IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人群馬大学の特許一覧 ▶ 東邦工業株式会社の特許一覧

特許7407405ナノセルロース片、ナノセルロース片の製造方法、高分子複合材料及び高分子複合材料の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】ナノセルロース片、ナノセルロース片の製造方法、高分子複合材料及び高分子複合材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08L 1/02 20060101AFI20231222BHJP
   C08J 5/04 20060101ALI20231222BHJP
   C08J 3/12 20060101ALI20231222BHJP
   C08L 23/12 20060101ALI20231222BHJP
   C08L 23/26 20060101ALI20231222BHJP
   C08L 67/00 20060101ALI20231222BHJP
【FI】
C08L1/02
C08J5/04 CEP
C08J3/12 A CES
C08J3/12 A CFD
C08L23/12
C08L23/26
C08L67/00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022509948
(86)(22)【出願日】2021-03-15
(86)【国際出願番号】 JP2021010346
(87)【国際公開番号】W WO2021193193
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-09-22
(31)【優先権主張番号】P 2020053913
(32)【優先日】2020-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(73)【特許権者】
【識別番号】303062233
【氏名又は名称】東邦工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】黒田 真一
(72)【発明者】
【氏名】大橋 弘之
【審査官】岡部 佐知子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-141323(JP,A)
【文献】特開2019-210388(JP,A)
【文献】特開2016-176052(JP,A)
【文献】特開2018-203940(JP,A)
【文献】特開2017-171881(JP,A)
【文献】国際公開第2012/111408(WO,A1)
【文献】特開2020-045374(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08K 3/00-13/08
C08L 1/00-101/16
C08J 3/12
C08J 5/04
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
補強すべきマトリックス熱可塑性樹脂に対して相溶性を有する、粒子の粒径が0.5~200μmである熱可塑性樹脂の分子が結合されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを一壁面に含み、かつ厚さが1~1000nmである薄片状をなし、
前記マトリックス熱可塑性樹脂はポリオレフィンであり、前記熱可塑性樹脂はマレイン酸変性ポリオレフィンであって、前記結合は前記熱可塑性樹脂の分子の化学修飾された官能基を介した共有結合である、または、
前記マトリックス熱可塑性樹脂および前記熱可塑性樹脂は脂肪族ポリエステル樹脂であって、前記結合は前記熱可塑性樹脂の分子の親水基を介した水素結合であることを特徴とするナノセルロース片。
【請求項2】
母材となるマトリックス熱可塑性樹脂と、
前記マトリックス熱可塑性樹脂と相溶性を有する、粒子の粒径が0.5~200μmである熱可塑性樹脂の分子が結合されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを一壁面に含み、かつ厚さが1~1000nmである薄片状のナノセルロース片と、を含み、
前記ナノセルロース片は、前記マトリックス熱可塑性樹脂に分散しており、
前記マトリックス熱可塑性樹脂はポリオレフィンであり、前記熱可塑性樹脂はマレイン酸変性ポリオレフィンであって、前記結合は前記熱可塑性樹脂の分子の化学修飾された官能基を介した共有結合である、または、
前記マトリックス熱可塑性樹脂および前記熱可塑性樹脂は脂肪族ポリエステル樹脂であって、前記結合は前記熱可塑性樹脂の分子の親水基を介した水素結合であることを特徴とする高分子複合材料。
【請求項3】
前記ポリオレフィンは、ポリプロピレンであり、
前記マレイン酸変性ポリオレフィンは、マレイン酸変性ポリプロピレンであることを特徴とする請求項2に記載の高分子複合材料。
【請求項4】
セルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを溶媒に溶解させてナノセルロース分散溶液を作製する分散溶液作製工程と、
前記セルロースナノクリスタル又は前記セルロースナノファイバーと結合可能な官能基を有する、粒子の粒径が0.5~200μmである熱可塑性樹脂の粒子を前記ナノセルロース分散溶液に分散させる樹脂粒子分散工程と、
前記ナノセルロース分散溶液の溶媒を加熱乾燥させて、コアの前記熱可塑性樹脂とシェルの前記セルロースナノクリスタル又は前記セルロースナノファイバーの界面において、前記熱可塑性樹脂の分子が結合されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを含有する乾燥物を得る乾燥工程と、
