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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-15
(45)【発行日】2023-12-25
(54)【発明の名称】RFイオントラップイオン装填方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/00 20060101AFI20231218BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20231218BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20231218BHJP
【FI】
H01J49/00 500
H01J49/42 250
H01J49/42 150
H01J49/42 900
H01J49/42
G01N27/62 E
【請求項の数】 26
(21)【出願番号】P 2021510697
(86)(22)【出願日】2019-09-04
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-01-04
(86)【国際出願番号】 IB2019057463
(87)【国際公開番号】W WO2020049490
(87)【国際公開日】2020-03-12
【審査請求日】2022-09-01
(31)【優先権主張番号】62/728,642
(32)【優先日】2018-09-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】510075457
【氏名又は名称】ディーエイチ テクノロジーズ デベロップメント プライベート リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 夏樹
(72)【発明者】
【氏名】グナ, ミルシア
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特表2011-511274(JP,A)
【文献】特表2015-503825(JP,A)
【文献】James W. Hager,A new linear ion trap mass spectrometer,Rapid Communications in Mass Spectrometry,2002年02月04日,volume 16, issue 6, pages 512-526
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析計内でイオンを処理する方法であって、
1つ以上の前駆体イオンを衝突セルの中に導入することにより、複数のイオン断片への前記イオンの少なくとも一部の断片化を生じさせることであって、前記衝突セルは、複数のロッドを備え、前記イオン断片の少なくとも一部を半径方向に閉じ込めるために、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、ことと、
閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を優先的に半径方向に閉じ込めるように、前記衝突セルに印加される前記RF電圧を選択することと、
前記高m/zイオンを優先的に半径方向に閉じ込めるように、下流分析器イオントラップの少なくとも1つのロッドに印加される少なくとも1つのRF電圧を選択することと、
前記イオンを前記衝突セルから前記下流分析器イオントラップの中に放出することと、
前記分析器イオントラップによって前記衝突セルから受容される前記イオンの冷却を促すように、圧力パルスを前記分析器イオントラップに印加することと、
続いて、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧を、前記閾値を下回るm/z比を有するイオン(「低m/zイオン」)を半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させることと、
複数の前駆体イオンを前記衝突セルの中に導入し、複数のイオン断片を発生させることと、
前記イオンを前記衝突セルから前記分析器イオントラップの中に導入することと、
質量選択的軸方向射出を使用して、前記イオンを前記分析器イオントラップから放出することと
を含む、方法。
【請求項2】
前記圧力パルスは、前記分析器イオントラップの中への前記断片イオンの導入と並行して、前記下流分析器イオントラップに印加される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分析器イオントラップへの前記圧力パルスの印加は、前記分析器イオントラップの中への前記イオンの導入に対して遅延される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記分析器イオントラップへの前記圧力パルスの印加は、前記分析器イオントラップの中への前記イオンの導入に先立って開始される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記分析器イオントラップから放出される前記イオンは、前記断片イオンを備え、残りの前駆体イオンの少なくとも一部は、前記分析器イオントラップ内に含有される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
イオンを発生させるためのイオン源を使用することと、
前記衝突セルの中への導入のために、フィルタを使用して、所望のm/z比を有する前駆体イオンを前記発生されるイオンから選択することと
をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記フィルタは、RF/DCフィルタを備える、請求項に記載の方法。
【請求項8】
前記衝突セル内の前記イオンの軸方向閉じ込めを提供するために、軸方向場を前記衝突セルにさらに印加する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧は、約0.16を上回るマシューパラメータ(q)を発生させるように選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記低m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧は、約0.906を下回り、約0.05を上回る、マシューパラメータ(q)を発生させるように選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記ガス圧力パルスは、少なくとも約2ミリ秒にわたって、前記分析器イオントラップの内圧を少なくとも約100%増加させる、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記イオン断片は、約50に等しいまたはそれを上回るm/z比を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記イオン断片は、約1,000に等しいまたはそれ未満のm/z比を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
質量分析計であって、
複数の前駆体イオンを受容し、その断片化を生じさせて複数のイオン断片を発生させるための衝突セルであって、前記衝突セルは、複数のロッドを備え、前記イオン断片を前記衝突セル内に半径方向に閉じ込めるために、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が、印加され、電磁場を発生させ得る、衝突セルと、
前記衝突セル内で発生される前記イオン断片の少なくとも一部を受容するための下流分析器イオントラップと、
その中に含有されるイオンを半径方向に閉じ込めるために、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップにRF電圧を印加するための少なくとも1つのRF電圧源と、
前記下流分析器イオントラップと連通する、パルス式ガス源と、
前記RF電圧源および前記パルス式ガス源と通信する、コントローラと
を備え、
前記コントローラは、イオンを処理するために、以下のステップ:
記衝突セルおよび前記分析器イオントラップに、その中に含有される高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために好適なRF電圧を印加することを前記RF電圧源に行わせるステップと、
片イオンが、前記衝突セルから前記下流分析器イオントラップの中に導入され、前記イオンの冷却を生じさせるとき、ガス圧力パルスを前記下流分析器イオントラップに印加することを前記パルス式ガス源に行わせるステップと、
