(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】ロータリエンジン
(51)【国際特許分類】
F02B 23/08 20060101AFI20231219BHJP
F02B 55/02 20060101ALI20231219BHJP
F02B 53/00 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
F02B23/08 Z
F02B55/02 D
F02B53/00 J
(21)【出願番号】P 2020096297
(22)【出願日】2020-06-02
【審査請求日】2023-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田中 清喬
(72)【発明者】
【氏名】安永 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】狩川 信吾
【審査官】平井 功
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-190377(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 1/00-23/10
F02B 53/00-59/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
略楕円形状のトロコイド内周面を有するロータハウジングと、
上記ロータハウジングの両側に配置されて、該ロータハウジングと共にロータ収容室を形成するサイドハウジングと、
エキセントリックシャフトに支持されて上記ロータ収容室内に収容され、該ロータ収容室内に3つの作動室を区画するとともに、回転によって各作動室を周方向に移動させながら、各作動室において吸気、圧縮、膨張及び排気の各行程を順に行なわせる略三角形状のロータと、
上記ロータハウジングに設けられた、上記作動室に燃料を噴射するインジェクタとを備え、
上記作動室を区画する上記ロータの各々円弧状をなす外周面にリセスが形成されており、
上記リセスは、上記外周面の長手方向の中央より上記ロータの回転方向の前方に延びるリーディング側凹部と、該凹部に連続し当該中央より上記回転方向の手前側に延びるトレーリング側凹部とを備え、
上記リーディング側凹部は上記トレーリング側凹部よりも容積が大きくなっており、
上記インジェクタの燃料噴射開始時期は吸気行程下死点前60゜から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定され、
上記インジェクタは、上記ロータハウジングの長軸を基準ラインとして、上記エキセントリックシャフトの軸心を中心とする角度で上記ロータの回転方向に-10゜から+20゜にわたる範囲に配置され、
上記インジェクタは、上記ロータが上記作動室の一つを吸気行程下死点に位置づけた姿勢にあると想定したときの、該ロータの当該作動室を形成する外周面の長手方向の中央から上記リーディング側凹部の長手方向の中央にわたる範囲を指向するように、該インジェクタの中心軸が配置されていることを特徴とするロータリエンジン。
【請求項2】
請求項1において、
上記燃料噴射開始時期は吸気行程下死点から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定され、
上記インジェクタは、上記基準ラインよりも上記ロータの回転方向の前方に配置されていることを特徴とするロータリエンジン。
【請求項3】
請求項2において、
上記インジェクタは、その中心軸が上記基準ラインと平行になっていることを特徴とするロータリエンジン。
【請求項4】
請求項1において、
上記インジェクタは、その中心軸が上記基準ラインに対して上記ロータの回転方向に傾斜して上記リーディング側凹部を指向していることを特徴とするロータリエンジン。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一において、
