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特許7405417MRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】MRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/055 20060101AFI20231219BHJP
【FI】
A61B5/055 390
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020077427
(22)【出願日】2020-04-24
(65)【公開番号】P2021171304
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2023-02-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年5月29日,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/31144164,https://link.springer.com/article/101007/s10334-019-00761-3
(73)【特許権者】
【識別番号】305027401
【氏名又は名称】東京都公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100137752
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 岳行
(72)【発明者】
【氏名】妹尾 淳史
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 政司
【審査官】松岡 智也
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-525391(JP,A)
【文献】特表2018-507129(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0068699(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0155364(US,A1)
【文献】特開平03-103237(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0195030(US,A1)
【文献】特表2019-500181(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0335498(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/055
G01N22/00-22/04、24/00-24/14
G01R33/28-33/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトンの磁気共鳴条件を利用して拡散強調画像を撮像するMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法であって、
水に浸された木片を煮沸する煮沸工程と、前記煮沸工程を経た木片を大気圧よりも低圧に減圧する減圧工程と、を実行することで、水が含浸された木製の異方性ファントム部材を製造する
ことを特徴とするMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法。
【請求項2】
水に浸された木片を加圧しながら煮沸する前記煮沸工程、
を実行することを特徴とする請求項1に記載のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法。
【請求項3】
前記木片の煮沸と減圧とを複数回繰り返す
ことを特徴とする請求項1または2に記載のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法。
【請求項4】
木片に水を含浸させる前に、木片の維管束の延びる方向に対して交差する方向から前記木片を圧縮して、前記維管束の径を、予め定められた径に調整する工程、