続いて、記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧を、低m/zイオン断片を優先的に半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させることを前記RF電圧源に行わせるステップと
を実施するように構成されている、質量分析計。
【請求項15】
前記コントローラは、前記ステップの実施に続いて、前記イオンの質量選択的軸方向射出を前記分析器イオントラップから生じさせるように構成されている、請求項14に記載の質量分析計。
【請求項16】
イオンを発生させるためのイオン源をさらに備える、請求項14に記載の質量分析計。
【請求項17】
前記衝突セルの中への導入のために、前記イオンを受容し、前記複数の前駆体イオンを選択するための質量フィルタをさらに備える、請求項16に記載の質量分析計。
【請求項18】
前記質量フィルタは、RF/DC質量フィルタを備える、請求項17に記載の質量分析計。
【請求項19】
前記衝突セルは、四重極構成に配列された複数のロッドを備える、請求項14に記載の質量分析計。
【請求項20】
前記分析器イオントラップは、四重極構成に配列された複数のロッドを備える、請求項14に記載の質量分析計。
【請求項21】
前記断片イオンは、約50を上回るm/z比を有する、請求項14に記載の質量分析計。
【請求項22】
前記断片イオンは、約1,000未満のm/z比を有する、請求項21に記載の質量分析計。
【請求項23】
前記断片イオンは、約3,000未満のm/z比を有する、請求項21に記載の質量分析計。
【請求項24】
前記少なくとも1つのRF電圧源は、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに容量結合されている、請求項14に記載の質量分析計。
【請求項25】
第1のイオントラップと、前記第1のイオントラップの下流に位置付けられた第2の分析器イオントラップとを有する、質量分析計内でイオンを処理する方法であって、前記イオントラップのそれぞれは、複数のロッドを有し、イオンの少なくとも一部を前記トラップ内に半径方向に閉じ込めるために、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得、前記方法は、
閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を優先的に半径方向に閉じ込めるように、RF電圧を前記第1のイオントラップに印加することと、
前記高m/zイオンのイオンを優先的に半径方向に閉じ込めるように、RF電圧を前記下流分析器イオントラップに印加することと、
複数のイオンを前記第1のイオントラップの中に導入することと、
前記捕獲されたイオンの少なくとも一部を前記第1のイオントラップから放出し、前記放出されたイオンを前記下流分析器イオントラップの中に導入することと、
前記下流分析器イオントラップによって受容される前記イオンの冷却を促すように、圧力パルスを前記下流分析器イオントラップに印加することと、
続いて、前記第1のイオントラップおよび前記下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧を、前記閾値を下回るm/z比を有するイオン(「低m/zイオン」)を半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させることと、
複数のイオンを前記第1のイオントラップの中に導入することと、
前記イオンの少なくとも一部を前記第1のイオントラップから放出し、前記放出されたイオンを前記下流分析器イオントラップの中に導入することと、
質量選択的軸方向射出を使用して、前記イオンを前記下流分析器イオントラップから放出することと
を含む、方法。
【請求項26】
複数のロッドを備える分析器イオントラップを有する質量分析計内でイオンを処理する方法であって、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得、前記方法は、
閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を優先的に半径方向に獲するように構成された電磁場を発生させるように、RF電圧を前記少なくとも1つのロッドに印加するステップと、
複数のイオンを前記分析器イオントラップの中に導入するステップと、
圧力パルスを前記分析器イオントラップに印加し、前記イオントラップ内の前記イオンの冷却を促進するステップと、
前記閾値を下回るm/z比を有するイオン(「低m/zイオン」)を優先的に半径方向に捕獲するように構成された電磁場を発生させるように、前記分析器イオントラップに印加される前記RF電圧を低減させるステップと、
複数のイオンを前記分析器イオントラップの中に導入するステップと、
質量選択的軸方向射出を使用して、前記イオンを前記イオントラップから放出するステップと
を含む、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本願は、参照することによってその全体として本明細書に組み込まれる、2018年9月7日に出願され、「RF Ion Trap Ion Loading Method」と題された、米国仮出願第62/728,642号の優先権を主張する。
【0002】
本教示は、概して、質量分析計内のイオントラップ、例えば、線形イオントラップ(LIT)の中への広範囲のm/z比を有するイオンの効率的輸送のための方法およびシステムに関連する。
【背景技術】
【0003】
(背景)
質量分析法(MS)は、定質的および定量的用途の両方を伴う、分子の質量/電荷比を測定するための分析技法である。MSは、未知の化合物を識別し、その断片化を観察することによって特定の化合物の構造を判定し、サンプル中の特定の化合物の量を定量化するために有用であり得る。質量分析計は、検体と荷電イオンの変換がサンプル処理の間に生じなければならないようなイオンとして化学実体を検出する。
【0004】
タンデム質量分析法(MS/MS)では、イオン源から発生されるイオンは、質量分析法の第1の段階において、質量選択されることができ(前駆体イオン)、前駆体イオンは、第2の段階において、断片化され、生成イオンを発生させることができる。生成イオンは、次いで、検出および分析されることができる。
【0005】
ある場合には、上流質量フィルタによって選択された前駆体イオンは、その中でそれらが断片化を受ける衝突セルとして機能する、RFイオントラップの中に導入されることができる。断片化されたイオンは、次いで、下流LITによって受容され、そのm/z比に従って、例えば、質量選択的軸方向射出(MSAE)を介して放出され、下流検出器によって検出されることができる。
【0006】
しかしながら、従来の線形イオントラップは、低有効捕獲電位に起因して、低印加RF電圧では、大m/zイオンに関して不良捕獲効率を呈し得る。印加されるRF電圧を増加させることは、大m/zイオンの捕獲効率を増加させることができるが、より高い印加RF電圧では、低m/zイオンの運動が不安定になり得るため、低m/zイオンの捕獲に悪影響を及ぼし得る。その結果、線形イオントラップの質量範囲は、典型的には、別個のサンプル工程を使用して解析され、ともに繋ぎ戻され、広範囲のm/z比を有するイオンを処理することが可能である。しかしながら、質量範囲のそのような解析は、デューティサイクルおよび感度を減少させ得る。
【0007】
故に、質量分析法において使用するためのイオントラップを装填するための改良された方法およびシステムの必要性が存在する。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
(要約)
一側面では、質量分析計内でイオンを処理する方法が、開示され、方法は、1つ以上の前駆体イオンを衝突セルの中に導入することにより、複数のイオン断片への該イオンの少なくとも一部の断片化を生じさせることを含み、衝突セルは、イオン断片の少なくとも一部を半径方向に閉じ込めるために、そのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、複数のロッドを有し得る。実施例として、衝突セルは、イオンをその中に半径方向に閉じ込めるために、それに対してRF電圧が印加され得る、四重極ロッドセットを含むことができる。衝突セルに印加されるRF電圧は、最初に、閾値を上回るm/z比を有するイオン断片(本明細書では、高m/z断片と称される)を半径方向に閉じ込めるように選択される。分析器イオントラップ、例えば、線形イオントラップは、衝突セルの下流に位置付けられ、分析器イオントラップは、イオンをその中に半径方向に閉じ込めるために、そのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、複数のロッドを含む。衝突セルと同様に、最初に、分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、該閾値を追上回るm/z比を有するイオン断片、すなわち、高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるように選択される。
