(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-19
(45)【発行日】2023-12-27
(54)【発明の名称】検査制御装置、眼鏡レンズの設計方法および眼鏡レンズの製造方法
(51)【国際特許分類】
G02C 7/02 20060101AFI20231220BHJP
【FI】
G02C7/02
(21)【出願番号】P 2021575180
(86)(22)【出願日】2020-02-06
(86)【国際出願番号】 JP2020004521
(87)【国際公開番号】W WO2021157001
(87)【国際公開日】2021-08-12
【審査請求日】2022-07-15
(73)【特許権者】
【識別番号】300035870
【氏名又は名称】株式会社ニコン・エシロール
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【氏名又は名称】小林 淳一
(72)【発明者】
【氏名】趙 成鎮
【審査官】中村 説志
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0092614(US,A1)
【文献】国際公開第2018/101015(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 7/02
G02C 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つの光学特性が制御可能なレンズまたはレンズ群の光学特性を制御するための制御情報を生成する制御部と、
前記制御部が生成した前記制御情報を、前記レンズまたはレンズ群の光学特性を変更する装置に対して送信する送信部と、
前記送信部が送信した前記制御情報に基づいて変更された光学特性のレンズまたはレンズ群を通して装用者が対象を視認した際の、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報を取得する取得部と、
を備え、
前記制御部は、異なる複数の距離のそれぞれについて、前記装用者が前記レンズまたはレンズ群を通して鮮明に前記対象を視認できる場合の前記レンズまたはレンズ群の光学特性を基準にして、装用者から見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで乱視軸角度を定義したとき、前記対象が前記装用者から遠距離または中間距離に配置された場合には、前記レンズまたはレンズ群によって与えられる、前記基準からの変化に対応する前記円柱度数の前記乱視軸角度は0°以上30°以下、または、150°以上180°以下とする第1制御情報を、前記制御情報として生成し、
前記取得部は、前記第1制御情報に基づいて変更された光学特性のレンズまたはレンズ群を通して装用者が対象を視認した際の、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報を、累進屈折力レンズの遠用部の設計情報である第1情報として取得する
検査制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記対象が前記装用者から近距離に配置された場合には、前記レンズまたはレンズ群によって与えられる、前記基準からの変化に対応する前記円柱度数の前記乱視軸角度は60°以上120°以下とする第2制御情報を、前記制御情報として生成し、
前記取得部は、前記第2制御情報に基づいて変更された光学特性のレンズまたはレンズ群を通して装用者が対象を視認した際の、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報を、累進屈折力レンズの近用部の設計情報である第2情報として取得する
請求項1に記載の検査制御装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の検査制御装置において、
前記制御部は、前記レンズまたはレンズ群の前記球面度数、前記円柱度数および前記乱視軸角度の少なくとも一つを所定の間隔で任意に変更可能である、検査制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の検査制御装置において、
前記制御部は、プログラムにより決定された順番で前記レンズまたはレンズ群の前記球面度数、前記円柱度数および前記乱視軸角度の少なくとも一つを変更する、検査制御装置。
【請求項5】
請求項3または4に記載の検査制御装置において、
前記球面度数および前記円柱度数についての前記所定の間隔は、0.25Dよりも小さい、検査制御装置。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか一項に記載の検査制御装置において、
前記装用者が前記レンズまたはレンズ群を通して鮮明に前記対象を視認できる場合の前記レンズまたはレンズ群の前記光学特性を基準に、異なる値の前記光学特性を有する複数の状態の前記レンズまたはレンズ群を通して前記装用者に前記対象を視認させる、検査制御装置。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか一項に記載の検査制御装置において、
前記感受性に関する情報は、前記装用者が前記レンズまたはレンズ群を通して前記対象を視認することが許容可能か否かについての情報である、検査制御装置。
【請求項8】
請求項1から7までのいずれか一項に記載の検査制御装置において、
前記レンズまたはレンズ群は、機械制御または電気的な制御により、前記球面度数、前記円柱度数および前記乱視軸角度の少なくとも一つを任意に変更可能である、検査制御装置。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか一項に記載の検査制御装置で取得された、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報に基づいて眼鏡レンズを設計することを含む、眼鏡レンズの設計方法。
【請求項10】
請求項9に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記眼鏡レンズは、単焦点レンズであり、
前記装用者が前記レンズまたはレンズ群を通して前記対象を視認することが許容可能な場合の前記レンズまたはレンズ群の球面度数に対する円柱度数の相対的な大きさ、または、前記球面度数と前記円柱度数の組合せに基づいて前記単焦点レンズが設計される、眼鏡レンズの設計方法。
【請求項11】
請求項10に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
所定の距離に配置された前記対象に対して、前記レンズまたはレンズ群の前記乱視軸角度が所定の角度の場合の前記感受性に関する情報が取得され、
前記情報に基づいて、前記単焦点レンズの周辺部における、少なくとも前記所定の角度に対応する方向の非点収差を有する位置の球面度数エラーおよび非点収差の少なくとも一つが設定される、眼鏡レンズの設計方法。
【請求項12】
請求項10または11に記載の眼鏡レンズの設計方法において、
前記装用者が前記レンズまたはレンズ群を通して鮮明に前記対象を視認できる場合の前記レンズまたはレンズ群の前記光学特性を基準に、異なる値の前記光学特性を有する複数の状態の前記レンズまたはレンズ群を通して前記装用者に前記対象を視認させ、
装用者から見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで乱視軸角度を定義したとき、
所定の距離に配置された前記対象に対して、前記レンズまたはレンズ群によって与えられる、前記基準からの変化に対応する前記円柱度数の乱視軸角度が、0°以上30°以下、または、150°以上180°以下の第1角度および60°以上120°以下の第2角度のそれぞれの場合の前記感受性に関する情報が取得され、
前記情報に基づいて、前記単焦点レンズの周辺部の球面度数エラーおよび非点収差の少なくとも一つが設定される、眼鏡レンズの設計方法。
【請求項13】
請求項9から12までのいずれか一項に記載の眼鏡レンズの設計方法により設計された眼鏡レンズを製造することを含む眼鏡レンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検査制御装置、眼鏡レンズの設計方法および眼鏡レンズの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
