IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 防衛省技術研究本部長の特許一覧

<>
  • 特許-急性ストレス評価用データの生成方法 図1
  • 特許-急性ストレス評価用データの生成方法 図2
  • 特許-急性ストレス評価用データの生成方法 図3
  • 特許-急性ストレス評価用データの生成方法 図4
  • 特許-急性ストレス評価用データの生成方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】急性ストレス評価用データの生成方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6851 20180101AFI20231220BHJP
   C12N 15/11 20060101ALI20231220BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20231220BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
C12N15/11 Z
G01N33/50 P
G01N33/48 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2022168550
(22)【出願日】2022-10-20
【審査請求日】2022-10-20
(73)【特許権者】
【識別番号】390014306
【氏名又は名称】防衛装備庁長官
(74)【代理人】
【識別番号】100067323
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 教光
(74)【代理人】
【識別番号】100124268
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 典行
(72)【発明者】
【氏名】守本 祐司
(72)【発明者】
【氏名】溝端 裕亮
【審査官】上條 のぶよ
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/251656(WO,A1)
【文献】特表2020-512016(JP,A)
【文献】国際公開第2021/216903(WO,A1)
【文献】特表2017-525350(JP,A)
【文献】国際公開第2021/113394(WO,A1)
【文献】特開2018-083808(JP,A)
【文献】特開2020-195314(JP,A)
【文献】国際公開第2021/076973(WO,A1)
【文献】Jpn J Psychosom Med,2016年,Vol.56, No.4,p.328-332
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/6851
C12N 15/11
A61K 35/30
A61K 31/713
A61K 48/00
A61P 25/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
急性ストレスの生体への影響を評価するために使用される急性ストレス評価用データの生成方法であって、
生体から採取された脳由来エクソソームが内包するmicroRNAのうち、少なくともmiR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p を含むmicroRNA群から選択された少なくとも1つの特定microRNAの発現量のデータを取得することを特徴とする急性ストレス評価用データの生成方法。
【請求項2】
前記脳由来エクソソームが、生体から採取された血液、血清、血漿、唾液、尿、汗、母乳、髄液を含む体液群から選択された体液から採取されたことを特徴とする請求項1に記載の急性ストレス評価用データの生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性ストレス(持続的でない一過性のストレス)の生体への影響を評価するために有用な急性ストレス評価用データの生成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
急性ストレスの評価手法は質問紙による主観的評価が主流であり、未だバイオマーカーによる客観的手法はない。これまでにも、血液・尿・唾液中の生理活性物質の測定による客観的評価が試みられているが、未だ確立されてはいない。近年、血液中のエクソソームを利用した試みも散見されており、具体的には、全エクソソームを利用した手法(PLoS One. 2014; 9: e108748. )や、慢性ストレス曝露時の脳由来エクソソームを利用した手法(Int J Mol Sci. 2021; 22: 9960.)が報告されている。慢性ストレス曝露時の脳由来エクソソームを利用した後者の手法は、例えば下記特許文献1に開示されている。