【0009】
イオン断片は、次いで、衝突セルから下流分析器イオントラップの中に放出されることができる。分析器イオントラップの中へのイオンの導入または分析器イオントラップの中へのそのようなイオンの導入に対する遅延と実質的に同時に、ガス圧力パルスが、分析器イオントラップによって受容されるイオン断片(ある場合には、複数の前駆体イオン)の冷却を促すように、分析器イオントラップに印加され得る。いくつかの実施形態では、ガス圧力パルスの印加は、分析器イオントラップの内圧を少なくとも約1.5倍、例えば、約1.5~約10の範囲内の倍数で上昇させることができる。
【0010】
続いて、衝突セルおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、該閾値を下回るm/z比を有するイオン(本明細書では、低m/z断片と称される)を半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減されることができる。
【0011】
この後に、複数の断片イオンを発生させ、断片イオンを衝突セルから下流分析器イオントラップの中に放出するために、衝突セルの中への前駆体イオンの導入が続くことができる。このように、分析器イオントラップは、高m/zおよび低m/zイオンで効率的に装填されることができる。
【0012】
続いて、分析器イオントラップ内に含有される、イオンは、例えば、選択的質量軸方向射出(MSAE)を介して放出され、下流検出器によって受容されることができる。イオンは、下流検出器によって検出され、質量スペクトルを発生させることができる。
【0013】
いくつかの実施形態では、高m/zイオンは、約300を上回る、例えば、約300~約1,000の範囲内のm/z比を有し、低m/zイオンは、約300に等しいまたはそれ未満、例えば、約50~約300の範囲内のm/z比を有する。
【0014】
いくつかの実施形態では、衝突セルおよび分析器イオントラップのいずれかに印加されるRF電圧の周波数は、例えば、約0.3MHz~約2MHzの範囲内であることができる。いくつかの実施形態では、高m/zイオン、例えば、約300を上回るm/z比を半径方向に閉じ込めるために好適なRF電圧の振幅は、例えば、0.3MHzにおける約43.5V0-peak~2MHzにおける約1933V0-peakの範囲内であることができ、低m/zイオン、例えば、約50~約300の範囲内のm/z比を半径方向に閉じ込めるために好適なRF電圧の振幅は、例えば、約7~約322V0-peakの範囲内であることができる。上記の電圧は、4.17mmの内接r半径を有する、四重極アレイに対応する。いくつかの実施形態では、該高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために、衝突セルおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、着目質量窓内の最高m/zイオンのために約0.27を上回るマシューパラメータ(q)を発生させるように選択される。
【0015】
いくつかの実施形態では、軸方向場が、衝突セル内のイオンの軸方向閉じ込めのために、例えば、衝突セルの出射出口に近接して位置付けられる電極へのDC電圧の印加を介して、衝突セル印加され得る。
【0016】
いくつかの実施形態では、イオン源、例えば、大気圧力イオン化源が、複数の前駆体イオンを発生させるために採用されることができる。いくつかのそのような実施形態では、フィルタ、例えば、RF/DCフィルタが、衝突セルの中への導入のために、イオン源によって発生されるイオンから、所望の範囲内のm/z比を有する複数の前駆体イオンを選択するために採用されることができる。
【0017】
関連側面では、質量分析計内でイオンを処理する方法が、開示され、質量分析計は、第1のイオントラップと、該第1のイオントラップの下流に位置付けられる、第2の分析器イオントラップとを含み、該イオントラップのそれぞれは、イオンの少なくとも一部を該トラップ内に半径方向に閉じ込めるために、そのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、複数のロッドを有する。方法は、閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を半径方向に閉じ込めるように、1つ以上のRF電圧を第1のイオントラップおよび第2のイオントラップに印加することを含むことができる。複数のイオンは、第1のイオントラップの中に導入され、いくつかの実施形態では、イオンは、第1のイオントラップ内で衝突冷却を受けることができる。この後に、イオンの少なくとも一部を第1のイオントラップから放出し、それらのイオンを下流分析器イオントラップの中に導入することが続くことができる。分析器イオントラップの中へのイオンの導入または分析器イオントラップの中へのイオンのそのような導入に対する遅延と実質的に同時に、ガス圧力パルスが、下流分析器イオントラップに印加され、分析器イオントラップによって受容されるイオンの冷却を促し得る。いくつかの実施形態では、分析器イオントラップへのガス圧力パルスの印加は、その内圧を少なくとも約1.5倍、例えば、約1.5~約10の範囲内の倍数で増加させることができる。
【0018】
続いて、第1のイオントラップおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、該閾値を下回るm/z比を有するイオンを半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減されることができる。言い換えると、第1のイオントラップおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、これらのトラップが、高m/zイオンを半径方向に捕獲することを可能にする一方、低m/zイオンは、例えば、イオントラップのロッドに衝打することによって、喪失される確率がより高い。
【0019】
第1のイオントラップおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、次いで、該閾値を下回るm/z比を有するイオン、すなわち、低m/zイオンを半径方向に閉じ込めるために好適であろうレベルまで低減されることができる。複数のイオンが、次いで、第1のイオントラップの中に導入される、次いで、第1のイオントラップから放出され、下流分析器イオントラップの中に導入されることができる。随意に、別のガス圧力パルスが、分析器イオントラップに印加され、イオンの冷却をその中で生じさせ得る。このように、分析器イオントラップは、高m/zおよび低m/zイオンの両方で装填されることができる。
【0020】
続いて、イオンは、例えば、MSAEを介して、下流分析器イオントラップから放出され、質量スペクトルを発生させるためにイオンを検出し得る、イオン検出器によって受容されることができる。
【0021】
関連側面では、イオンを質量分析計の質量分析器の中に導入する方法が、開示され、質量分析器は、イオンをその中に半径方向に閉じ込めるために、それに対して1つ以上のRF電圧が印加され得る、複数のロッド、例えば、四重極ロッドのセットを含む。方法は、閾値を上回るm/z比を有するイオンを半径方向に捕獲するように構成される(すなわち、高m/zイオンを半径方向に閉じ込めるために好適な)電磁場を発生させるように、RF電圧を質量分析器の該少なくとも1つのロッドに印加することと、複数のイオンを質量分析器の中に導入することとを含むことができる。ガス圧力パルスが、質量分析器に印加され、質量分析器内のイオンの冷却を促進し得る。質量分析器に印加されるRF電圧は、次いで、該閾値を下回るm/z比を有するイオンを半径方向に捕獲するために好適な(すなわち、低m/zイオンを半径方向に閉じ込めるために好適な)電磁場を発生させるように低減されることができる。複数のイオンは、次いで、質量分析器の中に導入されることができる。随意に、別のガス圧力パルスが、質量分析器に印加され、その中に含有されるイオンを冷却し得る。このように、質量分析器は、高および低m/zイオンの両方で装填されることができる。イオンは、次いで、例えば、MSAEを介して、質量分析器から放出され、下流イオン検出器によって検出されることができる。
