(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-20
(45)【発行日】2023-12-28
(54)【発明の名称】スピラマイシン産生菌、カリマイシン産生菌、作製方法、応用、及び生成物の産生量を増加させる方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/21 20060101AFI20231221BHJP
C12P 19/62 20060101ALI20231221BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20231221BHJP
C12N 15/63 20060101ALN20231221BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P19/62
C12N15/31
C12N15/63 Z
(21)【出願番号】P 2021535984
(86)(22)【出願日】2019-12-12
(86)【国際出願番号】 CN2019124724
(87)【国際公開番号】W WO2020125531
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2021-12-06
(31)【優先権主張番号】201811577592.8
(32)【優先日】2018-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
【微生物の受託番号】CGMCC CGMCC 16056
【微生物の受託番号】CGMCC CGMCC 16055
(73)【特許権者】
【識別番号】518232320
【氏名又は名称】沈陽福洋医薬科技有限公司
【氏名又は名称原語表記】SHENYANG FUYANG PHARMACEUTICAL TECHNOLOGY CO., LTD
(74)【代理人】
【識別番号】100091683
【氏名又は名称】▲吉▼川 俊雄
(74)【代理人】
【識別番号】100179316
【氏名又は名称】市川 寛奈
(72)【発明者】
【氏名】姜恩鴻
(72)【発明者】
【氏名】赫衛清
(72)【発明者】
【氏名】趙小峰
(72)【発明者】
【氏名】姜勲雷
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-501863(JP,A)
【文献】特表2013-532981(JP,A)
【文献】LIU, Jing, et al.,Metabolic Engineering,2017年,Vol. 39,pp. 29-37
【文献】LIU, Jing, et al.,Applied Microbiology and Biotechnology,2017年,Vol. 101,pp. 5773-5783
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
Google/Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
菌株内のLrp遺伝子が不活化しており、前記菌株の保管番号がCGMCC No.16056であることを特徴とするスピラマイシン産生菌。
【請求項2】
菌株内のLrp遺伝子が不活化しており、前記菌株の保管番号がCGMCC No.16055であることを特徴とするカリマイシン産生菌。
【請求項3】
前記Lrpタンパク質のアミノ酸配列はSeq.2で示され
ることを特徴とする、請求項1に記載のスピラマイシン産生菌、又は請求項2に記載のカリマイシン産生菌。
【請求項4】
前記Lrp遺伝子のヌクレオチド配列はSeq.1で示されることを特徴とする、請求項3に記載のスピラマイシン産生菌、又は請求項3に記載のカリマイシン産生菌。
【請求項5】
前記Lrp遺伝子の不活性化
が全部のノックアウトにより行われることを特徴とする、請求項1に記載のスピラマイシン産生菌、又は請求項2に記載のカリマイシン産生菌。
【請求項6】
スピラマイシン産生菌及び/又はカリマイシン産生菌の作製方法であって、
(1)Lrp遺伝子を不活化するための組換えベクターを作製して、スピラマイシン産生菌及び/又はカリマイシン産生菌に導入し、
(2)Lrp遺伝子が不活化した組換え菌をスクリーニングにより取得すること
を含み、
スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌のゲノムを鋳型とし、全部又は部分的にLrp遺伝子をノックアウトすることを原則に、適切な部位にプライマーを設計して、左右のアームにおける遺伝子断片をPCR増幅し、ノックアウトベクターにクローニングすることで組換えベクターを作製し、これをスピラマイシン産生菌及び/又はカリマイシン産生菌に導入して、Lrp遺伝子が不活化した組換え菌を耐性及び継代スクリーニングにより取得することを特徴とする、作製方法。
【請求項7】
スピラマイシン及び/又はカリマイシンの成分IIIの産生量を増加させる方法であって、
(1)スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌の染色体上のLrp遺伝子を改変してLrp遺伝子を不活化させ、
(2)ステップ(1)で改変したスピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌を用いて発酵生産を行
うこと
を含む、方法。
【請求項8】
スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌におけるLrp遺伝子を不活化したあと、スピラマイシン生合成経路関連遺伝子、アラニン生合成経路関連遺伝子、及びアシルCoA代謝経路関連遺伝子の発現を向上させることで、スピラマイシン及び/又はカリマイシンの成分IIIの産生量を増加させることを特徴とする、請求項7記載の方法。
【請求項9】
改変したスピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌を種培養、発酵培養したあとに発酵液を抽出し、取得した発酵生成物をHPLCで測定分析することを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
Lrp遺伝子の不活化
は、部分的なノックアウト又は全部のノックアウト
により行われることを特徴とする
、請求項
7又は8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物遺伝子工学の分野に属し、スピラマイシン産生菌、カリマイシン産生菌、作製方法、応用、及び生成物の産生量を増加させる方法に関し、具体的には、調節遺伝子の作用と、抗生物質の産生量及び有効成分を増加させる方法、並びにその応用に関する。
【背景技術】
【0002】
カリマイシンは、かつて、シェンジマイシン(Shengjimycin)、ビテスピラマイシン(Bitespiramycin)とも称され、合成生物学技術によって、カルボマイシン産生菌(Streptomyces thermotolerans)の4”-イソバレリルトランスフェラーゼ遺伝子(ist)をスピラマイシン産生菌(Streptomyces spiramyceticus F21)にクローニングし、発現させることで得られる遺伝子操作菌(Streptomyces spiramyceticus WSJ-1)の発酵生成物である(特許文献1、特許文献2)。カリマイシンは多成分抗生物質であり、4”-イソバレリルスピラマイシンIII、II、Iを主成分としている。これらの成分III、II、Iは、3位のOR基(順に、プロピオニル基、アセチル基、ヒドロキシ基)により命名されている。カリマイシンの構造式は次の通りである。
【0003】
【0004】
カリマイシンの構造式
イソバレリルスピラマイシンIII:R=COCH2CH3
R′=COCH2CH(CH3)2
イソバレリルスピラマイシンII :R=COCH3
R′=COCH2CH(CH3)2
イソバレリルスピラマイシンI :R=H
R′=COCH2CH(CH3)2
【0005】
カリマイシンは、新薬の1つとしてすでに新薬審査段階に入っており、品質基準において、成分IIIを30%以上とすべき旨を規定している。
【0006】
