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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-22
(45)【発行日】2024-01-05
(54)【発明の名称】生体組織の採取方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/04 20060101AFI20231225BHJP
   C04B 38/00 20060101ALI20231225BHJP
   C12N 5/07 20100101ALI20231225BHJP
   C12M 1/26 20060101ALN20231225BHJP
   A61F 2/10 20060101ALN20231225BHJP
【FI】
C12N1/04
C04B38/00 303Z
C12N5/07
C12M1/26
A61F2/10
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019223086
(22)【出願日】2019-12-10
(65)【公開番号】P2021090382
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-12-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000240477
【氏名又は名称】Orbray株式会社
(72)【発明者】
【氏名】武藤 光
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/111432(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/102801(WO,A1)
【文献】特開2010-018459(JP,A)
【文献】特開2001-192280(JP,A)
【文献】特開2004-275202(JP,A)
【文献】特開平05-111531(JP,A)
【文献】特開2003-180814(JP,A)
【文献】国際公開第2012/132482(WO,A1)
【文献】特開2011-013013(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0185814(US,A1)
【文献】特開2013-138658(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12N 5/00-5/28
C04B 38/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の面から第2の面に空気を通す孔が複数(n≧2)設けられると共に、前記孔の間に壁面が形成され、前記壁面の前記第1の面側の端部が丸め加工されて曲面のみで形成されている部品を用意し、
最大方向の寸法が0.5mm以上100mm以下で培養皮膚である生体組織を、前記孔の前記第1の面側に吸引して接触させ、前記孔で前記生体組織を採取し、
前記生体組織の面積のうち50%以上90%以下を、採取されている前記孔の総面積とする生体組織の採取方法。
【請求項2】
前記部品がセラミック製である請求項1に記載の生体組織の採取方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体組織の採取方法に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は生体と外部環境との界面として、生体内部の液体の保持,水中での摩擦の減少,体温の一定維持,生体内部の物理的な損傷からの保護,等と云った働きを有している。
【0003】
このような皮膚に於いて培養皮膚とは、健常皮膚片(上皮片)から採取した上皮細胞並びに繊維芽細胞を、イン・ビトロ(in vitro)で培養して皮膚構造の一部を構築した生体組織である。患者自身の健常皮膚片(上皮片)から採取した細胞を用いて培養した培養皮膚を自家培養皮膚(自家培養表皮)、他人の皮膚(上皮片)から採取した細胞を用いて培養した培養皮膚を同種培養皮膚(同種培養表皮)と区別している。培養皮膚は、重度の熱傷治療、糖尿病性下肢潰瘍や静脈潰瘍の治療、形成外科手術後の瘢痕治療等に利用される。
