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特許7404824駆動力伝達装置及び駆動力伝達装置の制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】駆動力伝達装置及び駆動力伝達装置の制御方法
(51)【国際特許分類】
   F16D 13/52 20060101AFI20231219BHJP
   F16D 48/06 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
F16D13/52 D
F16D48/06 101Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019216230
(22)【出願日】2019-11-29
(65)【公開番号】P2021085490
(43)【公開日】2021-06-03
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110002583
【氏名又は名称】弁理士法人平田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小田 唯知郎
(72)【発明者】
【氏名】永山 剛
(72)【発明者】
【氏名】小野 智範
(72)【発明者】
【氏名】香西 貴司
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-014134(JP,A)
【文献】特開2019-044926(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 11/00-23/14,25/06-25/12,
48/00-48/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
同軸上で相対回転可能な入力回転部材及び出力回転部材と、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑される複数のクラッチプレートを有する多板クラッチと、供給される電流に応じた押圧力で前記多板クラッチを押圧する押圧機構と、前記押圧機構に電流を供給する電流供給回路を有する制御装置とを備え、前記多板クラッチによって前記入力回転部材から前記出力回転部材に車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置であって、
前記制御装置は、前記多板クラッチによって伝達すべき駆動力であるトルク指令値を車両状態に基づいて演算するトルク指令値演算部と、前記トルク指令値に対応する電流指令値を演算する電流指令値演算部と、前記電流指令値を補正する電流補正部と、前記電流補正部によって補正された前記電流指令値に応じた電流が前記押圧機構に供給されるように前記電流供給回路を制御する電流制御部とを有し、
前記電流補正部は、前記トルク指令値の変化率に応じた補正量で前記電流指令値を増減させる補正を行う、
駆動力伝達装置。
【請求項2】
前記電流補正部は、前記トルク指令値の上昇時に、前記トルク指令値の変化率が基準変化率より高い場合、前記電流指令値を増大させ、前記トルク指令値の変化率が基準トルク指令値変化率より低い場合、前記電流指令値を減少させる、
請求項1に記載の駆動力伝達装置。
【請求項3】
前記電流補正部は、前記トルク指令値の下降時に、前記トルク指令値の変化率が基準変化率より高い場合、前記電流指令値を減少させ、前記トルク指令値の変化率が基準トルク指令値変化率より低い場合、前記電流指令値を増大させる、
請求項1又は2に記載の駆動力伝達装置。
【請求項4】
前記電流補正部は、前記トルク指令値の変化率と基準変化率との乖離が大きいほど前記補正量を大きくする、
請求項2又は3に記載の駆動力伝達装置。
【請求項5】
前記電流補正部は、前記トルク指令値の変化率と前記補正量との関係を示す関係情報を参照して前記補正を行い、
前記関係情報に示される前記トルク指令値の上昇時の前記補正量と前記トルク指令値の下降時の前記補正量とが、符号の正負を逆にした値である、
請求項1乃至4の何れか1項に記載の駆動力伝達装置。
【請求項6】
同軸上で相対回転可能な入力回転部材及び出力回転部材と、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑される複数のクラッチプレートを有する多板クラッチと、供給される電流に応じた押圧力で前記多板クラッチを押圧する押圧機構とを備え、前記多板クラッチによって前記入力回転部材から前記出力回転部材に車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置の制御方法であって、
前記多板クラッチによって伝達すべき駆動力であるトルク指令値を車両状態に基づいて演算し、前記トルク指令値に対応する電流指令値を演算し、前記トルク指令値の変化率に応じた補正量で前記電流指令値を増減させる補正を行い、前記補正された前記電流指令値に応じた電流を前記押圧機構に供給する、
駆動力伝達装置の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油によってクラッチプレート間の摩擦摺動が潤滑される多板クラッチにより駆動力を伝達する駆動力伝達装置、及び駆動力伝達装置の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、潤滑油によってクラッチプレート間の摩擦摺動が潤滑される多板クラッチにより駆動力を伝達する駆動力伝達装置が、例えば4輪駆動車の補助駆動輪に駆動力を伝達するために用いられている。本出願人は、このような駆動力伝達装置として、特許文献1,2に記載のものを提案している。
【0003】
特許文献1には、入力電流に対応した出力トルクを車両の駆動源側から補助駆動輪側に伝達する駆動力伝達装置の組み立て後の動作試験の結果に基づいて、入力電流と出力トルクとの特性であるI-T特性を記憶部に記憶し、記憶部に記憶されたI-T特性に基づいて電流を制御することにより、個々の駆動力伝達装置の特性のばらつきを低減して出力トルクの精度を高めることが記載されている。
【0004】
特許文献2には、指令トルクに基づいて算出された指令電流値がクラッチプレート間の摩擦係合が解除される第1の所定電流値以下である状態から第1の所定電流値よりも大きな値となった場合に起動時であると判定し、起動時における指令電流値が第2の所定電流値以下である場合には、指令電流値が第2の所定電流値よりも大きくなるように、指令電流値に補正値を加える突入電流供給制御を行うことが記載されている。ここで、第2の所定電流値は、クラッチプレートが所定の応答速度(使用上、応答遅れが問題とならない速度)以上で摩擦係合可能な電流値である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2007-064251号公報
