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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】試料作製方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20231222BHJP
【FI】
G01N1/28 U
G01N1/28 F
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020114833
(22)【出願日】2020-07-02
(65)【公開番号】P2022012766
(43)【公開日】2022-01-17
【審査請求日】2023-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(72)【発明者】
【氏名】藤吉 好則
(72)【発明者】
【氏名】石川 勇
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/027895(WO,A1)
【文献】特開2015-187974(JP,A)
【文献】特開2006-012795(JP,A)
【文献】特表平07-504398(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の粒子を電子顕微鏡で観察するための試料作製方法であって、
マイカ上に蒸着されたカーボン膜を準備する工程と、
前記カーボン膜が蒸着された前記マイカを液体に沈めて、前記カーボン膜の、前記マイカに接していた第1面が下、前記第1面とは反対側の第2面が上になるように、前記液体に前記カーボン膜を浮かせる工程と、
前記液体に浮かんだ前記カーボン膜を、貫通孔を有する支持体で掬って、前記第1面に前記液体が付着した状態で前記カーボン膜を前記支持体で支持する工程と、
前記支持体に支持された前記カーボン膜の前記第1面に、前記複数の粒子を吸着させる工程と、
前記複数の粒子を氷包埋する工程と、
を含む、試料作製方法。
【請求項2】
請求項1において、
前記カーボン膜を前記支持体で支持する工程の後に、前記第1面に付着した前記液体を、緩衝液に置換する工程を含む、試料作製方法。
【請求項3】
請求項2において、
前記液体を前記緩衝液に置換する工程の後に、前記第1面に付着した前記緩衝液を吸い取って、前記第1面に付着した前記緩衝液の量を調整する工程を含む、試料作製方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、
前記カーボン膜を前記マイカ上に真空蒸着する工程を含む、試料作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料作製方法および支持膜に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡を用いた生物試料の構造解析方法として、単粒子解析が知られている。単粒子解析では、タンパク質や核酸などの生体高分子の電子顕微鏡像から画像処理によってその立体構造を解析することができる(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
単粒子解析では、例えば、まず、氷包埋法等で作製された試料をクライオ電子顕微鏡で撮影し、得られた電子顕微鏡像から粒子像を取り出す。次に、取り出した粒子像を粒子の向きで分類し、分類された粒子像を平均化して粒子の向きごとに平均化像を得る。この平均化像を用いて、粒子の立体構造を計算する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-41738号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
氷包埋法では、解析の対象となる粒子が分散された水溶液を透過電子顕微鏡用グリッドに滴下し、ろ紙などで余剰の水溶液を吸い取った後に、直ちに液体エタンなどの冷媒に浸漬し、急速凍結させる。これにより、粒子を非晶質の氷膜に包埋することができる。
【0006】
ここで、単粒子解析では、上述したように、透過電子顕微鏡の投影像として撮影された粒子を向きで分類し、分類された粒子を平均化するため、様々な方向を向いた粒子の像が必要となる。
【0007】
しかしながら、氷包埋法では、気液界面に粒子が移動して配向性を示す。そのため、氷包埋法で作製された試料を電子顕微鏡で観察しても、同じ方向を向いた粒子が多く観察されてしまう。また、そのために粒子を変形させる傾向にある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る試料作製方法の一態様は、