個々の装用者の特性に適合するような眼鏡レンズを実現するための、種々の設計方法の提案がなされている。例えば、特許文献1では、ぼけを施した画像を装用者に視認させ、装用者のぼけに対する感受性に関する情報を取得している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本発明の第1の態様によると、検査制御装置は、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つの光学特性が制御可能なレンズまたはレンズ群の光学特性を制御するための制御情報を生成する制御部と、前記制御部が生成した前記制御情報を、前記レンズまたはレンズ群の光学特性を変更する装置に対して送信する送信部と、前記送信部が送信した前記制御情報に基づいて変更された光学特性のレンズまたはレンズ群を通して装用者が対象を視認した際の、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報を取得する取得部と、を備え、前記制御部は、異なる複数の距離のそれぞれについて、前記装用者が前記レンズまたはレンズ群を通して鮮明に前記対象を視認できる場合の前記レンズまたはレンズ群の光学特性を基準にして、装用者から見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで乱視軸角度を定義したとき、前記対象が前記装用者から遠距離または中間距離に配置された場合には、前記レンズまたはレンズ群によって与えられる、前記基準からの変化に対応する前記円柱度数の前記乱視軸角度は0°以上30°以下、または、150°以上180°以下とする第1制御情報を、前記制御情報として生成し、前記取得部は、前記第1制御情報に基づいて変更された光学特性のレンズまたはレンズ群を通して装用者が対象を視認した際の、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報を、累進屈折力レンズの遠用部の設計情報である第1情報として取得する。
本発明の第2の態様によると、眼鏡レンズの設計方法は、第1の態様の検査制御装置で取得された、前記装用者の収差に対する感受性に関する情報に基づいて眼鏡レンズを設計することを含む。
本発明の第3の態様によると、眼鏡レンズの製造方法は、第2の態様の眼鏡レンズの設計方法により設計された眼鏡レンズを製造することを含む。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る感受性の評価方法における検査の態様を示す概念図である。
【
図2】
図2は、一実施形態に係る感受性の評価方法に係るレフラクタの構成を示す概念図である。
【
図3】
図3は、レフラクタのレンズ群を説明するための概念図である。
【
図4】
図4は、眼鏡レンズ受発注システムの構成を示す概念図である。
【
図5】
図5は、一実施形態に係る眼鏡レンズ受発注システムにおける、眼鏡レンズを提供する手順の流れを示すフローチャートである。
【
図6】
図6は、一実施形態に係る装用者の感受性情報を取得するステップの流れを示すフローチャートである。
【
図8】
図8は、実効円柱度数C1の各範囲に対応する段階と、収差感受性評価値とを示す表である。
【
図9】
図9は、一実施形態の眼鏡レンズの設計方法の流れを示すフローチャートである。
【
図10】
図10は、累進屈折力レンズにおける収差の設定の一例を示す概念図である。
【
図11】
図11は、累進屈折力レンズにおける非点収差の軸の方向を示す概念図である。
【
図12】
図12(A)(B)および(C)は、単焦点レンズにおける球面度数エラーおよび非点収差の設定の例を示す概念図であり、
図12(A)は非点収差を重視する場合、
図12(B)は球面度数エラーと非点収差とのバランスを中程度に設定する場合、
図12(C)は球面度数を重視する場合の例である。
【
図13】
図13(A)および(B)は、単焦点レンズにおける非点収差の軸の方向を示す概念図である。
【
図14】
図14(A)および(B)は、単焦点レンズにおける球面度数エラーおよび非点収差の設定の例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下では、適宜図面を参照しながら、一実施形態の眼鏡レンズの設計方法、感受性の評価方法、眼鏡レンズの製造方法、眼鏡レンズ、眼鏡レンズ発注装置、眼鏡レンズ受注装置および眼鏡レンズ受発注システム等について説明する。以下の記載において、屈折力の単位は、特に言及しない場合にはディオプター(D)によって表されるものとする。また、以下の説明において、眼鏡レンズの「上方」、「下方」、「上部」、「下部」等と表記する場合は、当該眼鏡レンズが装用されたときのレンズの位置関係に基づくものとする。
【0007】
図1は、本実施形態の眼鏡レンズの設計方法に係る感受性の評価方法において、設計する眼鏡レンズの装用者Wに対して行う収差感受性検査の態様を示す図である。収差感受性検査では、装用者Wの、視覚における収差に対する感受性、特に装用者Wの視野におけるぼけに対する感受性が検査される。収差に対する感受性を収差感受性と呼ぶ。以下の実施形態において、収差感受性とは、眼光学系および、視対象と眼との間に配置された光学系の球面度数、円柱度数または乱視軸角度の変化によってもたらされる、視対象のぼけなどの印象あるいは変化を感じ取る能力、もしくは感じ取りやすい性質とする。収差感受性は、例えば、対象Obを視認する装用者Wが許容できるぼけの度合や、不快感無く視認できるぼけの度合等を用いて示すことができ、特に、装用者Wが許容できる、もしくは不快感なく視認できる場合の最大の収差の度合により数値として表すことができる。以下の実施形態において「収差」は、非点収差等に加え、球面度数エラーも含むものとする。本実施形態では、レフラクタ6を用いて収差感受性検査を行う。
【0008】
眼鏡店において、収差感受性検査を行う検査員は、装用者Wに、レフラクタ6を通して装用者Wから所定の距離Dに提示された対象Obを視認させる。
図1には、両眼で対象Obを見る場合の例として、対象Obを見る装用者Wの、左眼からの視線Ln1と右眼からの視線Ln2とを示した。距離Dは特に限定されず、遠距離、中間距離および近距離の少なくとも一つから選択される距離について収差感受性検査を行うことができる。以下の実施形態では、遠距離、中間距離および近距離に対応する距離は、国・地域や眼鏡レンズの用途等によっても変化し特に限定されないが、例えば遠距離が1m以上、中間距離が50cm以上1m未満、近距離が25cm以上50cm未満である。
なお、収差感受性検査は、眼鏡店に限らず、任意の場所で行うことができる。
【0009】
本実施形態の眼鏡レンズの設計方法により設計される眼鏡レンズの種類は特に限定されないが、以下では、累進屈折力レンズを設計する例を説明する。累進屈折力レンズは、遠用部、近用部、および、遠用部と近用部とを屈折率が連続的に変化するよう接続する中間部を備え、中間部の上方に遠用部が、中間部の下方に近用部が配置された眼鏡レンズである。遠距離に対応する屈折力を有する遠用部と、近距離に対応する屈折力を有する近用部とを備える累進屈折力レンズの設計においては、装用者Wに対し遠距離および近距離において収差感受性検査を行うことが好ましい。中距離に対応する屈折力を有する遠用部と、近距離に対応する屈折力を有する近用部とを備える累進屈折力レンズの設計においては、装用者Wに対し中距離および近距離において収差感受性検査を行うことが好ましい。累進屈折力レンズの設計においては、遠距離または中距離についての収差感受性検査により得られた情報を遠用部の設計に用いることが好ましく、近距離についての収差感受性検査により得られた情報を近用部の設計に用いることが好ましい。但し、これに限られず、任意の距離についての収差感受性検査により得られた情報を、遠用部、近用部または中間部の任意の部位の設計に用いることができる。
【0010】
対象Obは、視覚により認識可能なものであれば特に限定されないが、日常生活において、装用者Wから距離D離れた位置で見る物であることが好ましい。対象Obは、画像、動画、視力検査表、文字、文章、記号、図形、または風景等とすることができる。対象Obは、パーソナルコンピュータ(以下、PCと呼ぶ)、スマートフォン等の携帯電話、またはタブレット等に表示させて装用者Wに認識させることができる他、雑誌、書籍または新聞紙等の印刷物により認識させることができる。対象Obおよびその表示手段は、距離Dによって変えることもできる。
【0011】
収差感受性検査では、レフラクタ6により、装用者Wが対象Obを視認する際の収差、特にぼけの度合が変更される。レフラクタ6としては、例えば、国際公開第2015/155458号に記載のレフラクタを用いることができる。
【0012】
図2は、検査システム500の構成を示す概念図である。検査システム500は、検査制御装置5と、レフラクタ6とを備える。検査制御装置5は、入力部51と、第1制御部52と、第1通信部53とを備える。レフラクタ6は、第2通信部61と、第2制御部62と、アクチュエータ63と、レンズ群70とを備える。第2制御部62は、算出部621と、レンズ制御部622とを備える。
【0013】
検査制御装置5は、PC等の電子計算機を備える。検査制御装置5は、収差感受性検査の際、レフラクタ6と通信を行い、レンズ群70の光学特性を制御する。検査制御装置5が制御するレンズ群70の光学特性としては、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つを含むことができる。以下では、主に検査制御装置5がレンズ群70の全体の球面度数、円柱度数および乱視軸角度を調節する場合を例に説明する。
【0014】
検査制御装置5の入力部51は、マウス、キーボードまたはタッチパネル等の入力装置を備える。入力部51は、検査員からの入力を受け付ける。レンズ群70に設定される光学特性をどのように変化させるかが記述されたデータをプロトコルデータと呼ぶ。例えば、検査制御装置5には、プロトコルデータが不図示の記憶媒体に記憶されている。検査員は、レンズ群70に設定される光学特性をどのように変化させるかを、光学特性の設定値を入力したり、入力部51を介してプロトコルデータに基づき予め用意されたプロトコルを選択することにより設定することができる。
【0015】
