(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】圧縮機及び冷凍サイクル装置
(51)【国際特許分類】
F04B 39/02 20060101AFI20231219BHJP
F04C 29/02 20060101ALI20231219BHJP
F25B 1/02 20060101ALI20231219BHJP
F25B 1/04 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
F04B39/02 S
F04C29/02 A
F25B1/02 A
F25B1/04 A
F25B1/04 Y
F25B1/02 Z
(21)【出願番号】P 2022518085
(86)(22)【出願日】2021-04-27
(86)【国際出願番号】 JP2021016809
(87)【国際公開番号】W WO2021221057
(87)【国際公開日】2021-11-04
【審査請求日】2022-10-07
(31)【優先権主張番号】P 2020078679
(32)【優先日】2020-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願」
(73)【特許権者】
【識別番号】505461072
【氏名又は名称】東芝キヤリア株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平山 卓也
(72)【発明者】
【氏名】服部 仁志
(72)【発明者】
【氏名】中野 健
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
【審査官】岸 智章
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-065787(JP,A)
【文献】特開2000-054973(JP,A)
【文献】特開平09-303264(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 39/02
F25B 1/02
F25B 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有する圧縮機において、前記圧縮機構部が第1の摺動面と、前記第1の摺動面と摺動し前記第1の摺動面よりも面積が小さい第2の摺動面とを有し、前記第2の摺動面にポリマーブラシが設けられて
おり、
前記第2の摺動面に前記第1の摺動面との距離が異なる部分が存在し、
前記第2の摺動面に設けられた前記ポリマーブラシにおける前記距離が大きい部分のポリマーの占有面積率が、前記距離が小さい部分のポリマーの占有面積率よりも高い、圧縮機。
【請求項2】
作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有する圧縮機において、前記圧縮機構部が第1の摺動面と、前記第1の摺動面と摺動し前記第1の摺動面よりも面積が小さい第2の摺動面とを有し、前記第2の摺動面にポリマーブラシが設けられており、
前記ポリマーブラシが前記圧縮機構部を潤滑する潤滑剤により膨潤され、前記潤滑剤が前記作動流体と相溶性を有しており、
前記第1の摺動面と前記第2の摺動面の曲率半径が互いに異なり、前記第1の摺動面と前記第2の摺動面とが、接触圧が下記式(1)で表される条件を満たすように線状に接触されている、圧縮機。
【数1】
ただし、前記式(1)中、Fは前記第1の摺動面及び前記第2の摺動面が受ける荷重(N)であり、Lは前記第1の摺動面と前記第2の摺動面との線状の摺接部分の長さ(mm)であり、Aは下記式(2)で表される。
【数2】
ただし、前記式(2)中、E1は前記第1の摺動面を形成する基材の縦弾性係数(MPa)であり、E2は前記第2の摺動面を形成する基材の縦弾性係数(MPa)であり、ν1は前記第1の摺動面を形成する基材のポアソン比であり、ν2は前記第2の摺動面を形成する基材のポアソン比であり、R1は線状の摺接部分の長さ方向から見たときの前記第1の摺動面の曲率半径(mm)であり、R2は線状の摺接部分の長さ方向から見たときの前記第2の摺動面の曲率半径(mm)である。曲率半径は、摺動面が凸面である場合は正の値、凹面である場合は負の値とし、平面である場合は無限大とする。
【請求項3】
前記第2の摺動面に前記第1の摺動面との距離が異なる部分が存在し、
前記第2の摺動面に設けられた前記ポリマーブラシにおける前記距離が大きい部分のポリマーの占有面積率が、前記距離が小さい部分のポリマーの占有面積率よりも高い、請求項
2に記載の圧縮機。
【請求項4】
前記第2の摺動面の表面硬さが、前記第1の摺動面の表面硬さよりも高い、請求項1
~3のいずれか一項に記載の圧縮機。
【請求項5】
前記第2の摺動面の表面粗さRaが、前記第1の摺動面の表面粗さRaよりも大きい、請求項1
~4のいずれか一項に記載の圧縮機。
【請求項6】
作動室を形成するシリンダと、前記作動室内で回転するピストンと、前記ピストンに形成された複数のベーンスロットにそれぞれ収容された複数のベーンとを含む圧縮機構部を備え、前記ピストンの回転に伴って各々の前記ベーンが前記ベーンスロット内をスライドし、前記ベーンの先端面と前記ピストンの内周面とが摺動して前記作動室が吸込室と圧縮室に分割されるベーン型圧縮機において、前記第2の摺動面である前記ベーンの先端面に前記ポリマーブラシが設けられている、請求項1~
5のいずれか一項に記載の圧縮機。
【請求項7】
シリンダと、前記シリンダ内に往復動自在に収容されたピストンとを含む圧縮機構部を備えるレシプロ型圧縮機において、前記第2の摺動面である、前記ピストンにおける前記シリンダの内周面と摺動する外周面に前記ポリマーブラシが設けられている、請求項1~
5のいずれか一項に記載の圧縮機。
【請求項8】
前記第2の摺動面の周囲の非摺動面まで前記ポリマーブラシが設けられている、請求項1~
7のいずれか一項に記載の圧縮機。
【請求項9】
互いに摺動する前記第1の摺動面と前記第2の摺動面が、圧力差のある前記作動流体を分割しつつシールするシール面であり、少なくとも前記第2の摺動面の高圧側の前記非摺動面に前記ポリマーブラシが設けられている、請求項
8に記載の圧縮機。
【請求項10】
請求項1~
9のいずれか一項に記載の圧縮機と、前記圧縮機に接続された放熱器と、前記放熱器に接続された膨張装置と、前記膨張装置に接続された蒸発器とを備えている冷凍サイクル装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機、及び冷凍サイクル装置に関する。
本願は、2020年4月27日に、日本に出願された特願2020-078679号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
例えば空気調和機等の冷凍サイクル装置においては、作動流体である冷媒を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有する、冷媒圧縮機等の圧縮機が用いられている(例えば、特許文献1)。圧縮機の効率を高めるには、互いに摺動する摺動面の摩擦損失を低減することが重要である。しかし、特許文献1のような従来の圧縮機では、互いに摺動する摺動面の摩擦損失を効率良く長期的に安定して低減することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、互いに摺動する摺動面の摩擦損失を効率良く長期的に安定して低減できる圧縮機、及び前記圧縮機を用いた冷凍サイクル装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
