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  • -水分状態の判別方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】水分状態の判別方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20231219BHJP
   G01N 33/493 20060101ALI20231219BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/493 A
G01N33/53 D
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019206713
(22)【出願日】2019-11-15
(65)【公開番号】P2021081231
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 正浩
(72)【発明者】
【氏名】園田 紘子
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/150613(WO,A1)
【文献】国際公開第01/027620(WO,A1)
【文献】佐々木 成,尿中アクアポリン2の病態検査上の意義,臨床検査,2013年,Vol.57, No.6,pp.637-641
【文献】水の通り道 (アクアポリン水チャネル) が動く原動力を発見,お茶の水醫學雑誌,2015年,Vol.63, No.1,pp.91-101
【文献】Characterization of Urinary Exosomal Release of Aquaporin-1 and -2 after Renal Ischemia-Reperfusion in Rats,American Journal of Physiology - Renal Physiology,2018年,Vol.314,pp.F584-F601
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2を測定する工程を含む、被検体の水分状態を判別するための方法
【請求項2】
前記尿サンプルに含まれるエクソソームに存在するアクアポリン2を測定することを特徴とする請求項1記載の方法
【請求項3】
被検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2を測定する工程と、
被検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2の量を、対照検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2の量と対比する工程と、
被検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2の量が、対照検体に含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化された尿サンプルのアクアポリン2の量と対比して多いときに被検体が脱水状態であり、被検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2の量が、対照検体の尿サンプルに含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2の量と対比して少ないときに被検体が溢水状態であると判断する工程とを含む、
請求項1記載の方法
【請求項4】
被検体がヒトである、請求項1記載の方法
【請求項5】
269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2の測定が、269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2に特異的に結合する抗体及び/又はその断片を用いた免疫学的測定法により行われる、請求項1記載の方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱水状態や溢水状態といった体の水分状態を把握する際に利用できる水分状態の判別方法に関する。
【背景技術】
【0002】
体内では、いくつかの仕組みが協調して働いて水分バランスを維持している。水分バランスを維持する1つの仕組みには、脳の基底部にある下垂体と腎臓が関与している。体の水分が少なくなると、下垂体からバソプレシンが血液中に分泌される。バソプレシンは腎臓を刺激して水分を保持させ、尿の排出量を少なくするように作用する。体内の水分が過剰になると、下垂体はバソプレシンをほとんど分泌しなくなり、腎臓は余分な水分を尿として排出する。
【0003】