を実行することを特徴とする請求項1ないしのいずれかに記載のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MRI装置(Magnetic Resonance Imaging装置:磁気共鳴画像装置)で性能の評価や測定時の較正に使用されるファントムや位置の基準として使用されるマーカ等のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法に関し、特に、MRIの拡散強調画像の撮影時に使用され、特性が方向によって異なる異方性ファントム部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場において、患者に対して放射線被曝等の影響がないMRI装置(Magnetic Resonance Imaging装置:磁気共鳴画像装置)が使用されている。MRI装置では、人体の各細胞に含まれる水素原子核(プロトン)に対して、プロトンのスピンに応じた高周波磁場を印加して励起し、励起したプロトンが元の状態に戻る(緩和)際に発する電磁波に基づいて、プロトンの密度が異なる部分(例えば、水と脂肪)を濃淡で表した画像を得ることが可能である。ここでのMRI装置とは、撮像対象を人間に限定せず、動物実験に使用されるコンパクトMRIや磁気共鳴技術を応用した装置をさす。
【0003】
従来からのMRI画像には、スピンの縦緩和(T1緩和)に基づくT1強調画像や、スピンの横緩和(T2緩和)に基づくT2強調画像といったものがある。これらの画像はそれぞれ人体組織が持つMRI特有の値に基づき画像のコントラストが得られる。近年、比較的新しい撮影方法に拡散テンソル解析や拡散尖度解析、トラクトグラフィーといった拡散MRIと呼ばれる技術がある。拡散MRIは、MRIのシーケンスの一種であり、水分子の拡散運動を画像化した拡散強調画像を得る技術である。
拡散テンソル解析は、テンソルの概念を応用し、人体内部の水分子の拡散運動の方向を解析することができる。また、拡散尖度解析は、水分子の拡散模様を統計の要素である尖度を用いて解析し、より詳細な人体組織の構造を反映しうる可能性を持っている。
【0004】
ここで、MRI装置の測定では、磁場を利用するため、設置されている環境の影響を受けることがある。また、装置により磁場の分布や強度に個体差があり、測定結果に影響を及ぼす可能性がある。したがって、MRI装置で撮影を行う場合、環境に応じて、較正を行う必要がある。較正を行う場合には、ファントムと呼ばれる予め特性が既知の部材が使用される。
現在T1強調画像やT2強調画像に利用できるファントムとして等方性のファントムはあるが、拡散強調画像を撮影する場合には、較正時に等方性のファントムを使用すると、拡散現象が全方向で同一となって濃淡の観測が困難であるため、異方性のファントムを使用する必要がある。
【0005】
拡散MRIに利用できる異方性のファントムについては、学術的な研究は行われているが、実用的なものは少ない。これは拡散MRIが従来の撮像方法とは異なり、水の拡散を解析して画像とするためであり、水の拡散を制限する有用な異方性ファントム材料が報告されていないためである。
現在、拡散MRIの研究において、異方性ファントムとして、脳神経組織をはじめとした模擬人体に似た組織を持つものとして、低価格で入手が容易な野菜のアスパラガスを利用することがある(非特許文献1参照)。アスパラガスをファントムとして使用する場合には、アスパラガスを水で煮て、アスパラガスに水を含浸させたものを使用している。
他にも、異方性のファントムとして、以下の特許文献1および非特許文献1~4記載の技術が従来公知である。
【0006】
特許文献1(特開2014-223546号公報)には、キャリブレーション用異方性拡散ファントムとして、複数の薄いガラスプレート(1)が積層され、ガラスプレート(1)の間が10μmのHO層(2)で分離された構成のものが記載されている。特許文献1では、毛細管の束が水、ヒドロゲル、あるいは水素を含む他の物質で満たされた構成についても記載されている。
【0007】
非特許文献2には、MRIでの拡散強調画像において木材が解析可能であり、木材で拡散MRI用のファントムを開発する可能性について記載されている。
非特許文献3には、木材を材料とした体表マーカが、拡散MRIをはじめとした様々なMRI撮像法において利用可能であることが記載されている。
非特許文献4には、拡散MRI撮像法により取得されるFractional anisotropy map(FA
map)上で木材を材料とした体表マーカが観察可能であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2014-223546号公報(「0007」-「0008」、「0039」-「0040」、図1