実施形態の圧縮機は、作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を持ち、かつ圧縮機構部の互いに摺動する第1の摺動面と第2の摺動面のうち、第1の摺動面よりも面積が小さい第2の摺動面にポリマーブラシが設けられている。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】実施形態の冷凍サイクル装置の一例を示した概略構成図。
【
図2】
図1の冷凍サイクル装置における圧縮機構部のA-A断面図。
【
図3】実施形態の圧縮機構部のベーンを示した斜視図。
【
図4】
図2のベーンの先端面とシリンダの内周面との摺接部分を拡大して示した断面図。
【
図5】ポリマーブラシを設けた摺動面の摩耗の様子を示した断面図。
【
図7】
図6のピストンの外周面の上部とシリンダの内周面との摺接部分を拡大して示した断面図。
【
図8】実施例で使用したブロックオンリング試験機を示した概略図。
【
図9】実験例1~4のブロックの摺動面の摩耗深さを示した図。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下の用語の定義は、本明細書及び特許請求の範囲にわたって適用される。
「摺動面」とは、圧縮機構部を構成する複数の部品間における互いに摺動する面であって、摺動初期において潤滑油膜を介して互いに摺接している面を意味する。摺動面には、表面にポリマーブラシが設けられた状態で摺動する面も含む。
「摺動面の周囲の非摺動面」とは、部品の摺動面の周囲の面における、摺動初期において前記摺動面が摺接している摺動面には摺接していない面である。非摺動面は、時間の経過に伴って摺動面の摩耗が進行したときに、摺動面となり得る面であってもよく、摺動面とはならない面であってもよい。
数値範囲を示す「~」は、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含むことを意味する。
【0008】
実施形態の圧縮機は、作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有する。圧縮機構部は、互いに摺動する、第1の摺動面と、第1の摺動面よりも面積が小さい第2の摺動面とを有し、第2の摺動面にポリマーブラシが設けられている。圧縮機は、作動流体を吸い込んで吐出する圧縮機構部を有するものであればよく、圧縮機構部の第2の摺動面にポリマーブラシが設けられる以外は公知の態様を制限なく採用できる。
また、実施形態の冷凍サイクル装置は、圧縮機と、放熱器と、膨張装置と、蒸発器とを備えるものであり、上記特徴を有する圧縮機を備える以外は公知の態様を採用できる。
【0009】
以下、実施形態の圧縮機及び冷凍サイクル装置の一例を示して説明する。
本実施形態の冷凍サイクル装置1は、
図1に示すように、圧縮機2と、圧縮機2に接続された放熱器である凝縮器3と、凝縮器3に接続された膨張装置4と、膨張装置4と圧縮機2との間に接続された吸熱器としての蒸発器5と、を備えている。
【0010】
圧縮機2は、いわゆるロータリ式のベーン型圧縮機であり、作動流体として低圧の気体冷媒(作動流体)を内部に取り込んで圧縮し、高温、高圧の気体冷媒とするものである。なお、圧縮機は、ロータリ式には限定されず、スクロール式、レシプロ式、斜板式等の圧縮機であってもよい。圧縮機2の具体的な構成については後述する。
凝縮器3は、圧縮機2から送り込まれる高温、高圧の気体冷媒から熱を放熱させ、高圧の液体冷媒(作動流体)にするものである。
【0011】
膨張装置4は、凝縮器3から送り込まれる高圧の液体冷媒の圧力を下げ、低温、低圧の液体冷媒にするものである。
蒸発器5は、膨張装置4から送り込まれる低温、低圧の液体冷媒を気化させ、低温、低圧の液体冷媒を低圧の気体冷媒にするものである。蒸発器5においては、低圧の液体冷媒が気化する際に周囲から気化熱が奪われ、周囲が冷却される。なお、蒸発器5を通過した低圧の気体冷媒は、圧縮機2内に取り込まれる。
このように、本実施形態の冷凍サイクル装置1では、作動流体である冷媒が気体冷媒と液体冷媒とに相変化しながら循環する。
【0012】
圧縮機2は、圧縮機本体11と、アキュムレータ12と、を備えている。
アキュムレータ12は、いわゆる気液分離器である。アキュムレータ12は、蒸発器5と圧縮機本体11との間に設けられている。アキュムレータ12は、吸い込みパイプ21を通して圧縮機本体11に接続されている。アキュムレータ12は、蒸発器5で気化された気体冷媒、及び蒸発器5で気化されなかった液体冷媒のうち、気体冷媒のみを圧縮機本体11に供給する。
【0013】
圧縮機本体11は、駆動軸31と、駆動要素32と、圧縮機構部33と、これら駆動軸31、駆動要素32及び圧縮機構部33を収納する密閉容器34と、を備えている。
密閉容器34は筒状に形成されるとともに、その軸方向の両端部が閉塞されている。密閉容器34内には、潤滑剤Jが収容されている。潤滑剤J内には、圧縮機構部33の一部が浸漬されている。
【0014】
駆動軸31は、密閉容器34の軸線O1に沿って同軸上に配置されている。なお、以下の説明では、軸線O1に沿う方向を単に軸方向といい、軸方向に直交する方向を径方向といい、軸線O1周りの方向を周方向という。
【0015】
駆動要素32は、密閉容器34内における軸方向の第1側に配置されている。圧縮機構部33は、密閉容器34内における軸方向の第2側に配置されている。以下の説明では、軸方向に沿う駆動要素32側(第1側)を上側、圧縮機構部33側(第2側)を下側とする。
【0016】
駆動要素32は、いわゆるインナーロータ型のDCブラシレスモータである。具体的に、駆動要素32は、固定子35と、回転子36と、を備えている。
固定子35は、密閉容器34の内壁面に焼嵌め等により固定されている。
回転子36は、固定子35の内側に径方向に間隔をあけた状態で、駆動軸31の上部に固定されている。
【0017】
圧縮機構部33は、駆動軸31が貫通する筒状のシリンダ41と、シリンダ41の軸方向の両端開口部を各別に閉塞するとともに、駆動軸31を回転可能に支持する主軸受42及び副軸受43と、を備えている。
【0018】
図1に示すように、主軸受42は、駆動軸31が挿通された筒部42aと、筒部42aの下端部から径方向の外側に向けて突設されたフランジ部42bと、を備えている。主軸受42は、シリンダ41の上端開口部を閉塞している。また、主軸受42は、駆動軸31のうち、シリンダ41よりも上方に位置する部分を回転可能に支持している。
【0019】
副軸受43は、駆動軸31が挿通される筒部43aと、筒部43aの上端部から径方向の外側に向けて突設されたフランジ部43bと、を備えている。副軸受43は、シリンダ41の下端開口部を閉塞している。また、副軸受43は、駆動軸31のうち、シリンダ41よりも下方に位置する部分を回転可能に支持している。
【0020】
シリンダ41、主軸受42、及び副軸受43により形成された空間は、作動室45(
図2参照)を構成している。
図2に示すように、駆動軸31におけるシリンダ41内の部分にはピストン46が外挿されている。ピストン46は駆動軸31の回転に伴ってシリンダ41内で回転し、ピストン46の外周面46aがシリンダ41の内周面41aに潤滑油膜を介して摺動する。
【0021】