脱水による血液浸透圧の増加や体液量の減少等により、血中バゾプレシン濃度が上昇してくると、腎集合管の主細胞に存在するバゾプレシン受容体(V2受容体)が活性化する。その結果、細胞内において、protein kinase A(PKA)が活性化して、アクアポリン2(AQP2)のC末端に存在する256、264及び269番目のアミノ酸残基がリン酸化される。この3か所のうち、最も著しくリン酸化を受けるのが269番目のアミノ酸残基である。リン酸化されたAQP2は、小胞輸送系に乗って、尿が接している側の細胞膜(管腔側膜)に移動し、管腔側膜に発現したAQP2を通って水が細胞内に流入する。流入した水分子は反対側の細胞膜(血管側膜)に発現しているAQP3及びAQP4を介して血管内に再吸収される。すなわち、AQP2における269番目のアミノ酸残基がリン酸化されると、AQP2が生理機能を発揮できるようになると言える。
【0004】
ところで、成人一日当たり糸球体でろ過される水分量は180リットルで、一日の尿量は1.8リットル前後である。ろ過された水分の約99%が、腎において再吸収される。腎の再吸収量を最終的に規定しているのは、上述したバゾプレシン-AQP2系である。上述したように、この系を作動させる下垂体からのバゾプレシン分泌は、血液浸透圧の増加や血液量の減少によって生じる。そのため、出血、浮腫、心不全、高血圧症、肝硬変、肺疾患、腎疾患、中枢疾患、炎症性疾患、敗血症、腫瘍など非常に様々な疾患において、バゾプレシン-AQP2系が作動して代償機構が起こる。
【0005】
そして、代償しきれない場合には、上述の疾患が増悪する。したがって臨床現場からバゾプレシン-AQP2系の状態を的確に把握して、患者の水分状態を正確に診断することができる測定系の開発が強く求められている。
【0006】
これまでにバゾプレシン-AQP2系の状態を把握するために、血中バゾプレシン濃度の測定方法の開発研究が精力的に試みられてきた。しかし、バゾプレシンの半減期が24分と短く、その90%以上が血小板と結合しているために、現状では正確な測定結果が得られず、臨床現場ではほとんど利用されていない。
【0007】
また、非特許文献1には、腎虚血再かん流による急性腎障害ラットにおける尿エクソソーム中に、269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたAQP2が含まれること、当該AQP2を測定することに成功したことが開示されている。すなわち、非特許文献1には、腎に直接与えられた障害の影響を、尿エクソソーム中に含まれる269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたAQP2でモニターできることが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Am J Physiol Renal Physiol 314: F584-F601, 2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、脱水状態や溢水状態といった体の水分状態をバゾプレシン-AQP2系の把握することで判別する方法は知られておらず、本発明は当該水分状態を把握する際に利用できるバイオマーカーを同定し、これを利用して水分状態を判定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、尿サンプルに含まれるアクアポリン2、特に269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたアクアポリン2が水分状態を把握するバイオマーカーとして有用であることを見出し、以下の発明を完成するに至った。本発明は以下の発明を包含する。
【0011】
(1)被検体の尿サンプルのアクアポリン2を測定する工程を含む、水分状態の判別方法。
(2)前記尿サンプルに含まれるエクソソームに存在するアクアポリン2を測定することを特徴とする(1)記載の水分状態の判別方法。
(3)前記アクアポリン2は、269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたものであることを特徴とする(1)記載の水分状態の判別方法。
(4)被検体の尿サンプルのアクアポリン2を測定する工程と、被検体の尿サンプルのアクアポリン2の量を、対照検体の尿サンプルのアクアポリン2の量と対比する工程と、被検体の尿サンプルのアクアポリン2の量が、対照検体の尿サンプルのアクアポリン2の量と対比して多いときに被検体が脱水状態であり、被検体の尿サンプルのアクアポリン2の量が、対照検体の尿サンプルのアクアポリン2の量と対比して少ないときに被検体が溢水状態であると判断する工程とを含む(1)記載の水分状態の判別方法。
(5)被検体がヒトである(1)記載の水分状態の判別方法。
(6)アクアポリン2の測定が、アクアポリン2に特異的に結合する抗体及び/又はその断片を用いた免疫学的測定法により行われる(1)記載の水分状態の判別方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、尿サンプル中のアクアポリン2に基づいて被検体のバゾプレシン-AQP2系を把握し水分状態を判定することができる。したがって、本発明を適用することによって、被検体における水分状態のより簡便且つ高精度な診断に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】ウエスタンブロット法によるpS269-AQP2についての解析結果を示す特性図である。