上記インジェクタは、多噴孔型であって、該インジェクタの中心軸より上記ロータの回転方向の前方への燃料噴射量が該回転方向の後方への燃料噴射量よりも多いことを特徴とするロータリエンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はロータリエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
ロータリエンジンでは、トロコイド内周面を有するロータハウジングとロータの間に燃焼室が形成される。ロータの外周面には燃焼室を形成するリセス(凹み)が形成されている。このリセスに関し、特許文献1では、ロータの外周面の長手方向の中央よりロータの回転方向の前方に延びるリーディング側凹部と、当該中央より上記回転方向の手前側に延びるトレーリング側凹部とを備えること、リーディング側凹部は、上記トレーリング側凹部よりも、上記回転方向の前後に延びる長さが長く、容積が大きいことを開示する。このようなリセスであれば、点火後の燃焼初期における火炎から燃焼室壁面への熱伝達が抑制され、燃焼重心のアドバンス化が可能になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、ロータリエンジンでは、膨張行程中に燃焼室のトレーリング側の未燃混合気がリーディング側に流れることにより、
図12に示すように、主燃焼ピーク後に熱発生率が高い状態が暫時続く問題、所謂二段燃焼が発生する問題が知られている。この二段燃焼は、その二段目の燃焼による熱発生が燃焼後期になるため、冷却損失及び排気損失を増大させる一因となっている。
【0005】
本発明は、上記二段燃焼を抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するために、インジェクタ(燃料噴射弁)から噴射された燃料がロータ外周面の容積の大きいリーディング側凹部に多く供給されるようにする。
【0007】
ここに開示するロータリエンジンは、
略楕円形状のトロコイド内周面を有するロータハウジングと、
上記ロータハウジングの両側に配置されて、該ロータハウジングと共にロータ収容室を形成するサイドハウジングと、
エキセントリックシャフトに支持されて上記ロータ収容室内に収容され、該ロータ収容室内に3つの作動室を区画するとともに、回転によって各作動室を周方向に移動させながら、各作動室において吸気、圧縮、膨張及び排気の各行程を順に行なわせる略三角形状のロータと、
上記ロータハウジングに設けられたインジェクタとを備え、
上記作動室を区画する上記ロータの各々円弧状をなす外周面にリセスが形成されており、
上記リセスは、上記外周面の長手方向の中央より上記ロータの回転方向の前方に延びるリーディング側凹部と、該凹部に連続し当該中央より上記回転方向の手前側に延びるトレーリング側凹部とを備え、
上記リーディング側凹部は上記トレーリング側凹部よりも容積が大きくなっており、
上記インジェクタの燃料噴射開始時期は吸気行程下死点前60゜から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定され、
上記インジェクタは、上記ロータハウジングの長軸を基準ラインとして、上記エキセントリックシャフトの軸心を中心とする角度で上記ロータの回転方向に-10゜から+20゜にわたる範囲に配置され、
上記インジェクタは、上記ロータが上記作動室の一つを吸気行程下死点に位置づけた姿勢にあると想定したときの、該ロータの当該作動室を形成する外周面の長手方向の中央から上記リーディング側凹部の長手方向の中央にわたる範囲を指向するように、該インジェクタの中心軸が配置されていることを特徴とする。
【0008】
このロータリエンジンでは、ロータの外周面のリセスは、リーディング側凹部の容積がトレーリング側凹部の容積よりも大きくなっている。従って、点火によって生ずる火炎をリーディング側凹部において成長させることができ、燃焼室壁面への熱伝達が抑制される。よって、点火時期を圧縮行程上死点から大きく進角させること、すなわち、燃焼重心のアドバンス化が可能になる。
【0009】
