(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-12-22
(45)【発行日】2024-01-05
(54)【発明の名称】薄膜とその製造方法、円偏光検出素子、およびデバイス
(51)【国際特許分類】
H10K 30/60 20230101AFI20231225BHJP
H10K 30/40 20230101ALI20231225BHJP
H10K 85/50 20230101ALI20231225BHJP
【FI】
H10K30/60
H10K30/40
H10K85/50
(21)【出願番号】P 2022526569
(86)(22)【出願日】2021-05-25
(86)【国際出願番号】 JP2021019745
(87)【国際公開番号】W WO2021241554
(87)【国際公開日】2021-12-02
【審査請求日】2022-06-15
(31)【優先権主張番号】P 2020093727
(32)【優先日】2020-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】二瓶 あゆみ
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 力
【審査官】原 俊文
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2019-0004942(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第110863246(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0276836(US,A1)
【文献】特開2001-021850(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0062740(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第110655914(CN,A)
【文献】LU, Haipeng et al.,Spin-dependent charge transport through 2D chiral hybrid lead-iodide perovskites,Science Advances,2019年12月06日,Vol. 5, No. 12,eaay0571,DOI: 10.1126/sciadv.aay0571
【文献】CHEN, Chao et al.,Circularly polarized light detection using chiral hybrid perovskite,Nature Communications,2019年04月26日,Vol. 10,Article number: 1927,DOI: 10.1038/s41467-019-09942-z
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10K 30/00-30/89
H10K 39/00-39/38
H10K 85/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円偏光検出のための薄膜であり、
ペロブスカイト型物質からなり、鎖状構造体を構成する複数の無機鎖と、
隣接する前記無機鎖同士の境界部のうち、少なくとも一部に含まれるキラル分子と、を備え、
前記キラル分子は、S体のキラル分子またはR体のキラル分子のどちらか一方のみ、あるいはどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高く、
前記ペロブスカイト型物質の結晶構造が、所定の方向に配向して
おり、
前記薄膜の単位厚み当たりの吸収強度が、50,000cm
-1
以上500,000cm
-1
以下であり、
前記ペロブスカイト型物質と前記キラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物ABX
3
を構成し、
前記イオンB、前記イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニットを形成しており、かつ隣接する前記単位ユニットの前記八面体構造同士が、一つの面を共有する構造を含み、
前記キラル分子が、芳香族化合物であり、かつ、前記芳香族化合物が、芳香環を二つ以上有することを特徴とする薄膜。
【請求項2】
表面粗さRaが、1nm以上30nm以下であることを特徴とする請求項1に記載の薄膜。
【請求項3】
前記境界部において前記キラル分子が有機層を形成し、前記無機鎖の周りを前記キラル分子が取り囲んで形成されてなることを特徴とする請求項1
または2に記載の薄膜。
【請求項4】
前記キラル分子が、前記無機鎖に固定されていることを特徴とする請求項1~
3のいずれか一項に記載の薄膜。
【請求項5】
前記キラル分子が、当該キラル分子を構成する不斉炭素原子に共有結合した官能基を介して、前記無機鎖に結合されていることを特徴とする請求項1~
4のいずれか一項に記載の薄膜。
【請求項6】
前記官能基が、電荷を有することが可能な置換基であり、当該置換基と前記ペロブスカイト型物質とが、ハロゲンイオンを介して結合を形成することにより、前記キラル分子が前記無機鎖に固定されていることを特徴とする請求項
5に記載の薄膜。
【請求項7】
前記イオンAが、エチルアンモニウムイオンを含む芳香族化合物であり、前記イオンBが鉛イオンあるいは錫イオンであり、前記イオンXがハロゲンイオンであることを特徴とする請求項
1~6のいずれか1項に記載の薄膜。
【請求項8】
前記芳香族化合物が有する芳香環が、ベンゼン環の一辺を共有する構造の芳香環であることを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載の薄膜。
【請求項9】
前記芳香環が、ナフタレン環またはアントラセン環であることを特徴とする請求項8に記載の薄膜。
【請求項10】
請求項1~
9のいずれか一項に記載の薄膜の製造方法であり、
前記薄膜の原料となる前記ペロブスカイト型物質の前駆体、
前記キラル分子、および
加熱により昇華させることが可能であり、かつ、前記ペロブスカイト型物質の構成元素の一部と反応する有機ハロゲン化物、
を溶媒に溶解させる第一工程と、
スピンコート法を用いて、前記第一工程で得られた溶液を基板上に塗布し、前記基板上に処理前塗膜を形成する第二工程と、
前記処理前塗膜を加熱し、前記処理前塗膜に含まれる前記有機ハロゲン化物を昇華させる第三工程と、
を有する薄膜の製造方法。
【請求項11】
前記ペロブスカイト型物質の前駆体がハロゲン化鉛であり、
前記有機ハロゲン化物がハロゲン化メチルアンモニウム、またはハロゲン化ホルムアミジニウムである、ことを特徴とする請求項
10に記載の薄膜の製造方法。
【請求項12】
前記ハロゲン化鉛および前記有機ハロゲン化物に含まれるハロゲン原子が、臭素原子、塩素原子、またはヨウ素原子のいずれかである、ことを特徴とする請求項
11に記載の薄膜の製造方法。
【請求項13】
請求項1~
9のいずれか一項に記載の薄膜を含むことを特徴とする、円偏光検出素子。
【請求項14】
負極層、前記薄膜、正極層の順で積層されてなり、前記負極層と前記正極層とのうち、少なくとも一方が光透過性を有する、ことを特徴とする請求項
13に記載の円偏光検出素子。
【請求項15】
請求項
13または
14に記載の円偏光検出素子が、組み込まれてなることを特徴とするデバイス。
【請求項16】
ペロブスカイト型物質からなるキラリティーが付与された薄膜であり、
前記薄膜は、鎖状構造体を構成する複数の無機鎖と、隣接する前記無機鎖同士の境界部のうち、少なくとも一部に含まれる、S体のキラル分子またはR体のキラル分子のどちらか一方のみ、あるいはどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高いキラル分子とを備え、
前記ペロブスカイト型物質の結晶構造が、所定の方向に配向して
おり、
前記薄膜の単位厚み当たりの吸収強度が、50,000cm
-1
以上500,000cm
-1
以下であり、
前記ペロブスカイト型物質と前記キラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物ABX
3
を構成し、
前記イオンB、前記イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニットを形成しており、かつ隣接する前記単位ユニットの前記八面体構造同士が、一つの面を共有する構造を含み、