【0022】
関連側面では、質量分析計が、開示され、質量分析計は、複数の前駆体イオンを受容し、その断片化を生じさせて複数のイオン断片を発生させるための衝突セルを備え、該衝突セルは、複数のロッドを備え、イオン断片を該衝突セル内に半径方向に閉じ込めるために、複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が、印加され、電磁場を発生させ得る。衝突セルの下流に位置付けられる、分析器イオントラップは、衝突セル内で発生されるイオン断片の少なくとも一部を受容することができる。質量分析計はさらに、イオンをその中に半径方向に閉じ込めるために、1つ以上のRF電圧を衝突セルおよび下流分析器イオントラップに印加するための少なくとも1つのRF電圧源を含む。質量分析計はまた、ガス圧力パルスをイオントラップに印加し、その中に含有されるイオンの冷却を生じさせるために、該下流分析器イオントラップと流体連通する、パルス式ガス源を含む。
【0023】
コントローラは、RF電圧源およびパルス式ガス源と通信する。コントローラは、イオンを処理するために、以下のステップ:RF電圧源に、高m/zイオンをその中に半径方向に閉じ込めるために好適なRF電圧を衝突セルおよび分析器イオントラップに印加させるステップと、該パルス式ガス源に、断片イオンが、衝突セルから該下流分析器イオントラップの中に導入され、該イオンの冷却を生じさせると、高m/zイオンを閉じ込めるために構成される、ガス圧力パルスを該下流分析器イオントラップに印加させるステップと、続いて、RF電圧源に、該衝突セルおよび該下流分析器イオントラップに印加される該RF電圧を低m/zイオンを半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させるステップとを実施するように構成される。コントローラはさらに、例えば、上記のステップの実施に続いて、AC電圧源に、適切な電圧を分析器のロッドに印加させることによって、イオンの質量選択的軸方向射出を分析器イオントラップから生じさせるように構成される。
【0024】
質量分析計はさらに、イオンを発生させるためのイオン源を含むことができる。種々の異なるイオン源が、採用されることができる。実施例として、イオン源は、とりわけ、大気イオン化源、大気圧力光イオン化(APPI)、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、サーモスプレーイオン化であることができる。
【0025】
いくつかの実施形態では、質量フィルタ、例えば、RF/DC質量フィルタが、イオン源と衝突セルとの間に配置されることができる。実施例として、質量フィルタは、衝突セルの中への導入のために、所望の範囲内のm/z比を有する前駆体イオンを選択するように構成されることができる。
【0026】
衝突セルおよび分析器イオントラップは、種々の異なる方法において構成されることができる。実施例として、いくつかの実施形態では、衝突セルおよび分析器イオントラップは、イオンを半径方向に閉じ込めるために、それに対してRF電圧が印加され得る、四重極ロッドセットのセットを含むことができる。他の実施形態では、衝突セルおよび分析器イオントラップのいずれかは、六重極等の他の多極構成を含むことができる。いくつかの実施形態では、衝突セルおよび下流分析器イオントラップは、相互に容量結合されることができる。
【0027】
いくつかの実施形態では、衝突セル内で発生されるイオン断片は、約50~約2,000の範囲内、例えば、約50~約1,000の範囲内のm/z比を有することができる。
【0028】
上記の質量分析計のいくつかの実施形態では、衝突セルは、主に、その断片化ではなく、イオンの冷却を生じさせるように構成される。さらに、いくつかの実施形態では、分光計は、衝突セルを欠いている場合があり、分析器イオントラップは、直接、または1つ以上のイオンガイドを介して、イオン源からイオンを受容することができる。
【0029】
本教示の種々の側面のさらなる理解は、下記に簡単に説明される、関連付けられる図面と併せて、以下の発明を実施するための形態を参照することによって取得されることができる。
本発明は、例えば、以下の項目を提供する。
(項目1)
質量分析計内でイオンを処理する方法であって、
1つ以上の前駆体イオンを衝突セルの中に導入することにより、複数のイオン断片への前記イオンの少なくとも一部の断片化を生じさせることであって、前記衝突セルは、複数のロッドを備え、前記イオン断片の少なくとも一部を半径方向に閉じ込めるために、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、ことと、
閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を優先的に半径方向に閉じ込めるように、前記衝突セルに印加される前記RF電圧を選択することと、
前記高m/zイオンを優先的に半径方向に閉じ込めるように、下流分析器イオントラップの少なくとも1つのロッドに印加される少なくとも1つのRF電圧を選択することと、
前記イオンを前記衝突セルから前記下流分析器イオントラップの中に放出することと、
前記分析器イオントラップによって前記衝突セルから受容される前記イオンの冷却を促すように、圧力パルスを前記分析器イオントラップに印加することと、
続いて、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧を、前記閾値を下回るm/z比を有するイオン(「低m/zイオン」)を半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させることと、
複数の前駆体イオンを前記衝突セルの中に導入し、複数のイオン断片を発生させることと、
前記イオンを前記衝突セルから前記分析器イオントラップの中に導入することと、
質量選択的軸方向射出を使用して、前記イオンを前記分析器イオントラップから放出することと
を含む、方法。
(項目2)
前記圧力パルスは、前記分析器イオントラップの中への前記断片イオンの導入と並行して、前記下流分析器イオントラップに印加される、項目1に記載の方法。
(項目3)
前記分析器イオントラップへの前記圧力パルスの印加は、前記分析器イオントラップの中への前記イオンの導入に対して遅延される、項目1に記載の方法。
(項目4)
前記分析器イオントラップへの前記圧力パルスの印加は、前記分析器イオントラップの中への前記イオンの導入に先立って開始される、項目1に記載の方法。
(項目5)
前記分析器イオントラップから放出される前記イオンは、前記断片イオンを備え、残りの前駆体イオンの少なくとも一部は、前記分析器イオントラップ内に含有される、項目1に記載の方法。
(項目6)
イオンを発生させるためのイオン源を使用することと、
前記衝突セルの中への導入のために、フィルタを使用して、所望のm/z比を有する前駆体イオンを前記発生されるイオンから選択することと
をさらに含む、項目1に記載の方法。
(項目7)
前記フィルタは、RF/DCフィルタを備える、項目2に記載の方法。
(項目8)
前記衝突セル内の前記イオンの軸方向閉じ込めを提供するために、軸方向場を前記衝突セルにさらに印加する、項目1に記載の方法。
(項目9)
前記高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧は、約0.16を上回るマシューパラメータ(q)を発生させるように選択される、項目1に記載の方法。
(項目10)
前記低m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧は、約0.906を下回り、約0.05を上回る、マシューパラメータ(q)を発生させるように選択される、項目1に記載の方法。
(項目11)
前記ガス圧力パルスは、少なくとも約2ミリ秒にわたって、前記分析器イオントラップの内圧を少なくとも約100%増加させる、項目1に記載の方法。
(項目12)
前記イオン断片は、約50に等しい以上のm/z比を有する、項目1に記載の方法。
(項目13)
前記イオン断片は、約1,000に等しいまたはそれ未満のm/z比を有する、項目1に記載の方法。
(項目14)
質量分析計であって、
複数の前駆体イオンを受容し、その断片化を生じさせて複数のイオン断片を発生させるための衝突セルであって、前記衝突セルは、複数のロッドを備え、前記イオン断片を前記衝突セル内に半径方向に閉じ込めるために、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が、印加され、電磁場を発生させ得る、衝突セルと、
前記衝突セル内で発生される前記イオン断片の少なくとも一部を受容するための下流分析器イオントラップと、
