(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】変圧器の診断方法および診断システム
(51)【国際特許分類】
G01N 33/00 20060101AFI20231219BHJP
G01N 33/26 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
G01N33/00 C
G01N33/26
(21)【出願番号】P 2020113879
(22)【出願日】2020-07-01
【審査請求日】2022-08-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】小木 瑞
(72)【発明者】
【氏名】山岸 明
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-040114(JP,A)
【文献】特開2009-266988(JP,A)
【文献】国際公開第2012/029154(WO,A1)
【文献】特開2009-224578(JP,A)
【文献】特開平04-052567(JP,A)
【文献】特開2011-185880(JP,A)
【文献】特開2010-256208(JP,A)
【文献】特開2004-200348(JP,A)
【文献】特開2007-317836(JP,A)
【文献】特公平06-087448(JP,B2)
【文献】特開平06-036941(JP,A)
【文献】特開2013-045860(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104764869(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第109030791(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00
G01N 33/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
変圧器の異常を診断する診断方法であって、
変圧器の絶縁油中のガスの量を経時的に計測する工程と、
変圧器の運転時間が前記変圧器の故障率曲線における故障率の変化の傾向に応じて複数の期間に区分けされた変圧器の運転期間毎に、計測された前記
絶縁油中
のガスの量に基づいて
、時間を独立変数、変圧器の絶縁油中のガスの量を従属変数とした回帰分析を行い、
前記変圧器の運転時間と前記絶縁油中のガスの量との関係を表す近似関数を求める工程と、
前記変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、前記近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量と比較する工程と、を含
み、
前記変圧器の運転期間は、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に減少する初期故障期、前記変圧器の故障率曲線における故障率が定常である偶発故障期、および、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に増加する摩耗故障期のうち、いずれかとして設定された期間である診断方法。
【請求項2】
請求項1に記載の診断方法であって、
変圧器の絶縁油中のガスの量の計測値が、前記近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量の推定値に対して所定値以上であるとき、当該変圧器に異常が生じている旨の判定を行う診断方法。
【請求項3】
請求項1に記載の診断方法であって、
近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量の推定値が、変圧器の絶縁油中のガスの量の予め設定されている上限値に対して所定値以上であるとき、当該変圧器に将来的に異常が生じる旨の判定を行う診断方法。
【請求項4】
請求項2または請求項3に記載の診断方法であって、
前記所定値は、前記推定値に対して20%以上の値である診断方法。
【請求項5】
請求項
1に記載の診断方法であって、
前記初期故障期は、前記変圧器の運転開始時から3年以上6年以内までの期間であり、
前記偶発故障期は、前記初期故障期の終了時から20年以上30年以内までの期間であり、
前記摩耗故障期は、前記偶発故障期の終了時以後の期間である診断方法。
【請求項6】
請求項1に記載の診断方法であって、
前記ガスは、メタン、アセチレン、エチレン、エタン、水素、一酸化炭素および二酸化炭素のうち、一種以上である診断方法。
【請求項7】
請求項1に記載の診断方法であって、
前記ガスの量を経時的に計測する工程を、定格容量および定格電圧が互いに同等である複数の変圧器について行い、
前記近似関数を求める工程を、前記複数の変圧器のうち、一部の変圧器について行い、
変圧器の運転期間毎に、前記近似関数を求めていない前記変圧器で計測された前記
絶縁油中
のガスの量を、別の変圧器で求められた近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量と比較する診断方法。
【請求項8】
請求項1に記載の診断方法であって、
前記ガスの量を経時的に計測する工程を、定格容量および定格電圧が互いに同等である複数の変圧器について行い、
前記近似関数を求める工程を、前記複数の変圧器のうち、全部または一部の変圧器について行い、
前記近似関数を前記変圧器同士の間で平均化し、
変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、平均化された前記近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量と比較する診断方法。
【請求項9】
変圧器の異常を診断する診断システムであって、
変圧器の運転時間が前記変圧器の故障率曲線における故障率の変化の傾向に応じて複数の期間に区分けされた変圧器の運転期間毎に、経時的に計測された変圧器の絶縁油中のガスの量に基づいて
、時間を独立変数、変圧器の絶縁油中のガスの量を従属変数とした回帰分析を行い、
前記変圧器の運転時間と前記絶縁油中のガスの量との関係を表す近似関数を求める回帰分析部と、
前記変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、前記近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量と比較する診断部と、を備え
、
前記変圧器の運転期間は、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に減少する初期故障期、前記変圧器の故障率曲線における故障率が定常である偶発故障期、および、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に増加する摩耗故障期のうち、いずれかとして設定された期間である診断システム。
【請求項10】
請求項
9に記載の診断システムであって、
変圧器の絶縁油中の前記ガスの量の計測値が、前記近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量の推定値に対して所定値以上であるとき、当該変圧器に異常が生じている旨の警告を表示する診断システム。
【請求項11】
請求項
9に記載の診断システムであって、
近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量の推定値が、変圧器の絶縁油中のガスの量の予め設定されている上限値に対して所定値以上であるとき、当該変圧器に将来的に異常が生じる旨の警告を表示する診断システム。
