で行われるものである、前記(6)に記載の方法。
(9)前記発酵アルコール飲料が発酵麦芽飲料である、前記(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)発酵アルコール飲料を製造する方法であって、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物にホップを添加するホップ添加工程を含んでなる、方法。
(11)前記ホップ添加工程が、発酵工程前または発酵工程中に行われる、前記(10)に記載の方法。
(12)前記ホップ添加工程が、発酵原料を糖化するための糖化工程の前または糖化工程中に行われる、前記(10)に記載の方法。
(13)前記発酵アルコール飲料が発酵麦芽飲料である、前記(10)~(12)のいずれかに記載の方法。
(14)発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する目的で、該発酵アルコール飲料の製造において、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物に添加するための組成物であって、ホップを含んでなる、組成物。
(15)前記ホップが、60℃以上80℃未満の温度で1分間以上60分間未満という条件下で予め加熱処理されたものである、前記(14)に記載の組成物。
(16)ホップの加熱処理が60~75℃の温度条件で行われるものである、前記(15)に記載の組成物。
(17)ホップの加熱処理が60~70℃の温度条件で行われるものである、前記(15)に記載の組成物。
(18)前記発酵アルコール飲料が発酵麦芽飲料である、前記(14)~(17)のいずれかに記載の組成物。
【0008】
本発明によれば、発酵アルコール飲料の製造過程において、原料混合物中のアデノシンの含有量を低減し、よって、製造される発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減することが可能となる。特に、本発明では、ホップの作用によって原料混合物中のアデノシンがアデニンに変換される。アデニンは酵母により資化(つまり消化)されるため、アデノシンがアデニンに変換された原料混合物を酵母による発酵工程に供することにより、製造される発酵アルコール飲料中のプリン体の含有量を低減することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、様々な条件で事前加熱処理を行ったホップを製造し、これを麦汁サンプルに添加した後に、各麦汁サンプル中のプリン体含有量を測定した結果を示す。図1において、各サンプルにおける3本の棒グラフのうち、左から1つ目の棒グラフはアデノシンの定量値を示し、2つ目の棒グラフはアデニンの定量値を示し、3つ目の棒グラフはグアノシンの定量値を示す。
図2図2は、様々な品種、部位および生育ステージのホップをビールに添加した後に、各ビールサンプル中のプリン体含有量を測定した結果を示す。図2において、各サンプルにおける2本の棒グラフのうち、左側はアデノシンの定量値を示し、右側はアデニンの定量値を示す。
図3図3は、発酵アルコール飲料の製造過程における糖化工程開始時にホップを麦汁に添加し、糖化工程終了後に麦汁中のプリン体含有量を測定した結果を示す。
図4図4は、ホップ処理麦汁を発酵させ、発酵前と発酵後におけるサンプル中のプリン体含有量を測定した結果を示す。図4において、「65℃10分→50℃2hr」というサンプルは、ホップに対し、65℃で10分間の加熱処理と、仕込液に添加した後の50℃で2時間のインキュベートの両方を行ったサンプルである。
図5図5は、発酵アルコール飲料(麦芽比率0.1%未満)の製造過程における発酵開始時にホップを原料混合物に添加し、発酵後におけるサンプル中のプリン体含有量を測定した結果を示す。図5において、各棒グラフの下に記載されているサンプル名は、各サンプルに添加されたホップの濃度を示したものである。
図6図6は、発酵アルコール飲料(麦芽比率100%未満)の製造過程における発酵開始時にホップを原料混合物に添加し、ホップを添加したサンプルと添加しないサンプル(対照サンプル)におけるプリン体含有量を測定した結果を示す。
【発明の具体的説明】
【0010】
本発明において「発酵アルコール飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させたアルコール(エタノール)含有飲料を意味する。発酵アルコール飲料には、原料として麦芽を使用した発酵麦芽飲料や、原料として麦芽を使用しないビール風味アルコール飲料も含まれる。本発明において「発酵麦芽飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、原料として少なくとも麦芽を使用した飲料を意味する。このような発酵麦芽飲料としては、ビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)などが挙げられる。本発明の一つの実施態様では、本発明における発酵アルコール飲料は、麦芽比率100%未満の発酵麦芽飲料、好ましくは麦芽比率50%未満、さらに好ましくは25%未満の発酵麦芽飲料とされる。
