(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】コイルばね、懸架装置およびコイルばねの製造方法
(51)【国際特許分類】
F16F 1/06 20060101AFI20231219BHJP
F16F 1/02 20060101ALI20231219BHJP
B60G 11/14 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
F16F1/06 A
F16F1/02 B
B60G11/14
(21)【出願番号】P 2022173454
(22)【出願日】2022-10-28
【審査請求日】2022-10-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001737
【氏名又は名称】弁理士法人スズエ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡部 聡史
(72)【発明者】
【氏名】高橋 啓太
(72)【発明者】
【氏名】美濃 良信
(72)【発明者】
【氏名】熊井 慎太郎
【審査官】田村 佳孝
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-264360(JP,A)
【文献】特開2019-124363(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16F 1/00-6/00
B60G 11/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有するコイルばねであって、
前記座巻部における前記素線の表面は、第1領域と、前記第1領域よりも柔らかい第2領域と、を有し、
前記素線の軸を中心とした周方向において、前記第2領域は、前記第1領域よりも広い範囲に形成されている、
コイルばね。
【請求項2】
前記第1領域は、前記素線の外径側に形成され、
前記第2領域は、前記素線の内径側に形成されている、
請求項1に記載のコイルばね。
【請求項3】
前記第1領域および前記第2領域を含む前記素線の断面において、前記素線の表面は、
前記素線の軸を通りかつコイル軸と平行な第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記有効部側の交点である第1基点と、
前記素線の軸を通りかつ前記コイル軸を中心とした半径方向と平行な第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記コイル軸から遠い側の交点である第2基点と、
前記第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第1基点と反対側の交点である第3基点と、
前記第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第2基点と反対側の交点である第4基点と、
を有し、
前記第1領域は、前記第2基点を含む範囲に形成され、
前記第2領域は、前記第1基点、前記第3基点および前記第4基点を含む範囲に形成されている、
請求項1に記載のコイルばね。
【請求項4】
前記素線は、
前記第1領域を含む第1層と、
前記第2領域を含み、前記第1層よりも柔らかい第2層と、
を備え、
前記素線の軸は、前記座巻部において前記第1層を通る、
請求項1に記載のコイルばね。
【請求項5】
前記第2領域は、前記座巻部における前記素線の端末から1.2巻きまでの範囲の少なくとも一部に形成されている、
請求項1に記載のコイルばね。
【請求項6】
前記第2領域は、0.6mm以上の厚さを有している、
請求項1に記載のコイルばね。
【請求項7】
前記有効部における前記素線の表面は、全周にわたり前記第1領域を有している、
請求項1に記載のコイルばね。
【請求項8】
第1ばね座と、
第2ばね座と、
前記第1ばね座と前記第2ばね座の間に配置された請求項1乃至7のうちいずれか1項に記載のコイルばねと、
を備える懸架装置。
【請求項9】
素線を螺旋状に巻くことにより座巻部および有効部を有するコイルばねを成形し、
前記座巻部に一対の電極を接続し、
前記一対の電極の間に1kHz以上の交流電流を流すことにより前記座巻部の一部を加熱して、前記座巻部における前記素線の表面に第1領域と前記第1領域よりも柔らかい第2領域とを形成する、
コイルばねの製造方法。
【請求項10】
前記素線の軸を中心とした周方向において、前記第2領域を前記第1領域よりも広い範囲に形成する、
