(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】金属材料、時計用部品および時計
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231219BHJP
G04B 37/22 20060101ALI20231219BHJP
C23C 8/26 20060101ALI20231219BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20231219BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
G04B37/22 A
C23C8/26
C21D9/00 Q
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2019162004
(22)【出願日】2019-09-05
【審査請求日】2022-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000002369
【氏名又は名称】セイコーエプソン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼澤 幸樹
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-069049(JP,A)
【文献】特表2014-526613(JP,A)
【文献】特開2007-247035(JP,A)
【文献】特開2007-248398(JP,A)
【文献】特開2010-068886(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2011-0019876(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-36/60
C21D 9/00- 9/44, 9/50
C23C 8/00-12/02
G04B 37/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:18~22%、Mo:1.3~2.8%、Nb:0.05~0.50%、Cu:0.1~0.8%、Ni:0.5%未満、Mn:0.8%未満、Si:0.5%未満、P:0.10%未満、S:0.05%未満、N:0.05%未満、C:0.05%未満を含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼を母材とし、前記母材が窒素吸収処理されていることを特徴とする金属材料。
【請求項2】
請求項1に記載の金属材料において、
前記フェライト系ステンレス鋼は、
質量%で、Cr:20~22%、Mo:1.8~2.8%、Nb:0.05~0.35%、Cu:0.1~0.2%、Ni:0.2%未満、Mn:0.5%未満、Si:0.3%未満、P:0.03%未満、S:0.01%未満、N:0.01%未満、C:0.02%未満を含有する
ことを特徴とする金属材料。
【請求項3】
請求項1
または請求項
2に記載の金属材料から構成されることを特徴とする時計用部品。
【請求項4】
請求項
3に記載の時計用部品を備えることを特徴とする時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計用部品および時計に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、窒素吸収処理により表面層がオーステナイト化されたフェライト系ステンレス鋼を用いた時計用ハウジング、具体的には、胴や裏蓋が開示されている。
特許文献1では、フェライト系ステンレス鋼の表面層をオーステナイト化することにより、時計用ハウジングとして要求される硬度、耐食性を得られるようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
窒素ガスを用いたオーステナイト化処理、つまり、窒素吸収処理では、窒素が処理対象物質の表層からフェライト相内に進入し、所定の窒素濃度以上になった部分がオーステナイト化相に変わる。ここで、特許文献1のフェライト系ステンレス鋼では、窒素のフェライト相への進入の移動速度が一様ではないので、場所によりばらつきが生じる。そうすると、表面層のいずれの箇所においても、時計用ハウジングとして要求される硬度、耐食性を得られるために必要な厚さのオーステナイト化相を形成するためには、窒素吸収処理時間が長くなってしまうといった問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の時計用部品は、質量%で、Cr:18~22%、Mo:1.3~2.8%、Nb:0.05~0.50%、Cu:0.1~0.8%、Ni:0.5%未満、Mn:0.8%未満、Si:0.5%未満、P:0.10%未満、S:0.05%未満、N:0.05%未満、C:0.05%未満を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼を母材とし、前記母材を窒素吸収処理した金属材料から構成される。
【0006】
本開示の時計用部品において、前記フェライト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:20~22%、Mo:1.8~2.8%、Nb:0.05~0.35%、Cu:0.1~0.2%、Ni:0.2%未満、Mn:0.5%未満、Si:0.3%未満、P:0.03%未満、S:0.01%未満、N:0.01%未満、C:0.02%未満を含有していてもよい。
【0007】
本開示の時計用部品において、前記フェライト系ステンレス鋼は、質量%で、Cr:19.5~20.5%、Mo:2.25~2.35%、Nb:0.15~0.25%、Cu:0.1~0.15%、Ni:0.1%未満、Mn:0.1%未満、Si:0.3%未満、P:0.03%未満、S:0.01%未満、N:0.01%未満、C:0.01%未満を含有していてもよい。
【0008】
本開示の時計は、前記時計用部品を備える。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【発明を実施するための形態】
【0010】
[実施形態]
以下、本開示の一実施形態の時計1を図面に基づいて説明する。
図1は、時計1を示す正面図である。本実施形態では、時計1は、ユーザーの手首に装着される腕時計として構成される。