【0003】
急性ストレスに曝露された生体に惹起される不安を緩和する方法は、中枢神経作動薬(抗うつ剤等)の投与が基本であるが、その寛解率は約20-30%に留まる(Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2009; 33: 169-80.)。また、従来の治療(中枢神経作動薬の投与)は、ストレス性疾患の発症後に為される医療行為であり、予防的に、健常者に対して行われることはない。他方、エクソソームの摂取は、食品(牛乳など)を介して日常的に行われており、その健康増進効果も報告されている(Adv Nutr. 2019; 10: 711-721.)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】WO-A-2021/251656
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
急性ストレスの感受器官は脳であるため、そのバイオマーカーは、脳の分子病態を反映することが望ましいが、従来のエクソソーム研究では、そのようなバイオマーカーが提案されたことはなかった。血液中の全エクソソームを利用する手法では、脳以外の組織由来のエクソソームが混在するため、脳における変容を検出し難い(PLoS One. 2014; 9: e108748. )。また、前述した下記特許文献1に開示の脳由来エクソソームを用いた手法では、急性のストレスではなく慢性的なストレスを生体に負荷しているので、そのエクソソームに内包される因子は、生体の防御応答の限界を超えた疲憊期における機能低下を反映している可能性が高く、急性ストレスに起因する脳の分子病態を反映するものではないと考えられる。一方、急性ストレス期では、外界からの刺激に対する抵抗期であるため、この時期の脳由来エクソソームは、種々の生体防御因子を内包する蓋然性が高いと考えられる。
【0006】
前述したように、中枢神経系作動薬によるストレス性疾患の治療の寛解率は約20-30%に留まるため(Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2009; 33: 169-80.)、より効果的な治療方法の開発が切望されている。また、うつ病患者や慢性ストレスマウス由来の血中全エクソソームの生体投与は報告されているが(Neuropsychopharmacology. 2020; 45: 1050-1058., Brain Behav Immun. 2021; 94: 225-234.)、急性ストレス期に抽出されたエクソソームではないことに加え、ヘテロなエクソソーム集団を利用しているため、どの組織由来のエクソソームが作用しているのかが不明であった。
【0007】
本発明は、以上説明した課題を解決するためになされたものであり、急性ストレスの生体への影響を評価するために有用な急性ストレス評価用データの生成方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載された急性ストレス評価用データの生成方法は、
急性ストレスの生体への影響を評価するために使用される急性ストレス評価用データの生成方法であって、
生体から採取された脳由来エクソソームが内包するmicroRNAのうち、少なくともmiR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p を含むmicroRNA群から選択された少なくとも1つの前記microRNAの発現量のデータを取得することを特徴としている。
【0009】
請求項2に記載された急性ストレス評価用データの生成方法は、請求項1に記載の急性ストレス評価用データの生成方法において
前記脳由来エクソソームが、生体から採取された血液、血清、血漿、唾液、尿、汗、母乳、髄液を含む体液群から選択された体液から採取されたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る急性ストレス評価用データの生成方法によれば、生体から採取された脳由来エクソソームに含まれる確度の高い急性ストレスのマーカーとしてmiR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p を同定し、内在性コントロールに対するこれらマーカーの発現量(相対値でも絶対値でもよい)を取得することができるので、この発現量を急性ストレス評価用データとして評価・診断を行なえば、当該生体の急性ストレス状態を客観的に評価・診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】急性ストレス曝露マウス及び対照マウスから得た脳由来エクソソームが内包するmicroRNAを抽出して発現度合いをマイクロアレイ法で解析し、発現が変化したmicroRNAのうち、ヒトにおけるホモログが存在するものだけをリスト化した表図である。