【0011】
本発明の方法は、発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する方法である。この方法は、発酵アルコール飲料の製造において、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物にホップを添加するホップ添加工程を含む。この工程により、アデノシンの含有量が低減された発酵アルコール飲料が製造され、さらには、プリン体の含有量が低減された発酵アルコール飲料を製造することも可能となる。
【0012】
本発明に用いられるホップ(Humulus lupulus L.)は、クワ科に属する多年生植物である。ホップの種類は多く、例えば、アドミラル(Admiral)、ブラボー(Bravo)、カリプソ(Calypso)、カスケード(Cascade)、センテニアル(Centenial)、チヌーク(Chinook)、シトラ(Citra)、クラスター(Cluster)、コロンブス(Columbus)、コメット(Comet)、ファグル(Fuggle)、ギャラクシー(Galaxy)、ゴールディング(Golding)、ゴールディングS(Golding s)、ハラタウアロマ(Hallertau Aroma)、ハラタウブランク(Hallertau Blanc)、ヒュエルメロン(Huell melon)、ルブリン(Lublin)、マンダリナババリア(Mandarina Bavaria)、ミレニウム(Millennium)、モザイク(Mosaic)、モツエカ(Motueka)、ネルソンソービン(Nelson Sauvin)、ペーレ(Perle)、フェニックス(Phoenix)、パイオニア(Pioneer)、ポラリス(Polaris)、プライドオブリングウッド(Pride of Ringwood)、リワカ(Riwaka)、サフィア(Saphir)、スティックルブラクト(Sticklebract)、スティリアンゴールディング(Styrian Golding)、タスマニアハラタウ(Tasmania Hallertau)、タウルス(Taurus)、ウィラメット(Willamette)、ハラタウトラディション(Hallertau Tradition)、ハラタウア(Hallertauer)、ザーツ(Saaz)、ヘルスブルッカー(Hersbrucker)、テットナング(Tettnang)等が挙げられる。
【0013】
本発明に用いられるホップとしては、上記のいずれの品種も好ましく用いることができる。また、これらのホップ品種は、2種以上を混合して用いてもよい。
【0014】
本発明に用いられるホップとしては、ホップの毬花(雌花)、毬果(未受精の雌花が成熟したもの)、葉、茎および苞等の各部位(好ましくは毬花または茎または葉)を、そのまま、または凍結したもの、若しくは、破砕・乾燥・圧縮しペレット状に加工した後に、使用することができる。
【0015】
本発明の一つの実施態様によれば、ホップは、原料混合物に添加される前に加熱処理に供される。このような事前加熱処理の条件として、温度は60℃以上80℃未満とされ、好ましくは60~75℃、より好ましくは60~70℃とされる。また、加熱処理の時間は1分間以上60分間未満とされ、好ましくは1~50分間、より好ましくは1~30分間とされる。さらに、このような条件下で加熱処理されたホップは、より低温での追加の加熱処理に供することもできる。このような低温での追加加熱処理の条件は、45℃以上60℃未満(好ましくは45℃~55℃、例えば約50℃)で、30~300分間(好ましくは60~180分間、さらに好ましくは90~150分間、例えば約120分間)とすることができる。
【0016】
ホップの事前加熱処理(低温での追加加熱処理を含む)は、温度管理された水浴中で行なうことができる。例えば、ホップの加熱処理は、ホップに十分な量(例えば、ホップの質量に対して約10倍の質量)の水を加え、この水の温度を、上記の温度に上記の時間保持し、その後、直ちに室温(例えば約10~25℃)まで冷却し、そのまま保存することにより行うことができる。
【0017】
