(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】加工装置及び加工方法
(51)【国際特許分類】
B23H 5/08 20060101AFI20231222BHJP
B23H 5/10 20060101ALI20231222BHJP
B23H 5/12 20060101ALI20231222BHJP
【FI】
B23H5/08
B23H5/10
B23H5/12
(21)【出願番号】P 2020512341
(86)(22)【出願日】2019-04-05
(86)【国際出願番号】 JP2019015224
(87)【国際公開番号】W WO2019194317
(87)【国際公開日】2019-10-10
【審査請求日】2022-04-04
(31)【優先権主張番号】P 2018073010
(32)【優先日】2018-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】597139170
【氏名又は名称】学校法人静岡理工科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100195970
【氏名又は名称】本夛 伸介
(74)【代理人】
【氏名又は名称】岩永 和久
(72)【発明者】
【氏名】後藤 昭弘
(72)【発明者】
【氏名】王 思聰
(72)【発明者】
【氏名】白井 康介
【審査官】石川 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-358585(JP,A)
【文献】特開2015-098064(JP,A)
【文献】特開2000-198012(JP,A)
【文献】特開平06-114629(JP,A)
【文献】特開2004-345065(JP,A)
【文献】特開2000-246502(JP,A)
【文献】化学辞典,第1版第4刷,日本,株式会社東京化学同人,1998年03月02日,99ページ,左欄第1-13行
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 5/08
B23H 5/10
B23H 5/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物を所定位置に固定する固定手段と、
前記工作物を機械的除去可能な回転工具と、
前記回転工具を軸周りに回転させるための回転手段と、
前記工作物に対して前記回転工具を相対的に移動させ得る移動手段と、
前記回転工具と工作物との間に電圧を印加し、電解液を介して当該回転工具と工作物との間に電流を流し得る電源装置と、
前記炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物から、前記電源装置により前記金属バインダを除去する金属バインダ除去機能と
を有し、前記電源装置で電圧を印加して電解作用を利用し、前記回転工具によって所望形状に機械的除去加工するための加工装置であって、
前記回転工具は、
前記電源装置により印加される電圧によって前記電解液を介して前記工作物との間で電流を流し得る本体部と、
前記本体部に取り付けられた絶縁材料から成り、前記工作物を機械的除去加工可能な加工部と、
を具備したことを特徴とする加工装置。
【請求項2】
前記電解液は、前記工作物に含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン、又は当該金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンが添加されて成ることを特徴とする請求項1記載の加工装置。
【請求項3】
前記電源装置は、前記回転工具と工作物との間に印加される電圧の極性を逆に切り替え 可能とされ、前記電解液に添加された材料を前記工作物の表面に析出させ得ることを特徴とする請求項2記載の加工装置。
【請求項4】
前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の 粒を前記本体部に固定した電着工具から成ることを特徴とする請求項1~3の何れか1つに記載の加工装置。
【請求項5】
前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を前記本体部に固定した工具から成ることを特徴とする請求項1~3の何れか1つに記載の加工装置。
【請求項6】
導電性材料から成る本体部と絶縁材料から成る加工部とを有する回転工具を軸周りに回転させつつ炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物に対して相対的に移動させ、前記回転工具と工作物との間隙に電解液を供給し、その電解液を介して前記回転工具と工作物との間に電圧を印加して電流を流し、電解作用を利用して前記工作物の金属バインダを前記電解液に溶出させると同時に、前記加工部を工作物に接触させて
所望形状に機械的除去加工することを特徴とする加工方法。
【請求項7】
前記電解液は、前記工作物に含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン、又は当該金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンが添加されて成ることを特徴とする請求項6記載の加工方法。
【請求項8】
前記回転工具と工作物との間に印加される電圧の極性を逆に切り替え、前記電解液に添加された材料を前記工作物の表面に析出させることを特徴とする請求項7記載の加工方法 。
【請求項9】
前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の粒を前記本体部に固定した電着工具から成ることを特徴とする請求項6~8の何れか1つに記載の加工方法。
【請求項10】
