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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-18
(45)【発行日】2023-12-26
(54)【発明の名称】電子銃および電子線応用装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/073 20060101AFI20231219BHJP
   H01J 37/06 20060101ALI20231219BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20231219BHJP
   H01J 3/02 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
H01J37/073
H01J37/06 A
H01J37/28 A
H01J3/02
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022570811
(86)(22)【出願日】2020-12-22
(86)【国際出願番号】 JP2020047913
(87)【国際公開番号】W WO2022137332
(87)【国際公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】501387839
【氏名又は名称】株式会社日立ハイテク
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】森下 英郎
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 卓
(72)【発明者】
【氏名】小瀬 洋一
(72)【発明者】
【氏名】揚村 寿英
(72)【発明者】
【氏名】▲桑▼原 真人
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-45525(JP,A)
【文献】特開2007-258119(JP,A)
【文献】特開2001-143648(JP,A)
【文献】特表平11-509360(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第108428610(CN,A)
【文献】特許第6722958(JP,B1)
【文献】特許第6762635(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/073
H01J 37/06
H01J 37/26
H01J 37/28
H01J 3/02
H01J 1/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と前記基板上に形成される光電膜とを有する光陰極と、
パルス励起光を発光する光源と、
前記光陰極の前記基板に対向して配置され、前記パルス励起光を前記光陰極に向けて集光する集光レンズと、
前記光陰極の前記光電膜に対向して配置される第1アノード電極及び第2アノード電極と、
前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に第1制御電圧を印加する第1電源と、
前記光陰極と前記第2アノード電極との間に加速電圧を印加する第2電源とを有し、
前記第1アノード電極は、前記光陰極と前記第2アノード電極との間に配置され、
前記第1アノード電極の前記第2アノード電極に対向する面は凹形状であり、前記第2アノード電極の前記第1アノード電極に対向する面は凸形状であり、
前記第1制御電圧は、前記光陰極の表面電界強度が、前記第1アノード電極を設けない場合に前記第2アノード電極に前記加速電圧が印加されたときの前記光陰極の表面電界強度よりも大きくなる電圧とされる電子銃。
【請求項2】
請求項1において、
前記光陰極と前記第2アノード電極との間に前記加速電圧が印加され、前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に前記第1制御電圧が印加されたとき、前記光陰極の表面電界強度が5 MV/m以上である電子銃。
【請求項3】
請求項1において、
前記光陰極と前記第2アノード電極との間に前記加速電圧が印加され、前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に前記第1制御電圧が印加されたとき、前記光陰極と前記第2アノード電極との間における軸上電位分布は極値を持たず、前記光陰極と前記第2アノード電極との間における軸上電界強度は極大値と極小値の双方を持つ電子銃。
【請求項4】
請求項1において、
前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に配置される第3アノード電極と、
前記第3アノード電極と前記第2アノード電極との間に第2制御電圧を印加する第3電源と、を有し、
前記第1アノード電極の前記第3アノード電極に対向する面は凹形状であり、前記第3アノード電極の前記第1アノード電極に対向する面は凸形状であり、
前記第3アノード電極の前記第2アノード電極に対向する面は凹形状であり、前記第2アノード電極の前記第3アノード電極に対向する面は凸形状である電子銃。
【請求項5】
請求項1において、
前記光電膜は、表面の電子親和力が負の半導体である電子銃。
【請求項6】
請求項1において、
前記第1アノード電極または前記第2アノード電極は、方位角方向に等分割された部分電極からなり、前記部分電極は光軸を中心に対称となるように配置される電子銃。
【請求項7】
電子銃を含み、前記電子銃から放出されるパルス電子線を試料に照射する電子光学系と、
前記パルス電子線が試料に照射されることにより、前記試料を透過した電子または前記試料との相互作用により放出される電子を検出する検出器と、
前記電子光学系からの前記試料への前記パルス電子線の照射条件を制御する制御部と、を有し、
前記電子銃は、
基板と前記基板上に形成される光電膜とを有する光陰極と、
パルス励起光を発光する光源と、
前記光陰極の前記基板に対向して配置され、前記パルス励起光を前記光陰極に向けて集光する集光レンズと、