一方、圧縮行程上死点付近においては、作動室はそのトレーリング側が圧縮され、リーディング側が膨張するため、トレーリング側からリーディング側へのガス流速が大きくなる。従って、トレーリング側に未燃混合気が多く存在すると、それが圧縮上死点直後の主燃焼後もリーディング側に押し出されることで、燃焼が持続し易くなる、すなわち、二段燃焼を生じ易くなる。
【0010】
これに対して、上記ロータリエンジンでは、燃料噴射開始時期を吸気行程下死点前60゜から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定し、インジェクタを、ロータハウジングの長軸を基準ラインとして、エキセントリックシャフトの軸心を中心とする角度でロータの回転方向に-10゜から+20゜の範囲に配置している。
【0011】
これは、要するに、インジェクタを燃料噴射開始時期においてロータのリーディング側凹部からの距離が遠くならない位置に設定しているということである。このような位置設定において、インジェクタの中心軸(具体的にはインジェクタのニードル弁の中心軸)を、ロータが作動室の一つを吸気行程下死点に位置づけた姿勢にあると想定したときの、該ロータの当該作動室を形成する外周面の長手方向の中央からリーディング側凹部の長手方向の中央にわたる範囲、すなわち、リーディング側凹部の後部に指向させている。
【0012】
従って、インジェクタから燃料がリーディング側凹部に向かって噴射されることになり、混合気が燃焼室のリーディング側に集まり易くなる。そのため、主燃焼においてリーディング側への火炎伝播によって混合気の多くが燃焼し、トレーリング側に未燃混合気が残る量が少なくなる。すなわち、膨張行程においてトレーリング側からリーディングに押し出される未燃混合気の量が少なくなる。よって、二段燃焼の程度が軽微になるから、冷却損失及び排気損失を少なくなる。
【0013】
ここに、 インジェクタの燃料噴射開始時期を吸気行程下死点前60゜から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定しているのは、これよりも噴射開始時期が早くなると、点火時点までに未燃混合気が燃焼室のT側にまで広がって二段燃焼の抑制に不利になり、噴射開始時期が遅いと、噴射終了する頃に燃焼室のT側に向けて噴射される燃料が多くなり、二段燃焼の抑制に不利になるためである。
【0014】
一実施形態では、上記燃料噴射開始時期は吸気行程下死点から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定され、上記インジェクタは、上記基準ラインよりも上記ロータの回転方向の前方に配置されている。これにより、インジェクタから燃料をリーディング側凹部に到達するように噴射させ易くなる。
【0015】
一実施形態では、上記インジェクタは、その中心軸が上記基準ラインと平行になっている。これにより、インジェクタから燃料をリーディング側凹部に到達するように噴射させ易くなる。
【0016】
一実施形態では、上記インジェクタは、その中心軸が上記基準ラインに対して上記ロータの回転方向に傾斜して上記リーディング側凹部を指向している。これにより、インジェクタから噴射された燃料がリーディング側凹部に向かって進むから、混合気を燃焼室のリーディング側に集め易くなる。
【0017】
一実施形態では、上記インジェクタは、多噴孔型であって、該インジェクタの中心軸より上記ロータの回転方向の前方への燃料噴射量が該回転方向の後方への燃料噴射量よりも多い。従って、燃料の霧化に有利になるとともに、混合気を燃焼室のリーディング側に集め易くなる。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、リセスのリーディング側凹部の容積を該リセスのトレーリング側凹部の容積よりも大きくし、インジェクタの噴射燃料が上記リーディング側凹部を指向するようにしたから、燃焼重心のアドバンス化が可能になるとともに、二段燃焼が抑制されるから、熱効率の改善に有利になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施形態に係るロータリエンジンの概要を示す斜視図。
