(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】構造体、デバイス及び構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 7/023 20190101AFI20231219BHJP
B32B 7/025 20190101ALI20231219BHJP
B32B 5/02 20060101ALI20231219BHJP
B32B 9/00 20060101ALI20231219BHJP
B82Y 30/00 20110101ALI20231219BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20231219BHJP
【FI】
B32B7/023
B32B7/025
B32B5/02 A
B32B9/00 A
B82Y30/00
B82Y40/00
(21)【出願番号】P 2021084075
(22)【出願日】2021-05-18
【審査請求日】2022-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】紅谷 篤史
(72)【発明者】
【氏名】東 相吾
【審査官】大村 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-006276(JP,A)
【文献】特開2006-014965(JP,A)
【文献】国際公開第2019/049996(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0254395(US,A1)
【文献】特開平07-294729(JP,A)
【文献】特開2017-171614(JP,A)
【文献】特開2020-082513(JP,A)
【文献】特表2003-504421(JP,A)
【文献】特開2020-172026(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
D04H 1/00-18/04
B82Y 5/00-99/00
A61K 9/00-9/72;47/00-47/48
A61L 15/00-33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質
(ただし、酸化チタンを除く)を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備えた、
構造体。
【請求項2】
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備え、
前記積層体は、前記光吸収層と前記誘電層とを交互に各2層以上4層以下有する、
構造体。
【請求項3】
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備え、
シート状に形成され、1cm
2あたりの重量が15μg以上60μg以下である、
構造体。
【請求項4】
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備え、
前記積層体は、直径が500nm以下の半チューブ型のナノワイヤーである、
構造体。
【請求項5】
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備え、
前記自立構造は、半チューブ型のナノワイヤーである前記積層体が3次元的に連結した柔軟性のある不織布構造である、
構造体。
【請求項6】
前記誘電物質は、Cu
2O、TiO
2、Fe
2O
3、SiO
2、Si及びGeのうちの1以上である、
請求項
2~5のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項7】
前記光吸収物質は、Au、Ag、Cu及びAlのうちの1以上の金属ナノ粒子である、
請求項1
~6のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項8】
前記光吸収物質は、直径が1nm以上60nm以下の金属ナノ粒子である、
請求項1~
7のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項9】
前記誘電層は、1層の厚さが5nm以上70nm以下である、
請求項1~
8のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項10】
前記積層体は、前記光吸収層と前記誘電層とを交互に各3層有する、
請求項1~
9のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項11】
前記光吸収物質はAgのナノ粒子であり、前記誘電物質はCu
2Oである、
請求項1~
10のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項12】
前記積層体において、前記光吸収層の厚さの合計は5nm以上20nm以下であり、前記誘電層の厚さの合計は20nm以上70nm以下である、
請求項1~
11のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項13】
可視光を吸収し熱へ変換する光熱変換材料として、
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備えた、構造体を備えた、
デバイス。
【請求項14】
請求項13に記載のデバイスであって、
吸水性及び断熱性を有し、第1面で前記構造体と接触すると共に第2面で液体と接触する支持体、を備え、
前記構造体で変換された熱により前記液体を蒸発させる、デバイス。
【請求項15】
ポリマーを含む基材表面に、可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体を形成することにより、前記積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を形成する形成工程と、
前記基材の全部又は一部を除去する除去工程と、
を含む、
構造体の製造方法。
【請求項16】
前記形成工程では、不織布又は多孔膜を前記基材として用いる、請求項15に記載の構造体の製造方法。
【請求項17】
前記形成工程では、前記光吸収物質としてAu、Ag、Cu及びAlのうちの1以上のナノ粒子を含む前記光吸収層を形成する、
請求項15又は16に記載の構造体の製造方法。
【請求項18】
前記形成工程では、前記誘電物質としてCu
2O、TiO
2、Fe
2O
3、SiO