前記光陰極の前記光電膜に対向して配置される第1アノード電極及び第2アノード電極と、を備え、
前記第1アノード電極は、前記光陰極と前記第2アノード電極との間に配置され、前記第1アノード電極の前記第2アノード電極に対向する面は凹形状であり、前記第2アノード電極の前記第1アノード電極に対向する面は凸形状であり、
前記制御部は、前記電子銃に対して設定された所定のパルス条件での前記電子銃のパラメータに応じて、前記電子光学系による前記パルス電子線の前記試料への照射条件を最適化する電子線応用装置。
【請求項8】
請求項7において、
前記電子銃のパラメータは、仮想光源位置、仮想光源径、照射開き角及び換算輝度値を含む電子線応用装置。
【請求項9】
請求項7において、
前記制御部は、前記電子銃に対して設定されるパルス条件を複数に振ってシミュレーションを行って求めた前記電子銃のパラメータを内部パラメータとしてあらかじめ保有し、前記電子銃に対して設定された前記所定のパルス条件での前記電子銃のパラメータを、前記内部パラメータを参照して求める電子線応用装置。
【請求項10】
請求項7において、
前記制御部は、前記試料に対する前記パルス電子線の照射角を制御するため、前記電子銃の前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に印加される制御電圧を制御する電子線応用装置。
【請求項11】
請求項7において、
前記電子線応用装置は、走査型電子顕微鏡であり、
前記電子光学系は減速法が適用される電子光学系である電子線応用装置。
【請求項12】
請求項11において、
前記電子銃の前記第2アノード電極の端部が前記試料付近まで延長されて加速管を形成する電子線応用装置。
【請求項13】
請求項7において、
前記光陰極と前記第2アノード電極との間に加速電圧が印加され、前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に制御電圧が印加されたときの前記光陰極の表面電界強度は、前記第1アノード電極を設けない場合に前記第2アノード電極に前記加速電圧が印加されたときの前記光陰極の表面電界強度よりも大きくなる電子線応用装置。
【請求項14】
請求項7において、
前記光陰極と前記第2アノード電極との間に加速電圧が印加され、前記第1アノード電極と前記第2アノード電極との間に制御電圧が印加されたときの前記光陰極の表面電界強度は、5 MV/m以上である電子線応用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は光陰極を用いた電子銃、およびそれを用いた電子顕微鏡などの電子線応用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
加速した電子線を照射し、試料と相互作用した電子を検出する電子顕微鏡を用いることで、試料の微細構造を計測できる。特許文献1には、電子顕微鏡にパルス電子銃を搭載し、短パルス化された電子線を試料に照射するタイミングを制御することで、ピコ秒からナノ秒の時間スケールで生じる化学反応、生体構造の変化、結晶の相変化などの高速現象を高い空間分解能で動的に可視化する装置が開示されている。
【0003】
近年、表面の電子親和力が負(Negative Electron Affinity:NEA)の光陰極電子源により、Schottky型電子銃と同程度の高い輝度(~1×107 A/m2/sr/V)が報告されている(非特許文献1)。このような高輝度NEA光陰極をパルス光で励起することにより、電子線を容易に短パルス化できる。この高輝度NEA光陰極のパルス電子銃を搭載した電子顕微鏡により、高い空間分解能の計測が可能になるものと期待される。例えば、特許文献2には、そのようなNEA光陰極を用いた電子銃の構成が開示されている。
【0004】
なお、特許文献3には、制御アノード電極を備えた電子銃の構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2007-531876号公報
【文献】国際公開第2019/151025号
【文献】特開平10-112274号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kuwahara他、「Coherence of a spin-polarized electron beam emitted from a semiconductor photocathode in a transmission electron microscope」Applied Physics Letters、 Vol. 105、 p.193191、 2014年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
パルス電子線の1パルスに含まれる電子数を大きくすると、パルス内の電子が互いにクーロン反発して電子線の軌道やエネルギー分布が変化する空間電荷効果が課題となる。空間電荷効果が顕在化したパルス電子線では、輝度低下やエネルギー幅増大などの悪影響が生じる。また、1パルスあたりの電子数が同じ条件で比較した場合、パルス幅が短いほど空間電荷効果の悪影響が顕在化しやすい。
【0008】
基底状態と励起状態の遷移が可逆的に変化する試料の場合、例えば特許文献1に開示されているような、光照射によって励起された試料の計測に電子線を用いる光ポンプ&電子プローブ法を適用することで、短時間に生じる高速現象を計測することができる。この手法は、試料励起後に、計測するまでのタイミングを制御することで時間分解計測する手法である。可逆過程の計測であれば計測を繰り返して積算信号を検出できるため、空間電荷効果が問題とならない条件を選択することが可能である。
【0009】
しかしながら、基底状態と励起状態の遷移が不可逆的に変化する試料の場合、繰り返し計測による積算信号の検出ができないため、1パルスの電子線照射によって充分な計測信号を得ることが必要になる。しかしながら、1パルスに含まれる電子数を多くすると、空間電荷効果により空間分解能が劣化してしまうおそれがあった。このため、シングルショット計測により不可逆過程を計測する場合には、高い時間分解能と高い空間分解能とを両立させることができなかった。