前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を前記本体部に固定した工具から成ることを特徴とする請求項6~8の何れか1つに記載の加工方法。
【請求項11】
荒加工においては、電解作用を利用して前記回転工具による機械的除去加工を行わせるとともに、仕上げ加工では、電解作用を利用せず前記回転工具による機械的除去加工を行うことを特徴とする請求項6~10の何れか1つに記載の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物に対して電解作用を利用し、機械的除去加工するための加工装置及び加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
超硬合金を研削加工するための加工装置として、従来、電解加工と研削加工を組み合わせた複合加工装置が提案されている(例えば、非特許文献1、非特許文献2及び非特許文献3参照)。このような加工は、電解研削と称されることがあり、1960年台から1970年代にかけて、主に米国で開発され、一時期世界的な注目を浴びた技術とされている。このような従来の加工装置によれば、電解作用と研削作用を併用することで、効率的に研削加工を行うことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】著者:西本廉、記事「電解研削について」、「金属表面技術」誌、14巻、1号(P.12~20)、発行元:一般社団法人 表面技術協会、1963年発行
【文献】著者:古野知祐、内平俊夫、宇宿徹、記事「超硬合金の電解研削に関する研究」、「金属表面技術」誌、17巻、2号(P.46~52)、発行元:一般社団法人 表面技術協会、1966年発行
【文献】著者:田村祐二、久保田譲、記事「超硬合金の電解研削における複合効果について」、「茨城大学工学部研究集報」誌、第20巻(P.81~86)、1972年公開
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来技術においては、電解作用を利用して研削加工して表面仕上げを行うことができるものの、電解作用を利用し、機械的除去加工して所望形状の工作物を得るものではない。そこで、本出願人は、特に難加工材料である、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物を電解作用を利用して機械的除去加工することにより、効率よく、高精度且つ高品位な工作物を得る加工装置を開発するに至った。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物を効率よく、高精度且つ高品位に加工することができる加工装置及び加工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の発明は、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物を所定位置に固定する固定手段と、前記工作物を機械的除去可能な回転工具と、前記回転工具を軸周りに回転させるための回転手段と、前記工作物に対して前記回転工具を相対的に移動させ得る移動手段と、前記回転工具と工作物との間に電圧を印加し、電解液を介して当該回転工具と工作物との間に電流を流し得る電源装置と、前記炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物から、前記電源装置により前記金属バインダを除去する金属バインダ除去機能とを有し、前記電源装置で電圧を印加して電解作用を利用し、前記回転工具によって所望の形状に機械的除去加工するための加工装置であって、前記回転工具は、前記電源装置により印加される電圧によって前記電解液を介して前記工作物との間で電流を流し得る本体部と、前記本体部に取り付けられた絶縁材料から成り、前期工作物を機械的除去加工可能な加工部と、を具備したことを特徴とする。
【0007】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の加工装置において、前記電解液は、前記工作物に含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン、又は当該金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンが添加されて成ることを特徴とする。
【0008】
請求項3記載の発明は、請求項2記載の加工装置において、前記電源装置は、前記回転工具と工作物との間に印加される電圧の極性を逆に切り替え可能とされ、前記電解液に添加された材料を前記工作物の表面に析出させ得ることを特徴とする。
【0009】
請求項4記載の発明は、請求項1~3の何れか1つに記載の加工装置において、前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の粒を前記本体部に固定した電着工具から成ることを特徴とする。
【0010】
請求項5記載の発明は、請求項1~3の何れか1つに記載の加工装置において、前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を前記本体部に固定した工具から成ることを特徴とする。
【0011】
請求項6記載の発明は、導電性材料から成る本体部と絶縁材料から成る加工部とを有する回転工具を軸周りに回転させつつ炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物に対して相対的に移動させ、前記回転工具と工作物との間隙に電解液を供給し、その電解液を介して前記回転工具と工作物との間に電圧を印加して電流を流し、電解作用を利用して前記工作物の金属バインダを前記電解液に溶出させると同時に、前記加工部を工作物に接触させて所望形状に機械的除去加工することを特徴とする。
【0012】