その中に含有されるイオンを半径方向に閉じ込めるために、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップにRF電圧を印加するための少なくとも1つのRF電圧源と、
前記下流分析器イオントラップと連通する、パルス式ガス源と、
前記RF電圧源および前記パルス式ガス源と通信する、コントローラと
を備え、
前記コントローラは、イオンを処理するために、以下のステップ:
前記RF電圧源に、前記衝突セルおよび前記分析器イオントラップに、その中に含有される高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために好適なRF電圧を印加させるステップと、
前記パルス式ガス源に、断片イオンが、前記衝突セルから前記下流分析器イオントラップの中に導入され、前記イオンの冷却を生じさせるとき、ガス圧力パルスを前記下流分析器イオントラップに印加させるステップと、
続いて、前記RF電圧源に、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに印加される前記RF電圧を、低m/zイオン断片を優先的に半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させるステップと
を実施するように構成されている、質量分析計。
(項目15)
前記コントローラは、前記ステップの実施に続いて、前記イオンの質量選択的軸方向射出を前記分析器イオントラップから生じさせるように構成されている、項目14に記載の質量分析計。
(項目16)
イオンを発生させるためのイオン源をさらに備える、項目14に記載の質量分析計。
(項目17)
前記衝突セルの中への導入のために、前記イオンを受容し、前記複数の前駆体イオンを選択するための質量フィルタをさらに備える、項目16に記載の質量分析計。
(項目18)
前記質量フィルタは、RF/DC質量フィルタを備える、項目17に記載の質量分析計。
(項目19)
前記衝突セルは、四重極構成に配列された複数のロッドを備える、項目14に記載の質量分析計。
(項目20)
前記分析器イオントラップは、四重極構成に配列された複数のロッドを備える、項目14に記載の質量分析計。
(項目21)
前記断片イオンは、約50を上回るm/z比を有する、項目14に記載の質量分析計。
(項目22)
前記断片イオンは、約1,000未満のm/z比を有する、項目21に記載の質量分析計。
(項目23)
前記断片イオンは、約3,000未満のm/z比を有する、項目21に記載の質量分析計。
(項目24)
前記少なくとも1つのRF電圧源は、前記衝突セルおよび前記下流分析器イオントラップに容量結合されている、項目14に記載の質量分析計。
(項目25)
第1のイオントラップと、前記第1のイオントラップの下流に位置付けられた第2の分析器イオントラップとを有する、質量分析計内でイオンを処理する方法であって、前記イオントラップのそれぞれは、複数のロッドを有し、イオンの少なくとも一部を前記トラップ内に半径方向に閉じ込めるために、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得、前記方法は、
閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を優先的に半径方向に閉じ込めるように、RF電圧を前記第1のイオントラップに印加することと、
前記高m/zイオンのイオンを優先的に半径方向に閉じ込めるように、RF電圧を前記下流分析器イオントラップに印加することと、
複数のイオンを前記第1のイオントラップの中に導入することと、
前記捕獲されたイオンの少なくとも一部を前記第1のイオントラップから放出し、前記放出されたイオンを前記下流分析器イオントラップの中に導入することと、
前記下流分析器イオントラップによって受容される前記イオンの冷却を促すように、圧力パルスを前記下流分析器イオントラップに印加することと、
続いて、前記第1のイオントラップおよび前記下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧を、前記閾値を下回るm/z比を有するイオン(「低m/zイオン」)を半径方向に閉じ込めるために好適なレベルまで低減させることと、
複数のイオンを前記第1のイオントラップの中に導入することと、
前記イオンの少なくとも一部を前記第1のイオントラップから放出し、前記放出されたイオンを前記下流分析器イオントラップの中に導入することと、
質量選択的軸方向射出を使用して、前記イオンを前記下流分析器イオントラップから放出することと
を含む、方法。
(項目26)
複数のロッドを備える分析器イオントラップを有する質量分析計内でイオンを処理する方法であって、前記複数のロッドのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得、前記方法は、
閾値を上回るm/z比を有するイオン(「高m/zイオン」)を優先的に半径方向に捕獲するように構成された電磁場を発生させるように、RF電圧を前記少なくとも1つのロッドに印加するステップと、
複数のイオンを前記分析器イオントラップの中に導入するステップと、
圧力パルスを前記分析器イオントラップに印加し、前記イオントラップ内の前記イオンの冷却を促進するステップと、
前記閾値を下回るm/z比を有するイオン(「低m/zイオン」)を優先的に半径方向に捕獲するように構成された電磁場を発生させるように、前記分析器イオントラップに印加されるRF電圧を低減させるステップと、
複数のイオンを前記分析器イオントラップの中に導入するステップと、
質量選択的軸方向射出を使用して、前記イオンを前記イオントラップから放出するステップと
を含む、方法。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1図1は、本教示の実施形態による、質量分析計内でイオンを処理するための方法における種々のステップを描写する、フローチャートである。
図2図2は、本教示の実施形態による、質量分析計内でイオンを処理するための関連方法の種々のステップを描写する、フローチャートである。
図3図3は、実施形態による、質量分析計内でイオンを処理するための方法における種々のステップを描写する、フローチャートである。
図4A図4Aは、本教示の実施形態による、質量分析計を図式的に描写する。
図4B図4Bは、ガス圧力パルスをイオン分析器に印加するために図4Aの質量分析計内で採用される、ガスリザーバおよび弁を備える、ガス源を図式的に描写する。
図5図5は、本教示を使用して取得される、m/z 906.6のPPGイオンのEPIスペクトルを描写する。
図6図6は、m/z 906.6のPPGイオンのEPIスペクトルを描写し、スペクトルは、3つの異なる範囲内の質量走査を解析することによって取得された。
【発明を実施するための形態】
【0031】
(詳細な説明)
本教示は、概して、質量分析計内でイオンを処理するための方法およびシステムに関連する。いくつかの実施形態では、本方法は、2つ以上の段階において、1つ以上のイオントラップに広範囲のm/z比、例えば、約50~約1,000の範囲内のm/z比を有するイオンを装填することを含み、1つの段階では、1つ以上のイオントラップは、高m/z比、例えば、約300を上回るm/z比を有するイオンを閉じ込めるように構成され、少なくとも別の段階では、1つ以上のイオントラップは、低m/z比、例えば、約50および300の範囲内のm/z比を有するイオンを閉じ込めるように構成される。下記でさらに詳細に議論されるように、本教示は、例えば、イオントラップの効率的装填および質量分析のデューティサイクルの増加等、向上された生成イオン(EPI)走査および向上された質量分析法(EMS)の両方のために、イオンをイオントラップの中に装填するための従来の方法に対してある利点を提供する。
【0032】
EPIでは、前駆体イオン、例えば、上流フィルタによって選択された前駆体イオンが、衝突セル内で断片化されることができ、断片イオンは、任意の残りの前駆体イオンとともに、下流イオントラップ内に捕獲されることができ、イオンは、衝突冷却を受けることができる。続いて、イオンは、例えば、質量選択的軸方向射出(MSAE)を介して、イオントラップから放出され、下流検出器によって検出されることができる。典型的には、イオントラップは、通常、前駆体イオンの質量の約1/3に対応する、低質量カットオフを有する。例えば、イオントラップに印加されるRF電圧が、前駆体イオンのための0.3のマシューパラメータ(q)に対応するように選択される場合、低質量カットオフ(約0.906のq)が、0.33xm/z(前駆体)のm/z比のために生じるであろう。代替として、イオントラップに印加されるRF電圧が、低m/zイオンを捕獲するように設定される場合、大m/zイオンのための捕獲効率は、潜在的に、不良となり得る。したがって、従来のシステムでは、異なる質量区画が、例えば、50または30のm/z比までの完全なスペクトル、例えば、完全な衝突誘発解離(CID)スペクトルを取得するために使用される必要がある。完全なスペクトルを取得するために要求され得る区画の数は、例えば、前駆体イオンの質量範囲および質量に依存し得る。そのような従来の方法の有意な短所は、各質量区画が、完全サイクル(注入、捕獲、冷却、および質量分析)を要求することであり、これは、EPIおよびEMS走査の両方のデューティサイクルを有意に増加させ得る。対照的に、本教示は、質量解析を伴わずに、完全スペクトル、例えば、EPIまたはEMSスペクトルを発生させるための方法およびシステムを提供することができる。