ストレプトマイセス属には一連の調節遺伝子が存在しており、その転写を活性化又は抑制することで、二次代謝産物の生合成が向上する結果、産生量を増加させられる(非特許文献1)。ロイシン応答調節タンパク質(Leucine-responsive regulatory protein,Lrp)は転写調節因子であり、調節遺伝子のプロモーター配列に結合することで、調節遺伝子の転写活性を活性化又は抑制して、多くの微生物の生理的代謝を制御する(非特許文献2、非特許文献3)。例えば、分枝鎖アミノ酸の代謝、鞭毛の合成、病原性因子の抑制、ポリアミンの恒常性及びメタノールの同化等の過程を制御する(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6、非特許文献7、非特許文献8)。しかし、これまで、抗生物質の生合成におけるLrp遺伝子の機能や働きについては研究報告が少なく、Liu他(非特許文献9)のみが、ストレプトマイセス・セリカラー(Streptomyces coelicolor)において、Lrpタンパク質ファミリーLrp/AsnC調節因子SCO3361のコード遺伝子が不足した場合に、アクチノロージンの産生量が明らかに減少するほか、固形培地における気中菌糸及び胞子の形成が抑制されることを発見している。このことから、当該調節因子は多能性の調節因子であり、二次代謝及び形態の発育を調節すると考えられる(非特許文献10)。且つ、Liuらは、エリスロマイシン産生菌(Saccharopolyspora erythraea)において、SACE_Lrp遺伝子の欠損によりエリスロマイシンの発酵産生量を増加させられることも発見している(非特許文献11)。しかし、lrp遺伝子の改変によって抗生物質成分の産生量及び比率を増加させたとの研究は、今のところ報告がない。
【0007】
上記に鑑みて、本発明を提案する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】中国特許第ZL971044406号明細書
【文献】中国特許第ZL021487715号明細書
【非特許文献】
【0009】
【文献】Bekker V et al.Bioengineered.2014,5(5):293-299
【文献】Peeters E et al.Archaea.2010,Article ID 750457
【文献】Unoarumhi Y et al BMC Evol Biol.2016 16(1):111
【文献】Haney SA et al.J Bacteriol.1992,174(1):108-115
【文献】Braaten BA et al.Proc Natl Acad Sci USA.1992,89(10):4250-4
【文献】Baek CH et al. J Bacteriol.2009, 191(4):1278-92
【文献】Ishii Y et al.J Biosci Bioeng.2018,125(1):67-75
【文献】Gonzalez JE et al.Metab Eng.2018 45:67-74
【文献】Liu J.at al.Appl Microbiol Biotechnol.2017,101(14):5773-5783
【文献】Liu J at al.Metab Eng.2017,39:29-37
【文献】Liu J et al.Metab Eng.2017,39:29-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする技術的課題は、従来技術の瑕疵を解消するために、スピラマイシン産生菌、カリマイシン産生菌、作製方法、応用、及び生成物の産生量を増加させる方法を提供することである。本発明では、Lrp遺伝子を不活化することで、スピラマイシンの産生量を増加させるとともに、その誘導体であるカリマイシンの主成分4’’-イソバレリルスピラマイシンIIIの産生量と比率も大幅に増加させた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の技術的課題を解決するために、本発明が採用する技術方案の基本思想は以下の通りである。
【0012】
本実験室では、スピラマイシン産生菌S.spiramyceticus 1941において、バイオインフォマティクス解析により、orf_5591-lrp遺伝子を発見した。当該遺伝子とS.flavidovirensのLrp/AsnCファミリー転写調節因子との相同性はそれぞれ93%/34%であった。また、S.spiramyceticusにおける正の調節遺伝子orf42(srm40の相同遺伝子)及びorf23(srm22の相同遺伝子)のプロモーター領域と、S.thermotoleransにおける正の調節遺伝子acyB2及びistの遺伝子間配列を解析したところ、いずれにもLrpの特徴的結合配列YAGHAWATTWTDCTRが含まれていることを発見した(H=Gではなく、W=A又はT、D=Cではない)。本発明の目的は、Lrp遺伝子の改変によって、スピラマイシンと、その誘導体であるカリマイシンの主成分4’’-イソバレリルスピラマイシンIIIの産生量及び比率を増加させることである。
