IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 浜松ホトニクス株式会社の特許一覧

特許7404195試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法
<>
  • 特許-試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法 図1
  • 特許-試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法 図2
  • 特許-試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法 図3
  • 特許-試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法 図4
  • 特許-試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/04 20060101AFI20231218BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20231218BHJP
   H01J 49/14 20060101ALI20231218BHJP
【FI】
H01J49/04 310
G01N27/62 F
H01J49/14
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020148904
(22)【出願日】2020-09-04
(65)【公開番号】P2022043571
(43)【公開日】2022-03-16
【審査請求日】2023-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100183081
【弁理士】
【氏名又は名称】岡▲崎▼ 大志
(72)【発明者】
【氏名】池田 貴将
(72)【発明者】
【氏名】小谷 政弘
(72)【発明者】
【氏名】田代 晃
(72)【発明者】
【氏名】大村 孝幸
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-232060(JP,A)
【文献】特開2007-263600(JP,A)
【文献】国際公開第2005/083418(WO,A1)
【文献】ENOMOTO H. et al.,Novel Blotting Method for Mass Spectrometry Imaging of Metabolites in Strawberry Fruit by Desorption,Foods,スイス,MDPI,2020年04月01日,Volume 9, Issue 4, 408,pp. 1-8
【文献】CABRAL C. E. et al.,Blotting Assisted by Heating and Solvent Extraction for DESI-MS Imaging,Journal of American Society for Mass Spectrometry,米国,American Society for Mass Spectrometry,2013年04月20日,Vol. 24,pp. 956-965
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/04
G01N 27/62
H01J 49/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料のイオン化用の試料支持体であって、
電気絶縁性を有する第1表面と、前記第1表面とは反対側の第2表面と、少なくとも前記第1表面に開口する不規則な多孔質構造と、を有する基板を備え、
前記多孔質構造は、互いに融着された複数の略球状のガラスビーズの集合体によって形成されており、
前記ガラスビーズ同士の接合部の平均径は、前記ガラスビーズの平均径の1/10以上且つ前記ガラスビーズの平均径未満である、試料支持体。
【請求項2】
試料のイオン化用の試料支持体であって、
電気絶縁性を有する第1表面と、前記第1表面とは反対側の第2表面と、少なくとも前記第1表面に開口する不規則な多孔質構造と、を有する基板を備え、
前記多孔質構造は、金属からなる複数の粉体の集合体によって形成されており
前記第1表面には、電気絶縁性のコーティングが施されている、試料支持体。
【請求項3】
前記多孔質構造は、前記第1表面及び前記第2表面を連通するように形成されている、請求項1又は2に記載の試料支持体。
【請求項4】
