(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】操舵制御装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20231218BHJP
B62D 5/04 20060101ALI20231218BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20231218BHJP
B62D 119/00 20060101ALN20231218BHJP
【FI】
B62D6/00 ZYW
B62D5/04
B62D101:00
B62D119:00
(21)【出願番号】P 2019164432
(22)【出願日】2019-09-10
【審査請求日】2022-07-11
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】片岡 伸文
(72)【発明者】
【氏名】都甲 高広
(72)【発明者】
【氏名】山口 恭史
(72)【発明者】
【氏名】江崎 之進
【審査官】田邉 学
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-210216(JP,A)
【文献】特開2007-153158(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 5/04
B62D 101/00
B62D 119/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジングと、前記ハウジング内に往復動可能に収容される転舵軸と、モータを駆動源として前記転舵軸を往復動させるモータトルクを付与するアクチュエータとを備える操舵装置を制御対象とし、
前記転舵軸に連結される転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角であって、360°を超える範囲を含む絶対角で示される絶対舵角を検出する絶対舵角検出部と、
前記モータが出力するモータトルクの目標値に対応した電流指令値を演算する電流指令値演算部とを備え、
前記モータに供給する実電流値が前記電流指令値となるように前記モータの駆動を制御する操舵制御装置において、
前記転舵軸が前記ハウジングに当接するエンド当てにより該転舵軸の移動が規制されるエンド位置を示す角度であって、前記絶対舵角と対応付けられたエンド位置対応角が記憶され、
前記電流指令値演算部は、前記絶対舵角の前記エンド位置対応角からの距離を示すエンド離間角が所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少が規制されることで、前記転舵軸が前記ハウジングに当接する実エンド位置よりもステアリング中立側の仮想エンド位置で前記転舵軸の移動が規制されるように前記電流指令値を補正するエンド当て緩和制御を実行するものであって、
前記エンド当て緩和制御の実行時に車両を旋回走行させようとしているか否かの旋回意思判定を行い、前記車両を旋回走行させようとしていると判定する場合に、前記エンド当て緩和制御の実行による前記電流指令値の補正量を小さくする部分開放制御を行う開放制御部を備え
、
前記電流指令値演算部は、
前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少に基づいて小さくなる舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、
前記電流指令値の絶対値の上限となる制限値を前記舵角制限値以下に設定する制限値設定部とを備え、
前記電流指令値の絶対値を前記舵角制限値に制限することにより、前記エンド当て緩和制御を実行するものであり、
前記舵角制限値演算部は、前記モータが出力可能なモータトルクとして予め設定されたトルクに対応する最大電流としての前記モータの定格電流から前記エンド離間角に基づく角度制限成分を減算した値に基づいて前記舵角制限値を演算するものであり、
前記開放制御部は、前記角度制限成分を小さくすることにより、前記部分開放制御を実行する操舵制御装置。
【請求項2】
請求項
1に記載の操舵制御装置において、
前記旋回意思判定が成立する条件には、前記角度制限成分が前記定格電流に基づいて設定される電流閾値よりも大きいこと、及び前記操舵装置に入力される操舵トルクが車両を旋回走行させるのに必要なトルクを示す操舵トルク閾値以上であることが含まれる操舵制御装置。
【請求項3】
請求項
2に記載の操舵制御装置において、
前記旋回意思判定が成立する条件には、車速が低速域であることを示す所定車速範囲内であることが含まれる操舵制御装置。
【請求項4】
請求項
2又は
3に記載の操舵制御装置において、
前記旋回意思判定が成立する条件には、前記モータの角速度が前記モータの停止状態を示す角速度閾値以下であること、及び前記モータの角速度変化量が前記モータの停止状態を示す角速度変化量閾値未満であることの少なくとも一方が含まれる操舵制御装置。
【請求項5】
請求項
2~
4のいずれか一項に記載の操舵制御装置において、
前記開放制御部は、所定時間継続して前記旋回意思判定が成立する場合に、前記車両を旋回走行させようとしていると判定する操舵制御装置。
【請求項6】
請求項
1~
5のいずれか一項に記載の操舵制御装置において、
前記開放制御部は、前記部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、前記角度制限成分を線形的に小さくする操舵制御装置。
【請求項7】
請求項
1~
5のいずれか一項に記載の操舵制御装置において、
前記開放制御部は、前記部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、該時間経過に対する前記角度制限成分の変化率の絶対値を小さくしつつ、前記角度制限成分を小さくする操舵制御装置。
【請求項8】
請求項
1~
7のいずれか一項に記載の操舵制御装置において、
前記開放制御部は、前記部分開放制御の実行時において、前記角度制限成分が予め設定された開放目標値となるまで該角度制限成分を小さくするものであり、
前記開放制御部は、前記部分開放制御の実行により小さくする前の前記角度制限成分が前記開放目標値未満となる場合に、前記部分開放制御を停止する操舵制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、操舵制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両用操舵装置として、モータを駆動源とするアクチュエータを備えた電動パワーステアリング装置(EPS)が知られている。こうしたEPSには、ステアリングホイールの操舵角を360°を超える範囲を含む絶対角で取得し、該操舵角に基づいて各種制御を行うものがある。こうした制御の一例として、例えば特許文献1,2には、ラック軸の端部であるラックエンドがラックハウジングに当たる、所謂エンド当ての衝撃を緩和するためのエンド当て緩和制御を実行するものが開示されている。特許文献1のEPSでは、モータが出力するモータトルクの目標値に対応する電流指令値を、操舵角に基づく操舵反力成分によって補正することで、エンド当ての衝撃を緩和する。また、特許文献2のEPSでは、モータが出力するモータトルクの目標値に対応する電流指令値を操舵角に基づく制限値以下となるように制限することで、エンド当ての衝撃を緩和する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-20506号公報