ピストン46には、平面視において、駆動軸31寄りの位置からピストン46の外周面46aまで達するベーンスロット47が2つ形成されている。ベーンスロット47は、シリンダ41の軸方向(高さ方向)の全体に亘って形成されている。
【0022】
ベーンスロット47内には、
図3に示すベーン48が設けられている。軸方向から見た平面視において、ベーン48の先端面48aは、径方向の外側に向かって凸の円弧状とされている。また、各々のベーン48はシリンダ41の内周面41aに向かって付勢されている。そのため、
図2に示すように、各々のベーンスロット47内では、ピストン46の回転に伴い、ピストン46の外周面46a側から見てベーン48が前後にスライド移動し、ベーン48の先端面48aの少なくとも一部がシリンダ41の内周面41aに接した状態が維持される。ベーン48の先端面48aとシリンダ41の内周面41aとの間には、潤滑油Jが介在している。これにより、ピストン46の回転に伴ってベーン48が回転しつつ、ベーン48の先端面48aがシリンダ41の内周面41aと摺動するようになっている。シリンダ41の作動室45は、ピストン46と2つのベーン48によって吸込室45aと圧縮室45bとに分割される。
【0023】
シリンダ41には、シリンダ41を径方向に貫通し作動室45の吸込室45a内に開口する吸込通路49と、シリンダ41を径方向に貫通し作動室45の圧縮室45b内に開口する吐出ポート50とが形成されている。シリンダ41における吐出ポート50の外側には、作動室45(圧縮室45b)内の圧力上昇に伴って吐出ポート50を開閉し、作動室45外に気体冷媒を吐出する吐出弁51が配設されている。
図1に示すように、主軸受42には、主軸受42を上方から覆う吐出マフラ52が設けられている。吐出マフラ52には、吐出マフラ52の内外を連通する連通孔53が形成されている。
【0024】
圧縮機2では、駆動要素32の固定子35に電力が供給されると、駆動軸31が回転子36とともに軸線O1周りに回転する。そして、駆動軸31の回転に伴い、作動室45内でピストン46が回転する。このとき、ピストン46の外周面46aは、シリンダ41の内周面41aにおける吸込通路49と吐出ポート50の間の部分に潤滑油膜を介して摺接する。また、ピストン46の外周面46a側から見て、ベーンスロット47内のベーン48が前後にスライド移動し、ベーン48の先端面48aの少なくとも一部がシリンダ41の内周面41aに潤滑油膜を介して常に摺接する。そして、ピストン46の回転に伴って吸込通路49から作動室45内に気体冷媒(作動流体)が取り込まれるとともに、作動室45内に取り込まれた気体冷媒が圧縮される。
【0025】
具体的には、吸込通路49から作動室45の吸込室45a内に気体冷媒が吸い込まれるとともに、圧縮室45bにて先に吸込通路49から吸い込まれていた気体冷媒が圧縮される。圧縮された高温、高圧の気体冷媒は吐出ポート50を通して作動室45の外側(吐出マフラ52内)に吐出され、連通孔53を通して密閉容器34内に吐出される。密閉容器34内に吐出された気体冷媒は、凝縮器3に送り込まれる。
【0026】
圧縮機構部33における各部材の材質は、特に限定されない。シリンダ41、主軸受42、副軸受43の材質は、例えば、FC250等のねずみ鋳鉄、ピストン46の材質は、例えば、FC250のねずみ鋳鉄にMo、Ni、Cr等を添加した特殊合金鋳鉄(モニクロ鋳鉄)とすることができる。ベーン48の材質は、例えば、SUS440Cにガス窒化処理を施して形成したものを使用できる。
【0027】
圧縮機2の圧縮機構部33において、ベーン48の先端面48aとシリンダ41の内周面41aは互いに摺動している。ベーン48の先端面48aの面積はシリンダ41の内周面41aの面積よりも小さく、シリンダ41の内周面41aが第1の摺動面であり、ベーン48の先端面48aが第2の摺動面を含む。
【0028】
より具体的には、
図4に示すように、軸方向から見た平面視において、シリンダ41の内周面41aは径方向外側に向かって凹の円弧状になっており、ベーン48の先端面48aは径方向の外側に向かって凸の円弧状とされている。摺動初期においては、平面視で、ベーン48の先端面48aの一部がシリンダ41の内周面41aと潤滑油膜を介して軸方向に線状に摺接している。また、ベーン48の先端面48aにおける摺接部分の高圧側(圧縮室45b側)と低圧側(吸込室45a側)は、それぞれシリンダ41の内周面41aから遠ざかる円弧状となっている。
【0029】
このように、ベーン48の先端面48aは、摺動初期において潤滑油膜を介してシリンダ41の内周面41aと摺接する第2の摺動面48bと、第2の摺動面48bの高圧側と低圧側にそれぞれ存在する非摺動面48cとを有している。ベーン48の先端面48aにおける第2の摺動面48bの周囲の非摺動面48cは、摺動初期にはシリンダ41の内周面41aと摺接していない。時間の経過に伴い、摺動によって第2の摺動面48bの摩耗が進行すると、非摺動面48cはシリンダ41の内周面41aと潤滑油膜を介して摺接して第2の摺動面となり得る。
【0030】
圧縮機構部33では、シリンダ41の内周面41aよりも面積が小さいベーン48の先端面48aにポリマーブラシ80が設けられている。ポリマーブラシ80は複数のポリマー鎖から形成されており、圧縮抵抗が大きく、摩擦抵抗が小さい等の優れた機械的特性を発現するうえ、潤滑剤Jを保持することができる。これにより、ベーン48の先端面48aの摩耗が潤滑剤Jによって十分に抑制される。ポリマーブラシの詳細については後述する。
【0031】
また、面積の異なる摺動面同士が摺動する場合、面積の大きい摺動面よりも面積の小さい摺動面の方が相手の摺動面と摺接する時間が長く、摩擦条件が過酷で摩耗リスクが高い。圧縮機構部33では、面積がより小さいベーン48の先端面48aにポリマーブラシ80を設けることで、少量のポリマーブラシ80で、摩耗リスクが高い第2の摺動面48bの摩耗を経済的かつ効果的に抑制できる。さらに、摩擦損失を効率良く長期的に安定して低減することができる。特に圧縮機2のようなベーン型圧縮機において、ベーン48の先端面48aは最も摩耗リスクが高いため、ベーン48の先端面48aにポリマーブラシ80を設けることで、より効果的に信頼性の極めて高い圧縮機2とすることができる。
【0032】
上述のように、ベーン48の先端面48aは平面視で凸の円弧状で、高圧側と低圧側がシリンダ41の内周面41aから遠ざかっているため、第2の摺動面48bのなかでも、第1の摺動面であるシリンダ41の内周面41aとの距離が異なる部分が存在する。このように、第2の摺動面に第1の摺動面との距離が異なる部分が存在する場合、ポリマーブラシにおける第2の摺動面と第1の摺動面との距離が大きい部分のポリマーの占有面積率は、当該距離が小さい部分のポリマーの占有面積率よりも高いことが好ましい。これにより、第1の摺動面と第2の摺動面の距離が小さい部分では、ポリマーブラシが疎であるため、潤滑剤膜を介した摺動がメインとなる流体潤滑域での摩擦低減効果が向上する。一方、第1の摺動面と第2の摺動面の距離が大きい部分ではポリマーブラシが密であるため、ポリマーブラシを介して摺動負荷を分散する効果が高くなり、摺動面の摩耗を効率良く抑制できる。これらのことから、摩擦損失を効率良く長期的に安定して低減できる効果がさらに高まる。
【0033】