【文献】特開2009-014134号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、潤滑油によってクラッチプレート間の摩擦摺動が潤滑される多板クラッチと、供給される電流に応じた押圧力で多板クラッチを押圧する押圧機構とを備えた駆動力伝達装置では、指令トルクが増大する過程で、実際に出力されるトルク(駆動力)と指令トルクとの乖離が大きくなる場合があった。本発明者らは、この原因と対策について鋭意研究し、本発明をなすに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、指令トルクが増大するときの指令トルクと実際に出力されるトルクとの差を低減し、多板クラッチの伝達トルクの精度を高めることが可能な駆動力伝達装置及び駆動力伝達装置の制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上記の目的を達成するため、同軸上で相対回転可能な入力回転部材及び出力回転部材と、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑される複数のクラッチプレートを有する多板クラッチと、供給される電流に応じた押圧力で前記多板クラッチを押圧する押圧機構と、前記押圧機構に電流を供給する電流供給回路を有する制御装置とを備え、前記多板クラッチによって前記入力回転部材から前記出力回転部材に車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置であって、前記制御装置は、前記多板クラッチによって伝達すべき駆動力であるトルク指令値を車両状態に基づいて演算するトルク指令値演算部と、前記トルク指令値に対応する電流指令値を演算する電流指令値演算部と、前記電流指令値を補正する電流補正部と、前記電流補正部によって補正された前記電流指令値に応じた電流が前記押圧機構に供給されるように前記電流供給回路を制御する電流制御部とを有し、前記電流補正部は、前記トルク指令値の変化率に応じた補正量で前記電流指令値を増減させる補正を行う、駆動力伝達装置を提供する。
【0009】
また、本発明は、上記の目的を達成するため、同軸上で相対回転可能な入力回転部材及び出力回転部材と、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑される複数のクラッチプレートを有する多板クラッチと、供給される電流に応じた押圧力で前記多板クラッチを押圧する押圧機構とを備え、前記多板クラッチによって前記入力回転部材から前記出力回転部材に車両の駆動力を伝達する駆動力伝達装置の制御方法であって、前記多板クラッチによって伝達すべき駆動力であるトルク指令値を車両状態に基づいて演算し、前記トルク指令値に対応する電流指令値を演算し、前記トルク指令値の変化率に応じた補正量で前記電流指令値を増減させる補正を行い、前記補正された前記電流指令値に応じた電流を前記押圧機構に供給する、駆動力伝達装置の制御方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る駆動力伝達装置及び駆動力伝達装置の制御方法によれば、指令トルクが増大するときの指令トルクと実際に出力されるトルクとの差を低減し、多板クラッチの伝達トルクの精度を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の制御装置が搭載された4輪駆動車の概略の構成例を示す概略構成図である。
図2】トルクカップリングの構成例を示す断面図である。
図3】制御装置の制御構成の一例を示す制御ブロック図である。
図4】I-T特性マップの一例を示すグラフである。
図5】電磁コイルに供給する電流を一定の変化率で変化させたときのメインクラッチの伝達トルクの変化を示したグラフである。
図6】(a)は、電流指令値が0からステップ状に増大したときの実電流値とメインクラッチの伝達トルクの変化を示すグラフである。(b)は、(a)のグラフの一部を拡大して示す拡大図である。
図7】制御部が実行する処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図8】(a)~(c)は、それぞれ異なる変化率でトルク指令値が上昇した後に一定となった場合のメインクラッチの伝達トルク及び電流指令値の時間的な変化の一例を示すグラフである。
図9】第1の補正値マップの一例を示すグラフである。
図10】第2の補正値マップの一例を示すグラフである。
図11】(a)及び(b)は、トルク指令値の上昇中におけるメインクラッチの伝達トルク及び電流指令値の時間的な変化の一例を示すグラフであり、(a)は補正を行わない場合を、(b)は補正を行う場合を、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施の形態]
本発明の実施の形態について、図1乃至図11を参照して説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、本発明を実施する上での好適な具体例として示すものであり、技術的に好ましい種々の技術的事項を具体的に例示している部分もあるが、本発明の技術的範囲は、この具体的態様に限定されるものではない。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置の制御装置が搭載された4輪駆動車の概略の構成例を示す概略構成図である。
【0014】
図1に示すように、4輪駆動車100は、駆動源としてのエンジン11と、エンジン11の出力を変速するトランスミッション12と、トランスミッション12で変速されたエンジン11の駆動力が常に伝達される主駆動輪としての左右前輪181,182と、エンジン11の駆動力が4輪駆動車100の車両状態に応じて伝達される補助駆動輪としての左右後輪191,192とを備えている。エンジン11の駆動力が左右前輪181,182及び左右後輪191,192に伝達されるとき、4輪駆動車100が4輪駆動状態となり、エンジン11の駆動力が左右前輪181,182のみに伝達されるとき、4輪駆動車100が2輪駆動状態となる。なお、駆動源としては、エンジンに替えて電動モータを用いてもよく、エンジンと電動モータを組み合わせた所謂ハイブリットシステムを駆動源としてもよい。
【0015】