前記乾燥物を粉砕して、厚さが1~1000nmである薄片状のナノセルロース片を得る粉砕工程と、
前記ナノセルロース片と、マトリックス熱可塑性樹脂と、を溶融混合又は溶解混合する混合工程と、
を含み、
前記マトリックス熱可塑性樹脂はポリオレフィンであり、前記熱可塑性樹脂はマレイン酸変性ポリオレフィンであって、前記結合は前記熱可塑性樹脂の分子の化学修飾された官能基を介した共有結合である、または、
前記マトリックス熱可塑性樹脂および前記熱可塑性樹脂は脂肪族ポリエステル樹脂であって、前記結合は前記熱可塑性樹脂の分子の親水基を介した水素結合であることを特徴とするナノセルロース片の製造方法。
【請求項5】
前記粉砕工程は、ジェットミルによって行うことを特徴とする請求項4に記載のナノセルロース片の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子複合材料に配合されるナノセルロース片、ナノセルロース片の製造方法、そのナノセルロース片を含有する高分子複合材料及び高分子複合材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、セルロースナノクリスタル等のナノファイバーと高分子との複合材料を製造することが行われている。例えば、特許文献1においては、溶融した高分子にフィラーとなるナノファイバーを添加して混練する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第6256644号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、溶融した高分子にセルロースナノクリスタル等のナノファイバーを添加して混練しても当該ナノファイバー同士が凝集し、高分子中にナノファイバーを分散させることができないという不都合があった。
【0005】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みてなされたものであり、溶融した熱可塑性樹脂に対して高い分散性を有するナノセルロース片、当該ナノセルロース片の製造方法、当該ナノセルロース片を含む高分子複合材料及び当該高分子複合材料の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決するため、本発明のナノセルロース片は、補強すべきマトリックス熱可塑性樹脂に対して相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを一壁面に含み、かつ厚さが1~1000nmである薄片状をなすことを特徴とする。
【0007】
本発明のナノセルロース片は、熱可塑性樹脂の分子と共有結合または水素結合により結合しているセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを含む。このナノセルロース片と熱可塑性樹脂とを溶融混合又は溶解混合することにより、ナノセルロース片の熱可塑性樹脂への分散性を高めることができる。
【0008】
また、本発明の高分子複合材料は、母材となるマトリックス熱可塑性樹脂と、前記マトリックス熱可塑性樹脂と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを一壁面に含み、かつ厚さが1~1000nmである薄片状のナノセルロース片と、を含み、前記ナノセルロース片は、前記マトリックス熱可塑性樹脂に分散していることを特徴とする。
【0009】
本発明の高分子複合材料によれば、マトリックス熱可塑性樹脂と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合されたナノセルロースを含む薄片状のナノセルロース片を有する。すなわち、ナノセルロース片と結合している熱可塑性樹脂がマトリックス熱可塑性樹脂に対して相溶性を有するため、ナノセルロース片のマトリックス熱可塑性樹脂への分散性が高まる。したがって、高分子複合材料の機械的特性の向上、特に靭性を向上させることができる。
【0010】
本発明の高分子複合材料において、前記マトリックス熱可塑性樹脂と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子は、前記マトリックス熱可塑性樹脂と同一の分子構造を有することが好ましい。
【0011】
本発明の高分子複合材料において、前記マトリックス熱可塑性樹脂は、親水基を含まない分子構造を有し、前記マトリックス熱可塑性樹脂と相溶性を有する分子は、化学修飾された官能基を介してセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーに共有結合により修飾されていることが好ましい。
【0012】
本発明の高分子複合材料において、前記マトリックス熱可塑性樹脂は、ポリオレフィンであり、前記ナノセルロース片は、マレイン酸変性ポリオレフィンと共有結合により修飾されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーで形成されていることが好ましい。
【0013】
本発明の高分子複合材料において、前記マトリックス熱可塑性樹脂は、ポリプロピレンであることが好ましい。
【0014】
本発明の高分子複合材料において、前記マトリックス熱可塑性樹脂は、親水基を含む分子構造を有し、前記ナノセルロース片は、前記熱可塑性樹脂と相溶性を有する分子が前記親水基を介して水素結合により修飾されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーからなることが好ましい。
【0015】
本発明の高分子複合材料において、前記熱可塑性樹脂は、ポリ乳酸であることが好ましい。
【0017】