複数の粒子を電子顕微鏡で観察するための試料作製方法であって、
マイカ上に蒸着されたカーボン膜を準備する工程と、
前記カーボン膜が蒸着された前記マイカを液体に沈めて、前記カーボン膜の、前記マイカに接していた第1面が下、前記第1面とは反対側の第2面が上になるように、前記液体に前記カーボン膜を浮かせる工程と、
前記液体に浮かんだ前記カーボン膜を、貫通孔を有する支持体で掬って、前記第1面に前記液体が付着した状態で前記カーボン膜を前記支持体で支持する工程と、
前記支持体に支持された前記カーボン膜の前記第1面に、前記複数の粒子を吸着させる工程と、
前記複数の粒子を氷包埋する工程と、
を含む。
【0009】
このような試料作製方法では、カーボン膜の清浄な第1面に粒子をソフトに吸着させることができるため、気液界面に移動する粒子の数を低減できる。カーボン膜に吸着した粒
子は、様々な方向を向くため、このような試料作製方法によれば、様々な方向を向いた粒子を観察することができる。また、粒子がソフトに吸着しており、様々な方向を向いているために、特定の部位だけが変形する悪影響を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施形態に係る試料作製方法の一例を示すフローチャート。
図2】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図3】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図4】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図5】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図6】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図7】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図8】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図9】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図10】実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図。
図11】実施形態に係る試料作製方法で作製された試料を模式的に示す図。
図12】氷包埋法で作製された試料を模式的に示す図。
図13】カーボン膜の効果を説明するための図。
図14】カーボン膜の効果を説明するための図。
図15】スパークレスな蒸着が可能な真空蒸着装置で得られたカーボン膜の原子間力顕微鏡の測定結果を示す図。
図16】バックアップカーボン法を用いた単粒子解析と、氷包埋法を用いた単粒子解析と、を比較するための図。
図17】バックアップカーボン法を用いた単粒子解析と、氷包埋法を用いた単粒子解析と、を比較するための図。
図18】バックアップカーボン法を用いた単粒子解析と、氷包埋法を用いた単粒子解析と、を比較するための図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0014】
1. 試料作製方法
まず、本発明の一実施形態に係る試料作製方法について、図面を参照しながら説明する。
【0015】
本実施形態に係る試料作製方法では、クライオ電子顕微鏡像(以下「CryoEM像」ともいう)を撮影するための電子顕微鏡用試料を作製することができる。CryoEM像
は、クライオ電子顕微鏡法により得られる像である。クライオ電子顕微鏡法とは、試料を、染色等を行わずに、凍結状態で電子顕微鏡内に導入して観察する手法である。
【0016】
本実施形態に係る試料作製方法は、例えば、単粒子解析に用いられる。具体的には、まず、本実施形態に係る試料作製方法を用いて多数の粒子を含む試料を作製し、作製された試料をクライオ電子顕微鏡で撮影してCryoEM像を得る。得られたCryoEM像から粒子像を取り出し、取り出した粒子像を粒子の向きで分類し、分類された粒子像を平均化して粒子の向きごとに平均化像を得る。この平均化像を用いて、粒子の立体構造を計算する。
【0017】
本実施形態に係る試料作製方法の対象となる粒子は、例えば、タンパク質や、脂質、核酸などの生体高分子とこれらの複合体、ウイルスなどである。
【0018】
図1は、本実施形態に係る試料作製方法の一例を示すフローチャートである。図2図10は、本実施形態に係る試料作製の工程を模式的に示す図である。
【0019】
1.1. カーボン膜を準備する工程S10