検査制御装置5の第1制御部52は、CPUおよびメモリを備え、不図示の記憶媒体に記憶されたプログラムをメモリに読み込んで実行することにより、検査制御装置5の動作を制御する。第1制御部52は、収差感受性検査のためのプログラムを実行し、検査員からの入力や予め不図示の記憶媒体に記憶されたプロトコルデータ等に基づいてレンズ群70の光学特性を制御するための情報を作成する。この情報を制御情報と呼ぶ。第1制御部52は、制御情報を、第1通信部53を介してレフラクタ6に送信する(矢印A1)。例えば、第1制御部52は、レンズ群70により実現される光学特性の値(後述する実効球面度数等)や、各値の光学特性が実現される順番を決定し、決定された光学特性の値を、第1通信部53を介してレフラクタ6に送信することができる。
【0016】
検査制御装置5の第1通信部53は、赤外線通信または無線LAN(Local Area Network)等の無線通信が可能な通信装置を備える。第1通信部53は、制御情報をレフラクタ6の第2通信部61に送信する。第1通信部53は、例えばレンズ群70により実現される球面度数、円柱度数および乱視軸角度等の光学特性の値を、第2通信部61に送信することができる。
【0017】
好適な例として、ある距離Dについての収差感受性検査を開始する際、まず、検査員は、装用者Wがレンズ群70を通して鮮明に対象Obを視認できるように、球面度数、円柱度数および乱視軸角度等のレンズ群70の光学特性を設定する。装用者Wが鮮明に対象Obを視認できる場合のレンズ群70の状態を基準状態と呼ぶ。検査員は、レンズ群70の光学特性を適宜変化させ、装用者Wが鮮明に見えると回答した際の光学特性を、基準状態の光学特性として取得することができる。遠距離に対象Obを配置して行う収差感受性検査では、装用者Wが完全矯正となるレンズ群70の光学特性を基準状態としてもよい。完全矯正とは、眼の調節を行わずに無限遠にピントが合う状態を指す。検査員は、基準状態の光学特性を入力部51を介して入力する。
【0018】
以下では、乱視軸角度を、装用者Wからレンズ群70を見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで定義し、度数の大きい主経線を乱視軸とする。円柱度数は当該乱視軸における度数を基準としてマイナスの値で表記する。レンズ群70の基準状態の球面度数、円柱度数および乱視軸角度をそれぞれ基準球面度数S0、基準円柱度数C0および基準乱視軸角度Ax0とする。基準球面度数S0、基準円柱度数C0および基準乱視軸角度Ax0は通常、装用者Wの処方における球面度数、円柱度数および乱視軸角度と一致するが、あえて完全矯正としない処方の場合は、基準球面度数S0、基準円柱度数C0は処方における球面度数、円柱度数と一致しないこともある。検査員がレンズ群70の光学特性を変化させる際、基準球面度数S0、基準円柱度数C0および基準乱視軸角度Ax0に対して、新たに実効球面度数S1、実効円柱度数C1および実効乱視軸角度Ax1が付加される。実効球面度数S1、実効円柱度数C1および実効乱視軸角度Ax1は、それぞれ、レンズ群70によって実現される、基準状態からの変化分に対応して装用者Wの視覚に実効的に影響する球面度数、円柱度数および乱視軸角度である。このとき、実効球面度数S1、実効円柱度数C1、実効乱視軸角度Ax1を実現するためにレンズ群70に設定される球面度数、円柱度数および乱視軸角度のそれぞれを設定球面度数Ss、設定円柱度数Csおよび設定乱視軸角度Axsとする。
なお、以下の実施形態では、度数の大きい主経線を乱視軸とするマイナス表記により円柱度数を表現するが、各光学特性の表現方法は特に限定されず、例えば度数の小さい主経線を乱視軸とするプラス表記で円柱度数を示してもよい。
【0019】
このとき、設定球面度数Ss、設定円柱度数Csおよび設定乱視軸角度Axsは、Abs()をカッコ内の絶対値、sqrt()をカッコ内の平方根として、以下の式(1)(2)および(3)により算出することができる。「*」は積を示すが、Abs()とsin()またはcos()との間の積については*を省略した。本実施形態では、この算出は算出部621の処理となる。式(1)(2)および(3)において、基準円柱度数C0、設定円柱度数Csおよび実効円柱度数C1は、マイナス表記による。
Tan(2*Axs)=(Abs(C0)sin(Ax0)+Abs(C1)sin(Ax1))/(Abs(C0)cos(Ax0)+Abs(C1)cos(Ax1))…(1)
Cs=-sqrt((Abs(C0)sin(Ax0)+Abs(C1)sin(Ax1))^2+(Abs(C0)cos(Ax0)+Abs(C1)cos(Ax1))^2)…(2)
Ss=S0+C0/2+S1+C1/2-Cs/2 …(3)
なお、設定球面度数Ss、設定円柱度数Csおよび設定乱視軸角度Axsが算出できれば、式(1)(2)および(3)以外の演算を行ってもよく、例えば、各円柱度数をプラス表記した場合の式を用いてもよい。
【0020】
検査員は、プロトコルデータに基づくプロトコルを選択する。レンズ群70に設定される光学特性をどのように変化させるかのプロトコルでは、実効乱視軸角度を固定し、基準状態から、実効球面度数または実効円柱度数を所定の間隔で増加させたり、減少させたりすることが好ましい。より精密に収差感受性検査を行う観点から、当該所定の間隔は、0.25未満が好ましく、0.20未満がより好ましく、0.15未満がさらに好ましい。当該所定の間隔が狭過ぎると、収差感受性検査に時間がかかってしまうため、当該所定の間隔は、適宜0.05以上等とすることができる。基準状態から変化させる実効球面度数または実効円柱度数の値の範囲は特に限定されないが、収差が強すぎると実用性に乏しくなるので、例えば、最大で0.75~1.5D程度までとすることができる。収差感受性検査では、このような光学特性の範囲内で、上記所定の間隔ごとに、複数の状態のレンズ群70が実現される。
【0021】
上記プロトコルにおいて、実効球面度数と実効円柱度数の半分との和(S1+C1/2)である等価球面度数Seが一定になるように、レンズ群70の設定球面度数および設定円柱度数を変化させることが好ましい。これにより、装用者Wの非点収差に対する感受性をより精密に測定することができる。例えば、収差感受性検査において、第1制御部52は、実効球面度数を0.01Dずつ増加させながら、実効円柱度数Cを0.02Dずつ減少させるように、第1通信部53を介してレフラクタ6と通信を行うことができる。その他の例としては、実効球面度数および実効円柱度数を基準状態から0.75D~1.5Dの範囲内で網羅的に変更してもよい。これにより、球面度数エラーおよび非点収差に対する感受性を広範かつ精密に測定することができる。
【0022】
レフラクタ6の第2通信部61は、赤外線通信または無線LAN等の無線通信が可能な通信装置を備える。第2通信部61は、制御情報を検査制御装置5の第1通信部53から受信する。第2通信部61は、例えばレンズ群70により実現される実効球面度数、実効円柱度数および実効乱視軸角度等の光学特性を受信することができる。
なお、第1通信部53と第2通信部61とは、有線での通信を行ってもよい。
【0023】
レフラクタ6の第2制御部62は、電子制御盤等の制御装置を備え、レフラクタ6の各動作の主体となる。第2制御部62は、第2通信部61が受信した制御情報に基づいてレンズ群70の光学特性を制御する。
なお、装用者Wが対象Obを見る際の収差を制御することができれば、上述の第1制御部53および第2制御部62の物理的構成は特に限定されない。
【0024】
第2制御部62の算出部621は、第2通信部61が受信した制御情報に基づいて、レンズ群70に設定される設定球面度数、設定円柱度数および設定乱視軸角度等の光学特性を算出する。例えば、制御情報に、実効球面度数、実効円柱度数および実効乱視軸角度の値が含まれている場合、算出部621は、上述の式(1)(2)および(3)により、設定球面度数、設定円柱度数および設定乱視軸角度を算出することができる。
【0025】
第2制御部62のレンズ制御部622は、レンズ群70の球面度数、円柱度数および乱視軸角度のそれぞれが、算出部621が算出した設定球面度数、設定円柱度数および設定乱視軸角度になるように、アクチュエータ63を制御する(矢印A2)。
【0026】
レフラクタ6のアクチュエータ63は、レンズ群70の光学特性を変更する(矢印A3)ための機構を構成する。レンズ群70は、上述したように所定の間隔で球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つ、特に実効球面度数、実効円柱度数および実効乱視軸角度の少なくとも一つが変更可能であることが好ましい。球面度数および円柱度数、特に実効球面度数および実効円柱度数についての上記所定の間隔は、より精密に収差感受性検査を行うことができる観点から、0.25未満が好ましく、0.20未満がより好ましく、0.15未満がさらに好ましい。当該所定の間隔は、適宜0.01以上等とすることができる。レンズ群70は、検査制御装置5の不図示の記憶媒体等に格納された収差感受性検査のためのプログラムにより制御され、当該プログラムにより決定された順番で球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つが変更されることが好ましい。
【0027】
図3は、レンズ群70を示す概念図である。レンズ群70は、光軸Ax1上に記載順に配置された第1レンズ71と、第2レンズ72と、第3レンズ73とを備える。第1レンズ71、第2レンズ72および第3レンズ73は、光軸Ax1を軸として略回転対称な光学特性を有することが好ましい。
【0028】
