(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】植物細胞外小胞、その調製方法及び用途
(51)【国際特許分類】
C12N 5/04 20060101AFI20231220BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20231220BHJP
【FI】
C12N5/04
C12N15/113 Z
(21)【出願番号】P 2023117165
(22)【出願日】2023-07-18
【審査請求日】2023-07-20
(31)【優先権主張番号】P 2023075298
(32)【優先日】2023-04-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】523162867
【氏名又は名称】株式会社システマックス
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【氏名又は名称】小池 順造
(72)【発明者】
【氏名】小野 俊彦
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-092330(JP,A)
【文献】特表2022-525131(JP,A)
【文献】特表2022-543061(JP,A)
【文献】Plant Signaling & Behavior,2007年,Vol.2, No.1,pp.4-7
【文献】Plant Cell Rep.,2004年,Vol.22,pp.780-786
【文献】化学と生物,2018年,Vol.56, No.2,pp.95-103
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離することを含む、植物細胞外小胞の調製方法。
【請求項2】
植物の蒸散物から該植物の細胞外小胞を単離することを含む、請求項
1記載の調製方法。
【請求項3】
植物の蒸散物を遠心分離、カラムクロマトグラフィー、又は限外濾過に付し、植物細胞外小胞を含む画分を回収することを含む、請求項
2記載の調製方法。
【請求項4】
回収した画分が植物細胞外小胞を含むことを確認することを含む、請求項
3記載の調製方法。
【請求項5】
植物が生息する地域の環境水から該植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離することを含む、請求項
1記載の調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物細胞外小胞、その調製方法及び用途に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞外小胞は細胞から分泌される脂質二重膜からなる小胞である。1980年代ごろから,さまざまな細胞が小胞を分泌することが観察されており、これらの小胞は、大きさや細胞の期限等により、エクソソーム、エクトソーム、マイクロベシクル、シェディングベシクル、オンコソーム、プロスタソームなど、さまざまな名称で呼ばれてきた。International Society for Extracellular Vesicles(ISEV)では、これら細胞から分泌される小胞の総称として細胞外小胞(extracellular vesicle)の使用を推奨している。
【0003】
1990年代にはエクソソームは機能をもつ小胞であることが判明していたものの、長いあいだ、エクソソームは細胞にとり不要なものを詰めて外に捨てるためのゴミ袋だと考えられてきた。しかし,2007年、エクソソームはmiRNAおよびmRNAを含み,それらは細胞のあいだを輸送されることが明らかにされた(非特許文献1)。さらに、3つの研究グループにより同時に、エクソソームに含まれるmiRNAが細胞の間を輸送され、輸送された先の細胞において機能することが明らかにされた(非特許文献2~4)。同じころには、血液に存在するmiRNAを疾患の診断法に利用するという論文が発表されており、これ以降、エクソソームに関する研究が飛躍的に発展した。
【0004】
植物についても細胞外小胞が存在することは知られているが、動物由来の細胞外小胞に対して、論文の数が限定的であり、機能解析も進んでいない。植物の細胞外小胞の報告は1960年代からあるが、植物細胞がエクソソームを分泌するのが報告されたのは2007年である(非特許文献5)。近年では、様々な食用のフルーツや野菜から細胞外小胞が単離され、様々な疾患に対する治療や、薬物送達媒体への転用への応用が研究されている。しかしながら、フルーツや野菜には、細胞外小胞以外の成分が大量に含まれていて、大量の不純物から細胞外小胞を精製しなければならないため、不純物の混入が少なく、精製を簡便に行うことが可能な、植物細胞外小胞の原料が望まれる。植物の細胞外小胞も、動物の細胞外小胞と同様に、様々なタンパク質や核酸(DNA, mRNA, miRNA, non-coding RNA)を含み、細胞間コミュニケーションを媒介していると考えられているが、その詳細なメカニズムの解析はこれからである。
【0005】
一方、森林浴は、身体によいとされており、諸外国では森林浴セラピーや自然療法として、森林浴が実際に医療の現場で実用化されている。森林浴には、ストレスホルモン減少、副交感神経活動の活発化、交感神経活動の抑制、血圧や脈拍の低下、免疫力向上等の効果が期待されている。森林浴が人体にもたらす有益な効果は、フィトンチッドと呼ばれる樹木が作り出して放出している物質によるものであると考えられている。フィトンチッドは、テルペンと呼ばれる有機化合物で構成されている。フィトンチッドは体をリフレッシュするだけではなく抗菌、防虫、消臭などの様々な効果を有することが報告されている。しかしながら、樹木が放出する他の物質については、ほとんど報告がない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nat. Cell Biol., 9, 654-659 (2007)
【文献】J. Biol. Chem., 285, 17442-17452 (2010)
【文献】Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 107, 6328-6333 (2010)
【文献】Mol. Cell, 39, 133-144 (2010)
【文献】Plant Signal. Behav. 2007, 2, 4-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、植物細胞外小胞を単離するための新たな原料を提供すること、及びその原料から植物細胞外小胞を調製する方法、及びその細胞外小胞の用途を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは上記課題を解決するべく鋭意検討したところ、驚くべきことに、植物が気体中に細胞外小胞を放出していることを見出した。植物の蒸散物には、細胞外小胞が豊富に含まれる一方、植物細胞体由来の成分の混入が少ないため、植物の蒸散物から、簡便な操作で、高純度の細胞外小胞を回収することができた。植物が生息する地域の環境水からも植物細胞外小胞を回収することができた。回収した細胞外小胞から多様なmiRNAが同定された。これらの知見から、植物細胞外小胞が森林浴においてヒトが浴びる主要な成分の一つであることが示唆された。本発明者らは、これらの知見に基づき、更に検討を進め、本発明を完成した。
【0009】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞。
[2]miRNAを含有する、[1]の植物細胞外小胞。
[3]全RNAに対する長さ200塩基以下のRNAの重量比百分率で定義される細胞外小胞の純度が70wt%以上である、[1]又は[2]の植物細胞外小胞。
[4]植物の蒸散物から単離されたものである、[1]~[3]のいずれかの植物細胞外小胞。