【非特許文献】
【0009】
【文献】佐藤 哲大、他1名, ”異方性ファントムのMR顕微鏡拡散テンソル計測”, 生命医工学シンポジウム、44(4):735-738,2006
【文献】M. Suzuki et al., ”Development of an anisotropic phantom for diffusion tensor imaging: Determining wood species of materials”, The 45th Annual meeting of the Japanese Society for Magnetic Resonance in Medicine(JSMRM) Sep 14-16, 2017
【文献】M. Suzuki et al., ”Surface marker localization devices withsufficient signal-to-noise ratio: verification with wood.”, The 44th Annual meeting of the Japanese Society for Magnetic Resonance in Medicine(JSMRM) Sep 9-11, 2016
【文献】M. Suzuki et al., ”Development of a Surface Marker for Fractional Anisotropy Maps using Wood in a Phantom Study.”, Magn Reson Med Sci. 2019 Jan 10;18(1):70-74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
(従来技術の問題点)
現在異方性ファントムとして使用されているアスパラガスは、腐りやすく、季節(収穫時期や旬)により入手しにくい場合もある。
特許文献1に記載のような毛細管状のものや10μm単位の隙間の管理が必要な異方性ファントムは、製造に高度な技術が必要であり、コストが高く、気軽に入手しにくい問題もある。また、特許文献1に記載の構成では、磁化率の差に起因する偽像(アーチファクト)を生成しやすい問題もある。さらに、特許文献1に記載の構成では、単一の解析値しか提供できない問題もあり、MRI装置で撮像したい部位に応じた較正をしたい場合に部位に応じた解析値を提供できない問題もある。
また拡散MRIで利用可能なマーカについての報告は少なく、拡散強調画像上で直接位置確認が可能な例は見つけられない。現状では、T1強調画像やT2強調画像と拡散強調画像を比較することで、位置を推定するだけである。
【0011】
非特許文献2-4に記載の木材製の異方性ファントムは、MRI装置において撮影可能であり、異方性ファントムとしての可能性が学術的に提示されている。木材製のファントムは、アスパラガスに比べて腐りにくく(長期に渡って特性を維持しやすく)、特許文献1のファントムに比べて低コスト化できるメリットがある。
しかしながら、木材製のファントムは、異方性ファントムとして製法が確立しておらず、性能のばらつきや製造に時間がかかる恐れがある。
【0012】
本発明は、木製の被検知部材の性能の安定性を向上させ,製造時間の短縮を可能にする製造技術を提供することを第1の技術的課題とする。
また、本発明は、偽像の発生を抑制する加工技術を提供することを第2の技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法は、
プロトンの磁気共鳴条件を利用して拡散強調画像を撮像するMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法であって、
水に浸された木片を煮沸する煮沸工程と、前記煮沸工程を経た木片を大気圧よりも低圧に減圧する減圧工程と、を実行することで、水が含浸された木製の異方性ファントム部材を製造する
ことを特徴とする。
【0014】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法において、
水に浸された木片を加圧しながら煮沸する前記煮沸工程、
を実行することを特徴とする。
【0015】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法において、
前記木片の煮沸と減圧とを複数回繰り返す