電気絶縁性を有する第1表面と、前記第1表面とは反対側の第2表面と、少なくとも前記第1表面に開口する不規則な多孔質構造と、を有する基板を備える試料支持体を用意する第1工程と、
前記第1表面に試料を転写する第2工程と、
前記第1表面に対して、帯電した微小液滴を照射することにより、転写された前記試料の成分をイオン化し、イオン化された前記成分を吸引する第3工程と、を含
前記多孔質構造は、互いに融着された複数の略球状の粉体であるガラスビーズの集合体によって形成されており、
前記ガラスビーズ同士の接合部の平均径は、前記ガラスビーズの平均径の1/10以上且つ前記ガラスビーズの平均径未満である、イオン化法。
【請求項5】
電気絶縁性を有する第1表面と、前記第1表面とは反対側の第2表面と、少なくとも前記第1表面に開口する不規則な多孔質構造と、を有する基板を備える試料支持体を用意する第1工程と、
前記第1表面に試料を転写する第2工程と、
前記第1表面に対して、帯電した微小液滴を照射することにより、転写された前記試料の成分をイオン化し、イオン化された前記成分を吸引する第3工程と、を含み、
前記多孔質構造は、金属からなる複数の粉体の集合体によって形成されており、
前記第1表面には、電気絶縁性のコーティングが施されている、イオン化法。
【請求項6】
前記第2工程において、前記粉体の表面に、前記試料の成分が保持される、請求項4又は5に記載のイオン化法。
【請求項7】
前記第3工程においては、前記第1表面に対して、前記帯電した微小液滴の照射領域を相対的に移動させる、請求項4~6のいずれか一項に記載のイオン化法。
【請求項8】
請求項4~7のいずれか一項に記載のイオン化法の前記第1工程、前記第2工程及び前記第3工程と、
前記第3工程においてイオン化された前記成分を検出する第4工程と、を含む、質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、試料支持体、イオン化法、及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析等を行うために生体試料等の試料をイオン化する方法として、脱離エレクトロスプレーイオン化法(DESI:Desorption Electrospray Ionization)が知られている(例えば、特許文献1参照)。脱離エレクトロスプレーイオン化法は、試料に対して、帯電した微小液滴(charged-droplets)を照射することにより、試料を脱離・イオン化する方法である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-165116号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
脱離エレクトロスプレーイオン化法では、例えば質量分析において信号強度(感度)の向上を図るために、試料の成分を適切にイオン化することが求められている。
【0005】
本開示は、試料の成分を好適にイオン化することができる試料支持体及びイオン化法、並びに信号強度の向上を図ることができる質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一側面に係る試料支持体は、試料のイオン化用の試料支持体である。この試料支持体は、電気絶縁性を有する第1表面と、第1表面とは反対側の第2表面と、少なくとも第1表面に開口する不規則な多孔質構造と、を有する基板を備える。
【0007】
上記試料支持体では、基板の第1表面が電気絶縁性を有している。これにより、第1表面に転写された試料に対して帯電した微小液滴を照射する方法(脱離エレクトロスプレーイオン法)により、当該試料の脱離・イオン化を好適に行うことができる。更に、基板には、第1表面に開口する不規則な多孔質構造が形成されている。これにより、第1表面に転写された試料を多孔質構造内に適度に拡散させ、第1表面上に留まる試料の量を適切に調整することができる。以上により、上記試料支持体によれば、試料の成分を好適にイオン化することができる。
【0008】
多孔質構造は、複数の粉体の集合体によって形成されていてもよい。これにより、第1表面に転写された試料を、集合体を構成する各粉体の表面に適切に留めることができる。
【0009】
第1表面には、絶縁性のコーティングが施されていてもよい。また、多孔質構造は、金属からなる複数の粉体の集合体によって形成されていてもよい。この場合、絶縁性のコーティングによって、基板の第1表面を電気絶縁性にすることができるため、導電性を有する材料で形成された基板を用いることが可能となる。すなわち、基板材料の選択の自由度を向上させることができる。
【0010】