本実施形態のベーン48の先端面48aにおいては、先端面48a全体にポリマーブラシ80が設けられている。すなわち、ベーン48の先端面48aでは、第2の摺動面48bに加え、第2の摺動面48bの周囲の非摺動面48cにまでポリマーブラシ80が設けられている。このように、第2の摺動面の周囲の非摺動面までポリマーブラシが設けられていることで、第2の摺動面がポリマーブラシとともに摩耗して摺動面が拡大された場合でも、周囲の非摺動面に設けられているポリマーブラシによって摩耗の進行がさらに抑制される。そのため、さらに長期にわたって高い信頼性を保つことができる。
なお、第2の摺動面の周囲の非摺動面にポリマーブラシを設けない態様としてもよい。
【0034】
圧縮機構部33では、ベーン48の先端面48aがシリンダ41の内周面41aに摺接した状態で、作動室45が高圧の圧縮室45bと低圧の吸込室45aとに分割される。このように、シリンダ41の内周面41a(第1の摺動面)とベーン48の先端面48aにおける第2の摺動面48bは、圧力差のある気体冷媒(作動流体)を分割しつつシールするシール面でもある。
【0035】
このように、第1の摺動面と第2の摺動面が、圧力差のある作動流体を分割しつつシールするシール面である場合、少なくとも第2の摺動面の高圧側の非摺動面にポリマーブラシが設けられていることが好ましい。具体例としては、ベーン48の先端面48aにおいて非摺動面48cにポリマーブラシ80を設ける場合、少なくとも第2の摺動面48bの高圧側(圧縮室45b側)の非摺動面48cにポリマーブラシ80を設けることが好ましい。これにより、潤滑剤Jの供給が一時的に途切れた場合でも、高圧側の非摺動面48cのポリマーブラシ80に保持されていた潤滑剤Jが差圧によって第2の摺動面48bに供給されるため、潤滑剤不足にも対応できる信頼性がさらに高い圧縮機2となる。
【0036】
圧縮機構部33では、シリンダ41の内周面41aの曲率半径と、ベーン48の先端面48aの曲率半径(第2の摺動面48bの曲率半径)は異なっている。このように、第1の摺動面と第2の摺動面の曲率半径が互いに異なる場合、第1の摺動面と第2の摺動面とは、接触圧が下記式(1)で表される条件を満たすように線状に摺接されていることが好ましい。
【0037】
【0038】
ただし、式(1)中、Fは第1の摺動面及び第2の摺動面が受ける荷重(N)である。Lは第1の摺動面と第2の摺動面との線状の摺接部分の長さ(mm)である。Aは下記式(2)で表される。
【0039】
【0040】
ただし、式(2)中、E1は第1の摺動面を形成する基材の縦弾性係数(MPa)である。E2は第2の摺動面を形成する基材の縦弾性係数(MPa)である。ν1は第1の摺動面を形成する基材のポアソン比である。ν2は第2の摺動面を形成する基材のポアソン比である。R1は線状の摺接部分の長さ方向から見たときの第1の摺動面の曲率半径(mm)である。R2は線状の摺接部分の長さ方向から見たときの第2の摺動面の曲率半径(mm)である。曲率半径は、摺動面が凸面である場合は正の値、凹面である場合は負の値とし、平面である場合は無限大とする。
【0041】
一般に、潤滑剤が作動流体と相溶すると、潤滑剤の動粘度が低下するため、摺動面の摩耗が生じやすくなる。しかし、機械工学便覧A4-109に示されるヘルツの接触面圧を表す公式において、第1の摺動面と第2の摺動面の接触圧が式(1)の条件を満たすことで、潤滑剤が作動流体と相溶する場合でも、摺動面の摩耗抑制効果が十分に得られやすくなる。
【0042】
第2の摺動面48bを含むベーン48の先端面48aの表面硬さは、第1の摺動面であるシリンダ41の内周面41aの表面硬さよりも高いことが好ましい。互いに摺動する摺動面は、摺動による摩擦によって表面が徐々に削られていく。第2の摺動面の表面硬さが第1の摺動面の表面硬さよりも高いことで、初期摩耗等での第2の摺動面の摩耗量が少なくなる。これにより、より多くのポリマーブラシを長期的に第2の摺動面に残存させることができるため、摺動面の摩耗を低減する効果がより高くなり、摩擦損失の低減効果がさらに高まる。
【0043】
より具体的に説明すると、通常、圧縮機構部の各部品の基材表面には微細な凹凸がある。表面硬さが低い摺動面74や表面硬さが高い摺動面76にポリマーブラシ80を設けると、未摺動の状態では、
図5(A)に示すように、凸部にも凹部にも万遍なくポリマーが結合されている。
【0044】
しかし、表面硬さが低い摺動面74は摩耗しやすい。そのため、圧縮機が作動して摺動面74が摺動すると、
図5(C)に示すように、摩耗によって摺動面74の摺動境界面Yが短時間で凹部の底に近づいていき、凸部が削られると共にポリマーが剥がれ落とされた摩耗面70が広範囲に形成される。
これに対し、表面硬さが高い摺動面76にポリマーブラシ80を設けた場合、摺動面76は摺動面74よりも摩耗しにくいため、
図5(B)に示すように、摺動面76の摺動境界面Xは深さ方向に移動しにくい。これにより、凸部が削られると共にポリマーが剥がれ落とされた摩耗面70が広がりにくく、ポリマーブラシ80のうちの多くのポリマーが摺動面76に長期的に残存する。そのため、ポリマーブラシによる摩擦損失の低減効果がさらに高くなる。
【0045】
第2の摺動面の表面硬さと第1の摺動面の表面硬さの差は、50HV~2830HVが好ましく、200HV~2000HVがより好ましい。表面硬さの差が前記範囲の下限値以上であれば、第1の摺動面に対して第2の摺動面の摩耗が低減される。表面硬さの差が前記範囲の上限値以下であれば、硬さの差による第1の摺動面の著しい摩耗が防止される。
【0046】
第1の摺動面の表面硬さは、170HV~600HVが好ましく、200HV~520HVがより好ましい。
第2の摺動面の表面硬さは、220HV~3000HVが好ましく、500HV~2500HVがより好ましい。
【0047】
第2の摺動面は、未処理の基材表面であってもよく、基材表面に表面硬化処理を施して表面硬さが高められた面であってもよい。表面硬化処理によって表面硬さを高める手法は、ベーン48等の第2の摺動面を形成する基材として、硬さの低い基材でも使用できるようになるため、基材の材料の選択肢が広がり、製造性、生産性、入手性等の自由度が向上する点で有利である。
【0048】
表面硬化処理としては、表面硬さを高めることができる処理であれば特に限定されず、例えば、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティング、ガス窒化処理、浸炭処理等が挙げられる。
【0049】
例えば、シリンダ41の材質として、FC250相当のねずみ鋳鉄を用いることで、シリンダ41の内周面41aの表面硬さをロックウェル硬さでHRB93(ビッカーズ硬さ:210HV相当)とすることができる。ベーン48の材質としてSKH51を用いて、ベーン48の先端面48aの表面硬さをロックウェル硬さでHRC63(ビッカーズ硬さ:770HV相当)とすることができ、さらに表面硬化処理としてDLCコーティングを施すことで、表面硬さをビッカーズ硬さで2500HVとすることができる。
【0050】
第2の摺動面であるベーン48の先端面48aの表面粗さRaは、第1の摺動面であるシリンダ41の内周面41aの表面粗さRaよりも大きいことが好ましい。第2の摺動面の表面粗さRaが第1の摺動面の表面粗さRaよりも大きいことで、摩耗が進行しても、より多くのポリマーブラシが第2の摺動面の凹部に残存しやすくなる。これにより、第2の摺動面の凹部がオイルスポット(潤滑油溜まり)として長期的に機能しやすくなるため、摺動面の摩耗を低減する効果がより高くなる。
【0051】
第2の摺動面の表面粗さRaは、0.10μm以上が好ましく、0.10~0.25μmがより好ましく、0.10~0.20μmがさらに好ましい。第2の摺動面の表面粗さRaが前記範囲の下限値以上であれば、摺動面の摩耗を低減する効果がより高くなるため、圧縮機の信頼性がより高くなる。
