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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-21
(45)【発行日】2024-01-04
(54)【発明の名称】電子顕微鏡および画像取得方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/153 20060101AFI20231222BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20231222BHJP
【FI】
H01J37/153 A
H01J37/28 C
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021175580
(22)【出願日】2021-10-27
(65)【公開番号】P2023065029
(43)【公開日】2023-05-12
【審査請求日】2022-12-19
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、先端計測分析技術・機器開発プログラム「原子分解能磁場フリー電子顕微鏡の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【弁理士】
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【弁理士】
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(74)【代理人】
【識別番号】100161540
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 良伸
(72)【発明者】
【氏名】染原 一仁
(72)【発明者】
【氏名】河野 祐二
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-092805(JP,A)
【文献】特開2016-004713(JP,A)
【文献】特開2013-143197(JP,A)
【文献】特開2007-173132(JP,A)
【文献】特開平09-167587(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0158646(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
G01N 23/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子源と、
前記電子源から放出された電子線を集束する照射レンズと、
収差を補正する収差補正器と、
前記収差補正器の前方に配置され、電子線を偏向して試料に対する電子線の傾きを変更する照射系偏向器と、
前記試料を電子線で走査するための走査偏向器と、
対物レンズと、
前記試料を透過した電子を検出する検出器と、
前記照射系偏向器を制御する制御部と、
前記検出器で電子を検出して得られた画像信号を取得して、微分位相コントラスト像を生成する画像生成部と、
を含み、
前記画像生成部は、前記照射系偏向器で前記傾きを変更することによって前記傾きが互いに異なる条件で得られた、複数の前記微分位相コントラスト像に基づいて、画像を生成し
前記照射系偏向器は、
一段目に配置され、電子線を第1軸に沿って偏向させる第1偏向器と、
一段目に配置され、電子線を前記第1軸と交差する第2軸に沿って偏向させる第2偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第1軸に沿って偏向させる第3偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第2軸に沿って偏向させる第4偏向器と、
を含み、
前記制御部は、前記第1偏向器に電子線を前記第1軸に沿って偏向させる場合に、前記第3偏向器および前記第4偏向器を用いて、電子線を前記第1偏向器で偏向させたことによる前記試料上における電子線の位置のずれを補正する、電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項において、
前記制御部は、
前記傾きが互いに異なる条件で得られた複数の走査像を取得し、
前記複数の走査像における像のずれに基づいて、前記第1偏向器、前記第2偏向器、前記第3偏向器、および前記第4偏向器の偏向比を決定する、電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項において、
前記制御部は、
前記傾きが互いに異なる条件で得られた複数の走査像を取得し、
前記複数の走査像を平均化して、平均像を生成し、
前記平均像のぼけに基づいて、前記第1偏向器、前記第2偏向器、前記第3偏向器、および前記第4偏向器の偏向比を決定する、電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項1ないしのいずれか1項において、
前記制御部は、前記画像生成部が前記画像信号の取得を行わない間に、前記照射系偏向器に前記傾きを変更させる、電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項において、
電子線による前記試料の走査は、前記走査偏向器で電子線を偏向させて、複数の走査線を引くことで行われ、
前記制御部は、前記複数の走査線のうちの第1走査線を引いた後、次の第2走査線を引くために電子線を振り戻す間に、前記照射系偏向器に前記傾きを変更させる、電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項において、
前記第1走査線と前記第2走査線で、前記試料の同じ領域を走査する、電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項において、
前記画像生成部は、前記第1走査線を引くことで得られた第1画像信号と、前記第2走査線を引くことで得られた第2画像信号を平均化して、前記画像を生成する、電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項において、