【0010】
なお、特許文献3に開示される電子銃は、カソードとアノードとの間に配設される制御アノード電極を備えている点で、以下に説明する実施例の電子銃の構成との共通点を有する。しかしながら、特許文献3の電子銃は電子ビーム縮小転写用の電子銃であり、制御アノード電極は、電子銃の高エミッタンス化のために設けられており、目的を全く異にするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一実施の形態である電子銃は、基板と基板上に形成される光電膜とを有する光陰極と、パルス励起光を発光する光源と、光陰極の基板に対向して配置され、パルス励起光を光陰極に向けて集光する集光レンズと、光陰極の光電膜に対向して配置される第1アノード電極及び第2アノード電極と、第1アノード電極と第2アノード電極との間に第1制御電圧を印加する第1電源と、光陰極と第2アノード電極との間に加速電圧を印加する第2電源とを有し、
第1アノード電極は、光陰極と第2アノード電極との間に配置され、第1アノード電極の第2アノード電極に対向する面は凹形状であり、第2アノード電極の第1アノード電極に対向する面は凸形状であり、
第1制御電圧は、光陰極の表面電界強度が、第1アノード電極を設けない場合に第2アノード電極に加速電圧が印加されたときの光陰極の表面電界強度よりも大きくなる電圧とされる。
【0012】
また、本発明の一実施の形態である電子線応用装置は、電子銃を含み、電子銃から放出されるパルス電子線を試料に照射する電子光学系と、パルス電子線が試料に照射されることにより、試料を透過した電子または試料との相互作用により放出される電子を検出する検出器と、電子光学系からの試料へのパルス電子線の照射条件を制御する制御部と、を有し、
電子銃は、基板と基板上に形成される光電膜とを有する光陰極と、パルス励起光を発光する光源と、光陰極の基板に対向して配置され、パルス励起光を光陰極に向けて集光する集光レンズと、光陰極の光電膜に対向して配置される第1アノード電極及び第2アノード電極と、を備え、
第1アノード電極は、光陰極と第2アノード電極との間に配置され、第1アノード電極の第2アノード電極に対向する面は凹形状であり、第2アノード電極の第1アノード電極に対向する面は凸形状であり、
制御部は、電子銃に対して設定された所定のパルス条件での電子銃のパラメータに応じて、電子光学系によるパルス電子線の試料への照射条件を最適化する。
【発明の効果】
【0013】
光陰極を用いたパルス電子銃で、空間電荷効果に起因する電子銃輝度の劣化を抑制し、高い時間分解能と高い空間分解能を両立した計測を実現できる。
【0014】
その他の課題と新規な特徴は、本明細書の記述および添付図面から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】実施例1に係るパルス電子銃の概略を示す図である。
図2】実施例1に係るパルス電子銃の概略を示す図である。
図3】従来のパルス電子銃の概略を示す図である。
図4】実施例1に係るパルス電子銃の軸上電位分布のグラフである。
図5】実施例1に係るパルス電子銃の軸上電界強度分布のグラフである。
図6】実施例1に係るパルス電子銃の仮想光源位置の電子数依存性のグラフである。
図7】実施例1に係るパルス電子銃の仮想光源径の電子数依存性のグラフである。
図8】実施例1に係るパルス電子銃の照射開き角の電子数依存性のグラフである。
図9】実施例1に係るパルス電子銃の換算輝度の電子数依存性のグラフである。
図10】実施例1に係るパルス電子銃のエミッタンスの電子数依存性のグラフである。
図11】パルス電子銃の仮想光源位置、仮想光源径、照射開き角の定義を示す図である。
図12】実施例2に係る電子線応用装置の概略を示す図である。
図13】実施例2に係る電子線応用装置の概略を示す図である。
図14】電子線の試料上の照射角と照射領域の定義を示す図である。
図15】実施例3に係る電子線応用装置の概略を示す図である。
図16】実施例3に係る電子線応用装置の概略を示す図である。
図17】最適照射角について説明するための図である。
図18】実施例4に係る電子線応用装置の概略を示す図である。
図19】実施例4に係る電子線応用装置の概略を示す図である。
図20】電子線応用装置の制御値の設定手順を示すフローチャートである。
図21】電子線応用装置の制御値の設定手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。
【実施例1】
【0017】
図1にパルス電子銃の構成例を示す。パルス電子銃21は電子顕微鏡に代表される電子線応用装置に組込まれる要素の一部であり、本実施例で説明するパルス電子銃を組み込んだ電子顕微鏡は、実施例2~実施例4として詳細を説明する。
【0018】
パルス電子銃21は、透明基板11の上に形成された光電膜12を有する光陰極13、光陰極13を励起するためのパルス光源1、光陰極13にパルス励起光2を集光するための集光レンズ4、光陰極13上の電界強度を制御するための第1アノード電極22、電子線を最終エネルギーに加速するための第2アノード電極23を有する。パルス電子銃21による照射角や照射電流量などの電子光学系の制御性を向上する目的で、図2に示すように印加電圧を可変にできる第3アノード電極24を追加してもよい。カソード電極14、第1アノード電極22、第2アノード電極23、第3アノード電極24にはそれぞれ電源30~33が接続され、各電極の電位が制御される。なお、第2アノード電極23の電位を常に基準電位とする場合には、電源32は省略することも可能である。また、後述するように、第2アノード電極23の一部を、電子線を加速して輸送するための加速管として構成してもよい。
【0019】
図1では光陰極13の周辺構造のみを図示しており、図示しない差動排気絞り、真空チャンバ、真空排気設備などによって、光陰極13の周囲は極高真空が維持されている。真空排気設備として、イオンポンプや非蒸発型ゲッタポンプなどが接続される。光電膜12は好ましくはGaAsで構成されたp型半導体であり、その表面は伝導帯下端のエネルギー準位が真空準位よりも高いNEA表面となっている。このNEA表面を有する光電膜12に対し、光電膜12のバンドギャップに対応する波長の励起光を照射すると、価電子帯から伝導帯に励起された電子が効率よく放出されるため、これを電子顕微鏡の照射電子線として利用できる。特に、GaAsを光電膜とするNEA光陰極は、放出される電子線のエネルギー幅が0.2 eV以下と小さく、エネルギー分解能が求められる測定には有効である。
