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  • 特許-H形鋼 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】H形鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231219BHJP
   C22C 38/16 20060101ALI20231219BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231219BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20231219BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/16
C22C38/60
C21D8/00 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022514552
(86)(22)【出願日】2021-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2021043489
(87)【国際公開番号】W WO2022185632
(87)【国際公開日】2022-09-09
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2021033485
(32)【優先日】2021-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】安藤 佳祐
(72)【発明者】
【氏名】大坪 浩文
(72)【発明者】
【氏名】三浦 進一
(72)【発明者】
【氏名】中村 直人
(72)【発明者】
【氏名】塩谷 和彦
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-272949(JP,A)
【文献】特開2016-156032(JP,A)
【文献】特開2017-071827(JP,A)
【文献】特開平11-323477(JP,A)
【文献】特開平11-315341(JP,A)
【文献】特開2011-106006(JP,A)
【文献】特開2012-122116(JP,A)
【文献】特開2018-040031(JP,A)
【文献】国際公開第2019/116520(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第104630625(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.05~0.20質量%、
Si:0.05~1.00質量%、
Mn:0.50~2.00質量%、
P:0.003~0.035質量%、
S:0.035質量%以下、
Cu:0.01~0.50質量%、および
Ni:0.01~0.50質量%を含有し、
さらに、W:0.005~0.30質量%、Mo:0.005~0.50質量%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、
かつ、Cu、P、WおよびMoを下記(1)式を満足する範囲で含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
引張強さが400MPa以上、降伏強度が235MPa以上、0℃における衝撃吸収エネルギーが27J以上である、H形鋼。
0.25≦2.6×[%Cu]+0.8×[%P]+4.2×[%W]+1.1×[%Mo]≦1.30 ・・・(1)
ここで、(1)式中の[%Cu]、[%P]、[%W]および[%Mo]はそれぞれ、鋼中のCu、P、WおよびMoの含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。
【請求項2】
前記鋼組成は、さらに、
Cr:1.00質量%以下、
Sn:0.200質量%以下、
Sb:0.200質量%以下、
Al:0.100質量%以下、
V:0.50質量%以下、
Ti:0.50質量%以下、
B:0.0100質量%以下、
Zr:0.100質量%以下、
Ca:0.100質量%以下、
Mg:0.100質量%以下、および
REM:0.100質量%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有し、
表面に塗膜を有する、請求項1に記載のH形鋼。
【請求項3】
表面に塗膜を有する、請求項1に記載のH形鋼。
【請求項4】
前記塗膜が、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層を有し、該防食下地層が無機ジンクリッチペイント、該下塗り層がエポキシ樹脂塗料、該中塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料、該上塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料をそれぞれ用いてなる、請求項2または3に記載のH形鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、H形鋼に関するものであり、主に建築・土木、橋梁などの陸上かつ屋外の大気腐食環境下で用いられ、特に飛来塩分量の多い海上、海岸などの厳しい腐食環境下で使用されるH形鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