また、4輪駆動車100は、フロントディファレンシャル13と、プロペラシャフト14と、リヤディファレンシャル15と、リヤディファレンシャル15に駆動力を伝達するピニオンギヤシャフト150と、左右の前輪側のドライブシャフト161,162と、左右の後輪側のドライブシャフト171,172と、プロペラシャフト14からピニオンギヤシャフト150に駆動力を伝達する駆動力伝達装置1とを備えている。
【0016】
また、4輪駆動車100には、左右前輪181,182及び左右後輪191,192のそれぞれの回転速度を検出する車輪速センサ101~104と、アクセルペダル111の踏み込み量を検出するアクセルペダルセンサ105と、ステアリングホイール112の操舵角を検出する操舵角センサ106とが搭載されている。これらのセンサ101~106の検出値は、駆動力伝達装置1の制御に用いられる4輪駆動車100の車両状態の一例である。
【0017】
駆動力伝達装置1は、プロペラシャフト14とピニオンギヤシャフト150との間に配置されたトルクカップリング2と、トルクカップリング2を制御する制御装置7とを備えており、車両状態に応じた駆動力をプロペラシャフト14からピニオンギヤシャフト150に伝達する。制御装置7は、車輪速センサ101~104、アクセルペダルセンサ105、及び操舵角センサ106の検出値を取得可能であり、トルクカップリング2に供給する電流を増減させることでトルクカップリング2を制御する。
【0018】
左右前輪181,182には、エンジン11の駆動力が、トランスミッション12、フロントディファレンシャル13、及び左右の前輪側のドライブシャフト161,162を介して伝達される。フロントディファレンシャル13は、左右の前輪側のドライブシャフト161,162にそれぞれ相対回転不能に連結された一対のサイドギヤ131,131と、一対のサイドギヤ131,131にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ132,132と、一対のピニオンギヤ132,132を支持するピニオンギヤシャフト133と、これらを収容するフロントデフケース134とを有している。
【0019】
フロントデフケース134には、リングギヤ135が固定され、このリングギヤ135がプロペラシャフト14の車両前方側の端部に設けられたピニオンギヤ141に噛み合っている。プロペラシャフト14の車両後方側の端部は、トルクカップリング2のハウジング20に連結されている。トルクカップリング2は、ハウジング20と相対回転可能に配置されたインナシャフト23を有しており、インナシャフト23にピニオンギヤシャフト150が相対回転不能に連結されている。トルクカップリング2の詳細については後述する。
【0020】
リヤディファレンシャル15は、左右の後輪側のドライブシャフト171,172にそれぞれ相対回転不能に連結された一対のサイドギヤ151,151と、一対のサイドギヤ151,151にギヤ軸を直交させて噛合する一対のピニオンギヤ152,152と、一対のピニオンギヤ152,152を支持するピニオンギヤシャフト153と、これらを収容するリヤデフケース154と、リヤデフケース154に固定されてピニオンギヤシャフト150と噛み合うリングギヤ155とを有している。リヤディファレンシャル15は、ピニオンギヤシャフト150から入力された駆動力を、ドライブシャフト171,172を介して左右後輪191,192に配分する。
【0021】
(駆動力伝達装置の構成)
図2は、トルクカップリング2の構成例を示す断面図である。図2において、回転軸線Oよりも上側はトルクカップリング2の作動状態(トルク伝達状態)を、下側はトルクカップリング2の非作動状態(トルク非伝達状態)を、それぞれ示す。以下、回転軸線Oに平行な方向を軸方向という。
【0022】
トルクカップリング2は、フロントハウジング21及びリヤハウジング22からなる入力回転部材としてのハウジング20と、ハウジング20と同軸上で相対回転可能に支持された出力回転部材としてのインナシャフト23と、ハウジング20とインナシャフト23との間に配置された多板クラッチとしてのメインクラッチ3と、メインクラッチ3を押圧するスラスト力を発生させるカム機構4と、制御装置7から電流の供給を受けてカム機構4を作動させる電磁クラッチ機構5とを有して構成されている。カム機構4及び電磁クラッチ機構5は、制御装置7から供給される電流に応じた押圧力でメインクラッチ3を押圧する押圧機構6を構成する。
【0023】
ハウジング20の内部には、メインクラッチ3を含むハウジング20内の各部を潤滑する潤滑油が封入されている。メインクラッチ3は、潤滑油によって摩擦摺動が潤滑される複数のクラッチプレートを有する湿式多板クラッチである。
【0024】
フロントハウジング21は、円筒状の筒部21aと底部21bとを一体に有する有底円筒状である。筒部21aの開口端部における内面には、雌ねじ21cが形成されている。フロントハウジング21の底部21bには、プロペラシャフト14(図1参照)が例えば十字継手を介して連結される。また、フロントハウジング21は、軸方向に延びる複数の外側スプライン突起211を筒部21aの内周面に有している。
【0025】
リヤハウジング22は、鉄等の磁性材料からなる第1環状部材221、第1環状部材221の内周側に溶接等により一体に結合されたオーステナイト系ステンレス等の非磁性材料からなる第2環状部材222、及び第2環状部材222の内周側に溶接等により一体に結合された鉄等の磁性材料からなる第3環状部材223からなる。第1環状部材221と第3環状部材223との間には、電磁コイル53を収容する環状の収容空間22aが形成されている。また、第1環状部材221の外周面には、フロントハウジング21の雌ねじ21cに螺合する雄ねじ221aが形成されている。
【0026】
インナシャフト23は、筒状に形成され、玉軸受24及び針状ころ軸受25によってハウジング20の内周に支持されている。インナシャフト23は、軸方向に延びる複数の内側スプライン突起231を外周面に有している。また、インナシャフト23の一端部における内面には、ピニオンギヤシャフト150(図1参照)の一端部が相対回転不能に嵌合されるスプライン嵌合部232が形成されている。
【0027】
メインクラッチ3は、軸方向に沿って交互に配置された複数のメインアウタクラッチプレート31及び複数のメインインナクラッチプレート32からなる。メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との摩擦摺動は潤滑油によって潤滑される。メインアウタクラッチプレート31はフロントハウジング21と共に回転し、メインインナクラッチプレート32はインナシャフト23と共に回転する。メインアウタクラッチプレート31は、金属からなり、フロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起311を外周端部に有している。メインアウタクラッチプレート31は、係合突起311が外側スプライン突起211に係合することにより、フロントハウジング21との相対回転が規制され、かつフロントハウジング21に対して軸方向に移動可能である。
