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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】ウイルス不活性化剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 65/36 20090101AFI20231220BHJP
   A61K 36/752 20060101ALI20231220BHJP
   A61P 31/12 20060101ALI20231220BHJP
   A61P 31/16 20060101ALI20231220BHJP
   A61K 9/12 20060101ALI20231220BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20231220BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20231220BHJP
   A01P 1/00 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
A01N65/36
A61K36/752
A61P31/12
A61P31/16
A61K9/12
A61K47/02
A01N25/00 101
A01P1/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019185012
(22)【出願日】2019-10-08
(65)【公開番号】P2021059512
(43)【公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-08-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000112853
【氏名又は名称】フマキラー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂口 剛正
(72)【発明者】
【氏名】進藤 智弘
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2004-0083742(KR,A)
【文献】特開2009-292736(JP,A)
【文献】特許第6704099(JP,B2)
【文献】中国特許出願公開第104824056(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108339017(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 65/36
A61K 36/752
A61P 31/12
A61P 31/16
A61K 9/12
A61K 47/02
A01N 25/00
A01P 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グレープフルーツ種子抽出物の水溶液に緩衝剤が含有され、pH8以上に調整されていることを特徴とするウイルス不活性化剤。
【請求項2】
請求項1に記載のウイルス不活性化剤において、
前記緩衝剤は、炭酸ナトリウムを含有することを特徴とするウイルス不活性化剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載のウイルス不活性化剤において、
前記緩衝剤は、炭酸水素ナトリウムを含有することを特徴とするウイルス不活性化剤。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1つに記載のウイルス不活性化剤において、
pH8.5以上に調整されていることを特徴とするウイルス不活性化剤。
【請求項5】
請求項4に記載のウイルス不活性化剤において、
pH10.0以上に調整されていることを特徴とするウイルス不活性化剤。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1つに記載のウイルス不活性化剤において、
pH11.0以下に調整されていることを特徴とするウイルス不活性化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスを不活性化するウイルス不活性化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、抗ウイルス組成物、抗菌剤、抗カビ剤、除菌剤等に、有効成分としてグレープフルーツ種子抽出物を含有させることが知られている(例えば、特許文献1~6参照)。
【0003】
特許文献1には、グレープフルーツ種子抽出物を含有する抗ウイルス剤が開示されており、この剤には、水やアルコール等の溶媒が含まれている。
【0004】
特許文献2には、pH11以上の強アルカリ電解水とグレープフルーツ種子抽出物とを含有する除菌用組成物が開示されている。