【文献】特許第5962881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記従来の各構成ではエンド当て緩和制御の実行によって、実際にラック軸がラックハウジングに当接する実ラックエンド位置よりもステアリング中立位置側の仮想ラックエンド位置で、該ラック軸の移動が規制されることがある。この場合、操舵角は、ラック軸が実ラックエンド位置にある場合に比べて小さくなる。すなわち、仮想ラックエンド位置でラック軸の移動が規制された場合の最小旋回半径は、車両の構造上の最小旋回半径よりも大きくなる。したがって、車両の旋回走行時において、エンド当て緩和制御の実行に起因して車両の小回り性能が低下するおそれがある。
【0005】
本発明の目的は、車両の小回り性能の低下を抑制できる操舵制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決する操舵制御装置は、ハウジングと、前記ハウジング内に往復動可能に収容される転舵軸と、モータを駆動源として前記転舵軸を往復動させるモータトルクを付与するアクチュエータとを備える操舵装置を制御対象とし、前記転舵軸に連結される転舵輪の転舵角に換算可能な回転軸の回転角であって、360°を超える範囲を含む絶対角で示される絶対舵角を検出する絶対舵角検出部と、前記モータが出力するモータトルクの目標値に対応した電流指令値を演算する電流指令値演算部とを備え、前記モータに供給する実電流値が前記電流指令値となるように前記モータの駆動を制御するものにおいて、前記転舵軸が前記ハウジングに当接するエンド当てにより該転舵軸の移動が規制されるエンド位置を示す角度であって、前記絶対舵角と対応付けられたエンド位置対応角が記憶され、前記電流指令値演算部は、前記絶対舵角の前記エンド位置対応角からの距離を示すエンド離間角が所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少が規制されるように前記電流指令値を補正するエンド当て緩和制御を実行するものであって、前記エンド当て緩和制御の実行時に車両を旋回走行させようとしているか否かの旋回意思判定を行い、前記車両を旋回走行させようとしていると判定する場合に、前記エンド当て緩和制御の実行による前記電流指令値の補正量を小さくする部分開放制御を行う開放制御部を備える。
【0007】
上記構成によれば、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が車両を旋回走行させようとする旋回意思があると判定されると、部分開放制御の実行により電流指令値を補正するための補正量が小さくなる。これにより、エンド当て緩和制御の実行による電流指令値の制限が部分的に開放されて、電流指令値が大きくなる。したがって、例えばエンド当て緩和制御の実行により仮想エンド位置で転舵軸の移動が規制されても、運転者が旋回走行させようとすることで、部分開放制御が実行されて電流指令値が大きくなるため、転舵軸を実エンド位置まで移動させることが可能となる。その結果、車両の小回り性能が低下することを抑制できる。
【0008】
上記操舵制御装置において、前記電流指令値演算部は、前記エンド離間角が前記所定角度以下となる場合に、該エンド離間角の減少に基づいて小さくなる舵角制限値を演算する舵角制限値演算部と、前記電流指令値の絶対値の上限となる制限値を前記舵角制限値以下に設定する制限値設定部とを備え、前記電流指令値の絶対値を前記舵角制限値に制限することにより、前記エンド当て緩和制御を実行するものであり、前記舵角制限値演算部は、前記モータが出力可能なモータトルクとして予め設定されたトルクに対応する最大電流としての前記モータの定格電流から前記エンド離間角に基づく角度制限成分を減算した値に基づいて前記舵角制限値を演算するものであり、前記開放制御部は、前記角度制限成分を小さくすることにより、前記部分開放制御を実行することが好ましい。
【0009】
上記構成によれば、電流指令値を舵角制限値以下に制限する態様でエンド当て緩和制御を実行する構成において、該舵角制限値の基礎となる角度制限成分を小さくすることで、電流指令値の補正量を小さくする部分開放制御を容易に実行できる。
【0010】
上記操舵制御装置において、前記旋回意思判定が成立する条件には、前記角度制限成分が前記定格電流に基づいて設定される電流閾値よりも大きいこと、及び前記操舵装置に入力される操舵トルクが車両を旋回走行させるのに必要なトルクを示す操舵トルク閾値以上であることが含まれることが好ましい。
【0011】
上記操舵制御装置において、前記旋回意思判定が成立する条件には、車速が低速域であることを示す所定車速範囲内であることが含まれることが好ましい。
上記操舵制御装置において、前記旋回意思判定が成立する条件には、前記モータの角速度が前記モータの停止状態を示す角速度閾値以下であること、及び前記モータの角速度変化量が前記モータの停止状態を示す角速度変化量閾値未満であることの少なくとも一方が含まれることが好ましい。
【0012】
上記操舵制御装置において、前記開放制御部は、所定時間継続して前記旋回意思判定が成立する場合に、前記車両を旋回走行させようとしていると判定することが好ましい。
上記各構成によれば、エンド当て緩和制御の実行により仮想エンド位置で転舵軸の移動が規制された状態で、運転者が旋回走行しようとする状況をより正確に判定できる。
【0013】
上記操舵制御装置において、前記開放制御部は、前記部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、前記角度制限成分を線形的に小さくすることが好ましい。
上記操舵制御装置において、前記開放制御部は、前記部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、該時間経過に対する前記角度制限成分の変化率の絶対値を小さくしつつ、前記角度制限成分を小さくすることが好ましい。
【0014】
上記各構成によれば、角度制限成分を好適に小さくすること、すなわち舵角制限値を好適に大きくすることができ、ひいては電流指令値を好適に大きくすることができる。これにより、例えば部分開放制御の実行により転舵軸が移動してエンド当てが生じても、その際に大きな負荷が操舵装置に加わることを抑制できる。
【0015】
上記操舵制御装置において、前記開放制御部は、前記部分開放制御の実行時において、前記角度制限成分が予め設定された開放目標値となるまで該角度制限成分を小さくするものであり、前記開放制御部は、前記部分開放制御の実行により小さくする前の前記角度制限成分が前記開放目標値未満となる場合に、前記部分開放制御を停止することが好ましい。