粉体は、ガラス、金属酸化物、又は絶縁コーティングされた金属からなってもよい。また、粉体は、ガラスビーズであってもよい。この場合、上述した不規則な多孔質構造を有する基板を好適且つ安価に得ることができる。
【0011】
多孔質構造は、第1表面及び第2表面を連通するように形成されていてもよい。この場合、第1表面に転写された試料の余剰成分を第1表面側から第2表面側へとより好適に逃がすことができる。
【0012】
本開示の他の側面に係るイオン化法は、電気絶縁性を有する第1表面と、第1表面とは反対側の第2表面と、少なくとも第1表面に開口する不規則な多孔質構造と、を有する基板を備える試料支持体を用意する第1工程と、第1表面に試料を転写する第2工程と、第1表面に対して、帯電した微小液滴を照射することにより、転写された試料の成分をイオン化し、イオン化された成分を吸引する第3工程と、を含む。
【0013】
上記イオン化法では、試料支持体の基板の第1表面が電気絶縁性の部材であるため、例えば高電圧が印加された微小液滴照射部を第1表面に近付けても、微小液滴照射部と試料支持体との間での放電の発生が抑制される。また、上述したように、基板2が不規則な多孔質構造を有することにより、第1表面上に留まる試料の量を適切に調整することができる。よって、このイオン化法によれば、微小液滴照射部を第1表面に近付けて第1表面に対して帯電した微小液滴を照射することにより、第1表面に転写された試料の成分を好適にイオン化することができる。
【0014】
多孔質構造は、複数の粉体の集合体によって形成されていてもよく、第2工程において、粉体の表面に、試料の成分が保持されてもよい。これにより、第1表面に転写された試料を、集合体の表面に適切に留めることができる。その結果、第3工程において、当該試料の成分を好適にイオン化することができる。
【0015】
上記イオン化法では、第3工程においては、第1表面に対して、帯電した微小液滴の照射領域を相対的に移動させてもよい。基板の第1表面側に留まっている試料の成分においては、試料の位置情報(試料を構成する分子の二次元分布情報)が維持されている。したがって、第1表面に対して、帯電した微小液滴の照射領域を相対的に移動させることにより、試料の位置情報を維持しつつ試料の成分をイオン化することができる。これにより、イオン化された成分を検出する後段の工程において、試料を構成する分子の二次元分布を画像化することができる。更に、上述したように微小液滴照射部を第1表面に近付けることが可能であるため、帯電した微小液滴の照射領域が拡大するのを抑制することができる。これにより、イオン化された成分を検出する後段の工程において、試料を構成する分子の二次元分布を高分解能で画像化することができる。
【0016】
本開示の更に他の側面に係る質量分析方法は、上述したイオン化法の第1工程、第2工程及び第3工程と、第3工程においてイオン化された成分を検出する第4工程と、を備える。
【0017】
上記質量分析方法では、上述したように、帯電した微小液滴の照射によって試料の成分が好適にイオン化されるため、イオン化された成分を検出する際における信号強度の向上を図ることができる。
【発明の効果】
【0018】
本開示によれば、試料の成分を好適にイオン化することができる試料支持体及びイオン化法、並びに信号強度の向上を図ることができる質量分析方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】一実施形態の試料支持体を示す斜視図である。
図2図1に示される領域Aの拡大像である。
図3】ビーズ集合体における接合部の径とビーズ径とを示す図である。
図4】一実施形態の質量分析方法における第2工程を示す図である。
図5】一実施形態の質量分析方法が実施される質量分析装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、各図において同一又は相当部分には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0021】
[試料支持体]
図1に示されるように、試料支持体1は、基板2を備えている。一例として、基板2は、矩形板状に形成されている。基板2は、第1表面2aと、第1表面2aとは反対側の第2表面2bと、を有している。第1表面2aは、電気絶縁性を有している。本実施形態では、基板2は、電気絶縁性の部材である。このため、第1表面2aだけでなく、基板2の全体が電気絶縁性を有している。基板2の厚さ(第1表面2aから第2表面2bまでの距離)は、例えば100μm~1500μm程度である。
【0022】