【0005】
特許文献3には、グレープフルーツ種子抽出物とアルカリ電解水を含有し、pHを11.5~14とした抗ノロウイルス組成物が開示されている。
【0006】
特許文献4には、水にグレープフルーツ種子抽出物を溶解させ、炭酸水素ナトリウムによりpHを6.5~8.5の範囲に調整した根管洗浄液が開示されている。
【0007】
特許文献5には、酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムとグレープフルーツ種子抽出物を含有する抗菌・抗カビ性組成物が開示されている。
【0008】
特許文献6には、pH6~13に調整したグレープフルーツ種子抽出液からなる繊維製品用処理液が開示されている。この処理液には、アルカリ剤として、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ性物質や、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のようなアルカリ発生物質等が含有されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2011-42579号公報
【文献】特許第4846292号公報
【文献】特許第5388325号公報
【文献】特許第4582572号公報
【文献】特許第4774072号公報
【文献】特開2009-41169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、特許文献1~6では、食用可能なグレープフルーツ種子抽出物を使用しているので、安全性が高いという利点がある。
【0011】
特許文献1の製剤は抗ウイルス剤であり、10分間静置によるノロウイルスへの効力が開示されている。しかし日用の用途において10分間の静置は現実的ではなく、より短時間での効果が求められるところ、特許文献1の構成におけるノロウイルスへの短時間での効果は不明である。また、特許文献1にはpHと効力の関係性についても記載がない。なお、特許文献1の製造例の抗ウイルス剤におけるpHは不明であるが、中性ないし弱酸性と考えられる。
【0012】
また、特許文献2、3では、グレープフルーツ種子抽出物とアルカリ電解水とを必須構成成分として除菌効果や抗ノロウイルス効果を発揮すると記載されているが、pH11以下の弱アルカリ領域におけるアルカリ電解水の安定性は低く、例えば1ヶ月程度保存した場合のpHは大幅に低下している可能性がある。こうなると所望の除菌効果や抗ノロウイルス効果を発揮できないことが考えられる。
【0013】
また、特許文献4では、炭酸水素ナトリウムによりpHを6.5~8.5の範囲に調整しているが、このものは殺菌作用を有する根管洗浄液であり、上述したノンエンベロープウイルスに対する効力については不明である。また、炭酸水素ナトリウムは安定性の面で疑問があり、例えば数ヶ月程度保存した場合に当初の効力を維持できていない可能性がある。
【0014】
また、特許文献5では、酸化カルシウムまたは水酸化カルシウムを含有しているが、抗菌・抗カビ性組成物であり、上述したノンエンベロープウイルスに対する効力については不明である。また、酸化カルシウムや水酸化カルシウムは安定性の面で疑問があり、例えば数ヶ月程度保存した場合に当初の効力を維持できていない可能性がある。
【0015】
さらに、特許文献6では、アルカリ性物質やアルカリ発生物質等を含有しているが、繊維製品用処理液であり、肺炎桿菌を殺菌する製剤であり、上述したノンエンベロープウイルスに対する効力については不明である。また、製剤の安定性についても不明である。
【0016】
本発明は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、高い安全性及び安定性を持たせながら、除菌効果だけでなく、ノンエンベロープウイルス等に対する効力も十分に高めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記目的を達成するために、本発明では、緩衝液によって所定以上のpHを長期間に亘って維持可能にした。
【0018】
第1の発明は、グレープフルーツ種子抽出物の水溶液に緩衝剤が含有され、pH8以上に調整されていることを特徴とする。
【0019】
この構成によれば、グレープフルーツ種子抽出物による高い除菌効果だけでなく、グレープフルーツ種子抽出物及びpH8以上のアルカリの相乗的な作用により、ノンエンベロープウイルス等に対する高いウイルス除去効力が得られる。また、グレープフルーツ種子抽出物の水溶液に緩衝剤が含有されていることで、緩衝液が生成される。これにより、長期間に亘って初期のpHが維持される。
【0020】
第2の発明は、前記緩衝剤は、炭酸ナトリウムを含有することを特徴とする。
【0021】
第3の発明は、前記緩衝剤は、炭酸水素ナトリウムを含有することを特徴とする。
【0022】