ことを特徴とする。
【0016】
請求項4に記載の発明は、請求項1ないしのいずれかに記載のMRI撮影装置用の異方性ファントム部材の製造方法において、
木片に水を含浸させる前に、木片の維管束の延びる方向に対して交差する方向から前記木片を圧縮して、前記維管束の径を、予め定められた径に調整する工程、
を実行することを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
請求項1に記載の発明によれば、切り出された木片に短時間で水を含浸させることができ、木製の異方性ファントム部材の製造時間を短縮できる。請求項1に記載の発明によれば、異方性ファントム部材として目的の性能となるように各工程を実施でき、木製の異方性ファントム部材の性能の安定性を向上させることができる。
請求項2に記載の発明によれば、煮沸工程において木片を加圧しない場合に比べて、木片に水を含浸させやすくすることができる。
請求項3に記載の発明によれば、目的の性能となるまで各工程を繰り返すことで、目的の性能の木製の異方性ファントム部材を安定して供給できる。
請求項4に記載の発明によれば、維管束の径を調整しない場合に比べて、木製の異方性ファントム部材の性能を安定させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は本発明の実施例1の磁気共鳴撮影装置の説明図である。
図2図2は木片の要部拡大図である。
図3図3は木片の成形装置の概略説明図である。
図4図4は実験例の説明図であり、縦軸に木片の重量を取り横軸に時間を取ったグラフである。
図5図5は実験例2の実験結果の説明図であり、図5Aは比較例2の説明図、図5Bは実験例2の結果の説明図である。
図6図6は実験例2の木製ファントムの重量変化の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態の具体例(以下、実施例と記載する)を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【実施例1】
【0020】
図1は本発明の実施例1の磁気共鳴撮影装置の説明図である。
図1において、本発明の撮影装置の一例としての実施例1の磁気共鳴撮影装置(MRI装置)1は、磁場発生装置の一例としての磁石部2を有する。磁石部2には、内部を水平方向に貫通する貫通孔3が形成されている。貫通孔3には、寝た状態の被検者4が支持される寝台6が貫通可能である。
磁石部2は、静磁場印加部材の一例としての静磁場発生磁石11を有する。なお、静磁場発生磁石として、超電導電磁石や永久磁石を使用することが可能である。静磁場発生磁石11の内側には、傾斜磁場印加部材の一例としての傾斜磁場発生コイル12が配置されている。傾斜磁場発生コイル12の内側には、励起磁場印加部材の一例としての高周波磁場発生コイル13が配置されている。高周波磁場発生コイル13の内側には、受信部の一例として、電磁波を受信する受信コイル14が配置されている。
【0021】
前記磁石部2には、情報処理装置の一例としてのコンピュータ装置21がケーブルCbを介して電気的に接続されている。したがって、コンピュータ装置21は、磁石部2との間で、静磁場発生磁石11等の制御信号や受信コイル14での検知信号等が送受信可能に構成されている。コンピュータ装置21は、コンピュータ本体22と、表示部の一例としてのディスプレイ23と、入力部の一例としてのキーボード24およびマウス25と、を有する。なお、実施例1では、コンピュータ装置21と磁石部2とをケーブルCbで接続する構成を例示したが、これに限定されず、携帯電話回線やBluetooth(登録商標)、無線LAN等、任意の無線通信方式で情報の送受信を行うことも可能である。
【0022】
実施例1のコンピュータ本体22は、外部との信号の入出力および入出力信号レベルの調節等を行うI/O(入出力インターフェース)、必要な起動処理を行うためのプログラムおよびデータ等が記憶されたROM(リードオンリーメモリ)、必要なデータ及びプログラムを一時的に記憶するためのRAM(ランダムアクセスメモリ)、ROM等に記憶された起動プログラムに応じた処理を行うCPU(中央演算処理装置)ならびにクロック発振器等を有するコンピュータ装置により構成されており、前記ROM及びRAM等に記憶されたプログラムを実行することにより種々の機能を実現することができる。