【0004】
培養皮膚として、シート状の生体組織(培養した皮膚表皮細胞から成る生体組織)を、前記各種治療や培養実験に用いる際には、生体組織に傷や折り目又は切れ目等を生じる事無く、捕捉し採取する必要が有る。しかしながら、例えばピンセットと云った鋭利に成形された箇所を有する器具で前記生体組織を採取しようとすると、採取した箇所に生体組織の荷重が集中して生体組織のシワの発生や、器具との接触により生体組織に裂けや傷の発生を招く危険性が有る。
【0005】
そこで器具そのものによる直接の採取では無く、吸引により生体組織を採取する技術が考案されている(例えば非特許文献1参照)。
【0006】
非特許文献1開示の多孔質真空チャックに使用される多孔質セラミックスは、化学的安定性に優れたアルミナ(Al2O3)系のセラミックス多孔体である。更に、平均気孔径0.5μmの微小気孔が均一分散されている事で、ワークを多孔質セラミックスに吸引及び吸着させた時に、ワークに気孔径形状が転写されて発生する吸着痕を低減する事を可能としている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】“多孔質真空チャック”、[online]、日本タングステン株式会社、[令和1年7月4日検索]、インターネット<URL: https://www.nittan.co.jp/products/ceramic_chuck_002_004.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし図9(a)に示す非特許文献1開示の多孔質セラミックス100では、図9(b)に示すように個々のセラミック粒子101の尖りを解消する事が出来なかった。従って、この多孔質セラミックス100の第1の面100aに生体組織を吸引により接触させる際に、前記尖りにより生体組織を傷つけてしまうおそれが有った。
【0009】
更に、mmオーダー(0.5mm以上)の大きな生体組織を吸引させる事には対応していなかった為、mmオーダーの大きな生体組織は吸引出来なかった。なお図9(b)では、個々のセラミック粒子101と隙間との識別性を考慮して、セラミック粒子101にハッチングを施しているが、断面図ではない。
【0010】
本発明は、前記各課題に鑑みてなされたものであり、生体組織の傷付きを防止し、mmオーダーの大きな生体組織を吸引する事が可能な生体組織の採取方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題は、以下の本発明により解決される。即ち本発明の生体組織の採取方法は、第1の面から第2の面に空気を通す孔が複数(n≧2)設けられると共に、孔の間に壁面が形成され、壁面の第1の面側の端部が丸め加工されて曲面のみで形成されている部品を用意し、最大方向の寸法が0.5mm以上100mm以下で培養皮膚である生体組織を、孔の第1の面側に吸引して接触させ、孔で生体組織を採取し、生体組織の面積のうち50%以上90%以下を、採取されている前記孔の総面積とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の生体組織の採取方法に依れば、生体組織を吸引する孔の間に形成される壁面の第1の面側の端部が丸め加工されて曲面のみで形成されている部品を使用する。従って、生体組織を吸引により接触及び採取する際に、生体組織の傷付きが防止可能となる。
【0013】
更に、孔に吸引され接触されている生体組織の面積のうち50%以上90%以下を、採取されている孔の総面積とする事により、孔の総面積が広く取れて充分な吸引力が確保される。従って、mmオーダーの大きな生体組織の吸引及び採取が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明に係る生体組織の採取方法で使用される、生体組織採取用の部品を示す模式図である。