2、Si及びGeのうちの1以上を含む前記誘電層を形成する、
請求項15~17のいずれか1項に記載の構造体の製造方法。
【請求項19】
前記形成工程では、物理蒸着により前記積層体を形成する、
請求項15~18のいずれか1項に記載の構造体の製造方法。
【請求項20】
前記形成工程では、前記光吸収層と前記誘電層とを交互に各2層以上4層以下となるように形成する、
請求項15~19のいずれか1項に記載の構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書では、構造体、デバイス及び構造体の製造方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
従来、構造体としては、アルミナの多孔体の内壁にAuナノ粒子をコートした材料や(例えば、非特許文献1参照)、グラフェンを多孔体に形態制御した材料(例えば、非特許文献2参照)、Ag及びCuのうちの1以上を含む繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備えた材料(例えば特許文献1参照)などが開示されている。これらの構造体は、例えば、可視光を吸収して熱に変換したり、変換した熱によって液体を蒸発させたりするのに利用できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2019/049996号パンフレット
【非特許文献】
【0004】
【文献】Zhou L, et al.Self-assembly of highly efficient, broadband plasmonic absorbers for solar steam generation. Science Advances2, e1501227 (2016)
【文献】Ren H, et al.Hierarchical Graphene Foam for Efficient Omnidirectional Solar.Thermal Energy Conversion. Advanced Materials29, 1702590 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、非特許文献1,2の構造体では、光吸収率を高めるのに厚みや重量が比較的多く必要であり、光吸収による昇温に時間がかかることがあった。また、特許文献1の構造体では、非特許文献1,2の構造体よりも光吸収による昇温が速いものの、光吸収による昇温をより速めることが望まれていた。
【0006】
本開示は、このような課題に鑑みなされたものであり、光吸収による昇温をより速めることのできる構造体、デバイス及び構造体の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するために鋭意研究したところ、本発明者らは、基材としての不織布や多孔膜の表面に光吸収物質と誘電物質とを形成し、基材を除去するものとすると、光吸収による昇温がより速い構造体が得られることを見出し、本開示の構造体、デバイス及び構造体の製造方法を完成するに至った。
【0008】
即ち、本開示の構造体は、
可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を有するものである。
【0009】
本開示のデバイスは、
可視光を吸収し熱へ変換する光熱変換材料として、上述の構造体を備えたものである。
【0010】
本開示の構造体の製造方法は、
ポリマーを含む基材表面に、可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体を形成することにより、前記積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を形成する形成工程と、
前記基材の全部又は一部を除去する除去工程と、
を含むものである。
【発明の効果】
【0011】
本開示では、光吸収による昇温をより速めることのできる、構造体、デバイス及び構造体の製造方法を提供することができる。この理由は、以下のように推察される。例えば、ポリマーからなる基材表面に金属を物理蒸着すると、基材表面に多数の金属ナノ粒子の核が生成し、粒成長する。その結果、基材表面に、金属ナノ粒子の凝集体からなる繊維体やシェルが形成される。金属ナノ粒子は、光をプラズモン吸収し、熱に変換する。個々の金属ナノ粒子がプラズモン吸収する光の波長範囲は狭いが、金属ナノ粒子の凝集体である光吸収層では広い波長範囲の光をプラズモン吸収できる。この光吸収層の表面に誘電物質を物理蒸着して誘電層を形成すると、基材表面に光吸収層と誘電層との積層体からなる繊維体やシェルが形成される。誘電層は、光吸収層でのプラズモン吸収を増強する。基材を除去して得られた構造体は、繊維体やシェルが3次元的に連結した構造を有し、3次元構造内に光が捕捉され易いため、光吸収率がより高い。そして、基材を除去しても自立構造が維持されるため、少量で高い光吸収率が得られる。したがって、本開示では、光吸収による昇温をより速めることができると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】構造体20の構成の概略の一例を示す説明図。
【
図2】液体蒸発装置50の構成の概略の一例を示す説明図。
【
図3】本開示の構造体(不織布構造)の製造方法の模式図。
【
図4】IrO
2ナノワイヤー不織布(参考例3)の作製手順を示す説明図。
【
図7】基材の不織布及び不織布除去前の参考例5~11の無機構造体の写真。
【
図8】水中での参考例5~11の不織布構造を有する無機構造体の写真。
【
図11】実験例
5の自立構造体を構成する積層体の断面の
TEM写真及び成分分析結果。
【
図12】疑似太陽光照射下における実験例1~3,5温度変化を示すグラフ。
【
図13】疑似太陽光を30秒照射した時の実験例1~6の温度を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
【0014】
[構造体]
本開示の構造体は、可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を備えている。この構造体において、繊維体やシェル(殻)は、ナノ粒子の凝集体からなるものとしてもよい。また、この構造体は、ナノ粒子の凝集体からなる繊維体やシェルが3次元的に連結している自立構造を備えたナノ構造ファブリックとしてもよい。この構造体は、無機材料で構成された無機構造体としてもよい。この構造体は、可視光領域に吸収を有する光吸収体としてもよいし、吸収した光を熱に変換する光熱変換材料としてもよい。
