(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-20
(45)【発行日】2023-12-28
(54)【発明の名称】溶接方法および溶接構造物
(51)【国際特許分類】
B23K 31/00 20060101AFI20231221BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20231221BHJP
B23K 35/30 20060101ALN20231221BHJP
【FI】
B23K31/00 F
B23K31/00 P
B23K31/00 D
B23K9/02 D
B23K35/30 340A
(21)【出願番号】P 2020011775
(22)【出願日】2020-01-28
【審査請求日】2022-11-04
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 実証研究タイプ 「低変態温度溶接材料を用いた伸長ビード肉盛溶接による船舶補修技術と疲労寿命向上の実証研究」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【氏名又は名称】神野 直美
(74)【代理人】
【識別番号】100099933
【氏名又は名称】清水 敏
(72)【発明者】
【氏名】麻 寧緒
(72)【発明者】
【氏名】平岡 和雄
(72)【発明者】
【氏名】村川 英一
(72)【発明者】
【氏名】松崎 拓也
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-288728(JP,A)
【文献】特許第5881055(JP,B2)
【文献】特開2006-231339(JP,A)
【文献】特公昭48-027066(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 31/00
B23K 9/00-9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
通常の角廻し溶接材料を用いて、前記ガセット板の角廻し部端面に、端面角廻しルート深さが5mm以上となるように角廻し溶接して、角廻し溶接ビードを設ける角廻し溶接工程と、
角廻し溶接された前記ガセット板の角廻し部端面から、前記ガセット板の長手方向に、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、前記角廻し溶接ビードを覆うように溶接して、伸長ビードを設ける伸長ビード溶接工程とを備えて
おり、
前記角廻し溶接工程が、
前記ガセット板の長手方向端面に、予め、深さ5mm以上の開先部を形成して、角廻し
溶接を行う工程であり、
前記伸長ビード溶接工程が、
前記長手方向における先端部分を前記高張力鋼に接合し、後端部分を前記ガセット板の角廻し部端面に接合するように伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする溶接方法。
【請求項2】
構造物の新造に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記角廻し溶接工程が、
前記ガセット板の長手方向端面に、予め、機械加工あるいはガウジングを用いて、深さ5mm以上の開先部を形成して、角廻し溶接を行う工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法。
【請求項3】
既設構造物の補強に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記角廻し溶接工程が、
機械加工あるいはガウジングにより、前記ガセット板の
長手方向端面に施工されていた角廻し溶接ビードを除去すると共に、除去後の前記ガセット板の
長手方向端面に深さ5mm以上の開先部を形成し、
その後、通常の角廻し溶接材料を用いて、前記開先部に新たな角廻し溶接を行って、角廻し溶接ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法。
【請求項4】
疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記角廻し溶接工程が、
機械加工あるいはガウジングにより疲労亀裂を削除して、削除痕に通常の角廻し溶接材料を溶け込ませる補修を行った後、
機械加工あるいはガウジングにより、前記ガセット板の
長手方向端面に施工されていた角廻し溶接ビードを除去すると共に、除去後の前記ガセット板の
長手方向端面に深さ5mm以上の開先部を形成し、
その後、通常の角廻し溶接材料を用いて、前記開先部に新たな角廻し溶接を行って、角廻し溶接ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法。
【請求項5】
前記伸長ビード溶接工程が、
新たな角廻し溶接によって前記ガセット板の端面に設けられた角廻し溶接ビードと、前記ガセット板の側面に施工されている隅肉溶接ビードとの合体接合部を覆うように溶接して伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の溶接方法。
【請求項6】
前記角廻し溶接工程が、
新たな角廻し溶接によって前記ガセット板の端面に設けられた角廻し溶接ビードと、前記ガセット板の側面に施工されている隅肉溶接ビードとの合体接合部が、滑らかな接合表面を形成するように溶接する工程であることを特徴とする請求項5に記載の溶接方法。
【請求項7】
前記伸長ビード溶接工程が、
前記ガセット板の角廻し部端面から前記ガセット板の長手方向に、17mm以上の長さの伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項8】
前記伸長ビード溶接工程において、前記伸長ビードを形成する溶接材料として、マルテンサイト変態開始点が100~300℃の溶接金属となる材料を用いることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項9】
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で、溶融パスを、一定の方向に向けて、あるいは折り返して形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域に亘って、複数の溶融パスを施工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項10】
