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特許7405433多価アルコールエステル化合物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】多価アルコールエステル化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 67/08 20060101AFI20231219BHJP
   C07C 69/28 20060101ALI20231219BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20231219BHJP
【FI】
C07C67/08
C07C69/28
C07B61/00 300
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020535930
(86)(22)【出願日】2019-08-09
(86)【国際出願番号】 JP2019031714
(87)【国際公開番号】W WO2020032271
(87)【国際公開日】2020-02-13
【審査請求日】2022-02-04
(31)【優先権主張番号】P 2018152108
(32)【優先日】2018-08-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(74)【代理人】
【識別番号】100118809
【弁理士】
【氏名又は名称】篠田 育男
(72)【発明者】
【氏名】北川 尚美
(72)【発明者】
【氏名】廣森 浩祐
(72)【発明者】
【氏名】村上 和希
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 智也
【審査官】宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-037837(JP,A)
【文献】特開平03-044350(JP,A)
【文献】特開平11-193262(JP,A)
【文献】特開平05-246947(JP,A)
【文献】特開2002-088019(JP,A)
【文献】特開2013-159685(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C、C07B
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多価アルコール化合物で膨潤化した多孔性の陽イオン交換樹脂の存在下、反応物としての多価アルコール化合物とカルボン酸化合物を反応させ、多価アルコールのモノカルボン酸エステルを選択的に製造することを特徴とする多価アルコールエステル化合物の製造方法であって、
前記膨潤化に用いる多価アルコール化合物及び前記反応物としての多価アルコール化合物が、プロピレングリコール、1,2-ブタンジオール、及び1,3-ブタンジオールから選択され、
前記反応物としてのカルボン酸化合物が、カプロン酸、エナント酸、ヘプタン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、アラキジン酸、及びベヘン酸から選択される、
多価アルコールエステル化合物の製造方法。
【請求項2】
引き続き、カルボン酸化合物で膨潤化した多孔性の陽イオン交換樹脂の存在下、前記モノカルボン酸エステルと、前記反応物としてのカルボン酸化合物とを反応させ、多価アルコールのカルボン酸エステルを選択的に製造することを特徴とする多価アルコールエステル化合物の製造方法であって、
前記膨潤化に用いるカルボン酸化合物及び前記反応物としてのカルボン酸化合物が、カプロン酸、エナント酸、ヘプタン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、アラキジン酸、及びベヘン酸から選択される、
請求項1に記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
【請求項3】
カルボン酸化合物で膨潤化した多孔性の陽イオン交換樹脂の存在下、反応物としての多価アルコール化合物とカルボン酸化合物を反応させ、多価アルコールのカルボン酸エステルを選択的に製造することを特徴とする多価アルコールエステル化合物の製造方法であって、
