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特許7406959複合素材、炭素繊維強化成形体及び複合素材の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-20
(45)【発行日】2023-12-28
(54)【発明の名称】複合素材、炭素繊維強化成形体及び複合素材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D06M 11/74 20060101AFI20231221BHJP
   B29C 70/16 20060101ALI20231221BHJP
   D06M 10/02 20060101ALI20231221BHJP
【FI】
D06M11/74
B29C70/16
D06M10/02 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019210010
(22)【出願日】2019-11-20
(65)【公開番号】P2021080609
(43)【公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-11-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000111085
【氏名又は名称】ニッタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002675
【氏名又は名称】弁理士法人ドライト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小向 拓治
(72)【発明者】
【氏名】鬼塚 麻季
【審査官】藤原 敬士
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-194165(JP,A)
【文献】特開2008-201626(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0230634(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 10/00 - 11/84
B29C 70/16
D06M 16/00
D06M 19/00 - 23/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の連続した炭素繊維を有する炭素繊維束と、
複数のカーボンナノチューブで構成され、前記カーボンナノチューブ同士が直接接触したネットワーク構造を形成するとともに、前記炭素繊維の表面に付着する前記カーボンナノチューブが前記炭素繊維の表面に直接付着して、前記炭素繊維のそれぞれに形成された構造体と
を備え、
前記カーボンナノチューブは、屈曲部を有する曲がった形状であり、
前記構造体は、厚さが50nm以上200nm以下の範囲内であり、前記複数のカーボンナノチューブで構成された空隙部を有する不織布状に形成された三次元的なメッシュ構造を有する
ことを特徴とする複合素材。
【請求項2】
前記複数のカーボンナノチューブの表面にサイジング剤が固着しており、前記サイジング剤の体積は前記複数のカーボンナノチューブの体積に対して30%以下であり、前記空隙部を閉塞しないように固着していることを特徴とする請求項1に記載の複合素材。
【請求項3】
屈曲部を有する曲がった形状の複数のカーボンナノチューブが分散された分散液に超音波振動を印加する超音波工程と、
超音波振動が印加されている前記分散液に複数の連続した炭素繊維を有する炭素繊維束を浸漬し、前記炭素繊維に前記複数のカーボンナノチューブを付着させて、前記炭素繊維のそれぞれの表面に構造体を形成する付着工程と
を有し、
前記付着工程は、前記炭素繊維束を開繊して浸漬し、前記炭素繊維を前記分散液中で走行させ、前記炭素繊維が走行する前記分散液の液面からの深さをD、前記超音波工程によって前記分散液中に生じる超音波振動の定在波の波長をλとし、nを1以上の整数としたときに、n・λ/2-λ/8≦D≦n・λ/2+λ/8を満たす
ことを特徴とする複合素材の製造方法。
【請求項4】
複数の連続した炭素繊維を有する炭素繊維束と、
前記炭素繊維束に含浸した状態で硬化しているマトリックス樹脂と、
屈曲部を有する曲がった形状の複数のカーボンナノチューブで構成され、前記カーボンナノチューブ同士が直接接触したネットワーク構造を形成するとともに、前記炭素繊維の表面に付着する前記カーボンナノチューブが前記炭素繊維の表面に直接付着して、前記炭素繊維のそれぞれに形成された構造体、及びこの構造体に含浸した状態で硬化している前記マトリックス樹脂からなり、厚さが50nm以上200nm以下の範囲内である複合領域と、
前記炭素繊維間の前記複合領域の一部が互いに固着して炭素繊維同士を架橋する架橋部と
を備え
前記構造体は、前記複数のカーボンナノチューブで構成された空隙部を有する不織布状に形成された三次元的なメッシュ構造を有し、前記複合領域では、前記空隙部に前記マトリックス樹脂が含浸している
ことを特徴とする炭素繊維強化成形体。
【請求項5】
ISO14577に準拠して測定される前記複合領域のマルテンス硬さが前記マトリックス樹脂のマルテンス硬さに対して10%以上大きいことを特徴とする請求項に記載の炭素繊維強化成形体。
【請求項6】
ISO14577に準拠して測定される前記複合領域の塑性変形量が、前記マトリックス樹脂の塑性変形量の70%以下であることを特徴とする請求項に記載の炭素繊維強化成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合素材、炭素繊維強化成形体及び複合素材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維と、その炭素繊維の表面に付着した複数のカーボンナノチューブ(以下、CNTと称する)で構成された構造体を有する複合素材が提案されている(例えば、特許文献1)。複合素材の構造体は、複数のCNTが互いに接続されたネットワーク構造を形成しているとともに、炭素繊維の表面に付着している。こうした複合素材を強化繊維として樹脂を強化した炭素繊維強化成形体は、炭素繊維を含むことにより樹脂単体よりも高い強度や剛性が得られるとともに、CNTに由来して、電気導電性、熱伝導性、機械的特性が向上する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-76198号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
炭素繊維強化成形体は、航空機、自動車、一般産業、スポーツ用品など、様々な分野に用途が拡大している。こうした炭素繊維強化成形体においては、機械的特性等に対する要求は、より一層高いものとなってきている。このため、炭素繊維の表面に複数のCNTが付着した複合素材においても、CNTに由来して特性をより高めることができるものが望まれている。
【0005】
本発明は、炭素繊維に付着したCNTに由来して特性をより高めることができる複合素材、これを用いた炭素繊維強化成形体及び複合素材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の複合素材は、複数の連続した炭素繊維を有する炭素繊維束と、複数のカーボンナノチューブで構成され、前記カーボンナノチューブ同士が直接接触したネットワーク構造を形成するとともに、前記炭素繊維の表面に付着する前記カーボンナノチューブが前記炭素繊維の表面に直接付着して、前記炭素繊維のそれぞれに形成された構造体とを備え、前記カーボンナノチューブを、屈曲部を有する曲がった形状とし、前記構造体を、厚さが50nm以上200nm以下の範囲内としたものである。
【0007】
本発明の複合素材の製造方法は、屈曲部を有する曲がった形状の複数のカーボンナノチューブが分散された分散液に超音波振動を印加する超音波工程と、超音波振動が印加されている前記分散液に複数の連続した炭素繊維を有する炭素繊維束を浸漬し、前記炭素繊維に前記複数のカーボンナノチューブを付着させて、前記炭素繊維のそれぞれの表面に構造体を形成する付着工程とを有し、前記付着工程は、前記炭素繊維束を開繊して浸漬し、前記炭素繊維を前記分散液中で走行させ、前記炭素繊維が走行する前記分散液の液面からの深さをD、前記超音波工程によって前記分散液中に生じる超音波振動の定在波の波長をλとし、nを1以上の整数としたときに、n・λ/2-λ/8≦D≦n・λ/2+λ/8を満たすものである。
【0008】
