(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】時計用歯車、ムーブメント及び時計
(51)【国際特許分類】
G04B 13/02 20060101AFI20231222BHJP
【FI】
G04B13/02 C
(21)【出願番号】P 2020041801
(22)【出願日】2020-03-11
【審査請求日】2023-01-11
(73)【特許権者】
【識別番号】502366745
【氏名又は名称】セイコーウオッチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】海老原 夏生
(72)【発明者】
【氏名】重城 幸一郎
【審査官】細見 斉子
(56)【参考文献】
【文献】実開昭63-113985(JP,U)
【文献】実開平02-144790(JP,U)
【文献】実開昭53-016755(JP,U)
【文献】特開2010-185683(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 13/02
F16H 55/17
G04B 19/02,19/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部が樹脂材料により形成された軸部材と、
少なくとも一部が樹脂材料により形成されるとともに、前記軸部材が貫通した状態で前記軸部材に対して摺動可能に設けられ、前記軸部材と径方向において樹脂材料同士が接する摺動部を有する歯車部材と、
を備え
、
前記歯車部材は、
金属材料により形成され、歯車の外周部を形成する環状の歯車本体と、
樹脂材料により形成され、前記歯車本体の内周部に前記歯車本体と一体に設けられるとともに前記軸部材が挿入される内筒部と、
を有し、
前記軸部材は、軸方向において、前記内筒部の端面及び前記歯車本体と接触している、
時計用歯車。
【請求項2】
前記軸部材は、
金属材料により形成される軸本体と、
樹脂材料により形成され、前記軸本体の外周部に前記軸本体と一体に設けられる外嵌部と、
を有する請求項1に記載の時計用歯車。
【請求項3】
前記軸部材は、
金属材料により形成される軸本体と、
前記軸本体の外周部に前記軸本体と一体に設けられる外嵌部と、
を有し、
前記外嵌部は、
外歯を有し、金属材料により形成されるかな部と、
前記摺動部と対応する位置に設けられ、樹脂材料により形成される取付部と、
を有する請求項1に記載の時計用歯車。
【請求項4】
前記歯車部材は、前記軸部材の外周部の全周に亘って接する請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の時計用歯車。
【請求項5】
請求項1から請求項
4のいずれか1項に記載の時計用歯車を備えるムーブメント。
【請求項6】
請求項
5に記載のムーブメントを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計用歯車、ムーブメント及び時計に関する。
【背景技術】
【0002】
時計のムーブメントにおいて、動力を伝達し、各指針を駆動するために複数の歯車を用いた構成が知られている。これらの歯車では、軸と歯車との間に所定以上のトルクが作用した際、軸に対して歯車をスリップさせるための技術が種々提案されている。
【0003】
例えば特許文献1には、金属製の歯車と、歯車を包み込むようにインサート成形された樹脂製の軸と、を有し、樹脂材料と金属材料との摩擦抵抗によりスリップトルクを確保する分車の構成が開示されている。特許文献1に記載の技術によれば、歯車を包み込むように軸を取り付けることにより、簡素な構成により軸と歯車との接触面積を増加させ、安定したスリップ機能を担保できるとされている。また、スリップ機能を持たせるために歯車及び軸を複雑な形状とする必要が無いので、分車を容易に製造できるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の技術にあっては、金属製の歯車と樹脂製の軸とが互いに摺動する。一般に金属材料は樹脂材料よりも硬度が高いため、金属材料と樹脂材料とが摺動する特許文献1に記載の技術では、摺動部分において樹脂が摩耗し易くなる。よって、軸の耐久性が低下し易く、スリップトルクの安定化の面で改善の余地があった。
【0006】
そこで、本発明は、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車、この時計用歯車を備えたムーブメント及び時計を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明の一つの形態の時計用歯車は、少なくとも一部が樹脂材料により形成された軸部材と、少なくとも一部が樹脂材料により形成されるとともに、前記軸部材が貫通した状態で前記軸部材に対して摺動可能に設けられ、前記軸部材と径方向において樹脂材料同士が接する摺動部を有する歯車部材と、を備える。