【0016】
上記構成によれば、部分開放制御の実行後に切り戻し操舵を行い、部分開放制御の実行により小さくする前の角度制限成分が開放目標値未満となってから、部分開放制御が停止される。そのため、例えば部分開放制御の実行により小さくする前の角度制限成分が開放目標値以上の状態で部分開放制御を停止する場合のように、舵角制限値、すなわち電流指令値が急変することを防いで、操舵フィーリングが悪化することを抑制できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、車両の小回り性能の低下を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】一実施形態の電動パワーステアリング装置の概略構成図。
【
図4】一実施形態の開放制御部による部分開放制御の実行・停止の処理手順を示すフローチャート。
【
図5】一実施形態の補正後の角度制限成分の時間変化を示すグラフ。
【
図6】変形例の補正後の角度制限成分の時間変化を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、操舵制御装置の一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、操舵制御装置1の制御対象となる操舵装置としての電動パワーステアリング装置(EPS)2は、運転者によるステアリングホイール3の操作に基づいて転舵輪4を転舵させる操舵機構5を備えている。また、EPS2は、操舵機構5にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与するアクチュエータとしてのEPSアクチュエータ6を備えている。
【0020】
操舵機構5は、ステアリングホイール3が固定されるステアリングシャフト11と、ステアリングシャフト11に連結された転舵軸としてのラック軸12と、ラック軸12が往復動可能に挿通されるハウジングとしてのラックハウジング13と、ステアリングシャフト11の回転をラック軸12に変換するラックアンドピニオン機構14とを備えている。なお、ステアリングシャフト11は、ステアリングホイール3が位置する側から順にコラム軸15、中間軸16、及びピニオン軸17を連結することにより構成されている。
【0021】
ラック軸12とピニオン軸17とは、ラックハウジング13内に所定の交差角をもって配置されている。ラックアンドピニオン機構14は、ラック軸12に形成されたラック歯12aとピニオン軸17に形成されたピニオン歯17aとが噛合されることで構成されている。また、ラック軸12の両端には、その軸端部に設けられたボールジョイントからなるラックエンド18を介してタイロッド19がそれぞれ回動自在に連結されている。タイロッド19の先端は、転舵輪4が組付けられた図示しないナックルに連結されている。したがって、EPS2では、ステアリング操作に伴うステアリングシャフト11の回転がラックアンドピニオン機構14によりラック軸12の軸方向移動に変換され、この軸方向移動がタイロッド19を介してナックルに伝達されることにより、転舵輪4の転舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0022】
なお、ラックエンド18がラックハウジング13の左端に当接するラック軸12の位置が右方向に最大限操舵可能な位置であり、同位置が右側のエンド位置としてのラックエンド位置に相当する。また、ラックエンド18がラックハウジング13の右端に当接するラック軸12の位置が左方向に最大限操舵可能な位置であり、同位置が左側のエンド位置としてのラックエンド位置に相当する。
【0023】
EPSアクチュエータ6は、駆動源であるモータ21と、ウォームアンドホイール等の減速機構22とを備えている。モータ21は減速機構22を介してコラム軸15に連結されている。そして、EPSアクチュエータ6は、モータ21の回転を減速機構22により減速してコラム軸15に伝達することによって、モータトルクをアシスト力として操舵機構5に付与する。なお、本実施形態のモータ21には、三相のブラシレスモータが採用されている。
【0024】
操舵制御装置1は、モータ21に接続されており、その作動を制御する。なお、操舵制御装置1は、図示しない中央処理装置(CPU)やメモリを備えており、所定の演算周期ごとにメモリに記憶されたプログラムをCPUが実行する。これにより、各種の制御が実行される。
【0025】
操舵制御装置1には、車両の車速SPDを検出する車速センサ31、及び運転者の操舵によりステアリングシャフト11に付与された操舵トルクThを検出するトルクセンサ32が接続されている。また、操舵制御装置1には、モータ21の回転角θmを360°の範囲内の相対角で検出する回転センサ33が接続されている。なお、操舵トルクTh及び回転角θmは、例えば右方向に操舵した場合に正の値、左方向に操舵した場合に負の値として検出する。そして、操舵制御装置1は、これら各センサから入力される各状態量を示す信号に基づいて、モータ21に駆動電力を供給することにより、EPSアクチュエータ6の作動、すなわち操舵機構5にラック軸12を往復動させるべく付与するアシスト力を制御する。
【0026】
次に、操舵制御装置1の構成について説明する。
図2に示すように、操舵制御装置1は、モータ制御信号Smを出力するマイコン41と、モータ制御信号Smに基づいてモータ21に駆動電力を供給する駆動回路42とを備えている。なお、本実施形態の駆動回路42には、FET等の複数のスイッチング素子を有する周知のPWMインバータが採用されている。そして、マイコン41の出力するモータ制御信号Smは、各スイッチング素子のオンオフ状態を規定するものとなっている。これにより、モータ制御信号Smに応答して各スイッチング素子がオンオフし、各相のモータコイルへの通電パターンが切り替わることにより、車載電源43の直流電力が三相の駆動電力に変換されてモータ21へと出力される。
【0027】
なお、以下に示す各制御ブロックは、マイコン41が実行するコンピュータプログラムにより実現されるものであり、所定のサンプリング周期で各状態量を検出し、所定の演算周期毎に以下の各制御ブロックに示される各演算処理が実行される。
【0028】
マイコン41には、上記車速SPD、操舵トルクTh、及びモータ21の回転角θmが入力される。また、マイコン41には、電流センサ44により検出されるモータ21の各相電流値Iu,Iv,Iw、及び電圧センサ45により検出される車載電源43の電源電圧Vbが入力される。電流センサ44は、駆動回路42と各相のモータコイルとの間の接続線46に設けられている。電圧センサ45は、車載電源43と駆動回路42との間の接続線47に設けられている。なお、
図2では、説明の便宜上、各相の電流センサ44及び各相の接続線46をそれぞれ1つにまとめて図示している。そして、マイコン41は、これら各状態量に基づいてモータ制御信号Smを出力する。
【0029】