橋梁などの鋼構造物には、厳重な塗装を施すなどの防食処置がとられるのが通常である。構造部材として多用されるH形鋼に関しても、例えば、飛来塩分量が少ない環境では、耐候性鋼が多く用いられている。ここで耐候性鋼は、大気暴露環境で使用する場合に、Cu、P、Cr、Niなどの合金元素が濃化した保護性の高いさび層で表面が覆われ、これによって腐食速度を大きく低下させた鋼材である。このような耐候性鋼を使用した橋梁は、飛来塩分量が少ない環境では、無塗装のまま数十年間の供用に耐え得ることが知られている。
【0003】
一方、海上や海岸近傍などの飛来塩分量の多い環境では、保護性の高いさび層が形成され難く、耐候性鋼を無塗装のまま使用することは困難である。このため、海上や海岸近傍などの飛来塩分量の多い環境では、普通鋼材に塗装などの防食処理を施した鋼材が一般的に用いられている。塗装は非常に効果の高い防食手段であるが、大気暴露環境においては劣化が著しいため、定期的な補修を必要とする。補修する際には、劣化した塗装とその下地に発生した錆が残っていると、塗装による防食効果が著しく低下してしまう。この問題を回避するためには、補修個所の旧塗装と錆とを研削除去し、そこにあらためて再塗装を実施する必要がある。この作業は目視による確認を必要とするため自動化することが極めて困難で、熟練した作業員の手作業によらねばならない。そのため、塗装鋼材を使用する場合には、構造物のメンテナンスコストが増大し、ひいてはライフサイクルコストが増大するという問題がある。
【0004】
このようなことから、塗り替え塗装の周期を延長することによって、塗装頻度を低減し、構造物のメンテナンスコストを抑制可能な耐食性に優れたH形鋼、特には塗装耐久性に優れたH形鋼の開発が望まれている。
【0005】
そのような背景を受け、たとえば特許文献1には、Cr、Cuを添加して耐食性を確保しつつ、圧延および冷却条件を精緻に制御することで、溶融Cuに起因した赤熱脆化をも抑制し得るH形鋼の製造方法が開示されている。また、特許文献2には、MoおよびNiの添加量を調整することで、飛来塩分量が0.05mdd以上の海岸地域においても優れた耐食性を有する、耐候性に優れたH形鋼が開示されている。さらに特許文献3~7には、上記の合金元素に加えて、SnやSbを所定量添加することにより、海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下における耐食性を大幅に向上させた高耐候性鋼が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開1996-199233号公報
【文献】特許3314682号公報
【文献】特許6658412号公報
【文献】特開2006-118011号公報
【文献】特開2010-7109号公報
【文献】特開2012-255184号公報
【文献】特開2013-166992号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1、2に記載のH形鋼は塗装耐久性について考慮されておらず、高飛来塩分環境における耐候性が十分ではないという問題があった。また、成形性の観点から熱間加工時に1200℃以上の加熱が必須となるH形鋼では、厚鋼板に比べて結晶粒が粗大化し易い傾向にあるため、特許文献3~7のように耐食元素を過度に含有させると、靭性の確保が困難になるという課題もあった。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、塗装耐久性および強度-靭性バランスに優れたH形鋼を提供することを目的とする。
【0009】
なお、「塗装耐久性に優れた」とは、鋼の表面に塗膜を形成し、以下の条件の腐食試験を行ったときの塗膜の膨れ面積が480mm以下であることを意味する。
<腐食試験条件>
塗膜に付与する初期欠陥:幅1mm、長さ40mmの直線のカット
人工海塩の付着量:6.0g/m
試験時間:1200サイクル(9600時間)
サイクル条件:(条件1.温度:60℃、相対湿度:35%、保持時間:3時間)、(条件2.温度:40℃、相対湿度:95%、保持時間:3時間)、条件1から条件2および条件2から条件1への各移行時間を1時間とする、合計8時間のサイクル
【0010】
また、「強度-靭性バランスに優れた」とは、引張強さが400MPa以上、降伏強度が235MPa以上であり、かつ、0℃における衝撃吸収エネルギーが27J以上であることを意味する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、C、Si、Mn、P、S、Cu、Ni、WおよびMоの含有量を変化させたH形鋼を作製し、塗装耐久性、引張特性ならびに靭性を鋭意調査した。その結果、鋼中に含まれる前記各元素の含有量を特定範囲とし、かつ、Cu、P、WおよびMо量からなるパラメータを特定範囲に制御することで、優れた塗装耐久性に加え、強度-靭性バランスに優れたH形鋼が得られることを見出した。
【0012】
本発明は上記の知見に立脚するものであり、その要旨構成は次の通りである。
[1]C:0.05~0.20質量%、
Si:0.05~1.00質量%、
Mn:0.50~2.00質量%、
P:0.003~0.035質量%、
S:0.035質量%以下、
Cu:0.01~0.50質量%、および
Ni:0.01~0.50質量%を含有し、
さらに、W:0.005~0.30質量%、Mo:0.005~0.50質量%のうちから選ばれた1種または2種を含有し、
かつ、Cu、P、WおよびMoを下記(1)式を満足する範囲で含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼組成を有し、
引張強さが400MPa以上、降伏強度が235MPa以上、0℃における衝撃吸収エネルギーが27J以上である、H形鋼。
