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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】血圧測定装置、及び血圧測定方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/021 20060101AFI20231218BHJP
   A61B 5/02 20060101ALI20231218BHJP
   A61B 5/022 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
A61B5/021
A61B5/02 310A
A61B5/022 400F
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020026521
(22)【出願日】2020-02-19
(65)【公開番号】P2020189077
(43)【公開日】2020-11-26
【審査請求日】2022-03-14
(31)【優先権主張番号】P 2019035280
(32)【優先日】2019-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019093999
(32)【優先日】2019-05-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(73)【特許権者】
【識別番号】317011920
【氏名又は名称】東芝デバイス&ストレージ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100107582
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 毅
(74)【代理人】
【識別番号】100118843
【弁理士】
【氏名又は名称】赤岡 明
(74)【代理人】
【識別番号】100125151
【弁理士】
【氏名又は名称】新畠 弘之
(72)【発明者】
【氏名】川上 健
【審査官】蔵田 真彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-154231(JP,A)
【文献】特開2016-146958(JP,A)
【文献】特開2016-112277(JP,A)
【文献】特開平10-295657(JP,A)
【文献】韓国登録実用新案第20-0380928(KR,Y1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/02-5/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の周波数帯域の光信号を照射したときに被検者の体内で散乱された受光信号に基づいて、前記被検者の脈波を測定する測定部と、
前記被検者の血圧を取得する血圧取得部と、を備え、
前記血圧取得部は、
前記測定された脈波の第1拍において、前記脈波を時間で1階微分した値が最大になる第1基準時の前記脈波の値から直流成分を減じた第1差分値と、前記脈波の最大ピークの時刻である第4基準時の脈波の値から前記脈波の直流成分を減じた第2差分値と、前記脈波の直流成分と、前記第4基準時から前記第1基準時を減じた第1差分時間と、前記脈波の振幅が前記第4基準時の位置から単調に減少した後のボトムの時刻である第2基準時から、前記第4基準時を減じた第3差分時間と、を生成する特徴点処理部と、
前記脈波の直流成分と、前記第1差分値と、前記第2差分値と、前記第1差分時間と、第3差分時間と、少なくとも用いて拡張期血圧を演算する血圧演算部と、を有し、
前記血圧演算部は、前記第1差分値と、前記第2差分値と、前記第1差分時間と、前記脈波の直流成分と、前記第3差分時間とに、少なくとも基づく第1所定値と、
前記第1差分値と、前記脈波の直流成分との差分を前記第1基準時の1階微分値で除算した第2所定値と、に基づき、前記拡張期血圧を演算する、血圧測定装置。
【請求項2】