【0013】
本発明の第1の目的は、菌株内のLrp遺伝子が不活化しており、前記菌株の保管番号がCGMCC No.16056であるスピラマイシン産生菌を提供することである。
【0014】
本発明の第2の目的は、菌株内のLrp遺伝子が不活化しており、前記菌株の保管番号がCGMCC No.16055であるカリマイシン産生菌を提供することである。
【0015】
更なる方案において、上記のスピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌のうち、上記のLrp遺伝子のヌクレオチド配列はSeq.1で示され、好ましくは、Lrpタンパク質のアミノ酸配列はSeq.2で示される。
【0016】
本発明の第3の目的は、スピラマイシン産生菌及び/又はカリマイシン産生菌の作製方法を提供することである。当該作製方法は、以下を含む。
【0017】
(1)Lrp遺伝子を不活化するための組換えベクターを作製して、スピラマイシン産生菌及び/又はカリマイシン産生菌に導入する。
【0018】
(2)Lrp遺伝子が不活化した組換え菌をスクリーニングにより取得する。
【0019】
更なる方案において、スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌のゲノムを鋳型とし、全部又は部分的にLrp遺伝子をノックアウトすることを原則に、適切な部位にプライマーを設計して、左右のアームにおける遺伝子断片をPCR増幅し、ノックアウトベクターにクローニングすることで組換えベクターを作製し、これをスピラマイシン産生菌及び/又はカリマイシン産生菌に導入して、Lrp遺伝子が不活化した組換え菌を耐性及び継代スクリーニングにより取得する。
【0020】
本発明の第4の目的は、スピラマイシンの産生量の増加におけるスピラマイシン産生菌の応用を提供することであり、スピラマイシン産生菌におけるLrp遺伝子が不活化している。
【0021】
本発明の第5の目的は、カリマイシンの成分IIIの産生量増加におけるカリマイシン産生菌の応用を提供することであり、カリマイシン産生菌におけるLrp遺伝子が不活化している。
【0022】
本発明の第6の目的は、スピラマイシン及び/又はカリマイシンの成分IIIの産生量を増加させる方法を提供することである。当該方法は、以下を含む。
【0023】
(1)スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌の染色体上のLrp遺伝子を改変してLrp遺伝子を不活化させる。
【0024】
(2)ステップ(1)で改変したスピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌を用いて発酵生産を行う。
【0025】
好ましい方案において、スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌におけるLrp遺伝子を不活化したあと、スピラマイシン生合成経路関連遺伝子、アラニン生合成経路関連遺伝子、及びアシルCoA代謝経路関連遺伝子の発現を向上させることで、スピラマイシン及び/又はカリマイシンの成分IIIの産生量を増加させる。
【0026】
更なる方案において、改変したスピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌を種培養、発酵培養したあとに発酵液を抽出し、取得した発酵生成物をHPLCで測定分析する。
【0027】
更なる方案において、上記のLrp遺伝子の不活化には、挿入、突然変異、部分的なノックアウト又は全部のノックアウトが含まれる。
【発明の効果】
【0028】
上記の技術方案を用いることで、本発明は従来技術と比較して以下の有益な効果を有する。
【0029】
本発明では、スピラマイシン産生菌又はカリマイシン産生菌の染色体上のLrp遺伝子を改変してLrp遺伝子を不活化させることで、スピラマイシン生合成経路関連遺伝子の発現が促進され、アラニン生合成経路関連遺伝子が高発現してスピラマイシンの成分IIIの前駆体-プロピオニル基の供給が増加し、アシルCoA代謝経路関連遺伝子の発現が向上してスピラマイシンの巨大ラクトン環の形成における脂肪酸鎖の合成が促進される。これにより、スピラマイシンの産生量が増加するとともに、その誘導体であるカリマイシンの主成分4’’-イソバレリルスピラマイシンIIIの産生量と比率も大幅に増加する。