請求項7記載の発明は、請求項6記載の加工方法において、前記電解液は、前記工作物に含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン、又は当該金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンが添加されて成ることを特徴とする。
【0013】
請求項8記載の発明は、請求項7記載の加工方法において、前記回転工具と工作物との間に印加される電圧の極性を逆に切り替え、前記電解液に添加された材料を前記工作物の表面に析出させることを特徴とする。
【0014】
請求項9記載の発明は、請求項6~8の何れか1つに記載の加工方法において、前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の粒を前記本体部に固定した電着工具から成ることを特徴とする。
【0015】
請求項10記載の発明は、請求項6~8の何れか1つに記載の加工方法において、前記回転工具は、前記加工部としてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を前記本体部に固定した工具から成ることを特徴とする。
【0016】
請求項11記載の発明は、請求項6~10の何れか1つに記載の加工方法において、荒加工においては、電解作用を利用して前記回転工具による機械的除去加工を行わせるとともに、仕上げ加工では、電解作用を利用せず前記回転工具による機械的除去加工を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
請求項1、6の発明によれば、電解作用を利用して機械的除去加工することができるので、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物を効率よく、高精度且つ高品位に加工することができる。
【0018】
請求項2、7の発明によれば、電解液は、工作物に含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン、又は当該金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンが添加されて成るので、回転工具による加工部位以外における金属バインダの溶出を抑制することができ、工作物全体の強度の低下を防止することができる。
【0019】
請求項3、8の発明によれば、回転工具と工作物との間に印加される電圧の極性を逆に切り替えて、電解液に添加された材料を工作物の表面に析出させるので、工作物全体の強度の低下をより確実に防止することができる。
【0020】
請求項4、9の発明によれば、回転工具は、加工部としてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の粒を本体部に固定した電着工具から成るので、汎用的な回転工具にて電解作用を利用して機械的除去加工を行わせることができる。
【0021】
請求項5、10の発明によれば、回転工具は、加工部としてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を本体部に固定した工具から成るので、汎用的且つ安価な回転工具にて電解作用を利用して機械的除去加工を行わせることができる。
【0022】
請求項11の発明によれば、荒加工においては、電解作用を利用して回転工具による機械的除去加工を行わせるとともに、仕上げ加工では、電解作用を利用せず回転工具による機械的除去加工を行うので、仕上げ加工時の加工時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る加工装置を示す全体模式図
【
図2】同加工装置に適用される回転工具を示す模式図
【
図3】同加工装置に適用される他の回転工具を示す模式図
【
図4】同加工装置に適用されるさらに他の回転工具を示す模式図
【
図5】本発明の第2の実施形態に係る加工装置を示す全体模式図
【
図6】同加工装置に適用される添加手段を示す模式図
【
図7】同加工装置における電源装置による電圧印加タイミングを説明するタイミングチャート
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。
第1の実施形態に係る加工装置は、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物に対して電解作用を利用し、機械的除去加工するためのもので、
図1に示すように、工作物Wを所定位置に固定する固定手段1と、工作物Wを機械的除去加工するための回転工具Kと、回転工具Kを軸周りに回転させるための回転手段M1と、工作物Wに対して回転工具Kを相対的に移動させ得る移動手段M2と、電気回路A1及び電気回路A2にて構成された電源装置Aと、電解液Dを収容する電解液タンク6とを具備して構成されている。
【0025】
工作物Wは、炭化タングステン(WC)を金属バインダとしてのコバルト(CO)で固めた焼結合金(超硬合金)から成るもので、位置決めされて固定手段1に固定される。なお、適用される工作物Wは、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成るものであれば、他の焼結合金であってもよく、炭化物として炭化チタン(TiC)や炭化タンタル(TaC)等を含むものでもよく、金属バインダとしてクロム(Cr)やニッケル(Ni)等を含むものでもよい。しかるに、例えば主成分が炭化チタン(TiC)で金属バインダがニッケル(Ni)を主成分とするサーメットと呼ばれる焼結合金であってもよい。
【0026】
固定手段1は、工作物Wを所定位置に位置決めして固定させる固定治具から成るもので、電解液Dを受け得る加工槽E内に配設されている。加工槽Eは、電解液タンク6から供給されて回転工具Kと工作物Wとの極間に向かって噴出された電解液Dを受けるもので、その受けた電解液Dを電解液タンク6に戻すことができるよう構成されている。回転工具Kに電解液Dを流通させ得る流通孔を形成し、そこから工作物Wに向かって電解液Dを噴出させるようにしてもよい。なお、本実施形態においては、電解液Dを回転工具Kと工作物Wとの極間に向かって噴出させているが、加工槽E内に電解液Dを所定容量収容させ、収容された電解液Dにて工作物Wを浸漬し、電解作用を利用して機械的除去加工するようにしてもよい。