前記特徴点処理部は、前記第1差分値を前記第1基準時の1階微分値で除算した値に基づく第3基準時と前記第1基準時との第2差分時間を更に生成し、
前記血圧演算部は、前記拡張期血圧の値と、前記第2所定値と、前記直流成分、前記第1差分値、及び前記第2差分時間に基づく第3値と、に基づき、収縮期血圧を演算する、請求項1に記載の血圧測定装置。
【請求項3】
前記特徴点処理部は、前記測定された脈波の第1拍は、数拍分のデータを平均化して演算する、請求項1又は2に記載の血圧測定装置。
【請求項4】
被検者に所定の周波数帯域の光信号を照射したときに被検者の体内で散乱されて受光された受光信号に基づいて、前記被検者の脈波を測定する測定工程と、
拡張期血圧を取得する血圧取得工程と、を備え、
前記血圧取得工程は、
前記測定された脈波の第1拍において、前記脈波を時間で1階微分した値が最大になる第1基準時の前記脈波の値から直流成分を減じた第1差分値と、前記脈波の最大ピークの時刻である第4基準時の脈波の値から前記脈波の直流成分を減じた第2差分値と、前記脈波の直流成分と、前記第4基準時から前記第1基準時を減じた第1差分時間と、前記脈波の振幅が前記第4基準時の位置から単調に減少した後のボトムの時刻である第2基準時から、前記第4基準時を減じた第3差分時間と、を生成する特徴点処理工程と、
前記脈波の直流成分と、前記第1差分値と、前記第2差分値と、前記第1差分時間と、第3差分時間と、少なくとも用いて拡張期血圧を演算する血圧演算工程と、
を有し、
前記血圧演算工程は、前記第1差分値と、前記第2差分値と、前記第1差分時間と、前記脈波の直流成分と、前記第3差分時間とに、少なくとも基づく第1所定値と、
前記第1差分値と、前記脈波の直流成分との差分を前記第1基準時の1階微分値で除算した第2所定値と、に基づき、前記拡張期血圧を演算する、血圧測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、血圧測定装置、及び血圧測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心拍数の変化に対応する動脈及び毛細血管の血液量の変化を測定することにより、心拍に伴う脈波を検出する光電式容積脈波計(PPG:Photoplethysmogram)センサが知られている。PPGセンサを用いて脈拍ごとに組織を通過する血液量に基づいて心拍数を検出する手法は、容積脈波(BVP:Blood Volume Pulse)測定と呼ばれている。
【0003】
容積脈波形状の特徴点に基づき血圧の推定を行う方法が一般に知られている。ところが、容積脈波の波形は、被検者の活動状態や精神状態によって変動し、容積脈波に乱れが生じる。容積脈波が乱れていると、特徴点等を正確に計測できなくなり、血圧の測定精度が悪くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-217796号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、被検者の血圧を簡易かつ精度よく取得可能な血圧測定装置及び血圧測定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本実施形態によれば、血圧測定装置は、測定部と、血圧取得部とを備える。測定部は、所定の周波数帯域の光信号を照射したときに被検者の体内で散乱された受光信号に基づいて、被検者の脈波を測定する。血圧取得部は、脈波を時間で1階微分した値が最大になる第1基準時から次の脈波の立ち上がる第2基準時までの期間内における第1期間の前記被検者の血液流量に対応する第1値と、被検者の血流抵抗に対応する第2値とに基づき、拡張期血圧を取得する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】第1実施形態による血圧測定装置の概略構成を示すブロック図。
図2】腕時計型の血圧測定装置の一例を示す図。
図3】測定部により測定された容積脈波の一例を示す図。
図4】円筒管で近似した血管を示す図。