本発明の方法では、ホップが添加される原料混合物は、アデノシンを含有するものであり、かつ、80℃未満、好ましくは75℃以下、より好ましくは70℃以下のものとされる。よって、飲料の製造過程に煮沸工程などの高温処理工程が含まれる場合、高温処理工程の開始後、前記温度以下に冷却されるまでの間を除く時期にホップを添加することが望ましい。もっとも、このような高温の原料混合物にホップを添加すること自体を避ける必要はない。その場合には、上記の温度条件を満たす原料混合物に対し、高温時に添加したホップとは別に改めてホップを添加すればよい。同様に、原料混合物の温度やアデノシンの含有の有無にかかわらず、本発明に従うホップ添加とは別に、ホップを添加してもよい。
【0018】
本発明の好ましい実施態様では、前記ホップ添加工程は、発酵工程前(例えば発酵工程の直前)または発酵工程中に行われる。本発明の他の好ましい実施態様では、前記ホップ添加工程は、発酵原料を糖化するための糖化工程の前(例えば糖化工程の直前)または糖化工程中に行われる。
【0019】
ホップの添加量は、アデノシンの低減作用(例えば、アデノシンのアデニンへの変換作用)を発揮しうる量であればよい。本明細書に記載の実施例では、ごく少量のホップの添加によりこのような作用が発揮されることが確認されている。本発明の好ましい実施態様によれば、ホップの添加量は、製造される発酵アルコール飲料の容量に対する未加工のホップの質量に換算して(ホップ原単位として)、0.1g/L以上とされる。また、ホップの添加量の上限値は特に限定されるものではなく、発酵アルコール飲料に付与したいホップ香気の強度に従って、当業者が適宜選択することができる。例えば、ホップの添加量は、ビールなどの発酵麦芽飲料の製造に用いられる量とすることができる。本発明の好ましい実施態様によれば、ホップの添加量の上限値は、製造される発酵アルコール飲料の容量に対する未加工のホップの質量に換算して(ホップ原単位として)、10g/L、より好ましくは8g/L、さらに好ましくは7g/L、さらに好ましくは6g/L、さらに好ましくは5g/Lとされる。
【0020】
本発明において、上述のホップ(事前加熱処理したものを含む)は、発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する目的で用いられる。よって、本発明の他の態様によれば、発酵アルコール飲料中のアデノシンの含有量を低減する目的で、該発酵アルコール飲料の製造において、アデノシンを含有する80℃未満の原料混合物に添加するための組成物が提供され、該組成物は上述のホップを含んでなる。
【0021】
本発明の一つの実施態様によれば、前記発酵アルコール飲料は発酵麦芽飲料とされ、本発明の方法は、少なくとも水および麦芽を含んでなる発酵前液を発酵させることにより実施することができる。すなわち、麦芽等の醸造原料を糖化工程および煮沸工程に供し、得られた麦汁(発酵前液)に発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、所望により発酵液を低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することにより、発酵麦芽飲料を製造することができる。ここで、ホップは、上述した通りの時期に添加される。
【0022】
本発明の方法では、麦芽、ホップおよび水以外に、米、とうもろこし、こうりゃん、馬鈴薯、でんぷん、糖類(例えば、液糖)、果実、コリアンダー等の酒税法で定める副原料や、タンパク質分解物、酵母エキス等の窒素源、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物を醸造原料として使用することができる。また、未発芽の麦類(例えば、未発芽大麦(エキス化したものを含む)、未発芽小麦(エキス化したものを含む))を醸造原料として使用してもよい。
【実施例
【0023】
以下の実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1:ホップのアデノシン分解活性の検討
本実施例では、ホップのアデノシン分解活性の特性を調べるため、様々な条件で事前加熱処理を行ったホップを製造し、これを麦汁サンプルに添加した後に、各麦汁サンプル中のプリン体含有量を測定した。対照サンプルとしては、ホップを添加しない麦汁サンプルを用いた。
【0025】
具体的には、計量したホップペレットに約10倍量の水を加え、湯浴中、65~80℃で10分間保持し、その後、直ちに0~25℃まで冷却した。また、この加熱処理の後、渋味低減を目的に50℃で120分間保持したサンプルも調製した。
【0026】
上述の加熱処理を経たホップを、麦芽比率0.1%(ビールテイスト発酵アルコール飲料)および麦芽比率100%(副原料なし)のそれぞれの麦汁に添加した。本実施例でのホップの添加量は、未加工のホップの質量として(ホップ原単位として)0.5g/Lとした。
【0027】
プリン体濃度は、BCОJビール分析法(ビール酒造組合、8.30 プリン体;HPLC-UV法によるビール、発泡酒、新ジャンルの総プリン体定量)を参考に、遊離型のプリン体化合物量を液体クロマトグラフィー質量分析計により測定した。