なお、摺動面の表面粗さRaは、ポリマーブラシがない状態の表面粗さRaである。表面粗さRaは、JIS B0601:2001に準拠して測定される。
【0052】
第1の摺動面及び第2の摺動面の下記式(3)で表される合成粗さαは、1.0μm以下が好ましい。
α={(α1)2+(α2)2}1/2 ・・・(3)
ただし、式(3)中のα1は、第1の摺動面の表面粗さRaである。α2は、第2の摺動面の表面粗さRaである。
【0053】
合成粗さαは表面粗さRaの標準偏差を表す。表面粗さのバラツキを考慮することで、ポリマーブラシの効果を高めることができる。合成粗さαが1.0μm以下であれば、ポリマーブラシを過度に長くしなくても、摺動面の摩耗を低減する効果がより高くなるため、圧縮機の信頼性がより高くなる。
例えば、ポリマーブラシの長さが2μm程度の場合、合成粗さαは、0.82μm以下が好ましく、0.60μm以下がより好ましい。
【0054】
作動流体としては、特に限定されず、例えば、塩素を含まない炭化水素系冷媒、二酸化炭素、飽和フッ化炭化水素系冷媒、不飽和フッ化炭化水素系冷媒、含フッ素エーテル系冷媒等が挙げられる。作動流体としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0055】
潤滑剤としては、特に限定されず、例えば、鉱物油、ポリオールエステル油、ポリビニルエーテル油、ポリアルキレングリコール油、ポリアルファオレフィン油等の潤滑油が挙げられる。なお、潤滑剤は、潤滑油には限定されず、公知のイオン液体等であってもよい。潤滑剤としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0056】
圧縮機構部では、第2の摺動面に設けたポリマーブラシが圧縮機構部を潤滑する潤滑剤で膨潤され、かつ潤滑剤が作動流体と相溶性を有していることが好ましい。ポリマーブラシが膨潤していると、摺動負荷に対する強靭性が向上し、また摺動面圧が分散化しやすい。圧縮機構部を潤滑する潤滑剤によってポリマーブラシを膨潤させる態様では、ポリマーブラシに潤滑剤が安定して供給され、ポリマーブラシの膨潤状態を保持しやすい。また、潤滑剤が作動流体と相溶性を有することで、例えば圧縮機を冷凍サイクル装置に用いる場合に、圧縮機から吐出した潤滑剤を作動流体とともに速やかに圧縮機内に戻すことができ、圧縮機内の潤滑剤量が不足するリスクを低減できる。これらのことから、圧縮機の信頼性がさらに高くなる。
【0057】
「潤滑剤と作動流体が相溶性を有する」とは、潤滑剤と作動流体とを混合して静置したときに二層に分離しないことを意味する。
作動流体と相溶性を有する潤滑剤としては、作動流体と潤滑剤の合計質量に対する潤滑剤の比率が60質量%以上となるように混合したときに、-10℃から60℃において、常に作動流体と相溶性を有する潤滑剤が好ましい。これにより、作動流体に潤滑剤を混合することで、作動媒体を利用してポリマーブラシに潤滑剤を安定して供給することができる。そのため、幅広い使用環境で圧縮機の効率向上と長期信頼性確保の両立が実現できる。
【0058】
このような作動流体と潤滑剤との組み合わせとしては、塩素を含まない炭化水素系冷媒、二酸化炭素、飽和フッ化炭化水素系冷媒、不飽和フッ化炭化水素系冷媒及び含フッ素エーテル系冷媒からなる群から選ばれる少なくとも1種の作動流体と、鉱物油、ポリオールエステル油、ポリビニルエーテル油、アルキレングリコール油及びポリアルファオレフィン油からなる群から選ばれる少なくとも1種の潤滑剤との組み合わせが好ましい。これにより、潤滑性及び化学安定性に優れ、長期信頼性に優れたポリマーブラシが形成されやすい。
【0059】
作動流体の具体例としては、プロパン、プロピレン、ノルマルブタン、2-メチルブタン、イソブタン、冷媒用炭酸ガス(R744)、HFC23、HFC32、HFC125、HFC134a、HFC143a、HFC236fa、HFC410A(R410A)、HFO1225ye、HFO1233zd、HFO1233yd、HFO1234yf、HFO1234ze、HFO1234ye、HFO1243zf、HFE245mc、HFE143m等が挙げられる。
【0060】
潤滑剤の具体例としては、40℃の動粘度が74mm2/s、100℃の動粘度が8.7mm2/sであるポリオールエステル油(POE)、40℃の動粘度が68mm2/s、100℃の動粘度が8mm2/sであるポリビニルエーテル油(PVE)、40℃の動粘度が105mm2/s、100℃の動粘度が20mm2/sであるポリアルキレングリコール油(PAG)、40℃の動粘度が10mm2/s、100℃の動粘度が2.3mm2/sである鉱物油等が挙げられる。
【0061】
ポリマーブラシを形成するポリマーとしては、例えば、ポリ(メチルメタクリレート)(PMMA)、ポリ(ラウリルメタクリレート)(PLMA)、ポリ(N,N-ジエチル-N-(2-メタクリロイルエチル)-N-メチルアンモニウム・ビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド)(PDEMM-TFSI)等が挙げられる。ポリマーブラシを形成するポリマーは、1種であってもよく、2種以上であってもよい。
【0062】
ポリマーブラシを潤滑剤で膨潤させる場合、ポリマーブラシを形成するポリマーと潤滑剤の組み合わせは、PLMAと、ポリオールエステル及びポリビニルエーテルから選ばれる冷凍機油との組み合わせが好ましい。PLMAとこれらの冷凍機油とは親和性に優れるため、ポリマーブラシを膨潤させることが容易になる。
【0063】
ポリマーブラシを潤滑剤で膨潤させる場合、非極性の潤滑剤を適用できる点では、ポリマーブラシを形成するポリマーはPMMAが好ましい。非極性の潤滑剤は圧縮機で使用される金属材料、有機材料等への悪影響が少なく、より信頼性に優れた圧縮機とすることができる。
【0064】
ポリマーブラシは、例えば、第2の摺動面に複数のポリマーをグラフトすることによって設けることができる。ポリマーブラシにおいて各ポリマーをグラフトする態様は、公知の態様を採用できる。
ポリマーブラシを形成するポリマーが基材との結合のための反応性の官能基を有し、該官能基を用いた結合を介してグラフトされていることが好ましい。反応性の官能基としては、例えば、ジアルコキシシリル基、トリアルコキシシリル基等の加水分解性シリル基が挙げられる。
【0065】
ポリマーブラシにおいては、シリコンを含む酸化物を介してポリマーがグラフトされていることが好ましい。これにより、ポリマーブラシがより効果的に形成されることで、ポリマーブラシがもつトライボロジーと強靭性を有効に発揮しやすくなる。そのため、低摩擦による摩擦損失の低減効果が得られやすく、圧縮機の効率が向上する。
【0066】
より具体的には、第2の摺動面において、基材表面にシリコンを含む酸化物がコートされ、末端に加水分解性シリル基を有するポリマーが、そのシリコンを含む酸化物とシロキサン結合により結合してグラフトされていることが好ましい。例えば、基材表面にコートされたシリコンを含む酸化物に、ブロモ基等の重合開始基を有するカップリング剤をカップリング反応させた後、溶液中での原子移動ラジカル重合(ATRP)を行うことでポリマーブラシを形成できる。
【0067】