詳しくは、マイコン41は、電流指令値Id*,Iq*を演算する電流指令値演算部51と、電流指令値Id*,Iq*に基づいてモータ制御信号Smを出力するモータ制御信号生成部52と、絶対舵角θsを検出する絶対舵角検出部53とを備えている。
【0030】
電流指令値演算部51には、車速SPD、操舵トルクTh、回転角θm及び絶対舵角θsが入力される。電流指令値演算部51は、これらの状態量に基づいて電流指令値Id*,Iq*を演算する。電流指令値Id*,Iq*は、モータ21に供給すべき電流の目標値であり、d/q座標系におけるd軸上の電流指令値及びq軸上の電流指令値をそれぞれ示す。このうち、q軸電流指令値Iq*は、モータ21が出力するモータトルクの目標値を示す。なお、本実施形態では、d軸電流指令値Id*は、基本的にゼロに固定されている。電流指令値Id*,Iq*は、例えば右方向への操舵をアシストする場合に正の値、左方向への操舵をアシストする場合に負の値とする。
【0031】
モータ制御信号生成部52には、電流指令値Id*,Iq*、各相電流値Iu,Iv,Iw、及びモータ21の回転角θmが入力される。モータ制御信号生成部52は、これらの状態量に基づいてd/q座標系における電流フィードバック制御を実行することにより、モータ制御信号Smを生成する。
【0032】
具体的には、モータ制御信号生成部52は、回転角θmに基づいて各相電流値Iu,Iv,Iwをd/q座標上に写像することにより、d/q座標系におけるモータ21の実電流値であるd軸電流値Id及びq軸電流値Iqを演算する。そして、モータ制御信号生成部52は、d軸電流値Idをd軸電流指令値Id*に追従させるべく、またq軸電流値Iqをq軸電流指令値Iq*に追従させるべく、それぞれ電流フィードバック制御を行うことによりモータ制御信号Smを生成する。
【0033】
モータ制御信号生成部52は、このように生成したモータ制御信号Smを駆動回路42に出力する。これにより、モータ21には、モータ制御信号Smに応じた駆動電力が供給され、モータ21からq軸電流指令値Iq*に対応したモータトルクが出力されることで、操舵機構5にアシスト力が付与される。
【0034】
絶対舵角検出部53には、回転角θmが入力される。絶対舵角検出部53は、回転角θmに基づいて、360°を超える範囲を含む絶対角で表されるモータ絶対角を検出する。本実施形態の絶対舵角検出部53は、例えば車載電源43の交換後、イグニッションスイッチ等の起動スイッチが初めてオンされた時の回転角θmを原点としてモータ21の回転数を積算し、この回転数及び回転角θmに基づいてモータ絶対角を検出する。そして、絶対舵角検出部53は、モータ絶対角に減速機構22の減速比に基づく換算係数を乗算することにより、ステアリングシャフト11の操舵角を示す絶対舵角θsを検出する。本実施形態の操舵制御装置1では、起動スイッチのオフ時にもモータ21の回転の有無を監視しており、モータ21の回転数が常時積算されている。これにより、車載電源43が交換されてから2回目以降、起動スイッチがオンされた時でも、絶対舵角θsの原点は、起動スイッチが初めてオンされた時に設定された原点と同じになる。
【0035】
なお、上記のようにステアリングシャフト11の回転により転舵輪4の転舵角が変更されることから、絶対舵角θsは、転舵輪4の転舵角に換算可能な回転軸の回転角を示す。また、モータ絶対角及び絶対舵角θsは、例えば原点から右方向の回転角である場合に正の値、左方向の回転角である場合に負の値とする。
【0036】
次に、電流指令値演算部51の構成について説明する。
電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の基礎成分であるアシスト指令値Ias*を演算するアシスト指令値演算部61を備えている。また、電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の絶対値の上限となる制限値Igを設定する制限値設定部62と、アシスト指令値Ias*の絶対値を制限値Ig以下に制限するガード処理部63とを備えている。制限値設定部62には、メモリ64が接続されている。
【0037】
アシスト指令値演算部61には、操舵トルクTh及び車速SPDが入力される。アシスト指令値演算部61は、操舵トルクTh及び車速SPDに基づいてアシスト指令値Ias*を演算する。具体的には、アシスト指令値演算部61は、操舵トルクThの絶対値が大きいほど、また車速SPDが遅いほど、より大きな絶対値を有するアシスト指令値Ias*を演算する。このように演算されたアシスト指令値Ias*は、ガード処理部63に出力される。
【0038】
ガード処理部63には、アシスト指令値Ias*に加え、後述するように制限値設定部62において設定される制限値Igが入力される。ガード処理部63は、入力されるアシスト指令値Ias*の絶対値が制限値Ig以下の場合には、アシスト指令値Ias*の値をそのままq軸電流指令値Iq*としてモータ制御信号生成部52に出力する。一方、入力されるアシスト指令値Ias*の絶対値が制限値Igよりも大きい場合には、アシスト指令値Ias*の絶対値を制限値Igの値に制限した値をq軸電流指令値Iq*としてモータ制御信号生成部52に出力する。
【0039】
メモリ64には、モータ21が出力可能なモータトルクとして予め設定された定格トルクに対応する定格電流Ir、及びエンド位置対応角θs_le,θs_re等が記憶されている。左側のエンド位置対応角θs_leは、左側のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsであり、右側のエンド位置対応角θs_reは、右側のラックエンド位置に対応する絶対舵角θsである。なお、エンド位置対応角θs_le,θs_reは、例えば運転者による操舵に基づいて行われる適宜の学習により設定される。
【0040】
次に、制限値設定部62の構成について説明する。
制限値設定部62には、回転角θm、絶対舵角θs、車速SPD、操舵トルクTh、電源電圧Vb、定格電流Ir及びエンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。そして、制限値設定部62は、これらの状態量に基づいて制限値Igを設定する。
【0041】
詳しくは、
図3に示すように、制限値設定部62は、絶対舵角θsに基づく舵角制限値Ienを演算する舵角制限値演算部71と、電源電圧Vbに基づく他の制限値としての電圧制限値Ivbを演算する電圧制限値演算部72と、舵角制限値Ien及び電圧制限値Ivbのいずれか小さい方を選択する最小値選択部73とを備えている。
【0042】
舵角制限値演算部71には、回転角θm、絶対舵角θs、車速SPD、操舵トルクTh、定格電流Ir、エンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。舵角制限値演算部71は、これらの状態量に基づいて、後述するように絶対舵角θsのエンド位置対応角θs_le,θs_reからの距離を示すエンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいて小さくなる舵角制限値Ienを演算する。このように演算された舵角制限値Ienは、最小値選択部73に出力される。
