(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】軸シール
(51)【国際特許分類】
F16J 15/3236 20160101AFI20231219BHJP
F16J 15/18 20060101ALI20231219BHJP
F04C 18/02 20060101ALI20231219BHJP
F04C 27/00 20060101ALI20231219BHJP
F04C 29/00 20060101ALI20231219BHJP
F04B 39/00 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
F16J15/3236
F16J15/18 C
F04C18/02 311P
F04C27/00 311
F04C29/00 U
F04B39/00 104A
(21)【出願番号】P 2020164855
(22)【出願日】2020-09-30
【審査請求日】2023-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】安田 健
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 佳大
【審査官】宮下 浩次
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-100563(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/3236
F16J 15/18
F04C 18/02
F04C 27/00
F04C 29/00
F04B 39/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸の外周面に密着して密封流体を封止する環状の軸シールであって、
前記回転軸と前記軸シールを装着するハウジングとの隙間が、前記軸シールによって高圧側と低圧側に区画され、
前記軸シールは、軸方向の断面視が略U字状の射出成形体であり、前記高圧側に延伸して前記回転軸と摺動するシールリップ部と、該シールリップ部よりも外径側に設けられた外リップ部とを備え、
前記回転軸の外周面に対する前記シールリップ部の傾斜角度が5°~20°であり、
前記軸シールの軸方向の断面視において前記シールリップ部の長さが2.0mm~6.5mmであ
り、
前記射出成形体は、ASTM D790に準拠して測定される曲げ弾性率が200MPa~2400MPaであることを特徴とする軸シール。
【請求項2】
前記軸シールが樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物からなることを特徴とする請求項1記載の軸シール。
【請求項3】
前記軸シールが、固定スクロールと、該固定スクロールに対して旋回運動する可動スクロールとを組み合わせた圧縮機構を備えるスクロール式圧縮機に用いられ、前記回転軸が、前記圧縮機構を駆動する回転軸であることを特徴とする請求項1または請求項2記載の軸シール。
【請求項4】
前記スクロール式圧縮機が、車載エアコンのスクロール式圧縮機であることを特徴とする請求項3記載の軸シール。
【請求項5】
前記密封流体が、油を含有することを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の軸シール。
【請求項6】
前記軸シールは、前記回転軸を組み込む前の軸シールの内径寸法d、前記回転軸の外径寸法D、前記回転軸の締め代(D-d)との関係は、(D-d)/D=0.005~0.06を満たすことを特徴とする請求項1記載の軸シール。
【請求項7】
前記シールリップ部の厚さが0.3mm~1mmであることを特徴とする請求項1記載の軸シール。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転軸の軸シールに関し、特に、車載エアコンのスクロール式圧縮機の回転軸の軸シールに関する。
【背景技術】
【0002】
圧縮機には冷媒や冷凍機油の漏れを防止するシール部材が用いられている。例えば、固定スクロールと、該固定スクロールに対して旋回運動する可動スクロールとを組み合わせた圧縮機構部を備えるスクロール式圧縮機では、圧縮機構部を駆動する回転軸に軸シールが装着されている。
【0003】
軸シールとして特許文献1、2のようなリップシールが開示されている。例えば、特許文献1のリップシールを
図6に示す。