前記画像生成部は、
前記傾きが異なる条件で得られた第1微分位相コントラスト像と第2微分位相コントラスト像を取得し、
前記第1微分位相コントラスト像と前記第2微分位相コントラスト像を平均化して、前記画像を生成する、電子顕微鏡。
【請求項9】
請求項1ないしのいずれか1項において、
前記照射系偏向器で電子線を偏向したことによる前記検出器上における電子線の位置ずれを補正する結像系偏向器を含む、電子顕微鏡。
【請求項10】
請求項1ないしのいずれか1項において、
前記走査偏向器を用いて、前記照射レンズの収差を補正する、電子顕微鏡。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか1項において、
前記検出器は、検出面が複数の検出領域に分割された分割型検出器である、電子顕微鏡。
【請求項12】
試料を透過した電子を検出して、前記試料の電磁場の分布を示す微分位相コントラスト像を取得する電子顕微鏡における画像取得方法であって、
前記試料に対する電子線の傾きを変更して、複数の微分位相コントラスト像を取得する工程と、
前記複数の微分位相コントラスト像に基づいて、画像を生成する工程と、
を含み、
収差補正器の前記収差補正器の前方に配置された照射系偏向器を用いて、前記傾きを変更し、
前記照射系偏向器は、
一段目に配置され、電子線を第1軸に沿って偏向させる第1偏向器と、
一段目に配置され、電子線を前記第1軸と交差する第2軸に沿って偏向させる第2偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第1軸に沿って偏向させる第3偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第2軸に沿って偏向させる第4偏向器と、
を含み、
前記第1偏向器に電子線を前記第1軸に沿って偏向させる場合に、前記第3偏向器および前記第4偏向器を用いて、電子線を前記第1偏向器で偏向させたことによる前記試料上における電子線の位置のずれを補正する、画像取得方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡および画像取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
走査透過電子顕微鏡を用いて、試料の電磁場を可視化する手法として、微分位相コントラスト法(以下、DPC法ともいう)が知られている。DPC法では、試料中の電磁場による電子ビームの偏向量を測定し、電磁場を可視化する。
【0003】
走査透過電子顕微鏡では、結晶性を有する試料の観察を行う際に、試料の厚さムラや、試料の傾斜の変化に応じた回折コントラストが現れる。DPC法では、この回折コントラストの影響を低減しなければならない。
【0004】
例えば、特許文献1には、回折コントラストの影響を低減するために、試料に対する電子線の入射方向を変更して複数の微分位相コントラスト像(以下、DPC像ともいう)を取得し、複数のDPC像を積算して画像を生成する画像取得方法が開示されている。DPC法によるコントラストは、試料に対する電子線の入射方向によって変化しない(または変化が極めて小さい)が、回折コントラストは試料に対する電子線の入射方向に応じて敏感に変化する。そのため、試料に対する電子線の入射方向の異なる複数のDPC像を積算することで、回折コントラストの影響を低減できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-92805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載されたように、偏向器で電子線を偏向させて試料に対する電子線の傾きを変更する場合、電子線が対物レンズの中心を通らないため、非点収差やコマ収差など幾何収差が発生し、像がぼけてしまう場合がある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る電子顕微鏡の一態様は、
電子源と、
前記電子源から放出された電子線を集束する照射レンズと、
収差を補正する収差補正器と、
前記収差補正器の前方に配置され、電子線を偏向して試料に対する電子線の傾きを変更する照射系偏向器と、
前記試料を電子線で走査するための走査偏向器と、
対物レンズと、
前記試料を透過した電子を検出する検出器と、
前記照射系偏向器を制御する制御部と、
前記検出器で電子を検出して得られた画像信号を取得して、微分位相コントラスト像を生成する画像生成部と、
を含み、
前記画像生成部は、前記照射系偏向器で前記傾きを変更することによって前記傾きが互いに異なる条件で得られた、複数の前記微分位相コントラスト像に基づいて、画像を生成し
前記照射系偏向器は、
一段目に配置され、電子線を第1軸に沿って偏向させる第1偏向器と、
一段目に配置され、電子線を前記第1軸と交差する第2軸に沿って偏向させる第2偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第1軸に沿って偏向させる第3偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第2軸に沿って偏向させる第4偏向器と、
を含み、
前記制御部は、前記第1偏向器に電子線を前記第1軸に沿って偏向させる場合に、前記第3偏向器および前記第4偏向器を用いて、電子線を前記第1偏向器で偏向させたことによる前記試料上における電子線の位置のずれを補正する。
【0008】
このような電子顕微鏡では、収差補正器の前方に配置された照射系偏向器で電子線を傾けるため、対物レンズで発生する電子線の傾きにより生じる幾何収差を、収差補正器で発生する電子線の傾きにより生じる幾何収差でキャンセルできる。これにより、電子線を傾けることによる幾何収差の変化を低減でき、高い像質の微分位相コントラスト像を得ることができる。
【0009】
本発明に係る画像取得方法の一態様は、
試料を透過した電子を検出して、前記試料の電磁場の分布を示す微分位相コントラスト像を取得する電子顕微鏡における画像取得方法であって、