【0030】
以下に、図面を組み合わせて、本発明の具体的実施形態につき更に詳細に述べる。
【0031】
図面は、本発明の一部として本発明の更なる理解のために用いられる。また、本発明の概略的実施例及びその説明は本発明の解釈のために用いられるが、本発明を不当に限定するものではない。なお、言うまでもなく、以下で記載する図面は実施例の一部にすぎず、当業者であれば、創造的労働を要することなくこれらの図面から更にその他の図面を得ることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】
図1は、Lrpタンパク質が有すると考えられる3次元構造である。
【
図2】
図2は、精製したLrpタンパク質のSDS-PAGE電気泳動図であり、図中の1は誘導前菌体、2は誘導後菌体、3は誘導後沈殿、4は誘導後上清、5は精製後タンパク質、MはProtein Makerである。
【
図3】
図3は、Lrpタンパク質と、プロモーター領域Porf42、Porf23及びPist-acyB2との結合のEMSA解析であり、図中のC1はPorf42-Lrp複合体、C2はPorf23-Lrp複合体、C3はPist-acyB2-Lrp複合体、Nは非特異性対照DNA(pQE9ベクター上の配列)である。
【
図4】
図4は、△lrp-SP変異株のPCR検証であり、図中の1はS.spiramyceticus 1941原株、2は△lrp-SP変異株、MはDNAマーカーである。
【
図5】
図5は、HPLC測定の測定結果を示す図であり、図中のAは、△lrp-SP変異株の発酵生成物スピラマイシンSPの含有量のHPLC測定、Bは、△lrp-BT変異株の発酵生成物カリマイシンBTのHPLC測定である。
【
図6】
図6は、△lrp-SP変異株のqPCR解析であり、横座標のcomp4553_c0_seq2遺伝子はマクロライド系抗生物質の生合成経路に関連しており、comp9112_c0_seq1遺伝子はアラニンの生合成経路に関連しており、comp8771_c0_seq1遺伝子はアシルCoAの代謝経路に関連しており、縦座標は遺伝子発現定量分析の相対値を示している。
【発明を実施するための形態】
【0033】
説明すべき点として、これらの図面及び文字記載は何らかの方式で本発明の構想の範囲を制限するとの意図ではなく、特定の実施例を参照して当業者に本発明の概念を説明するためのものである。
【0034】
本発明における実施例の目的、技術方案及び利点をより明確とすべく、以下では、本発明の実施例にかかる図面を組み合わせて、実施例の技術方案につき明瞭簡潔に述べる。なお、以下の実施例は本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を制限するものではない。
【実施例1】
【0035】
大腸菌におけるLrpタンパク質の発現及び精製
【0036】
プライマーlrp-F及びlrp-R(表1参照)を用い、S.spiramyceticus 1941原株(唐莉他、生物工程学報1991、124-131)の総DNAを鋳型として、PCRによりLrp遺伝子断片を取得し、これをpQE9ベクター(上海君瑞生物技術有限公司から購入)にクローニングした。そして、そのN末端にHis6タグを結合し、pQE9-lrp組換えプラスミドを作製した。続いて、これをE.coli BL21(DE3)(北京全式金生物技術有限公司)に形質転換した。形質転換体はLB培地で培養し、0.5mMのIPTG、16℃で8~10h発現誘導した。そして、His6タグを結合したLrpタンパク質をNi
2+-NTAカラム(キアゲン(QIAGEN)社)を用いて精製した。Lrpタンパク質が有すると考えられる3次元構造を
図1に示す。また、精製したタンパク質をSDS-PAGEで測定したところ、結果は
図2に示す通りとなった。
【0037】
【実施例2】
【0038】
ゲルシフト又は電気泳動移動度シフトアッセイ(Electrophoretic Mobility Shift Assay,EMSA)によって、Lrpタンパク質と、調節遺伝子ist-acyB2、orf42(srm40の相同遺伝子)及びorf23(srm22の相同遺伝子)のプロモーター領域との結合を測定した。
【0039】
