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特許7404134PIGイオン源装置およびイオン源ガス供給システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】PIGイオン源装置およびイオン源ガス供給システム
(51)【国際特許分類】
   H01J 27/08 20060101AFI20231218BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
H01J27/08
H01J37/08
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020060250
(22)【出願日】2020-03-30
(65)【公開番号】P2021158092
(43)【公開日】2021-10-07
【審査請求日】2023-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162640
【弁理士】
【氏名又は名称】柳 康樹
(72)【発明者】
【氏名】谷口 愛実
(72)【発明者】
【氏名】日朝 俊一
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-042150(JP,A)
【文献】特開昭61-124028(JP,A)
【文献】特開2009-140762(JP,A)
【文献】特開昭59-087738(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0104273(US,A1)
【文献】米国特許第04728862(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 27/08
H01J 37/00-37/36
H05H 1/00-1/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
冷陰極型のPIGイオン源と、
前記PIGイオン源における多価イオン生成時のアーク放電の開始前と開始後とで、前記PIGイオン源におけるイオン源ガスのガス圧および前記PIGイオン源における磁場の少なくとも一方を変更する制御部と、を有する、PIGイオン源装置。
【請求項2】
イオン源ガス貯留部からのガスを前記PIGイオン源へ供給するイオン源ガス供給システムを有し、
前記イオン源ガス供給システムは、前記アーク放電の開始前に使用する放電時ラインと、前記アーク放電の開始後に使用する運転時ラインと、を含み、
前記制御部は、前記イオン源ガスの経路を前記放電時ラインと前記運転時ラインとの間で切り替えることで、前記PIGイオン源における前記イオン源ガスのガス圧を変更する、請求項1に記載のPIGイオン源装置。
【請求項3】
前記放電時ラインおよび前記運転時ラインは、それぞれラインの開閉を行う開閉弁を含み、
前記制御部は、前記放電時ラインおよび前記運転時ラインの開閉弁を操作することで、前記PIGイオン源における前記イオン源ガスのガス圧を変更する、請求項2に記載のPIGイオン源装置。
【請求項4】
アーク放電の開始前と開始後とでイオン源ガス貯留部からのガスの流量を変更する流量調整弁を有する、請求項1に記載のPIGイオン源装置。
【請求項5】
イオン源ガス貯留部からのイオン源ガスをPIGイオン源へ供給するイオン源ガス供給システムであって、
前記PIGイオン源におけるアーク放電の開始前後で、前記PIGイオン源へのガス供給量を変更する流量調整機構を有し、
前記流量調整機構は、
前記PIGイオン源におけるアーク放電の開始前に使用する放電時ラインと、前記放電時ラインと比べてガス流量が小さく前記アーク放電の開始後に使用する運転時ラインと、
前記放電時ラインと前記運転時ラインとの間で前記イオン源ガスの経路を変更することが可能な経路変更部と、を含む、イオン源ガス供給システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PIGイオン源装置およびイオン源ガス供給システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1では、サイクロトロンに対してイオン源からの荷電粒子を導入し、真空中で荷電粒子を加速させる構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-285448号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