図2図1に示す27種類のmicroRNAの発現比率についてリアルタイムRT-PCR法で再解析した結果を示す図である。
図3】急性ストレス曝露マウスから得た脳由来エクソソーム、対照マウスから得た脳由来エクソソーム、そして溶媒を、別の急性ストレス曝露マウスへそれぞれ投与(A:静脈内投与、B:脳室内投与)した後、各個体に対して行なったオープンフィールド試験と高架式十字迷路試験による不安行動の計測結果を示すグラフである。
図4】急性ストレスによって発現が亢進したmicroRNA3種と、生理作用を示さない対照microRNAを、急性ストレス曝露マウスへ静脈内投与した後、各個体に対して行なった高架式十字迷路試験による不安行動の計測結果を示すグラフである。
図5図3で示した3種類のマウス群に加え、急性ストレスに曝されているが静脈内投与はしていないマウス群と、急性ストレスに曝されていないかつ静脈内投与もしていないマウス群も加え、各個体に対して行なったオープンフィールド試験による不安行動の計測結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本願発明者は、以下に説明する実験も含めた種々の実験を行いつつ、鋭意研究を進めてきた結果、次のような知見を得るに至った。すなわち、急性ストレスの感受器官は脳であるため、急性ストレスに曝露された生体の体液(例えば血液)から脳由来のエクソソームを抽出し、さらに脳由来エクソソームが内包するmicroRNAを抽出すれば、これを急性ストレスの新規かつ客観的なマーカーとすることができるとの考えに基づき、さらに当該マーカーの発現量を示すデータを取得し、当該データを急性ストレス評価用データとして評価・診断を行なえば、急性ストレス状態の有無を客観的に評価することができるとの知見である。また、急性ストレス期は外界からの刺激に対する抵抗期であるため、この時期の脳由来エクソソームは、種々の生体防御因子を内包する蓋然性が高いと考えられ、従ってこのような脳由来エクソソーム及び当該脳由来エクソソームに内包される特定のmicroRNAが、急性ストレスに曝露された他の生体に惹起される不安を緩和し、又は不安の惹起を予防しうる不安緩和剤になるとの知見である。
【0019】
1.第1の実験
図1は、第1の実験の結果を示す図であり、急性ストレス曝露マウス及び対照マウスから脳由来エクソソームを採取し、これが内包するmicroRNAを抽出して発現度合いをマイクロアレイ法で解析し、発現が変化したmicroRNAのうち、ヒトにおけるホモログが存在するものだけをリスト化したものである。
【0020】
《実験方法》
水浸拘束ストレス1時間の急性ストレスを与えたマウスの血液と、水浸拘束ストレスを与えない対照マウスの血液から、それぞれ脳由来エクソソームを抽出した。次に、そのエクソソームが内包するすべてのmicroRNAを抽出して、各microRNAの発現度合いをマイクロアレイ法で解析した。そして、急性ストレスによって発現が変化したmicroRNAのうち、ヒトにおけるホモログ(相当するmicroRNA)が存在するものだけを抽出し、図1に示すようにリスト化した。図中の相対値は、対照群における発現度合いを1としたときの、急性ストレス群の相対値を示している。
【0021】
《結果の説明》
図1から、27種類のmicroRNAの発現が変化していることがわかり、その結果、これらのmicroRNAがヒトにおける急性ストレスを評価する指標の候補となり得ることが示唆された。しかしながら、マイクロアレイ法によって得られる発現比率は、一般的には定量性に乏しく、その値の信頼性は低いとされる。そのため、より正確な手法による定量が必要とされるため、図2に結果を示す第2の実験を実施した。
【0022】
2.第2の実験
図2は、図1に示す27種類のmicroRNAの発現比率についてリアルタイムRT-PCR法で再解析した第2の実験の結果を示したものである。
【0023】
《実験方法》
水浸拘束ストレス1時間の急性ストレスを与えたマウス(ストレス群、図2では黒い棒グラフ)の血液と、水浸拘束ストレスを与えない対照マウス(対照群、図2ではグレーの棒グラフ)の血液から、それぞれ脳由来エクソソームを抽出した。さらにそのエクソソームが内包するmicroRNAを抽出して、27種類のmicroRNAの発現度合いをリアルタイムRT-PCR法にて解析した。