【0008】
この構成によれば、歯車部材と軸部材とが径方向において互いに摺動する摺動部において、樹脂材料同士が摺動する。これにより、摺動部において金属材料と樹脂材料とが互いに摺動する従来技術と比較して、樹脂材料の摩耗を抑制できる。よって、軸部材及び歯車部材の耐久性を向上するとともに、軸部材及び歯車部材間のスリップトルクの低下を抑制し、安定したスリップトルクを得ることができる。また、樹脂材料は、摺動する際の摩擦力を確保できるので、樹脂材料同士の摩擦抵抗によりスリップトルクを得ることができる。このため、例えば歯車部材に、スリップトルクを得るためのばね構造等を形成する必要が無い。よって、簡素な構成によりスリップトルクを得ることができる。
したがって、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車を提供できる。
【0009】
また、前記時計用歯車は、前記軸部材は、金属材料により形成される軸本体と、樹脂材料により形成され、前記軸本体の外周部に前記軸本体と一体に設けられる外嵌部と、を有する。
【0010】
この構成によれば、軸部材のうち軸本体が金属材料により形成されるので、軸部材全体が樹脂材料により形成される場合と比較して、軸部材の強度を向上できる。これにより、例えば軸部材に分針を取り付ける際の分針の固定強度を向上できる。外嵌部は、軸本体の外周部に軸本体と一体に設けられるので、外嵌部と歯車部材との間に摺動部を設けることができる。つまり、樹脂製の外嵌部及び歯車部材を互いに摺動させることができる。よって、簡素な構成により、スリップトルクの安定化及び軸部材の高強度化を両立した時計用歯車とすることができる。また、例えばインサート成形を用いて軸本体の外周部に外嵌部を設けることにより、金属製の軸本体と樹脂製の外嵌部とを容易に一体化できる。さらに、軸本体の外周部に複雑形状を形成するために切削加工等を施す必要が無いので、軸部材の製造に係る工程数及び製造コストを削減できる。
【0011】
また、前記時計用歯車は、前記軸部材は、金属材料により形成される軸本体と、前記軸本体の外周部に前記軸本体と一体に設けられる外嵌部と、を有し、前記外嵌部は、外歯を有し、金属材料により形成されるかな部と、前記摺動部と対応する位置に設けられ、樹脂材料により形成される取付部と、を有する。
【0012】
この構成によれば、外嵌部のうち、他の歯車部材等と嵌合するかな部が金属材料により形成されるので、かな部を樹脂材料により形成する場合と比較して、かな部の強度を高めることができる。軸部材のうち摺動部と対応する取付部のみを樹脂材料により形成することで、最小限の樹脂材料を用いて軸部材を形成できる。よって、安定的なスリップトルクを維持しつつ軸部材の強度を向上できる。
【0013】
また、前記時計用歯車は、前記歯車部材は、前記軸部材の外周部の全周に亘って接する。
【0014】
この構成によれば、軸部材の外周部の全周に亘って歯車部材が接するので、軸部材の外周部の一部に歯車部材が接する場合と比較して、より安定的に摩擦力を確保できる。よって、軸部材と歯車部材とのスリップトルクを安定的に付与できる。また、歯車部材と軸部材との接触面積が増加するので、歯車部材に対する軸部材の軸ブレを抑制できる。
【0015】
また、前記時計用歯車は、前記歯車部材は、金属材料により形成され、歯車の外周部を形成する環状の歯車本体と、樹脂材料により形成され、前記歯車本体の内周部に前記歯車本体と一体に設けられるとともに前記軸部材が挿入される内筒部と、を有する。
【0016】
この構成によれば、歯車部材は、金属製の歯車本体と、樹脂製の内筒部と、を有する。歯車本体は歯車部材の外周部を形成するので、金属製の歯車本体に歯車外歯が形成されることにより、他の歯車との噛み合いを良好とし、動力を効率的に伝達できる。内筒部は、歯車本体と一体に設けられ、内筒部の内周部に軸部材が挿入される。これにより、摺動部と対応する位置に樹脂製の内筒部を配置できる。特に、例えばインサート成形等により歯車本体の内周部に内筒部を設けた場合、容易に金属製の歯車本体と樹脂製の内筒部とを一体化できる。よって、簡素な構成により軸部材及び歯車部材における樹脂材料同士を摺動させることができる。
【0017】
本発明の一つの形態のムーブメントは、上述の時計用歯車を備える。
【0018】
この構成によれば、上述の時計用歯車を備えるので、ムーブメント内の各種歯車機構において、歯車部材と軸部材とのスリップトルクを安定的に維持できる。