第2、3の発明によれば、長期保存時の安定性がより一層高まる。
【0023】
第4の発明は、pH8.5以上に調整されていることを特徴とする。
【0024】
この構成によれば、ノンエンベロープウイルスに対するウイルス除去効力がより一層高まる。
【0025】
第5の発明は、pH10.0以上に調整されていることを特徴とする。
【0026】
この構成によれば、ノンエンベロープウイルスに対する接触時間が短時間であっても、高いウイルス除去効力を得ることができる。
【0027】
第6の発明は、pH11.0以下に調整されていることを特徴とする。
【0028】
この構成によれば、強アルカリを示さなくなるので、取り扱い時の安全性が高くなる。また、ウイルス不活性化剤は、pH10.5以下に調整されていてもよい。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、グレープフルーツ種子抽出物の水溶液に緩衝剤が含有され、pH8以上に調整されているので、高い安全性及び安定性を持たせながら、除菌効果だけでなく、ノンエンベロープウイルス等に対する効力も十分に高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】実施例と比較例のpH安定性試験結果を示すグラフである。
図2】実施例と比較例の抗ウイルス試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0032】
本発明の実施形態に係るウイルス不活性化剤は、グレープフルーツ種子抽出物の水溶液に緩衝剤が含有され、pH8以上に調整されているものである。グレープフルーツ種子抽出物の水溶液は、グレープフルーツ種子抽出物をイオン交換水に溶解させたものである。この水溶液中のグレープフルーツ種子抽出物の濃度は、0.1質量%~5.0質量%の範囲で設定することができる。また、グレープフルーツ種子抽出物の濃度の下限値は、0.15質量%とするのが好ましく、より好ましいのは0.2質量%である。また、グレープフルーツ種子抽出物の濃度の上限値は、3.0質量%とするのが好ましく、より好ましいのは、0.8質量%である。
【0033】
グレープフルーツ種子抽出物は、グレープフルーツの果実の種子から抽出精製されたものであって、一般に食品添加物として認められたものである。グレープフルーツ種子抽出物をグレープフルーツから得る場合には、収穫したグレープフルーツから種子を取り出し、取り出した種子を粉砕し、その粉砕したものから抽出することができる。このとき、未乾燥状態の粉砕物からグレープフルーツ種子抽出物を抽出してもよいし、凍結乾燥させた状態の粉砕物からグレープフルーツ種子抽出物を抽出してもよい。
【0034】
グレープフルーツ種子抽出物を抽出する際には、水やアルコール等の溶液を用いることができる。抽出用の溶媒として用いるアルコールは、例えばエタノール等を挙げることができる。グレープフルーツ種子抽出物を抽出する際、種子を例えば30℃以上に加温してもよい。グレープフルーツ種子抽出物には、脂肪酸やフラボノイド等が含有されている。グレープフルーツ種子抽出物は、食品グレードのものが好ましいが、必ずしも食品グレードで無くてもよい。
【0035】
緩衝剤は、炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを含有している。炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムの量によってウイルス不活性化剤のpHを調整することができる。この実施形態では、ウイルス不活性化剤のpHが8以上になるように、炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムの含有量を設定している。炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムの含有量は、ウイルス不活性化剤のpHが8.5以上になるように設定するのが好ましく、さらに好ましいのはウイルス不活性化剤のpHが10.0以上になるように設定することである。炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムの含有量を決定する際には、ウイルス不活性化剤のpHを測定しながら炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを添加していき、所望のpHになった時点の炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムの含有量を把握しておけばよい。
【0036】
また、ウイルス不活性化剤のpHの上限値は、例えば11.5とすることができ、pH11.5以下となるように炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムの含有量を設定するのが好ましい。より好ましいのは、pH11.0である。これにより、ウイルス不活性化剤が強アルカリを示さなくなるので、取り扱い時の安全性が高くなる。