【0015】
光吸収層は、可視光領域(360~830nm)に吸収を有する光吸収物質を含む。光吸収物質は、金属ナノ粒子としてもよい。金属ナノ粒子は、表面プラズモン共鳴によって光をプラズモン吸収する。金属ナノ粒子を構成する金属は、例えば、Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru及びOsなどの貴金属としてもよいし、Sn、Al、Mg、Ti、V、Znなどの典型金属としてもよいし、Cu、Fe、Co、Ni、Mn、Moなどの遷移金属としてもよいし、それらの合金、例えば、Pt-Fe合金、Pt-Ni合金、Pt-Co合金、Ir-Fe合金、Ir-Co合金、Ir-Ni合金などとしてもよい。光吸収層は、これらのうちの1種の金属ナノ粒子を含むものとしてもよく、これらのうちの2種以上の金属ナノ粒子を含むものとしてもよい。光吸収物質は、Au、Ag、Cu及びAlのうちの1以上のナノ粒子としてもよく、Agナノ粒子としてもよい。これらのナノ粒子では、可視光領域でのプラズモン吸収がより強いため、好ましい。光吸収物質は、粒径が1nm以上100nm以下の金属ナノ粒子としてもよく、粒径が1nm以上60nm以下の金属ナノ粒子としてもよく、粒径が1nm以上10nm以下の金属ナノ粒子としてもよい。粒径が1nm以上の金属ナノ粒子では、プラズモン吸収が強く、粒径が100nm以下の金属ナノ粒子では、光散乱が大きすぎないため、プラズモン吸収が強い。金属ナノ粒子は、結晶質でも非晶質でもよい。金属ナノ粒子は、凝集して凝集体を形成していてもよい。例えば、光吸収層は、金属ナノ粒子の凝集体からなるものとしてもよい。光吸収層は、1層の金属ナノ粒子層からなるものとしてもよいし、2層以上の金属ナノ粒子層からなるものとしてもよい。光吸収層は、表面(誘電層との界面でもよい)に直径が3nm以上10nm以下の光吸収物質の突起構造を備えていてもよい。突起構造は、角錐、円錐等の錐状の外形をもつ突起物としてもよい。突起構造の直径は、突起の最大直径(例えば円錐の場合には底面の直径)とする。各光吸収層の厚さは、1nm以上100nm以下としてもよく、1nm以上60nm以下としてもよく、1nm以上10nm以下としてもよい。各光吸収層の厚さは、積層体の断面をSEMで所定視野(例えば5視野)観察し、その平均値から求めるものとする。
【0016】
誘電層は、誘電物質を含む。誘電物質は、光吸収物質によるプラズモン吸収を増強する。誘電物質は、例えば、酸化イリジウム、酸化銅、酸化鉄、酸化ニッケル、酸化マンガン、酸化コバルト、酸化チタン、酸化珪素などの金属酸化物としてもよいし、硫化イリジウム、硫化銅、硫化鉄、硫化ニッケル、硫化コバルト、硫化モリブデンなどの金属硫化物としてもよいし、窒化銅、窒化鉄、窒化ニッケル、窒化マンガン、窒化コバルトなどの金属窒化物としてもよいし、炭化イリジウム、炭化ケイ素、炭化鉄、炭化銅、炭化コバルト、炭化マンガンなどの金属炭化物としてもよいし、リン化イリジウム、リン化鉄、リン化銅、リン化コバルト、リン化マンガンなどの金属リン化物としてもよいし、ヨウ化イリジウム、ヨウ化鉄、ヨウ化銅、ヨウ化コバルト、ヨウ化マンガンなどの金属ヨウ化物としてもよい。また、誘電物質は、例えば、SiやGeなど無機非金属から構成されている固体としてもよい。誘電層は、これらのうちの1種の誘電物質を含むものとしてもよく、これらのうちの2種以上の誘電物質を含むものとしてもよい。誘電物質は、Cu2O、TiO2、Fe2O3、SiO2、Si及びGeのうちの1以上としてもよく、Cu2Oとしてもよい。誘電物質は、屈折率が大きいものが好ましい。光吸収層の電子が動きやすく、プラズモン吸収が強くなるからである。誘電物質は、例えば、波長589.3nmの光の絶対屈折率が1以上のものが好ましく、1.5以上のものがより好ましく、2以上のものがさらに好ましい。誘電物質は、この屈折率が6以下のものとしてもよいし、3以下のものとしてもよいし、2以下のものとしてもよい。誘電物質は、誘電体ナノ粒子としてもよい。誘電物質は、粒径が1nm以上100nm以下の誘電体ナノ粒子としてもよく、粒径が5nm以上70nm以下の誘電体ナノ粒子としてもよく、粒径が5nm以上10nm以下の誘電体ナノ粒子としてもよい。誘電体ナノ粒子は、結晶質でも非晶質でもよい。誘電体ナノ粒子は、凝集して凝集体を形成していてもよい。例えば、誘電層は、誘電体ナノ粒子の凝集体からなるものとしてもよい。誘電層は、1層の誘電体ナノ粒子層からなるものとしてもよいし、2層以上の誘電体ナノ粒子層からなるものとしてもよい。誘電層は、表面(光吸収層との界面でもよい)に直径が3nm以上10nm以下の誘電物質の突起構造を備えていてもよい。突起構造は、角錐、円錐等の錐状の外形をもつ突起物としてもよい。突起構造の直径は、突起の最大直径(例えば円錐の場合には底面の直径)とする。各誘電層の厚さは、3nm以上100nm以下としてもよく、5nm以上70nm以下としてもよく、5nm以上25nm以下としてもよい。誘電層の厚さが3nm以上ではプラズモン吸収を増強する効果が高く、誘電層の厚さが100nm以下では誘電物質が多すぎないため光熱変換効率がよい。各誘電層の厚さは、積層体の断面をSEMで所定視野(例えば5視野)観察し、その平均値から求めるものとする。
【0017】
積層体は、光吸収層と誘電層とを1層ずつ有するものとしてもよいし、光吸収層と誘電層のうちの少なくとも一方を2層以上有するものとしてもよい。光吸収層の層数と誘電層の層数とは同じでもよいし、異なってもよい。この積層体は、光吸収層と誘電層とを交互に各2層以上4層以下有するものとすることが好ましく、光吸収層と誘電層とを交互に各3層有するものとすることがより好ましい。光吸収層と誘電層とを交互に各2層以上4層以下有する積層体を備えた構造体では、光吸収による昇温をより速めることができる。積層体は、光吸収層と誘電層との複層構造を2層以上4層以下有するものとしてもよく、この複層構造を3層有するものとしてもよい。積層体において、光吸収層の厚さの合計(光吸収層が1層のみの場合にはその厚さ)は2nm以上100nm以下としてもよく、3nm以上50nm以下としてもよく、5nm以上20nm以下としてもよい。また、積層体において、誘電層の厚さの合計(誘電層が1層のみの場合にはその厚さ)は5nm以上200nm以下としてもよく、10nm以上100nm以下としてもよく、15nm以上70nm以下としてもよい。積層体の厚さは、例えば7nm以上300nm以下としてもよく、13nm以上150nm以下としてもよく、20nm以上90nm以下としてもよい。
【0018】