【0028】
メインインナクラッチプレート32は、インナシャフト23の内側スプライン突起231に係合する複数の係合突起321を内周端部に有している。メインインナクラッチプレート32は、係合突起321が内側スプライン突起231に係合することにより、インナシャフト23との相対回転が規制され、かつインナシャフト23に対して軸方向に移動可能である。また、メインインナクラッチプレート32は、金属からなる円盤状の基材331と、基材331の両側面にそれぞれ張り付けられた多孔質の摩擦材332とを有している。基材331には、摩擦材332が貼着された部分よりも内側に、潤滑油を流通させる複数の油孔333が形成されている。メインインナクラッチプレート32には、摩擦材332との接触面に、潤滑油を流動させる図略の油溝が形成されている。
【0029】
カム機構4は、電磁クラッチ機構5を介してハウジング20の回転力を受けるパイロットカム41と、メインクラッチ3を軸方向に押圧する押圧部材としてのメインカム42と、パイロットカム41とメインカム42との間に配置された複数の球状のカムボール43とを有して構成されている。
【0030】
メインカム42は、メインクラッチ3の一端におけるメインインナクラッチプレート32に接触してメインクラッチ3を押圧する環板状の押圧部421と、押圧部421よりもメインカム42の内周側に設けられたカム部422とを一体に有している。押圧部421には、潤滑油を流通させる油孔420が軸方向に貫通して形成されている。メインカム42は、押圧部421の内周端部に形成されたスプライン係合部421aがインナシャフト23の内側スプライン突起231に係合し、インナシャフト23との相対回転が規制されている。また、メインカム42は、インナシャフト23に形成された段差面23aとの間に配置された皿ばね44により、メインクラッチ3から軸方向に離間するように付勢されている。
【0031】
パイロットカム41は、メインカム42に対して相対回転する回転力を電磁クラッチ機構5から受けるスプライン突起411を外周端部に有している。パイロットカム41とリヤハウジング22の第3環状部材223との間には、スラスト針状ころ軸受45が配置されている。パイロットカム41とメインカム42のカム部422との対向面には、周方向に沿って軸方向の深さが変化する複数のカム溝41a,422aがそれぞれ形成されている。カムボール43は、パイロットカム41のカム溝41aとメインカム42のカム溝422aとの間に配置されている。
【0032】
カム機構4は、パイロットカム41がメインカム42に対して回転することにより、メインクラッチ3を押し付ける押圧力を発生する。メインクラッチ3は、カム機構4からの押圧力によってメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32とが摩擦接触し、これら両プレート間の摩擦力によってハウジング20からインナシャフト23に駆動力を伝達する。
【0033】
電磁クラッチ機構5は、アーマチャ50と、複数のパイロットアウタクラッチプレート51と、複数のパイロットインナクラッチプレート52と、電磁コイル53と、電磁コイル53を保持する磁性材料からなる環状のヨーク54とを有して構成されている。電磁コイル53は、ヨーク54に保持されてリヤハウジング22の収容空間22aに収容されている。ヨーク54は、玉軸受26によってリヤハウジング22の第3環状部材223に支持されている。
【0034】
電磁コイル53には、電線531を介して制御装置7からの電流が励磁電流として供給される。電磁コイル53に通電されると、ヨーク54、リヤハウジング22の第1環状部材221及び第3環状部材223、複数のパイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52、及びアーマチャ50を含む磁路Gに、励磁電流の大きさに応じた磁束密度の磁束が発生する。
【0035】
複数のパイロットアウタクラッチプレート51及び複数のパイロットインナクラッチプレート52は、鉄等の磁性材料からなる円盤状の部材であり、アーマチャ50とリヤハウジング22との間に、軸方向に沿って交互に配置されている。パイロットアウタクラッチプレート51及びパイロットインナクラッチプレート52には、磁束の短絡を防ぐための複数の円弧状のスリットがリヤハウジング22の第2環状部材222と軸方向に並ぶ位置に形成されている。
【0036】
パイロットアウタクラッチプレート51は、フロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起511を外周端部に有している。パイロットインナクラッチプレート52は、パイロットカム41のスプライン突起411に係合する複数の係合突起521を内周端部に有している。なお、パイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52との摩擦摺動も、メインクラッチ3と同様に、潤滑油によって潤滑される。
【0037】
アーマチャ50は、鉄等の磁性材料からなる環状の部材であり、外周部にはフロントハウジング21の外側スプライン突起211に係合する複数の係合突起501が形成されている。これにより、アーマチャ50は、フロントハウジング21に対して軸方向に移動可能で、かつフロントハウジング21に対する相対回転が規制されている。
【0038】
電磁クラッチ機構5は、電磁コイル53への通電により発生する磁力によってアーマチャ50をヨーク54側に吸引し、このアーマチャ50の移動によってパイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52との間に摩擦力を発生させる。パイロットアウタクラッチプレート51とパイロットインナクラッチプレート52とは、アーマチャ50によってリヤハウジング22側に押し付けられて摩擦接触する。
【0039】
トルクカップリング2は、この電磁クラッチ機構5の作動によって、電磁コイル53に供給される電流に応じた回転力がパイロットカム41に伝達され、パイロットカム41がメインカム42に対して相対回転し、カムボール43がカム溝41a,422aを転動する。そして、このカムボール43の転動により、メインカム42にメインクラッチ3を押圧するスラスト力が発生し、複数のメインアウタクラッチプレート31と複数のメインインナクラッチプレート32との間に摩擦力が発生する。