【0027】
回転手段M1は、回転工具Kを軸周りに回転させるモータ等のアクチュエータから成る。かかる回転手段M1によって、回転工具Kを回転させ、加工部(砥粒Kb或いは切り刃K’b)を工作物Wに接触させて機械的除去加工し得るようになっている。移動手段M2は、工作物Wに対して回転工具Kを相対的に移動させ得るアクチュエータから成るもので、本実施形態においては、回転する回転工具KをX軸、Y軸及びZ軸方向に移動させ、工作物Wを所望形状に機械的除去加工し得るよう構成されている。
【0028】
回転工具Kは、固定手段1で固定された工作物Wを機械的除去加工可能な工具から成り、既述のように、回転手段M1によって軸周りに回転可能とされるとともに、図示しない制御手段によって駆動が制御された移動手段M2によって移動し、工作物Wを所望形状に機械的除去加工し得るよう構成されている。このように、回転工具KがX軸、Y軸及びZ軸方向に移動しつつ機械的除去加工することにより、例えば3次元形状の金型を機械的除去加工することができる。
【0029】
電源装置Aは、抵抗器2、スイッチS1及び電源4が接続された電気回路A1と、抵抗器3、スイッチS2及び電源5が接続された電気回路A2とを有する電気回路で構成されている。電気回路A1によって工作物Wにプラス、回転工具Kに対してマイナスの電圧を印加し、電気回路A2によって工作物Wにマイナス、回転工具Kにプラスの電圧を印加し得るようになっている。
【0030】
すなわち、電源装置Aは、回転工具Kと工作物Wとの間に電圧を印加することにより、電解液を介して当該回転工具Kと工作物Wとの間に電流を流し得るよう構成されており、工作物Wに対して電解作用を利用することができるのである。このような電解作用を利用することによって、工作物Wにおける金属バインダとしてのコバルト(CO)を電解液に溶出させるとともに、炭化タングステン(WC)を酸化させることができる。
【0031】
電解液タンク6は、電解液Dを所定量収容し得るとともに、電解液Dを固定手段1に供給し得る供給流路L1と、固定手段1の電解液Dを回収し得る回収流路L2と接続されている。また、供給流路L1には、ポンプP1が取り付けられており、電解液タンク6内の電解液を固定手段1内に送液し得るようになっている。なお、電解液Dは、塩化ナトリウム(NaCl)や硝酸ナトリウム(NaNO3)等の電解質を溶かした水溶液が用いられる。
【0032】
ここで、本実施形態に係る回転工具Kは、
図2に示すように、回転手段M1によって軸周りに回転可能とされた導電性材料から成り、電源装置Aにより印加される電圧によって電解液Dを介して工作物Wとの間で電流を流し得る本体部Kaと、本体部Kaに取り付けられた絶縁材料(高抵抗材料)から成り、工作物Wを機械的除去加工可能な加工部Kbとを具備している。より具体的には、回転工具Kは、加工部Kbとしてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の粒(砥粒)を本体部Kaに固定した電着工具から成る。
【0033】
本実施形態に係る回転工具Kは、加工部Kb(砥粒)が機械的除去加工の切れ刃として機能するとともに、本体部Kaが工作物Wに対して電気的に接触するのを防止する機能を兼ね備えている。そして、回転した回転工具KがX軸、Y軸及びZ軸方向に移動して工作物Wに対して相対的に移動し、加工部Kbが工作物Wに接触し干渉した部分を削り取ることにより機械的除去加工が行われるようになっている。
【0034】
また、回転工具Kに代えて、
図3に示すように、加工部K’bとしてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を本体部K’に固定した工具から成る回転工具K’としてもよい。かかる回転工具K’は、本体部K’aが、例えば超硬合金或いは高速度工具鋼から成る導電性の材料から成るとともに、硬質且つ高抵抗の材料から成る切り刃としての加工部K’bを当該本体部K’aに対してロウ付け(若しくは他の固定方法)により固定されている。
【0035】
特に、回転工具K’は、荒加工に用いた場合、切れ刃としての加工部K’bが大きいので、電着工具から成る回転工具Kよりも効率よく機械的除去加工を行うことができる。さらに、かかる回転工具K’を用いることにより、電解作用を利用するために電圧を印加して機械的除去加工を行ったときの放電を防止することができる。すなわち、回転工具Kを用いる場合、硬質の粒子を付着させた電着工具を用いて電圧を印加させながら機械的除去加工するので、電解作用を利用することができるが、通常、放電も発生してしまう。放電が発生してしまうと、回転工具Kにダメージを与えるだけでなく、工作物Wにも熱影響を残してしまうとともに、電解作用の効率も低下させることになってしまうのである。
【0036】
これに対し、
図3で示すような回転工具K’を用いるようにすれば、本体部K’aである導電性材料と工作物Wとの離間寸法をある程度以上に保持するように設計すれば、放電の発生を防ぐことが容易にできる。例えば、本体部K’aである導電性材料よりも加工部K’bとしての切れ刃を100μm程度以上外側に突出させれば、放電の発生をほぼ防ぐことができる。したがって、回転工具K’を用いることにより、より高い電圧を印加することができることとなり、より効率的に加工部分である工作物Wのコバルト(Co)を溶出させることができ、効率のよい機械的除去加工を行うことができる。
【0037】
また、回転工具Kに代えて、