積層体は、繊維体及び/又はシェルとして構成されている。「繊維体」は、例えば、繊維体の長さ方向の寸法に比べて、長さ方向に垂直な方向の寸法が小さい(例えば1/2以下や1/5以下)ものをいう。積層体が繊維体として構成されている場合、繊維体の長さ方向に垂直な方向に光吸収層と誘電層とが積層されていることが好ましい。繊維体は、チューブ型のナノワイヤーでもよいし、チューブ面の一部が開いた半チューブ型のナノワイヤーでもよい。繊維体は、例えば、繊維を基材としその表面に形成され、繊維に基づく形状を有しているものとしてもよい。この繊維体は、ナノ粒子の生成やナノ粒子の突起構造を実現する観点からは、その太さが1μm以下であるものとしてもよい。「シェル」は、例えば、シェルの厚さ方向の寸法に比べて厚さ方向に垂直な方向の寸法が大きい(例えば2倍以上や5倍以上)ものをいう。積層体がシェルとして構成されている場合、シェルの厚さ方向に光吸収層と誘電層とが積層されていることが好ましい。このシェルは、ナノ粒子の生成やナノ粒子の突起構造を実現する観点からは、曲率半径が1μm以下の曲面を有するものとしてもよい。
【0019】
本開示の構造体は、ポリマーを含む基材表面に積層体を形成することにより作製されるものとしてもよく、例えばポリマーからなる基材表面に物理蒸着により積層体を形成することにより作製されるものとしてもよい。この構造体では、基材の表面形状に倣うように、繊維体やシェルが形成される。基材表面が微視的に見て平坦である場合、繊維体やシェルも微視的には平坦となる。しかし、基材の表面には、通常、微視的又は巨視的な凹凸があり、且つ物理蒸着時に元素の回り込みが起こるため、繊維体やシェルは微視的又は巨視的に湾曲している部分を有する。
【0020】
本開示の構造体は、繊維体やシェルが3次元的に連結している自立構造を備えている。「自立構造」とは、ハンドリングが可能な程度の強度を持つ構造をいう。「繊維体やシェルが3次元的に連結している」とは、構造体の厚さ方向の寸法が有限の値を持つことをいい、必ずしも構造体が複数個の繊維体やシェルの結合体であることを意味しない。すなわち、構造体は、単一の繊維体やシェルからなる場合と、複数個の繊維体やシェルが3次元的に結合している結合体である場合を含む。この構造体は、巨視的に見て平坦な面(曲率半径が無限大である面)を持つ構造だけでなく、湾曲している面を持つ構造も含まれる。
【0021】
本開示の構造体は、ポリマーを含む基材表面に積層体を形成することにより作製される場合において、基材表面が微視的及び巨視的に見て単一面からなる場合、単一のシェルからなることがある。一方、ナノワイヤー不織布のように、基材表面が複数の曲面の集合体からなる場合、無機構造体は、通常、曲面状の表面を持つ複数個の繊維体の集合体からなる。
【0022】
本開示の構造体は、ポリマーからなり自立構造(繊維体やシェル)の少なくとも一部を支持する支持部をさらに備えていてもよい。本開示の構造体において、ポリマーからなる基材表面に積層体を形成させたあと、通常、基材は完全に除去される。しかしながら、繊維体やシェルの一部を支持するポリマーを部分的に残してもよい。但し、必要以上にポリマーが残存していると、光熱変換効率が低下する場合がある。高い光熱変換効率を得るためには、ポリマー残存率は、20質量%以下が好ましい。残存率は、好ましくは、10質量%以下、さらに好ましくは、5質量%以下である。ここで、「ポリマー残存率」とは、次の式(1)で表される値をいう。但し、W0は、物理蒸着直後の構造体の単位面積当たりの質量、Wは、ポリマーを溶解可能な溶媒を用いて鋳型に用いたポリマーを除去した後の構造体の単位面積当たりの質量、Wmは、構造体を構成する蒸着材料の単位面積当たりの質量である。なお、Wmは、物理蒸着量から見積もることができる。
ポリマー残存率=(W-Wm)×100/(W0-Wm) ・・・(1)
【0023】
本開示の構造体は、使用する基材の構造に応じて、種々の形態をとる。例えば、基材としてナノワイヤー不織布を用い、かつ、不織布の片面から物理蒸着により積層体を形成させた場合、自立構造として半チューブ型のナノワイヤーからなる繊維体が3次元的に連結している不織布構造(ナノ構造布)が得られる。一方、基材としてナノワイヤー不織布を用い、かつ、不織布の両面から物理蒸着により積層体を形成させた場合、自立構造としてチューブ型のナノワイヤーからなる繊維体が3次元的に連結している不織布構造が得られる。「不織布構造」とは、基材が不織布であり、この基材の不織布の構造に倣った形状を有する構造をいうものとする。
【0024】
あるいは、基材として、細孔を有するポリマー多孔膜を用いて、基材の表面に物理蒸着により積層体を形成させた場合、細孔を有するシェルが3次元的に連結している多孔膜構造が得られる。「多孔膜構造」とは、基材が多孔膜であり、この基材の多孔膜の構造に倣った形状を有する自立構造をいうものとする。この自立構造は、細孔の曲率半径が20nm以上200nm以下の範囲であるものとしてもよい。
【0025】
この構造体において、自立構造は、柔軟性を有するものとしてもよい。例えば、ナノワイヤー不織布の片面から物理蒸着により積層体を形成させれば、柔軟性を有するものとすることができ、取り扱いをより容易にできる。
【0026】
この構造体は、不織布構造などのシート状に形成され、1cm2あたりの重量が1μg以上500μg以下であるものとしてもよく、10μg以上100μg以下であるものとしてもよく、15μg以上60μg以下であるものとしてもよい。この構造体は、このようなマイクログラムオーダーでも可視光領域の全域にわたって光を強く吸収でき、構造体の使用量(重量)が少なくても高い光熱変換効率が得られるため、光の吸収による昇温が速い。
【0027】
図1は、構造体20の構成の概略の一例を示す説明図である。この構造体20は、繊維体21が3次元的に連結している自立構造を備えている。この繊維体21には、基材の繊維が除去されたあとの基材空間22が形成されている。繊維体21は、基材空間22側から、第1光吸収層31、第1誘電層41、第2光吸収層32、第2誘電層42、第3光吸収層33及び第3誘電層43がこの順に積層された積層体で構成されている。光吸収層31,32,33は、金属ナノ粒子30の凝集体により構成され、基材空間22とは反対側の表面(誘電層41,42,43との界面)を拡大すると、直径が3nm以上10nm以下の突起構造が形成されている。誘電層41,42,43は、誘電体ナノ粒子40の凝集体により構成され、基材空間22とは反対側の表面(光吸収層
32,33との界面及び繊維体21の表面)を拡大すると、直径が3nm以上10nm以下の突起構造が形成されている。
図1では、金属ナノ粒子30を濃い網掛けで示し、誘電体粒子40を薄い網掛けで示した。また、