図6に示すように、リップシール21は、駆動軸22の軸方向に沿う断面視で、駆動軸22の外周面に接触する内周シール部25、26、27を有する。さらに、リップシール21は、内周シール部25、26が軸穴23側への固定部28、29よりもハウジング24の駆動軸方向内部側に位置する第1シールリップL1および第2シールリップL2を備え、内周シール部27が軸穴23側への固定部30よりもハウジング24の駆動軸方向外部側に位置する第3シールリップL3を備えた構造になっている。第2シールリップL2と第3シールリップL3との間には潤滑油を保持可能な空間Sが形成されるため、この空間Sに保持された潤滑油によって第2シールリップL2と第3シールリップL3の摩耗が防止され、シール性が確保されている。特許文献1では、駆動軸22の外周面に対する第2シールリップL2の傾斜角度θは30°程度とされているが、θと回転トルクとの関係などについては検討されていない。
【0004】
特許文献2のリップシールを
図7に示す。
図7に示すように、リップシール31は、ハウジング32と、回転軸33との間に装着され、第1シールエレメント34のシールリップ部35と、第2シールエレメント36のシールリップ部37によって、流体収納室Rの流体(冷媒および冷凍機油)が低圧側Aへリークするのを防止している。第1シールエレメント34は合成ゴムからなり、第2シールエレメント36はテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂などの合成樹脂からなる。回転軸の静止時には第1シールエレメント34のシールリップ部35が回転軸33に弾性的に接触して、流体の漏れを防止する。また、回転時には第1シールエレメント34からわずかに漏れた流体を第2シールエレメント36のシールリップ部37で密封する。特許文献2では、回転軸の外周面に対する第1シールエレメント35の傾斜角度については言及されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-17161号公報
【文献】特許第2847277号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1、2では、回転軸の外周面に対するシールリップの傾斜角度、断面視におけるシールリップの長さを変えたとき、回転トルクやシール性がどのようになるか検討はされていない。また、上記特許文献1、2のリップシールは、環状の金属芯材と、樹脂またはゴムからなる複数のシールリップとで構成される複雑形状であり、高コストになるおそれがある。
【0007】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、断面が略U字状の軸シールにおいて、回転トルクを低減できるとともに、シール性に優れる軸シールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の軸シールは、回転軸の外周面に密着して密封流体を封止する環状の軸シールであって、上記回転軸と上記軸シールを装着するハウジングとの隙間が、上記軸シールによって高圧側と低圧側に区画され、上記軸シールは、軸方向の断面視が略U字状の射出成形体であり、上記高圧側に延伸して上記回転軸と摺動するシールリップ部と、該シールリップ部よりも外径側に設けられた外リップ部とを備え、上記回転軸の外周面に対する上記シールリップ部の傾斜角度が5°~20°であり、上記軸シールの軸方向の断面視において上記シールリップ部の長さが2.0mm~6.5mmであることを特徴とする。本発明における「シールリップ部の傾斜角度」とは、軸シールを回転軸に装着した状態において、シールリップ部が回転軸の外周面に対して傾斜した角度をいう。
【0009】
上記軸シールが樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物からなることを特徴とする。
【0010】
上記軸シールが、固定スクロールと、該固定スクロールに対して旋回運動する可動スクロールとを組み合わせた圧縮機構を備えるスクロール式圧縮機に用いられ、上記回転軸が、上記圧縮機構を駆動する回転軸であることを特徴とする。
【0011】
上記スクロール式圧縮機が車載エアコンのスクロール式圧縮機であることを特徴とする。
【0012】
上記密封流体が、油を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の軸シールは、軸方向の断面視が略U字状であり、高圧側に延伸して回転軸と摺動するシールリップ部と、該シールリップ部よりも外径側に設けられた外リップ部とを備え、回転軸の外周面に対するシールリップ部の傾斜角度が5°~20°であるので、回転軸に対する緊迫力を適度に発揮させることができ、回転トルクを低減できるとともに、シール性に優れる。さらに、軸シールの軸方向の断面視においてシールリップ部の長さが2.0mm~6.5mmであり、シールリップ部がある程度の長さを有するので、シールリップ部の回転軸に対する緊迫力が小さくなり、低トルク化に一層寄与する。