前記反応物としての多価アルコール化合物が、プロピレングリコール、1,2-ブタンジオール、及び1,3-ブタンジオールから選択され、
前記膨潤化に用いるカルボン酸化合物及び前記反応物としてのカルボン酸化合物が、カプロン酸、エナント酸、ヘプタン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、アラキジン酸、及びベヘン酸から選択される、
多価アルコールエステル化合物の製造方法。
【請求項4】
前記反応物としての多価アルコール化合物とカルボン酸化合物を、溶媒を用いずに反応させる請求項1~3のいずれかに記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
【請求項5】
前記モノカルボン酸エステルと前記反応物としてのカルボン酸化合物を、溶媒を用いずに反応させる請求項2に記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
【請求項6】
前記多価アルコール化合物がプロピレングリコールであり、前記カルボン酸化合物がカプリル酸である、請求項1~のいずれかに記載の多価アルコールエステルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は多価アルコールエステル化合物の製造方法に関する。さらに詳しく言えば、多価アルコール化合物と脂肪酸化合物とから、多価アルコールのモノ脂肪酸エステル及びポリ脂肪酸エステル(例えば、ジ脂肪酸エステル)を選択的に製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多価アルコールのカルボン酸化合物エステル(単に、多価アルコールエステルと略記することがある。)、例えば、プロピレングリコールと脂肪酸との反応による多価エステルには、モノエステルとジエステルが存在し、モノエステルは食品用乳化剤として用いられている(非特許文献1)。また、ジエステルは、少量の添加により薬剤の保存安定性や溶解性が向上するため、外用剤などに利用されている(特許文献1及び2)。
これらのエステルは、現在、均相酸触媒を用いて、プロピレングリコールと脂肪酸を原料とした逐次的なエステル化反応により製造されている(非特許文献2)。しかし、エステル化反応は可逆反応であり、高転化率を達成するには高温条件や副生水除去のための減圧条件が必要であり(非特許文献3及び特許文献3)、また、高温条件下ではグリシドールや3-クロロ-1,2-プロパンジオール(3-MCPD)などの有害物質が副生する。そこで、多価アルコールエステルをより緩和な条件で合成する方法が求められている。また、モノエステルの合成に比べて、ジエステルの合成は反応が進行しにくいためより過酷な条件で反応が行われるが、ジエステルのみを選択的に得るのは困難であり、未反応物とモノエステル体とジエステル体との混合物の分離操作が必須となる。分離操作は、一般に分子蒸留による行われるが、ここでも高温操作が必要なため、上記有害物質の副生が問題となる。
【0003】
プロピレングリコール(プロパン-1,2-ジオール)については、1位と2位のヒドロキシ基の反応性が異なり、2位のヒドロキシ基は反応性が低いため、ジエステルを選択的に合成するには、より過酷な条件が要求される。そこで、より温和な条件で選択的にジエステルを合成する方法が検討されている。
これまで、選択的にプロピレングリコールエステルを合成する触媒としてリパーゼ酵素が検討されている(非特許文献4)。非特許文献4では、プロピレングリコールとカプリル酸の仕込みモル比を1:1とし、40℃でシリカゲルを担体とした固定化リパーゼを用いてエステル合成を行っており、t-ブチルメチルエーテルを溶媒とした場合は2時間で1位のモノエステルの収率が65%、2位のモノエステルの収率が5%、ジエステルの収率が2%であり、ヘキサンを溶媒とした場合は24時間で1位のモノエステルの収率が33%、2位のモノエステルの収率が7%、ジエステルの収率が38%と報告されている。これらの多価アルコール水酸基の反応時の挙動の違いは生成物と溶媒との極性の差によるものであり、モノエステルの合成には極性溶媒が、ジエステルの合成には非極性溶媒が適していると考えられている。しかし、t-ブチルメチルエーテルは毒性の問題があるため、生成物を利用する際には、これを安全上徹底的に除去する分離操作が必要となり、生産コストがさらに高くなるという問題がある。