【請求項12】
請求項
9に記載の診断システムであって、
前記変圧器の運転期
間の始期および終期のデータを記憶した記憶部を備える診断システム。
【請求項13】
変圧器の異常を診断する診断システムであって、
定格容量および定格電圧が互いに同等である複数の変圧器から、経時的に計測された変圧器の絶縁油中のガスの量の計測データを取得するデータ取得部と、
変圧器毎、且つ、
変圧器の運転時間が前記変圧器の故障率曲線における故障率の変化の傾向に応じて複数の期間に区分けされた変圧器の運転期間毎に、経時的に計測された変圧器の絶縁油中のガスの量に基づいて
、時間を独立変数、変圧器の絶縁油中のガスの量を従属変数とした回帰分析を行い、
前記変圧器の運転時間と前記絶縁油中のガスの量との関係を表す近似関数を求める回帰分析部と、
前記近似関数を前記変圧器同士の間で平均化する計算部と、
前記変圧器毎、且つ、
前記変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、平均化された前記近似関数に基づいて推定された前記
絶縁油中
のガスの量と比較する診断部と、を備え
、
前記変圧器の運転期間は、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に減少する初期故障期、前記変圧器の故障率曲線における故障率が定常である偶発故障期、および、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に増加する摩耗故障期のうち、いずれかとして設定された期間である診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変圧器の現在の異常や将来的な異常を診断する診断方法および診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
電力系統の整備計画は、10年以上先の電力需要や電源開発等の予測の下に行われている。しかし、近年では、温室効果ガスを排出しない再生可能エネルギ、例えば、太陽光、太陽熱、水力、風力、バイオマス、地熱等の利用が拡大している。また、社会の高齢化や労働人口の減少、情報化社会への移行も進んでいる。そのため、これらの動向に合わせて、電力系統の柔軟な整備が要求されるようになっている。
【0003】
再生可能エネルギの普及が進んだ場合、電力潮流の適正化がより重要になると予想される。火力発電や原子力発電に加え、風力発電、太陽光発電等が増設されると、特定の電力系統に電力潮流が集中して線路過負荷が生じる可能性がある。電力系統上の機器の状態によっては、電力系統を不安定化させる計画段階で想定していない事象が発生し得るため、機器の異常を事前に予測することが重要になっている。
【0004】
電力系統に備えられる変圧器には、油入式や、乾式(モールド式)がある。油入変圧器は、コイルを絶縁油に浸漬させた構造であり、乾式と比較して広く普及している。絶縁油としては、鉱油や植物油等が用いられている。耐電圧性が高い鉱油等を自然対流ないし強制循環させることにより、絶縁性能と冷却性能の両方を満たしている。
【0005】
従来、変圧器を保守管理する方法としては、時間計画保全(Time Based Maintenace:TBM)が、採用されている。変圧器の一般的な期待寿命は、30年程度とされている。絶縁油や絶縁材が劣化すると、内部異常の特徴ガスを生じるため、年間に1回程度の油中ガス分析が、電力会社、鉄道会社、一般事業会社等で行われている。
【0006】
非特許文献1には、油入変圧器の保守管理に用いる指標として、絶縁油中で許容されるガスの基準値が記載されている。水素(H2)≧400ppm、メタン(CH4)≧100ppm、エタン(C2H6)≧150ppm、エチレン(C2H4)≧10ppm、アセチレン(C2H2)≧0.5ppm、一酸化炭素(CO)≧300ppm、可燃性ガス総量(TCG)≧500ppm、のいずれか一つで「要注意I」、C2H2≧0.5ppm、C2H4≧10ppm且つTCG≧500ppmのいずれか一つで「要注意II」、C2H2≧5ppm、C2H4≧100ppm且つTCG≧700ppm、C2H4≧100ppm且つTCG増加量≧70ppm/月のいずれか一つで「異常」と判定される旨が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】一般社団法人電気協同研究会、「電気協同研究」、第54巻、第5号(その1)「油入変圧器の保守管理」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の変圧器の保守管理の方法によると、TBMによる油中ガス分析を実施するため、絶縁油を採取した時点で絶縁油中に生成していたガスの量については知ることができる。そのため、絶縁油や絶縁材の現在の劣化の状態から、変圧器の現在の異常の有無を診断することができる。また、変圧器の平均的な運転寿命は知られているため、現在の劣化の状態から、その後に運転可能な余寿命についても予測することができる。
【0009】
しかし、従来の保守管理の方法では、変圧器に起こる将来的な異常を予測することができないという問題がある。変圧器の運転寿命は、絶縁油や絶縁材の経年劣化や、偶発的な異常等によって左右されるが、実際には、経年劣化で寿命が尽きる事例は少ない傾向である。
【0010】
変圧器の故障は異常が進展したときに起こり易いと考えられるため、電力系統を安定的に運用するためには、偶発的な故障に繋がる異常を事前に予測することが望まれる。偶発的な故障に繋がる異常を事前に予測することができれば、修理、点検等を実施することにより、故障による運転停止を未然に防ぐことが可能になる。しかし、偶発的な故障に繋がる現在の異常を把握する方法は知られているが、将来の異常を正確に把握する方法は従来知られていない。
【0011】
今後、再生可能エネルギの普及が進み、電力系統上の電源が多様化した場合、整備計画で想定していない瞬時負荷変動や高調波電流による故障が増加する可能性がある。従来の保守管理の方法では、TBMによる油中ガス分析を行うため、故障に繋がる異常が確認された場合であっても、変圧器を停止する措置等を速やか実行することが難しい。そのため、変圧器の故障に繋がる前兆現象としての現在の異常や将来の異常を正確に把握する手段が求められている。
【0012】
そこで、本発明は、変圧器の故障に繋がる現在の異常と将来の異常を診断することができる診断方法および診断システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
すなわち、前記課題を解決するために本発明に係る診断方法は、変圧器の異常を診断する診断方法であって、変圧器の絶縁油中のガスの量を経時的に計測する工程と、変圧器の運転時間が前記変圧器の故障率曲線における故障率の変化の傾向に応じて複数の期間に区分けされた変圧器の運転期間毎に、計測された前記絶縁油中のガスの量に基づいて、時間を独立変数、変圧器の絶縁油中のガスの量を従属変数とした回帰分析を行い、前記変圧器の運転時間と前記絶縁油中のガスの量との関係を表す近似関数を求める工程と、前記変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、前記近似関数に基づいて推定された前記絶縁油中のガスの量と比較する工程と、を含み、前記変圧器の運転期間は、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に減少する初期故障期、前記変圧器の故障率曲線における故障率が定常である偶発故障期、および、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に増加する摩耗故障期のうち、いずれかとして設定された期間である。