冷陰極型のPIGイオン源は、他のイオン源と比べて安価且つコンパクトであることから、1価のイオンの生成には広く用いられている。また、PIGイオン源は多価イオンの生成にも適用可能であることは知られている。しかしながら、多価イオンを大量に生成する際には、プラズマの閉じ込め時間を増大させ、プラズマ内の目的の多価イオン密度を向上させることが求められる。そのため、従来は、大量の多価イオンの生成にはPIGイオン源とは異なるイオン源が選択される場合が多かった。このように、冷陰極型のPIGイオン源は、他のイオン源と比べて安価且つコンパクトでありながら、大量の多価イオンの生成には適していないと判断されることが多く、採用が見送られがちであった。
【0005】
本開示は、PIGイオン源装置を用いて多価イオンの大量生成を可能とする技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本開示の一形態に係るPIGイオン源装置は、前記PIGイオン源における多価イオン生成時のアーク放電の開始前と開始後とで、前記PIGイオン源におけるイオン源ガスのガス圧および前記PIGイオン源における磁場の少なくとも一方を変更する制御部と、を有する。
【0007】
上記のPIGイオン源装置によれば、制御部によってPIGイオン源における多価イオン生成時のアーク放電の開始前と開始後とで、PIGイオン源におけるイオン源ガスのガス圧およびPIGイオン源における磁場の少なくとも一方が変更される。この結果、PIGイオン源において多価イオンを生成する場合において、アーク放電を効率よく開始させることができるため、PIGイオン源においても多価イオンの大量生成を可能とする。
【0008】
イオン源ガス貯留部からのガスを前記PIGイオン源へ供給するイオン源ガス供給システムを有し、前記イオン源ガス供給システムは、前記アーク放電の開始前に使用する放電時ラインと、前記アーク放電の開始後に使用する運転時ラインと、を含み、前記制御部は、前記イオン源ガスの経路を前記放電時ラインと前記運転時ラインとの間で切り替えることで、前記PIGイオン源における前記イオン源ガスのガス圧を変更する態様とすることができる。
【0009】
上記のように、イオン源ガスの経路を放電時ラインと運転時ラインとの間で切り替えることで、PIGイオン源におけるイオン源ガスのガス圧を変更する構成とすることで、イオン源ガスの経路を変更することでイオン源ガスのガス圧の調整を簡単に行うことができる。したがって、アーク放電を効率よく開始させることができ、PIGイオン源においても多価イオンの大量生成を可能とする。
【0010】
前記放電時ラインおよび前記運転時ラインは、それぞれラインの開閉を行う開閉弁を含み、前記制御部は、前記放電時ラインおよび前記運転時ラインの開閉弁を操作することで、前記PIGイオン源における前記イオン源ガスのガス圧を変更する態様とすることができる。
【0011】
上記のように、制御部が、放電時ラインおよび運転時ラインのそれぞれに設けられた開閉弁を操作してPIGイオン源におけるイオン源ガスのガス圧を変更する構成とした場合、開閉弁の開閉のみによってイオン源ガスのガス圧を変更することができる。したがって、ガス圧の変更をより簡単且つ速やかに行うことができる。
【0012】
アーク放電の開始前と開始後とでイオン源ガス貯留部からのガスの流量を変更する流量調整弁を有していてもよい。このような構成とすることで、PIGイオン源において多価イオンを生成する場合において、アーク放電を効率よく開始させることができるため、多価イオンの大量生成を可能とする。
【0013】
本開示の一形態に係るイオン源ガス供給システムは、イオン源ガス貯留部からのイオン源ガスをPIGイオン源へ供給するイオン源ガス供給システムであって、前記PIGイオン源におけるアーク放電の開始前後で、前記PIGイオン源へのガス供給量を変更する流量調整機構を有する。
【0014】
上記のイオン源ガス供給システムによれば、流量調整機構によってPIGイオン源における多価イオン生成時のアーク放電の開始前でPIGイオン源へのガス供給量を変更することができる。この結果、PIGイオン源において多価イオンを生成する場合において、アーク放電を効率よく開始させることができ、多価イオンの大量生成を可能とする。
【0015】
前記流量調整機構は、前記PIGイオン源におけるアーク放電の開始前に使用する放電時ラインと、前記放電時ラインと比べてガス流量が小さく前記アーク放電の開始後に使用する運転時ラインと、前記放電時ラインと前記運転時ラインとの間で前記イオン源ガスの経路を変更することが可能な経路変更部と、を有する態様であってもよい。