請求項9に記載のコイルばねの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コイルばね、懸架装置およびコイルばねの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、自動車等の車両の懸架装置においては、コイルばねが使用されている。この種のコイルばねには、良好な耐へたり性および耐腐食疲労性が求められる。
【0003】
コイルばねを形成する素線の硬さを全体的に高めると、耐へたり性の向上が期待できる。しかしながらこの場合において、例えば素線に施された塗膜の一部が剥がれるなどして素線の表面に腐食ピットが生じると、この腐食ピットを起点としたき裂が素線に生じ得る。素線の硬さが高ければ、き裂の進行も早く、コイルばねの早期折損に至る可能性がある。一方で素線の硬さが全体的に低いと、耐へたり性が低下する。
【0004】
コイルばねの耐へたり性や耐腐食疲労性に関して検討した例として、特許文献1,2,3が知られている。これらの文献においては、素線(ばね鋼)の内部や表面の一部を軟化させることにより、耐へたり性や耐腐食疲労性の向上を試みている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-191445号公報
【文献】特許第6053916号公報
【文献】特開2010-133558号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1,2,3を考慮しても、コイルばねの耐へたり性や耐腐食疲労性に関しては未だに改善の余地がある。そこで、本開示は、耐へたり性や耐腐食疲労性に優れたコイルばね、当該コイルばねを備えた懸架装置、さらには当該コイルばねの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一実施形態に係るコイルばねは、螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有している。前記座巻部における前記素線の表面は、第1領域と、前記第1領域よりも柔らかい第2領域とを有している。さらに、前記素線の軸を中心とした周方向において、前記第2領域は、前記第1領域よりも広い範囲に形成されている。
【0008】
例えば、前記第1領域は、前記素線の外径側に形成され、前記第2領域は、前記素線の内径側に形成されている。
【0009】
前記第1領域および前記第2領域を含む前記素線の断面において、前記素線の表面は、前記素線の軸を通りかつコイル軸と平行な第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記有効部側の交点である第1基点と、前記素線の軸を通りかつ前記コイル軸を中心とした半径方向と平行な第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記コイル軸から遠い側の交点である第2基点と、前記第1中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第1基点と反対側の交点である第3基点と、前記第2中心線が前記素線の表面と交わる一対の交点のうち、前記第2基点と反対側の交点である第4基点と、を有している。一例では、前記第1領域は、前記第2基点を含む範囲に形成され、前記第2領域は、前記第1基点、前記第3基点および前記第4基点を含む範囲に形成されている。
【0010】
前記素線は、前記第1領域を含む第1層と、前記第2領域を含み、前記第1層よりも柔らかい第2層と、を備えている。好適には、前記素線の軸は、前記座巻部において前記第1層を通る。
【0011】
例えば、前記第2領域は、前記座巻部における前記素線の端末から1.2巻きまでの範囲の少なくとも一部に形成されている。好適には、前記第2領域は、0.6mm以上の厚さを有している。
【0012】
例えば、前記有効部における前記素線の表面は、全周にわたり前記第1領域を有している。
【0013】
一実施形態に係る懸架装置は、第1ばね座と、第2ばね座と、前記第1ばね座と前記第2ばね座の間に配置された前記コイルばねと、を備えている。
【0014】
一実施形態に係るコイルばねの製造方法においては、素線を螺旋状に巻くことにより座巻部および有効部を有するコイルばねを成形し、前記座巻部に一対の電極を接続し、前記一対の電極の間に1kHz以上の交流電流を流すことにより前記座巻部の一部を加熱して、前記座巻部における前記素線の表面に第1領域と前記第1領域よりも柔らかい第2領域とを形成する。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、耐へたり性や耐腐食疲労性に優れたコイルばね、当該コイルばねを備えた懸架装置、さらには当該コイルばねの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係る懸架装置の概略的な断面図である。