【0014】
また、本発明に係る診断システムは、変圧器の異常を診断する診断システムであって、変圧器の運転時間が前記変圧器の故障率曲線における故障率の変化の傾向に応じて複数の期間に区分けされた変圧器の運転期間毎に、経時的に計測された変圧器の絶縁油中のガスの量に基づいて、時間を独立変数、変圧器の絶縁油中のガスの量を従属変数とした回帰分析を行い、前記変圧器の運転時間と前記絶縁油中のガスの量との関係を表す近似関数を求める回帰分析部と、前記変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、前記近似関数に基づいて推定された前記絶縁油中のガスの量と比較する診断部と、を備え、前記変圧器の運転期間は、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に減少する初期故障期、前記変圧器の故障率曲線における故障率が定常である偶発故障期、および、前記変圧器の故障率曲線における故障率が経時的に増加する摩耗故障期のうち、いずれかとして設定された期間である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、変圧器の故障に繋がる現在の異常と将来の異常を診断することができる診断方法および診断システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る診断システムの構成を示す図である。
【
図2】変圧器の絶縁油中のガスの量を経時的に計測した結果を示す図である。
【
図3】変圧器の絶縁油中のガスの量を経時的に計測した結果を示す図である。
【
図4】一般的な変圧器の故障率曲線を示す図である。
【
図5】初期故障期の範囲で求められる近似関数を説明する図である。
【
図6】偶発故障期の範囲で求められる近似関数を説明する図である。
【
図7】摩耗故障期の範囲で求められる近似関数を説明する図である。
【
図8】変圧器の異常を診断する処理の一例を示すフローチャートである。
【
図9】本発明の第2実施形態に係る診断システムを示す図である。
【
図10】本発明の第2実施形態に係る診断システムの構成を示す図である。
【
図11】複数の変圧器で得られた計測データに基づく計測データベースの一例を示す図である。
【
図12】複数の変圧器の異常を診断する処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態に係る診断方法および診断システムについて説明する。なお、以下の各図において、共通する構成については同一の符号を付して重複した説明を省略する。
【0018】
本実施形態に係る診断方法は、変圧器の異常を診断する方法に関する。変圧器の異常の診断には、変圧器に生じている現在の異常の診断、および、変圧器に生じる将来の異常の予測が含まれる。診断対象の変圧器は、油入変圧器であるが、絶縁媒体である絶縁油の種類、絶縁材の種類、変圧器の定格容量や定格電圧等は、特に限定されるものではない。
【0019】
変圧器の異常としては、絶縁媒体や絶縁材の交換が必要な事象、変圧器の運転の停止が必要な事象、これらの前兆現象等が挙げられる。変圧器の異常の具体例としては、絶縁媒体や絶縁材の絶縁性の低下ないし絶縁破壊、コイルの短絡や過熱、絶縁媒体の流動帯電現象の進行、部分放電の発生等が挙げられる。
【0020】
本実施形態に係る診断方法は、変圧器の絶縁油中のガスの量を経時的に計測する工程と、変圧器の運転期間毎に、計測された油中ガスの量に基づいて回帰分析を行い、ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数を求める工程と、変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量と比較する工程と、を含む。
【0021】
本実施形態に係る診断方法では、変圧器に封入されている絶縁油を対象として、経時的な油中ガス分析を実施して、絶縁油中のガスの量を経時的に計測する。そして、経時的に計測された計測結果を回帰分析し、変圧器に生じる異常の傾向を把握することにより、状態監視保全(Condition Based Maintenance:CBM)用の保守管理を可能にする。
【0022】
油中ガス分析の計測結果からは、時間を独立変数、油中ガスの量を従属変数とした回帰分析を行うことにより、油中ガスの単位時間当たりの増加量(増加速度)を表す近似関数が求められる。近似関数は、絶縁媒体や絶縁材の経年劣化による影響や、繰り返し異常の蓄積による影響を反映しているといえる。近似関数からは、現在の油中ガスの量の測定値や、将来の油中ガスの量の予測値が、過去の経年劣化や過去の繰り返し異常と同様の傾向にあるか否かが分かる。
【0023】
そのため、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測値が、近似関数から推定される現在の油中ガスの量の推定値から逸脱しているかどうかを判定することにより、現在における偶発的な異常の有無を診断することができる。また、近似関数から推定される将来の油中ガスの量の推定値が、変圧器の絶縁油中のガスの量として許容される上限値から逸脱しているかどうかを判定することにより、従来予測が困難であった将来の異常の可能性を診断することができる。
【0024】
変圧器の現在の異常を診断する場合、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数に、現在の変圧器の運転時間を代入して、現在の油中ガスの量の推定値を求める。そして、同一の運転時間に対応している変圧器の絶縁油中のガスの量の現在の計測値を、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値と比較する。
【0025】
比較の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測値が、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値に対して、予め設定されている所定値以上になったとき、当該変圧器に異常が生じている旨の判定を行うことができる。このような場合、変圧器の運用者に警告を表示、通知等して、絶縁油や絶縁材の交換や、変圧器の運転の停止を行う。
【0026】
また、変圧器の将来の異常を診断する場合、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数に、将来の変圧器の運転時間を代入して、将来の油中ガスの量の推定値を求める。そして、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値を、同一の運転時間に対応している変圧器の絶縁油中のガスの量の上限値と比較する。
【0027】
比較の結果、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値が、変圧器の絶縁油中のガスの量の上限値に対して、予め設定されている所定値以上になったとき、当該変圧器に将来的に異常が生じる旨の判定を行うことができる。このような場合、変圧器の運用者に警告を表示、通知等して、変圧器の検査や、絶縁油や絶縁材の交換や、変圧器の運転の停止を行う。
【0028】
判定のために用いる所定値は、油中ガスの量の測定誤差や、油中ガスの量の自然変動を超える範囲において、油中ガスの種類に応じて、任意に設定することができる。所定値としては、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値に対して20%以上の値であることが好ましい。一般に、変圧器の装置誤差や測定誤差は、最大で約20%あるといわれている。そのため、近似関数が示す油中ガスの量に対して20%以上の値を設定すると、誤診断を抑制することができる。
