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特許7407483水素透過検出用試料ホルダー及び水素透過拡散経路観測装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】水素透過検出用試料ホルダー及び水素透過拡散経路観測装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2204 20180101AFI20231222BHJP
   G01N 23/2251 20180101ALI20231222BHJP
   H01J 37/20 20060101ALI20231222BHJP
【FI】
G01N23/2204
G01N23/2251
H01J37/20 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2022553539
(86)(22)【出願日】2021-08-19
(86)【国際出願番号】 JP2021030476
(87)【国際公開番号】W WO2022070661
(87)【国際公開日】2022-04-07
【審査請求日】2022-12-27
(31)【優先権主張番号】P 2020164186
(32)【優先日】2020-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「磁気冷凍材料および水素液化システムに関する研究開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100082876
【弁理士】
【氏名又は名称】平山 一幸
(74)【代理人】
【氏名又は名称】柿本 恭成
(72)【発明者】
【氏名】中村 明子
(72)【発明者】
【氏名】矢ヶ部 太郎
(72)【発明者】
【氏名】宮内 直弥
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-145255(JP,A)
【文献】特開2017-187457(JP,A)
【文献】特開2013-171836(JP,A)
【文献】宮内直弥,オペランド水素顕微鏡による水素分布の観測,表面と真空,2019年,Vol.62 No.1,pp.27-32,https://doi.org/10.1380/vss.62.27
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
H01J 37/00-37/36
G01N 1/00-1/44
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
走査型電子顕微鏡に装着して電子線照射によって生じる水素イオンを検出するための試料を保持するホルダー本体と、
試料の測定領域に対して開口する開口部を備えた電解溶液導入室と、
試料の前記測定領域に対応して貫通孔を備え該貫通孔の周囲で前記走査型電子顕微鏡の電子源側から該試料を押さえて前記ホルダー本体との間で試料を気密的に挟持する押さえ板と、
試料の前記測定領域の周囲を包囲するように前記ホルダー本体の表面と試料との間に配置した二重の密閉部材と、
前記ホルダー本体の表面の前記二重の密閉部材間に開口し該開口から排気する差動排気管と、
電気分解用のバイアス印加電極と対向電極とでなる電極と、
を備え、
前記押さえ板が前記バイアス印加電極として導電性材料から構成され、
前記対向電極が電解溶液導入室に配設されるか、又は前記ホルダー本体を前記対向電極とし、
前記バイアス印加電極と前記対向電極との間に電圧を印加して電解溶液から水素を試料内に導入することを特徴とする、水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項2】
前記電解溶液導入室は、前記ホルダー本体の表面に開口した開口部と該開口部から前記ホルダー本体の内部に設けた中空部とで構成され、該中空部内に前記対向電極を配設した、請求項1に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項3】
前記中空部の内面に絶縁及び耐蝕コーティングが施されることを特徴とする、請求項2に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項4】
前記電解溶液導入室が、前記試料の裏面と前記二重の密閉部材のうち内側の密閉部材と前記ホルダー本体の表面とから画成されることを特徴とする、請求項1に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項5】
前記対向電極が前記ホルダー本体に接続されることを特徴とする、請求項4に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項6】
前記電解溶液導入室に供給される電解溶液の供給管と該電解溶液を排出する排出管とを備えていることを特徴とする、請求項1から5の何れかに記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項7】
電気分解中、前記供給管により前記電解溶液を供給すると共に、前記排出管から使用済みの電解溶液を排出することを特徴とする、請求項6に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項8】
前記ホルダー本体,対向電極,電解溶液導入室及び密閉部材が、それぞれベーキング処理可能な材料から構成されることを特徴とする、請求項1から7の何れかに記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項9】
前記ホルダー本体が導電性材料から構成されて前記対向電極として機能すると共に、前記押さえ板に対して電気的に絶縁されていることを特徴とする、請求項1から8の何れかに記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項10】
前記中空部が、前記ホルダー本体の裏面側に開放しその裏面側の開放端がカバー部材により超高真空シールを介して密閉され、
前記カバー部材の表側に前記電解溶液導入室となる容器が弾性部材により支持され、
前記密閉中空部内で前記容器の開放した上端が前記弾性部材の付勢力により試料の裏面に対して当接することを特徴とする、請求項1に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項11】
電気分解中に発生する気泡が前記二重の密閉部材の間の領域から前記開口を介して前記差動排気管により排気されることを特徴とする、請求項4に記載の水素透過検出用試料ホルダー。
【請求項12】
分析室内で試料に電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡と、
前記査型電子顕微鏡に装着して前記電子線の照射によって生じる水素イオンを検出するための測定領域を有する試料を保持する水素透過検出用試料ホルダーと、
前記試料ホルダーに保持された試料の裏面から表面に湧出する水素に照射した電子線によって生じる水素イオンを検出する水素イオン検出装置と、
を備え、