【
図2】
図2は、第1実施形態に係るコイルばねの概略的な斜視図である。
【
図3】
図3は、
図2におけるIII-III線に沿うコイルばねの概略的な断面図である。
【
図4】
図4は、
図2におけるIV-IV線に沿うコイルばねの概略的な断面図である。
【
図5】
図5は、コイルばねの素線の内部における硬さ分布の一例を示すグラフである。
【
図6】
図6は、素線の表面における硬さ分布の一例を示すグラフである。
【
図7】
図7は、コイルばねの製造方法の一例を示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、コイルばねの製造時に素線に対して施される局所軟化処理の一例を示す図である。
【
図9】
図9は、第2実施形態に係るコイルばねの概略的な斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
いくつかの実施形態につき、図面を参照しながら説明する。各実施形態においては、マクファーソンストラットタイプの懸架装置、当該懸架装置で使用されるコイルばね、当該コイルばねの製造方法を例示する。各実施形態にて開示するコイルばねは、他種の懸架装置に使用することもできるし、懸架装置以外の用途で使用することもできる。
【0018】
[第1実施形態]
図1は、第1実施形態に係る懸架装置100の概略的な断面図である。この懸架装置100は、車両懸架用のコイルばね1を備えている。コイルばね1は、螺旋形に巻かれた素線2(ワイヤ)を備えている。素線2は、例えばばね鋼により形成されている。
【0019】
懸架装置100は、ショックアブソーバ3と、第1ばね座4と、第2ばね座5とをさらに備えている。第2ばね座5は、鉛直方向Zにおいて第1ばね座4の上方に位置している。コイルばね1は、第1ばね座4と第2ばね座5の間で圧縮された状態で、懸架装置100に取付けられている。
【0020】
ショックアブソーバ3は、油等の流体が収容されたシリンダ30と、シリンダ30に挿入されたロッド31と、シリンダ30の内部に設けられた減衰力発生機構と、ロッド31の摺動部分を覆うカバー部材32とを備えている。ロッド31はシリンダ30に対してショックアブソーバ3の軸X0と平行に伸縮することができる。減衰力発生機構は、ロッド31の動きに対して抵抗を与える。
【0021】
ショックアブソーバ3の上端部は、マウントインシュレータ6を介して車体7に取り付けられている。マウントインシュレータ6は、防振ゴム60と、車体7に固定される支持部材61とを備えている。ショックアブソーバ3の下端部は、車軸を支持するナックル部材8に対して、ブラケット9を介して取り付けられている。
図1の例においては、ショックアブソーバ15の軸X0が鉛直方向Zに対して鋭角である角度θ0を成して傾いている。
【0022】
コイルばね1は、第1ばね座4と第2ばね座5の間に圧縮された状態で取り付けられ、上方から負荷される荷重を弾性的に支持するとともに、荷重の大きさに応じて所定の撓み量の範囲(フルリバウンドとフルバンプとの間)で伸縮する。
【0023】
図2は、本実施形態に係るコイルばね1の概略的な斜視図である。
図3は、
図2におけるIII-III線に沿うコイルばね1の概略的な断面図である。
図4は、
図2におけるIV-IV線に沿うコイルばね1の概略的な断面図である。
【0024】
図2に示すように、コイルばね1は、有効部10と、第1座巻部11と、第2座巻部12とを有している。第1座巻部11は、第1ばね座4と接触する部分である。第2座巻部12は、第2ばね座5と接触する部分である。有効部10は、第1座巻部11と第2座巻部12の間に位置する部分である。
【0025】
本実施形態において、第1座巻部11は、常に第1ばね座4に接触する部分だけでなく、コイルばね1に加わる圧縮荷重が所定値未満の場合には第1ばね座4から離れ、コイルばね1に加わる圧縮荷重が当該所定値を超えると第1ばね座4に接触する部分を含む。同様に、第2座巻部12は、常に第2ばね座5に接触する部分だけでなく、コイルばね1に加わる圧縮荷重が所定値未満の場合には第2ばね座5から離れ、コイルばね1に加わる圧縮荷重が当該所定値を超えると第2ばね座5に接触する部分を含む。一例として、第1座巻部11は素線2の下側の端末2aから1.2巻分の範囲であり、第2座巻部12は素線2の上側の端末2bから1.2巻分の範囲である。
【0026】
有効部10においては、素線2がコイル軸X1を中心として複数回巻かれている。例えば、コイル軸X1は、
図1に示した鉛直方向Zおよびショックアブソーバ3の軸X0に対して鋭角を成すように傾いている。以下、