【0043】
電圧制限値演算部72には、電源電圧Vbが入力される。電圧制限値演算部72は、電源電圧Vbの絶対値が予め設定された電圧閾値Vth以下になった場合に、定格電流Irを供給するための定格電圧よりも小さな電圧制限値Ivbを演算する。具体的には、電圧制限値演算部72は、電源電圧Vbの絶対値が電圧閾値Vth以下になった場合、該電源電圧Vbの絶対値の低下に基づいてより小さな絶対値を有する電圧制限値Ivbを演算する。このように演算された電圧制限値Ivbは、最小値選択部73に出力される。
【0044】
最小値選択部73は、入力される舵角制限値Ien及び電圧制限値Ivbのいずれか小さい方を制限値Igとして選択し、ガード処理部63に出力する。
そして、舵角制限値Ienが制限値Igとしてガード処理部63に出力されることにより、q軸電流指令値Iq*の絶対値が舵角制限値Ienに制限される。これにより、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいてq軸電流指令値Iq*の絶対値を小さくすることで、エンド当ての衝撃を緩和するエンド当て緩和制御が実行される。つまり、本実施形態の電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の絶対値を制限値Ig以下に制限する態様で該q軸電流指令値Iq*を補正する。そして、q軸電流指令値Iq*の補正量は、アシスト指令値Ias*の制限値Igに対する超過分、すなわち舵角制限値Ienに対する超過分となる。
【0045】
また、電圧制限値Ivbが制限値Igとしてガード処理部63に出力されることにより、q軸電流指令値Iq*の絶対値が電圧制限値Ivbに制限される。これにより、電源電圧Vbの絶対値が電圧閾値Vth以下となる場合に、該電源電圧Vbの絶対値の低下に基づいてq軸電流指令値Iq*の絶対値を小さくする電源保護制御が実行される。
【0046】
次に、舵角制限値演算部71の構成について説明する。
舵角制限値演算部71は、エンド離間角Δθを演算するエンド離間角演算部81と、エンド離間角Δθに応じて定まる電流制限量である角度制限成分Igaを演算する角度制限成分演算部82と、角度制限成分Igaを補正する開放制御部83とを備えている。また、舵角制限値演算部71は、上限角速度ωlimに対する操舵速度ωsの超過分である超過角速度ωoを演算する超過角速度演算部84と、超過角速度ωoに応じて定まる電流制限量である速度制限成分Igsを演算する速度制限成分演算部85とを備えている。
【0047】
エンド離間角演算部81には、絶対舵角θs、及びエンド位置対応角θs_le,θs_reが入力される。エンド離間角演算部81は、最新の演算周期での絶対舵角θsと左側のエンド位置対応角θs_leとの間の差分、及び最新の演算周期での絶対舵角θsと右側のエンド位置対応角θs_reとの間の差分を演算する。そして、エンド離間角演算部81は、演算した差分のうちの絶対値が小さい方をエンド離間角Δθとして角度制限成分演算部82及び超過角速度演算部84に出力する。
【0048】
角度制限成分演算部82には、エンド離間角Δθ及び車速SPDが入力される。角度制限成分演算部82は、エンド離間角Δθ及び車速SPDと角度制限成分Igaとの関係を定めたマップを備えており、同マップを参照することによりエンド離間角Δθ及び車速SPDに応じた角度制限成分Igaを演算する。
【0049】
このマップでは、角度制限成分Igaは、エンド離間角Δθがゼロの状態からその増大に比例して減少し、エンド離間角Δθが所定角度θ1よりも大きくなると、ゼロになるように設定されている。また、このマップでは、エンド離間角Δθが負の領域も設定されており、角度制限成分Igaは、エンド離間角Δθがゼロよりも小さくなると、その減少に比例して増大し、定格電流Irと同じ値になった以降は一定となる。マップにおける負の領域は、ラックエンド18がラックハウジング13に当接した状態からさらに切り込み操舵を行うことにより、EPS2が弾性変形してモータ21が回転する分を想定している。なお、所定角度θ1は、エンド位置対応角θs_le,θs_re近傍の範囲を示す小さな角度に設定されている。すなわち、角度制限成分Igaは、絶対舵角θsがエンド位置対応角θs_le,θs_reからステアリング中立側に向かうにつれて小さくなり、エンド位置対応角θs_le,θs_re近傍よりもステアリング中立位置側にある場合には、ゼロになるように設定されている。
【0050】
また、このマップは、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下の領域では、車速SPDの増大に基づいて、角度制限成分Igaが小さくなるように設定されている。具体的には、車速SPDが低速域である場合は角度制限成分Igaがゼロよりも大きくなるが、車速SPDが中高速域である場合は角度制限成分Igaがゼロとなるように設定されている。
【0051】
このように演算された角度制限成分Igaは、開放制御部83に出力される。開放制御部83は、後述するように角度制限成分Igaを補正し、補正後の角度制限成分Iga’を減算器86に出力する。
【0052】
超過角速度演算部84には、エンド離間角Δθ、及び絶対舵角θsを微分することにより得られる操舵速度ωsが入力される。超過角速度演算部84は、これらの状態量に基づいて超過角速度ωoを演算する。
【0053】
詳しくは、超過角速度演算部84は、上限角速度ωlimを演算する上限角速度演算部91を備えている。上限角速度演算部91には、エンド離間角Δθが入力される。上限角速度演算部91は、エンド離間角Δθと上限角速度ωlimとの関係を定めたマップを備えており、同マップを参照することによりエンド離間角Δθに応じた上限角速度ωlimを演算する。
【0054】
このマップでは、上限角速度ωlimは、エンド離間角Δθがゼロよりも大きいゼロ近傍の場合に上限角速度ωlimが最も小さくなり、エンド離間角Δθの増大に比例して上限角速度ωlimが大きくなるように設定されている。また、上限角速度ωlimは、エンド離間角Δθが所定角度θ2よりも大きくなると、モータ21が回転可能な最大の角速度として予め設定された値で一定となるように設定されている。なお、所定角度θ2は、上記所定角度θ1よりも大きな角度に設定されている。
【0055】
超過角速度演算部84は、操舵速度ωsの絶対値がエンド離間角Δθに応じた上限角速度ωlimよりも大きい場合には、操舵速度ωsの上限角速度ωlimに対する超過分を超過角速度ωoとして速度制限成分演算部85に出力する。一方、超過角速度演算部84は、操舵速度ωsの絶対値が上限角速度ωlim以下の場合には、ゼロを示す超過角速度ωoを速度制限成分演算部85に出力する。
【0056】