前記試料に対する電子線の傾きを変更して、複数の微分位相コントラスト像を取得する工程と、
前記複数の微分位相コントラスト像に基づいて、画像を生成する工程と、
を含み、
収差補正器の前記収差補正器の前方に配置された照射系偏向器を用いて、前記傾きを変更し、
前記照射系偏向器は、
一段目に配置され、電子線を第1軸に沿って偏向させる第1偏向器と、
一段目に配置され、電子線を前記第1軸と交差する第2軸に沿って偏向させる第2偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第1軸に沿って偏向させる第3偏向器と、
二段目に配置され、電子線を前記第2軸に沿って偏向させる第4偏向器と、
を含み、
前記第1偏向器に電子線を前記第1軸に沿って偏向させる場合に、前記第3偏向器および前記第4偏向器を用いて、電子線を前記第1偏向器で偏向させたことによる前記試料上における電子線の位置のずれを補正する。
【0010】
このような画像取得方法では、収差補正器の前方に配置された照射系偏向器で電子線を傾けるため、対物レンズで発生する電子線の傾きにより生じる幾何収差を、収差補正器で発生する電子線の傾きにより生じる幾何収差でキャンセルできる。これにより、電子線を傾けることによる幾何収差の変化を低減でき、高い像質の微分位相コントラスト像を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一実施形態に係る電子顕微鏡の構成を示す図。
図2】電子線の傾きを説明するための図。
図3】第1偏向系を模式的に示す図。
図4】第2偏向系を模式的に示す図。
図5】分割型検出器の検出面を模式的に示す図。
図6】情報処理装置の構成を示す図。
図7】偏向比を決定する方法を説明するための図。
図8】電子線による試料の走査を説明するための図。
図9】走査信号および傾斜信号の一例を示す図。
図10】傾斜信号の波形の一例を示す図。
図11】傾斜信号の波形の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0013】
1. 電子顕微鏡
まず、本発明の一実施形態に係る電子顕微鏡について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明の一実施形態に係る電子顕微鏡100の構成を示す図である。図1には、互いに直交する3つの軸として、X軸、Y軸、およびZ軸を図示している。なお、Z軸は、電子顕微鏡100の光学系の光軸に平行である。
【0014】
電子顕微鏡100では、微分位相コントラスト法(DPC法)により、微分位相コントラスト像(DPC像)を取得できる。DPC法は、試料中の電磁場による電子線の偏向を各スキャン点で計測し、電磁場を可視化する走査透過電子顕微鏡法の一種である。DPC
像は、DPC法で取得された、試料中の電磁場を可視化した走査透過電子顕微鏡像(STEM像)である。
【0015】
電子顕微鏡100は、図1に示すように、電子源10と、照射レンズ12と、照射系絞り14と、照射系偏向器16と、収差補正器18と、走査偏向器20と、対物レンズ22と、結像系偏向器24と、結像系レンズ26と、ADF検出器(annular dark field detector)30と、分割型検出器40と、制御装置50と、情報処理装置60と、を含む。
【0016】
電子源10は、電子線EBを放出する。電子源10は、例えば、電子銃である。照射レンズ(コンデンサーレンズ)12は、電子源10から放出された電子線EBを集束する。照射系絞り14(コンデンサー絞り)は、電子線EBから不要な部分をカットする。照射系絞り14は、例えば、径の異なる複数の絞り孔を有しており、電子線EBの開き角および電子線EBの照射量を決める。
【0017】
照射系偏向器16は、照射レンズ12と収差補正器18の間に配置されている。照射系偏向器16は、照射系絞り14と収差補正器18の間に配置されている。照射系偏向器16は、収差補正器18の前方、すなわち、収差補正器18よりも電子源10側に配置されている。
【0018】
照射系偏向器16は、電子線EBを二次元的に偏向させる。照射系偏向器16で電子線EBを偏向させることによって、試料Sに対する電子線EBの傾きを変更できる。
【0019】
図2は、試料Sに対する電子線EBの傾きを説明するための図である。試料Sに対する電子線EBの傾きは、試料Sに対する電子線EBの傾斜角度α、および傾斜方向βで表される。電子線EBの傾きが異なるとは、傾斜角度αおよび傾斜方向βの少なくとも一方が異なることをいう。
【0020】
照射系偏向器16は、多段偏向系であり、図示の例では、二段偏向系である。照射系偏向器16は、1段目に配置された第1偏向系160と、2段目に配置された第2偏向系162と、を含む。
【0021】
図3は、1段目に配置された第1偏向系160を模式的に示す図である。
【0022】
第1偏向系160は、図3に示すように、第1偏向器160aと、第2偏向器160bと、を含む。第1偏向器160aは、磁場B1xを発生させ、電子線EBをY軸に沿って偏向させる。第2偏向器160bは、磁場B1yを発生させ、電子線EBをX軸に沿って偏向させる。第1偏向器160aは、例えば、X方向に磁場を発生させる2つのコイルを含み、当該2つのコイルは、光軸に関して対称に配置されている。第2偏向器160bは、例えば、Y方向に磁場を発生させる2つのコイルを含み、当該2つのコイルは、光軸に関して対称に配置されている。
【0023】
図4は、第2偏向系162を模式的に示す図である。
【0024】
第2偏向系162は、図4に示すように、第3偏向器162aと、第4偏向器162bと、を含む。第3偏向器162aは、磁場B2xを発生させ、電子線EBをY軸に沿って偏向させる。第4偏向器162bは、磁場B2yを発生させ、電子線EBをX軸に沿って偏向させる。第3偏向器162aは、例えば、X方向に磁場を発生させる2つのコイルを含み、当該2つのコイルは、光軸に関して対称に配置されている。第4偏向器162bは、例えば、Y方向に磁場を発生させる2つのコイルを含み、当該2つのコイルは、光軸に
関して対称に配置されている。
【0025】