図2】(a)図1の四角A部分の拡大図である。(b)図2(a)の一点鎖線B-B部分での側断面図である。
図3】本発明に係る生体組織の採取方法で使用される、生体組織採取用の部品のSEM観察像であり、孔の形成方向に対して直交方向の表面に於ける観察像である。
図4】本発明に係る生体組織の採取方法を模式的に示す、説明図である。
図5】(a)図2(a)で示す一部の孔で生体組織が採取された状態を示す拡大図である。(b)図5(a)の一点鎖線C-C部分での側断面図である。
図6】本発明に係る生体組織の採取方法で使用される、生体組織採取用の部品の製造方法の、ゲル体の凍結工程を示す模式図である。
図7】本発明に係る生体組織の採取方法で使用される、生体組織採取用の部品を形成するセラミックス焼結体を模式的に示す断面図である。
図8図7の第1の面側の各壁面の端部が丸め加工されて、曲面のみで形成されている部品を示す断面図である。
図9】(a)従来の生体組織の採取方法で使用される、生体組織採取用の部品である多孔質セラミックスを示す模式図である。(b)図9(a)の円D部分の拡大図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本実施の形態の第一の特徴は、第1の面から第2の面に空気を通す孔が複数(n≧2)設けられると共に、孔の間に壁面が形成され、壁面の第1の面側の端部が丸め加工されて曲面のみで形成されている部品を用意し、最大方向の寸法が0.5mm以上100mm以下で培養皮膚である生体組織を、孔の第1の面側に吸引して接触させ、孔で生体組織を採取し、生体組織の面積のうち50%以上90%以下を、採取されている孔の総面積とする生体組織の採取方法である。
【0016】
この生体組織の採取方法に依れば、生体組織を吸引する孔の間に形成される壁面の第1の面側の端部が丸め加工されて曲面のみで形成されている部品を使用する。従って、生体組織を吸引により接触及び採取する際に、生体組織の傷付きが防止可能となる。
【0017】
更に、孔に吸引され接触されている生体組織の面積のうち50%以上90%以下を、採取される孔の総面積とする事により、孔の総面積が広く取れて充分な吸引力が確保される。従って、mmオーダーの大きな生体組織の吸引及び採取が可能となる。
【0018】
本実施の形態の第二の特徴は、部品がセラミック製である生体組織の採取方法である。
【0019】
この生体組織の採取方法に依れば、部品をセラミック製とする事で、部品の孔の面積を、生体組織の面積のうち50%以上90%以下と大きく設定しても、部品に高い機械的強度を付与する事が出来る。
【0020】
以下、図1図2又は図4図8を参照して、本発明に係る生体組織の採取方法の実施形態を説明する。本実施形態に係る生体組織の採取方法では、図1図2及び図8に示すように部品1を使用すると共に、その部品1の第1の面1a側で生体組織4を採取する。
【0021】
部品1はセラミック製の焼結体(セラミックス焼結体)であり、第1の面1aから第2の面1bに向かって貫通する孔2が複数(n≧2:nは孔2の個数)設けられている。各孔2は、図2及び図8に示すように第1の面1a上に現れると共に、第2の面1b上にも現れる。従って、第1の面1aと第2の面1b間で孔2を介して空気が通る。図2(a)の丸い円部分が、模式的に表した孔2である。
【0022】
孔2の径は50μm以上190μm以下に設定される。即ち、本実施形態では部品1に形成される孔2の径の全てが、50μm以上190μm以下の範囲内で形成される。更に孔2の断面形状は、図8のようなストレート孔又は図示しないテーパ孔とする。孔2がテーパ状の断面形状に形成される場合、生体組織の採取側となる第1の面1a側を小径とする。
【0023】
孔2の平面形状(第1の面1a上又は第2の面1b上に現れる形状)は、図2(a)に模式的に示す円形以外でも良く、楕円形やm角形(m≧3)の多角形でも良い。楕円形の場合は長径を50μm以上190μm以下とする。また多角形の場合は、最も長い対角線を50μm以上190μm以下とする。
【0024】