【0029】
次に、本実施形態に係る診断方法を用いる診断システムについて、診断方法の詳細と共に、図を参照しながら説明する。
【0030】
図1は、本発明の第1実施形態に係る診断システムの構成を示す図である。
図1に示すように、本実施形態に係る診断システム100は、変圧器の異常を診断する処理を行う演算部10と、診断の処理に用いるデータを格納する記憶部20と、入力部30と、表示部40と、通信部50と、を備えている。
【0031】
診断システム100は、前記の診断方法を実行する機能を備えた装置であり、変圧器の現在の異常や将来の異常の診断に用いられる。診断対象である変圧器は、油入変圧器であり、診断システム100から離れた電力系統上に設置されている。
【0032】
診断システム100は、変圧器の絶縁油中のガスの量を表す一つの入力に対して、変圧器の異常の診断結果を出力するように構成される。診断システム100は、変圧器の絶縁油中のガスの量を表す計測データを、計測値の読み取りにより手動で入力する構成とされてもよいし、ガスセンサから通信回線を介して入力する構成とされてもよい。
【0033】
診断システム100とガスセンサを接続する回線は、有線通信回線および無線通信回線のいずれであってもよい。また、計測データを手動で入力する場合、計測データは、変圧器に取り付けたガスセンサで取得してもよいし、変圧器の絶縁油をサンプリングして分析装置等で取得してもよい。
【0034】
油中ガス分析の対象ガスとしては、メタン、アセチレン、エチレン、エタン、水素、一酸化炭素および二酸化炭素のうち、一種以上を分析することが好ましい。対象ガスとしては、メタン、水素および二酸化炭素のうち、一種以上を分析することがより好ましく、少なくとも水素を分析することが更に好ましい。
【0035】
これらのガスは、絶縁油や絶縁紙が異常放電や異常過熱で熱分解されたり、絶縁油や絶縁紙が経年劣化を起こしたりすると、絶縁油中における濃度が上昇する。メタン、アセチレン、エチレン、エタンおよび水素は、主に絶縁油の劣化に由来することが知られている。一酸化炭素および二酸化炭素は、主に絶縁材である絶縁紙やプレスボードの劣化に由来することが知られている。
【0036】
そのため、これらのガスの量を計測すると、絶縁油や絶縁材の現在の状態や、変圧器の内部で過去に生じた異常の程度が分かる。すなわち、現在の油中ガスの量から、変圧器に生じている現在の異常を診断することができる。また、現在までの油中ガスの単位時間当たりの増加量の傾向から、将来の状態を推定することができるため、変圧器に生じる将来の異常も診断することができる。
【0037】
図2および
図3は、変圧器の絶縁油中のガスの量を経時的に計測した結果を示す図である。
図2および
図3には、絶縁媒体である鉱油と絶縁材である絶縁紙を用いた油入変圧器の油中ガス分析の結果を示している。
図2および
図3において、横軸は、変圧器の運転時間[年]、縦軸は、ガス量(濃度)[ppm]を示す。
【0038】
図2の〇は、アセチレン(C
2H
2)の結果、△は、メタン(CH
4)の結果、□は、エタン(C
2H
6)の結果、◇は、エチレン(C
2H
4)の結果である。
図3の□は、二酸化炭素(CO
2)の結果、◇は、一酸化炭素(CO)の結果、〇は、水素(H
2)の結果である。
【0039】
図2および
図3に示すように、変圧器の運転を続けると、変圧器の定格容量や定格電圧、絶縁媒体や絶縁材の種類、異常の原因の種類等に応じて、ガスの量が上昇する。ガスの量の上昇は、ガスの種類毎に起こり、上昇の程度も互いに異なる。但し、偶発的な異常は、経年劣化とは異なり、比較的急激な変化として起こるため、短時間でガスの量の大きな変化をもたらす。
【0040】
そのため、油中ガスの種類毎に油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数を求めると、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値との差によって、経年劣化以外の要因による異常を診断することができる。また、油中ガスの種類毎の比較の結果は、特徴的なパターンを示すため、異常の原因の種類を推定することができる。
【0041】
本実施形態に係る診断方法や診断システム100において、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数は、変圧器の運転期間毎に求められる。回帰分析の対象範囲とする変圧器の運転期間としては、変圧器の故障率の時間変化の傾向に基づいて設定された期間、例えば、故障率曲線に基づいて設定された期間を用いることができる。
【0042】
図4は、一般的な変圧器の故障率曲線を示す図である。
図4において、横軸は、変圧器の運転時間、縦軸は、変圧器の故障率[%]を示す。破線は、変圧器の設計や製造に原因がある初期故障の故障率、一点鎖線は、変圧器に偶発的に起こる偶発故障の故障率、二点鎖線は、摩耗等の経年劣化に原因がある摩耗故障の故障率を表す。実線は、これらを合わせた故障率曲線を表す。
【0043】
図4に示すように、一般的な変圧器が単位時間内に故障を起こす確率は、運転時間に依存した特徴的な傾向を示し、バスタブ状の故障率曲線で表されることが知られている。故障率曲線は、故障率の変化の傾向に応じて、3つの領域に分けることができる。故障率が経時的に減少する最初の期間は、初期故障期、故障率が定常である中間の期間は、偶発故障期、故障率が経時的に増加する最後の期間は、摩耗故障期と呼ばれる。
【0044】
図5は、初期故障期の範囲で求められる近似関数を説明する図である。
図6は、偶発故障期の範囲で求められる近似関数を説明する図である。
図7は、摩耗故障期の範囲で求められる近似関数を説明する図である。
図5~
図7において、横軸は、変圧器の運転時間[年]、縦軸は、油中ガス量(濃度)[ppm]を示す。実線は、絶縁油中のガスの量を経時的に計測した結果であり、破線は、計測結果を回帰分析して得られる近似関数、すなわち、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数である。
【0045】
図5~
図7に示すように、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数は、変圧器の運転期間毎に、線形回帰によって求めることができる。線形回帰による1次の近似関数は、Y=aX+bのように表される。係数a,bは、油中ガスの種類毎、且つ、変圧器の運転期間毎に求められる。このような近似関数を求める線形回帰の方法としては、例えば、最小二乗法を用いることができる。
【0046】
変圧器の初期故障期としては、変圧器の定格容量や定格電圧等にもよるが、変圧器の運転開始時から3年以上6年以内までの期間が挙げられる。初期故障期は、変圧器の故障率が経時的に減少する期間であり、油中ガスの単位時間当たりの増加量が比較的小さい傾向を示す。油中ガスの種類毎の油中ガスの量の差は、初期の脱気条件等にもよるが、通常、小さくなる。
図5においては、運転時間5年までの期間を初期故障期としている。
【0047】
変圧器の偶発故障期としては、変圧器の定格容量や定格電圧等にもよるが、初期故障期の終了時から20年以上30年以内までの期間が挙げられる。偶発故障期は、変圧器の故障率が定常である期間であり、偶発的な異常に応じて、油中ガスの単位時間当たりの増加量が拡大し始める傾向を示す。
図6においては、運転時間5~25年までの期間を偶発故障期としている。
【0048】
