(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】鉄合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 3/16 20060101AFI20231220BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20231220BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20231220BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20231220BHJP
B33Y 50/02 20150101ALI20231220BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20231220BHJP
【FI】
B22F3/16
B22F3/105
B22F3/24 B
B33Y10/00
B33Y50/02
C22C38/00 304
(21)【出願番号】P 2020100948
(22)【出願日】2020-06-10
【審査請求日】2022-11-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】新川 雅樹
(72)【発明者】
【氏名】木皮 和男
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-044210(JP,A)
【文献】特開2019-147992(JP,A)
【文献】特開2019-210490(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00,3/105,3/16,3/24,
10/20,10/28
B33Y 10/00,50/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄合金を金属積層造形法によって製造する鉄合金の製造方法であって、
レーザビーム及び電子ビームの一方を鉄合金の原料粉体に照射し、当該原料粉体を溶融させることにより、鉄合金層をベース台上に積層しながら造形する造形工程と、
当該造形工程の実行中、当該造形工程で造形された前記鉄合金層の表層から所定数の積層までの鉄合金層温度T1が、Ms≦T1≦Ms+α(Msはマルテンサイト変態開始温度、αは
0~50℃の範囲内の値)の範囲内に保持されるように、当該鉄合金層温度T1を制御する第1温度制御工程と、
前記造形工程の実行中、前記ベース台の温度T2が、Mf-β≦T2≦Mf(Mfはマルテンサイト変態終了温度、βは
0~50℃の範囲内の値)の範囲内に保持されるように、前記ベース台の温度T2を制御する第2温度制御工程と、
を実行することを特徴とする鉄合金の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の鉄合金の製造方法において、
前記第2温度制御工程において、室温が前記マルテンサイト変態終了温度Mfよりも高い場合には、前記ベース台の温度T2が当該室温に保持されるように、前記ベース台の温度T2を制御することを特徴とする鉄合金の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の鉄合金の製造方法において、
前記造形工程の実行中、前記第1温度制御工程及び前記第2温度
制御工程を同時に実行することを特徴とする鉄合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄合金を金属積層造形法によって製造する鉄合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄合金の製造方法として、特許文献1に記載されたものが知られている。この製造方法では、不活性雰囲気で、原料粉体をレーザ光により溶融させることにより、鉄合金層が材料収容部の底面上に積層しながら造形される。その際、鉄合金層の1層又は複数層の造形後、鉄合金層の温度が第1温度⇒第2温度⇒第1温度の順に変化するように赤外線ヒータなどによって加温される。
【0003】