前記キラル分子が、芳香族化合物であり、かつ、前記芳香族化合物が、芳香環を二つ以上有することを特徴とする薄膜。
【請求項17】
前記芳香族化合物が有する芳香環が、ベンゼン環の一辺を共有する構造の芳香環であることを特徴とする請求項16に記載の薄膜。
【請求項18】
前記芳香環が、ナフタレン環またはアントラセン環であることを特徴とする請求項17に記載の薄膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薄膜とその製造方法、円偏光検出素子、デバイス、および方法に関する。本願は、2020年5月28日に、日本に出願された特願2020-093727号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
偏光現象を利用し、様々な物体の構造・性質等の情報を可視化する偏光イメージセンサが知られている。偏光イメージセンサは、偏光方向が異なる四つの偏光子のグループを複数備えた偏光子アレイと、各偏光子のグループと対向するように配置された複数のフォトダイオードからなるフォトダイオードアレイと、を備える。同じグループに属する四つの偏光子を透過した直線偏光の信号が、一画素の情報としてフォトダオードで電気信号に変換され、出力される。直線偏光によって出力される信号からは、直交する偏光成分同士の強度の和、差の組み合わせによって、三種類のストークスパラメータを算出することができ、それらを用いて透過した光の状態を定量化することができる。
【0003】
しかしながら、直線偏光によって得られる三つのストークスパラメータだけでは、物体を曲げたときに見られる複屈折、応力の分布等の状態についての可視化は困難である。これらの状態は、円偏光の強度から算出されるストークスパラメータを用いることにより、可視化できることが分かっており、円偏光を検出する技術が求められている。また、上記の偏光イメージセンサで円偏光を検出する場合、さらに波長板が必要となるので、感度が著しく低下するという問題がある。そのため、円偏光を直接検出する技術が求められている。
【0004】
非特許文献1では、波長域が400nm付近の円偏光を直接検出する構造体として、(PbI6)4-(八面体構造)が一次元的に配列され(即ち、(PbI6)4-が面を共有することで配列され)、その周りをキラル分子(1-フェニルエチルアミン)が取り囲んだものが開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Chao Chen et al., Nature Communications, volume 10, Article number: 1927 (2019)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在、円偏光を直接検出するために、系全体に大きなキラル構造を促す新たな薄膜およびその製造方法が求められている。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、広い波長域の円偏光の直接検出を可能とする薄膜とその製造方法、当該薄膜を備えた円偏光検出素子、デバイス、および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は以下の手段を採用している。
【0009】
(1)本発明の一態様に係る薄膜は、円偏光検出のための薄膜であり、ペロブスカイト型物質からなり、層状構造体を構成する複数の無機層および/または鎖状構造体を構成する複数の無機鎖と、隣接する前記無機層同士および/または前記無機鎖同士の境界部のうち、少なくとも一部に含まれるキラル分子と、を備え、前記キラル分子は、S体のキラル分子またはR体のキラル分子のどちらか一方のみ、あるいはどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高く、前記ペロブスカイト型物質の結晶構造が、所定の方向に配向している。
【0010】
(2)前記(1)に記載の薄膜において、単位厚み当たりの吸収強度が、50,000cm-1以上500,000cm-1以下であることが好ましい。
(3)前記(1)または(2)のいずれかに記載の薄膜において、表面粗さRaが、1nm以上30nm以下であることが好ましい。
【0011】
(4)前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の薄膜において、前記境界部において前記キラル分子が有機層を形成し、前記無機層と前記有機層とが交互に積層、および/または前記無機鎖の周りを前記キラル分子が取り囲んで形成されてなることが好ましい。
【0012】
(5)前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の薄膜において、前記キラル分子が、前記無機層および/または前記無機鎖に固定されていることが好ましい。
【0013】
(6)前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の薄膜において、前記キラル分子が、当該キラル分子を構成する不斉炭素原子に共有結合した官能基を介して、前記無機層および/または前記無機鎖に結合されていることが好ましい。
【0014】
(7)前記(6)に記載の薄膜において、前記官能基が、電荷を有することが可能な置換基であり、当該置換基と前記ペロブスカイト型物質とが、ハロゲンイオンを介して結合を形成することにより、前記キラル分子が前記無機層および/または前記無機鎖に固定されていることが好ましい。
【0015】
(8)前記(1)~(7)のいずれか一つに記載の薄膜において、前記ペロブスカイト型物質と前記キラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物A2BX4および/またはABX3を構成し、前記イオンB、前記イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニットを形成しており、かつ隣接する前記単位ユニットの前記八面体構造同士が、一つの頂点および/または面を共有する構造を含むことが好ましい。
(9)前記(8)に記載の薄膜は、層状構造体を構成する複数の無機層を備え、かつ、前記ペロブスカイト型物質と前記キラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物A2BX4を構成し、前記イオンB、前記イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニットを形成しており、かつ隣接する前記単位ユニットの前記八面体構造同士が、一つの頂点を共有する構造を含むことがよい。
(10)前記(8)に記載の薄膜は、鎖状構造体を構成する複数の無機鎖を備え、かつ、前記ペロブスカイト型物質と前記キラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物ABX3を構成し、前記イオンB、前記イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニットを形成しており、かつ隣接する前記単位ユニットの前記八面体構造同士が、一つの面を共有する構造を含むことがよい。
【0016】
(11)前記(8)~(10)のいずれか1つに記載の薄膜において、前記イオンAが、エチルアンモニウムイオンを含む芳香族化合物であり、前記イオンBが鉛イオンあるいは錫イオンであり、前記イオンXがハロゲンイオンであることが好ましい。
【0017】
(12)本発明の一態様に係る薄膜の製造方法は、前記(1)~(11)のいずれか一つに記載の薄膜の製造方法であり、前記薄膜の原料となる前記ペロブスカイト型物質の前駆体、前記キラル分子、および加熱により昇華させることが可能であり、かつ、前記ペロブスカイト型物質の構成元素の一部と反応する有機ハロゲン化物、を溶媒に溶解させる第一工程と、スピンコート法を用いて、前記第一工程で得られた溶液を基板上に塗布し、前記基板上に処理前塗膜を形成する第二工程と、前記処理前塗膜を加熱し、前記処理前塗膜に含まれる前記有機ハロゲン化物を昇華させる第三工程と、を有する。
【0018】
(13)前記(12)に記載の薄膜の製造方法において、前記ペロブスカイト型物質の前駆体がハロゲン化鉛であり、前記有機ハロゲン化物がハロゲン化メチルアンモニウム、またはハロゲン化ホルムアミジニウムであることが好ましい。