したがって、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車を備えた、高性能なムーブメントを提供できる。
【0019】
本発明の一つの形態の時計は、上述のムーブメントを備える。
【0020】
この構成によれば、上述の高性能なムーブメントを備えるので、時計の動作を安定させることができるとともに、耐久性を向上できる。
したがって、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車を備えた、安定性及び耐久性に優れた時計を提供できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車、この時計用歯車を備えたムーブメント及び時計を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図2】第1実施形態に係るムーブメントを表側から見た平面図。
【
図5】第1実施形態に係るインサート成形において、金属材料にメッキする際の様子を表す説明図。
【
図6】第1実施形態に係るインサート成形において、メッキから微粒子を除去する際の様子を表す説明図。
【
図7】第1実施形態に係るインサート成形において、金属材料と樹脂材料とを一体化させる際の様子を表す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。なお以下の説明では、同一または類似の機能を有する構成に同一の符号を付す。そして、それら構成の重複する説明は省略する場合がある。
【0024】
(第1実施形態)
(時計)
図1は、第1実施形態に係る時計1の外観図である。
時計1は、例えば腕時計である。時計1は、ケース蓋及びガラス2(不図示)を有する時計ケース3内に、ムーブメント4や、時刻に関する情報を示す目盛り等を有する文字板5、各種指針(時針6、分針7及び秒針8)等が組み込まれて構成されている。
【0025】
(ムーブメント)
図2は、第1実施形態に係るムーブメント4を表側から見た平面図である。
図2では、図面を見やすくするため、ムーブメント4を構成する各種部品のうち一部の図示を省略しているとともに、各種部品を簡略化して図示している。また、以下の説明では、ムーブメント4の基板を構成する地板9に対して時計ケース3(
図1参照)のガラス2側(文字板5側、
図1参照)をムーブメント4の「裏側」と称し、ケース蓋側(文字板5とは反対側)をムーブメント4の「表側」と称する。
ムーブメント4は、地板9と、1個以上の時計用歯車15を有する表輪列11と、脱進調速機12と、を備える。
【0026】
表輪列11は、複数(本実施形態では3個)の時計用歯車15を有する。具体的に、表輪列11は、香箱車13と、時計用歯車15としての二番車16と、三番車17と、四番車18と、を有する。
香箱車13は、地板9と図示しない香箱受との間に軸支されており、内部に図示しないぜんまい(動力源)が収容されている。ぜんまいは、角穴車14が回転することによって巻き上げられる。角穴車14は、りゅうず10に連結された図示しない巻真の回転によって、同じく図示しない巻上輪列を介して回転する。
【0027】
二番車16、三番車17及び四番車18は、地板9と図示しない輪列受との間に軸支されている。これら二番車16、三番車17及び四番車18は、巻き上げられたぜんまいの弾性復元力によって香箱車13が回転すると、この回転に基づいて順に回転する。
【0028】
二番車16は香箱車13と噛合しており、香箱車13の回転に基づいて回転する。二番車16が回転すると、この回転に基づいて図示しない筒かなが回転する。筒かなには、分針7(
図1参照)が取り付けられており、筒かなの回転によって分針7が「分」を表示する。分針7は、脱進調速機12によって調速された回転速度、すなわち1時間で1回転する。
【0029】
二番車16が回転すると、この回転に基づいて図示しない日の裏車が回転し、さらに日の裏車の回転に基づいて図示しない筒車が回転する。なお、日の裏車及び筒車は、表輪列11を構成する部品である。筒車には、時針6(
図1参照)が取り付けられており、筒車の回転によって時針6が「時」を表示する。時針6は、脱進調速機12によって調速された回転速度、例えば12時間で1回転する。
【0030】
三番車17は、二番車16と噛合しており、二番車16の回転に基づいて回転する。四番車18は、三番車17に噛合しており、三番車17の回転に基づいて回転する。四番車18には、秒針8(