図5】第1実施形態に係る脈波の波形の一例とモデル化した円筒管の半径を示す図。
図6】第1実施形態に係る血管の容積変化に伴う円筒管の半径の変化を模式的に示す図。
図7A】点Pから点Pへ至る際の流量を模式的に示す図。
図7B】点Pから点Pへ至る際の流量を模式的に示す図。
図8】第1実施形態に係る特徴点処理部が取得する情報例を示す図。
図9A】血圧が高めの被検者の測定データを示す図。
図9B】血圧が低めの被検者の測定データを示す図。
図10】血圧測定装置の処理を示すフローチャート。
図11】第2実施形態に係る脈波の波形の一例とモデル化した円筒管の半径との関係を示す図。
図12】第2実施形態に係る血管の容積変化に伴う円筒管の半径の変化を模式的に示す図。
図13A】点Pから点Pを経て点Pへ至る際の流量を模式的に示す図。
図13B】点Pから点Pへ至る際の流量を模式的に示す図。
図14】第2実施形態に係る特徴点処理部が取得する情報例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、図面を参照して本発明の実施形態を説明する。以下の実施形態では、血圧測定装置内の特徴的な構成および動作を中心に説明するが、血圧測定装置には以下の説明で省略した構成および動作が存在しうる。
【0009】
(第1実施形態)
図1は第1実施形態による血圧測定装置1の概略構成を示すブロック図である。血圧測定装置1は、測定部2と、血圧取得部4とを備えている。血圧測定装置1は、例えば図2に示すような腕時計型の生体測定装置6に組み込むことができる。なお、生体測定装置6は、上腕部、胸部などに配置しても良い。
【0010】
測定部2は、被検者の心拍数の変化に伴う動脈及び毛細血管の血液量の変化を測定することにより、心拍に伴う容積脈波の情報を取得する。以下では、容積脈波を単に脈波と呼ぶこともある。
【0011】
測定部2は、発光部22と、受光部24と、脈波生成部26とを有する。発光部22は、例えば、特定の波長帯域(緑色や近赤外帯域など)の光信号を発光するLED(Light Emitting Device)を有する。受光部24は、発光部22からの光信号が被検者の体内で吸収又は反射・散乱された後の信号を受光する。脈波生成部26は、受光信号に基づいて、心拍の1拍ごとに脈波を生成する。
【0012】
光信号の発光量が変動すると、受光信号の受光量も変動する。このため、脈波生成部26は、受光信号のDC成分とAC成分とに分離し、AC/DC比に基づいて脈波を生成する。このため、生成される脈波は、無次元のデータである。
【0013】
図3は、測定部2により測定された容積脈波の一例を示す図である。縦軸は脈波の値を示し、横軸は時間を示している。図3に示すように、脈波は一心拍毎に変動を繰り返す。i拍目の脈波yは周期的に変動するAC成分とDC成分である
により構成される。
【0014】
血圧取得部4は、脈波に基づき、被検者の血圧を取得する。この血圧取得部4は、特徴点処理部42と、血圧演算部44とを有する。
【0015】
まず、図4乃至7Bに基づき、血圧取得部4で用いるモデルに関して説明する。図4は、モデル化された血管を示す図である。図4に示す血管のモデルは、半径ris、長さLの円筒管で近似したものである。血圧変動は、心臓から拍出された血液により血管壁にかかる圧力の変動である。この血圧変動は、脈波yと連動する。
【0016】
円筒管の圧力差ΔP、流量Q、および抵抗Rの関係は、ナビエ・ストークスの式から導かれ、(1)式で示される。
【数1】
血圧取得部4は、円筒管のモデルに基づき、脈波yを用いて流量Qおよび抵抗Rに対応する値を演算し、被検者の血圧を取得する。なお、人の血圧は一般に、心臓の収縮期における血管内の最大圧力である収縮期血圧SBP(Systolic Blood Pressure)、心臓の拡張期における血管内の最小圧力である拡張期血圧DBP(Diastolic Blood Pressure)、拡張期血圧から収縮期血圧を減じた脈圧PP(Pulse pressure)を用いて評価される。
【0017】