対応するプライマーを用いてPCRを行い(表1参照)、ist-acyB2遺伝子間、orf42及びorf23のプロモーター領域における配列断片をそれぞれ取得した。そして、0.4ngのDNAを採取し、異なる濃度(0.4ng、1.0ng、2.0ng)のLrpタンパク質と反応させた。反応は、10mM Tris-Cl(pH7.5)、50mM NaCl、1mM EDTA、4mM DTTを含む20μLの5%(v/v)グリセリン溶液内で行った。また、0.1ng/μLのpQE9ベクターにおける一部の配列を対照DNAとし、300μg/mLのアセチル化ウシ血清アルブミンを対照として、室温で20min反応させた。そして、10μLを採取し、5%ポリアクリルアミドゲル、Tris-ホウ酸-EDTA緩衝液(pH8.7)中で電気泳動させた。続いて、GelRed溶液(BioTium社)で20min染色してから水で2度洗浄し、ゲルイメージングシステム(Tanon社)を用いて走査した。
【0040】
その結果、Lrpタンパク質は、ist-acyB2、orf42及びorf23のプロモーター領域とそれぞれ結合可能であり(
図3)、Lrpタンパク質が転写調節因子であることが示された。これより、Lrpタンパク質は、スピラマイシン
(SP)又はカリマイシン
(BT)の生合成における正の調節遺伝子acyB2、orf42及びorf23を調節可能であり、BT又はSPの生合成経路に影響を及ぼすと推測された。
【実施例3】
【0041】
lrp遺伝子欠損スピラマイシン産生菌△lrp-SP変異株の作製
【0042】
スピラマイシンの調節遺伝子に対するLrpの作用と、スピラマイシンの生合成に対するLrpの影響を研究するために、CRISPR-cas9ストレプトマイセス属遺伝子編集システム(Huang et al.Acta Biochim Biophys Sin(Shanghai),2015,47(4):231-243)及びオーバーラップPCR手法を用いて、Lrp遺伝子を327bp削除した。次に、設計したプライマーlrp-AF、lrp-109LysR、プライマーlrp-109LysF、lrp-ARを用い、Lrp遺伝子の左右のアームにおける1.3kb及び1.0kbのDNA断片をそれぞれ増幅した。そして、これら2つの断片をオーバーラップPCRで連結し、酵素切断部位XbaI及びHindIIIでpKCcas9dOベクターにクローニングすることで(Huang,et al.,Acta Biochim Biophys Sin(Shanghai),2015,47(4):231-243)、組換えベクターpKC-lrpLRを取得した。
【0043】
続いて、作製した組換えベクターをS.spiramyceticus 1941に形質転換し、継代及び耐性スクリーニングによって突然変異株を選別したあと、PCR及びシーケンシングにより検証を行った。その結果、
図4に示すように、Lrp遺伝子が確かに切断されたことで、△lrp-SP変異株の作製に成功したことが証明された。
【0044】
本出願で作製した△lrp-SP変異株は、Lrp遺伝子を欠損したスピラマイシン産生菌であり、Streptomyces spiramyceticusと分類及び命名するとともに、2018年7月16日に中国微生物菌種保蔵管理委員会普通微生物中心に提出し、保管した。なお、住所は北京市朝陽区北辰西路1号院3号、保管番号はCGMCC No.16056である。
【0045】
本実施例で使用した方法は本発明の内容を説明するためのものに過ぎず、本発明はこれに限らない。本発明を実施するために、当業者は、分子生物学における汎用技術を応用して、スピラマイシン及びカリマイシン産生菌のゲノムを鋳型とし、Lrpの遺伝子構造を破壊することを原則に、適切な部位に2対のプライマーを設計して、左右のアームにおける遺伝子断片をPCR増幅し、ベクターにクローニングすることで、組換えベクターを作製することが可能である。そして、この組換えベクターを遺伝子相同組換えによって産生菌に導入することで、Lrp遺伝子破壊変異株が得られる。
【実施例4】
【0046】
Lrp遺伝子欠損カリマイシン産生菌△lrp-BT株の作製
【0047】
△lrp-SP変異株によりカリマイシンを合成可能とするために、pSET-ermE*p-istプラスミド(張家瑚他、生物工程学報、2014、30(9):1390-1400)を△lrp-SP変異株に形質転換するとともに、S.spiramyceticus 1941原株に形質転換して、Lrp遺伝子を欠損したカリマイシン産生菌△lrp-BTと、その対照株S.spiramyceticus 1941-BTを取得した。
【0048】