この第1温度は、第2温度より高くかつマルテンサイト変態終了温度Mf以上の温度に設定され、第2温度は、マルテンサイト変態終了温度Mf以下の温度に設定されている。以上の加温により、マルテンサイト変態が鉄合金層で発生し、鉄合金層がマルテンサイト組織に変化する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の鉄合金の製造方法によれば、造形後の鉄合金層が急激に冷却され、マルテンサイト組織に変化する関係上、マルテンサイト変態時に発生する熱収縮が体膨張よりも大きくなることで、歪みや割れが発生するおそれがある。さらに、マルテンサイト組織の上にさらに鉄合金の積層造形を実施した場合、焼き戻しにより積層方向に沿って鉄合金の硬さが大きく変動するという不具合を招いてしまう。
【0006】
本発明は、上記課題を解決するためになされたもので、造形後の鉄合金層における歪み及び割れの発生を抑制することができる鉄合金の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に係る発明は、鉄合金を金属積層造形法によって製造する鉄合金の製造方法であって、レーザビーム2a及び電子ビームの一方を鉄合金の原料粉体20に照射し、原料粉体20を溶融させることにより、鉄合金層をベース台(ベースプレート6)上に積層しながら造形する造形工程(STEP3)と、造形工程の実行中、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層までの鉄合金層温度T1が、Ms≦T1≦Ms+α(Msはマルテンサイト変態開始温度、αは0~50℃の範囲内の値)の範囲内に保持されるように、鉄合金層温度T1を制御する第1温度制御工程(STEP4)と、造形工程の実行中、ベース台の温度T2が、Mf-β≦T2≦Mf(Mfはマルテンサイト変態終了温度、βは0~50℃の範囲内の値)の範囲内に保持されるように、ベース台の温度T2を制御する第2温度制御工程(STEP5)と、を実行することを特徴とする。
【0008】
この鉄合金の製造方法によれば、造形工程において、レーザビーム及び電子ビームの一方が鉄合金の原料粉体に照射され、原料粉体が溶融することにより、鉄合金層がベース台上に積層しながら造形される。この造形工程の実行中、第1温度制御工程において、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層までの鉄合金層温度T1が、Ms≦T1≦Ms+αの範囲内に保持されるように制御される。したがって、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層は、原料粉体の溶融により、オーステナイト変態温度を超えた後、次の金属層を造形する際において原料粉体の溶融が近傍で発生するまでの間、マルテンサイト組織に変化することがなく、オーステナイト組織に保持されるとともに、熱歪みが緩和されながら、焼き戻し変態を受けない状態となる。
【0009】
そして、原料粉体の溶融が近傍で発生した場合、その内側の所定数までの金属層は、一時的に昇温した後、すぐに冷却されることになるので、一部の組織においてパーライト変態が発生するものの、残りの組織は、オーステナイト組織に維持されることになる。さらに、造形工程の進行に伴い、表層から所定数を超えた層は、第2温度制御工程で、ベース台の温度T2が、Mf-β≦T2≦Mfの範囲内に保持されるように制御されるので、オーステナイト組織からマルテンサイト組織に徐々に変化することになる。その結果、造形後の鉄合金層において、歪み及び割れの発生を抑制することができ、均一で強度の高いマルテンサイト組織を得ることができる。
この鉄合金の製造方法によれば、第1温度制御工程において、鉄合金層温度T1が、Ms~Ms+50℃の範囲内に保持されるように制御されることになる。このように制御した場合、本出願人の実験により、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層が、造形工程での原料粉体の溶融により、オーステナイト変態温度を超えた後、次の造形工程で原料粉体の溶融が近傍で発生するまでの間、マルテンサイト組織に変化することがなく、オーステナイト組織に保持できることが確認された(後述する図8参照)。したがって、前述したような作用効果を確実に得ることができる。