0.25≦2.6×[%Cu]+0.8×[%P]+4.2×[%W]+1.1×[%Mo]≦1.30 ・・・(1)
ここで、(1)式中の[%Cu]、[%P]、[%W]および[%Mo]はそれぞれ、鋼中のCu、P、WおよびMoの含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。
[2]前記鋼組成は、さらに、
Cr:1.00質量%以下、
Sn:0.200質量%以下、
Sb:0.200質量%以下、
Al:0.100質量%以下、
Nb:0.50質量%以下、
V:0.50質量%以下、
Ti:0.50質量%以下、
B:0.0100質量%以下、
Zr:0.100質量%以下、
Ca:0.100質量%以下、
Mg:0.100質量%以下、および
REM:0.100質量%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を含有する、[1]に記載のH形鋼。
[3]表面に塗膜を有する、[1]または[2]に記載のH形鋼。
[4]前記塗膜が、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層を有し、該防食下地層が無機ジンクリッチペイント、該下塗り層がエポキシ樹脂塗料、該中塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料、該上塗り層がふっ素樹脂上塗り塗料をそれぞれ用いてなる、[3]に記載のH形鋼。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、塗装耐久性および強度-靭性バランスに優れたH形鋼を提供することができる。
【0014】
本発明によれば、橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用する場合であっても、塗り替え塗装にかかる周期を延長し、塗装頻度を低減することが可能な、塗装耐久性ならびに強度-靭性バランスに優れたH形鋼を提供することができる。
【0015】
本発明によれば、優れた塗装耐久性と強度-靭性バランスを有するH形鋼を安定して製造することが可能となり、橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用する場合であっても、塗り替え周期を延長して塗装頻度を低減することが可能な塗装耐久性に優れたH形鋼を、低コストに得ることができる。そして、本発明の塗装耐久性に優れたH形鋼を、橋梁などの屋外の大気腐食環境下、特には飛来塩分量の多い海上や海岸近傍などの厳しい腐食環境下で使用される橋梁などの構造物に好適に用いることにより、かような構造物のメンテナンスコスト、ひいてはライフサイクルコストを低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】H形鋼の断面図ならびに試験片の採取位置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を具体的に説明する。まず、本発明において、鋼組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。なお、以下の説明における「%」は、特に断らない限り「質量%」を表すものとする。
【0018】
C:0.05~0.20%
Cは、母材強度を確保するために必要な元素であり、少なくとも0.05%の添加を必要とする。しかし、0.20%を超えるCの添加は、母材靭性を低下させるばかりか、溶接性を低下させる。そのため、本発明ではC含有量を0.05~0.20%とする。なお、C含有量は、好ましくは0.07%以上であり、より好ましくは0.09%以上であり、さらに好ましくは0.11%以上である。また、C含有量は、好ましくは0.18%以下であり、より好ましくは0.15%以下である。
【0019】
Si:0.05~1.00%
Siは、母材強度の確保に加え、緻密なさび層を形成し、H形鋼の塗装耐久性を向上させる効果も有している。しかし、Si含有量が、0.05%未満ではその添加効果は小さく、一方、1.00%を超えると靭性ならびに溶接性が劣化する。そのため、本発明ではSi含有量を0.05~1.00%とする。なお、Si含有量は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.20%以上である。また、Si含有量は、好ましくは0.60%以下であり、より好ましくは0.45%以下である。
【0020】
Mn:0.50~2.00%
Mnは、Siと同様、焼き入れ性を高め、母材強度の確保に有効な元素である。しかし、Mn含有量が0.50%未満では、その添加効果は小さく、一方、2.00%を超えるMnの添加は、上部ベイナイト変態を促進させ、靭性を低下させるので好ましくない。そのため、本発明ではMn含有量を0.50~2.00%とする。なお、Mn含有量は、好ましくは0.60%以上であり、より好ましくは0.80%以上であり、さらに好ましくは1.20%以上である。また、Mn含有量は、好ましくは1.80%以下であり、より好ましくは1.60%以下である。
【0021】
P:0.003~0.035%
Pは、固溶強化能の高い元素であり、フェライトの硬化を通して靭性を低下させるため、本発明では鋼中のP含有量を0.035%以下とする。一方、Pは塗装耐久性の向上に寄与する元素であるため、少なくとも0.003%のPの添加を必要とする。そのため、本発明では、P含有量を0.003~0.035%とする。なお、P含有量は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.008%以上であり、さらに好ましくは0.010%以上である。また、P含有量は、好ましくは0.025%以下であり、より好ましくは0.020%以下である。