【0024】
《結果の説明》
図2に示すグラフの縦軸は、横軸に沿って並べた27種類のターゲットmicroRNAの発現度合いを、内在性コントロールであるmiR-16に対する相対発現量として示したものである。図2では、ストレス群を黒い棒グラフで示し、対照群をグレーの棒グラフで示している。ストレス群の黒い棒グラフのうち、図2中右上に示したt検定におけるp値の範囲内に含まれるものには、当該p値の範囲に割り当てた記号を付記している。
【0025】
図2に示すように、p値が5%未満であることを統計的に有意であるとの基準とした場合、6種類のmicroRNA(miR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p及びmiR-376a-3p )の有意な増加(p<0.05、p<0.01)と、1種類のmicroRNA(miR-466f-3p )の増加傾向(p<0.1)が明らかとなった。他方、その他の20種類のmicroRNAに関しては、1種類のmicroRNA(miR-323-3p)が両群において変化せず、残り19種類のmicroRNAについてはリアルタイムRT-PCR法では検出することができなかった。
【0026】
なお、miR-16を内在性コントロールとして採用したのは、このmicroRNAが神経組織において安定的に発現していること、他の報告(Front Neurosci. 2019; 13: 1208. )でも内在性コントロールとして採用されていることに因る。
【0027】
以上説明したように、この実験から得られたデータは、生体が急性ストレスに曝露されると、その体液から採取された脳由来エクソソームが内包するmicroRNAのうち、少なくともmiR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p の発現量が、内在性コントロールに対する相対発現量として評価した場合、統計学的に有意な増加(又は増加傾向)を示すことを意味している。従って、生体の体液から脳由来エクソソームを採取し、これが内包する特定のmicroRNAの相対発現量を示すデータを取得すれば、このデータを急性ストレス評価用データとして利用することができる。すなわち、この急性ストレス評価用データにおいて、特定のmicroRNAが増加したか否かを判定することで、当該生体が急性ストレスに曝露されたか否かを客観的に高い確度で評価・診断することができる。
【0028】
換言すれば、生体の体液から脳由来エクソソームを採取し、これが内包する特定のmicroRNAの相対発現量が増加しているか否かを評価することで、当該生体が急性ストレスに曝露されたか否かについて医師が行なう最終的な判断(診断)の補助手段又は補助方法を提供することができる。なお、この実験では、特定のmicroRNAの相対発現量で評価したが、絶対量で評価してもよい。
【0029】
3.第3の実験
図3は、第3の実験の結果を示す図であり、急性ストレス曝露マウスから得た脳由来エクソソームと、対照マウスから得た脳由来エクソソームと、溶媒を、別の急性ストレス曝露マウスへそれぞれ投与した後に、各個体に対して行なったオープンフィールド試験と高架式十字迷路試験による不安行動の計測結果を示すグラフである。図3に示す実験結果は、急性ストレス曝露個体から得られた脳由来エクソソームを他個体に投与すると不安行動が減弱したことを示している。
【0030】
《実験方法》
水浸拘束ストレス1時間の急性ストレスを与えたマウスの血液から抽出した脳由来エクソソーム(ストレスBDE 群)と、対照マウスの血液から抽出した脳由来エクソソーム(対照BDE 群)と、溶媒のみ(溶媒群)を、急性ストレスに曝露された別のマウスへそれぞれ投与(A;静脈内投与、B;脳室内投与)した。次に投与された個体に対して、オープンフィールド試験と高架式十字迷路試験を行い、不安行動の多寡を計測した。図3において、急性ストレス曝露マウスの脳由来エクソソームが投与されたマウス(ストレスBDE 群)の計測結果を黒の棒グラフで示し、対照マウスの脳由来エクソソームが投与されたマウス(対照BDE 群)の計測結果をグレーの棒グラフで示し、溶媒のみが投与されたマウス(溶媒群)の計測結果を白の棒グラフで示す。
【0031】
なお、投与用の脳由来エクソソームの準備及び製剤は次のような手順で行った。
1)採取した血清を超遠心分離法により処理してエクソソームを回収した。
2)回収したエクソソームに対して抗CD171 抗体を利用した免疫沈降法を行い、CD171 抗体陽性のエクソソームだけを抽出した。
3)CD171 抗体陽性エクソソームをTris-glycine緩衝液(静脈内投与用)あるいはリン酸緩衝生理食塩水(脳室内投与用)に懸濁して製剤した。