図2に示すように、コイル軸X1と平行な軸方向DXと、コイル軸X1を中心とした半径方向DRとを定義する。
【0027】
図3に示すように、素線2の表面20は、全体的に塗膜21によって覆われている。一例として、素線2の直径Rは8~18mmであり、塗膜21の厚さは40μm以上である。
【0028】
本実施形態において、素線2の表面20は、第1領域A1と、第1領域A1よりも柔らかい第2領域A2(
図2においてドットを付した部分)とを有している。
図2の例においては、第1座巻部11の一部に第2領域A2が設けられている。表面20のうち、第2領域A2を除く部分が第1領域A1である。
【0029】
すなわち、第1座巻部11の少なくとも一部の表面20においては、
図4に示す素線2の軸X2を中心とした周方向Dθにおける硬さの分布が一様でない。一方で、第2座巻部12および有効部10の表面20においては、周方向Dθの全周にわたり硬さの分布が一様である。
【0030】
図3に示すように、有効部10における素線2は、全体的に第1層L1により形成されている。第1領域A1は、第1層L1の表面に相当する。第2座巻部12も全体的に第1層L1により形成されている。
【0031】
図4に示すように、第1座巻部11は、第1層L1に加え、第1層L1よりも柔らかい第2層L2を備えている。第2領域A2は、第2層L2の表面に相当する。
図4の例においては、素線2の断面積に占める第1層L1の割合が、素線2の断面積に占める第2層L2の割合よりも大きい。素線2の軸X2は、第1層L1を通っている。
【0032】
図4に示すように、素線2の表面20において第1基点P1、第2基点P2、第3基点P3および第4基点P4を定義する。第1基点P1は、表面20のうち、軸方向DXの上方に位置する有効部10に最も近い位置である。第2基点P2は、表面20のうち、半径方向DRにおいてコイル軸X1から最も離れた位置である。第3基点P3は、軸方向DXにおいて有効部10から最も離れた位置(軸X2を挟んで第1基点P1の反対側の位置)である。第4基点P4は、半径方向DRおいてコイル軸X1に最も近い位置(軸X2を挟んで第2基点P2の反対側の位置)である。第1基点P1、第2基点P2、第3基点P3および第4基点P4は、周方向Dθにおいて、90度の間隔で順に並んでいる。
【0033】
他の観点から言うと、第1基点P1は、軸X2を通りかつコイル軸X1と平行な第1中心線CL1が表面20と交わる一対の交点のうち、有効部10側の交点である。第2基点P2は、軸X2を通りかつ半径方向DRと平行な第2中心線CL2が表面20と交わる一対の交点のうち、コイル軸X1から遠い側の交点である。第3基点P3は、第1中心線CL1が表面20と交わる一対の交点のうち、第1基点P1と反対側の交点である。第4基点P4は、第2中心線CL2が表面20と交わる一対の交点のうち、第2基点P2と反対側の交点である。
【0034】
第1座巻部11において、第1領域A1と第2領域A2は、周方向Dθに並んでいる。本実施形態においては、第1領域A1が素線2の外径側に形成され、第2領域A2が素線2の内径側に形成されている。第1領域A1と第2領域A2の境界B1は、第2基点P2と第3基点P3の間に位置している。また、第1領域A1と第2領域A2の他の境界B2は、第1基点P1と第2基点P2の間に位置している。
【0035】
第1領域A1は、周方向Dθにおいて境界B2から境界B1に至る範囲に形成され、第2基点P2を含んでいる。第2領域A2は、周方向Dθにおいて境界B1から境界B2に至る範囲に形成され、第1基点P1、第3基点P3および第4基点P4を含んでいる。
【0036】
このように、
図4の断面においては、第2領域A2の周方向Dθにおける長さが第1領域A1の周方向Dθにおける長さよりも長い。すなわち、周方向Dθにおいて第2領域A2が第1領域A1よりも広い範囲に形成されている。
【0037】
なお、第3基点P3とその近傍の領域は、
図1に示した第1ばね座4と常時またはコイルばね1の圧縮時に接触する座面SFに相当する。すなわち、第2領域A2は、第1座巻部11の座面SFの少なくとも一部に及んでいる。
【0038】
より具体的には、第1基点P1を0時、第2基点P2を3時、第3基点P3を6時、第4基点P4を9時にそれぞれ例えると、第2領域A2は、時計回りに5時から1時にわたる240°の範囲に形成されている。第1領域A1は、時計回りに1時から5時にわたる120°の範囲に形成されている。
【0039】
第2領域A2が形成される範囲は、時計回りに5時から1時の範囲に限られない。例えば、第2領域A2は、周方向Dθにおける中心が第3基点P3から第1基点P1に至る範囲に位置するように形成されればよい。
図4の例においては、この中心と第4基点P4とが一致している。一例では、第2領域A2は、境界B1が時計回りに5時から6時の範囲に位置し、境界B2が時計回りに0時から1時の範囲に位置するように形成し得る。