【0016】
上記の流量調整機構によれば、経路変更部によってPIGイオン源における多価イオン生成時のアーク放電の開始前には放電時ラインを経由してイオン源ガスをPIGイオン源に供給し、アーク放電の開始後には運転時ラインを経由して、放電時ラインと比べて小さい流量のイオン源ガスをPIGイオン源に供給することができる。この結果、PIGイオン源において多価イオンを生成する場合において、アーク放電を効率よく開始させることができ、多価イオンの大量生成を可能とする。
【発明の効果】
【0017】
本開示によれば、PIGイオン源装置を用いて多価イオンの大量生成を可能とする技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、一形態に係るPIGイオン源装置の概略構成図である。
図2図2は、PIGイオン源の概略構成図である。
図3図3は、PIGイオン源装置におけるガス制御方法を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、添付図面を参照して、本開示を実施するための形態を詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0020】
図1は、PIGイオン源を含むPIGイオン源装置の概略構成図である。イオン源装置1(PIGイオン源装置)は、PIGイオン源2と、イオン源ガス貯留部3と、ガス調整部4と、制御部5と、を有する。
【0021】
PIGイオン源2は、冷陰極PIG(Penning又はPhillips Ionization Gauge)イオン源である。図2にPIGイオン源2の原理図を示す。PIGイオン源は、円筒状の陽極21の両端に陰極22を配置し、軸方向に十分強い磁場Fを加えた構造を持つ。この構造において、陽極21および陰極22に挟まれ、イオン源ガスGが注入されたチャンバ23内で、アーク電源ARCによる放電によって生成された電子は電極間の電場によって加速される。ただし、磁場Fにより半径方向を、両端の陰極22により軸方向を閉じこめられる結果、電子は磁場Fにまきつくように運動する。そのため壁に衝突することなくチャンバ23内に滞在する。このメカニズムによって電子の閉じ込め時間を長くすることができる。したがって、プラズマ生成が高効率に行われ得るため、プラズマによるって電離されるイオンの生成も効率よく行われ得る。生成されたイオンは引出電源HVに接続された引出電極25を用いてイオンビームBとして、外部へ取り出され得る。
【0022】
図1に示すイオン源装置1の各部は、上述のPIGイオン源2のチャンバ23内へイオン源ガスGを供給する装置である。
【0023】
イオン源ガス貯留部3は、イオン源ガスを貯留する機能を有している。イオン源ガス貯留部3は、例えば、ガスタンク等とすることができる。イオン源ガス貯留部3において貯留されるガスとしては、例えば、PIGイオン源2において多価イオンとしてのHe2+を生成可能なHeガス(ヘリウムガス)が挙げられる。ただし、イオン源ガスの種類は、上記に限定されるものではない。
【0024】
ガス調整部4は、イオン源ガス貯留部3からのガスをPIGイオン源2に対して供給するイオン源ガス供給システムとしての機能を有する。ガス調整部4は、互いに並列に設けられる運転時ラインL1と放電時ラインL2とを含んで構成される。さらに、運転時ラインL1および放電時ラインL2は、その上流側端部の分岐点P1で上流側ラインL3に接続すると共に、下流側端部の分岐点P2で下流側ラインL4に接続する。
【0025】
上流側ラインL3は、イオン源ガス貯留部3に接続するラインに接続される。上流側ラインL3にはフィルタ41が設けられる。フィルタ41は、ガス中の微粒子等を取り除く機能を有する。フィルタ41の下流の分岐点P1において、上流側ラインL3から運転時ラインL1と放電時ラインL2とに分岐される。
【0026】
運転時ラインL1には、開閉弁42とマスフローコントローラ43とが設けられる。開閉弁42は、運転時ラインL1を開閉する機能を有する。開閉弁42が開状態のときはガスが運転時ラインL1を流れ、開閉弁42が閉状態のときはガスが運転時ラインL1を流れない。マスフローコントローラ43は、ガスの質量流量を計測し流量制御を行う機能を有している。マスフローコントローラ43は、運転時ラインL1を流れるガスが予め定められた流量となるように、流量を制御する。マスフローコントローラ43は、運転時ラインL1をガスが流れている状態を維持しながら、その流量を調整することが可能である。