【0032】
投与方法の詳細は次の通りである。
A;静脈内投与:CD171 抗体陽性エクソソーム/Tris-glycine 緩衝液をマウスの尾静脈へ注射した。
B;脳室内投与:CD171 抗体陽性エクソソーム/ リン酸緩衝生理食塩水をマイクロシリンジポンプを用いてマウス側脳室へ注入した。
【0033】
《結果の説明》
静脈内投与実験(図3のA)において、ストレスBDE 群(黒の棒グラフ)のオープンフィールド試験における中央区画滞在時間(縦軸)ならびに高架式十字迷路試験における全エリアでの移動量に対するオープンアームでの移動量の割合(縦軸)は、ともに他の群に比して有意に増加した。
【0034】
脳室内投与実験(図3のB)において、ストレスBDE 群(黒の棒グラフ)の高架式十字迷路試験における全エリアでの移動量に対するオープンアームでの移動量の割合(縦軸)は、ともに他の群に比して有意に増加した。
【0035】
なお、図3のA、Bにおいて、ストレスBDE 群の黒い棒グラフと、他の2つの群の棒グラフとの間には、図3中右上に示した一元配置分散分析の事後検定として行ったテューキー・クレーマー法におけるp値の範囲に割り当てた記号を付記している。
【0036】
以上説明したように、この実験によれば、急性ストレス曝露個体から得た脳由来エクソソーム(ストレスBDE 群)を他の急性ストレス曝露個体に投与した場合と、対照群から得た脳由来エクソソーム(対照BDE 群)を他の急性ストレス曝露個体に投与した場合との間で、統計的に明確な差異が検出された。従って、急性ストレス曝露個体から得た脳由来エクソソーム又はこれが内包する特定のmicroRNAは、他個体に抗不安作用を惹起する不安緩和剤として有効であり、急性ストレスを受けた他個体のストレスを緩和させる効能を有するものと考えられる。
【0037】
なお、前記抗不安作用を得るために必要な前記不安緩和剤の投与量は次の通りである。前記第3の実験では、超遠心法と免疫沈降法を併用した回収法により、血清約1.4mLから脳由来エクソソームを回収し、マウス1匹へ投与した。重さで示すと、脳由来エクソソーム6μg(BCA法による測定値)を、体重約25gのマウスへ投与したことになる。これをヒトに換算すると、血清3.58Lから回収した脳由来エクソソーム、あるいは14.4mgの脳由来エクソソームを体重60kgのヒトへ投与したこととなる。前記不安緩和剤によって前述した抗不安作用を得るには、投与量はこの程度とすればよい。
【0038】
なお、第3の実験では、急性ストレスを与えたマウスの脳由来エクソソーム(ストレスBDE 群)を、急性ストレスに曝露された別のマウスへ投与することで、抗不安作用が得られたが、この脳由来エクソソームが内包するmicroRNAのうち、少なくとも第2の実験で特定した7つのmicroRNAの少なくとも1種類を投与すれば、不安緩和剤として相応の抗不安作用を得ることができるものと考えられる。
【0039】
4.第4の実験
図4は、急性ストレスによって発現が亢進したmicroRNA3種と、生理作用を示さない対照microRNAを、他の急性ストレス曝露マウスへ静脈内投与した後、各個体に対して行なった高架式十字迷路試験による不安行動の計測結果を示すグラフである。図4に示す実験結果は、急性ストレスによって発現が亢進したmicroRNAを生体に投与すると不安行動が減弱することを示している。
【0040】
《実験方法》
水浸拘束ストレス1時間の急性ストレスを与えたマウスの血液から抽出した脳由来エクソソームにおいて発現が亢進した3種のmicroRNA(miR-99b-3p、miR-140-5p及びmiR-199a-3p )を、急性ストレスに曝露された他のマウスに静脈内投与した(3種混合microRNA群、図4では黒い棒グラフで示す)。また生理作用を示さない対照microRNAを他のマウスに静脈内投与した(対照microRNA群、図4ではグレーの棒グラフで示す)。これらのマウスに対して、高架式十字迷路試験を行い、不安行動の多寡を計測した。
【0041】
なお、投与用のmicroRNAの準備及び製剤は次のような手順で行った。
1)投与用のmicroRNAを合成した。
2)合成したmicroRNAをトランスフェクション試薬(細胞へ効率的に導入させる試薬)と混合した。具体的には、合成したmicroRNA60μg、polyethylenimine(PEI) 溶液9.6μL、10%グルコース溶液100μL、滅菌水100μLをよく混合・反応させ、microRNA-PEI複合体として製剤した。
【0042】
投与方法は静脈内投与であり、合成microRNA/トランスフェクション試薬混合液をマウスの尾静脈へ注射した。