【0014】
軸シールが樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物からなるので、金属芯材などを必要とせず、経済性にも優れる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の軸シールの一例を回転軸に装着した状態の図である。
【
図2】
図1の軸シールの装着前の状態の拡大断面図である。
【
図3】本発明の軸シールの他の例を回転軸に装着した状態の図である。
【
図4】スクロール式圧縮機の圧縮機構部を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の軸シールを適用した圧縮機について
図1に基づいて説明する。
図1は、軸シールを回転軸に装着した状態の軸方向断面図を示している。
図1に示すように、軸シール1は、軸方向の断面視が略U字状の環状部材であり、軸方向一方側に延伸したシール内径側のシールリップ部2と、シールリップ部2よりもシール外径側に設けられた外リップ部3とを有する。シールリップ部2と外リップ部3はそれぞれ基端部4から延伸している。シールリップ部2と外リップ部3と基端部4によって、凹溝5が形成される。ハウジング7には、回転軸6が挿通される挿入孔7aが設けられており、挿入孔7aの周囲に環状溝8が設けられている。軸シール1は、この環状溝8に装着され、回転軸6が軸Oを中心に回転することで、シールリップ部2が回転軸6に摺動する。
【0017】
図1において、軸シール1は、シールリップ部2と外リップ部3とがそれぞれ高圧側Hに延伸するように環状溝8に装着されている。この場合、凹溝5側が高圧側Hに相当し、基端部4の背面4a側が低圧側Lに相当する。装着した状態では、軸シール1の外リップ部3の先端部付近が環状溝8の側壁8aに接触し、シールリップ部2の先端部付近が回転軸6の外周面に接触する。また、基端部4の背面4aが環状溝8の底壁8bに密着する。一方、外リップ部3と側壁8aとの間、およびシールリップ部2と回転軸6との間にはそれぞれ空間が形成される。
【0018】
本発明者らは、簡易な構造である略U字状の軸シール1について、回転軸6の外周面に対するシールリップ部2の傾斜角度α、および断面視におけるシールリップのリップ長さL2を最適化することで、低トルク化、低リーク化が図れることを見出した。具体的には、軸シール1は、シールリップ部2の傾斜角度αが5°~20°であり、シールリップ部2のリップ長さL2が2.0mm~6.5mmであることを特徴としている。傾斜角度αが5°未満であると、シールリップ部2と回転軸6が平行に近づくため、流体の漏れが発生しやすくなる。一方、傾斜角度αが20°より大きくなるとシールリップ部2の回転軸6に対する緊迫力が高くなるため、回転トルクが大きくなる。傾斜角度αは好ましくは10°~20°である。
【0019】
また、リップ長さL2が2.0mmより短いと、シールリップ部2がたわみにくく緊迫力が高くなり、回転トルクが大きくなるおそれがある。一方、リップ長さL2が長くなると、軸シールを組み込むための空間が広くなることから、6.5mm以下に設定している。リップ長さL2の好ましい範囲は4.2mm~6.5mmである。
【0020】
軸シール1の各寸法について
図2を参照して説明する。
図2は、ハウジングに装着される前の状態(自由状態)の軸シールを示す。軸シール1において、シールリップ部2と外リップ部3は相互に先端部2a、3aが離れる方向へ傾斜して形成されている。本発明において、軸シール1の内径寸法dは、軸シール1の最小内径寸法をいう。内径寸法dは、
図2では対向するシールリップ部2の先端部2a間の距離を示す。一方、軸シール1の最大内径寸法d
maxは、対向する基端部4間の最大距離、
図2では背面4aの内縁間の距離である。なお、
図2では、軸シール1の内周面は、背面4aから先端部2aにかけて連続的に縮径するように形成され、軸シール1の外周面は、背面4aから先端部3aにかけて連続的に拡径するように形成される。
【0021】
シールリップ部2は、その外周面において所定のリップ長さL
2を有している。リップ長さL
2は、
図2に示すように、軸シール1の底面4bの隅部(シールリップ部2側)からシールリップ部2の先端部2aの外径側の頂点までの直線の長さである。また、