前記試料ホルダーが、ホルダー本体と、ホルダー本体の表面側から試料を押さえる押さえ板と、該ホルダー本体表面の密閉部材間に開口して外部に連通する差動排気管と、電解溶液を電気分解するバイアス印加電極と対向電極とでなる電極と、を備え、
前記ホルダー本体が、
試料の少なくとも前記測定領域に対して開口する開口部を備えた電解溶液導入室と、
前記電解溶液導入室に前記試料の裏面まで満たされる電解溶液と、
試料の前記測定領域の周囲を包囲するように前記試料ホルダー本体の表面に配置された二重の密閉部材と、を備え、
前記押さえ板が、前記試料の前記測定領域に対応して貫通孔を備え該貫通孔の周囲で前記電子源側から該試料を押さえて前記試料ホルダーと前記二重の密閉部材との間で試料を気密的に挟持し、
前記電解溶液導入室に電解溶液を導入して試料を前記試料ホルダーに装着した状態で前記電解溶液導入室全体を密封し、
前記押さえ板をバイアス印加電極とすると共に、前記対向電極を前記電解溶液導入室に配設するか、又は前記ホルダー本体を前記対向電極とし、
該バイアス印加電極と該対向電極との間に電圧を印加して電気分解し、
これにより、前記試料ホルダーに保持した試料の裏面から表面に湧出する水素に電子線を照射することで、電子線により生じる水素イオンを前記水素イオン検出装置により測定することを特徴とする、水素透過拡散経路観測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は水素透過検出用試料を保持する試料ホルダーとこの試料を透過する水素を計測する水素透過拡散経路観測装置に係り、とくに、板状の試料の背面から透過し当該試料の表面から湧出した水素原子を走査型電子顕微鏡で観察する際に、この板状試料を分析室に出入可能に保持する試料ホルダーと、この試料ホルダーを用いて水素イオンを計測する水素透過拡散経路観測装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、試料を透過する水素の検出のために、例えば特許文献1に開示されている水素透過拡散経路観測装置が使用されている。この水素透過拡散経路観測装置は走査型電子顕微鏡を備え、走査型電子顕微鏡は、分析室と試料が装着される隔膜型真空容器と隔膜型真空容器に接続されて試料の裏面側に水素を供給する水素配管等を備えている。試料は、分析室と隔膜型真空容器の水素を収容する水素室とを仕切る隔膜となる。この観測装置により、試料への電子線の走査により試料表面の走査型電子顕微鏡像(Scanning Electron Microscope像、以下、SEM像と呼ぶ)が取得され、同時に試料表面から湧出する水素が電子線により励起されて水素イオンとなって表面から脱離し(これをESD(Electron Stimulated Desorption)機構と呼ぶ)、水素イオンによるESD像がSEM像と共に取得される。
【0003】
このような水素透過拡散経路観測装置によれば、薄板試料の裏面から水素ガスを供給し、試料の表面から超高真空容器内に透過し湧出した水素を電子遷移誘起脱離法(ESD)で脱離させて、その透過位置を計測するようになっている。上述したように、この観測装置では、試料は分析室と水素室とを仕切る隔膜として機能しており、試料裏面側の水素室内に水素ガスが導入され、水素ガスが試料を透過しその表面から試料表面側に湧出することにより、水素を透過させる。ここで、超高真空とは、例えば10-8Pa台の気圧をいう。
【0004】
ところで、水素ガスによる試料の水素透過方式では、試料に対する水素導入量が比較的少なく、水素透過検出の際に水素の信号強度が小さいので、計測時間が長くなってしまうとともに、S/N比が低い。このため水素ガスに代え、水素導入量を大きくして、透過した水素の信号強度を大きくしたいという観点から、電気化学的手法を用いて溶液内の水素イオンを導入する方法も考えられる。
【0005】
他方、大気中で電解溶液から薄板試料に水素を供給する方法は、特許文献2により開示されている。また、中から高真空環境の電子顕微鏡で使用する溶液セルは、SEM像用,透過電子顕微鏡像(Transmission Electron Microscope像、以下、TEM像と呼ぶ)用共に製品化されているが、いずれも超高真空環境には対応していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特願2017-187457号公報
【文献】M.Koyama, et al / Scripta Materialia 129 (2017) pp.48-51
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
既存の溶液セルは低真空及び高真空に対応しているが、低真空及び高真空環境では水素ガスの他、水、窒素などが残留していることから、水素計測を目的とする超高真空環境での使用には適しているとはいえない。
【0008】
さらに、超高真空環境で水素計測における水の影響を除去するためには、真空容器,試料ホルダー及び試料の加熱脱ガス処理、すなわちベーキングが必要となる。従って、真空容器,試料ホルダー及び試料は、ベーキングに耐え得るように、120℃程度の耐熱性を備えることが必要で、ベーキングの際には電解溶液を除去しておかねばならない。
また、水素計測のために必要な超高真空環境に対して、この超高真空環境を乱さないような気密性を備えた溶液セルを用いて水素を供給する必要がある。
試料やホルダーの破損を防止する対策も講じなければならない。このため、電解処理中に溶液から発生する気泡を逃がすよう真空容器外部へ溶液管を接続して溶液を循環させる、あるいは試料ホルダー内の電解溶液導入室から気泡を逃がすようその電解溶液導入室と真空容器外部を接続するガス管を配備することが必要となる。
【0009】
このように、超高真空環境での電解溶液による電気化学チャージ型水素透過検出のためには、超高真空環境を乱すガス放出がないこと、試料を100℃以上にベーキングできること、試料背面(裏面)から電気化学的に試料に水素を導入できること、そのため小さなスペースに電極を配置し且つ計測する水素イオンに影響を及ぼさないように試料の電位を変えられること、電解処理中に発生するガスを逃がすことができること、以上の条件が必要である。
【0010】
本発明は以上の課題を解決するため、超高真空環境で電解溶液を使用して電気化学チャージ型水素透過検出を行なうための電気化学チャージ型水素透過検出用試料ホルダーを提供することを一目的とし、この試料ホルダーに保持した試料を透過した水素イオンを計測する水素透過拡散経路観測装置を提供することを他の目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一目的を達成するため、本発明の電気化学チャージ型水素透過検出用試料ホルダーは、
走査型電子顕微鏡に装着して電子線照射によって生じる水素イオンを検出するための試料を保持するホルダー本体と、
試料の測定領域に対して開口する開口部を備えた電解溶液導入室と、
試料の測定領域に対応して貫通孔を備え該貫通孔の周囲で走査型電子顕微鏡の電子源側から試料を押さえてホルダー本体との間で試料を気密的に挟持する押さえ板と、
試料の測定領域の周囲を包囲するようにホルダー本体の表面と試料との間に配置した二重の密閉部材と、
ホルダー本体の表面の二重の密閉部材間に開口し該開口から排気する差動排気管と、
電気分解用のバイアス印加電極と対向電極とでなる電極と、
を備え、
