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  • 特許-鋳造用鉄合金材料および鉄鋳物 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】鋳造用鉄合金材料および鉄鋳物
(51)【国際特許分類】
   C22C 37/00 20060101AFI20231222BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20231222BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20231222BHJP
【FI】
C22C37/00 Z
C22C38/00 302Z
C22C38/60
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022557533
(86)(22)【出願日】2021-10-18
(86)【国際出願番号】 JP2021038484
(87)【国際公開番号】W WO2022085642
(87)【国際公開日】2022-04-28
【審査請求日】2023-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2020178270
(32)【優先日】2020-10-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000227593
【氏名又は名称】日之出水道機器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅谷 拓郎
(72)【発明者】
【氏名】池田 朋弘
(72)【発明者】
【氏名】武谷 洸希
(72)【発明者】
【氏名】高橋 宏太
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/007914(WO,A1)
【文献】特開昭63-114936(JP,A)
【文献】特開昭63-93840(JP,A)
【文献】特開平06-179938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 37/00 - 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の鋳造用鉄合金材料を用いて鋳造された鉄鋳物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳造用鉄合金材料および鉄鋳物に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、超高精度が要求される、工作機械、電子部品製造機械、顕微鏡等の構造体は、室温付近の温度変化による熱膨張や熱収縮による寸法変化が微小であることが必要であり、熱膨張率がきわめて小さい材料が求められていることが記載されている(段落[0002]参照)。
【0003】
特許文献2には、冷却速度が遅くなる大型厚肉製品あるいは製品の厚肉部では、共晶凝固時間が長いことから、球状黒鉛鋳鉄の金属組織中に異常黒鉛組織であるチャンキー黒鉛が晶出しやすいこと、および、チャンキー黒鉛の晶出により、鋳鉄材料のヤング率、引張強さ、伸びは著しく低下することが記載されている(段落[0003]参照)。
【0004】
特許文献1および2によれば、熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させることは容易ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-192777号公報
【文献】国際公開第2015/034062号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させることが可能な鋳造用鉄合金材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、26.0~42.0質量%のNiと、0.02~0.50質量%のSbとを含み、残部がFeおよび不可避元素である、鋳造用鉄合金材料である。
【0008】