【0020】
光陰極13は集光レンズ4とともに電子銃の真空チャンバ内に置かれる。一方、光陰極13を励起するための励起光源となるパルス光源1は真空チャンバ外に置かれ、パルス励起光2はビューイングポート3を通過して光電膜12の透明基板11側の近傍に配置された集光レンズ4によって光電膜12に集光される。この集光点より放出される電子を電子顕微鏡の照射電子線として利用する。パルス光源1からのパルス励起光2の出力は、必要なパルス電子線を得るために必要な照射強度を満たす限り、空間光出力でも光ファイバ出力でも構わない。図1の配置とすることで、光電膜12に開口数(NA)0.5以上でパルス励起光2を集光でき、回折限界と同程度の集光径を達成できる。特にGaAsを主体とする光電膜12に対する最適な励起波長は700~800 nmの範囲にあり、回折限界で集光した場合の集光径はφ1 μm程度となる。NEA表面から放出されるパルス電子線25の角度範囲は約10 度以下と狭いため、高輝度な電子源が得られる。以下、特に記述しない場合は、パルス励起光2は図1のように光陰極13の光電膜12に集光されているものとする。
【0021】
先端径φ数10~100 nm程度に先鋭化した電極先端部に電界集中して電子線を放出する電界放出型電子源と比べて、NEA表面を有する光電膜を持つ光陰極電子源の電子放出領域は直径φ1 μmと大きい。このため、電子密度が同じ電子線で比較した場合、光陰極電子源ではより広い空間から放出される電子線を利用するため、電子放出領域で電子間距離が大きく、短パルス化した場合も空間電荷効果が顕在化しにくい点で電界放出型電子源よりも優位である。
【0022】
各電極に電圧が印加された状態で光陰極13に励起光を照射すると電子線が放出される。光陰極13に励起光としてパルス励起光2を照射することで放出される電子線25はパルス化される。光陰極13より放出されるパルス電子線25はパルス励起光2と同様のパルス波形となるため、パルス電子線のパルス幅やパルス間隔は、パルス励起光2のパルス幅やパルス間隔と同程度となる。シングルショット計測やポンプ&プローブ計測など、パルス化された照射電子線のタイミング制御を必要とする場合には、電子顕微鏡の撮像システムや試料の励起光源と同期制御を行うためのパルス発生器や遅延制御器などがパルス光源に接続される。
【0023】
励起光の光路調整や電子光学系のアライメント調整を行う場合や、連続電子線とパルス電子線との比較が必要となる場合に備え、励起光源はパルス光源と連続光源の両方が接続されており、切替えて使用できる構成が好ましい。また、アノード電極が複数段となることで問題となる軸ずれの悪影響を回避するため、第1アノード電極22または第2アノード電極23を方位角方向に等分割された部分電極からなり、部分電極は光軸を中心に対称となるように配置して構成してもよい。この構成により、差動排気絞りなど電子線の照射角度を制限する構成物に対してパルス電子線25のアライメントを調整するための偏向場を重畳することも可能である。また、電子銃室内にアライメント用の静電型偏向器を別途設けてもよい。電子銃は光陰極13の置かれるチャンバ(電子銃室)内の真空が極高真空領域であることが重要である。このため、チャンバ内の部材はベーカブルであることが必要であり、この観点で電磁型偏向器よりも静電型偏向器の方が好ましい。
【0024】
光陰極13を用いた従来の電子銃構造を図3に示す。この構造では、カソード電極114とアノード電極123とが対向した2電極構造を有し、カソード電極114はアノード電極123に対し凹面、アノード電極123はカソード電極114に対し凸面となっている。この電極構造はPierce型と呼ばれ、カソード電極114とアノード電極123の間に分布する電界による凸レンズ作用が増強された静電レンズ作用が得られる。この電極構造により電子線25の横方向の広がりを抑制する効果が得られるものの、電子放出領域の周囲がカソード電位の電極114に囲まれているため、光陰極13の表面での加速電界強度は低下することになる。空間電荷効果は、電子同士のクーロン反発を主な要因とする現象であるため、光陰極13より放出された直後の電子のエネルギーが小さい領域において最も強く表れる。これに対して、本実施例での電極構造は、第2アノード電極23とカソード電極14との間に、光陰極13に近接させて第1アノード電極22を配置する。また、第1アノード電極22の第2アノード電極23に対向する面は凹形状であり、第2アノード電極23の第1アノード電極22に対向する面は凸形状を有する。また、図2に示したように第3アノード電極24を備える場合には、第1アノード電極22の第3アノード電極24に対向する面は凹形状であり、第3アノード電極24の第1アノード電極22に対向する面は凸形状であり、第3アノード電極24の第2アノード電極23に対向する面は凹形状であり、第2アノード電極23の第3アノード電極24に対向する面は凸形状である。この構造により、Pierce型電極構造の効果を得ながら、図3に示した電子銃構造の課題である放出直後の電子に対する空間電荷効果の影響を抑制できる。なお、静電レンズ作用が電子に及ぶのは光軸近傍であり、図1図2に示した電子銃構造では当該領域において第1アノード電極22の先端部と光陰極13とが近接して配置されているため、カソード電極14は平板電極として構成されている。
【0025】