本発明のナノセルロース片の製造方法は、セルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを溶媒に溶解させてナノセルロース分散溶液を作製する分散溶液作製工程と、前記セルロースナノクリスタル又は前記セルロースナノファイバーと結合可能な官能基を有する熱可塑性樹脂の粒子を前記ナノセルロース分散溶液に分散させる樹脂粒子分散工程と、前記ナノセルロース分散溶液の溶媒を加熱乾燥させて、コアの前記熱可塑性樹脂とシェルの前記セルロースナノクリスタル又は前記セルロースナノファイバーの界面において、前記熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合されたセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを含有する乾燥物を得る乾燥工程と、前記乾燥物を粉砕して、厚さが1~1000nmである薄片状のナノセルロース片を得る粉砕工程と、を含むことを特徴とする。
【0018】
本発明のナノセルロース片の製造方法によれば、セルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーを溶媒に溶解させることにより、セルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーが溶媒に分散されたナノセルロース分散溶液中においてナノセルロースのネットワーク構造が形成される。この分散溶液にセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーと共有結合又は水素結合が可能な官能基を有する熱可塑性樹脂の粒子を混合すると、該熱可塑性樹脂の粒子がこの分散溶液中に分散する。すなわち、ナノセルロースのネットワーク構造の内部に熱可塑性樹脂の粒子が取り込まれる。この分散溶液の溶媒を加熱乾燥させると、コアに熱可塑性樹脂、シェルにナノセルロースを有する乾燥物が得られる。この乾燥工程では、コアの熱可塑性樹脂の分子がシェルのナノセルロースに共有結合または水素結合により修飾される。この乾燥物を粉砕すると、熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により修飾されたナノセルロースからなる粒子のシェルが破壊され、薄片状のナノセルロース片を得ることが可能となる。
【0019】
本発明のナノセルロース片の製造方法において、前記粉砕工程は、ジェットミルによって行うことが好ましい。
【0020】
本発明の高分子複合材料の製造方法は、上記のナノセルロース片と、前記ナノセルロース片に共有結合または水素結合により修飾された熱可塑性樹脂の分子が相溶性を有するマトリックス熱可塑性樹脂と、を溶融混合又は溶解混合する混合工程を含むことを特徴とする。
【0021】
本発明の高分子複合材料によれば、ナノセルロース片と、このナノセルロース片に共有結合または水素結合により修飾された熱可塑性樹脂の分子が相溶性を有するマトリックス熱可塑性樹脂とを、溶融混合又は溶解混合させることにより、ナノセルロース片の分散性が高い高分子複合材料を得ることができる。結果として、マトリックス熱可塑性樹脂にナノセルロース片が均一に分散された高分子複合材料を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の高分子複合材料の概念を示す概念図である。
図2】高分子複合材料の製造工程を示すフロー図である。
図3図2のステップS02におけるセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーの態様を示す概念図である。
図4図2のステップS04におけるセルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバーの態様を示す概念図である。
図5】粉砕工程前におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:3の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図6】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:3の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図7】粉砕工程前におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図8】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図9】粉砕工程前におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図10】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図11】粉砕工程前におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:0.8の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図12】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:0.8の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図13】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:3の乾燥物のSEMの画像(1600倍)である。
図14】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の乾燥物のSEMの画像(1600倍)である。