この鋳造用鉄合金材料では、Siの含有量を0.1~3.0質量%にすることで、熱膨張係数を低減させている。さらに、Cの含有量を0.3~3.5質量%にし、凝固時に晶出する黒鉛が共晶状組織を形成する傾向を高めることにより、黒鉛の膨張量を増大させ、引け巣の発生を抑制している。さらに、Niの含有量を26.0~42.0質量%にすることで、黒鉛の周囲にNiを偏析させ、最終凝固部にSiを偏析させるとともに、Sbの含有量を0.02~0.50質量%にすることで、黒鉛の周囲に濃化したNiだけでなく最終凝固部に濃化したSiに対してもSbを効果的に作用させている。これにより、黒鉛化促進元素として作用するNiおよびSiのそれぞれの濃化領域において黒鉛粒数を増加させることができる。このため、共晶状組織の形成傾向を高めたことで黒鉛化作用が高まりやすいCが、チャンキー黒鉛(異常黒鉛)に成長することを抑制することができる。したがって、熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させることが可能な鋳造用鉄合金材料を提供することができる。
【0009】
鋳造用鉄合金材料は、0.001~6.0質量%のCoをさらに含むことが好ましい。Coの含有量を0.001~6.0質量%にすることで、Niとの相乗効果により熱膨張係数を一層低減させることができる。
【0010】
鋳造用鉄合金材料は、0.01~1.4質量%のMnをさらに含むことが好ましい。この鋳造用鉄合金材料では、Niの含有量を26.0~42.0質量%にするとともに、Mnの含有量を0.01~1.4質量%にすることで、オーステナイトを安定化させてマルテンサイトの生成を抑制することができる。したがって、この鋳造用鉄合金材料を用いて鋳造された鉄鋳物の切削性を向上させることができる。
【0011】
鋳造用鉄合金材料は、0.01~0.1質量%のMgをさらに含むことが好ましい。Mgの含有量を0.01~0.1質量%にすることで、黒鉛の球状化作用を高めるとともに、最終凝固部にMgを偏析させることができる。このため、最終凝固部に濃化したSiに対して、Sbだけでなく、SbおよびMgの化合物を作用させやすい。したがって、Sbと、SbおよびMgの化合物とによりCの過剰な黒鉛化を抑制しやすく、チャンキー黒鉛の生成を一層抑制しやすい。
【0012】
本発明の他の態様は、上記の鋳造用鉄合金材料を用いて鋳造された鉄鋳物である。熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させた鉄鋳物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】鋳造用鉄合金材料の実施例および比較例の組成、熱膨張係数および伸びを示す図。
図2】鋳造用鉄合金材料(実施例15)の試験片の組織におけるNiの観察結果を示す図。
図3】鋳造用鉄合金材料(実施例15)の試験片の組織におけるSiの観察結果を示す図。
図4】鋳造用鉄合金材料(実施例15)の試験片の組織におけるSbの観察結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照して、本願が開示する鋳造用鉄合金材料および鉄鋳物の実施形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されず、請求の範囲に規定されたものを含む。
【0015】
<第1の実施形態>
第1の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、26.0~42.0質量%のNiと、0.02~0.50質量%のSbとを含み、残部がFeおよび不可避元素である。
【0016】
本実施形態において、「鋳造」は、砂型鋳造法、金型鋳造法、ダイカスト法等の各種の鋳造法による鋳造を含む。また、「鉄合金材料」は、主相として鉄の相を含む合金材料を意味する。したがって、「鋳造用鉄合金材料」は、砂型鋳造法、金型鋳造法、ダイカスト法等の各種の鋳造法により鋳造される鉄合金材料を意味する。元素の「質量%」は、鋳造用鉄合金材料の質量に対する、元素の質量の百分率を意味する。例えば、「A~B質量%の元素」の表記は、元素の質量%がA%以上B%以下であることを意味する。「残部」は、鋳造用鉄合金材料を構成する成分のうち、列挙された元素以外の成分を意味する。例えば、「・・・Cと、・・・Siと、・・・Niと、・・・Sbとを含み、残部がFeおよび不可避元素である、鋳造用鉄合金材料。」の表記は、鋳造用鉄合金材料を構成する成分のうち、C、Si、NiおよびSb以外の成分がFeおよび不可避元素であることを意味する。以下の実施形態においても同様である。
【0017】
(C:炭素)
第1の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.3~3.5質量%のCを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Cの含有量を0.3~3.5質量%にし、凝固時に晶出する黒鉛が共晶状組織を形成する傾向を高めることにより、黒鉛の膨張量を増大させ、引け巣の発生を抑制している。Cの含有量の下限を0.3質量%にすることで、鋳造用鉄合金材料の液相線温度を低下させることができる。このため、鋳造用鉄合金材料の湯流れ性を向上させることができる。また、Cの含有量の下限を0.3質量%にすることで、黒鉛の晶出量を増加させることができる。このため、鋳造用鉄合金材料を用いて鋳造された鉄鋳物(以下、単に「鉄鋳物」という。)の切削性を向上させることができる。また、Cの含有量の上限を3.5質量%にすることで、黒鉛浮上(カーボンフローテーション)を抑制することができる。このため、鉄鋳物の強度や延性の低下を抑制することができる。以下の実施形態においても同様である。