【0037】
本実施形態では、緩衝剤として炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを含有している点に特徴がある。緩衝剤として炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを含有していることにより、上記水溶液が緩衝液となり、安定化する。安定とは、例えば、数ヶ月から半年、もしくは1年程度の長期間に亘って初期のpHを維持することである。
【0038】
以下、本実施形態のウイルス不活性化剤が長期間に亘って安定している理由について説明する。炭酸ナトリウムは水溶液中において全量が電離するため以下の式1で示すことができる。
【0039】
NaCO→CO 2-+2Na …1
【0040】
一方、炭酸水素ナトリウムが水に溶ける場合は以下の式2で示すことができる。
【0041】
NaHCO→HCO +Na …2
【0042】
このとき、炭酸水素イオンと炭酸イオンの間には平衡が存在しており、この状態を以下の式3で示すことができる。
【0043】
CO 2-+H←→HCO …3
【0044】
この炭酸イオンの第二解離反応における平衡定数は以下の式で示すことができる。
【0045】
【0046】
二酸化炭素の電離度は低いため、HCO とCO 2-とは、式1、式2より製剤中に加えた炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム濃度にほぼ等しい。
【0047】
よって、pHは式を変形することにより、
【0048】
【0049】
このときKa2は定数であり、炭酸イオンにおけるpKa2は、約10.33である。
【0050】
つまり、この系においてpHは加えられた炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウムの比率によって決定される。
【0051】
通常の場合、希釈や酸の添加によってpHは大きく変化するが、式3で示すように、外部からHが供給される場合は炭酸イオンが結びつき、炭酸水素イオンとなることでpH変化を抑え、逆にHが奪われる場合は炭酸イオンとなることで系中に水素イオンを放出してpH変化を抑える。
【0052】
一方、炭酸水素ナトリウム単体でpH調整を行う場合、電離度の問題から到達できるpHに上限があり、例えば今回設定しているようなpH10に調整するのは原理的に難しい。他方、炭酸ナトリウム単体でpH調整する場合、緩衝液ではないのでpH変化を抑える作用は無く、例えば空気中の二酸化炭素が溶け込んだ場合などにpHが変動してしまう。特に、今回のように弱アルカリ(例えばpH10)に溶液を調整する場合、炭酸ナトリウム単体では、緩衝液にする場合と比較してpHが著しく低くなるので、少量の二酸化炭素が溶け込んだだけで大きな影響を受ける。このため、pHが大きく変動し易く、安定化が困難となる。
【0053】
また、アルカリ電解水を使用してアルカリ性にすることも考えられるが、アルカリ電解水の場合、pHが低くなればなるほどアルカリの絶対量が減るため、少量の二酸化炭素などが溶け込んだだけで大きく影響を受ける。このため、弱アルカリ領域では経時安定性に問題がある。
【0054】
また、酸化カルシウムをpH調整剤の有効成分として使用することも考えられるが、酸化カルシウムの場合、カルシウムイオンが空気中から溶解した炭酸イオンと結合してしまい、沈殿を起こすことがある。これを避けるためには他の添加物を添加する必要が生じてしまう。
【0055】
つまり、本実施形態では、炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムを含有していることで、アルカリ電解水や酸化カルシウムに比べて経時安定性を高めることができる。
【0056】
ウイルス不活性化剤は、噴霧用レバーを有する容器に収容して各種物品等に噴霧して使用することができる。噴霧用レバーを有する容器としては、従来から用いられている各種容器を挙げることができ、どのような容器であってもよい。また、手押し式ポンプや電動ポンプを備えた噴霧装置によってウイルス不活性化剤を噴霧させることもできる。また、ウイルス不活性化剤は、物品に塗布したり、滴下させることによって使用することもできる。ウイルス不活性化剤は、例えば、まな板や包丁等の調理器具、調理台、食器、ふきん、タオルなどに直接噴霧して使用することもできる。ウイルス不活性化剤は、衣類、床、壁、便器、洗面台、自動車の室内に噴霧して使用することもできる。ウイルス不活性化剤を手に噴霧してもよい。
【0057】
また、ウイルス不活性化剤には、アルコールが含有されていない。すなわち、ウイルス不活性化剤は、アルコールによる除菌効果や抗ウイルス効果はなく、pH値及びグレープフルーツ種子抽出物によって除菌効果及び抗ウイルス効果を発揮する。
【0058】
(pH安定性試験)
pH安定性試験では、表1に示す試料を用意した。