図2に示されるように、基板2には、第1表面2aに開口する不規則な多孔質構造3が形成されている。不規則な多孔質構造とは、例えば、空隙(細孔)が不規則な方向に延びると共に3次元上において不規則に分布している構造である。例えば、第1表面2a側の1つの入口(開口)から基板2内に入って複数の経路に枝分かれするような構造、或いは、第1表面2a側の複数の入口(開口)から基板2内に入って1つの経路に合流するような構造等も、上記不規則な多孔質構造に含まれる。一方、例えば第1表面2aから第2表面2bにかけて基板2の厚み方向に沿って延びる複数の細孔が主要な細孔として設けられた構造(すなわち、主に一方向に延びる細孔によって構成された規則的な構造)は、不規則な多孔質構造には含まれない。
【0023】
多孔質構造3は、例えば、複数の粉体の集合体によって形成されている。複数の粉体の集合体とは、複数の粉体が互いに接触するように集められた構造である。複数の粉体の集合体の例として、複数の粉体同士が接着又は接合された構造が挙げられる。本実施形態では、多孔質構造3は、複数のビーズ4が互いに接合されることで形成されたビーズ集合体(集合体)である。すなわち、基板2は、複数のビーズ4を互いに接合すると共に矩形板状に成形することで得られるビーズ集合体(多孔質構造3)によって構成されている。多孔質構造3は、複数のビーズ4が占める部分と、複数のビーズ4の間の隙間Sと、を有している。
【0024】
本実施形態では、ビーズ4は、ガラスビーズである。この場合、ビーズ集合体は、例えば、複数のガラスビーズ(ビーズ4)の焼結体である。本実施形態では、基板2の全体が多孔質構造3によって構成されている。すなわち、基板2の第1表面2aから第2表面2bまでの全域に亘って、多孔質構造3が形成されている。これにより、多孔質構造3は、第1表面2a及び第2表面2bを連通するように形成されている。
【0025】
図3に示されるように、互いに隣接するビーズ4同士は、互いに接合(融着)されている。ここで、基板2は、後述するイオン化法の第2工程(試料S1(図4参照)の転写)を実施可能な程度の剛性を有している。基板2の剛性が不十分な場合、試料S1を第1表面2aに押し付けた際、又は試料S1を第1表面2aから剥がす際等に、基板2が破損する可能性がある。そこで、基板2は、試料S1(図4参照)の転写(すなわち、第1表面2aに対して試料S1を押し付ける操作、及び第1表面2aから試料S1を剥がす操作)に耐え得る剛性(すなわち、試料S1の転写によって基板2が破損しない程度の剛性)を有している。本実施形態では、このような剛性を確保するために、互いに隣接するビーズ4同士の接合部5の平均径(各接合部5の径d1の平均)は、ビーズ4の平均径(各ビーズ4の径d2の平均)の1/10以上且つビーズ4の平均径未満とされている。
【0026】
[イオン化法及び質量分析方法]
試料支持体1を用いたイオン化法及び質量分析方法について説明する。まず、試料のイオン化用の試料支持体として、上述した試料支持体1を用意する(第1工程)。試料支持体1は、イオン化法及び質量分析方法の実施者によって製造されることにより用意されてもよいし、試料支持体1の製造者又は販売者等から譲渡されることにより用意されてもよい。
【0027】
続いて、図4に示されるように、基板2の第1表面2aに試料S1を転写する(第2工程)。図4の例では、試料S1は、果物(レモン)の切片である。例えば、試料S1を基板2の第1表面2aに押し付けることにより、試料S1の一部を、第1表面2a上に付着させる。
【0028】
続いて、図5に示されるように、質量分析装置10のイオン化室20内のステージ21上に、スライドグラス6及び試料支持体1を載置する。続いて、基板2の第1表面2aのうち転写された試料S1が存在する領域を含む領域(以下「対象領域」という。)に対して、帯電した微小液滴Iを照射することにより、第1表面2a上の成分Sa1をイオン化し、イオン化された成分である試料イオンS2を吸引する(第3工程)。本実施形態では、例えばステージ21をX軸方向及びY軸方向に移動させることにより、対象領域に対して、帯電した微小液滴Iの照射領域I1を相対的に移動させる(つまり、対象領域に対して、帯電した微小液滴Iを走査する)。以上の第1工程、第2工程及び第3工程が、試料支持体1を用いたイオン化法(本実施形態では、脱離エレクトロスプレーイオン化法)に相当する。
【0029】
イオン化室20内では、ノズル22から、帯電した微小液滴Iが噴射され、イオン輸送管23の吸引口から試料イオンS2が吸引される。ノズル22は、二重筒構造を有している。ノズル22の内筒には、高電圧が印加された状態で溶媒が案内される。これにより、ノズル22の先端に達した溶媒に、片寄った電荷が付与される。ノズル22の外筒には、ネブライズガスが案内される。これにより、溶媒が微小液滴となって噴霧され、溶媒が気化する過程で生成された溶媒イオンが、帯電した微小液滴Iとして出射される。