図2に示すように、マイカ(雲母)4上に蒸着されたカーボン膜2を準備する。カーボン膜2は、マイカ4の劈開直後の清浄な面(劈開面)に形成される。カーボン膜2の蒸着は、真空蒸着により行われる。
【0020】
カーボン膜2の蒸着は、例えば、2×10-4Paよりも高い真空条件で行われる。さらに、カーボン膜2の蒸着は、蒸発源のスパークがない状態のスパークレスな蒸着が可能な真空蒸着装置で行われる。これにより、蒸発源から放出されたクラスターがカーボン膜2に取り込まれることを防ぐことができ、平滑な表面のカーボン膜2を得ることができる。
【0021】
カーボン膜2は、第1面2aと、第2面2bと、を有している。第1面2aはマイカ4の劈開面に接する面であり、第2面2bは第1面2aとは反対側の面である。
【0022】
カーボン膜2の膜厚は、例えば、10nm以下である。カーボン膜2の膜厚は、例えば、5nmである。
【0023】
1.2. 蒸留水にカーボン膜を浮かせる工程S12
図3に示すように、カーボン膜2が蒸着されたマイカ4を蒸留水6に沈めて、蒸留水6にカーボン膜2を浮かせる。このとき、マイカ4に接していた第1面2aが下、第2面2bが上になるように、カーボン膜2を浮かせる。
【0024】
カーボン膜2が蒸着されたマイカ4を沈めることによって、カーボン膜2がマイカ4から剥離し、カーボン膜2が水面に浮く。これにより、マイカ4に接していた第1面2aが下、第2面2bが上になる。
【0025】
このように、カーボン膜2が蒸着されたマイカ4を沈めて、蒸留水6にカーボン膜2を浮かせることによって、カーボン膜2の第1面2aは空気に触れない。
【0026】
なお、ここでは、カーボン膜2を蒸留水6に浮かせる場合について説明したが、カーボン膜2を浮かせる液体は、蒸留水6に限定されない。
【0027】
1.3. カーボン膜を支持体で支持する工程S14
図3および図4に示すように、蒸留水6に浮かんだカーボン膜2を支持体10で掬って
、カーボン膜2の第1面2aに蒸留水6が付着した状態でカーボン膜2を支持体10で支持する。蒸留水6は、カーボン膜2の第1面2aに表面張力により付着する。カーボン膜2の第1面2aは、蒸留水6で覆われており、空気に触れない。
【0028】
支持体10は、貫通孔12を有している。図示の例では、支持体10は複数の貫通孔12を有している。支持体10としては、例えば、マイクログリッド、Quantifoil(登録商標)などを用いることができる。なお、支持体10は、カーボン膜2を支持することができ、クライオ電子顕微鏡に導入可能な透過電子顕微鏡用グリッドであれば、特に限定されない。
【0029】
1.4. 蒸留水を緩衝液と置換する工程S16
図5および図6に示すように、カーボン膜2の第1面2aに付着した蒸留水6を緩衝液8と置換する。例えば、図5に示すように、パラフィルム20上に緩衝液8を滴下し、パラフィルム20上の緩衝液8に、支持体10に支持されたカーボン膜2を近づける。カーボン膜2に付着した蒸留水6が緩衝液8に触れると、蒸留水6が緩衝液8に置換される。そして、図6に示すように、支持体10に支持されたカーボン膜2を、パラフィルム20上の緩衝液8から遠ざける。これにより、支持体10に支持されたカーボン膜2は、緩衝液8が付着した状態となる。カーボン膜2の第1面2aは、緩衝液8で覆われており、空気に触れない。
【0030】
なお、緩衝液8は、粒子3の種類に応じて適宜選択可能である。
【0031】
1.5. カーボン膜に粒子を吸着させる工程S18
図7に示すように、支持体10に支持されたカーボン膜2の第1面2aに、観察対象となる粒子3を吸着させる。カーボン膜2の第1面2aに付着した緩衝液8に、粒子3を滴下すると、粒子3は緩衝液8中に分散する。カーボン膜2の第1面2aは、清浄な状態が保持されているので、気液界面よりも粒子3が吸着しやすい。そのため、緩衝液8中に分散した粒子3は、カーボン膜2の第1面2aに移動し、第1面2aに吸着する。
【0032】
1.6. 緩衝液を吸い取る工程S20
図8および図9に示すように、カーボン膜2および支持体10に付着した緩衝液8をろ紙30で吸い取って、カーボン膜2の第1面2aに付着した緩衝液8の量を調整する。緩衝液8を吸い取る量を調整することによって、後述する氷包埋する工程において形成される氷膜の厚さを調整できる。
【0033】
なお、緩衝液8を吸い取る手段は、ろ紙30に限定されず、その他の紙や布などを用いることができる。
【0034】
1.7. 粒子を氷包埋する工程S22
図10に示すように、カーボン膜2を支持した状態の支持体10を液体エタン9に浸漬させて、急速凍結する。これにより、支持体10の貫通孔12に形成された非晶質の氷膜中に粒子3が包埋される。すなわち、粒子3が氷包埋される。
【0035】