コンピュータ本体22には、基本動作を制御する基本ソフト、いわゆる、オペレーティングシステムや、アプリケーションプログラムの一例としてのMRI撮影プログラム、その他の図示しないソフトウェアが記憶されている。
実施例1のMRI撮影プログラムは、傾斜磁場発生コイル12や高周波磁場発生コイル13を制御し、受信コイル14で受信した検知信号に基づいて、拡散強調画像を導出する。なお、拡散強調画像を導出する方法、プログラムについては、従来公知であり、種々の構成を採用可能であるため、詳細な説明は省略する。
【0023】
(木材製ファントムの製造方法の説明)
(木片の成形処理の説明)
図2は木片の要部拡大図である。
実施例1のMRI装置1では、拡散強調画像を撮像する場合に、性能の評価や較正のために使用する異方性のファントム(被検知部材の一例)として、木製のファントムを使用する。実施例1では、木製のファントムを作成するために、まず、木から木片を切り出す。木材には代表的な針葉樹を例とすると、仮道管にも早材と呼ばれる径の大きな部位と、晩材と呼ばれる径の小さな部位が存在する。ファントム材料としてこれらを利用する際は、均一な異方性とするために、早材と晩材が混在しないよう早材と晩材を区別して木片を切り出すことが望ましい。
木製のファントムでは維管束の径が小さいほど水の浸透が難しく、かつ異方性が高い。維管束径が大きいと、その特性は逆である。被検知部材の性能を安定させるため、維管束の径を揃えることが望ましい。そのため被検知部材の製作においては、図2における丸で囲われている維管束の径が大きな部分と、四角で囲われている維管束の径が小さな部分を混在させないよう切り分けることが望ましい。
【0024】
図3は木片の成形装置の概略説明図である。
なお、木材の個体差や木材の種類等により、維管束の径のばらつきが大きい、あるいは径が大きいため十分な異方性が得られない場合もある。この場合は、木片を成形することも可能である。図3において、切り出された木片31を、維管束等が延びる方向(木材を縦割りにする方向)が水平方向になるように、型32に収容する。この状態から、木片31を、維管束等が延びる方向に交差する方向(木材を輪切りにする方向)から押し型33で押して圧縮することで、維管束等の径を縮小させて維管束等の径や密度を、実験等で予め定められた目的の値に調整することが可能である。なお、木材は、引っ張りには弱くすぐに破断するが圧縮には強い性質があり、圧縮加工は比較的容易である。
【0025】
なお、維管束等の径が小さいほど異方性が高まる。異方性が高いほど、拡散MRI画像上で信号強度が高くなる。人体組織には異方性の高い組織から低い組織まで様々な種類がある。木片31を成形して木材の異方性を調整することで、より人体等価のファントムが作成可能である。すなわち、測定対象の部位に応じて、維管束等の径を調整して、異方性を調整することが可能である。
また自然物である木材の個体差(維管束等の径のばらつき、異方性のばらつき)を、この成形工程で排除して一定の品質を持ったファントムを作成することも可能である。
【0026】
また、維管束には壁孔と呼ばれる扉構造が一定間隔ごとにある。壁孔が閉じているとそれより先に水分は浸透することが困難である。後述する加圧減圧により壁孔が開くことが期待できるが、成形時の圧縮に伴う外力により物理的に壁孔が開くことも期待でき、後の工程で水の浸透がより容易になることが期待できる。
木片の形状は、円柱状や四角柱状等、曲げ加工も含め任意の形状とすることが可能である。なお、木材の形状は、木材から木片を切り出す際に目的の形状とすることも可能であるし、成形装置32~33での成形工程後に目的の形状に加工することも可能である。
【0027】
(水含浸工程の説明)
水含浸工程では、まず、成形処理がされた木片31が水に浸された状態で煮沸する煮沸工程を実行する。実施例1の煮沸工程では、水に浸された木片を加圧しながら煮沸する。
なお、発明者らの研究の結果、木片31が浸される水は蒸留水や純水を利用すると木材表面に木材腐朽菌の発生が確認されることがあったが、水道水を使用することで発生した木材腐朽菌の除去、さらなる木材腐朽菌の発生を抑制できることが確認された。そのため水道水と同等か、それ以上の塩素消毒等の防腐処理を施した水を使うことが好ましい。したがって、水道水を使用することで、木製のファントムの長期保存、すなわち、長期間経過後もファントムとして使用することが可能である。
次に、煮沸工程を経た木片31に対して、木片31を大気圧よりも減圧した環境下に保持する減圧工程を実行する。
前記煮沸工程と減圧工程とからなる水含浸工程を経て、木片31に水が含浸された木製のファントムを作成した。