本発明の炭素繊維強化成形体は、複数の連続した炭素繊維を有する炭素繊維束と、前記炭素繊維束に含浸した状態で硬化しているマトリックス樹脂と、屈曲部を有する曲がった形状の複数のカーボンナノチューブで構成され、前記カーボンナノチューブ同士が直接接触したネットワーク構造を形成するとともに、前記炭素繊維の表面に付着する前記カーボンナノチューブが前記炭素繊維の表面に直接付着して、前記炭素繊維のそれぞれに形成された構造体、及びこの構造体に含浸した状態で硬化している前記マトリックス樹脂からなり、厚さが50nm以上200nm以下の範囲内である複合領域と、前記炭素繊維間の前記複合領域の一部が互いに固着して炭素繊維同士を架橋する架橋部とを備えるものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、炭素繊維束の炭素繊維に付着しているカーボンナノチューブが屈曲部を有する曲がった形状として、厚さが50nm以上200nm以下の範囲内の構造体を有するものであるため、マトリクス樹脂が構造体に含浸して硬化した複合領域同士の結合による架橋が多くなり、カーボンナノチューブに由来して特性をより高めることができる。
【0010】
本発明によれば、炭素繊維を所定の条件を満たす深さで分散液中で走行させると、不織布の繊維のごとく編み込まれたような構造で、屈曲部を有する曲がった形状のカーボンナノチューブを炭素繊維束の炭素繊維の表面に付着させて複合素材が製造されるので、炭素繊維に付着するカーボンナノチューブの本数をより多くすることができ、カーボンナノチューブに由来して特性をより高めた複合素材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施形態に係る複合素材の構成を示す説明図である。
図2】CNTへのサイジング剤の付着状態を示す説明図である。
図3】CNT同士が接触している接触部におけるサイジング剤の付着状態を示す説明図である。
図4】炭素繊維にCNTを付着する付着装置の構成を示す説明図である。
図5】ガイドローラ上で開繊された状態の炭素繊維束を示す説明図である。
図6】分散液中における炭素繊維の通過位置を示す説明図である。
図7】プリプレグの構成を模式的に示す説明図である。
図8】炭素繊維強化成形体を模式的に示す説明図である。
図9】炭素繊維が架橋した状態を示す説明図である。
図10】複合領域の硬さを測定するための測定片を示す説明図である。
図11】測定片の作製手順を示す説明図である。
図12】実施例に用いた材料CNTの曲がった状態を示すSEM写真である。
図13】サイジング剤がCNTの表面に付着した状態の構造体の表面を示すSEM写真である。
図14】CNTの表面に付着したサイジング剤の状態を拡大して示すSEM写真である。
図15】CNTが形成する一部の空隙部がサイジング剤で閉塞された構造体の表面を示すSEM写真である。
図16】炭素繊維の表面に形成された構造体を示す炭素繊維の断面のSEM写真である。
図17】構造体を拡大して示す炭素繊維の断面のSEM写真である。
図18】炭素繊維強化成形体の断面を示すSEM写真である。
図19】複合領域同士が結合した部分の断面を示すSEM写真である。
図20】曲げ疲労特性の評価に用いた試験片を示す斜視図である。
図21】曲げ疲労特性の測定に用いた装置を示す斜視図である。
図22】試験時における試験片の曲げ状態を示す説明図である。
図23】繰返し数と応力振幅の関係を示すグラフである。
図24】繰り返し周波数が1Hzのときの曲げひずみと曲げ応力の関係を示すグラフである。
図25】繰り返し周波数が10Hzのときの曲げひずみと曲げ応力の関係を示すグラフである。
図26】繰り返し周波数が20Hzのときの曲げひずみと曲げ応力の関係を示すグラフである。
図27】実施例3及び比較例2の押し込み硬さの違いを示すグラフである。
図28】実施例3及び比較例2の各測定片の平均の負荷曲線及び除荷曲線を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[複合素材]
図1において、複合素材10は、複数の連続した炭素繊維11をまとめた炭素繊維束12を含む。各炭素繊維11の表面には、それぞれ構造体14が形成されており、構造体14には、サイジング剤15(図2参照)が付着している。
【0013】
炭素繊維束12を構成する炭素繊維11は、実質的に互いに絡まり合うことなく各炭素繊維11の繊維軸方向が揃っている。繊維軸方向は、炭素繊維11の軸の方向(延びた方向)である。この例では、炭素繊維束12は、1万2千本の炭素繊維11から構成されている。炭素繊維束12を構成する炭素繊維11の本数は、特に限定されないが、例えば1万以上10万本以下の範囲内とすることができる。なお、図1では、図示の便宜上、十数本のみの炭素繊維11を描いてある。
【0014】
炭素繊維束12中における炭素繊維11の絡まり合いは、炭素繊維11の乱れの程度によって評価することができる。例えば、走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)により炭素繊維束12を一定倍率で観察して、観察される範囲(炭素繊維束12の所定長さの範囲)における、所定の本数(例えば10本)の炭素繊維11の長さを測定する。この測定結果から得られる所定の本数の炭素繊維11についての長さのばらつき、最大値と最小値との差、標準偏差に基づいて、炭素繊維11の乱れの程度を評価することができる。また、炭素繊維11が実質的に絡まり合っていないことは、例えば、JIS L1013:2010「化学繊維フィラメント糸試験方法」の交絡度測定方法に準じて交絡度を測定して判断することもできる。測定された交絡度が小さいほど、炭素繊維束12における炭素繊維11同士の絡まり合いは少ないことになる。
【0015】
炭素繊維11同士が実質的に互いに絡まり合っていない、あるいは絡まり合いが少ない炭素繊維束12は、炭素繊維11を均一に開繊しやすい。これにより、各炭素繊維11にCNT17を均一に付着させやすく、またプリプレグまたは炭素繊維強化成形体を製造する際に、炭素繊維束12に樹脂が均一に含浸し、炭素繊維11のそれぞれが強度に寄与する。
【0016】
炭素繊維11は、特に限定されず、ポリアクリルニトリル、レーヨン、ピッチなどの石油、石炭、コールタール由来の有機繊維の焼成によって得られるPAN系、ピッチ系のもの、木材や植物繊維由来の有機繊維の焼成によって得られるもの等を用いることができる。また、炭素繊維11の直径についても、特に限定されず、直径が約5μm以上20μm以下の範囲内のものを好ましく用いることができ、5μm以上10μm以下の範囲内のものをより好ましく用いることができる。炭素繊維11は、長尺なものが用いられ、その長さは、50m以上が好ましく、より好ましくは100m以上100000m以下の範囲内、さらに好ましくは100m以上10000m以下の範囲内である。なお、プリプレグ、炭素繊維強化成形体としたときに、炭素繊維11が短く切断されていてもかまわない。
【0017】
上述のように炭素繊維11の表面には、構造体14が形成されている。構造体14は、複数のカーボンナノチューブ(以下、CNTと称する)17が絡み合ったものである。構造体14を構成するCNT17は、炭素繊維11の表面のほぼ全体で均等に分散して絡み合うことで、複数のCNT17が互いに絡み合った状態で接続されたネットワーク構造を形成する。ここでいう接続とは、物理的な接続(単なる接触)と化学的な接続とを含む。CNT17同士は、それらの間に界面活性剤などの分散剤や接着剤等の介在物が存在することなく、CNT17同士が直接に接触する直接接触である。
【0018】
構造体14を構成する一部のCNT17は、炭素繊維11の表面に直接付着して固定されている。これにより、炭素繊維11の表面に構造体14が直接付着している。CNT17が炭素繊維11の表面に直接付着するとは、CNT17と炭素繊維11の表面との間に界面活性剤等の分散剤や接着剤等が介在することなく、CNT17が炭素繊維11に直接に付着していることであり、その付着(固定)はファンデルワールス力による結合によるものである。構造体14を構成する一部のCNT17が炭素繊維11の表面に直接付着していることにより、分散剤や接着剤等が介在せずに、直接に炭素繊維11の表面に構造体14が接触する直接接触した状態になっている。
【0019】
また、構造体14を構成するCNT17には、炭素繊維11の表面に直接接触せず、他のCNT17と絡むことで炭素繊維11に固定されているものもある。さらに、炭素繊維11の表面に直接付着するとともに他のCNT17と絡むことで炭素繊維11に固定されているものもある。以下では、これら炭素繊維11へのCNT17の固定をまとめて炭素繊維11への付着と称して説明する。なお、CNT17が絡むまたは絡み合う状態には、CNT17の一部が他のCNT17に押え付けられている状態を含む。
【0020】
構造体14を構成するCNT17は、上記のように炭素繊維11の表面に直接付着する他に、炭素繊維11の表面に直接接触していないが他のCNT17と絡み合うこと等で炭素繊維11に固定されるものがある。このため、この例の構造体14は、従来の複合素材の構造体のように炭素繊維の表面に直接付着したCNTだけで構成されるよりも多くのCNT17で構成される。すなわち、炭素繊維11へCNT17が付着する本数が従来のものよりも多くなっている。
【0021】