【0022】
S:0.035%以下
Sは、主にA系介在物の形態で鋼材中に存在するが、Sの含有量が0.035%を超えるとこの介在物量が著しく増加し、同時に粗大な介在物を生成するため、靭性を大きく低下させる。そのため、本発明ではS含有量を0.035%以下とする。S含有量は、好ましくは0.020%以下であり、より好ましくは0.010%以下であり、さらに好ましくは0.008%以下である。一方、Sは少ないほど好ましいため、S含有量の下限は特に限定されず、0%であってよいが、通常、Sは不純物として鋼中に不可避的に含有される元素であるため、工業的には0%超であってよい。なお、過度の低S化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、S含有量は、好ましくは0.002%以上である。
【0023】
Cu:0.01~0.50%
Cuは、本発明の塗装耐久性に優れたH形鋼において重要な元素であり、さび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する効果を有する。そして、Cuは、Niとともに、さらにはNi、Wとともに複合添加することで、これらの元素との相乗効果によって、鋼材の塗装耐久性を大きく向上させる。このような効果は、Cu含有量が0.01%以上で得られる。一方、Cu含有量が0.50%を超えると、合金コストの上昇を招くだけでなく、熱間加工時にCu割れが生じ易くなる。さらに鋼の焼入れ性がより上昇するため、靭性も低下する。そのため、本発明ではCu含有量を0.01~0.50%とする。なお、Cu含有量は、好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.07%以上である。また、Cu含有量は、好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0024】
Ni:0.01~0.50%
Niは、さび層のさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制すると共に、Cu割れを抑制する効果も有する。そして、Niは、Cuとともに、さらにはCu、Wとともに複合添加することで、これらの元素との相乗効果によって、鋼材の塗装耐久性を大きく向上させる。このような効果は、Ni含有量が0.01%以上で得られる。ただし、Ni含有量が0.50%を超えると、鋼の焼入れ性がより上昇し、靭性が低下する。そのため、本発明では、Ni含有量を0.01~0.50%とする。なお、Ni含有量は、好ましくは0.03%以上であり、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.07%以上である。また、Ni含有量は、好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0025】
W:0.005~0.30%、Mo:0.005~0.50%のうちから選ばれた1種または2種
W:0.005~0.30%
Wは、鋼材のアノード反応に伴って溶出し、さび層中にWO 2-として分布することによって、腐食促進因子の塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを静電的に防止する。さらに鋼材表面にWを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。そして、Wは、Cu、Niとともに複合添加することで、これらの元素との相乗効果によって、鋼材の塗装耐久性を大きく向上させる。このような効果は、W含有量が0.005%以上で得られる。ただし、W含有量が0.30%を超えると合金コストが増加するだけでなく、鋼の焼入れ性が顕著に上昇し、靭性が低下する。そのため、本発明ではWを含有する場合のW含有量を0.005~0.30%とする。なお、W含有量は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.03%以上であり、さらに好ましくは0.05%以上である。また、W含有量は、好ましくは0.30%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0026】
Mo:0.005~0.50%
Moは、鋼材のアノード反応に伴って溶出し、さび層中にMoO 2-として分布することによって、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、鋼材表面にMoを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。このような効果は、Mo含有量が0.005%以上で得られる。ただし、その含有量が0.50%を超えると上部ベイナイト変態を促進させ、靭性が低下する。そのため、本発明ではMoを含有する場合のMo含有量を0.005~0.50%とする。なお、Mo含有量は、好ましくは0.02%以上であり、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.07%以上である。また、Mo含有量は、好ましくは0.40%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。
本発明では、上述のWとMoのうち、Wを含有することが好ましく、WとMoを含有することがより好ましい。
【0027】