第1アノード電極22の効果を検証するため、図1のパルス電子銃の電界強度分布と電子線軌道を計算した。この計算においては、電子銃を搭載する電子線応用装置として透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)や走査透過型電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope:STEM)を想定し、照射エネルギー200 keVの電子銃構造とした。電源30が印加するカソード電極電圧Vを-200 kV、電源31が印加する第1アノード電極電圧Vを-180~-195 kV、電源32が印加する第2アノード電極電圧Vを0 Vとした。なお、以下では、第1アノード電極22と第2アノード電極23との間に印加される電圧を制御電圧(この例では、第1アノード電極電圧V)、カソード電極14、したがって光陰極13と第2アノード電極23との間に印加される電圧を加速電圧(この例では、カソード電極電圧V)と呼ぶことがある。カソード電極14と第1アノード電極22の間隙dは1.5 mm、第1アノード電極22と第2アノード電極23の間隙dは、この2電極の電位差が最大で約200 kVとなることを考慮して23 mmに設定した。
【0026】
この条件での軸上電位分布を図4に、軸上電界強度を図5に示す。図4および図5で、光陰極13の電子放出面はZ= 0 mm、第1アノード電極22はZ= 2 mm、第2アノード電極23の先端部はZ= 25 mmに対応する。また、両図とも制御電圧V=-195kV、-190kV、-180kVのときの波形を、それぞれ破線、点線、実線で示している。なお、制御電圧V=-195 kVのとき、本実施例の電子銃の電位分布や電界分布は、図3に示した従来電子銃と概ね同等の電位分布や電界分布となっている。そこで、本実施例の電子銃を従来電子銃と比較する場合、仮想光源径、照射開き角、輝度、エミッタンスなどのパラメータについて、制御電圧V=-195 kVの条件で算出した値を従来電子銃の値として用いる。
【0027】
図5に示されるように、Z= 0 mmにおける軸上電界強度の絶対値は、制御電圧V=-195 kVで約3 MV/mとなるのに対し、制御電圧V=-180 kVでは8 MV/mとなっており、第1アノード電極22に印加される制御電圧を変えることにより光陰極13の表面電界が制御できることがわかる。具体的には、制御電圧Vが-195 kV、-190 kV、-180 kVの順に光陰極13の表面電界強度が増大している。
【0028】
第1アノード電極22に制御電圧Vを印加し、光陰極13の表面電界を大きい条件(例えば、制御電圧V=-180 kV)とした場合、軸上電位(図4参照)は単調増加(∂V/∂Z>0)で、軸上電界(図5参照)は光軸上の2箇所で極値(∂Ez/∂Z=0)を持ち、極大値と極小値が存在する。また、第1アノード電極22と第2アノード電極23の間の∂2V/∂Z2>0の領域に分布する凸レンズの強度は|∂2V/∂Z2|に比例する。Pierce型の電極構造とすることで、アノード電極が曲率を持たない場合、すなわちアノード電極とカソード電極とをともに平板電極で構成する場合と比べて|∂2V/∂Z2|が大きくなっており、凸レンズ作用が増強されていることがわかる。
【0029】
NEA表面を有するGaAsを光電膜12(活性層)とする光陰極13で達成可能なパルス幅(τ)4ピコ秒のパルス電子線について、パルス励起光2の光電膜12の集光径φ1 μmとして、制御電圧Vの値と1パルスの電子数Nを変えて計算した仮想光源位置zvs図6に、仮想光源径rvs図7に、電子線の照射開き角αvs図8に、換算輝度βを図9に、エミッタンスを図10に示す。図6図10とも制御電圧V=-195kV、-190kV、-180kVのときの波形を、それぞれ破線、点線、実線で示している。
【0030】
図11を用いて、仮想光源位置zvs、仮想光源径rvs、照射開き角αvsの定義を説明する。絞り51を通過したパルス電子線25について、第2アノード電極23を通過した後のレンズ場のない領域の軌道を光陰極13側に外挿し、水平方向の広がりが最小となる位置15が仮想光源位置zvsであり、その位置でのビーム半径が仮想光源径rvs、仮想光源からの電子線の開き半角が照射開き角αvsと定義される。電荷素量をe=-1.6×10-19 C、加速電圧V=-200 kVとして、 換算輝度βは(数1)に示す関係式により算出できる。また、エミッタンスはrvs×αvsで定義される。
【0031】
【数1】
【0032】
1パルスあたりの電子数Nに比例して換算輝度βが増大している場合、その条件では空間電荷効果が顕在化していないといえる。図9に示されるように、制御電圧V=-180kVの条件では、算出した全範囲でほぼ線形性が保たれているのに対して、制御電圧V=-190kV、-195kVの条件では、1パルスあたりの電子数Nが大きくなるにつれて換算輝度βが飽和している。また、同じ1パルスあたりの電子数Nであれば表面電界強度が大きい条件ほど、換算輝度βは大きくなっている。例えば、1パルスに含まれる電子数N=104個の条件で比較した換算輝度βは、従来電子銃(図3、制御電圧V=-195kVの条件に相当)ではSchottky型電界放出電子銃の約2倍に相当する4.0×107 A/m2/sr/Vであるのに対し、制御電圧V=-180kVの条件では最大で冷陰極型電界放出(Cold Field Emission:CFE)電子銃に迫る1.2×108 A/m2/sr/Vが得られることがわかった。また、図10に示されるように、エミッタンスは値が小さい程ビームの集束性がよいことを示す指標であるところ、表面電界強度が大きい条件ほど、1パルスあたりの電子数Nの大きいパルス電子線での横方向の広がりが小さくなっていることが確認できる。
【0033】
以上の計算結果から、本実施例の電子銃構成では、図9図10に示されるように、空間電荷効果の影響を抑制するには、カソード表面の加速電界強度は大きいほど好ましいことが分かる。具体的には、パルス電子線で1パルスあたりの電子数を大きくした時の空間電荷効果の悪影響を低減するには、光陰極13の表面の電界強度は5 MV/m以上が好ましい。
【0034】
このような計算結果が得られる理由は以下のように説明できる。光陰極13の表面付近での電子同士が反発することで生じる電子軌道の発散は、光陰極13の表面に凹レンズがある状況に相当する。一方、第1アノード電極22に制御電圧Vを印加して加速電界を設けることは、光陰極13の表面に凸レンズを形成して空間電荷効果に起因する凹レンズ作用を相殺するのと同等の効果が得られる。この原理に従い、第1アノード電極22に印加した制御電圧Vによって光陰極13の表面の空間電荷効果の影響を抑制していると説明できる。したがって、空間電荷効果の影響が強く表れやすい1パルスあたりの電子数が大きいパルス電子線についても高い輝度を得るには、光陰極13の表面の加速電界が最大となるように、第1アノード電極22の制御電圧Vを制御することが有効である。