上記のように、複数のCNT17が互いの表面に介在物無しで互いに接続されて構造体14を構成しているので、複合素材10は、CNT由来の電気導電性、熱伝導性の性能を発揮する。また、CNT17が炭素繊維11の表面に介在物無しで付着しているので、構造体14を構成するCNT17は、炭素繊維11の表面から剥離し難く、複合素材10及びそれを含む炭素繊維強化成形体は、その機械的強度が向上する。
【0022】
後述するように炭素繊維強化成形体では、構造体14が形成された複数の炭素繊維11で構成される炭素繊維束12にマトリックス樹脂が含浸し硬化している。構造体14にマトリックス樹脂が含浸するので、各炭素繊維11の構造体14が炭素繊維11の表面とともにマトリックス樹脂に固定される。これにより、各炭素繊維11がマトリックス樹脂に強固に接着した状態になり、複合素材10とマトリックス樹脂との剥離強度が向上する。また、このようなマトリックス樹脂との接着が複合素材10の全体にわたることで、炭素繊維強化成形体の全体で繊維強化の効果が得られる。
【0023】
また、炭素繊維強化成形体に外力が与えられて、その内部に変位が生じた時には、炭素繊維強化成形体内部の炭素繊維11に変位が生じる。炭素繊維11の変位により、構造体14に伸びが生じ、そのCNT17のネットワーク構造により、拘束効果が得られる。これにより、CNTの特性が発揮されて炭素繊維強化成形体の弾性率が高められる。
【0024】
さらには、炭素繊維強化成形体内の各炭素繊維11の周囲には、構造体14を構成するCNT17にマトリックス樹脂が含浸して硬化した領域(以下、複合領域という)18(図9参照)が形成されている。この複合領域18は、外部からの機械的エネルギーを効率的に吸収する。すなわち、炭素繊維11間で振動等のエネルギーが伝搬する場合には、その伝搬する振動のエネルギーがそれぞれの炭素繊維11の周囲の複合領域18の摩擦によって吸収されて減衰する。この結果、炭素繊維強化成形体の例えば振動減衰特性(制振性)が向上する。
【0025】
複数の炭素繊維11にそれぞれ形成された構造体14は、互いに独立した構造であり、一の炭素繊維11の構造体14と他の炭素繊維11の構造体14は、同じCNT17を共有していない。すなわち、一の炭素繊維11に設けられた構造体14に含まれるCNT17は、他の炭素繊維11に設けられた構造体14に含まれない。
【0026】
図2に示すように、サイジング剤15は、構造体14を構成するCNT17の表面に固着している。サイジング剤15は、CNT17の表面を覆っており、CNT17同士が接触している接触部では、その接触部を包み覆う包含部15aを形成している。この包含部15aにより、CNT17同士が接触している状態をより強固なものとし、構造体14をより崩壊し難くしている。
【0027】
また、構造体14では、複数本のCNT17によって、それらが囲む空隙部(メッシュ)19を形成するが、構造体14内へのマトリックス樹脂の含浸を妨げないために、サイジング剤15は、その空隙部19を閉塞しないようにすることが好ましく、この例でもそのようにしている。空隙部19を閉塞しないようにするために、サイジング剤15は、その体積が構造体14のCNT17の体積に対して30%以下とすることが好ましい。
【0028】
図3に示すように、包含部15aでは、サイジング剤15は、接触しているCNT17同士の間に入り込まない状態で各CNT17に固着しているため、CNT17の接触部におけるCNT17同士が直接接触している。サイジング剤15は、反応硬化性樹脂、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂の硬化物、あるいは未硬化物からなる。サイジング剤15は、サイジング処理を施して形成される。
【0029】
なお、サイジング剤15は、CNT17の表面に形成されたものであり、構造体14の内部に入り込んで炭素繊維11にCNT17を固定する後述の固定樹脂部とは異なるものである。
【0030】
炭素繊維11に付着したCNT17は、曲がった形状である。このCNT17の曲がった形状は、CNT17のグラファイト構造中に炭素の五員環と七員環等の存在により屈曲した部位(屈曲部)を有することによるものであり、SEMによる観察でCNT17が湾曲している、折れ曲がっている等と評価できる形状である。例えば、CNT17の曲がった形状は、CNT17の後述する利用範囲の平均の長さあたりに少なくとも1カ所以上に屈曲部があることをいう。このような曲がった形状のCNT17は、それが長い場合でも、曲面である炭素繊維11の表面に対して様々な姿勢で付着する。また、曲がった形状のCNT17は、それが付着した炭素繊維11の表面との間や付着したCNT17同士の間に空間(間隙)が形成されやすく、その空間に他のCNT17が入り込む。このため、曲がった形状のCNT17を用いることにより、直線性が高い形状のCNTを用いた場合に比べて、炭素繊維11に対するCNT17の付着本数(構造体14を形成するCNT17の本数)が大きくなる。
【0031】
CNT17の長さは、0.1μm以上10μm以下の範囲内であることが好ましい。CNT17は、その長さが0.1μm以上であれば、CNT17同士が絡まり合って直接接触ないしは直接接続された構造体14をより確実に形成することができるとともに、前述のように他のCNT17が入り込む空間をより確実に形成することができる。またCNT17の長さが10μm以下であれば、CNT17が炭素繊維11間にまたがって付着するようなことがない。すなわち、上述のように、一の炭素繊維11に設けられた構造体14に含まれるCNT17が他の炭素繊維11に設けられた構造体14に含まれるようなことがない。
【0032】
CNT17の長さは、より好ましくは0.2μm以上5μm以下の範囲内である。CNT17の長さが0.2μm以上であれば、CNT17の付着本数を増やして構造体14を厚くすることができ、5μm以下であれば、CNT17を炭素繊維11に付着させる際に、CNT17が凝集し難く、より均等に分散しやすくなる。この結果、CNT17がより均一に炭素繊維11に付着する。
【0033】
なお、炭素繊維11に付着するCNTとして、直線性の高いCNTが混在することや、上記のような長さの範囲外のCNTが混在することを排除するものではない。混在があっても、例えば、CNT17で形成される空間に直線性の高いCNTが入り込むことにより、炭素繊維11に対するCNTの付着本数を多くすることができる。
【0034】
CNT17は、平均直径が1nm以上15nm以下の範囲内であることが好ましく、より好ましくは3nm以上10nm以下の範囲内である。CNT17は、その直径が15nm以下であれば、柔軟性に富み、炭素繊維11の表面に沿って付着しやすく、また他のCNT17と絡んで炭素繊維11に固定されやすく、さらには構造体14の形成がより確実になる。また、10nm以下であれば、構造体14を構成するCNT17同士の結合が強固となる。なお、CNT17の直径は、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)写真を用いて測定した値とする。CNT17は、単層、多層を問わないが、好ましくは多層のものである。
【0035】
上記のようにCNT17を曲がった形状とすることで、直線性の高いCNTを用いた場合と比べて、炭素繊維11へのCNT17の付着本数を多くすることができ、構造体14の厚さを大きくできるとともに、CNT17が不織布の繊維のごとく編み込まれたような構造体14が構成される。この結果、機械的強度がより高くなることはもちろんとして、炭素繊維強化成形体に外力が与えられて、炭素繊維11が変位する場合の構造体14による拘束効果が大きく、弾性率がより高められる。また、炭素繊維11の周囲の複合領域18による機械的エネルギーの吸収効果も大きくなり、炭素繊維強化成形体の振動減衰特性がより高められる。
【0036】
向上される機械的強度のひとつとして、繰り返し曲げに対する耐久性の向上が挙げられる。上述のように、炭素繊維11の表面にCNT17が付着した複合素材10を用いた炭素繊維強化成形体では、構造体14が介在することによる剥離強度の向上の効果及び複合領域18による機械的エネルギーの吸収効果により、繰り返し曲げに対する耐久性が高められると考えられる。この剥離強度の向上及び機械的エネルギーの吸収効果が、炭素繊維11の表面に付着するCNT17の本数が増加することにともない、より高められることによって繰り返し曲げに対する耐久性がより高くなる。このような特性を有する複合素材10は、荷重が繰り返し与えられるコイルバネや板バネ等のバネ材料等として好適であり、複合素材10を含む炭素繊維強化成形体をコイルバネや板バネ等の各種バネに適用することができる。
【0037】
複合素材10を含む炭素繊維強化成形体は、詳細を後述する3点曲げ疲労試験で、応力振幅が1100MPa以上1300MPa以下の範囲内であるときに押圧時の荷重が0となるまでの押圧の繰り返し数が92000回以上1000000回以下の範囲内となることが好ましい。
【0038】