図2】ウエスタンブロット法によるtotal AQP2についての解析結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
1. 被検体
本発明において「被検体」とは、水分状態を把握する対象となる動物であれば限定されないが、ヒトが特に好ましい。ヒト以外の被検体としては、例えば、サル、チンパンジー等の非ヒト霊長類や、イヌ、ウシ、マウス、ラット、モルモット等の他の哺乳類が挙げられる。
【0015】
また、被検体としては、疾患に罹患した患者又は罹患が疑われる患者を挙げることができる。疾患としては、特に限定されず、出血、浮腫、心不全、高血圧症、肝硬変、肺疾患、腎疾患、中枢疾患、炎症性疾患、敗血症、腫瘍及び熱中症等、水分状態に把握が重要な各種疾患を挙げることができる。なお、これら疾患は例示列挙しているに過ぎず、これら以外の疾患に罹患している患者又は罹患が疑われる患者についても被検体となる。
【0016】
2. 試料
本発明では被検体からの尿サンプルを試料として用いる。尿サンプルは、採取した尿に例えば次のような処理を施したものとすることができる。すなわち、先ず、氷上で尿にタンパク質分解酵素阻害剤溶液を加えた後、遠心(1,000 g、10分間、4℃)し上清を得る。上清の一部を10倍希釈した後、化学分析器を用いて尿中のクレアチニン濃度を測定する。残る上清を以下に述べる、フィルター法および超遠心法の2種類の方法を用いて、尿中タンパク質を分離する。
【0017】
クレアチニン3mgを含む尿を遠心ろ過チューブ(Millipore.Carrigtwohill.co.)に入れ、液量が200μl以下になるまで遠心(4,000g、4℃)する。その後、総計の液量が300μlになるように4×Laemmli sample buffer(62.5mM Tris-HCl、25% glycerol、2% SDS、0.01% bromophenol blue、0.4 M DTT)を加えて、37℃で30分間インキュベートして試料とする(フィルター法)。
【0018】
クレアチニン3 mgを含む尿を遠心(200,000g、60分間、4℃)する。そのペレットに5倍希釈したタンパク質分解酵素阻害剤溶液 50μlを加えて溶解し、25μlの4×Laemmli sample buffer(62.5 mM Tris-HCl、25% glycerol、2% SDS、0.01% bromophenol blue、0.4 M DTT)と混合後、37℃で30分間インキュベートして試料とする(超遠心法)。
【0019】
本方法では、上記の二つの方法により処理した尿サンプルを用いることができるが、力価の高い抗体を用いたEIA法を用いれば、尿にタンパク質分解酵素阻害剤溶液を単純に加えた溶液を用いても本発明の実施が可能である。
【0020】
また、本発明では、特に、尿サンプルとしては、エクソソーム(エキソソームとも呼称される)を含む画分を含むことが好ましい。エクソソームは、細胞分泌性の細胞小器官の一つであり、直径50nm~150nm程度の膜小胞を意味する。
【0021】
エクソソームを含む画分としては、特に限定されず、従来公知の手法により回収することができる。例えばエクソソーム画分を回収する方法としては、段階的遠心分離法や超遠心分離法を適用した方法を挙げることができる。超遠心分離法としては、ショ糖密度勾配液、ショ糖クッション溶液を組み合わせた方法を挙げることができ、比較的に低密度であるエクソソームを、他の小胞体等の粒子から分離することができる。より具体的に、定法に従って調製した尿サンプルを1000×gで30分間遠心する。遠心分離後の上清を回収し、プロテアーゼ阻害剤を加えた後、17,000×gで15分間遠心する。その後、上清を回収し、200,000×gで1時間遠心する。これにより得られた沈査をエクソソーム画分として回収することができる。
また、市販の試薬キットを用いてエクソソーム画分を回収することもできる。
【0022】
3. アクアポリン2
本明細書においてアクアポリン2とは、典型的にはアクアポリン2の成熟体または完全体であり、糖鎖修飾されたアクアポリン2分子も包含される。糖鎖の種類、結合位置などは限定されない。アクアポリン2のアミノ酸配列は被検体の動物種により若干異なる。一例として、配列表には配列番号1としてヒト(Homo sapiens)由来アクアポリン2を示している。
【0023】
特に、測定対象となるアクアポリン2は、そのアミノ酸配列における256、264及び269番目のアミノ酸残基からなる群から選ばれる少なくとも1つのアミノ酸残基がリン酸化されたものであることが好ましい。さらに、測定対象となるアクアポリン2は、そのアミノ酸配列における269番目のアミノ酸残基がリン酸化されたものであることがより好ましい。
【0024】
4. 抗アクアポリン2抗体
アクアポリン2の測定は、アクアポリン2に特異的に結合し得る抗体を用いて行われることが好ましい。このような抗体としては、測定しようとする動物種のアクアポリン2又はその部分配列を含むポリペプチドを抗原として用い、常法により作製された抗体を好適に使用できる。