【0035】
しかし、実際にはカソード電極14と第1アノード電極22との間の狭い空間内に大きな電位差を作ると放電リスクが高まる。このため、カソード電極14、第1アノード電極22、第2アノード電極23の配置は、実際に印加される電圧値に基づいて想定される電界強度分布を事前に計算し、放電リスクの小さい電極構造となるように構成する必要がある。また、仮想光源径rvs、仮想光源位置zvs、照射開き角αvsおよび換算輝度βは、パルス電子線の加速電圧、パルス幅、電子数などに依存する。このため、上記のパラメータを事前にシミュレーションによって計算しておき、その条件に合わせるように、パルス電子銃よりも試料側の電子光学系の照射条件を最適化する電子顕微鏡の構成が考えられる。そのような電子顕微鏡の構成については、以下の実施例2~実施例4において説明する。
【0036】
空間電荷効果の影響を抑制するため、パルス励起光2の集光位置を光陰極13の活性層(光電膜12)からデフォーカスして、集光径がやや大きい条件を選択できるように励起光学系を構成してもよい。空間電荷効果は電子放出位置の近傍で電子同士が反発することで顕在化するため、電子放出面積を増大することにより、空間電荷効果の影響は低減される。集光径を連続的または特定のデフォーカス条件とフォーカス条件とを切り替えて使用できるように励起光学系を構成しておき、輝度が顕著に低下しない範囲でデフォーカス量を設定するようにパルス電子銃を構成してもよい。ただし、励起光をデフォーカスした条件ではパルス電子銃の仮想光源径rvsが大きくなることに加え、1パルスあたりに放出される電子数Nも変化するため、デフォーカス条件に対し最適な電子光学系の集束条件を別途設定する必要がある。
【0037】
以上、NEA表面を持つ高輝度光陰極を適用したパルス電子銃として説明したが、NEA光陰極を用いたものと同程度に高輝度な面状パルス電子銃に対しても、空間電荷効果の影響を抑制する手法として、図1または図2に示した電極構造は有効である。
【0038】
以下では、実施例1のパルス電子銃を搭載した電子線応用装置について説明する。
【実施例2】
【0039】
実施例1のパルス電子銃を搭載した透過型電子顕微鏡(TEM)の構成例を図12および図13に示す。図12は光陰極13と試料52の間でパルス電子線25がクロスオーバを持たない場合、図13は光陰極13と試料52の間でパルス電子線25がクロスオーバ26を持つ場合を示す。パルス電子線25の加速電圧が大きい条件や1パルスの電子数が少ない条件など、クロスオーバ位置における空間電荷効果が問題とならない条件では、クロスオーバを持つように電子光学系を制御しても空間分解能の劣化は問題にならない。一方で、パルス電子線の加速電圧が小さい条件や1パルスの電子数が大きい条件など、クロスオーバ位置での空間電荷効果が問題となりやすい条件では、空間分解能の劣化を回避するために図12のようにクロスオーバがないように、あるいはクロスオーバの数を最小限とするように電子光学系を制御することが好ましい。
【0040】
TEMでは、試料52に電子線を照射し、透過した電子27を対物レンズ62や投影レンズなどで蛍光面53の上に投影して得られる像や回折パターンをCCDカメラなどで撮像する。試料52を透過した電子線のエネルギースペクトルを計測する目的で、電子エネルギー損失分光(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)検出器を配置してもよい。照射電子線を短パルス化して照射するタイミングを制御することで、TEMのシングルショット像を取得でき、パルス幅と同程度の時間スケールで生じる高速現象を撮像できる。
【0041】
1パルスあたりの電子数が大きい条件では、空間電子効果によって仮想光源径rvsが増大する。このため、パルス電子線について設定される加速電圧、電子数、パルス幅などに対し、事前に計算された仮想光源径rvsに基づき、設定条件に対する最適な制御値となるように、パルス電子顕微鏡の制御系が構成される。
【0042】
TEM観察で高い空間分解能を得るには、パルス電子線25は試料52に対し平行照射に近い条件となるように照射角(半角)θを小さく設定する必要がある。パルス電子線25の照射角θは、光陰極13と試料52との間に搭載されたコンデンサレンズ61の強度、および電子線の通過領域を制限する絞り51によって調整される。図14に示すように、電子線25の照射角(半角)θは、試料52より光陰極13側に形成されたクロスオーバ17を見込む角度として定義される。パルス電子銃の仮想光源径rvs、コンデンサレンズの縮小率M、クロスオーバ17と試料52との距離Lとして、照射角θ=Mrvs/Lと表せる。なお、縮小率Mはパルス電子銃の仮想光源位置zvsにも依存する。
【0043】
一方、絞り51を通過するパルス電子線25の電子線照射領域の半径Rは、仮想光源位置16の照射開き角αvsとして、半径R~Lαvs/Mと近似できる。像S/Nの向上には電流密度(∝R-2)を大きく設定する必要がある。ここで、半径Rと照射半角θとの積は(数2)に示すように近似できる。(数2)より、照射角θを小さく、かつ電流密度を大きくするには換算輝度βの大きいパルス電子銃が優位である。
【0044】
【数2】
【0045】
図20に電子顕微鏡の制御パラメータの設定手順の一例を示す。はじめに光陰極13より放出するパルス電子線25の照射条件として、パルス幅、パルス間隔、電荷量(電子数)を設定する(S1)。これらのパラメータは、装置仕様として与えられた設定値の範囲内で観察者が自由に設定できるものである。パルス電子線25のパルス幅とパルス間隔は実質的に光陰極13に照射するパルス励起光2のパルス幅、パルス間隔に応じて決まり、1パルスあたりに含まれる電荷量は励起光の集光条件に加え、パルス励起光2のパルス幅とピーク強度(または強度を時間について積分したピークエネルギー)に対応して決まる。このため、パルス励起光2の光陰極13への照射条件を設定することによって、パルス電子線25の照射条件を設定することができる。
【0046】