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、横向姿勢で、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で水平な溶融パスを、一定の方向に向けて形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域に亘って、複数の溶融パスを施工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項11】
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、立向姿勢で、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で水平な溶融パスを、一定の方向に向けて、あるいは折り返して形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域に亘って、複数の溶融パスを施工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項12】
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、上向姿勢で、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
長手方向に対して複数列に分割し、さらに、各列を1個又は複数個のパス形成領域に分割することにより、伸長ビードの形成領域を形成して、前記伸長ビードの形成領域において、溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と、前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で溶融パスを、一定の方向に向けて、あるいは折り返して形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域の全体に、前記伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の溶接方法。
【請求項13】
ガセット板が高張力鋼に角廻し溶接により溶接された溶接構造物であって、
前記ガセット板の長手方向端面に、予め、深さ5mm以上の開先部が形成されて、
前記ガセット板の角廻し部端面に、端面角廻しルート深さが5mm以上となるように、角廻し溶接ビードが形成されていると共に、
前記ガセット板の角廻し部端面から、前記ガセット板の長手方向に、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、角廻し溶接ビードを覆うように、伸長ビードが設けら
れ、
前記伸長ビードは、前記ガセット板の長手方向における先端部分が前記高張力鋼に接合され、後端部分が前記ガセット板の角廻し部端面に接合されていることを特徴とする溶接構造物。
【請求項14】
前記溶接構造物が、新造の構造物であり、
前記ガセット板の長手方向端面に開先部が形成されており、前記開先部に前記角廻し溶接ビードが形成されていることを特徴とする請求項13に記載の溶接構造物。
【請求項15】
前記溶接構造物が、補強を施された既設構造物であり、
前記ガセット板の長手方向端面に開先部が形成されており、前記開先部に前記角廻し溶接ビードが形成されていることを特徴とする請求項13に記載の溶接構造物。
【請求項16】
前記溶接構造物が、疲労亀裂が補修された既設構造物であり、
前記ガセット板の長手方向端面に開先部が形成されており、前記開先部に前記角廻し溶接ビードが形成されていることを特徴とする請求項13に記載の溶接構造物。
【請求項17】
前記伸長ビードが、前記ガセット板の角廻し部端面から前記ガセット板の長手方向に、17mm以上の長さ、形成されていることを特徴とする請求項13ないし請求項16のいずれか1項に記載の溶接構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高張力鋼を用いた溶接構造物において、ガセット板を高張力鋼の平板状主板に角廻し溶接する際の溶接方法および前記溶接方法により得られる溶接構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶、海洋構造物、橋梁等の溶接構造物の大型化とそれに伴う軽量化や安全性を目的として、近年では、抗張力が従来の500MPaから1000MPaにまで高められた高張力鋼が使用されるようになってきている。
【0003】
高張力化に比例して、母材の疲労寿命や疲労限度で代表される疲労強度も向上するが、溶接部については、従来の溶接技術を用いている限り、疲労強度は向上しない。
【0004】
具体的には、例えば、
図23に示すように、平板状の主板(「フランジ」とも称される)10にガセット板(「ウエブ」、「スチフナ」とも称される)20が、隅肉溶接ビード31、角廻し溶接ビード32によって接合されて、角廻し継手が設けられるが、このような角廻し継手の場合、ガセット板20の角廻し溶接部において疲労強度が大きく低下する。
【0005】
即ち、主板10に発生する応力は、ガセット板20の下部止端部における角廻し溶接ビード32の溶接止端部で最も大きくなる。また、ガセット板20は、溶接時の加熱で膨張した後、冷却により収縮するが、主板10の膨張と収縮の程度は、ガセット板20に比べて小さいため、主板10とガセット板20との溶接部に溶接熱応力に起因する引張残留応力が発生し、この引張残留応力も角廻し溶接ビード32の溶接止端部で最大となる。これらのために、ガセット板20の角廻し溶接部において疲労強度が大きく低下し、溶接止端部に疲労亀裂が発生する。
【0006】
そこで、本発明者等は、先に、通常の角廻し溶接材料(従来からの通常の溶接材料)を用いた通常の角廻し溶接を一般に脚長と呼ばれるビード長7mmで行った後、この角廻し溶接部の先端側に、溶接金属のマルテンサイト変態点(Ms点)を低下させて、350℃以下の低温域でマルテンサイト変態膨張を起こすMs点350℃以下の溶接材料(以下、「LTT溶接材料」ともいう)を用いて伸長ビードを設け、この伸長ビードが低温域でマルテンサイト変態膨張することで伸長ビード形成領域に圧縮残留応力を発生させる溶接技術を開発している(特許文献1、非特許文献1参照)。
【0007】
このとき、角廻し溶接にもLTT溶接材料を用いてもよいが、LTT溶接材料は、極めて高強度で伸びが小さく、溶接鋼構造物への適用に当たっては、溶接構造設計の特性基準を満たさない場合があるため、溶接構造設計基準を満たす通常の溶接材料を用いて、角廻し溶接を行って、強度等の設計基準を満たした上で、LTT伸長ビードを肉盛溶接施工することが好ましい。
【0008】
図24は、上記した伸長ビードの肉盛溶接施工を説明する図であり、10は主板、20はガセット板、31はガセット板20の長手方向の側面に沿って形成された隅肉溶接ビード、32はガセット板20の先端端面Tの周囲に形成された角廻し溶接ビード、35はガセット板20の端部の長手方向に形成された伸長ビードである。また、lは伸長ビード35の長さであり、ガセット板20の先端端面から伸長ビード35の止端までの距離である。