押さえ板をバイアス印加電極として導電性材料から構成すると共に、対向電極を電解溶液導入室に配設し、バイアス印加電極と対向電極との間に電圧を印加して電解溶液から水素を試料内に導入するように構成したことを特徴とする。
【0012】
本発明によれば、水素透過拡散経路観測装置において、超高真空の分析室内でホルダー本体の表面が二重の密閉部材を介して試料を挟持しながら押さえ板に気密的に当接し、二重の密閉部材の間に画成される環状の空間を差動排気管により排気することにより、分析室内の超高真空が確実に保持され、試料ホルダー側から分析室側へのガスの放出が阻止される。また、バイアス印加電極としての押さえ板と対向電極との間で電解溶液に電圧を印加することで、電解溶液から多量の水素イオンが発生し、その水素イオンが押さえ板に向かって引き寄せられて試料に対して水素が電気化学的に導入される。従って、従来の気相による試料への水素導入と比較して試料への水素導入量が多くなる。これにより透過した水素の信号強度が大きくなるので、水素透過検出に要する時間が短くなると共に、検出結果のS/N比が高くなる。また、従来の水素ガスによる水素導入の場合には透過水素が検出限界以下であるような試料に対しても水素透過検出が可能になる。
【0013】
電解溶液導入室をホルダー本体の表面に開口した開口部と開口部からホルダー本体の内部に設けた中空部とで構成し、中空部の内面に絶縁及び耐蝕コーティングを施すと共に、中空部内に対向電極を配設すると、中空部により大容量の電解溶液を電気分解に使用でき、試料への水素導入に利用される水素量が増大して水素導入効率が向上する。
電解溶液導入室を試料の裏面と二重の密閉部材のうち内側の密閉部材とホルダー本体の表面とから画成すれば、電解溶液導入室がホルダー本体の表面上にて試料の裏面及び内側の密閉部材により画成されるので、試料ホルダー全体がより小型に構成される。この態様では、対向電極をホルダー本体に接続すればよい。
【0014】
試料ホルダーは、電解溶液を電解溶液導入室に供給する供給管と使用済みの電解溶液を排出する排出管とを備える。よって電気分解が進んでも、常に新しい電解溶液を連続的に電解溶液導入室内に供給しつつ、電気分解により意図しない気泡が発生したとしても電解溶液と共に排出管を介して外部に排出され、気泡による電気分解の影響が排除される。
【0015】
前記ホルダー本体,対向電極,電解溶液導入室及び密閉部材をベーキング処理可能な材料から構成すると、水素透過検出を行なう前に試料ホルダー本体,対向電極,電解溶液導入室及び密閉部材を例えば100℃以上の温度でベーキング処理し水を排除することで水素透過検出が確実に行なわれる。ホルダー本体を導電性材料から構成して対向電極として機能させると、対向電極を別途配置する必要がなく部品コスト及び組み立てコストが低減する。
【0016】
電解溶液導入室の中空部をホルダー本体の裏面側に開放してこの開放端をカバー部材により超高真空シールを介して密閉し、カバー部材の表側に電解溶液導入室となる容器を弾性部材で支持し、密閉中空部で容器の開放した上端が弾性部材の付勢力により試料の裏面に対して当接するように構成してもよい。
【0017】
上記構成にすれば、容器の外側領域が真空ではないことから、供給管,排出管,対向電極及び配線等が真空を考慮した製品ではなく一般的な製品で済む。よって、全体として材料コストが低減する。また、カバー部材をホルダー本体から取り外すことで、供給管,排出管,対向電極及び配線等のメンテナンスを行なうことができる。
【0018】
本発明の水素透過拡散経路観測装置は、
試料に電子線を照射して生じる二次電子を検出する走査型電子顕微鏡と、
走査型電子顕微鏡に装着して電子線の照射によって生じる水素イオンを検出するための試料を保持する水素透過検出用試料ホルダーと、
試料ホルダーに保持した試料の裏面から表面に湧出する水素に照射した電子線によって生じる水素イオンを検出する水素イオン検出装置と、
を備え、
試料ホルダーが、ホルダー本体と、ホルダー本体の表面側から試料を押さえる押さえ板と、ホルダー本体表面の密閉部材間に開口して外部に連通する差動排気管と、電解溶液を電気分解するバイアス印加電極と対向電極とでなる電極と、を備え、
ホルダー本体が、
試料の少なくとも測定領域に対して開口する開口部を備えた電解溶液導入室と、
電解溶液導入室に試料の裏面まで満たされる電解溶液と、
試料の測定領域の周囲を包囲するように試料ホルダー本体の表面に配置された二重の密閉部材と、で構成され、
押さえ板が、試料の測定領域に対応して貫通孔を備え該貫通孔の周囲で電子源側から試料を押さえて試料ホルダーと二重の密閉部材との間で試料を気密的に挟持し、
電解溶液導入室に電解溶液を導入して試料を試料ホルダーに装着した状態で電解溶液導入室全体を密封し、押さえ板をバイアス印加電極とすると共に対向電極を電解溶液導入室に配設して電極間に電圧を印加して電解溶液を電気分解し、試料ホルダーに保持した試料の裏面から表面に湧出する水素に電子線を照射することで、電子線により生じる水素イオンを水素イオン検出装置により測定する構成である。試料ホルダーは、本発明の一目的を達成する前述の試料ホルダーと同様の構成である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、超高真空環境において電解溶液を使用して電気化学チャージ型水素透過検出を行なうための電気化学チャージ型の水素透過検出用試料ホルダーと、この試料ホルダーに保持した試料を透過する水素イオンを計測してSEM像と共にESD像を高精度に取得する水素透過拡散経路観測装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】水素透過検出用試料ホルダーを使用して試料の水素透過検出を行なうための本発明による水素透過拡散経路観測装置を模式的に示す一部断面図である。
図2】水素透過拡散経路観測装置において、走査型電子顕微鏡の分析室に配置した水素イオン検出装置を示す部分拡大図である。
図3A】試料ホルダーの第一の実施形態を示す概略断面図である。
図3B図3Aに示す試料ホルダーの一部を省略した平面図である。
図4図3Aの試料ホルダーを分解して示す概略断面図である。
図5】水素透過拡散経路観測装置における制御部の構成を示すブロック図である。
図6】電子衝撃脱離全体制御部の構成を示すブロック図である。
図7】電子線の走査とESD像の二次元計測との関係を示す模式図である。
図8】電子線の走査により二次元のESD像を計測するフロー図である。
図9】試料ホルダーの第二の実施形態を分解して示す概略断面図である。
図10図9の試料ホルダーにおける要部の部分拡大断面図である。
図11図9の試料ホルダーを用いて水素透過拡散経路観測装置で試料の水素透過検出を行なうための準備作業工程を順次に示すフローチャートである。
図12】試料ホルダーの第三の実施形態の概略断面図である。
図13】試料ホルダーの第四の実施形態の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、図面を参照して幾つかの実施形態に基づいて本発明を詳細に説明するが、これらの実施の形態は本発明を説明するためのもの一例に過ぎず、本発明の保護範囲を限定するためのものではないと理解されるべきである。
まず、本発明による水素透過検出用試料ホルダー(以下、試料ホルダーという)30を使用して、この試料ホルダー30に保持した試料17の水素透過検出を行なうための水素透過拡散経路観測装置の全体構成について説明する。