続いてパルス電子銃21の電極電圧、すなわち加速電圧V及び制御電圧Vを設定する(S2)。通常の観察ではパルス電子銃21を高輝度条件で使用する方が好ましいため、制御電圧Vは光陰極表面の電界強度が最大となるように、設定可能な制御電圧Vの最大値が設定される。
【0047】
以上のパルス条件が決まると、パルス電子銃21の仮想光源位置zvs、仮想光源径rvs、照射開き角αvs、換算輝度βが決まる。これらのパラメータについてパルス条件を複数に振ってシミュレーションを行って求めた計算値を、装置は内部パラメータとしてあらかじめ保有しており、制御部41は、内部パラメータを参照して、設定されたパルス条件でのパルス電子銃のパラメータの値を得る(S3)。続いて、制御部41は、パルス条件に対応する電子銃のパラメータに合わせて、パルス電子銃21と試料52との間に設置された各電子レンズについて、適切なクロスオーバ位置となるように電子光学系の照射条件を設定する(S4)。試料52とクロスオーバの距離Lと電子光学系の倍率Mを制御することにより、試料に照射されるパルス電子線の照射角θと照射面積(半径R)の大きさを調整する。所望の観察視野を特定し(S5)、観察条件を決定し、画像データやスペクトルデータを取得する(S6)。
【0048】
図20のフローでは、照射角θや照射領域(半径R)の変更を電子光学系の照射条件の制御により行っているのに対し、コンデンサレンズ61や対物レンズ62の集束条件や電子線のアライメント条件などの条件は固定して、第1アノード電極22の制御電圧Vを制御することにより行ってもよい。例えば図1に示した電極構造の場合、電子数104 個のパルス条件とした場合、制御電圧Vを-180 kVから-195 kVに変更すると、仮想光源位置zvsは-18 mmから-60 mmに、仮想光源径rvsは0.8 μmから2.0 μmに、照射開き角αvsは1.5 mradから1.2 mradに変わる。電子光学系のパラメータを固定しても、制御電圧Vを変えることで試料52上の照射角θと照射領域(半径R)が変わるため、観察者にとって好ましい観察条件を選択できる。この場合の制御パラメータの設定手順の一例を図21に示す。基本的には図20と同様の手順に沿って観察条件を決定する。通常のTEM観察では電子銃21と試料52の間に設置されたコンデンサレンズ61のクロスオーバ位置により、試料に対する電子線の照射条件を制御するが、本実施例の電子顕微鏡では電子光学系の条件は固定して、電子銃21の制御電圧Vを変える(S7)ことにより、同様の制御が可能となる。
【0049】
また、本実施例のパルス電子銃21を、パルス条件に関わらず最大輝度の条件で使用する場合には、光陰極13の表面電界が最大となる条件で使用することが好ましい。また、より高い空間分解能を得るために、結像系に球面収差や色収差の収差補正器を搭載してもよい。
【実施例3】
【0050】
実施例1のパルス電子銃を搭載した走査透過型電子顕微鏡(STEM)または走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)の構成例を図15および図16に示す。図15は光陰極13と試料52の間でパルス電子線25がクロスオーバを持たない場合、図16は光陰極13と試料52の間でパルス電子線がクロスオーバ26を持つ場合を示す。パルス電子線25の加速電圧が大きい条件や1パルスの電子数が少ない条件など、クロスオーバ位置における空間電荷効果が問題とならない条件では、クロスオーバを持つように電子光学系を制御しても空間分解能の劣化は問題にはならない。一方で、パルス電子線の加速電圧が小さい条件や1パルスの電子数が大きい条件など、クロスオーバ位置での空間電荷効果が問題となりやすい条件では、空間分解能の劣化を回避するために図15のようにクロスオーバがないように、あるいはクロスオーバの数を最小限とするように電子光学系を制御することが好ましい。
【0051】
STEMやSEMでは、数段のコンデンサレンズ61と対物レンズ62で集束した照射電子線25を、偏向器63によって試料52の上で走査した際に各照射位置で発生する信号電子(透過電子27、二次電子28など)を検出器54や検出器55で検出し、信号強度のマッピング像を観察画像として得る。二次電子28を検出するために、例えばウィーンフィルタで構成された軸外偏向器64を利用することで、検出器55を用いて低エネルギー(<約20 eV)の二次電子28を効率良く検出できる。また、試料52を透過した電子27の検出器54として、明視野検出器、暗視野検出器、EELS検出器、カソードルミネッセンス(CL)検出器などが搭載されていてもよい。また、試料の励起光源と同期制御を行うためのパルス発生器や遅延制御器などをパルス光源1に接続することにより、ポンプ-プローブ法による可逆過程の時間分解計測を可能としてもよい。
【0052】
図17は、プローブ電流が一定の条件において、軸上ビーム径を決定する各因子の照射角αに対する依存性を模式的に示した図である。STEMやSEMにおいて、試料上に集束されたパルス電子線25の照射ビーム径75は、対物レンズ62の幾何収差(球面収差δ71、色収差δ72、回折収差δ73)および光源径δ74に依存する。各因子は試料への照射角α図15図16参照)に対する依存性を持ち、ビーム径が最小となる照射角αの最適値(αopt)が存在する。電子線25の試料上の照射角αは、光陰極13と試料52の間に搭載されたコンデンサレンズ61や対物レンズ62の集束強度、およびパルス電子線25の通過領域を制限する絞り51によって調整される。
【0053】
1パルスあたりの電子数Nが大きい条件では、空間電荷効果によって仮想光源径rvsが増大する。このため、必要とされる空間分解能を確保するために電子光学系を適切に制御する必要がある。パルス電子銃の換算輝度βから、光源径δは(数3)により計算され、換算輝度βの大きいパルス電子銃ほど光源径δが小さくなる。したがって、1パルスあたりの電子数Nが同じであれば換算輝度βが高い程、照射ビーム径75に対する光源径δの寄与を小さくできることが分かる。
【0054】
【数3】
【0055】
観察者の設定条件から想定される球面収差δ71、色収差δ72、回折収差δ73、および光源径δ74の数値から、照射半角αの最適値(αopt)が決定され、制御部41は最適照射角αoptを与える電子光学系の照射条件を設定する。このときの電子顕微鏡の制御パラメータの設定手順は実施例2に示した図20と同様であり、重複する説明は省略する。