【0040】
第2領域A2は、素線2が螺旋状に延びる方向(軸X2に沿う方向)において、端末2aから1.2巻きまでの範囲の少なくとも一部に形成されることが好ましい。
図2の例においては、当該範囲の全体に対し、端末2aから連続して第2領域A2が形成されている。他の例として、端末2aから一定距離の部分、例えばコイルばね1の圧縮状態によらずに常に第1ばね座4と接触する部分に第2領域A2が設けられていなくてもよい。
【0041】
図4の例において、第2層L2の厚さtは、周方向Dθにおける中心(第2中心線CL2)において最も大きい。厚さtは、当該中心から境界B1,B2に向けて漸次減少している。厚さtの最大値は、例えば0.6mm以上であり、好ましくは1.0mm以上である。素線2の直径Rとの関係で言うと、厚さtの最大値は、例えば直径Rの2%以上かつ8%以下である。
【0042】
図5は、
図4における第2中心線CL2に沿う素線2の硬さ分布の一例を示すグラフである。当該グラフにおいて、横軸は素線2の表面20からの距離[mm]であり、縦軸はロックウェル硬さ[HRC]である。
【0043】
図5の例において、第1層L1の硬さはほぼ一定である。第2層L2においては、表面20(第2領域A2)における硬さが最も小さく、表面20から離れるに連れて硬さが漸次上昇し、厚さtの位置で第1層L1の硬さに達する。このように、第2層L2は全体的に第1層L1よりも柔らかい。第2層L2の硬さは、表面20からの距離に応じた勾配を有している。
【0044】
図6は、周方向Dθにおける表面20の硬さ分布の一例を示すグラフである。当該グラフにおいて、横軸は表面20における周方向Dθの位置[mm]であり、縦軸はビッカース硬さ[HV]である。
【0045】
図6の例において、第1領域A1の硬さはほぼ一定である。第2領域A2においては、周方向Dθの第2中心線CL2付近での硬さが最も小さい。第2中心線CL2と境界B1の間、および、第2中心線CL2と境界B2の間においては、第2中心線CL2から離れるに連れて硬さが漸次上昇し、境界B1,B2において第1領域A1の硬さに達する。このように、第2領域A2は全体的に第1領域A1よりも柔らかい。第2領域A2の硬さは、第2中心線CL2を最小値とした勾配を有している。
【0046】
図7は、コイルばね1の製造方法の一例を示すフローチャートである。先ず、コイリングマシンにより素線2が螺旋状に巻かれ、この巻かれた部分がカッタにより切断される(工程S1)。この時点では、素線2の表面20が全体的に同じ硬さを有している。続いて、表面20に第2領域A2を形成するための局所軟化処理が施される(工程S2)。局所軟化処理の詳細については
図8を参照して後述する。
【0047】
局所軟化処理の後、素線2に対して通電焼鈍が施される(工程S3)。この通電焼鈍においては、例えば400~500℃の温度範囲で1分以下にわたり素線2が加熱される。通電焼鈍の後、素線2を加熱した状態で、素線2に対し過荷重を加えるホットセッチングが施される(工程S4)。
【0048】
続いて、素線2に対してショットピーニングが施され(工程S5)、さらに素線2に対してプリセッチングが施される(工程S6)。その後、素線2の表面20に対して全体的に塗膜21が形成される(工程S7)。なお、局所軟化処理はショットピーニングの前に施されればよく、通電焼鈍後またはホットセッチング後に施されてもよい。
【0049】
図8は、局所軟化処理の一例を示す図である。本実施形態においては、高周波の通電加熱を行うための通電装置200が局所軟化処理に用いられる。
【0050】
通電装置200は、電源PSと、第1電極E1と、第2電極E2とを備えている。電源PSは、高周波の交流電流を生成する。第1電極E1および第2電極E2は、配線によって電源PSに接続されている。
【0051】
通電加熱を行うにあたり、第1電極E1および第2電極E2は、コイリング後の素線2に対して接続される。
図8の例においては、第1電極E1が端末2a付近に接続されている。第2電極E2は、例えば端末2aから1.2巻きまでの範囲のいずれかの位置に接続される。
【0052】
その後、通電装置200による通電が開始される。このとき、電源PSからの交流電流が第1電極E1、素線2および第2電極E2を含む回路に流れる。
【0053】
交流電流が素線2に流れる際には、表皮効果により、素線2の表面20における電流密度が高まる。さらに、コイリング後の素線2においては、主に内径側に電流が流れる。そのため、素線2の表面20のうち、主に内径側の部分が優先的に加熱される。
【0054】
一例では、交流電流が流れた際に、素線2の内径側の部分がオーステナイト化開始温度未満の温度範囲に加熱される。