【0018】
(Si:ケイ素)
第1の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.1~3.0質量%のSiを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Siの含有量を0.1~3.0質量%にすることで、熱膨張係数を低減させている。Siの含有量の下限を0.1質量%にすることで、鋳造用鉄合金材料の液相線温度を低下させることができる。このため、鋳造用鉄合金材料の湯流れ性を向上させることができる。また、Siの含有量の下限を0.1質量%にすることで、Cの含有量に対するSiの含有量の割合を増加させることができる。このため、COガスの形成を抑制することができる。したがって、鉄鋳物の表面に生じるガス欠陥を低減させることができる。また、Siの含有量の上限を3.0質量%にすることで、SiのFe(鉄基地)への固溶量を低減させることができる。このため、熱膨張係数の増加を抑制することができる。また、黒鉛化促進元素として作用するSiの含有量の上限を3.0質量%にすることで、Cの過剰な黒鉛化を抑制することができる。このため、チャンキー黒鉛の生成を抑制することができる。したがって、鉄鋳物の伸びを向上させることができる。以下の実施形態においても同様である。
【0019】
(Ni:ニッケル)
第1の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、26.0~42.0質量%のNiを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Niの含有量を26.0~42.0質量%にすることで、黒鉛の周囲にNiを偏析させ、その結果、最終凝固部にSiを偏析させている。すなわち、Niを黒鉛の周囲の領域に濃化させることによりオーステナイトを安定化させ、Siを残液側である最終凝固部に濃化させている。Niの含有量の下限を26.0質量%にすることで、オーステナイトを安定化させてマルテンサイトの生成を抑制することができる。このため、鉄鋳物の延性の低下を抑制するとともに、鉄鋳物の切削性を向上させることができる。また、Niの含有量の上限を42.0質量%にすることで、熱膨張係数の増加を抑制することができる。また、黒鉛化促進元素として作用するNiの含有量の上限を42.0質量%にすることで、Cの過剰な黒鉛化を抑制することができる。このため、チャンキー黒鉛の生成を抑制することができる。したがって、鉄鋳物の伸びを向上させることができる。以下の実施形態においても同様である。
【0020】
(Sb:アンチモン)
第1の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.02~0.50質量%のSbを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Sbの含有量を0.02~0.50質量%にすることで、黒鉛の周囲に濃化したNiだけでなく最終凝固部に濃化したSiに対してもSbを効果的に作用させている。すなわち、黒鉛近傍のNi濃化領域だけでなく、黒鉛から離れたSi濃化領域に対してもSbを効果的に作用させている。これにより、黒鉛化促進元素として作用するNiおよびSiのそれぞれの濃化領域において黒鉛粒数を増加させるとともに、黒鉛の過剰な成長を抑制することができる。このため、共晶状組織の形成傾向を高めたことで黒鉛化作用が高まりやすいCが、チャンキー黒鉛に成長することを抑制することができる。したがって、鉄鋳物の熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させることができる。さらに、本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Niの含有量を26.0~42.0質量%にすることで、Niを黒鉛の周囲の領域に濃化させることによりオーステナイトを安定化させている。このため、スパイキー黒鉛の生成も抑制することができる。したがって、鉄鋳物の脆化も抑制することができる。Sbの含有量の下限を0.02質量%にすることで、厚肉部を有する鉄鋳物であっても、最終凝固部になりやすい厚肉部においてチャンキー黒鉛が生成することを抑制することができる。このため、厚肉部を有する鉄鋳物の伸びを向上させやすい。また、Sbの含有量の上限を0.50質量%にすることで、スパイキー黒鉛の生成や、SbおよびMgの化合物の過剰な増加に伴う球状化不良を抑制することができる。以下の実施形態においても同様である。