図1参照)が取り付けられており、四番車18の回転に基づいて秒針8が「秒」を表示する。秒針8は、脱進調速機12によって調速された回転速度、例えば1分間で1回転する。なお、表輪列11は、四番車18と脱進調速機12におけるがんぎ車41との間に中間車を設けた構成であってもよい。
【0031】
四番車18には、脱進調速機12のがんぎ車41が噛合している。これにより、がんぎ車41には、主に二番車16、三番車17及び四番車18を介して、香箱車13内に収容されたぜんまいからの動力(回転エネルギー)が伝達される。
【0032】
(時計用歯車)
次に、表輪列11に設けられる時計用歯車15(二番車16)の構成について詳細に説明する。二番車16、三番車17及び四番車18は、歯車のモジュールや直径等を除いて同等の構成となっている。このため、以下の説明では、二番車16の構成について説明し、三番車17及び四番車18における二番車16と重複する構成の説明を省略する場合がある。また、以下の説明において二番車16を時計用歯車15と呼ぶ場合がある。
【0033】
図3は、第1実施形態に係る時計用歯車15の断面図である。
図4は、
図3のIV-IV線に沿う断面図である。
図4では、歯車部材30の外周部の形状を簡略化して表している。
図3に示すように、時計用歯車15は、軸部材20と、歯車部材30と、を備える。
軸部材20は、少なくとも一部が樹脂材料により形成されている。具体的に、軸部材20は、金属材料により形成される軸本体21と、樹脂材料により形成される外嵌部22と、を有する。
【0034】
軸本体21は、時計用歯車15の回転中心軸C(
図2も参照)と同軸上に設けられている。軸本体21は、回転中心軸Cを中心とする円柱状に形成されている。軸本体21は、S100C等の炭素鋼やステンレス等の金属材料により形成されている。以下の説明において、軸本体21の回転中心軸Cに沿う方向を軸方向といい、軸方向と直交する方向を径方向といい、軸方向回りの方向を周方向という場合がある。
【0035】
外嵌部22は、軸本体21の外周部に設けられている。外嵌部22は、ポリアセタールやポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリプロピレン、ポリアリレート、ポリブチレンテレフタレート等の樹脂材料により形成されている。本実施形態において、外嵌部22全体が樹脂材料により形成されている。外嵌部22は、インサート成形により軸本体21と一体に設けられている。外嵌部22は、取付部23と、かな部24と、を有する。
【0036】
取付部23は、軸本体21と同軸な環状に形成されている。取付部23の外周面23aは、軸方向から見て回転中心軸Cと直交する断面形状が円形状に形成されている(
図4も参照)。取付部23の外周面23aは、軸方向の裏側から表側へ向かうにつれて取付部23の直径が増加するように傾斜している。取付部23の軸方向における表側の端部には、外嵌部22の構成部品である第一段部26が設けられている。第一段部26は、軸本体21と同軸な環状に形成されている。第一段部26の外径は、取付部23の外径より小さい。第一段部26及び取付部23は、軸方向において互いに接した状態で一体形成されている。
【0037】
かな部24は、取付部23より軸方向の裏側に設けられている。かな部24は、取付部23と一体に設けられている。かな部24は、軸本体21と同軸上に設けられている。かな部24は、外周部にかな外歯25(請求項の外歯)を有する。かな部24は、香箱車13(
図2参照)と噛み合っている。かな部24の外径は、取付部23の外径より大きい。より具体的に、かな部24におけるかな外歯25の基端部を結ぶ円(歯底円)の直径は、取付部23の外径より大きい。かな部24の軸方向に沿う厚みは、取付部23の軸方向に沿う厚みより厚い。かな部24及び取付部23は、軸方向において互いに接した状態で一体形成されている。
【0038】
かな部24の軸方向における裏側の端部には、外嵌部22の構成部品である第二段部27が設けられている。第二段部27は、軸本体21と同軸な環状に形成されている。第二段部27の外径及び厚みは、第一段部26の外径及び厚みと同等となっている。つまり、第二段部27の外径は、かな部24における歯底円の直径より小さい。第二段部27及びかな部24は、軸方向において互いに接した状態で一体形成されている。
【0039】
軸本体21と外嵌部22とが一体とされた状態で、軸本体21の両端部は、外嵌部22における第一段部26及び第二段部27より軸方向の外側にそれぞれ突出している。つまり、軸本体21の軸方向に沿う長さは、外嵌部22の軸方向に沿う長さより長い。外嵌部22は、軸本体21の軸方向における中央部に設けられている。このように形成された軸部材20のうち裏側(かな部24側)の端部には、不図示の筒かなを介して分針7(