図2において、背面4aおよび底面4bは、軸シール1の軸心と直交する面と略平行な平坦面で形成されている。これにより、環状溝8の底壁8b(
図1参照)に密着しやすくなる。なお、リップ長さL
2は、軸シールの
図2の自由状態と
図1の装着状態とで同じ長さである。
【0022】
また、外リップ部3は、その内周面において所定のリップ長さL
3を有している。リップ長さL
3は、
図2に示すように、軸シール1の底面4bの隅部(外リップ部3側)から外リップ部3の先端部3aの内径側の頂点までの直線の長さである。なお、外リップ部3のリップ長さL
3は、シールリップ部2のリップ長さL
2よりも長いことが好ましい。
【0023】
シールリップ部2の厚さt
2は、0.3mm~1mmが好ましい。また、厚さt
2が基端部側から先端部にかけて変化する場合は0.3mm~1mmの範囲で変化させることが好ましい。厚さt
2が0.3mm未満であると、射出成形時にショートショットが起こりやすくなる。また、厚さt
2が1mmを超えると、回転軸に対するシールリップ部2の緊迫力が高くなり、回転トルクが大きくなるおそれがある。厚さt
2は0.3mm~0.6mmがより好ましい。また、別の観点では、
図2に示すように、シールリップ部2の厚さt
2が外リップ部3の厚さt
3よりも小さいことが好ましい。厚さt
2が厚さt
3よりも大きいと、外リップ部3のハウジング7に対する緊迫力が、シールリップ部2の回転軸6に対する緊迫力より小さくなり、外リップ部3とハウジング7の側壁8aとの間で摺動が生じるおそれがある。
【0024】
図1に戻り、軸シール1は、シールリップ部2が回転軸6の外周面に密着することで、高圧側Hの流体が低圧側Lへ漏れ出すことを防いでいる。流体は、冷媒、油、冷媒と油の混合物などが挙げられる。軸シールのシール性を確保するため、装着前の軸シール1の内径寸法d(
図2参照)を、回転軸6の外径寸法Dよりも小さくする必要がある。すなわち、軸シール1を回転軸6に組み込む際に、軸シール1が締め代を持っている必要がある。
【0025】
回転軸6を組み込む前の軸シール1の内径寸法d、回転軸6の外径寸法D、回転軸6の締め代(D-d)との関係は、(D-d)/D=0.005~0.06を満たすことが好ましく、(D-d)/D=0.01~0.02を満たすことがより好ましい。回転軸6の外径寸法Dと、回転軸6に接触するシールリップ部の先端部における締め代(D-d)との寸法比を所定の範囲に設定することで、シール性を損なうことなく、回転トルクをより低減できる。
【0026】
また、回転トルクの低減を図るため、
図1に示すように、シールリップ部2と回転軸6との間には空間が形成されることが好ましい。この場合、装着状態において基端部4は回転軸6に接触していない。また、寸法の関係で言えば、D<d
max(
図2参照)であることが好ましい。
【0027】
回転軸6の外径寸法Dの大きさは特に限定されないが、例えば10mm~50mm程度である。また、締め代(D-d)の大きさは特に限定されないが、例えば0.1mm~3mm程度である。
【0028】
なお、本発明の軸シールは、
図1の形態に限らない。例えば、
図1ではシールリップ部2を直線状に形成したが、シールリップ部を、
図3に示すように湾曲した形状としてもよい。
図3の場合、傾斜角度αは、シールリップ部2と回転軸6との接点におけるシールリップ部2の接線(破線で示す)と、回転軸6の外周面とのなす角である。シールリップ部2のリップ長さL
2は、
図2で説明した直線の長さである。また、軸シールに、シールリップ部と外リップ部以外のリップ部(例えば、回転軸と摺動するダストリップなど)を設けてもよい。
【0029】
図1の圧縮機において、ハウジング7の高圧側Hには圧縮機構部が設けられる。圧縮機構部の形態は、回転軸の回転によって流体の圧縮が行われる機構であればよく、スクロール式や斜板式などを採用できる。例えば、スクロール式の場合、圧縮機構部は、固定スクロールと、該固定スクロールに対して旋回運動する可動スクロールとを組み合わせて構成される。
【0030】
図4には、スクロール式の圧縮機構部の一部断面図を示す。
図4に示すように、圧縮機構部9は、基板11aとその表面に直立する固定側スクロール翼11bを有する固定ロータ11と、基板12aとその表面に直立する可動側スクロール翼12bを有する可動ロータ12とを備えている。固定ロータ11と可動ロータ12が相互に偏心状態にかみ合わされて、それらの間に圧縮室10が形成されている。可動ロータ12は、上述の回転軸に直接的または間接的に接続されており、可動ロータ12が固定ロータ11の軸線の周りで公転することにより、圧縮室10が渦巻形状の中心側に移動して流体の圧縮が行なわれる。圧縮された圧縮流体は、可動ロータ12の中心部の吐出口13を通って吐出管から吐出され、冷凍サイクルに流出する。そして、冷凍サイクルの流体(冷媒ガスなど)が吸入口(図示省略)を介して圧縮室10へ導入される。