【0019】
(14)前記(13)に記載の薄膜の製造方法において、前記ハロゲン化鉛および前記有機ハロゲン化物に含まれるハロゲン原子が、臭素原子、塩素原子、またはヨウ素原子のいずれかであることが好ましい。
【0020】
(15)本発明の一態様に係る円偏光検出素子は、前記(1)~(11)のいずれか一つに記載の薄膜を含む。
【0021】
(16)前記(15)に記載の円偏光検出素子において、負極層、前記薄膜、正極層の順で積層されてなり、前記負極層と前記正極層とのうち、少なくとも一方が光透過性を有することが好ましい。
【0022】
(17)本発明の一態様に係るデバイスは、前記(15)または(16)のいずれかに記載の円偏光検出素子が、組み込まれてなる。
【0023】
(18)本発明の一態様に係る方法は、層状構造体を構成する複数の無機層および/または鎖状構造体を構成する複数の無機鎖を含むペロブスカイト型物質が有するペロブスカイト構造に対してRあるいはS配置のキラル構造を誘起させる方法であって、前記ペロブスカイト型物質が含む隣接する前記無機層同士および/または前記無機鎖同士の境界部のうち、少なくとも一部に、S体のキラル分子またはR体のキラル分子のどちらか一方のみ、あるいはどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高いキラル分子を、前記ペロブスカイト型物質の結晶構造が所定の方向に配向するように含ませる工程を含む。
【0024】
(19)本発明の一態様に係る薄膜は、ペロブスカイト型物質からなるキラリティーが付与された薄膜であり、前記薄膜は、層状構造体を構成する複数の無機層および/または鎖状構造体を構成する複数の無機鎖と、隣接する前記無機層同士および/または前記無機鎖同士の境界部のうち、少なくとも一部に含まれる、S体のキラル分子またはR体のキラル分子のどちらか一方のみ、あるいはどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高いキラル分子とを備え、前記ペロブスカイト型物質の結晶構造が、所定の方向に配向している。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、広い波長域の円偏光の直接検出を可能とする薄膜とその製造方法、当該薄膜を備えた円偏光検出素子、デバイス、および方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の一実施形態に係る薄膜の断面図である。
【
図2】本発明の他の実施形態に係る薄膜の断面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る円偏光検出素子の断面図である。
【
図4】本発明の他の実施形態に係る円偏光検出素子の断面図である。
【
図5】実施例1、実施例2、および比較例3の薄膜について、XRD解析を行った結果を示すグラフである。
【
図6】実施例4、実施例5、および比較例6の薄膜について、XRD解析を行った結果を示すグラフである。
【
図7】実施例1および4の薄膜について、2次元検出器を用いてXRD解析を行った結果を示すグラフである。
【
図8】実施例1、実施例2、および比較例3の薄膜の光吸収スペクトルおよび円偏光二色性スペクトルを示すグラフである。
【
図9】実施例4、実施例5、および比較例6の薄膜の光吸収スペクトルおよび円偏光二色性スペクトルを示すグラフである。
【
図10】比較例8および9の薄膜の光吸収スペクトルおよび円偏光二色性スペクトルを示すグラフである。
【
図11】実施例1の薄膜について、光電流および暗電流特性の測定を行った結果を示すグラフである。
【
図12】実施例1の薄膜について、オン-オフ特性の測定を行った結果を示すグラフである。
【
図13】実施例4の薄膜について、光電流および暗電流特性の測定を行った結果を示すグラフである。
【
図14】実施例4の薄膜について、オン-オフ特性の測定を行った結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
(積層構造体)
以下、本発明を適用した実施形態に係る薄膜とその製造方法、円偏光検出素子、デバイス、および方法について、図面を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明で用いる図面は、特徴をわかりやすくするために、便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。また、以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0028】
図1は、本発明の一実施形態に係る薄膜100の構成を、模式的に示す断面図である。薄膜100は、円偏光検出のための薄膜であり、ペロブスカイト型物質からなるキラリティーが付与された薄膜である。薄膜100は、主に、ペロブスカイト型物質101からなり、層状構造体を構成する複数の無機層102と、キラル分子103とを備える。なお、
図1ではキラル分子103の官能基としてアミノ基を例に説明しているが、本発明はアミノ基に限定されない。
【0029】
一つ一つの無機層102は、厚みが1nm程度のシート状であり、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物A2BX4の一部を構成し、多結晶構造を形成する複数のペロブスカイト型物質によって構成されている。ペロブスカイト型物質の結晶構造は、集合組織性を有し、所定の方向に配向している。具体的には、イオンB、イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニット(BX6)4-を形成しており、かつ隣接する単位ユニットの八面体構造同士が、一つの頂点を共有している。イオンBは八面体の中心に配置され、イオンXは、八面体の頂点に配置される。また、イオンAは、各単位ユニットの八面体構造に外接する位置に配置される。なお、イオンAは、キラル分子103である。即ち、ペロブスカイト型物質とキラル分子103とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物A2BX4とを構成する。
【0030】
無機層102は、八面体構造同士が各頂点を共有することで配列されており、その層間にキラル分子103が取り込まれる。すると、八面体構造同士が面を共有することで配列された構造(波長域が400nm付近の円偏光を直接検出する能力を有する構造)とは異なる構造になるために、吸収位置に変化を生じる。その結果として波長域を500nm以上に拡張させた円偏光を直接検出する能力を付与することが可能となる。また、八面体構造同士が頂点を共有することで、円偏光吸収能力が増大させることが可能となる。
【0031】
イオンAとしては、例えばエチルアンモニウムイオン等を含む芳香族化合物が挙げられる。イオンBとしては、例えば鉛イオン、錫イオン等が挙げられる。イオンXとしては、例えばハロゲンイオンが挙げられる。ハロゲンイオンとしては、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオンが挙げられる。ハロゲンイオンとしてはヨウ素イオンが好ましい。
【0032】
キラル分子103は、隣接する無機層102同士の境界部104のうち、少なくとも一部に含まれ、無機層102の表面のペロブスカイト型物質と結合し、固定されている。より詳細には、キラル分子103は、キラル分子103を構成する不斉炭素原子に共有結合した官能基を介して、ペロブスカイト型物質に結合される。この官能基は、電荷を有することが可能な置換基であり、置換基とペロブスカイト型物質とが、ハロゲンイオンを介して結合を形成することができる。官能基としては、アミノ基が好ましい。アミノ基(NH3
+)が例えば、(PbI6)4-のI-と結合することで、(PbI6)4-からなる無機層にキラリティーが生じ、新たに円偏光吸収能を発現する。キラル分子103が、芳香環を一つ以上、好ましくは二つ以上を有することが好ましい。また、芳香環が、ナフタレン環、アントラセン環などの、ベンゼン環の一辺を共有する構造の芳香環であれば、円偏光吸収強度が増大するので好ましい。
【0033】