炭素繊維11に対するCNT17の付着本数は、構造体14の厚さ(炭素繊維11の径方向の長さ)で評価することができる。構造体14の各部の厚さは、例えば炭素繊維11の表面の構造体14の一部をセロハンテープ等に接着して剥離し、炭素繊維11の表面に残った構造体14の断面をSEM等で計測することで取得できる。炭素繊維11の繊維軸方向に沿った所定長さの測定範囲をほぼ均等に網羅するように、測定範囲の10カ所で構造体14の厚さをそれぞれ測定したものの平均を構造体14の厚さとする。測定範囲の長さは、例えば、上述のCNT17の長さの範囲の上限の5倍の長さとする。
【0039】
上記のようにして得られる構造体14の厚さ(平均)は、10nm以上300nm以下の範囲内、好ましくは15nm以上200nm以下の範囲内、より好ましくは50nm以上200nm以下の範囲内である。構造体14の厚さが200nm以下であれば、炭素繊維11間の樹脂の含浸性がより良好である。
【0040】
また、炭素繊維11の単位重量あたりの付着しているCNT17の重量である重量比を用いて、炭素繊維11に対するCNT17の付着状態を評価することができる。所定の長さの炭素繊維11のみの重量(以下、CF重量という)をWa、その炭素繊維11に付着しているCNT17の重量(以下、CNT重量という)をWbとしたときに、重量比Rは、「R=Wb/(Wa+Wb)」で得られる。
【0041】
CNT17は、炭素繊維11に均一に付着していることが好ましく、炭素繊維11の表面を覆うように付着していることが好ましい。炭素繊維11に対するCNT17の均一性を含む付着状態は、SEMにより観察し、得られた画像を目視により評価することができる。この場合、繊維軸方向に沿って炭素繊維11の所定の長さの範囲(例えば1cm、10cm、1mの範囲)をほぼ均等に網羅するように複数箇所(例えば10箇所)について観察して評価することが好ましい。
【0042】
また、上述の重量比を用いて、炭素繊維11に対するCNT17の付着の均一性を評価することができる。重量比Rは、0.0005以上0.01以下であることが好ましい。
重量比Rが0.0005以上であれば、炭素繊維強化成形体としたときに、上記のような構造体14による大きな拘束効果、複合領域18での機械的エネルギーの大きな吸収効果を確実に得ることができ、CNT由来の特性が向上される。重量比Rが0.01以下であれば、構造体14へのマトリックス樹脂の樹脂含浸が確実になされる。また、重量比Rが0.001以上0.01以下であることがより好ましい。重量比Rが0.001以上であれば、ほぼ全ての炭素繊維11間にて構造体14(CNT17)がより確実に機能する。重量比Rが0.01以下であれば、構造体14へのマトリックス樹脂の樹脂含浸が確実になされ、また炭素繊維強化成形体におけるマトリックス樹脂の比率が低い場合であっても構造体14がより確実に機能する。さらに、重量比Rが0.001以上0.005以下であることがさらに好ましい。0.005以下であれば炭素繊維強化成形体におけるマトリックス樹脂の比率が低い場合であっても構造体14がより確実に機能する。
【0043】
1本の炭素繊維11の長さ1mの範囲(以下、評価範囲と称する)内に設定される10点の測定部位の各重量比Rの標準偏差sが0.0005以下であることが好ましく、0.0002以下であることがより好ましい。また、標準偏差sの重量比Rの平均に対する割合は、40%以下であることが好ましく、15%以下であることがより好ましい。10点の測定部位は、評価範囲をほぼ均等に網羅するように設定することが好ましい。標準偏差sは、炭素繊維11に付着したCNT17の付着本数(付着量)、構造体14の厚さのばらつきの指標となりばらつきが小さいほど小さな値となる。したがって、この標準偏差sが小さいほど望ましい。CNT17の付着本数、構造体14の厚さのばらつきは、複合素材10及びそれを用いた炭素繊維強化成形体のCNTに由来の特性の違いとして現われる。標準偏差sが0.0005以下であれば、複合素材10及び炭素繊維強化成形体のCNTに由来の特性をより確実に発揮でき、0.0002以下であれば、CNTに由来の特性を十分かつ確実に発揮できる。なお、標準偏差sは、式(1)によって求められる。式(1)中の値nは、測定部位の数(この例ではn=10)、値Riは、測定部位の重量比であり、値Raは重量比の平均である。
【0044】
【数1】
【0045】
重量比Rは、それを求めようとする測定部位について3mm程度に炭素繊維束12(例えば12000本程度の炭素繊維11)を切り出して測定試料として、下記のようにして求める。
(1)CNT17の分散媒となる液(以下、測定液という)に測定試料を投入する。測定液としては、例えばアセトンに分散剤を入れたものを用いる。
(2)測定試料を投入する前の測定液の重量と測定試料を含む測定液の重量との差分を計測し、これを測定試料の重量、すなわち炭素繊維11のCF重量Waとその炭素繊維11に付着しているCNT17のCNT重量Wbとの和(Wa+Wb)とする。
(3)測定試料を含む測定液に超音波振動を与えて、炭素繊維11からそれに付着しているCNT17を完全に分離し、CNT17を測定液中に分散する。
(4)吸光光度計を用いて,CNT17が分散している測定液の吸光度(透過率)を測定する。吸光光度計による測定結果と、予め作成しておいた検量線とから測定液中のCNT17の濃度(以下、CNT濃度という)を求める。CNT濃度は、その値をC、測定液の重量をW1、この測定液に含まれるCNT17の重量をW2としたときに、「C=W2/(W1+W2)」で与えられる重量パーセント濃度である。
(5)得られるCNT濃度と測定試料を投入する前の測定液の重量とから測定液中のCNT17の重量(Wb)を求める。
(6)(2)で求められるCF重量WaとCNT重量Wbの和(Wa+Wb)と、CNT17の重量(Wb)とから、重量比R(=Wb/(Wa+Wb))を算出する。
【0046】
上記吸光度の測定では、分光光度計(例えば、SolidSpec-3700、株式会社島津製作所製等)を用いることができ、測定波長としては例えば500nm等を用いればよい。また、測定の際には、測定液を石英製のセルに収容することが好ましい。さらに、分散剤以外の不純物を含まない分散媒の吸光度をリファレンスとして測定し、CNT17の濃度Cは、CNT17が分散している測定液の吸光度とリファレンスとの差分を用いて求めることができる。なお、重量比Rの測定においては、炭素繊維束12から第1サイジング剤を除去したものを用いてもよく、除去しないものを用いてもよい。
【0047】
重量比Rによって均一性を評価する場合には、評価する炭素繊維束12の評価範囲(例えば、長さ1m)をほぼ均等に網羅するように10ヶ所の測定部位を設定する。これら10ヶ所の測定部位は、評価範囲の両端とその間の8カ所とし、各測定部位のそれぞれについて、上述の手順で重量比Rを求める。
【0048】
[複合素材の製造方法]
炭素繊維束12の各炭素繊維11のそれぞれにCNT17を付着させて構造体14を形成するには、CNT17が単離分散したCNT単離分散液(以下、単に分散液と称する)中に炭素繊維束12を浸漬し、分散液に機械的エネルギーを付与する。単離分散とは、CNT17が1本ずつ物理的に分離して絡み合わずに分散媒中に分散している状態をいい、2以上のCNT17が束状に集合した集合物の割合が10%以下である状態をさす。ここで集合物の割合が10%以上であると、分散媒中でのCNT17の凝集が促進され、CNT17の炭素繊維11に対する付着が阻害される。
【0049】
図4に一例を示すように、付着装置21は、CNT付着槽22、ガイドローラ23~26、超音波発生器27、炭素繊維束12を一定の速度で走行させる走行機構(図示省略)等で構成される。CNT付着槽22内には、分散液28が収容される。超音波発生器27は、超音波をCNT付着槽22の下側よりCNT付着槽22内の分散液28に印加する。
【0050】
付着装置21には、構造体14が形成されていない長尺(例えば100m程度)の炭素繊維束12が連続的に供給される。供給される炭素繊維束12は、ガイドローラ23~26に順番に巻き掛けられ、走行機構により一定の速さで走行する。付着装置21には、各炭素繊維11にサイジング剤が付着していない炭素繊維束12が供給される。なお、ここでいうサイジング剤は、炭素繊維11の絡み等を防止するために炭素繊維11の表面に付着しているものであって、上述のサイジング剤15、固定樹脂部とは異なるものである。
【0051】
炭素繊維束12は、開繊された状態でガイドローラ23~26にそれぞれ巻き掛けられている。ガイドローラ23~26に巻き掛けられた炭素繊維束12は、適度な張力が作用することで炭素繊維11が絡まり合うおそれが低減される。炭素繊維束12のガイドローラ24~26に対する巻き掛けは、より小さい巻掛け角(90°以下)とすることが好ましい。
【0052】
ガイドローラ23~26は、いずれも平ローラである。図5に示すように、ガイドローラ23のローラ長(軸方向の長さ)L1は、開繊された炭素繊維束12の幅WLよりも十分に大きくしてある。ガイドローラ24~26についても、ガイドローラ23と同様であり、それらのローラ長は、開繊された炭素繊維束12の幅WLよりも十分に大きくしてある。例えば、ガイドローラ23~26は、全て同じサイズであり、ローラ長L1が100mm、ローラの直径(外径)が50mmである。開繊された炭素繊維束12は、厚み方向(ガイドローラの径方向)に複数本の炭素繊維11が並ぶ。