[5]植物が生息する地域の環境水から単離されたものである、[1]~[3]のいずれかの植物細胞外小胞。
[6]植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離することを含む、植物細胞外小胞の調製方法。
[7]植物の蒸散物から該植物の細胞外小胞を単離することを含む、[6]の調製方法。
[8]植物の蒸散物を遠心分離、カラムクロマトグラフィー、又は限外濾過に付し、植物細胞外小胞を含む画分を回収することを含む、[7]の調製方法。
[9]回収した画分が植物細胞外小胞を含むことを確認することを含む、[8]の調製方法。
[10]植物が生息する地域の環境水から該植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離することを含む、[6]の調製方法。
[11][1]~[5]のいずれかの植物細胞外小胞を含む組成物。
[12]凍結乾燥組成物である、[11]の組成物。
[13]植物細胞外小胞を含む、森林浴の疑似体験用組成物。
[14]香料を更に含む、[13]の組成物。
[15]香料がテルペン又は植物精油である、[14]の組成物。
[16]植物細胞外小胞を散布することを含む、森林浴の疑似体験方法。
[17]香料を散布することを更に含む、[16]の方法。
[18]香料がテルペン又は植物精油である、[17]の方法。
[19]空気1m3あたり107個以上の植物細胞外小胞を散布する、[16]~[18]のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞が提供される。本発明により、植物が生息する周囲の空気環境中から植物細胞外小胞を調製することが可能となる。特に植物の蒸散物には、細胞外小胞が豊富に含まれる一方、植物細胞体由来の成分がほとんど混入していないため、植物の蒸散物から、簡便な操作で、高純度の細胞外小胞を回収することが可能である。植物が気体中に細胞外小胞を放出することは、これまでに知られておらず、植物が生息する周囲の空気や、植物蒸散物は、植物細胞外小胞の新たな原料となり得る。植物が気体中に放出する細胞外小胞には多様なmiRNAが含まれていることから、植物が気体中に細胞外小胞を放出し、その細胞外小胞を介して周囲の生物とコニュニケーションしている可能性があり、気体中に浮遊する細胞外小胞を介した生物間のコミュニケーションという、新たな学術領域が切り開かれる。更なる局面において、湧水などの植物が生息する地域の環境水からも該植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離することが可能となる。更に、本発明により植物細胞外小胞を用いた森林浴の疑似体験方法が提供される。植物細胞外小胞は森林浴においてヒトが浴びる主要な成分の一つであることから、植物細胞外小胞を散布することにより、よりリアルな森林浴の疑似体験を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、シルバープリペットの蒸散液の回収操作を示す。ビニール袋の裏表面に結露した蒸散液が確認できる。
【
図2】
図2は、クヌギの蒸散液の回収操作を示す。ビニール袋の裏表面に結露した蒸散液が確認できる。
【
図3】
図3は、ツツジの蒸散液の回収操作を示す。ビニール袋の裏表面に結露した蒸散液が確認できる。
【
図4】
図4は、植物蒸散液から回収した細胞外小胞より抽出したRNAをバイオアナライザーで解析した代表的なクロマトグラムを示す。縦軸は蛍光強度、横軸は流路に保持される時間(秒)を示す。18S及び28Sの混入は認められず、大部分が小分子RNAであった。
【
図5】
図5は、植物細胞から回収したRNAをバイオアナライザーで解析した代表的なクロマトグラムを示す。縦軸は蛍光強度、横軸は流路に保持される時間(秒)を示す。18Sと28Sのメジャーなピークが確認できた。
【
図6】
図6は、内部標準ラダーをバイオアナライザーで解析したクロマトグラムを示す。縦軸は蛍光強度、横軸はRNAのサイズ(nts)を示す。
【
図7】
図7は、シルバープリペットの蒸散液から回収した細胞外小胞より抽出したRNAをバイオアナライザーで解析した代表的なクロマトグラムを示す。縦軸は蛍光強度、横軸はRNAのサイズ(nts)を示す。18S及び28Sの混入は認められず、大部分が小分子RNAであった。
【
図8】
図8は、クヌギの蒸散液から回収した細胞外小胞より抽出したRNAをバイオアナライザーで解析した代表的なクロマトグラムを示す。縦軸は蛍光強度、横軸はRNAのサイズ(nts)を示す。18S及び28Sの混入は認められず、大部分が小分子RNAであった。
【
図9】
図9は、ツツジの蒸散液から回収した細胞外小胞より抽出したRNAをバイオアナライザーで解析した代表的なクロマトグラムを示す。縦軸は蛍光強度、横軸はRNAのサイズ(nts)を示す。18S及び28Sの混入は認められず、大部分が小分子RNAであった。
【
図10】
図10は、シルバープリペットの蒸散液から回収した細胞外小胞をナノサイトで解析した代表的な粒度分布を示す。縦軸は粒子濃度(粒子数/ml)、横軸は粒子径(nm)を示す。
【
図11】
図11は、シラカシの蒸散液から回収した細胞外小胞をナノサイトで解析した代表的な粒度分布を示す。縦軸は粒子濃度(粒子数/ml)、横軸は粒子径(nm)を示す。
【
図12】
図12は、ツツジの蒸散液から回収した細胞外小胞をナノサイトで解析した代表的な粒度分布を示す。縦軸は粒子濃度(粒子数/ml)、横軸は粒子径(nm)を示す。
【
図13】
図13は、ウバメガシの蒸散液から回収した細胞外小胞をナノサイトで解析した代表的な粒度分布を示す。縦軸は粒子濃度(粒子数/ml)、横軸は粒子径(nm)を示す。
【
図14】
図14は、湧水から回収した植物細胞外小胞をナノサイトで解析した代表的な粒度分布を示す。縦軸は粒子濃度(粒子数/ml)、横軸は粒子径(nm)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞
本発明は、植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞(以下、「本発明の細胞外小胞」という。)を提供するものである。従来、植物の細胞外小胞は、果実、葉、茎、根等の中で細胞から分泌されて、植物体内における細胞間コミュニケーションを媒介することが知られていたが、本発明者は、驚くべきことに、植物が細胞外小胞を気体中に放出し、その放出された細胞外小胞を介して外界の他の生物とコミュニケーションしている可能性を見出した。
【0013】
本明細書において、用語「細胞外小胞」とは、細胞から放出される核を持たない(複製できない)脂質二重膜で囲まれた粒子をいう。細胞外小胞は、産生機構の違いから、エクソソーム、マイクロベシクル、及びアポトーシス小体に分類されている。エクソソームは、エンドサイトーシス過程で形成されるエンドソーム膜由来の小胞であり、そのサイズは一般的には直径30~150 nm程度である。マイクロベシクルは、細胞膜が外側へ出芽して、細胞外へと分泌された小胞であり、そのサイズは、一般的には直径100~1000 nm程度である。アポトーシス小体は、アポトーシスを起こした細胞において、マイクロベシクルと同様に、細胞膜が外側へ出芽して、細胞外へと分泌された小胞であり、そのサイズは、一般的には直径50~5000 nm程度である。本明細書において、細胞外小胞は、細胞から放出される核を持たない(複製できない)脂質二重膜で囲まれた粒子であれば、エクソソーム、マイクロベシクル、及びアポトーシス小体に特に限定されない。
【0014】
本発明の細胞外小胞の由来となる植物の種類は、特に限定されないが、好ましくは、陸上に生息し、気体中に細胞外小胞を放出する陸生植物である。陸生植物としては、コケ植物、シダ植物、種子植物(裸子植物、被子植物)等を挙げることができる。
【0015】