なお、凍結させるための冷媒は、液体エタン9に限定されず、スラッシュの液体窒素や液体プロパンなどを用いてもよい。
【0036】
以上の工程により、粒子3を電子顕微鏡で観察するための電子顕微鏡用試料を作製できる。
【0037】
2. 電子顕微鏡用試料
次に、上述した本実施形態に係る試料作製方法で作製された電子顕微鏡用試料について説明する。以下では、本実施形態に係る試料作製方法で作製された試料を、氷包埋法で作製された試料と比較しながら説明する。
【0038】
図11は、本実施形態に係る試料作製方法で作製された試料100を模式的に示す図である。なお、図11には、試料100を模式的に示す斜視図を図示している。
【0039】
図11に示すように、試料100では、非晶質の氷膜102中に粒子3が包埋されている。氷膜102の厚さは、例えば、数十nm~数百nm程度である。また、試料100では、氷膜102の下面101bにカーボン膜2が接している。
【0040】
図12は、氷包埋法で作製された試料200を模式的に示す図である。図12には、試料200を模式的に示す斜視図を図示している。
【0041】
試料200は、氷包埋法で作製された電子顕微鏡用試料である。具体的には、粒子3が分散された緩衝液8をマイクログリッドやQuantifoilなどの支持体に滴下し、余剰の緩衝液8をろ紙で吸い取った後、液体エタンなどの冷媒に浸漬し、急速冷凍する。これにより、図12に示すように粒子3が氷膜202に包埋された試料200を作製できる。
【0042】
ここで、氷包埋法では、緩衝液8に分散された粒子3は、気液界面に移動し、気液界面に吸着する。仮に、ろ紙で余剰の液を吸い取った後、ただちに急速凍結したとしても、多くの粒子3は、気液界面に移動し、吸着する傾向にある。そのため、試料200では、図12に示すように、氷膜202の上面201aに沿って並ぶ粒子3、および氷膜202の下面201bに沿って並ぶ粒子3が存在する。
【0043】
気液界面は、緩衝液8内の環境と異なるため、気液界面に吸着した粒子3は、変形や変性を起こす。例えば、気液界面に吸着した粒子3は、表面張力や、緩衝液8内とはpHが異なる、空気に触れるなどの影響を受けて、変形や変性を起こす。
【0044】
また、気液界面に吸着した粒子3は、配向性を示す。そのため、試料200を電子顕微鏡で観察すると、同じ向きの粒子3が多数観察される(図18左参照)。
【0045】
また、氷膜202の上面201aに沿って並んだ粒子3と、氷膜202の下面201bに沿って並んだ粒子3では、氷膜202の厚さ方向の位置が異なる。そのため、氷膜202の上面201aに沿って並んだ粒子3と、氷膜202の下面201bに沿って並んだ粒子3とでは、焦点条件が異なる。したがって、電子顕微鏡の対物レンズのコントラスト伝達関数(CTF)の正確な補正が困難になる。これにより、立体構造の解析において分解能が低下してしまう。
【0046】
これに対して、本実施形態に係る試料作製方法では、緩衝液8中の粒子3をカーボン膜2にマイルドに吸着させることができるため、気液界面に吸着する粒子3の数を低減できる。したがって、気液界面に粒子3が吸着することによる粒子3の変形や変性を低減できる(図17右参照)。
【0047】
また、カーボン膜2に吸着した粒子3は、様々な方向を向く。そのため、試料100では、様々な方向を向いた粒子3を観察できる(図18右参照)。
【0048】
また、本実施形態に係る試料作製方法では、上述したように、緩衝液8中の粒子3は、カーボン膜2に吸着するため、粒子3はカーボン膜2に沿って並ぶ。図12に示す例では
、カーボン膜2は氷膜102の下面101bに接しているため、粒子3は氷膜102の下面101bに沿って並び、上面101aに沿って並ばない。したがって、各粒子3の焦点条件はほぼ等しくなり、コントラスト伝達関数の正確な補正が可能となる。
【0049】
また、試料100において貫通孔12に形成される氷膜102に包埋される粒子3の密度は、試料200において貫通孔12に形成される氷膜202に包埋される粒子3の密度よりも高い。氷包埋法では、緩衝液8中の粒子3は支持体10の貫通孔12よりも、支持体10のフレーム部分に集まる。そのため、試料200では、貫通孔12に形成される氷膜202に包埋される粒子の密度が低くなる。これに対して、本実施形態に係る試料作製方法では、緩衝液8中の粒子3はカーボン膜2に吸着するため、貫通孔12に形成される氷膜202に包埋される粒子3の密度を高めることができる。
【0050】
図13および図14は、カーボン膜2の効果を説明するための図である。図13は、氷膜とカーボン膜が存在する領域A(図11参照)と、氷膜のみの領域B(図12参照)と、を含むCryoEM像である。図14は、図13の領域Pを拡大した画像である。