図1では、突起構造の一例として、繊維体21の表面の突起構造を突起構造23として図示した。このような構造を有する構造体20では、可視光領域の全域にわたって光を強く吸収でき、構造体20の使用量が少なくても高い光熱変換効率が得られるため、光の吸収による昇温が速い。また、柔軟性を有し、取り扱いしやすく、更に表面積が大きくナノ粒子の利用率をより高めることができる。
【0028】
繊維体21の平均直径は、例えば、10nm以上であることが好ましく、50nm以上であることがより好ましく、100nm以上であるものとしてもよい。この繊維体21の平均直径は、例えば、800nm以下であることが好ましく、600nm以下であることがより好ましく、500nm以下であるものとしてもよい。このとき、基材空間22の直径(
図1の直径d参照)、即ち、基材繊維の平均直径は、例えば、5nm以上であることが好ましく、40nm以上であることがより好ましく、80nm以上であるものとしてもよい。この基材空間22の平均直径は、例えば、780nm以下であることが好ましく、580nm以下であることがより好ましく、480nm以下であるものとしてもよい。基材繊維の平均直径は、繊維体21の平均直径を決定する主因子であり、より細ければ構造体20の表面積を増加することができる。なお、繊維体の断面が三日月形状など、一部欠けた形状である場合、繊維体の直径は、欠けた部分を含めて円形状にした疑似円の直径をいうものとする(
図1の直径D参照)。この平均直径は、SEMで所定視野(例えば5視野)観察し、各繊維の直径を求め、その平均値から求めるものとする。
【0029】
[デバイス]
本開示のデバイスは、上述した構造体を光熱変換材料として用いたものである。このようなデバイスとしては、例えば、構造体を光を吸収し熱へ変換する光熱変換材として用いた光熱変換装置、などが挙げられる。
【0030】
また、本開示のデバイスは、上記光熱変換装置を有する液体蒸発装置としてもよい。
図2は、液体蒸発装置50の構成の概略の一例を示す説明図である。液体蒸発装置50は、構造体20と、支持体60と、収容部70とを備えるものとしてもよい。構造体20は、光を吸収し熱へ変換する光熱変換材料である。支持体60は、吸水性及び断熱性を有し、第1面61で構造体20と接触すると共に第2面62で収容部70に収容された液体72と接触する部材である。支持体60は、液体72上に浮かぶ部材であることが好ましい。この支持体60としては、例えば、木材や発泡スチロール材などが挙げられる。この液体蒸発装置50は、構造体20で変換された熱によって液体72を蒸発させる。液体72は、水や有機溶媒としてもよく、塩類などの不純物を含むものとしてもよい。この液体蒸発装置50は、蒸発した液体を凝縮する凝縮部を有するものとしてもよい。この装置では、液体を蒸留することができる。この装置は、例えば、塩水や汚れた水を蒸留して、水を浄化する浄化装置としてもよい。液体蒸発装置に関する文献としては、Sci.Adv.08 Apr 2016,Vol.2,No4,e1501227,Nature Communications volume 5, Article number: 4449 (2014),Adv.Energy Materials,Vol.8,Issue 4,Feb.5,2018,1701028,Nature Photonics volume 10, pages 393-398 (2016)などが挙げられる。本開示のデバイスでは、ナノ構造布などの構造体を用いることから、光吸収による昇温をより速めることができ、光熱変換効率が高く、取り扱いが容易であり、好ましい。また、本開示のデバイスを液体蒸発装置とすると、素早く液体を蒸発させることができるため、好ましい。
【0031】
[構造体の製造方法]
本開示の構造体の製造方法は、ポリマーを含む基材表面に、可視光領域に吸収を有する光吸収物質を含む1層以上の光吸収層と、誘電物質を含む1層以上の誘電層と、の積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を形成する形成工程と、基材の全部又は一部を除去する除去工程と、を含む。光吸収層と誘電層との積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連続している自立構造については、上述した構造体で説明した通りであるため、適宜説明を省略する。
【0032】
(形成工程)
この工程では、ポリマーを含む基材表面に、光吸収層と誘電層との積層体を形成することにより、基材表面に積層体である繊維体及び/又はシェルが3次元的に連結している自立構造を形成する。この工程では、基材表面に積層体を形成する際、光吸収層を先に形成してもよいし、誘電層を先に形成してもよいが、光吸収層を先に形成することが好ましい。この工程では、物理蒸着により積層体を形成してもよい。
【0033】
基材には、ポリマーが用いられる。基材としてポリマーを用いると、繊維体及び/又はシェルの形成時に基材表面において、ナノ粒子の核生成及び粒成長が比較的容易に進行する。基材に用いられるポリマーの組成は、特に限定されない。但し、基材の除去を容易化するためには、基材は、溶媒可溶性のポリマーが好ましい。溶媒可溶性のポリマーとしては、例えば、ポリエーテルスルホン(PES)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエステル、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリアクリロニトリル(PAN)、ポリエチレンオキシド(PEO)、ポリアクリレート、ポリプロピレンオキシドなどが挙げられる。
【0034】
基材の構造は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構造を選択することができる。本開示の構造体の製造方法で得られる構造体は、基材の表面形状が転写された構造を持つ。そのため、ナノサイズの構造を有するポリマーを基材に用いると、ナノサイズの構造を有する自立膜を製造することができる。基材としては、例えば、以下に示すような不織布や多孔膜を用いることができる。
(a)エレクトロスピニングなどにより作製したナノワイヤー不織布、
(b)曲率半径が20nm以上200nm以下である細孔を備えた多孔膜(いわゆる、「メンブレーンフィルタ」)、
(c)ポリスチレン粒子等からなるオパール構造を持つ多孔膜
【0035】
基材に用いるポリマー製の不織布(基材不織布)は、電界紡糸により作製することができる。この基材不織布の繊維径は、例えば、上述した基材空間の直径の範囲とすることができる。基材不織布の繊維径は、例えば、電界紡糸に用いる溶液のポリマー濃度、電場、溶液の供給速度などにより調節することができる。