さらに本発明では、形鋼であるため、各々の元素が単に上記の範囲を満足するだけでは不十分で、Cu、P、WおよびMoについては、以下の(1)式の関係を満足させることが重要である。
【0028】
0.25≦2.6×[%Cu]+0.8×[%P]+4.2×[%W]+1.1×[%Mo]≦1.30 ・・・(1)
ここで、(1)式中の[%Cu]、[%P]、[%W]および[%Mo]はそれぞれ、鋼中のCu、P、WおよびMoの含有量(質量%)であり、含有しない場合は0とする。
【0029】
発明者らは、上記含有量範囲の鋼成分を有する種々のH形鋼を用いて、塗装耐久性および強度-靭性バランスを評価した結果、両者について所望の特性を得るためには、上記各成分を上記含有量範囲とすることに加え、Cu、P、WおよびMoの含有量を特定の範囲に制御することが重要であるとの知見を得た。具体的には、Cu、P、WおよびMoの含有量にもとづくパラメータである上記(1)式で算出される値(2.6×[%Cu]+0.8×[%P]+4.2×[%W]+1.1×[%Mo]で算出される値)を、0.25以上1.30以下とすることで、優れた塗装耐久性と強度-靭性バランスを安定して得ることができる。(1)式で算出される値が0.25未満であると、腐食促進因子である酸素や塩化物イオンの地鉄への透過を抑制する緻密なさび層を安定して形成することが困難となり、塗装耐久性が低下する。一方、(1)式で算出される値が1.30を超えると、Cu、WおよびMoによる焼入れ性の上昇ならびにPによるフェライト硬化の重畳が顕著となり、靭性が低下する。なお、上記(1)式で算出される値の範囲は0.40以上1.20以下とすること、すなわち、Cu、P、WおよびMoの含有量を以下の(2)式を満足させることがより好ましい。
【0030】
0.40≦2.6×[%Cu]+0.8×[%P]+4.2×[%W]+1.1×[%Mo]≦1.20 ・・・(2)
ここで、(2)式中の[%Cu]、[%P]、[%W]および[%Mo]は、上記(1)式と同様である。
【0031】
上記(1)式で算出される値(2.6×[%Cu]+0.8×[%P]+4.2×[%W]+1.1×[%Mo]で算出される値)は、0.40以上が好ましく、0.50以上がより好ましい。また、上記(1)式で算出される値は、1.20以下が好ましく、1.10以下がより好ましい。
【0032】
本発明のH形鋼の鋼組成は、上記の成分の他に、さらに塗装耐久性や強度、延性、靱性の向上を目的として、Cr:1.00%以下、Sn:0.200%以下、Sb:0.200%以下、Al:0.100%以下、Nb:0.50%以下、V:0.50%以下、Ti:0.50%以下、B:0.0100%以下、Zr:0.100%以下、Ca:0.100%以下、Mg:0.100%以下およびREM:0.100%以下のうちから選ばれた1種または2種以上を任意に含有してもよい。
【0033】
Cr:1.00%以下
Crは、固溶強化により鋼の更なる高強度化を図ることができる元素である。このような効果を十分に得るためには、Crを0.01%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が1.00%を超えると上部ベイナイト変態を促進させ、靭性が低下する。したがって、Crを含有する場合、Cr含有量は1.00%以下とする。Cr含有量は、より好ましくは0.05%以上であり、さらに好ましくは0.10%以上である。また、Cr含有量は、好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.30%以下である。
【0034】
Sn:0.200%以下
Snは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、Snは鋼材表面においてアノード反応を抑制する。さらにSnは、Cu、Niとともに、さらにはCu、Ni、Wとともに複合添加することで、これらの元素との相乗効果によって、鋼材の塗装耐久性を大きく向上させる。このような効果を十分に得るためには、Snを0.005%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が0.200%を超えると延性や靭性の低下を招く。したがって、Snを含有する場合、Sn含有量は0.200%以下とする。Sn含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。また、Sn含有量は、好ましくは0.100%以下であり、より好ましくは0.080%以下である。
【0035】
Sb:0.200%以下
Sbは、地鉄表面近傍においてさび層中に存在し、さび粒子を微細化することで、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、Sbは、鋼材表面においてアノード反応を抑制する。さらにSbは、Cu、Niとともに、さらにはCu、Ni、Wとともに複合添加することで、これらの元素との相乗効果によって、鋼材の塗装耐久性を大きく向上させる。このような効果を十分に得るためには、Sbを0.005%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が0.200%を超えると延性や靭性の低下を招く。したがって、Sbを含有する場合、Sb含有量は0.200%以下とする。Sb含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。また、Sb含有量は、好ましくは0.100%以下であり、さらに好ましくは0.080%以下である。
【0036】
Al:0.100%以下