本発明の細胞外小胞は単離されている。「単離」とは、天然に存在する状態から、目的とする成分以外の成分を除去する操作が施されていることを意味する。本発明の細胞外小胞は、植物が気体中に放出する植物細胞外小胞以外の成分(植物細胞やその断片、花粉、テルペン等)から実質的に分離されており、天然に存在する場合よりも多い量に濃縮されている。
【0016】
本発明の細胞外小胞はmicroRNA(miRNA)を含有し得る。miRNAは、一般的には、21~25塩基(nt)長の1本鎖RNA分子として定義される。miRNAは、真核生物において内在性のRNAサイレンシング機構を担う代表的な短鎖ノンコーディングRNAであり、遺伝子の転写後発現調節に関与し得る。miRNAを含有する本発明の細胞外小胞は、そのmiRNAにより外界の生物の遺伝子発現に影響を与え得る。
【0017】
本発明の細胞外小胞は、植物が気体中に放出した植物細胞外小胞を単離することにより得ることが出来る。本発明は、植物が気体中に放出した植物細胞外小胞を単離することを含む、植物細胞外小胞の調製方法(以下「本発明の調製方法」という。)をも提供する。
【0018】
植物細胞外小胞を単離する原料は、植物が気体中に放出した細胞外小胞を含んでいれば、特に限定されないが、好ましくは、植物細胞外小胞を含む植物の蒸散物である。蒸散とは、植物の地上部から大気中へ水蒸気が放出される現象であり、蒸散物とは、その放出される水蒸気及びその含有成分をいう。蒸散物は、気体中に浮遊する形態(例、水蒸気)であってもよいし、植物が大気中へ放出した水蒸気が結露した液体の形態(蒸散液)であってもよい。理論には拘束されないが、植物は、蒸散作用により、細胞外小胞を含む水蒸気を大気中へ放出することにより、気体中へ細胞外小胞を放出する。
【0019】
一態様において、植物が大気中へ放出した水蒸気が結露した液体の形態の蒸散物(蒸散液)を回収する。例えば、細胞外小胞を放出する植物の全部又は一部を略密閉空間に閉じ込めて、内部の湿度を上昇させるか、温度を低下させることにより、水蒸気の結露を促し、植物細胞外小胞を含む蒸散液を回収する。具体的には、細胞外小胞を放出する植物の全部又は一部をビニール袋等で覆うか、該植物を略密閉の建物や温室の内部で栽培すればよい。蒸散は、葉、茎、花、果実等において行われるので、これらの蒸散が行われる植物の部分の少なくとも1つが含まれるように、植物の全部又は一部を略密閉空間に閉じ込め、蒸散液を回収する。一般的には、蒸散は、葉の裏側に集中して起こるので、好ましくは、葉が含まれるように、植物の全部又は一部を略密閉空間に閉じ込める。
【0020】
別の態様において、気体中に浮遊する水蒸気の形態の蒸散物を回収する。具体的には、細胞外小胞を放出する植物が生育する環境中の気体(例、空気)から水蒸気の形態の蒸散物を回収する。例えば、森林や草原に生息する植物(樹木、下草、苔等)が気体中に放出した細胞外小胞を回収する場合、該植物が生息する森林や草原の空気から水蒸気の形態の蒸散物を回収する。また、畑や庭で栽培した植物(野菜、香草、果樹、庭木、草花、観葉植物等)が気体中に放出した細胞外小胞を回収する場合、該植物を栽培している畑や庭の空気から水蒸気の形態の蒸散物を回収する。建物や温室の内部で栽培した植物が気体中に放出した細胞外小胞を回収する場合、該建物や温室の内部の気体(例、空気)から水蒸気の形態の蒸散物を回収する。
【0021】
植物が気体中に放出した細胞外小胞を含む水蒸気の形態の蒸散物を該気体から回収する方法としては、気体中に浮遊する微粒子を回収する方法を広く用いることができる。一般的に、気体中に浮遊する微粒子は、重力、慣性力、遠心力、拡散、静電気力などの一つ又は複数を組み合わせて利用することにより、気体から分離し、回収することができる。例えば、静電気により微粒子を回収する静電式電気集塵機、ろ過により微粒子を分離回収するフィルター式集塵機、旋回気流・遠心力により微粒子を回収するサイクロン式集塵機、気体中に含まれる微粒子を攪拌した液体(例、水)に吸着させて回収する湿式集塵機(スクラバー)等の集塵機を用いて、気体中に浮遊する細胞外小胞を含む水蒸気の形態の蒸散物を回収することができる。
【0022】
必要に応じて、植物細胞外小胞を含む蒸散物を水性溶媒で希釈し、植物細胞外小胞の分散液を得てもよい。本明細書においては、蒸散物を水性溶媒で希釈して得た植物細胞外小胞の分散液も、植物細胞外小胞を含む蒸散物に包含される。蒸散物を水性溶媒で希釈することにより、その後の精製、濃縮、定量、機能解析等の操作が容易となり得る。水性溶媒としては、水、生理食塩水、生理的な緩衝水溶液(例、リン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、グリシン緩衝液、Tris緩衝液)、細胞培養用の培養液等を挙げることができるが、これらに限定されない。水性溶媒のpHは特に限定されないが、好ましくは5~9、より好ましくは6~8である。水性溶媒には、細胞外小胞体やその含有成分(タンパク質、RNA等)の分解を抑制するため、プロテアーゼ阻害剤、ヌクレアーゼ阻害剤(例、RNase阻害剤)等を添加してもよい。
【0023】
蒸散物中の植物細胞外小胞の純度を高くするため、蒸散物から不純物を除去するための前処理に付してもよい。前処理としては、遠心分離、フィルターろ過等を挙げることができるが、これらに限定されない。例えば、植物細胞外小胞を含む蒸散物を、植物細胞外小胞より大きな不純物は沈降するが、植物細胞外小胞は沈降しない相対遠心加速度(例、10,000 x g以下、好ましくは300~2,500 x g)にて遠心分離することにより、不純物を沈降させ、植物細胞外小胞を含む上清を回収することにより、不純物が除去された、より純度の高い植物細胞外小胞を含む蒸散物を得ることができる。また、植物細胞外小胞を含む蒸散物を、植物細胞外小胞より大きな不純物は通過しないが、植物細胞外小胞は通過する孔径(例、0.1 μm以上、好ましくは0.2~0.8μm)のフィルターでろ過することにより、不純物が除去された、より純度の高い植物細胞外小胞を含む蒸散物を得ることができる。複数種類の前処理を組み合わせて行ってもよく、例えば、遠心分離とフィルターろ過を組み合わせて行うこともできる。
【0024】
そして、植物細胞外小胞を含む植物の蒸散物から植物細胞外小胞を更に精製してもよい。植物細胞外小胞を精製する方法としては、当該技術分野において周知の細胞外小胞の精製方法を用いることができる。例えば、植物の蒸散物を、遠心分離、カラムクロマトグラフィー、又は限外濾過に付し、植物細胞外小胞を含む画分を回収する。遠心分離を利用して植物細胞外小胞を単離する方法としては、ペレットダウン法、スクロースクッション法、密度勾配遠心法、水和性ポリマー法等を挙げることができるが、これらに限定されない。ペレットダウン法においては、植物細胞外小胞の分散液を、植物細胞外小胞が沈降するのに十分な相対遠心加速度(例、80,000 x g以上、好ましくは、100,000~200,000 x g)で超遠心することにより、植物細胞外小胞を沈降させ、上清を除去する。植物細胞外小胞のチューブへの吸着を抑制するため、タンパク質低吸着性のチューブを超遠心の際に用いてもよい。スクロースクッション法においては、超遠心時に植物細胞外小胞の沈降を阻止するのに十分な濃度(例、10 %(W/V)以上、好ましくは20~40 %(W/V))のスクロース水溶液を超遠心チューブの底にアプライし、その上境界面を崩さないように植物細胞外小胞の分散液を重層し、ペレットダウン法と同程度の相対遠心加速度(例、80,000 x g以上、好ましくは、100,000~200,000 x g)で超遠心し、植物細胞外小胞をスクロース水溶液層へ濃縮し、上清を除去することにより、植物細胞外小胞が濃縮された分散液を得ることができる。スクロース水溶液としてTris/スクロース/D2O溶液を用いてもよい。密度勾配遠心法においては、スクロースやイオジキサノール等の密度媒体の水溶液で、遠心管中に上部から下部へと密度が大きくなる密度勾配を作っておき、その密度勾配液の上に植物細胞外小胞の分散液を重層し、ペレットダウン法と同程度の相対遠心加速度(例、80,000 x g以上、好ましくは、100,000~200,000 x g)で超遠心し、植物細胞外小胞を含む画分を回収する。水和性ポリマー法においては、植物細胞外小胞の分散液にポリエチレングリコール(PEG)等の水和性ポリマーを加えて、遠心分離に付し、水和性ポリマーに吸着した植物細胞外小胞を沈降させて、上清を除去する。