図1に示すように、時計1は、金属製のケース2を備える。そして、ケース2の内部には、円板状の文字板10と、秒針3、分針4、時針5と、りゅうず7と、Aボタン8と、Bボタン9とを備える。なお、ケース2は、本開示の時計用部品の一例である。
文字板10には、時刻を指示するためのアワーマーク6が設けられている。
【0011】
次に、本開示の時計用部品であるケース2を構成する金属材料の母材としてのフェライト系ステンレス鋼の成分組成の限定理由について説明する。なお、%の表記は、特に断りのない場合は質量%を意味する。
【0012】
Crは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動速度およびフェライト相における窒素の拡散速度を高める元素である。Crが18%未満であると、窒素の移動速度および拡散速度が低くなる。さらに、Crが18%未満であると、表面層がオーステナイト化されたフェライト系ステンレス鋼の材料としての耐食性が低下する。一方、Crが22%を超えると、硬質化して、材料としての加工性が悪化する。さらに、Crが22%を超えると、美的外観が損なわれる。そのため、Crの含有量は、18~22%であるのが好ましく、20~22%とするのがより好ましく、19.5~20.5%とするのがさらに好ましい。
【0013】
Moは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動速度およびフェライト相における窒素の拡散速度を高める元素である。Moが1.3%未満であると、窒素の移動速度および拡散速度が低くなる。さらに、Moが1.3%未満であると、材料としての耐食性が低下する。一方、Moが2.8%を超えると、硬質化して、材料としての加工性が悪化する。さらに、Moが2.8%を超えると、オーステナイト化相の構成組織の不均質化が顕著になり、美的外観が損なわれる。そのため、Moの含有量は、1.3~2.8%であるのが好ましく、1.8~2.8%であるのがより好ましく、2.25~2.35%とするのがさらに好ましい。
【0014】
Nbは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動速度およびフェライト相における窒素の拡散速度を高める元素である。Nbが0.05%未満であると、窒素の移動速度および拡散速度が低くなる。一方、Nbが0.50%を超えると、硬質化して、材料としての加工性が悪化する。さらに、析出部が生成され、美的外観が損なわれる。そのため、Nbの含有量は、0.05~0.50%であるのが好ましく、0.05~0.35%であるのがより好ましく、0.15~0.25%であるのがさらに好ましい。
【0015】
Cuは、窒素吸収処理において、フェライト相での窒素の吸収を制御する元素である。Cuが0.1%未満であると、フェライト相における窒素含有量のばらつきが大きくなる。一方、Cuが0.8%を超えると、フェライト相への窒素の移動速度が低くなる。そのため、Cuの含有量は、0.1~0.8%であるのが好ましく、0.1~0.2%であるのがより好ましく、0.1~0.15%であるのがさらに好ましい。
【0016】
Niは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Niが0.5%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。さらに、耐食性が悪化するとともに、金属アレルギーの発生等を防止するのが困難になる可能性がある。そのため、Niの含有量は、0.5%未満であるのが好ましく、0.2%未満であるのがより好ましく、0.1%未満であるのがさらに好ましい。
【0017】
Mnは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Mnが0.8%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Mnの含有量は、0.8%未満であるのが好ましく、0.5%未満であるのがより好ましく、0.1%未満であるのがさらに好ましい。
【0018】
Siは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Siが0.5%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Siの含有量は、0.5%未満であるのが好ましく、0.3%未満であるのがより好ましい。
【0019】
Pは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Pが0.10%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Pの含有量は、0.10%未満であるのが好ましく、0.03%未満であるのがより好ましい。
【0020】
Sは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Sが0.05%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Sの含有量は、0.05%未満であるのが好ましく、0.01%未満であるのがより好ましい。
【0021】
Nは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Nが0.05%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Nの含有量は、0.05%未満であるのが好ましく、0.01%未満であるのがより好ましい。
【0022】
Cは、窒素吸収処理において、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散を阻害する元素である。Cが0.05%以上であると、窒素の移動速度および拡散速度が低下する。そのため、Cの含有量は、0.05%未満であるのが好ましく、0.02%未満であるのがより好ましく、0.01%未満であるのがさらに好ましい。
【0023】
次に、本開示の具体的な実施例について説明する。
[実施例1]
まず、
図2に示すように、Cr:20%、Mo:2.1%、Nb:0.2%、Cu:0.1%、Ni:0.05%、Mn:0.5%、Si:0.3%、P:0.03%、S:0.01%、N:0.01%、C:0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなるフェライト系ステンレス鋼からなる母材100を製造した。
次に、母材100に窒素吸収処理を施すことで、
図3に示すように、フェライト相で構成された基部201と、基部201の表面に形成されオーステナイト化された表面層202と、フェライト相とオーステナイト化相とが混在する混在層203とを備えた金属材料200を得た。