本出願で作製した△lrp-BT変異株は、Lrp遺伝子を欠損したカリマイシン産生菌であり、Streptomyces spiramyceticusと分類及び命名するとともに、2018年7月4日に中国微生物菌種保蔵管理委員会普通微生物中心に提出し、保管した。なお、住所は北京市朝陽区北辰西路1号院3号、保管番号はCGMCC No.16055である。
【0049】
本発明は、カリマイシン産生菌(中国特許第ZL97104440.6号、第ZL021487711.5号)において、実施例3で記載した汎用の方法をそのまま用い、Lrp遺伝子を破壊することで、△lrp-BT株を取得してもよい。
【実施例5】
【0050】
△lrp-SP及び△lrp-BT変異株の発酵生成物の産生量及び成分測定
【0051】
変異株と、対照株である原株の胞子を30ml/250mlのフラスコに移植し、TSB(Kieser T et al.2000,Practical Streptomyces genetics,P412)培地を用いて、28℃で48h種培養したあと、30℃で6d発酵培養した。次に、適量の発酵培地を採取し、10000rpmで10min遠心分離し、上清を定量採取して酢酸エチルで抽出した。抽出後の沈殿は等量のアセトニトリルで溶解し、0.22μmの有機相フィルタで濾過したあと、HPLC測定を行った。測定条件としては、アジレント社製高速液体クロマトグラフ(1200Series)を用い、クロマトグラフィーカラムをYMC-Triart C18、5μm、4.6mm×250mm、流動相を100%アセトニトリル:10mMの酢酸アンモニウム(pH8.0)=1:1、流速を1mL/min、測定波長を232nmとした。そして、ピーク面積でSP及びBTの成分含有量を定量分析した。
【0052】
変異株△lrp-SP及び△lrp-BTと、原株S.spiramyceticus 1941及び1941-BTを発酵させて抽出したあと、HPLC測定を行ったところ、結果は
図5に示す通りとなった。なお、液相のピーク面積分析データについては表2を参照する。
【0053】
【0054】
結果から明らかなように、△lrp-SP変異株のSP産生量は原株の76.3%から81.5%まで上昇した。また、SPIIIが占める割合は、S.spiramyceticus 1941よりも大幅に増加し、原株の24.4%から33.0%まで上昇した。つまり、1.37倍上昇した。一方、△lrp-BT変異株のISP総産生量はS.spiramyceticus 1941-BT変異株よりも高く、原株の17.7%から18.9%まで上昇した。また、ISPIIIが占める割合は著しく増加し、原株の4.2%から8.4%まで上昇した。つまり、成分ISPIIIの産生量は2倍上昇した。2種類の変異株の結果が一致していたことから、Lrpタンパク質のドメインの破壊により成分IIIの産生量を増加させられることが確かに実証された。
【実施例6】
【0055】
△lrp-SP変異株におけるアミノ酸含有量の測定
【0056】
lrp遺伝子の破壊がアミノ酸代謝に及ぼす影響を測定するために、本実施例では、△lrp-SP変異株とS.spiramyceticus 1941対照株についてアミノ酸測定を行った。測定方法は、次の通りであった。(1)標準曲線の作製:アミノ酸混合標準液を外部標準として用いた。(2)100mgの微生物を5mLチューブに採取し、5個のスチールボールを投入して、液体窒素により5min凍結保存した。これをハイスループット組織破砕装置に投入し、70Hzで1min動作させた。次に、1600μL(1:50)の希塩酸を投入したあと、30s渦動及び振蕩してから、400μLの50ppmノルバリン(50μg/mL)を内部標準として加え、30s渦動及び振蕩した。これを超音波装置に投入して室温で30min処理し、750μLのクロロホルムを加えて1min渦動及び振蕩した。続いて、12000rpm、4℃で10min遠心分離し、上清液を500μL採取して、新しい1.5mL遠沈管に移した。そして、サンプルを真空遠心濃縮機で濃縮した。これに90μLのメトキシ溶液(15mg/mL、ピリジンに溶解)を加え、30s渦動及び振蕩して、37℃の条件で2h反応させた。最後に、60μLのBSTFA試薬(1%のクロロトリメチルシランを含有)を加え、37℃の条件で90min反応させたあと、12000rpm、4℃で10min遠心分離し、上清液を採取してテストボトルに投入した。測定機器はアジレント社製7890A/5975Cガスクロマトグラフ質量分析計とした。