図15】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1の乾燥物のSEMの画像(1600倍)である。
図16】粉砕工程後におけるマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:0.8の乾燥物のSEMの画像(1600倍)である。
図17】比較例3のひずみに対する応力を測定したグラフである。
図18】比較例4のひずみに対する応力を測定したグラフである。
図19】実施例5のひずみに対する応力を測定したグラフである。
図20】粉砕工程前におけるポリ乳酸とセルロースナノクリスタルの比率が10:1の乾燥物のSEMの画像(800倍)である。
図21】粉砕工程後におけるポリ乳酸とセルロースナノクリスタルの比率が10:1の乾燥物のSEMの画像(1600倍)である。
図22】粉砕工程後におけるポリ乳酸とセルロースナノクリスタルの比率が10:1の乾燥物のレーザー光散乱法によって測定した粒度分布を示している。
図23】温度に対する貯蔵弾性率を示すグラフである。
図24】温度に対する損失正接を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。しかし、これらを適宜改変し、組み合わせてもよい。また、以下の説明及び添付図面において、実質的に同一又は等価な部分には同一の参照符を付して説明する。
【0024】
図1は、本発明による高分子複合材料100の概念図を示している。図1に示すように、高分子複合材料100は、補強すべき母材としてのマトリックス熱可塑性樹脂10と、マトリックス熱可塑性樹脂10に分散している強化材料としてのナノセルロース片20と、を含む。
【0025】
マトリックス熱可塑性樹脂10は、例えば、親水基を含まない分子構造を有する。親水基を含まない分子構造を有するマトリックス熱可塑性樹脂10としては、特には限定されないが、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィンや、ポリスチレン、ポリ塩化ビニルが挙げられ、これらの中でも、特にポリプロピレンが好ましく採用される。
【0026】
マトリックス熱可塑性樹脂10は、例えば、親水基を含む分子構造を有するものであってもよい。親水基を含む分子構造を有するマトリックス熱可塑性樹脂としては、特には限定されないが、例えば、ポリ乳酸、ポリヒドロキシアルカン酸、ポリカプロラクトン、ポリウレタン、アクリル樹脂等が挙げられる。例えば高分子複合材料の特性として生分解性を得たい場合には、ポリ乳酸またはポリヒドロキシアルカン酸が好ましく採用される。
【0027】
ナノセルロース片20は、マトリックス熱可塑性樹脂10中に分散している。ナノセルロース片20は、マトリックス熱可塑性樹脂10と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合した、セルロースナノクリスタル又はセルロースナノファイバー(以下、ナノセルロースとも称する)を含有し、薄片状をなしている。
【0028】
セルロースナノクリスタルは、例えば、木材セルロースを硫酸で処理することにより得ることができる結晶性のナノセルロースであり、5~50nmの範囲の幅と、100~200nmの範囲の長さとを備える針状物質である。セルロースナノクリスタルは、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)を用いて測定し、その画像解析によって算出した平均長さは、60~500nmであることが好ましく、100~500nmであることがより好ましい。また、上記の画像解析によって算出したセルロースナノクリスタルの平均径は、2~30nmであることが好ましく、2~15nmであることがより好ましい。
【0029】
セルロースナノファイバーは、例えば、木材セルロースを物理的解繊方法又は化学的解繊方法で処理することにより得ることができる結晶性のナノセルロースからなる繊維状物質である。セルロースナノファイバーは、電子顕微鏡を用いて測定し、その画像解析によって算出した平均長さが1μm以上であることが好ましく、より好ましくは、5μm以上であることが好ましい。また、上記の画像解析によって算出したセルロースナノファイバーの平均繊維径は、2~100nmであることが好ましく、2~50nmであることがより好ましい。
【0030】
マトリックス熱可塑性樹脂10がその分子構造に親水基を有しない場合、マトリックス熱可塑性樹脂10と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子としては、マトリックス熱可塑性樹脂と化学結合が可能な官能基で修飾された熱可塑性樹脂を用いることができる。そのような熱可塑性樹脂の1例としては、例えばマレイン酸変性ポリプロピレンが挙げられる。マレイン酸変性ポリプロピレンは、例えば、無水マレイン酸及びポリプロピレンが反応して生成されるもので、下記の化学式1に示す分子構造を有する。
【0031】
【化1】
【0032】
マレイン酸変性ポリプロピレンが共有結合により結合したナノセルロースは、下記の化学式2に示す分子構造を有する。
【0033】
【化2】
【0034】
マトリックス熱可塑性樹脂10がその分子構造に親水基を有する場合、マトリックス熱可塑性樹脂10と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子としては、同じく親水基を有する熱可塑性樹脂が挙げられる。そのような熱可塑性樹脂の1例としては、例えば、ポリ乳酸が挙げられる。ポリ乳酸が水素結合により結合したナノセルロースは、下記の化学式3に示す分子構造を有する。
【0035】
【化3】
【0036】
ナノセルロース片20は、その厚さが1~1000nmであるとよく、好ましくは、5~1000nmであるとよく、より好ましくは、5~500nm、さらに好ましくは5~100nmであるとよい。なお、ナノセルロース片20の厚さは、電子顕微鏡を用いた画像解析の方法により測定することができる。