図1に水素透過拡散経路観測装置10を模式的に示し、図2に水素透過拡散経路観測装置10において走査型電子顕微鏡15の分析室11に配置した水素イオン検出装置20を示す。水素透過拡散経路観測装置10は主として、走査型電子顕微鏡15と、水素イオン検出装置20と、走査型電子顕微鏡15の分析室11内に出入可能に配置する試料ホルダー30と、で構成され、試料ホルダー30の上部に試料17が設置される。
【0022】
走査型電子顕微鏡15には、分析室11と分析室11に装入された試料ホルダー30上の試料17に対向して電子線を照射する電子源16とが備えられている。分析室11には、電子源16から試料17に照射された電子線16aにより生じる二次電子を検出する二次電子検出器18と、照射された電子線16aにより生じる水素イオンを検出する水素イオン検出装置20とが配備され、水素イオン検出装置20にはこれを制御する制御部50が接続されている。さらに分析室11には、試料17の温度を測定するための試料温度測定部26が備えられる。試料温度測定部26として熱電対等が使用されその導線が分析室11の外壁に設けた導線引き出しポート11aに接続される。分析室11には、残留元素を分析する質量分析器29等が配備されていてもよい。質量分析器29は例えば四重極質量分析装置である。走査型電子顕微鏡15は、分析室11内をSEM像が得られる真空度、例えば1.0×10-7Pa以下の超高真空に真空排気することが必要である。そのため分析室11に真空排気部27を接続し、真空排気部27により真空にされる。真空排気部27は、図示しないターボ分子ポンプ等の真空ポンプと、ゲートバルブや真空計等を備える。
【0023】
試料ホルダー30は、バイアス電圧供給配線19と、差動排気管35と、試料17の裏面側に接続されて電解溶液を供給及び排出する供給管13及び排出管14と、を備え、試料ホルダー30の全体が、分析室11の側壁あるいは底面など適宜個所に設けた出入口から水素透過拡散経路観測装置10の外部との間で出入可能に配設される。試料ホルダー30は、分析室11内で試料台部24上に配置されており、試料台部24は試料位置調整部25により位置調整される。試料17は、試料ホルダー30の上面に載置されて試料ホルダー30と共に走査型電子顕微鏡15の分析室11内において、電子源16に対向してその直下に設置される。試料ホルダー30の構造の詳細は後述する。
【0024】
水素イオン検出装置20の詳細を図2に示す。水素イオン検出装置20は、ESD法により試料17の表面で発生する水素イオンを検出するもので、試料17に対して電子源16の電子線16a(図7に示す)を走査して、水素イオンによる二次元の像を得るものである。これをESD像又はESDマップと呼ぶ。本実施形態では、水素イオン検出装置20は、試料17の表面から電子線走査によって生じる水素イオンを収集する収集機構21と、水素イオン以外を除去するイオンエネルギー分解部22と、イオンエネルギー分解部22を通過した水素イオンを検出するイオン検出部23と、からなる。
【0025】
水素イオン検出装置20の収集機構21は、脱離イオンを効率よく収集するために試料17の表面側の近傍に配設される。図示の収集機構21は例えば金属線のメッシュからなりグリッド構造のレンズである。収集機構21で収集した水素イオンはイオンエネルギー分解部22に入射し、水素イオンを選別してイオン検出器23に入射させる。イオンエネルギー分解部22は、イオン検出器23が試料17に直接対向しないように蓋形状を有する金属電極からなる。イオンエネルギー分解部22として円筒形や円錐を含む形状の電極を用いることができる。イオンエネルギー分解部22は、円筒形の電極に適当な正電圧を印加し、電場により目的ガスのイオン、本発明では水素イオンだけをイオン検出器23に導き、試料17に電子線16aが照射されて発生する光と電子を除去することができる。イオン検出器23は、例えばセラトロンや二次電子増倍管を用いることができる。
【0026】
本実施形態の水素透過拡散経路観測装置10は以上のように構成され、試料ホルダー30は、この装置を構成する走査型電子顕微鏡15の分析室11に出入自在に設置される。以下、図3A、3B及び図4を参照して、試料ホルダー30の構造の一例を詳細に説明する。各図に示すように、試料ホルダー30は、ホルダー本体31と、ホルダー本体31の表面に配置された密閉部材32と、ホルダー本体31の表面に対して上方から試料17を挟むように載置される押さえ板33と、を含んで構成される。
【0027】
(ホルダー本体31の構成)
ホルダー本体31は水素ガスの放出が少ないことが要求されるため、ステンレス鋼、銅、ガラス、テフロン(登録商標)など超高真空用材料で構成され、100℃以上、例えば120℃程度のベーキング処理に耐えられる材料から全体がほぼ円柱状に構成される。このホルダー本体31は周壁の内部に電解溶液導入室31bとなる中空部を備える。電解溶液導入室31bの天板は、ホルダー本体31の表面(上面ともいう)において、試料17の前記測定領域17aに対応して中央部に開口した開口部31cを備えている。
【0028】
(電解溶液導入室31bの構成)
電解溶液導入室31bには、処理時間の間、電解溶液34が開口部31cまで満たされる。電解溶液導入室31b内の適宜の深さ位置には、後述するバイアス電圧供給配線19の対向電極36が配置され、そのバイアス電圧供給配線19bがホルダー本体31から外部の直流電源に接続される。ホルダー本体31に画成された電解溶液導入室31bの内表面は、電解溶液34による腐食を防止するため絶縁及び耐蝕コーティング31dが施される。この絶縁及び耐蝕コーティング31dも、同様に100℃以上のベーキング処理に耐え得る材料から構成される。絶縁及び耐蝕コーティング31dは真空暴露しないので、例えばテフロン(登録商標)のコーティングが使用できる。
【0029】
(密閉部材32の構成)
ホルダー本体31の表面、すなわち上面には開口部31cが開設されており、この開口部31cの周囲を取り囲んで、二つの密閉部材32が所定の間隔をあけて同心で二重に開口部31cを囲繞して配設されている。二重の密閉部材32の間の領域32cはほぼ一定の幅となるように配置される。二重の密閉部材32は、例えばエラストマーシールで構成され、具体的にはホルダー本体31の上面に形成された開口部31cを取り囲むように大小径の二重のOリングとして配置される。内側のOリング32bは試料17の測定領域17aより僅かに小さな直径の環状でなり、外側のOリング32aは内側のOリングより所定間隔をあけてさらに大きな直径の環状に構成される。
二つのOリング32a,32bは、それぞれ公知の真空用Oリングが使用され、例えばバイトン(登録商標)、カルレッツ(登録商標)等のフッ素ゴムを使用してもよい。ただし、いずれのOリング32a,32bも、同様に100℃以上のベーキング処理に耐え得る材料であることが必要である。これら二つのOリング32a及び32bのうち、とくに外側のOリング32aは絶縁性の高い材料を選択し、例えば内径11mmとする。内側のOリング32bの内径は例えば4mmとし、電解溶液34に触れることから、とくに絶縁性と耐蝕性の高い材料を使用する。図示の場合、密閉部材32の各Oリング32a,32bは、それぞれホルダー本体31の表面に設けられた係合溝内に嵌入して位置決めされる。二つの係合溝はそれぞれOリング32a,32bのリング径より幅広に形成され、各Oリング32a,32bはこれらの係合溝に嵌入される。