第1レンズ71は、円筒面平凸レンズであり、第1凸円筒面712と、第1凸円筒面712の反対側に配置された、光軸Ax1に垂直な第1平面711とを備える。第1平面711および第1凸円筒面712は、光軸Ax1に対して略回転対称であることが好ましい。第1凸円筒面712は、第2レンズ72と向かい合い、第2レンズ側に凸の円筒形状を有している。第2レンズ72は、円筒面平凹レンズであり、第2凹円筒面721と、第2凹円筒面721の反対側に配置された、光軸Ax1に垂直な第2平面722とを備える。第2凹円筒面722は、第1レンズ71と向かい合い、第1レンズ側に凹の円筒形状を有している。第2凹円筒面721および第2平面722は、光軸Ax1に対して略回転対称であることが好ましい。
【0029】
第1レンズ71および第2レンズ72は、光軸Ax1を軸として回転可能に構成されている。光軸Ax1に垂直な任意の一方向を基準方向とする。基準方向と、第1レンズ71の第1凸円筒面712の軸方向とがなす角度を第1レンズ角度α1とする。基準方向と、第2レンズ72の第2凹円筒面721の軸方向とがなす角度を第2レンズ角度α2とする。アクチュエータ63により、第1レンズ角度α1と第2レンズ角度α2とが任意に変更できるように構成されることが好ましい。例えば、アクチュエータ63はモータを含むことができる。この場合、上記国際公開第2015/155458号に示されたように、モータの回転を、グラブねじを介し、第1レンズ71または第2レンズ72の側面に形成され当該グラブねじに係合する歯車に伝達することで第1レンズ角度α1および第2レンズ角度α2を調節することができる。
【0030】
第3レンズ73は、球面度数が可変となっているレンズである。第3レンズ73の構成は、第3レンズ73の球面度数を所望の精度で変更できれば特に限定されない。一例として、
図3に示したように、第3レンズ73は、第1液体を収容する第1チャンバ731と、第1液体とは異なる屈折率を有する第2液体を収容する第2チャンバ732とを備えることができる。この場合、第1チャンバ731と第2チャンバ732との境界では、変形可能な膜730を隔てて第1液体と第2液体とが接しており、膜730の変形により第3レンズ73の球面度数が変化する構成となっている。第1液体731および第2液体732の組成は、膜730が所望の精度で変形可能であれば特に限定されない。第3レンズ73として、例えば欧州特許第2034338号明細書の文献に記載のレンズを用いることができる。詳細は当該文献を参照されたい。
【0031】
第3レンズ73の球面度数は、アクチュエータ63により膜730を変形させることで調節することが好ましい。例えば、アクチュエータ63により膜730を支持する可動壁を移動させたり、膜730の光軸Ax1から離れた側を表面に垂直な方向(光軸Ax1の方向)に圧縮することで膜730を変形させることができる。この圧縮は、膜730の両側に配置された不図示の電極に電流を流すことによる磁力によって引き起こすこともできる。
【0032】
第1レンズ71の円柱度数の絶対値と、第2レンズ72の円柱度数の絶対値とは略等しいことが好ましい。この場合、国際公開第2015/155458号の式1~3または式4~6に従って、レンズ群70が設定球面度数、設定円柱度数および設定乱視軸角度を有するように制御することができる。上述したような機械制御または電気的な制御により、レンズ群70の球面度数、円柱度数および乱視軸度数の少なくとも一つが任意に変更可能に構成されていることが好ましい。
【0033】
なお、レンズ群70を含み、装用者Wが対象Obを視認する際の収差を変化させることができれば、レンズ群70の光学特性を制御可能なリフラクタ以外の任意の装置を収差感受性検査に用いることができる。また、レンズ群70の構成は装用者Wが対象Obを視認する際の収差を変化させることができれば特に限定されず、一枚のレンズをレンズ群70の代わりに用いてもよい。さらに、本実施形態の方法は、レンズ群70の球面度数、円柱度数および乱視軸角度の全てが制御可能である点に限定されず、レンズ群70では、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つが制御可能に構成されていればよい。また、レフラクタ6が装用者Wの顔を測定するカメラを備え、第1制御部52または第2制御部62が当該カメラの撮像により得た画像から角膜頂点間距離を算出し、角膜頂点間距離を基にレンズ群70の光学特性を修正してもよい。
【0034】
検査員は、レンズ群70を通して対象Obを視認している、または視認した装用者Wから、対象Obを見る際の収差、特にぼけの度合が許容可能かどうかを、口頭により、あるいはボタンを備えた入力機器等を用いて回答してもらう。以下では、「装用者Wの回答」等と記載した場合には、装用者Wがレンズ群70を通して対象Obを見た際の、収差の印象についての回答を指す。検査員は、複数の異なる光学特性を有するレンズ群70を通して見る際の装用者Wの回答から、装用者Wの視野における収差感受性の度合を、予め定められた基準に従って数値等により表して発注装置に入力する。
【0035】
以下の実施形態では、装用者Wの収差感受性に関する情報を、感受性情報と呼ぶ。感受性情報は、装用者Wの収差、特にぼけに対する感受性を示す情報を含む。感受性情報の形式および表現方法は、装用差Wの収差感受性を示すことができれば特に限定されない。例えば、感受性情報では、感受性の強さを数値または記号で表すことができる。この場合、数値が大きい程感受性が高いとしてもよいし、数値が小さい程感受性が高いとしてもよい。
【0036】
例えば、収差感受性検査においてレンズ群70の球面度数または円柱度数を増加させていったときに、初めて装用者Wが許容できないと回答した際の実効球面度数または実効円柱度数や、最後に許容できると回答した際の実効球面度数または実効円柱度数を、感受性情報とすることができる。あるいは、収差感受性検査においてレンズ群70の球面度数または円柱度数を減少させていったときに、初めて装用者Wが許容できると回答した際の実効球面度数または実効円柱度数や、最後に許容できないと回答した際の実効球面度数または実効円柱度数を、感受性情報とすることができる。感受性情報には、この際の実効乱視軸角度等、乱視軸についての情報も適宜含まれる。
【0037】
より具体的な例として、収差感受性検査において、上述したように、レンズ群70の実効乱視軸角度および等価球面度数を固定しつつ、実効円柱度数を適宜所定の間隔で増加させていき、装用者Wが許容できないと回答した際の光学特性、特に実効球面度数または実効円柱度数を、感受性情報とすることができる。
【0038】
本実施形態に係る感受性の評価方法では、ぼけを施した画像を装用者に視認させてぼけに対する感受性を検査する場合と比べて、実際の状況により近い条件で装用者Wが対象を視認する。そのため、より正確に装用者Wの収差感受性を測定することができる。例えば、非点収差を伴って対象を見る場合、装用者Wがどの程度眼の調節を行うかは状況によって異なる。より具体的に、眼鏡レンズの有る位置において、左右方向は2Dの屈折力であるが、上下方向は2.2Dとすると、左右方向の屈折力を基準に眼の調節をしてピントを合わせるのと、上下方向の屈折力を基準に眼の調節をしてピントを合わせるのとでは、ぼけの生じ方が異なる。このような眼の調節は、例えば視対象の模様によって異なる。一般に、視対象が横縞を有するときは左右方向の線がぼけないように、視対象が縦縞を有するときは、上下方向の線がぼけないように眼の調節が行われる傾向がある。本実施形態の方法では、対象Obや装用者Wによって異なり得る眼の調節の影響も反映して収差感受性検査を行うことができる。
【0039】
本実施形態の眼鏡レンズの設計方法では、得られた装用者Wの感受性情報に基づいて、設計する眼鏡レンズの一または複数の点における目標収差や、許容される収差の上限の値を設定することができる。この設計方法により、装用者Wが距離Dにある対象物を見る際に収差等の光学特性が適切に設定された眼鏡レンズが設計される。
なお、感受性情報に基づいて眼鏡レンズの設計が行われれば、感受性情報をどのように利用して設計を行うかは特に限定されない。
【0040】
以下では、収差感受性検査の結果に基づいて、遠距離に対応する屈折力を有する遠用部と、近距離に対応する屈折力を有する近用部とを備える累進屈折力レンズを設計する例により説明する。
【0041】
眼鏡レンズの設計に係る眼鏡レンズ受発注システムについて説明する。本実施形態に係る眼鏡レンズ受発注システムは、上述したように装用者Wの視野における収差感受性に基づいて、装用者Wが距離Dにある対象物を見る際に収差等の光学特性が適切に設定された眼鏡レンズを提供することができる。
【0042】
図4は、本実施形態に係る眼鏡レンズ受発注システム10の構成を示す図である。眼鏡レンズ受発注システム10は、眼鏡店(発注者)に設置される発注装置1と、レンズメーカに設置される受注装置2、加工機制御装置3、および眼鏡レンズ加工機4と、を含んで構成される。発注装置1と受注装置2とは、例えばインターネット等のネットワーク5を介して通信可能に接続されている。また、受注装置2には、加工機制御装置3が通信可能に接続されており、加工機制御装置3には眼鏡レンズ加工機4が通信可能に接続されている。なお、
図4では、図示の都合上、発注装置1を1つのみ記載しているが、実際には複数の眼鏡店に設置された複数の発注装置1が受注装置2に接続されている。
【0043】