シリコンを含む酸化物としては、例えば、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、エトキシトリメトキシシラン、ジメトキシジエトキシシラン、メトキシトリエトキシシラン等が挙げられる。シリコンを含む酸化物としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0068】
重合開始基を有するカップリング剤としては、例えば、(3-トリメトキシシリル)プロピル-2-ブロモ-2-メチルプロピオネート等が挙げられる。重合開始基を有するカップリング剤としては、1種を単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0069】
ポリマーブラシは、架橋構造を有していることが好ましい。ポリマーブラシが架橋構造を有することで、ポリマーブラシがもつトライボロジーと強靭性を有効に発揮でき、低摩擦による摩擦損失の低減効果が高まる。
【0070】
架橋構造を形成するための架橋基としては、アジド基、ハロゲン基(好ましくはブロモ基)等が挙げられる。ポリマーは、主鎖に架橋基を有していてもよく、分岐鎖を有する場合には分岐鎖に架橋基を有していてもよい。分岐鎖を形成する際に主鎖に生じた未反応の反応基を架橋基として用いてもよく、分岐鎖をリビングラジカル重合で形成した際に分岐鎖の末端に残る反応基を架橋基として用いてもよい。
【0071】
架橋構造は、物理架橋であってもよく、化学架橋であってもよい。物理架橋及び化学架橋の導入は、ポリマーブラシを形成する際の重合時(その場架橋)であってもよく、重合後であってもよい。
例えば、その場架橋で化学架橋を導入する場合、重合時にモノマー(単官能性)に加えて、ジビニルモノマー(エチレングリコールジメタクリレート等)等の2官能性モノマーを適量添加すればよい。2官能性モノマーの添加量は、適宜設定すればよく、例えばモノマーの総量に対して1mol%とすることができる。
【0072】
架橋構造を有するポリマーブラシは、基材表面から切り出しても、良溶媒(例えば、o-ジクロロベンゼン)には溶解しなくなる。これにより、ポリマーに充分に架橋が形成されていることを確認できる。また、良溶媒中、AFMコロイドプロープ法によりポリマーブラシの膨潤度を測定すると、架橋していない状態に比べて膨潤度が低下するため、これによっても十分に架橋が形成されたことを確認できる。
【0073】
ポリマーブラシを形成するポリマーのグラフト密度は、ポリマーブラシが高い潤滑性を示すように設定することが好ましい。グラフト密度は、用いられるポリマーの種類や、溶媒の種類等によって適宜設定できる。
【0074】
ポリマーがPMMAの場合、グラフト密度は、0.1鎖/nm2以上が好ましく、0.15鎖/nm2以上がより好ましく、0.2鎖/nm2以上がさらに好ましく、0.3鎖/nm2以上が特に好ましく、0.4鎖/nm2以上が極めて好ましく、0.45鎖/nm2以上が最も好ましい。
【0075】
ポリマーがPLMAの場合、グラフト密度は、0.04鎖/nm2以上が好ましく、0.06鎖/nm2以上がより好ましく、0.08/nm2以上がさらに好ましく、0.12鎖/nm2以上が特に好ましく、0.16鎖/nm2以上が極めて好ましく、0.18鎖/nm2以上が最も好ましい。
【0076】
ポリマーがPDEMM-TFSIの場合、グラフト密度は、0.02鎖/nm2以上が好ましく、0.03鎖/nm2以上がより好ましく、0.04鎖/nm2以上がさらに好ましく、0.06鎖/nm2以上が特に好ましく、0.08鎖/nm2以上が極めて好ましく、0.09鎖/nm2以上が最も好ましい。
【0077】
ポリマーのグラフト密度は、公知の方法に従って測定できる。例えば、Macromolecules,31, 5934-5936 (1998)、Macromolecules,33, 5608-5612 (2000)、Macromolecules,38, 2137-2142 (2005)等に記載の方法に従って測定できる。
具体的には、グラフト密度σ(鎖/nm2)は、ポリマーブラシを形成するポリマーの量であるグラフト量(W)と、ポリマー(グラフト鎖)の数平均分子量(Mn)を測定し、下記式(4)から求めることができる。
σ(鎖/nm2)=W(g/nm2)/Mn×(アボガドロ数) ・・・(4)
【0078】
グラフト量(W)は、ポリマーブラシを形成する基材表面が平面の場合には、エリプソメトリー法によりポリマーブラシの乾燥状態の厚みを測定し、その測定値とバルク密度を用いて、単位面積当たりのグラフト量を算出できる。ポリマーブラシを形成する基材表面の材質がシリカである場合には、赤外吸収分光測定(IR)、熱重量損失測定(TG)、元素分析測定等によりグラフト量(W)を測定することもできる。
【0079】
具体的には、グラフト密度σは、例えば、ポリマーブラシの乾燥状態における厚みとポリマーのMnとをプロットしたグラフの傾き(例えば、特開平11-263819号公報参照)、ポリマーブラシのポリマーのグラフト量と当該ポリマーのMnとをプロットしたグラフの傾きから求めることができる。
【0080】
第2の摺動面におけるポリマーブラシが形成された領域の面積に対する、当該ポリマーブラシを形成するポリマーの占有面積率(ポリマーブラシの厚さ方向に直交する断面の断面積当たりのポリマーの占有面積率)σ*は、10%以上が好ましく、15%以上がより好ましく、20%以上がさらに好ましい。占有面積率σ*が下限値以上であれば、ポリマーブラシのトライボロジー特性が向上するうえ、強靭性(レジリエンシー)が図られるため、耐久性に優れたポリマーブラシとなる。圧縮機を様々な使用環境及び用途に適用できる。
【0081】
占有面積率σ*は、第2の摺動面のポリマーブラシが形成された領域においてグラフト点(ポリマーの1つ目のモノマー)が占める割合を意味する。ポリマーブラシにおいて各ポリマーが最密充填された状態、すなわちこれ以上ポリマーをグラフトできない状態で占有面積率σ*は100%となる。
占有面積率σ*は、ポリマーの伸びきり形態における繰り返し単位長さ及びポリマーのバルク密度から、ポリマーブラシの厚さ方向に直交する断面の断面積を求め、これにグラフト密度σを掛けることで算出できる。
【0082】
ポリマーブラシを形成するポリマーのMnは、所望の潤滑性を示すように設定でき、500~10,000,000が好ましく、100,000~10,000,000がより好ましい。
分子量分布指数(Mw/Mn)は、所望の潤滑性を示すように設定でき、1.5以下が好ましく、1.01~1.5がより好ましい。
【0083】
ポリマーブラシを形成するポリマーの数平均分子量(Mn)及び重量平均分子量(Mw)は、基材がシリカの場合や基材表面にシリカコートしてポリマーをグラフトしている場合には、フッ化水素酸処理によりポリマー(グラフト鎖)をグラフト点から切り出した後、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法により測定することができる。
【0084】
ポリマーブラシを形成するポリマーのMn及びMwは、ポリマーブラシを形成する際の重合と同条件の重合で得られる遊離ポリマーのMn及びMwとほぼ等しい。例えばポリマーブラシを形成する際の重合溶液に遊離開始剤を添加することで、ポリマーブラシを形成するポリマーと同等のMn及びMwを有する遊離ポリマーを得ることができる。この遊離ポリマーのMn及びMwをGPC法により測定し、ポリマーブラシを形成するポリマーのMn及びMwとしてもよい。
GPC法では、入手可能な分子量既知のポリマーを単分散した標準試料を用いた較正法、多角度光散乱検出器を用いた絶対分子量評価を行う。