【0025】
カラムクロマトグラフィーを利用して植物細胞外小胞を単離する方法としては、サイズ排除クロマトグラフィーカラム又はサイズクロマトグラフィーを用いて、粒子サイズによるふるいをかけて細胞外小胞を分画する方法(分子ふるいクロマトグラフィー法)、細胞外小胞が含有する分子に対してアフィニティを有する分子(例、抗体)を用いたアフィニティ精製等を挙げることができる。限外濾過を利用して植物細胞外小胞を単離する方法としては、限外濾過フィルターを使って高分子の植物細胞外小胞をフィルター上に留まらせて、小さなタンパク質を落とすことで、植物細胞外小胞を濃縮する方法を挙げることができる。市販のキットを用いてもよく、また、複数の精製方法を組み合わせて行ってもよい。
【0026】
また、得られた画分中に、植物細胞外小胞が含まれることを確認してもよい。例えば、得られた画分に含まれる微粒子の数や大きさ(直径)を測定して、植物細胞外小胞が含まれていることを確認してもよい。細胞外小胞の大きさは、一般的には直径30~5000 nm程度(エクソソームは直径30~150 nm程度、マイクロベシクルは直径100~1000 nm程度、アポトーシス小体は直径50~5000 nm程度)である。細胞外小胞の直径は、電子顕微鏡、電気抵抗ナノパルス法、ナノトラッキング解析(NTA)等の方法により測定することができる。電気抵抗ナノパルス法を用いた測定装置としては、qNano(Izon Science社)等を挙げることが出来る。NTAを用いた解析装置としては、NanoSight(Malvern Panalytical社)、Zeta View(DKSH社)等を挙げることができる。
【0027】
単離した植物細胞外小胞の純度を評価してもよい。例えば、評価対象の画分からRNAを精製して、バイオアナライザーによりそのサイズを分析し、細胞由来RNAの混入量を測定してもよい。植物が気体中に放出する植物細胞外小胞は小分子RNA(miRNA等)を豊富に含むが、リボソームRNAは殆ど含まない。一方、細胞由来のRNAにはサイズの大きいリボソームRNAが豊富に含まれる。従って、評価対象の画分からRNAを精製し、そのRNAに含まれる小分子RNAの割合を測定することにより、細胞外小胞の純度を評価することができる。小分子RNAの割合が高いことは、不純物である細胞由来のRNAの混入が少ないことを意味する。一態様において、本発明の細胞外小胞は、全RNAに対する長さ200塩基以下のRNAの重量比百分率で定義される細胞外小胞の純度が30wt%以上(好ましくは、40wt%以上、50wt%以上、60wt%以上、70wt%以上、80wt%以上、85wt%以上、90wt%以上、95wt%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上)である。全RNAに対する長さ200塩基以下のRNAの重量比百分率は、評価対象のRNAサンプルをバイオアナライザー(Agilent 2100)で解析したときに得られるクロマトグラムのピーク面積比で求めることができる。本発明の調製方法において、回収した画分に含まれる植物細胞外小胞の純度(全RNAに対する長さ200塩基以下のRNAの重量比百分率)が30wt%以上(好ましくは、40wt%以上、50wt%以上、60wt%以上、70wt%以上、80wt%以上、85wt%以上、90wt%以上、95wt%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上)であることを確認してもよい。
【0028】
本明細書においては、植物の蒸散物から植物細胞外小胞を単離する態様を中心に、本発明の調製方法を説明したが、本発明の調製方法は、これに限定されず、植物の蒸散物以外から、植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離する方法をも包含する。例えば、植物がエアロゾルの形態で気体中に放出した細胞外小胞を該気体から単離してもよい。該態様においては、細胞外小胞を含むエアロゾルを放出する植物が生育する環境中の気体(例、空気)から該エアロゾルを上述の集塵機等で回収し、水性溶媒に分散することにより、植物細胞外小胞の分散液を得て、該分散液を、上述の蒸散物の場合と同様に、遠心分離、カラムクロマトグラフィー、又は限外濾過に付し、植物細胞外小胞を含む画分を回収してもよい。
【0029】
更なる局面において、植物が生息する地域の環境水から該植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離してもよい。植物が生息する地域(例えば森林)の環境水には、該植物が気体中に放出した細胞外小胞を含む蒸散物が含まれるので、該環境水から該植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離することが可能となる。該環境水には、植物以外(微生物等)に由来する細胞外小胞が含まれていても良い。環境水としては、湧水、河川水、湖沼水、海水等を挙げることができるが、これらに限定されない。該環境水を、上述の蒸散物の場合と同様に、遠心分離、カラムクロマトグラフィー、又は限外濾過に付し、植物細胞外小胞を含む画分を回収することができる。
【0030】
本発明の細胞外小胞を乾燥して、乾燥粉末の形態で提供してもよい。本発明の細胞外小胞を乾燥する方法としては、凍結乾燥、真空乾燥、減圧乾燥等を挙げることができるが、これらに限定されない。乾燥粉末(例、凍結乾燥粉末、真空乾燥粉末、減圧乾燥粉末)の形態の本発明の細胞外小胞は、安定性に優れていて、長期間の保存が可能であり得る。
【0031】
本発明の細胞外小胞は、薬物送達担体、化粧品原料、食品添加物等として有用である。
【0032】
2.植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞を含む組成物、及びその用途
また、本発明は、上記本発明の細胞外小胞を含む組成物(以下、「本発明の組成物」という。)を提供する。本発明の組成物は、本発明の細胞外小胞に加えて、生理的に許容可能な担体、賦形剤又は希釈剤を更に含んでいてもよい。担体、賦形剤または希釈剤としては、水、オイル、ワックス、脂肪酸、脂肪酸アルコール、脂肪酸エステル、界面活性剤、吸湿剤(humectant)、増粘剤、抗酸化剤、粘度安定化剤、キレート剤、緩衝剤、低級アルコールなどが含まれるが、これらに制限されるわけではない。本発明の組成物は、該組成物の重量を基準として、例えば0.00001~99wt%の植物が気体中に放出した細胞外小胞を含有する。
【0033】
一態様において、本発明の組成物は、凍結乾燥組成物(以下、「本発明の凍結乾燥組成物」という。)である。本発明の凍結乾燥組成物は、上記本発明の細胞外小胞の水性溶媒中の分散液を凍結乾燥することにより調製することができる。本発明の凍結乾燥組成物は、ケーキ状組成物であり得る。本発明の凍結乾燥組成物は、安定化剤を含んでいてもよい。安定化剤としては、糖類(グルコース、スクロース、トレハロース、マンニトール、マルトース、ラクトース、セロビオース等)、グリシン、ポリビニルピロリドン、アルブミン等を挙げることができるが、これらに限定されない。本発明の凍結乾燥組成物は、緩衝剤を含んでいてもよい。緩衝剤としては、リン酸緩衝剤、炭酸緩衝剤、クエン酸緩衝剤、酢酸緩衝剤、グリシン・塩酸緩衝剤等挙げることができるがこれらに限定されない。本発明の凍結乾燥組成物を水で再構成することにより、本発明の細胞外小胞の水性溶媒中の分散液を得ることができる。
【0034】