変圧器の摩耗故障期としては、偶発故障期の終了時以後の期間が挙げられる。摩耗故障期は、変圧器の故障率が経時的に増加する期間であり、油中ガスの単位時間当たりの増加量が比較的大きい傾向を示す。油中ガスの種類毎の油中ガスの量の差は、経年劣化による影響や、異常の蓄積による影響に応じて、拡大する傾向を示す。
図7においては、運転時間25~30年までの期間を摩耗故障期としている。
【0049】
回帰分析の対象範囲とする変圧器の運転期間として、このように区分けされた故障率曲線に基づいて設定された期間を用いると、変圧器の運転期間毎に、異常の原因が絞られた近似関数が得られる。偶発的な異常の診断を正確に行える近似関数が得られるため、変圧器の故障に繋がる現在の異常や、変圧器の故障に繋がる将来の異常を、より正確に診断することができる。
【0050】
図1に示すように、診断システム100において、演算部10、記憶部20、入力部30、表示部40および通信部50は、バスに接続されている。
【0051】
演算部10は、データ取得部11と、一次診断部12と、回帰分析部13と、推定部14と、診断部15と、画像生成部16と、を備えている。これらの機能は、演算部10が所定のプログラムを実行することにより具現化される。
【0052】
また、記憶部20は、油中ガスの量の計測データ21と、診断条件データ22と、運転期間データ23と、近似関数データ24と、推定データ25と、診断結果データ26と、を格納する。診断条件データ22および運転期間データ23は、予め診断システム100に入力される。
【0053】
演算部10は、各種のデータやプログラムの読み取り、変圧器の異常の診断のためのプログラムの実行、演算等を行う。演算部10は、例えば、CPU(Central Processing Unit)等の演算装置や、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)等の記憶装置によって構成される。演算部10は、IC、コンピュータ、演算用サーバ、クラウド等の適宜のハードウェアによって構成することができる。
【0054】
記憶部20は、変圧器の異常の診断のための各種のデータやプログラムを格納する。記憶部20は、例えば、ROM、ハードディスク、フラッシュメモリ、磁気ディスク、光学ディスク等の記憶装置によって構成される。記憶部20は、一つのハードウェアで構成されてもよいし、複数のハードウェアで構成されてもよい。記憶部20の機能の一部または全部は、外部の記憶装置等によって実現されてもよい。
【0055】
入力部30は、診断システム100の操作者による入力を受け付ける装置である。入力部30は、例えば、キーボード、マウス、タッチパネル等によって構成される。入力部30は、不図示の入力インターフェイスを介して接続される。変圧器の絶縁油中のガスの量を表す計測データ21を手動で入力する場合、計測データ21の入力に入力部30を用いることができる。
【0056】
表示部40は、診断システム100の操作情報、各種のデータの内容、診断状況、診断結果等を表示する装置である。表示部40は、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、ブラウン管等によって構成される。表示部40は、不図示の出力インターフェイスを介して接続される。
【0057】
通信部50は、通信インターフェイスを介して、各種のデータの送信および受信を行う。変圧器の絶縁油中のガスの量を表す計測データ21をガスセンサから入力する場合、計測データ21の入力に通信部50を用いることができる。
【0058】
計測データ21は、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測値を表すデータであり、時間と関連付けられた油中ガスの種類毎の油中ガスの量、濃度等の情報を含む。計測データ21は、診断対象の変圧器の定格容量や定格電圧毎、且つ、油中ガスの種類毎に、時系列のデータとして収集される。
【0059】
診断条件データ22は、診断に用いる各種の条件を表すデータであり、診断する異常の時期、異常の診断に用いる油中ガスの種類、診断に用いる油中ガスの量の上限値、異常の診断の感度(判定に用いる閾値)等の情報を含む。診断する異常の時期としては、最新の計測データ21に基づく現在の異常を診断するか、予め設定されている上限値との比較による将来の異常を診断するかを設定する。上限値としては、変圧器の保守管理上で許容される基準値、例えば、非特許文献1に記載されている「要注意I」の数値等を設定することができる。
【0060】
運転期間データ23は、回帰分析の対象範囲とする変圧器の運転期間を表すデータであり、初期故障期、偶発故障期、摩耗故障期等の運転期間の始期および終期の情報を含む。回帰分析の対象範囲とする変圧器の運転期間は、診断対象の変圧器の定格容量や定格電圧毎に、故障率の時間変化の知見等に応じて、任意の期間を設定することができる。
【0061】
近似関数データ24は、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表すデータであり、回帰分析によって求められた近似関数の情報を含む。近似関数データ24は、油中ガスの種類毎、且つ、変圧器の運転期間毎に、近似関数の係数等のデータとして求められる。
【0062】
推定データ25は、近似関数に基づいて推定された変圧器の運転時間毎の油中ガスの量の推定値を表すデータであり、時間と関連付けられた油中ガスの種類毎の油中ガスの量、濃度等の情報を含む。推定データ25は、診断する異常の時期を設定することにより、設定された時間を近似関数に代入して求められる。
【0063】
診断結果データ26は、変圧器の異常の診断結果を表すデータであり、診断する異常の時期に対応した油中ガスの量の計測値が、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値に対して所定値以上であるか否かや、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値が、予め設定されている上限値に対して所定値以上であるか否かの情報を含む。診断結果データ26は、例えば、油中ガスの量の計測値と推定値との差や、油中ガスの量の推定値と上限値との差として求められる。
【0064】
データ取得部11は、診断システム100に入力される計測データ21を、油中ガスの種類毎に時系列のデータとして取得する。計測データ21は、油中ガスの種類を区別する識別子と関連付けられ、記憶部20や一次診断部12に出力される。データ取得部11は、計測データ21の手動による入力やガスセンサからの入力のために、共通インターフェイスの機能を備えてもよい。
【0065】
一次診断部12は、最新の計測データ21と診断条件データ22を読み出し、変圧器の運転期間毎に、油中ガス分析で計測された最新の油中ガスの量の計測値を、予め設定されている油中ガスの量の上限値と比較して一次診断を行う。一次診断の結果を表す診断結果データ26は、記憶部20や画像生成部16に出力される。
【0066】
回帰分析部13は、変圧器の運転期間が同一の範囲に属する計測データ21と運転期間データ23を読み出し、変圧器の運転期間毎に、油中ガス分析で計測された油中ガスの量に基づいて回帰分析を行う。近似関数データ24は、記憶部20や推定部14に出力される。
【0067】
推定部14は、計測データ21や診断条件データ22と近似関数データ24を読み出し、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数から、診断する異常の時期に対応した油中ガスの量の推定値を求める。推定データ25は、記憶部20や比較部15に出力される。
【0068】