【0025】
抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。また抗体はアクアポリン2に特異的に結合し得る限り断片として使用することもできる。抗体の断片としては、例えば、Fab断片、F(ab)’2断片、単鎖抗体(scFv)等が挙げられる。
【0026】
モノクローナル抗体は例えば次の手順で作製することができる。すなわち、先ず、上記の抗原を、動物に対して、抗原の投与により抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与する。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。用いられる動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギなどの哺乳動物が挙げられる。抗血清中の抗体価の測定は常法により行なうことができる。
【0027】
抗原を免疫された動物から抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2~5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。融合操作は既知の方法、例えば、Nature 256: 495 (1975)記載の方法に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられる。骨髄腫細胞としては、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0などが挙げられる。
【0028】
モノクローナル抗体の選別は、公知あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地などで行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いても良い。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
【0029】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様の、例えば塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相またはプロテインAあるいはプロテインGなどを用いた特異的精製法による免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。
【0030】
一方、ポリクローナル抗体は例えば次の手順で作製することができる。すなわち、ポリクローナル抗体は、例えば、抗原とキャリアーとの複合体をつくり、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に哺乳動物に免疫を行ない、該免疫動物から活性型ハプトグロビン対する抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造できる。ポリクローナル抗体の作製に使用する抗原はモノクローナル抗体の作製におけるのと同様である。抗原とキャリアーとの複合体を形成する際に、キャリアーの種類および抗原とキャリアーとの混合比は、キャリアーに架橋させた抗原に対して抗体が効率良くできれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよい。キャリアーとしては、例えば、ウシ血清アルブミン、ウシサイログロブリン、キーホール・リンペット・ヘモシアニン等が用いられる。また、抗原とキャリアーのカップリングには、種々の縮合剤を用いることができるが、グルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオビリジル基を含有する活性エステル試薬等が用いられる。
【0031】
抗原とキャリアーとの複合体は、免疫される動物に対して、抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2~6週毎に1回ずつ、計約3~10回程度行なうことができる。用いられる動物としては、モノクローナル抗体作製の場合と同様の哺乳動物が挙げられる。ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された動物の血液、腹水など、好ましくは血液から採取することができる。抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、上記の血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、上記のモノクローナル抗体の分離精製と同様の手順で行なうことができる。
【0032】
5. アクアポリン2の量の評価方法
本発明の方法は、被検体からの尿サンプルのアクアポリン2を測定する工程を含むが、アクアポリン2の絶対的な量を測定する必要はなく、対照となる尿サンプルのアクアポリン2の量との相対的な関係を明らかにできれば評価としては十分である。
【0033】