更に、各孔2の間に壁面3が形成されている。壁面3の第1の面1a側の端部は丸め加工されて、図2(b),図5(b),又は図8に示すように曲面のみで形成されている。なお端部は一定の曲率半径を有する訳では無く、第1の面1a側の端部に角部や尖りが形成されておらず、一続きの曲面で形成されていれば良い。
【0025】
部品1の外形の一例は、図1に示す六面体が挙げられるが、正六面体や円柱形状,楕円柱形状などでも良い。また部品1の外形寸法は特に制限されない。しかし後述する採取対象の生体組織に於ける最大方向の寸法が、本発明では0.5mm以上100mm以下と想定している為、生体組織をその全面で以て確実に採取する為には、部品1の最小方向の寸法が少なくとも100mmである事が望ましい。また第1の面1aと第2の面1b間の厚みは、前記生体組織の吸引に支障の無い範囲で種々設定可能であり、一例として1.0mmが挙げられる。
【0026】
このような外形を有する部品1に於ける孔2の気孔率は50±10%とする。気孔率が50%+10%(即ち60%)を超えると、生体組織の採取が要求される部品1としての強度を満たさなくなるおそれが有る為、好ましくない。一方で、気孔率が50%-10%(即ち40%)未満になると、気孔率の低下に伴い孔2の個数が不足してしまい、mmオーダー(0.5mm以上)の大きな生体組織の吸引及び採取に支障を来してしまう。
【0027】
気孔率は、アルキメデス法にて測定可能である。また孔2の径は、SEM(Scanning Electron Microscope:走査電子顕微鏡)観察像によって測定される。
【0028】
次に、以上のような部品1を用意する工程として、図6図8を参照して部品1の製造方法を記載する。部品1の製造方法として、最初にゲル化可能な高分子の液体を用意し、その液体に粉末濃度5%以上65%以下のセラミック粉末を分散して、スラリーを作製する。
【0029】
液体に分散させるセラミック粉末はジルコニア(ZrO2)から成ると共に造粒されており、そのセラミック粉末の平均粒径は0.01μm(10nm)~0.08μm(80nm)の範囲に設定されている。平均粒径が0.01μm未満になると、セラミック粉末の取り扱いが困難となり、作業性が低下して好ましくない。一方、平均粒径が0.08μmを超えると、スラリーからセラミック粉末が沈殿し易くなり、安定なスラリーを得る事が出来なくなる為、好ましくない。
【0030】
スラリー中の含水率は35wt%~95wt%とする。含水率が35wt%未満になると、セラミック粉末が凝集して沈殿し易くなり、安定した分散状態を保つ事が困難になる。一方、含水率が95wt%を超えると、水を氷結晶として昇華した後でのセラミック成形体の密度が過度に低くなり、生体組織の採取用途としての強度を満たせない。
【0031】
次に、作製したスラリーをゲル化させてゲル体を作製する。ゲル化とは、セラミック粉末が分散したスラリーを固体化する事である。図6(a)にゲル体6を模式的に示す。ゲル体6内の黒丸が、分散されているセラミック粉末7を表す。
【0032】
次に、作製したゲル体6を-40℃以上-10℃以下の範囲で凍結する。ゲル体6の凍結は、図6(b)に示す様にゲル体6の底面を、銅製又はアルミニウム製の凍結用プレート9に接触させ、伝熱によりゲル体6を底面から他方に向かって一定方向(図6(b)の下から上方向)に冷却する事で行う。なお図6(b)はゲル体6を任意の断面で切断した断面図であり、セラミック粉末7が分散しているゲル体6の断面には、視認性を優先してハッチングは省略している。
【0033】
ゲル体6を凍結用プレート9に接触している底面から一定方向に凍結させる事で図6(b)から図6(c)へと示すように、セラミック粉末7が分散せず水が霜柱状に凍結した氷結晶8が複数、ゲル体6内部に前記一定方向に形成されて行く。なお図6(c)も図6(b)と同様ゲル体6を任意の断面で切断した断面図であり、セラミック粉末7が分散しているゲル体6の断面には、視認性を優先してハッチングは省略している。図6(b)及び図6(c)では、ハッチング部分は氷結晶8を示している。
【0034】