なお、キラル分子103には、R体のものとS体のものが存在する。R体あるいはS体のキラル分子103は、右あるいは左回りいずれかの円偏光を強く吸収する。ここで、不斉炭素に4つの異なる結合基が結合し、原子番号が一番小さいものを一番遠くに置き、残りの3つの結合基が時計回りに原子番号が大きいものから小さいものへと並ぶものをR体、反時計周りに並ぶものをS体という。R体としては、例えば、下記(1)式に示すR-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩が挙げられる。S体としては、例えば、下記(2)式に示すS-(―)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩が挙げられる。
【0034】
【0035】
【0036】
キラル分子103が、無機層102のPbイオン1分子に対し、1.2分子以上で反応すると、通常、層状構造(A2BX4)を形成し、一方、キラル分子103が、無機層102のPbイオン1分子に対し、0.75分子以下で反応すると、通常、鎖状構造(ABX3)を形成する。キラル分子103が無機層102のPb1分子に対し、0.75分子超、1.2分子未満で反応した場合は、通常、鎖状構造および層状構造が混在した構造を形成する。鎖状構造および層状構造が混在した構造の場合、ペロブスカイト型物質とキラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物A2BX4およびABX3を構成することになる。イオンAとしては、例えばエチルアンモニウムイオン等を含む芳香族化合物が挙げられる。イオンBとしては、例えば鉛イオン、錫イオン等が挙げられる。イオンXとしては、例えばハロゲンイオン等が挙げられる。ハロゲンイオンとしては、塩素イオン、臭素イオン、ヨウ素イオンが挙げられる。ハロゲンイオンとしてはヨウ素イオンが好ましい。キラル分子103と無機層102のPbとの比率を調整することで、円偏光吸収能力を調整することができる。
【0037】
図1では、境界部104においてキラル分子103が有機層105を形成し、無機層102と有機層105とが交互に積層されている場合について例示している。積層する無機層102の数について限定されることはないが、薄膜100を円偏光検出素子等に用いる際に、厚み方向Dに電流を流しやすくする観点から、薄膜100の厚みは100~500nm程度であることが好ましい。また、キラル分子103を保護する観点から、最上層および最下層が無機層102になるように積層されていることが好ましい。
【0038】
照射光をペロブスカイト型物質に吸収させるために、照射光を効率よく透過させる観点から、一つ一つの薄膜100の表面粗さRa(算術平均粗さ)は、1nm以上30nm以下であることが好ましい。薄膜100の算術平均粗さRaが30nm以下であれば、円偏光検出素子110のリークを抑制することができる。算術平均粗さRaは、例えば原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定することができる。原子間力顕微鏡を用いて測定する場合は、例えば、島津製作所社製の原子間力顕微鏡を用い、走査範囲および走査モードを適正な値(具体的には例えば、走査モード:ダイナミックモード)に設定して測定することにより得られた観察像から、算術平均粗さRaを得ることができる。
【0039】
また、ペロブスカイト型物質が効率よく照射光を吸収する必要があることから、薄膜100の単位厚み当たりの吸収強度が、50,000cm-1以上500,000cm-1以下であることが望ましい。なお、単位厚み当たりの吸収強度は、最も吸収強度が高いピークのピーク波長の単位厚み当たりの吸収強度の値とする。薄膜100の吸収強度の測定は、透過法により行う。
【0040】
図3は、薄膜100を含む円偏光検出素子110の断面図である。円偏光検出素子110は、主に、負極層106、薄膜100、正極層107を順に積層してなる。薄膜100内のペロブスカイト型物質に光(円偏光)を吸収させるため、負極層106と正極層107とのうち、少なくとも一方が光透過性を有する。負極層106は、薄膜100の厚み方向の一方の側に、例えばSnO
2、TiO
2等からなる負極側接着層108(電子輸送層)を介して接着されている。正極層107は、薄膜100の厚み方向の他方の側に、例えばBCP(Bathocuproine(登録商標))、spiro-MeOTAD、TPD等からなる正極側接着層109(ホール輸送層)を介して接着されている。負極層106が光透過性を有する場合には、負極側接着層108も光透過性を有するものとする。また、正極層107が光透過性を有する場合には、正極側接着層109も光透過性を有するものとする。
【0041】
円偏光検出素子110では、薄膜100を構成する無機層102が、多結晶構造を有するため、薄膜100の光吸収が大きく(波長488nmの吸収強度:約50,000cm-1以上)、かつ高い導電性(キャリア拡散長、約1μm以上)を有する。したがって、薄膜100に照射した光が円偏光である場合、あるいは円偏光を含む場合には、吸光された円偏光に起因する電流を検出することができる。なお、R体あるいはS体のキラル分子のみを用いることで、ペロブスカイト構造にRあるいはS配置のキラル構造を誘起でき、右回り円偏光、あるいは左回り円偏光を選択的に吸収させ、その電流を検出することができる。また、R体およびS体のどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高い場合も、ペロブスカイト構造にRあるいはS配置のキラル構造を誘起でき、右回り円偏光、あるいは左回り円偏光を選択的に吸収させ、その電流を検出することができる。
【0042】
(層状構造体の製造方法)
ペロブスカイト型物質の前駆体、キラル分子、有機ハロゲン化物の割合を調整することで、ペロブスカイト型物質の形状を制御することができる。例えば、層状構造体を形成する場合、薄膜100は、主に、次の手順で製造することができる。まず、薄膜100の原料となるペロブスカイト型物質の前駆体を0.5mol/L~2mol/L、キラル分子を0.5mol/L~2mol/L、加熱により昇華させることが可能であり、かつ、ペロブスカイト型物質の構成元素の一部と反応する有機ハロゲン化物を1mol/L以下(好ましくは0.4mol/L~0.8mol/L)の割合で、溶媒に溶解させる(第一工程)。溶媒としては、例えばジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、γ―ブチロラクトン等を用いることができる。なお、層状構造体を実質的に形成させる場合には、キラル分子が、無機層102のPbイオン1分子に対し、1.2分子以上になるように比率を計算して配合する。
【0043】
ペロブスカイト型物質の前駆体としては、例えばハロゲン化鉛等を挙げることができる。有機ハロゲン化物としては、例えば、ハロゲン化メチルアンモニウム、またはハロゲン化ホルムアミジニウム等を挙げることができる。ここでのハロゲン化鉛および有機ハロゲン化物に含まれるハロゲン原子としては、例えば臭素原子、塩素原子、またはヨウ素原子のいずれかを好ましく挙げることができる。
【0044】
次に、スピンコート法を用いて、第一工程で得られた溶液(混合液)を、別途準備した下地基板上に滴下し、1000rpm~5000rpmで回転することで、処理前塗膜を下地基板上に形成する(第二工程)。下地基板の材料は限定されない。
【0045】
次に、加熱装置を用いて処理前塗膜を加熱し、処理前塗膜に含まれる有機ハロゲン化物を昇華させる(第三工程)ことにより、多結晶化した無機層と、その間に分布するキラル分子とで構成される薄膜を得ることができる。ここでは、加熱温度を70℃~120℃程度とし、加熱時間を15分~60分程度とすることが好ましい。
【0046】
第一工程で得た溶液を結晶化させない状態で、第二工程および第三工程の処理を行うことより、第三工程を経て得られた薄膜100の無機層102は、集合組織性を有し、ランダムでなく、特定の方向に優先的に配向してなる多結晶体となる。
【0047】
第三工程を経て得られた薄膜100に対し、真空蒸着やスパッタリング法等の公知の成膜法を用いて、厚み方向の一方の側に正極層107を形成し、他方の側に負極層106を形成することにより、円偏光の情報を電気信号として出力することを可能とする、円偏光検出素子110を得ることができる。なお、真空蒸着、スピンコート、スパッタリング法等の公知の成膜法を用いて、薄膜100と正極層107との間、薄膜100と負極層106との間に、それぞれ正極側接着層109、負極側接着層108を形成してもよい。
【0048】