図5は、第1実施形態に係る脈波の波形の一例とモデル化した円筒管の半径との関係を示す図である。左図は、1拍分の正常な脈波の波形の一例を示す図である。縦軸は脈波の値を示し、横軸は時間を示している。右図は、モデル化した円筒管の半径を示す図である。血管の容積変化を、半径risと変化分であるΔridで示している。すなわち、半径risは、点Pにおける血管の半径であり、Δridは、点Pから点Pへの容積の増加に係る半径の増分である。
【0018】
正常な脈波yは、振幅がボトムの位置(t)で開始し、振幅がほぼ単調に増加して最大ピーク(t)に達し、その後、振幅が単調に減少してボトムの位値(t)に達して終了する。ここで、添え字iは、容積脈波データにおいて、各一つのパルスを識別する番号である。すなわち、i拍目の脈波に対応するデータを意味する。なお、本実施形態に係る演算では、一拍毎の演算を行っているが、これに限定されず、数拍分のデータを例えば平均化して演算してもよい。
【0019】
は、tからtまでの間で、脈波yを時間で1階微分した値が最大になる時刻である。このtは、後述する(4)式で示す粘弾性運動方程式の変位r(t)の平衡点に対応する。
【0020】
は、(2)式で示すように、時刻tの脈波yの値yisから直流成分
を減じた第1差分値を、最大になる1階微分値
で除算した値に基づく時刻である。ここで、1階微分値
は、例えば後述する(15)式で演算される。
【数2】
線Lsは、点Pの接線である。すなわち、線Lsと横軸と水平なラインとの間の角度θにより演算されるtanθは、この1階微分値
に対応する。P、P、P、Pは、それぞれ時刻t、t、t、tに対応する点である。なお、本実施形態に係る時刻tが第1時刻に対応し、時刻tが第2時刻に対応し、時刻t又はtが第3時刻に対応する。
【0021】
図6は、点Pから点Pへの血管の容積変化に伴う円筒管の半径の変化を模式的に示す図である。縦軸は時間を示し、横軸は点Pからの半径の変動分を示している。半径は時間の経過にしたがい、点Pから点Pまでは増加し、その後は減少する。
【0022】
血液流量を、モデル化された血管の容積変化に応じた半径rに基づく体積流量Qとして計量する。このため、単位時間あたりの半径の平均変化率(Δr/Δt)を用いて流量Qを定義できる。Δtは、tの時間変化量を示し、Δrは、Δtにおける半径rの変化量を示す。
【0023】
図7Aは、点Pから点Pへ至る際の流量QSEを模式的に示す図である。図7Bは、点Pから点Pへ至る際の流量QEHを模式的に示す図である。横軸は平均変化率(Δr/Δt)の二乗を示し、縦軸は長さLとπの乗算値である。平均変化率misは、後述する(8)式で示される。図7Aの平均変化率misは、点Pから点Pへ至る際の半径risを時刻tから時刻tを減算した値で除算した値である。図7Bの平均変化率midは、Δridを時刻tから時刻tを減算した値で除算した値である。また、点Pから点Pへ至る際流量QEL(図示せず)、は、点Pから点Pに至る時間Tid2と抵抗Rと血管のコンプライアンスCと流量QEHを用いて、(3)式で得ることが可能である。(3)式において、ネイピア数の項は、2要素のウィンドケッセルモデルにおいて、収縮期後の圧力低下を表す方法として知られている。
【数3】
【0024】
血管壁の変位r(t)、すなわち半径r(t)の変位は脈波yの値に連動する。また、圧力を血管壁の変位r(t)で近似する事が可能であり、半径r(t)の変位は(4)式で示す粘弾性運動方程式と同等となる。すなわち、血管を円筒管で近似する場合、血圧を脈波yの情報に基づき演算可能となる。
【数4】
【0025】
ここで、bは粘性定数であり、kは弾性定数であり、血管の弾性を反映する。(4)式において左辺は、ニュートンの運動の第2法則における全体の力を示す。また、右辺の第1項は、減衰力を示し、第2項は、復元力を示し、第3項は、ウィンドケッセル効果による力を示している。変位r(t)の平衡位置は点Pに対応する。
【0026】
心臓の収縮期間中、脈波yiの立ち上がりから点Pまでは、主に、ウィンドケッセル効果によって血管壁が変位する。一方で、点Pから点Pまでは、減衰力および復元力によって変位する。なお、点Pでは、ウィンドケッセル効果および減衰力は無視できる。