【0030】
(試料17の設定)
測定に先立ち、試料17は水素透過拡散経路観測装置10の外部において試料ホルダー30の表面(上面)に載置される。ここで、試料17は金属,Si基板等の材料、例えば鉄鋼やステンレス鋼からなる薄板であり、厚さは100~300μm程度である。その直径は少なくとも二重の密閉部材32のうちの外側の密閉部材32a以上のサイズを有するものとする。この試料17が密閉部材32を塞ぐように試料ホルダー30の上面に設定される。試料ホルダー30の中空部と分析室11との間が試料17により仕切られ、試料17は分析室11と中空部とを仕切る隔膜として機能する。上記のOリング32aの寸法(内径11mm)の場合には、試料17の厚さは例えば100μm~1mm程度であり、試料17のサイズは、直径を例えば16mmとする。
【0031】
(差動排気管35の構成)
外側の密閉部材32aと内側の密閉部材32bとの間において、ホルダー本体31の上面の一か所に開口部35aが設けられ、この開口部35aからホルダー本体31の周壁を通って外部に連通する差動排気管35が配設される。計測に先立ち、電解溶液導入室31bは、差動排気管35により例えば10-4Pa台の真空度に真空排気される。
【0032】
(供給管13と排出管14の構成)
試料ホルダー30の電解溶液導入室31bを画成する周壁には、一側面の上下二か所に電解溶液34の供給管13と排出管14とが設けられ、処理中、電解溶液34が供給管13から導入され、処理済みの電解溶液34が排出管14から排出されて循環する。供給管13及び排出管14は、前述したベーキング処理に耐え得ると共に、電解溶液34により腐食しない材料、例えば耐熱性テフロン(登録商標)管が使用され、ホルダー本体31に対して電気的に絶縁される。
【0033】
(押さえ板33の構成)
試料17は、その上から試料ホルダー30の押さえ板33により覆い被される。この押さえ板33は、板状の導電性材料、例えばステンレス鋼(SUS)から成り、ホルダー本体31と同様に100℃以上のベーキング処理に耐え得る材料から構成される。押さえ板33は円柱形状の試料ホルダー30の表面形状と同形かそれより若干大径の面積を有するとともに、中央に貫通孔33aを有し、この貫通孔33aは、試料17の測定領域17aとほぼ対応した開口面積を有する。押さえ板33の貫通孔33aは、試料17を試料ホルダー30にセットしたときに試料表面の測定領域17aの直上に位置すると共に、ホルダー本体31における電解溶液導入室31bの開口部31cに対応して同心に配置される。この押さえ板33は、バイアス電圧供給配線19のうち-側の配線19aが接続されている。これにより、ホルダー本体31の電解溶液導入室31b内に供給された電解溶液34の電気分解の際に、バイアス印加電極として機能する。ホルダー本体31は、その表面に対して押さえ板33が試料17を挟持した状態で、絶縁ブッシング31aを介して電気的に絶縁され且つ気密的に圧接して、ネジ39等により固定される。絶縁ブッシング31aとしては、マコール(登録商標)等を用いることができる。
【0034】
(対向電極36の構成)
バイアス印加電極としての押さえ板33に対して、ホルダー本体31の電解溶液導入室31b内には対向電極36が配置され、バイアス電圧供給配線19の+側の配線19bが接続される。対向電極36の材料としてはPt等を使用できる。ここで、対向電極36は実際には、図4の分解断面図に示すようにカバー部材37に対して固定保持される。カバー部材37は、ホルダー本体31の開放された下面側において、ホルダー本体の下端から、例えばメタルガスケット等の超高真空シール38を介して気密的に着脱可能に取り付けられる。対向電極36の+側の配線19bは絶縁した上でカバー部材37を貫通してバイアス電圧を供給する直流電源に接続される。このように、バイアス印加電極としての押さえ板33と対向電極36の間をバイアス電圧供給配線19で接続してバイアス電圧を印加することにより、中空部31b内に供給される電解溶液34が電気分解されて水素イオンが発生する。電気分解に伴って電解溶液34中に気泡が発生することがあるが、気泡は使用済みの電解溶液34と共に排出管14を介して外部に排出されるので、電気分解が気泡により妨げられるようなことはない。
【0035】
電気分解は、電解溶液34として例えば0.5M NaCl+0.04M NHSCN 水溶液(2% NaCl+3g/L NHSCN)が使用され、室温で1mA/cmの電流密度で、定電流水素チャージとして行なわれる。あるいは、電解溶液34として、3% NaCl水溶液(0.75M NaCl)+ 3g/L NHSCNが使用され、6A/mの電流密度で行なわれる。電解溶液34の種類及び電気分解の条件は、試料17の構成に対応して適宜に選定できる。ここで、水溶液の代わりに重水、つまり重水溶液を使用した電解溶液34として、水素ではなく重水素を発生させてもよい。
【0036】
第一の実施形態の試料ホルダー30では、試料17は押さえ板33と二重の密閉部材32a,32bとにより真空シール可能に構成され、電解溶液導入室31bに満たされた電解溶液34が電気分解されて水素イオンが発生し、発生した水素イオンは-側のバイアス電圧が印加される押さえ板33に向かって引き寄せられて試料17内に導入される。この水素イオンは試料17の内部を拡散して試料内部で水素イオン同士が集合して試料17の表面に到達し、試料17の表面から水素が湧出する。つまり、水素は試料17の裏面側から表面に透過するが、この試料17の表面に到達した水素に対して電子線16aが照射されることで、水素イオンが発生する。この発生した水素イオンに電子線16aを照射することで、電子衝撃脱離(ESD)により試料17から水素イオンが脱離し、この水素イオンが収集機構21で捕捉されることにより水素イオン検出装置20で検出される。
【0037】
次に、SEM像及びESD像の取得方法について説明する。
制御部50は、電子源16から照射する電子線16aの走査により試料17から発生する二次電子によるSEM像を取得し、且つ試料17の内部や表面の点欠陥部分より湧出する水素原子を電子線の電子衝撃脱離(ESD)により水素イオン化して、水素イオンのESD像を電子線の走査に同期して取得する。
ここで、ESDは、材料から湧出して表面に滞在している水素原子に照射された電子が当たったとき、水素原子の中の電子が励起状態となりあるいは剥ぎ取られて、水素原子がイオン化することにより、表面に結合した状態から反結合状態になって脱離する現象で、ESD像はこの脱離した水素イオンを撮像して得られる。そして、制御部50によって試料17のSEM像とESD像とを同期させることにより検出した水素イオンの位置情報を得て、試料17の点欠陥の位置を検出することができる。
【0038】