図4に示した第4基点P4付近において、表面20から少なくとも深さ0.6mmまでの部分(あるいは表面20から直径Rの2%以上かつ8%以下の深さまでの部分)が上記温度範囲に加熱されることが好ましい。
【0055】
この加熱により、素線2には熱影響部(HAZ:Heat Affected Zone)が形成される。熱影響部は、例えば
図4に示した第1基点P1、第3基点P3および第4基点P4を含む範囲に形成され、第2層L2と同様に第4基点P4付近で最も大きい厚さを有している。熱影響部が空冷されると、元の素線2よりも硬さが低減された第2層L2が生じる。
【0056】
なお、加熱時の素線2の温度が高すぎると、素線2の一部が焼入硬化し、通電加熱前よりも硬さが増加し得る。また、交流電流の周波数が低すぎる場合や通電時間が長い場合には、表面20の全体が軟化したり、素線2の軸X2付近まで第2層L2が及んだりする可能性がある。
【0057】
これらを考慮すると、交流電流の周波数は、1kHz以上の高周波であることが好ましく、100kHz以上であれば一層好ましい。交流電流の周波数は、より高い200kHz以上の範囲で定められてもよい。また、交流電流の通電時間は、好ましくは5秒以下であり、一例では0.5秒である。
【0058】
なお、
図7および
図8を用いて説明した製造方法は例示に過ぎない。コイルばね1は、その他の種々の方法にて製造することができる。
【0059】
以上の本実施形態では、コイルばね1の第1座巻部11において、素線2の表面20が第1領域A1と第2領域A2とを有している。第2領域A2は第1領域A1よりも柔らかいため、腐食ピットが第2領域A2に生じた場合でも、この腐食ピットが素線2のき裂に発展しにくい。また、仮にき裂が生じた場合であっても、その進行を遅らせることができる。すなわち、第2領域A2を第1座巻部11に設けることで、第1座巻部11の耐腐食疲労性が向上する。
【0060】
仮に素線2に対して全体的に第2領域A2(第2層L2)が形成されると、コイルばね1の耐へたり性が低下し得る。これに対し、本実施形態では、有効部10には第2領域A2が形成されていない。そのため、有効部10においては耐へたり性を良好に保つことができる。第1座巻部11は有効部10に比べて作用応力が低い部分であるため、第1座巻部11に第2領域A2を設けた場合であってもコイルばね1全体の耐へたり性には影響が及びにくい。
【0061】
第1座巻部11は、その下方に配置される第1ばね座4と接触する部分である。そのため、砂等の異物が第1座巻部11と第1ばね座4の間に入り込むと、懸架装置100の使用に伴い塗膜21が傷付き、第1座巻部11に腐食ピットが生じやすい。これに対し、本実施形態においては、第1座巻部11の座面SFを含む範囲に第2領域A2が設けられている。そのため、第1座巻部11と第1ばね座4の間に異物が入り込んで腐食ピットが生じた場合でも、この腐食ピットに起因するき裂を抑制することができる。
【0062】
また、上記のような異物は、第1座巻部11のうち第1ばね座4に対して接触したり離れたりする部分の下方に入り込みやすい。そのため、このような部分を含むように第2領域A2を形成すれば、効果的に耐腐食疲労性を向上させることが可能である。
図2を参照して上述したように、少なくとも端末2aから1.2巻きまでの範囲に第2領域A2を形成すれば、耐へたり性を保ちつつも、良好な耐腐食疲労性を得ることができる。
【0063】
また、素線2の表面20のうち、コイル軸X1側(コイルばね1の内径側)の部分には応力が加わりやすく、腐食疲労も生じやすい。そのため、
図4を参照して上述したように、第2領域A2をコイルばね1の内径側に形成することが好ましい。
【0064】
腐食ピットは、座面SF(第3基点P3の近傍)だけでなく、第1基点P1の近傍でも生じることがある。仮に、周方向Dθにおいて第2領域A2が第1領域A1よりも狭い範囲に形成される構成では、第1基点P1および第3基点P3の双方を第2領域A2でカバーすることができない。これに対し、本実施形態では、
図4に示したように、周方向Dθにおいて第2領域A2が第1領域A1よりも広い範囲に形成されている。これにより、例えば第1基点P1と第3基点P3の双方を含むように第2領域A2を形成するなどして、第1座巻部11における耐腐食疲労性を一層向上させることが可能である。
【0065】
本実施形態に係る製造方法においては、高周波の交流電流を用いた通電加熱により第2領域A2(第2層L2)が形成される。仮に、直流電流を用いた通電加熱や、50Hzまたは60Hz程度の低周波の交流電流を用いた通電加熱であると、素線2の軸X2付近まで熱影響部が生じ得る。そのため、第2層L2が素線2の内部の広い範囲に形成され、第1座巻部11の耐へたり性が低下しかねない。これに対し、高周波の交流電流を用いた通電加熱においては、上述の表皮効果により、熱影響部が生じる範囲が表面20付近にとどまる。結果として、