一方セラミック粒末7は図6(b)及び図6(c)より、氷結晶8以外のゲル体6領域に偏在して行く。水は凍結する事で膨張するので、セラミック粉末7が偏在している領域が氷結晶8で押されて圧縮される。この圧縮によりセラミック粉末7の偏在領域が緻密化されて壁面3が形成される。なお図6に示すゲル体6の厚み(図6の上下方向の寸法)は、部品1の厚みに設定される。
【0035】
次に凍結後のゲル体6を大気中で乾燥させ、氷結晶8を昇華させてセラミック成形体を得る。その後、セラミック成形体を焼結して、図7に示すセラミックス焼結体から成る部品1を形成する。なお図7は、部品1を任意の断面で切断した断面図である。焼結方法は大気焼結で、加熱温度は2℃/分~10℃/分、焼結温度は1300℃~1500℃、雰囲気は大気、圧力は常圧、焼結時間は1時間~4時間とする。
【0036】
以上の様に氷結晶8を昇華させ、その後焼結する事で、図7に示す様に第1の面1aから第2の面1bに向かって複数の孔2が形成され、その孔2の間に壁面3が形成された多孔体の部品1を形成する事が出来る。以上の製造方法で形成される孔2の径は、全て50μm以上190μm以下の範囲内に収まる事が確認された。
【0037】
更に、第1の面1a側の端面3の端部のみに研磨加工を施して、丸め加工により曲面のみで前記端部を形成し、図8に示す生体組織採取用の部品1を用意する。
【0038】
孔2の気孔率50±10%及び径50μm以上190μm以下を同時に実現する条件として、ゲル化可能な液体に分散させるセラミック粉末7の濃度を5%以上65%以下と設定すると共に、ゲル体6の凍結温度を-40℃以上-10℃以下の範囲に設定する事が必須である事を見出した。セラミック粉末7の濃度範囲と、ゲル体6の凍結温度範囲のどちらか一方が範囲外となると、前記気孔率及び径を両方所望の範囲内に設定する事が出来なかった。
【0039】
更にセラミック粉末7の濃度が5%未満となると、前記セラミック成形体の密度が低くなり過ぎて生体組織採取用部品としての強度を満たせなくなると共に、65%を超えるとセラミック粉末が凝集して沈殿し易くなり、安定した分散状態を保つ事が困難になる。
【0040】
またゲル体6の凍結温度が-40℃未満に下がると、氷結晶8が霜柱状に形成される前にゲル体6全体が凍結し、セラミック粉末7を氷結晶8以外のゲル体6領域に偏在させる事が出来なくなると共に、-10℃を超えるとゲル体6内での氷結晶8の形成が困難となる。
【0041】
更に、図6に示す様にゲル体6を凍結してゲル体6内部に氷結晶8を一定方向に成長させ、図7又は図8の様に孔2を一定方向に形成して壁面3を緻密とする事が、生体組織採取用の部品1としてより好ましい。緻密とは、孔やマイクロポーラス又はナノポーラスの無い壁面に加え、密度99%以上の壁面も含む。緻密な壁面が密度100%に限定されない理由は、前記凍結工程において、ゲル体6内には霜柱状の氷結晶8以外に、この氷結晶8の径に比べて極めて小径な氷が壁面に形成される場合も有りうる為である。この氷も前記ゲル体6の乾燥時に昇華されるので、氷が昇華した跡が微細な孔や穴となり、孔やマイクロポーラス又はナノポーラスが壁面3に形成される事がある。
【0042】
孔2を一定方向に形成するには、ゲル体6内部に氷結晶8を一定方向に形成する必要がある。本出願人が検証した結果、氷結晶8を一定方向に形成する為に必要な条件は、ゲル体6を-40℃以上-10℃以下の範囲で一つの箇所から一定方向に沿って他方の箇所へと伝熱により徐々に凍結して行く事である。
【0043】
図6(b)及び図6(c)では凍結プレート9と接触しているゲル体6の表面を、凍結を開始する一つの箇所としており、一定方向(図6(b)及び図6(c)の下から上への方向)に沿って他方の箇所である上側表面へと伝熱により徐々に凍結させている。
【0044】
孔2の形成方向を一方向とする事で、規則性を以てセラミック粉末7を偏在させる事が出来ると共に、氷結晶8から壁面3全面に圧縮力を均一に加える事が出来る。従って壁面3をより緻密に形成出来る。従って、孔2を有しながらも生体組織採取用に適した高い機械的特性(機械的強度及び加工性)を備える部品1を得る事が出来る。よって、孔2の気孔率及び径の設定に加えて、孔2の形成方向を一方向とした方が生体組織採取用部品としてより好ましい。