具体的には、超過角速度演算部84は、上限角速度ωlim及び操舵速度ωsが入力される最小値選択部92を備えている。最小値選択部92は、上限角速度ωlim及び操舵速度ωsの絶対値のうちの小さい方を選択して減算器93に出力する。そして、超過角速度演算部84は、減算器93において、操舵速度ωsの絶対値から最小値選択部92の出力値を差し引くことで超過角速度ωoを演算する。このように最小値選択部92において上限角速度ωlim及び操舵速度ωsの絶対値のうちの小さい方を選択することで、操舵速度ωsが上限角速度ωlim以下の場合には、減算器93において操舵速度ωsから操舵速度ωsが差し引かれることとなり、超過角速度ωoがゼロとなる。一方、操舵速度ωsが上限角速度ωlimよりも大きい場合には、減算器93において操舵速度ωsの絶対値から上限角速度ωlimが差し引かれることとなり、超過角速度ωoが操舵速度ωsの上限角速度ωlimに対する超過分となる。
【0057】
速度制限成分演算部85には、超過角速度ωo及び車速SPDが入力される。速度制限成分演算部85は、超過角速度ωo及び車速SPDと速度制限成分Igsとの関係を定めたマップを備えており、同マップを参照することにより超過角速度ωo及び車速SPDに応じた速度制限成分Igsを演算する。
【0058】
このマップでは、速度制限成分Igsは、超過角速度ωoがゼロの場合に速度制限成分Igsが最も小さくなり、超過角速度ωoの増大に比例して速度制限成分Igsが大きくなるように設定されている。また、このマップは、車速SPDの増大に基づいて、速度制限成分Igsが小さくなるように設定されている。なお、このマップでは、速度制限成分Igsの絶対値が角度制限成分Igaの絶対値に比べて小さくなるように設定されている。このように演算された速度制限成分Igsは、減算器87に出力される。
【0059】
上記した補正後の角度制限成分Iga’が入力される減算器86には、定格電流Irが入力される。舵角制限値演算部71は、減算器86において定格電流Irから補正後の角度制限成分Iga’を差し引いた値を、速度制限成分Igsが入力される減算器87に出力する。そして、舵角制限値演算部71は、減算器87において、減算器86の出力値から速度制限成分Igsを差し引いた値、すなわち定格電流Irから補正後の角度制限成分Iga’及び速度制限成分Igsを差し引いた値を舵角制限値Ienとして上記最小値選択部73に出力する。
【0060】
次に、開放制御部83の構成について説明する。
ところで、エンド当て緩和制御の実行によって、実ラックエンド位置よりもステアリング中立位置側の仮想ラックエンド位置でラック軸12の移動が規制されると、車両の小回り性能が低下するおそれがある。この点に鑑み、開放制御部83は、運転者が旋回走行しようとしている場合には、エンド当て緩和制御の実行によるq軸電流指令値Iq*の補正量を小さくする、すなわちq軸電流指令値Iq*の制限を部分的に開放する部分開放制御を実行することで、ラック軸12を実ラックエンド位置まで移動可能とする。
【0061】
ここで、上記のようにガード処理部63は、q軸電流指令値Iq*の絶対値を制限値Ig以下に制限することから、制限値Igとなる舵角制限値Ienが大きくなるほど、q軸電流指令値Iq*の補正量は小さくなる。そして、舵角制限値Ienは、定格電流Irから補正後の角度制限成分Iga’及び速度制限成分Igsを減算することにより演算されるものであるため、角度制限成分Iga’が小さいほど、舵角制限値Ienが大きくなり、q軸電流指令値Iq*の補正量が小さくなる。この点を踏まえ、本実施形態の開放制御部83は、エンド当て緩和制御の実行時に運転者が車両を旋回走行させようとしている場合には、入力される角度制限成分Igaが小さくなるように補正することで、エンド当て緩和制御の実行によるq軸電流指令値Iq*の補正量を小さくする部分開放制御を実行する。
【0062】
詳しくは、開放制御部83には、角度制限成分Igaに加え、車速SPD、操舵トルクTh及び回転角θmを微分することにより得られるモータ角速度ωmが入力される。開放制御部83は、これらの状態量に基づいて、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が切り込み操舵又は保舵することで、車両を旋回走行させようとしているか否かの旋回意思判定を行う。そして、開放制御部83は、旋回走行させようとしていると判定する場合には、角度制限成分Igaが小さくなるように該角度制限成分Igaを補正し、補正後の角度制限成分Iga‘を減算器86に出力する。
【0063】
図5に示すように、開放制御部83は、部分開放制御の実行時において、補正後の角度制限成分Iga’が開放目標値Itrgとなるまで徐々に小さくなるように演算する。具体的には、開放制御部83は、部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、補正後の角度制限成分Iga’が開放目標値Itrgとなるまで線形的に角度制限成分Igaを小さくする。
【0064】
なお、開放目標値Itrgは、補正後の角度制限成分Iga’が開放目標値Itrgとなることで、例えば車両が通常路面を低速で走行する場合において、ラック軸12をラックエンド位置まで移動させることが可能な所定アシスト力がモータ21から付与されるように設定されている。換言すると、定格電流Irから開放目標値Itrg及び速度制限成分Igsを減算して得られる舵角制限値Ienの絶対値は、同電流をモータ21に供給することで所定アシスト力がモータ21から出力されるような大きさとなっている。この開放目標値Itrgは、定格電流Irに基づく電流値であり、例えば定格電流Irの50%等に設定されている。
【0065】
そして、開放制御部83は、部分開放制御の実行後、例えば運転者が切り戻し操舵を行うことで、エンド離間角Δθに基づく補正前の角度制限成分Igaが開放目標値Itrg未満となると、部分開放制御を停止する。つまり、開放制御部83は、入力される角度制限成分Igaをそのまま補正後の角度制限成分Iga’として出力し、エンド当て緩和制御の実行による補正量を変更しない。
【0066】
また、開放制御部83は、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が旋回走行させようとしていないと判定する場合には、入力される角度制限成分Igaをそのまま補正後の角度制限成分Iga’として出力する。すなわち、開放制御部83は、運転者が旋回走行させようとしていないと判定する場合には、部分開放制御を実行しない。
【0067】
より詳しくは、開放制御部83は、次の(a)~(e)からなる旋回意思判定の条件が所定時間継続して成立する場合に、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定する。なお、所定時間は、運転者が切り込み操舵又は保舵していると判定可能な適宜の時間が設定されている。
【0068】
(a)角度制限成分Igaが電流閾値Ithよりも大きい。
(b)操舵トルクThの絶対値が操舵トルク閾値Tth以上である。
(c)車速SPDが所定車速範囲内である。
【0069】
(d)モータ角速度ωmの絶対値が角速度閾値ωth以下である。
(e)モータ角速度ωmの変化量である角速度変化量Δωmの絶対値が角速度変化量閾値Δωth未満である。