【0004】
本発明に関連する先行技術として、本発明者らは遊離脂肪酸を95%以上含む遊離脂肪酸残渣油と1価のアルコールとのエステル化反応による脂肪酸エステルの製造方法において、触媒の陽イオン交換樹脂を、予め反応原料のアルコールで膨潤化する方法を提案している(特開2013-159685号公報;特許文献4)。特許文献4では、1価のアルコールを用いており(多価アルコールを用いる記載や示唆はなく)、カルボン酸(脂肪酸)で膨潤化することは記載されていない。
【0005】
特開昭59-172459号公報(特許文献5)には、多価アルコールとカルボン酸とのエステル化反応による多価アルコールエステルの製造において、使用可能なエステル化触媒の1つとして陽イオン交換樹脂を開示しているが、陽イオン交換樹脂を予め原料多価アルコールまたはカルボン酸で膨潤化することは記載されていない。
【0006】
さらに、特開2008-37847号公報(特許文献6)にも、触媒として強酸性イオン交換樹脂を用いて多価アルコールとカルボン酸とから多価アルコールエステルのモノ体を製造する方法が記載されているが、強酸性イオン交換樹脂を予め多価アルコールまたはカルボン酸で膨潤化することは記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6023358号公報(欧州特許出願公開第3205341号明細書)
【文献】特許第4509106号公報(米国特許第8501393号明細書)
【文献】米国特許第3669848号明細書
【文献】特開2013-159685号公報
【文献】特開昭59-172459号公報
【文献】特開2008-37847号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Colloid Surf.,281,125-137(2006)
【文献】第9版 食品添加物公定書, 厚生労働省, 894-895(2018)
【文献】J.Surf.Deterg.,16,305-315(2013)
【文献】J.Mol.Catal.,11,445-453(2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、上記従来技術の課題を解消し、多価アルコール化合物と脂肪酸化合物とから、多価アルコールのモノ脂肪酸エステル及びポリ脂肪酸エステル(例えば、ジ脂肪酸エステル)を選択的に効率よく製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、水処理等で用いられている市販の陽イオン交換樹脂を酸性固体酸触媒として多価アルコール化合物とカルボン酸化合物の反応に用いることにより、温和な条件で高転化率でエステル合成が可能となること、また、その際触媒として用いる陽イオン交換樹脂を反応原料の多価アルコールまたはカルボン酸化合物で膨潤化する前処理を施すことにより多価アルコールにエステル結合するカルボン酸の数を制御でき、特定数のカルボン酸が結合した多価アルコールエステル化合物を選択的に合成できることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
本発明は以下の[1]~[10]の多価アルコールエステル化合物の製造方法に関する。
[1]多価アルコール化合物またはカルボン酸化合物で膨潤化した酸性固体触媒の存在下、多価アルコール化合物とカルボン酸化合物を反応させ、多価アルコールのモノカルボン酸エステルまたはポリカルボン酸エステルを選択的に製造することを特徴とする多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[2]多価アルコール化合物とカルボン酸化合物を、溶媒を用いずに反応させる前項1に記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[3]多価アルコール化合物が2価のアルコールである前項1または2に記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[4]多価アルコール化合物が炭素原子数2~30を有する多価アルコール化合物である前項1~3のいずれかに記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