【0043】
《結果の説明》
3種混合microRNA群(黒い棒グラフ)の高架式十字迷路試験における全エリアへの侵入回数に対するオープンアームエリアへの侵入回数の割合(縦軸)は、対照microRNA群(グレーの棒グラフ)に比して、図2中に示すようにt検定におけるp値が0.05未満となり有意に増加したことが確認された。
【0044】
以上説明したように、第4の実験によれば、急性ストレスによって発現が亢進した脳由来エクソソーム内包microRNAを合成して生体に投与した場合にも、第3の実験の結果と同様に、抗不安作用を惹起することが明らかとなった。
【0045】
5.第5の実験
図5は、第5の実験の結果を示す図であり、図3で示した3種類のマウス群に加え、ストレスに曝されているが静脈投与はしていないマウス群と、ストレスに曝されていないかつ静脈投与もしていないマウス群も加え、各個体に対して行なったオープンフィールド試験による不安行動の計測結果を示すグラフである。なお、実験方法、投与用の脳由来エクソソームの準備及び製剤、投与方法、統計的な評価方法等は、前述した第3の実験と同様である。
【0046】
図5に示すように、第5の実験の結果は、針の穿刺、脳由来エクソソームを溶かしている液体の投与、脳由来エクソソームの投与という行為が、不安行動に影響しないことを示している。
【0047】
また、一般にエクソソームは生体由来物質であるので、エクソソームそのものに免疫原性(体外からの異物が、ヒトの体内で免疫応答を引き起こす性質)がないことはよく知られており(Curr Gene Ther. 2012; 12; 262 )、動物種が異なっても(例えばマウスから回収したエクソソームをヒトに投与しても)免疫応答は起こらないと考えられる(J Extracell Vesicles . 2018 Feb 21;7(1):1440132.) 。
【0048】
なお、以上説明した各実験では、脳由来エクソソームを採取する対象である体液として血液を例示したが、この他、血清、血漿、唾液、尿、汗、母乳、髄液等の体液からも、脳由来エクソソームを採取することができる。また、急性ストレスに曝露された生体から採取された神経細胞及び神経細胞株の培養液からも、脳由来エクソソームを採取することができる。
【0049】
6.不安緩和剤の他の実施形態について
以上説明した実験の実施形態は、急性ストレスの生体への影響を評価するために使用される急性ストレス評価用データの生成方法と、急性ストレスを受けた生体から採取された脳由来エクソソームや特定microRNAを含む不安緩和剤に関するものであった。しかしながら、本発明の不安緩和剤は、前述した各実験例以外の手法で製造することもできる。すなわち、本発明の不安緩和剤は、急性ストレスに曝露されていない生体から採取した体液や神経細胞を利用し、又は一般に入手できる神経細胞株を利用して、これに所定の処置を施すことで前記特定microRNAを含む脳由来エクソソームを得ることにより、製造することもできる。
【0050】
6-1 他の実施形態に係る不安緩和剤Aについて
この不安緩和剤Aは、急性ストレスに曝露されていない生体から採取され、培養液中で急性ストレスに相当する刺激を与えられた神経細胞から採取された脳由来エクソソームと、培養液中で急性ストレスに相当する刺激を与えられた神経細胞株から採取された脳由来エクソソームの一方又は両方を含んでいる。
【0051】
不安緩和剤Aは、急性ストレスに曝露されていない生体から神経組織(脳等)を採取し、酵素消化及び機械的破砕によって当該神経組織から単離された神経細胞か、又は一般的に入手できる神経細胞株を利用して製造することができる。
【0052】
培養液中で神経細胞又は神経細胞株に与えられる急性ストレスに相当する刺激とは、7種のmiRNA の少なくとも1種以上が増加するような刺激であればよく、例えばLipopolysaccharideやホルモンなどの生理活性物質の添加が一例として挙げられる。
【0053】
そして、培養上清から、超遠心法、アフィニティ精製法、サイズ排除クロマトグラフィ法、抗体捕捉法、ポリマー沈殿法、マイクロ流体システムなどの利用により脳由来エクソソームを採取し、これを不安緩和剤として製剤すればよい。製剤の手法は前述した各実験例に示す通りである。
【0054】
6-2 他の実施形態に係る不安緩和剤Bについて