続いて、水素透過拡散経路測定装置10の制御部50の構成及び動作についてより詳細に説明する。図5及び図6のブロック図は、制御部50及び電子衝撃脱離全体制御部52の構成を示し、図7は電子源16の走査とESD像の二次元計測との関係を示す。図5に示すように、制御部50は、走査型電子顕微鏡15を制御する電子顕微鏡全体制御部51と、ESD像の取得をする電子衝撃脱離全体制御部52と、を含んで構成されている。制御部50は、電子顕微鏡全体制御部51の他には、試料17の走査型電子顕微鏡像(SEM像)を取得するための二次電子検出部53と、電子光学系制御部54と、SEM用の画像演算部55と、高電圧安定化電源56と、入力装置57と、ディスプレイ58と、記憶装置59等から構成される。電子顕微鏡全体制御部51により、二次電子検出部53と電子光学系制御部54とSEM用の画像演算部55と高電圧安定化電源56と記憶装置59とが制御される。走査型電子顕微鏡15の分析室11内に配設される二次電子検出器18の出力は、二次電子検出部53に入力される。
【0039】
電子衝撃脱離全体制御部52はESD像の取得を制御するもので、図6に示すように、二次元のマルチチャンネルスケーラー60と、パルス係数部61と、同期制御部62と、測定信号の二次元平面への並べ替え部63と、マイクロプロセッサ72等から構成されている。分析室11内に配設される水素イオン検出装置20の出力は、電子衝撃脱離イオン検出部67を介してその出力67aがパルス計数部61に入力される。電子衝撃脱離全体制御部52には、電子光学系制御部54から走査信号が入力され、SEM像と同期して制御される。さらに、電子衝撃脱離全体制御部52には、ディスプレイ65と記憶装置66が接続されている。
【0040】
マイクロプロセッサ72は、マイクロコントローラ等のマイコン,パーソナルコンピュータ,現場でプログラム可能なゲートアレイであるFPGA(Field-Programmable Gate Array)であってもよい。
【0041】
図5に示すように電子光学系制御部54から電子衝撃脱離全体制御部52に入力された走査信号は、図6に示すように同期制御部62を介して垂直走査信号62aとして電子源16の第一の偏向コイル16bに出力される。同期制御部62からの水平走査信号62bは、電子源16の第二の偏向コイル16cに出力される。同期制御部62からの走査位置に関する情報62cが、マイクロプロセッサ72に出力される。パルス計数部61から出力される水素イオンのカウント数信号61aは、各走査位置の水素イオンのカウント数信号としてマイクロプロセッサ72に出力される。マイクロプロセッサ72で生成されたESD像は、入出力インターフェース(I/O)72aを介してディスプレイ65に出力され且つ入出力インターフェース(I/O)72bを介して記憶装置66に出力される。
【0042】
次に、電子衝撃脱離全体制御部52の動作について説明する。
図7に示すように、電子源16から発生した電子線16aは、第一の偏向コイル16bと第二の偏向コイル16cを通過することにより、水平方向と垂直方向に走査されて試料17に二次元に照射される。
【0043】
図7に示す同期制御部62で発生したデジタル信号である垂直走査信号62aのクロック信号は、デジタルアナログ変換器(DAC)62dにより鋸波に変換されて、電子源16の第一の偏向コイル16bに印加される。同様にデジタル信号である水平走査信号62bのクロック信号は、デジタルアナログ変換器(DAC)62eにより鋸波に変換されて、電子源16の第二の偏向コイル16cに印加される。
【0044】
1パルスの撮影タイミング信号(Shoot timing、以下ST信号という)によって、垂直走査信号(Vertical clock)が合計2048パルス発生するように制御が開始される。1パルスの垂直走査信号のパルス幅の期間に、水平方向の画素信号(Horizontal clock)が合計2048パルス出力される。これにより、2048行×2048列(=4194304)の約419万画素の二次元走査を生成する。つまり、パルス計数部61でカウントされる信号は、ST信号,垂直走査用のクロック信号,水平走査用のクロック信号からなる複数のカウンターを同期させることで、各走査位置におけるイオン検出器23からの水素イオンのカウント数として取得することができる。
【0045】
ESD像の取得方法について説明する。
図8は走査による二次元のESD像を計測するフロー図である。図8に示すように、二次元のESD像の取得は以下のステップで行なうことができる。
ステップ1:試料17の表面から脱離した水素イオンをイオン検出器23で検出する。
ステップ2:イオン検出器23で検出した水素イオンの定量計測をパルス計数部61で行なう。
ステップ3:図7に示した垂直走査用のクロック信号及び水平走査用のクロック信号を生成する同期制御部62により、試料17の二次元の各測定点の水素イオンのカウントを行なう。
ステップ4:ステップ3で測定した試料17の二次元の各測定点の水素イオンのカウント数を記憶装置66のメモリーに保存する。
ステップ5:垂直走査用のクロック信号及び水平走査用のクロック信号を元に記憶装置66のメモリーに保存されたイオン信号を二次元画像(ESD像)として並べ替える。
ステップ6:ステップ5で取得したESD像をディスプレイ65に表示し、画像及び数値データとして記憶装置66に保存する。
このようにしてSEM像と同じ領域のESD像が取得される。
【0046】
上記ステップ1~6のESD像の取得は、計測機器制御に特化したプログラム製作環境で作製したソフトウェアで実行することができる。このようなソフトウェアとしては、National Instruments社製のLabVIEW(登録商標)(http://www.ni.com/labview/ja/)を用いることができる。上記ステップ1~6のESD像は、マイクロプロセッサ72において、LabVIEWで作製したプログラムで実行される二次元のマルチチャンネルスケーラー60により取得できる。
【0047】
水素透過拡散経路観測装置10においては、SEM像は従来と同様にして得ることができる。二次電子検出器18からの信号は制御部50の二次電子検出部53で検知され、電子顕微鏡全体制御部51によりディスプレイ58に表示される。
【0048】
水素透過拡散経路観測装置10によれば、試料17に関して二次電子によるSEM像と上記ステップ6で取得したESD像を比較することにより、例えば金属からなる試料17の組織の局所構造と水素透過との関連を調べることが可能となる。例えば、局所構造としては、金属の結晶粒サイズやその結晶構造と水素透過、つまり水素放出能とを比較することができる。
【0049】
ここで、水素放出位置の空間分解能は本質的には走査型電子顕微鏡15の倍率に依存するため、走査型電子顕微鏡15の倍率と同等まで向上できるので、50nm以下、例えば2~10nm、つまり10nm以下の分解能が得られる。走査型電子顕微鏡15の倍率の限界は、走査型電子顕微鏡15とその周囲の振動除去と電子ビーム径により決まる。
【0050】
さらに、水素イオンの検出を走査型電子顕微鏡15の二次電子検出の限界と一致させるためには、電子と水素イオンの飛行時間の差が問題となるが、測定中の電子走査の時間を遅くすること、またはイオン検出器23と試料17の距離を短くすることで、対応することができる。
【0051】
本発明実施形態の試料ホルダー30及びこの試料ホルダー30を使用する水素透過拡散経路計測装置10は以上のように構成されており、試料ホルダー30に装着された試料17の水素透過検出は、以下のようにして行なう。