図4に示すように、加工部K’bとしてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を本体部K’aに固定するとともに、本体部K’における先端以外を絶縁材料(高抵抗材料)でコーティングしたコーティング部K’cを有した工具から成る回転工具K”としてもよい。かかる回転工具K”によれば、電解作用を回転工具K”の先端部分に限定することができ、加工部分以外のコバルト(Co)の溶出を抑制し、工作物Wの品質劣化を防止することができる。
【0038】
しかるに、印加する電圧が低いほど、酸化コバルト(CoO)が生成しやすく、印加する電圧が高い場合にはコバルト(Co)がCo2+イオンになって溶出する反応、炭化タングステン(WC)が酸化タングステン(WO3)となる反応が進みやすいことがわかっている。印加する電圧が15V以下では、酸化コバルト(CoO)が生成しやすいため、印加する電圧は15V以上とすることが好ましい。特に荒加工では、コバルト(Co)を多く溶出させることが有利であるので、回転工具(K’、K”)を用いる場合、本体部(K’a、K”a)に対する加工部(K’b、K”b)の突出量を大きめに設定し、比較的高めの電圧(例えば30V以上)を印加しつつ機械的除去加工するのが好ましい。
【0039】
次に、本実施形態に係る加工装置による動作及び作用について説明する。
スイッチS1をオン(スイッチS2をオフ)すると、回転工具Kにマイナス、工作物Wにプラスの電圧が印加され、電解液Dを介して回転工具Kと工作物Wとの間に電流が流れる。このとき、工作物Wは、炭化タングステン(WC)を金属バインダとしてのコバルト(CO)で固めた焼結合金(超硬合金)から成るので、以下の反応が起きる。
【0040】
Co - 2e- → Co2-
2OH--2e- → H2O+[O]
WC+4 1/2[0] → WO3+1/2CO+1/2CO2
【0041】
すなわち、コバルト(Co)は電子を放出してイオンとなり電解液D中に溶出するとともに、炭化タングステン(WC)は酸化するという反応が起きる。なお、コバルト(Co)のイオン化も広義の酸化反応である。実際には、これらの反応に加えて、Co + [O] → CoOの反応も起きる。酸化タングステン(WO3)と酸化コバルト(CoO)は絶縁性の物質であり、超硬合金の表面がこれらの物質に覆われると導通がなくなり、表面の酸化現象(電解溶出も含めた広義の酸化現象)は進行しなくなる。酸化タングステン(WO3)は炭化タングステン(WC)と比べると脆弱な物質であり機械的に除去するのは容易である。
【0042】
以上のように、回転工具Kと工作物Wの間に電解液Dを介して電圧を印加すると、工作物Wの表面に電気化学的反応、すなわち電解作用(広義には、金属バインダの溶出、金属バインダの酸化、炭化物の酸化を含む)が起きる。なお、これまで述べてきたように、金属バインダを溶出させて脆弱化した工作物Wを機械的除去加工することが最も効率のよい加工方法であるが、金属バインダの酸化と炭化物の酸化が起きた場合でも、炭化物が脆弱化しているので、機械的除去加工は容易になる。
【0043】
このように、回転工具Kにマイナス、工作物Wにプラスの電圧を印加すると、工作物Wの表面のコバルト(Co)が溶出するので、焼結合金(超硬合金)は硬質の材料であるが、強度が著しく低下する。よって、回転工具Kの加工部Kb(砥粒)によって、電源装置Aにて生じた電解作用(電気化学的作用)を利用することにより強度が低下した工作物Wの表面を低負荷の状態で高効率的に機械的除去加工することができる。
【0044】
なお、電気化学的反応により、超硬合金表面の材料は、Coイオン、酸化コバルト(CoO)、酸化タングステン(WO3)が生成し得るが、回転工具Kにより機械的除去加工を行う場合には、Coイオンとなってコバルト(Co)が溶出し、表面の強度を低下させる反応が好ましい。特に、酸化タングステン(WO3)が生成する反応においては、酸化タングステン(WO3)も脆弱な物質であるので、機械的除去加工を容易とすることができる。このように、本実施形態においては、電解作用を利用して、工作物Wの加工部分の強度を低下させた上で、機械的除去加工を行うことで、焼結合金(超硬合金)を極めて容易に機械的除去加工することができる。
【0045】
ここまでの説明では、本実施例では、電源4、5によって直流電流を流す場合について説明したが、パルス状の電流を流すようにしてもよい。パルス状の電流、特に、数10ms程度以下のパルス状の電流を流すようにすれば、電解作用の及ぶ範囲が電極である回転工具Kの直下付近に限定されるため、加工精度を向上させることができる。また、本実施例では、単極性の電圧を印加し、電流を流す方法について説明したが、パルス状の電流を流し、両極性とすることで、工作物Wがプラスの極性のときに工作物Wの表面にWO3が生成されても、そのWO3を工作物Wがマイナスの極性のときに溶かすことができるので、両極性にて動作させるようにしてもよい。
【0046】
ところで、焼結合金(超硬合金)の工作物Wの機械的除去加工においては、荒加工に長時間を要し、仕上げ加工は、比較的短時間で可能である。よって、仕上げ加工でスイッチS1をオフして電解作用を停止すれば、汎用的な機械的除去加工(ミーリング加工)の技術をそのまま仕上げ加工で利用することができる。また、最終の仕上げ加工において、電解作用を停止させることで、金属バインダの溶出による工作物Wのダメージを抑制することができる。
【0047】
次に、本発明の第2の実施形態に係る加工装置について説明する。
本実施形態に係る加工装置は、第1の実施形態と同様、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物に対して電解作用を利用し、機械的除去加工するためのもので、
図5に示すように、工作物Wを所定位置に固定する固定手段1と、工作物Wを機械的除去加工するための回転工具Kと、回転工具Kを軸周りに回転させるための回転手段M1と、工作物Wに対して回転工具Kを相対的に移動させ得る移動手段M2と、電気回路A1及び電気回路A2にて構成された電源装置Aと、電解液Dを収容する電解液タンク6と、添加手段7とを具備して構成されている。なお、第1の実施形態と同一の構成要素については同一の符号を付し、それらの詳細な説明を省略する。