発注装置1は、眼鏡レンズの発注処理を行うコンピュータであり、制御部11と、記憶部12と、通信部13と、表示部14と、入力部15とを含む。制御部11は、記憶部12に記憶されたプログラムを不図示のメモリに読み込んで実行することにより、発注装置1を制御する。制御部11は、眼鏡レンズの発注処理を行う発注処理部111を備える。通信部13は、受注装置2とネットワーク5を介して通信を行う。表示部14は、例えば液晶ディスプレイ等の表示装置であり、発注する眼鏡レンズの情報である発注情報を入力するための発注画面などを表示する。入力部15は、例えばマウスやキーボード等を含む。例えば、入力部15を介して、発注画面の内容に応じた発注情報が入力される。
なお、表示部14と入力部15とはタッチパネル等により一体的に構成されていてもよい。
【0044】
受注装置2は、眼鏡レンズの受注処理や設計処理、光学性能の演算処理等を行うコンピュータであり、制御部21と、記憶部22と、通信部23と、表示部24と、入力部25とを含んで構成される。制御部21は、記憶部22に記憶されたプログラムを不図示のメモリに読み込んで実行することにより、受注装置2を制御する。制御部21は、眼鏡レンズの受注処理を行う受注処理部211と、眼鏡レンズの設計処理を行う設計部212とを備える。通信部23は、発注装置1とネットワーク5を介して通信を行ったり、加工機制御装置3と通信を行ったりする。記憶部22は、眼鏡レンズ設計のための各種データを読み出し可能に記憶する。表示部24は、例えば液晶ディスプレイ等の表示装置であり、眼鏡レンズの設計結果等を表示する。入力部25は、例えばマウスやキーボード等を含んで構成される。
なお、表示部24と入力部25とはタッチパネル等により一体的に構成されていてもよい。また、設計部212は、受注装置2と一体でない眼鏡レンズの設計装置に配置されていてもよい。
【0045】
次に、眼鏡レンズ受発注システム10において、眼鏡レンズを提供する手順について、
図5に示すフローチャートを用いて説明する。
図5の左側には眼鏡店側で行う手順を示し、
図5の右側にはレンズメーカ側で行う手順を示す。本実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法では、上述の眼鏡レンズの設計方法により設計された眼鏡レンズが製造される。
【0046】
ステップS11において、発注者または発注装置1は、装用者Wの感受性情報を取得する。
【0047】
図6は、ステップS11をさらに複数の段階に分けて示したフローチャートである。ステップS111において、発注者の入力に基づき、検査制御装置5は、レンズ群70の光学特性を調節して、装用者Wが所定の距離にある対象Obを鮮明に視認できるようにする。発注者は、基準状態のレンズ群70の光学特性を検査制御装置5に入力する。本実施形態では、発注者は、遠近用累進屈折力レンズの作成のため、遠距離、例えば装用者Wから2mの距離に対象Obを提示し、上述の収差感受性検査を行う。ステップS111が終了したら、ステップS112が開始される。
【0048】
ステップS112において、検査制御装置5の制御により、基準状態からレンズ群70の光学特性が変更され、発注者は、装用者Wに変更された光学特性を有するレンズ群70を通して対象Obを視認させる。例えば、検査制御装置5は、レンズ群70の実効乱視軸角度を固定し、基準状態から実効円柱度数または実効球面度数を所定の間隔で増加させるよう制御する。検査制御装置5は、等価球面度数が一定になるようにしつつ、円柱度数を増加させることが好ましい。発注者は、装用者Wにレンズ群70を通して対象Obを視認した際の印象を回答してもらう。あるいは、入力手段を備えるタブレットまたはスマートフォン等の装置を介して対象Obが許容可能か否かを入力する構成としてもよい。ステップS112が終了したら、ステップS113が開始される。
【0049】
ステップS113において、発注者は、発注装置1に、感受性情報を入力する。発注者は、例えば、レンズ群70の基準状態から円柱度数を増加させていったときに、初めて装用者Wが許容できないと回答した際のレンズ群70の実効円柱度数や、最後に許容できると回答した際の実効円柱度数を、感受性情報として発注装置に入力することができる。装用者Wからの回答を入力手段により取得した場合は、発注装置1が回答を通信等により取得し、制御部11の処理により初めて装用者Wが許容できないと回答した際の実効円柱度数等を抽出し、感受性情報を作成してもよい。ステップS113が終了したら、ステップS12(
図5)が開始される。
なお、複数の距離で収差感受性検査を行う場合、各距離に対象Obを配置し、ステップS111~S113を行う。遠近用累進屈折力レンズを作成する場合、近距離、例えば装用者Wから30cmの距離についても、ステップS111~S113により、収差感受性検査を行うことが好ましい。
【0050】
ステップS12(
図5)において、発注者は、ステップS113において取得した装用者Wの感受性情報を含む、注文する眼鏡レンズの発注情報を決定する。そして、発注者は、発注装置1の表示部14に発注画面を表示させ、入力部15を介して発注情報を入力する。
【0051】
図7は、発注画面100の一例を示す図である。レンズ情報項目101では、注文するレンズの商品名、処方(球面度数(S度数)、円柱度数(C度数)、乱視軸角度(軸度)、および加入度等)のレンズ注文度数に関連する項目を入力する。加工指定情報項目102は、注文するレンズの外径を指定する場合や、任意点厚さを指定する場合に利用される。染色情報項目103は、レンズの色を指定する場合に利用される。フィッティングポイント(FP)情報項目104では、装用者Wについての瞳孔間距離(PD)およびFPの位置についての情報が入力される。フレーム情報項目105では、フレームモデル名、フレーム種別等を入力される。感受性情報項目106では、感受性情報が入力される。
【0052】
図7の例では、感受性情報として、収差感受性検査における装用者Wの回答に基づき、予め定められた方法により変換されて得られた数値が用いられている。
図7の例では、収差感受性を、遠距離および近距離のそれぞれで、10段階の数値により表した(遠距離で「5」、近距離で「4」)。この数値を、収差感受性評価値と呼ぶ。
図7の例では、収差感受性評価値が大きければ大きい程、収差に対して感受性が強い、言い換えれば敏感になるように収差感受性を定義している。
【0053】
図8は、
図7の例において、装用者Wが許容できると回答した最大の実効円柱度数と収差感受性評価値との対応を示す表Aを示す図である。この最大の実効円柱度数を最大円柱度数Cmと呼ぶ。ここではレフラクタ6によって与えられる実効円柱度数の最大値を、1.0Dとし、0.0D~1.0Dの範囲を1~10の10段階(表Aの上段)に分ける。被検者(装用者W)が許容できると回答した最大円柱度数Cmが10段階に対応する範囲(表Aの中段)のいずれにあるかにより表Aのとおり収差感受性評価値(下段)を決定する。例えば、装用者Wが遠距離の収差感受性検査において許容できると回答した最大の実効円柱度数が0.6であった場合、段階6に対応し、収差感受性評価値は5となる。最大円柱度数Cmと収差感受性評価値との対応のさせ方は特に限定されず、好適な例として、レフラクタ6によって与えられる実効円柱度数の最大値は0.75~1.5Dの範囲で任意に決めることができる。
【0054】
なお、発注画面100では、上述の項目の他にも、装用者Wの調節力を示す情報等、様々な情報を追加することができる。また、装用者Wの感受性情報に加え、またはその代わりに、遠用部および近用部の少なくとも一つについて、非点収差が小さい範囲を示す指標として算出された設計パラメータを入力する構成にしてもよい。設計パラメータは、例えば後述の
図10の破線矢印または一点鎖線の矢印で示されるような、遠用部または近用部においてレンズ上を左右に伸びる線分で、収差が所定の値以下になる長さ等とすることができる。設計パラメータは、感受性情報に基づいて算出または設定される、眼鏡レンズの設計のためのパラメータであれば、特に限定されない。
【0055】
発注者が、
図7の発注画面100の各項目を入力し、送信ボタン(不図示)をクリックすると、発注装置1の発注処理部111は、発注画面100の各項目において入力された発注情報を取得し、ステップS13(
図5)が開始される。ステップS13において、発注装置1は、当該発注情報を、通信部13を介して受注装置2へ送信する(矢印A5)。
【0056】
発注装置1において、発注画面100を表示する処理、発注画面100において入力された発注情報を取得する処理、当該発注情報を受注装置2に送信する処理については、発注装置1の制御部11が、記憶部12に予めインストールされた所定のプログラムを実行することによって行う。
【0057】
ステップS21において、受注装置2の受注処理部211は、通信部23を介して、発注装置1から発注情報を受信すると、ステップS22が開始される。ステップS22において、受注装置2の設計部212は、受信した発注情報に基づいて眼鏡レンズの設計を行う。
【0058】
図9は、ステップS22に対応する眼鏡レンズの設計の手順を示すフローチャートである。ステップS221において、受注装置2は、眼鏡レンズの処方データと、装用者Wの感受性情報または遠用部および/若しくは近用部の非点収差の小さい範囲を示す指標等の設計パラメータとを取得する。受注装置2は、適宜フレームの前傾角、そり角、眼とレンズの間の距離等のフィッティングパラメータ等も取得する。ステップS221が終了したらステップS222が開始される。
【0059】
ステップS222において、受注装置2の設計部212は、ステップS221で取得した装用者Wの感受性情報または設計パラメータに基づいて眼鏡レンズの目標収差を設定する。
【0060】