【0009】
伸長ビード35は、角廻し溶接ビード32の上側に積層され、かつ長手方向の先端部分が主板10に接合され、後端部分がガセット板20の先端端面Tに接合されている。
【0010】
この溶接技術によれば、伸長ビード35の形成領域に発生した圧縮残留応力によって溶接止端部の引張残留応力を軽減させることができるため、伸長ビードを設けない通常の角廻し溶接継手に比べて、疲労寿命を10倍程度まで大きく向上させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【非特許文献】
【0012】
【文献】C.Shiga,H.Murakawa,K.Hiraoka et al.,“Investigation on practical application of low transformation temperature welding materials to ship hull structure made of high tensile strength steel plates for fatigue life improvement”,IIW International Conference,High-Strength Materials-Challenges and Applications,2-3July 2015,Helsinki,Finland
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、本発明者等がさらに検討を進めたところ、角廻し溶接部の先端側に、LTT溶接材料を用いて伸長ビードを形成したとしても、疲労寿命の向上が3倍程度に留まっている場合があり、安定した疲労寿命の向上を得るためには、さらなる改善が必要なことが分かった。
【0014】
そこで、本発明は、角廻し溶接部の先端側に、LTT溶接材料を用いて伸長ビードを形成するに際して、安定した長い疲労寿命を確保することができる溶接技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者等は、上記課題の解決につき鋭意研究する中で、溶接ビードの疲労破壊起点に着目した。
【0016】
即ち、前記したように、通常の角廻し溶接では、角廻し溶接の止端部で疲労亀裂が発生し、主板の破断に至るが、伸長ビードを設けた場合には、この疲労亀裂の発生が抑止されて、疲労寿命が大幅に向上する。しかし、いずれは他の位置から疲労亀裂が発生して破断する。
【0017】
このとき、疲労亀裂が発生すると危惧される位置の1つに、ガセット板端面と平板の溶け込み部のルートの位置がある。即ち、ガセット板の先端と主板の溶け込み部のルートの位置には引張応力が集中し易いため、ルートの位置を起点として亀裂が進展していき、疲労亀裂(以下、「ルート亀裂」ともいう)が発生する。
【0018】
これを、
図1~
図4を用いて具体的に説明する。
図1は溶接構造物における主板とガセット板との溶接部を示す斜視図、
図2は
図1のA断面図、
図3は
図1のB断面図、
図4は
図1の平面図であり、伸長ビードを設ける前の状態を示している。なお、図において、Sはガセット板20の側面、Tはガセット板20の先端端面である。また、21はガセット板20の先端端面Tに形成された開先部であり、開先部21に溶接材料が溶け込むことにより、端面側の溶け込みルート部が形成される。Dyは、この端面側の溶け込みルート部において、先端端面Tからの溶け込みルート部の先端Ryの深さ(端面角廻しルート深さ)であり、ガセット板20の長さ方向に、先端端面Tから溶け込みルート部の先端Ryまで角廻し溶接ビード32が溶け込んでいることを示している。
【0019】
同様に、22はガセット板20の側面Sに形成された溶接溶け込み部であり、溶接溶け込み部22に溶接材料が溶け込むことにより、側面側の溶け込みルート部が形成される。Dxは、この側面側の溶け込みルート部において、側面Sからの溶け込みルート部の先端Rxの深さ(側面隅肉ルート深さ)であり、ガセット板20の幅方向に、側面Sから溶け込みルート部の先端Rxまで隅肉溶接ビード31が溶け込んでいることを示している。
【0020】
従来、通常の角廻し溶接における端面角廻しルート深さDyは、概ね、0mmから2mm未満とされていた。このような溶け込みルート部の先端Ryに引張応力が集中すると、如何に伸長ビードを設けていてもルート亀裂の発生を招くため、本発明者等は、端面角廻しルート深さDyと、溶け込みルート部の先端Ryに発生する応力状態や亀裂の発生・進展等との間に、何らかの関係があるのではと考え、実験と検討を行った。
【0021】
具体的には、まず、
図5に示すように、主板10とガセット板20とを角廻し溶接した後、LTT溶接材料を用いて所定の長さに伸長ビードを設け、亀裂発生を引き起こす溶け込みルート部の先端Ryにおける引っ張り残留応力σ
maxを計測し、端面角廻しルート深さDyとの関係を求めた。
【0022】
その結果、引っ張り残留応力σ
maxは、
図6に示すように、端面角廻しルート深さDyの増大に伴って低減していき、ある一定の値に漸近していくことが分かった。
【0023】
次に、同じ試験体に、疲労強度として所定の荷重を繰り返し掛けて、亀裂長さが8mmに達するまでの繰り返し数を計測して、疲労亀裂の進展速度の指標とした。
【0024】
その結果、
図7に示すように、端面角廻しルート深さDyの増加に合わせて、繰り返し数が増加して、疲労亀裂の進展速度が低下していることが分かった。しかし、Dyが5mm以上となると、繰り返し数の増加は鈍化し始め、一定値へ収斂する傾向にあることも分かった。
【0025】
これらの実験の結果より、端面角廻しルート深さDyと、溶け込みルート部の先端Ryに発生する応力状態やルート亀裂の発生・進展とは、互いに関係しており、Dyが5mm以上となるように角廻し溶接を行うことにより、後述するように、Dy=0では進展経路が短く進展速度が速いが、一方、Dy=5では進展経路が長く進展速度が遅くなるため、ルート亀裂の発生・進展が抑制され、疲労寿命のさらなる向上を安定して確保できることが確認できた。
【0026】
しかし、端面角廻しルート深さDyを5mm以上にした場合には、破壊の起点がルートからではなく別の次の最弱位置へ移るため、この点を考慮すると、端面角廻しルート深さDyをさらに深くしても疲労寿命の向上に対する意義は小さい。
【0027】
本発明は、上記の知見に基づくものであり、請求項1に記載の発明は、
ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
通常の角廻し溶接材料を用いて、前記ガセット板の角廻し部端面に、端面角廻しルート深さが5mm以上となるように角廻し溶接して、角廻し溶接ビードを設ける角廻し溶接工程と、