図1参照)が取り付けられている。筒かなは、例えば軸本体21の軸方向における裏側の端部に圧入固定されている。
【0040】
歯車部材30は、軸部材20の外周部に配置されている。歯車部材30は、時計用歯車15の回転中心軸Cと同軸上に設けられている。歯車部材30は、回転中心軸Cの軸方向を厚み方向とする円板状に形成されている。軸方向から見た歯車部材30の中央部には、軸部材20が貫通している。歯車部材30は、軸部材20が貫通した状態で軸部材20に対して周方向に摺動可能に設けられている。歯車部材30は、少なくとも一部が樹脂材料により形成されている。具体的に、歯車部材30は、金属材料により形成される歯車本体31と、樹脂材料により形成される内筒部32と、を有する。
【0041】
歯車本体31は、歯車部材30の外周部を構成している。歯車本体31は、回転中心軸Cと同軸な環状に形成されている。歯車本体31の外周部には、歯車外歯33が形成されている。歯車外歯33は、三番車17(
図2参照)のかな歯車と噛み合っている。歯車本体31は、真鍮やマンガン・ニッケル合金等の金属材料により形成されている。
【0042】
内筒部32は、歯車本体31の内周部に設けられている。内筒部32は、回転中心軸Cと同軸な筒状に形成されている。内筒部32は、ポリアセタールやポリカーボネート、ポリフェニレンエーテル、ポリプロピレン、ポリアリレート、ポリブチレンテレフタレート等の樹脂材料により形成されている。内筒部32は、インサート成形により歯車本体31と一体に設けられている。
【0043】
内筒部32の内周部は、軸方向から見て円形状に形成されている(
図4も参照)。内筒部32の内周部には、軸部材20の取付部23が挿入されている。内筒部32の内径は、軸部材20の取付部23における最も表側に位置する部分(最も外径が大きい部分)の外径より小さく、かつ軸部材20の取付部23における最も裏側に位置する部分(最も外径が小さい部分)の外径より大きい。内筒部32の内周部は、軸部材20に対して摺動可能な摺動部34となっている。歯車部材30は、摺動部34において、内筒部32に挿入された軸部材20と径方向に接する。具体的に、摺動部34は、軸部材20の外嵌部22における取付部23の外周面23aと接する。これにより、軸部材20と歯車部材30とは、摺動部34において樹脂部材同士が接している。軸方向において、取付部23の裏側の端部と、内筒部32の裏側の端部と、は面一となっている。軸方向において、取付部23の表側の端部は、内筒部32の表側の端部よりも表側に突出している。軸部材20のかな部24は、内筒部32及び歯車本体31の軸方向における裏側の端面と接触している。
図4に示すように、歯車部材30の内筒部32は、表側の端部において、軸部材20の取付部23の外周面23aと全周に亘って接する。
【0044】
このように形成された軸部材20及び歯車部材30は、軸部材20及び歯車部材30に所定以上のトルク差が生じた際に、摺動部34において樹脂部材同士が互いに摺動(スリップ)する。また、軸部材20及び歯車部材30に生じるトルク差が所定値以下の場合は、軸部材20と歯車部材30とが一体となって回転軸線回りに回転する。
【0045】
次に、上述の軸部材20及び歯車部材30において、金属材料により形成された部品(例えば、軸本体21)と樹脂材料により形成された部品(例えば、外嵌部22)とを一体形成するためのインサート成形の手順について説明する。以下の説明では、軸部材20における軸部材20と外嵌部22とをインサート成形により一体形成する手順を例に説明する。歯車部材30における歯車本体31及び内筒部32は、軸部材20における軸部材20及び外嵌部22と同様の手順により一体形成される。
【0046】
図5は、第1実施形態に係るインサート成形において、金属材料にメッキする際の様子を表す説明図である。
図6は、第1実施形態に係るインサート成形において、メッキから微粒子51を除去する際の様子を表す説明図である。
図7は、第1実施形態に係るインサート成形において、金属材料と樹脂材料とを一体化させる際の様子を表す説明図である。
【0047】
図5に示すように、インサート成形の手順では、まず、金属材料により形成された軸本体21の外表面に微粒子51を含んだメッキ50が施される。メッキ50の基材の材料としては、例えばニッケル、ボロン、リン、銅、銀、金、鉛、又はこれらの合金等が挙げられる。メッキ50の厚み寸法は、含有する微粒子51の直径寸法の2倍以上となっている。本実施形態において、微粒子51の直径は、0.1μm以上0.5μm以下となっている。微粒子51の材料としては、基材の融点よりも低い融点を有する材料が用いられる。具体的に、微粒子51の材料としては、例えばフッ素系又はアクリル系の樹脂材料や、錫やアンチモン、亜鉛等の金属材料等が挙げられる。