【0027】
このため、心臓の収縮期間中、点Pまでの半径risの拡張は、主にウィンドケッセル効果で生じる。従って、心臓の収縮期に生じる力、すなわち、収縮期血圧SBPは、流量QSEに反映されている。一方で、拡張期血圧DBPは、流量QELに反映されている。流量QELは、ウィンドケッセル効果による力の下限であるから、点Pから点Pへ至る際の流量QEHから得られる。なお、本実施形態に係る流量QEHが第1値に対応し、抵抗Rが第2値に対応し、流量QSEが第3値に対応する。
【0028】
そこで、本実施形態では、心拍iにおける収縮期血圧SBPを(5)式でモデル化する。Rは、流量QSEiおよびQELiの観測の際における末梢の循環抵抗を反映する値である。ここでa、αは定数である。
【数5】
【0029】
また、拡張期血圧DBPを(6)式でモデル化する。
【数6】
ここでb、βは定数である。定数a、α、b、βなどは、血圧測定装置1での測定値と、血圧測定装置1と同時に測定した医療機器(例えば手首カフ式)で測定したデータが一致するように例えば最小二乗法などで演算することが可能である。一度、定数a、α、b、βを決定すると、後の測定では、定数a、α、b、βの演算は不要である。なお、脈圧PPは、収縮期血圧SBPから拡張期血圧DBPを減算した値である。
【0030】
以上が本実施形態に係る血圧取得部4が用いるモデルの説明であるが、以下に血圧取得部4の詳細な構成を説明する。図8は、脈波yから特徴点処理部42が取得する情報例を示す図である。縦軸は脈波の値を示し、横軸は時間を示している。
【0031】
特徴点処理部42は、tを立ち上がり時刻として検出し、tを最大ピークになる時刻として検出する。また、特徴点処理部42は、tからtまでの間で、脈波を時間で1階微分した値が最大になるtを算出する。
【0032】
また、特徴点処理部42は、時刻tの脈波yの値から直流成分
を減じた第1差分値Δyisと、時刻tの脈波yの値から直流成分
を減じた第2差分値Δyihを演算する。
【0033】
特徴点処理部42は、(7)式を用いて時間Tisを演算する。Tisは、時刻tの微分値に対応するtanθで第1差分値Δyisを除算した時間である。そして、tからTisを減じた第2立ち上がり時刻tを演算する。Tid1は、時刻tからtを減じた時間であり、Tid2は、時刻tからtを減じた時間である。
【数7】
立ち上がり時刻tにおける脈波yの形状は個人差が大きく、なだらかに変化する人と急峻に変化する人とが存在する。このため、立ち上がり時刻tと時刻tとの差分値は、個人差により変動しやすくなる。これに対し、第2立ち上がり時刻tと時刻tとの時間差Tisは、個人差による変動が低減され、安定した値を示す。このため、流量の演算では、この時間差Tisを用いる。なお、脈波yの形状によっては、時間Tisを時刻tと時刻tとの時間差として演算してもよい。これにより、計算を簡易化できる。
【0034】
血圧演算部44は、(3)、(6)式で示したように、脈波yを時間で1階微分した値が最大になる第1時刻tから脈波の最大ピークの第2時刻tまでの被検者の血液流量に対応する流量QEH(第1値)と、被検者の血流抵抗に対応する抵抗R(第2値)とに基づき、拡張期血圧DBPを取得する。すなわち、血圧演算部44は、拡張期血圧DBPとして、流量QEHに基づく流量QELと抵抗Rの乗算に所定係数bを乗算し、所定の定数βを更に加算した値を演算する。なお、抵抗Rは、後述する(14)、(15)式に基づき演算される。また、この血圧演算部44は、(5)式を用いて脈波の立ち上がり第3時刻t又はtから時刻tまでの血液流量に対応する流量QSE(第3値)に更に基づき、収縮期血圧SBPを取得する。なお、本実施形態に係る第1時刻が第1基準時に対応し、第2時刻が第4基準時に対応し、第3時刻が第3基準時に対応する。
【0035】
より詳細には、血圧演算部44は、risを(8)式に基づき演算し、平均変化率misを(9)式に基づき演算する。流量QSEを(10)式に基づき演算する。ここで、
は、点Pの血管容積に比例する。このように、血圧演算部44は、(5)式及び(10)式に基づき、収縮期血圧SBPを取得する。この際に演算する脈波yの第1差分値Δyis、直流成分