【0031】
本発明の軸シールは、射出成形体であり、樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物からなる。この射出成形体は、ASTM D790に準拠して測定される曲げ弾性率が200MPa~2400MPaであることが好ましい。曲げ弾性率が200MPa未満であると摩耗しやすくなりシール性が低下するおそれがある。また、曲げ弾性率が2400MPaを超えると、軸シールの回転軸に対する緊迫力が高くなり、高トルクになるおそれがある。本発明の軸シールを形成する樹脂組成物のASTM D790に準拠して測定される曲げ弾性率は、好ましくは200MPa~1800MPaであり、より好ましくは400MPa~1800MPaである。
【0032】
樹脂組成物において、主成分となる樹脂(ベース樹脂)は限定されるものではなく、ポリアミド(PA)樹脂、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂、テトラフルオロエチレン-パーフルオロアルコキシエチレン共重合体(PFA)樹脂、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)樹脂、エチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)樹脂、ビニリデンフルオライド樹脂、液晶ポリマー、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリフェニルスルホン樹脂、ポリアリレート樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステル樹脂などを用いることができる。
【0033】
上記樹脂の中でも、耐熱性や、耐薬品性、柔軟性に優れ、かつ、射出成形可能な樹脂である、PA樹脂、PFA樹脂、FEP樹脂、ETFE樹脂、ビニリデンフルオライド樹脂を用いることが好ましい。これらの樹脂は、耐薬品性、耐油性に優れるため、例えば、冷媒や冷凍機油が混在する流体存在下で使用される圧縮機の回転軸の軸シールに好適である。
【0034】
熱可塑性エラストマー組成物において、主成分となるエラストマーは限定されるものではなく、ポリオレフィン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー、ポリアミド系エラストマーなどを用いることができる。耐熱性、耐薬品性の点から、ポリエステル系エラストマーが特に好ましい。ポリエステル系エラストマーは、ハードセグメントとソフトセグメントを含み、ハードセグメントにポリエステル単位、ソフトセグメントにポリエーテル単位またはポリエステル単位が用いられる。ポリエステル系エラストマーは、ポリエステル-ポリエーテル型またはポリエステル-ポリエステル型のマルチブロック共重合体である。
【0035】
上記の樹脂組成物および熱可塑性エラストマー組成物には、摩擦摩耗特性を向上させる目的で、PTFE樹脂、グラファイト、二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤を配合することができる。
【0036】
PTFE樹脂は、固体潤滑剤であり、樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物の成形体の動摩擦係数を低減できる。PTFE樹脂として、懸濁重合法によるモールディングパウダー、乳化重合法によるファインパウダー、再生PTFEのいずれを採用してもよい。樹脂組成物の流動性を安定させるためには、射出成形時のせん断により繊維化しにくく、溶融粘度を増加させにくい再生PTFEを採用することが好ましい。再生PTFEとは、熱処理(熱履歴が加わったもの)粉末、γ線または電子線などを照射した粉末のことである。例えば、モールディングパウダーまたはファインパウダーを熱処理した粉末、また、この粉末をさらにγ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーの成形体を粉砕した粉末、また、その後γ線または電子線を照射した粉末、モールディングパウダーまたはファインパウダーをγ線または電子線を照射した粉末などのタイプがある。
【0037】