【0027】
放電時ラインL2には、開閉弁44と、ニードル弁45とが設けられる。開閉弁44は、放電時ラインL2を開閉する機能を有する。開閉弁44が開状態のときはガスが放電時ラインL2を流れ、開閉弁44が閉状態のときはガスが放電時ラインL2を流れない。ニードル弁45は、放電時ラインL2をガスが流れる際のガスの流量を調整する機能を有する。ニードル弁45は、放電時ラインL2を流れるガスの流量を所定の値に固定することが可能である。一例としてニードル弁45におけるガスの流量は、マスフローコントローラ43により設定されるガスの流量と比べて50倍~200倍程度に設定され得る。この放電時ラインL2を流れるガスの流量は、パッシェンの法則を考慮して設定することができる。すなわち、放電時ラインL2を流れるイオン源ガスが、PIGイオン源2のチャンバ23に到達した際のチャンバ23内のガス圧がパッシェン領域付近になるように、ガスの流量が制御される。
【0028】
運転時ラインL1と放電時ラインL2とは、マスフローコントローラ43およびニードル弁45の下流の下流の分岐点P2において、下流側ラインL4に合流する。下流側ラインL4は、PIGイオン源2へ接続する配管に接続される。このように、ガス調整部4は、イオン源ガス貯留部3からPIGイオン源2へ向けてイオン源ガスを供給する際のガス量を調整する機能を有している。特に、ガス調整部4は、PIGイオン源2におけるアーク放電の開始前後で、PIGイオン源2へのガス供給量を変更する流量調整機構としての機能を有する。流量調整機構としての機能の詳細については後述する。
【0029】
制御部5は、ガス調整部4における開閉弁42,44の切り替えと、マスフローコントローラ43の制御とを行う機能を有する。また、制御部5は、PIGイオン源2の電流および磁場の制御、イオン源ガス貯留部3からのガスの供給に係る制御等を行ってもよい。開閉弁42,44は、運転時ラインL1および放電時ラインL2の間でイオン源ガスの経路を変更するための経路変更部としての機能を有する。
【0030】
次に、制御部5によるガス調整部4の制御方法について、図3を参照しながら説明する。まず、PIGイオン源2を含むイオン源装置1において、イオン源の供給を開始する場合、まず、アーク放電を開始する前に、制御部5は、開閉弁42を開状態とし、開閉弁44が閉状態となるように制御する。これにより、運転時ラインL1を開状態とすると共に、放電時ラインL2を閉状態とする(S01)。このとき、制御部5は、マスフローコントローラ43を制御して、イオン源装置を通常運転させる際の設定でマスフローコントローラ43によるガス流量の調整動作を開始させる。
【0031】
次に、PIGイオン源2におけるアーク放電を開始させる場合、制御部5は、PIGイオン源2においてアーク放電用の電流を流すため、電源をONにする(S02)。このとき、制御部5は、開閉弁42および開閉弁44が開状態となるように制御することで、運転時ラインL1および放電時ラインL2を開状態とする(S03)。この結果、運転時ラインL1および放電時ラインL2のいずれもイオン源ガスが流通可能となるが、イオン源ガス貯留部3からのイオン源ガスの大半は、上流側ラインL3、放電時ラインL2、下流側ラインL4を通り、PIGイオン源2に対して供給される。制御部5は、この状態を短時間(例えば、1秒~10秒程度、一例として3秒程度)保った後、開閉弁42を開状態とし、開閉弁44が閉状態となるように制御する。これにより、運転時ラインL1が開状態となると共に、放電時ラインL2が閉状態となる(S04)。このように、制御部5では、放電を開始する場合に、ガスの流路について運転時ラインL1のみが開状態となる状態から、運転時ラインL1および放電時ラインL2の両方が開状態となる状態へ切り替える。
【0032】
運転時ラインL1におけるマスフローコントローラ43により制御されるガス流量と比較して、放電時ラインL2におけるニードル弁45によって制御されるガス流量は上述したように十分大きくされる。したがって、制御部5によって放電時ラインL2が開状態となった時間帯(図3に示すS03に相当する時間帯)は、閉状態の時間帯と比較して大容量のガスが一度にPIGイオン源2に供給されることになる。このように大容量のガスが一度にPIGイオン源2に供給された場合、PIGイオン源2のチャンバ23では瞬間的にガス圧力が増大する。この結果、PIGイオン源2のチャンバ23内でアーク放電が開始され(着火)、プラズマが生成される。一度アーク放電が開始されると、チャンバ23内では電子が連鎖的に生成され放電が継続される。したがって、ガス圧が低くなっても放電が継続され、プラズマの生成が促進される。そのため、アーク放電が開始されていることが確認されると(S05-YES)、そのまま運転時ラインL1を利用してガスの供給および流量制御が継続される(S06)。