【0036】
この工程において、積層体の形成方法は、特に限定されないが、物理蒸着としてもよい。物理蒸着法としては、例えば、スパッタリング法、パルスレーザーデポジション(PLD)法などがある。基材表面に物理蒸着により積層体を形成する場合、物理蒸着は基材の片面から行ってもよく、あるいは、両面から行ってもよい。例えば、基材としてポリマー製のナノワイヤー不織布を用いる場合において、ナノワイヤー不織布の片面のみから物理蒸着を行うと、半チューブ型のナノワイヤー形状の積層体からなる不織布構造が得られる。半チューブ型のナノワイヤーは、チューブ型のナノワイヤー又はロッド型のナノワイヤーに比べて比表面積が大きい。そのため、例えば、これを光熱変換デバイスの光熱変換材料に適用した場合には、光熱変換効率を高めることができる。物理蒸着の条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。一般に、蒸着時間が長くなるほど、蒸着層の厚さを厚くすることができる。また、物理蒸着法は、蒸着量を原子レベルで制御可能である。そのため、蒸着条件を最適化すると、蒸着層の表面に直径が3nm以上10nm以下である突起構造を形成することもできる。
【0037】
積層体を構成する光吸収層の形成には、光吸収層の材料として、例えば、金属ナノ粒子を構成する金属として例示した、貴金属、典型金属、遷移金属及び合金のうち1以上を用いることができる。光吸収層の材料は、Au、Ag、Cu及びAlのうちの1以上としてもよい。こうすれば、光吸収物質としてAu、Ag、Cu及びAlのうちの1以上のナノ粒子を含む光吸収層を形成できる。光吸収層の形成は、Ar雰囲気などの不活性雰囲気で行うことが好ましい。
【0038】
積層体を構成する誘電層の形成には、誘電層の材料として、例えば、誘電物質として例示した、金属酸化物、金属硫化物、金属窒化物、金属炭化物、金属リン化物、金属ヨウ化物などの金属化合物及び無機非金属のうち1以上、あるいは、これらの金属化合物に含まれる金属を用いることができる。誘電層の形成は、Ar雰囲気などの不活性雰囲気で行ってもよいが、金属を用いて誘電物質としての金属化合物を形成する場合などには金属化合物の種類に応じて、酸素、硫黄、窒素、炭素、リン、ヨウ素などの元素を含む雰囲気で行ってもよい。また、金属を用いて誘電物質としての金属化合物を形成する場合などには、金属を形成した後、金属化合物の種類に応じて、酸素、硫黄、窒素、炭素、リン、ヨウ素などの元素を含む雰囲気で処理してこれらの元素と反応させることで、金属化合物を形成してもよい。誘電層の材料は、Cu、Ti、Fe、Si及びGeのうちの1以上を含むものとしてもよい。こうすれば、誘電物質としてCu2O、TiO2、Fe2O3、SiO2、Si及びGeのうちの1以上を含む誘電層を形成できる。
【0039】
この工程では、光吸収層と誘電層とを1層ずつ形成してもよいし、光吸収層と誘電層のうちの少なくとも一方を2層以上形成してもよい。光吸収層の層数と誘電層の層数とは同じとしてもよいし、異なるものとしてもよい。この工程では、光吸収層と誘電層とを交互に各2層以上4層以下となるように形成することが好ましく、光吸収層と誘電層とを交互に各3層となるように形成することがより好ましい。この工程では、光吸収層と誘電層との複層構造を2層以上4層以上形成してもよいし、この複層構造を3層形成してもよい。
【0040】
[除去工程]
この工程では、基材表面に積層体である繊維体及び/又はシェルを形成した後、基材の全部又は一部を除去する処理を行う。基材は、その全部を除去してもよく、あるいは、一部を除去してもよい。光熱変換効率を高めるためには、基材の全部を除去するのが好ましい。基材の除去方法は、特に限定されるものではなく、基材の種類に応じて最適な方法を選択することができる。例えば、基材として溶媒可溶性のポリマーを用いた場合、溶媒を用いて基材を除去するのが好ましい。各種ポリマーを溶解可能な溶媒としては、例えば、ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、NaBH4溶液(溶媒:水とエタノールの1対1混合液)、クロロホルム、アセトン、メタノール、エタノール等のアルコール類、水、2-メチルテトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメチルスルホキシド、スルホラン、ニトロメタンなどが挙げられる。
【0041】
図3は、本開示の構造体(不織布構造)の製造方法の模式図であり、
図3Aが直径100~200nmであるPVPナノワイヤーからなる不織布の模式図である。このような不織布を基材として用い、積層体の材料としての光吸収層の材料や誘電層の材料を基材表面に物理蒸着させると、
図3Bに示すように、基材の表面に積層体からなるシェルが形成された複合体が得られる。さらに、得られた複合体からPVPナノワイヤーを除去すると、
図3Cに示すように、実質的に積層体のみからなるナノワイヤーが3次元的に連結している不織布(ピュアな積層体ナノワイヤー不織布)が得られる。この時、物理蒸着の条件を最適化すると、数ナノサイズの突起が各光吸収層の表面や各誘電体層の表面に形成される。
【0042】
ポリマーからなる基材表面に積層体の材料としての光吸収層の材料や誘電層の材料を物理蒸着すると、基材表面に多数のナノ粒子の核が生成し、粒成長する。その結果、基材表面に、ナノ粒子の凝集体からなる繊維体やシェルが形成される。物理蒸着をさらに続行すると、繊維体やシェルの表面において、さらにナノ粒子の核生成及び粒成長が繰り返される。その結果、各光吸収層の表面や各誘電体層の表面に、ナノ粒子からなる突起構造が形成される。得られた繊維体やシェルは、3次元的に連結しているため、基材を除去しても自立構造は維持される。
【0043】
以上説明した本開示の構造体、デバイス及び構造体の製造方法では、光吸収による昇温をより速めることができる。この理由は、以下のように推察される。例えば、ポリマーからなる基材表面に金属を物理蒸着すると、基材表面に多数の金属ナノ粒子の核が生成し、粒成長する。その結果、基材表面に、金属ナノ粒子の凝集体からなる繊維体やシェルが形成される。金属ナノ粒子は、光をプラズモン吸収し、熱に変換する。個々の金属ナノ粒子がプラズモン吸収する光の波長範囲は狭いが、金属ナノ粒子の凝集体である光吸収層では広い波長範囲の光をプラズモン吸収できる。この光吸収層の表面に誘電物質を物理蒸着して誘電層を形成すると、基材表面に光吸収層と誘電層との積層体からなる繊維体やシェルが形成される。誘電層は、光吸収層でのプラズモン吸収を増強する。基材を除去して得られた構造体は、繊維体やシェルが3次元的に連結した構造を有し、3次元構造内に光が捕捉され易いため、光吸収率がより高い。そして、基材を除去しても自立構造が維持されるため、少量で高い光吸収率が得られる。したがって、本開示では、光吸収による昇温をより速めることができると考えられる。