まず、試料17となる材料を薄板化して表面及び裏面を鏡面研磨することにより、試料17を作製する。鏡面研磨は、試料17の表面は水素イオンの検出のために、試料17の裏面は例えばエラストマーシールで構成される密閉部材32と接触して真空排気をするために必要である。そして、試料ホルダー30のホルダー本体31の表面にて、密閉部材32の上から試料17を挟持しながら、押さえ板33を載置した状態で、絶縁ブッシング31aを介して押さえ板33をホルダー本体31の表面に当接させて例えば螺子により螺着する。そして、試料ホルダー30に対して、電解溶液34のための供給管13及び排出管14を接続すると共に、押さえ板33及び対向電極36に対して、それぞれバイアス電圧印加配線19の-側の配線19a及び+側の配線19bを接続し、さらにカバー部材37をホルダー本体31の裏面に対して取り付ける。
【0052】
この状態から、試料17を搭載した試料ホルダー30を、走査型電子顕微鏡15の分析室11内に設けられた試料台部24上に配置する。
そして、分析室11内を真空排気部27により超高真空に真空排気すると共に、密閉部材32の二つのOリング32a及び32bの間の領域32cを、差動排気管35を介して差動排気する。
続いて、分析室11内及び試料ホルダー30全体をベーキング処理する。このベーキング処理は、超高真空となる部分における加熱脱ガスのために、例えば120℃程度の温度で約24時間程度の時間をかけて行なわれる。
【0053】
次に、試料ホルター30のホルダー本体31に設けられた中空部31b内に供給管13から電解溶液34が供給されると共に、排出管14を介して電解溶液34が排出される。これにより、中空部31b内を電解溶液34が循環する。
そして、バイアス電圧印加配線19の配線19a及び19b間にバイアス電圧を給電することにより、中空部31b内にて、押さえ板33及び対向電極36間にバイアス電圧が印加され、その間に存在する電解溶液34が電気分解され、水素イオンが発生する。この水素イオンが、バイアス電圧印加電極である押さえ板33に向かって引き寄せられることにより、水素イオンが試料17内に導入され、試料17の内部を拡散してその表面から放出される。
【0054】
この試料17の表面に到達した水素に電子源16により電子線16aを照射することで、電子衝撃離脱(ESD)により試料17から水素イオンが脱離し、この水素イオンが収集機構21で集束されて、水素イオン検出装置20で検出されESD像が取得される。これにより、制御部50が、二次電子によるSEM像とESD像とを比較することにより試料17の組織の局所構造と水素透過との関連を調べることができる。
【0055】
試料17の水素透過検出に関し、従来では水素ガスを使用して水素透過を行なっていたが、本発明では、電解溶液34の電気分解により水素を発生させることにより、電気化学的チャージにより試料17に対する水素透過を行なっている。このため、試料17に対する水素導入量が大幅に、例えば100倍に増大する。従って、水素透過検出の際には水素の信号強度が大きくなり、水素透過拡散経路計測に要する計測時間が短くて済むと共に、S/N比が大幅に改善する。また、試料17に対する水素導入量が増大することから、従来の水素ガスによる水素導入の場合には水素透過を検出できないような試料についても、水素導入量の増大によって水素透過検出を行なうことが可能となる。
【0056】
図9は本発明による試料ホルダー40の第二の実施形態の構成を示している。
図9において、試料ホルダー40は、ホルダー本体31に設けられた中空部31b内で、試料17の裏面に当接する容器41が備えられていて、容器41の底面に対向電極36が配置されている点で、図3A及び図4に示した試料ホルダー30と異なる構成である。
【0057】
容器41は、上端41aが開放するように例えばガラスビーカーから構成されていて、開放した上端41aが試料17の裏面に当接して内部に電解溶液34を収容する電解溶液導入室41cを画成する。その際、上端41aと試料17の裏面とは、内部に収容された電解溶液34で濡れてその表面張力により密閉される。
また、容器41は、その底面が弾性部材、図9ではコイルスプリングから成るバネ部材42を介してカバー板37に支持されている。これにより、バネ部材42が圧縮されながら、カバー板37がホルダー本体31の裏面に取り付けられた状態で、容器41はその上端41aがバネ部材42により上方に向かって付勢され、試料17の裏面に対して圧接されて所謂表面張力により液密的に密着する。
ここで、容器41は、その直径が押さえ板33の貫通孔33aの直径よりも大きく(例えば直径4~7mm程度に)選定されている。従って、図10に詳細に示すように、容器41の上端41aは、押さえ板33の貫通孔33aの外側に対応する領域で試料17の裏面に当接するので、試料17に負荷が加わるようなことはない。さらに、容器41の上端41aは、エラストマー41bを介して試料17の裏面に当接させてもよい。エラストマー41bは、容器41の上端41aに接着剤等により貼り付けることができる。
【0058】
容器41には、供給管13及び排出管14と、バイアス電圧印加電極用配線19のうち+側の配線19bが接続される。この場合、容器41の周りは真空環境ではないので、供給管13,排出管14はビニール管でよく、また配線19bは被覆線を使用することが可能でありコストが低減される。
電解溶液34は、容器41と、試料17の裏面,密閉部材32の内側のOリング32aの内面により画成される電解溶液導入室41c内に供給されるので、当該電解溶液導入室41c内に供給される電解溶液34の容量が少ない。従って、図3A及び図4に示した試料ホルダー30と比較して、試料ホルダー40は水素透過量が少なく、少量の電解溶液34からの水素供給でも水素供給が十分な場合に適している。容器41がガラスビーカーの場合には、図3A及び図4に示した試料ホルダー30と比較すると、中空部31bの絶縁及び耐蝕コーティング31dは不要となる。容器41が金属からなる場合には、電解溶液34の接触による容器41の腐食を防ぐために、容器41の内面のみ絶縁及び耐蝕コーティングを施せばよいのでコストが低減する。
【0059】
このような構成の試料ホルダー40によれば、前述した試料ホルダー30と同様に、水素透過拡散経路計測装置10の分析室11内で試料台部24上に配置することにより、試料17の交換から試料17の水素透過検出の計測までの準備作業が図11に示すフローチャートにしたがって行なわれる。
【0060】
即ち、図11において、まずステップST1にて試料17の材料を薄板化して表面及び裏面を鏡面研磨することにより、試料17を作製する。ステップST2にて、試料ホルダー40のホルダー本体31の表面にて、二重の密閉部材32の上に試料17を載置して、密閉部材32の上から試料17を挟持しながら、押さえ板33を載置した状態で、絶縁ブッシング31aを介して押さえ板33を試料ホルダー40のホルダー本体31の表面に当接させ、例えば螺子により螺着する。この状態で、密閉部材32の二つのOリング32a及び32bの間の領域32cを差動排気管35を介して差動排気して、試料17を固定して真空シールする。
【0061】
続いて、ステップST3にて、試料ホルダー40のカバー部材37の表面に、容器41及び対向電極36をバネ部材42を介して装着する。その後、ステップST4にて、容器41を試料17に当接させるようにして、試料ホルダー40のホルダー本体31の裏面にカバー部材37を取り付ける。
【0062】