本発明に使用できる市販品のPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、KT-400H、三井ケマーズフロロプロダクツ株式会社製:テフロン(登録商標)7-J、TLP-10、AGC株式会社製:フルオンG163、L150J、L169J、L170J、L172J、L173J、ダイキン工業株式会社製:ポリフロンM-15、ルブロンL-5、スリーエムジャパン株式会社製:ダイニオンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、パーフルオロアルキルエーテル基、フルオルアルキル基、またはその他のフルオロアルキルを有する側鎖基で変性されたPTFE樹脂であってもよい。上記の中でγ線または電子線などを照射したPTFE樹脂としては、株式会社喜多村製:KTL-610、KTL-450、KTL-350、KTL-8N、AGC株式会社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173Jなどが挙げられる。
【0038】
グラファイトは、固体潤滑剤であり、樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物の成形体の動摩擦係数を低減できる。グラファイトとしては、天然黒鉛、人造黒鉛のどちらを用いてもよい。天然黒鉛としては、日本黒鉛工業株式会社製:ACP、人造黒鉛としてはイメリス・ジーシー・ジャパン株式会社製:KS-6、KS-25、KS-44などが挙げられる。
【0039】
固体潤滑剤の配合量は、樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物100体積%に対して、1体積%~40体積%が好ましく、1体積%~20体積%がより好ましく、10体積%~20体積%がさらに好ましい。40体積%を超えると、樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物の伸び特性が低下するおそれがあり、軸シールを回転軸に組み込む際に割れが発生するおそれがある。
【0040】
なお、本発明の効果を阻害しない程度に、樹脂組成物または熱可塑性エラストマー組成物に、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維などの繊維状補強材、球状シリカなどの球状充填材、マイカなどの鱗状補強材、リン酸カルシウム、硫酸カルシウムなどの摺動補強材、チタン酸カリウムウィスカなどの微小繊維補強材を用いてもよい。カーボンブラック、酸化鉄などの着色剤も配合できる。これらは単独で配合することも、組み合せて配合することもできる。
【0041】
本発明の軸シールは、車載エアコンのスクロール式圧縮機に用いることができる。スクロール式圧縮機は、エンジン動力を利用したベルト駆動、エンジン動力を利用しないモータ駆動のどちらであってもよい。また、本発明の軸シールは、圧縮機に限らず用いることができる。
【0042】
本発明の軸シールは一般的な熱可塑性樹脂用の射出成形機を用い、射出成形によって成形される。上記樹脂組成物または上記熱可塑性エラストマー組成物を構成する各材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、成形用ペレットを得ることができる。なお、充填材の投入は、二軸押出し機などで溶融混練する際にサイドフィードを採用してもよい。この成形用ペレットを用いて射出成形により軸シールを成形する。
【実施例】
【0043】
実施例1~7、比較例1~4
固体潤滑剤のPTFE樹脂(50%粒子径:20μm)を20体積%含有し、残部がポリアミド66樹脂(粘度数:150ml/g)である樹脂組成物を二軸混練押出し機で作製し、ペレット化した。なお、粘度数の測定は、ISO 307に準拠して、硫酸溶液を使用して得た。得られたペレットを用いて射出成形により、軸シールを得た。軸シールは
図1に示す形状とし、表1に示すように、傾斜角度α、シールリップ部のリップ長さL
2が異なる11種類の軸シール(内径寸法d19.88mm)を作製した。なお、これら軸シールを形成する樹脂組成物のASTM D790に準拠して測定される曲げ弾性率は2200MPaであった。
【0044】
<回転トルク試験>
図5に示す回転トルク試験機を用いて、下記の条件で回転トルク試験を実施して、回転トルクおよびオイルリーク量を測定した。回転軸の外径寸法Dは20mmであり、軸シールと回転軸との締め代(D-d)は直径で0.12mmであり、(D-d)/D=0.006であった。
<試験条件>
回転軸 :材質S45C
回転数 :7500min
-1
油圧 :0.3MPa
油温 :40℃
冷凍機油:ポリアルキレングリコール油
試験時間:60分
【0045】