【0040】
(制御装置の構成)
図1に示すように、制御装置7は、CPU(演算処理装置)を有する制御部70と、制御部70のCPUが実行するプログラムなどを記憶する記憶部8と、バッテリー等の直流電源の電圧をスイッチングしてトルクカップリング2の電磁コイル53に電流を供給する電流供給回路9とを有している。電流供給回路9は、トランジスタ等のスイッチング素子を有し、制御部70から出力されるPWM(Pulse Width Modulation)信号に基づいて直流電圧をスイッチングし、電磁コイル53に供給する電流を生成する。
【0041】
制御部70は、記憶部8に記憶されたプログラムをCPUが実行することにより、メインクラッチ3によって伝達すべき駆動力であるトルク指令値を車両状態に基づいて演算するトルク指令値演算部71、トルク指令値に対応する電流指令値を演算する電流指令値演算部72、電流指令値を補正する電流補正部73、及び電流補正部73によって補正された電流指令値に応じた電流が押圧機構6に供給されるように電流供給回路9を制御する電流制御部74として機能する。なお、トルク指令値演算部71、電流指令値演算部72、電流補正部73、及び電流制御部74の一部又は全部の機能をASICやFPGA等のハードウェアで実現してもよい。
【0042】
図3は、制御装置7の制御構成の一例を示す制御ブロック図である。記憶部8は、制御部70のCPUが実行するプログラム81の他、トルク指令値マップ82、I-T特性マップ83、第1の補正値マップ84、及び第2の補正値マップ85を不揮発性メモリに記憶している。
【0043】
トルク指令値演算部71は、車両状態に基づいてトルク指令値マップ82を参照し、トルク指令値Tを演算する。トルク指令値マップ82には、例えば左右前輪181,182の平均回転速度と左右後輪191,192の平均回転速度との差である前後輪差動回転速度と第1指令トルク成分との関係、アクセルペダルの踏み込み量及び車速と第2指令トルク成分との関係、ならびに操舵角及び車速と第3指令トルク成分との関係が定義されており、トルク指令値演算部71は、これら第1乃至第3トルク成分の合計値をトルク指令値Tとして演算する。
【0044】
電流指令値演算部72は、I-T特性マップ83を参照してトルク指令値Tに対応する電流指令値Iを演算する。I-T特性マップ83には、駆動力伝達装置1の製造時におけるトルクカップリング2の組み立て後に行われる動作試験の結果が記憶されている。この動作試験は、電磁コイル53に供給する電流を0から最大値まで時間変化率(時間当たりの電流の変化量)を一定に保って変化させながら、ハウジング20からインナシャフト23に伝達される駆動力(トルク)を測定することにより行われる。以下、動作試験時において電磁コイル53に供給する電流が0から最大値まで変化するまでの時間をI-T特性測定時間という。このI-T特性測定時間は、例えば5秒である。また、以下の説明において、変化率とは時間当たりの変化量をいうものとし、上記の動作試験時の電流の変化率を基準変化率という。
【0045】
図4は、I-T特性マップ83の一例を示すグラフである。I-T特性マップ83は、駆動力伝達装置1の製造時に記憶部8に記憶される。I-T特性マップ83には、図4のグラフに示す複数の座標点が二次元座標系で登録されており、電流指令値演算部72は、これらの座標点間を線形補間してトルク指令値Tに対応する電流指令値Iを演算する。横軸におけるImaxは動作試験における電磁コイル53の電流の最大値を示している。電流指令値演算部72は、例えばトルク指令値T図4のグラフの縦軸におけるTの場合、Tに対応する横軸の値であるIを電流指令値Iとして算出する。
【0046】
電流補正部73は、トルク指令値Tの時間的な変化に基づいて、電流指令値Iを補正するか否か、またどのような補正を行うかを判定する判定部731と、第1の補正値マップ84に基づいて第1の補正値Cを演算する第1の補正値演算部732と、第2の補正値マップ85に基づいて第2の補正値Cを演算する第2の補正値演算部733と、電流指令値Iに第1の補正値C及び第2の補正値Cを加算して補正電流指令値I**を演算する加算器734とを有する。電流補正部73の処理の詳細については後述する。
【0047】
電流制御部74は、減算器741と、F/B(フィードバック)制御部742と、PWM信号出力部743とを有している。減算器741には、補正電流指令値I**が入力されると共に、電磁コイル53に供給される電流を検出する電流センサ75により検出された実電流値Iが入力される。減算器741は、補正電流指令値I**と実電流値Iとの電流偏差ΔIを算出し、F/B制御部742に出力する。
【0048】
F/B制御部742は、入力された電流偏差ΔIに基づいてフィードバック制御量を算出し、このフィードバック制御量をPWM信号出力部743に出力する。F/B制御部742は、電流偏差ΔIに所定の比例ゲインを乗じた値と、電流偏差ΔIの積分値に所定の積分ゲインを乗じた値との合計値をフィードバック制御量として算出する。PWM信号出力部743は、このフィードバック制御量に応じたPWM演算を行い、フィードバック制御量に応じたデューテー比のPWM信号を電流供給回路9に出力する。
【0049】
電流供給回路9からの電流が電磁コイル53に供給されない無通電状態では、カム機構4のメインカム42が皿ばね44の付勢力によってメインクラッチ3から離間し、複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に潤滑油が介在する。この状態から電磁コイル53に通電されると、メインクラッチ3がメインカム42に押圧されて複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間の潤滑油が徐々に排出され、メインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32とが接触して摩擦力が発生する。
【0050】
ここで、電流指令値演算部72は、上記のI-T特性測定時間の間に電磁コイル53に供給する電流を0から最大値まで変化させたときの結果に基づいて設定されたI-T特性マップ83を参照して電流指令値Iを演算するので、電磁コイル53に供給される電流が増大するときの電流の変化率が基準変化率よりも高い場合には、各電流値において動作試験時よりも多くの潤滑油が複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に残留し、メインクラッチ3によって伝達されるトルクが動作試験時よりも小さくなる傾向にある。一方、これとは逆に、電磁コイル53に供給される電流が増大するときの電流の変化率が基準変化率よりも低い場合には、各電流値において動作試験時よりも少ない潤滑油が複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に介在するので、メインクラッチ3によって伝達されるトルクが動作試験時よりも大きくなる傾向にある。