Alは、脱酸剤として添加することができる元素である。このような効果を十分に得るためには、Alを0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、Al含有量が0.100%を超えると、Alの有する高い酸素との結合力のため、鋼中に酸化物系介在物が多量に生成し、その結果、鋼の延性が低下する。したがって、Alを含有する場合、Al含有量は0.100%以下とする。Al含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。また、Al含有量は、好ましくは0.080%以下であり、より好ましくは0.050%以下である。
【0037】
Nb:0.50%以下
Nbは、炭窒化物として析出することで引張強度や降伏点を向上させる効果を有する元素である。このような効果を十分に得るためには、Nbを0.005%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が0.50%を超えると、析出脆化を助長することに加え、上部ベイナイト変態を促進させるため、靭性が低下する。したがって、Nbを含有する場合、Nb含有量は0.50%以下とする。Nb含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。また、Nb含有量は、好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。
【0038】
V:0.50%以下
Vは、圧延中または圧延後の冷却中にVNとしてオーステナイトに析出してフェライト変態核となり、結晶粒を微細化する効果を有する元素である。また、Vは、析出強化により母材強度を高める役割も有しており、引張強度と靭性を確保するために有用な元素である。このような効果を十分に得るためには、Vを0.005%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が0.50%を超えると、過度な析出強化により、母材靭性が低下する傾向がある。したがって、Vを含有する場合、V含有量は0.50%以下とする。V含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。また、V含有量は、好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。
【0039】
Ti:0.50%以下
Tiは、TiNを形成してオーステナイト粒を微細化するだけでなく、TiNを核とした粒内フェライト変態の促進によってミクロ組織を微細化し、靭性向上にも有効な元素である。このような効果を十分に得るためには、Tiを0.005%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が0.50%を超えると、粗大なTiNが発生し、靭性が低下する。したがって、Tiを含有する場合、Ti含有量は0.50%以下とする。Ti含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.020%以上である。また、Ti含有量は、好ましくは0.20%以下であり、より好ましくは0.10%以下である。
【0040】
B:0.0100%以下
Bは、鋼中で粒界に偏析し粒界強度を向上させる効果を有する元素である。また、粒内フェライトの核生成サイトとなるTiNとの複合析出物を形成し、ミクロ組織を微細化することで靭性向上にも有効な元素である。このような効果を十分に得るためには、Bを0.0001%以上含有させることが好ましい。一方、その含有量が0.0100%を超えると、粗大な炭窒化物の粒界析出により靭性が低下する。したがって、Bを含有する場合、B含有量は0.0100%以下とする。B含有量は、より好ましくは0.0010%以上であり、さらに好ましくは0.0020%以上である。また、B含有量は、好ましくは0.0050%以下であり、より好ましくは0.0040%以下である。
【0041】
Zr:0.100%以下
Zrは、鋼の更なる高強度化を図ることができる元素である。この効果を十分に得るためには、Zrを0.005%以上含有させることが好ましい。ただし、その含有量が0.100%を超えると高強度化の効果が飽和することに加え、靭性も低下する。したがって、Zrを含有する場合、Zr含有量は0.100%以下とする。Zr含有量は、より好ましくは0.010%以上であり、さらに好ましくは0.015%以上である。また、Zr含有量は、好ましくは0.050%以下であり、より好ましくは0.040%以下である。
【0042】
Ca:0.100%以下
Caは、硫化物系介在物中の酸化物および硫化物を、高温における安定性が高いものへ変質させて、硫化物系介在物を粒状化する作用を有する。そして、このCaによる介在物の形態制御効果により、鋼の靭性および延性の向上を図ることができる。このような効果を十分に得るためには、Caを0.0001%以上含有させることが好ましい。但し、Ca含有量が0.100%を超えると、清浄度が低下して靭性が低下する。したがって、Caを含有する場合、Ca含有量は0.100%以下とする。Ca含有量は、より好ましくは0.0010%以上であり、さらに好ましくは0.0020%以上である。また、Ca含有量は、好ましくは0.0100%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。
【0043】
Mg:0.100%以下