照射系偏向器16は、制御装置50から傾斜信号が供給されると、傾斜信号に比例して、第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bが電子線EBを偏向させる。第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの出力を決める偏向比は、後述するように調整可能である。
【0026】
収差補正器18は、収差を補正する。例えば、収差補正器18は、対物レンズ22で発生する収差を打ち消す収差を発生させ、対物レンズ22の収差を補正する。収差補正器18は、例えば、対物レンズ22で発生する球面収差を補正する。照射系偏向器16と収差補正器18との間には、転送レンズ17が配置されている。収差補正器18と走査偏向器20との間には、転送レンズ19が配置されている。
【0027】
走査偏向器20は、電子線EBで試料Sを走査するための偏向器である。走査偏向器20は、電子線EBを二次元的に偏向させる。走査偏向器20に制御装置50から走査信号が供給されると、走査偏向器20は試料Sを電子線EBでラスター走査する。これにより、STEM像を取得できる。
【0028】
走査偏向器20は、照射系偏向器16と同様に、多段偏向系であり、図示の例では、二段偏向系である。走査偏向器20は、1段目に配置された第1偏向系200と、2段目に配置された第2偏向系202と、を含む。走査偏向器20と対物レンズ22との間には、転送レンズ21が配置されている。
【0029】
対物レンズ22は、試料Sの前方に前方磁場レンズ220を形成し、試料Sの後方に後方磁場レンズ222を形成する。前方磁場レンズ220は、電子線EBを集束させて電子プローブを形成する。後方磁場レンズ222は、試料Sを透過した電子で結像するために用いられる。
【0030】
結像系偏向器24は、対物レンズ22の後方に配置されている。結像系偏向器24は、電子顕微鏡100の結像系に組み込まれている。結像系偏向器24は、試料Sを透過した電子線EBを二次元的に偏向させる。結像系偏向器24は、照射系偏向器16で電子線EBを傾けたことによる分割型検出器40の検出面42上における電子線EB(像)の位置ずれを補正する。
【0031】
結像系偏向器24は、照射系偏向器16と同様に、多段偏向系であり、図示の例では、二段偏向系である。結像系偏向器24は、1段目に配置された第1偏向系240と、2段目に配置された第2偏向系242と、を含む。なお、結像系偏向器24は、一段の偏向系であってもよい。
【0032】
結像系レンズ26は、例えば、中間レンズおよび投影レンズを含む。結像系レンズ26によって、分割型検出器40上に結像される。
【0033】
ADF検出器30は、円環状の検出器である。ADF検出器30は、試料Sで非弾性散乱した電子を検出する。これにより、暗視野STEM像を得ることができる。
【0034】
分割型検出器40は、試料Sを透過した電子を検出する検出面42が複数の検出領域に分割された検出器である。
【0035】
図5は、分割型検出器40の検出面42を模式的に示す図である。
【0036】
分割型検出器40の検出面42は、図5に示すように、複数の検出領域D1,D2,D3,D4に分割されている。分割型検出器40は、円環状の検出面42を角度方向(円周方向)に4等分することで形成された、4つの検出領域D1,D2,D3,D4を備えている。各検出領域D1,D2,D3,D4では、独立して電子を検出することができる。
【0037】
なお、検出面42における検出領域の数は特に限定されない。図示はしないが、分割型検出器40は、検出面42がその動径方向および偏角方向(円周方向)に分割されることにより形成された、複数の検出領域を有していてもよい。例えば、分割型検出器40は、検出面42が動径方向に4つ、偏角方向に4つに分割されることにより形成された、16個の検出領域を有してもよい。
【0038】
分割型検出器40は、例えば、電子を光に変換する電子-光変換素子(シンチレーター)と、電子-光変換素子を複数の検出領域D1,D2,D3,D4に分割するとともに各検出領域D1,D2,D3,D4からの光を伝送する光伝送路(光ファイバー束)と、光伝送路から伝送された検出領域D1,D2,D3,D4ごとの光を電気信号に変換する複数の光検出器(光電子増倍管)と、を含む。分割型検出器40は、検出領域D1,D2,D3,D4ごとに、検出された電子の強度に応じた検出信号を情報処理装置60に送る。
【0039】
なお、分割型検出器40は、複数の検出領域を有する半導体検出器であってもよい。
【0040】
制御装置50は、電子顕微鏡100を構成する各部を動作させるための装置である。制御装置50は、例えば、情報処理装置60からの制御信号に基づいて、電子顕微鏡100を構成する各部を動作させる。制御装置50は、例えば、情報処理装置60からの制御信号に基づいて、走査信号や傾斜信号を生成する。
【0041】
情報処理装置60は、電子顕微鏡100の各部を制御する。また、情報処理装置60は、ADF検出器30における電子の検出結果に基づいて、暗視野STEM像を生成する。また、情報処理装置60は、分割型検出器40における電子の検出結果に基づいて、DPC像を生成する。
【0042】
図6は、情報処理装置60の構成を示す図である。
【0043】
情報処理装置60は、図6に示すように、処理部610と、操作部620と、表示部630と、記憶部640と、を含む。
【0044】
操作部620は、ユーザーが操作情報を入力するためのものであり、入力された操作情報を処理部610に出力する。操作部620の機能は、キーボード、マウス、ボタン、タッチパネル、タッチパッドなどのハードウェアにより実現することができる。
【0045】
表示部630は、処理部610によって生成された画像を表示するものであり、その機能は、LCD、CRTなどにより実現できる。
【0046】
記憶部640は、処理部610の各部としてコンピュータを機能させるためのプログラムや各種データを記憶している。また、記憶部640は、処理部610のワーク領域としても機能する。記憶部640の機能は、ハードディスク、RAM(Random Access Memory)などにより実現できる。
【0047】
処理部610は、記憶部640に記憶されているプログラムに従って、各種の制御処理や計算処理を行う。処理部610は、記憶部640に記憶されているプログラムを実行す