アクアポリン2の量の評価方法としては、典型的には、上記の抗アクアポリン2抗体を用いた免疫学的測定法が挙げられる。免疫学的測定法としては、特に制限はなく、従来公知の方法、例えば酵素免疫測定法(EIA法)、ラテックス凝集法、免疫クロマト法、ウエスタンブロット法、放射免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法、免疫電気泳動法などを採用することができる。これらの中でもEIA法またはウエスタンブロット法が好ましい。なお、EIA法には、競合的酵素免疫測定法や、サンドイッチ酵素結合免疫固相測定法(サンドイッチELISA法)等が包含される。
【0034】
ウエスタンブロット法を本発明の免疫学的測定法として採用する場合、例えば次のようにして尿サンプルのアクアポリン2を検出することができる。ドデシル硫酸ナトリウム含有ポリアクリルアミドゲル上に検体たる尿サンプル由来タンパク質試料を添加し、一定の電圧をかけて電気泳動を行い、泳動によりゲル上で分離されたタンパク質をPVDF(ポリビリニデンジフルオライド)膜のようなブロッティング用膜に電気的に転写し、この膜をスキムミルク等でブロッキング処理した後に、上記抗アクアポリン2抗体を膜と反応させ、次いで化学発光物質、蛍光物質、あるいは酵素(西洋ワサビパーオキシダーゼ等)で標識した二次抗体を結合させ、更に標識物質に応じた検出操作を行なう。膜上にアクアポリン2が存在する場合には検出することができる。なお、ウエスタンブロット法による具体的な検出方法は後記実施例に記載されている。
【0035】
特に本発明の方法では、尿サンプル中のアクアポリン2の量を、対照となる尿サンプルのアクアポリン2の量との相対的な関係(すなわち、アクアポリン2が多いか少ないか)を求めている。したがって、尿サンプル間でアクアポリン2の量を比較する際には、比較する尿サンプルに含まれるタンパク質総量を略同量とするか、タンパク質総量に基づいてアクアポリン2の量を補正することが好ましい。
【0036】
また、本発明の方法では、エクソソーム中のアクアポリン2の量を測定する場合、比較する尿サンプルに含まれるエクソソーム総量を略同量とするか、エクソソーム量の指標に基づいてアクアポリン2の量を補正することが好ましい。ここで、エクソソーム量の指標としては、エクソソーム内部に存在するエクソソームのマーカー分子として知られているAlixタンパク質やTSG101タンパク質を挙げることができる。すなわち、これらAlixタンパク質やTSG101タンパク質の量に基づいて、比較する尿サンプル中のエクソソームが略同量であることを確認したり、測定したアクアポリン2の量を補正したりすることが好ましい。
【0037】
6. 診断方法
本発明では尿サンプル中のアクアポリン2の量を測定し、アクアポリン2の量を指標として水分状態を判定する。本発明において「診断」とは、典型的には、被検体の水分状態(脱水状態又は溢水状態)の判定(狭義の診断)を意味するが、これには限定されず、水分状態(脱水状態又は溢水状態)の重症度の判定も包含する概念(広義の診断)である。
【0038】
被検体の水分状態を判定する際には、例えば、健常検体の尿サンプル中のアクアポリン2量を基準とすることができる。治療の効果の判定の際には、治療前の被検体における尿サンプル中のアクアポリン2量を基準値とすることもできる。本発明では、対比対象となるこれらの検体を「対照検体」と称する。
【0039】
ここで水分状態とは、水分バランスと言い換えることもできる。水分状態とは、水損失や水不足に起因する脱水状態、体内に水が過剰に貯留している溢水状態、間質への水の過剰な貯留である浮腫を含む意味である。
【0040】
本発明の方法では、被検体の尿サンプルのアクアポリン2の量が、対照検体の尿サンプルのアクアポリン2の量と対比して多いときに被検体が脱水状態であり、被検体の尿サンプルのアクアポリン2の量が、対照検体の尿サンプルのアクアポリン2の量と対比して少ないときに被検体が溢水状態であると判断する。
【0041】
対照検体の尿サンプル中のアクアポリン2量の測定は、被検体の尿サンプル中のアクアポリン2量の測定と同様の手順で行なうことができる。対照検体の尿サンプル中のアクアポリン2量は、被検体の採尿のたびに測定してもよいし、事前に測定しておいてもよい。
【0042】
本発明の方法では、被検体の血液サンプルではなく、尿サンプルのアクアポリン2の量を測定している。血液の採取に比べて尿の採取は、患者に対する侵襲性が極めて低く、且つ簡便である。よって、本発明の方法はアクアポリン2の量を患者に負担をかけることなく且つ簡便に測定でき、水分状態の正確且つ迅速な判定に寄与することができる。
【0043】
7. 診断薬又は診断用キット
本発明はまた、アクアポリン2に特異的に結合し得る抗体を含む、水分状態の診断薬に関する。
【0044】
本発明の診断薬は、必要な試薬とともにキット化することもできる。例えば診断キットには、抗アクアポリン2抗体、標識化された二次抗体、検出のための試薬等の必要な構成要素が含まれ得る。
キットには更に、緩衝液、洗浄液、使用説明書等が含まれていてもよい。
【0045】