以上のように、本実施形態の薄膜100は、複数の無機層102を重ねた層状構造体であって、隣接する無機層102同士で挟まれ、二次元的に広がったナノ空間に、円偏光に対する吸光度を有するキラル分子103が固定化されている。キラル分子103は、無機層102の配列にキラリティーを誘起し、そのため、無機層102による円偏光の吸収波長域を、350~800nmの広い範囲に拡張することができる。
【0049】
また、無機層102が多結晶構造であり、高い導電性を有するため、厚み方向の両端に電極を接続することにより、薄膜100に照射した光が円偏光である場合、または円偏光を含む場合には、無機層102に吸収された円偏光に起因する電流を検出することができる。すなわち、R配置のキラル分子のみ、またはS配置のキラル分子を用いて形成した無機層102は、右回り円偏光、あるいは左回り円偏光を選択的に吸収させ、その電流を検出することができる。
【0050】
さらに、本実施形態の薄膜100は、円偏光を検出する上で偏光子や波長板を用いる必要がないため、高い消光比が得られる。従来の光検出素子では直接検出することが不可能であった円偏光を高い感度、かつ高い解像度で直接検出することを可能にする。
【0051】
したがって、本実施形態の薄膜100は、円偏光検出素子として活用することができ、これを組み込んだ円偏光検出素子を組み込んだ偏光カメラなどの様々なデバイスを実現することができる。円偏光を直接検出することにより、直線偏光では得られない複屈折の強度分布等の情報を得ることができる。
【0052】
(鎖状構造体)
次に、鎖状構造体の場合について説明する。
図2は、本発明の一実施形態に係る薄膜200の構成を、模式的に示す断面図である。薄膜200は、ペロブスカイト型物質からなるキラリティーが付与された薄膜である。薄膜200は、主に、ペロブスカイト型物質201からなり、鎖状構造体を構成する複数の無機鎖202と、キラル分子203とを備える。鎖状構造体は、層状構造体よりも異方性因子を大きくすることができるので好ましい。なお、
図2では、キラル分子203の官能基としてアミノ基を例に説明しているが、本発明はアミノ基に限定されない。
【0053】
一つ一つの無機鎖202は、直径が1nm程度の鎖状構造体であり、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物ABX3の一部を構成し、多結晶構造を形成する複数のペロブスカイト型物質によって構成されている。ペロブスカイト型物質の結晶構造は、集合組織性を有し、所定の方向に配向している。具体的には、イオンB、イオンXが、八面体構造を有する複数の単位ユニット(BX6)4-を形成しており、かつ隣接する単位ユニットの八面体構造同士が、一つの面を共有している。イオンBは八面体の中心に配置され、イオンXは、八面体の頂点に配置される。また、イオンAは、各単位ユニットの八面体構造に外接する位置に配置される。なお、イオンAは、キラル分子203である。即ち、前記ペロブスカイト型物質と前記キラル分子とが、三種類のイオンA、B、Xで構成される化合物ABX3を構成する。
【0054】
無機鎖202は、八面体構造同士が各面を共有することで配列されており、その無機鎖202の周りをキラル分子203が取り囲んでいる。すると、八面体構造同士が頂点を共有することで配列された構造(波長域が500nm付近の円偏光を直接検出する能力を有する構造)とは異なる構造になるために、吸収位置に変化を生じる。その結果として波長域400nm付近に円偏光を直接検出する能力を付与することが可能となる。また、八面体構造同士が面を共有することで、円偏光吸収能力が増大させることが可能となる。
【0055】
イオンAとしては、例えばエチルアンモニウムイオン等を含む芳香族化合物が挙げられる。イオンBとしては、例えば鉛イオン、錫イオン等が挙げられる。イオンXとしては、例えばハロゲンイオン等が挙げられる。ハロゲンイオンとしては、例えば、F-、Cl-、Br-およびI-等が挙げられる。ハロゲンイオンとしてはI-が好ましい。
【0056】
キラル分子203は、隣接する無機鎖202同士の境界部204のうち、少なくとも一部に含まれ、無機鎖202の表面のペロブスカイト型物質と結合し、固定されている。より詳細には、キラル分子203は、キラル分子203を構成する不斉炭素原子に共有結合した官能基を介して、ペロブスカイト型物質に結合される。この官能基は、電荷を有することが可能な置換基であり、置換基とペロブスカイト型物質とが、ハロゲンイオンを介して結合を形成することができる。官能基としては、アミノ基が好ましい。アミノ基(NH3
+)が例えば、(PbI6)4-のI-と結合することで、(PbI6)4-からなる無機鎖にキラリティーが生じ、新たに円偏光吸収能を発現する。キラル分子203が、芳香環を一つ以上、好ましくは二つ以上を有することが好ましい。また、芳香環は、ナフタレン環、アントラセン環などの、ベンゼン環の一辺を共有する構造の芳香環であれば、円偏光吸収強度が増大するので好ましい。
【0057】
なお、キラル分子203には、R体のものとS体のものが存在する。R体あるいはS体のキラル分子203は、右あるいは左回りいずれかの円偏光を強く吸収する。R体としては、例えば、上記(1)式に示すR-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩が挙げられる。S体としては、例えば、上記(2)式に示すS-(―)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩が挙げられる。
【0058】
図2では、境界部204においてキラル分子203が有機層205を形成し、無機鎖202の周りを有機層205が覆っている場合について例示している。無機鎖202は、有機層205を介して、b軸方向に別の無機鎖202と連結している場合がある。また、c軸方向は無機鎖に結合した有機分子同士の芳香環がスタッキングする。連結する無機鎖202の数は限定されない。薄膜200を円偏光検出素子等に用いる際に、厚み方向Dに電流を流しやすくする観点から、薄膜200の厚みは100~500nm程度であることが好ましい。
【0059】
照射光をペロブスカイト型物質に吸収させるために、照射光を効率よく透過させる観点から、一つ一つの薄膜200の表面粗さRa(算術平均粗さ)は、1nm以上30nm以下であることが好ましい。また、薄膜200の算術平均粗さRaが30nm以下であれば、円偏光検出素子220のリークを抑制することができる。算術平均粗さRaは、例えば原子間力顕微鏡(AFM)を用いて測定することができる。原子間力顕微鏡を用いて測定する場合は、例えば、島津製作所社製の原子間力顕微鏡を用い、走査範囲および走査モードを適正な値(具体的には例えば、走査モード:ダイナミックモード)に設定して測定することにより得られた観察像から、算術平均粗さRaを得ることができる。
【0060】
また、ぺロブスカイト型物質が効率よく照射光を吸収する必要があることから、薄膜200の単位厚み当たりの吸収強度が、50,000cm-1以上500,000cm-1以下であることが望ましい。なお、単位厚み当たりの吸収強度は、最も吸収強度が高いピークのピーク波長の値とする。薄膜200の吸収強度の測定は、透過法により行う。
【0061】
図4は、薄膜200を含む円偏光検出素子220の断面図である。円偏光検出素子220は、主に、負極層206、薄膜200、正極層207を順に積層してなる。薄膜200内のペロブスカイト型物質に光(円偏光)を吸収させるため、負極層206と正極層207のうち、少なくとも一方が光透過性を有する。負極層206は、薄膜200の厚み方向の一方の側に、例えばSnO
2、TiO
2等からなる負極側接着層208(電子輸送層)を介して接着されている。正極層207は、薄膜200の厚み方向の他方の側に、例えばBCP(Bathocuproine(登録商標))、spiro-MeOTAD、TPD等からなる正極側接着層209(ホール輸送層)を介して接着されている。負極層206が光透過性を有する場合には、負極側接着層208も光透過性を有するものとする。また、正極層207が光透過性を有する場合には、正極側接着層209も光透過性を有するものとする。
【0062】
円偏光検出素子220では、薄膜200を構成する無機鎖202が、多結晶構造を有するため、薄膜200の光吸収が大きく(波長375nmの吸収強度:約50,000cm-1以上)、かつ高い導電性(キャリア拡散長、約1μm以上)を有する。したがって、薄膜200に照射した光が円偏光である場合、あるいは円偏光を含む場合には、吸光された円偏光に起因する電流を検出することができる。なお、R体あるいはS体のキラル分子のみを用いることで、ペロブスカイト構造にRあるいはS配置のキラル構造を誘起でき、右回り円偏光、あるいは左回り円偏光を選択的に吸収させ、その電流を検出することができる。