角廻し溶接された前記ガセット板の角廻し部端面から、前記ガセット板の長手方向に、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、前記角廻し溶接ビードを覆うように溶接して、伸長ビードを設ける伸長ビード溶接工程とを備えており、
前記角廻し溶接工程が、
前記ガセット板の長手方向端面に、予め、深さ5mm以上の開先部を形成して、角廻し溶接を行う工程であり、
前記伸長ビード溶接工程が、
前記長手方向における先端部分を前記高張力鋼に接合し、後端部分を前記ガセット板の角廻し部端面に接合するように伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする溶接方法である。
【0028】
上記した溶接技術は、新造構造物に適用するだけでなく、既設構造物の補強、補修のいずれにも適用することができる。
【0029】
即ち、新造構造物の場合には、主板とガセット板との溶接に先立って、
図8(a)に示す機械加工、あるいは、
図8(b)に示すガウジングにより、ガセット板の端面に深さ5mm以上の開先部21を形成する。これにより、端面角廻しルート深さDyが5mm以上の角廻し溶接部を形成することができるため、ルート亀裂の発生を抑制して、疲労寿命のさらなる向上を安定して確保することができる。
【0030】
一方、既設構造物で補強を行う場合には、
図9に示す手順に従って施工を行う。なお、
図9において、上段は斜視図、下段は断面図(
図1のA断面図に相当)であり、左側から右側に向けて施工が進行していく。
【0031】
具体的には、まず、機械加工あるいはガウジングにより既存の角廻し溶接ビード32を削除すると共に、ガセット板端面に深さ5mm以上の開先部21を形成する。その後、通常溶接材料(既存の角廻し溶接ビードと同等相当の溶接材料)を用いて角廻し溶接を行い、施工済み残部である既存の隅肉溶接ビード31と一体化させた角廻し溶接ビード32を形成する。
【0032】
このとき、合体接合部には大きな引張残留応力が生成して、疲労クラックの発生起点となる恐れがあるため、角廻し溶接ビード32と隅肉溶接ビード31との合体接合部をLTT肉盛溶接で覆うように、伸長ビード35を設ける。これにより、LTTの変態膨張効果を利用して、表面の引張残留応力を圧縮残留応力に変換することができるため、疲労クラック発生の起点となる危惧を除外することができ、疲労寿命のさらなる向上を安定して確保することができる。
【0033】
なお、この角廻し溶接ビード32と隅肉溶接ビード31との合体接合部には、大きな引張残留応力が生成して、疲労クラックの発生起点となる恐れがあるため、合体接合部をLTT肉盛溶接で覆うことに加えて、合体接合部を滑らかな接合表面として、合体接合部に応力集中を生じさせないようにすることがより好ましい。
【0034】
そして、既設構造物で補修を行う場合には、基本的には、上記した補強の手順に準じて施工すればよいが、開先部21の形成に先立って、主板10に発生した疲労亀裂を補修しておく必要がある。そこで、主板10の疲労亀裂発生部位を機械加工あるいはガウジングにより削除し、その削除痕11に、
図10に示すように、通常溶接材料を溶け込ませて補修を行う。そして、補修の後は、上記した補強の手順に準じて施工する。
【0035】
請求項2ないし請求項6に係る発明は、上記の知見に基づくものであり、請求項2に記載の発明は、
構造物の新造に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記角廻し溶接工程が、
前記ガセット板の長手方向端面に、予め、機械加工あるいはガウジングを用いて、深さ5mm以上の開先部を形成して、角廻し溶接を行う工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0036】
そして、請求項3に記載の発明は、
既設構造物の補強に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記角廻し溶接工程が、
機械加工あるいはガウジングにより、前記ガセット板の長手方向端面に施工されていた角廻し溶接ビードを除去すると共に、除去後の前記ガセット板の長手方向端面に深さ5mm以上の開先部を形成し、
その後、通常の角廻し溶接材料を用いて、前記開先部に新たな角廻し溶接を行って、角廻し溶接ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0037】
即ち、請求項4に記載の発明は、
疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記角廻し溶接工程が、
機械加工あるいはガウジングにより疲労亀裂を削除して、削除痕に通常の角廻し溶接材料を溶け込ませる補修を行った後、
機械加工あるいはガウジングにより、前記ガセット板の長手方向端面に施工されていた角廻し溶接ビードを除去すると共に、除去後の前記ガセット板の長手方向端面に深さ5mm以上の開先部を形成し、
その後、通常の角廻し溶接材料を用いて、前記開先部に新たな角廻し溶接を行って、角廻し溶接ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1に記載の溶接方法である。
【0038】
また、請求項5に記載の発明は、
前記伸長ビード溶接工程が、
新たな角廻し溶接によって前記ガセット板の端面に設けられた角廻し溶接ビードと、前記ガセット板の側面に施工されている隅肉溶接ビードとの合体接合部を覆うように溶接して伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項3または請求項4に記載の溶接方法である。
【0039】
また、請求項6に記載の発明は、
前記角廻し溶接工程が、
新たな角廻し溶接によって前記ガセット板の端面に設けられた角廻し溶接ビードと、前記ガセット板の側面に施工されている隅肉溶接ビードとの合体接合部が、滑らかな接合表面を形成するように溶接する工程であることを特徴とする請求項5に記載の溶接方法である。
【0040】
そして、本発明者等は、さらに実験と検討を行い、以下に示す各知見を得た。
【0041】
まず、伸長ビードは、ガセット板の角廻し部端面から、ガセット板の長手方向に17mm以上の長さとすることが好ましい。17mm以上の長さとすることにより、伸長ビードに、確実に、圧縮残留応力を発生させて、応力集中の緩和を図ることができ、角廻し溶接部における疲労強度を向上させることができるため、より安定した疲労寿命の向上を図ることができる。
【0042】
即ち、請求項7に記載の発明は、
前記伸長ビード溶接工程が、
前記ガセット板の角廻し部端面から前記ガセット板の長手方向に、17mm以上の長さの伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0043】
次に、伸長ビードを形成するMs点が350℃以下のLTT溶接材料の内でも、Ms点が、100~300℃の溶接金属、即ち、