一態様において、本発明の組成物は、芳香組成物として有用である。本発明の芳香組成物は、本発明の細胞外小胞に加えて、香料を含有する。香料は、好ましくはテルペン又は植物精油である。本発明の芳香組成物は、香料と、植物が気体中に放出した細胞外小胞を含有し、これをヒトのいる空間やヒトの皮膚へ噴霧すると、そのヒトは香料と植物が気体中に放出した細胞外小胞の両方を同時に曝露されることになるので、森林浴を行ったときにより近い、優れたリラックス効果やストレス緩和効果が期待できる。
【0035】
テルペンは、典型的には植物精油中に見出される化合物である。好ましいテルペンとしては、α-ピネン、β-ピネン、カンフェン、テルピノレン、テルピネン、サビネン、リモネン、D-リモネン、ミルセン、オシメン、p-シメン、及びα-フェランドレンが挙げられるが、これらに限定されない。
【0036】
植物精油は、主に、植物の葉、果皮及び枝などの植物の一部から抽出することによって得られるテルペンの混合物である。植物精油としては、ヒノキ油、マツ油、トウヒ油、モミ油、バルサムモミ油、ヒバ油、ティーツリー油、シダーウッド油等の針葉樹油、オレンジ油、レモン油、マンダリン油、ベルガモット油、グレープフルーツ油、ライム油等の柑橘油、ハッカ油、ペパーミント油、タイム油、バジル油、カシア油、クローブ油、シトロネラ油、シナモン油、ゼラニウム油、ピメント油、フェンネル油、ベニーローヤル油、ベルガモット油、ラベンダー油、ルー油、レモングラス油、ジャスミン油、ゲラニオール油、カンファー油、セージ油、ザクロ油、ローズ油、テレピン油、ショウブ油、ラベンダー油、ベイ油等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0037】
香料の含有量は、芳香組成物の重量を基準として、例えば0.01~15wt%である。
【0038】
一態様として、本発明の芳香組成物は、特定の種類の植物から抽出した植物精油と、同じ種類の植物が気体中に放出した細胞外小胞との組み合わせを含む。一例として、ヒノキ油と、ヒノキが気体中に放出した細胞外小胞との組み合わせ、針葉樹油と、針葉樹が生えた森林で気体中から採集した当該針葉樹が気体中に放出した細胞外小胞との組み合わせを挙げることが出来る。
【0039】
組成物中で細胞外小胞を安定に分散させるため、本発明の芳香組成物は溶媒として水を含有することが好ましい。一態様において、本発明の芳香組成物は、溶媒として水及び有機溶媒を含む。
【0040】
本発明の芳香組成物が溶媒として水を含有する場合、該組成物に含まれる植物細胞外小胞の濃度は、例えば、104個/ml以上、好ましくは、105個/ml以上、106個/ml以上、107個/ml以上、108個/ml以上、109個/ml以上、1010個/ml以上、1011個/ml以上、1012個/ml以上である。該組成物に含まれる植物細胞外小胞の濃度の上限値は、理論的には特に制限はないが、例えば、1015個/ml以下、1014個/ml以下、1013個/ml以下である。後述の実施例において示すように、植物の蒸散水には、1mLあたり106~108オーダーの粒子数の細胞外小胞が含まれる。一態様において、本発明の芳香組成物には、植物の蒸散水と同等の濃度(例えば、106個/ml以上、109個/ml以下)の植物細胞外小胞が含まれる。別の態様において、本発明の芳香組成物には、植物の蒸散水を超える濃度(例えば、109個/ml超)の植物細胞外小胞が含まれる。
【0041】
気化を促すため、本発明の芳香組成物は有機溶媒を含んでいてもよい。有機溶媒としては、ベンジルアルコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ミリスチン酸イソプロピル、エタノール、イソプロピルアルコール、ジメチルエーテル、LPG等を挙げることができるが、これらに限定されない。これらは単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
【0042】
本発明の芳香組成物は、細胞外小胞や香料を分散、溶解させるために、界面活性剤を含んでいてもよい。界面活性剤としては、非イオン系界面活性剤、陽イオン系界面活性剤、陰イオン系界面活性剤、両性界面活性剤を用いることができる。
【0043】
本発明の芳香組成物は、その効果を損なわない範囲で、その他の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、増粘剤、色素、紫外線吸収剤、酸化防止剤、酸・アルカリ等のpH調整成分、消泡剤、乳化剤等が挙げられる。
【0044】
一態様において、本発明の芳香組成物は無菌である。植物細胞外小胞を含む組成物を、植物細胞外小胞より大きな細菌は通過しないが、植物細胞外小胞は通過する孔径(例、0.2~0.8μm)のフィルターでろ過することにより、無菌の本発明の芳香組成物を得ることができる。
【0045】
本発明の芳香組成物は、噴霧装置に収容することによりスプレー製剤とすることができる。噴霧装置としては、本発明の芳香組成物を充填でき、噴霧を可能とし、スプレー剤として機能するものであれば特に限定されないが、例えば、ポンプ式噴霧器、トリガー式噴霧器、エアロゾル式噴霧器等を挙げることができる。
【0046】
上記スプレー製剤を用いて、本発明の芳香組成物を室内や、ヒトの皮膚へ噴霧すると、そのヒトは香料と植物が気体中に放出した細胞外小胞の両方を同時に曝露されることになるので、森林浴を行ったときにより近い、優れたリラックス効果やストレス緩和効果が期待できる。
【0047】
3.森林浴の疑似体験方法、及びそれに使用する組成物
更なる局面において、本発明は、森林浴の疑似体験における植物細胞外小胞の使用を提供する。本発明者らが見出したように、植物細胞外小胞は森林浴においてヒトが浴びる主要な成分の一つであることから、ヒトがいる空間に人工的に植物細胞外小胞を散布することにより、森林以外の場所において、森林浴の疑似体験を提供することができる。すなわち、本発明は、植物細胞外小胞を散布することを含む、森林浴の疑似体験方法(以下、「本発明の森林浴の疑似体験方法」という。)を提供する。
【0048】
本発明の森林浴の疑似体験方法において使用する細胞外小胞の由来となる植物の種類は、特に限定されないが、好ましくは、陸生植物である。陸生植物としては、コケ植物、シダ植物、種子植物(裸子植物、被子植物)等を挙げることができる。よりリアルな森林浴の疑似体験を達成する観点から、森林を構成する植物由来の細胞外小胞を用いることが好ましい。森林を構成する植物としては、針葉樹(スギ、ヒノキ、カラマツ、ヒバ、アスナロ、モミ等)、広葉樹(ブナ、クリ、ケヤキ、シラカバ、キリ、クス等)等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0049】
一態様において、本発明の森林浴の疑似体験方法において使用する植物細胞外小胞は、上述の本発明の細胞外小胞(植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞)であり得る。別の態様において、本発明の森林浴の疑似体験方法において使用する植物細胞外小胞は、植物の体の一部(葉、茎、花、果実、根等)から抽出・単離された植物細胞外小胞であり得る。植物の体の一部からの植物細胞外小胞の抽出・単離は、自体公知の方法により実施することができる。例えば、植物の体の一部を適切な水性緩衝液中で粉砕し、得られた植物細胞外小胞を含むホモジネートを、植物細胞外小胞以外の不純物を除去するための前処理に付す。前処理としては、遠心分離、フィルターろ過等を挙げることができるが、これらに限定されない。例えば、植物細胞外小胞を含むホモジネートを、植物細胞外小胞より大きな不純物は沈降するが、植物細胞外小胞は沈降しない相対遠心加速度(例、10,000 x g以下、好ましくは300~2,500 x g)にて遠心分離することにより、不純物を沈降させ、植物細胞外小胞を含む上清を回収することにより、不純物が除去された、より純度の高い植物細胞外小胞を含むホモジネートを得ることができる。また、植物細胞外小胞を含むホモジネートを、植物細胞外小胞より大きな不純物は通過しないが、植物細胞外小胞は通過する孔径(例、0.1 μm以上、好ましくは0.2~0.8μm)のフィルターでろ過することにより、不純物が除去された、より純度の高い植物細胞外小胞を含むホモジネートを得ることができる。複数種類の前処理を組み合わせて行ってもよく、例えば、遠心分離とフィルターろ過を組み合わせて行うこともできる。