【0033】
一方、アーク放電が開始されたことが確認できない場合(S05-NO)、制御部5は、放電時ラインL2の開放によるガス流量の変更(S03、S04)を再度行い、アーク放電の開始を試みる。この放電時ラインL2を利用したガス流量の変化(S03、S04)は、アーク放電が開始されるまで繰り返し行われる。なお、アーク放電が開始されていることか否かは、制御部5において把握することができる。
【0034】
以上のように、本実施形態に係るイオン源装置1によれば、制御部5によって冷陰極型のPIGイオン源2における多価イオン生成時のアーク放電の開始前と開始後とで、PIGイオン源2におけるイオン源ガスのガス圧が変更される。この結果、PIGイオン源2において多価イオンを生成する場合において、アーク放電を効率よく開始させることができるため、多価イオンを安価に生成可能となる。
【0035】
冷陰極型のPIGイオン源2は、他のイオン源と比べて安価且つコンパクトであることから、1価のイオンの生成には広く用いられている。また、PIGイオン源2は多価イオンの生成にも適用可能であることは知られている。しかしながら、多価イオンを大量に生成するためには、プラズマの閉じ込め時間を増大させ、プラズマ内の目的の多価イオンの密度を向上させることが必要となる。したがって、多価イオンを生成する場合には、ECRイオン源、電子ビームイオン源等、PIGイオン源とは異なるイオン源が選択される場合が多かった。
【0036】
また、PIGイオン源において多価イオンを生成するためにプラズマの閉じ込め時間を増大させる場合には、磁場強度またはチャンバ内のガス圧を高くすることが求められる。しかしながら、イオン源が例えば加速器内部に設けられている所謂内部イオン源の場合には、加速器内部の磁場を利用することができるが、加速器外に設けられているイオン源の場合には、磁場強度を十分強くすることが難しい。一方、ガス圧を低くするとアーク放電を発生することが困難となる。
【0037】
これに対して、本実施形態に係るイオン源装置1では、冷陰極型のPIGイオン源2を採用しながら、多価イオン生成時のアーク放電の開始前と開始後とで、PIGイオン源2におけるイオン源ガスのガス圧が変更される。具体的には、アーク放電の開始時には、PIGイオン源2におけるガス圧が短時間だけ大きくなるように、ガス圧を制御することができる。この結果、PIGイオン源2におけるアーク放電の開始を適切に行うことができる。より詳細には、PIGイオン源2内のガス圧がパッシェンの法則から導かれる放電が電圧の関係を満たす程度にガス圧を調整することで、アーク放電の開始を効率よく行うことができる。
【0038】
さらに、アーク放電の開始後は、PIGイオン源2におけるガス圧が小さくなるように、制御部5によってガス圧が制御される。この結果、PIGイオン源2内を多価イオンの生成に適したガス圧となるように制御することができる。PIGイオン源2では、アーク放電が開始した後は、ある程度PIGイオン源2内のガス圧を低くして、プラズマの閉じ込め時間を大きくすることが求められる。上記のイオン源装置1では、アーク放電の開始後はガス圧を小さくするように制御することで、PIGイオン源2内で多価イオンの生成が効率よく行われる。このように、上記のイオン源装置1によれば、冷陰極型のPIGイオン源を用いながら、多価イオンを生成可能な構成が実現されるため、PIGイオン源における多価イオンの大量生成を実現することができる。また、PIGイオン源を用いた多価イオンの大量生成が可能となるため、従来の他のイオン源を用いた多価イオンの生成と比較して、より安価に多価イオンを生成することが可能となる。
【0039】
また、上記のイオン源装置1では、イオン源ガスの経路を放電時ラインL2と運転時ラインL1との間で切り替えることで、PIGイオン源におけるイオン源ガスのガス圧を変更している。このような構成とすることで、イオン源ガスの経路を変更することのみによって、イオン源ガスのガス圧の調整を簡単に行うことができる。したがって、アーク放電を効率よく開始させることができ、PIGイオン源における多価イオンの大量生成が可能となる。
【0040】