Mgは、硫化物系介在物中の酸化物および硫化物を、高温における安定性が高いものへ変質させて、硫化物系介在物を粒状化する作用を有する。そして、このMgによる介在物の形態制御効果により、鋼の靭性および延性の向上を図ることができる。このような効果を十分に得るためには、Mgを0.0001%以上含有させることが好ましい。但し、Mg含有量が0.100%を超えると、清浄度が低下して靭性が低下する。したがって、Mgを含有する場合、Mg含有量は0.100%以下とする。Mg含有量は、より好ましくは0.0010%以上であり、さらに好ましくは0.0020%以上である。また、Mg含有量は、好ましくは0.0100%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。
【0044】
REM:0.100%以下
REM(希土類金属)は、硫化物系介在物中の酸化物および硫化物を、高温における安定性が高いものへ変質させて、硫化物系介在物を粒状化する作用を有する。そして、このREMによる介在物の形態制御効果により、鋼の靭性および延性の向上を図ることができる。このような効果を十分に得るためには、REMを0.0001%以上含有させることが好ましい。但し、REM含有量が0.100%を超えると、清浄度が低下して靭性が低下する。したがって、REMを含有する場合、REM含有量は0.100%以下とする。REM含有量は、より好ましくは0.0010%以上であり、さらに好ましくは0.0020%以上である。また、REM含有量は、好ましくは0.0100%以下であり、より好ましくは0.0050%以下である。なお、REMは、Sc、Yと、原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)までの15元素の総称であり、ここでいうREM含有量は、これらの元素の合計含有量である。
【0045】
なお、上記鋼成分の残部はFeおよび不可避的不純物からなる。不可避的不純物とは、原料中に存在し、あるいは製造工程において不可避的に混入するもので、本来は不要なものであるが、微量であり特性に影響を及ぼさないため、含有が許容される不純物を意味する。不可避的不純物としては、例えばN、O等が挙げられ、Nは0.0150%の含有まで許容でき、Oは0.005%の含有まで許容できる。
【0046】
また、本発明のH形鋼は、通常、鋼表面を塗装して使用され、この場合、表面に塗膜を有する。ここで、鋼表面の塗膜としては、例えば、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層を、鋼表面からこの順に有する塗膜が挙げられる。なお、防食下地層は無機ジンクリッチペイント(例えば、関西ペイント株式会社製:SDジンク1500)、下塗り層はエポキシ樹脂塗料(例えば、関西ペイント株式会社製:エポマリンHB(K))、中塗り層はふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料(例えば、関西ペイント株式会社製:セラテクトF中塗)、上塗り層はふっ素樹脂上塗り塗料(例えば、関西ペイント株式会社製:セラテクトF(K)上塗)を用いて形成することが好ましい。
【0047】
次に、本発明のH形鋼の製造方法について説明する。鋼素材(スラブまたはビームブランク)の溶製法および鋳造法については特に制限はなく、従来公知の方法いずれもが適合する。また、前記鋼素材からH形鋼に成形するための熱間圧延条件の一例としては、所定の成分組成を有する鋼素材に対し、所定の加熱温度に加熱し、所定の仕上げ圧延温度で圧延した後、所定の冷却速度で冷却する熱間圧延が挙げられる。
【0048】
熱間圧延時の鋼素材の加熱温度は十分な成形性を確保する観点から、1150~1350℃とすることが好ましい。前記加熱温度が1150℃未満であると、熱間圧延の変形抵抗が高くなり、圧延ロールへの負荷が増大する結果、熱間圧延が困難となる。一方、前記加熱温度が1350℃を超えると、鋼素材が部分的に溶融し、内部欠陥が発生してしまうことに加え、オーステナイト粒径が粗大になるため、仕上げ圧延後の冷却時に上部ベイナイトが生成しやすくなり、靭性の低下が生じる。そのため、前記加熱温度を1150~1350℃とすることが好ましい。
【0049】
また、仕上げ圧延では、靭性確保の観点から仕上げ圧延温度(仕上げ圧延終了温度)を720℃以上とすることが好ましい。仕上げ圧延温度が720℃未満になると、フェライト+オーステナイト二相域での圧下率が大きくなってしまい、圧延歪みの影響で靭性が低下する。一方、前記仕上げ温度の上限は特に限定されないが、1050℃を超えると、オーステナイト粒径が粗大になり、靭性の低下が生じるため、前記仕上げ温度を1050℃以下とすることが好ましい。
【0050】
さらに、上記仕上げ圧延終了後の冷却開始温度から500℃までの平均冷却速度が0.1℃/secに満たないと、所定の引張特性および靭性を確保することが難しくなるため、前記平均冷却速度は0.1℃/sec以上とすることが好ましい。一方、前記平均冷却速度が30℃/secを超えると、ベイナイトあるいはマルテンサイトの生成により、靭性の低下が生じる。よって、前記平均冷却速度は0.1~30℃/secの範囲とすることが好ましい。前記平均冷却速度は、30.0℃/sec以下がより好ましく、20.0℃/sec以下がさらに好ましい。なお、前記冷却開始温度は、一例として、仕上げ圧延終了温度である。また、上記の温度は、鋼材の表面温度を意味する。
【0051】
上記したような成分調整を行った鋼素材に、上記のような熱間圧延を施すことにより、引張強さTSが400MPa以上、降伏強度(降伏点YPまたは0.2%耐力)が235MPa以上、そして0℃における衝撃吸収エネルギー(シャルピー衝撃吸収エネルギー)vE0が27J以上という機械的性能を有する、塗装耐久性に優れたH形鋼を得ることができる。なお、vE0は47J以上が好ましい。また、本発明において、引張強さ、降伏強度、0℃における衝撃吸収エネルギーは、実施例に記載の方法により求めることができる。