[5]カルボン酸化合物が炭素原子数2~30を有する脂肪酸である前項1~4のいずれかに記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[6]前記酸性固体触媒が陽イオン交換体である前項1~5のいずれかに記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[7]予め多価アルコールで膨潤化した陽イオン交換体を触媒に用いて、多価アルコールとカルボン酸化合物を反応させモノエステル化合物を選択的に合成する前項1~6のいずれかに記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[8]予めカルボン酸化合物で膨潤化した陽イオン交換体を触媒に用いて、多価アルコールとカルボン酸化合物を反応させポリエステル化合物を選択的に合成する前項1~6のいずれかに記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[9]予めプロピレングリコールで膨潤化した陽イオン交換体を触媒に用いて、プロピレングリコールとカプリル酸を反応させモノエステル化合物を選択的に合成する前項7に記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
[10]予めカプリル酸で膨潤化した陽イオン交換体を触媒に用いて、プロピレングリコールとカプリル酸を反応させジエステル化合物を選択的に合成する前項8に記載の多価アルコールエステル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
陽イオン交換体を酸性固体酸触媒として用い、多価アルコールとカルボン酸を反応させる本発明のエステル製造方法によれば、モノカルボン酸エステルまたはポリカルボン酸エステルを高い選択率で製造することができる。
【0013】
本発明の方法によれば、(1)従来技術と比べて温和な条件で操作が可能であり、繰り返し利用による触媒の活性低下がないこと、モノエステル化合物とポリエステル化合物を選択的に合成できるため、分離の負荷が軽減され安価に製造することができる。
(2)可逆的反応であるエステル化反応においては、モノエステル化に比べて次段階のジエステルの反応性が低く、従来多段階工程による合成が必要であった分子量の大きいエステル化合物についても一段階で安価に製造することができる。
(3)本発明で製造されるエステル化合物は骨格となる多価アルコール分子中の未反応水酸基の数により様々な用途を持つ製品となる。例えば、未反応水酸基を1つ以上有する場合は乳化剤や界面活性剤などの両親媒性化合物、あるいは低カロリーの機能性油脂や食品添加物として利用でき、未反応水酸基を有さない場合は外用剤などの医薬品、健康機能性油脂や食品用添加物等として利用できる。
【0014】
(4)均相酸(リン酸や硫酸、p-トルエンスルホン酸)等を触媒とする従来技術では、通常、触媒の分離は、中和・洗浄で行うが、1回の操作では触媒の分離が不十分なため、分離操作を複数回繰り返したり、蒸留、抽出、晶析などの複数の単位操作を組み合わせた複雑な手法によって分離が行われる。これに対して、固体触媒を用いる本発明の方法では、ろ過操作のみで触媒の分離が可能である。そのため後述の図1図6及び図8に示すような充填型反応器を用いた連続フローでの生産が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明のエステル化反応を連続フローで実施する装置例の概要を示す。
図2】実施例1~3で用いた回分式反応装置の概要を示す。
図3】プロピレングリコール(PG)とカプリル酸(CA)のエステル化反応(実施例1)における生成物であるモノエステル化合物とジエステル化合物の規格化濃度の経時変化を示すグラフである。
図4】実施例2のエステル化反応におけるモノエステル化合物とジエステル化合物の規格化濃度の経時変化を示すグラフである。
図5】実施例3のエステル化反応におけるモノエステル化合物とジエステル化合物の規格化濃度の経時変化を示すグラフである。
図6】実施例4の2段階エステル化反応で用いた装置の概要を示す。
図7】実施例4のエステル化反応におけるモノエステル化合物とジエステル化合物の規格化濃度の経時変化を示すグラフである。