【0048】
第1の実施形態においては、難加工材料である炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物Wを効率的に加工することができるが、2つの技術的課題がある。そのうちの1つ目の課題は、電解液Dに触れる部分の工作物Wの品質劣化の問題である。電解加工に用いる電解液Dは、塩化ナトリウム(NaCl)や硝酸ナトリウム(NaNO3)等の水溶液が用いられるので、このような導電性の電解液Dに超硬合金等の工作物Wが触れると、コバルトCoが溶出し、工作物Wの強度を著しく低下させてしまう虞がある。他の課題は、工作物Wに対して電気化学的な加工を行う場合、炭化タングステン(WC)よりもコバルト(Co)の方が優先的に溶出し、工作物Wの強度を低下させてしまう虞がある。したがって、工作物Wを電解作用を利用して加工する場合には、これらの技術的課題の解決が不可欠である。
【0049】
1つ目の課題、すなわち、電解液Dに触れる部分の工作物Wのコバルト(Co)の溶出の問題の対策として、電解液D中にCo2+イオンを添加することが有効である。これは、コバルト(Co)の溶出が Co → Co2+ + 2 e- の反応であるため、電解液D中のCo2+濃度を増加することで、この反応を抑えることができるからである。電解液Dとして、塩化ナトリウム(NaCl)水溶液を使用する場合には、塩化コバルト(CoCl2)を添加することで電解液D中のCo2+を増すことができ、硝酸ナトリウム(NaNO3)水溶液を使用する場合には、硝酸コバルト(Co(NO3)2)を添加することでCo2+を増すことができる。
【0050】
しかし、実験を重ねるうちに、この方法には問題があることもわかってきた。塩化ナトリウム(NaCl)電解液の場合には、塩化コバルト(CoCl2)を添加することで、電解液Dに触れる部分のコバルト(Co)の溶出をほぼ抑えることができたが、時間が経過するにしたがい(例えば、数日)その効果が弱くなった。これは、Co2+イオンが、電解液D中のOH-イオンと反応し、水酸化コバルトCo(OH)2となり、沈殿したためであることがわかった。
【0051】
一方、硝酸ナトリウム(NaNO3)電解液の場合には、Co溶出を抑える効果はあるものの、初めから完全に抑えることはできなかった。この原因は、電解液に硝酸コバルト(Co(NO3)2)を添加すると電解液が酸性になることであると考えられる。硝酸コバルト(Co(NO3)2)を添加することで、電解液中のCo2+イオン濃度は高くなるが、酸性も強くなるため、コバルト(Co)の溶出を防ぐには至らないということである。塩化コバルト(CoCl2)の場合も、電解液Dに添加すると酸性を示すので、コバルト(Co)の溶出を完全には防止できていない可能性もある。
【0052】
そこで、塩化コバルト(CoCl2)や硝酸コバルト(Co(NO3)2)を大量に電解液Dに添加して工作物Wのコバルト(Co)の溶出を防止するという考えから、電解液D中のCo2+イオン濃度を飽和状態にするという考えに改めた。すなわち、第2の実施形態においては、固定手段1に供給される電解質Dに対して、工作物Wに含有される金属バインダ(本実施形態においてはコバルト(Co))の材料と同一材料の金属イオン(Co2+イオン)を添加するための添加手段7を具備したことを特徴とする。
【0053】
かかる添加手段7は、
図6に示すように、円筒状のケース7aと、糸巻フィルタなどのフィルタ7bとを具備するとともに、ケース7aとフィルタ7bとの間の収容空間fには、コバルト(Co)の切粉或いはコバルト(Co)の粗めの粒が収容されている。また、収容空間fには、入口ポート7cが形成されるとともに、フィルタ7bの内部空間には出口ポート7dが形成されており、入口ポート7cから収容空間f内に導入された電解液Dがコバルト(Co)の切粉或いはコバルト(Co)の粗めの粒に触れて流れ、フィルタ7bを通過した後、出口ポート7dから導出されるよう構成されている。
【0054】
本実施形態においては、電解液Dを収容する電解液タンク6に循環ラインL3及びL4が形成されており、このうち循環ラインL3に循環ポンプP2が取り付けられている。また、循環ラインL3には、添加手段7の入口ポート7cが接続されるとともに、循環ラインL4には、添加手段7の出口ポート7dが接続されており、循環ポンプP2を駆動させることにより、電解液タンク6内の電解液Dが循環ラインL3を介して添加手段7内に至り、循環ラインL4を介して電解液タンク6に戻るようになっている。
【0055】
これにより、電解液タンク6内の電解液Dは、循環ポンプP2の駆動によって循環ラインL3を流れ、入口ポート7cを介して収容空間fに至り、そこでコバルト(Co)の切粉或いはコバルト(Co)の粗めの粒に触れてCo2+イオンが添加された後、フィルタ7bを通過し、出口ポート7dを介して循環ラインL4を流れて電解液タンク6に戻るようになっている。すなわち、電解液タンク6内の電解液Dは、添加手段7との間で循環し、その循環過程でCo2+イオンが添加されて飽和状態としているのである。
【0056】
以上のように、Co2+イオンを飽和状態にした電解液Dを用いて加工を行うことにより、工作物Wの加工部分以外のコバルト(Co)の溶出を抑制できる。なお、電解液D中の初期のCo2+イオンを供給するために、予め、塩化コバルトCoCl2や硝酸コバルトCo(NO3)2等、Co2+イオンを供給し得る物質を添加してもよい。
【0057】
一方、電解液Dを開放状態で循環すると、大気に触れる環境で、泡立てながら攪拌することとなり、電解液D中に酸素が溶け込み、加工する工作物Wにダメージを与えることがある。すなわち、溶存酸素により、H2O + 1/2O2 + 2e- → 2OH- 、Co → Co2++2e-の反応で、工作物W中のコバルト(Co)を溶出させてしまうのである。
【0058】