【0044】
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例】
【0045】
以下には自立構造を有する構造体を具体的に作製した例を実施例として説明する。
【0046】
[参考例1,2]
PES製のメンブレーンフィルタ(商品名:ミリポアPES)を4cm角に切り出し、その表面に、スパッタ法を用いてPt膜を形成した(形成工程)。スパッタは、HITACHI社製MC1000イオンスパッタ装置を用い、Ar雰囲気中で行った。次いで、DMF及びNMPを用いてPESを除去し(除去工程)、Ptのみからなる自立構造を有する構造体を得た。これを参考例1とした。また、基材として、PVDF製のメンブレーンフィルタを用いた以外は、参考例1と同様にして、Ptのみからなる自立構造を有する構造体を得た。これを参考例2とした。
【0047】
[参考例3]
図4は、IrO
2ナノワイヤー不織布(参考例3)の作製手順を示す説明図である。まず、PVPの8質量%メタノール溶液を1kV/cmで電界紡糸することで、直径が100~200nmのPVPポリマーナノワイヤーからなる不織布を作製した。
図4Aは、作製したPVPナノワイヤー不織布の写真である。次に、このPVPナノワイヤー不織布の表面に、スパッタ法を用いてIrO
2膜を形成した。IrO
2膜は、酸素5%-アルゴン95%雰囲気下において、Irをスパッタすることにより形成した。
図4Bは、IrO
2をスパッタしたPVPナノワイヤー不織布の写真である。また、
図4C及び
図4Dは、それぞれ、IrO
2膜を形成したPVPナノワイヤーのSEM写真及び模式図である。
【0048】
次に、得られた不織布を0.5MのNaBH
4溶液(溶媒:水とエタノールの1対1混合液)に入れ、80℃で30分間攪拌することでPVPを除去し、IrO
2ナノワイヤー不織布を得た。
図4Eは、脱PVP処理のための攪拌過程を撮影した写真である。
図4Fは、脱PVP処理後のIrO
2ナノワイヤー不織布を水溶液に浮かべた様子を撮影した写真である。
図4Gは、脱PVP処理後のIrO
2ナノワイヤーの模式図である。脱PVP処理後、Ti板を用いてIrO
2ナノワイヤー不織布を水面からすくい上げた。
図4Hは、このようにして得られたIrO
2/Ti板の写真である。
【0049】
[参考例4]
PVPの4質量%メタノール溶液を1kV/cmで電界紡糸することで、直径が10~20nmのPVPポリマーナノワイヤーからなる不織布を作製した。以下、このPVPナノワイヤー不織布を基材に用いた以外は参考例3と同様にして、IrO2ナノワイヤー不織布を得た。これを参考例4とした。
【0050】
[参考例1~4の評価]
作製した参考例1~4の構造体に対して、走査型電子顕微鏡(SEM,HITACHI社製FE5500)を用いて微細構造の観察を行った。
図5は、参考例1~3の観察結果であり、
図5Aが参考例1の低倍率SEM像、
図5Bが参考例1の高倍率SEM像である。また、
図5Cが参考例2の低倍率SEM像、
図5Dが参考例2の高倍率SEM像である。また、
図5Eが参考例3の低倍率SEM像、
図5Fが参考例3の高倍率SEM像である。
図5A~
図5Dより、以下のことがわかった。上記作製方法によれば、ポリマーからなるメンブレーンフィルタの細孔構造がそのまま転写され、柔軟性があるPtからなる自立構造を有する構造体が得られた。この構造体は、直径が3~10nmのPtナノ粒子の凝集体からなっていることがわかった。また、
図5E及び
図5Fに示すように、上記作製方法によれば、ポリマー製の不織布のナノ構造がそのまま転写され、柔軟性があるIrO
2ナノワイヤー不織布が得られることがわかった。また、このIrO
2ナノワイヤー不織布構造は、直径が3~10nmのIrO
2ナノ粒子の凝集体からなることがわかった。
【0051】
図6は、参考例3、4の観察結果であり、
図6AがIrO
2ナノワイヤー不織布(参考例3)のスパッタ面及のSEM像であり、
図6Bが参考例3のスパッタ面の裏面のSEM像である。また、
図6Cが参考例3の低倍率STEM像であり、
図6Dが参考例3の高倍率STEM像(拡大図)である。また、
図6Eが参考例3の断面のSEM像を示す。また、
図6Fが参考例2のSTEM像であり、
図6Gが参考例4のSTEM像であり、
図6Hが
図6Fの一部を取り出して撮影したTEM像である。
図6A~
図6Eより、以下のことが分かった。参考例3では、ポリマー不織布の一方の面からIrO
2をスパッタしていることから、IrO
2ナノワイヤーは、半チューブ状となっていた(
図6A,6B,6E参照)。また、IrO
2ナノワイヤーの表面には、直径が3~10nmのナノ粒子が連結した突起物が形成されていた(
図6C,6D参照)。
【0052】
また、
図6Gに示すように、直径10~20nm程度の極細のポリマーナノワイヤーを鋳型に用いた場合であっても、上記作製方法によれば、不織布構造を有する構造体を作製することができることがわかった。また、
図6F,6Hより、以下のことが分かった。上記作製方法によれば、ポリマー製のメンブレーンフィルタのナノ構造がそのまま転写された、直径が3~10nmであるPtナノ粒子からなる多孔膜構造の構造体が得られることがわかった。
【0053】
[参考例5~11]
小型電界紡糸装置を用いてポリマー製不織布を作製し、小型卓上スパッタ装置(HITACHI社製MC1000イオンスパッタ装置)を用いてこのポリマー製不織布の表面に金属の自立構造を形成したのち、ポリマー製不織布を除去し、構造体を得た。スパッタには、Pt、Au、Ag、Cu、Sn、Ru、Irの金属ターゲットを用い、得られた構造体をそれぞれを参考例5~11とした。テンプレートとして用いた直径100~200nmのPVPナノファイバー不織布は、PVPの10質量%メタノール溶液を1kV/cmで電界紡糸することで作製した。この表面に上記金属ターゲットでスパッタ蒸着したのち、鋳型として用いたPVPナノファイバー不織布を、0.5MのNaBH4溶液(溶媒:水とエタノールの1対1混合液)の中で30分撹拌することで除去した。なお、スパッタは、不活性雰囲気(Arガス)中で行った。
【0054】
図7は、基材の不織布及び不織布除去前の参考例5~11の構造体の写真である。