【0070】
なお、(e)の判定条件に関して、開放制御部83は、入力されるモータ角速度ωmに基づいてその変化量である角速度変化量Δωmを演算し、該角速度変化量Δωmにローパスフィルタ処理を施したものを用いる。
【0071】
電流閾値Ithは、定格電流Irに基づく電流値であり、本実施形態では、上記開放目標値Itrgと同じ値に設定されている。操舵トルク閾値Tthは、ラックエンド18がラックハウジング13に当接した状態で車両を旋回走行させる際にステアリングホイール3を保舵するために必要な操舵トルクであり、ゼロよりも大きな適宜の値に設定されている。所定車速範囲は、車両が非停車状態であることを示す下限車速Slo以上、かつ車両が低速で走行していることを示す上限車速Sup未満の車速範囲を示す。下限車速Sloは、ゼロよりも僅かに大きな値に設定され、上限車速Supは、下限車速Sloよりも大きな適宜の値に設定されている。角速度閾値ωthは、モータ21が停止していることを示す角速度であり、ゼロよりも僅かに大きな値に設定されている。角速度変化量閾値Δωthは、モータ21が略加減速していないことを示す角速度変化量であり、ゼロよりも僅かに大きな値に設定されている。
【0072】
具体的には、
図4のフローチャートに示すように、開放制御部83は、各種状態量を取得すると(ステップ101)、部分開放制御を実行していることを示すフラグがセットされているか否かを判定する(ステップ102)。
【0073】
開放制御部83は、フラグがセットされてない場合には(ステップ102:NO)、車速SPDが下限車速Slo以上、かつ上限車速Sup未満であるか否かを判定する(ステップ103)。車速SPDが下限車速Slo以上、かつ上限車速Sup未満であり、所定車速範囲内である場合に(ステップ103:YES)、角度制限成分Igaが電流閾値Ithよりも大きいか否かを判定する(ステップ104)。角度制限成分Igaが電流閾値Ithよりも大きい場合には(ステップ104:YES)、操舵トルクThの絶対値が操舵トルク閾値Tth以上であるか否かを判定する(ステップ105)。操舵トルクThの絶対値が操舵トルク閾値Tth以上の場合には(ステップ105:YES)、モータ角速度ωmの絶対値が角速度閾値ωth以下であるか否かを判定する(ステップ106)。モータ角速度ωmの絶対値が角速度閾値ωth以下の場合には(ステップ106:YES)、角速度変化量Δωmが角速度変化量閾値Δωth未満であるか否かを判定する(ステップ107)。そして、角速度変化量Δωmが角速度変化量閾値Δωth未満の場合には(ステップ107:YES)、ステップ108に移行する。
【0074】
開放制御部83は、ステップ108において、ステップ103~107の判定、すなわち上記(a)~(e)の条件が成立してからの経過時間を示すカウンタのカウント値Cnをインクリメントする。続いて、カウント値Cnが所定時間に対応する所定カウント値Cthよりも大きいか否かを判定する(ステップ109)。カウント値Cnが所定カウント値Cthよりも大きい場合には(ステップ109:YES)、部分開放制御を開始し(ステップ110)、フラグをセットするとともにカウンタのカウント値Cnをクリアする(ステップ111,112)。
【0075】
開放制御部83は、カウント値Cnが所定カウント値Cth以下の場合には(ステップ109:NO)、それ以降の処理を実行しない。また、ステップ103~107のいずれか1つが成立しない場合(ステップ103~107:NO)、ステップ108~111の処理を実行せず、ステップ112に移行し、カウント値Cnをクリアする。
【0076】
一方、開放制御部83は、フラグがセットされている場合には(ステップ102:YES)、エンド離間角Δθに基づいて演算される角度制限成分Igaが開放目標値Itrg、すなわち電流閾値Ith未満であるか否かを判定する(ステップ113)。角度制限成分Igaが開放目標値Itrg未満である場合には(ステップ113:YES)、部分開放制御を停止し(ステップ114)、フラグをリセットする(ステップ115)。なお、角度制限成分Igaが開放目標値Itrg以上である場合には(ステップ113:NO)、それ以降の処理を実行しない。
【0077】
次に、本実施形態の作用及び効果について説明する。
(1)開放制御部83は、エンド当て緩和制御の実行時に運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定する場合に、エンド当て緩和制御の実行によるq軸電流指令値Iq*の補正量を小さくする部分開放制御を行う。これにより、エンド当て緩和制御の実行によるq軸電流指令値Iq*の制限が部分的に開放されて、q軸電流指令値Iq*が大きくなる。したがって、例えばエンド当て緩和制御の実行により仮想ラックエンド位置でラック軸12の移動が規制されても、運転者が旋回走行させようとすることで、部分開放制御が実行されてq軸電流指令値Iq*が大きくなるため、ラック軸12を実ラックエンド位置まで移動させることが可能となる。その結果、車両の小回り性能が低下することを抑制できる。
【0078】
(2)電流指令値演算部51は、エンド離間角Δθが所定角度θ1以下となる場合に、該エンド離間角Δθの減少に基づいて小さくなる舵角制限値Ienを演算する舵角制限値演算部71と、制限値Igを舵角制限値Ien以下に設定する制限値設定部62とを備える。そして、電流指令値演算部51は、q軸電流指令値Iq*の絶対値を舵角制限値Ienに制限することにより、エンド当て緩和制御を実行する。舵角制限値演算部71は、定格電流Irから角度制限成分Iga’及び速度制限成分Igsを減算した値を舵角制限値Ienとして演算する。開放制御部83は、部分開放制御の実行時において、角度制限成分Igaを小さくする。したがって、本実施形態のようにq軸電流指令値Iq*を舵角制限値Ien以下に制限する態様でエンド当て緩和制御を実行する構成において、該舵角制限値Ienの基礎となる角度制限成分Igaを小さくすることで、q軸電流指令値Iq*の補正量を小さくする部分開放制御を容易に実行できる。
【0079】
(3)開放制御部83は、上記(a)~(e)の条件が所定時間継続して成立する場合に、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定する。そのため、エンド当て緩和制御の実行により仮想ラックエンド位置でラック軸12の移動が規制された状態で、運転者が切り込み操舵又は保舵しつつ旋回走行しようとする状況をより正確に判定できる。
【0080】
(4)開放制御部83は、部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、角度制限成分Igaを線形的に小さくするため、舵角制限値Ienを好適に大きくすることができ、ひいてはq軸電流指令値Iq*を好適に大きくすることができる。これにより、例えば部分開放制御の実行によりラック軸12が移動してエンド当てが生じても、その際に大きな負荷がEPS2に加わることを抑制できる。
【0081】