したがって、電解液Dの循環中は、できるだけ電解液Dをカバーで覆い、泡立てないように静かに循環させるのが好ましい。また、その場合、電解液Dと電解液Dを覆うカバー等との間に窒素やアルゴンなどの不活性なガスを供給するのが好ましい。このように電解液Dを循環させることで、電解液D中にCo2+イオンが供給されるが、Co2+イオンは少しずつCo2+ + 2OH- → Co(OH)2となり、沈殿物が生成される。
【0059】
この沈殿物は循環の過程で、フィルタ7bに捕捉されるとともに、不足したCo2+イオンは収容空間f内のコバルト(Co)の切粉或いはコバルト(Co)の粗めの粒にて供給され、電解液Dは常にその条件でのCo2+イオンの飽和状態に保持されることとなる。なお、本明細書でいう「飽和」は厳密な意味での飽和現象ではなく、電解液Dに触れた金属からイオンが溶出する現象が均衡状態にあることを指すものとする。すなわち、その金属に電解液が触れ続けても、それ以上イオン濃度が上昇しない状態を「飽和」と呼んでいる。
【0060】
この状態で、工作物Wに対してプラスの極性の電圧のみを印加した場合には、部分的にコバルト(Co)の溶出が深くまで進んでしまうこともあり、機械的除去加工で除去してもダメージが残存する場合がある。そこで、特に中加工、仕上げ加工では、逆の極性の電圧を印加する必要がある。すなわち、スイッチS1をオフにし、スイッチS2をオンにして、回転工具Kと工作物Wとの間に印加される電圧の極性を逆に切り替える(工作物Wにマイナスの電圧及び回転工具Kにプラスの電圧を印加する)のである。
【0061】
このとき、電解液D中のCo2+イオン(電解液Dに添加された材料)は、Co2+ + 2 e- → Coの反応により、工作物Wの表面に析出する。極性の切り替えは通常、数10ms程度以下の時間で行うため、ミクロな現象としては、コバルト(Co)の溶出と析出の繰り返しとなるが、マクロな現象としては、工作物Wのプラスの極性とマイナスの極性の割合により、コバルト(Co)の溶出速度を調整することができる。
【0062】
回転工具Kと工作物Wとの間に印加する電圧、電流の概略の波形を
図7に示す。極性の切り替えの周期は前述のように数10ms程度以下である。ここで、工作物Wにプラスの電圧を印加する時間をT1、工作物Wにマイナスの電圧を印加する時間をT2とし、工作物Wのプラスの時間の割合T1/(T1+T2)をDutyと呼ぶことにすると、電解作用のみの場合には、加工速度が最高になるDutyが存在する。
【0063】
電解液Dが塩化ナトリウム(NaCl)水溶液の場合には、Dutyが70%程度で加工速度がピークになり、電解液Dが硝酸ナトリウム(NaNO3)水溶液の場合にはDutyが50%程度で加工速度がピークになる。この数値は、加工物W(超硬合金)の成分であるWCを溶融させるときの加工速度のピークの場合であるので、炭化タングステン(WC)を機械的に除去する作用を加えることができる本発明の場合には、この数値よりも高いDutyがよい条件になる。すなわち、塩化ナトリウム(NaCl)電解液を使用する場合にはDutyが70%以上、硝酸ナトリウム(NaNO3)電解液を使用する場合にはDutyが50%以上の条件とするのが好ましい。なお、他の成分の電解液とした場合であっても、Dutyが50%以上とするのが好ましい。
【0064】
また、本実施形態に係る添加手段7は、既述のように、工作物Wに含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン(すなわち、Co2+イオン)を電解液Dに添加しているが、これに代えて或いはこれと共に、工作物Wに含有される金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンを添加するようにしてもよい。例えば、工作物Wに含有される金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンとしてFe2+イオンを電解液Dに添加すると、Fe → Fe2+ + 2e-の反応により、電子を十分に電解液D中に供給するため、Co→ Co2+ + 2 e-となる反応を抑制することができる。
【0065】
また、加工部分においても、スイッチS2をオンしつつスイッチS1をオフすることにより、工作物Wにマイナスの電圧、回転工具Kにプラスの電圧が印加されると、Fe2+ → Feの反応により、工作物Wの表面に鉄Feが析出するとともに、スイッチS2をオフしつつスイッチS1をオンすることにより、工作物Wにプラスの電圧、回転工具Kにマイナスの電圧が印加され、コバルト(Co)よりもイオン化傾向の高いFeが優先的に溶出し、工作物Wの表面のコバルト(Co)を保護する効果がある。
【0066】
ただし、Fe2+イオンは、放置すると容易にFe3+イオンに変化してしまい、工作物Wの表面のコバルト(Co)を保護する効果がほとんどなくなってしまう。その理由は、工作物Wがマイナスの極性の場合でも、標準電極電位Fe2+ + 2 e- = Fe -0.440V(2H+ + 2 e- = H2 0.000V)、Fe3+ + e- = Fe2+ +0.771Vの関係から、Fe2+ → Feよりも、Fe3+ → Fe2+の方が、反応が進みやすいため、Fe3+ → Fe2+となるだけで、工作物Wの表面にFeが析出しなくなるためである。
【0067】
そこで、Feイオンを利用して、工作物を保護するためには、FeイオンをFe
2+の状態に保つ必要がある。そのため、
図6で示す添加手段7において、収容空間fに鉄(Feが主成分の鉄鋼材料)の切粉、或いは鉄の粗めの粒を収容するようにしてもよい。この場合、電解液タンク6内の電解液Dは、循環ポンプP2の駆動によって循環ラインL3を流れ、入口ポート7cを介して収容空間fに至り、そこで鉄の切粉或いは鉄の粗めの粒に触れてFeイオンが添加された後、フィルタ7bを通過し、出口ポート7dを介して循環ラインL4を流れて電解液タンク6に戻るようになっている。すなわち、電解液タンク6内の電解液Dは、添加手段7との間で循環し、その循環過程でFeイオンが添加されて飽和状態としているのである。