【0045】
更に本実施形態では原料であるセラミック粉末7にジルコニアを使用しているので、セラミックス焼結体はジルコニアである。セラミックス焼結体をジルコニアとする事で、化学的な耐久性、耐熱性、衛生面での無害性等の諸特性を有し、生体組織採取用部品に好適である。更に、良好な機械的特性(機械的強度及び加工性)が得られる。
【0046】
ジルコニアはより高い機械的強度の確保の点から、イットリア(酸化イットリウム:Y2O3)含有のジルコニアがより好ましい。具体的には、2Yジルコニア(イットリア2mol%含有ジルコニア)、2.5Yジルコニア(イットリア2.5mol%含有ジルコニア)、3Yジルコニア(イットリア3mol%含有ジルコニア)、8Yジルコニア(イットリア8mol%含有ジルコニア)が挙げられる。
【0047】
なお、図6では個々のセラミック粉末7の見易さを考慮して、孔2を細く図示している。また図7及び図8では壁面3の見易さを考慮して、図6同様に孔2を細く図示している。
【0048】
図6図8の製造方法を経て用意された部品1は、図5に示すチャック5で側面と第2の面1b側の周縁部が保持される。部品1の第1の面1aは、チャック5で保持又は閉塞されずに開放されている。一方の第2の面1bは、前記周縁部を除いては、チャック5との間に空気の通り道となる隙間が設けられている。
【0049】
チャック5は例えばステンレス鋼等から形成され、通気口5aが設けられている。通気口5aは、直径5mm程度の円形に形成され、図示しない真空ポンプ等のポンプへと連結されている。
【0050】
その真空ポンプで吸引(即ち、真空引き)を行うことで、通気口5a及び前記空気の通り道となる隙間を介して、第2の面1bから第1の面1aに向かって吸引(真空引き)が行われる。その際、第1の面1a付近に生体組織4があると、第1の面1aは全面に亘って開放されているため、第1の面1a上に現出している全ての孔2から、第1の面1a上に生体組織4が吸引される。よって図4及び図5に示されるように、孔2から部品1の第1の面1a上に生体組織4が吸引されて接触及び保持され、孔2で以て生体組織4が採取される。更に、第1の面1a上のどこでも生体組織4が採取出来ると共に、図4に示すように複数の生体組織4を一度に採取する事も可能となる。
【0051】
本発明で採取対象となる生体組織4としては培養皮膚が挙げられ、特にシート状でmmオーダーの培養皮膚を指す。本発明に係る前記mmオーダーの生体組織とは、最大方向の寸法が0.5mm以上100mm以下の生体組織とする。その数値範囲の根拠は、四捨五入で1.0mmとなる0.5mmを最小値とすると共に、培養可能な上限目安を100mmと設定した為である。
【0052】
このような生体組織4が、図5に示すように複数の孔2によって採取される。前記の通り各々の孔2の径は50μm以上190μm以下であり、生体組織4の最大方向の寸法は0.5mm以上100mm以下である。従って生体組織4は、最大方向の寸法で2.6個超~2000個程度の孔2で保持及び採取される。図5では見易さを優先して、2個の孔で生体組織4を採取している状態を示している。なお、図5(a)に於ける生体組織4の最大方向の寸法は、図5(a)内の横方向(水平方向)の寸法である。
【0053】
生体組織4が複数の孔2によって採取される際、生体組織4の平面での面積のうち50%以上90%以下を、採取されている孔(即ち、生体組織4を吸引している孔)2の総面積とする。図5(a)を例に述べると、略長方形の生体組織4の平面での面積(図5(a)で示される面積)のうちの50%以上90%以下を、生体組織4を吸引している孔2の総面積(2箇所のハッチングが掛かっている総面積)とする。
【0054】
なお、吸引圧力は一例として800Pa又は1000Pa とする。800Pa又は1000Paで吸引を行うことで、生体組織4を傷つけること無く、また吸引痕を残す事無く、生体組織4を採取可能となり、好ましい。
【0055】
以上、本実施形態の生体組織4の採取方法に依れば、生体組織4を吸引する孔2の間に形成される壁面3の第1の面1a側の端部が丸め加工されて曲面のみで形成されている部品1を使用する。従って、生体組織4を吸引により接触及び採取する際に、生体組織4の傷付きが防止可能となる。