図5に示すように、試験機14のハウジングは、外周側ハウジング17と内周側ハウジング18とを組み付けて構成される。これらハウジングの合わせ面において、内周側ハウジング18の外周溝にはOリング19が配置されており、合わせ面から冷凍機油が漏れることを防止している。軸シール15は回転軸16に密着しており、回転軸16の回転によって回転軸16の外周面と摺接する。冷凍機油を圧送して、ハウジング内空間に供給した。冷凍機油は、
図5に示すように、流入路17bから流入し、ハウジング内空間を経て、流出路17cから流出する。オイルリーク量は、回転軸16と挿通孔17aとの間から漏れ出た冷凍機油の量に基づいており、試験開始後50~60分間の平均値を示している。また、回転トルクは、試験開始後50~60分間の平均値を示している。結果を表1に示す。
【0046】
【0047】
表1に示すように、傾斜角度α=20°の結果を比較すると、リップ長さL2=2.2mm~6.5mmの場合(実施例1~5)は、回転トルクが0.07~0.11N・mと低トルクであったのに対して、リップ長さL2=1.2mmの場合(比較例1)は、回転トルクが0.16N・mであり、比較的高トルクとなった。傾斜角度αの検討において、α=3°(比較例3)ではオイルリーク量の大幅な増加が見られた。また、α=30°、45°(比較例2、比較例4)では回転トルクが0.15N・m、0.17N・mであり、傾斜角度αが大きくなるにつれて、回転トルクの上昇が見られた。一方、α=5°、10°(実施例6~7)では、低トルクかつ低リークを示した。
【0048】
次に、樹脂組成物の組成を変更して回転トルクおよびシール性を評価した。
【0049】
実施例8~14
各実施例に用いた樹脂組成物の原材料を一括して以下に示す。
(1)ETFE樹脂
AGC株式会社:フルオンC-88AXMP
(2)PFA樹脂
ダイキン工業株式会社:ネオフロンAP202
(3)ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂
DIC株式会社:FZ-2100
(4)炭素繊維(平均繊維長:150μm)
(5)グラファイト(50%粒子径:20μm)
(6)PTFE樹脂(50%粒子径:20μm)
【0050】
原材料(1)~(6)を用いて、表2の実施例8~14に示す樹脂組成物を二軸混練押出し機で作製し、ペレット化した。得られたペレットを用いて射出成形により、
図1に示す断面形状の軸シールと、曲げ試験用の成形体を得た。
【0051】
<曲げ試験>
ASTM D790に準拠して曲げ試験を実施し、曲げ弾性率を測定した。
【0052】
<回転トルク試験>
図5に示す回転トルク試験機を用いて、上述の試験条件で回転トルク試験を実施して、回転トルクおよびオイルリーク量を測定した。回転トルク試験機の回転軸と軸シールの各寸法は、実施例8~13では、回転軸の外径寸法D=20.5mm、軸シールの内径寸法d=20mm、締め代(D-d)=0.5mm、(D-d)/D=0.024とした。また、実施例14では、回転軸の外径寸法D=20mm、軸シールの内径寸法d=19.9mm、締め代(D-d)=0.1mm、(D-d)/D=0.005とした。
【0053】
【0054】
表2に示すように、実施例8~14の軸シールは、曲げ弾性率が200MPa~2400MPaの範囲に属しており、低トルクかつ低オイルリーク性を示した。表2の結果より、曲げ弾性率の大小と回転トルクの大小とで、大まかな相関がみられた。また、寸法比(D-d)/Dの検討において、(D-d)/Dが小さくなるとトルクの低下が見られた(実施例9、実施例14)。
【0055】
上記のように、本発明では、回転軸の外周面に対するシールリップの傾斜角度およびリップ長さを最適化することで、低トルク化、低リーク化を図っている。さらに、樹脂組成物の好ましい組成などと上記構造を組み合わせることにより、更なる低トルク化、低リーク化を図ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の軸シールは、回転トルクを低減できるとともに、シール性に優れるので、回転軸の外周面に摺接しながら密封流体を封止する軸シールとして広く使用できる。特に、車載エアコンのスクロール式冷媒圧縮機の圧縮機構部を回転させる回転軸の軸シールに適している。
【符号の説明】
【0057】
1、1’ 軸シール
2 シールリップ部
3 外リップ部
4 基端部
5 凹溝
6 回転軸
7 ハウジング
8 環状溝
9 圧縮機構部
10 圧縮室
11 固定ロータ
12 可動ロータ
13 吐出口
14 試験機
15 軸シール
16 回転軸
17 外周側ハウジング
18 内周側ハウジング
19 Oリング