【0028】
木製のファントムは、木材の仮道管(裸子植物等)や道管や師管といった維管束(被子植物)に沿った方向(木を縦割りする方向)に水や空気が流れやすい構造となっており、維管束等の延びる方向とは交差する方向(木を輪切りする方向)には水等が流れにくい。この方向によって水の流れやすさが異なることが異方性となる。
しかし、維管束等の内部に水ではなく空気が存在すると、プロトン(水素イオン)の磁気共鳴現象を利用するMRI装置では測定が困難である。したがって、維管束等の内部を水で充填する必要がある。
【0029】
実施例1では、煮沸工程において、加熱することで、空気を膨張させて維管束等の内部の空気を外部に排気されやすくしている。
また、実施例1では、煮沸工程において、加圧することで、加圧されない場合に比べて、加圧された水を維管束等の内部に進入しやすくしている。
さらに、減圧工程において、減圧することで、維管束等に残っている空気が気圧差で膨張して維管束から外部に排気されやすくしている。
このように、実施例1の水含浸工程では、煮沸工程と減圧工程とを実行することで、これらの工程を実行しない場合に比べて、より水が含浸されたファントムを安定して製造、供給することが可能である。また、水が多く含浸されることで、ファントムとしての性能も向上する。
【0030】
なお、煮沸工程と減圧工程とを複数回繰り返し実行することで、木片31に、より水を含浸させることも可能である。すなわち、木材の材質や目的の異方性の程度、木片31の形状、大きさに、切り出した部位によっては、煮沸工程と減圧工程が1回ずつでは水の含浸が十分でない場合もある。このような場合は、目的の異方性が得られるまで煮沸工程と減圧工程を繰り返し実行することが可能である。逆に、煮沸工程と減圧工程が1回ずつで目的の異方性が得られる場合は、1回ずつで十分である。
また、実施例1では、煮沸工程において加圧する場合を例示したがこれに限定されない。木材の材質や目的の異方性の程度等によっては、加圧しなくても加熱(煮沸)だけでも十分に維管束等の内部に水が進入して、目的の異方性を達成できる場合もある。このような場合は、煮沸工程において加圧を行わないようにすることも可能である。
【0031】
さらに、実施例1では、後述する実験結果の説明でも示されるが、減圧工程のみを実行しても木片31に水をある程度含浸させることが可能である。したがって、木材の材質等によって、煮沸工程を実行しなくても目的の異方性を達成できる場合には、煮沸工程(加圧および煮沸)を行わずに減圧工程のみを実行する構成とすることも可能である。逆に、煮沸工程のみで十分に目的の異方性を達成できる場合には、減圧工程を行わずに煮沸工程のみを実行する構成とすることも可能である。
また、実施例1では、煮沸工程を実行後に、減圧工程を実行したが、これに限定されない。後述する実験結果の説明でも示されるが、最初に減圧工程を行った後に、煮沸工程を実行する構成とすることも可能である。
【0032】
(実験例1)
次に、水含浸工程について実験を行った。
木片31として「杉」の木材を使用した。
煮沸工程では、一例として、市販の圧力鍋(料理用)を使用して、木片31が完全に浸った状態で、2気圧程度に加圧した状態で30分煮沸した。
また、減圧工程では、一例として、木片31を水中に沈めた容器をデシケータに収容して、デシケータ内を真空ポンプで真空状態(アズワン株式会社製真空メータ 62-2986-21で「-0.1MPa」と表示される程度の低圧状態)に減圧した状態を24時間保持した後、大気圧に開放した。より具体的には、まず、デシケータ内を-0.1MPaの状態まで減圧して、真空ポンプを停止し、2~3時間程度静置すると、減圧で木片31及び水から発生する空気のため真空度が低下する。真空度が低下すると真空ポンプを稼働して再度-0.1MPaの状態まで減圧して静置する。この減圧と静置を3回程度繰り返した。そして、減圧してから24時間経過後、大気圧に開放した。
煮沸工程や減圧工程した後、1週間、木片31を水に浸けた状態で静置し、重量を測定した。この処理を、6週間分行った。
実験では、加圧しないで煮沸した場合(比較例)と、煮沸工程のみで減圧をしない場合(実験例)と、減圧工程のみを3週間行った場合と、減圧工程後に煮沸工程も行った場合と、を行った。
実験結果を図4に示す。
【0033】
図4は実験例の説明図であり、縦軸に木片の重量を取り横軸に時間を取ったグラフである。