【0051】
また、電磁コイル53に供給される電流が減少するときの電流の変化率が基準変化率よりも高い場合には、各電流値において動作試験時よりも潤滑油が複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に入り込みにくく、メインクラッチ3によって伝達されるトルクが動作試験時よりも大きくなる傾向にある。一方、これとは逆に、電磁コイル53に供給される電流が減少するときの電流の変化率が基準変化率よりも低い場合には、各電流値において動作試験時よりも多くの潤滑油が複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に入り込むので、メインクラッチ3によって伝達されるトルクが動作試験時よりも小さくなる傾向にある。
【0052】
図5は、電磁コイル53に供給する電流を一定の変化率で0から最大値まで変化させたときのメインクラッチ3の伝達トルク(実トルク)の変化を示したグラフである。このグラフでは、電磁コイル53に供給する電流を0から最大値まで変化させる時間(スイープ時間)を1秒、3秒、及び30秒とした場合について、電磁コイル53の励磁電流とメインクラッチ3の伝達トルクとの関係を示している。例えばスイープ時間が1秒の場合、電磁コイル53に供給する電流を1秒かけて0から最大値まで一定の変化率で変化させる。
【0053】
図5のグラフに示すように、スイープ時間が短いほど、電流の増加時においてはメインクラッチ3からの潤滑油の排出が遅れ、実際に伝達されるトルクが小さくなる。このように、スイープ時間がI-T特性測定時間よりも短ければ、すなわち電磁コイル53に供給する電流が基準変化率よりも高ければ、電流の増加時においてはメインクラッチ3の伝達トルクがI-T特性マップ83に示される特性よりも小さくなり、電流の減少時においてはメインクラッチ3の伝達トルクがI-T特性マップ83に示される特性よりも大きくなる。また、スイープ時間がI-T特性測定時間よりも長ければ、すなわち電磁コイル53に供給する電流が基準変化率よりも低ければ、電流の増加時においてはメインクラッチ3の伝達トルクがI-T特性マップ83に示される特性よりも大きくなり、電流の減少時においてはメインクラッチ3の伝達トルクがI-T特性マップ83に示される特性よりも小さくなる。
【0054】
また、トルク指令値Tが変化した後に一定となったときのメインクラッチ3の伝達トルクは、電磁コイル53に供給する電流を一定としていても、トルク指令値Tが一定となった後に緩やかに変化してしまうことが、本発明者らによって確認されている。具体的には、トルク指令値Tが例えば0の状態から徐々に増大して一定値となったとき、電磁コイル53に供給される電流が一定であっても、メインクラッチ3の伝達トルクが徐々に増大してしまう。また、トルク指令値Tが徐々に減少して一定値となったときには、電磁コイル53に供給される電流が一定であっても、メインクラッチ3の伝達トルクが徐々に減少してしまう。
【0055】
図6(a)は、電流指令値Iが0からステップ状に増大したときの実電流値とメインクラッチ3の伝達トルクの変化を示すグラフである。図6(b)は、図6(a)のグラフの一部を拡大して示す拡大図である。
【0056】
図6(a)及び(b)に示すように、電流指令値Iが0からステップ状に増大したときには、初期状態においてメインクラッチ3の伝達トルクが急激に立ち上がり、その後、複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に介在する潤滑油が排出されるにつれて数秒間にわたってメインクラッチ3の伝達トルクが緩やかに上昇する。
【0057】
図5のグラフに示すような電流増加時における伝達トルクと電流減少時における伝達トルクとの乖離量が電流の変化率に応じて変化する現象、及び図6に示すような複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間に介在する潤滑油の量の変化に伴ってメインクラッチ3の伝達トルクの緩やかに変化する現象は、トルク指令値Tに対する実際の伝達トルクの誤差の原因となり、好ましくない。本実施の形態では、次に述べる制御方法により、これらの現象による伝達トルクの誤差の発生を抑制する。
【0058】
図7は、制御部70が補正電流指令値I**を算出するまでの処理の手順の一例を示すフローチャートである。制御部70は、所定の演算周期(例えば5ms)毎にこのフローチャートにおける各処理を実行する。
【0059】
図7に示すフローチャートの処理において、制御部70は、車両状態に基づいてトルク指令値マップ82を参照し、トルク指令値Tを演算する(ステップS1)。次に制御部70は、I-T特性マップ83を参照し、トルク指令値Tに対応する電流指令値Iを演算する(ステップS2)。ステップS1の処理は、トルク指令値演算部71の処理であり、ステップS2の処理は、電流指令値演算部72の処理である。
【0060】
次に、制御部70は、前回の演算周期におけるトルク指令値Tの前回値と今回の演算周期におけるトルク指令値Tの今回値との差であるトルク指令値変化量ΔTを演算する(ステップS3)。次に、制御部70は、トルク指令値変化量ΔTの絶対値が所定の閾値A未満か否かを判定する(ステップS4)。この閾値Aは、トルク指令値Tが実質的に一定である場合にステップS4の判定結果が正(Yes)となる小さな値である。以下、ステップS4の判定結果が正(Yes)となる状態、すなわちトルク指令値Tの変化率が所定範囲内となる状態を定トルク状態という。
【0061】
ステップS4の判定の結果が正(Yes)である場合、制御部70は、ステップS4の判定の結果が正(Yes)となる前のトルク指令値Tの変化率に基づいて、後述するステップS7で用いるカウンタ閾値Bを算出する(ステップS5)。次に、制御部70は、時間を計測するためのカウンタCをカウントアップする(ステップS6)。なお、ステップS5の処理は、ステップS4の判定の結果が継続して正(Yes)である場合には、その初回の演算周期で行えばよく、以降の演算周期においては省略することができる。
【0062】