【0053】
ガイドローラ23~26のうちのガイドローラ24、25は、CNT付着槽22内に配置されている。これにより、ガイドローラ24、25間では、炭素繊維束12は、分散液28中を一定の深さで直線的に走行する。炭素繊維束12の走行速度は、0.5m/分以上100m/分以下の範囲内とすることが好ましい。炭素繊維束12の走行速度が高いほど、生産性を向上させることができ、走行速度が低いほど、CNT17の均一付着に有効であり、また炭素繊維11同士の絡み合いの抑制に効果的である。また、炭素繊維11同士の絡み合いが少ないほど炭素繊維11に対するCNT17の付着の均一性を高めることができる。炭素繊維束12の走行速度が100m/分以下であれば、炭素繊維11同士の絡み合いがより効果的に抑制されるとともに、CNT17の付着の均一性をより高くできる。また、炭素繊維束12の走行速度は、5m/分以上50m/分以下の範囲内とすることがより好ましい。
【0054】
超音波発生器27は、機械的エネルギーとしての超音波振動を分散液28に印加する。これにより、分散液28中において、CNT17が分散した分散状態と凝集した凝集状態とが交互に変化する可逆的反応状態を作り出す。この可逆的反応状態にある分散液28中に炭素繊維束12を通過させると、分散状態から凝集状態に移行する際に、各炭素繊維11にCNT17がファンデルワールス力により付着する。CNT17に対する炭素繊維11の質量は、10万倍以上と大きく、付着したCNT17が脱離するためのエネルギーは、超音波振動によるエネルギーより大きくなる。このため、炭素繊維11に一度付着したCNT17は、付着後の超音波振動によっても炭素繊維11から剥がれない。なお、CNT17同士では、いずれも質量が極めて小さいため、超音波振動によって分散状態と凝集状態とに交互に変化する。
【0055】
分散状態から凝集状態への移行が繰り返し行われることで、各炭素繊維11に多くのCNT17がそれぞれ付着して構造体14が形成される。上述のように、CNT17として曲がった形状のものを用いることにより、CNT17とそれが付着した炭素繊維11の表面との間や付着したCNT17同士の間等に形成された空間に他のCNT17が入り込むことで、より多くのCNT17が炭素繊維11に付着し、構造体14が形成される。
【0056】
分散液28に印加する超音波振動の周波数は、40kHz以上950kHz以下であることが好ましい。周波数が40kHz以上であれば、炭素繊維束12中の炭素繊維11同士の絡まり合いが抑制される。また、周波数が950kHz以下であれば、炭素繊維11にCNT17が良好に付着する。炭素繊維11の絡み合いをより低減するためには、超音波振動の周波数は、100kHz以上が好ましく、130kHz以上がより好ましい。また、超音波振動の周波数は、430kHz以下がより好ましい。
【0057】
また、炭素繊維11に付着するCNT17の本数は、CNT17の分散状態から凝集状態への移行回数が65000回となることで、炭素繊維11に対するCNT17の付着の均一性を確保しながら、ほぼ最大となることを発明者らは見出した。なお、付着本数の最大値は、分散液28のCNT濃度によって変化し、分散液28のCNT濃度が高いほど大きくなる。ただし、分散液28のCNT濃度が、超音波振動を印加しているときにCNT17が分散状態をとり得ないほどの高濃度になると、炭素繊維11に対するCNT17の付着が行えなくなる。
【0058】
このため、炭素繊維束12が分散液28中を走行している期間の長さ、すなわちガイドローラ24、25の間を走行している時間(以下、浸漬時間という)が、分散液28に印加する超音波振動の周期の65000倍またはそれ以上となるように、炭素繊維束12の走行速度、炭素繊維束12が分散液28中を走行する距離(ガイドローラ24、25の間隔)、分散液28に印加する超音波振動の周波数を決めることが好ましい。すなわち、超音波振動の周波数をfs(Hz)、浸漬時間をTs(秒)としたときに、「Ts≧65000/fs」を満たすようにすることが好ましい。例えば、超音波振動の周波数が130kHz、炭素繊維束12が分散液28中を走行する距離が0.1mであれば、炭素繊維束12の走行速度を12m/分以下とすればよい。また、炭素繊維束12を複数回に分けて分散液28に浸漬する場合でも、合計した浸漬時間が超音波振動の周期の65000倍またはそれ以上とすればCNT17の付着本数をほぼ最大にできる。
【0059】
図6に模式的に示すように、超音波発生器27から印加される超音波振動によってCNT付着槽22内の分散液28には、音圧(振幅)の分布が定まった定在波が生じる。この付着装置21では、分散液28中において、超音波振動の定在波の節すなわち音圧が極小となる深さを炭素繊維束12が走行するように、ガイドローラ24、25の深さ方向の位置が調整されている。したがって、炭素繊維束12が分散液28中を走行する分散液28の液面からの深さは、その深さをD、分散液28中に生じる超音波振動の定在波の波長をλ、nを1以上の整数としたときに、「D=n・(λ/2)」を満たすように決められている。なお、定在波の波長λは、分散液28中の音速、超音波発生器27から印加される超音波振動の周波数に基づいて求めることができる。
【0060】
上記のように、分散液28中を走行する炭素繊維束12の深さを調整することにより、音圧による炭素繊維11の振動を抑制して、糸たるみによる糸乱れを防ぐことができ、炭素繊維11同士あるいは各炭素繊維11の表面に付着しているCNT14同士の擦れを抑えて、厚さの大きい構造体14を形成することができる。また、擦れが抑えられることによって、構造体14の厚さが大きくても、重量比Rのバラツキが抑えられ、上述の標準偏差sが小さくなる。なお、炭素繊維束12が分散液28中を走行する深さは、定在波の節から多少ずれてもよく、その場合にはn・λ/2-λ/8以上n・λ/2+λ/8以下の範囲内(n・λ/2-λ/8≦D≦n・λ/2+λ/8)とすることが好ましい。これにより、炭素繊維11の糸たるみによる糸乱れを許容できる範囲とすることができる。
【0061】
炭素繊維束12は、分散液28中から引き出された後に乾燥される。乾燥された炭素繊維束12に対してサイジング処理および乾燥を順次に行うことで、サイジング剤15が構造体14に付与される。このサイジング処理は、一般的な方法により行うことができる。
【0062】
サイジング剤15は、特に限定されず、上述のように種々の反応硬化性樹脂、熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂等を用いることができる。例えば、熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂(ユリア樹脂)、不飽和ポリエステル、アルキド樹脂、熱硬化性ポリイミド、反応性基を有する樹脂等が挙げられる。また、熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、アクリロニトリル/スチレン(AS)樹脂、アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン(ABS)樹脂、メタクリル樹脂(PMMA等)、塩化ビニル等の汎用樹脂、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレンテレフタレート、超高分子量ポリエチレン、ポリカーボネート等のエンジニアリングプラスチック、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、液晶ポリマー、ポリテトラフロロエチレン、ポリエーテルイミド、ポリアリレート、ポリイミド等のスーパーエンジニアリングプラスチックを挙げることができる。サイジング処理では、サイジング剤15となる樹脂を溶解した溶液を用いることが好ましく、その溶液を炭素繊維束12に塗布する等して、サイジング剤15を構造体14のCNT17に付着させるのがよい。
【0063】
[分散液]
炭素繊維11にCNT17を付着させる際に用いる分散液28は、例えば長尺のCNT(以下、材料CNTと称する)を分散媒に加え、ホモジナイザーや、せん断力、超音波分散機などにより、材料CNTを切断して所望とする長さのCNT17とするとともに、CNT17の分散の均一化を図ることで調製される。
【0064】
分散媒としては、水、エタノール、メタノール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類やトルエン、アセトン、テトラヒドロフラン(THF)、メチルエチルケトン(MEK)、ヘキサン、ノルマルヘキサン、エチルエーテル、キシレン、酢酸メチル、酢酸エチル等の有機溶媒及びこれらの任意の割合の混合液を用いることができる。分散液28は、分散剤、接着剤を含有しない。
【0065】