【0037】
以上で説明した高分子複合材料100の製造方法について説明する。図2は、高分子複合材料100を製造する手順を示したフロー図である。
【0038】
図2に示すように、ナノセルロースを溶媒に溶解させてナノセルロース分散溶液を作製する分散溶液作製工程を行う(ステップS01)。
【0039】
ナノセルロース21を溶媒に溶解させることにより、ナノセルロース21が溶媒に分散されたナノセルロース分散溶液中においてナノセルロースのネットワーク構造が形成される。当該ネットワーク構造は、内部に空隙を有する。
【0040】
ナノセルロース分散溶液の溶媒は、例えば、水を用いることができる。ナノセルロースは、溶媒に1.0~4.9質量%、より好ましくは、2.0~4.0質量%、さらに好ましくは2.5~3.0質量%含まれているとよい。
【0041】
ナノセルロース21と結合可能な官能基を有する熱可塑性樹脂の粒子をナノセルロース分散溶液に分散させる樹脂粒子分散工程を行う(ステップS02)。この際に、熱可塑性樹脂の粒子の粒径は、0.5~200μmであるとよく、より好ましくは、0.5μm~50μm、より好ましくは、0.5~10μmであるとよい。また、ナノセルロースに対する熱可塑性樹脂の粒子の分量は、質量比で2倍以上、より好ましくは4倍以上であるとよく、さらに好ましくは、10倍以上であるとよい。言い換えれば、熱可塑性樹脂とナノセルロースとの質量の比率が10:0.5~10:5であるとよく、好ましくは、10:0.5~10:3であるとよく、より好ましくは、10:0.5~10:1.0であるとよい。尚、粒子の形状は、特には限定されず、例えば、球状、回転楕円体状、針状、繊維状等いずれのものを用いてもよい。
【0042】
図3は、ナノセルロース21の態様を示す概念図である。図3に示すように、ステップS01で得たナノセルロース分散溶液にナノセルロース21と共有結合又は水素結合が可能な官能基を有する熱可塑性樹脂22の粒子を混合すると、該熱可塑性樹脂の粒子がこの分散溶液中に分散する。すなわち、ナノセルロース21のネットワーク構造の内部に熱可塑性樹脂22の粒子が取り込まれる。
【0043】
この分散溶液の溶媒を加熱乾燥させて、熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により修飾されたナノセルロースを含有する乾燥物を得る乾燥工程を行う(ステップS03)。
【0044】
ステップS02で得た分散溶液の溶媒を加熱乾燥させると、コアに熱可塑性樹脂22、シェルにナノセルロース21を有する乾燥物が得られる。この乾燥工程では、コアの熱可塑性樹脂の分子がシェルのナノセルロース21に共有結合または水素結合により修飾される。具体的には、ナノセルロース21の内壁面23(コア/シェル複合微粒子)の界面であった部位)において、例えば、マレイン酸変性ポリプロピレンがセルロースナノクリスタルと化学結合する。尚、乾燥物は、例えば、ナノセルロース片、ナノセルロース、マレイン酸変性ポリプロピレン及びマレイン酸変性ポリプロピレンを内包するナノセルロースを含有する。
【0045】
乾燥物を粉砕して、薄片状のナノセルロース片を形成する粉砕工程を行う(ステップS04)。ステップS04において、乾燥物の粉砕は、ジェットミルによって行うことが好ましい。乾燥物をジェットミルによって粉砕することにより、乾燥物の温度上昇を抑制して溶融することを防止しつつ、乾燥物同士を衝突させて粉砕することができる。
【0046】
尚、ジェットミルで乾燥物を粉砕する際に、事前に乾燥物の大きさをジェットミルの使用に適したサイズにするとよい。乾燥物の大きさの調整は、例えば、ミキサー等の適当な装置を用いて行うとよい。以後、この操作を解砕ともいう。
【0047】
図4は、ナノセルロースの態様を示す概念図である。図4に示すように、ジェットミルによって乾燥物が粉砕されることにより、例えば、コアのマレイン酸変性ポリプロピレンがシェルであるナノセルロース21の外部に放出され、ナノレベルの厚さを有するナノセルロース片20が生成される。言い換えれば、コアのマレイン酸変性ポリプロピレンからシェルであるナノセルロース21が剥脱し、ナノセルロース片20が生成される。
【0048】
このように乾燥物を粉砕すると、熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合されたナノセルロース21からなる粒子のシェルが破壊され、薄片状のナノセルロース片20が得られる。
【0049】
ステップS04で得られたナノセルロース片と、ナノセルロース片に共有結合または水素結合により修飾された熱可塑性樹脂の分子が相溶性を有する熱可塑性樹脂と、を溶融混合又は溶解混合する混合工程を行う(ステップS05)。
【0050】
ステップS05の工程において、ナノセルロース片20は、マトリックス熱可塑性樹脂10と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子に共有結合又は水素結合により修飾されているため、容易に熱可塑性樹脂中に分散させることが可能となる。その結果、マトリックス熱可塑性樹脂10に対するナノセルロース片20の分散性を高めることができる。
【0051】
以上のように、本発明のナノセルロース片20は、ナノセルロースに熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により修飾されている。ナノセルロース片20とマトリックス熱可塑性樹脂10とを溶融混合又は溶解混合することにより、マトリックス熱可塑性樹脂10におけるナノセルロース片20の分散性を高めることができる。
【0052】