【0085】
ポリマーブラシを形成するポリマーの平均長さは、所望の潤滑性を示すように設定でき、0.5μm以上が好ましく、0.7μm以上がより好ましく、0.8μm以上がさらに好ましく、1.0μm以上が特に好ましい。ポリマーの平均長さが下限値以上であれば、ポリマーブラシのトライボロジー特性が向上するうえ、強靭性(レジリエンシー)が図られるため、耐久性に優れたポリマーブラシとなる。そのため、圧縮機を様々な使用環境及び使用用途に適用できる。
ポリマーの平均長さの上限は、圧縮機の機能を損なわない範囲で適宜設定でき、例えば、5μmとすることができる。
ポリマーの分子鎖の平均長さは、例えば、ポリマーのMn及びMw/Mnから求めることができる。
【0086】
ポリマーブラシは、分子鎖の平均長さが0.5μm以上のポリマーで形成され、かつ摺動面におけるポリマーの占有面積率σ*が10%以上である厚膜濃厚ポリマーブラシであることが特に好ましい。
【0087】
以上説明した実施形態によれば、圧縮機構部における面積が小さく、摩耗リスクの高い第2の摺動面にポリマーブラシが設けられるため、摺動面の摩耗を効果的に抑制できる。さらに、摩擦損失を効率良く長期的に安定して低減することができる。
【0088】
なお、本発明の実施形態を説明したが、実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【0089】
圧縮機構部における第1の摺動面と第2の摺動面は、シリンダの内周面とベーンの先端面には限定されない。例えば、第1の摺動面が主軸受42の下面であり、第2の摺動面がベーン48の上端面であってもよい。第1の摺動面が副軸受43の上面であり、第2の摺動面がベーン48の下端面であってもよい。第1の摺動面が主軸受42の下面であり、第2の摺動面がピストン46の上端面であってもよい。第1の摺動面が副軸受43の上面であり、第2の摺動面がピストン46の下端面であってもよい。
【0090】
圧縮機は、ベーン型圧縮機には限定されず、例えば、
図6に例示したレシプロ型圧縮機6(以下、「圧縮機6」という。)であってもよい。
圧縮機6は、シリンダ110と、シリンダ110内に往復動自在に収容されたピストン111とを含む圧縮機構部101を備えている。シリンダ110の上部には、吸込弁112と吐出弁113が設けられている。
【0091】
圧縮機6では、シリンダ110内でピストン111が下降する際に吸込弁112が開き、シリンダ110とピストン111とで形成された作動室114に作動流体が流入する。また、ピストン111が上昇する際に作動室114内で作動流体が圧縮され、作動室114内がシリンダ110の外部空間と同等以上の圧力に達すると吐出弁113が開き、作動流体がシリンダ110の外部に吐出される。
【0092】
圧縮機6においては、シリンダ110の内周面110aとピストン111の外周面111aとが互いに摺動する。ピストン111の外周面111aの面積はシリンダ110の内周面110aよりも小さく、シリンダ110の内周面110aが第1の摺動面であり、ピストン111の外周面111aが第2の摺動面を含む。圧縮機6では、ピストン111の外周面111aにポリマーブラシ80が設けられる。
【0093】
面積がより小さく、相手の摺動面との摺接時間が長い、より過酷な摩擦条件のピストン111の外周面111aにポリマーブラシ80を設けることで、効果的に摺動面の摩耗を抑制できる。また、潤滑剤を供給しにくく保持させにくいピストン111の外周面111aにポリマーブラシ80を設けることで、潤滑剤をピストン111の外周面111aに容易に供給して保持させることができる。そのため、摺動面の摩耗低減効果が安定して得られやすくなり、摩擦損失を効率良く長期的に安定して低減できる信頼性が高い圧縮機6となる。
【0094】
図7に示すように、この実施形態では、ピストン111の上部が縮径し、ピストン111の外周面111aの上部が上端に向かうにつれてシリンダ110の内周面110aから遠ざかるように傾斜している。この場合、ピストン111の外周面111aは、摺動初期において潤滑油膜を介してシリンダ110の内周面110aと摺接する第2の摺動面111bと、第2の摺動面110bの上側(高圧側)に存在する非摺動面110cとを有している。
【0095】
圧縮機構部101では、ピストン111の外周面111aがシリンダ110の内周面110aに摺接した状態で、シリンダ110内の高圧の作動室114と低圧の外部空間とが分割される。このように、シリンダ110の内周面110a(第1の摺動面)とピストン111の外周面111aにおける第2の摺動面111bは、圧力差のある作動流体を分割しつつシールするシール面でもある。
【0096】
ピストン111の外周面111aにおいては、外周面111a全体にポリマーブラシ80が設けられている。すなわち、ピストン111の外周面111aでは、第2の摺動面111bに加え、第2の摺動面111bの周囲の高圧側の非摺動面111cにまでポリマーブラシ80が設けられている。これにより、第2の摺動面111bの潤滑剤が減少した場合でも、高圧側の非摺動面111cのポリマーブラシ80に保持されていた潤滑剤が差圧によって第2の摺動面111bに供給されるため、潤滑剤不足にも対応できる信頼性がさらに高い圧縮機6となる。
なお、第2の摺動面の周囲の非摺動面にポリマーブラシを設けない態様としてもよい。
【0097】
また、圧縮機2において説明した第2の摺動面にポリマーブラシを設ける際のその他の好ましい態様は、圧縮機6のようなレシプロ型圧縮機にも適用可能である。
【0098】
以下、実施例によって具体的に説明するが、以下の記載によっては限定されない。なお、以下の記載における「部」は、「質量部」を意味する。
【0099】
[摺動信頼性の加速評価試験]
図8に示すブロックオンリング試験機200を用意した。ブロックオンリング試験機200は、冷媒202と潤滑剤203とが封入されているケース201と、ケース201内において潤滑剤203に一部が浸漬されている状態で回転可能に設けられたリング204とを備えている。リング204の上方からブロック205を所定の荷重Fで押し当てながら、所定の速度でリング204を回転させ、ブロック205の摺動面205aの摩耗深さ(最大深さ)を測定することで、摺動信頼性を評価した。リング204が回転することによって、リング204の外周面204aに付着した潤滑剤203がリング204とブロック205との摺接部分に供給される。リング204とブロック205との摺動においては、リング204の外周面204aが第1の摺動面、ブロック205のリング204と摺接する摺動面205aが第2の摺動面である。
相溶する冷媒202と潤滑剤203として、R410Aとポリオールエステル油(POE)を用いた。潤滑剤203の実動粘度が運転中の圧縮機の摺動部と同等程度となるように、潤滑剤203の動粘度、ケース201内の冷媒202の圧力、試験温度(潤滑剤の温度)を調節した。試験条件を表1に示す。
【0100】
【0101】
なお、表1における「実動粘度」は、試験時のリングとブロックとの摺接部分における動粘度である。「リングの外周速度」は、回転するリングの外周面のブロックと摺接する部分における速度である。摺接部分の長さは、リングとブロックの摺接している部分におけるリングの回転軸方向(線状に摺接している摺接部分の長さ方向)の長さである。
【0102】