【0028】
結果を図1に示す。図1において、各サンプルにおける3本の棒グラフのうち、左から1つ目の棒グラフはアデノシンの定量値を示し、2つ目の棒グラフはアデニンの定量値を示し、3つ目の棒グラフはグアノシンの定量値を示す。図1から明らかなように、65~75℃の範囲で10分間の事前加熱処理を行ったホップを添加した麦汁では、アデノシンの含有量が減少し、アデニンの含有量が増えていた。また、これらの温度条件での加熱処理に加えて50℃で120分間の追加の加熱処理を行ったホップを添加した麦汁でも、同様の結果となった。これに対し、80℃で事前加熱処理したホップを添加した麦汁では、アデノシンは減少せず、アデノシン分解活性が失活しているものと考えられた。一方、グアノシンはどの温度帯においても分解することはできなかった。
【0029】
実施例2:ホップの品種、部位および生育ステージによるアデノシン分解活性の違い
本実施例では、ホップのアデノシン分解活性が品種、部位および生育ステージによって異なるか否かを調べるため、様々な品種、部位および生育ステージのホップをビールに添加した後に、各ビールサンプル中のプリン体含有量を測定した。対照サンプルとしては、ホップを添加しないビールサンプルを用いた。
【0030】
具体的には、市販のビールに、原単位5g/Lとなるように凍結破砕したホップを添加し、攪拌条件下、20℃で24時間反応させた。対照サンプルには、ホップを添加しなかった。各サンプルの詳細を以下の表1に示す。
【表1】
【0031】
反応後、ホップ粕を除去し、80℃で10分間処理し、その後プリン体を分析した。
【0032】
総プリン体濃度は、BCОJビール分析法(ビール酒造組合、8.30 プリン体;HPLC-UV法によるビール、発泡酒、新ジャンルの総プリン体定量)を参考にし、過塩素酸処理による分解処理をせずに、遊離型のプリン体化合物量を液体クロマトグラフィー質量分析計により測定した。
【0033】
結果を図2に示す。図2において、各サンプルにおける2本の棒グラフのうち、左側はアデノシンの定量値を示し、右側はアデニンの定量値を示す。図2から明らかなように、ホップ品種や、生育ステージ、部位によらず、ホップがアデノシン分解活性を持つことが分かった。一方、グアノシンは、どの品種、生育段階においても分解することはできなかった。
【0034】
実施例3:糖化工程においてホップを添加したときのアデノシン分解活性の検討
本実施例では、発酵アルコール飲料の製造過程における糖化工程中にホップを原料混合物に添加したときにアデノシン分解活性が発揮されるか否かを調べた。
【0035】
具体的には、340mlのお湯に、粉砕した麦芽を110g添加し、2gもしくは4gのホップペレットを添加した。60℃で60分間静置した後、78℃に昇温して5分間経過後、固液分離し、麦汁中のプリン体を定量した。ホップペレットを添加しないサンプルを対照サンプルとした。
【0036】
プリン体濃度は、BCОJビール分析法(ビール酒造組合、8.30 プリン体;HPLC-UV法によるビール、発泡酒、新ジャンルの総プリン体定量)を参考にし、過塩素酸処理による分解処理をせずに、遊離型のプリン体化合物量を液体クロマトグラフィー質量分析計により測定した。
【0037】
結果を図3に示す。図3から明らかなように、糖化工程開始時にホップペレットを投入してもアデノシン分解効果があることが確認された。一方、グアノシン含有量に変化は見られなかった。
【0038】
実施例4:ホップ処理麦汁を発酵させて得られる発酵産物中のプリン体濃度の検討
本実施例では、ホップ処理麦汁を発酵させたときに、発酵産物中のプリン体濃度が変化するか否かを調べた。
【0039】
具体的には、0.5gのホップペレットに約5mlの水を加え、水浴中で65℃または90℃で10分間保持し、その後、直ちに室温まで冷却した。モルトエキス(0.1%未満)、大豆タンパク、液糖より調整した500mlの仕込液に、上記の加熱処理ホップ液を添加した。65℃で10分間の加熱処理をしたホップを添加したサンプルでは、ホップ添加後、50℃で2時間インキュベートし、回収後、プリン体を分析した。90℃で10分間の加熱処理をしたホップを添加したサンプルでは、添加後すぐにサンプリングし、プリン体を分析した。これらの仕込液に、酵母を添加し、15℃で7日間発酵した。発酵後、発酵液から酵母を除去し、プリン体を分析した。ホップを添加しないサンプルを対照サンプルとした。
【0040】
総プリン体濃度は、BCОJビール分析法(ビール酒造組合、8.30 プリン体;HPLC-UV法によるビール、発泡酒、新ジャンルの総プリン体定量)を参考に、試料を70%過塩素酸で分解し、遊離型のプリン体化合物量を液体クロマトグラフィー質量分析計により測定した。アデノシンおよびアデニンの濃度は、過塩素酸処理による分解処理をせずに、同様の方法で測定した。