【0050】
前処理をした植物細胞外小胞を含むホモジネートから植物細胞外小胞を更に精製してもよい。植物細胞外小胞を精製する方法としては、当該技術分野において周知の細胞外小胞の精製技術を用いることができる。例えば、植物細胞外小胞を含むホモジネートを、遠心分離、カラムクロマトグラフィー、又は限外濾過に付し、植物細胞外小胞を含む画分を回収する。遠心分離を利用して植物細胞外小胞を単離する方法としては、ペレットダウン法、スクロースクッション法、密度勾配遠心法、水和性ポリマー法等を挙げることができるが、これらに限定されない。カラムクロマトグラフィーを利用して植物細胞外小胞を単離する方法としては、サイズ排除クロマトグラフィーカラム又はサイズクロマトグラフィーを用いて、粒子サイズによるふるいをかけて細胞外小胞を分画する方法(分子ふるいクロマトグラフィー法)、細胞外小胞が含有する分子に対してアフィニティを有する分子(例、抗体)を用いたアフィニティ精製等を挙げることができる。市販のキットを用いてもよく、また、複数の精製方法を組み合わせて行ってもよい。
【0051】
一態様において、本発明の森林浴の疑似体験方法において使用する植物細胞外小胞は、針葉樹又は広葉樹の葉から抽出・単離した細胞外小胞であり得る。
【0052】
本発明の森林浴の疑似体験方法において使用する植物細胞外小胞は、好ましくは単離されている。単離された植物細胞外小胞の純度は、全RNAに対する長さ200塩基以下のRNAの重量比百分率で定義される細胞外小胞の純度として、30wt%以上(好ましくは、40wt%以上、50wt%以上、60wt%以上、70wt%以上、80wt%以上、85wt%以上、90wt%以上、95wt%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上)である。全RNAに対する長さ200塩基以下のRNAの重量比百分率は、評価対象のRNAサンプルをバイオアナライザー(Agilent 2100)で解析したときに得られるクロマトグラムのピーク面積比で求めることができる。
【0053】
植物細胞外小胞に加えて、香料を更に散布してもよい。香料は、好ましくはテルペン又は植物精油である。テルペン及び植物精油の例としては、上記「植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞を含む組成物、及びその用途」の項において記載したものを挙げることができる。オキシデンタロール、オキシドール、α-, β-, γ-オイデスモール、ミルセン、α-テルピネオール、サクサンボルニル、ツヨプセン、セドロール、エレメナール、カフェイン、クリプトメリジオール、クリプトメリオール、ショウノウ、シネオール等の樹木の香り成分を香料として用いることもまた好ましい。
【0054】
植物細胞外小胞の散布は、植物細胞外小胞を含む液体組成物を散布することにより実施することが出来る。本発明は、植物細胞外小胞を含む森林浴の疑似体験用液体組成物(以下、「本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物」という。)をも提供する。本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は、植物細胞外小胞の水性溶媒中の懸濁液であり得る。水性溶媒としては、水、生理食塩水、各種緩衝液(リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、グリシン緩衝液)等が例示される。該懸濁液中の植物細胞外小胞の含有量は、通常104個/ml以上、好ましくは、105個/ml以上、106個/ml以上、107個/ml以上、108個/ml以上、109個/ml以上、1010個/ml以上、1011個/ml以上、又は1012個/ml以上である。該懸濁液中の植物細胞外小胞の含有量の上限値は、理論的には特に制限はないが、通常、1015個/ml以下、1014個/ml以下、1013個/ml以下である。以下である。後述の実施例において示すように、植物の蒸散水には、1mLあたり106~108オーダーの粒子数の細胞外小胞が含まれる。一態様において、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物には、植物の蒸散水と同等の濃度(例えば、106個/ml以上、109個/ml以下)の植物細胞外小胞が含まれる。別の態様において、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物には、植物の蒸散水を超える濃度(例えば、109個/ml超)の植物細胞外小胞が含まれる。
【0055】
本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は、香料を更に含んでいてもよい。香料は、好ましくはテルペン又は植物精油である。テルペン及び植物精油の例としては、上記「植物が気体中に放出した単離された植物細胞外小胞を含む組成物、及びその用途」の項において記載したものを挙げることができる。オキシデンタロール、オキシドール、α-, β-, γ-オイデスモール、ミルセン、α-テルピネオール、サクサンボルニル、ツヨプセン、セドロール、エレメナール、カフェイン、クリプトメリジオール、クリプトメリオール、ショウノウ、シネオール等の樹木の香り成分を香料として用いることもまた好ましい。香料の含有量は、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物の重量を基準として、例えば0.001~15wt%、好ましくは0.01~15wt%である。
【0056】
一態様として、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は、特定の種類の植物から抽出した植物精油と、同じ種類の植物の細胞外小胞との組み合わせを含む。一例として、ヒノキ油と、ヒノキ細胞外小胞との組み合わせ、針葉樹油と、針葉樹細胞外小胞との組み合わせを挙げることが出来る。
【0057】
気化を促すため、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は有機溶媒を含んでいてもよい。有機溶媒としては、ベンジルアルコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、ミリスチン酸イソプロピル、エタノール、イソプロピルアルコール、ジメチルエーテル、LPG等を挙げることができるが、これらに限定されない。これらは単独で用いても、2種以上を併用してもよい。
【0058】
本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は、植物細胞外小胞や香料を分散、溶解させるために、界面活性剤を含んでいてもよい。界面活性剤としては、非イオン系界面活性剤、陽イオン系界面活性剤、陰イオン系界面活性剤、両性界面活性剤を用いることができる。
【0059】
本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は、その効果を損なわない範囲で、その他の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、増粘剤、色素、紫外線吸収剤、酸化防止剤、酸・アルカリ等のpH調整成分、消泡剤、乳化剤等が挙げられる。
【0060】
一態様において、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は無菌である。植物細胞外小胞の懸濁液を、植物細胞外小胞より大きな細菌は通過しないが、植物細胞外小胞は通過する孔径(例、0.2~0.8μm)のフィルターでろ過することにより、無菌の森林浴の疑似体験用液体組成物を得ることができる。