【0056】
ステップS1、ステップS2でパルス電子線のパルス条件が設定されると、パルス電子銃21の仮想光源位置zvs、仮想光源径rvs、照射開き角αvs、換算輝度βが決まる。これらのパラメータについてパルス条件を複数に振ってシミュレーションを行って求めた計算値を、装置は内部パラメータとしてあらかじめ保有している。SEMやSTEMの場合は、上述のように試料上に投影される光源径δは輝度βに依存しており、光源径δと回折収差δはともに試料上の照射角αに反比例する関係を有している。このため、1パルスに含まれる電荷量Nが充分に小さく、試料上に投影される光源径δが充分に小さい条件では、回折収差δ、球面収差δ、色収差δに基づき最適照射角αoptが決定される。一方、1パルスに含まれる電荷量Nが大きく、試料上に投影される光源径δが充分に大きい条件になると、回折収差δよりも光源径δのビーム径に対する寄与が大きくなるため、光源径δ、球面収差δ、色収差δに基づき最適照射角αoptが決定される。最適照射角αoptは、各条件について図17に示すような各収差のビーム径に対する寄与を照射角αに対しプロットし、総合的なビーム径の計算値が最小となるように決定される。
【0057】
制御部41は、パルス条件に対応する電子銃のパラメータに合わせて、パルス電子銃21と試料52との間に設置された各電子レンズについて、最適照射角αoptを与える適切なクロスオーバ位置となるように電子光学系の照射条件を設定する(S4)。
【0058】
実施例2と同様に、試料上の照射角αを調整するため、第1アノード電極22に印加する制御電圧Vを変更してもよい。この場合の制御パラメータの設定手順は図21のフローと同様である。通常のSEM観察やSTEM観察では電子銃21と試料52の間に設置されたコンデンサレンズ61のクロスオーバ位置により、試料に対する電子線の照射条件を制御するが、本実施例の電子顕微鏡では電子光学系の条件は固定して、電子銃21の制御電圧Vを変える(S7)ことにより、同様の制御が可能となる。
【0059】
より高い空間分解能を得るために、光陰極13と試料52の間に、球面収差や色収差を補正する収差補正器を搭載したSEMあるいはSTEMとしてもよい。
【実施例4】
【0060】
実施例1のパルス電子銃を搭載したSEMの構成例を図18に示す。一般的に加速電圧30 kV以下で利用されるSEMでは、透過型のTEMやSTEMと比べると利用される電子線のエネルギーが小さいため、空間電荷効果に起因する影響がより顕在化しやすい。また、カソード電極14に印加される電極電圧Vの絶対値が小さく、光陰極13より放出される電子線を大きく加速させるため第2アノード電極23に大きい正電圧を印加すると、電子銃21と試料との間で電子線を減速させる必要がある。このために電子光学系における電子線の軌道にクロスオーバが増えるのは好ましくない。一方で、第2アノード電極23から試料までの空間を基準電位(接地電位)とする場合には、カソード電極14と第1アノード電極22との電位差を大きく設定することが難しく、空間電荷効果の影響を十分低減することが困難である。そこで、実施例4の電子線応用装置の電子光学系では減速法を適用する。
【0061】
図18のSEMの構成例では、試料57に負電圧を印加するリターディング法を適用している。例えば試料57にリターディング電圧として-10 kVを印加する場合、パルス電子銃21では加速電圧11 kVのエミッション条件で放出されたパルス電子線25を用いて試料57上では照射電圧1 kVを実現できる。この場合、カソード電極14に印加される電圧Vを-11 kV、第1アノード電極22に印加される電圧Vを-1 kV、第2アノード電極23に印加される電圧Vを0 Vとでき、光陰極13の表面の加速電界強度5 MV/m以上を実現できる。上記の電圧条件とした場合は、第2アノード電極23を通過した後に試料57に到達するまでのパルス電子線25のエネルギーは11 keVに加速されるため、パルス内での電子同士の反発は抑制され、空間電荷効果も低減されるものと期待される。
【0062】
試料57に負電圧を印加すると、試料57上で発生した二次電子28は対物レンズ62と試料57の間に分布する電界によって加速され、対物レンズ62のレンズ磁場領域を通過し光陰極13の方向に進行する。このため、SEM鏡筒内にドーナツ形状の変換電極56を設置し、二次電子28が変換電極56に衝突して発生する低エネルギーの電子29を検出器55で検出することにより、充分な強度の信号を検出できる。
【0063】
図19のSEMの構成例では、試料52は接地電位として光軸上に同様の電位分布を設けるブースティング法を適用している。ブースティング法では第2アノード電極23は試料52の近傍まで延長されて加速管を形成し、加速管を形成する第2アノード電極23に対して高電圧が印加される。光陰極13より放出されたパルス電子線25は、筒状の第2アノード電極23の内部で高エネルギーを維持した状態で輸送される。例えば、カソード電極14に印加される電圧Vを-1 kV、第1アノード電極22に印加される電圧Vを+9 kV、第2アノード電極23に印加される電圧Vを+10 kVとすると、図18のSEMと同様の効果が得られることが期待される。
【符号の説明】
【0064】
1…パルス光源、2…パルス励起光、3…ビューイングポート、4…集光レンズ、11…透明基板、12…光電膜、13…光陰極、14…カソード電極、21…パルス電子銃、22…第1アノード電極、23…第2アノード電極、24…第3アノード電極、25…パルス電子線、26…クロスオーバ、27…透過電子、28…二次電子、29…電子、30~33…電源、41…制御部、51…絞り、52,57…試料、53…蛍光面、54~55…検出器、56…変換電極、58…ガード電極、59…環状検出器、61…コンデンサレンズ、62…対物レンズ、63…偏向器、64…軸外偏向器、71…球面収差、72…色収差、73…回折収差、74…光源径、75…照射ビーム径、114…カソード電極、121…パルス電子銃、123…アノード電極、130:電源。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21