本発明の高分子複合材料100によれば、マトリックス熱可塑性樹脂10と相溶性を有する熱可塑性樹脂の分子が共有結合または水素結合により結合されたナノセルロースを含む薄片状のナノセルロース片20を有する。すなわち、ナノセルロース片20と結合している熱可塑性樹脂がマトリックス熱可塑性樹脂10に対して相溶性を有するため、ナノセルロース片20のマトリックス熱可塑性樹脂10への分散性が高まる。したがって、高分子複合材料の機械的特性の向上、特に靭性を向上させることができる。
【0053】
本発明の高分子複合材料100の製造方法によれば、ナノセルロース片20と、このナノセルロース片20に共有結合または水素結合により修飾された熱可塑性樹脂の分子が相溶性を有するマトリックス熱可塑性樹脂10とを、溶融混合又は溶解混合させることにより、ナノセルロース片20のマトリックス熱可塑性樹脂10に対する分散性が高い高分子複合材料を得ることができる。結果として、マトリックス熱可塑性樹脂10にナノセルロース片20が均一に分散された高分子複合材料100を得ることが可能となる。
【実施例
【0054】
[試験例1](マレイン酸変性ポリプロピレンのナノセルロース片)
(ナノセルロース片の製造)
原料としてマレイン酸変性ポリプロピレン(MAPP)粒子と、セルロースナノクリスタル(CNC)と、を用意した。マレイン酸変性ポリプロピレン(MAPP)粒子と、セルロースナノクリスタル(CNC)との混合比は、10:3、10:2、10:1、10:0.8の4種類のナノセルロース片を作製した。
【0055】
セルロースナノクリスタルは、原子間力顕微鏡(AFM)法によって測定した平均長さが200nm、平均径が15nmのものを用いた。マレイン酸変性ポリプロピレンは、レーザー光散乱法によって測定した平均粒径が30μmのものを用いた。
【0056】
水にセルロースナノクリスタルを分散させ、分散溶液作製工程を行った。具体的には、300mL三角フラスコに脱イオン水100mLを用意し、マグネチックスターラー(製品名:F-604N、東京硝子器械株式会社製)で撹拌を開始した。撹拌しながら、CNC(Celluforce製)1~5gを表1に従って添加し、分散させた。
【0057】
平均粒径30μmのマレイン酸変性ポリプロピレンを分散溶液に分散させ、樹脂粒子分散工程を行った。樹脂粒子分散工程においては、マレイン酸変性ポリプロピレン及びセルロースナノクリスタルが上記の比率となるように、4種類の異なる濃度の分散溶液を作製した。具体的には、マグネチックスターラー(製品名:F-604N、東京硝子器械株式会社製)で撹拌しながら、マレイン酸変性ポリプロピレン(製品名:MG400P、理研ビタミン株式会社製)を少量ずつ添加した。
【0058】
分散溶液の溶媒を加熱乾燥させて乾燥物を得る乾燥工程を行った。具体的には、分散液をバットに移し、アルミホイルで蓋をして穴を空け、80℃で乾燥した。その後、ミキサーを用いて乾燥物を解砕した。
【0059】
乾燥物を粉砕して、薄片状のナノセルロース片を形成する粉砕工程を行った。粉砕工程は、ジェットミルを用いて行った。ジェットミルは、(製品名:Typhoon、Isaac社製)を用いた、ジェットミルの設定は、処理速度20グラム/時とした。
【0060】
(乾燥物の粒子の状態観察)
走査型電子顕微鏡(以下、SEMとする)を用いて乾燥物の粒子の状態を観察した。SEMの型式及び測定環境については、下記の通りとした。
SEM:JEOL JSM-5600LV
加圧電圧:15kV
試料の導電処理:Auスパッタ200Å
【0061】
(混濁液の状態)
表1に樹脂粒子分散工程における、マレイン酸変性ポリプロピレン及びセルロースナノクリスタルの分散状態を示した。尚、表中の分散状態の評価の基準を下記に示す。また、表中のCNCは「セルロースナノクリスタル」であり、MAPPは、「マレイン酸変性ポリプロピレン」である。
【0062】
(評価基準)
×:CNCとマレイン酸変性ポリプロピレンが分離
△:CNCとマレイン酸変性ポリプロピレンが一部分離
〇:CNCとマレイン酸変性ポリプロピレンが均一に混合
【0063】
【表1】
【0064】
表1に示すように、実施例3及び4においては、非常に良好な分散状態が得られた。また、実施例1及び2おいては、比較例1及び2よりも良好な分散状態が得られた。これに対して、比較例1では、CNCが混濁してよい分散状態が得られなかった。また、比較例2では、マレイン酸変性ポリプロピレンが上部に残留し、攪拌することが困難であった。
【0065】
(SEMによる乾燥物の粒子の観察)
図5は、粉砕工程前の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:3の試料のSEMの画像(800倍)を示している。また、図6は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:3の試料のSEMの画像(800倍)を示している。
【0066】
図7は、粉砕工程前の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の試料のSEMの画像(800倍)を示している。また、図8は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の試料のSEMの画像(800倍)を示している。
【0067】
図9は、粉砕工程前の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1の試料のSEMの画像(800倍)を示している。また、図10は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1の試料のSEMの画像(800倍)を示している。
【0068】