、時間Tisは、脈波yの変動に対しても安定的に且つ簡易に演算可能である。このため、収縮期血圧SBPを簡易かつ精度よく取得できる。Gは定数である。
【数8】
【数9】
【数10】
【0036】
血圧演算部44は、Δridを(11)式に基づき演算し、平均変化率midを(12)式に基づき演算する。そして、血圧演算部44は、更に、点Pから点Pへ至る際の流量QELを(2)式に基づき演算する。このように、血圧演算部44は、(6)式及び(13)式に基づき、拡張期血圧DBPを取得する。この際に演算する第1差分値Δyis、第2差分値Δyih、直流成分
、時間Tis、Tidは、脈波yの変動に対しても安定的に且つ簡易に演算可能である。このため、収縮期血圧SBPを簡易かつ精度よく取得できる。
【数11】
【数12】
【数13】
【0037】
このように、第1値QEL及び第3値QSEは、時刻tにおける被検者の血管容積に対応する
に基づく値である。また、血管容積は、第1差分値Δyisを直流成分
で除算した値に基づく値である。すなわち、第1値QELは、第2差分値Δyihから第1差分値Δyisを減じて第1差分値Δyisで除算した値と、血管容積に対応する
の平方根と、の乗算に基づく値である。
【0038】
血圧演算部44は、(14)、(15)式に基づき、被検者の血流抵抗に対応するRを演算する。
【数14】
【数15】
ここで、fは脈波yのサンプリング周波数である。
【0039】
図9Aは、血圧が高めの被検者の測定データを示す図である。図9Bは、血圧が低めの被検者の測定データを示す図である。縦軸は血圧を示し、横軸は時間を示す。また、菱形のマークが血圧測定装置1での測定値を示し、実線は比較対象用に測定した医療機器(手首カフ式)のデータを示す。本実施形態の血圧測定装置1で測定した値は、どちらの場合にも、比較対象用に測定したデータとよく一致する。
【0040】
図10は血圧測定装置1の処理を示すフローチャートである。まず、測定部2は、被検者の脈波を取得する(ステップS100)。続けて、特徴点処理部42は、脈波yに基づき処理を行う。
【0041】
次に血圧演算部44は、脈波yを時間で1階微分した値が最大になる時刻から脈波yの最大ピークの時刻までの脈波y被検者の血液流量に対応する流量QEL、被検者の血流抵抗に対応する抵抗R、および脈波の立ち上がり時刻から脈波を時間で1階微分した値が最大になる時刻までの血液流量に対応する流量QSEを演算する(ステップS102)。
【0042】
次に血圧演算部44は、流量QEL、抵抗R、流量QSEに基づき、拡張期血圧DBP、収縮期血圧SBP、脈圧PPを算出する。(ステップS104)。血圧演算部44は、全体処理を終了するか否かを判定し(ステップS106)、全体処理を終了する場合(ステップS106:YES)、全体処理を終了し、全体処理を終了しない場合(ステップS106:NO)、ステップS100からの処理を繰り返す。
【0043】
このように、本実施形態では、(5)式及び(10)式に基づき、収縮期血圧SBPを取得し、(6)式及び(13)式に基づき、拡張期血圧DBPを取得するため、血圧を簡易かつ精度よく検出できる。
【0044】
(第2実施形態)
血圧測定装置1は、第1実施形態では収縮期血圧SBPを流量QSE図6)に基づき、演算していたのに対し、第2実施形態では収縮期血圧SBPを流量QEHにも基づき、演算する点で相違する。また、血圧測定装置1は、第1実施形態では拡張期血圧DBPを流量QEH図6)に基づき、演算していたいのに対し、第2実施形態では、拡張期血圧DBPを流量QHDに基づき、演算する点で相違する。以下では第1実施形態と異なる点に関して説明する。
【0045】
第1実施形態に係る血圧測定装置1で測定した血圧は、一般的な人の収縮期血圧SBP、及び拡張期血圧DBPと良く一致する。しかし、被検者の中には、脈波の特性が一般の人と異なる特性を有する人が存在することが分かってきた。第2実施形態に係る血圧測定装置1では、このような人にも対応可能とする。
【0046】