この不安緩和剤Bは、miR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p を含むmicroRNA群から選択された少なくとも1つの特定microRNAを含む不安緩和剤である。そして、不安緩和剤Bは、急性ストレスに曝露されていない生体の体液から採取され、人工的に合成した少なくとも1つの前記特定microRNAを封入された脳由来エクソソームと、急性ストレスに曝露されていない生体の神経細胞から採取され、人工的に合成した少なくとも1つの前記特定microRNAを封入された脳由来エクソソームと、神経細胞株から採取され、人工的に合成した少なくとも1つの前記特定microRNAを封入された脳由来エクソソームから選択された一以上の脳由来エクソソームを含んでいる。
【0055】
不安緩和剤Bの原料となる体液とは、生体から採取された血液、血清、血漿、唾液、尿、汗、母乳、髄液を含む。
【0056】
また不安緩和剤Bは、急性ストレスに曝露されていない生体から神経組織(脳等)を採取し、酵素消化及び機械的破砕によって当該神経組織から単離された神経細胞か、又は一般的に入手できる神経細胞株を利用して製造することができる。
【0057】
前記体液から、エクソソーム精製法と免疫沈降法を組み合わせて脳由来エクソソームを採取することができる。前記体液には、脳由来でないエクソソームが混在しているため、それを除くために免疫沈降法が有効である。
【0058】
培養上清から、超遠心法、アフィニティ精製法、サイズ排除クロマトグラフィ法、抗体捕捉法、ポリマー沈殿法、マイクロ流体システムなどの利用により脳由来エクソソームを採取する。ここで、培養上清中には、神経細胞(脳細胞)由来のエクソソームしか存在しないので、免疫沈降法は不要である。
【0059】
そして、人工的に合成した特定のmicroRNAを、エレクトロポレーション、超音波、膜透過剤、凍結融解、microRNA修飾(封入したい特定のmicroRNA配列へのエクソソームに取り込まれるベクター又は配列の連結)、トランスフェクションなどの手法により、脳由来エクソソーム内へ封入し、これを不安緩和剤として製剤すればよい。製剤の手法は前述した各実験例に示す通りである。
【0060】
6-3 他の実施形態に係る不安緩和剤Cについて
この不安緩和剤Cは、miR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p を含むmicroRNA群から選択された少なくとも1つの特定microRNAを含む不安緩和剤である。そして、急性ストレスに曝露されていない生体から採取され、前記特定microRNAを産生するように改変された神経細胞から採取された脳由来エクソソームと、前記特定microRNAを産生するように改変した神経細胞株から採取された脳由来エクソソームの一方又は両方を含んでいる。
【0061】
不安緩和剤Cは、急性ストレスに曝露されていない生体から神経組織(脳等)を採取し、酵素消化及び機械的破砕によって当該神経組織から単離された神経細胞か、又は一般的に入手できる神経細胞株を利用して製造することができる。
【0062】
当該神経細胞又は当該神経細胞株を、ベクター等の利用によって前記特定microRNAを強制発現させ、その産生量が増えるように改変する。
【0063】
改変した前記神経細胞又は前記神経細胞株の培養上清から、超遠心法、アフィニティ精製法、サイズ排除クロマトグラフィ法、抗体捕捉法、ポリマー沈殿法、マイクロ流体システムなどの手法により、脳由来エクソソームを採取し、これを不安緩和剤として製剤すればよい。製剤の手法は前述した各実験例に示す通りである。
【0064】
なお、以上説明した種々の実施形態における不安緩和剤の一部は、急性ストレスに曝露された生体又は急性ストレスに曝露されていない生体から採取された体液又は神経細胞を用いて製造したが、前記生体はヒト以外の動物とすることが好ましい。しかしながら、ヒト由来の物質を用いることに倫理上又は法律上の問題が存在せず、又はその他の理由で許容されるのであれば、ヒトの体液又は神経細胞を用いて前記不安緩和剤を製造することもできる。
【要約】
【課題】急性ストレス評価用データの生成方法と不安緩和剤を提供する。
【解決手段】生体から採取した脳由来エクソソームが内包するmicroRNAのうち、miR-99b-3p、miR-136-5p、miR-140-5p、miR-199a-3p 、miR-339-3p、miR-376a-3p 及びmiR-466f-3p を含む特定のmicroRNA群から選択された少なくとも1つの特定microRNAの発現量のデータを取得する。発現量が対照値に比して高値であれば、当該生体が急性ストレス状態にあることを客観的に評価・診断できる。急性ストレスに曝露された生体から採取された脳由来エクソソーム及び少なくとも一つの特定microRNAを、急性ストレス状態にある他の生体に投与すれば、不安を緩和する治療効果、又は不安の惹起を抑止する予防効果が期待できる。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5