【0052】
なお、引張強さTSは、490MPa以上が好ましく、520MPa以上がより好ましい。また、引張強さTSの上限は特に限定されないが、640MPa以下が好ましい。降伏強度は、325MPa以上が好ましく、355MPa以上がより好ましい。また、降伏強度の上限は特に限定されないが、475MPa以下が好ましい。vE0は、100J以上がさらに好ましい。
【実施例
【0053】
以下、実施例に従って、本発明の構成および作用効果をより具体的に説明する。ただし、本発明は下記の実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲内にて適宜変更することも可能であり、これらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0054】
表1に示す成分組成の鋼を、連続鋳造機にて断面400mm×560mm×長さ8000mmのビームブランクとし、これに表2に示す熱間圧延条件で熱間圧延を施して、図1に示す断面形状、すなわち、ウェブ3とウェブの両端に配置された1対のフランジ2を有する形状のH形鋼1を製造した。ここで、断面寸法(ウェブ高さ×フランジ幅×ウェブ厚×フランジ厚)は、900mm×300mm×18mm×34mmとして、H形鋼を製造した。仕上げ圧延後の平均冷却速度は、フランジ部表面の温度を放射温度計で測定し、冷却開始温度(仕上げ圧延終了温度)から500℃までの間の温度変化を単位時間(秒)あたりに換算することで、平均冷却速度(℃/sec)を算出した。
【0055】
得られたH形鋼について、塗装耐久性評価、引張試験ならびにシャルピー衝撃試験を実施した。以下にそれぞれの評価内容について詳細に説明する。
【0056】
<塗装耐久性の評価>
図1に示したフランジ1/6B部(B/6部)4の裏面から1/4t部(t/4部)(tはフランジ厚)から、70mm×50mm×5mmの試験片を採取した。この試験片の表面に、表面粗さがISO Sa 2.5となるようショットブラストを施し、アセトン中での超音波脱脂を5分間行い、風乾した。ついで、試験片の片面を塗装面とし、防食下地として無機ジンクリッチペイント(厚さ:75μm)を塗布し、ついで下塗りとしてエポキシ樹脂塗料(厚さ:120μm)を塗布し、ついで中塗りとしてふっ素樹脂上塗り塗料用の中塗り塗料(厚さ:30μm)を塗布し、ついで上塗りとしてふっ素樹脂塗料上塗り塗料(厚さ:25μm)を塗布し、防食下地層、下塗り層、中塗り層および上塗り層からなる塗膜を形成した。なお、試験片の他方の片面と端面は、溶剤型のエポキシ樹脂塗料にてシールし、さらにシリコン系のシール剤にて被覆した。塗装後、試験片に形成した塗膜の中央部に、地鉄に到達するように幅:1mm、長さ:40mmの直線のカット(カット疵)を入れ、初期欠陥を設けた。ついで、以下に示す条件にて腐食試験を実施した。すなわち、試験片表面の人工海塩の付着量が6.0g/mとなるように、人工海塩を純水で所定の濃度に希釈した溶液をスプレーし、試験片に人工海塩を付着させた。ついで、この試験片を用いて、(条件1.温度:60℃、相対湿度:35%、保持時間:3時間)、(条件2.温度:40℃、相対湿度:95%、保持時間:3時間)、条件1から条件2および条件2から条件1への各移行時間を1時間とする、合計8時間のサイクルを1サイクルとして、これを1200サイクル繰り返す腐食試験を実施した。なお、人工海塩の付着は、週に1回とした。そして、腐食試験終了後、塗装における初期欠陥部からの膨れ面積(塗装膨れ面積)を測定し、塗装耐久性を評価した。この評価で、塗装膨れ面積が480mm以下のものを、塗装耐久性に優れると判断した。
【0057】
<引張試験>
図1に示したフランジ1/6B部4より、引張方向をH形鋼の長さ方向とするJIS Z2201に規定されたJIS 1A号全厚引張試験片を採取し、JIS Z2241に準じて引張試験を行い、降伏強度(降伏点YPまたは0.2%耐力)、引張強さTSを測定した。
【0058】
<靭性試験>
図1に示したフランジ1/6B部4の裏面から1/4t部から、JIS Z2202に規定された2mmVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、JIS Z2242に準じてシャルピー衝撃試験を行い、0℃における衝撃吸収エネルギーを測定した。
【0059】
引張試験、靭性試験の結果、引張強さ:400MPa以上、降伏強度:235MPa以上、0℃における衝撃吸収エネルギー:27J以上、をすべて満たすものを、強度-靭性バランスに優れると判断した。
【0060】
表2に上記調査結果を示す。本発明の鋼組成を満足する適合鋼を用いて製造したH形鋼(表2中の試験No.1~18、41、42、44、45)は、優れた塗装耐久性を有し、所望の機械的特性(引張強さTS:400MPa以上、降伏強度:235MPa以上、0℃における衝撃吸収エネルギーvE0:27J以上)を満足し、強度-靭性バランスに優れていた。
【0061】
一方、H形鋼の鋼組成が本発明の条件を満足しなかった比較例(表2中の試験No.19~36、43、46)、または、本発明の好適な熱間圧延条件を満足しなかった比較例(表2中の試験No.37~40)は、塗装耐久性あるいは引張強さ、降伏強度および衝撃吸収エネルギーのうちいずれかが要求特性を満足していない。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【符号の説明】
【0064】
1:H形鋼
2:フランジ
3:ウェブ
4:フランジ1/6B部(試験片採取位置)
図1