【
図2】同エンジンのロータ及びロータハウジングを示す正面図。
【
図6】ロータハウジングにおけるインジェクタを設置範囲を示す図。
【
図9】インジェクタの各噴孔の燃料噴射方向及びペネトレーションを示す図。
【
図10】インジェクタの燃料噴射の開始時及び終了時の燃料噴射方向を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0021】
<ロータリエンジンの全体構成>
図1に示すロータリエンジン1(以下、単にエンジン1という)は、車両に搭載される直噴式エンジンであって、2つのロータ2を備えている。各々ロータ2を収容する2つのロータハウジング3間にインターミディエイトハウジング4が設けられている。2つのロータハウジング3の両外側にサイドハウジング5が設けられている。1つのロータハウジング3に着目すれば、インターミディエイトハウジング4は、そのロータハウジング3の片側にあって、ロータハウジング3及びサイドハウジング5と共にロータ収容室31を形成するサイドハウジングであると位置付けることができる。
【0022】
図1では、エンジン1のフロント側(
図1の右側)の一部を切り欠いてエンジン内部を示すとともに、リヤ側(
図1の左側)のサイドハウジング5もエンジン内部を示すために分離して示している。図中の符号Xは、出力軸としてのエキセントリックシャフトの回転軸心(回転中心)である。
【0023】
図2に示すように、ロータハウジング3は、回転軸心Xの方向から見て略楕円形状(俵型)の平行トロコイド曲線で描かれるトロコイド内周面3aを有する。
図1に示すように、ロータハウジング3の内周面とインターミディエイトハウジング4の両側の内側面4aとサイドハウジング5の内側面5aによってロータ収容室31が形成され、このロータ収容室31にロータ2が収容されている。インターミディエイトハウジング4の両側のロータ収容室31は、ロータ2の回転位相が異なっている点を除けば構成は同じである。
【0024】
ロータ2は、回転軸心Xの方向から見て各辺の中央部が外側に膨出した略三角形状をなし、その三角形の頂部間の略長方形状の外周面2aにリセス7が形成されている。ロータ2の三角形の各頂部に設けられたアペックスシール9がロータ2の回転に伴ってロータハウジング3のトロコイド内周面3aに摺接する。このロータ2によって、
図2に示すように、ロータ収容室31の内部が3つの作動室8に区画されている。
【0025】
ロータ2は、エキセントリックシャフト6の偏心輪6aに支持されていて、自転しながら、回転軸心Xの周りに該自転と同方向に公転する(この自転及び公転を含めて、広い意味で単にロータ2の回転という)。そして、ロータ2が1回転する間に3つの作動室8が周方向に移動し、それぞれで吸気、圧縮、膨張(燃焼)及び排気の各行程が行われる。これにより発生する回転力がロータ2を介してエキセントリックシャフト6から出力される。
【0026】
図2において、ロータ2は矢印で示すように時計回り方向に回転し、回転軸心Xを通るロータ収容室31の長軸Yを境に分けられるロータ収容室31の左側が概ね吸気行程及び排気行程の領域となり、右側が概ね圧縮行程及び膨張行程の領域となる。
【0027】
図1に示すように、インターミディエイトハウジング4の内側面4aとサイドハウジング5の内側面5aにおける上記吸気行程及び排気行程の領域に対応する部位に、吸気ポート11~13及び排気ポート10が開口している。
【0028】
図2に示すように、ロータハウジング3の頂部付近には、吸気行程ないし圧縮行程の作動室8に燃料を噴射するインジェクタ21が設けられている。ロータハウジング3の側部における、回転軸心Xを通るロータ収容室31の短軸Zを挟んだロータ回転方向のリーディング側(以下、「L側」という。)位置及びトレーリング側(以下、「T側」という。)位置に、L側点火プラグ91及びT側点火プラグ92が取り付けられている。なお、長軸Yと短軸Zは互いに直交している。
【0029】
図示は省略するが、ロータリエンジン1は、排気ガスの一部を吸気通路に環流するEGR装置を備え、エンジン運転状態に応じて排気ガスの環流が行なわれる。