診断部15は、計測データ21や診断条件データ22と推定データ25を読み出し、変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量を、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量と比較する。診断の結果を表す診断結果データ26は、記憶部20や画像生成部16に出力される。
【0069】
画像生成部16は、診断結果データ26に基づき、診断対象の変圧器に異常が生じている旨、または、診断対象の変圧器に将来的に異常が生じる旨の警告として、診断の結果を表す画像データを生成する。画像データは、出力部50に出力される。画像データは、計測データ21、診断条件データ22、運転期間データ23、近似関数データ24、推定データ25を表示の内容として含んでもよい。
【0070】
図8は、変圧器の異常を診断する処理の一例を示すフローチャートである。
図8に示すように、診断システム100では、予め設定されている油中ガスの量の上限値との比較による一次診断と、回帰分析による近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値との比較による二次診断との2段階の診断を行うことができる。二次診断としては、現在の異常の診断または将来の異常の診断を行うことができる。
【0071】
変圧器の異常の診断に際しては、はじめに、回帰分析の対象範囲とする変圧器の運転期間の設定と、診断条件の設定を行う。変圧器の運転期間としては、初期故障期、偶発故障期、摩耗故障期等の具体的な始期および終期を設定する。診断条件としては、診断する異常の時期、異常の診断に用いる油中ガスの種類、診断に用いる油中ガスの量の上限値、異常の診断の感度等を設定する。
【0072】
続いて、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測データを取得する(ステップS101)。変圧器の絶縁油中のガスの量の計測は、ガスセンサによるサンプリング間隔毎、日毎、週毎、月毎、年毎等の適宜の時間間隔で行うことができる。計測された最新の計測データ21は、予め設定されている油中ガスの量の上限値のデータと共に、一次診断部12に入力される。
【0073】
続いて、診断対象の変圧器の絶縁油中のガスの量が、予め設定されている油中ガスの量の上限値以上である否かを判定する(ステップS102)。一次診断部12は、最新の油中ガスの量の計測値と、予め設定されている上限値を、油中ガスの種類毎に比較する。
【0074】
判定の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量が上限値以上であると(ステップS102;YES)、ステップS106に進み、変圧器に異常が生じている旨の警告を行う。一方、変圧器の絶縁油中のガスの量が上限値未満であると(ステップS102;NO)、ステップS103に進む。
【0075】
続いて、変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測データに基づいて回帰分析を行い、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数を求める(ステップS103)。回帰分析部13は、変圧器の運転期間が同一の範囲に属する計測データ21に基づいて、最小二乗法による線形回帰等のフィッティングを行い、診断に用いる近似関数を更新する。
【0076】
続いて、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数に基づいて、変圧器の運転時間毎の油中ガスの量の推定値を求める(ステップS104)。
【0077】
現在の異常を診断する場合、推定部14は、近似関数に現在の変圧器の運転時間を代入して、現在の油中ガスの量の推定値を求める。一方、将来の異常を診断する場合、推定部14は、近似関数に将来の変圧器の運転時間を代入して、将来の油中ガスの量の推定値を求める。
【0078】
続いて、変圧器の絶縁油中のガスの量と、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値とを比較し、変圧器の絶縁油中のガスの量が所定値以上であるか否かを判定する(ステップS105)。
【0079】
現在の異常を診断する場合、診断部15は、変圧器の絶縁油中のガスの量の現在の計測値を、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値と比較し、変圧器の絶縁油中のガスの量の現在の計測値が、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値に対して所定値以上であるか否かを判定する。
【0080】
一方、将来の異常を診断する場合、診断部15は、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値を、変圧器の絶縁油中のガスの量の上限値と比較し、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値が、変圧器の絶縁油中のガスの量の上限値に対して所定値以上であるか否かを判定する。
【0081】
判定の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量が所定値未満であると(ステップS105;NO)、診断の処理を終了する。
【0082】
なお、油中ガスの量が所定値未満である場合、演算部10は、診断対象の変圧器に異常が生じていない旨、または、診断対象の変圧器に将来的に異常が生じる可能性が低い旨等を示す画像を生成し、表示部40に診断結果画像として表示してもよい。また、将来的に上限値以上となることが予測される変圧器の運転時間を求め、表示部40に診断結果画像として表示してもよい。
【0083】
一方、判定の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量が所定値以上であると(ステップS105;YES)、変圧器の異常の診断結果として、異常を警告する(ステップS106)。その後、診断の処理を終了する。
【0084】
現在の異常を診断した場合、画像生成部16は、変圧器の異常の診断結果として、診断対象の変圧器に異常が生じている旨の診断結果画像を生成し、表示部40に診断結果画像を表示して警告を行う。現在の異常を診断した結果を示す診断結果画像は、診断した変圧器の運転期間を示す画像や、異常を示した油中ガスの種類を示す画像や、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値との差を示す画像等を含むことができる。
【0085】
一方、将来の異常を診断した場合、画像生成部16は、変圧器の異常の診断結果として、診断対象の変圧器に将来的に異常が生じる旨の診断結果画像を生成し、表示部40に診断結果画像を表示して警告を行う。将来の異常を診断した結果を示す診断結果画像は、診断した変圧器の運転期間を示す画像や、異常を示した油中ガスの種類を示す画像や、予め設定されている油中ガスの量の上限値との差を示す画像等を含むことができる。
【0086】
このような診断方法や診断システム100によると、変圧器で計測された油中ガスの量に基づいて変圧器の運転期間毎に回帰分析を行い、変圧器の絶縁油中のガスの量を、運転期間毎に求められた近似関数に基づいて推定された油中ガスの量と比較するため、絶縁媒体や絶縁材の経年劣化や繰り返し異常の蓄積とは異なる偶発的な異常を、高精度に診断することができる。変圧器の故障は異常が蓄積したときに起こり易いため、変圧器の故障に繋がる前兆現象としての現在の異常と将来の異常を正確に把握することができる。近似関数は、油中ガスの種類毎に求められるため、種類毎の将来の油中ガスの量をパターンとして予測することが可能になり、将来の故障の原因の種類を推定することも可能になる。