次に、制御部70は、ステップS6でカウントアップしたカウンタCが、ステップS5で算出したカウンタ閾値B以上か否かを判定する(ステップS7)。この判定の結果、カウンタCがカウンタ閾値B以上であれば(S7:Yes)、制御部70は、カウンタCによって求められる検出時間Tに基づいて第1の補正値マップ84を参照し、第1の補正値Cを演算する(ステップS8)。この検出時間Tは、定トルク状態の継続時間に相当するものであり、カウンタCのカウンタ値に演算周期を乗じて求めることができる。また、制御部70は、第1の補正値Cを電流指令値Iに加算して補正電流指令値I**を算出する(ステップS9)。
【0063】
このように、電流補正部73は、トルク指令値Tが変化した後に定トルク状態となったとき、定トルク状態の継続時間に応じた第1の補正値Cで電流指令値Iを補正する。なお、ステップS7の判定の結果が否(No)であれば、制御部70は、ステップS8及びステップS9の処理を行うことなく、1回の演算周期における処理を終了する。
【0064】
一方、ステップS4の判定の結果が否(No)である場合、制御部70は、カウンタCを0にリセットする(ステップS10)。また、制御部70は、過去の所定時間内におけるトルク指令値Tの変化率を、過去の複数回の演算周期におけるトルク指令値変化量ΔTの平均値によって算出する(ステップS11)。この所定時間は、例えば20msであり、演算周期が5msであれば、今回の演算周期と過去3回分の演算周期のトルク指令値変化量ΔTの平均値がステップS11で算出されるトルク指令値Tの変化率となる。
【0065】
次に、制御部70は、ステップS11で算出したトルク指令値Tの変化率に基づいて第2の補正値マップ85を参照し、第2の補正値Cを演算する(ステップS12)。そして、制御部70は、第2の補正値Cを電流指令値Iに加算して補正電流指令値I**を算出する(ステップS13)。
【0066】
ステップS4からステップS7の処理ならびにステップS10の処理は、電流補正部73の判定部731の処理である。ステップS8の処理は、電流補正部73の第1の補正値演算部732の処理である。ステップS12の処理は、電流補正部73の第2の補正値演算部733の処理である。また、ステップS9及びステップS13の処理は、電流補正部73の加算器734の処理である。
【0067】
ここで、ステップS5におけるカウンタ閾値Bの算出方法について詳述する。制御部70は、過去の所定時間内におけるトルク指令値Tの変化率に基づいてカウンタ閾値Bを算出する。この所定時間は、ステップS11における所定時間よりも長いことが望ましく、例えば1秒以上である。制御部70は、過去の所定時間内におけるトルク指令値Tの変化率が高いほど、すなわち過去の所定時間内におけるトルク指令値Tの変化量(絶対値)が大きいほど、カウンタ閾値Bを大きく設定する。
【0068】
これは、トルク指令値Tが急激に増加した場合には、複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間からの潤滑油の排出が間に合わず、トルク指令値Tの増加が緩やかな場合には、トルク指令値Tが一定となるまでの間に複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32との間からの潤滑油の排出が進むためである。また、トルク指令値Tの減少時には、トルク指令値Tの変化率が高いほど複数のメインアウタクラッチプレート31とメインインナクラッチプレート32の間に介在する潤滑油の粘性による引き摺りトルクの影響が長引くため、カウンタ閾値Bを大きく設定する必要がある。
【0069】
カウンタ閾値Bは、メインクラッチ3の伝達トルクがトルク指令値Tに略一致する時点から第1の補正値Cによる補正の効果が表れ始めるように設定することが理想的であり、例えばトルク指令値Tの変化率を変えながら行う実験結果により、トルク指令値Tの変化率と理想的なカウンタ閾値Bとの関係を導き出すことが望ましい。
【0070】
このように、電流補正部73は、定トルク状態となる前のトルク指令値Tの変化率に応じてカウンタ閾値Bを設定し、定トルク状態となった後、カウンタ閾値Bに応じた所定時間の経過後に第2の補正値Cによる電流指令値Iの補正を開始する。
【0071】
なお、例えば潤滑油の推定温度やハウジング20とインナシャフト23との差動回転速度に応じてカウンタ閾値Bを変更するようにしてもよい。潤滑油の推定温度は、例えば外気温やトルクカップリング2の負荷状態に基づいて推定することができ、ハウジング20とインナシャフト23の差動回転速度は、前後輪差動回転速度から求めることができる。潤滑油は、低温になるほど粘性が高くなるので、潤滑油の推定温度が高いほどカウンタ閾値Bを短くすることが望ましい。また、潤滑油は、ハウジング20とインナシャフト23との差動回転速度が低い方が円滑に排出される傾向があるので、ハウジング20とインナシャフト23との差動回転速度が低いほどカウンタ閾値Bを短くすることが望ましい。
【0072】
図8(a)~(c)は、それぞれ異なる変化率でトルク指令値Tが上昇した後に一定となった場合のメインクラッチ3の伝達トルク及び電流指令値Iの時間的な変化の一例を示すグラフであり、図8(a)はトルク指令値Tの変化率が低く、図8(b)はトルク指令値Tの変化率が中程度で、図8(c)はトルク指令値Tがステップ的に上昇した場合のグラフである。なお、図8(b)のグラフにおいて、トルク指令値Tが一定となる1.5秒程度前の時点からの電流指令値Iの変化率は、トルクカップリング2の組み立て後の動作試験時において電磁コイル53に供給される電流の変化率と同等である。
【0073】
図8(a)に示すように、トルク指令値Tの変化率が低い場合には、トルク指令値Tの上昇中においてはメインクラッチ3の伝達トルクがトルク指令値Tよりも大きく、トルク指令値Tが一定となった時点でもメインクラッチ3の伝達トルクがトルク指令値Tを超えている。このような場合には、ステップS8及びステップS9の補正処理を速やかに開始することが望ましい。
【0074】
また、図8(c)に示すように、トルク指令値Tの変化率が高い場合には、トルク指令値Tの上昇にメインクラッチ3の伝達トルクが追い付かず、トルク指令値Tが一定となった時点でメインクラッチ3の伝達トルクがトルク指令値Tを下回っている。このような場合には、ステップS8及びステップS9の補正処理の開始を遅らせることが望ましい。
【0075】
図9は、第1の補正値マップ84の一例を示すグラフである。ここでは、トルク指令値Tが上昇した後に定トルク状態となった場合に制御部70が参照するマップ情報を図示している。図9に示すように、第1の補正値マップ84には、検出時間Tがtとなるまでは補正量(絶対値)が徐々に増加し、tとなった後には補正量が一定となる特性が記憶されている。図9に示すように、トルク指令値Tが増大した後に定トルク状態となった場合の第1の補正値Cは負値であり、ステップS9において電流指令値Iに第1の補正値Cが加算されることにより、補正電流指令値I**は電流指令値Iよりも小さくなる。