【0030】
また、ロータリエンジン1は、吸気スロットル弁、インジェクタ21、点火プラグ91,92及びEGR装置の作動を含めて、上記エンジンの作動を制御する制御部としてのコントロールユニットを備えている。
【0031】
<コントロールユニットについて>
コントロールユニットは、マイクロコンピュータをベースとするものであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、信号入出力(I/O)バスとを備えている。コントロールユニットには、車両のアクセル開度センサ、車速センサ、エンジン回転角センサ、空燃比センサ、エンジン水温センサ、エアフローセンサ等からの各種情報の信号が入力される。
【0032】
コントロールユニットは、入力信号に基いて、エンジン1の運転状態を判定するとともに、その運転状態に応じて、スロットル弁の開度、EGR装置によるEGR率、各作動室8におけるL側及びT側の点火プラグ91,92による点火時期、インジェクタ21による燃料噴射量及び燃料噴射開始時期の制御を行なう。
【0033】
点火時期に関しては、L側点火プラグ91による点火時期を、T側点火プラグ92による点火時期よりも進角側の圧縮行程の上死点前15゜から上死点後55゜にわたる範囲に設定し、該設定に基づいてL側及びT側の点火コイルの通電時期を制御する。
【0034】
L側点火プラグ91による点火時期は、燃焼重心が圧縮行程上死点後10゜~30゜の熱効率が高い適切な位置にくるように、EGR率に応じて制御される。なお、
図2に示す鎖線で示すように、ロータ2の頂点の1つが点火プラグ91,92の反対側において短軸Z上に位置付けられているとき、当該頂点の反対側に位置する作動室が圧縮行程上死点になっている。
【0035】
EGR率が高くなるほど着火遅れ期間が長くなるとともに、燃焼重心がリタードしていく。そこで、EGR率に応じて着火遅れ期間を設定するとともに、EGR率に応じて目標熱発生開始時期(見掛けの熱発生開始の目標時期)を設定する。そうして、目標熱発生開始時期から着火遅れ期間だけ進角した時期がL側点火プラグ91の点火時期とされる。
【0036】
また、このL側点火プラグ91の点火時期は、エンジン負荷(スロットル弁の開度)及びエンジン回転数に応じて補正される。すなわち、当該点火時期は、エンジン負荷が高くなるほど遅角され、エンジン回転数が高くなるほど進角される。
【0037】
T側点火プラグ92による点火時期は、L側点火プラグ91の点火時期から所定角度遅角した時期に制御される。
【0038】
インジェクタ21による燃料噴射開始時期は、吸気行程の下死点前60゜から下死点後60゜にわたる範囲において、エンジン回転数に応じて制御され、燃料噴射量はエンジン負荷に応じて制御される。
【0039】
<ロータ2のリセス7について>
図3に示すように、ロータ2の外周面2aに形成されたリセス7は、ロータ回転方向に長く延びている。リセス7は、外周面2aの長手方向の中央よりロータ回転方向の前方に延びるL側凹部7aと、該L側凹部7aに連続し上記外周面2aの中央よりロータ回転方向の手前側に延びるT側凹部7bとを備えている。このリセス7の容積は、作動室8の幾何学的な圧縮比が9.7以上になるように設定されている。
【0040】
ロータ2の外周面2aの平面視において、L側凹部7aは、ロータ回転方向の前方に向かって幅がなだらかに広がり先端が円弧状になっている。換言すれば、L側凹部7aは、ロータ回転方向の前方に向かって電球状に膨大した形状になっている。一方、T側凹部7bは、L側凹部7aにおける幅が狭くなった基部に連続して同じ幅でロータ回転方向の手前側に延び、その端部は幅が先細で狭まり、端縁はロータ2の幅方向に直線的に延びている。
【0041】
外周面2aの長手方向の中央よりロータ回転方向の前方に延びるL側凹部7aの長さL1は、外周面2aの長手方向の中央よりロータ回転方向の手前側に延びるT側凹部7bの長さL2よりも長くなっている。L側凹部7aのロータ回転方向の先端と上記外周面の回転方向の先端との距離Ldは、外周面2aのロータ回転方向の長さLoの5/100以上15/100以下になっている。後述するS/V比を比較例1よりも小さくするために、好ましいLd/Lo比は5/100以上12/100以下であり、さらに、BTDC49゜でS/V比が小さくなるように、より好ましいLd/Lo比は7/100以上10/100以下である。