上述のように曲がった形状のCNT17の元となる材料CNTは、曲がった形状のものである。このような材料CNTは、個々の材料CNTの直径が揃っているものが好ましい。材料CNTは、切断によって生成される各CNTの長さが大きくても、CNTを単離分散することができるものが好ましい。これにより、上述のような長さの条件を満たすCNT17を単離分散した分散液28が容易に得られる。
【0066】
この例の複合素材10では、上述のように、CNT17として曲がった形状のものを付着させているので、CNT17とそれが付着した炭素繊維11の表面との間や付着したCNT17同士の間等に形成された空間に他のCNT17が入り込む。これにより、より多くのCNT17が炭素繊維11に付着する。また、強固にCNT17が炭素繊維11に付着して構造体14が形成されるので、炭素繊維11からCNT17がより剥離し難い。そして、このような複合素材10を用いて作製される炭素繊維強化成形体は、CNTに由来して特性がより高くなっている。
【0067】
上記のように複合素材10を用いて作製した炭素繊維強化成形体は、従来の複合素材を用いた炭素繊維強化成形体に比べて振動減衰特性(制振性)、弾性率の変化特性が向上する。弾性率の変化特性については、炭素繊維強化成形体への衝突速度の増加に対して炭素繊維強化成形体の弾性率の増大が抑制される。
【0068】
分散液28のCNT17の濃度は、0.003wt%以上3wt%以下の範囲内であることが好ましい。分散液28のCNT17の濃度は、より好ましくは0.005wt%以上0.5wt%以下である。
【0069】
[プリプレグ]
図7において、プリプレグ31は、炭素繊維束12の構造体14が形成された炭素繊維11と、この炭素繊維束12に含浸された未硬化のマトリックス樹脂32とで構成される。プリプレグ31は、開繊された複合素材10にマトリックス樹脂32を含浸し、厚み方向に炭素繊維11が複数本並んだ帯状に形成される。複合素材10は、炭素繊維束12における炭素繊維11同士の絡み合いが実質的に存在しないものであるので、プリプレグ31を製造する際に、炭素繊維11を均一に拡げやすい。プリプレグ31の各炭素繊維11の繊維軸方向は、いずれも同一方向(図7の紙面垂直方向)に揃っている。プリプレグ31は、幅方向(開繊した方向)に複数の開繊した複合素材10を並べて形成することで、幅広のものとすることができる。
【0070】
マトリックス樹脂32は、特に限定されず、種々の熱硬化性樹脂、熱可塑性樹脂を用いることができる。例えば、熱硬化性樹脂としては、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂(ユリア樹脂)、不飽和ポリエステル、アルキド樹脂、熱硬化性ポリイミド、シアネートエステル樹脂、ビスマレイミド樹脂、ビニルエステル樹脂等が挙げられる。また、熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、アクリロニトリル/スチレン(AS)樹脂、アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン(ABS)樹脂、メタクリル樹脂(PMMA等)等の汎用樹脂、ポリアミド、ポリアセタール、ポリエチレンテレフタレート、超高分子量ポリエチレン、ポリカーボネート、フェノキシ樹脂等のエンジニアリングプラスチック、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンケトン、液晶ポリマー、ポリテトラフロロエチレン、ポリエーテルイミド、ポリアリレート、ポリイミド等のスーパーエンジニアリングプラスチックを挙げることができる。
【0071】
[炭素繊維強化成形体]
プリプレグ31を加圧しながらマトリックス樹脂32を加熱硬化することで炭素繊維強化成形体が作製される。複数枚のプリプレグ31を積層した積層体を加圧及び加熱することで、積層体を一体化した炭素繊維強化成形体とすることもできる。この場合、積層体における炭素繊維11の繊維軸方向は、プリプレグ31に相当する層ごとに任意の方向とすることができる。図8に示す炭素繊維強化成形体34では、プリプレグ31に相当する複数の層34aにおいて、炭素繊維11の繊維軸方向が上下の層34aで互いに直交するように形成されている。加熱及び加圧する手法は、プレス成形法、オートクレーブ成形法、バッギング成形法、シートワインディング法及び内圧成形法等を用いることができる。また、プリプレグ31を用いないハンドレイアップ法、フィラメントワインディング法、引き抜き成形法等によって、炭素繊維束12とマトリックス樹脂とから直接に炭素繊維強化成形体を作製してもよい。マトリックス樹脂32の体積含有率は、10~40%が好ましく、15~33%がより好ましい。マトリックス樹脂32は、弾性率が2~5GPa程度であることが好ましい。
【0072】
上記の複合素材10を用いた炭素繊維強化成形体では、図9に示すように、炭素繊維11の間の複合領域18の一部が互いに固着した架橋部CLによって、炭素繊維11同士が架橋した架橋構造を有する。上述のように複合領域18は、構造体14とこの構造体14に含浸して硬化したマトリックス樹脂とからなる領域である。複合領域18は、硬化したマトリックス樹脂単体よりも硬度が高くなるとともに、高弾性すなわち弾性限界が大きい。また、複合領域18は、マトリックス樹脂よりも耐摩耗性が高い。このような複合領域18同士の結合によって、炭素繊維11同士の結合が強固なものとなり、複合素材10を用いた炭素繊維強化成形体の繰り返し曲げに対する耐久性が向上する。
【0073】
架橋構造は、構造体14同士が接触する程度に炭素繊維11間の距離が近接している場合に形成されるため、構造体14の厚さが大きいほど、架橋を多くする上で有利である。ただし、構造体14の厚さは、均一な厚さによる品質安定性の確保、炭素繊維からの脱落の防止等の観点から、大きくとも300nm以下とすることが好ましい。特には、構造体14の厚さを50nm以上200nm以下の範囲内とするのがよい。また、炭素繊維11を織物状にした場合には、複合領域18同士が互い固着した架橋部CLが多くなり、架橋構造による効果が大きくなる。
【0074】
上記の複合領域18は、ISO14577:2015に準拠したナノインデンテーション(押込み)法より測定される複合領域18のマルテンス硬さが、マトリックス樹脂だけのマルテンス硬さ(以下、基準マルテンス硬さという)に対して10%以上大きくなっていることが好ましく、より大きな効果を出すために30%以上大きくなっていることがより好ましい。またISO14577に準拠したナノインデンテーション法で測定される複合領域18における塑性変形量が、マトリックス樹脂だけの塑性変形量(以下、基準塑性変形量という)に対して70%以下となっていることが好ましい。
【0075】
複合領域18のマルテンス硬さ及び塑性変形量は、複合領域18から直接に測定できる場合には、その値を用いればよいが、現実的ではない。そこで、図10に示すように、炭素繊維強化成形体の複合領域18と同等の条件(CNT17の密度、マトリクス樹脂の種類、硬化条件)で形成された測定層35を有する測定片Mpを作製し、この測定片Mpの測定層35について測定したマルテンス硬さ及び塑性変形量を複合領域18のマルテンス硬さ及び塑性変形量とみなす。また、測定層にCNT17を含有させない他は、測定片Mpと同じ条件で作製された測定片(以下、基準測定片という)を用い、この基準測定片の測定層について測定したマルテンス硬さ及び塑性変形量を基準マルテンス硬さ及び基準塑性変形量とする。
【0076】
測定片Mpは、樹脂層36の表層に測定層35を形成したものである。測定層35の厚さt35は、測定に影響を及ばさない厚みを確保できればよく、ナノインデンテーション法による測定時の押込深さの4倍以上とすればよい。測定層35の長さL35、幅W35は、測定に影響を及ばさないサイズであれば適宜設定できる。1つの測定層35の表面を複数の測定領域に区画して、複数の測定領域でそれぞれ測定を行うことができる。この場合の測定領域の大きさは、各々の測定領域での測定が互いに影響を及ばさないサイズとする。測定片Mp(樹脂層36)の厚さt36は、樹脂層36の架台の影響を受けないようにするため、押込深さの10倍以上とする。測定層35におけるCNT17の密度は、構造体14におけるCNT17の密度と同じとする。次に説明するようにCNT層35a(図11参照)を形成することで構造体14におけるCNT17の密度と同じにすることができる。
【0077】
図11に示すように、測定片Mpを作製する場合には、例えば、離型剤が塗布された例えばステンレス製のベース板PL上に構造体14に相当するCNT層35aを形成する(図11(A))。CNT層35aを形成するために、炭素繊維11にCNT17を付着させるものと同じ分散液28を用い、この分散液28をベース板PLの離型剤が塗布された一方の面に塗布して乾燥する。これにより、CNT層35aのCNT17の密度は、構造体14におけるCNT17の密度と同じになる。なお、ベース板PLにCNT17を付着させる際に、分散液28に代えて、分散液28の分散媒と同等性状(粘度、表面張力)の分散媒に、分散液28と同じCNT濃度でCNT17を分散させた分散液を用いることもできる。