【0048】
図6に示すように、メッキ50が施された軸部材20は、次に、レーザー照射等により加熱される。このときの加熱温度は、微粒子51の融点よりも高く、メッキ50の基材の融点よりも低く設定されている。これにより、メッキ50中の微粒子51だけが溶融又は昇華して除去される。よって、メッキ50の外表面には、微粒子51が除去されたことによる複数の微小な凹凸52が形成される。
【0049】
図7に示すように、軸本体21の外表面に凹凸52が形成された後、外嵌部22を形成するための射出成型が行われる。このとき、軸本体21の外表面の凹凸52に外嵌部22の材料である樹脂が入り込むことにより、金属製の軸本体21と樹脂製の外嵌部22とが強固に結合される。よって、金属製の軸本体21と樹脂製の外嵌部22とが一体化される。
【0050】
図2に戻って、このように形成された時計用歯車15は、表輪列11の二番車16として利用される。
四番車18は、脱進調速機12のがんぎ車41と噛み合っている。脱進調速機12は、がんぎ車41と、アンクル42と、てんぷ受ユニット43と、を備える。アンクル42は、がんぎ車41を脱進させる。てんぷ受ユニット43は、一定周期で規則正しく動作するてんぷ44を備えている。てんぷ受ユニット43、アンクル42、がんぎ車41を介しててんぷ44の動作が表輪列11に伝達されることにより、各時計用歯車15(二番車16、三番車17及び四番車18)は、一定周期で規則正しく回転する。
【0051】
次に、上述の時計用歯車15、ムーブメント4及び時計1の作用、効果について説明する。
本実施形態の時計用歯車15によれば、歯車部材30と軸部材20とが径方向において互いに摺動する摺動部34において、樹脂材料同士が摺動する。これにより、摺動部34において金属材料と樹脂材料とが互いに摺動する従来技術と比較して、樹脂材料の摩耗を抑制できる。よって、軸部材20及び歯車部材30の耐久性を向上するとともに、軸部材20及び歯車部材30間のスリップトルクの低下を抑制し、安定したスリップトルクを得ることができる。また、樹脂材料は、摺動する際の摩擦力を確保できるので、樹脂材料同士の摩擦抵抗によりスリップトルクを得ることができる。このため、例えば歯車部材30に、スリップトルクを得るためのばね構造等を形成する必要が無い。よって、簡素な構成によりスリップトルクを得ることができる。
したがって、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車15を提供できる。
【0052】
軸部材20のうち軸本体21が金属材料により形成されるので、軸部材20全体が樹脂材料により形成される場合と比較して、軸部材20の強度を向上できる。これにより、例えば軸部材20に分針7を取り付ける際の分針7の固定強度を向上できる。外嵌部22は、軸本体21の外周部に軸本体21と一体に設けられるので、外嵌部22と歯車部材30との間に摺動部34を設けることができる。つまり、樹脂製の外嵌部22及び歯車部材30を互いに摺動させることができる。よって、簡素な構成により、スリップトルクの安定化及び軸部材20の高強度化を両立した時計用歯車15とすることができる。また、例えばインサート成形を用いて軸本体21の外周部に外嵌部22を設けることにより、金属製の軸本体21と樹脂製の外嵌部22とを容易に一体化できる。さらに、軸本体21の外周部に複雑形状を形成するために切削加工等を施す必要が無いので、軸部材20の製造に係る工程数及び製造コストを削減できる。
【0053】
軸部材20の外周部の全周に亘って歯車部材30が接するので、軸部材20の外周部の一部に歯車部材30が接する場合と比較して、より安定的に摩擦力を確保できる。よって、軸部材20と歯車部材30とのスリップトルクを安定的に付与できる。また、歯車部材30と軸部材20との接触面積が増加するので、歯車部材30に対する軸部材20の軸ブレを抑制できる。
【0054】
歯車部材30は、金属製の歯車本体31と、樹脂製の内筒部32と、を有する。歯車本体31は歯車部材30の外周部を形成するので、金属製の歯車本体31に歯車外歯33が形成されることにより、他の歯車との噛み合いを良好とし、動力を効率的に伝達できる。内筒部32は、歯車本体31と一体に設けられ、内筒部32の内周部に軸部材20が挿入される。これにより、摺動部34と対応する位置に樹脂製の内筒部32を配置できる。特に、例えばインサート成形等により歯車本体31の内周部に内筒部32を設けた場合、容易に金属製の歯車本体31と樹脂製の内筒部32とを一体化できる。よって、簡素な構成により軸部材20及び歯車部材30における樹脂材料同士を摺動させることができる。