【0042】
図4に示すように、L側凹部7aは、L側点火プラグ91の点火点に対応する中央が最も深くなるようにくぼんだ深み部15を備えている。深み部15は、T側凹部7bよりも深く、ロータ2の外周面2aの幅方向の両側及びロータ回転方向の前方に行くに従って漸次浅くなるように湾曲した凹曲面に形成されている。この深み部15の幅W1は、T側凹部7bの幅W2よりも大きく、さらに、後述する仮想火炎の半球状膨出部の直径よりも大きい。また、深み部15の曲率半径はその半球状膨出部の半径よりも大きい。
【0043】
以上から明らかなように、L側凹部7aの容積V1は、T側凹部7bの容積V2よりも大きくなっている。好ましい容積比V1/V2は60/40以上80/20以下である。
【0044】
<インジェクタ21について>
図5に示すように、インジェクタ21は、多噴孔型であって、先端部23aに複数の噴孔22を有する円筒状のノズルボディ23と、このノズルボディ23に嵌挿されたニードル弁24とを備えてなる。ノズルボディ23の先端部23aの内側にニードル弁24が当接する弁座25が形成されている。
【0045】
図6に示すように、インジェクタ21の先端部23aは、ロータハウジング3の長軸Yを基準ラインとして、エキセントリックシャフト6の軸心Xを中心とする角度でロータ2の回転方向に-10゜から+20゜にわたる範囲において、ロータハウジング3の幅方向の中央位置に配置されている。
【0046】
また、インジェクタ21の中心軸Aは、ロータ2が作動室8の一つを吸気行程下死点に位置づけた姿勢(
図6に示す姿勢)にあると想定したときの、該ロータ2の当該作動室8を形成する外周面2aの長手方向の中央からL側凹部7aの長手方向の中央にわたる範囲R、すなわち、L側凹部7aの後部を指向するように設けられている。
【0047】
図2に示す例では、インジェクタ21の先端部23aは、エキセントリックシャフト6の軸心Xを中心とする角度でみると、基準ライン(長軸Y)からロータ2の回転方向に+10゜の位置において、ロータハウジング3の幅方向の中央に配置されている。インジェクタ21の中心軸Aは、基準ラインと平行になってリーディング側凹部7aの後部を指向している。
【0048】
図7に示すように、本例のインジェクタ21は、その中心軸Aのまわりに六つの噴孔(第1噴孔22(1)~第6噴孔22(6))を有し、それらは燃料の噴射方向(燃料噴霧中心の指向方向)が相違する。
図8に噴孔22(1)~22(6)の噴射角を示す。噴射角は、中心軸Aと噴孔の噴射方向とがなす角度である。
図8では、噴孔22(1)~22(6)を示す記号として、噴孔22の種別を表す添え数字(1)~(6)を丸数字に変更した記号を用いている。
【0049】
本例のインジェクタ21は、噴射方向がT側に10゜以上35゜以下の噴射角で傾いたT側傾斜噴孔(第1噴孔22(1)及び第2噴孔22(2))と、T側又はL側への噴射角が5゜以下である直進的噴孔(第3噴孔22(3)及び第4噴孔22(4))と、噴射方向がL側に10゜以上40゜以下の噴射角で傾いたL側傾斜噴孔(第5噴孔22(5)及び第6噴孔22(6))とを有する。具体的には次のとおりである。
【0050】
T側傾斜噴孔である第1噴孔22(1)及び第2噴孔22(2)は、各々の噴射方向がT側に約27゜傾けられ、エキセントリックシャフト6の回転軸心Xの方向(ロータ2の幅方向)において互いに反対側に約12゜傾けられている。
【0051】
直進的噴孔である第3噴孔22(3)及び第4噴孔22(4)は、各々の噴射方向がT側に約3゜傾けられ、回転軸心Xの方向において互いに反対側に約12゜傾けられている。
【0052】
L側傾斜噴孔である第5噴孔22(5)及び第6噴孔22(6)は、前者の噴射方向がは、L側に約16゜傾けられ、後者の噴射方向がL側に約37゜傾けられている。すなわち、第6噴孔22(6)は、T側傾斜噴孔22(1),22(2)よりも噴射角が大きくなっている。第5噴孔22(5)及び第6噴孔22(6)各々の噴射方向の回転軸心Xの方向への傾きは略零になっている。