【0033】
図1のフローチャートを参照すると、質量分析計内でイオンを処理するための実施形態による方法では、1つ以上の前駆体イオンが、複数のイオン断片へのイオンの少なくとも一部の断片化を生じさせるように、衝突セルの中に導入される。本実施形態では、衝突セルは、イオン断片の少なくとも一部を半径方向に閉じ込めるために、そのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、四重極ロッドセットを含む。最初に、衝突セルに印加されるRF電圧が、閾値を上回るm/z比を有するイオン断片(本明細書では、「高m/z断片」と称される)を半径方向に閉じ込めるように選択される。イオン断片は、次いで、衝突セルから下流分析器イオントラップに放出される。本実施形態では、分析器イオントラップは、イオン断片を半径方向に閉じ込めるために、そのうちの少なくとも1つにRF電圧が印加され得る、四重極ロッドセットを含む。分析器イオントラップの中へのイオン断片の導入に先立って、またはそれと同時に、イオントラップに印加されるRF電圧は、高m/z断片を半径方向に閉じ込めるように選択されることができる。多くの実施形態では、衝突セルおよび下流分析器イオントラップは、容量結合される。
【0034】
いくつかの実施形態では、衝突セルの高圧、例えば、約1~約15mTorrの範囲内の圧力に起因して、衝突セルによって受容されるイオンは、急速に冷却され、付加的冷却時間は、充填周期後、必要とされ得ない。
【0035】
いくつかの実施形態では、イオン断片は、約50~約1,000の範囲内のm/z比を有することができる。いくつかのそのような場合では、高m/z断片は、約300を上回るm/z比を有することができ、低m/z断片は、約300に等しいまたはそれ未満、例えば、約50~約300の範囲内のm/z比を有することができる。
【0036】
ガス圧力パルスが、分析器イオントラップに印加され、イオン断片の冷却を促す。いくつかの実施形態では、ガス圧力パルスが、分析器イオントラップの中へのイオン断片の導入と並行して、分析器イオントラップに印加され得る。他の実施形態では、ガス圧力パルスは、衝突セルから質量分析器の中に放出されるイオンの導入に対して遅延されることができる。他の実施形態では、ガス圧力パルスは、衝突セルから質量分析器の中に放出されるイオンの導入前に開始することができ、イオン導入の時間の間およびイオン導入を超えて続くことができる。いくつかの実施形態では、ガスパルスの持続時間は、例えば、約0.1ms~約20msの範囲内、例えば、約0.1ms~約5msの範囲内であることができる。いくつかの実施形態では、圧力パルスの持続時間は、約0.1ms~約20msであることができる。
【0037】
いくつかの実施形態では、分析器イオントラップへのガス圧力パルスの印加は、分析器イオントラップの内圧を約1.5~約10の範囲内の倍数で、例えば、約300%増加させることができる。例えば、ガス圧力パルスの印加は、分析器イオントラップの内圧を約2×10-5Torr~約8×10-5Torr増加させることができる。分析器イオントラップの内圧のそのような増加は、質量分析器に入射するイオンのエネルギーを低減させ、したがって、捕獲効率を増加させ、かつその中に含有されるイオンの衝突冷却を促すことができる。
【0038】
質量分析器の中へのイオンの導入およびガス圧力パルスの印加に続いて、衝突セルおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、前述の閾値を下回るm/z比を有するイオン断片(本明細書では、「低m/zイオン」と称される)を半径方向に閉じ込めるために好適であろうレベルまで低減されることができる。この後に、次いで、複数のイオン断片を発生させるための衝突セルの中への複数の前駆体イオンの導入が続く。
【0039】
衝突セル内に含有される、イオンは、衝突セルから放出され、分析器イオントラップの中に導入される。いくつかの実施形態では、別のガス圧力パルスが、随意に、分析器イオントラップに印加され、イオンの冷却、特に、新しく到着した低m/zイオンの冷却を促進することができる。イオンの冷却は、低RF有効電位(例えば、D=qV/8、式中、qは、マシューパラメータであり、Vpeak/peakは、RF電圧の振幅である)にもかかわらず、低m/zだけではなく、また、高m/zイオンの効率的捕獲も可能にする。イオンは、次いで、例えば、質量選択的軸方向射出(MSAE)を使用して、分析器イオントラップから放出され、下流検出器によって検出されることができる。
【0040】
ガス圧力パルスの印加に起因した分析器イオントラップ内の圧力増加は、分析器イオントラップの総充填+冷却時間を、有意に、例えば、約5ミリ秒(msec)またはそれ未満に低減させることができ、これは、ひいては、質量分析のデューティサイクルを向上させることができる。
【0041】
イオンは、大気圧力イオン化源等のイオン源によって発生されることができる。いくつかの実施形態では、フィルタは、イオン源と衝突セルとの間に位置付けられ、特定の範囲内のm/z比を有するイオンを選択することができる。実施例として、そのようなフィルタは、それに対してRF/DC電圧が印加され、フィルタを通した通過のために特定の範囲内のm/z比を有するイオンを選択することを可能にし得る、四重極ロッドセットを含むことができる。いくつかの実施形態では、該高m/zイオン断片を半径方向に閉じ込めるために、衝突セルおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、約0.27を上回るマシューパラメータ(q)を発生させるように選択される。
【0042】
本教示は、EPIスペクトルだけではなく、また、EMSスペクトルを取得するように採用されることができる。例えば、別の実施形態における図2のフローチャートを参照すると、質量分析計内でイオンを処理する方法は、閾値を上回るm/z比を有するイオン(本明細書では、「高m/zイオン」と称される)を半径方向に閉じ込めるように、RF電圧を第1のイオントラップおよび下流分析器イオントラップに印加することを含む。
【0043】
実施例として、高m/zイオンは、約300を上回る、例えば、約300~約1,000の範囲内のm/z比を有することができる。
【0044】
複数のイオンが、次いで、第1のイオントラップ、例えば、衝突セルの中に導入される。本実施形態では、衝突セルの中に導入されるイオンの運動エネルギー、例えば、約10eV未満のイオンエネルギーが、衝突セルを通したその通過の間、イオンの断片化を最小限にするように選択される。
【0045】
イオンを衝突セル内に捕獲するための充填時間は、例えば、約2~約200msecの範囲内であることができる。第1のイオントラップ内のイオンの少なくとも一部は、放出され、下流分析器イオントラップの中に導入される。
【0046】
ガス圧力パルスが、衝突セルから分析器イオントラップによって受容されるイオンの冷却を促すように、下流分析器イオントラップに印加される。いくつかの実施形態では、ガス圧力パルスが、第1のイオントラップから分析器イオントラップの中へのイオンの導入と実質的に並行して、分析器イオントラップに印加され得る。他の実施形態では、ガス圧力パルスは、第1のイオントラップから分析器イオントラップの中へのイオンの導入に対して遅延されることができる。他の実施形態では、ガス圧力パルスは、第1のイオントラップから分析器イオントラップの中へのイオンの導入の前に開始することができる。実施例として、いくつかの実施形態では、ガスパルスは、第1のイオントラップから第2のイオントラップの中へのイオン導入の1ms前に開始することができる。分析器イオントラップの内圧の増加は、例えば、典型的には、約40~60msec以内における、それによって受容されるイオンの冷却を促すことができる。
【0047】