【0056】
更に、孔2に吸引され接触されている生体組織4の面積のうち50%以上90%以下を、採取される孔2の総面積とする事により、孔2の総面積が広く取れて充分な吸引力が確保される。従って、mmオーダー(0.5mm以上100mm以下)の大きな生体組織4の吸引及び採取が可能となる。なお50%未満では、生体組織4の全面積の半分以上が吸引非対象となる為、mmオーダーの生体組織4に対して充分な吸引力が確保出来なくなるおそれが有り好ましくない。また90%を超えると、生体組織4の面に於ける吸引面積が過大となり、吸引痕やシワの発生、または裂けや破れと云った破損を招くおそれが有る。
【0057】
更に、1つの生体組織4を複数の孔2で吸引及び採取する事で、生体組織4の脱落が防止され、採取作業を安定して行う事が可能となる。また複数の孔2で吸引する事で、1つの孔2で発生する吸引圧が分散され、生体組織4の吸着痕やシワ,破損の発生を防止出来る。
【0058】
更に部品1をセラミック製とする事で、部品1の孔2の面積を、生体組織4の面積のうち50%以上90%以下と大きく設定しても、部品1に高い機械的強度を付与する事が出来る。
【0059】
以下に本発明に係る実施例を説明するが、本発明は以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例
【0060】
本実施例に係る生体組織採取用の部品の製造方法を、以下に説明する。最初にゲル化可能な高分子の液体を用意し、その液体に造粒された粉末濃度35%のジルコニア粉末を分散して、スラリーを作製した。本実施例ではイットリアを含まず、1350℃~1450℃の温度範囲で2時間焼結させた密度99%の緻密体の多結晶ジルコニアを使用した。
【0061】
次に、作製したスラリーをゲル化させてゲル体を作製すると共に、そのゲル体の底面に図6(b)の様に銅製の凍結用プレート9を接触させ、伝熱によりゲル体を底面から他方に向かって一定方向に冷却し、-20℃で凍結させて図6(c)の様に一定方向に複数の氷結晶8を形成した。
【0062】
次に凍結後のゲル体を大気中で乾燥させ、氷結晶8を昇華させてセラミック成形体を得ると共に、そのセラミック成形体を焼結して、セラミックス焼結体から成る部品を形成した。焼結方法は大気焼結で、加熱温度は2℃/分、焼結温度は1350℃、雰囲気は大気、圧力は常圧、焼結時間は2時間とした。
【0063】
得られたセラミックス焼結体から成る部品のSEM観察像を、図3に示す。図3よりセラミックス焼結体の表面から孔が形成されている事が確認された。図3から分かるように、孔の平面形状と大きさにはバラツキがあった(なお図2ではバラツキは無視した)。また孔の断面形状は、ストレート孔であった。
【0064】
セラミックス焼結体の孔の気孔率を、アルキメデス法で測定したところ60%であった。また孔の径をSEM観察像で確認したところ、無作為に複数箇所のSEM観察像で観察した前記径が全て、50μm以上190μm以下の範囲内である事も確認された。
【0065】
壁面の密度は99%であり、緻密である事も確認された。また壁面の第1の面側の端部には研磨により丸め加工を施し、曲面のみで形成した。
【0066】
その部品を使用して、1mm角の培養皮膚を吸引及び採取した。培養皮膚の吸引には真空ポンプを用い、吸引圧力は800Paとした。吸引中、培養皮膚の脱落は発生せず、充分な吸引力が確保されている事が確認された。
【0067】
更に採取後、吸引を止め培養皮膚の非吸引表面を確認したところ、傷が付いていない事が確認された。
【符号の説明】
【0068】
1 生体組織採取用の部品
1a、100a 第1の面
1b 第2の面
2 孔
3 壁面
4 生体組織
5 チャック
5a 通気口
6 ゲル体
7 セラミック粉末
8 氷結晶
9 凍結用プレート
10 壁面
100 多孔質セラミックス
101 セラミック粒子
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9