【0061】
本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物は、噴霧装置に収容することによりスプレー製剤とすることができる。噴霧装置としては、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物を充填でき、噴霧を可能とし、スプレー剤として機能するものであれば特に限定されないが、例えば、ポンプ式噴霧器、トリガー式噴霧器、エアロゾル式噴霧器等を挙げることができる。
【0062】
上記スプレー製剤等を用いて、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物を室内や、ヒトの皮膚等へ噴霧することにより、森林浴を疑似体験することができる。
【0063】
本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物を室内等の空間に噴霧する際に、噴霧する植物細胞外小胞の個数や濃度は特に制限されないが、空気1m3あたりに含まれる植物細胞外小胞の数が、通常、107個以上、好ましくは108個以上、109個以上、又は1010個以上となるように、植物細胞外小胞を噴霧する。噴霧する植物細胞外小胞の粒子数の上限値は、理論的には特に制限はないが、通常、空気1m3あたりに含まれる植物細胞外小胞の数が、1015個/ml以下、1014個/ml以下、又は1013個/ml以下となるように植物細胞外小胞を噴霧する。後述の実施例において示すように、森林環境においては、空気1m3あたり108~109オーダーの粒子数の植物細胞外小胞が含まれることが期待される。そこで、一態様において、空気1m3あたりに、森林環境と同程度の粒子数(例、108個以上、1010個以下)の植物細胞外小胞が含まれるように、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物を噴霧する。別の態様において、空気1m3あたりに、森林環境を超える粒子数(例、1010個超)の植物細胞外小胞が含まれるように、本発明の森林浴の疑似体験用液体組成物を噴霧する。
【0064】
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。
【0065】
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【実施例】
【0066】
[実施例1]植物蒸散液からの細胞外小胞の抽出及びmiRNAの解析
[方法]
(1)植物蒸散液の回収
シルバープリペット(Ligustrum sinense)、クヌギ(Quercus acutissima)、カラカシ(Quercus glauca)及びツツジ(Rhododendron ferrugineum)の枝先にビニール袋をかぶせ、袋口を閉じ、3~7時間程度放置した(
図1~3)。ビニール袋の裏表面に結露した水分(蒸散液)を回収した。
【0067】
(2)植物蒸散液からの細胞外小胞の抽出
1.2mLの蒸散液を20℃、10,000 x gで10分間遠心分離に付した。1mLの上清を新しい2mLチューブに移し、1mLのTotal Exosome Isolation Reagent(from urine) (Thermo Fisher社製)を加えた。溶液が均一になるまで、チューブを反転またはボルテックスしてよく混合し、混合液を室温で1時間インキュベートした。混合液を4℃、10,000 x gで1時間遠心分離した。ピペットで上清を吸引することにより、ペレットを乱さずに上清を除去した。細胞外小胞をチューブの底のペレットとして回収した。
【0068】
(3)細胞外小胞からのmiRNAの抽出
ペレット化した細胞外小胞を指で軽く叩きルーズにした。細胞外小胞に700 μlのQIAzol Lysis Reagentを添加し、ボルテックス又はピペットで混和し、室温(15~25℃)で5分間静置した。ホモジネート溶液に140 μlのクロロホルムを添加し、15 秒間激しく振り、得られた混合液を室温(15~25℃)で2~3分間静置した。混合液を、4℃、12,000 x g で15 分間遠心分離し、遠心で分離された一番上の水層350 μlを新しい2 mlチューブに移した。水層に1.5倍容量の100%エタノール525 μlを添加し、ピペットで完全に混和した。2 ml コレクションチューブにセットしたRNeasy Microスピンカラム(Qiagen社製)に最大700 μl のサンプル(形成した沈殿物を含む)をピペットでアプライし、室温(15~25℃)、8,000 x g以上で15秒間遠心した。コレクションチューブに溜まったろ液は棄てた。残ったサンプルを同じRNeasy Microスピンカラムにアプライし、miRNAを1つのカラムにまとめた。700 μlのBuffer RWTをRNeasy Microスピンカラムに添加し、8,000 x g以上で15 秒間遠心してカラムを洗浄した。500 μlのBuffer RPEをRNeasy Microスピンカラムに添加し、8,000 x g(10,000 rpm)以上で15 秒間遠心してカラムを洗浄した。RNeasy Microスピンカラムに500 μlのBuffer RPEを再度添加し、RNeasy Microスピンカラム・メンブレンを乾燥するため、8,000 x g以上で2分間遠心した。RNeasy Micro スピンカラムを新しい2 mlチューブに移し、最高スピードで1分間マイクロ遠心機で遠心した。RNeasy Micro スピンカラムを新しい1.5 ml のチューブに移し、20~50 μlのRNase フリー水を直接RNeasy Micro スピンカラム・メンブレンにアプライし、8,000 x g以上で1 分間遠心し、RNAを溶出することにより、miRNA含有溶液を得た。
【0069】
(4)RNAの品質チェック
バイオアナライザー(Agilent 2100、Agilent Technologies社製)を用いて、(3)で得られたmiRNA含有溶液の品質を評価した。サンプル調製は、Agilent RNA 6000ピコキット(Agilent Technologies社製)を用いた。標準サンプルとして、25、200、500、1000、2000、4000、6000 nts相当のRNAを含むラダーを用いた。
【0070】
(5)miRNA配列解析
QIAseq miRNA UDI Library Kit(QIAGEN)を用いて、(3)で得られたmiRNA含有溶液からNGSライブラリーを構築し、NGSによる配列解析に付した。
PNRD(http://structuralbiology.cau.edu.cn/PNRD/)およびPMIREN(https://www.pmiren.com/)のデータベースサイトからリファレンスデータ(FASTAファイル)をダウンロードした。データベースにLigustrum sinense、Quercus acutissima、Quercus glauca、Rhododendron ferrugineumのデータはないため、判明している全植物種のmiRNAのリファレンスデータを用いた。各FASTAファイルをmiRNA解析用プログラム(ezcount、https://gitlab.com/BioAlgo/miR-pipe)に適したデータファイルへ変換した。植物種のmiRNAセットごとにezcountによるアライメントおよびカウントを実施した。
【0071】
[結果]
(1)植物蒸散液の回収
シルバープリペット、カラカシ及びツツジから、以下の表の条件で蒸散液を回収した。
【0072】
【0073】