【0068】
すなわち、電解液Dが収容空間f内の鉄の切粉或いは鉄の粗めの粒に触れて流れることにより、Fe2+が、Fe → Fe2+と供給される。Fe2+は放置すると、Fe2+ → Fe3+と変化するが、前述の標準電極電位の関係から、Fe2+ → Fe3+の反応よりも、Fe → Fe2+の反応の方が進みやすいため、Fe2+イオンを供給するとともに、Fe2+イオンのFe3+イオンへの変化を抑制することができるのである。
【0069】
これにより、添加手段7を通過する電解液Dは無色透明の状態のまま保つことができる。因みに、循環させる電解液Dを少量取り出して放置すると、数時間で黄色→濃い黄色→褐色と色が変化することからも、電解液D中にFe2+イオンが存在していることが確認できる。このように、電解液Dは無色に保たれるが、配管部分や電解液タンク6の壁面等は茶色に変色することから、Fe2+がFe3+になる現象もわずかではあるが起きていることもわかる。Fe3+になった鉄イオンは、Fe(OH)3となり、添加手段7のフィルタ7bで捕捉される。
【0070】
なお、本実施形態においても、第1の実施形態と同様、回転工具Kの他、回転工具K’又は回転工具K”を使用することができる。また、第1の実施形態と同様、仕上げ加工でスイッチS1をオフして電解作用を停止させることにより、金属バインダの溶出による工作物Wのダメージを抑制するようにしてもよい。さらに、直流電流を流す電源4、5に代えて、パルス状の電流を流すようにしてもよい。
【0071】
第1の実施形態及び第2の実施形態によれば、電解作用を利用して機械的除去加工することができるので、炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物Wを効率よく、高精度且つ高品位に加工することができる。また、本実施形態に適用される電解液Dは、工作物Wに含有される金属バインダの材料と同一材料の金属イオン、又は当該金属バインダよりもイオン化傾向が大きい金属の金属イオンが添加されて成るので、回転工具Kによる加工部位以外における金属バインダの溶出を抑制することができ、工作物全体の強度の低下を防止することができる。
【0072】
さらに、使用される回転工具Kは、加工部Kbとしてのダイヤモンド又は立方晶窒化ホウ素(CBN)の粒を本体部Kaに固定した電着工具から成るので、汎用的な回転工具にて電解作用を利用して機械的除去加工を行わせることができる。またさらに、使用される回転工具(K’、K”)は、加工部K’bとしてのダイヤモンド焼結体又は立方晶窒化ホウ素焼(CBN)結体を本体部K’aに固定した工具から成るので、汎用的且つ安価な回転工具にて電解作用を利用して機械的除去加工を行わせることができる。
【0073】
また、第2の実施形態によれば、回転工具Kと工作物Wとの間に印加される電圧の極性を逆に切り替えて、電解液Dに添加された材料を工作物Wの表面に析出させるので、工作物W全体の強度の低下をより確実に防止することができる。さらに、荒加工においては、電解作用を利用して回転工具Kによる機械的除去加工を行わせるとともに、仕上げ加工では、電解作用を利用せず(電解作用を停止させて)回転工具Kによる機械的除去加工を行うようにすれば、仕上げ加工時の加工時間を短縮することができる。
【0074】
以上、本実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されず、回転工具(K、K’、K”)は、回転手段M1によって軸周りに回転可能とされた導電性材料から成り、電源装置Aにより印加される電圧によって電解液Dを介して工作物Wとの間で電流を流し得る本体部(Ka、Ka’)と、本体部(Ka、Ka’)に取り付けられた絶縁材料から成り、工作物Wを機械的除去加工可能な加工部(Kb、Kb’)とを具備した加工装置であれば、他の形態の加工装置であってもよい。
【0075】
また、導電性材料から成る本体部(Ka、Ka’)と絶縁材料から成る加工部(Kb、Kb’)とを有する回転工具(K、K’、K”)を軸周りに回転させつつ炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物Wに対して相対的に移動させ、回転工具(K、K’、K”)と工作物Wとの間隙に電解液Dを供給し、その電解液Dを介して回転工具(K、K’、K”)と工作物Wとの間に電圧を印加して電流を流し、電解作用を利用して工作物Wの金属バインダを電解液Wに溶出させると同時に、加工部(Kb、Kb’)を工作物Wに接触させて機械的除去加工する加工方法であれば、他の形態の加工方法であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0076】
回転工具は、回転手段によって軸周りに回転可能とされた導電性材料から成り、電源装置により印加される電圧によって電解液を介して前記工作物との間で電流を流し得る本体部と、本体部に取り付けられた絶縁材料から成り、工作物を機械的除去加工可能な加工部とを具備した加工装置、及び導電性材料から成る本体部と絶縁材料から成る加工部とを有する回転工具を軸周りに回転させつつ炭化物を金属バインダで固めた焼結合金から成る工作物に対して相対的に移動させ、回転工具と工作物との間隙に電解液を供給し、その電解液を介して回転工具と工作物との間に電圧を印加して電流を流し、電解作用を利用して工作物の金属バインダを電解液に溶出させると同時に、加工部を工作物に接触させて機械的除去加工する加工方法であれば、外観形状が異なるもの或いは他の機能が付加されたもの等にも適用することができる。
【符号の説明】
【0077】
1:固定手段 2、3:抵抗器 4、5:電源 6:電解液タンク
7:添加手段 7a:ケース 7b:フィルタ K:回転工具
M1:回転手段 M2:移動手段 A:電源装置 D:電解液
W:工作物 S1、S2:スイッチ L1:供給流路 L2:回収流路
L3、L4:循環ライン