ブロック205は、材質をSUS440Cとし、摺動面205aに表面硬化処理としてガス窒化処理を施し、摺動面205aの表面硬さをビッカーズ硬さで1000HVとした。リング204は、材質をねずみ鋳鉄にMo、Ni、Cr等が添加されたモニクロ鋳鉄とし、外周面204aの表面硬さをビッカーズ硬さで510HVとした。リング204とブロック205の仕様を表2に示す。
【0103】
【0104】
[1H-NMR測定]
1H-NMR測定では、フーリエ変換核磁気共鳴装置FT-NMR(株式会社JEOL RESONANCE製「JNM-ECA600」あるいは「ECA400」)を用いた。重溶媒として、重クロロホルム(和光純薬工業株式会社製)を用いた。
【0105】
[ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)]
GPC法による分子量測定では、分子量測定装置として昭和電工株式会社製「Shodex GPC-101」を用い、カラムは昭和電工株式会社製「Shodex KF-806L」)を2本直列に接続した。溶離液としてはテトラヒドロフラン(THF)を用いた。測定は40℃で行い、流量を0.8mL/分とした。キャリブレーション試料を分子量既知のPMMA(VARIAN社製)として得たPMMA換算の検量線を用いて、Mn及びMw/Mnをそれぞれ求めた。
【0106】
[ポリマーブラシの乾燥膜厚]
ポリマーブラシの乾燥膜厚の測定では、分光エリプソメーター(ジェー・エー・ウーラム・ジャパン株式会社製「M-2000U」)を用いた。光源には、重水素(Deuterium)及び石英タングステンハロゲン(Quartz Tungsten Halogen:QTH)ランプを用いた。
【0107】
[実験例1]
ブロック205を、アセトンとヘキサンの質量比1:1の混合溶媒で30分間、次いでクロロホルムで30分間、次いで2-プロパノールで30分間、超音波洗浄し、UVオゾンクリーナーで30分処理した。洗浄したブロック205をエタノール34.8部に浸漬した。
蓋付きサンプル容器でテトラエトキシシラン(TEOS)0.54部とエタノール17.8部の溶液を調製し、別のサンプル容器で28%アンモニア水1.3部とエタノール17.8部の溶液を調製し、それらを混合した。その混合液に、洗浄したブロック205をエタノール34.8部とともに加え、室温(25℃)で24時間反応させた後、反応液からブロック205を取り出してエタノールで超音波洗浄し、摺動面205aにシリカコートしたブロック205を得た。
【0108】
シリカコートしたブロック205をアセトンとヘキサンの質量比1:1の混合溶媒で30分間、次いでクロロホルムで30分間、次いで2-プロパノールで30分間、超音波洗浄し、UVオゾンクリーナーで30分処理した。
蓋付きサンプル容器で(3-トリメトキシシリル)プロピル-2-ブロモ-2-メチルプロピオネート0.5部とエタノール22.3部の溶液を調製し、別のサンプル容器で28%アンモニア水5.7部とエタノール25.4部の溶液を調製してそれらを混合した。その混合液に、シリカコートした洗浄後のブロック205を浸漬させ、室温(25℃)で24時間、シランカップリング反応を行った後、反応液からブロック205を取り出してエタノールで超音波洗浄し、摺動面205aに重合開始基を固定化したブロック205を得た。
【0109】
グローブボックスの中で、テフロン(登録商標)製耐圧容器に、エチル-2-ブロモ-2-メチルプロピオネート0.00026部、ラウリルメタクリレート(SLMA、日油株式会社製ブレンマーSLMA-S)36.1部、臭化銅(I)0.21部、臭化銅(II)0.014部、4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジル1.2部、アニソール37.5部を添加した。次に、重合開始基を固定化したブロック205を耐圧容器に入れて蓋をし、600C、400MPaの条件で2時間、SI-ATRPを行った。重合終了後、重合溶液からブレードを取り出し、THFで十分洗浄し、摺動面205aに厚膜PLMAブラシを設けたブロック205を得た。
【0110】
重合後の重合溶液について、1H-NMR測定とGPC法による分子量測定を行い、遊離PLMAのMn及びMw/Mnを算出したところ、Mnは4.6×106、Mw/Mnは1.23であった。
また、重合に際しては、ブレードの場合と同様の方法で重合開始基を固定化したシリコンウェーハも重合溶液に加え、膜厚測定のレファレンスとした。偏光解析法(ellipsometry)により、シリコンウェーハに形成されたPLMAブラシの乾燥膜厚を分析したところ、1.10μmであった。また、得られたデータからグラフト密度σと占有面積率σ*を算出したところ、グラフト密度σは0.20鎖/nm2、占有面積率σ*は38%であった。
【0111】
摺動面205aに厚膜PLMAブラシを設けたブロック205を用い、ブロックオンリング試験機200により、荷重Fを150Nとして加速試験を行い、摺動面205aの摩耗深さを測定した。表1及び表2の数値から式(2)によって求めたAを用いて算出される2F/πLAは、171MPaであった。
【0112】
[実験例2]
摺動面205aにポリマーブラシを設けていないブロック205を用いた以外は、実験例1と同様に荷重Fを150Nとして加速試験を行い、摺動面205aの摩耗深さを測定した。
【0113】
[実験例3]
摺動面205aに厚膜PLMAブラシを設けたブロック205を用い、ブロックオンリング試験機200により、荷重Fを300Nとして加速試験を行い、摺動面205aの摩耗深さを測定した。表1及び表2の数値から式(2)によって求めたAを用いて算出される2F/πLAは、242MPaであった。
【0114】
[実験例4]
摺動面205aにポリマーブラシを設けていないブロック205を用い、荷重Fを300Nとした以外は、実験例1と同様にして加速試験を行い、摺動面205aの摩耗深さを測定した。
各実験例の摺動面205aの摩耗深さの測定結果を
図9に示す。
【0115】
図9に示すように、ブロック205の摺動面205aにポリマーブラシを設けた実験例1は、ポリマーブラシを設けていない実験例2に比べて摩耗深さが小さく、摺動信頼性に優れていた。同様に、ブロック205の摺動面205aにポリマーブラシを設けた実験例3は、ポリマーブラシを設けていない実験例4に比べて摩耗深さが小さく、摺動信頼性に優れていた。また、2F/πLAの値が240MPa未満である実験例1は、2F/πLAの値が240MPaを超える実験例3に比べて、摺動面の摩耗を抑制する効果が高かった。
【0116】
[実験例5]
作動流体であるR410Aと、潤滑剤(冷凍機油)であるPOEとの-10℃から60℃における二層分離温度線図を
図10に示す。
図10に示すように、-10℃から60℃の温度範囲において、この作動流体(冷媒)と潤滑剤(冷凍機油)は二層分離する領域があるが、作動流体と潤滑剤の合計質量に対する潤滑剤の比率が60質量%以上では、常に相溶性を有していた。
【符号の説明】
【0117】
1…冷凍サイクル装置、2…圧縮機、3…凝縮器(放熱器)、4…膨張装置、5…蒸発器(吸熱器)、6…レシプロ型圧縮機、31…駆動軸、33…圧縮機構部、34…密閉容器、41…シリンダ、41a…内周面(第1の摺動面)、42…主軸受(閉塞板)、43…副軸受、45…作動室、45a…吸込室、45b…圧縮室、46…ピストン、47…ベーンスロット、48…ベーン、48a…先端面、48b…第2の摺動面、48c…非摺動面、80…ポリマーブラシ、101…圧縮機構部、110…シリンダ、110a…内周面(第1の摺動面)、111…ピストン、111a…外周面、111b…第2の摺動面、111c…非摺動面。