この鉄合金の製造方法によれば、第2温度制御工程において、ベース台の温度T2がMf-50~Mfの範囲内に保持されるように制御されることになる。このように制御した場合、本出願人の実験により、表層から所定数を超えた層は、オーステナイト組織からマルテンサイト組織に徐々に変化することになり、造形後の鉄合金層において、歪み及び割れの発生を抑制できることが確認された(後述する図8参照)。したがって、前述したような作用効果を確実に得ることができる。
【0010】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の鉄合金の製造方法において、第2温度制御工程において、室温がマルテンサイト変態終了温度Mfよりも高い場合には、ベース台の温度T2が室温に保持されるように、ベース台の温度T2を制御することを特徴とする。
【0011】
この鉄合金の製造方法によれば、第2温度制御工程において、室温がマルテンサイト変態終了温度Mfよりも高い場合には、ベース台の温度T2が室温に保持されるように、ベース台の温度T2が制御される。したがって、鉄合金の組成などに起因して、室温がマルテンサイト変態終了温度Mfよりも高い状態になっている場合には、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層は、オーステナイト組織に保持されるとともに、熱歪みが緩和されながら、焼き戻し変態を受けない状態となる。それにより、造形後の鉄合金層において、歪み及び割れの発生を抑制することができ、均一で強度の高いマルテンサイト組織を得ることができる。
【0012】
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載の鉄合金の製造方法において、造形工程の実行中、第1温度制御工程及び第2温度制御工程を同時に実行することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施形態に係る鉄合金の製造方法を実施する金属積層造形装置の構成を示す図である。
【
図2】金属積層造形装置の電気的な構成を示すブロック図である。
【
図3】鉄合金の製造方法における各工程を示す図である。
【
図4】鉄合金の製造方法における各工程の動作を説明するための図である。
【
図5】鉄合金を造形する際の原料粉体及び鉄合金の温度変化を示す図である。
【
図6】鉄合金層の温度変化を説明するための図である。
【
図7】鉄合金層の温度変化を鉄合金の恒温変態曲線図に重ねた図である。
【
図8】鉄合金の実施例及び比較例のデータを示す図である。
【
図9】デポジション方式の金属積層造形装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態に係る鉄合金の製造方法について説明する。本実施形態は、
図1に示す金属積層造形装置1を使用し、以下に述べる鉄合金の製造方法により、鉄合金製品を製造するものである。
【0018】
この金属積層造形装置1は、パウダーベッド方式のものであり、
図1及び
図2に示すように、レーザ発振器2、レーザ駆動装置3、赤外線ヒータ4、粉体収容器5、ベースプレート6、ベース駆動装置7、ベースヒータ8、原料供給装置9、サーモグラフィ装置10及びコントローラ11などを備えている。
【0019】
レーザ発振器2は、粉体収容器5の上方に配置され、後述する造形工程の実行中、コントローラ11によって制御されることにより、レーザビーム2aを粉体収容器5内のベースプレート6(ベース台)上の原料粉体20に照射する。それにより、原料粉体20が溶融し、鉄合金化する。
【0020】
また、レーザ駆動装置3は、電動機及びギヤ機構(いずれも図示せず)などを組み合わせて構成されている。レーザ駆動装置3は、コントローラ11に電気的に接続されており、後述する造形工程の実行中、コントローラ11によって制御されることにより、レーザ発振器2を、ベースプレート6の上面に対して平行な平面内でX軸方向及びY軸方向に駆動する。それにより、後述する造形工程において、鉄合金層を積層しながら、鉄合金製品30をベースプレート6上に造形することが可能になる。
【0021】
さらに、赤外線ヒータ4は、コントローラ11に電気的に接続されており、後述する第1温度制御工程の実行中、鉄合金層温度T1を制御するために、その出力がコントローラ11によって制御される。この鉄合金層温度T1は、鉄合金製品の最上層の鉄合金層を第1層とし、その下側の層を順に第2層、第3層、……とした場合における第1~第3層の温度である。