ることで、以下に説明する、制御部614、画像生成部612として機能する。処理部610の機能は、各種プロセッサ(CPU(Central Processing Unit)等)でプログラムを実行することにより実現することができる。なお、処理部610の機能の少なくとも一部を、ASIC(ゲートアレイ等)などの専用回路により実現してもよい。処理部610は、画像生成部612と、制御部614と、を含む。
【0048】
画像生成部612は、分割型検出器40における電子の検出結果に基づいて、DPC像を生成する。画像生成部612は、分割型検出器40の各検出領域D1,D2,D3,D4の検出信号を加減算等して、試料Sの電磁場による電子線EBの偏向方向および偏向量を求め、試料Sの電磁場の分布を示すDPC像を生成する。
【0049】
例えば、検出領域D1の検出信号I1と検出領域D3の検出信号I3の差I1-I3から、試料Sの電磁場によるY方向の電子線EBの偏向量を求めることができる。また、検出領域D2の検出信号I2と、検出領域D4の検出信号I4の差I2-I4から、試料Sの電磁場によるX方向の電子線EBの偏向量を求めることができる。
【0050】
制御部614は、電子顕微鏡100の各部を制御する。制御部614は、例えば、DPC像を取得するための処理を行う。また、制御部614は、第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比を決定するための処理を行う。
【0051】
2. 画像取得方法
2.1. 基本動作
電子顕微鏡100では、照射系偏向器16で試料Sに対する電子線EBの傾きを変更しながら、互いに電子線EBの傾きが異なる条件で得られた複数のDPC像を取得し、複数のDPC像を平均化(積算)することによって画像を生成する。これにより、回折コントラストが低減されたDPC像を得ることができる。
【0052】
2.2. 照射系偏向器の動作
照射系偏向器16は、傾斜信号に応じて試料Sに対して電子線EBを傾ける。照射系偏向器16は、第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bを連動させて電子線EBを傾斜させる。
【0053】
電子線EBをY軸に沿って傾ける場合、第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bを連動させる。例えば、傾斜方向βを+Y方向、傾斜角度α=θで電子線EBを傾ける場合、第1偏向器160aで電子線EBを+Y方向に傾斜角度α=θとなるように偏向させ、第3偏向器162aで第1偏向器160aで偏向した電子線EBを振り戻す。
【0054】
このとき、理想的な照射系偏向器では、クロスオーバーの位置が偏向主面に形成されるため、電子線EBを傾けても試料S上において電子線EBの位置は移動しない。しかしながら、実際には、偏向主面における非点などの影響により、クロスオーバーの位置が偏向主面からずれる。そのため、第1偏向器160aで電子線EBを偏向させ、第3偏向器162aで偏向した電子線EBを振り戻しても、試料S上において電子線EBの位置がX方向にずれることがある。
【0055】
そのため、第3偏向器162aおよび第4偏向器162bによって、試料S上における電子線EBの位置ずれを補正する。この結果、電子線EBを傾けることによる試料S上における電子線EBの位置ずれを低減できる。
【0056】
電子線EBをX軸に沿って傾ける場合も同様に、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bを連動させる。これにより、第3偏向器162aおよび第4偏向器162bによって、試料S上における電子線EBの位置ずれを補正でき、試料S上における電子線EBの位置ずれを低減できる。
【0057】
2.3. 偏向比の決定
電子線EBをY軸に沿って傾けるときの第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの出力を決める偏向比は、測定によって決定できる。
【0058】
図7は、偏向比を決定する方法を説明するための図である。図7には、電子線EBを傾ける前のSTEM像Aと、電子線EBを傾けた後のSTEM像Bを重ねて示している。
【0059】
まず、STEM像Aを取得する。STEM像Aを取得した後、第1偏向器160aで電子線EBをY軸に沿って偏向させ、第3偏向器162aで電子線EBを第1偏向器160aの偏向量に比例する偏向量で振り戻す。そして、STEM像Bを取得する。
【0060】
次に、STEM像AとSTEM像Bの視野ずれ量および視野ずれの方向を測定し、視野ずれ量および視野ずれの方向を示す視野ずれベクトルVを得る。この視野ずれベクトルVから第1偏向器160aの偏向量に対する第3偏向器162aの偏向量および第4偏向器162bの偏向量を求める。すなわち、ベクトルVがゼロとなる、第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比を求める。これにより、第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比を決定できる。
【0061】
試料Sに対する電子線EBの傾斜角度は偏向量に比例するため、上記の偏向比を決定するための測定は、1つの傾斜角度に対して行えばよい。
【0062】
電子線EBをX軸に沿って傾けるときの第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比も、上記の第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比と同様に決定できる。
【0063】
なお、電子線EBを傾けたことによる試料S上における電子線EBの位置ずれは、光学条件によって変わるため、光学条件を変えるごとに上記の測定を行って偏向比を求めることが望ましい。
【0064】
また、電子線EBを傾けたときの試料S上における電子線EBの位置ずれ量は、幾何収差によって変化する。例えば、STEM像を取得する場合には、フォーカスを調整する場合が多いため、フォーカスの変化に対する偏向比の変化をあらかじめ求めておいてもよい。これにより、フォーカスの変化に連動して偏向比を変更できる。