【0078】
次に、炭素繊維成形体(またはプリプレグ31)と同じマトリクス樹脂36aをCNT層35aに含浸しつつ、ベース板PLの表面に所定の厚さになるまで展開する(図11(B))。この後に、炭素繊維強化成形体と同じ硬化条件(圧力、温度、時間)でマトリクス樹脂36aを硬化させる。これにより、マトリクス樹脂36aが含浸したCNT層35aを測定層35とし、マトリクス樹脂36aの他の部分を樹脂層36とし、これをベース板PLから測定片Mpとして剥がして測定に用いる(図11(C))。
【0079】
測定層35のマルテンス硬さ及び塑性変形量は、上述のようにISO14577に準拠したナノインデンテーション法により測定される。マルテンス硬さ(HM)は、最大押し込み深さ(hmax)と、試験荷重(F)と、圧子の接触表面積(AS)から「HM=F/(AS・hmax )」として求められる。また、塑性変形量(hp)は、除荷によって試験荷重が「0」となった時の押し込み深さとして求められる。
【0080】
測定条件は以下のとおりである。
・圧子:ベルコビッチ三角錐圧子(軸心に対する面角65.03°)
・試験荷重:2.000mN
・最大荷重保持時間:5秒
・測定温度:25℃
なお、試験荷重は、10秒かけて最大荷重まで増大させ、最大荷重で最大荷重保持時間だけ保持した後に、10秒かけて除荷する。最大押し込み深さ(hmax)は、最大荷重保持時間の終了時の押し込み深さである。
【0081】
この例では、炭素繊維11の表面へのCNT17の固定は、炭素繊維11とCNT17とのファンデルワールス力による結合によるものであるが、これに加えて炭素繊維11の表面へのCNT17の固定を補強する結着部を設けてもよい。結着部は、例えば炭素繊維11とこれに直接付着(接触)したCNT17との各表面(周面)の間に形成される隙間に入り込んだ状態で硬化したエポキシ樹脂である。エポキシ樹脂は、例えばトルエン、キシレン、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン(MIBK)、ブタノール、酢酸エチルまたは酢酸ブチル等の溶媒に溶解して溶液とし、これに構造体14が形成された炭素繊維11を含む炭素繊維束12を浸漬した後、加熱する。これにより、炭素繊維11とCNT17の各表面の間に形成される隙間に未硬化のエポキシ樹脂を入り込ませて硬化させる。
【0082】
なお、結着部の形成にあたっては、結着部の材料であるエポキシ樹脂の溶液をエマルジョン化して用いてもよい。例えば、エポキシ樹脂を溶媒に溶解した溶液中に、ノニオン系乳化剤等の乳化剤を加えることによって、エマルジョン化することができる。結着部としては、エポキシ樹脂の他、例えばフェノール樹脂、ポリウレタン樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、ポリイミド樹脂等であってもよい。また、シランカップリング剤や無機系の接着剤を結着部として用いることも出来る。
【0083】
CNT17を炭素繊維11の表面に部分的に固定してもよい。この構成では、硬化した固定樹脂部が炭素繊維11の表面に点在し、構造体14を形成する一部のCNT17が固定樹脂部によって炭素繊維11の表面に固定される。炭素繊維11の表面における固定樹脂部が覆う炭素繊維11の表面の比率が7%以上30%以下の範囲内であることが好ましい。このように点在する固定樹脂部によって一部のCNT17を固定した複合素材は、CNT17の効果を十分に発揮でき、その複合素材を用いた炭素繊維強化成形体の層間剥離亀裂の進展抵抗をより大きくできる。
【0084】
上記固定樹脂部は、例えば、粒子径が0.05~1μmの液滴状の樹脂を含むエマルジョンタイプの処理液の塗布等と樹脂の硬化で形成できる。粒子径は、レーザ解析法により求めることができる。樹脂としては、例えば反応性樹脂が挙げられる。
【実施例
【0085】
複合素材10からプリプレグ31を経て、後述する実施例2で用いる炭素繊維強化成形体(試験片)を作製し、炭素繊維強化成形体の特性を評価した。複合素材10は、上記手順により作製した。また、実施例1では、作製した複合素材10の炭素繊維11に対するCNT17の付着状態、サイジング剤15の付着状態等を確認した。
【0086】
複合素材10を作製する際に用いた分散液28は、上述のように曲がった形状を有する材料CNTを用いて調製した。図12に分散液28の調製に用いた材料CNTのSEM写真を示す。この材料CNTは、多層であり、直径が3nm以上10nm以下の範囲であった。材料CNTは、硫酸と硝酸の3:1混酸を用いて洗浄して触媒残渣を除去した後、濾過乾燥した。分散液28の分散媒としてのアセトンに材料CNTを加え、超音波ホモジナイザーを用いて材料CNTを切断し、CNT17とした。分散液28中のCNT17の長さは、0.2μm以上5μm以下であった。また、分散液28中のCNT17は、曲がった形状と評価できるものであった。
【0087】
分散液28のCNT17の濃度は、0.12wt%(=1200wt ppm)とした。分散液28にも分散剤や接着剤を添加しなかった。
【0088】
炭素繊維束12としては、T700SC-12000(東レ株式会社製)を用いた。この炭素繊維束12には、12000本の炭素繊維11が含まれている。炭素繊維11の直径は7μm程度であり、長さは100m程度である。なお、炭素繊維束12は、CNT17の付着に先立って、炭素繊維11の表面から炭素繊維11の絡み等を防止するためのサイジング剤を除去した。
【0089】
炭素繊維束12を開繊した状態でガイドローラ23~26に巻き掛け、CNT付着槽22内の分散液28中を走行させた。炭素繊維束12の走行速度は、1m/分とし、分散液28には、超音波発生器27により周波数が200kHzの超音波振動を与えた。なお、ガイドローラ24、25の間を走行している浸漬時間は、6.25秒であった。この浸漬時間は、分散液28に与える超音波振動の1250000周期分である。分散液28中では、炭素繊維束12は、「D=n・(λ/2)」を満たす分散液28の液面からの深さDを走行させた。
【0090】
複合素材10の作製では、分散液28から引き出された炭素繊維束12を乾燥させた後に、サイジング剤15としてエポキシ樹脂を用いてサイジング処理を施し、構造体14を構成するCNT17の表面にサイジング剤15を付着させた。このサイジング処理では、体積比率で、構造体14のCNT17に対して付着するサイジング剤15が30%以下となるように、サイジング剤15となる樹脂を溶解した溶液のその樹脂の濃度を調整した。サイジング処理を施した炭素繊維束12を乾燥させて複合素材10を得た。
【0091】
複合素材10から炭素繊維強化成形体を作製する際には、プリプレグ31は、上記のように作製した複合素材10を開繊し、開繊した状態でマトリックス樹脂32としてのエポキシ樹脂を含浸することによって作製した。このプリプレグ31におけるマトリックス樹脂32の体積含有率は、30%であった。また、プリプレグ31における複合素材10の目付量は、180g/mとした。プリプレグ31には、その厚み方向に10~16本の炭素繊維11があった。さらに、プリプレグ31を積層した積層体を加圧しながら加熱することで炭素繊維強化成形体を作製した。加圧及び加熱にはオートクレーブ(ダンデライオン、株式会社羽生田鉄工所製)を用いた。なお、作製した炭素繊維強化成形体の詳細については後述する。
【0092】
また、後述する比較用プリプレグとして、各炭素繊維にCNTを付着させていない炭素繊維束を用いたプリプレグを作製した。比較例1では、比較用プリプレグを用いて炭素繊維強化成形体を作製した。
【0093】
比較用プリプレグは、CNTの付着の有無以外の条件は、上記実施例用のプリプレグ31と同じである。また、比較用プリプレグを用いた炭素繊維強化成形体の作製条件は、プリプレグが異なる他は、各実施例のプリプレグを用いた炭素繊維強化成形体と同じとした。
【0094】
<実施例1>
SEM観察
サイジング処理及び乾燥後の炭素繊維束12の一部を切り出し、炭素繊維11を取得した。取得した各炭素繊維11に複数のCNT17が均一に分散して付着していることをSEM観察して確認した。
【0095】
炭素繊維束12の炭素繊維11には、その繊維軸方向の狭い範囲(局所的)でも、また広い範囲でも均一にCNT17が付着していることが確認された。また、直線的なCNTを炭素繊維に付着させた場合よりも、多くのCNT17が付着していることが確認できた。
【0096】
上記のように作製された炭素繊維束12の構造体14の表面を撮影したSEM写真を図13及び図14に示す。なお、図14のSEM画像は、図13のSEM写真よりも倍率を高くしたものである。これらSEM写真からわかるように、構造体14は、多数のCNT17からなる三次元的なメッシュ構造すなわち空隙部19を有する不織布状に形成されているのがわかる。また、構造体14では、構造体14のCNT17に対するサイジング剤15の体積比率を30%以下となるように調整したことにより、CNT17同士がサイジング剤15で固定されているが、空隙部19のほとんどがサイジング剤15で閉塞されておらず、マトリックス樹脂が容易に構造体14の内部に含浸できることが確認された。図13の構造体14を得た場合よりも、CNT17に対するサイジング剤15の体積比率を少し高くして約40%とした構造体14では、図15のSEM写真に示すように、サイジング剤15で閉塞されている空隙部19が確認された。これにより、サイジング剤15の体積比率が高すぎる場合には、サイジング剤15で閉塞される空隙部19が多くなり、構造体14の内部へのマトリックス樹脂の含浸が困難になることが確認された。