【0022】
サーモグラフィ装置10は、第1~第3層が出力する赤外線エネルギーを検出し、その検出信号をコントローラ11に出力する。コントローラ11は、後述するように、第1温度制御工程において、このサーモグラフィ装置10の検出信号に基づき、鉄合金層温度T1を取得するとともに、赤外線ヒータ4を介して、鉄合金層温度T1を制御する。
【0023】
一方、粉体収容器5は、耐熱性を有する材質で構成され、平面視矩形の内部空間を有しているとともに、その底がベースプレート6になっている。造形工程では、このベースプレート6の上面と粉体収容器5の内部空間に、原料粉体が収容される。
【0024】
また、ベース駆動装置7は、ベースプレート6を上下方向に駆動するためのものであり、電動機及びギヤ機構(いずれも図示せず)などを組み合わせて構成されている。ベース駆動装置7は、コントローラ11に電気的に接続されており、後述するベース駆動工程にいて、コントローラ11によって制御されることにより、ベースプレート6を所定距離d分、下方に移動させる。
【0025】
さらに、ベースヒータ8は、コントローラ11に電気的に接続されており、後述するように、第2温度制御工程の実行中、ベースプレート6の温度(以下「ベースプレート温度」という)T2を制御するために、その出力がコントローラ11によって制御される。
【0026】
原料供給装置9は、アクチュエータ及びギヤ機構などを組み合わせたものであり、コントローラ11に電気的に接続されている。原料供給装置9は、後述するように、原料供給工程において、原料粉体20を粉体収容器5に対して供給する。
【0027】
次に、金属積層造形装置1による鉄合金の製造方法について説明する。
図3に示すように、この製造方法では、まず、ベース駆動工程(
図3/STEP1)が実行される。このベース駆動工程では、造形中の鉄合金製品30上に鉄合金層を1層分、造形するために、ベース駆動装置7が、ベースプレート6を鉄合金層の1層分、下方に移動させる。例えば、ベースプレート6は、
図4の状態(C1)の位置から状態(C2)の位置まで、距離d分、移動する。
【0028】
次いで、原料供給工程(
図3/STEP2)が実行される。この原料供給工程では、原料供給装置9によって、鉄合金層の1層分の原料粉体20が粉体収容器5に供給される。例えば、
図4の状態(C3)に示すように、作成中の鉄合金製品30が粉体収容器5内に存在する場合には、鉄合金層の1層分の原料粉体20が鉄合金製品30の上方に供給される。
【0029】
この原料供給工程に続けて、造形工程、第1温度制御工程及び第2温度制御工程(
図3/STEP3~5)が同時に実行される。
【0030】
この造形工程では、レーザ発振器2、原料粉体20及び粉体収容器5などを含む空間が不活性雰囲気下に保持される。そして、その状態で、コントローラ11によってレーザ発振器2が制御されることにより、レーザビーム2aがレーザ発振器2から粉体収容器5内のベースプレート6上の原料粉体20に照射される。これと同時に、コントローラ11によってレーザ駆動装置3が制御されることにより、レーザ駆動装置3によって、レーザ発振器2が所定範囲内で移動するように駆動される。それにより、
図4の状態(C4)に示すように、作成中の鉄合金製品30が粉体収容器5内に存在する場合には、鉄合金製品30の上方の原料粉体20が溶融することで、1層分の鉄合金層が鉄合金製品30の上面に積層される。
【0031】
一方、第1温度制御工程では、前述した鉄合金層温度T1が下式(1)が成立する値になるように、赤外線ヒータ4の出力が制御される。この理由については後述する。
【0032】
Ms≦T1≦Ms+α ……(1)
ここで、Msはマルテンサイト変態開始温度を、αは所定値をそれぞれ表している。
【0033】
また、第2温度制御工程では、前述したベースプレート温度T2が下式(2)が成立する値になるように、ベースヒータ8の出力が制御される。この理由については後述する。
【0034】
Mf-β≦T2≦Mf ……(2)
ここで、Mfはマルテンサイト変態終了温度を、βは所定値をそれぞれ表している。
【0035】
以上のように、造形工程、第1温度制御工程及び第2温度制御工程が同時に実行され、造形工程において、1層分の鉄合金層が鉄合金製品30の上面に積層されたタイミングで、造形工程などが終了する。その後、鉄合金製品30が完成するまでの間、ベース駆動工程⇒原料供給工程⇒造形工程&第1及び第2温度制御工程の順で、各工程が繰り返し実行される。