図11は、第2実施形態に係る脈波の波形の一例とモデル化した円筒管の半径との関係を示す図である。図5と同様に、左図は、1拍分の正常な脈波の波形の一例を示す図である。縦軸は脈波の値を示し、横軸は時間を示している。右図は、モデル化した円筒管の半径を示す図である。血管の容積変化を、半径rsiと変化分であるΔrdiで示している。点Pは、点Pと点Pの間において点Pと同じ容積脈波の値を示す点である。Idcは、容積脈波の直流成分である。ここで、添え字iは、容積脈波データにおいて、各一つのパルスを識別する番号である。すなわち、i拍目の脈波に対応するデータを意味する。なお、点Pの時刻が第5基準時に対応する。
【0047】
図12は、点Pから点Pへの血管の容積変化に伴う円筒管の半径の変化を模式的に示す図である。すなわち、図12は一拍分の脈波に関する円筒管の半径の変化を示している。縦軸は時間を示し、横軸は点Pからの半径の変動分を示している。半径は時間の経過にしたがい、点Pから点Pまでは増加し、その後は減少する。
【0048】
図13Aは、点Pから点Pを経て点Pへ至る際の流量Qを模式的に示す図である。図13Bは、点Pから点Pへ至る際の流量QHDを模式的に示す図である。横軸は血管半径rの平均変化率(Δr/Δt)の二乗を示し、縦軸は長さLとπの乗算値である。図13Aのmsiは、点Pから点Pへ至る際の半径の平均変化率であり、md1iは、点Pから点Pへ至る際の半径の平均変化率である。図13Bのmd2iは、点Pから点Pへ至る際の半径の平均変化率である。なお、本実施形態に係る流量QHDが第1値に対応し、抵抗Rが第2値に対応し、流量Qが第3値に対応する。
【0049】
本実施形態では、収縮期血圧SBPを流量Qにより演算する。心臓の収縮期間中の点Pまでの血管径の拡張は、主にウィンドケッセル効果で生じる。そして、点P以後から次第に復元力と減衰力が支配的になる。すなわち、本実施形態では、ウィンドケッセル効果に復元力が加えられた点Pから点Pまでの流量QSEにまで、収縮期に生じる力の範囲を拡張してモデル化している。被検者によっては、点Pから点Pまでの範囲にもウィンドケッセル効果がより強くでる人がいると考えられる。このような人を含めて測定をする場合には、流量Qを用いると、収縮期血圧SBPの測定精度がより向上する。なお、流量Qを用いても、一般的な人の収縮期血圧SBPの精度も低下しないことが実験的に検証されている。
【0050】
一方で、点Pから点Pまでの範囲にウィンドケッセル効果がより強くでる人の場合には、ウィンドケッセル効果が弱まる点は、点P側にずれていると考えられる。拡張期血圧は、ウィンドケッセル効果による力の下限であるので、ウィンドケッセル効果が弱まる点を点Pまでずらし、点Pから点Pまでの範囲の流量Qを用いて拡張期血圧DBPをモデル化している。特に、流量Qを流量QHDに基づき、演算する。なお、流量QHDを用いても、一般的な人の拡張期血圧DBPの精度も低下しないことが実験的に検証されている。
【0051】
以上が本実施形態に係る血圧取得部4が用いるモデルの説明であるが、以下に血圧取得部4の詳細な処理例を説明する。
図14は、第2実施形態に係る特徴点処理部42が脈波yから取得する情報例を示す図である。縦軸は脈波の値を示し、横軸は時間を示している。右図は、モデル化した円筒管の半径を示す図である。血管の容積変化を、半径rsiと変化分であるΔrdiで示している。
【0052】
特徴点処理部42は、時刻tの脈波yの値から直流成分Idcを減じた第1差分値Δysiと、時刻tの脈波yの値から直流成分Idcを減じた第2差分値Δyhiを演算する。
また、特徴点処理部42は、(16)式を用いて時間Td2iを演算する。Td2iは、点Pと点P間の時間である。Tsiは、時刻tからtを減じた時間であり、Td1iは、時刻tからtを減じた時間であり、Td3iは、時刻tからtを減じた時間である。すなわち、特徴点処理部42は、脈波yの時刻tから時刻tまでの期間内において時刻tにおける脈波yと同等の値を示す点Pの時刻を第5基準時として取得し、時刻tと第5基準時との間の時間を時間Td2iとして演算する。
【数16】
【0053】