【0059】
【表1】
【0060】
実施例1及び比較例1、2の有効成分は、グレープフルーツ種子抽出物(グレープフルーツ種子エキス)である。実施例1のpH調整剤は、炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムである。比較例1のpH調整剤はアルカリ電解水、比較例2のpH調整剤は炭酸ナトリウムである。残部はイオン交換水である。pH調整剤の添加量は、後述する初期pH値となるように設定される。比較例3は市販の抗ウイルス剤であり、有効成分の酸化カルシウムにより強アルカリとなっている。なお比較例3には添加物としてキレート剤製剤が添加されている。
【0061】
pH安定性試験方法については以下に示す。
【0062】
1.各試料をガラスバイアルに入れる。
【0063】
2.試料が入ったガラスバイアルを60℃恒温庫の中で保存する。
【0064】
3.恒温庫の中ガラスバイアルを一定期間ごとに取り出し、pH測定及び外観確認を行う。
【0065】
60℃恒温庫を使用している理由は、いわゆる加速試験結果を得るためである。
【0066】
実施例1、比較例1~3の初期pH及びpHの経時的変化は表2に示すとおりである。
【0067】
【表2】
【0068】
実施例1、比較例1、2の初期pHは、ほぼ10としているが、比較例3の初期pHは、ほぼ12であった。図1に示すように、炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムをpH調整剤として使用している実施例の場合、3週間経過後のpHは9.7程度であり、初期pHに対する差は殆ど見られなかった。一方、アルカリ電解水を使用した比較例1の場合、1週間経過後のpHが9.3程度であり、3週間経過後のpHが8.2程度であり、初期pHからの低下率が極めて大きかった。また、炭酸ナトリウムを使用した比較例2の場合、1週間経過後のpHが9.4程度であり、3週間経過後のpHが8.8程度であり、初期pHからの低下率が極めて大きかった。さらに、酸化カルシウムを使用した比較例3の場合、1週間経過した時点で沈殿が生成されており、その後、2週間経過後のpHが10.5程度、3週間経過後のpHが10.2程度であり、初期pHからの低下率が極めて大きかった。以上のことから、本実施形態に係るウイルス不活性化剤の経時安定性が高いことが分かる。
【0069】
(抗ウイルス試験)
次に、ウイルス不活性化剤の処理前後のウイルス感染価測定試験について説明する。本試験ではネコカリシウイルスを用いるが、このネコカリシウイルスは、分類上同じ科に属し構造が良く似たノロウイルスの代替として試験に用いられている。ノロウイルスは培養が難しく、感染価を簡単に評価する方法が未だ確立されていないためである。即ち一般的に、ネコカリシウイルスを用いた試験で十分な抗ウイルス性を示す剤であれば、ノロウイルスに対しても十分な抗ウイルス性を示すものと考えられている。
【0070】
ウイルス感染価測定試験を行う際、まず、細胞増殖培地を用いて、細胞を細胞培養用マイクロプレート(96穴)内で単層培養する。細胞はCRFK細胞である。その後、この単層培養細胞に、ネコカリシウイルス(FCV)を希釈したウイルス浮遊液を接種させ、37℃±1℃の炭酸ガスインキュベーター(CO2濃度:5%)内で1時間、細胞に吸着させた後に、ウイルス接種液を除いて細胞維持培地を加えて4~7日間培養する。そして、アミドブラック染色し、細胞の生死を確認して、Reed-Muench法により50%組織培養感染価(TCID50/ml)を算出するものであり、この値が低いほど感染力は低い。
【0071】
また一般的に、ネコカリシウイルス等のノンエンベロープウイルスは、インフルエンザウイルス等のエンベロープウイルスに比べて、各種消毒剤・抗菌剤に対する抵抗力が強い。従って、ノンエンベロープウイルスに効力がある剤であれば、エンベロープウイルスに対してはより短時間で効力を発揮する可能性が高い。
【0072】
供試剤は表3に示すとおりである。残部はイオン交換水である。
【0073】
【表3】
【0074】
ウイルス感染価測定試験結果を図2に示す。グラフ中、「30秒」は、供試剤とウイルスとの接触時間が30秒であることを示し、また、「120秒」は、供試剤とウイルスとの接触時間が120秒であることを示している。「30秒」の場合、短時間接触試験と呼ぶことができ、「120秒」の場合、長時間接触試験と呼ぶことができる。なお、グラフの値は感染価TCID50/mlのlog値(logTCID50/ml)である。コントロールとしては減菌水を用いた。供試剤のlogTCID50/mlがコントロールに比べて低いほど、抗ウイルス性が高いと言える。
【0075】