【0036】
次に、上述したように、第1温度制御工程及び第2温度制御工程において、鉄合金層温度T1及びベースプレート温度T2を制御した理由について説明する。まず、本出願人の実験により、金属積層造形装置1によって鉄合金を造形する際、原料粉体及び鉄合金の温度が
図5に示すように変化することが確認できた。
【0037】
同図に示すように、レーザビーム2aが照射され、原料粉体が溶融すると、時刻tx以降、温度が急上昇する。そして、溶融部が時刻tyで、最高温度に到達した後、レーザビーム2aが移動するのに伴い、溶融部は、既に凝固済みの部位への熱伝導によって温度が低下することになる。金属積層造形装置1によって鉄合金を造形した際、原料粉体及び鉄合金の温度が、以上のように変化するという知見が得られた。
【0038】
この知見に基づき、原料粉体の溶融後の鉄合金層において、均一で強度の高いマルテンサイト組織を得るために、第1温度制御工程及び第2温度制御工程において、鉄合金層温度T1及びベースプレート温度T2が前述した範囲内の温度になるように制御される。
【0039】
このように鉄合金層温度T1及びベースプレート温度T2を制御した場合、造形工程中において、
図6に示すように鉄合金製品30における鉄合金層の第1~第4層などが造形される際には、これらの鉄合金層の温度は、以下に述べるように変化する。なお、以下の説明では、鉄合金層温度T1が値Ms+αに制御され、ベースプレート温度T2が値Mf-βに制御されているものとする。
【0040】
まず、レーザビーム2aの照射により造形された直後の第1層の部位30aの温度は、オーステナイト変態温度A3よりも高い温度に上昇し、レーザビーム2aが
図6中の右方に移動するのに伴い、
図7に示すように、オーステナイト変態温度A3から急激に低下し、鉄合金層温度T1まで低下する(時刻t1)。
【0041】
それ以降、部位30aを含む第1層の温度は、第1温度制御工程の実行により、鉄合金層温度T1に保持される。その結果、第1層の鉄合金層は、マルテンサイト組織に変化することなく、オーステナイト組織に保持される。
【0042】
また、第1層の下側の第2層の温度は、第1温度制御工程の実行により、鉄合金層温度T1に保持されているものの、第2層の部位30bの温度は、その上方の第1層の部位30aが造形される際の熱伝導によって、上述したように、オーステナイト変態温度A3以上の温度に上昇する。
【0043】
その後、レーザビーム2aが
図6中の右方に移動するのに伴い、第2層の部位30bの温度は、オーステナイト変態温度A3から急激に低下し、鉄合金層温度T1まで低下する(時刻t1)。それ以降、部位30bを含む第2層の温度は、第1温度制御工程の実行により、鉄合金層温度T1に保持される。その結果、第2層の鉄合金層も、第1層と同様に、マルテンサイト組織に変化することなく、オーステナイト組織に保持される。
【0044】
さらに、第2層の下側の第3層の温度は、第1温度制御工程の実行により、鉄合金層温度T1に保持されているものの、第3層の部位30cの温度は、その上方で第1層の部位30aが造形される際の熱伝導によって、
図7の時刻t2~t3の間で、オーステナイト変態温度A3よりも低い温度に一時的に上昇する。それにより、第3層の一部においてパーライト変態が発生するものの、温度上昇の時間が短いことで、それ以外の第3層は、オーステナイト組織に保持される。
【0045】
その後、レーザビーム2aが
図6中の右方に移動するのに伴い、第2温度制御工程の実行により、ベースプレート6がベースプレート温度T2に保持されていることで、時刻t3以降、第3層の部位30cなどの温度は、ベースプレート温度T2に向かって徐々に低下することなる。その結果、第3層の鉄合金層は、ほぼ全体に亘って、オーステナイト組織からマルテンサイト組織に徐々に変化することになる。これと同様に、第4層以下の鉄合金層も、オーステナイト組織からマルテンサイト組織に徐々に変化することになる。
【0046】
次に、
図8を参照しながら、本実施形態の製造方法で製造した鉄合金の試験データについて説明する。同図の「実施例」は、Feが98.20(wt%)、Cが0.62(wt%)、Mnが1.1(wt%)の割合で構成された原料粉体20を用い、本実施形態の製造方法によって、10mm角の製造した鉄合金のデータを示している。