図4において、煮沸のみ(非特許文献2~4の作成方法)では、木片31の重量の増加が最も少なかった。すなわち、木片31への水の含浸量が少ないことが確認された。よって、煮沸のみでは、維管束等への水の含浸に限界があるか、十分に水を含浸させるには長時間がかかることが確認された。
これに比べて、煮沸工程のみでも水の含浸を多くすることができることが確認され、減圧工程(3週目まで)のみでは煮沸工程のみよりもさらに水の含浸が多くなることが確認された。また、加熱煮沸工程と減圧工程とが実行された場合(3週目以降)は、水の含浸量が最も多くなり、最も効果的であることが確認された。
【0034】
なお、理論的には、木片31を水中に静置して、長期に時間をかければ完全に木片31に水を含浸させることは可能である。本発明者らの実験で、1000年以上前の遺跡から発掘された地下水中の木片31はほぼ完全に水が含浸されていて、MRI装置で計測すると良好な計測結果が得られることが確認できた。しかしながら、このような木片31は、木片31の製造に長時間がかかると共に安定供給が困難であり、木片31の考古学的価値の観点からも、医療用の異方性ファントムとするのは困難である。
したがって、実施例1のように、異方性ファントムを作成する場合に、煮沸工程や減圧工程の一方または両方を実行することで、木片31への水の含浸を短時間で行うことが可能であり、少なくとも1000年単位から数週間~数か月単位に短縮することが可能である。よって、切り出してきた木材から木製のファントムを安定的に供給することが可能である。特に、間伐材等を使用すれば、環境保護にも貢献が期待される。
【0035】
また、実施例1では、木製のファントムで要求されている性能、仕様に応じて、目的の性能となるまで加熱煮沸工程と減圧工程の組み合わせや繰り返しの回数を選択可能である。したがって、性能の安定した木製のファントムを提供することが可能である。
さらに、前述のように、実施例1において水道水を使用した場合は数か月に渡って使用可能である。ここで、煮たアスパラガスを使用する従来技術では、アスパラガスが数日で腐ってしまう(1週間持たない)ため、性能評価や較正を行う場合には、アスパラガスを繰り返し購入する必要があった。これに対して、実施例1では長期に渡って繰り返し使用することが可能であり、費用面でも有利である。特に、実施例1の製造方法で作成された木片31は、発明者の実験の結果、1年間が経過したものでも、信号値の変化が測定誤差の範囲であり、利用可能であった。
【0036】
なお、木の材質によっては、水の含浸しやすさ/含浸し難さが異なるため、含浸しにくい材質であれば、煮沸工程と減圧工程とを繰り返す回数を多くすることで含浸を進め、含浸しやすい材質であれば静置期間を短くすることで製造期間を短縮することも可能である。また、加圧時や減圧時の圧力は例示した圧力に限定されず、変更可能である。すなわち、加圧装置として圧力鍋でなく、高圧を実現可能な工業用の加圧装置を使用することで高い効果が期待できる。
図4の結果から、効率的な処理としては、乾燥木材を完全に水中に沈めて、可能な限り低圧下で、可能な限り長期間静置する。その後可能な限り加圧することが望ましい。このようにすることで、煮沸しなくても、減圧により脱気された木片31内部の空隙に圧力をかけて水を浸透させることが可能である。
逆に、煮沸工程を先に行う場合は、水には空気が溶け込むことが可能であるため、初めに沸騰させた水を木片31に浸透させた方が、木片31内部に水をより浸透させやすいとも考えられる。
【0037】
なお、発明者は、例示した実験例以外にも、75種類の木材を同様に含浸処理して、拡散強調画像の撮像を行ったところ、全ての木材が利用可能であることを確認した。このとき、異方性が高かったのは、水が浸透しにくかった木材が多かった。
また、木片31の大きさには制限がないが、木材の繊維方向(維管束等の延びる方向)に厚い木片31は、維管束等が長くなり、水が浸透しにくくなるため、繊維方向に薄い木片31を使用することが好ましい。
さらに、維管束植物では、管構造と管構造の間に壁孔があるものがあり、水が浸透しにくいものがある。したがって、木材として、壁孔がないものあるいは壁孔が閉じていないものを利用すれば、効率的に含浸処理が可能になると考えられる。
また、実施例1では、MRI装置の拡散強調画像の撮像において、性能評価や較正で使用される異方性ファントムの例を説明したが、これに限定されない。例えば、水が含浸された木片31がMRI装置で検知可能であることを利用して、被検者4の体表に固定して位置の基準を観測するためのマーカー(被検知部材の一例)として実施例1の木片31を使用することも可能である。