【0076】
なお、トルク指令値Tが減少した後に定トルク状態となった場合に制御部70が参照する第1の補正値マップ84のマップ情報は、例えば図9に示すマップ情報の補正値の正負を反転したものであるが、補正量の絶対値を変えてもよく、補正量が一定となる時間(図9ではt)を変えてもよい。この場合の第1の補正値Cは正値であり、ステップS9において電流指令値Iに第1の補正値Cが加算されることにより、補正電流指令値I**は電流指令値Iよりも大きくなる。
【0077】
このように、電流補正部73は、トルク指令値Tが増大した後に定トルク状態となったとき、定トルク状態の継続時間に応じた第1の補正値Cで電流指令値Iを漸減させる補正を行う。また、電流補正部73は、トルク指令値Tが減少した後に定トルク状態となったとき、定トルク状態の継続時間に応じた第1の補正値Cで電流指令値Iを漸増させる補正を行う。
【0078】
図10は、第2の補正値マップ85の一例を示すグラフである。この第2の補正値マップ85は、トルク指令値Tの変化率と第2の補正値Cとの関係を示す関係情報の一例である。第2の補正値マップ85には、トルク指令値Tの大きさ(0Nm及びT~T(ただし、0<T<T<T<T<T))ごとに、ステップS11で演算したトルク指令値Tの変化率と第2の補正値Cとの関係が定義されている。なお、このグラフの横軸として用いるトルク指令値Tの変化率としては、過去の複数回の演算周期におけるトルク指令値変化量ΔTの平均値を用いてもよいが、前回の演算周期におけるトルク指令値Tと今回の演算周期におけるトルク指令値Tとの差であるトルク指令値変化量ΔTを用いてもよい。
【0079】
図10に示す横軸のRは、基準変化率を示している。縦軸に示す第2の補正値Cは、横軸に示すトルク指令値Tの変化率が基準変化率よりも高い場合は正値となり、トルク指令値Tの変化率が基準変化率よりも低い場合は負値となる。このように、電流補正部73は、トルク指令値Tの上昇時にトルク指令値Tの変化率が基準変化率より高い場合、電流指令値Iに第2の補正値Cを加算することにより、補正電流指令値I**を電流指令値Iよりも大きくする。すなわち、電流指令値を増大させる補正を行う。また、電流補正部73は、トルク指令値Tの上昇時にトルク指令値Tの変化率が基準変化率より低い場合、電流指令値Iに負値の第2の補正値Cを加算することにより、補正電流指令値I**を電流指令値Iよりも小さくする。すなわち、電流指令値を減少させる補正を行う。
【0080】
図10に示すように、第2の補正値Cの大きさ(絶対値)は、トルク指令値Tの変化率と基準変化率との乖離(差)が大きいほど大きくなる。また、トルク指令値Tの変化率が基準変化率よりも低い場合には、トルク指令値Tの変化率が基準変化率よりも高い場合に比較して、図10に示すグラフの勾配が大きい。つまり、トルク指令値Tの大きさの変化量に対する第2の補正値Cの絶対値の変化量が大きい。
【0081】
また、電流補正部73は、トルク指令値Tの下降時には、図10に示す縦軸の第2の補正値Cの正負を逆にした値を用いて電流指令値Iの補正を行う。すなわち、第2の補正値マップ85に示されるトルク指令値Tの上昇時の第2の補正値Cとトルク指令値Tの下降時の第2の補正値Cとは、符号の正負を逆にした値である。
【0082】
このように、電流補正部73は、トルク指令値Tの上昇時にトルク指令値Tの変化量が閾値Aよりも大きいとき、トルク指令値Tの変化率に応じた補正量で電流指令値Iを増大させる補正を行う。また、電流補正部73は、トルク指令値Tの下降時にトルク指令値Tの変化量が閾値Aよりも大きいとき、トルク指令値Tの変化率に応じた補正量で電流指令値Iを減少させる補正を行う。またさらに、電流補正部73は、第2の補正値マップ85を参照することにより、トルク指令値Tの変化率が大きいほど電流指令値Iの補正量を大きくする。
【0083】
図11(a)及び(b)は、トルク指令値Tの上昇中におけるメインクラッチ3の伝達トルク及び電流指令値Iの時間的な変化の一例を示すグラフであり、図11(a)は第2の補正値Cによる補正を行わない場合を、図11(b)は第2の補正値Cによる補正を行う場合を、それぞれ示している。図11(a)に示すように、トルク指令値Tの変化率が低いとメインクラッチ3の伝達トルクがトルク指令値Tよりも大きくなるが、第2の補正値Cによる補正を行うことにより、図11(b)に示すようにメインクラッチ3の伝達トルクとトルク指令値Tとの差が小さくなる。
【0084】
なお、第1の補正値マップ84に示される第1の補正値Cならびに第2の補正値マップ85に示される第2の補正値Cは、予め設定されて記憶部8に記憶されたものをそのまま用いてもよいが、例えばトルク指令値Tの大きさやハウジング20とインナシャフト23との差動回転速度、あるいは潤滑油の推定温度に基づいて変更してもよい。この場合、トルク指令値Tが大きいほど、ハウジング20とインナシャフト23との差動回転速度が大きいほど、また潤滑油の推定温度が低いほど、第1の補正値C及び第2の補正値Cの大きさ(絶対値)を大きくすることが望ましい。
【0085】
(実施の形態の効果)
以上説明した本発明の実施の形態によれば、トルク指令値Tの上昇時及び下降時におけるトルク指令値Tとメインクラッチ3の伝達トルクとの差を低減し、メインクラッチ3の伝達トルクの精度を高めることが可能となる。
【0086】
(付記)
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、この実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【0087】
また、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変形して実施することが可能である。例えば、4輪駆動車100の構成は、図1に例示したものに限らず、様々な構成の4輪駆動車等に本発明を適用することが可能である。
【符号の説明】
【0088】
1…駆動力伝達装置 20…ハウジング(入力回転部材)
23…インナシャフト(出力回転部材) 3…メインクラッチ(多板クラッチ)
31…メインアウタクラッチプレート 32…メインインナクラッチプレート
6…押圧機構 7…制御装置
71…トルク指令値演算部 72…電流指令値演算部
73…電流補正部 74…電流制御部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11