【0051】
図13および図14に示すように、領域Aにおける粒子3の密度は、領域Bにおける粒子3の密度よりも高い。このように、カーボン膜2によって、貫通孔12に形成される氷膜102に包埋される粒子3の密度を高めることができる。
【0052】
3. 試料作製用キット
本実施形態に係る試料作製方法に用いられる試料作製用キットは、図2に示すように、マイカ4と、マイカ4上に蒸着されたカーボン膜2と、を含む。カーボン膜2は、マイカ4の劈開面に接している第1面2aと、第1面2aとは反対側の第2面2bと、を有している。上述したように、カーボン膜2の第1面2aは、粒子3を吸着させる面である。カーボン膜2は、本実施形態に係る試料作製方法において、観察対象の試料(粒子3)を支持する支持膜として使用できる。試料作製用キットは、支持体10を含んでいてもよい。
【0053】
4. 作用効果
本実施形態に係る試料作製方法では、マイカ4上に蒸着されたカーボン膜2を準備する工程と、カーボン膜2が蒸着されたマイカ4を蒸留水6に沈めて、カーボン膜2の、マイカ4に接していた第1面2aが下、第1面2aとは反対側の第2面2bが上になるように、蒸留水6にカーボン膜2を浮かせる工程と、蒸留水6に浮かんだカーボン膜2を、貫通孔12を有する支持体10で掬って、第1面2aに蒸留水6が付着した状態でカーボン膜2を支持体10で支持する工程と、支持体10に支持されたカーボン膜2の第1面2aに、複数の粒子3を吸着させる工程と、複数の粒子3を氷包埋する工程と、を含む。
【0054】
そのため、本実施形態に係る試料作製方法では、上述したように、カーボン膜2の第1面2aに粒子3を吸着させることができるため、気液界面に移動する粒子3の数を低減できる。そのため、粒子3の変形や変性を低減できる。
【0055】
また、カーボン膜2に吸着した粒子3は、様々な方向を向くため、様々な方向を向いた粒子3を観察することができる。ここで、単粒子解析では、粒子を向きで分類し、分類された粒子を平均化して平均化像を得る。本実施形態に係る試料作製方法では、様々な方向を向いた粒子3を観察できるため、どの方向においても良好な平均化像を得ることができる。
【0056】
また、本実施形態に係る試料作製方法では、緩衝液8中の粒子3は、カーボン膜2に吸着するため、粒子3はカーボン膜2に沿って並び、各粒子3の焦点条件はほぼ等しくなる。したがって、コントラスト伝達関数の正確な補正ができる。これにより、立体構造の解
析において分解能を高めることができる。
【0057】
また、本実施形態に係る試料作製方法では、カーボン膜2に粒子3を吸着させることによって、貫通孔12に形成される氷膜102に包埋される粒子3の密度を、試料200において貫通孔12に形成される氷膜102に包埋される粒子3の密度よりも高くできる。したがって、例えば、高濃度の粒子3を準備できない場合であっても、氷膜102中に多数の粒子3を包埋できる。
【0058】
例えば、創薬にとって重要な標的であるGタンパク質共役型受容体の場合、氷包埋法では、試料を5mg/ml~50mg/mlの極めて高濃度にしなければ、Quantifoilの貫通孔に形成される氷膜202に十分な数の粒子3を包埋できない。しかしながら、一般的にこのような高濃度の試料を得ることは困難である。これに対して、本実施形態に係る試料作製方法では、試料が1mg/ml以下の低濃度であっても、Quantifoilの貫通孔に形成される氷膜102に多数の粒子3を包埋できる。
【0059】
本実施形態に係る試料作製方法では、マイカ4上に蒸着されたカーボン膜2を準備する工程S10からカーボン膜2に粒子3を吸着させる工程S18まで、カーボン膜2の第1面2aが空気に触れない。そのため、カーボン膜2に対してグロー放電などによる親水化処理を行わなくてもよい。
【0060】
例えば、カーボン膜の表面が空気に触れると、空気中に浮遊している油性分子などが吸着することによって、カーボン膜の表面が疎水性となる。そのため、カーボン膜の表面を親水化処理しなければ標的とする粒子を吸着できない。このように、カーボン膜2の表面が親水化処理された場合、緩衝液8中の粒子3はカーボン膜2の表面に強く吸着する。この結果、粒子3は、変性や変形を起こしてしまう。
【0061】
本実施形態に係る試料作製方法では、カーボン膜2の第1面2aは空気に触れないため、親水化処理を行わなくてもよい。空気に触れていないカーボン膜2の第1面2aにおける粒子3の吸着力は、親水化処理されたカーボン膜の表面における粒子3の吸着力よりも小さい。したがって、本実施形態に係る試料作製方法では、粒子3に変性や変形を起こさせることなく、粒子3をカーボン膜2にマイルドに吸着させることができる。
【0062】