【0021】
(Fe:鉄、不可避元素)
第1の実施形態の鋳造用鉄合金材料における残部は、Feおよび不可避元素である。残部に含まれる不可避元素としては、例えば、P(リン)、S(硫黄)、Cu(銅)、Al(アルミニウム)、Cr(クロム)、Mo(モリブデン)、V(バナジウム)、Ti(チタン)等の元素が挙げられる。不可避元素の含有量は、例えば、合計で5.0質量%以下であることが好ましく、合計で3.0質量%以下または合計で1.0質量%以下であることがさらに好ましい。以下の実施形態においても同様である。
【0022】
本実施形態の鋳造用鉄合金材料において、Niの含有量とSiの含有量との比は、「10~100:1」であることが好ましく、「10~90:1」、「13~50:1」であることがより好ましく、「15~40:1」、「17~35:1」または「19~34:1」であることがさらに好ましい。Niの含有量とSiの含有量との比をこのようにすることで、より一層、Niを黒鉛の周囲の領域に濃化させ、Siを残液側である最終凝固部に濃化させやすい。以下の実施形態においても同様である。
【0023】
本実施形態の鋳造用鉄合金材料において、Sbの含有量の下限は、0.03質量%であることが好ましく、0.045質量%、0.07質量%または0.085質量%であることがさらに好ましい。また、Sbの含有量の上限は、0.45質量%であることが好ましく、0.40質量%であることがより好ましく、0.35質量%であることがより好ましく、0.32質量%であることがより好ましく、0.30質量%であることがより好ましく、0.26質量%であることがさらに好ましい。Sbの含有量の下限および上限をこのようにすることで、より一層、黒鉛近傍のNi濃化領域だけでなく、黒鉛から離れたSi濃化領域に対してもSbを効果的に作用させやすい。したがって、鉄鋳物の熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させやすい。あるいは、熱膨張が極端に増加するか、または、伸びが極端に低下する事態を抑制し、熱膨張および伸びの両方をバランスよく発現させやすい。以下の実施形態においても同様である。
【0024】
本実施形態の鋳造用鉄合金材料において、Cの含有量の下限は、0.4質量%であることが好ましく、0.7質量%であることがより好ましく、1.0質量%であることがより好ましく、1.25質量%であることがより好ましく、1.5質量%であることがさらに好ましい。また、Cの含有量の上限は、3.3質量%であることが好ましく、3.0質量%であることがより好ましく、2.75質量%であることがより好ましく、2.5質量%であることがさらに好ましい。Siの含有量の下限は、1.0質量%であることが好ましく、1.2質量%であることがより好ましく、1.4質量%であることがさらに好ましい。また、Siの含有量の上限は、2.5質量%であることが好ましく、2.3質量%であることがより好ましく、2.1質量%であることがさらに好ましい。Niの含有量の下限は、28.5質量%であることが好ましく、31.0質量%であることがさらに好ましい。また、Niの含有量の上限は、38.0質量%であることが好ましく、36.0質量%であることがより好ましく、34.0質量%であることがさらに好ましい。C、SiおよびNiの各含有量の下限および上限をこのようにすることで、鉄鋳物の熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させやすい。以下の実施形態においても同様である。
【0025】
<第2の実施形態>
第2の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、26.0~42.0質量%のNiと、0.02~0.50質量%のSbと、0.001~6.0質量%のCoとを含み、残部がFeおよび不可避元素である。
【0026】
(Co:コバルト)
第2の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.001~6.0質量%のCoを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Coの含有量を0.001~6.0質量%にすることで、Niとの相乗効果により熱膨張係数を一層低減させることができる。Coの含有量の下限を0.001質量%にすることで、Niとの相乗効果により熱膨張係数の極小値を減少させることができる。また、Coの含有量の上限を6.0質量%にすることで、Coの過剰な添加に伴い熱膨張係数が極小値を示した後に増加することを抑制することができる。