図8】触媒充填カラムを直列に連結した実施例5の2段階エステル化反応で用いた装置の概要を示す。
図9】実施例5の1段目のエステル化反応におけるモノエステル化合物とジエステル化合物の規格化濃度の経時変化を示すグラフである。
図10】実施例5の2段目のエステル化反応におけるモノエステル化合物とジエステル化合物の規格化濃度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の多価アルコールエステル化合物の製造方法では、酸性固体触媒(陽イオン交換体)の存在下、多価アルコール化合物とカルボン酸化合物を、好ましくは溶媒を用いずに反応させ、多価アルコールのモノカルボン酸エステルまたはポリカルボン酸エステル(例えば、ジカルボン酸エステル)を選択的に製造することを特徴とする。
なお、本明細書においては、「選択的に製造する」とは、任意の数の水酸基を有するエステル化合物を50mol%以上の選択率で製造することを言う。
多価アルコール化合物としては、炭素原子数が2~30を有する多価アルコールが用いられる。多価アルコールは炭素鎖中の任意な位置でエーテル結合や炭素-炭素二重結合、炭素-炭素三重結合、芳香環及び脂環構造を有してもよい。このような多価アルコールとしては、例えば、エチレングリコール、グリセリン、1,3-プロパンジオール、プロピレングリコール(1,3-プロパンジオール)、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール等が挙げられる。これらの中でも、2価アルコールである、エチレングリコール、1,3-プロパンジオール、プロピレングリコール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール等が好ましい。)。また、本明細書中、多価アルコールには、エチレングリコールが重合した構造で、末端がジオールの構造をもつ高分子化合物も対象に含まれる。
【0017】
カルボン酸化合物としては、炭素原子数2~30を有する脂肪酸が用いられ、炭素原子数が10~24の脂肪酸が好ましく、炭素原子数が14~20の脂肪酸がさらに好ましい。
カルボン酸化合物も炭素鎖中に任意な位置でエーテル結合や炭素-炭素二重結合、炭素-炭素三重結合、芳香環及び脂環構造を有してもよい。カルボン酸化合物としては、例えば、カプロン酸、エナント酸、ヘプタン酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ステアリン酸、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキジン酸、ベヘン酸等が挙げられる。これらの中でもミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキジン酸が特に好ましい。
【0018】
本発明では、固体触媒として公知の多孔性強酸性イオン交換体(陽イオン交換体、または強酸性イオン交換体と記載することがある。)が用いられる。
陽イオン交換体の形態は特に限定されず、粒状、膜状、繊維状などが挙げられる。陽イオン交換体を構成する樹脂としては、不溶性担体として樹脂骨格が種々の化学構造を有するものを使用できる。具体的には、例えば、ジビニルベンゼン等で架橋されたポリスチレン、及びポリアクリル酸、架橋ポリ(メタ)アクリル酸エステル、フェノール樹脂等の合成高分子や、セルロース等の天然に生産される多糖類の架橋体等が挙げられる。中でも合成高分子が好ましく、架橋ポリスチレンがさらに好ましい。架橋の程度(度合)はモノマー全量に対するジビニルベンゼンの使用量で左右され、例えば、1~30質量%の範囲から選択される。その際、架橋度が低いほど分子サイズの大きな反応物が内部に拡散しやすくなるが、官能基濃度が小さくなるため、エステル化反応の高い触媒活性を発現するには最適値が存在する。
【0019】
本発明では、用いる陽イオン交換樹脂の種類は特に限定されないが、例えばダイヤイオン(登録商標)PKシリーズ(三菱ケミカル(株)製)、ダイヤイオンSKシリーズ(同前)、RCP160M(同前)、アンバーライトシリーズ(ダウケミカル社製)及びアンバーリストシリーズ(同前)等を挙げることができる。これらは、スチレンとジビニルベンゼンの共重合体の骨格を持ち、交換基がスルホン酸基であり、PK208LH、PK212LH、PK216LHがポーラス型、SK104Hがゲル型、RCP160Mがハイポーラス型の構造を持つ。ゲル型は、粒子内部が均一な架橋高分子である。ポーラス型は、ゲル型樹脂に物理的な穴(細孔)をあけた構造を持つ樹脂である。ハイポーラス型は、架橋度が高く、ポーラス型よりも比表面積や細孔容積が大きい構造を持つ樹脂である。