また、上記のイオン源装置1では、制御部5が、放電時ラインL2および運転時ラインL1のそれぞれに設けられた開閉弁42,44を操作してPIGイオン源2におけるイオン源ガスのガス圧を変更する構成としている。このような構成とすることで、開閉弁42,44の開閉のみによってイオン源ガスのガス圧を変更することができる。したがって、ガス圧の変更をより簡単且つ速やかに行うことができる。また、PIGイオン源2におけるガス圧を速やかに変更することによって、アーク放電の開始に必要な環境を速やかに形成しつつ、アーク放電の開始後は速やかに多価イオンの生成に必要な環境を形成することができる。そのため、PIGイオン源2における多価イオンの大量生成を実現することができる。
【0041】
上記のイオン源装置1におけるイオン源ガスの供給システムに対応するガス調整部4は、イオン源ガス貯留部3からのイオン源ガスをPIGイオン源2へ供給するイオン源ガス供給システムであって、PIGイオン源2におけるアーク放電の開始前後で、PIGイオン源2へのガス供給量を変更する流量調整機構を有する。具体的には、PIGイオン源2におけるアーク放電の開始前に使用する放電時ラインL2と、放電時ラインL2と比べてガス流量が小さくアーク放電の開始後に使用する運転時ラインL1とを有する。また、放電時ラインL2と運転時ラインL1との間でイオン源ガスの経路を変更することが可能な経路変更部としての開閉弁42,44を有する。このような構成の場合、経路変更部によって、PIGイオン源2における多価イオン生成時のアーク放電の開始前には放電時ラインL2を経由してイオン源ガスをPIGイオン源2に供給し、アーク放電の開始後には運転時ラインを経由して、放電時ラインL2と比べて小さい流量のイオン源ガスをPIGイオン源2に供給することができる。この結果、PIGイオン源2において多価イオンを生成する場合において、アーク放電を効率よく開始させることができるため、多価イオンを安価に生成可能となる。なお、上記実施形態では、PIGイオン源2における多価イオン生成時のアーク放電の開始前に、運転時ラインL1と放電時ラインL2の両方を開状態としている(S03)が、このときに運転時ラインL1を閉状態とし、放電時ラインL2のみが開状態となるようにしてもよい。ただし、上述のように放電時ラインL2のガス流量は、運転時ラインL1のガス流量と比べて十分大きくされる。したがって、PIGイオン源2へ供給されるガス流量は運転時ラインL1の開閉による影響をほとんど受けないと考えられる。
【0042】
なお、本開示は、上述の実施形態に限定されるものではない。
【0043】
例えば、上記実施形態では、ガス調整部4においてガスの流路を切り替えることでガス圧の調整を行うことでアーク放電の開始を促す場合について説明したが、アーク放電の開始前と開始後とで磁場の強さを変更することで、アーク放電の開始とその後の維持を実現してもよい。例えば、PIGイオン源2において多価イオンを生成する場合、アーク発電の開始時には、磁場の強度を高くすることで、アーク放電を発生しやすい環境を構築することができる。一方、プラズマの発生が開始されると、磁場の強度は、イオン引出後のビームの軌道による制約を受ける。この点をふまえて、イオン源装置1のPIGイオン源2において、アーク放電の開始前と開始後で磁場の強度を変化させることで、アーク放電の開始を促進すると共に、アーク放電の開始後の多価イオンの生成を促進する構成としてもよい。また、PIGイオン源2におけるガス圧と磁場との両方を変化させる構成としてもよい。
【0044】
また、上記実施形態におけるガス調整部4の各部の構成は適宜変更することができる。上記のように、運転時ラインL1と放電時ラインL2とを個別に設ける場合、ガス流量が少ない(PIGイオン源2におけるガス圧が低い)状態での流量制御に適したマスフローコントローラ43を用いることができるという効果が得られる。これに対して、1つのラインにおいて流量調整弁を利用して流量を制御することによって、アーク放電の開始前と開始後とでガスの流量を変更する構成としてもよい。この場合、1つのラインのみでもガス流量を調整することができ、PIGイオン源による多価イオンの大量生成を実現することができる。このように、アーク放電の開始前と開始後とでガスの流量を変更する構成は適宜変更することができる。
【符号の説明】
【0045】
1…イオン源装置、2…PIGイオン源、3…イオン源ガス貯留部、4…ガス調整部、5…制御部、21…陽極、22…陰極、23…チャンバ、25…引出電極、41…フィルタ、42…開閉弁、43…マスフローコントローラ、44…開閉弁、45…ニードル弁、L1…運転時ライン、L2…放電時ライン、L3…上流側ライン、L4…下流側ライン。
図1
図2
図3