図11に示すように、100~300℃の間で見かけの変態膨張量が最大となる溶接材料を用いることが好ましい。このようなLTT溶接材料を用いて伸長ビードを形成することにより、低温域でマルテンサイト変態膨張することによる圧縮残留応力の発生が顕著になるため、より安定した疲労寿命の向上を図ることができる。
【0044】
即ち、請求項8に記載の発明は、
前記伸長ビード溶接工程において、前記伸長ビードを形成する溶接材料として、マルテンサイト変態開始点が100~300℃の溶接金属となる材料を用いることを特徴とする請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0045】
さらに、本発明者等は、本発明を既設の溶接構造物の補修や補強に適用しようとした場合、様々な姿勢で施工することが求められるが、そのためにはさらなる工夫が必要なことが分かり、検討を行った。
【0046】
即ち、既設の溶接構造物の補修や補強に際しては、代表的な溶接姿勢として、水平状態の主板上に溶接ビードを形成する下向姿勢、天井板に向けて取付けられたガセット板に対して伸長ビード施工を行う上向姿勢、鉛直に取付けられたガセット板の上端から上方に向けて伸長ビード施工を行う立向上進姿勢、鉛直に取付けられたガセット板の下端から下方に向けて伸長ビード施工を行う立向下進姿勢、水平に取付けられたガセット板の左右横方向に伸長ビード施工を行う横向姿勢がある。この内、下向姿勢の場合には、幅および長さが大きい伸長ビードの形成に際してもウィービング法などによる連続溶接が可能である。
【0047】
これに対して、立向下進姿勢、横向姿勢、および、上向姿勢の場合には、溶接時に溶融金属が重力作用で垂れ落ちるため、容易に伸長ビード施工することが難しく、さらなる工夫が必要である。
【0048】
そこで、本発明者等は、これらの姿勢においても、容易に伸長ビード施工することできる溶接方法について検討を行った。
【0049】
その結果、横向き姿勢および立向姿勢(立向上進姿勢および立向下進姿勢)の場合には、伸長ビードの形成領域を複数のパスに分割し、各パス毎に伸長ビード形成用の溶接材料を溶融させて溶接する溶融パス形成と、形成された溶融パスを凝固させる凝固期間とを実施し、これを複数回繰り返すという断続的な伸長ビード施工が好ましいことを見出した。なお、具体的な凝固期間としては、長すぎると十分な圧縮残留応力が生成されないため、実際の施工時間を考慮して、2秒以内であることが好ましい。
【0050】
具体的には、横向姿勢の場合には
図12に示す手順、立向姿勢の場合には
図13に示す手順で伸長ビードの施工を行う。
図12、
図13では、紙面上下方向が鉛直方向、左右方向が水平方向であり、帯状に仕切られた各区画が1つのパスを示し、水平方向の矢印がパスの形成方向を示している。なお、
図13では、左図に、立向上進および立向下進における通常の溶接方向を示し、右図に、本発明における伸長ビード施工手順を示している。
【0051】
即ち、横向姿勢の場合は、
図12に示すように、溶融パス形成工程で、水平な溶融パスを一定の方向に向けて(図では左向き)形成し、伸長ビードの形成領域の下端から上端に向けて、複数の溶融パスを全形成領域に積み上げることにより、伸長ビードの施工を行う。
【0052】
一方、立向姿勢の場合は、
図13に示すように、溶融パス形成工程で、水平な溶融パスを折り返して形成し、伸長ビードの形成領域の下端から上端に向けて、複数の溶融パスを全形成領域に積み上げることにより、伸長ビードの施工を行う。このため、立向下進姿勢の場合、通常の上から下への施工とは逆の方向への施工となる。なお、施工上の都合を考慮して、折り返しではなく、一定の方向に向けて溶融パスを形成してもよい。
【0053】
このように、溶融パス形成工程で水平な溶融パスを形成して、下端から上端に向けて積み上げていくことにより、下側に支えるものがない横向姿勢や立向姿勢での伸長ビード施工であっても、下側に先行して設けられたパスが抑止壁(土手)となって、上側の後続の溶融パスを支持することができるため、溶融金属の垂れ落ちを抑制することができる。
【0054】
そして、上向姿勢の場合には、溶融パスの下向に重力が加わり、溶融金属の垂れ落ちがさらに発生しやすいため、溶融パスの形成に際しては、1パスの長さを短くする。
図14は、上向姿勢における伸長ビード施工手順を示しており、仕切られた各区画が1つのパス形成領域を示し、上下方向の矢印がパスの形成方向を示している。
図14に示すように、伸長ビードの形成領域を長手方向に対して複数列に分割し、さらに、各列を1個又は複数個のパス形成領域に分割することにより、1パスの長さを短くする。そして、立向姿勢の場合と同様に、溶融パスを折り返して形成し、溶融パス形成と凝固期間とを複数回繰り返すという断続的な伸長ビード施工を行う。なお、上向姿勢においても、施工上の都合を考慮して、折り返しではなく、一定の方向に向けて溶融パスを形成してもよい。
【0055】
なお、
図14では、実施工上の容易さを考慮して、溶融パス形成工程と凝固期間工程との繰り返しを、伸長ビード形成領域の溶接止端側の列からガセット板側の列の順に行っている。
【0056】
このように、1パスの長さを短くして溶融パス形成工程と凝固期間工程とを繰り返して、短い長さの溶接ビード(パス)群で形成される伸長ビード(複合化した伸長ビード)とした場合、隣接する列の先行の溶融パスの形成から後続の溶融パスの形成までの時間差が重要であり、先行パスの温度がMs点以下に低下する前に後続の溶融パスの形成を行うことを条件とすれば、溶融金属の垂れ落ちを抑制しながら、圧縮残留応力を生成した伸長ビードを形成することができる。
【0057】
なお、下向姿勢については、上記した通り、連続的な溶接を容易に行うことができるが、上記した断続的な溶接を行うことも可能である。
【0058】
そして、本発明者等が検討した結果、上記したLTT溶接材料を用いた断続的な溶接の場合には、いずれの姿勢の場合においても、伸長ビードの表面に比較的大きな凹凸が生じ易い。しかし、そのような場合であっても、LTT溶接材料を用いた伸長ビードに十分な圧縮残留応力が生じているため、表面に凹凸がない場合に比べて、亀裂の発生や進展、および疲労寿命に、特に大きな相違は見られなかった。
【0059】
請求項9ないし請求項12に係る発明は、上記の知見に基づくものであり、請求項9に記載の発明は、
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で、溶融パスを、一定の方向に向けて、あるいは折り返して形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域に亘って、複数の溶融パスを施工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項8のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0060】