強酸性陽イオン交換樹脂としてはスルホン酸基型以外にカルボキシル基を有する樹脂も適用できる。
【0020】
多孔性強酸性樹脂触媒は、樹脂の官能基がいずれの樹脂も工場出荷時に触媒活性を示すH+型(≧99mol%)であり購入時は水膨潤状態にあるため、前処理として反応物で膨潤状態とする処理を行うことが好ましい。この前処理は、本発明者らが提案している手法(Fuel.,139,11-17(2015))に従い、内径11mmのガラスカラム(Kiriyame Glass Work Co.,Tokyo,ILC-C-11)に樹脂を充填し、洗出液中における膨潤化する成分の含有率が95(80)質量%以上となるまで、2.5cm3/分で多価アルコールあるいはカルボン酸を通液して行う。
【0021】
本発明者らは、多孔性強酸性樹脂触媒の官能基の前処理である膨潤化を他方の反応原料であるカルボン酸化合物についても行ってみた。その結果、膨潤化合物が多価アルコール(プロピレングリコール)である場合とカルボン酸化合物(カプリル酸)である場合とで、生成物(モノエステル化合物とジエステル化合物)の選択率が大きく異なり、カプリル酸による膨潤化ではジエステル化合物が選択的に得られ、プロピレングリコールによる膨潤化ではモノエステル化合物が選択的に得られることが判明した(実施例1~3参照)。
【0022】
膨潤化とは、イオン交換体中に含まれる液体を反応物あるいは溶媒と接触さて満たした状態とし、洗出液中に含まれる膨潤化させる液体が80質量%以上、好ましくは90質量%、より好ましくは95質量%になった状態を膨潤化された状態を言う。接触方式については、バッチ法(回分系)、連続法(流通系)など、当業者に公知の任意の方式で行うことができる。装置の形態としては、処理槽を設けたもの、循環系や向流系で樹脂移送するものなどが挙げられる。接触方法としては、流通(イオン交換樹脂の充填層に通液する方法)、撹拌(撹拌槽を用いる方法)、流動(流動層反応器)、振とう(振とう型反応器)などが挙げられる。供給原料の導入口、生成物質の回収口が一定のカラム通液型、展開床(エクスパンデッドベッドカラム)の他、回分型を用いることもできる。
【0023】
本発明のエステル化反応に供する多価アルコール化合物とカルボン酸化合物とのモル比としては、10:1~1:10が挙げられる。モル比は2:1~1:8がより好ましく、1:1~1:6がさらに好ましい。
【0024】
多孔性強酸性樹脂触媒は、エステル化合成反応と樹脂再生処理の操作を繰り返して用いることができる。すなわち、樹脂の再利用が図れる。例えば、エステル化実験後の樹脂を吸引ろ過により回収し、購入時の前処理と同様に、樹脂をカラムに充填して、反応物である多価アルコールあるいはカルボン酸を通液することで樹脂を洗浄し再生することができる。これにより、樹脂内部あるいは樹脂表面に残存する反応物や生成物を取り除くことができる。
【0025】
[多孔性強酸性樹脂触媒を充填した連続フロー型エステル化反応]
本発明では、カルボン酸化合物と多価アルコール化合物とのエステル化反応を、多孔性強酸性樹脂触媒を充填した連続フロー型触媒相にフローさせて行うことができる。連続フロー型エステル化反応のプロセスを実施する装置例の概要を図1に示す。図中、1は原料多価アルコールタンク、2は供給用ポンプ、3は反応器(エステル化カラム)、4は原料カルボン酸タンク、5は供給用ポンプ、6は製品タンク、7は未反応成分除去器である。
【0026】
多孔性強酸性樹脂触媒を充填した連続フロー型カラム(塔)に、カルボン酸化合物と多価アルコール化合物の均一混合物を所定の温度で通液することで、反応操作を簡易かつ迅速に実施することができる。反応混合物の樹脂層への通液速度は、例えば、樹脂1リットル当たり、0.1~100ml/分程度が好ましい。この通液速度が樹脂1リットル当たり、0.1ml/分未満である場合、エステル化率は向上するが、生産性の低下を招く。また、通液速度が樹脂1リットル当たり、100ml/分を超える場合は、反応混合物と触媒との反応が抑制され、反応後のエステル体の収率の低下を招くおそれがある。