【0038】
(シリコン包埋工程の説明)
実施例1では、作成された木製ファントムをシリコン中に包埋して、木製ファントムの表面をシリコンで覆った状態で保存した。
木製のファントムは、木材と空気との境界で磁化率が急激に変化する。急激な磁化率の変化があると、偽像(アーチファクト)が発生する問題がある。これに対して、実施例1では、木製ファントムの表面がシリコンで覆われている。したがって、木製ファントムの外縁の空気との境界で磁化率の急激な変化がシリコンで緩和される。したがって、偽像の発生しにくい高性能の木製ファントムを提供することが可能である。
【0039】
(実験例2)
次に、シリコン包埋の効果を確認する実験を行った。
実験例2では、シリコンとして、株式会社GSIクレオス製の「VM001 Mr.シリコーン」を使用した。
実験例2では、まず、木片31(木製ファントム)が完全に隠れる深さのタッパー(容器)に、10mm程度の厚さになるようにシリコンを入れ固めた。次に、固まったシリコンをベースとして、その上に木片31を置き、上から木片31が完全に隠れるまで(包埋されるまで)シリコンを注入した。そして、このシリコンで木片31が封入された状態で保管した。そして、シリコン樹脂に封入して取り出さずにそのままMRI装置撮影した。
比較例2として、シリコンに替えて水を包埋物質としたファントムを準備した。
実験結果を図5に示す。
【0040】
図5は実験例2の実験結果の説明図であり、図5Aは比較例2の説明図、図5Bは実験例2の結果の説明図である。
図5Aにおいて、水を包埋物質とした木製ファントムでは、撮影された画像が、ファントムの側面が倒れこむように歪み、上部も変形と信号値の異常(偽像、アーチファクト)が見られた。MRIによる撮像、特に拡散MRIの撮像では、人体組織などの撮像対象と、周りの空気との境界において偽像が形成される。これは境界面で急激に磁化率が変化するためである。
【0041】
一方で、シリコンを包埋物質とした木製ファントムでは、図5Bに示すように、図5Aのような歪みは見られなかった。なお、図5Bにおいて、中心の白い台形が木片でその周りのグレーがシリコン樹脂、さらにその周りの黒い枠が空気である。
よって、シリコン樹脂による包埋をすることで、木片31の表面がシリコンで覆われ、木材と空気との境界で磁化率が急激に変化することが抑制される。特に、シリコン樹脂は、NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴)信号が極端に低く、画像に写りにくく、画質に悪影響を与えにくい。
【0042】
図6は実験例2の木製ファントムの重量変化の説明図である。
図6において、実験例2のシリコン樹脂で包埋された木製ファントムの重量を9か月間測定したが、その間の重量変化は最大で1.5gであり、試料作製時の重量125.5gの1.2%に過ぎない。また、その重量変化も一定の変化ではなく上下動であったため、測定誤差と考えられる。
したがって、実験例2では、木製ファントムをシリコンで包埋することで、ファントムの性能が低下することなく長期に渡って性能が安定した状態で保管可能であることが確認された。
【0043】
(変更例)
以上、本発明の実施例を詳述したが、本発明は、前記実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内で、種々の変更を行うことが可能である。本発明の変更例(H01)~(H03)を下記に例示する。
(H01)前記実施例において、磁石部2がリング状、いわゆる、トンネル型の磁気共鳴撮影装置を例示したが、これに限定されない。例えば、磁石部2がコの字型、いわゆる、オープン型の磁気共鳴撮影装置にも適用可能である。
(H02)前記実施例や実験例において、例示した具体的な数値や商品名等は、設計や仕様等に応じて、任意に変更可能である。
(H03)前記実施例において、ファントムの形状は、円柱状や四角柱状等の単純な形状に限定されず、形状を自由に変形させ、加工(削り出し等)したり等も可能である。例えば、人体の脳の形状に近づけたり、測定したい臓器の形状に近づけたり、現在商用化されているMRI用の性能評価ファントムと同形状にしたり等が可能である。また、木材の幹から枝が分岐する部分を使用して、神経線維の分岐を模したファントムの作成も期待できる。
【符号の説明】
【0044】
1…MRI装置
31…木片、被検知部材。
図1
図2
図3
図4
図5
図6