【0027】
本実施形態の鋳造用鉄合金材料において、Coの含有量の下限は、0.01質量%であることが好ましく、4.0質量%であることがさらに好ましい。また、Niの含有量が31.0~34.0質量%に対して、Coの含有量が4.0~5.5質量%であることが好ましい。Coの含有量の下限および上限をこのようにすることで、Niとの相乗効果により熱膨張係数を一層低減させやすい。
【0028】
<第3の実施形態>
第3の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、26.0~42.0質量%のNiと、0.02~0.50質量%のSbと、0.01~1.4質量%のMnとを含み、残部がFeおよび不可避元素である。
【0029】
(Mn:マンガン)
第3の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.01~1.4質量%のMnを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Mnの含有量を0.01~1.4質量%にすることで、Niとの相乗効果によりオーステナイトを安定化させてマルテンサイトの生成を抑制することができる。したがって、鉄鋳物の切削性を向上させることができる。Mnの含有量の下限を0.01質量%にすることで、常温においてもオーステナイトを安定させることができる。また、Mnの含有量の上限を1.4質量%にすることで、MnのFe(鉄基地)への固溶量を低減させることができる。このため、熱膨張係数の増加を抑制することができる。
【0030】
本実施形態の鋳造用鉄合金材料において、Mnの含有量の下限は、0.08質量%であることが好ましい。また、Mnの含有量の上限は、0.85質量%であることが好ましく、0.2質量%であることがさらに好ましい。Mnの含有量の下限および上限をこのようにすることで、Niとの相乗効果によりオーステナイトを安定化させてマルテンサイトの生成を一層抑制しやすい。
【0031】
<第4の実施形態>
第4の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、26.0~42.0質量%のNiと、0.02~0.50質量%のSbと、0.01~0.1質量%のMgとを含み、残部がFeおよび不可避元素である。
【0032】
(Mg:マグネシウム)
第4の実施形態の鋳造用鉄合金材料は、0.01~0.1質量%のMgを含む。本実施形態の鋳造用鉄合金材料においては、Mgの含有量を0.01~0.1質量%にすることで、黒鉛の球状化作用を高めるとともに、最終凝固部にMgを偏析させることができる。このため、最終凝固部に濃化したSiに対して、Sbだけでなく、SbおよびMgの化合物を作用させやすい。したがって、Sbと、SbおよびMgの化合物とによりCの過剰な黒鉛化を抑制しやすく、チャンキー黒鉛の生成を一層抑制しやすい。Mgの含有量の下限を0.01質量%にすることで、黒鉛の球状化作用を高めることができる。また、Mgの含有量の上限を0.1質量%にすることで、Mgの酸化物または硫化物の生成を抑制することができる。このため、鋳造用鉄合金材料の湯流れ性の低下を抑制することができる。さらに、鉄鋳物の鋳造欠陥を低減させることができる。
【0033】
本実施形態の鋳造用鉄合金材料において、Mgの含有量の下限は、0.03質量%であることが好ましく、0.04質量%であることがより好ましく、0.05質量%であることがさらに好ましい。また、Mgの含有量の上限は、0.08質量%であることが好ましく、0.07質量%であることがさらに好ましい。Mgの含有量の下限および上限をこのようにすることで、最終凝固部に濃化したSiに対して、Sbだけでなく、SbおよびMgの化合物を一層作用させやすい。
【0034】
上記の実施形態の鋳造用鉄合金材料を用いることで、熱膨張を低減させ、かつ、伸びを向上させた鉄鋳物を提供することができる。したがって、この鉄鋳物は、低い熱膨張(係数)かつ高い伸びが求められる多種多様な用途に好適である。この鉄鋳物の用途の例としては、半導体製造装置、電子部品製造装置、工作機械等の構成部品等が挙げられる。
【0035】
<実施例>
図1に、鋳造用鉄合金材料の実施例および比較例の組成(質量%)、熱膨張係数(×10-6/℃)および伸び(%)を示す。熱膨張係数(×10-6/℃)は、鋳造用鉄合金材料の試験片について、JIS Z 2285(金属材料の線膨張係数の測定方法)に従って測定された値である。図1では、室温(25℃基準)から50℃までの平均熱膨張係数を示している。また、伸び(%)は、鋳造用鉄合金材料の試験片について、JIS Z