【0027】
本連続フロー型カラム(塔)を用いた多価アルコールエステル化合物の製造方法では、反応混合物以外に他の溶媒を用いないで、反応させる多価アルコール化合物の種類及びその投入量、反応温度を調整することにより、反応混合物を均相状態にして反応させる。本発明では、エステル化反応を阻害しない溶媒を適時カラム移動相として用いてもよい。
【0028】
本発明のエステル化反応では、反応物と強酸性樹脂触媒との接触は、バッチ法(回分系)及び連続フロー法(流通系)で行うことができる。装置の形態としては、処理槽を設けたもの、循環系や向流系で樹脂移送するものなどが挙げられる。接触方法としては、流通(イオン交換樹脂の充填層に通液する方法)、撹拌(撹拌槽を用いる方法)、流動(流動層反応器)、振とう(振とう型反応器)などが挙げられる。供給原料の導入口、生成物質の回収口が一定のカラム通液型、展開床(エクスパンデッドベッドカラム)、回分型などを用いることもできる。
【0029】
[酸性固体触媒の再利用]
本発明では、エステル合成と酸性固体触媒再生の操作を繰り返し行うことにより触媒の再利用が可能である。例えば、回分式エステル化実験後の樹脂を吸引ろ過により回収し、前処理と同様に、樹脂をカラムに充填して、反応物である多価アルコールあるいはカルボン酸を通液することで樹脂を洗浄し再生できる。これにより、樹脂内部あるいは表面に残存する反応物や生成物を取り除くことができる。
【実施例
【0030】
以下に実施例を挙げて説明するが、本発明は下記の実施例の記載に限定されるものではない。下記の実施例において、原料多価アルコールとしてプロピレングリコール(PG)(和光純薬工業(株)製)を、脂肪酸としてカプリル酸(CA)(和光純薬工業(株)製)を用いた。また、酸性固体触媒としては陽イオン交換樹脂(Diaion(登録商標) PK208LH;三菱ケミカル(株)製)を用いた。
モノエステル及びジエステルの測定:
反応液中のプロピレングリコール-モノカプリン酸エステル(モノエステルと略記)及びプロピレングリコール-ジカプリン酸エステル(ジエステルと略記)含有量は水素炎イオン検出器付きガスクロマトグラフにより測定した。
【0031】
陽イオン交換樹脂の膨潤化:
陽イオン交換樹脂のPG及びCAによる膨潤化は以下のように行った。
この前処理は、本発明者らが提案している手法(Fuel.,139,11-17(2015))に従い、内径11mmのガラスカラム(Kiriyame Glass Work Co.,Tokyo,ILC-C-11)に樹脂を充填し、洗出液中における膨潤化する成分の含有率が80質量%以上、好ましくは90質量%以上、さらに好ましくは95質量%以上となるまで、2.5cm3/分で多価アルコール、カルボン酸を通液して行うことができる。
【0032】
実施例1:
図2に概要を示す回分式反応器を用いてエステル合成実験を行った。実験手順は、まず反応器(ガラス瓶)に原料のプロピレングリコール(PG)とカプリル酸(CA)を1:2のモル比で加え、65℃の恒温槽8中で予熱した。その後、CAで膨潤化した酸性固体触媒9(Diaion PK208LH、三菱ケミカル(株)製)を同様に予熱し、反応液全体(反応原料+樹脂)の33質量%になる量をプロピレングリコール(PG)とカプリル酸(CA)の混合液に加えて、65℃、150spmで振盪10しながら反応させた。反応液11を経時的にサンプリング(12)して、反応液中のモノエステルとジエステルの含有量を測定した。図3に反応液中のモノエステル及びジエステルの含有量の経時的変化を示す。反応条件を表1に、反応時間240時間の結果を表2に示す。図3において縦軸はPGの初期濃度(CPG(0))に対するモノエステル(□)及びジエステル(〇)濃度(Ci)である(図4及び図5も同様)。
表2に記載の選択率は下記式により求めた。
選択率(mol%)={(モノエステルorジエステル生成量÷反応したプロピレングリコール量)}×100
【0033】
実施例2:
実施例1と同様に、反応器(ガラス瓶)に原料のプロピレングリコール(PG)とカプリル酸(CA)を1:2のモル比で加え、65℃の恒温槽8中で予熱した。その後、PGで膨潤化した酸性固体触媒9を同様に予熱し、反応液全体(反応原料+樹脂)の33質量%となる量プロピレングリコール(PG)とカプリル酸(CA)の混合液に加えて、65℃、150spmで振盪しながら反応させ、反応液11を経時的にサンプリング(12)して、反応液中のモノエステルとジエステルの含有量を測定した。図4に反応液中のモノエステル及びジエステルの含有量の経時的変化を、反応条件を表1に、反応時間24時間における結果を表2に示す。
【0034】
実施例3:
反応器(ガラス瓶)3に供給する原料のプロピレングリコール(PG)とカプリル酸(CA)を1:4のモル比とした他は実施例1と同様に反応を行い、反応液を経時的にサンプリングして、モノエステルとジエステルの含有量を測定した。図5に反応液中のモノエステル及びジエステルの含有量の経時的変化を、反応条件を表1に、反応時間240時間の結果を表2に示す。
【0035】
【表1】
【0036】
【表2】
【0037】
陽イオン交換樹脂を予めPGで膨潤させた触媒を用いて、PG:CA=1:2の条件で反応させた実施例2では反応時間24時間で97.5mol%の選択率でモノエステルが得られた。一方、陽イオン交換樹脂を予めCAで膨潤させた触媒を用いた場合には、PG:CA=1:2の条件で反応させた実施例1では反応時間240時間でジエステルの選択率63.5mol%、PG:CA=1:4の条件で反応させた実施例3では反応時間240時間でジエステルの選択率77.5mol%モノエステルの結果が得られた。
【0038】
実施例4:
回分系で、膨潤状態の異なる2つの樹脂を用いて2段階エステル化反応を行った。すなわち、図6に示すように、1段目(段階1)でPG膨潤樹脂(13)を用いて実施例1と同様に回分反応を行った。その後、PG膨潤樹脂(13)を除去し、CA膨潤樹脂と2モル相当のCAを追加し、2段目(段階2)のエステル化反応を行った。その結果を図7に示す。図7において、横軸は1段目開始時からの積算時間であり、縦軸は図1~3同様の規格化濃度である。1段目では24時間でほぼ全てがモノエステル化合物に変換された。2段目ではモノエステル化合物濃度が速やかに減少し、それに応じてジエステル化合物濃度が増加し、モノエステル体がジエステル体に変換されていることが分かった。この結果から膨潤状態の異なる樹脂を段階的に用いることによりエステル化反応の制御が可能となることが分かった。
【0039】
実施例5:
PG膨潤樹脂とCA膨潤樹脂をそれぞれ充填したカラムを直列に連結した2段階のプロセスでのジエステル化反応を行った。装置の概要を図8に示す。本装置は反応液(PG+CA)供給部(15)、2つのカラム型リアクター(16,17)及び恒温槽(8)からなる。1段目(段階1)では、実施例4の回分系と同じPG膨潤樹脂をカラム(16)に83g充填し65℃に保持しPGで膨潤化させた。カラム頂部からモル比を量論比(1:2)とした原料を供給して反応を行った。
2段目(段階2)では、樹脂量を1段目の5倍としたCA膨潤カラム(17)を用い、反応温度を85℃とした。1段目の流出液に化学量論比の2倍量のCAをカラム底部から供給した。カラム流出液を所定時間間隔で回収し、GC-FIDで測定し分析した。反応条件を表3に記載し、結果を図9及び図10に示す。
【0040】
【表3】
【0041】
1段目(図9参照)では、原料供給開始後、速やかにモノエステル化合物濃度が増加し、一定となった。ジエステル化合物の生成はわずかであった。定常状態になった後の生成エステル中のモノ体の割合は90%であり、モノエステル化合物が選択的に得られた。定常状態に到達後の流出液を2段目のジエステル化反応に用いた。2段目(図10参照)では、原料供給開始と共にジエステル化合物濃度が速やかに増加して一定となり、選択的に83%のジエステル化合物が得られた。すなわち、膨潤状態の異なる2種類の樹脂を充填したカラムを用いる2段階反応により、連続的にジエステル化合物を選択的に合成することができた。
【符号の説明】
【0042】
1 原料アルコールタンク
2 供給用ポンプ
3 反応器(エステル化カラム)
4 原料カルボン酸タンク
5 供給用ポンプ
6 製品タンク
7 未反応成分除去器
8 恒温槽
9 酸性固体触媒
10 振盪
11 反応液
12 サンプリング
13 PG膨潤樹脂
14 CA膨潤樹脂
15 反応液供給部
16,17 カラム型反応器
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10