点Pに対応する容積を基準とすれば、Δysi/Idcは点P、Pにおける容積に比例し、同様にΔyhi/Idcは点Pにおける容積に比例する。Gは比例定数であり、Idcは、脈波のDC成分の値である。
円筒管の半径がrsiからrsi+Δrdiに変化した場合、Δrdiを点Pにおける半径rsiを用いて、(17)~(19)式により演算可能である。
【数17】
【数18】
【数19】
ここで、(19)式の半径rsiを(17)式を用いて、整理すると以下の(20)、(21)式に変形できる。血圧演算部44は、(20)、(21)式を用いて半径rsiとΔrdiを演算する。なお、Lはモデル円筒管の長さである。
【数20】
【数21】
【0054】
血圧演算部44は、平均変化率msiを(22)式を用いて演算する。
【数22】
また、血圧演算部44は、平均変化率md1i及びmd2iをそれぞれ、(23)、(24)式を用いて演算する。
【数23】
【数24】
【0055】
血圧演算部44は、流量QSiを平均変化率md1i及びmd2iに基づき、(25)式を用いて演算する。
【数25】
【0056】
血圧演算部44は、抵抗Rを(26)式を用いて演算する。ここで、Vは、モデル円筒管の体積であり、V(t)は、時間tでのモデル円筒管の体積である。すなわち、Idcは、第1実施形態における
に対応する。このため、(26)式は(16)式と同等の値となる。
【数26】
血圧演算部44は、抵抗RとコンプライアンスCを用いて、点Pから点Pへ至る際の流量QDiを(27)式に基づき演算する。
【数27】
抵抗Rdiは、(28)、(29)式で得る。
【0057】
【数28】
【数29】
血圧演算部44は、i拍毎に拡張期血圧DBPと収縮期血圧SBPを(30)、(31)式に基づき演算する。
【数30】
【数31】
ここで、a1、a2、b1、b2、α、βは定数である。
【0058】
このように、血圧演算部44は、脈波yを時間で1階微分した値が最大になる第1時刻tから次の脈波の立ち上がる第4時刻tまでの期間内における期間Td2i(第1期間)の被検者の血液流量に対応する流量QHD(第1値)と、被検者の血流抵抗に対応するR(第2値)とに基づき、拡張期血圧DBPを取得する。また、血圧演算部44は、脈波の立ち上がる第3時刻tから脈波の最大ピークの第2時刻tまでの期間内における期間(Tsi+Td1i)(第2期間)の被検者の血液流量に対応する流量Q(第3値)に更に基づき、収縮期血圧を取得する。なお、本実施形態に係る第1時刻が第1基準時に対応し、第2時刻が第4基準時に対応し、第3時刻が第3基準時に対応し、第4時刻が第2基準時に対応する。
【0059】
このように、本実施形態では、(27)式及び(30)式に基づき、拡張期血圧DBPを取得し、(25)式及び(31)式に基づき、収縮期血圧SBPを取得するため、血圧を簡易かつ精度よく検出できる。
【0060】
血圧測定装置1の少なくとも一部は、ハードウェアで構成してもよいし、ソフトウェアで構成してもよい。ソフトウェアで構成する場合には、血圧測定装置1の少なくとも一部の機能を実現するプログラムをフレキシブルディスクやCD-ROM等の記録媒体に収納し、コンピュータに読み込ませて実行させてもよい。記録媒体は、磁気ディスクや光ディスク等の着脱可能なものに限定されず、ハードディスク装置やメモリなどの固定型の記録媒体でもよい。
【0061】
また、血圧測定装置1の少なくとも一部の機能を実現するプログラムを、インターネット等の通信回線(無線通信も含む)を介して頒布してもよい。さらに、同プログラムを暗号化したり、変調をかけたり、圧縮した状態で、インターネット等の有線回線や無線回線を介して、あるいは記録媒体に収納して頒布してもよい。
【0062】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0063】
1:血圧測定装置、2:測定部、4:血圧取得部、6:生体測定装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図8
図9A
図9B
図10
図11
図12
図13A
図13B
図14