2241(金属材料引張試験方法)に従って測定された値である。図1では、Yブロック(C号)の肉厚50mmの部位における伸びを示している。
【0036】
(実施例1~19と比較例1との比較)
図1に示すように、実施例1~19のSbの含有量は0.02質量%以上であるのに対して、比較例1のSbの含有量は0.02質量%未満である。ここで、実施例1~19の熱膨張係数は、2.22×10-6~3.32×10-6/℃であるのに対して、比較例1の熱膨張係数は、4.59×10-6/℃である。このため、実施例1~19では、比較例1と比べて熱膨張係数が0.5~0.7倍程度になっている。また、実施例1~19の伸びは、17.0~34.4%であるのに対して、比較例1の伸びは、9.7%である。このため、実施例1~19では、比較例1と比べて伸びが1.8~3.5倍程度になっている。このように、実施例1~19では、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、0.01~1.4質量%のMnと、26.0~42.0質量%のNiと、0.01~0.1質量%のMgと、0.001~6.0質量%のCoとを含む鋳造用鉄合金材料において、Sbの含有量の下限を0.02質量%にすることで、熱膨張係数を低減させるとともに伸びを向上させることができることを確認することができた。
【0037】
(実施例1~19と比較例2との比較)
図1に示すように、実施例1~19のSbの含有量は0.50質量%以下であるのに対して、比較例2のSbの含有量は0.50質量%を超過する。ここで、実施例1~19の熱膨張係数は、2.22×10-6~3.32×10-6/℃であるのに対して、比較例2の熱膨張係数は、3.31×10-6/℃である。このため、実施例1~19では、比較例2と比べて熱膨張係数が同程度以下である。また、実施例1~19の伸びは、17.0~34.4%であるのに対して、比較例2の伸びは、16.8%である。このため、実施例1~19では、比較例2と比べて伸びが同程度から2.0倍程度になっている。このように、実施例1~19では、0.3~3.5質量%のCと、0.1~3.0質量%のSiと、0.01~1.4質量%のMnと、26.0~42.0質量%のNiと、0.01~0.1質量%のMgと、0.001~6.0質量%のCoとを含む鋳造用鉄合金材料において、Sbの含有量の上限を0.50質量%にすることで、熱膨張係数を低減させるとともに伸びを向上させることができることを確認することができた。
【0038】
(鋳造用鉄合金材料の組織)
図2図4に、鋳造用鉄合金材料(実施例15)の試験片の組織についての観察結果を示す。図2はNi、図3はSi、図4はSbの分布状態について、電子線マイクロアナライザ(EPMA)により観察された結果を示す図である。
【0039】
図1に示すように、実施例15は、Niの含有量が32.1質量%、Siの含有量が1.55質量%である。すなわち、Niの含有量とSiの含有量との比は、「21:1」である。図2に示すように、実施例15では、黒鉛相10の周囲の領域AにNi相20が分布している。また、図3に示すように、実施例15では、黒鉛相10から離れた最終凝固部BにSi相30が分布している。このように、実施例15では、Niの含有量とSiの含有量との比を「21:1」にすることで、Ni相20を黒鉛相10の周囲の領域Aに濃化させ、Si相30を黒鉛相10から離れた最終凝固部Bに濃化させることができている。さらに、図1に示すように、実施例15は、Sbの含有量が0.100質量%である。図4に示すように、実施例15では、黒鉛相10の周囲の領域Aに分布するNi相20(図2参照)から最終凝固部Bに分布するSi相30(図3参照)までにわたってSb相40が万遍なく分布している。このため、黒鉛相10の周囲の領域Aに濃化したNi相20だけでなく最終凝固部Bに濃化したSi相30に対してもSbを効果的に作用させることができている。これにより、黒鉛化促進元素として作用するNi相20およびSi相30のそれぞれの濃化領域において黒鉛粒数を増加させることで、チャンキー黒鉛の生成を抑制することができている。この結果、図1に示すように、実施例15では、熱膨張を低減させるとともに伸びを向上させることができている。
【0040】
このように、鋳造用鉄合金材料の試験片の組織について観察した結果、Ni相20とSi相30とを異なる領域に濃化させることで、黒鉛近傍のNi濃化領域(黒鉛相10の周囲の領域)Aだけでなく、黒鉛から離れたSi濃化領域(最終凝固部)Bに対してもSbを効果的に作用させることができることを確認することができた。この結果、図1に示すように、実施例1~実施例19では、熱膨張を低減させるとともに伸びを向上させることができている。
【符号の説明】
【0041】
10 黒鉛相
20 Ni相
30 Si相
40 Sb相
図1
図2
図3
図4