図10は、装用者Wの感受性情報と設計パラメータの関係と、設計パラメータに基づく目標収差の設定の例を示す概念図である。図中央に4つの収差分布
図A11、A12、A21およびA22を示し、図の最も右側の部分には、収差分布
図A11、A12、A21およびA22で収差の大きさを表すのに用いられているパターンに対応する収差の大きさを示した。破線矢印B11、B12、B21およびB22は遠用部において左右に伸び、収差の大きさが所定の値以下の部分の幅を示し、この長さは遠用部の非点収差の小さい範囲を示す指標として設計パラメータとなる。一点鎖線矢印C11、C12、C21およびC22は近用部において左右に伸び、収差の大きさが所定の値以下の部分の幅を示し、この長さは近用部の非点収差の小さい範囲を示す指標として設計パラメータとなる。破線矢印B11、B12、B21およびB22および一点鎖線矢印C11、C12、C21およびC22の上下方向の位置は任意に設定されるが、例えば遠用測定ポイントの位置(遠用度数測定位置)や、近用測定ポイントの位置(近用度数測定位置)を基準に定められる。
【0061】
図10に示した4つの収差分布
図A11、A12、A21およびA22の中で、左上の収差分布
図A11は、近距離および遠距離の非点収差の感受性が弱い装用者Wのためのレンズである。収差分布
図A11では、破線矢印B11および一点鎖線矢印C11で示される非点収差の小さい範囲は狭いが、非点収差の変化が小さいため、輪郭の歪みは小さい。右上の収差分布
図A12は、遠距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズである。収差分布
図A12では、破線矢印B12で示される遠用部の非点収差の小さい範囲が収差分布
図A11の場合よりも広く設計されている。左下の収差分布
図A21は、近距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズである。収差分布
図A21では、一点鎖線矢印C21で示される近用部の非点収差の小さい範囲が収差分布
図A11の場合よりも広く設計されている。右下の収差分布
図A22は、近距離および遠距離の非点収差の感受性が収差分布
図A11の場合よりも強い装用者Wのためのレンズである。収差分布
図A22では、それぞれ破線矢印B22および一点鎖線矢印C22で示される遠用部および近用部の非点収差の小さい範囲が収差分布
図A11の場合よりも広く設計されている。
【0062】
ステップS223(
図9)において、受注装置2の設計部212は、設定された目標収差に基づいて、眼鏡レンズのレンズ全体の形状を決定する。レンズ全体の形状が決定されたら、ステップS224に進む。ステップS224において、設計部212は、眼鏡レンズの屈折力、非点収差等の光学特性が所望の条件を満たすかを判定する。所望の条件を満たす場合、ステップS224を肯定判定し、設計処理を終了し、ステップS23(
図5参照)に進む。所望の条件を満たさない場合、ステップS224を否定判定し、ステップS223に戻る。
【0063】
ステップS23において、受注装置2の制御部21は、ステップS22で設計した眼鏡レンズの設計データを加工機制御装置3に出力する。加工機制御装置3は、受注装置2から出力された設計データに基づいて、眼鏡レンズ加工機4に加工指示を送る。この結果、眼鏡レンズ加工機4によって、当該設計データに基づく眼鏡レンズが加工され、製造される。眼鏡レンズ加工機4によって製造された眼鏡レンズが眼鏡店に出荷され、眼鏡フレームにはめ込まれて顧客(装用者W)に提供される。
【0064】
なお、受注装置2において、発注装置1から発注情報を受信する処理、受信した発注情報に基づいて眼鏡レンズを設計する処理、眼鏡レンズの設計データを加工機制御装置3に出力する処理については、受注装置2の制御部21が、記憶部22に予めインストールされた所定のプログラムを実行することによって行う。
【0065】
上述の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態に係る感受性の評価方法は、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つの光学特性が制御可能なレンズ群70を通し装用者Wに対象Obを視認させることと、装用者Wの収差に対する感受性に関する情報を取得することとを含む。これにより、装用者Wの収差に対する感受性を精密に測定することができる。
【0066】
(2)本実施形態に係る感受性の評価方法において、レンズ群70は、所定の間隔で球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つを任意に変更可能とすることができる。これにより、所定の間隔ごとに装用者Wから収差についての回答を得ることができ、収差感受性検査を行いやすくすることができる。
【0067】
(3)本実施形態に係る感受性の評価方法において、レンズ群70は、プログラムにより制御され、プログラムにより決定された順番で球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つが変更されるものとすることができる。これにより、収差感受性検査に必要な時間や検査員の手間を削減することができる。
【0068】
(4)本実施形態に係る感受性の評価方法において、球面度数および円柱度数についての所定の間隔は、0.25Dよりも小さい。これにより、より精密に装用者Wの収差に対する感受性を測定することができる。
【0069】
(5)本実施形態に係る感受性の評価方法において、装用者Wがレンズ群70を通して鮮明に対象Obを視認できる場合のレンズ群70の光学特性を基準に、異なる値の光学特性を有する複数の状態のレンズ群を通して装用者Wに対象Obを視認させることができる。これにより、鮮明に対象Obが見える場合を基準にして、実用的に重要な範囲の収差に対する感受性を測定することができる。
【0070】
(6)本実施形態に係る感受性の評価方法において、感受性情報は、装用者Wがレンズ群70を通して対象Obを視認することが許容可能か否かについての情報とすることができる。これにより、装用者Wの実際の感覚に基づいて、正確に装用者Wの収差に対する感受性を測定することができる。
【0071】
(7)本実施形態に係る感受性の評価方法において、レンズ群70は、機械制御または電気的な制御により、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つを任意に変更可能とすることができる。これにより、手間がかからず正確に装用者Wの収差に対する感受性を測定することができる。
【0072】
(8)本実施形態の眼鏡レンズの設計方法は、上述の感受性の評価方法で取得された、装用者Wの収差に対する感受性に関する情報に基づいて眼鏡レンズを設計することを含む。これにより、精密に測定された装用者Wの収差に対する感受性に基づいて、装用者Wに適した眼鏡レンズを設計することができる。
【0073】
(9)本実施形態に係る眼鏡レンズの製造方法は、上述の眼鏡レンズの設計方法により設計された眼鏡レンズを製造することを含む。これにより、精密に測定された装用者Wの収差に対する感受性に基づいて設計された、装用者Wに適した眼鏡レンズを提供することができる。
【0074】
(10)本実施形態に係る眼鏡レンズは、上述の眼鏡レンズの設計方法により設計された眼鏡レンズである。これにより、装用者Wは、眼鏡レンズを通して、適切な収差により、対象物を見ることができる。
【0075】
(11)本実施形態に係る眼鏡レンズ発注装置は、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つの光学特性が制御可能なレンズ群70を通し装用者Wに対象Obを視認させて取得した、装用者Wの感受性情報を入力する入力部15と、入力部15を介して入力された感受性情報または感受性情報に基づいて算出した設計パラメータを眼鏡レンズ受注装置2に送信する通信部13と、を備える。これにより、精密に測定された装用者Wの収差に対する感受性に基づいて設計された、装用者Wに適した眼鏡レンズを提供することができる。
【0076】
(12)本実施形態に係る眼鏡レンズ受注装置は、球面度数、円柱度数および乱視軸角度の少なくとも一つの光学特性が制御可能なレンズ群70を通し装用者Wに対象Obを視認させて取得した、装用者Wの感受性情報または感受性情報に基づいて算出した設計パラメータを受信する通信部23と、感受性情報または設計パラメータに基づいて眼鏡レンズを設計する設計部212と、を備える。これにより、精密に測定された装用者Wの収差に対する感受性に基づいて設計された、装用者Wに適した眼鏡レンズを提供することができる。
【0077】
(13)本実施形態に係る眼鏡レンズ受発注システムは、上述の眼鏡レンズ発注装置1と、上述の眼鏡レンズ受注装置2とを備える。これにより、精密に測定された装用者Wの収差に対する感受性に基づいて設計された、装用者Wに適した眼鏡レンズを提供することができる。
【0078】
次のような変形例も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。
(変形例1)
上述の実施形態において、設計する眼鏡レンズの領域における非点収差の軸の方向に基づいて、収差感受性検査におけるレンズ群70の乱視軸角度、特に実効乱視軸角度を設定してもよい。
【0079】