【0087】
また、予め設定されている油中ガスの量の上限値との比較による一次診断と、回帰分析による近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値との比較による二次診断との2段階の診断を行うため、既に発生している明確な異常と、将来的に故障に繋がる偶発的な異常とを、個別に診断することができる。明確な異常が既に発生している場合、一次診断の段階で処理が終了し、回帰分析や推定値との比較が不要になるため、変圧器の異常の診断を速やかに行うことができる。
【0088】
なお、
図8に示す処理では、一次診断と二次診断との2段階の診断を行っているが、一次診断を実行せず、二次診断のみを実行するように構成してもよい。また、診断に用いる油中ガスの量の上限値は、一次診断で用いる数値と、将来の異常を診断する場合の二次診断で用いる数値との間で、互いに同一であってもよいし、互いに異なっていてもよい。
【0089】
次に、本発明の別の実施形態に係る診断方法および診断システムについて説明する。
【0090】
図9は、本発明の第2実施形態に係る診断システムを示す図である。
図9に示すように、本実施形態に係る診断システム200は、複数の変圧器1毎に備えられる複数の端末140と通信回線を介して接続されており、複数の変圧器1の異常を監視して診断する診断サーバとして機能するように構成されている。
【0091】
複数の変圧器1は、互いに同じ電力系統上に設置されており、定格容量や定格電圧が互いに同等である油入変圧器同士で構成される。複数の変圧器1は、それぞれ、絶縁油中のガスの量を計測するガスセンサ110を備えている。各変圧器1の絶縁油中のガスの量は、ガスセンサ110により、オンラインで経時的に計測される。
【0092】
通信回線は、インターネット、LAN(Local Area Network)、固定専用回線等で構成される。通信回線は、有線通信回線、無線通信回線、これらを組み合わせた回線のいずれであってもよい。
【0093】
端末140は、ガスセンサ110が計測した計測データを収集するアプリケーションと、診断システム200との間でデータの送受信を行うための通信デバイスを搭載している。端末140は、ガスセンサ110によって経時的に計測された計測データを、変圧器1毎の識別子と関連付けて、所定の時間間隔で診断システム200に送信する。
【0094】
なお、
図9において、変圧器1および端末140は、それぞれ、2基が示されているが、変圧器1および端末140の基数は、特に限定されるものではない。端末140は、変圧器1毎に1基が備えられてもよいし、複数の変圧器1に対して1基が備えられてもよい。
【0095】
図10は、本発明の第2実施形態に係る診断システムの構成を示す図である。
図10に示すように、本実施形態に係る診断システム200は、前記の診断システム100と同様に、変圧器の異常を診断する処理を行う演算部10と、診断の処理に用いるデータを格納する記憶部20と、入力部30と、表示部40と、通信部50と、を備えている。
【0096】
診断システム200が、前記の診断システム100と異なる点は、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測値を表す計測データ21を複数の変圧器1から収集し、複数の変圧器1で得られた油中ガスの量の計測値に基づいて、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数を求め、診断対象の変圧器1の現在の異常または将来の異常を、複数の変圧器1に対して求めた近似関数を用いて診断する点である。
【0097】
診断システム200において、演算部10は、データ取得部111と、一次診断部12と、回帰分析部131と、計算部132と、推定部14と、診断部15と、画像生成部16と、を備えている。
【0098】
また、診断システム200において、記憶部20は、計測データベース211と、診断条件データ221と、運転期間データ23と、近似関数データ24と、推定データ25と、診断結果データ26と、を格納する。診断条件データ221および運転期間データ23は、予め診断システム200に入力される。
【0099】
診断システム200は、変圧器の絶縁油中のガスの量を表す計測データ21をガスセンサ110から入力する構成とされている。端末140は、ガスセンサ110が油中ガスの量を計測すると、変圧器1毎の識別子や油中ガスの種類を区別する識別子と関連付けられた計測データ21を、通信回線を介して診断システム200に送信する。
【0100】
図11は、複数の変圧器で得られた計測データに基づく計測データベースの一例を示す図である。
図11に示すように、複数の変圧器1で得られた計測データ21は、診断システム200の記憶部20に計測データベース211として格納される。計測データベース211は、電力系統上の変圧器を区別する変圧器名の情報や、変圧器毎、且つ、油中ガスの種類毎の絶縁油中のガスの量の計測値や、油中ガスの量を計測した日付・時刻の情報を含んでいる。
【0101】
診断条件データ221は、診断する異常の時期、異常の診断に用いる油中ガスの種類、診断に用いる油中ガスの量の上限値、異常の診断の感度等の情報に加え、診断対象の変圧器の選定のための情報を含む。複数の変圧器1のうち、診断対象の変圧器は、所定の順序による診断スケジュールにしたがって選定されてもよいし、運転時間の長さ等に基づく優先順位の設定にしたがって選定されてもよい。
【0102】
データ取得部111は、定格容量および定格電圧が互いに同等である複数の変圧器から通信回線を介して診断システム200に入力される計測データ21を、電力系統上の変圧器毎、且つ、油中ガスの種類毎に、時系列のデータとして取得する。計測データ21は、電力系統上の変圧器を区別する識別子や、油中ガスの種類を区別する識別子と関連付けられ、計測データベース211として格納される。
【0103】
回帰分析部131は、計測データベース211中の変圧器の運転期間が同一の範囲に属する変圧器毎の計測データ21と運転期間データ23を読み出し、電力系統上の変圧器毎、且つ、変圧器の運転期間毎に、複数の変圧器で計測された油中ガスの量に基づいて回帰分析を行う。変圧器毎に求められた近似関数データ24は、記憶部20に出力される。
【0104】
計算部132は、電力系統上の変圧器毎に求められた近似関数データ24を読み出し、電力系統上の変圧器毎に求められた複数の近似関数を、複数の変圧器同士の間で平均化する。平均化処理は、例えば、計測データ21を計測した複数の変圧器を母集団として、近似関数の係数の相加平均を計算する処理として行うことができる。平均化された近似関数を表す近似関数データ24は、記憶部20に出力される。
【0105】
図12は、複数の変圧器の異常を診断する処理の一例を示すフローチャートである。
図12に示すように、診断システム200では、前記の診断システム100と同様に、予め設定されている油中ガスの量の上限値との比較による一次診断と、回帰分析による近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値との比較による二次診断との2段階の診断を行うことができる。二次診断としては、現在の異常の診断または将来の異常の診断を行うことができる。
【0106】
診断システム200では、前記の診断システム100と同様に、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測データを取得し(ステップS201)、異常を診断する診断対象の変圧器を選定し(ステップS202)、診断対象の変圧器の絶縁油中のガスの量が、予め設定されている油中ガスの量の上限値以上である否かを判定する(ステップS203)。