【0063】
(鎖状構造体の製造方法)
ペロブスカイト型物質の前駆体、キラル分子、有機ハロゲン化物の割合を調整することで、ペロブスカイト型物質の形状を制御することができる。例えば、鎖状構造体を形成する場合、薄膜200は、主に、次の手順で製造することができる。まず、薄膜200の原料となるペロブスカイト型物質の前駆体を0.5mol/L~2mol/L、キラル分子を0.5mol/L~2mol/L、加熱により昇華させることが可能であり、かつ、ペロブスカイト型物質の構成元素の一部と反応する有機ハロゲン化物を1mol/L以下(好ましくは0.4mol/L~0.8mol/L)の割合で、溶媒に溶解させる(第一工程)。溶媒としては、例えばジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、γ―ブチロラクトン等を用いることができる。なお、複数の無機鎖が鎖状構造体を実質的に形成させる場合には、キラル分子が、無機鎖202のPbイオン1分子に対し、0.75分子以下であるように比率を計算して配合する。
【0064】
ペロブスカイト型物質の前駆体としては、例えばハロゲン化鉛等を挙げることができる。有機ハロゲン化物としては、例えば、ハロゲン化メチルアンモニウム、またはハロゲン化ホルムアミジニウム等を挙げることができる。ここでのハロゲン化鉛および有機ハロゲン化物に含まれるハロゲン原子としては、例えば臭素原子、塩素原子、またはヨウ素原子のいずれかを好ましく挙げることができる。
【0065】
次に、スピンコート法を用いて、第一工程で得られた溶液(混合液)を、別途準備した下地基板上に滴下し、1000rpm~5000rpmで回転することで、処理前塗膜を下地基板上に形成する(第二工程)。下地基板の材料が限定されることはない。
【0066】
次に、加熱装置を用いて処理前塗膜を加熱し、処理前塗膜に含まれる有機ハロゲン化物を昇華させる(第三工程)ことにより、多結晶化した無機層と、その間に分布するキラル分子とで構成される薄膜を得ることができる。ここでは、加熱温度を70℃~120℃程度とし、加熱時間を15分~60分程度とすることが好ましい。
【0067】
第一工程で得た溶液を結晶化させない状態で、第二工程および第三工程の処理を行うことより、第三工程を経て得られた薄膜200の無機鎖202は、集合組織性を有し、ランダムでなく、特定の方向に優先的に配向してなる多結晶体となる。
【0068】
第三工程を経て得られた薄膜200に対し、真空蒸着やスパッタリング法等の公知の成膜法を用いて、厚み方向の一方の側に正極層207を形成し、他方の側に負極層206を形成することにより、円偏光の情報を電気信号として出力することを可能とする、円偏光検出素子220を得ることができる。なお、真空蒸着、スピンコート、スパッタリング法等の公知の成膜法を用いて、薄膜200と正極層207との間、薄膜200と負極層206との間に、それぞれ正極側接着層209、負極側接着層208を形成してもよい。
【0069】
以上のように、本実施形態の薄膜200は、無機鎖202が配列した鎖状構造体であって、隣接する無機鎖202同士で挟まれ、一次元的に広がったナノ空間に、円偏光に対する吸光度を有するキラル分子203が固定化されている。キラル分子203は、無機鎖202の配列にキラリティーを誘起し、そのため、無機鎖202による円偏光の吸収波長域を、350nm~800nmの広い範囲に拡張することができる。
【0070】
また、無機鎖202が多結晶構造であり、高い導電性を有するため、厚み方向の両端に電極を接続することにより、薄膜200に照射した光が円偏光である場合、または円偏光を含む場合には、無機鎖202に吸収された円偏光に起因する電流を検出することができる。すなわち、R配置のキラル分子のみ、またはS配置のキラル分子を用いて形成した無機鎖202は、右回り円偏光、あるいは左回り円偏光を選択的に吸収させ、その電流を検出することができる。また、R体およびS体のどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高い場合も、ペロブスカイト構造にRあるいはS配置のキラル構造を誘起でき、右回り円偏光、あるいは左回り円偏光を選択的に吸収させ、その電流を検出することができる。
【0071】
さらに、本実施形態の薄膜200は、円偏光を検出する上で偏光子や波長板を用いる必要がないため、高い消光比が得られる。従来の光検出素子では直接検出することが不可能であった円偏光を高い感度、かつ高い解像度で直接検出することを可能にする。
【0072】
したがって、本実施形態の薄膜200は、円偏光検出素子として活用することができ、これを組み込んだ円偏光検出素子を組み込んだ偏光カメラなどの様々なデバイスを実現することができる。円偏光を直接検出することにより、直線偏光では得られない複屈折の強度分布等の情報を得ることができる。
【0073】
以上、説明したように、ペロブスカイト型物質が含む隣接する無機層102同士および/または無機鎖同士202の境界部のうち、少なくとも一部に、S体のキラル分子103、203またはR体のキラル分子103、203のどちらか一方のみ、あるいはどちらか一方の存在割合が他の一方の存在割合より高いキラル分子103、203を、ペロブスカイト型物質の結晶構造が所定の方向に配向するように含ませる方法によって、層状構造体を構成する複数の無機層102および/または鎖状構造体を構成する複数の無機鎖202を含むペロブスカイト型物質が有するペロブスカイト構造に対してRあるいはS配置のキラル構造を誘起させることができ、円偏光を直接検出することが可能となる。
【実施例】
【0074】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0075】
(実施例1)
上記実施形態に係る薄膜の製造方法を、次の手順で実施し、薄膜を作製した。R-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミン(R-1-NEA)1gとヨウ化水素(HI)500μLとを混合し、得られた混合物を0℃で2時間攪拌することにより、R-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩((R-1-NEA)I)2.8gを得た。続いて、ジメチルホルムアミド(DMF)500μLを溶媒とし、これにヨウ化鉛(PbI2)230mg、((R-1-NEA)I)299mgおよびメチルアミンヨウ化水素酸塩(MAI)60mgを混合し、得られた混合物を70℃で1時間攪拌することにより、薄膜の原料を含む溶液を作製した。作製した溶液を、別途準備した下地基板上に塗布し、スピンコーティング法(1000rpm、10s/5000rpm、60s)により、処理前塗膜を形成した。形成した処理前塗膜に対し、100℃で30分の加熱を行うことにより、(R-1-NEA)2PbI4の薄膜を得た。
【0076】
(実施例2)
S-(―)-1-(1-ナフチル)エチルアミン(S-1-NEA)1gとヨウ化水素(HI)500μLとを混合し、得られた混合物を0℃で2時間攪拌することにより、S-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩((S-1-NEA)I)2.9gを得た。続いて、ジメチルホルムアミド(DMF)500μLを溶媒とし、これにヨウ化鉛(PbI2)230mg、((S-1-NEA)I)299mgおよびメチルアミンヨウ化水素酸塩(MAI)60mgを混合し、得られた混合物を70℃で1時間攪拌することにより、薄膜の原料を含む溶液を作製した。続いて、実施例1と同様の手順でスピンコーティング、次いで加熱(100℃、30分)を行うことにより、(S-1-NEA)2PbI4の薄膜を得た。
【0077】
(比較例3)
ラセミ体DL-1-(1-ナフチル)エチルアミン(rac-1-NEA)1gとヨウ化水素(HI)500μLとを混合し、0℃で2時間攪拌することにより、DL-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩((rac-1-NEA)I)2.8gを得た。続いて、ジメチルホルムアミド(DMF)500μLを溶媒とし、これにヨウ化鉛(PbI2)230mg、((rac-1-NEA)I)299mgおよびメチルアミンヨウ化水素酸塩(MAI)60mgを混合し、得られた混合物を70℃で1時間攪拌することにより、薄膜の原料を含む溶液を作製した。続いて、実施例1と同様の手順でスピンコーティング、次いで加熱(100℃、30分)を行うことにより、(rac-NEA)2PbI4の薄膜を得た。