シルバープリペット、カラカシ及びツツジから、それぞれ1000 μl、910 μl、及び880μlの蒸散液を回収した。回収した蒸散液を植物種ごとにまとめ、Total Exosome Isolation Reagent(from urine) (Thermo Fisher社製)を用いて、細胞外小胞を回収し、更に回収した細胞外小胞からRNeasy Microスピンカラムを用いてRNAを抽出した。
【0074】
(2)回収したRNAのサイズ及び品質チェック(1)
植物蒸散液から回収した細胞外小胞から抽出したRNA溶液をバイオアナライザーで解析し、その品質を評価した。代表的な結果を
図4に示す。また、参考として植物細胞から回収したRNA溶液をバイオアナライザーで解析した結果を
図5に示す。検出時間 22 sec (25 nts) 付近のピークは、内部標準サンプルに由来するものである。回収したRNAは、小分子のRNA領域(約200nt以下)に高いピークを示した。リボソームRNA(18S、28S)等の高分子領域のRNAの混入はほとんど認められず、大部分が小分子のRNA(miRNA)であった。
【0075】
(3)回収したRNAのサイズ及び品質チェック(2)
シルバープリペット、カラカシ及びツツジの蒸散液から回収した細胞外小胞から抽出したRNA溶液をバイオアナライザーで解析し、その品質を評価した。内部標準サンプルを用いて、RNAのサイズを評価した。結果を
図6~9に示す。回収したRNAは、小分子のRNA領域(約200nt以下)に高いピークを示した。リボソームRNA(18S、28S)等の高分子領域のRNAの混入はほとんど認められず、大部分が小分子のRNA(miRNA)であった。
【0076】
(4)miRNAの配列解析
植物蒸散液から回収したmiRNAからNGSライブラリーを構築し、NGSによる配列解析に付した。結果を以下の表に示す。
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】
【0081】
【0082】
【0083】
【0084】
表2及び3は、miRNA配列がリファレンスデータと一致したクローンの数をリファレンス配列の由来する植物種ごとにまとめたものであり、表2はPNRDのリファレンスデータ、表3はPMIRENのリファレンスデータとの比較結果を示す。表4は、代表例として、PNRDに登録されたコトカケヤナギ(Populus euphratica)のmiRNA配列と一致したクローンの数をmiRNAの種類ごとにまとめたものである。
【0085】
シルバープリペット、カラカシ、ツツジの蒸散液から回収したRNAをNGS解析したところ、多様なmiRNAが検出された。その配列を解析したところ、PNRD及びPMIRENに登録された種々の植物miRNAの配列と一致したことから、植物miRNAが回収できたことが示唆された。
【0086】
植物蒸散液から、細胞由来RNA(リボソーマルRNA)の混入なしに小分子RNAが抽出できたこと、及びその小分子RNAが植物miRNAであることが同定できたことから、植物蒸散液中に、その植物が気体中に放出した細胞外小胞が含まれることが示唆された。
【0087】
[実施例2] 蒸散液中の植物細胞外小胞のナノサイトによる解析
[方法]
1.植物蒸散液からの細胞外小胞の抽出
実施例1の方法に準じ、以下の植物蒸散液から、細胞外小胞を抽出した。
サンプル1:シルバープリペット蒸散液17mL
サンプル2:シラカシ蒸散液3.64mL
サンプル3:ツツジ蒸散液0.62mL
サンプル5:ウバメガシ蒸散液2mL
【0088】
2.環境水からの植物細胞外小胞の抽出
南魚沼市妙音寺境内の湧水である「雷電様の水」から、以下の方法で植物細胞外小胞を抽出した。
環境水16~17mLを限外濾過チューブAmicon Ultra-15 (カットオフ:100kDa)に入れ、4℃、5000gにて10分間遠心し、250μL以下に濃縮した(1回目濃縮)。環境水約16mLを限外濾過チューブに追加し、4℃、5000gにて8分間遠心し、250μL以下に濃縮した(2回目濃縮)。環境水約16mLを限外濾過チューブに追加し、4℃、5000gにて5分間遠心し、250~500μLに濃縮した(3回目濃縮)。更に、環境水約16mLを限外濾過チューブに追加し、4℃、5000gにて10分間遠心し、250~500μLに濃縮し(4回目濃縮)、得られた濃縮液をサンプル6としてナノサイト解析に付した。
【0089】
3.ナノサイト解析
上記1及び2で得られた各サンプルをナノサイトで解析し、サンプルに含まれる植物細胞外小胞の粒子径、及び粒子濃度を測定した。
【0090】
図10~14に粒子径の測定結果を示す。植物種により、蒸散液中に含まれる細胞外小胞の粒子径が異なっていた。シルバープリペットでは、223nm付近に単一のピークが認められた(
図10)。シラカシでは、66nm付近のメジャーなピークに加えて、53nmと282nm付近にマイナーなピークが認められた(
図11)。ツツジでは、103nm、205nm及び557nm付近にピークが認められた(
図12)。ウバメガシでは、210nm付近のメジャーなピークに加えて、42nm、94nm、271nm及び408nm付近にマイナーなピークが認められた(
図13)。湧水では、202nm付近のメジャーなピークに加えて65nm付近にマイナーなピークが認められた(
図14)。
【0091】
ナノサイトにおける粒子数の測定結果に基づき、各サンプルの原液中の細胞外小胞濃度を算出した。結果を表5に示す。
【0092】
【0093】
更に、森林環境として25℃における飽和水蒸気量(23g/m3)あたりの細胞外小胞濃度を算出した。また、体積100m3(広さ50m2、高さ2mの部屋に相当)に含まれる細胞外小胞数を算出した。結果を表6に示す。
【0094】
【0095】
上記測定結果から、植物の蒸散水には、1mLあたり106~108オーダーの粒子数の細胞外小胞が含まれることが示唆された。また、森林環境中の湧水にも、105オーダーの粒子数の細胞外小胞が含まれることが示唆された。すなわち、森林環境中の湧水には、植物蒸散水の1/100程度の植物細胞外小胞が含まれていることが示唆された。これらの植物の蒸散水で、空気1m3を25℃における飽和水蒸気量で充たすと、空気1m3あたり108~109オーダーの粒子数の細胞外小胞が含まれることになる。すなわち、森林浴においては、空気1m3あたり108~109オーダーの粒子数の植物細胞外小胞が期待される。また、体積100m3の部屋を森林環境と同等数の植物細胞外小胞で満たすためには、1010~1011オーダーの粒子数の植物細胞外小胞を用意することが期待され、1012の粒子数の植物細胞外小胞があれば十分と考えられる。1011個の植物細胞外小胞は、およそ、10倍濃縮した蒸散水10mL、及び1000倍濃縮した湧水10mLに相当する。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明により、植物が気体中に放出した単離された細胞外小胞が提供される。本発明により、植物が生息する周囲の空気環境中から細胞外小胞を調製することが可能となる。特に植物の蒸散物には、細胞外小胞が豊富に含まれる一方、植物細胞体由来の成分がほとんど混入していないため、植物の蒸散物から、簡便な操作で、高純度の細胞外小胞を回収することが可能である。植物が気体中に細胞外小胞を放出することは、これまでに知られておらず、植物が生息する周囲の空気や、植物蒸散物は、植物細胞外小胞の新たな原料となり得る。
【0097】
本出願は日本で出願された特願2023-075298(出願日:2023年4月28日)を
基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
【要約】
【課題】植物細胞外小胞を単離するための新たな原料を提供すること、及びその原料から植物細胞外小胞を調製する方法を提供すること。
【解決手段】植物が気体中に放出した細胞外小胞を単離する。一態様において、植物の蒸散物から、該植物の細胞外小胞を単離する。植物の蒸散物には、細胞外小胞が豊富に含まれる一方、植物細胞体由来の成分がほとんど混入していないため、簡便な操作で、高純度の植物細胞外小胞を回収することが可能である。
【選択図】なし