【0107】
判定の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量が上限値以上であると(ステップS203;YES)、ステップS208に進み、変圧器に異常が生じている旨の警告を行う。一方、変圧器の絶縁油中のガスの量が上限値未満であると(ステップS203;NO)、ステップS204に進む。
【0108】
続いて、変圧器毎、且つ、変圧器の運転期間毎に、変圧器の絶縁油中のガスの量の計測データに基づいて回帰分析を行い、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す変圧器毎の近似関数を求める(ステップS204)。回帰分析部131は、変圧器の運転期間が同一の範囲に属する変圧器毎の計測データ21に基づいて、最小二乗法による線形回帰等のフィッティングを行い、複数の近似関数を作成する。
【0109】
続いて、変圧器毎、且つ、変圧器の運転期間毎に求められた複数の近似関数を変圧器同士の間で平均化する(ステップS205)。計算部132は、近似関数の係数の相加平均を計算することにより、電力系統上の変圧器毎に作成された複数の近似関数から、平均化された一つの近似関数を求める。
【0110】
続いて、前記の診断システム100と同様に、油中ガスの単位時間当たりの増加量を表す近似関数に基づいて、変圧器の運転時間毎の油中ガスの量の推定値を求め(ステップS206)、変圧器の絶縁油中のガスの量と、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量の推定値とを比較し、変圧器の絶縁油中のガスの量が所定値以上であるか否かを判定する(ステップS207)。
【0111】
判定の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量が所定値未満であると(ステップS207;NO)、ステップS209に進む。一方、判定の結果、変圧器の絶縁油中のガスの量が所定値以上であると(ステップS207;YES)、変圧器の異常の診断結果として、異常を警告する(ステップS208)。画像生成部16は、変圧器毎の異常の診断結果として、診断対象の変圧器に異常が生じている旨や診断対象の変圧器に将来的に異常が生じる旨の診断結果画像を生成し、表示部40に診断結果画像を表示して警告を行う。
【0112】
続いて、診断対象の全ての診断が終了したか否かを判定する(ステップS209)。診断対象の診断が終了したか否かは、電力系統上の複数の変圧器毎にログデータを記録して管理することができる。
【0113】
判定の結果、診断対象の全ての診断が終了していないと(ステップS208;NO)、ステップS201に戻る。その後、診断対象を切り替え、診断の処理を繰り返す。一方、診断対象の全ての診断が終了していると(ステップS208;YES)、診断の処理を終了する。
【0114】
このような診断方法や診断システム200によると、定格容量および定格電圧が互いに同等である複数の変圧器で計測された油中ガスの量に基づいて変圧器の運転期間毎に回帰分析を行い、変圧器の絶縁油中のガスの量を、運転期間毎に求められた近似関数に基づいて推定された油中ガスの量と比較するため、共通の電力潮流の下で偶発的に生じる異常を高精度に診断することができる。同じ電力系統内で生じた過去の経年劣化の傾向や、過去の繰り返し異常の傾向が、複数の変圧器に対する回帰分析によって加味されることになる。
【0115】
また、変圧器毎に求められた近似関数を変圧器同士の間で平均化するため、電力系統上で得られた全計測データの範囲で回帰分析する場合とは異なり、診断に用いる近似関数を、変圧器毎に逐次得ることができる。絶縁油中のガスの量の計測が難しい場合や、変圧器毎の運転時間が一致していない場合等であっても、全体としての診断を効率的に行うことができる。
【0116】
なお、診断システム200において、近似関数は、同じ電力系統上に設置されている全部の変圧器1の計測データ21から求めてもよいし、一部の変圧器1の計測データ21から求めてもよい。診断対象の変圧器1は、回帰分析の対象として含まれてもよいし、回帰分析の対象として含まれなくてもよい。
【0117】
すなわち、診断システム200は、回帰分析部131が、複数の変圧器1のうち、一部または全部の変圧器で計測された油中ガスの量に基づいて一つの近似関数を求め、診断部15が、変圧器の運転期間毎に、近似関数を求めた変圧器で計測された油中ガスの量を、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量と比較するように構成することができる。
【0118】
このような構成によると、回帰分析に用いられる計測データ21が多くなるため、診断対象の変圧器の異常をより高精度に診断することができる。特に、偶発的な異常を検知する精度が向上するため、異常の蓄積により起こる可能性がある突発的な故障の予測に有利である。
【0119】
或いは、診断システム200は、回帰分析部131が、複数の変圧器1のうち、一部の変圧器で計測された油中ガスの量に基づいて一つの近似関数を求め、診断部15が、変圧器の運転期間毎に、近似関数を求めていない残部の変圧器で計測された油中ガスの量を、近似関数に基づいて推定された油中ガスの量と比較するように構成することもできる。
【0120】
このような構成によると、診断対象の変圧器において、油中ガスの量が計測されていない場合であっても、他の変圧器で計測された油中ガスの量に基づいて近似関数が求められる。そのため、絶縁油中のガスの量の計測が難しい場合や、変圧器の運転時間が一致していない場合等であっても、診断対象の変圧器の現在の異常や将来の異常を診断することができる。
【0121】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記の実施形態に限定されるものではなく、技術的範囲を逸脱しない限り、様々な変形例が含まれる。例えば、前記の実施形態は、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されない。また、或る実施形態の構成の一部を他の構成に置き換えたり、或る実施形態の構成に他の構成を加えたりすることが可能である。また、或る実施形態の構成の一部について、他の構成の追加、構成の削除、構成の置換をすることも可能である。
【0122】
例えば、前記の診断方法、診断システム100,200においては、油中ガスの種類毎に近似関数を求め、近似関数から所定値以上はずれた特異点を推定値として、ガスの種類毎の診断を行っているが、複数の油中ガスの種類について比較を行い、所定値以上はずれた油中ガスの種類をランク集計して変圧器毎の診断を行ってもよい。また、油中ガスの種類に応じた多変量解析を組み合わせてもよい。多変量解析としては、複数の油中ガスの種類について、各計測データを多次元空間上にクラスタリングし、クラスタのパターンに対する数学的距離から異常を診断する方法が挙げられる。
【0123】
また、前記の診断システム100,200は、変圧器の異常を診断した場合に、異常を警告するように構成されているが、異常の警告と共に、または、異常の警告に代えて、異常が診断された変圧器の運転を停止する制御を行うように構成してもよい。異常の警告としては、診断結果画像に代えて、音声による警告を行ってもよい。
【符号の説明】
【0124】
10 演算部
11 データ取得部
12 一次診断部
13 回帰分析部
14 推定部
15 診断部
16 画像生成部
20 記憶部
21 計測データ
22 診断条件データ
23 運転期間データ
24 近似関数データ
25 推定データ
26 診断結果データ
30 入力部
40 表示部
50 通信部
100 診断システム