【0065】
なお、上記では、電子線EBを傾ける前のSTEM像Aと電子線EBを傾けた後のSTEM像Bの像の視野ずれから偏向比を決定したが、偏向比を決定する方法はこれに限定されない。
【0066】
例えば、電子線EBの傾きが互いに異なる条件で得られた複数のSTEM像を取得し、複数のSTEM像を平均化(積算)して平均像を生成し、当該平均像のぼけに基づいて偏向比を決定してもよい。すなわち、平均像のぼけが小さくなるように第3偏向器162aおよび第4偏向器162bを設定することで、偏向比を求めることができる。
【0067】
2.4. 走査方法
図8は、電子線EBによる試料Sの走査を説明するための図である。図9は、X方向の走査信号SSX、Y方向の走査信号SSY、X方向の傾斜信号STX、およびY方向の傾斜信号STYの一例を示す図である。ここでは、電子線EBの傾きが異なる3つのDPC像を取得する場合について説明する。
【0068】
電子顕微鏡100では、電子線EBによる試料Sの走査は、走査偏向器20で電子線EBを偏向させて、複数の走査線Lを引くことで行われる。図8に示す例では、X軸に沿って3本の走査線Lを引いた後、電子線EBを+Y方向に移動させて、3本の走査線Lを引くことを繰り返すことで、電子線EBで試料Sを走査する。3本の走査線L1,L2,L3は、試料Sの同じ領域を走査する。
【0069】
図示の例では、電子線EBを+X方向に移動させて走査線L1を引き、走査線L1を引いた後、電子線EBを-X方向に移動させて、電子線EBを走査線L1の始点に振り戻す。次に、電子線EBを+X方向に移動させて走査線L2を引き、走査線L2を引いた後、電子線EBを-X方向に移動させて、電子線EBを走査線L2の始点に振り戻す。電子線EBを+X方向に移動させて走査線L3を引き、走査線L3を引いた後、電子線EBを-X方向に移動させて、電子線EBを振り戻し、かつ、電子線EBを+Y方向に移動させる。これらの工程を繰り返すことで、電子線EBで試料Sを走査する。
【0070】
照射系偏向器16に傾斜信号STXが供給されると、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bは、傾斜信号STXに比例して動作する。第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの出力(偏向量)は、傾斜信号STXと偏向比で決まる。
【0071】
同様に、照射系偏向器16に傾斜信号STYが供給されると、第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bは、傾斜信号STYに比例して動作する。第1偏向器160a、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの出力(偏向量)は、傾斜信号STYと偏向比で決まる。
【0072】
図9に示すように、走査線L1を引いているときの電子線EBの傾きと、走査線L2を引いているときの電子線EBの傾きと、走査線L3を引いているときの電子線EBの傾きは、異なっている。
【0073】
上記のように、1つの走査線Lを引くごとに傾きを変更して3つのDPC像を取得することによって、試料ドリフトの影響を低減でき、3つのDPC像間での視野ずれを低減できる。
【0074】
また、試料Sの同じ位置で3つの走査線Lを引くごとに、傾きが異なる条件で得られた画像信号を平均化(積算)して、画像を表示できる。すなわち、走査線L1を引いて得られた第1画像信号と、走査線L2を引いて得られた第2画像信号と、走査線L3を引いて得られた第3画像信号を平均して、リアルタイムに画像を生成できる。そのため、回折コントラストの影響が低減されたSTEM像をみながら、収差の調整や、検出面42上における電子線EBの位置の調整ができる。
【0075】
2.5. 傾きを変更するタイミングの制御
走査信号SSX、走査信号SSY、傾斜信号STXおよび傾斜信号STYは、同期している。図9に示すように、電子線EBの傾きの変更は、フライバック時間中に行われる。ここで、フライバック時間とは、走査線Lを引いた後、次の走査線Lを引くために電子線EBを振り戻す時間をいう。
【0076】
図10および図11は、傾斜信号STXの波形の一例を示す図である。
【0077】
照射系偏向器16を構成する各偏向器は、有限の応答速度を持つ。そのため、図10に示すように、入力された傾斜信号STXの波形(入力波形)に対して各偏向器が発生させる磁場の波形(出力波形)が歪む。この歪は、振幅や周波数に応じて変化するため、歪を含めて各偏向器の偏向比を一定に保つことは難しい。
【0078】
例えば、図11に示すように、入力波形として一定の周波数のみを含む三角波や正弦波などを用いることで入力波形に対する出力波形の変化を低減できるが、電子線EBの傾きの分布が円形もしくは楕円形に制限される。また、入力波形として三角関数を用いた場合でも、周波数によるゲインの変化や応答の遅れがあるため、各偏向器の偏向比の調整が難しい。
【0079】
電子顕微鏡100では、上記のように、電子線EBの傾きの変更は、フライバック時間中に行われる。これにより、偏向器の応答時間には画像信号を取得しないため、図10に示す入力波形に対する出力波形の歪の影響を低減できる。すなわち、電子線EBの傾きを変更することで生じる電子線EBの位置ずれによる像のずれを低減できる。
【0080】
上記のように、電子線EBの傾きの変更がフライバック時間中に行われるため、電子線EBの傾きの分布が円形もしくは楕円形に制限されない。したがって、ユーザーは、電子線EBを所望の傾きに指定できる。例えば、一様な結晶中の場を観察する場合には、すべての方向に一様に分布する傾きで電子線EBを走査できる。また、例えば、結晶界面付近の場を観察する場合には界面に平行な方向のみに電子線EBを傾けることができる。
【0081】
2.6. 対物レンズの収差
電子顕微鏡100では、図1に示すように、電子線EBを傾斜させる照射系偏向器16が収差補正器18の前方に配置されている。
【0082】