【0024】
窒素吸収処理は、以下に説明する方法により行った。
まず、グラスファイバー等の断熱材で囲まれた処理室と、処理室内を加熱する加熱手段と、処理室内を減圧する減圧手段と、処理室内に窒素ガスを導入する窒素ガス導入手段とを有する窒素吸収処理装置を用意した。
次に、この窒素吸収処理装置の処理室内に、
図2に示す母材100を設置し、その後、減圧手段により処理室内を2Paまで減圧した。
【0025】
次に、減圧手段により処理室内の排気を行いつつ、窒素ガス導入手段により窒素ガスを導入し、処理室内の圧力を0.08~0.12MPaに保持した。この状態で、加熱手段により処理室内の温度を5℃/分の速度で、1200℃まで上昇させた。
そして、
図3に示す表面層202の最も薄い箇所の厚さaが450μmとなるように求めた処理時間である4.0時間、1200℃の温度を保持させた。なお、前述の処理時間である4.0時間は、事前の試験により求めた。また、前述の表面層202の厚さaとして450μmとしたのは、金属材料200をケースなどの時計用部品として用いる場合に、時計用部品として必要な耐食性や硬度を得ることができる値を事前の実験により求めたところ、上記の値であったためである。
その後、母材100を水冷により急冷した。これにより、
図3に示すように、基部201の表面にオーステナイト化された表面層202が形成された金属材料200を得た。なお、
図3に示す混在層203の厚さbは、凹凸状に形成されたオーステナイト化相の最も深い箇所から、オーステナイト化相の最も浅い箇所、つまり、表面層202の厚さaまでの距離を示すものである。すなわち、混在層203の厚さbは、オーステナイト化相のばらつきの大きさを示すものである。
【0026】
[実施例2~10]
母材を構成するフェライト系ステンレス鋼の組成を表1に示すようにし、当該母材に実施例1と同様の窒素吸収処理を施すことで、金属材料を得た。なお、実施例2~10の処理時間は、それぞれ事前の試験により求めた。
【0027】
[比較例1~3]
母材を構成するフェライト系ステンレス鋼の組成を表1に示すようにし、当該母材に実施例1と同様の窒素吸収処理を施すことで、金属材料を得た。なお、比較例1~3の処理時間は、それぞれ事前の試験により求めた。
【0028】
[表面層厚さaおよび混在層厚さbの測定]
前記各実施例および各比較例で製造した金属材料の任意の箇所を、表面から深さ方向に沿って、つまり、表面と直交する方向に沿って切断し、その切断面を研磨した後、当該切断面の組織をSEMにより観察して、当該切断面における表面層の厚さaおよび混在層の厚さbを測定した。そして、表面層の厚さaに対する混在層の厚さbの割合、つまり「b/a」を求めた。ここで、表面層の厚さaはオーステナイト化相で構成された層の厚さであり、例えば、500から1000倍でSEM観察したときの視野内において、表面層の表面から混在層のフェライト相までの最短距離である。あるいは、表面層の表面から混在層のフェライト相までの距離が短い複数点の距離を測定し、その平均値を表面層の厚さaとしてもよい。また、混在層の厚さbは、フェライト相とオーステナイト化相とが混在する層の厚さであり、例えば、500から1000倍でSEM観察したときの視野内において、表面層と混在層との境界、つまり厚さaから混在層のフェライト相までの最長距離である。あるいは、表面層の表面から混在層のフェライト相までの距離が長い複数点の距離を測定し、その平均値を混在層の厚さbとしてもよい。
なお、切断面の組織を観察する際に、エッチング剤にてフェライト相を組織エッチングさせてもよい。これにより、オーステナイト化相とフェライト相との境界が明確になるので、切断面の組織を観察しやすくできる。
【0029】
[窒素含有量の測定]
前記各実施例および各比較例で製造した金属材料について、オーステナイト化された表面層の窒素含有量を、不活性ガス融解熱伝導度法にて測定した。
【0030】
【0031】
[評価結果]
表2に、各実施例および各比較例の評価結果を示す。
表2に示すように、本開示の実施例1~10では、混在層の厚さbが126~199μmとなっており、b/aが28~44%となっている。一方、比較例1~3では、混在層の厚さbが400~1260μmとなっており、b/aが89~280%となっている。これは、比較例1では、Moが1.3%未満であり、窒素の移動速度および拡散速度が低下したためであると考えられる。また、比較例2では、Cuが0.1%未満であったため、フェライト相における窒素のばらつきが大きくなったためであると考えられる。さらに、比較例3では、Nbが0.05%未満であったため、窒素の移動速度および拡散速度が低下したためであると考えられる。
このことから、本開示の実施例1~10では、比較例1~3に比べて、オーステナイト化された表面層が均一に形成されることが示唆された。これは、表2に示すように、本開示の実施例1~10の組成では、比較例に比べて表面層の窒素含有量が多くなっていることから、フェライト相への窒素の移動およびフェライト相における窒素の拡散が促進されたことによるものと考えられる。
これにより、本開示の実施例1~10では、表面層の厚さaが450μmに達するまでの窒素吸収処理の処理時間が3.7~4.7時間であり、処理時間が10.0~12.0時間である比較例1~3に比べて、処理時間を大幅に短縮できることが示唆された。
【0032】
【0033】
[変形例]
なお、本開示は前述の各実施形態に限定されるものではなく、本開示の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本開示に含まれるものである。
【0034】
前述した実施形態では、本開示の時計用部品はケース2として構成されていたが、これに限定されない。例えば、本開示の時計用部品は、ベゼル、裏蓋、バンド、りゅうず、ボタン等として構成されていてもよい。
【0035】
前述した実施形態では、本開示のフェライト系ステンレス鋼を母材とした金属材料は、時計用部品を構成していたが、これに限定されない。例えば、本開示の金属材料は、時計以外の電子機器のケース、つまり、ハウジング等の電子機器用部品を構成していてもよい。このような金属材料から構成されるハウジングを備えることで、電子機器は高い硬度、耐食性を有することができる。
【符号の説明】
【0036】
1…時計、2…ケース(時計用部品)、3…秒針、4…分針、5…時針、6…アワーマーク、7…りゅうず、8…Aボタン、9…Bボタン、10…文字板、100…母材(フェライト系ステンレス鋼)、200…金属材料、201…基部、202…表面層、203…混在層。