【0053】
第1噴孔22(1)及び第2第2噴孔22(2)の孔径は約125μmであり、第3噴孔22(3)乃至第6噴孔22(6)の孔径は約210μmである。この孔径の相違により、燃料流量の分配率は、第1噴孔22(1)及び第2噴孔22(2)各々が約8%となり、第3噴孔22(3)乃至第6噴孔22(6)各々が約21%となっている。
【0054】
従って、当該インジェクタ21は、中心軸Aよりロータ2の回転方向の前方への燃料噴射量(L側傾斜噴孔22(5),22(6)による噴射量)が該回転方向の後方への燃料噴射量(T側傾斜噴孔22(1),22(2)による噴射量)よりも多くなっている。
【0055】
第1噴孔22(1)及び第2第2噴孔22(2)と、第3噴孔22(3)乃至第6噴孔22(6)とでは、上記燃料流量の分配率の違いによって、燃料噴霧のペネトレーション(到達距離)が相違する。すなわち、ペネトレーションは、燃料の噴射圧と噴射量に依存するから、燃料流量の分配率が小さい第1噴孔22(1)及び第2第2噴孔22(2)のペネトレーションは、燃料流量の分配率が大きい第3噴孔22(3)乃至第6第2噴孔22(6)のペネトレーションよりも短くなる。
【0056】
ここにペネトレーションは、例えば、燃圧;15±0.1MPa、テスト燃料;n-ヘプタン、並びにインジェクタの噴射パルス幅;2.5msの条件で燃料を噴射したときの、噴射開始から2ms経過時点の燃料噴霧の到達距離とし、噴射回数40回での平均値をとって求めることができる。
【0057】
図9は、第1噴孔22(1)乃至第6噴孔22(6)各々からの燃料の噴霧方向及び噴霧到達距離(噴射開始から2ms経過時点の噴霧長さ)を示す。
図9では、
図8と同じく、六つの噴孔22(1)~22(6)を示す記号として、噴孔22の種別を表す添え数字(1)~(6)を丸数字に変更した記号を用いている。このケースでは、第1噴孔22(1)及び第2第2噴孔22(2)のペネトレーションは約90mmであり、第3噴孔22(3)乃至第6噴孔22(6)のペネトレーションは約120mmである。
【0058】
図10は、インジェクタ21による燃料の噴射を吸気行程下死点において開始したときの燃料噴霧(破線で示している。)の到達位置を示す。実際にはインジェクタ21が定位置にあって、ロータ2が回転移動するが、同図は、ロータ2上のどの位置に燃料噴霧が到達するかをみるために、ロータ2を固定して、インジェクタ21を相対的に移動させる態様で燃料噴霧の到達位置を描いている。燃料噴射開始時のインジェクタ21の位置をその符号に記号(S)を添えて表し、燃料噴射終了時のインジェクタ21の位置をその符号に記号(E)を添えて表している。
【0059】
燃料の噴射を開始したときは、ロータ2がインジェクタ21(S)から離れている。T側傾斜噴孔噴孔22(1),22(2)はペネトレーションが短いから、噴射開始から2ms経過時点でも燃料噴霧はロータ2の外周面に到達しない。その後に燃料噴霧がロータ2の外周面に到達しても、その勢いは弱いから、ロータ2の外周面において作動室(燃焼室)8のT側に反射する量は少なく、或いはT側には殆ど反射しない。
【0060】
一方、L側傾斜噴孔22(5),22(6)はペネトレーションが長いから、噴射開始から2ms経過時点において、第5噴孔22(5)からの燃料噴霧はL側凹部7aに到達し、第6噴孔22(6)からの燃料噴霧は作動室8のL側の隅に到達する。
【0061】
直進的噴孔22(3),22(4)もペネトレーションが長いから、噴射開始から2ms経過時点において、燃料噴霧がロータ2の外周面の長手方向中央付近に到達する。この直進的噴孔22(3),22(4)の噴霧方向のT側への傾斜は僅かであるから、燃料噴霧がロータ2の外周面で反射しても作動室8のT側に多量にいくことはない。
【0062】