図4に示したように、軸X2付近は硬い第1層L1のまま維持され、第1座巻部11の耐へたり性が高まる。
【0066】
さらに、本実施形態においては、
図8に示したように、コイリング後の素線2に対して通電加熱が行われる。仮に、コイリング前の素線2に対して通電加熱を行う場合、周方向Dθにおける第2領域A2の形成範囲を制御することが極めて困難である。これに対し、コイリング後の素線2に対して通電加熱を行う場合には、主に素線2の内径側が加熱される。そのため、第2層L2および第2領域A2を内径側に精度良く形成することができる。素線2が螺旋状に延びる方向において第2領域A2を形成する範囲についても、第1電極E1および第2電極E2を当てる位置によって容易に制御することが可能である。
【0067】
このように、第2領域A2(第2層L2)を素線2に形成する方法として通電加熱を用いることにより、種々の好適な効果が得られる。ただし、このことは必ずしも
図2乃至
図6を用いて説明した構成のコイルばね1の製造に対し、レーザ光による加熱や誘導加熱などの他の方法を適用することを妨げるものではない。
【0068】
[第2実施形態]
第2実施形態においては、コイルばね1に適用し得る他の構成を例示する。特に言及しないコイルばね1の構成や懸架装置100の構成は、第1実施形態と同様である。
【0069】
図9は、第2実施形態に係るコイルばね1の概略的な斜視図である。
図9に示すように、本実施形態においては第2座巻部12にも第2領域A2(以下、第2領域A2aと称す)が形成されている。
【0070】
第2領域A2aは、素線2が螺旋状に延びる方向において、端末2bから1.2巻きまでの範囲の少なくとも一部に形成されることが好ましい。
図9の例においては、当該範囲の全体に対し、端末2bから連続して第2領域A2aが形成されている。他の例として、端末2bから一定距離の部分、例えばコイルばね1の圧縮状態によらずに常に第2ばね座5と接触する部分に第2領域A2aが設けられていなくてもよい。
【0071】
第2領域A2aを含む素線2の断面構造は、
図4に示した断面構造と同様である。すなわち、第2領域A2aは、素線2の内径側に形成されている。さらに、第2座巻部12においても、第2領域A2aが第1領域A1よりも周方向Dθの広い範囲に形成されている。
【0072】
第2領域A2aは、
図7に示した局所軟化処理(工程S2)において、通電加熱により形成することができる。この通電加熱の実施手順は、
図8を用いて説明したものと同様である。
【0073】
本実施形態のように第2領域A2aを形成することで、第2座巻部12においても耐腐食疲労性が向上する。その他、本実施形態からは第1実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0074】
以上の第1および第2実施形態は、本発明の範囲をこれら実施形態にて開示した構成に限定するものではない。本発明は、各実施形態にて開示した構成を種々の態様に変形して実施することができる。
【0075】
例えば、第1座巻部11および第2座巻部12の少なくとも一部において、周方向Dθの全周にわたり第2領域A2が形成されてもよい。また、第2領域A2が有効部10の一部に及んでもよい。
【0076】
素線2は、第1層L1および第2層L2と硬さが異なる他の層をさらに含んだ多層構造を有してもよい。例えば、素線2の表面20に当該他の層が及ぶ場合、表面20には第1領域A1および第2領域A2と硬さが異なる他の領域が付加的に形成され得る。
【0077】
各実施形態においては、円筒状に素線2が巻かれたコイルばね1を開示した。しかしながら、コイルばね1は、第1座巻部11および第2座巻部12に向けて径が小さくなる樽型などの他の形状を有してもよい。
【符号の説明】
【0078】
1…コイルばね、2…素線、3…ショックアブソーバ、4…第1ばね座、5…第2ばね座、10…有効部、11…第1座巻部、12…第2座巻部、20…素線の表面、100…懸架装置、A1…第1領域、A2…第2領域、L1…第1層、L2…第2層、200…通電装置。
【要約】
【課題】 耐へたり性や耐腐食疲労性に優れたコイルばねを提供する。
【解決手段】 一実施形態に係るコイルばねは、螺旋状に巻かれた素線により形成され、座巻部および有効部を有している。前記座巻部における前記素線の表面は、第1領域と、前記第1領域よりも柔らかい第2領域とを有している。さらに、前記素線の軸を中心とした周方向において、前記第2領域は、前記第1領域よりも広い範囲に形成されている。
【選択図】
図2