続いて、第1のイオントラップおよび下流分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、該閾値を下回るm/z比を有するイオン(本明細書では、低m/zイオンと称される)を半径方向に閉じ込めるために好適であろうレベルまで低減される。この後に、複数のイオンを第1のイオントラップの中に導入することが続くことができる。イオンの少なくとも一部は、例えば、第1のイオントラップの中へのイオンの導入後の所望の時間周期後に、第1のイオントラップから放出されることができ、放出されたイオンは、下流分析器イオントラップの中に導入されることができる。
【0048】
分析器イオントラップの中への低m/zイオンの導入に続いて、分析器イオントラップは、高m/zおよび低m/zイオンの両方を含有する。分析器イオントラップ内に含有される、イオンは、次いで、例えば、MSAEを介して放出され、下流イオン検出器によって検出されることができる。
【0049】
いくつかの実施形態では、本教示は、イオンが最初に上流衝突セルの中に導入されずに、イオンをイオン源から受容し得る、分析器イオントラップに適用されることができる。前の実施形態と同様に、分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、それらのイオンを分析器イオントラップから放出し、下流イオン検出器によって検出されることに先立って、高m/zおよび低m/zイオンの両方を分析器イオントラップ内に効率的に捕獲するように変調されることができる。
【0050】
より具体的には、図3のフローチャートを参照すると、そのような実施形態では、分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、分析器イオントラップが、選択された閾値を上回るm/z比を有するイオン(すなわち、高m/zイオン)を半径方向に閉じ込めるであろうように選択されることができる。複数のイオンが、次いで、イオン源から分析器イオントラップの中に導入されることができる。いくつかの実施形態では、1つ以上の質量フィルタ(例えば、RF/DC質量フィルタ)が、イオン源と分析器イオントラップとの間に配置され、所望の範囲内のm/z比を有するイオンを選択することに役立つことができる。ガス圧力パルスが、分析器イオントラップに印加され、イオンの断片冷却を促し得る。続いて、分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、該選択された閾値を下回るm/z比を有するイオン(すなわち、低m/zイオン)を半径方向に閉じ込めるために好適であろうレベルまで低減されることができる。この後に、イオンをイオン源からイオントラップの中に導入することが続く。このように、低m/zおよび高m/zイオンの両方が、分析器イオントラップ内に捕獲されることができる。
【0051】
続いて、分析器イオントラップ内に含有される、イオンは、例えば、MSAEを介して放出され、下流検出器によって検出される。
【0052】
図4Aを参照すると、実施形態による、質量分析計1300は、イオンを発生させるためのイオン源1302を含む。イオン源は、その中に、それを通してイオン源によって発生されるイオンが下流区分に入射し得る、オリフィスを提供する、オリフィスプレート(図示せず)が配置される、カーテンチャンバ(図示せず)によって、分光計の下流区分から分離されることができる。本実施形態では、RFイオンガイド(Q0)が、ガス動態および無線周波数場の組み合わせを使用して、イオンを捕捉および集束させるために使用されることができる。イオンガイドQ0は、イオンを、レンズIQ1およびBrubackerレンズ、例えば、約2.35長RF専用四重極を介して、その中にRFイオンガイドQ0が配置される、チャンバのものを下回って維持され得る、圧力まで真空化され得る、真空チャンバ内に据え付けられ得る、下流の四重極質量分析器Q1に送達する。非限定的実施例として、Q1を含有する、真空チャンバは、約1×10-4Torr(例えば、約5×10-5Torr)未満の圧力に維持されることができるが、他の圧力も、本目的のために、または他の目的のために、使用されることができる。
【0053】
当業者によって理解されるであろうように、四重極ロッドセットQ1は、着目イオンタイプおよび/または着目イオンタイプの範囲を選択するように動作され得る、従来の伝送RF/DC四重極質量フィルタとして動作されることができる。実施例として、四重極ロッドセットQ1は、質量分解モードにおける動作のために好適なRF/DC電圧を提供されることができる。理解されるはずであるように、Q1の物理的および電気的性質を考慮することによって、印加されるRFおよびDC電圧に関するパラメータは、Q1が、選定されたm/z比の伝送窓を確立し、これらのイオンが、著しく摂動されずにQ1を横断し得るように、選択されることができる。しかしながら、窓外に該当するm/z比を有するイオンは、四重極内で安定軌道を達成せず、四重極ロッドセットQ1を横断しないように妨害され得る。本動作モードは、Q1のための1つの可能性として考えられる動作モードにすぎないことを理解されたい。実施例として、いくつかの実施形態では、四重極ロッドセットQ1は、RF専用モードにおいて動作され、したがって、Qから受容されるイオンのためのイオンガイドとして作用することができる。
【0054】
四重極ロッドセットQ1を通して通過するイオンは、短太ST2(また、Brubackerレンズとも称される)を通して通過し、その中でイオンの少なくとも一部が、断片化を受け、イオン断片を発生させる、衝突セル1304に入射することができる。本実施形態では、衝突セルは、四重極ロッドセットを含むが、他の多極ロッドセットもまた、他の実施形態では採用されることができる。コントローラ1312の制御下で動作する、RF電圧源1310は、RF電圧を衝突セルのロッドに印加し、イオンを衝突セル内に半径方向に閉じ込める。さらに、本実施形態では、IQ2およびIQ3レンズは、衝突セルの入口および出口ポートに近接して配置される。DC電圧を衝突セルのロッドオフセットより高いIQ3レンズに印加することによって、イオンの軸方向捕獲が、達成されることができる。
【0055】
最初に、コントローラは、RF電圧源に、閾値を上回るm/z比を有するイオン、すなわち、高m/zイオンを半径方向に閉じ込めるために好適である、RF電圧を衝突セルのロッドに印加させる。実施例として、RF電圧は、約300を上回る、例えば、約300~約1,000の範囲内のm/z比を有するイオンを半径方向に閉じ込めるように選択される。
【0056】
図4Aを継続して参照すると、分析器イオントラップ1308は、衝突セル1304の下流に位置付けられる。本実施形態では、分析器イオントラップ1308は、その中へのイオンの半径方向閉じ込めを提供するように、それに対してRF電圧がRF電圧源1310を介して印加される、四重極ロッドセットを含む。最初に、分析器イオントラップ1308に印加されるRF電圧は、該閾値を上回るm/z比を有するイオンを閉じ込めるように選択される。いくつかの実施形態では、分析器イオントラップの入力および/または出力ポートに近接して位置付けられる、1つ以上の電極(図示せず)が、イオンの軸方向閉じ込めのために、例えば、電極へのDC電圧の印加を介して、軸方向場を分析器イオントラップ内に発生させるために採用されることができる。いくつかの実施形態では、下流分析器イオントラップは、衝突セルに容量結合される。したがって、RF電圧を分析器イオントラップにおいて設定することはまた、要求されるRF電圧を衝突セルに提供することができる。例えば、分析器イオントラップに印加されるRF電圧は、EPI走査が実施されるとき、前駆体イオンのために、EMS走査が実施されるとき、着目最大m/zのために、0.3を上回るqパラメータを取得するように選択されることができる。
【0057】
本実施形態では、衝突セル内に含有される、断片イオンは、次いで、IQ3電圧を衝突ロッドオフセットに対してイオンのために誘引性であるように設定することによって放出され、分析器イオントラップの中に導入される。上記に記載のように、衝突セルに印加されるRF電圧は、高m/z比を有するイオンを閉じ込めるように選択される。したがって、衝突セルから放出され、下流分析器イオントラップ1308の中に導入される、イオン断片ならびにある場合には前駆体イオンは、主に、高m/zイオンである。分析器イオントラップは、分析器イオントラップに印加されるRF電圧がそのような高m/zイオンの半径方向閉じ込めを提供するように選択されるため、これらのイオンの効果的閉じ込めを提供するであろう。
【0058】