(5)開放制御部83は、開放制御部83は、部分開放制御の実行後に切り戻し操舵が行われ、部分開放制御の実行により小さくする前、すなわち補正前の角度制限成分Igaが開放目標値Itrg未満となると、部分開放制御を停止する。そのため、例えば部分開放制御の実行により小さくする前の角度制限成分Igaが開放目標値Itrg以上の状態で部分開放制御を停止する場合のように、舵角制限値Ien、すなわちq軸電流指令値Iq*が急変することを防いで、操舵フィーリングが悪化することを抑制できる。
【0082】
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変形例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態では、部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、補正後の角度制限成分Iga’を線形的に小さくしたが、これに限らず、角度制限成分Igaを小さくする態様は適宜変更可能である。
【0083】
例えば
図6に示すように、部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、該時間経過に対する補正後の角度制限成分Iga’の変化率の絶対値を小さくしつつ、補正後の角度制限成分Iga’を開放目標値Itrgとなるまで小さくしてもよい。このように構成しても、上記(4)と同様の作用及び効果を奏することができる。また、部分開放制御の開始時からの時間経過に従って、段階的に角度制限成分Igaを小さくしてもよく、さらに角度制限成分Igaを即座に開放目標値Itrgとしてもよい。
【0084】
・上記実施形態では、開放目標値Itrgを電流閾値Ithと同じ値に設定したが、これに限らず、例えば開放目標値Itrgを電流閾値Ithよりも大きな値としてもよい。
・上記実施形態では、部分開放制御の実行後、部分開放制御の実行により小さくする前の角度制限成分Igaが開放目標値Itrg未満となった場合に部分開放制御を停止した。しかし、これに限らず、角度制限成分Igaが開放目標値Itrg以上であっても、例えば上記(a)~(e)の条件のいずれかが成立しなくなった場合に、部分開放制御を停止してもよい。
【0085】
・上記実施形態では、(a)~(e)の条件が所定時間継続して成立する場合に、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定したが、これに限らず、その条件は適宜変更可能である。例えば(a)~(e)の条件が成立する場合、所定時間継続するか否かにかかわらず、運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定してもよい。また、例えば(d)及び(e)のいずれか一方の条件が成立するか否かを判定しなくてもよく、さらに例えば(c)の条件に代えて、車両のヨーレートが旋回状態を示すヨーレート閾値以上であるかを判定してもよい。さらにまた、(d)及び(e)の条件において、モータ角速度ωmに代えて操舵速度ωsを用いてもよい。
【0086】
・上記実施形態では、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定した場合、角度制限成分Igaが小さくなるように角度制限成分Igaを補正することにより、q軸電流指令値Iq*の補正量を小さくした。しかし、これに限らず、例えば舵角制限値Ienが大きくなるように舵角制限値Ienを補正することで、q軸電流指令値Iq*の補正量を小さくしてもよく、部分開放制御を実行する態様は適宜変更可能である。
【0087】
・上記実施形態では、イグニッションスイッチのオフ時にもモータ21の回転の有無を監視することで、原点からのモータ21の回転数を常時積算し、モータ絶対角を演算した。しかし、これに限らず、例えば操舵角を絶対角で検出するステアリングセンサを設け、該ステアリングセンサにより検出される操舵角及び減速機構22の減速比に基づいて、原点からのモータ21の回転数を積算し、モータ絶対角を演算してもよい。
【0088】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*を舵角制限値Ienに制限することで、エンド当て緩和制御を実行したが、これに限らず、例えばアシスト指令値Ias*に対し、ラックエンド位置に近づくほど大きくなる操舵反力成分、すなわちアシスト指令値Ias*と符号が反対の成分を加算することにより、エンド当て緩和制御を実行してもよい。この構成では、エンド当て緩和制御の実行時に、運転者が車両を旋回走行させようとしていると判定した場合、操舵反力成分を小さくすることで、q軸電流指令値Iq*の補正量を小さくすることが可能である。
【0089】
・上記実施形態では、アシスト指令値Ias*に対してガード処理を行ったが、これに限らず、例えば操舵トルクThを微分したトルク微分値に基づく補償量によってアシスト指令値Ias*を補正した値に対してガード処理を行ってもよい。
【0090】
・上記実施形態では、制限値設定部62は、電源電圧Vbに基づいて電圧制限値Ivbを演算する電圧制限値演算部72を備えたが、これに限らず、電圧制限値演算部72に加えて又は代えて、他の状態量に基づく他の制限値を演算する他の演算部を備えてもよい。また、制限値設定部62が電圧制限値演算部72を備えず、舵角制限値Ienをそのまま制限値Igとして設定する構成としてもよい。
【0091】
・上記実施形態において、舵角制限値Ienを定格電流Irから角度制限成分Igaのみを減算した値としてもよい。
・上記実施形態では、操舵制御装置1は、EPSアクチュエータ6がコラム軸15にモータトルクを付与する形式のEPS2を制御対象としたが、これに限らず、例えばボール螺子ナットを介してラック軸12にモータトルクを付与する形式の操舵装置を制御対象としてもよい。また、EPSに限らず、操舵制御装置1は、運転者により操作される操舵部と、転舵輪を転舵させる転舵部との間の動力伝達が分離されたステアバイワイヤ式の操舵装置を制御対象とし、転舵部に設けられる転舵アクチュエータのモータのトルク指令値又はq軸電流指令値について、本実施形態のようにエンド当て緩和制御を実行してもよい。
【符号の説明】
【0092】
1…操舵制御装置、2…電動パワーステアリング装置、4…転舵輪、6…EPSアクチュエータ、12…ラック軸、13…ラックハウジング、18…ラックエンド、21…モータ、41…マイコン、42…駆動回路、51…電流指令値演算部、62…制限値設定部、64…メモリ、71…舵角制限値演算部、81…エンド離間角演算部、82…角度制限成分演算部、83…開放制御部、Ien…舵角制限値、Ig…制限値、Iga…角度制限成分、Igs…速度制限成分、Iq*…q軸電流指令値、Ir…定格電流、Ith…電流閾値、Itrg…開放目標値、Sm…モータ制御信号、SPD…車速、Slo…下限車速、Sup…上限車速、Th…操舵トルク、Tth…操舵トルク閾値、θs…絶対舵角、θs_le,θs_re…エンド位置対応角、Δθ…エンド離間角、ωm…モータ角速度、ωth…角速度閾値、Δωm…角速度変化量、Δωth…角速度変化量閾値。