そして、請求項10に記載の発明は、
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、横向姿勢で、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で水平な溶融パスを、一定の方向に向けて形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域に亘って、複数の溶融パスを施工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0061】
そして、請求項11に記載の発明は、
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、立向姿勢で、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で水平な溶融パスを、一定の方向に向けて、あるいは折り返して形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域に亘って、複数の溶融パスを施工する工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0062】
また、請求項12に記載の発明は、
既設構造物の補強、または、疲労亀裂が発生している既設構造物の補修に際して、上向姿勢で、ガセット板を高張力鋼に角廻し溶接により溶接する溶接方法であって、
前記伸長ビード溶接工程が、
長手方向に対して複数列に分割し、さらに、各列を1個又は複数個のパス形成領域に分割することにより、伸長ビードの形成領域を形成して、前記伸長ビードの形成領域において、溶接材料の溶融パスを形成する溶融パス形成工程と、前記溶融パスを凝固させる凝固期間工程とを備えており、
前記溶融パス形成工程で溶融パスを、一定の方向に向けて、あるいは折り返して形成し、
前記溶融パス形成工程と凝固期間工程とを、交互に複数回繰り返しながら、前記伸長ビードの形成領域の全体に、前記伸長ビードを設ける工程であることを特徴とする請求項1ないし請求項9のいずれか1項に記載の溶接方法である。
【0063】
上記した各請求項に係る発明は、ガセット板が高張力鋼に角廻し溶接により溶接された溶接構造物の点から捉えることもできる。
【0064】
即ち、請求項13に記載の発明は、
ガセット板が高張力鋼に角廻し溶接により溶接された溶接構造物であって、
前記ガセット板の長手方向端面に、予め、深さ5mm以上の開先部が形成されて、
前記ガセット板の角廻し部端面に、端面角廻しルート深さが5mm以上となるように、角廻し溶接ビードが形成されていると共に、
前記ガセット板の角廻し部端面から、前記ガセット板の長手方向に、溶接金属のマルテンサイト変態開始点が350℃以下の溶接材料を用いて、角廻し溶接ビードを覆うように、伸長ビードが設けられ、
前記伸長ビードは、前記ガセット板の長手方向における先端部分が前記高張力鋼に接合され、後端部分が前記ガセット板の角廻し部端面に接合されていることを特徴とする溶接構造物である。
【0065】
そして、請求項14に記載の発明は、
前記溶接構造物が、新造の構造物であり、
前記ガセット板の長手方向端面に開先部が形成されており、前記開先部に前記角廻し溶接ビードが形成されていることを特徴とする請求項13に記載の溶接構造物である。
【0066】
そして、請求項15に記載の発明は、
前記溶接構造物が、補強を施された既設構造物であり、
前記ガセット板の長手方向端面に開先部が形成されており、前記開先部に前記角廻し溶接ビードが形成されていることを特徴とする請求項13に記載の溶接構造物である。
【0067】
そして、請求項16に記載の発明は、
前記溶接構造物が、疲労亀裂が補修された既設構造物であり、
前記ガセット板の長手方向端面に開先部が形成されており、前記開先部に前記角廻し溶接ビードが形成されていることを特徴とする請求項13に記載の溶接構造物である。
【0068】
また、請求項17に記載の発明は、
前記伸長ビードが、前記ガセット板の角廻し部端面から前記ガセット板の長手方向に、17mm以上の長さ、形成されていることを特徴とする請求項13ないし請求項16のいずれか1項に記載の溶接構造物である。
【0069】
上記した各請求項に記載の発明の場合、疲労寿命のさらなる向上を安定して確保できるメカニズムについては以下のように考えられる。
【0070】
まず、前記したように、従来の伸長ビードは、端面角廻しルート深さが、概ね、0mmから2mm未満と浅く設定されていた。このため、
図15に示すように、角廻し溶接ビード32に引張残留応力が掛かって端面角廻し溶接ルートの起点Ryに亀裂が発生すると、亀裂が破線40に示す方向に進展し、さらに、伸長ビード35内を進展していく。そして、伸長ビード35は、この亀裂の進展を抑制することができないため、ルートから発生した亀裂の進展により、短期間に疲労破壊の発生を招いてしまう。
【0071】
一方、本発明においては、端面角廻しルート深さが5mm以上となるように開先部を設けて、ガセット板の角廻し部端面の奥にまで角廻し溶接ビードを設け、さらに、伸長ビードを、ガセット板の角廻し部端面から長手方向に伸長ビードを設けている。このため、端面角廻し溶接ルートの起点Ryに作用する引張残留応力は低減して、ある一定の引張残留応力の値に漸近し、亀裂の発生が抑制される。加えて、角廻し溶接ビード32に引張残留応力が掛かって端面角廻し溶接ルートの起点Ryに亀裂が発生しても、この端面角廻し溶接ルートの起点Ryはガセット板20の先端端面T(角廻し部端面)より奥まった位置となり、さらに、角廻し溶接ビード32には、LTT溶接材料により形成された伸長ビード35に圧縮残留応力が掛かっているため、
図16に示すように、亀裂は、角廻し溶接ビード32内ではなく、破線40に示す方向、すなわち、ガセット板20内を進展していく。そして、ガセット板20は、伸長ビード35と異なり、この亀裂の進展を十分に抑制することができるため、ルート亀裂の発生を抑制して、疲労寿命のさらなる向上を図ることができる。
【0072】
このような、ガセット板の角廻し部端面に所定の端面角廻しルート深さに対応した開先部を設けて、角廻し溶接ビードおよび伸長ビードを施工することにより、疲労寿命のさらなる向上を図ることができるとの知見は、本発明者等によって初めて得られた知見であり、この溶接技術の新造構造物および既設構造物へ適用することによる疲労寿命の向上は、信頼性の高い溶接構造物の提供、および、今後の補修・補強費用の低減に対して大きな寄与をもたらすことができる。
【0073】
そして、前記した通り、横向姿勢、立向姿勢や上向姿勢の場合、断続的な溶接により、容易に溶接することができ、その場合に、表面に比較的大きな凹凸が生じても、亀裂の発生や進展、および疲労寿命に、大きな影響を与えることはない。そして、下向姿勢の場合にも、同様のことが言える。