【0078】
(実施例4)
上記実施形態に係る薄膜の製造方法を、次の手順で実施し、薄膜を作製した。R-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミン(R-1-NEA)1gとヨウ化水素(HI)500μLとを混合し、得られた混合物を0℃で2時間攪拌することにより、R-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩((R-1-NEA)I)2.8gを得た。続いて、ジメチルホルムアミド(DMF)500μLを溶媒とし、これにヨウ化鉛(PbI2)230mg、((R-1-NEA)I)112mgおよびメチルアミンヨウ化水素(MAI)60mgを混合し、得られた混合物を70℃で1時間攪拌することにより、薄膜の原料を含む溶液を作製した。作製した溶液を、別途準備した下地基板上に塗布し、スピンコーティング法により、処理前塗膜を形成した。形成した処理前塗膜に対し、100℃で30分の加熱を行うことにより、(R-1-NEA)PbI3の薄膜を得た。
【0079】
(実施例5)
S-(―)-1-(1-ナフチル)エチルアミン(S-1-NEA)1gとヨウ化水素(HI)500μLとを混合し、得られた混合物を0℃で2時間攪拌することにより、S-(+)-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩((S-1-NEA)I)2.9gを得た。続いて、ジメチルホルムアミド(DMF)500μLを溶媒とし、これにヨウ化鉛(PbI2)230mg、((S-1-NEA)I)112mgおよびメチルアミンヨウ化水素酸塩(MAI)60mgを混合し、得られた混合物を70℃で1時間攪拌することにより、薄膜の原料を含む溶液を作製した。続いて、実施例1と同様の手順でスピンコーティング、次いで加熱(100℃、30分)を行うことにより、(S-1-NEA)PbI3の薄膜を得た。
【0080】
(比較例6)
ラセミ体DL-1-(1-ナフチル)エチルアミン(rac-1-NEA)1gとヨウ化水素(HI)500μLとを混合することにより、0℃で2時間攪拌することにより、DL-1-(1-ナフチル)エチルアミンヨウ化水素酸塩((rac-1-NEA)I)2.8gを得た。続いて、ジメチルホルムアミド(DMF)500μLを溶媒とし、これにヨウ化鉛(PbI2)230mg、((rac-1-NEA)I)112mgおよびメチルアミンヨウ化水素酸塩(MAI)60mgを混合し、得られた混合物を70℃で1時間攪拌することにより、薄膜の原料を含む溶液を作製した。続いて、実施例1と同様の手順でスピンコーティング、次いで加熱(100℃、30分)を行うことにより、(rac-1-NEA)PbI3の薄膜を得た。
【0081】
(比較例7)
実施例1において、メチルアミンヨウ化水素酸を用いない以外は、同様の方法で薄膜を作製した。
【0082】
(比較例8)
実施例4において、メチルアミンヨウ化水素酸を用いない以外は、同様の方法で薄膜を作製した。
【0083】
(比較例9)
実施例5において、メチルアミンヨウ化水素酸を用いない以外は、同様の方法で薄膜を作製した。
【0084】
(表面粗さ測定)
実施例1、2、4および5、比較例3、6~9に対し、原子間力顕微鏡測定を行った。原子間力顕微鏡は、島津製作所社製SPM―9700(Si製ダイナミックモード用カンチレバー)を用い、ダイナミックモードで測定した。得られた観測像から、算術平均粗さRaを得た。
【0085】
(XRD測定)
実施例1、2、4および5、比較例3、6~9に対し、X線回折測定装置は、BrukerAXS社製D8 DISCOVERを使用し、X線回折(XRD:X-ray diffraction)法により、各薄膜のX線回折パターンの測定を室温下で行った。この測定に際し、線源はCuKα、X線コリメータは0.3mmφ、検出器は2次元検出器検出器(VANTEC-500)を使用した。測定時の管電圧及び管電流はそれぞれ、40kV、40mAとした。測定条件は、ωを1°とし、2θを10°とし、積算時間を300秒とした。
【0086】
(光吸収スペクトル測定)
実施例1、2、4および5、比較例3、6~9に対し、紫外可視分光光度計(日本分光社製J-1500)を用い測定を行い、各薄膜の光吸収スペクトルを得た。
【0087】
(円偏光二色性スペクトル測定)
実施例1、2、4および5、比較例3、6~9に対し、円二色性分散計(日本分光社製J-1500)を用い測定を行い、各薄膜の円偏光二色性スペクトルを得た。
【0088】
(光電流および暗電流特性測定)
実施例1および4と同じ条件で薄膜を、負極層をスパッタリングあるいは真空蒸着法により成膜した基板(ジオマテック社製高耐久性透明導電膜付きガラス)に形成した。その後、厚み方向の反対側にスパッタリングまたは真空蒸着法により正極層(銀、厚み80~100nm)を形成した。正極層と負極層との間に電圧を印加し、薄膜に光(右回り円偏光、左回り円偏光)を照射した状態で流れる電流をケースレー社製ソースメーター2450により測定した。光照射は朝日分光社製Max350のキセノン光源をモノクロメーター(CMS-100)で分光した光を用いた。照射強度は1mW/cm2とした。照射光を、直線偏光子と1/4波長板(ソーラボジャパン社製)を用いて円偏光とした。
【0089】
(オン-オフ特性測定)
上記で正極層および負極層を形成した試料に対し、一定間隔に、光(右回り円偏光、左回り円偏光)を照射し、オン-オフ特性を測定した。
【0090】
実施例1、実施例2、および比較例3で得られた薄膜のXRD解析の結果を
図5に示す。
図5の横軸は回折角度を示し、
図5の縦軸は回折強度を示している。
図5(a)は、実施例1の薄膜の測定結果を示し、
図5(b)は、実施例2の薄膜の結果を示し、
図5(c)は、比較例3の薄膜の結果を示す。実施例1、実施例2、および比較例3のいずれの薄膜も、5.83、11.7、17.6、23.5,および29.5
oに(002)、(004)、(006)、(008)、および(0010)面に対応する、周期的な回折パターンを示した。この薄膜結晶の空間群はブラッグの反射条件(2dsinθ=nλ)より、面間隔はd=30Åである。すなわち、ペロブスカイト型物質からなる無機層同士の間にキラル分子が入った状態で、30Å間隔で層状化合物を形成していることが分かった。
【0091】
実施例4、実施例5、および比較例6で得られた薄膜のXRD測定の結果を
図6に示す。
図6の横軸は回折角度を示し、
図6の縦軸は回折強度を示している。
図6(a)は、実施例4の薄膜の測定結果を示し、
図6(b)は、実施例5の薄膜の結果を示し、
図6(c)は、比較例6の薄膜の結果を示す。実施例4、実施例5、および比較例6のいずれの薄膜も、6.84、10.2、11.3、13.2、13.7、および24.3
oに(002)、(011)、(102)、(110)、(004)、および(013)面に対応する回折パターンを示し、キラルな空間群(P2
12
12
1)に属する結晶構造を示した。結晶内で、隣接する八面体構造(PbI
6)
4-が、一つの面を共有し、一次元鎖を形成していた。この一次元鎖を1-NEAが取り囲むことで、鎖にらせん構造が誘起されていることがわかった。
【0092】
二次元検出器を用いて、実施例1の薄膜および実施例4の薄膜のXRD測定の結果を
図7に示す。
図7(a)および7(b)中に挿入された図は(002)面の配向分布を示した図である。実施例1の薄膜は、(002)面が面外方向に強く配向していることが分かった(
図7(a))。すなわち、ペロブスカイトからなる無機層が基板と平行に積層していることを意味する。実施例4の薄膜は、面外方向と面内方向の丁度中間の位置に(002)面のピークを示した(
図7(b))。このことは、ペロブスカイトからなる鎖が斜めに配向していることを意味する。
【0093】
実施例1、実施例2、および比較例3の薄膜の円偏光二色性スペクトル(CDスペクトル)の測定結果を
図8(a)に示す。
図8(a)の横軸は波長、
図8(a)の縦軸はCD信号強度(CD[mdeg]=32980×Δ吸光度(左円偏光と右円偏光の吸収強度の差))を示している。