【0097】
また、エポキシ樹脂を構造体14に含浸させた炭素繊維11の断面をSEM観察した。このときのSEM写真を図16ないし図19に示す。図16図17のSEM写真より、構造体14が100nm以上の厚さで形成されていることがわかる。なお、図17のSEM写真は、図16の断面の一部をさらに拡大したものである。また、図18のSEM写真より、構造体14を含む炭素繊維11の断面形状が真円に近く、またその直径もほぼ同じであり、炭素繊維11の表面に構造体14が均一に形成されていることがわかる。また、図18のSEM写真からわかるように、炭素繊維束12には、互いに接触している炭素繊維11があることがわかる。このような互いに接触している炭素繊維11間では、図19のSEM写真に示されるように、それらの各複合領域18の一部が互い固着して炭素繊維11同士を架橋した架橋構造を有することがわかる。
【0098】
<実施例2>
(疲労特性の評価)
実施例2として、図20に示すように、炭素繊維強化成形体として板状の試験片61を作製し、3点曲げ疲労試験を行って曲げ疲労特性を評価するとともに、3点曲げ試験により曲げ特性を確認した。実施例2の試験片61は、長さL61を20mm以上とし、幅D61を15mm、厚さt61を1.8mmとなるように作製した。試験片61の作製では、長方形(L61×D61)に切断した16枚のプリプレグ31を積層し、加圧しながら145℃で1時間加熱してマトリックス樹脂32を硬化させた。各プリプレグ31は、長手方向が炭素繊維11の繊維軸方向と一致するように切断した。したがって、試験片61は、その長手方向に全ての炭素繊維11の繊維軸方向(図中矢印A方向)が一致している。試験片61は、14枚作製し、このうちの13枚を曲げ疲労特性の評価に使用し、残り1枚を曲げ特性の評価に使用した。
【0099】
3点曲げ疲労試験は、試験装置としてサーボパルサEHF-LB-5kN(株式会社島津製作所製)を用いて行った。図21に示すように、試験片61を、その長手方向に沿って離して配置された一対の支点64で試験片61が下側から支持されるように試験装置にセットし、ロードセル65で荷重を測定しつつ、一対の支点64の中央(各支点64から等距離の位置)上方に配置された圧子66で試験片61を下方に押圧するようにした。一対の支点64の支点間距離X1は、20mmとした。
【0100】
図22に示すように、圧子66を試験片61に接触させた位置から圧子66を垂直降下させて試験片61を下方に撓むように変形させ、荷重による応力が所定の値(応力振幅)になった時点で、荷重が「0」となる位置まで圧子66を上昇させて押圧を解除し、その後に再び圧子66を垂直降下させる動作を繰り返した。圧子66の上下動の周波数は、試験片61がダンピングしないように10Hz~20Hzの範囲で試験片61ごとに調整した。このように、片振りによる3点曲げ疲労試験を行い、圧子66が垂直降下したときの荷重が「0」となるまでの繰返し数を計数した。実施例2では、4枚の試験片61を作製して、応力振幅を変えて繰返し数を計数した。実施例2の結果を図23に示す。
【0101】
比較例1として、比較用プリプレグを用いて炭素繊維強化成形体を作製し、この比較用プリプレグを用いた炭素繊維強化成形体である試験片について、上記3点曲げ疲労試験を行って曲げ疲労特性を評価した。比較例1の試験片は、13枚作製し、このうちの12枚を曲げ疲労特性の評価に使用し、残り1枚を曲げ特性の評価に使用した。比較例1の試験片は、実施例2の試験片61と同じ手順、同じサイズで作製したものであり、16枚の比較用プリプレグを積層し、加圧しながら加熱してマトリックス樹脂を硬化させた。比較例1の3点曲げ疲労試験の条件は、実施例2と同じとした。比較例1の試験片の3点曲げ疲労試験の結果を図23に示す。
【0102】
図23のグラフからわかるように、応力振幅が同じである場合、実施例2の試験片61は、炭素繊維にCNTを付着させていない比較例1の試験片よりも2桁以上繰返し数が大きく、疲労寿命が長いことが分かる。
【0103】
また、3点曲げ試験によって、実施例2及び比較例1の試験片のそれぞれについて曲げひずみを調べた。この3点曲げ試験では、3点曲げ疲労試験と同様に支点間距離を20mmとして試験片を下側から支持し、圧子の上下動によって片振り荷重による曲げを行った。また、最大曲げ応力を1200MPaとし、負荷波形が正弦波となるように荷重制御した。荷重の繰り返し周波数は、1Hz、10Hz、20Hzの3種類とした。この曲げひずみの測定に用いた各試験片の実際の幅、厚さ、最大曲げ応力時における荷重、及び併せて測定した繰り返し周波数ごとの曲げ弾性率とともに表1に示す。
【0104】
【表1】
【0105】
上記の3点曲げ試験から得られた、各繰り返し周波数についての曲げ応力と曲げひずみとの関係を図24ないし図26に示す。図24は、繰り返し周波数(f)が1Hz、図25は、繰り返し周波数(f)が10Hz、図26は、繰り返し周波数(f)が20Hzの場合をそれぞれ示している。これらの結果より、実施例2の試験片61は、荷重に対して比較例1の試験片と同様な曲げ変形が生じていることを確認した。すなわち、上記曲げ疲労特性の向上は、3点曲げ試験の結果より試験片61に曲げが生じ難くなることに起因したものではないことが確認された。
【0106】
<実施例3>
ISO14577に準拠したナノインデンテーション法より複合領域18のマルテンス硬さ、押し込み硬さ、塑性変形量を測定した。これらの測定のため、上述の作製手順により、27枚の測定片Mpを作製した。炭素繊維成形体のマトリクス樹脂がエポキシ樹脂であったため、これと同じエポキシ樹脂を用いて、測定片Mpを作製した。また、測定片Mpの測定層35は、長さL35を10mm、幅W35を10mmとし、厚さt35は、2μm~3μmの範囲であった。樹脂層36の厚さt36は、90μmであった。
【0107】
測定層35のマルテンス硬さ、押し込み硬さ、塑性変形量の測定は、「超微小押込み硬さ試験機(ENF-1100S)((株)エリオニクス社製)」を用いて、上述のナノインデンテーション法(ISO14577)の手順により行った。測定した各測定片Mpの測定層35のマルテンス硬さ(HM)、押し込み硬さ(HIT)、塑性変形量(hp)を表2に示す。
【0108】
【表2】
【0109】
比較例2として、CNT17を含まない他は、測定片Mpと同じ条件で作製した27枚の測定片について、同様に測定を行った。この測定結果を表2に示す。なお、この比較例2について測定されたマルテンス硬さ及び塑性変形量は、実施例3に対する基準マルテンス硬さ及び基準塑性変形量となる。
【0110】
また、実施例3と比較例2の押し込み硬さの平均を図27にグラフとして示す。さらに、上記マルテンス硬さ及び押し込み硬さの測定を行った際の、実施例3及び比較例2の各測定片の平均の負荷曲線及び除荷曲線を図28にそれぞれ示す。
【0111】
以上の測定結果より、実施例3の複合領域18のマルテンス硬さは、比較例2のマルテンス硬さに対して10%以上大きいことがわかる。また、複合領域18は、比較例2の塑性変形量に対して、その塑性変形量が70%以下になっていることがわかる。
【0112】
上記の表2、図27及び図28より、炭素繊維11の周囲に形成される複合領域18は、マトリックス樹脂だけの場合に比べて変形しがたく、また塑性変形もしづらいことがわかる。これにより、炭素繊維11同士間の結合が複合領域18同士の結合で強固なものとなり、炭素繊維強化成形体の機械的変形に対する疲労が生じにくいことがわかる。
【0113】
<実施例4>
実施例3と同様の測定片Mpを作製し、往復摺動型摩擦摩耗試験機により摩擦摩耗試験を行った。この試験では、圧子を測定片Mpの測定層35の表面に所定の荷重で押し付けた状態で測定片Mpを往復動させることによって、圧子を測定片Mpに摺動し、圧子と測定層35との間の動摩擦係数が0.1を超えるまでの往復回数を計数した。同様に、CNTを含まない測定層についても動摩擦係数が0.1を超えるまでの往復回数を計数した。動摩擦係数が0.1を超えるまでの往復回数は、CNTを含まない測定層で80回であったのに対して、測定層35では240回であった。この試験結果より、複合領域18の耐摩耗性が高いことがわかる。
【符号の説明】
【0114】
10 複合素材
11 炭素繊維
12 炭素繊維束
14 構造体
17 カーボンナノチューブ
18 複合領域
34 炭素繊維強化成形体

図1
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