なお、試料支持膜としてグラフェンを用いた場合にも、グラフェンの表面の親水化処理が必要である。親水化処理されたグラフェンは、親水化処理されたカーボン膜と同様に、緩衝液8中の粒子3が強く吸着するため、粒子3が変性や変形を起こしてしまう。
【0063】
本実施形態に係る試料作製方法では、カーボン膜2の第1面2aに付着した緩衝液8を吸い取って、カーボン膜2の第1面2aに付着した緩衝液8の量を調整する工程を含む。そのため、本実施形態に係る試料作製方法では、氷膜102の厚さを調整できる。
【0064】
本実施形態に係る試料作製方法では、カーボン膜2をマイカ4上に真空蒸着する工程を含む。これにより、平滑な表面のカーボン膜2を得ることができる。また、本実施形態に係る試料作製方法では、カーボン膜2の蒸着は、スパークレスな蒸着が可能な真空蒸着装置で行われる。これにより、平滑な表面のカーボン膜2を得ることができる。
【0065】
図15では、スパークレスな蒸着が可能な真空蒸着装置で得られたカーボン膜2(Atomically smooth carbon film)の原子間力顕微鏡の測定結果と、一般的なカーボン膜(Ordinary carbon film)の原子間力顕微鏡の測定結果を示している。図15に示すように、スパークレスな蒸着が可能な真空蒸着装置を用いることによって、原子レベルで平滑なカーボン膜を得ることができる。
【0066】
5. 実験例
以下に実験例を示し、本発明をさらに説明するが、本発明は以下の実験例によってなんら限定されるものではない。
【0067】
本実験例では、ロイシン脱水素酵素(Leucine dehydrogenase、LDH)の単粒子解析を行った。具体的には、上述した本実施形態に係る試料作製方法を用いてLDHをクライオ電子顕微鏡で観察するための試料を作製し、単粒子解析を行った。以下では、本実施形態に係る試料作製方法をバックアップカーボン法ともいう。
【0068】
また、比較例として、通常の氷包埋法を用いてLDHをクライオ電子顕微鏡で観察するための試料を作製し、単粒子解析を行った。
【0069】
図16図18では、バックアップカーボン法を用いたLDHの単粒子解析と、氷包埋法を用いたLDHの単粒子解析と、を比較している。なお、図16図18において、氷包埋法による結果には、「Ice embedding method」と記載し、バックアップカーボン法による結果には、「Backup carbon method」と記載している。
【0070】
図16では、氷包埋法で作製された試料のCryoEM像と、バックアップカーボン法で作製された試料のCryoEM像を比較している。図16に示すように、氷包埋法では、多くの粒子が同じ方向を向いている状態が観察されている。これに対して、バックアップカーボン法では、様々な方向を向く粒子が観察されている。なお、氷包埋法の方がバックアップカーボン法より良いS/Nの像である。
【0071】
図17では、LDHの単粒子解析において、立体構造解析をした結果を比較している。図17上では、解析された立体構造を示している。また、図17下では、LDHの立体構造を中央でスライスした断面像を比較している。
【0072】
図17左に示すように、氷包埋法では、右上部分が変形して見えなくなっている。これに対して、バックアップカーボン法では、図17右に示すように、構造の変形が見られない。
【0073】
図18では、LDHの立体構造を解析した場合の粒子の向きの分布を示している。図18左の通常の氷包埋法では、ある方向の分布だけが多く、他の向きの粒子が極めて少ないことを示している。一方、バックアップカーボン法では、多少の多寡は見られるものの、比較的均一な粒子の分布が解析により観察された。
【0074】
また、氷包埋法を用いた単粒子解析では、2.92Åの分解能であったが、バックアップカーボン法を用いた単粒子解析では、2.76Åの高い分解能が得られた。
【0075】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成を含む。実質的に同一の構成とは、例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成である。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0076】
2…カーボン膜、2a…第1面、2b…第2面、3…粒子、4…マイカ、6…蒸留水、8
…緩衝液、9…液体エタン、10…支持体、12…貫通孔、20…パラフィルム、30…ろ紙、100…試料、101a…上面、101b…下面、102…氷膜、200…試料、201a…上面、201b…下面、202…氷膜
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