図8(a)の破線は、実施例1のCDスペクトルを示し、点線は実施例2のCDスペクトルを示し、実線は、比較例3のCDスペクトルを示す。実施例1の薄膜は、488nmに-56mdegのCD信号を示す。すなわち、実施例1の薄膜は、左円偏光よりも右円偏光に対し強い吸収を示す。実施例2の薄膜は、逆方向のCD信号を示し、左円偏光に対し強い吸収を示す。比較例3のラセミ薄膜はCD信号を示さないことから円偏光を識別できない。2次元構造を有する薄膜の円偏光を識別する異方性因子(g
CD)は0.003であった。このg
CD値は、一般的な有機キラル分子のgCDより1桁以上大きい。
【0094】
実施例1、実施例2、および比較例3の薄膜の光吸収スペクトル測定結果を
図8(b)に示す。
図8(b)の横軸は波長、
図8(b)の縦軸は吸光度を示している。
図8(b)の破線は、実施例1の光吸収スペクトルを示し、点線は実施例2の光吸収スペクトルを示す。実施例1および2の薄膜は、488nmにピークを有する。実施例1の薄膜の単位厚み当たりの吸収強度は89,286cm
-1であった。実施例2の薄膜の単位厚み当たりの吸収強度は96,7517cm
-1であった。なお、比較例3の光吸収スペクトルは実施例1および2と同様であった。
【0095】
実施例4、実施例5、および比較例6の薄膜の光吸収および円偏光二色性スペクトル(CDスペクトル)の測定結果を
図9(a)に示す。
図9(a)の横軸は波長、
図9(a)の縦軸はCD信号強度(CD[mdeg]=32980×Δ吸光度(左円偏光と右円偏光の吸収強度の差))を示している。
図9(a)の破線は、実施例4のCDスペクトルを示し、点線は実施例5のCDスペクトルを示し、実線は、比較例6のCDスペクトルを示す。実施例4の薄膜は、395nmに+3200mdegのCD信号を示す。すなわち、実施例4の薄膜は、右円偏光よりも左円偏光に対し強い吸収を示す。実施例5の薄膜は、逆方向のCD信号を示し、左円偏光に対し強い吸収を示す。比較例6のラセミ薄膜はCD信号を示さないことから円偏光を識別できない。因みに、円偏光を識別する異方性因子(g
CD)は、2次元構造よりも大きく、フェニルエチルアミンを用いた1次元構造よりも大きい。このことは、芳香環を2個持つナフタレン骨格がベンゼン環よりも、1次元構造のらせん性を強く誘起できることを意味する。
また、例えば、J.Am.Chem.Soc.2020,142,4206-4212等に記載される公知の層状構造体が有するg
CD値は0.002以下であることから、本発明の薄膜は優れたg
CD値を有することが確認できた。
【0096】
実施例4、実施例5、および比較例6の薄膜の光吸収スペクトル測定結果を
図9(b)に示す。
図9(b)の横軸は波長、
図9(b)の縦軸は吸光度を示している。
図9(b)の破線は、実施例4の光吸収スペクトルを示し、点線は実施例5の光吸収スペクトルを示す。実施例4および5の薄膜は、395nmにピークを有する。実施例4の薄膜の単位厚み当たりの吸収強度は127,273cm
-1であった。実施例5の薄膜の単位厚み当たりの吸収強度は120,780cm
-1であった。なお、比較例6の光吸収スペクトルは実施例4および5と同様であった。
【0097】
比較例8及び9の薄膜について、円偏光二色性スペクトル(CDスペクトル)を測定した結果を、
図10(a)に示す。
図10(a)の横軸は波長、
図10(b)の縦軸はCD信号強度(CD[mdeg]=32980×Δ吸光度(左円偏光と右円偏光の吸収強度の差))を示している。
図10(a)の破線は、比較例8のCDスペクトルを示し、点線は比較例9のCDスペクトルを示す。比較例8および9の薄膜は、実施例4および5よりもCD信号が一桁小さい。この結果は、有機ハロゲン化物が、1次元らせん構造の形成に強く影響していることを意味する。
【0098】
比較例8および9の薄膜の光吸収スペクトル測定結果を
図9(b)に示す。
図9(b)の横軸は波長、
図9(b)の縦軸は吸光度を示している。
図9(b)の破線は、比較例8の光吸収スペクトルを示し、点線は比較例9の光吸収スペクトルを示す。実施例4および5の薄膜は、395nmにピークを有する。比較例8の薄膜の単位厚み当たりの吸収強度は95,586cm
-1であった。比較例9の薄膜の単位厚み当たりの吸収強度は96,086cm
-1であった。
【0099】
図11、12は、実施例1で得られた薄膜の光電流および暗電流特性およびオン-オフ特性の結果を示すグラフである。
【0100】
図11の破線は、右回り円偏光を照射した場合(RCP)における電流-電圧特性を示し、点線は、左回り円偏光を照射した場合(LCP)における電流-電圧特性を示し、実線は、光を照射しなかった場合(dark)における、薄膜の電流-電圧特性を示す。
図11の横軸は印加した電圧(V)を示し、
図11の縦軸は発生した電流密度(A/cm
2)を示している。
【0101】
いずれの円偏光を照射した場合にも、照射しない場合の電流(暗電流)に比べて高い電流が発生している。また、実施例1では右回り円偏光に対し強い吸収を示すため、右回り円偏光を照射した方が、左回り円偏光を照射した場合より高い電流を発生させている。なお、実施例2は左円偏光に対し強い吸収を示すことから、左回り円偏光を照射した方が、右回り円偏光を照射した場合より高い電流を発生させる結果が得られた。2次元構造の消光比(左および右円偏光に対する感度比、RL/RR)は、1.2である。これらの結果から、本開示の薄膜は、円偏光に対して十分な感度を有しており、円偏光検出素子として活用できることが分かった。
【0102】
図12の破線は、印加電圧を0.5Vとし、右回り円偏光を照射した場合(RCP)における薄膜の電流オン-オフ特性を示し、点線は、左回り円偏光を照射した場合(LCP)における、薄膜の電流オン-オフ特性を示す。
図12の横軸は経過した時間(s)を示し、
図12の縦軸は発生した電流密度(A/cm
2)を示している。
【0103】
いずれの円偏光を照射した場合にも、電流の立ち上がりが急峻になっていることから、本開示の薄膜は、円偏光検出素子として活用した場合に、優れた応答性を示すものである。なお、比較例7の薄膜を用い、同様の実験をおこなったところ、電流はリークした。これは、比較例7において作製した薄膜の表面粗さが大きい(>30nm)ので、正極層と負極層の一部が導通してしまったためと考えられる。すなわち、有機ハロゲン化物(メチルアミン)存在下で薄膜を作製することにより、素子化のために必要な表面粗さを抑えることができ、その結果、電流のリークを抑制することができる。
【0104】
実施例4の薄膜での光電流特性測定およびオン-オフ特性の測定結果を
図13および
図14に示す。
【0105】
図13の破線は、右回り円偏光を照射した場合(RCP)における薄膜の電流-電圧特性を示し、点線は、左回り円偏光を照射した場合(LCP)における薄膜の電流-電圧特性を示し、実線は、光を照射しなかった場合(dark)における薄膜の電流-電圧特性を示す。
図13の横軸は印加した電圧(V)を示し、
図14の縦軸は発生した電流密度(A/cm
2)を示している。
【0106】
いずれの円偏光を照射した場合にも、照射しない場合の電流(暗電流)に比べて高い電流が発生している。また、実施例4では左回り円偏光に対し強い吸収を示すため、左回り円偏光を照射した方が、右回り円偏光を照射した場合より高い電流を発生させている。なお、実施例5は右円偏光に対し強い吸収を示すことから、右回り円偏光を照射した方が、右回り円偏光を照射した場合より高い電流を発生させる結果が得られている。1次元構造の消光比(左および右円偏光に対する感度比、RL/RR)は、25.4である。これらの結果から、本開示の薄膜は、円偏光に対して十分な感度を有しており、円偏光検出素子として活用できることが分かった。
【0107】
図14の破線は、印加電圧を0.5Vとし、右回り円偏光を照射した場合(RCP)における薄膜の電流オン-オフ特性を示し、点線は、左回り円偏光を照射した場合(LCP)における薄膜の電流オン-オフ特性を示す。
図14の横軸は経過した時間(s)を示し、
図14の縦軸は発生した電流密度(A/cm
2)を示している。
【0108】
いずれの円偏光を照射した場合にも、電流の立ち上がりが急峻になっていることから、本発明の薄膜は、円偏光検出素子として活用した場合に、優れた応答性を示すものである。
【符号の説明】
【0109】
100、200・・・薄膜
101、201・・・ペロブスカイト型物質
102・・・・・・・無機層
103、203・・・キラル分子
104、204・・・境界部
105、205・・・有機層
106、206・・・負極層
107、207・・・正極層
108、208・・・負極側接着層
109、209・・・正極側接着層
110,220・・・円偏光検出素子
202・・・・・・・無機鎖