【0047】
この原料粉体20の場合、マルテンサイト変態開始温度Msは255℃であり、マルテンサイト変態終了温度Mfは178℃である関係上、第1温度制御工程では、鉄合金層温度T1が290℃(=Ms+35℃)に制御され、第2温度制御工程では、ベースプレート温度T2が150℃(=Mf-28℃)に制御される。
【0048】
また、比較例1は、比較のために、第1温度制御工程において、鉄合金層温度T1をMs+100℃よりも高い400℃(=Ms+145℃)に制御し、第2温度制御工程において、ベースプレート温度T2を実施例と同じ150℃に制御した場合の例である。
【0049】
さらに、比較例2は、比較のために、第1温度制御工程において、鉄合金層温度T1をマルテンサイト変態開始温度Msよりも低い160℃(=Ms-18℃)に制御し、第2温度制御工程において、ベースプレート温度T2を実施例と同じ温度(150℃)に制御した場合の例である。
【0050】
一方、比較例3は、比較のために、第1温度制御工程において、鉄合金層温度T1を実施例よりも若干低い値(280℃)に制御し、第2温度制御工程において、ベースプレート温度T2をマルテンサイト変態終了温度Mfよりも高い200℃(=Mf+22℃)に制御した場合の例である。
【0051】
まず、比較例1のデータでは、硬さの数値が実施例よりも小さくなっていることが判る。比較例1の組織観察を実施したところ、ベイナイト組織とフェライト組織が混在するものとなっており、それに起因して、上記の状態が発生したものと推定される。
【0052】
また、比較例2のデータでは、硬さの数値が実施例よりも小さくなっているとともに、割れが発生していることが判る。これに加えて、図示しないが測定時の硬さのばらつきが大きい状態となった。比較例2の組織観察を実施したところ、焼き戻しマルテンサイト組織が層状に重なったものとなっており、それに起因して、上記の状態が発生したものと推定される。
【0053】
さらに、比較例3のデータを参照すると、硬さの数値が実施例よりも小さくなっていることが判る。これに加えて、図示しないが測定時の硬さのばらつきが大きい状態となった。比較例3の組織観察を実施したところ、マルテンサイト組織、ベイナイト組織及びフェライト組織が混在するものとなっており、それに起因して、上記の状態が発生したものと推定される。
【0054】
これに対して、実施例のデータでは、硬さの数値(ビッカース硬さの平均値)が比較例1~3よりも大きいとともに、割れが発生していないことが判る。また、図示しないが、測定時の硬さの変動が小さい状態となった。また、実施例の組織観察を実施したところ、マルテンサイト組織が得られており、それに起因して、上記の状態が発生したものと推定される。
【0055】
以上のように、本実施形態の鉄合金の製造方法によれば、造形工程において、レーザビーム2aが鉄合金の原料粉体20に照射され、原料粉体20が溶融することにより、鉄合金層がベースプレート6上に積層しながら造形される。この造形工程の実行中、第1温度制御工程において、造形工程で造形された鉄合金層の第1~第3層までの鉄合金層温度T1が、Ms≦T1≦Ms+αの範囲内に保持されるように制御される。したがって、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層は、原料粉体20の溶融により、オーステナイト変態温度を超えた後、次の金属層を造形する際において原料粉体の溶融が近傍で発生するまでの間、マルテンサイト組織に変化することがなく、オーステナイト組織に保持されるとともに、熱歪みが緩和されながら、焼き戻し変態を受けない状態となる。
【0056】
そして、原料粉体20の溶融が近傍で発生した場合、その内側の所定数までの金属層は、一時的に昇温した後、すぐに冷却されることになるので、一部の組織においてパーライト変態が発生するものの、残りの組織は、オーステナイト組織に維持されることになる。さらに、造形工程の進行に伴い、表層から所定数を超えた層は、第2温度制御工程で、ベースプレート温度T2が、Mf-β≦T2≦Mfの範囲内に保持されるように制御されるので、オーステナイト組織からマルテンサイト組織に徐々に変化することになる。その結果、造形後の鉄合金層において、歪み及び割れの発生を抑制することができ、均一で強度の高いマルテンサイト組織を得ることができる。