図4Aに示されるように、分光計システム1300はさらに、コントローラ1312の制御下で動作し、質量分析器イオントラップ1308に流動的に結合される、ガス源1316を含む。衝突セルから分析器イオントラップの中へのイオンの放出に続いて、またはそれと同時に、コントローラは、その中に含有されるイオンの冷却を促進するように、ガス源1316をアクティブ化し、ガス圧力パルスを分析器イオントラップに提供することができる。いくつかの実施形態では、分析器イオントラップへのガス圧力パルスの印加は、少なくとも約100%、例えば、約100%~約400%の範囲内、例えば、約300%、その内圧を増加させることができる。
【0059】
図4Bに図式的に示されるように、ガス源1316は、例えば、作動可能弁1316bを介して、分析器イオントラップ1308に流動的に結合される、ガスリザーバ1316aを含むことができる。弁1316bは、ガスのパルスを分析器イオントラップに印加するように、コントローラ1312の制御下で作動されることができる。
【0060】
続いて、コントローラ1312は、RF源1310と通信し、RF源に、衝突セル1304および下流分析器イオントラップ1308に印加されるRF電圧を低減させる。上記に記載のように、低減されたRF電圧は、閾値を下回るm/z比を有するイオン、すなわち、低m/zイオンの半径方向閉じ込めを可能にするように選択される。実施例として、いくつかの実施形態では、RF電圧、例えば、Vpeak/peak振幅は、約10分の1、例えば、約10~約20分の1の範囲内で低減されることができる。RF電圧の周波数は、不変のままであることができる。いくつかのそのような実施形態では、低m/zイオンは、例えば、約300未満、例えば、約50~約300の範囲内のm/z比を有することができる。
【0061】
衝突セルおよび下流分析器に印加されるRF電圧の低減と同時に、またはそれに続いて、複数のイオンが、衝突セルの中に導入されることができ、それらは、断片化を受けることができ、低m/z断片イオンは、衝突セル内に半径方向に閉じ込められる確率がより高い。断片イオン(ある場合には、いくつかの前駆体イオン)は、次いで、IQ3に印加されるDC電圧を衝突セルロッドオフセットを下回る値まで低減させることによって、衝突セルから放出され、下流分析器イオントラップによって受容されることができる。随意に、別のガス圧力パルスが、分析器イオントラップに印加され、イオンの冷却をその中で生じさせ得る。このように、分析器イオントラップは、高および低m/zイオンの両方で装填されることができる。イオンは、Hagerによって「A new Linear ion trap mass spectrometer」(Rapid Commun. Mass Spectro. 2002;16:512-526)において説明される様式において、Q3イオントラップから質量選択的に軸方向に射出(MSAE)されることができる。
【0062】
他の実施形態では、衝突セルおよび下流分析器に印加されるRF電圧の低減に続いて、複数のイオンが、衝突セルの中に導入されることができ、それらは、断片化を受け(低m/z断片イオンは、衝突セル内に半径方向に閉じ込められる確率がより高い)、衝突セル内で軸方向に捕獲されずに、分析器に向かって伝送されることができる。続いて、分析器イオントラップ内に含有される、イオンは、例えば、MSAEを介して、そこから放出されることができる。放出されたイオンは、次いで、下流検出器1314によって検出されることができ、その質量スペクトルが、発生されることができる。
【0063】
いくつかの実施形態では、衝突セル1304は、主に、イオンの冷却を生じさせ、その断片化を生じさせないように構成されることができる。例えば、衝突セルに入射するイオンの運動エネルギーは、イオンが断片化を伴わずに衝突冷却を受けるであろうように選択されることができる。前の実施形態と同様に、最初に、衝突セルおよび下流分析器は、低m/zイオンを半径方向に閉じ込めるように構成される。複数の前駆体イオンが、衝突セルに入射し、次いで、下流分析器イオントラップの中に放出されることができ、ガス圧力パルスが、ガス源1316を介して、下流分析器イオントラップ1308印加され、イオンの冷却を生じさせ得る。続いて、衝突セルおよび下流分析器は、低m/zイオンを閉じ込めるように構成されることができる。複数のイオンが、衝突セルの中に導入され、次いで、分析器イオントラップの中に放出されることができる。このように、分析器イオントラップは、高m/zおよび低m/zイオンの両方で装填されることができる。イオンは、次いで、例えば、MSAEを介して、分析器イオントラップから放出され、検出器1314によって検出されることができる。
【0064】
いくつかの実施形態では、分光計システム1300は、衝突セルを欠いていることができる。そのような実施形態では、イオン源1302によって発生されるイオンは、イオンガイドQ0およびフィルタQ1を通して通過後、質量分析器1308によって受容される。そのような実施形態では、質量分析器1308は、最初に、高m/zイオンを半径方向に閉じ込めるように構成されることができる。前の実施形態と同様に、ガス圧力パルスが、質量分析器に印加され、それによって受容されるイオンを冷却し得る。この後に、低m/zイオンを半径方向に閉じ込めるためにそれを構成するように、質量分析器に印加されるRF電圧を低減させることが続くことができる。質量分析器は、イオンを受容し、低m/zイオンを捕獲することができる。随意に、別のガス圧力パルスが、質量分析器に印加され、それによって受容されるイオンを冷却し得る。再び、このように、質量分析器は、高m/zおよび低m/zイオンの両方で装填されることができる。質量分析器に高m/zおよび低m/zイオンの両方を装填後、イオンは、例えば、MSAEを介して、質量分析器から放出され、下流検出器1314によって検出されることができる。
【0065】
本教示は、いくつかの利点を提供する。例えば、それらは、高m/zおよび低m/zイオンの両方の効率的捕獲を可能にする。言い換えると、それらは、広範囲のm/zを有する、イオンの効率的捕獲を可能にする。これは、ひいては、質量分析のデューティサイクルを向上させることができる。例えば、本教示の実装は、質量分析のデューティサイクルにおける少なくとも2倍の改良をもたらし得る。
【0066】
以下の実施例は、本教示の種々の側面のさらなる解明のために提供され、必ずしも、本教示を実践する最適方法および/または達成され得る最適結果を示すわけではない。
【0067】
(実施例)
図5は、本教示を使用して取得される、m/z 906.6のPPG(ポリ(プロピレングリコール)イオンのEPIスペクトルを描写する。具体的には、衝突セルと、下流線形イオントラップとを有する、Sciex(Framingham, USA)によって市販されているQTRAP 5500質量分析計が、描写されるスペクトルを取得するために採用された。分析器トラップは、m/z 906.7のイオンのためにq 0.28に設定され、Q2衝突セルは、Q2 RF電圧に対応するqがm/z 906.7のイオンのために約0.17であるようにQ3に容量に結合された。イオンは、m/z 906.7のイオンのみが、伝送され、次いで、45eVの衝突エネルギーにおいてQ2内で断片化されるであろうような単位分解能においてQ1内で選択された。2msの充填時間後、断片および残りの前駆体イオンが、放出され、約5msにわたってQ3内で冷却された。本時間の間、パルス式弁が、分析器圧力を約4×10-5Torrまで増加させた。本時間後、Q3に印加されるRF電圧は、0.046Vpeak/peakまで降下された。本RF電圧では、m/z 50のイオンのためのqは、Q3内では約0.846、Q2内では約0.5であった。続いて、m/z 906.7のイオンが、単位分解能においてQ1内で選択され、次いで、45eVの衝突エネルギーにおいてQ2内で断片化された。2msの充填時間後、断片および残りの前駆体イオンが、放出され、約10msにわたってQ3内で冷却された。本時間の間、パルス式弁が、分析器圧力を約6x10-5Torrまで増加させた。続いて、質量スペクトルが、MSAEを使用して、10,000Da/秒の走査率で、Q3分析器トラップからのイオンを走査することによって発生された。
【0068】
図6は、ひいては、従来の方法を使用して取得される、906.6のm/zのPPGイオンのEPIスペクトルを描写する。この場合、質量走査は、3つの異なる質量範囲、すなわち、50~103、103~309、および309~920内で解析された。
【0069】
上記のデータは、本教示による方法が、従来の方法を使用して取得されるものと比較して、類似するが、低減されたデューティサイクルを伴う、質量スペクトルを取得するために使用されることができることを示す。
【0070】
当業者は、本発明の範囲から逸脱することなく、種々の変更が上記の実施形態に行われることができることを理解するであろう。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6