(3)クロマトグラフィーによるアミノ酸測定条件:クロマトグラフィーカラムとして、HP-5MS毛細管カラム(5% phenyl methyl silox:30mx250μm i.d.、0.25-μm、アジレント J&W scientific、フォルサム、カルフォルニア)を用い、スプリット注入を行った。注入量は1μL、スプリット比は20:1であった。また、注入口の温度は250℃、イオン源の温度は230℃、インターフェースの温度は250℃、四重極の温度は150℃であった。手順の昇温開始温度は70℃とし、2min維持したあと、10℃/minで300℃まで昇温してから5min維持した。総動作時間は30minであった。また、キャリアガスはヘリウムガスとした。キャリアガスの流速は1mL/minとし、溶媒は4min遅延させた。また、MS条件を、電子衝撃イオン(EI)源、フルスキャン及びSIMスキャン方式、電子エネルギー70eVとした。
【0057】
スピラマイシンの生合成に関連する主要なアミノ酸含有量データの結果を表3に示す。表3より、△lrp-SP変異株の細胞内における分枝鎖アミノ酸(Val、Leu及びIle)の含有量は、S.spiramyceticus 1941原株よりも明らかに低下していた。
【0058】
【実施例7】
【0059】
△lrp-SP変異株におけるスピラマイシン生合成関連遺伝子の発現についてのqPCR測定
【0060】
qPCRによって、スピラマイシンの生合成経路に関連するcomp4553_c0_seq2遺伝子、アラニンの生合成経路に関連するcomp9112_c0_seq1遺伝子、及び、アシルCoAの代謝経路に関連するcomp8771_c0_seq1遺伝子の発現状況を検証した。リアルタイム定量PCRには、Light Cycler 96(ロシュ社)を用いて測定を行った。対応する菌株はTSB液体培地で60h成長させたあと、菌体を遠心分離にかけて菌糸体を収集し、P-Bufferで2回洗浄した。次に、細菌総RNA抽出試薬キット(Bacterial total RNA extraction kit)(天根生化科技有限公司)を用いて抽出し、DNAaseI(北京全式金生物技術有限公司)を用いて総RNA内の残留DNAを除去した。続いて、Star Script II First-strand cDNA Synthesis Kit(GenStar,康潤生物社)試薬キットで総RNAを逆転写し、cDNAを合成した。そして、qPCR検査試薬キット(Faststart Essential DNA Green Master,ロシュ社)を用い、遺伝子発現の定量測定を行った。反応条件は下記の通りとした。
【0061】
【0062】
アニーリング温度は、プライマーのTm値の違いによって適切に調整した。
【0063】
融解条件:
95℃ 10s
65℃ 60s
97℃ 1s
【0064】
結果は、
図6に示したように、対照株と比較して、△lrp-SP変異株におけるcomp8771_c0_seq1遺伝子の発現量は5.72倍上昇し、comp9112_c0_seq1遺伝子の発現量は11.47倍上昇し、comp4553_c0_seq2遺伝子の発現量は6.34倍上昇した。
【0065】
Lrp遺伝子の欠損により、スピラマイシン生合成経路関連遺伝子の発現が促進されること、アラニン生合成経路関連遺伝子が高発現してスピラマイシンの成分IIIの前駆体-プロピオニル基の供給が増加すること、アシルCoA代謝経路関連遺伝子の発現が向上してスピラマイシンの巨大ラクトン環の形成における脂肪酸鎖の合成が促進されること、がqPCRによって実証された。上記より、Lrp遺伝子がスピラマイシンの生合成、特に、成分IIIの合成に関連することを理論的に証明することができた。
【0066】
以上は本発明の好ましい実施例にすぎず、本発明を何らかの形式に制限するものではない。本発明については好ましい実施例によって上記のように開示したが、本発明を限定するものではない。本発明の技術方案を逸脱しない範囲において、当業者が上記で提示した技術内容を用いて実施可能なわずかな変形或いは補足は、同等に変形された等価の実施例とみなされ、いずれも本発明の技術方案の内容を逸脱するものではない。また、本発明の技術的本質に基づいて上記の実施例に加えられる任意の簡単な修正、同等の変形及び補足は、いずれも本発明の方案の範囲内とされる。
【受託番号】
【0067】
CGMCC No.16055及びCGMCC No.16056
【配列表】