【0055】
本実施形態のムーブメント4によれば、上述の時計用歯車15を備えるので、ムーブメント4内の各種歯車機構において、歯車部材30と軸部材20とのスリップトルクを安定的に維持できる。
したがって、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車15を備えた、高性能なムーブメント4を提供できる。
【0056】
本実施形態の時計1によれば、上述の高性能なムーブメント4を備えるので、時計1の動作を安定させることができるとともに、耐久性を向上できる。
したがって、簡素な構成により、スリップトルクを安定的に維持可能な時計用歯車15を備えた、安定性及び耐久性に優れた時計1を提供できる。
【0057】
(第2実施形態)
次に、本発明に係る第2実施形態について説明する。
図8は、第2実施形態に係る時計用歯車15の断面図である。第2実施形態では、軸部材220の外嵌部222の一部が金属材料により形成されている点で上述した第1実施形態と相違している。
【0058】
図8に示すように、第2実施形態における軸部材220の外嵌部222は、樹脂材料により形成される取付部223と、金属材料により形成されるかな部224と、を有する。第2実施形態における取付部223及びかな部224の形状は、第1実施形態における取付部23及びかな部24の形状と同等となっている(
図3参照)。
かな部224は、軸本体21と一体に形成されている。かな部224は、1個の金属部材から、例えば切削加工等により削り出されて軸本体21と一体に形成される。取付部223は、インサート成形により軸本体21及びかな部224と一体に設けられる。
【0059】
第2実施形態によれば、外嵌部222のうち、他の歯車部材30等と嵌合するかな部224が金属材料により形成されるので、かな部224を樹脂材料により形成する場合と比較して、かな部224の強度を高めることができる。軸部材220のうち摺動部34と対応する取付部223のみを樹脂材料により形成することで、最小限の樹脂材料を用いて軸部材220を形成できる。よって、安定的なスリップトルクを維持しつつ軸部材220の強度を向上できる。
【0060】
なお、本発明の技術範囲は上述した実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、上述の実施形態では、歯車部材30は、軸部材20の外周部の全周に亘って接する構成としたが、これに限られない。例えば、軸部材20における取付部23の外周部が断面円形状に形成されている場合、歯車部材30の摺動部34における内周部の形状(軸方向から見た内筒部32の内周部の形状)は、断面多角形状に形成されてもよい。歯車部材30の摺動部34における内周部には、例えば径方向の内側(軸部材20側)に凸となる複数の突起部が設けられてもよい。
一方、例えば、歯車部材30の摺動部34における内周部の形状が断面円形状に形成されている場合、軸部材20における取付部23の外周部の形状は、例えば軸方向から見て多角形状に形成されてもよい。軸部材20における取付部23の外周部には、例えば径方向の外側(歯車部材30側)に凸となる複数の突起部が設けられてもよい。
【0061】
樹脂材料、金属材料、メッキ50の材料及び微粒子51の材料は、上述した実施形態に限定されない。樹脂材料は、例えば合成繊維を含む樹脂材料等であってもよい。
取付部23の外周部の直径は、軸方向に沿って一定となっていてもよい。
【0062】
時計用歯車15をムーブメント4に配置した際のかな部24と取付部23の表裏の向きは、上述の実施形態と逆であってもよい。表輪列11に含まれる時計用歯車15の個数は、上述した実施形態の個数に限定されない。
上述の実施形態では、表輪列11のうち二番車16が時計用歯車15とされたが、三番車17及び四番車18を時計用歯車15としてもよい。すなわち、上述の時計用歯車15の構成を三番車17及び四番車18に適用してもよい。
【0063】
その他、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施形態における構成要素を周知の構成要素に置き換えることは適宜可能であり、また、上述した変形例を適宜組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0064】
1 時計
4 ムーブメント
15 時計用歯車
20,220 軸部材
21 軸本体
22,222 外嵌部
23,223 取付部
24,224 かな部
25 かな外歯(外歯)
30 歯車部材
31 歯車本体
32 内筒部
34 摺動部