図11は、粉砕工程前の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:0.8の試料のSEMの画像(800倍)を示している。また、図12は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:0.8の試料のSEMの画像(800倍)を示している。
【0069】
図5乃至12に示すように、粉砕工程後の乾燥物は、いずれの比率においても粉砕工程前の乾燥物よりも粒径が小さいことが確認できた。また、粉砕工程後の乾燥物は、粉砕工程前の乾燥物よりも丸みを帯びていることが確認できた。特に、図6、8、10及び12において示されるように、粉砕工程後の乾燥物には、ナノセルロースのシェルが破壊されて、コア成分のマレイン酸変性ポリプロピレンから剥脱する際に形成されたと考えられる
穴を有する粒子片、すなわちナノセルロース片が確認された。
【0070】
図13は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:3の試料のSEMの画像(1600倍)を示している。図14は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の試料のSEMの画像(1600倍)を示している。
【0071】
図15は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1の試料のSEMの画像(1600倍)を示している。図16は、粉砕工程後の乾燥物であって、マレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:0.8の試料のSEMの画像(1600倍)を示している。
【0072】
図13乃至16に示すように、コア成分のマレイン酸変性ポリプロピレンからシェル成分のセルロースナノクリスタルが剥脱して形成されたナノセルロース片が確認された。ナノセルロース片の厚さは、マレイン酸変性ポリプロピレンに対するセルロースナノクリスタルの含有比が小さいほど、薄いことが確認できた。これは、マレイン酸変性ポリプロピレンに対するセルロースナノクリスタルの含有比が少なくなるにつれて、セルロースナノクリスタルが形成するシェルの厚さが薄くなると考えられるためである。
【0073】
(高分子複合材料の製造)
乾燥物及びポリプロピレンを溶融混合し高分子複合材料を得た。マレイン酸変性ポリプロピレン、セルロースナノクリスタル及びポリプロピレンの混合比は、12:1.2:90とした。溶融混合には、二軸押出機(製品名:LABO PLASTOMILL、株式会社東洋精機製作所製)を用い、180℃で混練を行った。その後、真空加熱プレス機により180℃でφ13mm、厚さ2mmのペレット状に成形した。
【0074】
尚、試料は、ポリプロピレンのみの試料A(比較例3)、粉砕工程のみ行わずに生成した乾燥物とポリプロピレンを含む試料C(比較例4)及び粉砕工程を行った乾燥物とポリプロピレンを含む試料B(実施例5)の3種類を作製した。
【0075】
(引張試験)
引張試験を行い、ひずみに対する応力を測定した。引張試験機の設定は、下記の通りとした。
チャック間キョリ:32mm
標線間キョリ:22mm
試験速度:10mm/min
使用ロードセル:1kN
【0076】
図17は、比較例3のひずみに対する応力の測定結果を示している。図18は、比較例4のひずみに対する応力の測定結果を示している。図19は、実施例5のひずみに対する応力の測定結果を示している。図17乃至19に示すように、実施例5最大応力は、比較例3及び4よりも高い結果となった。また、実施例5は、比較例4よりも長くひずみをかけることができた。
【0077】
(ナノセルロース片の厚さによる物性への影響の検討)
比較例5、6及び実施例6乃至8の高分子複合材料を次の要領で作製した。尚、乾燥物の作製方法は、上述の方法と同一であるため説明を省略する。また、各比較例及び各実施例の作製方法は、上述の方法と同一であるため説明を省略する。
【0078】
比較例5として、ポリプロピレンのみでペレットを作製した。
比較例6として、粉砕工程前の乾燥物であってマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の試料を、ポリプロピレンと溶融混合したペレットを作製した。尚、マレイン酸変性ポリプロピレン、セルロースナノクリスタル及びポリプロピレンの比率は10:2:90とした。
【0079】
実施例6として、粉砕工程後の乾燥物であってマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:2の試料を、ポリプロピレンと溶融混合したペレットを作製した。尚、マレイン酸変性ポリプロピレン、セルロースナノクリスタル及びポリプロピレンの比率は10:2:90とした。
【0080】
実施例7として、粉砕工程後の乾燥物であってマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1.2の試料を、ポリプロピレンと溶融混合したペレットを作製した。尚、マレイン酸変性ポリプロピレン、セルロースナノクリスタル及びポリプロピレンの比率は10:1.2:90とした。
【0081】
実施例8として、粉砕工程後の乾燥物であってマレイン酸変性ポリプロピレンとセルロースナノクリスタルの比率が10:1.2の試料を、ポリプロピレンと溶融混合したペレットを作製した。尚、マレイン酸変性ポリプロピレン、セルロースナノクリスタル及びポリプロピレンの比率は10:1:90とした。
【0082】
比較例5、6及び実施例6乃至8に対して上述の引張試験を行った。その結果に基づいて得られた物性を表2に示す。
【表2】
【0083】
表2に示すように、マレイン酸変性ポリプロピレンに対するセルロースナノクリスタルの含有比が少なくなるにつれて、換言すれば、ナノセルロース片の厚さが薄くなるにつれて、破断伸びを大きく保ちながら弾性率及び降伏応力が増大した。
【0084】