ロータ2の回転に伴って、ロータ2の外周面のT側がインジェクタ21に近づいてくる。従って、燃料噴射終了時のT側傾斜噴孔22(1),22(2)からの燃料噴霧もロータ2の外周面に衝突するようになる。しかし、ロータ2の回転が進むに従って、当該燃料噴霧のロータ2の外周面に対する入射角が小さくなっていくから、その燃料噴霧が反射されて作動室8のT側の隅にいく量は少ない。
【0063】
従って、以上のようなインジェクタ21の配置、噴孔22(1)~22(6)の噴射方向及びペネトレーションによれば、混合気が燃焼室のL側に集まり易くなる。そのため、主燃焼においてL側への火炎伝播によって混合気の多くが燃焼する。T側に未燃混合気が残る量が少なくなるため、すなわち、膨張行程においてT側からL側に押し出される未燃混合気が少なくなるため、二段燃焼の程度が軽微になる。よって、冷却損失及び排気損失を少なくなる。
【0064】
ここに、燃料噴射開始時期を吸気行程下死点前60゜から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定し、インジェクタ21の先端を、長軸Yを基準ラインとして、軸心Xを中心とする角度でロータ2の回転方向に-10゜から+20゜の範囲に配置しているということは、要するに、インジェクタ21をロータ2のL側凹部7aからの距離が遠くならない位置に設定しているということである。このような位置設定において、インジェクタ21の中心軸Aを、ロータ2が作動室8の一つを吸気行程下死点に位置づけた姿勢にあると想定したときのL側凹部7aの後部に指向させている。従って、混合気を燃焼室のL側に集め易くなるものである。
【0065】
インジェクタ21の燃料噴射開始時期を吸気行程下死点前60゜から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定しているのは、これよりも噴射開始時期が早くなると、点火時点までに未燃混合気が燃焼室のT側にまで広がって二段燃焼の抑制に不利になり、噴射開始時期が遅いと、噴射終了する頃に燃焼室のT側に向けて噴射される燃料が多くなり、二段燃焼の抑制に不利になるためである。
【0066】
好ましいのは、燃料噴射開始時期を吸気行程下死点から吸気行程下死点後60゜にわたる範囲に設定し、インジェクタ21は、長軸Yよりもロータ2の回転方向の前方に配置することである。これにより、燃料噴霧をL側凹部7aに到達させ易くなる。この場合、インジェクタ21はその中心軸Aが長軸Yと平行になるように設けることが好ましい。
【0067】
図11に示すように、インジェクタ21がL側凹部7aを指向するように、その中心軸Aを長軸Yに対して傾斜させるようにしてもよい。特に、インジェクタ21の先端位置を上記-10゜から+20゜にわたる範囲におけるロータ2の回転方向におけるT側寄りに設けるときには、当該中心軸Aの傾斜によって混合気を燃焼室のリーディング側に集め易くなる。
【0068】
また、インジェクタ21の中心軸Aよりロータ2の回転方向の前方への燃料噴射量(L側傾斜噴孔22(5),22(6)による噴射量)が該回転方向の後方への燃料噴射量(T側傾斜噴孔22(1),22(2)による噴射量)よりも多くなっているから、混合気を燃焼室のL側に集め易くなる。
【0069】
T側傾斜噴孔22(1),22(2)は、そのペネトレーションをL側傾斜噴孔22(5),22(6)のペネトレーションよりも短くすることによって、燃料噴射開始時期において、燃料噴霧がロータ2の外周面に到達(衝突)しないようにしている。インジェクタ21から噴射される燃料の霧化、空気との混合を図りつつ、L側傾斜噴孔22(5),22(6)からの燃料噴霧がロータ2の外周面(特にL側凹部7a)に確実に到達し、T側傾斜噴孔22(1),22(2)からの燃料噴霧がロータ2の外周面に到達しないようにする観点から、T側傾斜噴孔22(1),22(2)のペネトレーションは、L側傾斜噴孔22(5),22(6)のペネトレーションの8/10以上6/10以下とすることが好ましい。
【符号の説明】
【0070】
1 ロータリエンジン
2 ロータ
2a 外周面
3 ロータハウジング
3a トロコイド内周面
6 エキセントリックシャフト
7 リセス
7a L側凹部
7b T側凹部
8 作動室(燃焼室)
21 インジェクタ
22 噴孔