その後、ステップST5にて、試料ホルダー40を走査型電子顕微鏡15の分析室11の試料台部24上に配置し、ステップST6にて、二重の密閉部材32の間の領域32cを差動排気管35から差動排気する。そして、ステップST7にて、分析室11の内部及び試料ホルダー40全体をベーキング処理した後、ステップST8にて、容器41内に供給管13から電解溶液34を供給すると共に、排出管14から電解溶液34を排出する。これにより容器41内に電解溶液が満たされて、水素透過検出の準備が完了する。
【0063】
この状態から、試料ホルダー30の場合と同様にして、バイアス電圧印加配線19により、押さえ板33及び対向電極36の間にバイアス電圧を印加して電気分解によって水素イオンを発生させると、この水素イオンが、バイアス電圧印加電極として機能する押さえ板33に向かって引き寄せられる。これにより、水素イオンが試料17の内部に導入され、拡散されて、水素が試料17から放出される。この放出された水素に電子線16aを照射して、ESDにより試料17から水素イオンが脱離し、この水素イオンを検出することによりESD像が得られ、このESD像と二次電子によるSEM像と比較することにより、試料17の組織の局所構造と水素透過との関連を調べることができる。
【0064】
図12は本発明による試料ホルダー44の第三の実施形態の構成を示している。この試料ホルダー44は、図3A及び図4に示した試料ホルダー30と比較して、ホルダー本体31の中空部31bを省略すると共に、ホルダー本体31が導電性材料から構成され、バイアス電圧印加配線19の+側の配線19bが、ホルダー本体31に接続されることにより、対向電極36として機能するようになっている。ここで、ホルダー本体31において、電解溶液34に接する面には、絶縁及び耐蝕コーティングを行うことが好ましい。
【0065】
この場合、電解溶液34が供給される電解溶液導入室Sは、ホルダー本体31の表面と、試料17の裏面と、二重の密閉部材32の内側のOリング32bと、から画成されている。また、電解溶液34のための供給管13及び排出管14は、ホルダー本体31の表面にて、内側のOリング32bの内側領域に開口している。これにより、電解溶液34が外部から供給管13を介して上記電解溶液導入室S内に供給され、排出管14を介して外部に排出される。
【0066】
そして、押さえ板33とホルダー本体31との間に、バイアス電圧印加配線19の各配線19a及び19bからバイアス電圧が給電されることにより、上記電解溶液導入室S内の電解溶液34が電気分解されて水素が発生する。この水素が試料17内に導入され拡散して、その表面から放出される。
【0067】
こうして、図3A及び図4に示した試料ホルダー30と同様にして、試料17の表面に到達した水素に、電子源16により電子線16aを照射することで、ESDにより試料17から水素イオンが脱離し、この水素イオンが収集機構21で集束されて、水素イオン検出装置20で検出され、ESD像が取得される。これにより、制御部50が二次電子によるSEM像とESD像とを比較することで、試料17の組織の局所構造と水素透過との関連を調べることができる。
【0068】
この場合、電解溶液34が供給される電解溶液導入室Sは、図9に示した試料ホルダー40における容器41の場合と比較してより容量が少ないので、さらに水素透過量が少なく、少量の電解溶液34からの水素供給で十分であるような試料17に適している。また、ホルダー本体41の小型化が可能であると共に、導電性材料から構成することで対向電極としても機能することから、全体として構造が簡略化される。
【0069】
図13は、本発明による試料ホルダー45の第四の実施形態の構成を示している。試料ホルダー45は、図12に示した試料ホルダー44と比較して供給管13及び排出管14を省略した構成である。この場合、電解溶液34は、試料17のセッティングの際に、電解溶液導入室S内に封入され、電気分解中は電解溶液34は循環しないが、さらに水素透過量が少なく、電解溶液導入室S内の少量の電解溶液34のみからの水素供給で十分であるような試料17に適している。ここで、ホルダー本体31において、電解溶液34に接する面には絶縁及び耐蝕コーティングを行うことが好ましい。
【0070】
さらに、供給管13及び排出管14が不要であることから、ホルダー本体31の小型化がより一層促進され、構造が簡略化されるので部品コスト及び組立コストが低減する。なお、試料ホルダー45においては、電解溶液導入室S内に電解溶液34を封入した状態で、走査型電子顕微鏡15の分析室11の隔膜の開口部に装着されることから、試料ホルダー45のベーキング処理を行なうことができないが、試料ホルダー45のベーキング処理が不要であるような試料17について、試料ホルダー45を使用することが可能である。例えば、予備排気室を備えた所謂ロードロック型の試料交換ができる走査型電子顕微鏡15の場合には、ベーキングを行わない試料ホルダー45を使用することができる。
【0071】
本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲において様々な形態で実施することができる。例えば、上述した実施形態においては、試料17は、鉄鋼,ステンレス鋼等の導電性を備えた材料から構成されているが、これに限らず、絶縁材料から構成されていてもよいことは明らかである。
【符号の説明】
【0072】
10:水素透過拡散経路観測装置、 11:分析室、 11a:導線引き出しポート、 13:供給管、 14:排出管、 15:走査型電子顕微鏡、 16:電子源、 17:試料、 17a:測定領域、 18:二次電子検出器、 19:バイアス電圧供給配線、19a:-側の配線、19b:+側の配線、 20:水素イオン検出装置、 21:収集機構、 22:イオンエネルギー分解部、 23:イオン検出器、 24:試料台部、 25:試料位置調整部、 26:試料温度測定部、 27:真空排気部、 29:質量分析器、 30,40,44,45:試料ホルダー、 31:ホルダー本体、 31a:絶縁ブッシング、 31b:電解溶液導入室(中空部)、 31c:開口部、 31d:絶縁及び耐蝕コーティング、 32:二重の密閉部材、 32a,32b:リング、 32c:二重の密閉部材の間の領域、 33:押さえ板(バイアス電圧印加電極)、 33a:貫通孔、 34:電解溶液、 35:差動排気管、 35a:開口部、 36:対向電極、 37:カバー部材、 38:超高真空シール、 39:ネジ、 41:容器、 41a:容器の上端、 41b:エラストマー、 41c:電解溶液導入室、 42:バネ部材、 50:制御部、 51:電子顕微鏡全体制御部、 52:電子衝撃脱離全体制御部、 53:二次電子検出部、 54:電子光学系制御部、 55:SEM用の画像演算部、 56:高電圧安定化電源、 57:入力装置、 58,65:ディスプレイ、 59,66:記憶装置、 60:二次元のマルチチャンネルスケーラー、 61:パルス計数部、 61a:水素イオンのカウント数信号、 62:同期制御部、 62a:垂直走査信号、 62b:水平走査信号、 62c:走査位置に関する情報、 62d,62e:デジタルアナログ変換器、 63:測定信号の二次元平面への並べ替え部、 67:電子衝撃脱離イオン検出部、 72:マイクロプロセッサ、 72a,72b:入出力インターフェース、 S:電解溶液導入室
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13