【発明の効果】
【0074】
本発明によれば、角廻し溶接部の先端側に、LTT溶接材料を用いて伸長ビードを形成するに際して、安定した長い疲労寿命を確保することができる溶接技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【
図1】本発明の一実施の形態に係る溶接構造物のガセット板の先端部分とその周辺部分の外観を示す斜視図である。
【
図4】
図1の平面図であって、端面角廻しルート深さを示す図である。
【
図6】引っ張り残留応力と端面角廻しルート深さの関係を示す図である。
【
図9】既設の溶接構造物の補強の手順を説明する図である。
【
図10】疲労亀裂が補修された既設の溶接構造物の概要を示す断面図である。
【
図11】溶接金属のMs点温度と見かけの変態膨張量との関係を示す図である。
【
図12】横向姿勢の伸長ビードの溶接方法を示す図である。
【
図13】立向姿勢の伸長ビードの溶接方法を示す図である。
【
図14】上向姿勢の伸長ビードの溶接方法を示す図である。
【
図15】従来の溶接構造物のルート亀裂の進展経路を示す断面図である。
【
図16】本発明の他の一実施の形態に係る溶接構造物の構造および疲労亀裂の進展経路を説明する断面図である。
【
図17】疲労特性評価試験に用いた標準試験品の平面模式図(a)、および、側面模式図(b)である。
【
図18】既設の溶接構造物の補強の手順を説明する図(a)、および、補修の手順を説明する図(b)である。
【
図19】3回繰返し断続溶接による溶接ビード形成方法を示す図(a)、および、溶接ビードの温度の推移を示す図(b)である。
【
図20】横向姿勢の伸長ビード形成時の溶接ビードの温度の推移を示す図である。
【
図21】ウィービング法による伸長ビードの連続溶接の溶接方法を示す図(a)、および、伸長ビードの温度の推移を示す図(b)である。
【
図22】補修・補強を想定した溶接構造物の振幅応力と疲労繰返し数の関係を示す図である。
【
図23】従来の一般的な溶接継手の角廻し溶接部分の斜視図である。
【
図24】伸長ビードを設けた溶接継手を示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0076】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0077】
1.補強・補修時における施工手順
最初に、補強・補修時における施工手順について説明する。なお、ここでは、就航船の既設角廻し継手に対する補強・補修における施工手順を、一例に挙げて説明する。
【0078】
(1)試験片の作製
図17は、就航船の既設角廻し継手を想定した試験片の作製手順を説明する図であり、(a)は平面模式図、(b)は模式側面図である。なお、
図17では、主板10の両面にガセット板20が配置されている。
【0079】
試験片の作製に際しては、船体用降伏点36kgf/mm2級(KA36)高張力鋼板を、主板10(長さ800mm,幅100mm,厚さ20mm)およびガセット板20(長さ150mm,高さ50mm,厚さ16mm)として使用した。そして、溶接材料としては、市販船級認定の一般的な550MPa級鋼用フラックス入りワイヤを使用した。
【0080】
そして、主板10とガセット板20とを、
図17に示す(1)~(4)の順に隅肉溶接し、その後、(5)~(8)の順に角廻し溶接し、補強施工用試験片とした。そして、同様の試験片の角廻し溶接部止端部から主板10に向けて疲労亀裂を発生させて、補修施工用試験片とした。
【0081】
(2)具体的な施工の手順
各試験片に対する補強・補修作業は、
図18に示す施工手順に従って行う。なお、
図18において、(a)は補強の施工手順、(b)は補修の施工手順である。
【0082】
(a)ルート深さの確保(補強・補修で共通)
まず、初期状態の試験体の角廻し溶接部を、例えば、アークガウジングを用いて削除する。このとき、ガセット板20の角廻し部端面を、端面角廻しルート深さが5mm以上となる深さまで削除して、開先部とする。
【0083】
なお、後工程である角廻し部の再溶接に際して、溶接が容易とは言えない廻し溶接とならないように、ガセット板20端部の隅肉部を端面に沿った方向で、直線的に角廻し溶接域にわたって、削除しておくことが好ましい。これにより、隅肉ルート深さの確保ができるため、耐疲労特性のさらなる向上を図ることができる。
【0084】
(b)疲労亀裂の削除および補修溶接(補修のみ)
次に、主板10に発生している疲労亀裂を、例えば、アークガウジングを用いて完全に削除し、その後、この削除痕へ溶接材料を溶接することにより、疲労亀裂の補修を行う。
【0085】
(c)角廻し部の再溶接(補強・補修で共通)
次に、従来から角廻し溶接に用いられている通常の溶接材料を用いて、開先部を含めて溶接することにより、角廻し部の再溶接を行う。
【0086】
(d)伸長ビードの施工(補強・補修で共通)
最後に、再溶接された角廻し溶接ビードを覆うように、LTT材料を用いて、所定の長さの伸長ビードを肉盛溶接する。
【0087】
なお、具体的なLTT材料としては、例えば、10Cr-10Ni系、16Cr-8Ni系などの溶接材料を挙げることができ、具体的な一例として、C0.1wt%以下、Cr13~20wt%、Ni6~11wt%をベースとする化学組成であって、変態膨張が充分に得られる溶接金属のMs点温度が、100℃以上、250℃以下となる溶接材料が挙げられる。
【0088】
2.伸長ビード溶接による影響
次に、伸長ビード溶接の施工手順、即ち、断続的な溶接施工と連続的な溶接施工における圧縮残留応力の生成への影響について説明する。
【0089】
図19は、ガセット板の先端端面から断続的な溶接施工を3回行った時の施工手順を説明する図であり、(a)は溶接の進行を示す図、(b)は施工時における温度の時間的変化を示す図である。なお、A、B、Cは、それぞれ、温度測定位置であり、A
C1はマルテンサイト組織からオーステナイト組織への変態開始温度、A
C3はマルテンサイト組織からオーステナイト組織への変態終了温度である。
【0090】
ここでは、
図19(b)に示すように、温度の上昇を招く溶接パス形成工程と温度の低下を招く凝固期間工程とを1パスとして、3パス繰り返して行うことにより、伸長ビードを形成させている。そして、
図19(b)に示すように、第1パスでは、凝固期間に、第1ピーク温度からMs点温度以下の室温近くまでに冷却されている。このMs点温度以下の冷却は、溶接材料のマルテンサイト組織への変態の開始を意味している。
【0091】
そして、2パス目の溶接パス形成工程で、この部分が再び加熱(再熱)されると、第2のピーク温度まで上昇する。このとき、第2のピーク温度が、A