【0030】
イオン輸送管23の吸引口から吸引された試料イオンS2は、イオン輸送管23によって質量分析室30内に輸送される。質量分析室30内は、高真空雰囲気(真空度10-4Torr以下の雰囲気)の条件下にある。質量分析室30内では、試料イオンS2がイオン光学系31で収束され、高周波電圧が印加された四重極質量フィルタ32に導入される。高周波電圧が印加された四重極質量フィルタ32に試料イオンS2が導入されると、当該高周波電圧の周波数によって決定される質量数を有するイオンが選択的に通過させられ、通過させられたイオンが検出器33で検出される(第4工程)。四重極質量フィルタ32に印加する高周波電圧の周波数を走査することにより、検出器33に到達するイオンの質量数を順次変化させて、所定の質量範囲の質量スペクトルを得る。本実施形態では、帯電した微小液滴Iの照射領域I1の位置に対応するように検出器33にイオンを検出させて、試料S1を構成する分子の二次元分布を画像化する。以上の第1工程、第2工程、第3工程及び第4工程が、試料支持体1を用いた質量分析方法に相当する。
【0031】
[作用及び効果]
上述した試料支持体1では、基板2の第1表面2aが電気絶縁性を有している。これにより、第1表面2aに転写された試料S1に対して帯電した微小液滴を照射する方法(脱離エレクトロスプレーイオン法)により、当該試料の脱離・イオン化を好適に行うことができる。更に、基板2には、第1表面2aに開口する不規則な多孔質構造3が形成されている。これにより、第1表面2aに転写された試料S1を多孔質構造3内に適度に拡散させ、第1表面2a上に留まる試料S1の量を適切に調整することができる。以上により、試料支持体1によれば、試料S1の成分を好適にイオン化することができる。
【0032】
また、多孔質構造3は、複数のビーズ4(粉体)が互いに接合されることで形成されたビーズ集合体(集合体)である。これにより、第1表面2aに転写された試料S1の成分を、ビーズ集合体を構成する各ビーズ4の表面に適切に留めることができる。また、本実施形態では、試料S1の成分をビーズ4同士の接合部5上(例えば、互いに隣接するビーズ4同士によって形成された窪み部分)にも適切に留めることができる。
【0033】
また、多孔質構造3を構成する粉体(本実施形態ではビーズ4)は略球状であり、ビーズ集合体におけるビーズ4同士の接合部5の平均径(各接合部5の径d1(図3参照)の平均)は、ビーズ4の平均径(各ビーズ4の径d2(図3参照)の平均)の1/10以上且つビーズ4の平均径未満である。これにより、ビーズ集合体における接合部5の強度を確保することができ、第1表面2aに対する試料S1の転写に耐え得る基板強度(剛性)を確保することができる。また、このように基板2の剛性を確保することにより、基板2を支持するためのフレーム部材等を不要とすることもできる。なお、基板2の剛性を確保するために、上記条件を満たすように粉体同士が接合されることは必須ではない。例えば、多孔質構造3を構成する粉体としてセラミック粉体(金属酸化物)を用いる場合には、粉体同士が上記の条件を満たすように接合されていなくても、基板2の十分な剛性を確保し得る。
【0034】
また、ビーズ4は、ガラスビーズである。この場合、上述した不規則な多孔質構造3を有する基板2を好適且つ安価に得ることができる。
【0035】
また、多孔質構造3は、第1表面2a及び第2表面2bを連通するように形成されている。この場合、第1表面2aに転写された試料S1の余剰成分を第1表面2a側から第2表面2b側へとより好適に逃がすことができる。これにより、第1表面2a上に留まる試料S1の量をより適切に調整することができる。
【0036】
また、試料支持体1を用いたイオン化法(第1工程~第3工程)では、試料支持体1の基板2の第1表面2aが電気絶縁性の部材であるため、例えば高電圧が印加された微小液滴照射部であるノズル22を第1表面2aに近付けても、ノズル22と試料支持体1との間での放電の発生が抑制される。また、上述したように、基板2が不規則な多孔質構造3を有することにより、第1表面2a上に留まる試料S1の量を適切に調整することができる。よって、このイオン化法によれば、ノズル22を第1表面2aに近付けて第1表面2aに対して帯電した微小液滴を照射することにより、第1表面2aに転写された試料S1の成分を好適にイオン化することができる。
【0037】