【0041】
結果を図4に示す。図4において、「65℃10分→50℃2hr」というサンプルは、ホップに対し、65℃で10分間の加熱処理と、仕込液に添加した後の50℃で2時間のインキュベートの両方を行ったサンプルである。
【0042】
図4から明らかなように、ホップを65℃10分間-50℃2時間の条件で加熱処理した発酵前のサンプルでは、アデノシンがアデニンに分解され、アデノシン濃度が低減した。さらに、発酵中にアデニンが酵母により消費されるため、発酵後はアデノシン量とアデニン量が低下した。一方、ホップを90℃10分間の条件で加熱処理したサンプルでは、アデノシンからアデニンへの分解は見られなかった。ホップにはプリン体が含まれるため、発酵前の総プリン体は、ホップを添加したことにより増加したが、ホップを65℃10分間-50℃2時間の条件で加熱処理したサンプルでは、アデノシン量が低下したため、発酵後の総プリン体量は低下した。一方、ホップを90℃10分間の条件で加熱処理したサンプルでは、アデノシンの分解は観察されず、ホップの添加量増に伴いプリン体量が増加した。
【0043】
実施例5:発酵開始時にホップを添加したときの効果の検討(麦芽比率0.1%未満)
本実施例では、発酵アルコール飲料の製造過程における発酵開始時にホップを原料混合物に添加したときに、アデノシン分解活性が発揮されるか否か、およびアデニンが酵母により資化されるか否かを調べた。
【0044】
具体的には、ホップペレットを計量後、約10倍量の水を加え、水浴中で65℃または90℃で10分間保持し、その後、直ちに室温まで冷却した。モルトエキス(0.1%未満)、大豆タンパクおよび液糖より調製した500mlの仕込液に、上記の加熱処理ホップ液と酵母を添加し、15℃で7日間発酵した。発酵後、発酵液から酵母を除去し、プリン体を分析した。
【0045】
総プリン体濃度は、BCОJビール分析法(ビール酒造組合、8.30 プリン体;HPLC-UV法によるビール、発泡酒、新ジャンルの総プリン体定量)を参考に、試料を70%過塩素酸で分解し、遊離型のプリン体化合物量を液体クロマトグラフィー質量分析計により測定した。アデノシンおよびアデニンの濃度は、過塩素酸処理による分解処理をせずに、同様の方法で測定した。
【0046】
結果を図5に示す。図5において、各棒グラフの下に記載されているサンプル名は、各サンプルに添加されたホップ濃度を示したものである。図5から明らかなように、65℃10分間処理ホップを使用した場合は、0.1g/L~1g/Lの添加量全てにおいて、アデノシンがアデニンに分解され、一部食べ残しが見られるものの、アデニンも低減していた。一方、90℃10分間処理ホップを使用したサンプルでは、アデノシンの分解は見られなかった。また、90℃10分処理ホップを使用したサンプルでは、ホップの添加量増に伴い総プリン体量は増加したが、65℃10分処理ホップを使用したサンプルでは、総プリン体量の増加が見られなかった。
【0047】
実施例6:発酵開始時にホップを添加したときの効果の検討(麦芽比率100%)
本実施例では、麦芽比率100%のビールの製造過程における発酵開始時にホップを原料混合物に添加したときに、アデノシン分解活性が発揮されるか否か、およびアデニンが酵母により資化されるか否かを調べた。
【0048】
具体的には、ホップの加熱処理は、温度管理された水浴中、ホップに十分な量(ホップの質量に対して約10倍の質量)の水を加え、この水の温度を65℃で10分間保持し、その後、直ちに室温(約0~25℃)まで冷却し、そのまま保存することにより行った。この加熱処理を経たホップを、発酵工程の開始時にその原料混合物に添加した。ホップの添加量は、未加工のホップの質量として0.1g~5.0g/Lとした。本実験は麦芽比率100%の液(副原料なし)を用いて行った。発酵後、発酵液から酵母を除去し、プリン体を分析した。
【0049】
総プリン体濃度は、BCОJビール分析法(ビール酒造組合、8.30 プリン体;HPLC-UV法によるビール、発泡酒、新ジャンルの総プリン体定量)を参考に、試料を70%過塩素酸で分解し、遊離型のプリン体化合物量を液体クロマトグラフィー質量分析計により測定した。アデノシンおよびアデニンの濃度は、過塩素酸処理による分解処理をせずに、同様の方法で測定した。
【0050】
結果を図6に示す。図6から明らかなように、事前加熱処理ホップを発酵開始時に添加するビールの製造において、麦汁に含まれる非資化性のアデノシンが資化性のアデニンに変換され、酵母によりアデニンが資化されることによって発酵液のプリン体を低減できることが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6