図11は、累進屈折力レンズにおける非点収差の軸方向を示す概念図である。以下の各図において、眼鏡レンズの左右は、眼鏡レンズを装用した際に装用者から見た左右に対応するものとする。非点収差の軸Aiは線分により示した。本変形例の方法により設計される累進屈折力レンズPALは、遠用部Fと、中間部Pと、近用部Nとを備える。遠用部Fと中間部Pとの境界線は破線BL1であり、中間部Pと近用部Nとの境界線は破線BL2である。累進屈折力レンズPALにおける各位置の非点収差の軸Aiの方向は、当該位置に示された、非点収差の軸Aiを構成する線分の方向により示した。ハッチングで示された領域は、収差が他の部分よりも高い領域であり、ハッチングの濃い領域はハッチングの薄い領域よりも収差が大きいことを示す。
【0080】
図11の右方向を0°として、反時計回りに非点収差の軸Aiの角度を180°まで定義する。非点収差の軸Aiの方向は、遠用部Fにおいて0°以上30°以下、または、150°以上180°以下等となっており、近用部Nにおいて60°以上120°以下等となっている。
【0081】
以上から、遠用部Fの設計のための収差感受性検査では、実効乱視軸角度を0°以上30°以下、または、150°以上180°以下とすることが好ましい。従って、遠用部Fの設計のための収差感受性検査では、対象Obが装用者Wから遠距離または中間距離に配置され、実効乱視軸角度を0°以上30°以下または150°以上180°以下、好ましくは0°以上20°以下または160°以上180°以下のいずれかの角度に固定し、基準状態から実効球面度数または実効円柱度数を異なる複数の値に変化させる構成とすることができる。装用者Wは、上記実効乱視軸角度および、異なる複数の値の実効球面度数または実効円柱度数を実現する複数の状態のレンズ群70のそれぞれを通して対象Obを視認し、収差が許容可能か否かを回答することができる。この遠用部Fの設計のための収差感受性検査で得られた感受性情報を、遠用部感受性情報と呼ぶ。遠用部感受性情報に基づいて、設計する累進屈折力レンズの遠用部の設計をすることができる。
【0082】
近用部Nの設計のための収差感受性検査では、実効乱視軸角度を60°以上120°以下とすることが好ましい。従って、近用部Nの設計のための収差感受性検査では、対象Obが装用者Wから近距離に配置され、実効乱視軸角度を60°以上120°以下、好ましくは70°以上110°以下のいずれかの角度に固定し、基準状態から実効球面度数または実効円柱度数を異なる複数の値に変化させる構成とすることができる。装用者Wは、上記実効乱視軸角度および、異なる複数の値の実効球面度数または実効円柱度数を実現する複数の状態のレンズ群70のそれぞれを通して対象Obを視認し、収差が許容可能か否かを回答することができる。この近用部Fの設計のための収差感受性検査で得られた感受性情報を、近用部感受性情報と呼ぶ。近用部感受性情報に基づいて、設計する累進屈折力レンズの遠用部の設計をすることができる。
【0083】
本変形例における累進屈折力レンズの設計方法において、遠用部感受性検査における乱視軸角度と、近用部感受性検査における乱視軸角度は異なる。このように、異なる複数の距離Dに対象Obを配置してそれぞれの距離Dについて収差感受性検査を行う際に、距離Dにある対象を見るための眼鏡レンズの部分における非点収差の軸の方向に基づいて乱視軸角度を異ならせることで、様々な眼鏡レンズの設計に適した感受性情報を得ることができる。
【0084】
(1)本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、異なる複数の距離Dのそれぞれについて、装用者Wがレンズ群70を通して鮮明に対象Obを視認できる場合のレンズ群70の光学特性を基準に、異なる値の光学特性を有する複数の状態のレンズ群70を通して装用者Wに対象Obを視認させ、各距離Dに基づいて、レンズ群70によって与えられる、基準からの変化に対応する円柱度数(実効円柱度数)についての乱視軸角度(実効乱視軸角度)を異ならせることができる。これにより、眼鏡レンズにおいて用途等の異なる複数の領域がある場合に、各領域を通して対象物を見る際に適切に収差が抑制された眼鏡レンズを提供することができる。
【0085】
(2)本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、設計する眼鏡レンズは、累進屈折力レンズPALであり、装用者Wから見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで乱視軸角度を定義したとき、対象Obが装用者Wから遠距離または中間距離に配置された場合には、レンズ群70によって与えられる、基準からの変化に対応する円柱度数(実効円柱度数)についての乱視軸角度は0°以上30°以下、または、150°以上180°以下 として遠用部感受性情報(第1情報)が取得され、対象Obが装用者Wから近距離に配置された場合には、レンズ群70によって与えられる、基準からの変化に対応する円柱度数についての乱視軸角度は60°以上120°以下として近用部感受性情報(第2情報)が取得され、第1情報に基づいて累進屈折力レンズの遠用部が設計され、第2情報に基づいて累進屈折力レンズの近用部が設計される。これにより、遠用部および近用部を通して対象物を見る際に適切に収差が抑制された累進屈折力レンズを提供することができる。
【0086】
(変形例2)
上述した実施形態の設計方法では、累進屈折力レンズの目標収差を設定する例を用いて説明したが、設計する眼鏡レンズは累進屈折力レンズに特に限定されない。一例として、単焦点レンズに関しても装用者Wの感受性情報を用いて設計を行うことができる。
【0087】
単焦点レンズでは、
図12(A)等に関し後述するように、単焦点レンズの光軸から動径方向に離れた側にあるレンズの周辺部において、球面度数からの屈折力のずれである球面度数エラー、および非点収差が発生する。以下において、本変形例で設計される単焦点レンズの周辺部とは、非点収差または球面度数エラーが所定の程度発生する領域とすることができる。例えば、単焦点レンズの周辺部とは、製品の種類や処方によって異なるが、非点収差と球面度数エラーの絶対値の和が0.25D以上の領域とすることができる。
【0088】
本変形例に係る単焦点レンズの設計方法では、球面度数エラーと非点収差のどちらを優先的に抑制するかを、感受性情報に基づいて設定する。この感受性情報を得るための収差感受性検査では、レンズ群70の実効球面度数に対する実効円柱度数の相対的な大きさを変化させていき、レンズ群70を通して対象Obを見た装用者Wからの回答を取得する。実効球面度数と実効円柱度数の組合せのうち、装用者Wが好むか、快適と感じるか、または許容可能な組合せを感受性情報とする。この感受性情報では、当該組合せの代わりに、当該組合せにおける実効球面度数に対する実効円柱度数の相対的な大きさを比等により示してもよい。球面度数エラーと非点収差のどちらをどの程度優先的に抑制するかが示されれば、本変形例の感受性情報の形式や表現方法は特に限定されない。
【0089】
本変形例に係る収差感受性検査では、対象Obは遠距離に配置されることが好ましいが、これに限定されない。検査制御装置5の制御により、装用者Wがレンズ群70を通して対象Obを鮮明に視認できるようにレンズ群70の光学特性が調節される。対象Obが遠距離に配置された場合、装用者Wが完全矯正となるレンズ群70の光学特性を基準状態として設定してもよい。
【0090】
本変形例に係る収差感受性検査では、実効乱視軸角度を任意の角度に固定し、レンズ群70の初期状態から、実効球面度数に対する実効円柱度数の相対的な大きさを変化させ、レンズ群70の複数の状態において対象Obを視認した装用者Wの回答を取得する。例えば、実効円柱度数を0.05D以上0.25D以下から選択される所定の間隔d1で減少させると共に、実効球面度数を所定の間隔d2で増加させることができる。ここで、d1およびd2の値は特に限定されないが、d1およびd2は正の値であり、d2はd1の2倍よりも小さいことが好ましい。レンズ群70の初期状態は、基準状態とは異なる状態とすることができ、非限定的な例として、実効円柱度数が0[D]、かつ、実効球面度数がSi[D](Siは0.25より大きい)となる状態とすることができる。レンズ群70の初期状態の実効球面度数および実効円柱度数は、単焦点レンズの製品モデル、装用者Wの処方または、完全矯正の際のレンズ群70の設定球面度数若しくは設定円柱度数に基づいて調整してもよい。
【0091】
初期状態から変化させた複数の状態のレンズ群70を通して対象Obを視認した装用者Wの回答に基づいて、装用者Wに最も好適な実効球面度数および実効円柱度数の組合せ等が感受性情報として取得される。単焦点レンズの設計においては、この感受性情報に基づいて、レンズの周辺部における、球面度数エラーおよび非点収差の設定を行うことができる。
【0092】
図12(A)(B)および(C)は、単焦点レンズの球面度数エラーおよび非点収差の設定の例を示す概念図である。
図12(A)(B)および(C)において、球面度数エラーの分布図と非点収差の分布図を示し、図の最も右側の部分には、分布図に用いられているパターンに対応する収差の大きさを示した。
【0093】
図12(A)は、非点収差を重視する設計の例を示す図である。
図12(A)の球面度数エラーの分布E1および非点収差の分布A1による単焦点レンズは、非点収差の大きさが抑えられているため、非点収差の感受性が強い装用者Wに好適に用いられる。
図12(B)は、球面度数エラーと非点収差とのバランスを重視する設計の例を示す図である。
図12(B)の球面度数エラーの分布E2および非点収差の分布A2による単焦点レンズは、非点収差の大きさは