図8は、水中での参考例5~11の不織布構造を有する構造体の写真である。
図9は、参考例5~11(
図9A~9G)の光学顕微鏡写真である。
図8は、水中にて不織布を除去したのちの構造体を撮影したものであり、水中にて一部がめくれた状態になっている。
図7~9に示すように、貴金属としてのPt、Au、Ag、Ru、Irや、遷移金属としてのCu、典型金属としてのSnなど、各金属を用いても、柔軟性があり、不織布構造の自立構造を有する構造体(ナノ構造布)を作製することができることがわかった。特に、貴金属や遷移金属においては、その触媒性能を利用したデバイスに利用可能であり、導電性の高い金属(例えばCuやSnなど)においては、蓄電装置や駆動装置の電極部材、集電部材、導電部材のデバイスに利用可能である。特に、上記構造体は、厚さが極めて薄く、柔軟性を有しているため、各種デバイスに利用しやすいメリットがある。
【0055】
[実験例1~6]
参考例5~11と同様に、PVPを8質量%含むメタノール溶液を電界紡糸して作製したPVP不織布を基材として、Ag構造体、Cu2O構造体、Ag-Cu2O(1層)構造体、Ag-Cu2O(2層)構造体、Ag-Cu2O(3層)構造体、Ag-Cu2O(4層)構造体を作製し、それぞれを実験例1~6とした。なお、実験例1では、PVP不織布上にAgを形成する際、Agターゲットを用い不活性雰囲気(Arガス)中でスパッタを行った。形成されたAg層の重量はPVP不織布1cm2あたり各々約5μgであった。実験例2では、PVP不織布上にCu2Oを形成する際、Cuターゲットを用いアルゴン雰囲気中でスパッタを行った後、300Kの大気中にて酸化処理を10分間行うことでCu2O層を形成した。形成されたCu2O層1層の重量はPVP不織布1cm2あたり各々約10μgであった。実験例3では、PVP不織布上にAg-Cu2O(光吸収層と誘電層との複層構造)を形成する際、実験例1と同様にPVP不織布上にAg(光吸収層)を形成した後、先に形成したAg上に実験例2と同様にCu2O(誘電層)を形成するという処理を1回行い、Ag-Cu2Oを1層形成した。実験例4では、PVP不織布上にAg-Cu2Oを形成する際、実験例3と同様のAg-Cu2Oを形成する処理を2回行い、Ag-Cu2Oを2層形成した。実験例5では、PVP不織布上にAg-Cu2Oを形成する際、実験例3と同様のAg-Cu2Oを形成する処理を3回行い、Ag-Cu2Oを3層形成した。実験例6では、PVP不織布上にAg-Cu2Oを形成する際、実験例3と同様のAg-Cu2Oを形成する処理を4回行い、Ag-Cu2Oを4層形成した。実験例1~6の自立構造布は、いずれも柔軟性を有していた。
【0056】
[実験例1~6の評価]
(SEM観察及び成分分析)
作製した実験例6の構造体に対して、走査型電子顕微鏡(SEM,HITACHI社製FE5500)を用い、微細構造の観察及びエネルギー分散型X線分光法(EDX)による成分分析を行った。
図10は、実験例
5の構造体のSEM写真(二次電子像)である。
図10Aは、構造体のスパッタ面のSEM写真であり、
図10Bは、構造体の断面(スパッタ面に垂直な面)のSEM写真である。
図10より、以下のことが分かった。上記作製方法によれば、ポリマー製不織布のナノ構造がそのまま転写された構造体が得られることがわかった。また、実験例
5では、ポリマー不織布の一方の面からAg及びCu
2Oをスパッタしていることから、Ag-Cu
2O積層体は、半チューブ状となっていた。
図11は、実験例
5の構造体を構成する積層体の断面のTEM写真及び成分分析結果である。
図11Aは、積層体の断面のTEM写真であり、
図11Bは、積層体の断面のAgマッピング像であり、
図11Cは、積層体の断面のCuマッピング像であり、
図11Dは、積層体の断面のOマッピング像であり、
図11Eは、
図11B~
図11Dのマッピング像を重ねた像であり、
図11Fは、
図11B~
図11Dの線分AB上でのEDX強度の分布を示すグラフである。
図11より、以下のことがわかった。上記作製方法によれば、Ag層とCu
2O層とが交互に3層ずつ形成された積層体を備えた構造体が得られた。この積層体では、Ag層の堆積膜厚は各々約5nmであり、Cu
2O層の堆積膜厚は各々約17nmであった。この積層体において、Ag層は直径が3~10nmのAgナノ粒子の凝集体であり、Cu
2O層は直径が3~10nmのCu
2Oナノ粒子の凝集体であった。また、この積層体において、各層の表面には、直径が3~10nmのナノ粒子が連結した突起構造が形成されていた。
【0057】
(光熱変換特性評価)
次に、実験例1~6を用いて、吸収した光を熱に変換する光熱変換特性を評価した。実験例1~6の構造体を、ポリスチレンフォームですくい上げ、そこに疑似太陽光を照射したときの温度をK型熱電対を用いて測定することによって、光熱変換特性を評価した。朝日分光製ソーラーシミュレーター(HAL-302)を用い、光強度1kW・m
-2、3kW・m
-2、5kW・m
-2にて疑似太陽光照射を行った。
図12は、疑似太陽光照射下における実験例1~3,5の温度変化を示すグラフである。
図13は、疑似太陽光(光強度1kW・m
-2(1SUN))を30秒照射した時点での実験例1~6の温度を示すグラフである。この結果を表1にまとめた。
図12,13に示すように、Ag-Cu
2O複層構造を有する実験例3~6の構造体では、1kW・m
-2の強度の可視光の照射でも、30秒で71℃以上まで温度が上昇した。また、Ag-Cu
2O複層構造を有する実験例3~6の構造体のうち、3層のAg-Cu
2O複層構造を有する実験例5の構造体では光を照射して30秒での温度上昇が最も大きかった。このように、Ag-Cu
2O複層構造(積層体)を有する構造体では光吸収による昇温が速く、3層のAg-Cu
2O複層構造を有する構造体では光吸収による昇温がより速いことがわかった。
【0058】
【0059】
以上、本開示の実施例について詳細に説明したが、本発明は上記実施例に何ら限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本開示の構造体、デバイス及び構造体の製造方法は、例えば、光熱変換デバイスの光熱変換材料として用いることができる。
【符号の説明】
【0061】
20 構造体、21 繊維体、22 基材空間、23 突起構造、30 金属ナノ粒子、31 第1光吸収層、32 第2光吸収層、33 第3光吸収層、40 誘電体ナノ粒子、41 第1誘電層(第1層)、42 第2誘電層、43 第3誘電層、50 液体蒸発装置、60 支持体、61 第1面、62 第2面、70 収容部、72 液体。