C3を超えていれば、完全にオーステナイト組織へと変態し、その後、凝固期間の冷却によって再びマルテンサイト組織へと変態するが、
図19(b)に示すように、A
C3以下であると、一部にマルテンサイト組織が残ってしまう。この結果、オーステナイト組織の割合が減り、Ms点温度以下に冷却した際のマルテンサイト組織への変態に伴う変態膨張量の低下を招いてしまう。そして、残ったマルテンサイト組織は、もはや変態膨張せず、通常の金属と同じように収縮するため、引張残留応力を生じる。これらのため、凝固期間を長くした場合には、伸長ビードへの圧縮残留応力導入に対して、マイナスの効果をもたらしてしまうことになる。
【0092】
以上の結果より、断続的な溶接においては、凝固期間を適切に設定して、最終冷却時までに、1回だけMs点温度を下回るようにする必要があることが分かる。そこで、上記のような断続的な溶接施工に際して、
図20に示すような温度の推移で熱サイクルを形成させて、最終冷却時までMs点温度を下回らないようにすることが好ましい。なお、
図20では、第1パスの第2ピーク以降における温度推移を示している。
【0093】
具体的には、
図20に示すように、途中冷却時の1次熱サイクル最低温度は約250℃とし、その後の熱サイクルでの最低温度は、徐々に上昇し300℃弱とすることが好ましい。なお、具体的な凝固期間としては、実際の施工時間を考慮すると、2秒以内が好ましく、1秒程度であるとより好ましい。
【0094】
上記した施工時間1秒程度を実現しようとすると、伸長ビードのMs点温度は、100~250℃であることが好ましく、100~200℃であるとより好ましい。そして、これらのLTT材料は、前記したように、100~250℃の間で見かけの変態膨張量が最大となる材料であるため、伸長ビードの形成に伴う圧縮残留応力の導入にとって好ましい。
【0095】
なお、下向姿勢で伸長ビードを連続的に溶接する場合には、Ms点温度350℃のLTT材料でも、問題なく使用することができる。
【0096】
図21は、一般的な下向姿勢で、ウィービング法を用いて伸長ビードを3回連続溶接した時の施工手順を説明する図であり、(a)は溶接の進行を示す図、(b)は施工時における温度の時間的変化を示す図である。なお、A、B、C、A
C1、A
C3は、
図19と同様である。
【0097】
図21(b)に示すように、伸長ビードを連続溶接した場合、熱サイクルは、第3パスの終了まで高温域で推移している。しかし、
図19に示した断続的な溶接の場合と異なり、A
C3を下回って大きく冷却される期間がない。そして、最終の伸長ビード形成が終わった後の最終冷却時に、第1パス~第3パスが、ほぼ同時に、Ms点を下回って、オーステナイトからマルテンサイト組織へと変態しているため、Ms点温度350℃のLTT材料を使用しても、圧縮残留応力の生成や機械的特性へ影響が及ばないことが分かる。
【0098】
3.各姿勢における施工手順
次に、各姿勢における溶接可能な施工手順について、具体的な実験例を挙げて、説明する。
【0099】
(1)実験例1
本実験例は、横向姿勢溶接における施工手順についての実験例である。
【0100】
具体的には、厚さ(ガセット板端幅)16mmのガセット板、および、厚さ20mmの主板を用いて、横向姿勢で、溶接電流を140Aにして、幅30mm×長さ45mmの伸長ビードを、前記した
図12に示す手順に従って、断続的に溶接施工を行った(溶接施工総時間:60秒)。
【0101】
なお、このときの熱サイクルは、
図20に示す熱サイクルとした。なお、この横向姿勢での250℃は、各種姿勢における断続的な溶接手順の内でも、最低値であり、Ms点温度100~250℃のLTT材料を用いた断続的な溶接施工により、伸長ビードを好ましく肉盛溶接して、大きな圧縮残留応力を生成できることが確認できた。
【0102】
(2)実験例2
本実験例は、立向姿勢溶接における施工手順についての実験例である。
【0103】
具体的には、実験例1と同じガセット板および主板を用いて、立向上進姿勢および立向下進姿勢の各々で、溶接電流を140Aにして、幅30mm×長さ45mmの伸長ビードを、前記した
図13に示す手順に従って、断続的に溶接施工を行った(溶接施工総時間:60秒)。
【0104】
結果として、立向上進姿勢、立向下進姿勢のいずれにおいても、十分な圧縮残留応力が得られた。
【0105】
(3)実験例3
本実験例は、上向姿勢溶接における施工手順についての実験例である。
【0106】
具体的には、実験例1と同じガセット板および主板を用いて、上向姿勢で、溶接電流を140Aにして、幅30mm×長さ45mmの伸長ビードを、前記した
図14に示す手順に従って、断続的に溶接施工を行った(溶接施工総時間:70秒)。
【0107】
結果として、断続の度合いは他の姿勢の場合に比べて多くなるが、十分な圧縮残留応力が得られた。
【0108】
(4)実験例4
本実験例では、上記した各姿勢で施工された補強継手及び補修継手について、その疲労寿命を確認した。
【0109】
具体的には、
図22に示すように、各試験体に対して、振幅応力σr=150N/mm
2の条件下で繰り返し疲労荷重を負荷して、疲労寿命の限度となる疲労繰り返し数を求めた。なお、比較のために、伸長ビードを備えていない通常の角廻し継手、および、従来の伸長ビード継手についても、同じ実験を行った。
【0110】
結果を、
図22に示す。
図22より、補修・補強のいずれにおいても、通常の角廻し継手における疲労寿命に比べて、本発明の伸長ビード継手における疲労寿命は、4倍を超える大きな有意差を示していることが分かる。また、開先部を設けることなく角廻し溶接して、伸長ビードを設ける従来の継手に比べて、疲労寿命が十分に長くなっていることが分かる。
【0111】
この結果、安定した疲労寿命の確保において、ルート部の深さを、通常の角廻し継手における0~2mmから、開先部を設けて5mm以上とすることによる顕著な効果を確認することができた。
【0112】
なお、下向以外の各種姿勢溶接では断続的な溶接施工となるため、廻し溶接により形成されたビード溶接部との接続部を滑らかな形状にしながら、あるいは、伸長ビード表面においても滑らかとは言い難く、断続箇所によっては、段差を生じる場合もある。
【0113】
しかしながら、断続的で滑らかではない表面となる溶接施工であっても、充分な圧縮残留応力が伸長ビードに生成しており、
図22に示す結果からは、伸長ビード表面の段差部からの疲労クラックの発生はなかったことが分かる。
【符号の説明】
【0114】
10 主板
11 削除痕
20 ガセット板
21 開先部
22 溶接溶け込み部
31 隅肉溶接ビード
32 角廻し溶接ビード
35 伸長ビード
40 亀裂の進展方向を示す破線
Dx 側面隅肉ルート深さ
Dy 端面角廻しルート深さ
l 伸長ビードの長さ
Rx 側面からの溶け込みルート部の先端
Ry 端面角廻し溶接ルートの起点
S ガセット板の側面
T ガセット板の先端端面