電子顕微鏡100では、照射系偏向器16が対物レンズ22の前方に配置されているため、照射系偏向器16で電子線EBを傾けると、電子線EBは対物レンズ22の中心を通らない。そのため、対物レンズ22においてコマ収差や非点収差などの幾何収差が発生する。
【0083】
ここで、電子顕微鏡100では、照射系偏向器16が収差補正器18の前方に配置されているため、照射系偏向器16で電子線EBを傾けると、電子線EBは収差補正器18の中心を通らない。そのため、照射系偏向器16を収差補正器18の前方に配置することによって、対物レンズ22で発生する電子線EBの傾きにより生じる幾何収差を、収差補正器18で発生する電子線EBの傾きにより生じる幾何収差でキャンセルできる。これにより、電子線EBを傾けることによる幾何収差の変化を低減できる。
【0084】
2.7. 照射レンズの収差
電子顕微鏡100の光学系で発生する収差の大部分は対物レンズ22の収差で決まる。しかし、照射系における電子線EBの縮小率が小さい場合などには、照射レンズ12や電子源10(電子銃)で生じる収差が大きくなり、収差補正器18の前方で電子線EBを傾けても幾何収差の変化が無視できなくなる場合がある。
【0085】
この場合、走査偏向器20で電子線EBを傾けることによって、対物レンズ22で発生する収差を変化させ、照射レンズ12や電子源10で生じる収差を補正する。例えば、照射系偏向器16による電子線EBの傾きに比例して走査偏向器20に傾斜成分を追加する。これにより、照射レンズ12や電子源10で生じる収差を補正できる。例えば、傾斜信
号に比例して、走査信号に傾斜成分を追加することによって照射レンズ12や電子源10で生じる収差を補正できる。
【0086】
3. 電子顕微鏡の動作
電子顕微鏡100では、照射系偏向器16で試料Sに対する電子線EBの傾きを変更しながら、互いに電子線EBの傾きの異なる複数のDPC像を取得し、複数のDPC像を平均化(積算)することによって画像を生成する。
【0087】
制御部614は、第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比を決定する。制御部614は、上述した「2.2. 偏向比の決定」で説明したように、図7に示す電子線EBを傾ける前のSTEM像Aと、電子線EBを傾けた後のSTEM像Bを取得し、STEM像AとSTEM像Bの視野ずれを示すベクトルVを求めて、偏向比を決定する。
【0088】
制御部614は、DPC像を取得する処理を開始する指示が入力されると、電子線EBで試料Sが走査されるように制御信号を生成する。制御装置50は、制御信号を受け付け、制御信号に基づく走査信号SSX,SSYを走査偏向器20に供給する。また、制御部614は、走査線Lを引くごとに電子線EBの傾きが変更されるように制御信号を生成する。制御装置50は、制御信号を生成する。制御装置50は、制御信号を受け付け、制御信号に基づく傾斜信号STX,STYを照射系偏向器16に供給する。
【0089】
電子線EBによる試料Sの走査は、X軸に沿って試料Sの同じ位置で3本の走査線Lを引いた後、電子線EBを+Y方向に移動させて、3本の走査線Lを引くことを繰り返すことで行われる。このとき、走査線Lを引いた後、次の走査線Lを引くまでのフライバック時間中に、照射系偏向器16が電子線EBの傾きを変更する。
【0090】
制御部614は、照射系偏向器16に連動して結像系偏向器24を動作させ、照射系偏向器16で電子線EBを傾けたことによる検出面42上における電子線EB(像)の位置ずれを補正する。また、制御部614は、照射系偏向器16に連動して走査偏向器20に電子線EBを傾けさせ、照射レンズ12の幾何収差を補正する。
【0091】
画像生成部612は、試料Sの同じ位置で3つの走査線Lを引くごとに、傾きが異なる条件で得られた画像信号を平均化(積算)して、画像を生成する。画像生成部612は、生成した画像を表示部630に表示させる。これにより、表示部630には、リアルタイムに回折コントラストが低減された画像(DPC像)が表示される。
【0092】
電子線EBで観察領域がすべて走査されると、画像生成部612は、3つのDPC像を生成し、当該3つのDPC像を平均化(積算)して画像を生成する。なお、画像生成部612は、試料Sの同じ位置で3つの走査線Lを引くごとに、傾きが異なる条件で得られた画像信号を平均化(積算)して、画像を生成してもよい。画像生成部612は、生成した画像を表示部630に表示させる。
【0093】
4. 効果
電子顕微鏡100は、収差補正器18の前方に配置された照射系偏向器16と、分割型検出器40で電子を検出して得られた画像信号を取得して、DPC像を生成する画像生成部612と、を含む。また、画像生成部612は、照射系偏向器16で電子線EBの傾きを変更することによって当該傾きが互いに異なる条件で得られた、複数のDPC像に基づいて画像を生成する。
【0094】
このように電子顕微鏡100では、収差補正器18の前方に配置された照射系偏向器1
6で電子線EBを傾けるため、対物レンズ22で発生する電子線EBの傾きにより生じる幾何収差を、収差補正器18で発生する電子線EBの傾きにより生じる幾何収差でキャンセルできる。これにより、電子線EBを傾けることによる幾何収差の変化を低減できる。したがって、電子顕微鏡100では、電子線EBを傾けることによる収差を低減でき、高い像質のDPC像を得ることができる。
【0095】
また、電子顕微鏡100では、画像生成部612が、電子線EBの傾きが互いに異なる条件で得られた、複数のDPC像に基づいて画像を生成するため、回折コントラストが低減された画像(DPC像)を得ることができる。
【0096】
電子顕微鏡100では、照射系偏向器16は、一段目に配置され、電子線EBをY軸に沿って偏向させる第1偏向器160aと、一段目に配置され、電子線EBをX軸に沿って偏向させる第2偏向器160bと、二段目に配置され、電子線EBをY軸に沿って偏向させる第3偏向器162aと、二段目に配置され、電子線EBをX軸に沿って偏向させる第4偏向器162bと、を含む。また、制御部614は、第1偏向器160aに電子線EBをY軸に沿って偏向させる場合に、第3偏向器162aおよび第4偏向器162bを用いて電子線EBを第1偏向器160aで偏向させたことによる試料S上における電子線EBの位置のずれを補正する。