図2に示すように、pH8.0の実施例2は、「120秒」の場合におけるlogTCID50/mlのコントロールからの低下が、が2.5という極めて大きい値を示している。また、pH8.5の実施例3、pH9.0の実施例4、pH10.0の実施例5では、それぞれ「120秒」の場合におけるlogTCID50/mlのコントロールからの低下が3.0以上であり、十分な抗ウイルス性を持っていた。さらに、pH8.5の実施例3、pH9.0の実施例4、pH10.0の実施例5では、それぞれ「30秒」の場合におけるlogTCID50/mlのコントロールからの低下が1.5以上であり、接触時間が短時間であっても十分な抗ウイルス性を持っていた。特に、pH10.0の実施例5では、「30秒」の場合におけるlogTCID50/mlのコントロールからのが3.0以上であり、接触時間が短時間であっても極めて高い抗ウイルス性を持っていた。また、図示しないが、pH10.5、pH11.0の場合も実施例5と同程度の高い抗ウイルス性を持っている。
【0076】
一方、pH7.0の比較例4は、「30秒」及び「120秒」の両方で、コントロールからのlogTCID50/mlの低下が0.5以下であった。
【0077】
また、図示しないが、pH3でグレープフルーツ種子抽出物を0.18質量%含有している製剤の場合、「120秒」のときのコントロールからのlogTCID50/mlの低下が0.3程度、pH3でグレープフルーツ種子抽出物を0.36質量%含有している製剤の場合、「120秒」のときにコントロールからのlogTCID50/mlの低下が0.5程度、pH3でグレープフルーツ種子抽出物を0.54質量%含有している製剤の場合、「120秒」のときにコントロールからのlogTCID50/mlの低下が1.0程度であり、pHが低い場合には、グレープフルーツ種子抽出物の含有量を多くしても、抗ウイルス効果が低い。以上のように、中性~酸性領域においては、グレープフルーツ種子抽出物を含有していても、日用で実用的な接触時間(30~120秒以下)では十分な抗ウイルス効果が得られない。一方で、pH10の炭酸ナトリウム及び炭酸水素ナトリウム水溶液で、グレープフルーツ種子抽出物を含まない製剤の場合、-0.5であり、抗ウイルス効果が低かった。
【0078】
また、インフルエンザウイルス(A/Udorn/72(H3N2))を用いた試験の場合、細胞をMDCK細胞として細胞維持培地にトリプシンを添加すればよい。実施例1~5の液剤は、インフルエンザウイルスに対しても、ネコカリシウイルスと同等な抗ウイルス性を発揮した。
このように、本実施例のウイルス不活性化剤は、インフルエンザウイルス等のエンベロープウイルスのみならず、ネコカリシウイルス等のノンエンベロープウイルスに対しても十分な効力を発揮する。またネコカリシウイルスに対して十分な抗ウイルス性を示したので、本実施形態のウイルス不活性化剤は、十分な抗ノロウイルス性を有する抗ノロウイルス剤である可能性が高い。
【0079】
(抗菌試験)
次に、抗菌試験について説明する。抗菌試験を行う際には、まず、10cfu/mlの大腸菌菌液0.1mlを供試剤10mlに加え、10cfu/mlとする。このとき、コントロールとして供試剤の代わりに生理食塩水10mlを使用したものも用意する。液液接触にて10秒間経過後、1mlを抜き出してSCDLP液体培地9mlに入れ、不活化させる。その後、段階希釈を行い、200μlをSCDLP寒天培地に播種する。コントロール、及び各供試剤についてコロニー数をカウントし除菌率を測定する。供試剤のコロニー数/コントロールのコロニー数の式より除菌率を計算する。供試剤としては、実施例1~5、比較例1~4を用意した。抗菌試験結果は、実施例1~5、比較例1~4の全てで99.99%以上であった。Muench法により50%組織培養感染量(TCID50)を算出し、ウイルスの感染価に換算するものであり、この換算した値が低いほど感染力は低い。
【0080】
(汚染性)
次に、汚染性について説明する。汚染性については、供試剤を例えば黒い対象物に噴霧し、完全に乾燥した後、目視にて粉残りが見られたか否かによって判定することができる。粉残りが見られた場合には、汚染性有りと判定することができ、粉残りが見られなかった場合には、汚染性無しと判定することができる。汚染性については、実施例1~5、比較例1~4の全てで汚染性無しであった。
【0081】
(実施形態の作用効果)
以上説明したように、この実施形態に係るウイルス不活性化剤は、グレープフルーツ種子抽出物の水溶液に緩衝剤が含有され、pH8以上に調整されているので、高い安全性及び安定性を持たせながら、除菌効果だけでなく、特にノロウイルス等のノンエンベロープウイルス等に対する効力も十分に高めることができる。また、汚染性が殆ど無いウイルス不活性化剤とすることができる。
【0082】
また、ウイルス不活性化剤は、弱アルカリであるため、目や肌への刺激性が低くすることができる。
【0083】
上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【産業上の利用可能性】
【0084】
以上説明したように、本発明に係るウイルス不活性化剤は、例えば、調理器具等に噴霧して使用することができる。
図1
図2