[試験例2](ポリ乳酸のナノセルロース片)
(ナノセルロース片の製造)
原料としてセルロースナノクリスタル(CNC)及びポリ乳酸(PLA:polylactic acid)粒子を用意した。セルロースナノクリスタル(CNC)及びポリ乳酸(PLA)粒子の混合比を10:1とし、ナノセルロース片を作製した。
【0085】
セルロースナノクリスタルは、原子間力顕微鏡(AFM:Atomic Force Microscope)によって測定した平均長さが200nm、平均径が15nmのものを用いた。ポリ乳酸(製品名:REVODE110、Zhejian Hisun Biomaterials製)は、レーザー光散乱法によって測定した平均粒径が50μmのものを用いた。
【0086】
水にセルロースナノクリスタルを分散させ、分散溶液作製工程を行った。具体的には、セパラブルフラスコに脱イオン水300mLを入れ、マグネチックスターラー(製品名:F-604N、東京硝子器械株式会社製)で撹拌を開始した。撹拌しながら、CNC(製品名:NCV-100、Celluforce製)9gを添加し、分散させた。
【0087】
平均粒径が50μmのポリ乳酸(製品名:REVODE110、Zhejian Hisun Biomaterials製)を分散溶液に分散させ、樹脂粒子分散工程を行った。樹脂粒子分散工程においては、ポリ乳酸とセルロースナノクリスタルとの質量の比率が10:1となるように分散溶液を作製した。具体的には、マグネチックスターラー(製品名:F-604N、東京硝子器械株式会社製)で撹拌しながら、ポリ乳酸(製品名:REVODE110、Zhejian Hisun Biomaterials製)を少量ずつ添加した。
【0088】
分散溶液の溶媒を加熱乾燥させて乾燥物を得る乾燥工程を行った。具体的には、分散液をバットに移し、アルミホイルで蓋をして穴を空け、80℃で2日間乾燥した。その後、ミキサーを用いて乾燥物を解砕した。
【0089】
乾燥物を粉砕して、薄片状のナノセルロース片を形成する粉砕工程を行った。使用機材は、試験例1と同一であるので説明を省略する。ジェットミルの設定は、処理速度30グラム/時とした。
【0090】
(乾燥物の粒子の状態観察)
試験例1と同一のSEM及び同一条件で、乾燥物の粒子の状態を観察した。
【0091】
図20は、粉砕工程前の乾燥物であって、セルロースナノクリスタルとポリ乳酸の比率が10:1の試料のSEMの画像(800倍)を示している。また、図21は、粉砕工程後の乾燥物であって、セルロースナノクリスタルとポリ乳酸の比率が10:1の試料のSEMの画像(1600倍)を示している。
【0092】
図20及び図21に示すように、粉砕工程後の乾燥物の粒子は、粉砕工程前の乾燥物の粒子よりも粒径が小さいことが確認できた。また、粉砕工程後の乾燥物の粒子は、粉砕工程前の乾燥物の粒子よりも丸みを帯びていることが確認できた。特に、図21において示されるように、粉砕工程後の乾燥物には、ナノセルロースからなるシェルが破壊されてコア成分のポリ乳酸が剥脱する際に形成されたと考えられる穴を有する粒子片、すなわちナノセルロース片が確認された。乾燥物は、ナノセルロース片、ナノセルロース、ポリ乳酸及びポリ乳酸を内包するナノセルロースを含有する。
【0093】
(粒度分布の測定)
図22は、レーザー光散乱法によって測定した乾燥物の粒子の粒度分布を示している。図22に示すように、乾燥物の粒子の粒径は、10~100μmであることが確認された。また、乾燥物の粒子のメジアン径(D50)は、35.4μmであることが確認された。
【0094】
(高分子複合材料の製造)
ポリ乳酸及び乾燥物の高分子複合材料を溶媒キャスト法にて作製した。
【0095】
尚、試料は、ポリ乳酸のみの試料D(比較例7)、粉砕工程のみ行わずに生成した乾燥物とポリ乳酸を含む試料E(比較例8)及び粉砕工程を行った乾燥物とポリ乳酸を含む試料F(実施例9)の3種類を作製した。また、比較例8及び実施例9のポリ乳酸及び乾燥物の混合比は、11:89とした。
【0096】
具体的には、クロロホルムに上記の材料を添加して混合し、当該材料が3%となるように溶解させた。この溶液10mlをシャーレに注入し、自然乾燥を行いフィルム状とした。このフィルムを70℃で真空乾燥を行った。真空乾燥後のフィルムの膜厚は、50μmであった。
【0097】
(動的粘弾性測定)
動的粘弾性測定を行い、ひずみに対する応力を測定した。動的粘弾性測定の設定は、下記の通りとした。
試料長:10mm
ひずみ:14μm
周波数:10Hz
温度範囲:30~200℃
昇温速度:2℃/min
【0098】
図23は、温度に対する貯蔵弾性率を示している。図24は、温度に対する損失正接を示している。図23及び図24に示すように、粉砕工程を行った乾燥物を含む実施例9の室温付近のヤング率は、乾燥物を含まない比較例7から23%向上している。
【0099】
また、実施例9の損失正接のピーク温度は86℃であった。また、比較例7の損失正接のピーク温度は77℃であった。損失正接のピーク温度をガラス転移温度(Tg)とすると、実施例9のガラス転移温度(Tg)は、比較例7のガラス転移温度よりも9℃高いことが確認された。
【0100】
さらに、実施例9の損失正接のピークの値は、0.22であった。比較例7の損失正接のピークの値は、0.29であった。比較例8の損失正接のピークの値は、0.31であった。従って、実施例9は、比較例7及び8よりも損失正接のピークの値が低いことが確認された。すなわち、実施例9は、セルロースナノクリスタルとポリ乳酸との界面での滑りが少なくなり、比較例7及び8よりも弾性的(バネに近い状態)であるといえる。
【符号の説明】
【0101】
100 高分子複合材料
10 熱可塑性樹脂
20 ナノセルロース片
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24