【0097】
そのため、電子顕微鏡100では、電子線EBを傾けることによる試料S上における電子線EBの位置ずれを低減でき、当該位置ずれに伴う像質の低下を低減できる。したがって、電子顕微鏡100では、高い像質のDPC像を得ることができる。
【0098】
電子顕微鏡100では、制御部614は、電子線EBの傾きが互いに異なる条件で得られた複数のSTEM像を取得し、複数のSTEM像間の像のずれに基づいて、第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比を決定する。そのため、電子顕微鏡100では、電子線EBを傾けることによる試料S上における電子線EBの位置ずれを低減でき、当該位置ずれに伴う像質の低下を低減できる。
【0099】
電子顕微鏡100では、制御部614は、画像生成部612が画像信号の取得を行わない間に、照射系偏向器16に電子線EBの傾きを変更させる。そのため、電子顕微鏡100では、照射系偏向器16が有限の応答速度を持つことによる入力波形に対する出力波形の歪の影響を低減できる。したがって、電子顕微鏡100では、試料Sに応じて最適な電子線EBの傾きを採用できる。
【0100】
電子顕微鏡100では、電子線EBによる試料Sの走査は、走査偏向器20で電子線EBを偏向させて、複数の走査線Lを引くことで行われ、制御部614は、複数の走査線Lのうちの第1走査線L1を引いた後、次の第2走査線L2を引くために電子線EBを振り戻す間に、照射系偏向器16に電子線EBの傾きを変更させる。そのため、電子顕微鏡100では、照射系偏向器16が有限の応答速度を持つことによる入力波形に対する出力波形の歪の影響を低減できる。
【0101】
なお、試料Sの観察領域を走査してSTEM像を取得した後、試料Sの同じ観察領域を走査して次のSTEM像を取得するまでの間の時間は、画像生成部612が画像信号の取得を行わない。そのため、この時間に、制御部614は、照射系偏向器16に電子線EBの傾きを変更させてもよい。
【0102】
電子顕微鏡100では、第1走査線L1と第2走査線L2で、試料Sの同じ領域を走査する。さらに、電子顕微鏡100では、画像生成部612は、第1走査線L1を引くこと
で得られた第1画像信号と、第2走査線L2を引くことで得られた第2画像信号を平均化して、画像を生成する。そのため、複数のDPC像間の試料ドリフトによる像のずれを低減できる。
【0103】
電子顕微鏡100では、画像生成部612は、電子線EBの傾きが互いに異なる条件で得られた、第1DPC像と第2DPC像を取得し、第1DPC像と第2DPC像に基づいて画像を生成する。そのため、第1DPC像と第2DPC像との間の試料ドリフトによる像のずれを低減できる。さらに、第1DPC像および第2DPC像を用いて、傾斜角度依存性の解析等を行うことができる。
【0104】
電子顕微鏡100では、照射系偏向器16で電子線EBを偏向したことによる分割型検出器40上における電子線EBの位置ずれを補正する結像系偏向器24を含む。そのため、電子線EBを傾けることによる分割型検出器40上における電子線EB(像)の位置ずれを低減でき、当該位置ずれに伴う像質の低下を低減できる。したがって、電子顕微鏡100では、高い像質のDPC像を得ることができる。
【0105】
電子顕微鏡100では、走査偏向器20を用いて、照射レンズ12の収差を補正する。制御部614は、走査偏向器20に、電子線EBで試料Sを走査させつつ、電子線EBの傾きに応じて電子線EBを傾けさせることによって、照射レンズ12の収差を補正する。これにより、電子顕微鏡100では、高い像質のDPC像を得ることができる。
【0106】
電子顕微鏡100では、検出面42が複数の検出領域D1,D2,D3,D4に分割された分割型検出器40を含む。そのため、電子顕微鏡100では、容易にDPC像を得ることができる。
【0107】
5. 変形例
上記の実施形態では、第1偏向器160a、第2偏向器160b、第3偏向器162a、および第4偏向器162bの偏向比を調整し、この4つの偏向器を連動させることによって、電子線EBを傾けたときの試料S上における電子線EBの位置ずれを補正した。これに対して、例えば、偏向比の調整を行わずに、図7に示す視野ずれベクトルVを測定し、互いに電子線EBの傾きが異なる条件で得られた複数のDPC像の視野ずれを、視野ずれベクトルVを用いて補正してもよい。これにより、4つの偏向器の偏向比を変えることなく、複数のDPC像の視野ずれを補正できる。
【0108】
また、電子線EBを傾けたときの試料S上における電子線EBの位置ずれ量は、幾何収差によって変化する。例えば、STEM像を取得する場合には、フォーカスを調整する場合が多いため、フォーカスの変化に対する視野ずれベクトルVをあらかじめ求めておいてもよい。これにより、フォーカスの変化に連動して、複数のDPC像の視野ずれを補正できる。
【0109】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成を含む。実質的に同一の構成とは、例えば、機能、方法、及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成である。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0110】
10…電子源、12…照射レンズ、14…照射系絞り、16…照射系偏向器、17…転
送レンズ、18…収差補正器、19…転送レンズ、20…走査偏向器、21…転送レンズ、22…対物レンズ、24…結像系偏向器、26…結像系レンズ、30…ADF検出器、40…分割型検出器、42…検出面、50…制御装置、60…情報処理装置、100…電子顕微鏡、160…第1偏向系、160a…第1偏向器、160b…第2偏向器、162…第2偏向系、162a…第3偏向器、162b…第4偏向器、200…第1偏向系、202…第2偏向系、220…前方磁場レンズ、222…後方磁場レンズ、240…第1偏向系、242…第2偏向系、610…処理部、612…画像生成部、614…制御部、620…操作部、630…表示部、640…記憶部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11