【0057】
なお、
図8の実施例のデータは、第1温度制御工程において、鉄合金層温度T1を値Ms+35℃になるように制御した例であるが、これに限らず、第1温度制御工程において、鉄合金層温度T1を前述した式(1)が成立するような値に制御すればよい。その場合、値αは、0~50℃の範囲内の値に設定されることが好ましい。これは、鉄合金層温度T1がMs+50を超えた場合、マルテンサイト変態は発生しないものの、フェライト変態が発生することで、積層造形で高い強度を確保することができなくなるためである。また、値αは、0~20℃の範囲内の値に設定されることがより好ましい。
【0058】
また、
図8の実施例のデータは、第2温度制御工程において、ベースプレート温度T2を値Mf-28℃になるように制御した例であるが、これに限らず、第2温度制御工程において、ベースプレート温度T2を前述した式(2)が成立するような値に制御すればよい。その場合、値βは、0~50℃の範囲内の値に設定されることが好ましい。これは、ベースプレート温度T2がMf-50未満の温度になった場合、鉄合金層温度T1をマルテンサイト変態開始温度Msよりも高い温度に維持するのが困難になるためである。また、値βは、20~40℃の範囲内の値に設定されることがより好ましい。
【0059】
また、第2温度制御工程の実行中、室温がマルテンサイト変態終了温度Mfよりも高い場合にはベースプレート温度T2が室温に保持されるように、ベースプレート温度T2を制御してもよい。このようにベースプレート温度T2を制御した場合、造形工程で造形された鉄合金層の表層から所定数の積層は、オーステナイト組織に保持されるとともに、熱歪みが緩和されながら、焼き戻し変態を受けない状態となる。それにより、実施形態と同様に、均一で強度の高いマルテンサイト組織を得ることができる。
【0060】
さらに、
図8の実施例のデータは、Feが98.20(wt%)、Cが0.62(wt%)、Mnが1.1(wt%)の割合で構成された原料粉体20を用いた例であるが、原料粉体の組成はこれに限らず、Feを主体として、C、Mn、Cr、Niの少なくとも1つを含むものであればよい。
【0061】
一方、実施形態は、金属積層造形装置1として、パウダーベッド方式のものを用いた例であるが、これに代えて、
図9に示すデポジション方式の金属積層造形装置1Aを用いてもよい。この金属積層造形装置1Aでは、原料粉体20を2つの粉末供給ノズル21,21から噴射し、それをレーザビーム2aで溶融させることで、鉄合金層が積層され、それにより、鉄合金製品30が造形される。このような金属積層造形装置1Aを用いた場合でも、実施形態の金属積層造形装置1を用いた場合と同様の製造方法を実施することができ、それにより、実施形態と同様の作用効果を得ることができる。
【0062】
また、実施形態は、レーザビーム2aを照射することにより、原料粉体20を溶融した例であるが、これに代えて、電子ビームを照射することにより、原料粉体20を溶融するように構成してもよい。
【0063】
さらに、実施形態は、第1温度制御工程において、赤外線ヒータ4を制御することにより、鉄合金層温度T1を制御した例であるが、これに代えて、レーザ発振器2のレーザビーム2aにより、鉄合金の表層から第3層までの表層温度T1を制御するように構成してもよい。その場合には、レーザビーム照射によって原料粉体20を溶融させ、鉄合金の第1層を一端から他端まで作成した後、レーザ発振器2の出力を低下させた状態で、レーザビーム2aを鉄合金の表面全体に亘って照射することにより、鉄合金層温度T1を、Ms≦T1≦Ms+αが成立するように制御すればよい。
【0064】
一方、実施形態は、鉄合金層温度T1を第1~第3層までの鉄合金層の温度とした例であるが、これに代えて、鉄合金層温度T1を第1~第2層までの鉄合金層の温度としてよく、鉄合金層温度T1を第1~第n(nは4以上の整数)層までの鉄合金層の温度としてもよい。
【0065】
また、実施形態は、鉄合金として、鉄合金製品30を製造した例であるが、鉄合金として、鉄合金製品30以外の、鉄合金材などを製造するように構成してもよい。
【符号の説明】
【0066】
1 金属積層造形装置
2 レーザ発振器
2a レーザビーム
6 ベースプレート(ベース台)
20 原料粉体
30 鉄合金製品