これらの診断薬又は診断キット中の抗体は、本明細書に開示する、尿サンプル中のアクアポリン2の量を指標とした水分状態の判定方法のために使用される。
【実施例
【0046】
1. 実験手順
8週齢のSDラットの雄を自由飲水条件下の対照群、絶水条件下の脱水群、20%スクロース溶液自由飲水条件下の溢水群に分け、3日間飼育した。それぞれの群から3日目に血液、尿を採材して、定法に従って検査した。また、尿からエクソソームを段階遠心法により分離し、尿エクソソーム中のAQP2をウエスタンブロット(WB)法により調べた。
各群における尿検査の結果を表1に示した。
【0047】
【表1】
【0048】
また、各群における血液検査の結果を表2に示した。
【0049】
【表2】
【0050】
これら表1及び2に示したように、尿浸透圧測定の結果、脱水群では有意な上昇、溢水群では有意な減少が見られ、また脱水群においてヘマトクリット値の有意な増加が観察された。これらの結果は、それぞれの群がモデルとして成立していることを示している。
【0051】
次に、プロテアーゼ阻害剤を加えた容器で採取した尿からエクソソーム画分を以下のように分離した。まず、1,000×gで15分間遠心分離し、核などを除去した後に、上清を17,000×gで15分間遠心した。その後、この上清を200,000×gで1時間遠心することにより、沈査をエクソソーム画分として回収した。
【0052】
得られたエクソソーム分画を用いて以下の手順に従って、アクアポリン2タンパク質をウエスタンブロット法で定量解析した。本実施例では、269番目のアミノ酸基がリン酸化されたアクアポリン2(pS269-AQP2)について糖鎖修飾を受けたものとそうでないものをそれぞれ解析した。また、本実施例では、リン酸化されたAQP2及びリン酸化されていないAQP2を合わせたtotal AQP2について糖鎖修飾を受けたものとそうでないものをそれぞれ解析した。各サンプルは4×サンプルバッファー(0.5 M Tris-HCl、8% SDS、50% glycerol 、0.01% bromophenol blue、0.2 M DTT)と混合し、37℃で30分間インキュベートしてタ ンパク質サンプルとしてSDS-PAGEを行い、ゲル内のタンパク質はセミドライタイプ(KS-8 460、マリソル、Tokyo)のブロッティング装置を用いてpolyvinylidene difluoride(PVDF)膜に転写した。転写後、TBS中にてローテーターで振盪しながら洗浄(5分間、2回)し、5%スキムミルク、Tween-20を含むTBS(5% SM TTBS)でブロッキング(オーバーナイト、4℃)した。ブロッキング後、1.6% SM TTBSで1:100に希釈した1次抗体(抗pS269-AQP2抗体、群馬大学から提供;抗AQP2抗体、Alomone社製、カタログ番号AQP-002)を60分間反応させた(室温)。反応後、TTBSで1次抗体を洗浄(5分間、2回)し、1.6% SM TTBSで1:1000に希釈した2次抗体(抗ウサギIgG抗体)を反応させた後、TTBSで洗浄(5分間、4回)し、最後にTBS(10分間、1回)で洗浄した。バンドの可視化はSuperSignal(登録商標)West Femto Maximum Sensitivity Substrate(PIERCE社、IL)を用いて発光させ、ImageQuant LAS 4000mini(GEヘルスケア・ジャパン社)によって撮影し、附属のソフトウェアを用いて分子量25kDa付近のバンドから糖鎖なしAQP2を、分子量30~37 kDaの範囲のバンドから糖鎖AQP2を定量した。
【0053】
2. 実験結果
図1にウエスタンブロット法によるpS269-AQP2についての解析結果を示した。図1には、SDS-PAGEの電気泳動写真及びこれに基づいて糖鎖pS269-AQP2及び糖鎖なしpS269-AQP2をそれぞれ定量しそれらを併せたデータを示している。また、図2にウエスタンブロット法によるtotal AQP2についての解析結果を示した。図2には、SDS-PAGEの電気泳動写真及びこれに基づいて糖鎖total AQP2及び糖鎖なしtotal AQP2をそれぞれ定量しそれらを併せたデータを示している。
【0054】
なお、本実施例では、各群3匹のラットを使用した(n=3)。図1及び2の下段のグラフは、各データを mean±SEと各個体の値の分布で示している。
【0055】
図1に示した結果から、脱水群においてpS269-AQP2が有意に増加し、溢水群ではpS269-AQP2が有意に減少していることが明らかとなった。また、図2に示した結果から、脱水群ではtotal AQP2に有意な変化は見られず、溢水群ではTotal AQP2が減少傾向にあることが明らかとなった。
【0056】
これらの結果より、尿中のpS269-AQP2を測定することで、バゾプレシン-AQP2系の状態、すなわち水分状態(脱水状態、溢水状態)を判定することができ、また、尿中のtotal AQP2を測定することでバゾプレシン-AQP2系の状態、特に溢水状態を判定できることが示された。
図1
図2
【配列表】
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