また、多孔質構造3は、複数のビーズ4が互いに接合されることで形成されたビーズ集合体であり、第2工程において、ビーズ4の表面に、試料S1の成分が保持される。これにより、第1表面2aに転写された試料S1を、ビーズ集合体(多孔質構造3)の表面に適切に留めることができる。その結果、第3工程において、当該試料S1の成分を好適にイオン化することができる。なお、上述した通り、本実施形態では、ビーズ4同士の接合部5上にも、試料S1の成分を適切に留めることができる。
【0038】
また、上記イオン化法では、第3工程においては、第1表面に対して、帯電した微小液滴Iの照射領域I1を相対的に移動させる。基板2の第1表面2a側に留まっている試料S1の成分においては、試料S1の位置情報(試料S1を構成する分子の二次元分布情報)が維持されている。したがって、第1表面2a(対象領域)に対して、帯電した微小液滴Iの照射領域I1を相対的に移動させることにより、試料S1の位置情報を維持しつつ試料S1の成分をイオン化することができる。これにより、試料イオンS2を検出する後段の工程において、試料S1を構成する分子の二次元分布を画像化することができる。更に、上述したようにノズル22を第1表面2aに近付けることが可能であるため、帯電した微小液滴Iの照射領域I1が拡大するのを抑制することができる。これにより、試料イオンS2を検出する後段の工程において、試料S1を構成する分子の二次元分布を高分解能で画像化することができる。
【0039】
また、試料支持体1を用いた質量分析方法では、上述したように、帯電した微小液滴Iの照射によって試料S1の成分が好適にイオン化されるため、試料イオンS2を検出する際における信号強度の向上を図ることができる。
【0040】
[変形例]
本開示は、上述した実施形態に限定されない。例えば、上記実施形態では、試料支持体1は、基板2のみを含んで構成されたが、試料支持体1は、基板2以外の部材を含んでもよい。例えば、基板2の一部(例えば隅部等)に、基板2を支持するための支持部材(フレーム等)が設けられてもよい。
【0041】
また、試料S1は、上記実施形態で例示した果物(レモン)の切片に限られない。試料S1は、平坦な表面を有するものであってもよいし、凹凸のある表面を有するものであってもよい。また、試料S1は、果物以外であってもよく、例えば植物の葉等であってもよい。この場合、試料S1である葉の表面の成分を第1表面2aに転写することにより、当該葉の表面(葉脈)のイメージング質量分析を行うことが可能となる。
【0042】
また、上記実施形態では、基板2の全体が、ビーズ集合体である多孔質構造3によって構成されたが、多孔質構造3は、基板2の一部に形成されてもよい。例えば、多孔質構造3は、基板2において試料Saを転写するための測定領域として定められた中央部分の領域(第1表面2aの一部の領域)のみに形成されてもよく、基板2のその他の部分には多孔質構造3が形成されていなくてもよい。また、多孔質構造3は、第1表面2aから第2表面2bまでの全域に亘って形成されていなくてもよい。すなわち、多孔質構造3は、少なくとも第1表面2aに開口していればよく、第2表面2bに開口していなくてもよい。例えば、基板2は、平板状のプレートと、プレート上に設けられた多孔質構造と、によって構成されてもよい。一例として、基板2は、ガラスプレートと、ガラスプレート上に設けられたガラスビーズ集合体(多孔質構造)と、によって構成されてもよい。
【0043】
また、上記実施形態では、基板2が絶縁性材料によって形成されていることにより、第1表面2aが電気絶縁性を有していたが、基板2は、導電性材料によって形成されてもよい。この場合、基板2の第1表面2aに電気絶縁性のコーティングが施されることによって、第1表面2aが電気絶縁性を有する構成が実現されてもよい。このような絶縁性のコーティングを施すことによって、基板2の第1表面2aを電気絶縁性にすることができるため、導電性を有する材料で形成された基板2を用いることが可能となる。例えば、この場合、多孔質構造3は、金属からなる複数の粉体の集合体によって形成されてもよい。このように、電気絶縁性のコーティングを設ける場合には、基板材料の選択の自由度を向上させることができる。
【0044】
また、多孔質構造3を構成する粉体の材料としては、例えば、ガラス、金属酸化物(例えばアルミナ等)、又は絶縁コーティングされた金属等が用いられてもよい。また、多孔質構造3を構成する粉体は、略球状のビーズに限られず、略球状以外の形状を有してもよい。
【符号の説明】
【0045】
1…試料支持体、2…基板、2a…第1表面、2b…第2表面、3…多孔質構造、4…ビーズ(粉体)、5…接合部、S1…試料、S2…試料イオン(イオン化された成分)。
図1
図2
図3
図4
図5