図12(A)の例より大きいものの、球面度数エラーが抑えられているため、非点収差の感受性が平均的な装用者Wに好適に用いられる。
図12(C)は、球面度数を重視する設計の例を示す図である。
図12(C)の球面度数エラーの分布E3および非点収差の分布A3による単焦点レンズは、球面度数エラーの大きさが抑えられているため、非点収差の感受性が弱い装用者Wに好適に用いられる。
【0094】
本変形例の眼鏡レンズの設計方法では、感受性情報において、装用者Wに適した実効球面度数と実効円柱度数の組合せや、実効球面度数と実効円柱度数の相対的な大きさが示されている。例えば、受注装置2の記憶部22において、この組合せまたは相対的な大きさと、単焦点レンズにおける目標球面度数エラーおよび目標非点収差の分布とが対応付けられている。設計部212は、感受性情報に対応する目標球面度数エラーおよび目標非点収差の分布を選択することにより、装用者Wに適した周辺部の収差特性を有する単焦点レンズを設計することができる。
【0095】
本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、設計する眼鏡レンズは、単焦点レンズであり、装用者Wがレンズ群70を通して対象Obを視認することが許容可能な場合のレンズ群70の球面度数に対する円柱度数の相対的な大きさ 、または、球面度数と円柱度数の組合せに基づいて単焦点レンズが設計される。これにより、精密に測定された装用者Wの収差に対する感受性に基づいて、装用者Wに適した単焦点レンズを設計することができる。
【0096】
(変形例3)
上述の変形例2において、所定の実効乱視軸角度について、実効球面度数または実効円柱度数を変化させる収差感受性検査を行って得られた感受性情報が取得され、この感受性情報に基づいて、当該所定の実効乱視軸角度に対応する方向に非点収差の軸を有する単焦点レンズの領域の設計を行ってもよい。
【0097】
図13(A)(B)は、単焦点レンズにおける非点収差の軸の方向を示す概念図である。
図13(A)および
図13(B)は、本変形例で設計される単焦点レンズSFL1および単焦点レンズSFL2をそれぞれ示す概念図である。ハッチングで示された領域は、非点収差が他の部分よりも高い領域であり、ハッチングの濃い領域はハッチングの薄い領域よりも非点収差が大きいことを示す。単焦点レンズSFL1の周辺部の非点収差の軸Ai1は、単焦点レンズSFL1の光軸Ax10を回転軸とした円柱座標系における円周方向に伸びている。一方、単焦点レンズSFL2の周辺部の乱視軸Ai2は、単焦点レンズSFL2の光軸Ax20を回転軸とした円柱座標系における動径方向に伸びている。
【0098】
このように、単焦点レンズSFL1、SFL2の周辺部における非点収差の軸Ai1、Ai2は、1つの単焦点レンズにおいて様々な方向をとりうる。従って、本変形例では、複数の実効乱視軸角度のそれぞれについて、各実効乱視軸角度を固定し実効球面度数および実効円柱度数を変化させて収差感受性検査を行う。当該収差感受性検査により得られた感受性情報に基づいて、単焦点レンズSFL1、SFL2において、各実効乱視軸角度に対応する角度の非点収差の軸を有する領域の設計が行われる。
【0099】
互いに略直交する2つの実効乱視軸角度について、それぞれの実効乱視軸角度に固定して実効球面度数および実効円柱度数を変化させて収差感受性検査を行い、感受性情報を取得することが好ましい。この場合、上記2つの実効乱視軸角度の差が45°以上、好ましくは60°以上とすることができ、上記2つの実効乱視軸角度は互いに約90°異なる任意の角度とすることができる。例えば、装用者Wから見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで乱視軸角度を定義したとき、上記2つの実効乱視軸角度は、0°以上30°以下または150°以上180°以下の第1角度と、60°以上120°以下の第2角度とすることができ、特に、上記2つの実効乱視軸角度は0°および90°とすることができる。
【0100】
図14(A)および(B)は、
図13(A)の非点収差分布を有する単焦点レンズSFL1の設計における、球面度数エラーおよび非点収差の設定の例を示す概念図である。
図14(A)および(B)において、球面度数エラーの分布図と非点収差の分布図を示し、図の最も右側の部分には、分布図に用いられているパターンに対応する収差の大きさを示した。
【0101】
図14(A)は、左右方向の軸を有する非点収差に対する感受性が、上下方向の軸を有する非点収差に対する感受性よりも強い場合の、球面度数エラーの分布E4および非点収差の分布A4を示す。上下方向および左右方向の軸を有する非点収差に対する感受性についての感受性情報は、それぞれ実効乱視軸角度を90°および0°に固定した収差感受性検査により得られる。装用者Wが敏感な左右方向の軸を有する非点収差を備える領域は、単焦点レンズSFL1の上側および下側に存在する(
図13(A)参照)ため、
図14(A)の例では、非点収差が「小」となる領域を左右方向に比べ上下方向に長くとっている。
【0102】
図14(B)は、上下方向の軸を有する非点収差に対する感受性が、左右方向の軸を有する非点収差に対する感受性よりも強い場合の、球面度数エラーの分布E5および非点収差の分布A5を示す。装用者Wが敏感な上下方向の軸を有する非点収差を備える領域は、単焦点レンズSFL1の左側および右側に存在する(
図13(A)参照)ため、
図14(B)の例では、非点収差が「小」となる領域を上下方向に比べ左右方向に長くとっている。
【0103】
図13(B)のの非点収差分布を有する単焦点レンズSFL2の設計では、左右方向の軸を有する非点収差に対する感受性が、上下方向の軸を有する非点収差に対する感受性よりも強い場合に
図14(B)のような分布となる。そして、上下方向の軸を有する非点収差に対する感受性が、左右方向の軸を有する非点収差に対する感受性よりも強い場合に
図14(A)のような分布となる。
なお、3以上の複数の異なる実効乱視軸角度をそれぞれ固定して収差感受性検査を行い、得られた感受性情報に基づいて、単焦点レンズにおける、各実効乱視軸角度に対応する領域を設計してもよい。収差感受性検査における実効乱視軸角度と、対応させる領域の非点収差の軸の角度とは、厳密に一致する必要は無く、適宜数°~30°等のずれがあってもよい。
【0104】
(1)本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、所定の距離Dに配置された対象Obに対して、レンズ群70の乱視軸角度が所定の角度の場合の感受性情報が取得され、当該感受性情報に基づいて、単焦点レンズSFL1およびSFL2の周辺部における、少なくとも上記所定の角度に対応する方向の非点収差を有する位置の球面度数エラーおよび非点収差の少なくとも一つが設定される。これにより、異なる複数の方向の軸を有する非点収差に対する装用者Wの感受性に基づいて設計された、装用者Wにより適した単焦点レンズを提供することができる。
【0105】
(2)本変形例の眼鏡レンズの設計方法において、装用者Wがレンズ群70を通して鮮明に対象Obを視認できる場合のレンズ群70の光学特性を基準に、異なる値の光学特性を有する複数の状態のレンズ群70を通して装用者Wに対象Obを視認させ、装用者Wから見て右向きを0°とし、反時計回りに0°から180°まで乱視軸角度を定義したとき、所定の距離Dに配置された対象Obに対して、レンズ群70によって与えられる、上記基準からの変化に対応する円柱度数(実効円柱度数)についての乱視軸角度が、0°以上30°以下、または、150°以上180°以下の第1角度および60°以上120°以下の第2角度のそれぞれの場合の感受性情報が取得され、当該感受性情報に基づいて、単焦点レンズSFL1、SFL2の周辺部の球面度数エラーおよび非点収差の少なくとも一つが設定される。これにより、左右方向の軸および上下方向の軸をそれぞれ有する非点収差に対する装用者Wの感受性に基づいて設計された、装用者Wにより適した単焦点レンズを提供することができる。
【0106】
(変形例4)
上述の実施形態では、実効球面度数、実効円柱度数および実効乱視軸角度がレフラクタ6に送信され、算出部621において設定球面度数、設定円柱度数および設定乱視軸角度が算出される例を説明した。しかし、設定球面度数、設定円柱度数および設定乱視軸角度を検査制御装置5の側で算出し、レフラクタ6に送信する構成としてもよい。所望の実効球面度数、実効円柱度数および実効乱視軸角度がレンズ群70により実現されれば、これらの数値の演算処理を行う主体等は特に限定されない。レンズ群70の光学特性を制御するためのプログラムは、レフラクタ6側で実行されてもよい。
【0107】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【符号の説明】
【0108】
1…発注装置、2…受注装置、5…検査制御装置、6…レフラクタ、10…眼鏡レンズ受発注システム、11…発注装置の制御部、13…発注装置の通信部、21…受注装置の制御部、23…受注装置の通信部、51…検査制御装置の入力部、52…第1制御部、53…第1通信部、61…第2通信部、62…第2制御部、63…アクチュエータ、70…レンズ群、71…第1レンズ、72…第2レンズ、73…第3レンズ、100…発注画面、106…感受性情報項目、500…検査システム、621…算出部、622…レンズ制御部、730…膜、731…第1液体、732…第2液体、Ax1…レンズ群の光軸、D…装用者と対象との距離、Ob…対象、PAL…累進屈折力レンズ、SFL1,SFL2…単焦点レンズ、W…装用者。